ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
師と書いて、せんせいと読む。
エーデルガルトはそうベレト先生を呼んでいる。
士官学校に入学してすぐに学校行事が催されることとなった。俺たちは最低限に互いの戦い方や性格を知って、他クラスとの模擬戦に挑むこととなる。今日は実戦形式でクラスメイトとの交流を深めようとしているのだろう。
なんだか穏やかそうに見えて実は肉体派な、あの大司教の提案である、気がする。
「そろそろ行くわよ、カスパル。」
「おうよ。」
荷物を持って、教会から少し離れた平原へと向かう。
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ベレトは、自分の生徒たちに目を向けた。
「ベル、おへやかえるぅ~~!」
紫色の髪をぼさぼさにしており、貴族らしくはない少女ベルナデッタが泣き叫んでいた。その細い腕では武器もろくに持つことはできず、体力も不安が大きく残る。今回の模擬戦までの短い時間、べレトはヒューベルトとともに1つだけ戦い方を与えておいた。
その夜も今も、悲鳴を上げ続けている。
「ふわぁ……カスパルは僕の分までがんばってね。」
緑髪で長身のリンハルトが、まったくと言っていいほど筋肉はついていない。戦場を前にしてリラックスしているように見えて、ただ眠いだけである。その才能は高く、学問に関しては並々ならぬ実力を持っていて、すでに魔法を使えるという。
親しい人が傷ついたなら、丁寧に回復をしてくれるはずだ。
「先生、私は何をすればいいかしら。」
なにかとべレトに話しかけてくれる茶髪の女の子は、ドロテアだ。歌劇団に所属していたので、実戦経験は皆無と言っていい。他クラスを受け持っているマヌエラとの縁で、少し魔法を学んだとはいえ、齧った程度だ。
後方支援を頼んでおいて、すり寄ってくる彼女から意識を隣の少女に向けた。
「私、狩りはしたことは、あります。」
ペトラはブリギット諸島の姫ということもあって、本音を言えば前衛を任せたくはない。しかしその民族性からか狩猟を学んでおり、弓や剣を扱うことができるという。対人戦でどこまでその力を活かせるかどうかが問われるだろう。
中衛として皆を援護してほしいと言えば、笑顔で答えてくれた。
「ほう、あれがディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドか。彼は若手最強の槍の使い手だと聞く。このフェルディナント=フォン=エーギルの実力がどこまで通じるか、楽しみだ。」
すでに戦場に意識を向けている彼は、特に目立っていた。指揮系統の知識は目を見張るものがあって、この模擬戦で騎士団を任せられないのがとても惜しい。一番槍として戦ってくれるだろう。
前衛を任せられる生徒がいて、べレトは大いに安心した。
「リーガン家の嫡子、ですか。一筋縄ではいかないでしょうな、エーデルガルト様。」
柵や林を使って陣を築いている他クラスの級長を、ヒューベルトは危険視していた。それはべレトも同意見であって、次期皇帝であるエーデルガルトの側近としてはこの上ない生徒である。理学や拳術を修めており、静かな雰囲気の中で並々ならぬ強さを持っている。
彼が己の指揮に従うのかどうか、新任教師にとっては荷が重い、とべレトは思う。
「なにかいろいろ考えているけれど、そういうのは奇襲に弱いこともあるんだ。」
水色の髪の少年、カスパルの手には何も武器はない。近接職でありながら、籠手すら装備しておらず革のグローブだけだ。満ち溢れた自信は、おそらく訓練の賜物であって、後衛を信頼しているからこそだ。
最前衛として活躍できるだろうが、それ相応の危うさも持っている。
「私が指揮するとしたのなら、骨が折れそうなメンバーだわ……。そう思わない、師?」
今回の采配を任せると言った、エーデルガルトは額に手を当てていた。自分の采配を試すように言っている彼女だが、その細い腕のどこに鋼の斧を振り回す力があるのか、ハンネマン先生と一緒に問いたい。
模擬戦で鋼の斧を持ってきたという、彼女の天然さにはベルナデッタを除く皆の緊張は紛れた。
「師。思う存分、貴方の采配を振るってくれる?」
「……皆の実力を、俺に見せてほしい。」
屈強な大人に囲まれて生きてきたべレトにできる、精一杯の激励だ。
「はい!」「ええ!」「うん」
「おう!」「ああ!」「……」
「ベルナデッタ殿……?」
「うぅ……はいぃぃ」
「いきましょう」
8人の若き生徒がそれぞれ持ち場についた。
「これより、模擬戦を開始とする!」
父の声を聞いて、べレトも鞘から木製の剣を引き抜いた。
青獅子の学級が陣としている廃墟、金鹿の学級が陣を組んでいる森、その境い目に駆けて行くカスパルとエーデルガルト。
教師は、生徒たちを追いかけた。
*****
「おっしゃ、行くぜ!」
俺たちと違って、相手は実戦経験のあるやつだけを出陣させている。ハンネマン先生とマヌエラ先生らしい、采配なのだろう。特に、青獅子の学級では騎士の士官学校に通っていたやつが多い。対して、金鹿の学級は才能を秘めたやつが多い。
「ふっ、僕とイグナーツ君に任せてくれたまえ」
「えっ、ボク!?」
「アッシュ、前線から敵を引き付けてくれ。」
「わかりました!」
長身のローレンツが槍を持って向かってきて、弓を持ったやつがイグナーツとアッシュ。ロ―レンツはクロ―ドの意見を聞かずに前衛に出て、模擬戦開始早々に特攻してきた俺たちを相手することにしたのだろう。
「2人とも、このボクが相手しよう。」
それは、時間稼ぎ。
「フェルディナント!」
「わかった!」
先生の声を受け、フェルディナントは木製の槍を打ち合わせる。
「くっ……やるね。」
「君も、な!」
その声を後ろにして、俺たちは前へ進む。
「ベルちゃん、いきましょう!」
「うりゃあ!」
弓を構える音がしたが、雷と氷の魔法がアッシュとイグナ―ツに向かって放たれる。彼らが林から狙撃しているからこそ、木々を揺らしその集中力を乱す。
ドロテアの魔法の技術、ベルナデッタの命中精度はなかなかのものだ。ベルナデッタの悲鳴がこれまた、彼らを動揺させている。
カスパルたちは青獅子の学級へ、ベレトは金鹿学級へと意識を集中させる。
ベレトは、森に入った。
木の上から声が聞こえる。
「2つの学級と同時に戦おうってのか! 大した自信だな。」
「柵と森を使って、牽制しながら戦う。それが貴殿の策略でしたが、迂回すればいいだけのこと。まあ、まんまと2学級を相手することとなりましたがな。」
「ははっ! なんのことやら。」
弓を構えたクロードと対峙するヒューベルトは、別ルートで迂回していた。ヒューベルトはその籠手を持ってして、構えをとる。障害物の多い森の中でクロードと、1vs1で戦うことのできる生徒はそう多くはない。
「……無茶苦茶なことをしていると思うのよ、わたくし。」
マヌエラ先生が、つぶやく。彼女の回復魔法を持ってして金鹿の学級は長期的な戦いに持ち込もうと画策しようとしていたのだが、完全にあてが外れた。もちろんクロードは『来る』とわかっていたため、べレトは3人に囲まれる。
『ほれ見たことか!』と、べレトの中に同居している少女も言っている。
「せんせー、私は見逃してほしいんだけどなー?」
「ジェラルト師匠の1番弟子として、負けるわけにはいかないよな。」
そのか細い腕でどうやって訓練斧をバトンのように扱っているかを、べレトはヒルダにも聞きたい。父親の縁でなにかとつっかかってくる少女は、手慣れた手つきで槍を構えた。
べレトは、少し頼りない木製の剣を引き抜く。
「……別に生徒でも、倒してしまっても構わんのだろう。」
カスパルが先日挑んできた時に言っていた言葉を決して弱くはない豪傑の女性たちへ伝える。リンハルトが回復することのできる距離、ギリギリの地面だ。もしクロードがヒューベルトとの戦いに集中していなければ、これからすることの『理由』を感づかれていたかもしれない。
ここからは通さないと言わんばかりに、ベレトは剣で線を引いた。
移り変わって、青獅子の学級と対峙するのはエーデルガルトと俺だ。彼らの策略に嵌まったと言えば、そういうことなのだろう。
「どうやら、誘い込めたようだな。」
「ええ。私たちだけで、貴方たちをここで全滅させるわ。」
「おおっ! こわっ!」
「ずいぶんと、なめられたものですね。」
「やれやれ、この女も猪の同類か。」
軽薄そうなシルヴァンは心にもないことを言い、まっすぐなイングリットはむっとし、生粋の剣士であるフェリクスは呆れるばかり。
「そらっ、ぶっとべ!」
「……なかなか鍛えているようだな。」
「ドゥドゥーって言ったっけ!」
俺の拳は、斧を投げ捨てた男の手に遮られた。
その巨体は父上にも匹敵する。
「残念ながら。うちのハンネマン先生は、弱くはないぞ。」
「……そうみたいね。」
廃墟にてペトラを軽くあしらっているのは、ハンネマン先生だ。老いた身体であって無駄のない動きで、ペトラの大ぶりな剣を避けていた。あくまで、狩りで学んだ戦い方なのだ。
だがしかし、余裕のある表情を見せているハンネマンも、少しずつ食らいついてくるようになっているペトラに焦りを見せている。
「ともかく、その戦力で俺たちと相手をすると?」
「ディミトリ、勝負よ。」
ディミトリを退かせることができたなら、青獅子の学級の士気に影響を及ぼすことができる。ここからは通さんとばかりに、エーデルガルトはその斧で地面に線を引く。
「……いいだろう。君が相手でも容赦はしない。」
「そうこなくては、ね!」
斧と槍がぶつかり合い、轟音が戦場に鳴り響いた。
これが、紋章の『力』だ。
「……殿下!」
「おいおい、番犬のカスパルを忘れてもらっては困るぜ!」
「邪魔を、するな」
努力で『力』を手に入れた俺たちも、拳を交じ合わせた。
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「よーし、そこまでだ!……はぁ」
べレトの父であるジェラルトは深くため息をついた。
朝から始まって、すでに月の輝く夜である。
地面をえぐるほどの闘いは、模擬戦なのか。
1つの森を無残な姿にする戦いは、模擬戦なのか。
乱戦だった。
つくづく、木製の武器でよかったとジェラルトは思う。
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「いやーっ、まけたまけたー!!」
「もうすこし、でした……」
「引き分けと言えば、そうなのでしょうが……あのまま続いていれば押されていたでしょうな。」
「ああ。強かった。ロ―レンツとは、これからも共に研鑽したいものだ。」
誰もが服までボロボロで、回復に奔走していたリンハルトに至っては、疲れ切ってすでに爆睡していた。ベルナデッタも、天井を見上げて放心している。
「お疲れ様、師。」
乱れた髪のままだ。飲み物の入ったコップを渡しつつエーデルガルトはべレトに話しかける。彼女とディミトリの戦いを間近で見ることはできなかったが、その戦いの跡が激しさを物語っていた。
「……残念だった。」
「それでも2学級を相手にして競り合えたのは、先生のおかげですよ。」
「……そうだろうか。」
「その通りだ。リンハルトもベルナデッタもいてこその、戦績だ!」
「だな。皆ががんばったでいいんじゃないか?」
「まとまりのないこのメンバーの、個性を活かしきったのは貴方よ、師。」
「……そうか。」
一気に、飲み干す。
「それでよ。ドゥドゥも!途中参戦してきたラファエルも!すごくてよ!」
「ロ―レンツ、イングリット、シルヴァンもディミトリに近づけるほど、なかなかの槍の使い手だったぞ!」
己の剣が届かなかったことも悔しいし、勝利を生徒にあげられなかったことも悔しい。悔しいと思うのは彼にとっては初めての『感情』だった。
『お主、いい生徒を持ったな。』
(ああ、本当に)
まだまだわからないことが多いけれど、それでも彼ら彼女らに少しずつ近づけている。