ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
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ここは教会から少し離れた場所、周囲に人気はない山の上だ。
「くそっ、村に傭兵団がいるなんて!聞いていないぞ!」
先日襲った村はセイロス騎士団が常駐していないと聞いて、その話に乗ったのが間違いだった。最強の傭兵集団であるジェラルト傭兵団がいると気づいた時には絶望しかなかった。
ならず者を纏めあげていた彼は、その盗賊団の数を減らしてしまい、地団太を踏むしかない。
『偶然なのだから、運がない』
「なっ!このやろ!!」
全身鎧で、仮面だ。おそらく男だろうが、声に違和感がある。魔法で変声しているかのようだが、そんな技術は聞いたことはない。
その名は、炎帝といった。
『貴様たちのおかげで、ジェラルトは教会へ戻った』
「あの壊刃が、か!? お前のために俺たちは犠牲になるっていうのか!!」
一体、どこにジェラルトが教会に戻るメリットがあるかなど、セイロス騎士団の増強ということでしか『彼の頭』では考えられない。
『どうせ、いつかは教会に狩られる命だろう。このまま追撃されることを、罪もない者を殺してきたことを嘆いて詫びろ』
「くそぅ!!」
『教会が言う主、とやらにな。』
彼は斧を振り舞わずが、バックステップで軽々と避けられる。
『数が増えたことはいい。だが、傭兵をいきなり教師にするなど、あの女の考えが読めない……』
それだけ告げて目の前から瞬間的に消える。
最後の希望も途絶えた。
残された時間を噛みしめて、彼は地面を叩くしかない。
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それぞれの月末……いや節末に、『課題』に取り組むことになっている。課外授業のようなもので、教室の中では学べない実戦経験を身につけることができる。もちろん騎士団も手を貸してくれるとはいえ、決して模擬戦ではないのだ。
死を間近にする。
枢機卿であるレアに気を許すな、と言う父の言葉を訝しみながらべレトは教壇に立った。訓練と学びが生きることに役立つと知っているから。
「……ハンネマン先生の紋章学だ、リンハルト。」
「はいっ!」
最近リンハルトの起こし方を、心得たべレトだった。
基本的にべレトは戦いしか知らない。帝国の士官学校に在籍していたフェルディナントですら、ジェラルト直伝の指揮には感嘆の声を出してくれる。もちろん実戦形式の訓練では大いに力を貸すことができる。
そして、他クラスの教師であるハンネマンやマヌエラを呼んで生徒と一緒に学ぶことは多い。まあ、それは受け売りなので、アドバイスしてくれたカスパルにべレトの感謝は尽きない。
その他の時間は、生徒の自習として『個性』を活かす教え方だ。己自身も一緒に学ぶということをべレトは実践していた。
「先生、魔法に詳しいんですね。私、尊敬しちゃいます。」
「ふむふむ……この魔法なら遠くから……」
「ベルナデッタが戦うことに目を向けるとは。やるな、先生。」
「魔法、ブリギット、には、ありませんでした」
ドロテアやベルナデッタは特に理学に興味を示している。士官学校に通っていなかったこともあって、ペトラやその2人は重点的に教えているのだ。そういえば、エーデルガルトは仕事があると言っていた。理学が得意なヒューベルトは、カスパルと一緒に拳術を鍛えにいった。
ヒューベルトは、一体何を目指しているんだ。
「ヒューくんでも、先生の理学の知識には、驚かされていましたね。」
『ふふん。』
「……まあな。」
自分に同居している少女の声を伝えるだけ。
記憶の欠けている彼女だが、魔法には詳しいのだ。
『そろそろ時間じゃぞ。ここからが面白くなるのじゃがなぁ…』
「そろそろ、休憩にしよう。」
彼女の存在を伝えることを、べレトは機を逃していた。
信じてくれるだろうが、現状彼女は己としか会話できない。
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休憩時間には、ふらふらと教会内を歩く。
珍しい植物であふれている温室や、人で賑わう釣り掘、定期的に祈る大聖堂など生徒たちは各スポットで休憩時間を過ごしている。自分に同居している少女と真逆で、人と話すことが苦手だと自分自身で思っているから、1つの場所にあまり留まらない。
何かと落とし物の多い生徒たちのために、新任教師は今日も奔走していた。副業的に医務室をやっているマヌエラ、紋章学の研究をしているハンネマンには頼めない仕事である。そういうこともあって、他クラスの生徒たちからもべレトは慕われていた。
「今日は天気が良いぞ、ベルナデッタ!」
「天気が良いから、部屋にいるんですぅぅ!」
「そうか、無理か……」
「ごめんなさい、無理じゃないですぅぅ!許してえええ!」
「別に、私は怒ってはいないぞ……」
授業と食事の時以外は自室に引きこもっているベルナデッタを、お茶会に連れ出そうとしているフェルディナントを横目に、彼は食堂へ向かう。フェルディナントなら危害を加えることはないし、ベルナデッタの引きこもり癖を、もしかすれば改善してくれるかもしれないのだ。ベルナデッタの心理的ケアは黒鷲の学級総出で続けている、とだけ言っておく。
「リンハルトくん、いくら春でも風邪ひくわよ?」
「君もここで寝てみなよ。今日は、心地いいよ……」
「もう……貴族らしくないわ、ほんと。」
温室の外にあるベンチで寝そべっているリンハルトに、ドロテアは声をかけている。そしてべレトは先ほど、温室の作業を手伝ったことでプラムという果物をもらったのだ。温室の人はデザートの材料にしても美味しいと言っていたので、料理してみることにしたのである。
前提として。
料理の経験は皆無である。
最低限肉を焼くことしか、傭兵団では経験していない。
『よくわからんが、上手くできるのか?』
「……美味しいものなのだから、合わせればもっと美味しいはずだ。」
アレンジ材料として自室から持ってきたものがトマトと1匹の魚なのだから、誰かが彼を止めるべきである。だがしかし、彼は1つの料理台を貸してくれてしまった。入学したばかりの大食らいな数人の生徒とこの新任教師のせいで、料理長や料理人は総動員で夕飯の仕込みに忙しい。
「あの、何を作るのでしょうか……?」
奇跡的に呼び止めたのは、明るい青色の髪を持つマリアンヌである。目は前髪で隠れており、背後から彼女に話しかけられて驚かないのは、べレトくらいだろう。同居している少女に急に話しかけられて、いつも驚いている彼の胆力は並みのものではない。
彼女は先日の模擬戦で最後まで戦場に出なかった、1人だ。
「ゼリーという、デザートだ。」
それを聞いて、マリアンヌは気まずそうに両手の指を交じ合わせる。
「その、あの、料理なら、少しはできます……」
「……そうなのか。」
「ええ。小さい頃に、母から教わって。……あの、でも、凝ったことはできませんけど……その……」
どもりながら、話す。
真摯に話を聞く、べレト。
「申し訳ありませんが……材料が、間違っている、と思います。」
「……!?」
梨とトマトと魚で、ゼリーができると心から信じていたらしい。ちなみにべレトはゼリーを一度も食べたことはない。動揺する。
『この少女に、聞いてみればよかろう。』
(それもそうだな。)
「……何が必要だ。タマネギか?」
珍しく女性に迫るこのべレトを、もしシルヴァンが見れば口笛を吹いてイングリットに耳を引っ張られて退散させられるだろう。彼のまっすぐな目つきに対して、マリアンヌは少し後ずさってしまう。
「あの、……その……」
マリアンヌは作り方を知っているが、今の彼女のコミュニケーション力では『教える』ことはできない。彼女は、己の不幸を呪い、己の信じる主に助けを求めることしかできない。
「先生、マリアンヌが怖がってます。」
「……すまん。」
マリアンヌの友人の、リシテア。
カスパルと一緒に通りがかったところに声をかけたのだろう。
長く綺麗な、されど白い髪。
それがどうしてか、エーデルガルトを思わせる。
「おいおい。先生も料理って珍しいな。一体、何を作るんだ?」
「……ゼリー、というデザートだ。」
「プラムやトマトを使うことはわかりますが、その魚はさすがに……」
「それより、全然材料が足りねぇだろ」
べレトは自分の持つ食材と、カルパスが抱えている材料を、必死に見比べる。紙の袋に入ったのは、『塩だろうか』とべレトは顎に手を当てて考える。マリアンヌはリシテアの背に隠れたとはいえ比較的長身の彼女は、低身長なリシテアに隠れきれていない。
「あの、お二人が一緒なのは、珍しいですね……?」
「こいつが、プリンというデザートを作ってみせるらしいですよ。まさか、私の知らないデザートを知っているなんて……」
昨晩、食堂にて好きなデザートの話になった際に、カスパルはプリンの名を出したのだ。(この世界に来て、)あまりデザートを食べない彼にとっては失言だったのだが、甘党のリシテアは聞き逃さなかった。
「本当に、プリンを作れるんでしょうね?」
リシテアは頑固なところがあって譲ることはない。未知の料理を知ってしまっては、人一倍知識欲のある彼女は眠ることすらできなかった。寝る間も惜しんで努力することに彼女が慣れているとはいえ、失言してしまったカスパルは責任を取ることにした。
「がっはっは! まあ、見てろって! ちょーっと違うものになるかもだけどな!」
カスパルはプリンの作り方を知らない。
厳密にいえば、簡単に作れるその材料がない。
だが彼は、それなりには策士だ。
「むっ、それなら私が本物のゼリーというものを教えてあげます!」
てきぱきと手を動かし始めたリシテアと、彼女のサポートをするマリアンヌ。それに対して、べレトの釣った魚を丁寧に捌いて煮込み始めたカスパル。べレトは生徒たちの手際の良さに、目を見張った。
『ほほう、これが料理なのだな。』
傭兵の頃とは、決して違う。
料理とは繊細なものだったのかと、べレトは思う。
「どうぞ、先生。」
「あの……お口に合えば……いいのですが。」
「俺のやつから食べた方が良いぞ。」
いつのまにか料理対決となっていたらしい。
茶器に入った薄黄色のもの、皿に盛られた透明のもの。
「ほほう、さぞ自信があるようで。」
「まっ、久しぶりだったけどな。」
「……いただこう。」
カスパルの作ったものをスプーンで掬えば、ぷるんと揺れる。
そして、黄金色の液体が滴っている。
『小さく具材を切っているのだな。どれ、食してみよ。』
(わかった。)
感覚を共有するとかいう、器用なことをして彼女は食を楽しんでいる。
『甘くはない。じゃが、この深みのある味はなんじゃ……魚か!』
「これがプリン……、デザートとは決して違うけれども、美味しい……」
「不思議な味です……」
「プリンじゃなくて、『チャワン蒸し』だけどな。」
「むむぅ、こんなに美味しいなんて、帝国はすごい……。いやまあ、デザートとは呼べませんけどね。」
「まっ、プリンと似たようなものだ。こっちの方が美味しいと思ってな。……あれ、ていうか、ゼリーって、作れるんだな。」
「ふふん。先生のプラムがあってこそですけどね。」
市販のゼラチンがなくて、ゼリーを作れるのだったら、プリンだって作れるじゃねぇかと、カスパルは途方に暮れた。
『ずいぶんと、ガサツな男じゃのう……』
(だが、優しいやつだ。)
『そうじゃな。誰かさんと似ておる。』
デザートとして梨のゼリーを食べて満足すれば、べレトですらほっこりした気分になる。
「ふふっ、よかったです。」
リシテアはカスパルに肩をゆっくりと預けた。椅子に座ったまま彼も腕を組んで、器用にこっくりこっくりしている。リシテアもカスパルも子供っぽく、思い悩んで眠れなかったのだろう。
「ごちそうさま、カスパル、リシテア、マリアンヌ。」
「私も、ですか……?」
「ああ。マリアンヌの2人を手伝う姿を見ていた……今度、俺に料理を教えてほしい。」
新任教師は生徒のことを、よく見てくれる。
そのことは、生徒たちが一番よくわかっている。
「はい……私なんかで良ければ……」
頬を赤くして俯いた彼女に、べレトは首を傾げる。