日常話が見たいんです…   作:瓦餅

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蒼白詩編 三ページ目の後のお話し


【テトラ・グラマトン】の食事 1

■【テトラ・グラマトン】

 

張は思案していた。

「むぅぅ、ちゃんおじしゃん、おなかへったー」

 

エミリーがお昼ご飯を食べたがっているのだ。いや、エミリーだけではない。

 

「うぅ、ごめんなさい」

 

【エルトラーム号】での闘いにて保護した少女、ドリスもいる。

幾らか落ち着いたと言えど、目の前で父親を亡くした少女は泣き跡がここ最近常にある。夜に思い出しては泣いているようだ。

だが、悲しみのどん底でもお腹は減るようだ。今はご飯を食べてくれるようになったが、少し前まではほぼ手をつけれなかった。

今でさえ、量自体はかなり少ない。

 

(無理に食べさせるわけにはいかないのだが、このままでは身体に悪いな)

 

張はドリスに罪悪感を抱いている。間接的とはいえ、彼女の父親の死を引き起こした遠因に自身が関わっているからだ。

彼はラスカルに指摘されたように、裏社会においては善人が過ぎる。

善人が過ぎる故、<蜃気楼>の中では過激な黄河ではなく、カルディナの支部を任されていた。

それは先代香主、そして今は囚われの華龍が彼の事をよく理解されていたからであり、彼自身も薄々感じてはいた。

そんな彼だからこそ、子供が悲哀に暮れるのも、このまま具合が悪くなるのも良しとはしない。

 

ちなみに今ラスカルとマキナは【紅縞瑪瑙(サードニクス)】の修復・改良中であり、【テトラ・グラマトン】には乗ってない。

 

故に張が厨房に立つしかないのだ。

 

(さて、どうしようか。具材は野菜、肉、香辛料、調味料と案外豊富にあるな。ラスカルさんの趣味だろうか)

 

ラスカルというよりはマキナが勝手に拾ってきた、奪ってきたものが調味料には多くある。冷蔵庫や保管庫型アイテムボックスに入っている為に品質自体は安全だが、用途が謎のものばかりである。

卵、ケチャップ、鶏肉など様々な具材もある。

張は少し悩んだ後、彼は何を作るか決めた。

 

「二人とも、ちょっと待っててくれ、今作るから」

「わかっちゃ〜!まってる!どりしゅだいじょうう?」

「うん、大丈夫」

 

張は男の一人料理はできるが、料理を得意とは言えなかった。できると得意は違う。

そんな彼だが、二人の少女の為にできる限りの料理を作った。

 

◇◇◇

 

「二人とも、できたぞ」

「わぁーい!おじしゃんありがとう!」

「ありがとうございます…」

 

張が二人の前に出した皿には黄色いドームが乗っていた。

オムライスである。張なりに子供が好きそうなものを考えて、作ったものだ。ケチャップはかかっておらず、一緒に持ってきていた。

 

「いただきまーしゅ!」

「いただきます…」

「ん!」

「…」

 

一口食べた時、エミリーは少し驚いた。ドリスも声こそ出さないが、目が少し開いた。

張が作ったのはオムライスだが、少し変わっている。リアルで言うならば中華風、デンドロならば黄河風オムライスと言うとこだろう。子供向けに辛いものは使ってない。ケチャップライスにオイスターソースや中華だしに近い物を用いたのだ。

具材は焼豚、人参、長ねぎ、きのこなどである。

無論、彼は普通のオムライスも作れる。何故彼が中華風オムライスを作ったのか。

 

それは幼い頃の華龍が食べて喜んでいた記憶があった。

香主としての立ち振る舞いを学んでいた彼女に、彼女の乳母がこっそり作ってあげていた。偶然見つけてしまった張は乳母に丸め込まれ、黄河にいる時は何回か振舞われた。

もののついでで、乳母役に調理も教えてもらったのだ。

 

(偶にはご飯作った自分で作った方がいいですよ!気分転換になりますし、なんて言っていたかな)

 

張は当時のことを思い出す。

 

「ごちそうしゃまでした!」

 

気づけばエミリーはもう既に食べ終わっていた。口にはケチャップライスの跡がついている。余程気に入ったのか、半ば音速起動を使ったらしい。そんな姿に張は年相応だと少し微笑ましくなる。戦闘時以外は可愛らしいものである。

 

一方のドリスは少し食べたところでスプーンが止まっていた。気づけば彼女の双眸に涙が溜まっている。

 

(しまったな…)

 

オムライスが不味くて食べてないとか、嫌いならばまだ良いだろう。

察しの良い張である。ドリスが父親との思い出をオムライスで思い出したのだろうとすぐに考えた。

子供が好きな食べ物なのだ。親が食べさせる機会など考えればあり得るのだ。

 

事実、ドリスは平和だった家族で食べたオムライスを思い出していた。

彼女にとっての幸せ。本来なら既に訪れている筈のそれは、鳴り響く銃声と共に二度と手に入らなくなった。今は優しい人達に助けて貰ってるが、こんな状況もいつまで続くかわからない。

喪失感と不安が渦巻きに心が沈んでいく。

それは涙という形になって現れそうになったがーー

 

「ぶちゅー」

 

エミリーがドリスのオムライスにケチャップをかけた。いきなりの事であり、泣き出しそうだったドリスも何と声をかけるか困惑していた張も固まった。

対するエミリーは二人の視線に気づくと不思議そうに首を傾げた。

 

「どりしゅ、けちゃぷ足らないんじゃなかっちゃの?」

「…ううん」

 

ビックリしたドリスだったが、エミリーのその的外れの優しさに呆気を取られた。それは渦巻いた悪感情を何処かに飛ばした。笑うほどではないが、少しばかし心が軽くなった。

 

「うぅ、ごめんなしゃい」

 

いらないことをしたと思ったのかエミリーがバツが悪そうに謝る。

 

「えっ、あっ、だいじょうぶ!かけてくれてありがとう!」

「しょうなの?よかっちゃ!」

 

エミリーの善意に心が軽くなったドリスも心なしか表情も楽になっていた。エミリーもドリスに大丈夫と言われて嬉しげに笑う。

 

「あの、エミリーちゃん。よかったらすこしたべる?あたしにはちょっとおおいから」

「いいの!ありがとう!」

「うん!」

 

(時間が解決するのだろうか)

 

二人のその光景を見て、張は思った。

ドリスの心はそう簡単に癒せるものではないし、完治できるものでもない。だが、今のように少し和らげることができるなら、いつかは落ち着くのかもしれないのだ。

 

(気をつけながらになるが、一緒にいる間は俺も手助けしよう)

 

闇社会に人生を費やしてきた、張だったが<IF>に入ってからは最初に言われた仕事である子守をしている。

しかもいつのまにか二人になっていた。

だが、そんな日々も悪くはないと心の何処かで感じていた。

 

 

二人が食べ終わってから張は食事を取っていた。一緒に食べてもよかったが、何かーードリスが泣くなどーーあった時の為に控えていた。

それに引け目を感じる相手と一緒に食事を取ってよいのか躊躇った。

 

自分も折角だからとオムライスを食べていた。

味付けが乳母のものと少し異なった。恐らくは使ってる調味料が違うのだ。

 

食べて頭に浮かぶのは囚われの身か殺害されたかもしれないと香主の事だ。

<蜃気楼>を失った。それについての感傷はもう浸りきったと思っていた。

最後の一人としてここ<IF>で組織が為すはずだった乾坤一擲を己の身で為すと揺るがない決意をしたのだ。変わらない過去を嘆くのは終わりにした筈だった。

 

(そうだ、香主様ももういないのだ。誰もいないのを改めて実感するとなると…)

 

ドリスやエミリーが食べているのを見て、年若い彼女の幼少をより鮮明に思い出したのだ。

胸懐がこみ上げる。

 

「なんだ、アンタが作ったのか?それ」

 

張が振り向くと扉の方にラスカルがいた。どうやら【紅縞瑪瑙】の修復が一段落し、風呂でも入ったのか湯上り姿であった。

 

「ええ、ラスカルさん、エミリーとドリスがお腹を空かせていたので、そのついでに作りました。」

「なるほどな…まだ材料はあるか?」

「えぇ、あった筈です」

 

(食べるかわからないから作ってはなかったがお疲れならば)

 

「良かったら作りましょうか?」

「あぁ、そうして貰えるとありがたい。マキナは当分戻ってこないだろうし」

 

少し前まで気が滅入りかけていた張だったがラスカルが来てからはからりと気持ちを切り替えた。

<IF>全員はわからないが、少なくともラスカルは今信頼を寄せれる唯一の人間だ。無論エミリーもいるが、組織的な関係よりは守り役である。

今の張の心の支えはラスカルがもたらしたものが大きい。だからこそ彼がいると気の持ちようもマイナスからプラスに変わる。

 

「では、今お作りしま」

「席を立たなくて大丈夫だ。食べ終わってからでいい。少し隣で休む」

「分かりました」

 

ラスカルは張の隣に座る。

 

「しかし旨そうだな、アンタ料理もできるんだな」

「実はこの料理はーー」

 

そんなラスカルに少しばかしの思い出話をするのも良いだろう、と張は思い語る。

思い出を噛み締めながら、今を彼は歩んでく。

 

 

おまけ

 

「おい、マキナ、これはなんだ」

「わからないんですかー?ご主人様!オムライスですよ!オムライス!この前張さんに作って貰ってたから焼きもち焼きました!」

「材料はなんだ」

「えーっと、【快癒万能霊薬(エリクシル)】で炊いたご飯にーー」

「いや、もういい察しがついた。だがこれは何だ。このケチャップで描かれたお前と俺の絵は」

 

オムライス上には精巧な二人の絵が描かれていた。 しかも二人で手を合わせてハートを作るーーメイド喫茶でやるチェキで見るようなポーズーーをしていた。

ケチャップで描かれたラスカルは楽しげに笑っているの。

 

「えへん!私の技術の粋を集めて描きました!メイドってこーゆーのやるんですよね!」

「・・・」

「どうしました、ご主人様?」

 

ラスカルが沈黙しているのは無論絵が上手いからではない。才能の無駄遣いを通り越した技術である事や、なんでそのポーズで描いたのかという事、更には自身がこんなポーズでそんなふうに笑わない事、等になんと突っ込むか久々に困ったのである。

少し考えて、ラスカルは突っ込むのをやめた。

 

「まぁ、いい。食べていいか?」

「どーぞー!私の愛を召し上がれ!」

 

無視して食べる。

(張と違って正統派だ。そしてやはり旨いな)

 

ラスカルは決して口には出さない。出すとマキナが調子に乗りすぎるからだ。

だが、遺憾無く発揮されるDEXの前には料理が絶品になっている。

ちなみにマキナは料理を始めたのがラスカルと会ってからである。

 

「どーですかぁ!ご主人。美味しい?美味しい?」

 

(さて、なんて言ってやるかな)

 

少し意地悪な事を考えるラスカルであった。




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