ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル   作:ヒラメもち

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第8話 光と闇

フォドラ全土に及び、セイロス教の教徒は途方もない数である。『正義』がなにかを考える際、それは彼ら彼女らが信じる主に判断を委ねる。フォドラの民の道徳心はセイロス教の教えである。セイロス教は、フォドラを外から守ってきた『光』なのだ。

 

 

****

 

 

王国の小領主ロナート卿が、教会に反旗を翻した。しかし規模は小さくすぐに騎士団によって掃討されたと聞く。べレトの父であるジェラルトは苦い顔をしながら、命令に従って出兵したことは脳裏に焼き付いている。

 

そして残党の討伐という『事後処理』が、今節の課題である。

 

(あれが、雷霆か……)

『並々ならぬ力を感じるな。』

 

『英雄の遺産』の1つである雷霆を携えているのは、女性の騎士だ。確か名は、カトリーヌだ。『英雄の遺産』とは、特定の紋章を持っているものしか、正しく扱うことができないとされる古代の最強武器だ。

 

同じ剣士として、彼女自身の実力も途方もないものだと感じた。

 

「霧が濃いですな。」

「ええ。森の中に逃げ込んだように見えて、誘い込まれたようね。」

 

ヒューベルトやエーデルガルトは、冷静に状況を判断している。カスパルもリラックスしているように見えて、周囲に神経を尖らせている。自分が受け持つ生徒の中でも、この3人は実戦経験が多い証拠だ。

 

「ロナート様、無事かな……」

「ねぇ、アッシュ君、どうしてロナート卿は兵を出したのかしら?……こういうことは言いたくないけれど……、彼らに勝ち目はないじゃない。」

 

課題協力を自ら言ってきたアッシュや、ドロテアたちの話にべレトは耳を傾ける。

 

「……ロナート様の親族の方が、『ダスカーの悲劇』で……その……、教会に処罰されたんです。だから、ロナート様は教会をよく思っていませんでした。」

「ああ、あの事件か。」

「ベルでも知ってます。……いっぱい人が……亡くなったとか……」

「私、ブリギットいた頃、聞いたこと、あります。」

「教会が王国の代わりに残党を処罰するというのは、かなり異例だったからね。……こりゃあ、今節の課題もきな臭いなぁ……はぁ……帰りたい……」

 

 

『どうやら、あの引きこもり少女ですら、知っておったようだぞ?』

(……悪かったな。)

 

王国で起きたという、ダスカー人による王の暗殺事件だ。家臣や騎士も多く亡くなったらしい。すでに4年経ったとはいえ、今ではダスカー人はその数を減らされ、差別されている。青獅子の学級のドゥドゥーもダスカー人の生き残りの1人だ。

 

ドゥドゥーが心優しい男なのは、確かだ。

 

 

「まったく、貴族の風上にも置けんな。」

「そんなことっ!……きっと、理由があったんですよ……」

「……すまん。このフェルディナント=フォン=エーギル、どうやら視野が狭くなっていたらしい。確かに、ダスカーの悲劇には納得のいかない箇所が多い。」

「……どういうことだ?」

「先生、ダスカー人は屈強な者が多いのだ。だがしかし、王国騎士の精鋭を越えてなお、亡き王のもとにまでたどり着けるのかと思ってな。」

「……そうか。」

 

ダスカー人やロナート卿の親族は、なにかの陰謀に巻き込まれたのかもしれない。

 

 

「おい! べレト、作戦変更だ!」

 

「……なにかあったか?」

 

先を歩いていたカトリーヌが振り向かないまま、告げる。

 

「どうやら、乱戦になりそうだ。あたしは1人でつっこむ。」

「……そうか。」

「愛想ねぇな。こいつら置いていくから、生徒のことは優先しろ、べレト先生。」

 

彼女の騎士団を置いて、短期特攻。

その行動はかつての自分に似ていた。

 

 

「……無論だ。」

 

剣を構えると、『英雄の遺産』は輝く。

霧の中に入っていった。

 

 

 

人の悲鳴が響いて―――途絶える

 

 

「容赦ねぇな、あの人。」

「私たちはどうするのかしら、師?」

「戦闘準備だ。固まって、進軍する。」

「位置を悟らせぬようにしませんとな。ベルナデッタ殿は、どうぞお静かに。もし叫んだのなら……」

 

「さ、叫んだなら?」

「ククク、私が黙らせますよ。」

「ひぇぇっぇえ!!」

「ヒューベルト、ベルナデッタ怖がって、ます。」

「おやおや、それは申し訳ない。」

 

緊張感を紛らわせるためなのだろうが、それでも目立ちすぎている。

 

 

「おしゃべりはそこまでよ。皆、視界に入った瞬間、敵を討ちなさい。」

「まっ、これだけ油断しているんだ。」

「カスパル、わかっているわね。」

 

もちろん、べレトも準備はしていた。移動の時に物音を立て、連携も不足していて、相手は戦いの素人だ。

 

 

「ようやく、出てきてくれたかぁ!」

 

その斧を片手で弾き、拳を放つ。

 

「……あぶねぇな、ほんと。」

 

咄嗟に威力を弱めたカスパルはホッとする。呻き声を発して糸が切れたように、ドサリと倒れた彼は鎧すら身に着けていない。

 

 

「まさか街のみんなまで戦場に!?」

 

アッシュが一早くそう叫ぶ。

倒れた兵は防具をしておらず、鉄の斧も錆びたもの。

 

「……民兵ということか。」

「くっ、なんたることだ。貴族であるロナート卿は一体何を考えているっ!」

「ちょっと、やりづらいわね……」

「はぁ、どうやっても降参してくれないだろうね。」

「うぅ、なんで来ちゃうんですかぁぁ」

 

「落ち着きなさい!」

 

動揺する生徒たちをエーデルガルトは、一喝した。

 

「それだけの覚悟をもって、ロナート卿は教会に挑んだだけのこと。だから、―――私たちも迎え撃つだけよ。」

「ここは私が……っ!」

 

霧の中から飛んできた矢を、ヒューベルトがその手刀で弾いた。

 

「拙い弓術で、まさかエーデルガルト様を狙うとは……、覚悟はできているか?」

 

 

闇の魔法が霧の中を突き進んで、着弾した。

ここから見えはしないが、想像はできる。

 

「そんな……」

 

「化け物か、こいつら!!」

「領主様を死なせるかぁ!」

 

騎士団の報告より明らかに兵士の数が多い。

 

霧から現れて各々武器を構えたが、拙い。

この大半が民兵なのだ。

 

 

「ひぃぃぃ、こんなにいたんですかぁ!?」

「万事休す、だね。」

「霧が濃く視界が悪い。そして統制も取れておりませぬ。エーデルガルト様、お気をつけて。」

 

べレトとしても、むしろやりづらい相手だ。

 

「エーデルちゃんだけじゃなくて、私たちも助けてよ、ねっ!」

「民よ、それがロナート卿の望んだことなのか!?」

「みんな、やめようよ……どうして……」

 

 

混戦が続いていた。

 

 

「ロナート様、おらたちの分まで……生きて」

無謀にも立ち向かってくる民兵を、べレトも斬る。

 

 

『残酷よな。なぜ人と人とが争わねばならぬのじゃ。』

(……彼らが望んだことだ。)

 

怨念を残して、その命を散らしていく。その冷たくなっていく身体が周囲の足場を悪くする。その鮮血の臭いが彼ら彼女らの顔を歪める。生徒たちの動きは少しずつ鈍り、エーデルガルトでさえも、肩で息をしている。

 

「動きが鈍っておりますよ、番犬」

「殺さないようにするって簡単じゃないんだ。」

「やれやれ。理由がわかっていてなお、無駄な体力を使うとは。やはり貴殿は、甘い。」

「むっ、今日はヒューくんは休んでいいぞ。先に行く。」

「ククク、喧嘩を売っているのですかな?気をつけられよ。」

 

軽口を叩き合う彼らは仲が良いのか悪いのかわからない。生徒の中で2人はかなり戦い慣れているからか、いつも通りのようだ。

 

 

「そこですかな。」

 

ガサッと草木が揺れ、躊躇いなく手を伸ばす。

 

「がっ……」

「どうやら、ロナート卿は上に立つ『力』はないのでしょう。」

 

「キ、サマ……」

 

「勝てる見込みのない戦と知っていて死地に向かう雑兵など―――生きる価値はありませぬな」

「ヒューベルト、残酷、です!」

 

「邪魔しないでもらいたい。」

 

ペトラは制する。

片手で男の首を持ち上げた彼は、その魔法を止めない。

 

「そのようにお辛そうな顔をして、エーデルガルト様が手を出すこともありません。残りは、私がやりましょう。」

 

人だったものが、投げ棄てられる。

 

「いいえ。私は決して運命から逃げることはしないわ。」

「ククク、さすがはエーデルガルト様。」

「カスパルはかなり前へ行ったみたいね。まったく無茶ばかりする。」

「我々より先に多くの民兵を気絶させればいい。いやはや番犬らしい愚行ですな。」

「貴方もカスパルも私に忠実でないからこそ、隣に置きたいのよ。私も前線に行くわ。」

「お気をつけて。」

 

血に濡れたヒューベルトは『死神』に近いように思えて、遠いものを感じる。覚悟と確かな意志をもって、何かを成そうとしている。

 

 

「ヒューベルト、もう、やめましょう!」

「ペトラ殿。我々は教会から許可を得ているのです。罪を感じることはありません。今この時、我々は教会の兵士なのです。」

 

それでも、と言葉を続ける。

 

「お優しい貴殿が私を怨むのを躊躇うのであれば、その命令を下した教会を怨めばよろしいかと。」

「そんな……こと……」

「上に立つ者は相応の責任を負うのですよ。貴殿もブリギットの姫なのだから、覚えておくといい。」

「でも、フォドラ、同じ住む人です……」

 

 

「ペトラ殿、邪魔しないでもらいたい。なぜなら……」

 

闇の魔法で、護衛の騎士が倒れ伏す。

リンハルトは彼に手を翳そうとして、首を振った。

 

 

「こういうことが起こりうるからです。」

「ヒューベルト、助けられた?……私の、せい……?」

「セイロス教の騎士は名誉ある死を遂げた。それでいいのです。ペトラ殿が責任を感じる必要はありません。」

「でも!」

 

ヒューベルトは大きくため息をついた。これ以上、論争しても時間の無駄だということだ。

 

「それでは、先程のガスパール兵を処理しなければなりませんので、失礼。」

 

べレトとペトラは、彼の歪さに気づいた。

 

 

「まあ、ああいう考えの持ち主なんですよ。エーデルガルト第一主義って言えばいいのかな。」

「……どういうことだ?」

「ヒューベルトも、あとカスパルも、エーデルガルトのためだなんだと言いながら、勝手に独断で動き回るんです。それでいて3人が喧嘩しないんですよね。あー、お二人がどうにかしてくれるなら、どうにかしてください。エーデルガルトも一応友達なんで。」

 

早口で、リンハルトはそう言い切る。

初めて見る、真剣な目だった。

 

皇帝としてのエーデルガルトを求められ、個人としてのエーデルガルトを求められ、今一番辛いのはエーデルガルトなのだろう。

 

 

『難儀な関係じゃのう……どうした?』

「……戦況が変わったか。」

 

霧が晴れていく。

ヒューベルトが追った魔導士の仕業だったらしい。

 

 

 

「……あれが教会最強の騎士か。」

 

かつてのべレトは『機械』だったが、彼女は『正義』のためにそれを成した。

 

 

「まったく、ヒューベルトが可愛く思えますよね。……いや、さすがに冗談ですよ。」

 

カトリーヌの周りには、多くの屍だ。そして彼女が突き進んだ道がわかるほどの、おびただしい血が地面に飛び散っている。彼女はロナート卿を馬から引きずり下ろし、雷霆を彼の首に向けていた。

 

 

 

『あの騎士。よもや、ここまでとは……』

「……生徒は無事だろうか。」

 

「そうですね。……僕の出番はないみたいです。」

 

ここで自分の生徒の安否を確認してしまうあたり、べレトはヒューベルトの考え方を否定することはできないのだろう。気絶したベルナデッタがフェルディナントに背負われているが、大きな怪我はないようだ。

 

 

「レアは民を欺き、主を冒涜する背信の徒だ!」

「……なんだって?」

「大義は我らにあり、主の加護も我らにある! わしは悪鬼を討たねばならぬ!!……たとえこの身が果てようとも!!」

 

血を吐きながら、彼は叫んだ。

 

「じゃあ望み通り、果てな。主に歯向かったあんたは―――罪人さ」

 

雷の剣が躊躇いもなく、振るわれる。

世界を呪って、彼は逝った。

 

 

「ロナートさまぁっ!!」

 

アッシュの絶叫が、響く。

 

 

『生徒たちの憤りは、おぬしが取り除くのじゃぞ。』

(……ああ。わかってる。)

 

 

霧は晴れた。

しかし靄がかかったような感覚だった。

 

 

「もう少しだけ、耐えてくれていたのなら……せめて帝国に……」

 

エーデルガルトのつぶやいた言葉は、風に消えた。

 

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