アドシアードの準備中。時間がたつにつれやる気がなくなってきた祐樹は屋上で昼寝をしていた。暖かい太陽の光に包まれ意識が半分飛びかかっていたその時、突然視界がレキの顔で覆われた。お互いに無言のまま数秒が過ぎたのち祐樹がゆっくりと口を開く。
「……なに?」
簡潔な問いにレキもまた、カロリーメイトを二つ取り出し簡潔に答える。
「食事の時間です」
そう言えば腹が減ったなと思い、祐樹はゆっくりと体を起こし、レキは祐樹の隣に腰を下ろした。
袋を開ける音が小さく響き、下の体育館で朝食をとっているであろう武偵たちの声がそれをかき消した。渡されたカロリーメイトをかじり口の中の水分が吸い取られていくのを感じた。
「どうしたんだ?」
「……なにがですか?」
的を得ない質問にレキが首をかしげる。本当に、いったい自分は何を聞きたかったのかカロリーメイトをかじりながら考える。いや、レキに聞きたいことはたくさんある。それは祐樹も分かっていたが、聞いてしまえばこんな風に一緒に食事を食べることもなくなるんだろう。そう思うと祐樹は質問できなかった。
それは、レキも同じだ。
「ごめん、なんでもない」
「そうですか」
それは、グレイマンとして生きていたころには全くなかった感情だった。必死に言葉を探して、自分ではなく相手の事を思いやり、ともにいる時間を楽しみ、少しでも長く。
しかし、グレイマンとして生きるには、この感情が不要なことは分かっていた。
「――レキ」
「……なんですか?」
「もう一個ないか?」
空になったカロリーメイトの袋をつまみながら祐樹は不満げに言った。レキは小さく笑いながら答えた。
「私の、はんぶんいりますか?」
食事が終わり、口の中の水分を完全に持ってかれた祐樹は水でも買おうと自販機に向かっていた。角を曲がると、自販機にはすでに先客がいた。何かあったのだろう。首をかしげ、自販機を軽く叩いている。
「どうした、美咲」
「ひゃあ! し、東雲くん! どどうしてこここ」
祐樹としては軽く声をかけたつもりだったのだが、声をかけられた方といえば、近くで拳銃を発砲されたかのように驚いている。
「いや、俺もなんか飲み物買おうと思ったんだけど、どうしたんだ?」
祐樹の質問に美咲は一瞬言葉に詰まったが、視線をさまよわせながらか細い声で呟いた。
「い、いやあの、えっと、お、お金を飲み込まれて」
恥ずかしそうに指をからめ頬を赤らめる姿に思わず失笑してしまう。
「し、東雲くんも、や、やめたほうが」
美咲の制止を振り切り自販機の前に立つ。しかし、その手には財布もなければ金もない。取られたら取り返せというのを祐樹は今モットーに決めた。腰を落とし右足を一歩前に出す。この時点で美咲はなんとなく気づいたようだが、止めようとはしない。どうやら相当な額の金をのみこまれたようだ。
「――おらぁ!!」
一切の手加減もなく放たれた蹴りはまっすぐ自販機に吸い込まれた。ちょっと足の骨にひびが入った感じがしたが、意識するころには治っている。ただの超能力の無駄遣いである。
自販機の何かがバグった感じの音を響かせながら大きく揺れつつ、缶ジュースがいくつか落ちてくる。直後、危険を告げる赤いアラームが点灯し、嫌な予感が二人をよぎる。
盗難防止用アラームが鳴り響くのと二人が逃げ出すのはほぼ同時だった。
「――ばれてないよな?」
アラームが聞こえなくなるまで逃げ続け足を止める。久しぶりの余談だが、逃げている途中の美咲のプリンの揺れがものすごかったことをここに記しておこう。
「た、たぶん」
蘭豹にばれたら殺されるなと思いながら缶ジュースを三つ美咲に放り投げる。ポケットからコーラを取り出し、栓を開ける。炭酸の抜ける音とともに甘い香りが漂ってくる。コーラを一口飲み、のどを潤し気持ちを落ち着かせる。
ふと、視線を感じ美咲の方に顔を向けると、お茶に口も付けず祐樹の顔を見つめていた。
目が合っているのに一言もしゃべらず眼を見つめる美咲になぜか頬が赤くなった。完全に停止している美咲に近づき、でこピンをあてる。
「あう! ――は!? って、これはまま、まさか、こ、ここ恋人の戯れ!?」
突然顔をトマトのように赤く染め、小声で何かを呟いている。断片的に聞こえるのは、恋人の戯れ、周りに人がいない、ブルーシート。そして、突然のアヘ顔。
どんな方程式を作ったのか祐樹には全く分からないが、とりあえず、美咲の手から滑り落ちたお茶をつかみ、アヘ顔少女を放置し腰を下ろす。
この状態になるとしばらくこっちの世界(つまり現実)の言葉は全く届かないことが経験上分かっているので、いつも通り美咲が戻るまで、少し待つことにした。
・カロリーメイト
なんだかんだいっておいしい
・恋人の戯れ
「はは、こいつぅ~」みたいな
・お茶
『せーい! お茶』
・いつも通り
分かりにくいふくせん