「電気消せっ」
「消した」
「ちょ、やっぱ点けたまま話さない?」
「絶対消したまま。点けたらぶん殴るぞ」
「わかったから暴れんなって」
「で、誰から話す」
「じゃあ、おれ。いい?」
「うん」
「まーたゲンガーの話かよ?」
「今日は違うよ、シロデスナの話」
「シロデスナ……ってなんだっけ?」
「アローラのポケモンだろ、砂の城っぽいやつ」
「へぇ、砂のお城でシロデスナって言うんだ。ネーミングが安直じゃない?」
「いや、大体のポケモンってそんなだろ」
「そう……だね。そういえば」
「だろ」
「あー、あー。もう話したいんだけど」
「ん」
「わかった」
「思いっきり怖いの頼むぜ」
「抑えめでね」
「じゃあ始めます……『くろいシロデスナ』」
すなのしろポケモンシロデスナ。タイプはゴースト・じめんで、高さは1.3m、おもさは250kg。
「なんでポケモン図鑑風なんだよ」
「しーっ、黙ってて。聞こえない」
「……おまえ、怖がってた割には聞くよな」
「1.3mってことは六年生くらいの高さ?」
「もうちょっと小さいんじゃない。てか僕らと同じくらいじゃん」
「でかくね?」
「うん」
「うちのボーマンダよりは小さいな」
「そりゃそうだって」
「でた、ボーマンダ自慢」
「なんだよっ」
「……続けるよ」
城の形をしたシロデスナはたびたび、自分の姿に寄ってきた小さなポケモンを砂の中に引き摺り込んで食べる習性があるそうです。そしてシロデスナの通った跡にできるシミには食べられたポケモンの怨念が宿るとか。
「こわ」
「なんつーか、そのポケモン自体が怖いよな」
「オダマキ博士の怪談よりも怖いポケモンの話ね」
「あれ、お前も見てんの?」
「うん、毎年」
「おれもポケチューブでみた」
「ポケモン五字切り!」
「それそれ!」
「イワンコデジマイワンコデジマ……」
「はははっ、そこまでしか言えないやつな」
「ある」
「……」
そんなシロデスナは砂色のポケモンなのですが、ごくまれに黒いシロデスナが出ることもあるんです。学説的には色違いということになっています。しかし、アローラの人たちはそれが違うことを知っているのです。
アローラの島のひとつ、アーカラ島のハノハビーチでは毎年、砂でオブジェを作る砂祭りが開催され、アローラと、アローラ以外の人も集まる程の賑わいをみせているそうです。オブジェは1日で作り、製作者のタグを埋め込んで完成。その後1週間展示された後、島の人たちで片付けます。毎年ポケモンや神様、チャンピオンやヒトデマンなどをモチーフに職人が丁寧に作ったのや、子供が頑張って作ったのやらが並んで、楽しい祭りになっています。そんな中、誰が作ったのかわからないオブジェが毎年いくつか作られるそうです。大半はネームタグが取れたとか、見にくい場所にあるとかなのですが、なかには、あるらしいんです。シロデスナが作ったものが。
……これはアローラに住む兄妹から聞いた話なんですがね。
「はじまる」
「ん」
ハノハビーチのあたりで伝えられていることなんですが、砂祭りの前日の夜は、浜に出てはいけないんですよ。明確なルールってわけでもないんだけど、誰もがそれを守っている。夜、シロデスナの城造りを見た人間は魅入られてしまって、戻ってこれなくなるって言う、そんな話なんです。まぁ、ほとんど迷信みたいなもんですよ。だって近所の兄貴分なんかはこの話を聞いてから毎年、肝試しに行ってるわけですから。そんで今でもピンピンしてる。つまりこれはシロデスナに会ってないか、会ったとしてもオブジェなんて作ってなかったってことですよね。大方村の人間が適当に怪談として話したのを大真面目にとらえられてしまった、っていうのがオチでしょう。世の中の言い伝えは大抵そんなもんだって聞いたことがあります。……とはいえ、子供ながらの好奇心ってのも会ったんでしょうが、1回行ってみたくなってしまったんです。僕たち兄弟は。砂浜に。
暑い夜でした。時計は午前2時ごろを指していました。途中で寝ないように妹と互いに腕をつねって、その時間をじっと待っていたのでこれは正確です。そして、部屋を出ました。当時、周りでは親と一緒に寝る子が多かったんですけど、僕らは自分の部屋を持っていたので。気づかれずに抜け出しやすかった。玄関から靴を持ってきて、自分たちの部屋の窓から外に出ました。ハノハはリゾート地で、夜でもある程度の明るさはあります。でも、ホテルから離れると途端に暗くなる。もちろん人気もない。もしシロデスナが隠れてオブジェを作るなら、そういうところで作るだろうと思って僕たちはわざとそっちに行きました。ここで叙情的な風景を言えたらよかったんですけど、夜の海って本当に暗くて、何も見えなくて。妹と手をつないでいなかったらここがどこかわからないくらい視界が真っ黒でした。一応懐中電燈は持ってきていたんですが、精々が足元に何か落ちていないか確認できるくらい。細い明かりじゃ頼りになりませんでした。まぁ、僕らも浜っこですから、目隠ししていたって近くの砂浜に出るくらいはわけない。そんなこんなで浜に着きました。そして耳をすまして、何か動くものの気配を探ろうとした。
___風の音、波の音、残り泡のはじける音。
耳をすませるうちに僕らは音の感覚に集中していき、それは外の音だけでなく内、つまり僕らの身体の中から聞こえる音まではっきりとらえて。
___2人の息遣い、鼓動、血流のたてる、音。
集中している間は途方もなく時間が過ぎているようであり、一瞬の出来事でもあるようにも思えました。そしてどちらかでもなく「帰ろう」と、言いました。幼い僕らには夜の闇がもたらす閉塞感や産毛をなでるような緊張感はあまりにも恐ろしく、また何より眠かった。だからシロデスナはいなかったとして、帰ろう。そういうことになった。動き出そうとした。
___腰から下が、全く動かない。
グッ、グッと何かに押さえつけられてるように固定されてて、動けない。「にいちゃん」妹もまた動けなかったみたいです。下半身だけ金縛りにあったみたいに全然。幽霊の仕業だ。そう思った僕はしばらく泣き喚きながらもがきました。本当はこういうときお兄ちゃんの僕がしっかりしないといけないんですけど、もうパニックになっちゃって。でも妹が気づきました。「すな、すなだよっ」ええ、僕らを縛り付けているのは霊的な現象ではなく極めて物理的な、砂だったんです。あらためて手を辺りにさまよわせると、腰のあたりを砂がガシッと掴んでいました。
___生暖かい砂。手で掻き放そうとすると、塊の感覚に気づく。少し動いた……?
ここで僕はピンときました。砂、異常現象。これらはが結びつけるもの、シロデスナの仕業だってね。僕らを食べようとしているんだ。ただ、こうなったらもう『わからない』怖さはなかった。2人で大声で叫びました。「たすけて、たすけて!」あとはもう、誰かに気づいてもらえばいいんです。耳さといポケモンなら家の中にいても異常事態に気づきますから。そして僕らが正体に気づいたことに、シロデスナもまたきづいたんでしょう。今までの静かな『捕食』を諦めて、強引に砂で僕らを覆いにきた。
___覆っていない部分に叩きつけるように砂の手が伸びる。既に『喰われた』部分は強く締め付けられる。
脚はうっ血していたし、腰の骨はヒビが入ってました。でも、人が来ればこっちのもん。とりあえず生きて帰れる。叫び続けました。「たすけて、たすけてぇ!」
___手で守っていた口に、砂が入り込んできた。
砂が喉に絡んで咳がでました。でもそれもすぐに砂がはいってきて、吐こうにも喉が動かない。もうダメか、と思ったその時です。
「くぉうるおるおうん!」
アブソルの声。助かった! アブソルは「つじぎり」でシロデスナを追い払うと、僕たちを守るように傍に立ち、大きな鳴き声をあげました。
「こっちだ、こっちにいるぞ!」
島の駐在さんや近所のおじさん。僕たちの父さんや知らない人まで集まってきて、皆んなでぼくらをライトで照らしました。そして父さんがハグして、ビンタして。心配したぞ、と。ここで緊張がとけたんでしょうねぇ、ボク、気を失ってしまいました。
後から聞いた話なんですが、僕と同じことを考える人は過去にもいたようで、そのうち何人かはそのままシロデスナに食べられてしまう人もいたそうです。それでも危険性の周知をしなかったのは、砂祭りで村おこしをしている手前、事件を公にすることで祭りが終わってしまうことを避けていたのだとか。ここ何年かは事件も起こってなかったのもあって気を抜いていた。しかし近年の情報社会の影響も考えて、この事件を公にすることになりました。ただ、砂祭りはどうしてもやりたいという意見が多かったので、シロデスナと進化しそうなスナバァをこまめに駆除することに。こうしてアーカラ島からシロデスナはいなくなったというわけです。
「__っていう話でした」
「こえ」
「こわ」
「……いや、『くろい』シロデスナはどこにいったんだよ」
「あっ」
「確かに、全然『くろ』でてこなかったねぇ」
「あー、それは人を食ったシロデスナが血に染まって黒く見えるらしいんだよね」
「……」
「え」
「そっちのがこええわ!」
「なはは……話忘れてたね」
「ばかだこいつ」
「大事なとこじゃん、そこ」
「そーゆーとこだって」
「はぁ……ったく、もう。次いこう、次」」