東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第10話 暁の嵐、地獄の炎

 幻想郷の遥か地の底。地底世界と呼ばれた旧地獄に、地上の光が差し込むことはない。昼も夜も問わず、灼熱地獄跡から溢れる光と熱のエネルギーがなければ、ここは命の芽吹かぬ死の世界となっていただろう。

 かつてはその名の通り、死者たちの集う地獄であったこの場所も、地上から移り住んだ妖怪たちによって多くの繁栄がもたらされている。

 地底に残った怨霊さえ地上に出さなければ、嫌われ者の妖怪たちにとっては過ごしやすい楽園のように思えた。もっとも、地底に暮らす妖怪もこの『地霊殿』には近寄らないが。

 

 地霊殿の客室。普段は床や天井を彩る七色のステンドグラスから灼熱地獄跡の光が差し込み、美しい明かりに満たされている。

 しかし、今は客人として招かれた人間、津上翔一が疲れて眠っているのだ。灼熱地獄跡の光熱は人間には過酷すぎる。光へと通ずる穴を閉じ、今は僅かな光源と暖かい程度の熱だけが、この部屋に取り入れられていた。

 人間にとっての環境の調整など、さとりはこれまでしたことがなかったため、上手くできている自信はない。この地霊殿に人間が踏み入ること自体が、そもそも滅多にないのだから。

 

「……本当に、疲れていたのね」

 

 静かに眠る翔一のベッドに近づき、さとりは小さく呟く。

 これだけ近くにいて、対象を絞っても相手の心が流れてこないということは、翔一の心は今、完全な睡眠状態に入っているはずだ。

 さとりは心を読む程度の能力をもってして、翔一に触れることなくそれを確認した。

 

「……想起(そうき)、テリブルスーヴニール」

 

 右手をかざし、束ねた妖気は、さとりの意識を具象化した特殊な精神エネルギーの波長として光と溢れる。

 本来は弾幕ごっこ用のスペルカードとして考案した一種の催眠術だが、今はただ、この男の深層意識を覗くために。さとりは能力を応用した【 想起「テリブルスーヴニール」 】をもって、眠っている翔一に光を当てた。

 閉じた(まぶた)を貫く眩しさに顔を歪める翔一。さとりはすかさず、そこから流れ込んでくる精神の波に意識を向ける。この光は人の深層意識に作用し、対象が恐怖と感じている過去の記憶、すなわち『トラウマ』を想起させる性質を持っている。

 さとりが知りたいのは、翔一がよほど強く封印しようとしていた記憶。さとりの言葉でも誘導できなかった、アギトとアンノウンについての過去。眠っている今の状態ならば、彼のトラウマを夢という形で見ることができるはず。もし目が覚めても、悪夢として処理されるだろう。

 

「眠りを覚ます恐怖の記憶(トラウマ)を思い出し、今は眠りにつきなさい……」

 

 さとりはテリブルスーヴニールの光を止め、右手に収束させていた妖力の波を解く。翔一の心の中にざわめく何かを第三の眼で実感し、ゆっくりと目を閉じてその意識に想いを馳せた。

 

 翔一の記憶。トラウマたる過去。さとりが最初に見たのは、荒れ狂う嵐に見舞われ身動きが取れない状況に陥っている一隻の客船(フェリー)だった。

 多くの乗客たちが混乱している様子が分かる。その中には明るい茶髪を整えた青年、今は津上翔一と名乗る沢木哲也の姿もある。彼の手には、宛先となる津上翔一の名を記した一通の封筒が握られているようだ。

 彼らが怯えているのはフェリーを局所的に包むような嵐に対してではない。天へと昇る光の中、彼らは『見てはいけないもの』を見てしまっている。

 白い青年の死。そして死んだはずの彼による、力の干渉。後に『光の力』と呼ばれることになるこの存在は、遥か太古、創世の時代に神に背いた大天使が時空を超え、この時代に人間としての肉体を伴って現れたものだった。

 翔一は不可解な自殺を遂げた姉の死の真相を知るため、姉の恋人である本来の津上翔一への手紙を持ち、この『あかつき号』に乗船していた。これから起こる出来事も知らずに──

 

 彼の姉は、彼の世界における『人類最初のアギト』だった。彼女は、アギトとなってしまった自分の力に耐え切れず、自ら命を絶ったのだ。

 翔一が光の力に選ばれたのは、彼がその弟だったからだろうか。アギトの力は血の繋がりを持つ者に強く受け継がれる。光の力はあかつき号の船内に現れ、周囲の乗客を巻き込みながらも、翔一の力を目覚めさせて消滅した。

 その直後、光の力を追って現れた七大天使の一人。闇の力が遣わしたのは、水を司る権能を持つ高位のアンノウンだった。彼はアギトの姿へと進化してしまった翔一を海に叩き落とし、残されたあかつき号の乗客たちにこのことを決して口外するなと警告したようだ。

 しかし、その言葉が翔一に届くことはない。彼は二週間ものあいだ海を漂流し、やがて流れ着いた浜辺で記憶を失った状態で発見されることになるのだから。

 それでも死なずに済んだのは、紛れもなくその身に覚醒したアギトの力のおかげである。

 

「これが津上さんの……沢木哲也の過去……」

 

 さとりは(おのの)くように目を開き、震える右手を押さえて小さく縮こまる。朗らかな笑顔からは想像もつかないような、重く苦しい戦いと過去。一人の青年に背負わせておくには、あまりにも大きすぎる宿命だと思わされた。

 これまでもさとりは多くの記憶を、人のトラウマを覗いてきたが、ここまで深いものは見ているさとり自身にすら重圧として感じられるほど。翔一の心と同調したさとりの心は、その記憶に残る高位のアンノウンの姿に――どこか根源的な恐怖や畏怖の感情を覚えさせられていた。

 

「……あれ? さとりさん? どうかしましたか? また、怖い顔してますけど」

 

「……っ! いえ、なんでもありません。すみません。起こしてしまったようですね」

 

 不意を突かれて聞こえた翔一の声に驚き、さとりは思わず後ずさってしまう。起こすつもりはなかったのだが、翔一の心を覗いた際に感じた不安が伝わり、意識の覚醒を促してしまっていたのだろうか。

 翔一はひどく緊張した様子のさとりを見て、何かを察したように自嘲気味に視線を外した。

 

「見てたんですね。俺の過去……」

 

 おもむろにベッドから起き上がり、そこに腰掛ける翔一が苦い表情を浮かべる。

 さすがに踏み込まれたくない領域であったのだろう。翔一の心は、僅かにさとりへの不信感を募らせているようだった。

 さとり自身にもそれは分かっている。人には触れられたくない過去もあることを知っている。だからこそ、彼が眠っている間にそれを探ろうと考えたのだ。

 人間の気持ちなどさとりには分からない。理解しようとしたこともあったが、結局は心を読んで相手に嫌われるだけ。分かるのは過程を無視した結果。人の心にある直接的な思考そのもの。この眼がある限り、彼女が『(さとり)』である限り、その能力の呪縛からは決して逃れられない。

 

「……気づいていたんですか。よほど深層の恐怖として想起させたつもりだったんですが、見たところ、あまり取り乱していないようですね」

 

「ええ、まぁ。確かに前まではトラウマでしたけど、もう克服しましたから! 今の俺には、ちゃんと帰るべき居場所がありますし。……まぁ、帰り道はまだ分からないですけどね!」

 

 翔一にとっての深いトラウマは、すでに過去のものとして記憶に封じられている。確かに初めてアギトとして戦った瞬間、あかつき号に乗っていたあの日、翔一の心はどうしようもない恐怖に支配されていた。

 水を司る高位のアンノウンと対峙したとき。沢木哲也としての記憶を取り戻し、再びそのアンノウンと巡り逢ったとき。どこまでも心に湧き上がる恐怖は、何度もあの日を思い出させ、絶え間なく苦痛を感じさせた。

 だが、翔一は乗り越えた。大切だと思う居場所、守るべきそれを背負って戦い、ついにはトラウマの象徴である水のアンノウンを自らの手で撃破したのだ。そのとき共に居候として、ある家族と共に世話になっていた少女が作ってくれた弁当の味は、今でも確かに記憶に残っている。

 

「……あなたは、強いんですね。それに、たくさんの仲間がいる」

 

「何言ってるんですか! さとりさんにもいるじゃないですか、大切な家族!」

 

「家族……」

 

 その言葉を聞いて、さとりはお空とお燐の存在を、そして地霊殿に住まうたくさんの動物たちを思い浮かべた。彼女らもペットとして、傍にいてくれる大切な存在として、さとりにとっては家族に等しいことには間違いない。

 それでも、さとりはどこか埋めようのない寂しさを自覚せざるを得なかった。彼女にとって、本当の意味で『家族』と呼べる存在はただ一人だけ。

 血を分けた肉親。たった一人の妹。今は地霊殿にはおらず、しばらく帰ってきていない、大切な家族。たまに会うことはあるが、すぐにどこかへいなくなってしまう。彼女は今、いったいどこで何をしているのだろうか。どこかで楽しく、変わらず無事でいてくれているだろうか。

 

「俺、姉さんがいたんですけど、姉さん、アギトの力が嫌になっちゃったみたいで。……もう、会えません。でも、代わりに俺を家族だと思ってくれる人ができました。血は繋がってないですけど、俺にとっては大切な家族です。だから俺、そういう居場所を守っていきたいんです」

 

 幼い頃に両親を亡くし、唯一の肉親であった姉すらも無慈悲な運命に奪われた翔一とっては、記憶を失った自分を保護してくれた家族の存在が何よりも暖かかった。

 それを守るため、彼はアギトとして戦うことを決意した。自分の居場所を、大切な居場所を守るために、自らの人生を奪い去った『アギトの力』さえも、自分の力だと受け入れた。

 

 それは、さとりの在り方によく似ている。力を持つが故に疎まれても。力を持つが故に失うものがあったとしても。その力は、自分の力であるのだ。自分の力として、認められるのなら。きっと無意味なものにはならない。

 妖怪であるさとりには両親という概念はない。唯一の肉親は、同じ(さとり)の妖怪として共に生まれたたった一人の妹。翔一の姉とは違い、命を絶ってこそいないものの、そうあってもおかしくないほど彼女は追い詰められていた。

 それも当然、さとりと同様に持つ読心能力は、本人が望もうが望むまいが相手の心を読んでしまう。さとりほどの精神を持つ者ならともかく、常人にとってそれは生き地獄に等しい。

 

「……私の妹も、私と同じく人の心を読む能力を持っていました。ですが、妹はその能力のせいで周囲の人から嫌われることを恐れ、第三の眼を……自分の心を閉ざしてしまった」

 

 心を読むという恐怖が具現化した(さとり)という妖怪。そんな存在が、心を読む能力を拒み、その第三の眼を閉ざしてしまえばどうなるか。さとりの妹は、第三の眼を閉じたことで、自分自身という自意識を、自我そのものを深層心理に閉じ込めてしまった。

 結果として、彼女は無意識の存在となった。人の無意識に入り込み、自分を認識させることなく行動する無我の妖怪。

 さながら路傍に転がる小石のように、どこまでもありふれた空気のように。誰も彼女を気に留めることはなく、彼女もまた誰のことも気に留めない。それが今の、さとりの妹だった。

 

「今、あの子はどこにいるのか……もしかしたら、近くにいるのかもしれません。でも、今の彼女は無意識に入り込める存在。たとえ傍にいても、誰からも気づかれることはないでしょう」

 

 二人が愛した家族。翔一の姉とさとりの妹。どちらも自身の能力を受け入れられず、その力を拒んだ。方や自らの肉体を──命を絶ち。方や自らの精神を──心を閉じた。残された二人に許されたのは、自らの力を認めて前を向くことだけだった。

 翔一は姉を、さとりは妹を想う。そのとき、翔一の思考に鋭い光が走るのを、さとりは確かに認識した。翔一もまた、脳髄を眩く染める感覚に表情を変え、ベッドから飛び降りる。

 

「すみません、俺……!」

 

「……分かっています。例の怪物、アンノウンが出現したようですね」

 

 さとりはアギトの力を持たず、闇の力に象られた人間でもない。アンノウンの出現を感知することはできないが、翔一の心を読めば別だ。彼の思考に走る光は、紛れもなく先ほどまで見ていた記憶の中にあったものと同じ。

 アギトを滅ぼすために現れる天使。この世の動物たちの君主たる超越生命体の気配だ。

 

「…………」

 

 翔一は真剣な表情で頷き、光の本能に従って地霊殿の客室を後にする。アギトの力に導かれるように、翔一は迷うことなく地霊殿の通路からアンノウンのもとへと向かったようだ。

 

◆     ◆     ◆

 

 地底深き旧地獄の天盤の下。地霊殿の正門から外へ出た翔一は、その目の前に迫る一体の怪物の姿を見た。

 それは間欠泉地下センターにも現れたヒョウの怪物、ジャガーロード パンテラス・ルテウスと非常によく似た姿をしており、アンノウンとしても同族らしき気配を放っている。

 

ΑGITΩ(アギト)……」

 

 獰猛(どうもう)な肉食獣の視線で翔一を睨むのは、クロヒョウに似た姿を持つ超越生命体『ジャガーロード パンテラス・トリスティス』だった。

 黄色い毛並みを持っていたパンテラス・ルテウスとは違い、こちらは石炭色めいた漆黒の毛並みに身を包んでいる。首に巻く黄色いマフラーは風に揺れ、全身に配された斑点模様は黒い身体に紛れてあまり目立たない。

 共通するのは、やはりヒョウの姿をしていることと、マフラーを巻いていること。そしてそのマフラーを留めるように装う胸元の羽根飾り、巻貝の意匠を持つ腰のベルトだ。

 

 クロヒョウの怪物、パンテラス・トリスティスは翔一の存在を警戒し、胸の前に右手を持ってきて左手の指で殺しのサインを切る。これから殺めるのは神の愛した人間ではない。神に仇為(あだな)し、神の寵愛に背を向ける不届き者。

 アギトの力を持つ者への神罰と粛清(しゅくせい)。それを実行すべく、パンテラス・トリスティスは自身の頭上に青白い光の渦を浮かべた。円盤状に輝くその光に手を伸ばし、神の世界から取り出すは一振りの長槍。自身の得物として最適な『貪欲(どんよく)の槍』と呼ばれる天使たちの武器である。

 

「…………!」

 

 地霊殿の正門を抜け、翔一と同じくこの場に現れたさとりが目を見開く。

 翔一の心を読んだことでアンノウンの出現地点は分かっていた。彼女がこの場に現れたのは単なる好奇心からではない。

 誰かの居場所を守るために戦う翔一に、これ以上何かを背負わせたくなかったからだ。

 

「……あれが……アンノウン……」

 

 翔一の記憶を読んで度々その姿を認識してはいたが、さとりは初めて肉眼でアンノウンの姿を捉えていた。

 記憶や心象という曖昧なものではなく、自らの眼をもって認識するその形はより明確に、この世ならざる神秘の肉体を備えているように見える。

 第三の眼を絞ってみたが、怪物の心はどうやら読めそうもない。この世の存在が及ぶ領域のものではないと思わされる天上の知性。言語化不可能な理が、さとりの心に流れ込んでくる。

 

「さとりさん、逃げて!!」

 

 パンテラス・トリスティスの槍を受け止め、しっかりと握りしめてさとりに振り向く翔一が叫ぶ。再び心に光を思い浮かべると、翔一の腰には光と共にオルタリングが現れた。

 

「……変身っ!!」

 

 その手に掴んだ槍を離さず、パンテラス・トリスティスを軸に翔一は立ち位置を変える。ぐるりと立場が逆転した瞬間にその身が光に包まれたため、さとりから見れば怪物とすれ違ったことを境にアギトに変身したように見えただろう。

 光を解き放ち、黄金の装甲、グランドフォームの姿へと一瞬で変わった翔一は槍を引き寄せ、すかさずパンテラス・トリスティスの腹に右の拳を鋭く打ち込んだ。

 その肉体は鎧のように強靭な皮膚であるのに、羽毛のような柔軟さをも合わせ持っている。この奇妙な感覚は、やはり否が応にもアンノウンとの戦いを再認識させてくるかのようだ。

 

 アギトの全身に満ちる光のエネルギーは、翔一自身にも理解できぬ超常の力。されど、彼がこの力を使いこなせているのは、その胸部装甲に鈍く輝いている太陽の黒点。胸の中心に埋め込まれた石版状の物質のおかげである。

 心臓に最も近い位置で静かに脈動する『ワイズマン・モノリス』と呼ばれる制御器官。この石版のおかげで、翔一はアギトの力を上手くコントロールすることができているのだ。

 

「……っ! 津上さん! 危ない!」

 

 さとりは薄暗い旧地獄の中に冴え目立つ『白』に気づき、声を上げる。

 目の前のアンノウンに気を取られ、背後への警戒が疎かになっていた翔一。アギトとなったその身に、一本の矢が飛来する。光を帯びた白い矢はアギトの背を射抜き、さながらひとひらの六花の如く炸裂した。

 痛みに思わず膝を着く。目の前にはまだクロヒョウの怪物がいるというのに、神経を凍りつかせるような痛みは紛れもなくアンノウンの攻撃。

 翔一はその正体を確かめるべく、膝を着いたままの姿勢で矢が飛んできた方向を見た。

 

「…………」

 

 その白い身体は、暗い地底の世界において不気味なほどに美しい。氷の如く冴える視線で翔一と向き合う、雪のような純白の毛並みを持つヒョウのアンノウン。

 ユキヒョウに似た姿を持つ超越生命体『ジャガーロード パンテラス・アルビュス』は、その左手に白い長弓『傲慢の弓』を構え、そこに物質的な矢を番えることなく右手を添えた。

 

 揺れる青いマフラー。白い身体に装う灰色の斑点模様。やはりこちらもヒョウの姿であり、天使として神に創られた荘厳な装飾は、パンテラス・ルテウスやパンテラス・トリスティスと同様、まさしく『豹の君主(ジャガーロード)』と呼ぶに相応しい風格を備える。

 放たれる光の矢は真っ直ぐに飛び、アギトのもとへと鋭く飛来するが、翔一はそれをなんとか回避することができた。

 しかし、予期せぬ攻撃を避けることに必死で動きが鈍っていたのか、今度は背後のパンテラス・トリスティスがアギトの身体に槍を向ける。当然、翔一はこちらも警戒しているが、二つの攻撃を同時に見切ることは難しい。

 かつてはこの二体の怪物を同時に相手にし、難なく倒すことができていたはずなのに。今の翔一は身体に輝くアギトの力がどこか完全ではないように思えた。光輝へと至った進化の極北は、賢者の石の輝きは、どうやら左右のドラゴンズアイに光を灯す程度が精一杯のようだ。

 

「戦うのはあまり得意じゃないけど……」

 

 二体の怪物に挟まれ、苦戦するアギトの様子を見かねたさとりが自身の周囲に妖力の光弾を浮かべる。右手の人差し指を軽く持ち上げ、目標を固定すると、さとりは視線を鋭く黒の怪物に絞って右手を開いた。

 解き放たれた光弾が飛び進み、膝を着くアギトの背中に槍を突き立てようとしていたパンテラス・トリスティスの身体に着弾する。

 怪物の意識をこちらに向けることしかできない程度の威力。そんなものをぶつけられた程度ではアンノウンは怯みさえしない。同族が攻撃を受けたことで苛立ちを覚えたのか、先ほどまでアギトに光の矢を向けていたパンテラス・アルビュスもさとりに向き直った。

 

 貪欲の槍を振り上げたパンテラス・トリスティスがさとりを睨んで喉を鳴らす。傲慢の弓を構えたパンテラス・アルビュスが冷たい息を吐く。アギトに向けられた殺意は、すでに邪魔者となるさとりへの殺意に変わっている。

 アンノウンたちの主である『闇の力』は、自ら創造した子供たち、すなわち人類を深く愛していた。故にアギトならざるただの人間を殺すことは極力禁じられ、これを破った使徒は主から制裁を下されることになる。

 しかし、この幻想郷に多く生きる怪異や化生の類――賢者たちを始めとする『妖怪』の存在はその限りではない。邪魔をするのなら、彼らは容赦なく殺しの対象とするだろう。

 神の子たる人類でも使徒(マラーク)の子たる動物でもない命を、生かしておく理由はないのだから。

 

「くっ……!」

 

 じわり、と。動きを見せる黒と白。この世の法則が通用しない超常の使徒ならば、僅か一瞬の間にこちらとの距離を詰めることができるだろう。さとりは心を読めぬながら、怪物の動きを見計ろうと第三の眼を大きく見開く。

 やはり分からない。アンノウンたちが何を考えているのか。それでも微かな筋肉の動き程度ならば読める。対応は難しいかもしれないが、この『眼』の観察力を最大限に使えば――

 

「グゥゥア……ッ!!」

 

「ゴォッ……ア……!!」

 

 ─―だが、そのとき。さとりがスペルカードを構えようとした瞬間。その視界に白く眩い光が満ち溢れる。一瞬遅れて耳に届いた轟音と怪物の呻き声は熱風を伴い、さとりの髪とスカートの裾を激しく仰いだ。

 咄嗟に顔を覆った腕を下ろし、目を開くと、目の前には見慣れた黒い翼がはためいている。それは紛れもなく、さとりのペットであるお空の姿だ。

 翼を覆う白いマント越しに読むことができたお空の心は、慣れ親しんだ人格の中に一つだけ不安な意識が感じられる。そこには、翔一と同じ光――アンノウンへの敵意が輝いていた。

 

「お、お空? それにお燐? どうしてこの場所が……?」

 

「あたいにもよく分かんないんですけど、お空が急に部屋を飛び出して……!」

 

 お空と共にこの場に現れたお燐に問うが、やはり状況が掴めない。さとりは翔一の心を読んだことでアンノウンの出現場所が分かった。しかし、お空たちにそれを伝えたつもりはない。

 ならばなぜ、どうやってこの場所にアンノウンが現れたことを突き止めたのだろうか――?

 

「あのヒョウみたいな奴ら、やっぱり……」

 

 右腕の制御棒から妖気の煙を立ち昇らせるお空が呟く。その視線は、たったいま自身が攻撃した二体のジャガーロードを見つめ、怒りとも悲しみともつかぬ感情を帯びているようだった。

 

「…………!」

 

 クロヒョウに似た超越生命体、ジャガーロード パンテラス・トリスティスが微かな怯みを見せる。それはお空の放ったエネルギー弾によるダメージからではない。お空の存在に、その内に秘める力に対した反応だ。

 パンテラス・トリスティスは同族となるユキヒョウに似た超越生命体、ジャガーロード パンテラス・アルビュスと顔を見合わせ、新たなる脅威に構え直す。

 貪欲の槍の矛先は、傲慢の弓が番える矢尻の先は、それぞれ違わずこの場に現れたお空に向けられていた。

 それでも、お空の表情は揺るがない。相変わらず(からす)の如く鋭く怪物を睨みつけている。

 

 二体の怪物はお空の存在に気を取られているのか、あるいは今のアギトならば取るに足らないと判断したのか。これまで何度も狩り、滅ぼしてきたアギトの力よりも、今は『未知の力』こそを警戒しているようだ。

 翔一はそれを好機と立ち上がり、自身の腰の左側――腰に巻いたオルタリングの左バックルに手を伸ばした。

 黒く装うそれを一度、軽く叩くと、ベルトの中心に輝く賢者の石が光を増す。左右に埋め込まれたドラゴンズアイのうち、本人から見て左側のものが『風』を解き放って青く輝く。

 

 先ほどまで金色だった賢者の石は風のように青く染まる。吹き荒ぶ竜巻が、嵐となりてアギトの身を包んでいく。

 荒れ狂う突風に怯みながらも、依然としてアンノウンはお空と翔一を同時に警戒している。はためくマフラーは風に暴れ、今にもどこかへ飛んでいってしまいそうだ。

 

 風が止む頃にはアギトは静かに姿を変えていた。金色の胸部装甲は蒼天を思わせる青に、隆起した左肩の装甲と左腕は、こちらも同じく風の力を司る左側のドラゴンズアイと同様、青色に染まっている。

 それ以外は変わらず金色の装甲のまま。グランドフォームの姿から、胸と左半身だけが風と共に青へと至る。得られた変化は、外見以上のものだった。

 あらゆるものの変化を風と受け止め、一陣の流れとなって繰り出すは青の嵐。風と一つになる精神。超越精神の青。スピードに特化した戦士であるこの形態は、基本形態であるグランドフォームを遥かに凌ぐ敏捷性と精神力を誇る『ストームフォーム』の姿として、ここに顕現した。

 

「…………」

 

 翔一は一息、風となった姿のままオルタリングの正面に左手を添える。青く輝く賢者の石から突き出した長物の『柄』のようなものを逆手で握り、一気に引き抜くと、辺りに一段と激しい突風が巻き起こった。

 取り出された青の薙刀(なぎなた)、その名は『ストームハルバード』。青嵐(せいらん)槍斧(そうふ)たる両端に、輝く金色の刃が鋭く展開される。

 アギトの身の丈ほどもある長大な薙刀として、翔一はストームハルバードを左手に構える。纏う旋風はストームフォームの身と共に。筋力と耐久は劣るが、速度は相当のものだ。

 

「はぁぁぁっ……!」

 

 続いてお空も自慢の制御棒を構える。熱く蓄えた核熱の妖気を束ね、その先端に核融合エネルギーの光球を形成する。高温高圧に圧縮された力は、地底の大気を震わせるほど力強い。

 

「喰らえっ!!」

 

 込めた力を解き放ち、お空はアンノウン──ではなく、パンテラス・トリスティスの足元たる地面に向けて灼熱のレーザーを放射した。そのまま横一文字に制御棒から放つレーザーを薙ぎ払うことで、地面に光熱を撒き散らす。

 大地さえ熔かす地獄の熱。お空が放つ【 グラウンドメルト 】の光はやがて臨界に至り、激しい炎を上げて爆裂した。

 超常の存在であるアンノウンの肉体をも灼き焦がすほどの熱は、明確なダメージとなって怪物に刻まれる。これほどの火力は明らかに、お空の普段のパワーを超えている。

 

 お空の攻撃にパンテラス・トリスティスが怯んだその隙に、翔一は手にしたストームハルバードを両手に構え、空気を裂いて振り回す。

 金色の刃によって掻き乱される大気が突風を巻き起こし、さながら翔一の記憶にあるあかつき号の嵐の如く吹き荒れていく。

 生み出された竜巻は翔一の意思のまま、パンテラス・トリスティスの身動きを封じ込めた。この風そのものが刃となり、怪物の肉体を切り裂きながら退路を断つ。そこで翔一は嵐を巻き起こす(まい)をやめ、左手にストームハルバードを構えて刹那、疾風の如く怪物に斬りかかった。

 

「はぁっ!!」

 

 風を帯びたストームハルバードの刃がパンテラス・トリスティスの肉体を裂く。続けて薙刀を振り上げ、後ろ刃で追撃。さらに休まず一撃、再び二撃。最後に振り抜かれた一閃をもって、嵐の舞は終わりを告げる。

 超越精神の青(ストームフォーム)となったアギトが誇る【 ハルバードスピン 】はこの連撃の果てに、瞬く間にパンテラス・トリスティスに致命傷を与えていた。

 切り抜けた翔一の背後で苦痛の断末魔を上げる漆黒のアンノウン。青き光に風と断ち切られた運命は、使徒の頭上に天使の輪を掲げさせ、やがてそのまま身体を爆散させた。

 

 アンノウンのうちの一体。その撃破を確認し、翔一は左手に込めた力を抜く。風の力に満ちていたストームハルバードが光の粒子と消えたかと思うと、アギトの姿も金色を基調とした基本形態のグランドフォームへと戻っていた。

 その直後、背後に殺気を覚えた翔一がすかさず後ろを振り向く。すると、残ったもう一体のアンノウン、パンテラス・アルビュスが純白の筋肉を掲げ、傲慢の弓をお空に向けて引き絞っているではないか。

 お空は体力を消耗しているのか、その意思に気づいていないらしい。このままでは、彼女は生身でアンノウンの矢を受けることになるだろう。

 翔一は慌ててそれを防ごうと駆ける。この距離から怪物の行動を阻止できればよかったのだが、アギトは弾幕を放つことができるお空やお燐、さとりたちとは違い、飛び道具と呼べる攻撃手段を持ってはいない。相手に接近しなければ、まともに戦闘を行えないという弱点があった。

 

「……っ! 妖怪! 火焔(かえん)の車輪!!」

 

 パンテラス・アルビュスが持つ傲慢の弓から白い矢が放たれると同時。咄嗟に飛び出したお燐がお空の前に立ち、スペルカードを発動する。

 激しく燃え上がる巨大な車輪が現れ、回転しながらお燐の目の前で弾幕を解き放った。放たれた矢を弾き、豪々と炎の弾幕を撒き散らす妖怪の車輪、【 妖怪「火焔の車輪」 】はアンノウンに向かって突き進んでいく。

 溢れる熱気を鋭く感じ取り、パンテラス・アルビュスはヒョウの如き素早さをもって容易くそれを回避してしまった。が、問題ない。攻撃は避けられたが、お空を守ることはできた。

 

「ふう、なんとか間に合ったみたいだね……お空、立てる?」

 

 お燐は親友の無事を確かめようと、額に汗を浮かべて膝を着くお空を気にかけるが――

 

「――っぐ、あぁぁぁぁあっ!!」

 

 左手で胸を押さえ、苦痛に満ちた叫びを上げるお空。抑圧された感情を爆発させるかのように、お空は右腕の制御棒をその場の地面に叩きつけた。

 地面の中で反応する核融合のエネルギーが地殻を突き破り、さながら間欠泉の如き火柱となって噴き上がる。お空の近くにいたお燐は慌てて飛び退き、ギリギリでそれを避けた。

 

「あ、危ないじゃないか! 何するのさ、お空! ……お空?」

 

 核融合の力を地中で起こした【 ヘルゲイザー 】はお燐すらも巻き込まんと爆裂し、その彼方にいるパンテラス・アルビュスへと向かう。火焔の車輪を避けたばかりで油断していたためか、アンノウンはこちらまで回避し切れず、その身を炎の間欠泉に吹き飛ばれた。

 苦痛の声を漏らすパンテラス・アルビュスはゆっくりと立ち上がり、焦げついた青いマフラーと白さを穢された自身の肉体を見て苛立ちを隠さず喉を鳴らす。

 怪物が見たのは、グランドフォームの身体で再び動きを見せようとするアギトの姿だ。

 

「はっ!」

 

 翔一はお空のヘルゲイザーを受けて体勢を崩したパンテラス・アルビュスの隙を見逃さず、右手をオルタリングの右端へ伸ばす。ベルトの右バックルを軽く叩いて見せると、今度は周囲に陽炎を起こすような強い熱気が立ち込め始めた。

 地霊殿の直下、灼熱地獄跡への道は今は閉ざされている。その力のない本来の旧地獄は、熱などとは無縁の肌寒い場所である。

 そんな薄暗い世界を暖め、明かりを灯すかのように。オルタリングの中心、賢者の石の光は再び強く。左右のドラゴンズアイのうち、右側に灯る赤い光は『火』の力を解き放ち、その輝きを中心部へと供給する。

 赤い輝きを放ち始めた賢者の石。瞬間、アギトの身体から燃えるような高熱の波動が激しく溢れ出した。胸部の装甲は真紅に染まり、同じく赤と染まった右肩は突き上がるように大きく隆起。その右腕も赤い筋肉に満ち、驚異的なパワーを感じさせる姿へと変化を遂げる。

 

 風の力を宿したストームフォームと対となる姿。それは火の力を宿し、パワーに特化した形態である『フレイムフォーム』の姿だった。刃の如く研ぎ澄まされた五感で対象の全てを感じ取る、烈火の如き戦士、超越感覚の赤。

 オルタリングの中心から突き出した黒い柄を右手で握り、親指を下に向けた順手の構えで一気に引き抜く。噴き上がる炎と共に現れた一振りの長剣は、フレイムフォームとなったアギトの感覚をその身に担うもの。

 金色の(つば)はアギトの角のように二本に輝き、赤い峰に青い宝玉を装っている。赤と金の鍔から鋭く伸びた白銀の刀身は、片手で振るう剣というよりはむしろ刀と言える微かな反りを持つ。アギトは赤きフレイムフォームのパワーをもって、この『フレイムセイバー』を振るうのだ。

 

「…………!」

 

 地底を染める力の熱源に気づき、パンテラス・アルビュスは再びアギトに視線を向ける。構えた傲慢の弓を引き絞り、右手に長剣を携えた赤い戦士に向けて矢を放つ。

 間髪入れず、続けて放つ矢は地底の闇を裂き、オルタリングの光を受けてさらに赤く輝く装甲を目掛けて飛来していった。

 フレイムフォームは純粋な筋力、つまりパワーに特化している。そのため、グランドフォームほどの耐久力やストームフォームほどの速度および俊敏性は備えていない。肥大化した筋肉の重さにより十分なスピードが得られない分、この形態の真価は別の点において発揮される。

 

 風の流れ。熱の動き。肌を刺す怪物の敵意。それらすべてを感じ取り、赤き火の力である超越感覚をもって放たれた矢を見切る。それを可能とするのが、パワーの他に感覚にも特化したフレイムフォームの能力だ。

 翔一は右手に構えたフレイムセイバーを振るい、視認したすべての矢を斬り伏せる。金属音を響かせ、パンテラス・アルビュスのもとへと静かに歩み寄る。

 矢による攻撃は無意味。それを悟ったのか、パンテラス・アルビュスは傲慢の弓を剣のように構え、こちらも刃のように鋭く冴える弓そのものでアギトに斬りかかった。

 

 フレイムセイバーの刃と傲慢の弓が剣戟の音を打ち鳴らし、やがてパンテラス・アルビュスはその力に押され、手にしていた弓を弾き飛ばされる。

 すかさず翔一は右腕に力を込めた。腕の筋肉を流れる光の力が高熱の波動となり、フレイムセイバーに伝わっていく。熱く燃え(たぎ)る火のパワーを受け、双角じみた金色の鍔は左右に展開され、六枚の角を広げてより強い熱を放つ。

 揺れる陽炎が視界を熱くする。目の前のアンノウンに放つ熱気がじわじわと相手の体力を奪っていく。翔一は本能のまま、フレイムセイバーを両手で構え直し、正眼(せいがん)の構えを取った。

 

「はぁぁああっ!!」

 

 深く踏み込む一歩と共に、振り上げた刀を握りしめ、烈火の如く天地を断つ。縦一文字に両断されたパンテラス・アルビュスは全身を真っ二つに()き斬られ、ぐらりと地面に倒れ伏した。

 

「グゥゥ……ァァア……ッ!!」

 

 漏れ出る呻き声も力なく、頭上に青白い光を浮かべたパンテラス・アルビュスはアギトの目の前で大きく爆散する。吹き抜ける爆炎が収まるや否や、フレイムセイバーの鍔も元の双角へと軽やかに閉じた。

 超越感覚の赤(フレイムフォーム)へ至ったアギトの剣技、その必殺たる【 セイバースラッシュ 】の一撃を見舞った後、翔一は右手に込めた力を抜く。隆起した右肩の赤い装甲は再び金色の装甲に戻り、アギトは基本形態であるグランドフォームへと回帰した。

 この場に現れた二体のアンノウンの両方を撃破したため、翔一は全身に張り詰めていた光の力を静かに解く。その全身を包む黄金の光は一瞬で消え、翔一の肉体は生身の姿を取り戻した。

 

「津上さん、少しよろしいですか? お空の様子が……」

 

 戦いが終わり、静寂に包まれた旧地獄、地霊殿正門前。変身を解いた翔一は背後から聞こえたさとりの声に振り向き、共に戦ってくれた少女たちのもとへと向かう。

 お燐はとても慌てた様子で膝を着くお空の傍に座り、額に汗を浮かべるお空のことを心配しているようだ。さとりも冷静さを失ってはいないが、やはり心配そうにお空を見つめている。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

 苦しそうに胸を押さえる左手の隙間からは、脈打つように明滅する八咫烏の眼の赤い光が溢れている。その苦しみ方は素人目に見ても尋常ではない。さとりたちに分かるのはそれだけだ。

 

「すごい熱だよ……! お空、いったいどうしちゃったのさ……!?」

 

「わかんない……なんだか身体が……身体が……燃えるように熱いの……」

 

 先ほどお空が放ったグラウンドメルトやヘルゲイザーの熱量。普段のお空ならいくら火力に自信があるとはいえ、あれほど無作為に過剰な力を込めたりはしないはず。無二の親友たるお燐を巻き込むなどもってのほかだ。

 お燐はヒョウの怪物から受けたダメージによって苦しんでいるのかと思ったが、見たところ大きな怪我をしている様子はない。お空の身体は熱によって多少の火傷や小さな傷はあるが、お空ほどの妖怪にとってこの程度の傷が深刻なダメージになるとは思えなかった。

 

 高熱を訴え、苦しむお空を心配する翔一。出会って間もない少女ではあるが、その苦しみを見過ごすことはできない。特に、その苦しみ方は程度の差異こそあれ、どこか見覚えのあるような気がしていた。

 アギトとして戦ってきた際、記憶を取り戻して飲食店(レストラン)での勤務を始めた頃の出来事を思い出してみる。同僚として親しくなった一人の女性に見られた発熱。彼女は光の力を宿す者の一人として、翔一と同じアギトに覚醒する素質を持っていた。

 その兆候として現れたのが、苦痛を伴う異常発熱と頭痛による身体への負担だった。翔一はその姿を知らないものの、おそらくは彼の姉も同じ痛みを経てアギトに至ったのだろう。

 

「まさか……」

 

 首筋を伝う汗。アギトの力を持つ翔一に共鳴し、明滅する八咫烏の眼がドクンドクンと唸りを上げている。翔一には一瞬、お空の顔が自らもよく知るアギトの顔に変わったように見えた。

 

「……とにかく、一度お空を部屋まで運びましょう。お燐、お願いできる?」

 

 不安に震える翔一の顔を見て、さとりはその心の中を見てしまったようだ。その場では何も追求することなく、苦しむお空を肩に背負う。

 小柄なさとりでは長身のお空を一人で運ぶことは難しい。お燐の操る猫車に乗せてもらい、ひとまずは地霊殿のベッドで休ませてやることにした。翔一も手伝おうと声を上げたが、それはさとりに遮られる。

 もしも翔一の考えている可能性が本当なら、彼の力と反応してお空がさらに苦しんでしまうかもしれないと判断し、さとりはその場に立ち尽くす翔一に対し、真剣な表情で向き直った。

 

「津上さん、少しお話があります。……私の部屋までついてきてください」

 

 お空の苦しみが『アギトの力』によるものだとしたら。もし本当に、翔一の思考が事実であるとしたら。その力を知らないさとりやお燐には、お空を救うことはできない。だが、力を知る翔一ならば、あるいは。

 さとりは翔一に訊きたいことが出来た。心を読むのではなく、その言葉をもってして。信頼という形の上で、さとりは翔一と話をしたいと思った。

 そうでなければ、きっと彼を地霊殿に留めておくことができなくなる。お空を苦しませる原因が彼にあるのなら、彼のアギトの力と共鳴し、どういった由来かは分からないが、もしも本当にお空にアギトの力が宿ってしまったなら。

 問わねばならない。津上翔一という男の在り方そのものを。アギトに向き合う、彼の心を。




SHODO-X 仮面ライダー 6 を箱買いした影響でストームフォームとフレイムフォームを書きたくなってしまったことがバレてしまう。バンダイさん、CSMオルタリングはまだですか……!

次回、第11話『アギトと八咫烏』
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