ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
赤き谷ザナド。
騎士団によると、ここに盗賊は逃げ込んだらしい。
深い谷底に落ちてしまえば、ひとたまりもない。
「やっぱり、あたし帰りますうぅ!」
「ベルちゃん、もうここまで来たんだから、がんばりましょ。ね?」
「安心したまえ。このフェルディナント=フォン=エーギルが守ってみせよう。」
「フェルディナント、頼りになる、なります。」
「うぅ……みなさんが痛い目に遭うのもいやぁ……」
ここまで登ってきただけでも、ドロテアやベルナデッタ、リンハルトには酷なことだ。空気が薄く、元傭兵のべレトでもかなりの体力を奪われていた。木製ではなくて鉄の武器を持って、初めての対人戦となる生徒は多い。
『時を巻き戻す力、おぬしに使わせてやろう。』
(……どういうことだ?)
『級長の少女を救ったときの力じゃ。際限なく使えるわけではないから気をつけよ。』
(……たすかる。)
『盗賊は討たねばならぬ、そんな気がする。』
(どうした、ソティス?)
先生がたまに俯く時があるのだ。
目線は、地面を向いているようで向いていない。
「……なあ。ここって何かの遺跡なのか?」
俺は、余裕の表情を見せているヒューベルトやエーデルガルトに尋ねる。
「いいえ、わからないわ。でもこの建築様式はどの時代でもない。」
「この戦場跡、一体どれほどの時が流れたのかわかりませんな。」
「そうか。まるで空中都市だと思ってな。」
『マチュピチュ』が思い浮かんだ。
ある程度広大な平地に、崩れた橋や柱が目立つ。
「帝国の歴史にない時代のものやもしれませんな。」
「そうね……歴史にも載らない民が暮らしていたのよ、きっと。」
途方もない歴史を、感じた。
エーデルガルトはその長い歴史に挑もうとしている。
それよりも今は、目の前の盗賊だ。
「皆、気を引き締めなさい。」
「情報通りですな。……追い詰められて何をするかわからない輩には、気をつけませんと。」
エーデルガルトやヒューベルトは、先生に視線を向ける。
盗賊と一番戦い慣れているのは、元傭兵の彼だ。
「……焦らず戦おう。ゆっくりと進軍すればいい。」
「そうね。すでに麓では騎士団が待機している。ここから逃げたのなら、私たちが討ち取るまでもないわ。……もし逃げたのなら、ね。」
山頂から盗賊を麓まで下ろさせる、そういう意味で騎士団は俺たちに任せたらしい。
「難儀なことですな。」
「くるぞ。」
「大丈夫よ、カスパル。」
エーデルガルトが斧を振るって矢を軽々と破壊する。
鋼の斧を持ち上げることすら、簡単ではない。
「すごい、です」
「これが、エーデルガルトの実力か……、遠いな。」
その実力にペトラたちも、盗賊たちも目を見開いた。
矢の軌道を完全に見切っているということだ。
「さあ、開戦よ。師は、皆のことを頼むわね。」
「おっしゃ! 切り込み隊長、番犬のカスパルいくぜ!」
先陣をきるエーデルガルトよりも先に、俺が躍り出る。
「こいつらを人質にとれば、俺たちはまだ!!」
「教会の言う限りじゃあ……」
飛んできた手斧は、俺の手刀で打ち落とす。
親父の拳に比べれば、簡単に見切れる。
「一体なんなんだよ、てめぇらは!?」
「殺してもいいらしいんだけど、な!」
その腹を殴って盗賊ぶっとばし、後方のやつにぶち当てる。
彼らの近くに着弾するのは、闇の魔法。
岩を砕き、砂埃が舞う。
「俺かヒューベルトに倒させてくれたなら、命はあるかもな。」
「ククク……エーデルガルト様は、手加減が苦手ですからな。」
出鼻をくじかれたエーデルガルトは、鋼の斧を手元で弄んでいる。
「こいつも、馬鹿力かよ……」
「最近の女の子は筋トレが趣味なのか?」
「……貴方たち。ずいぶんと失礼なことを言うわね。」
次々と武器を落としていく盗賊の男たちに、エーデルガルトは呆れるしかない。すでに戦意は失っているが、万が一のことはある。ヒューベルトと俺の拳骨で、気絶させられるだけマシと思ってほしい。
「さて。エーデルガルト様、どうしますかな。」
「師なら任せられるわ。この戦乱の世に、皆の『力』は必要よ。」
「はてさて。ついてきてくれるでしょうかな。私や番犬はともかく。」
「ヒューくんには、番犬って呼ばれたくねぇよ。」
「ククク、喧嘩を売っているのですかな。」
「貴方たち……わかっているでしょうけど、次が来るわよ。」
人数の少ない俺たちを優先したのか、盗賊の頭領はこちらへ来たようだ。血走った眼で、エーデルガルトを睨んでいる。憤る理由に頭の中では気づいてはいないだろうが、無意識に怒りを向けていた。
「苦労も知らねぇ貴族様が!!お前らも道連れだ!!」
「苦労を知っていれば相手を殺して良いと?―――貴方も屑ね。」
彼女の目つきが変わる。
首を落としに向かう彼女から、目を背けたくなる。
死に場所を求めているわけではない。今は。
「加勢しますよ。」
「おうよ!」
たぶん、このままだと俺は彼女と戦う時が来る。
守りたいから。
****
ところ変わって。
飛び出して行った3人ほどではないが、囲まれていた。
「くっ……」
いまだ時を戻す力は使ってはいない。
だがしかし、『守る』ことにべレトは慣れていなかった。
「はっ、所詮は貴族の坊ちゃんか!」
「ふっ、フェルディナント=フォン=エーギルは臆することはないさ!」
武器を落とした盗賊も、やがて武器を拾い直して立ち向かってくる。傭兵だった頃にべレトもその手を血で濡らしてきた。何も感情はなく、機械的にその命を奪ってきた。
『やらねば、やられるぞ?』
「ああ、そうだ。……かつてはそうだと思っていたんだ。」
だがしかし、命を奪うことを躊躇う生徒たちを見て、躊躇いの気持ちが芽生えた。剣が迷っていても、負けることはない相手だが、何度も立ち上がってくる盗賊たちには手を焼かされている。
(紛れているな、回復魔法の使い手……)
そして盗賊たちに、統制された動きがみられた。
「『計略』だ、気をつけろ。」
「計略……、この前、教えてもらった?」
知識としては、生徒たちは知っている。多人数の動きで少数を動揺させることが、『計略』だ。優れた指揮官がいてこそ発動できる技だが、盗賊なりの連携だろう。
「いくぞぉ!てめぇら!」
「くっ、盗賊なりの計略か。厄介だな!?」
数を活かして、攪乱される。
後衛を担っていた、ベルナデッタやドロテア、リンハルトと一緒に囲まれたことが問題である。どの方向からその凶器が迫ってくるかわからない。戦い慣れたべレトはともかく、生徒たちは身動きを取れない。
「どうした!」「どうした!」
「どうします!先生!?」
彼1人だったのなら、簡単に剣で切り抜けられる。
そうやって、今まで彼は戦ってきた。
「あーもう! なんでこんな目にいい!!」
限界を迎えたベルナデッタが泣き叫んで氷柱を造る。
咄嗟とはいえ、上級魔法を扱ってみせた。
『好機じゃ!』
「フェルディナント、氷に槍を振るえ!」
「そうか!わかった!!」
旋風のように、フェルディナントは鉄の槍を振るう。技を練習していたことは知っていたが、実戦でも成功したようだ。
砕かれた氷は礫と化して、周囲の盗賊を襲い、陣形を乱した。
「リンハルト、ドロテア! 閃光だ!」
「「はいっ!」」
上空へと、魔法を放つ。
光と雷の魔法が戦場を照らして、思わず盗賊は天を見上げる。
「ペトラ! 獲物を狙え!」
「はい!」
ペトラは指揮官へ、べレトは聖職者へ鉄の剣を振るう。
一連の行動で、冷静を保った者こそが、敵の要である。
「うぅ……」
「さすがにこれは、ね……」
「ベルナデッタ、ドロテア、休んでいろ。2人を頼んだぞ、フェルディナント、リンハルト。」
「ああ!任せたまえ!」
「僕なりには、がんばりますよ。」
フェルディナントですら、鮮血で動揺した。
貴族らしく耐えて、気丈に振る舞う。
守ることなら、今の彼らに任せることができる。
「ペトラ、やらないとやられる。」
「……そうですね。」
学び始めてたった2ヶ月の少年少女たちには、この死線は早すぎた。帰ったら少しくらいレアに文句を言ってもいいだろう、そう思いながらべレトは慣れ親しんだ鉄の剣を、両手で握り直した。
『生徒たちの前じゃ。やりすぎぬようにな。』
「……覚悟しろよ。」
盗賊たちは、怯む。
若くして機械的に命を狩る黒き鎧を纏った彼は。
「まさか、ジェラルト傭兵団の、『死神』……」
羽織った制服の上着を、べレトは今だけ捨てる。
攻撃こそ最大の防御。その紋章の力なのか、敵の血を得て、彼の傷は癒える。単騎で敵を斬り伏せることこそ、彼本来の戦い方だった。ジェラルトが制していたとはいえ、
ゆくゆく彼は、殺人鬼になっていただろう。
「運命を、呪え!」
もし血に染まったこの俺でも望むことが許されるのなら、自分の生徒には戦いをさせたくはない。
残酷な世界を、呪った。