ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル 作:ヒラメもち
フォドラ全土に及び、セイロス教の教徒は途方もない数である。『正義』がなにかを考える際、それは彼ら彼女らが信じる主に判断を委ねる。フォドラの民の道徳心はセイロス教の教えである。セイロス教は、フォドラを外から守ってきた『光』なのだ。
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王国の小領主ロナート卿が、教会に反旗を翻した。しかし規模は小さくすぐに騎士団によって掃討されたと聞く。べレトの父であるジェラルトは苦い顔をしながら、命令に従って出兵したことは脳裏に焼き付いている。
そして残党の討伐という『事後処理』が、今節の課題である。
(あれが、雷霆か……)
『並々ならぬ力を感じるな。』
『英雄の遺産』の1つである雷霆を携えているのは、女性の騎士だ。確か名は、カトリーヌだ。『英雄の遺産』とは、特定の紋章を持っているものしか、正しく扱うことができないとされる古代の最強武器だ。
同じ剣士として、彼女自身の実力も途方もないものだと感じた。
「霧が濃いですな。」
「ええ。森の中に逃げ込んだように見えて、誘い込まれたようね。」
ヒューベルトやエーデルガルトは、冷静に状況を判断している。カスパルもリラックスしているように見えて、周囲に神経を尖らせている。自分が受け持つ生徒の中でも、この3人は実戦経験が多い証拠だ。
「ロナート様、無事かな……」
「ねぇ、アッシュ君、どうしてロナート卿は兵を出したのかしら?……こういうことは言いたくないけれど……、彼らに勝ち目はないじゃない。」
課題協力を自ら言ってきたアッシュや、ドロテアたちの話にべレトは耳を傾ける。
「……ロナート様の親族の方が、『ダスカーの悲劇』で……その……、教会に処罰されたんです。だから、ロナート様は教会をよく思っていませんでした。」
「ああ、あの事件か。」
「ベルでも知ってます。……いっぱい人が……亡くなったとか……」
「私、ブリギットいた頃、聞いたこと、あります。」
「教会が王国の代わりに残党を処罰するというのは、かなり異例だったからね。……こりゃあ、今節の課題もきな臭いなぁ……はぁ……帰りたい……」
『どうやら、あの引きこもり少女ですら、知っておったようだぞ?』
(……悪かったな。)
王国で起きたという、ダスカー人による王の暗殺事件だ。家臣や騎士も多く亡くなったらしい。すでに4年経ったとはいえ、今ではダスカー人はその数を減らされ、差別されている。青獅子の学級のドゥドゥーもダスカー人の生き残りの1人だ。
ドゥドゥーが心優しい男なのは、確かだ。
「まったく、貴族の風上にも置けんな。」
「そんなことっ!……きっと、理由があったんですよ……」
「……すまん。このフェルディナント=フォン=エーギル、どうやら視野が狭くなっていたらしい。確かに、ダスカーの悲劇には納得のいかない箇所が多い。」
「……どういうことだ?」
「先生、ダスカー人は屈強な者が多いのだ。だがしかし、王国騎士の精鋭を越えてなお、亡き王のもとにまでたどり着けるのかと思ってな。」
「……そうか。」
ダスカー人やロナート卿の親族は、なにかの陰謀に巻き込まれたのかもしれない。
「おい! べレト、作戦変更だ!」
「……なにかあったか?」
先を歩いていたカトリーヌが振り向かないまま、告げる。
「どうやら、乱戦になりそうだ。あたしは1人でつっこむ。」
「……そうか。」
「愛想ねぇな。こいつら置いていくから、生徒のことは優先しろ、べレト先生。」
彼女の騎士団を置いて、短期特攻。
その行動はかつての自分に似ていた。
「……無論だ。」
剣を構えると、『英雄の遺産』は輝く。
霧の中に入っていった。
人の悲鳴が響いて―――途絶える
「容赦ねぇな、あの人。」
「私たちはどうするのかしら、師?」
「戦闘準備だ。固まって、進軍する。」
「位置を悟らせぬようにしませんとな。ベルナデッタ殿は、どうぞお静かに。もし叫んだのなら……」
「さ、叫んだなら?」
「ククク、私が黙らせますよ。」
「ひぇぇっぇえ!!」
「ヒューベルト、ベルナデッタ怖がって、ます。」
「おやおや、それは申し訳ない。」
緊張感を紛らわせるためなのだろうが、それでも目立ちすぎている。
「おしゃべりはそこまでよ。皆、視界に入った瞬間、敵を討ちなさい。」
「まっ、これだけ油断しているんだ。」
「カスパル、わかっているわね。」
もちろん、べレトも準備はしていた。移動の時に物音を立て、連携も不足していて、相手は戦いの素人だ。
「ようやく、出てきてくれたかぁ!」
その斧を片手で弾き、拳を放つ。
「……あぶねぇな、ほんと。」
咄嗟に威力を弱めたカスパルはホッとする。呻き声を発して糸が切れたように、ドサリと倒れた彼は鎧すら身に着けていない。
「まさか街のみんなまで戦場に!?」
アッシュが一早くそう叫ぶ。
倒れた兵は防具をしておらず、鉄の斧も錆びたもの。
「……民兵ということか。」
「くっ、なんたることだ。貴族であるロナート卿は一体何を考えているっ!」
「ちょっと、やりづらいわね……」
「はぁ、どうやっても降参してくれないだろうね。」
「うぅ、なんで来ちゃうんですかぁぁ」
「落ち着きなさい!」
動揺する生徒たちをエーデルガルトは、一喝した。
「それだけの覚悟をもって、ロナート卿は教会に挑んだだけのこと。だから、―――私たちも迎え撃つだけよ。」
「ここは私が……っ!」
霧の中から飛んできた矢を、ヒューベルトがその手刀で弾いた。
「拙い弓術で、まさかエーデルガルト様を狙うとは……、覚悟はできているか?」
闇の魔法が霧の中を突き進んで、着弾した。
ここから見えはしないが、想像はできる。
「そんな……」
「化け物か、こいつら!!」
「領主様を死なせるかぁ!」
騎士団の報告より明らかに兵士の数が多い。
霧から現れて各々武器を構えたが、拙い。
この大半が民兵なのだ。
「ひぃぃぃ、こんなにいたんですかぁ!?」
「万事休す、だね。」
「霧が濃く視界が悪い。そして統制も取れておりませぬ。エーデルガルト様、お気をつけて。」
べレトとしても、むしろやりづらい相手だ。
「エーデルちゃんだけじゃなくて、私たちも助けてよ、ねっ!」
「民よ、それがロナート卿の望んだことなのか!?」
「みんな、やめようよ……どうして……」
混戦が続いていた。
「ロナート様、おらたちの分まで……生きて」
無謀にも立ち向かってくる民兵を、べレトも斬る。
『残酷よな。なぜ人と人とが争わねばならぬのじゃ。』
(……彼らが望んだことだ。)
怨念を残して、その命を散らしていく。その冷たくなっていく身体が周囲の足場を悪くする。その鮮血の臭いが彼ら彼女らの顔を歪める。生徒たちの動きは少しずつ鈍り、エーデルガルトでさえも、肩で息をしている。
「動きが鈍っておりますよ、番犬」
「殺さないようにするって簡単じゃないんだ。」
「やれやれ。理由がわかっていてなお、無駄な体力を使うとは。やはり貴殿は、甘い。」
「むっ、今日はヒューくんは休んでいいぞ。先に行く。」
「ククク、喧嘩を売っているのですかな?気をつけられよ。」
軽口を叩き合う彼らは仲が良いのか悪いのかわからない。生徒の中で2人はかなり戦い慣れているからか、いつも通りのようだ。
「そこですかな。」
ガサッと草木が揺れ、躊躇いなく手を伸ばす。
「がっ……」
「どうやら、ロナート卿は上に立つ『力』はないのでしょう。」
「キ、サマ……」
「勝てる見込みのない戦と知っていて死地に向かう雑兵など―――生きる価値はありませぬな」
「ヒューベルト、残酷、です!」
「邪魔しないでもらいたい。」
ペトラは制する。
片手で男の首を持ち上げた彼は、その魔法を止めない。
「そのようにお辛そうな顔をして、エーデルガルト様が手を出すこともありません。残りは、私がやりましょう。」
人だったものが、投げ棄てられる。
「いいえ。私は決して運命から逃げることはしないわ。」
「ククク、さすがはエーデルガルト様。」
「カスパルはかなり前へ行ったみたいね。まったく無茶ばかりする。」
「我々より先に多くの民兵を気絶させればいい。いやはや番犬らしい愚行ですな。」
「貴方もカスパルも私に忠実でないからこそ、隣に置きたいのよ。私も前線に行くわ。」
「お気をつけて。」
血に濡れたヒューベルトは『死神』に近いように思えて、遠いものを感じる。覚悟と確かな意志をもって、何かを成そうとしている。
「ヒューベルト、もう、やめましょう!」
「ペトラ殿。我々は教会から許可を得ているのです。罪を感じることはありません。今この時、我々は教会の兵士なのです。」
それでも、と言葉を続ける。
「お優しい貴殿が私を怨むのを躊躇うのであれば、その命令を下した教会を怨めばよろしいかと。」
「そんな……こと……」
「上に立つ者は相応の責任を負うのですよ。貴殿もブリギットの姫なのだから、覚えておくといい。」
「でも、フォドラ、同じ住む人です……」
「ペトラ殿、邪魔しないでもらいたい。なぜなら……」
闇の魔法で、護衛の騎士が倒れ伏す。
リンハルトは彼に手を翳そうとして、首を振った。
「こういうことが起こりうるからです。」
「ヒューベルト、助けられた?……私の、せい……?」
「セイロス教の騎士は名誉ある死を遂げた。それでいいのです。ペトラ殿が責任を感じる必要はありません。」
「でも!」
ヒューベルトは大きくため息をついた。これ以上、論争しても時間の無駄だということだ。
「それでは、先程のガスパール兵を処理しなければなりませんので、失礼。」
べレトとペトラは、彼の歪さに気づいた。
「まあ、ああいう考えの持ち主なんですよ。エーデルガルト第一主義って言えばいいのかな。」
「……どういうことだ?」
「ヒューベルトも、あとカスパルも、エーデルガルトのためだなんだと言いながら、勝手に独断で動き回るんです。それでいて3人が喧嘩しないんですよね。あー、お二人がどうにかしてくれるなら、どうにかしてください。エーデルガルトも一応友達なんで。」
早口で、リンハルトはそう言い切る。
初めて見る、真剣な目だった。
皇帝としてのエーデルガルトを求められ、個人としてのエーデルガルトを求められ、今一番辛いのはエーデルガルトなのだろう。
『難儀な関係じゃのう……どうした?』
「……戦況が変わったか。」
霧が晴れていく。
ヒューベルトが追った魔導士の仕業だったらしい。
「……あれが教会最強の騎士か。」
かつてのべレトは『機械』だったが、彼女は『正義』のためにそれを成した。
「まったく、ヒューベルトが可愛く思えますよね。……いや、さすがに冗談ですよ。」
カトリーヌの周りには、多くの屍だ。そして彼女が突き進んだ道がわかるほどの、おびただしい血が地面に飛び散っている。彼女はロナート卿を馬から引きずり下ろし、雷霆を彼の首に向けていた。
『あの騎士。よもや、ここまでとは……』
「……生徒は無事だろうか。」
「そうですね。……僕の出番はないみたいです。」
ここで自分の生徒の安否を確認してしまうあたり、べレトはヒューベルトの考え方を否定することはできないのだろう。気絶したベルナデッタがフェルディナントに背負われているが、大きな怪我はないようだ。
「レアは民を欺き、主を冒涜する背信の徒だ!」
「……なんだって?」
「大義は我らにあり、主の加護も我らにある! わしは悪鬼を討たねばならぬ!!……たとえこの身が果てようとも!!」
血を吐きながら、彼は叫んだ。
「じゃあ望み通り、果てな。主に歯向かったあんたは―――罪人さ」
雷の剣が躊躇いもなく、振るわれる。
世界を呪って、彼は逝った。
「ロナートさまぁっ!!」
アッシュの絶叫が、響く。
『生徒たちの憤りは、おぬしが取り除くのじゃぞ。』
(……ああ。わかってる。)
霧は晴れた。
しかし靄がかかったような感覚だった。
「もう少しだけ、耐えてくれていたのなら……せめて帝国に……」
エーデルガルトのつぶやいた言葉は、風に消えた。