ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
山の上に存在するガルグ=マク修道院は、歴史ある建造物だけあって、風化して脆くなった場所は多数ある。修道院の地下に通ずる道は、今では外にも比較的入りやすい場所に存在するらしい。
そのため、暗い地下アビスには『寄る辺無き者』が住み着くようになった。
「ここが入口か」
「その1つのようですな」
べレトが呟くと、ヒューベルトが答える。暗部として帝国でやるべきことを行った後、闇に蠢く者の拠点へ先行しているエーデルガルトたちに合流することなく、戻ってきていた。
「迷路のどこへ繋がっているかはわかりません」
「しかし、この地下、人います」
ペトラが言ったように、アビスの民の避難誘導が今回の目的の1つである。
「そうでしょうが、我々が行く必要はないのでは」
カトリーヌやシャミアたち騎士団は、住民に対して修道院周辺から離れるように避難誘導を行っていた。かつて、女神の結界によって、光の柱を修道院から逸らすことができたとはいえ、長い時間はその結界に綻びを見せていた。
『ミサイルなんかで身体が埋もれちゃうなんてイヤだからね、べレト』
「……母親の遺体がアビスにあるらしい」
明るい女性の声は、べレトにしか届くことはない。生前はジェラルトにしかあまり心を開かなかったらしいが、その頃を知らない実の息子にとっては世話焼きな母親である。ソティスと一緒に、今日も脳内に声を響かせている。
『遺体って……また憑依できるかもしれないじゃない』
約20年前にレアは、朽ちることのない彼女の身体をアビスに安置したらしい。その魂がまさかソティスと一緒に紋章石に宿っているとは、誰も予想できなかっただろう。
「えっと……もしお義母様の身体があったとしても心臓がないことには」
『そこはほら。魔法の進歩に期待よ、マリアンヌちゃん』
『我の力で何とかできるかもしれんしな』
動物と会話できることが影響しているのか、最近はマリアンヌにもポジティブな同居人たちの声が聞こえるようになっていた。常に息子と共に在る女性とは、嫁と姑の関係はすでに良好である。
「他ならぬ、先生の母君の頼みとあれば、参りましょう」
意を決したヒューベルトが、たいまつの準備を始めた。この中で一番慣れているペトラも手伝っている。
「先生の中に女神様もいるのよね」
「紋章は奥が深いね。いや、この場合は、女神の力が特別なのかも」
救護班として修道院に残っていたドロテアやリンハルトも同行することにしたようだ。
『ほれ、善は急げじゃ』
『マリアンヌちゃんをエスコートしなさい、べレト』
視界が悪いこともあって、階段があった時にはマリアンヌの手をとって慎重に歩く。べレトの冷たく湿った手は、彼女の温かく湿った手と、確かに繋がれていた。
『この迷路、どう考えてもホグワーツがモチーフよねぇ』
『デザインをさせた者は秘密基地みたいでかっこいいと言っておったな』
べレトに力を与えたことで、起きている時間は少ない。しかし自分の身体がないというのはよほど暇なのか、脳内で2人で会話することが多かった。べレトとマリアンヌに野次馬したり、人一倍長く生きているジェラルトの体験談を聞いたり、2人とも不満があるわけではないようだ。
やがて、開けた場所に出た。
『こう言ってはなんだけど、なんだかスラムみたいね』
「なんだか、昔のこと思い出しちゃいます……」
ドロテアは歌劇団に入る前は、貧しい生活を送っていたらしい。
通路というよりは、レンガでできた空間に近い。外から持ち込んだものが多く、人が住んでいる痕跡が先に見受けられる。蠟燭を灯した集団住居に立ち入ることを阻むように、若者の武装集団がべレトたちを待っていた。
「ようこそ、士官学校の生徒さんよ!」
集団の前に立っている4人は、灰色を基調とした制服を着ている。そして、筋肉質の男が近づいてきた。どうやら、べレトたちを歓迎している様子ではないようだ。
「俺は」
「おーっほっほっほっほ!」
べレトの言葉は、甲高い高笑いにかき消された。
「貴方たちの目的、このコンスタンツェ=フォン=ヌーヴェルが当ててあげましょう!」
金色の髪の女性の名から、またその風格から、貴族ということがわかる。
「ほう、ヌーヴェルですか」
「はぁ、フェルディナントみたいだ……やっぱり」
「ローレンツ君にも似ているわね」
生徒たちは呆れ果てたように、呟いた。
「さしずめ、アビス住民の排除を目論む教団の指示ですわね!」
「いや、むしろ逆なんだけど、コンスタンツェ」
「貴方はリンハルト……それに、そっちはベストラの!?」
リンハルトやヒューベルトは彼女を知っているようで、べレトたちもアビスの若者たちも様子を見ているままだ。
「日陰女の知り合いってことは、あんたらは帝国貴族か?」
「それはわたくしのこと!?」
「……2人とも黒鷲の学級のようだが、ベルナデッタのやつはいないのか」
級長らしき美青年はベルナデッタの知り合いらしい。あの引きこもりの交友関係の狭さからすると、彼は学院に来る前のベルナデッタを知るかなり珍しい人物なのではないか。
「おいおい、俺たち置いてきぼりだぜ」
「いいじゃん。ハピたち考えるの苦手だし」
残りの2人も、説明を求めているようだ。
「俺の名はユーリス、この灰狼の学級の級長をやっている。ベルナデッタとはまあ、顔見知りだ」
「わたくしはコンスタンツェ=フォン=ヌーヴェル」
「元貴族でしょう。7貴族の変、そしてダグザ=ブリギット戦役の影響で没落したヌーヴェルの名をまだ名乗っているとは」
「ぐぬぬ、いずれ再興する予定ですから問題ないですわ」
7貴族の変は、貴族たちがエーデルガルトの父から実権を奪うことになった事件である。今となってはエーデルガルトが現皇帝として帝国を取り戻したが、闇に蠢く者が帝国政治に侵食していた。
「……ペトラ、ブリギット出身、次期女王です」
言いづらそうに、べレトたちより先にペトラが名乗った。それを聞いて目を見開いたコンスタンツェは、黙したまま腕を組んで顔を背けた。
「えっと、ドロテアよ」
「リンハルト、一応貴族」
「ヒューベルトです。先日ベストラ当主となりました」
べレトたちも含めて彼の言葉に疑問を抱きながらも、自己紹介を続ける。
「マリアンヌ、同盟領出身です」
「べレト、元傭兵で新任教師だ」
褐色の肌の女子が首を傾げた。
「ハピだよ。それにしても。騎士団の人、いないんだ?」
「あー、こいつは騎士団のことをよく思ってなくてな。騎士団がアビスのことを善く思っていないように、俺たちもそうなのさ」
ハピ以外のメンバーの警戒心が小さくなったことを鑑みるに、べレトたちが交渉を行いにきたのは正解だったらしい。背後で様子を窺っていたアビスの住人の中には、再び自分たちの生活に戻っていく者もいる。
「そして、俺がバルタザール、レスターの格闘王だ。で、お前らなにしにきたんだ?」
恐らく同盟出身の男が、友好的な表情で質問してきた。
「避難勧告だ」
「えっと、どう説明すればいいのか……」
べレトの簡潔な答えに補足説明をマリアンヌが行おうとしたが、なかなか理解が容易ではない内容だ。加えて、彼女はまだべレトたち以外とは上手く話すことはできない。
「闇に蠢く者、アガルタ……どうやらその言葉を聞いたことがある者がいるようで」
「風の噂でな。だが、そもそも存在するのか?」
ヒューベルトが2つのフレーズを出すと、思いついたような顔をしたのがバルタザールである。
「貴殿の級長は、よく知っているようですよ」
「帝国の暗部のあんたが隠す必要がないってことは……」
「ええ。本格的に動き始めました。それも、修道院に対して全面戦争を行うようで」
目つきが変わったユーリスは、口元を片手で抑えて何かを思考し始めた。事情を理解していない灰狼の学級のメンバーは自分たちの級長と、冷静な男の会話を聞くことしかできない。
「帝国側からじゃなくて、同盟側からこっちに向かっているのか?」
「時間はかかりましたが、帝国に巣食っていた闇は払いました。今では死神騎士が国境付近で睨みを聞かせていますよ」
ついでに、国境付近の同盟領主が何か余計な事をしでかさないようにしている。
「フリュム家のやつか。あんた、おっかねぇな」
「くくく、よくご存知のようで」
智略タイプの2人の会話に、すでにハピやリンハルトは思考放棄を始めていた。バルタザールは腕を組んで、こんがらがっている情報を少しでも理解しようとしている。
「だが、そこまでの脅威なのか?」
「先日、帝国の宮城は瓦礫と化しました。セイロス教聖書にも書かれている、光の柱によって」
「おいおい、あれがか……」
「一体、どのような強大な魔法ですの?」
数百年の歴史を持った城が1日にして、破壊された。
ユーリスは初めて動揺し、やがて大きく溜め息をついた。一度きりだった事例を知っていれば、対処の方法が皆無である。
「ユーリス、一体どういうことか説明してくださる?」
「とにかく。一度、アビスから出るんだよ。この修道院に敵が攻め込んでくるってことだ」
「そいつらを外で迎え討つんだな」
「ああ。今回はアビスを守り切れるかわからねぇ。もちろん、ほとぼりが冷めたら戻ってくればいい」
「ここ、壊されたくないもんね」
あまり混乱させないように、襲撃者が来ることを知らせた。脅威をありのままに伝えて、余計な混乱をさせる必要もないだろう。
「それはわたくしに醜態を晒せということですの!?」
「曇っていることを祈っておくんだな。あー、この日陰女もいわゆる二重人格なんだが、どっかの騎士と違って、無害だから気にしないでくれ」
ユーリスが学級のメンバーに情報を広めることを指示すると、慌てて散らばっていった。ならず者やごろつきと呼ばれる若者たちだが、彼のことは慕っているようだ。エーデルガルトたちにも劣らない級長だろう。
「どうやら、私が説明する前に騎士団の方が誰か……いや、そんな、まさか、その髪の色は……」
蠟燭で道を照らしながら歩いてきた修道服の男性が、べレトを見て驚いている。
『あっ、もしかしてアルファルド君かも』
母親が自分と共に在ることを説明し、べレトたちとユーリスたちで彼女の遺体を確保しに行くことになる。その途中で、メトジェイという男が率いる反皇帝勢力と戦闘を行うことになるが、地上の光に照らされず、記録に残らなかった戦いである。
夕暮れ時、何か不穏なことが起きたことを知らせるように、天帝の剣が紅く輝いた。