ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
エーデルガルトと出会って、すでに数年が経った。あれから俺はどれだけ変われたのだろうか。
避難を促す男の声がする。
誰かの名前を呼び続ける女の声がする。
無力を嘆いて、人々は逃げ惑う。
「はっはっは、楽な仕事だな!」
「まったくだ!」
1つの村を襲った。
彼ら自身は盗賊を名乗っているが、ならず者でしかない。
「なあ。」
「な、なんだ?」
「村の子どもか? 驚かすなよ。」
初めは、必要最低限の生活を必死に求めたのかもしれない。
「なんで、こんなことをするんだ?」
盗みをして、略奪をして、そして人を……
次第に、楽して稼ぐことを味わってしまったのだろう。村に火を放った彼らの表情を見れば、その理念は一目瞭然である。未来を見ることもなく、過去を見ることもなく、今のありのままの恩恵を手に入れようとしている。
「へっ、ガキがカッコつけてんじゃねぇ!」
ナイフを避けて、敵の懐に潜り込む。
拳をそのがら空きの腹に、ぶち当てる。
「このやろっ!」
意識を失ったことで、その重みは増す。
のしかかってくる身体を軽く放り投げた。
激昂して声をあげながら、ナイフを構えてこちらに向かってくる。
「もらったぁ!!」
背を向けた俺に刃が届く前に、彼の身体は別方向に飛んでいった。その現象はかつて生きていた世界では見慣れない光景だ。夜の暗闇に、魔法の残光が舞っていく。
「声をかけなければ、抵抗することはなかったでしょうに。」
「別に、暗殺しにきたわけじゃないんだ。」
月夜に不敵な笑みを浮かべる彼の表情を、もし女の子が見てしまえば悲鳴をあげて失神してしまうだろう。基本的に毒舌だとはいえ、理論もしっかりしているし、アドバイスもしてくれる、そんなヒューベルトはツンデレだと、俺は思っている。
「目立つことは長所にも短所にもなることを、お忘れなく。」
「はいはい、忠告ありがとうな。」
「ククク」
今のところデレることはないけどなと思いつつ、縄で盗賊たちを硬く結ぶ彼を見ながら俺も作業を続ける。
ガルグ=マク修道院に行く途中で、俺たちは盗賊と鉢合わせたのだ。
「エーデルガルトは?」
「どうでしょうな。そう簡単に負ける方ではないですがね。」
「お前、心配じゃねぇのかよ。」
「あの女傑を心配するのは、貴殿くらいですよ。」
あの細い腕で、ぶんぶんと斧を振り回す姿が脳裏に浮かんだ。
「いや、お前もなんだかんだいって……」
剣を弾く音が聞こえた。
俺もヒューベルトもその方向へ駆け出す。
エーデルガルトの無事を確認して、ほっとしたこともある。盗賊が散り散りに逃げていくが、追うことはしない。傭兵やセイロス騎士団が側にいて、彼らとエーデルガルトは共闘したのだろう。
「捨て置きましょうかね。なぜなら……」
「深追いは危険って言いたいんだろう?」
「くっくっ、貴殿にしては珍しい。」
1人の男がこちらを見てきた。傭兵の中でたった1人、俺たちと同年代くらいの人だ。誰かの息子なのかもしれない。黒い鎧に身を包み、腰に差した剣でばったばったと敵をなぎ倒したのだろう。
エーデルガルトは俺たちのことを紹介しているようだ。
値踏みするような眼。
しかし光に満ちている青い瞳は、とにかくまっすぐ。
「お待たせ、2人とも。」
「ご無事でなによりです、エーデルガルト様。」
「まったくだ。一目散に駆け出していくんだからな。」
「貴方たちも後に続いたんでしょう……まったく。無事でよかったわ。彼らジェラルト傭兵団が助けてくれたの。」
傭兵団は村に残党がいないか確認しに行くようだ。団員1人1人がかなり鍛えられている。
「ジェラルトって確か、セイロス騎士団の元団長で最強の騎士だったよな。俺でも知っているくらい有名な人だ。」
「しかし、20年前にすでに引退した身では。」
「そうね。気になることもあるけれど、今は修道院に戻りましょう。事後処理は、傭兵団と騎士団がやってくれるそうよ。」
ガルグ=マク修道院の固有戦力であるセイロス騎士団なら、信頼できる。
「みんな、無事だったか!」
「ふわぁ……もうこんな夜更けだ。もう、寝よう、よ……」
フェルディナントやリンハルトも来てくれた。事情を話して村が心配ないことを伝えれば、フェルディナントはほっとした表情を見せる。そして、同行しているペトラにもエーデルガルトが丁寧に伝えている。
ペトラはブリギット諸島の王の孫娘で、留学という形でフォドラへ来ている。まだフォドラの言葉には慣れていなくて、片言だが、少しずつは上達している。まあ、俺が英語やブリギット諸島の言葉でいきなり話せと言われてもすぐには無理なのだから、彼女の苦労は伝わってくる。
「あの、みなさん、ぶじ、よかった、です。」
「おうよ。」
ジェスチャーと表情で、答える。敗戦国の姫だということを気にはせず、受け入れてくれるメンバーに、感謝は尽きないようだ。アドラステア帝国の帝都にいた頃は、ずっと暗い顔だった。
「さて。このまま留まるわけにはいかないわね。」
「幸い、下町に着くことは、朝には可能でしょうな。」
いまだ残党がいて、野宿に慣れていないメンバーがいる。
「そんな……」
「ほら、着いたら一休みするから。」
「わたし、よるなれて、います。」
そういえば、ペトラって狩猟民族の姫だったか。
俺たちが向かう先は、ガルグ=マク修道院。
士官学校という、新しい学びの場だ。
****
個室に荷物を降ろして、背伸びをする。
すでに昼頃であるが、リンハルトに至ってはまた眠り始めるのだろう。これから黒鷲の学級の顔合わせがあるというのに、マイペースなやつだ。
「広くはないですな。」
「このくらいでいいわよ。あまり物があっても、意味はないわ。」
「なあ、こういうのって男女別じゃないのか?」
俺とヒューベルトで、エーデルガルトの部屋を挟んでいる。
「この部屋割りは、エーデルガルト様の護衛も兼ねているのです。それに、事情もありますからな。」
「迷惑かけるわね……」
憂いに満ちた表情をするエーデルガルトは、本当に身近な人に対して優しすぎる。
「安心してお休みください。番犬がいれば、何も恐れることはありません。」
「安心しな……って誰が番犬だ!」
「くっくっ、すぐに声を荒げるところでしょうかな。」
こういうやりとりが、エーデルガルトを元気づけるためだってわかっているだろうが、それでも。
「ふふっ、2人とも助かるわ。」
士官学校まで行く途中で、エーデルガルトやヒューベルトを見た上級生たちは感嘆する。帝国にいた頃のような、ねっとりとした視線ではない。純粋にその容姿を見て、純粋な気持ちを声に出しているのだろう。
エーデルガルトは慣れない状況に、少し頬を染めている。
「「ヒュー様、かっこいい……」」
ヒュー様って、なんだよ。
ていうか、もう名前まで知れ渡っているのかよ。
集合場所である教室に、俺たちは着いた。
「ひゃあっ!どこなんですかぁ!?ここぉ!」
「おちつくのだ。私の淹れた紅茶でも飲んで、落ち着きたまえ。」
すでにメンバーが何人か集まっているし、すでに騒がしい。
「そうやって甘い言葉で誘って、最後は私を監禁するんですねぇっ!」
「フェルディナント。監禁する、悪いこと、です」
「被害妄想だ! 貴族である私がそんなことをするはずはない!」
「ひぇぇ、貴族なんですかぁ!!」
「待て!走り回ると危ないぞ!」
紫色の髪の女子がフェルディナントから逃げ回る。2人の早口を上手く聞き取れないペトラは、あたふたするしかない。
「あら、このあなたたちも学級の人かしら?」
困った表情をしていた茶髪の女子が、こちらに気づいた。俺とヒューベルトを見比べて、軽く頷いた後に俺に笑顔を向ける。
「私はドロテアって言うの。ねぇ、あなたは?」
「俺はカスパルだ。」
「えっと……、家名は?」
「ベルグリーズだ。次男だけどな。」
ほんの一瞬、緑の瞳を閉じた後、また作られた笑顔を見せる。
「……ふふっ、貴方とは仲良くできそうだわ。私は歌劇団に所属していたのだけれど、以前エーギルくんと一緒に見に来てくれたのよね。」
リンハルトと一緒に、寝てしまった歌劇のことだろうか。潔くそのことを伝えようとしたが、エーデルガルトが俺たちの前に割り込んでくる。
「私は、エーデルガルト=フォン=フレスベルグよ。よろしく、ドロテア。」
「ええ。よろしく、エーデルちゃん。」
「よ、よろしく……」
フレンドリーなやつだな。
エーデルガルトの顔を、まじまじと見つめている。
「というか、ここは一体どこなんですかぁっ!」
「君こそどうして麻袋の中に入っていたんだ!?」
「落ち着き……、落ち着くこと、しましょう!」
ベルナデッタは慌てふためき、フェルディナントは落ち着かせようとしていて、ペトラは戸惑うばかり。
「ふわぁ……もう部屋に戻ってもいいかな。」
「そのうち、落ち着くだろうよ。」
リンハルトは我が物顔で欠伸をしており、カスパルはどこか懐かしそうに教室を見渡している。
「ねぇ、エーデルちゃんは、甘いものは好きなの?」
「ひ、人並みには好きよ。」
甘い声で囁きかけるドロテア、同性に迫られて困惑するエーデルガルト。
「ククク。この状況を貴殿ならどうしますかな、先生。」
唯一、己に気づいてくれたヒューベルトは不敵に笑う。
「……選択を、誤っただろうか。」
若い傭兵は、教室の天井を見上げるしかない。彼が手に持っていた名簿が地面に、するりと落ちる。