ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
あれから数日が経った。
少しずつとはいえ、生徒たちは『現実』を受け入れている。
『うーん、うーん』
セイロス教の崇める女神が民に与えたと伝えられる紋章によって、貴族の跡継ぎさえ左右されており、紋章はフォドラ全土に影響を及ぼしている。自分の出自も知らないべレトもまた、紋章を持つ者の1人だった。
フォドラの地ではそんなセイロス教が根付いている。その開祖セイロスは、1000年以上昔の戦争で解放王ネメシスを討って、アドラステア帝国の建国にも関わったとされている。
(何か思い出せたか?)
『さっぱりじゃ。』
セイロス教に関する話を教会の大聖堂で聞きまわってもなお、ソティスは自分の名前しか思い出せていなかった。セイロス教の女神も同じ名前を持つから、セイロス教こそが何かのきっかけになるかもしれなかったのだ。
「やはり、この像は美しい。特に聖セスリーンは見事の一言だ。そう思わないか、フレン。」
「なぜ、この像だけが輝いているのでしょうか、お兄様?」
厳格を表しているかのような人物である、セテスの声を耳にして、べレトは像の前で立ち止まってしまう。いつもよりずっと優しげであって、どこか甘ったるくて、聞き慣れない声だった気がするのだ。
「ま!先生が大聖堂に来るとは珍しいですわ。」
「ようやく主に祈ることを覚えたか。…………ところで先ほどのことは忘れろ、いいな。」
念押しするセテスに対して、言いふらすつもりもないべレトは黙って頷いた。枢機卿であるレアに近しい人物であるセテスと、その妹であるフレンである。フレンはレアに似た緑色の髪を持っているし、血縁関係があるのかもしれない。
『いやはやこの2人、存外仲が良いようじゃの。』
セイロス教の教えで、様々な逸話を残す4聖人の像の前で祈る人も多い。2人もそうなのだろう。
「この後、お兄様と一緒に湖へ釣りをしに行くのですわ。ご一緒にいかが?」
「まあ、待て。この者は新任教師として忙しいのだ。」
せっかく取れた、フレンとの兄妹水入らずの時間をセテスは邪魔されたくはない。
「……また機会があれば。」
「そうですの。では、私たちはお先に。」
「精進したまえ。」
厳格な言い方だが、悪いイメージを抱くことはない。
彼なりの激励なのだろう。
「主よ、私をお導きください……」
『あの少女、ずいぶんと熱心に祈るのう』
聞き込みを始める前から、彼女は祈りを捧げている。外部から、山の上の教会まで訪れる人も多いこともあって、休日は人で賑わっていた。そういう理由で、大聖堂の隅なのだろう。
なんとも、彼女らしい。
「……あっ、先生もお祈りを?」
「……通りかかっただけだ。」
「そうですか……」
『うーむ、何を祈っているのか、気になるのう。ほれ、聞いてみよ。』
「一体、何を祈っていた?」
もしドロテアに聞かれていれば、減点をくらう聞き方である。
まっすぐ見つめて、まっすぐ尋ねた。
「えっ、えっと……具体的には何も……主に感謝を捧げ、加護を願う……それだけです。」
『ほほう、祈るとはそういうものなのか。』
「……セイロス教のことは詳しいのか?」
「す、すみません……主に祈っているだけであって、セイロス教の信徒、というわけでは……」
「なぜ?」
「えっと、人と関わることが、苦手で……そういう性格で……特に理由はないのですが……」
「そうか。」
「すみません……、こんな私のために時間をとらせてしまって……」
「時間に余裕がないわけじゃない。」
「で、でも、あの、……私のことは気にしなくても構いません。―――先生も不幸になります。」
失礼します、と深々と頭を下げて足早に去っていく。
『不幸になるのかの』
(どういうことかわからないな。)
もちろん、べレトなら追いかけることは容易い。
なぜマリアンヌが辛い顔をして、他人に不幸が起こると案じてくれるのか。そんな疑問が芽生えてべレトは立ち止まっていた。彼は恐怖という気持ちが芽生えたことがなく、決して未来を恐れない。
もう少し話をしたいと思っていて、もっと不思議だった。
一体、彼女は何を恐れているのか。
「あの。先生、今節の課題に僕も連れていってほしいんです。」
「……理由を聞こう。」
青獅子の学級の少年アッシュ。
課題協力を生徒自ら打診してきたことに、意識を向けた。
***
大量の本を抱えて、もっとも幼い少女は壁にもたれかかる。
「はぁはぁ……」
「リシテア、大丈夫!?」
リシテアのところへ駆けつけたのは、自分と似た白い髪を持つ次期皇帝だ。入学して以来、何かと声をかけてくれていた。お菓子をくれることは悪くはないけれど、彼女が優しさより、同情して接してくれる。
そんな関係をリシテアは嫌っていた。
「エーデルガルト……、またあんた?」
本を取り上げて、彼女は軽々と持つ。
紋章の『力』が魔導に偏っているリシテアとは違う。
「力仕事なら誰かに任せればいいのよ。同じクラスにラファエルやヒルダがいるじゃない。」
ここでヒルダを出す辺り、エーデルガルトも彼女の馬鹿力を知っている。
「子供扱いしないでくれます?」
「子供扱いなんてしていないわ。」
それに対してリシテアはもう我慢ができなくなった。
だから、踏み込んだ。
「ねぇ……あんたの髪色、昔からそうだった?」
「そうね、元々よ。」
「とぼけても無駄。わたしは、紋章を2つ宿したことで髪の色を失った。あんたもそうなんでしょ。」
「まあ、気づくわよね。……同じなのだから。」
人為的に、血の改造を施された。
決して、望まず。
「やっぱり。あんたもなんだ……」
それがわかってどうするというのだ。
運命が変わる?
一緒に苦しむ?
「ねぇ、リシテア、復讐をしたくはない?」
「こんな目に遭わせたやつらは許せない。こんな世界が憎くて仕方がない。」
「そうね。私も憎いわ。私は必ずこの世界の闇を討ち果たすわ。」
「でも、どうすればいいっていうのよ。」
私にはそれだけの時間も力もない。
「私に『力』を貸してほしい。変革をもたらし、紋章の価値を失くすつもりよ。ゆくゆくは貴族の制度も失くす。」
「エーデルガルト、あんたって……理想的」
エーデルガルトなら、この忌むべき『力』を正しく使ってくれると思えた。
「ええ。皆がいるから、理想を実現できる。」
「ねぇ、私とエーデルガルトでも……間に合う?」
「間に合わせるわよ、絶対に。」
それに、とエーデルガルトが続ける。
「リンハルトやヒューベルト、カスパルが私たちのために。今はハンネマン先生と一緒に紋章について研究してくれている。全てが終われば、紋章なんていらないわよね。」
「そうですね。紋章が消えても問題ない世界になるんですから。えっと、あいつも……、カスパルも?」
「珍しい発想の持ち主なのよ、彼。」
エーデルガルトは、額に手を当てた。
「その、本人は異世界から来たなんて、軽く口にしたの。もちろん私たちだけに。」
「異世界って……、どう見ても普通の男子ですよね、彼。」
あのチャワン蒸しも、彼の故郷の料理なのだろうか。
あれから何度か食べさせてもらっている。
「そうね。彼が常識人と思えるくらい、私の学級は個性的よ。」
「苦労してるんですね……。それで。あんたはなんでここに?」
「……実験に使う鼠が怖かったのよ。ちょっと訳ありでね。」
くすっと笑みが零れた。そこも私と同じなんだ。
「あんたも、かわいいところあるんですね。実は、女の子かどうか疑っていました。」
「正真正銘、女の子よ。あのヒューベルトが珍しく腹を抱えて笑っていたけれど、昔カスパルがくれたネコの人形がないと寝られないもの。………すぐに忘れなさい。」
「残念、記憶力はいい方なんですよ。そうですか、あいつがですか……」
気になっていた2人に、置いていかれたようなそんな気持ちだ。まあ、あいつもエーデルガルトもちゃんと手を引っ張ってくれる。2人のおかげで未来が開けたからか、どうにもそういう思考に陥ってしまう。
将来の夢を考えると、明るい気持ちになれるらしい。
「リシテア……?」
「1人じゃなかったんですね。私たち。」
「ええ。貴方も『力』を貸してほしい。」
「もちろん。」
抱きかかえてくれたエーデルガルトは温かい。
「ふふっ、いい子ね。」
「子供扱いしないでくれます? まったく。」
撫でる姉、拗ねる妹。
そう見えるだろうか。