東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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A.D. 2002 ~ 2003
それは、信じる願いの物語。

戦わなければ生き残れない!



【 平成十四年の上海ドラゴン 】
第13話 鏡像秘話


 人間の里からおよそ北東の方角に離れた位置。魔法の森に近しい山の(ふもと)に、流れる川の水を静かに湛えた『霧の湖』はある。真昼になると深い霧に包まれ、人妖を問わず視界を白く染められるのがその名の由来だ。

 視界不良のため、一見すると広大な湖に見えるが、実際にはそこまでの大きさはない。歩いて一周しても半刻ほどもかからないとされている。

 妖力を帯びているのか、棲息する生物も普通ではないことが多く、水辺を求める妖怪たちが集まりやすい。妖怪にとっては平和な湖でも、人間にとってはやはり危険な領域である。

 

 この湖には魔法の森や迷いの竹林などと同様、妖怪の他にたくさんの『妖精』が住んでいる。抽象的な恐怖が形を得た妖怪とは違い、妖精は自然そのものの具現。いわば生きた自然現象のようなものだ。

 たとえ個体が消滅を迎えても、自然が存在する限り何度でも発生(・・)する。故に、妖精という存在に死の概念はない。肉体が滅びたところで、ただ『一回休み』として処理されるだけ。真の意味で妖精が死を迎えるとすれば、それは幻想郷からすべての自然が失われたときだろう。

 

◆     ◆     ◆

 

 霧深い昼の湖の近く、その上空を仲良く並び、二人の妖精が飛んでいる。

 幼げな少女の姿をしてはいるが、彼女らも大自然の具現として、この幻想郷に長らく馴染んでいる幻想的な種族だ。

 二人のうちの一方は緑色の髪を左側で束ね、薄い黄色のリボンで結んでいる。白と水色の服に黄色いネクタイを結び、背中からしなやかに生える妖精の証、鳥とも蝶ともつかぬ美しい薄羽をひらひらとはためかせながら、特に急ぐわけでもなくゆっくりと湖に向けて羽ばたいていた。

 

「……チルノちゃん、なにそれ?」

 

 妖精の中でも特に強い力を備えた『大妖精』と呼ばれる個体にも関わらず、彼女はどこか遠慮がちに、自身と並び飛ぶ妖精に問う。

 大妖精もその名の通り、強大な妖精ではあるのだが――親友である隣の妖精に比べれば、その力は他の妖精とほとんど大差のない、あまりにもちっぽけなものだと自覚している。

 

「あたいにもわかんない。さっき湖の近くで拾ったんだけど……」

 

 大妖精の隣を飛ぶもう一人の妖精、 チルノ と呼ばれた少女は親友の隣を同じくゆっくり飛びながら、薄氷めいた妖精の羽をはためかせた。

 ウェーブがかった水色のショートヘアに青いリボンを結び、青い服に白いギザギザ模様のワンピースを纏っている。清涼的な冷たさを感じさせる外見に見合わず、その性格は突発的で刹那的な単純思考だった。

 手にした物体はついさっき手に入れたばかりのもの。金属質な長方形の箱に数枚のカードが収められているだけの、黒い何か。

 チルノはただ、珍しそうなものを見つけて興味本位で拾ってきただけ。行動理念は小さな子供と同じ。チルノが特別幼い思考をしているのではない。妖精という種族全体が、無邪気で自然的な存在なのだ。

 手の平ほどの大きさの黒い板状の箱、カードデッキ(・・・・・・)らしきそれには何も描かれておらず、それが何なのかもよく分かってはいない。

 考えながら、チルノは不意に思考を走った鋭い耳鳴りに顔をしかめる。微かに聞こえる程度の音の発生源らしき場所、視界の端に動く影を見つけ、向かう霧の先、湖の水面を見た。

 

「うわっ!!」

 

 その目に映った巨大な『影』。思わずチルノは驚きの声を上げ、手にしたそれを取り落としてしまう。霧の湖の(ほとり)、その上空で霧を裂いたカードデッキはやがてチルノの手元を離れ、湖畔(こはん)に建つ巨大な屋敷の敷地内へと消えていった。

 チルノは黒いカードデッキを落としてしまったことよりも、今は霧の湖に浮かんだ影の方に気を取られている。湖には(ぬし)が棲んでいるらしいが、彼女が目にした影はそれよりも大きい。

 

「ど、どうしたの?」

 

「びっくりしたー! なんか今、湖にでっかい影が……!」

 

 未だ驚愕に高鳴る心音を押さえ、震える指で湖を指すチルノ。大妖精もその先を見るが――

 

「……? 何も見えないけど……」

 

「あれー? 気のせいだったのかなぁ……」

 

 霧の湖に映った影は、もはやそこにはなかった。

 先の一瞬では確かに目にしたチルノでさえ、湖に影らしきものは見つけられない。目を凝らしてよく探しても、その影はついぞ現れず。

 おおよそ霧に映った影が光の角度で大きく見えたせいで、巨大な影と錯覚してしまったのだろう。大妖精の説明を受けたチルノはどこか納得いかない様子だったが、気づけば先ほど聞こえた奇妙な耳鳴りもなくなっている。

 すでに刹那の興味を失ってしまったのか、手にしていたカードデッキのことも、湖に浮かんだ謎の巨大な影のこともすっかり気にせず、二人は湖の彼方、霧の果てへと消えていった。

 

◆     ◆     ◆

 

 緑豊かな自然の中に清く澄み渡る霧の湖。その景観は幻想郷らしく水彩画のように淡い色をしているが、そんな中、風景画に一滴の血を垂らしたかのように、揺るぎなく高潔に、されど不思議と景色に溶け込む紅色(あかいろ)があった。

 この屋敷の名は『紅魔館(こうまかん)』という。かつて幻想郷にスペルカードルールが制定される以前に、外の世界から幻想として結界を超えた『吸血鬼』の居城。

 大きな時計台を備えた荘厳な外観も、日光の侵入を抑える特殊な構造の窓の縁も。見渡す限りの一面が、気高き真紅に染まっている。紅で覆う庭園の内側、美しく咲き誇る花畑だけを唯一の七色と認めるかのように。

 霧に包まれた洋館は鮮烈に紅く、その姿を湖に映し出しているにも関わらず。遠目からでは畔に建っているのか、湖上の島に建っているのか分かりづらい。

 空間そのものが歪んでいるのかと思わせるほど、(くれない)の楼閣は虚ろにその姿を主張する。

 

「…………」

 

 レンガ造りの塀の正面、大きく構えられた正門を守護する門番が一人。

 鮮やかな朱色の長髪を腰まで伸ばし、華人服とチャイナドレスを掛け合わせたような淡い緑色の衣装と人民帽を身に着けた女性。

 人民帽の正面には『龍』の文字が刻まれた金色の星を装っており、ドレスのスリットから覗く長い脚はしなやかに鍛えられ、強く大地を踏みしめている。

 静かに目を閉じ、腕を組んで門の脇に背を預ける 紅 美鈴(ホン メイリン) は、立ったまま穏やかな昼寝の一時を楽しんでいた。

 すやすやと寝息を立てながらも門番としての職務は放棄していない。彼女が持つ『気を使う程度の能力』により、眠っていながらも周囲の『気』を感じ取ることができるためだ。

 

 その頭上へ、先ほど妖精が落とした黒い板状の箱、名もなきカードデッキが飛来する。

 

「ぶっ!!」

 

 直撃。金属質な板状の箱が重力に従い落下した。

 長方形の鋭角が柔らかい帽子越しに美鈴(メイリン)の頭に突き刺さり、重さと硬さ、速さと鋭さ。それらすべての衝撃が、彼女の意識を覚醒させる。

 せっかくの昼寝(シエスタ)の時間も、突如として脳天に火花と散った痛みを受け、最悪の目覚めを迎えてしまった。寝起きはそれほど悪くない方だが、痛みで無理やり起こされれば是非もない。

 

「痛ったぁ……なんなの……?」

 

 いくら吸血鬼の館を守る妖怪の身と言えど、痛いものは痛い。足元に転がったそれ(・・)を拾い上げ、美鈴は頭を押さえながらそれを見た。

 やや厚みのある板状の箱は数枚のカードを収めたカードケースのようだ。ケースの四隅には銀色の線のような意匠が入っているが、中心に空いた余白には何の意匠も入っていない。

 美鈴は手にした未契約(・・・)状態の『ブランクデッキ』から一枚のカードを取り出してみる。

 

「カード……?」

 

 濃紺の水面に揺蕩(たゆた)う金色の文字が描かれた面を裏返し、恐らくは表面であろう絵柄に視線を注ぐ美鈴。デッキの一番上から取り出した一枚の『アドベントカード』には、どこか不気味な気配が漂っているように感じられた。

 渦巻く闇が中心に向かって吸い込まれていく絵柄。何かを封じ込めるために黒い穴に引き寄せるかのような、別の次元への静かな恐怖。

 カードの上部には『SEAL(シール)』と表記されており、それがやはり、何かを封印(・・)するためのものであるのだと示唆している。

 それは間違いなく、幻想郷の弾幕ごっこにおいて使われるスペルカードの一種ではない。美鈴はそのカードに何か良くないものを感じ取り、本能的にそれを再びデッキへと戻した。

 

 ふと、無名(ブランク)のデッキを見つめる美鈴の感覚が何者かの気配を感じ取る。この紅魔館を訪れる来客は少なくないが、感じられる気配の色から察するに、この辺りに迷い込んでしまった不運な人間だろう。

 美鈴はチャイナドレスの懐にデッキをしまい、吸血鬼の館に近づいてしまった人間の気配を探り、接触を試みようとした。

 供物(くもつ)として(あるじ)に捧げるためではない。人間と親しみの深い妖怪の美鈴は、無辜(むこ)の人間を安全な場所まで案内してやることも門番としての仕事に含んでいる。

 紅魔館や自分に明確な敵意を向けてこない限り、わざわざその命を奪う必要もない。食事となるべき『人間の肉』は、幻想郷の管理者からしっかり提供されているのだから。

 

「参ったな……完全に迷ったかもしんない……」

 

 霧の湖を沿うように、青年はオレンジ色のスクーターのグリップを押して進む。同じくオレンジ色のヘルメットと黒いゴーグルを抱え、赤い服に水色のジャンパーを纏った青年は一人、見慣れぬ秘境を彷徨(さまよ)っていた。

 斜めに背負う黒いリュック、幻想郷らしからぬ近代的な乗り物といい、彼は紛れもなく結界の外の世界で生きていた外来人である。

 白い霧の中に鮮烈に紅く目立つ建物を見つけ、なんとかそこを目指してスクーターを押す外来人の青年。

 ガス欠を起こしているため、スクーターに乗って移動することはできない。そのうえサイドミラーは片方だけ折れてしまっており、今は無理やり応急処置でくっつけている状態だ。

 

「携帯も全然繋がんねーし、また編集長に怒られるかな……」

 

 博麗大結界により外部との繋がりは断たれている。電波は届かず、携帯電話などを用いた通話は為し得ない。

 幻想郷ならざる世界から来た 城戸 真司(きど しんじ) は大学時代に世話になった先輩、今の上司である男の顔を思い浮かべながら呟いた。

 彼は新人ジャーナリストとして、未知のネタの取材に来ていた。ネットニュースの記者として働いているが、まだ未熟な身。少しでも有用な記事を書いて、自身が務める『ORE(オレ)ジャーナル』の社名を上げるために。

 珍しい『金色の(カニ)』の取材に来たはずなのだが、気づけばまったく見知らぬ幻想の郷に迷い込んでしまっていた。右を見ても左を見てもどこか分からず、携帯は常に圏外を表記している。そこでようやく、人が住んでいそうな建物を見つけたのだ。

 周囲の風景に見合わぬ毒々しい紅色は一瞬だけ目を疑ったが、慣れてしまえば美しい。あまりに浮いた洋風の色合いであるのに、不思議と周りの景色と調和が取れているようだ。

 

「あのー、もしかして外来人の方ですか?」

 

「おわっ!? びっくりした……!」

 

 紅魔館の前を訪れた迷い人らしき青年に、美鈴は声をかける。

 この悪魔の館を見ても恐れるどころか、むしろ興味深そうに時計台を高く見上げていた。見慣れぬ服装は、結界を超えた外来人の特徴を思わせる。

 死角から不意に声をかけられ、驚いた真司は洋館の前に立つ女性の顔を見た。正門の前に立っているところから見ると、この女性は恐らく門番の役割を担っている人物なのだろう。

 

「いや、ちょっと取材に来たんだけど、なんか迷っちゃったみたいでさ……」

 

 取材のためとあれば基本的には敬語を使う真司だが、美鈴の親しみやすい笑顔と振る舞いに、気づけば砕けた素の口調で話していた。

 思えば、ここ最近は不運の連続だった。せっかく編集長に取材を任せてもらえたと思ったのも束の間、その途中で大学院生らしき青年とぶつかってしまいスクーターを倒されるわ、見ず知らずの占い師にも「今日の運勢は最悪」と言われた挙句、停めておいたスクーターをガラの悪い男に蹴り倒されるわ……思い返してみても、占い通り最悪だったと言わざるを得ない。

 

 黒いコートの男に道を阻まれ、口論になりかけたこともあったが、そのとき立ち寄った喫茶店は悪くない雰囲気の店だった。初めて来た店であるはずなのに、どこか懐かしさを覚えるような、紅茶専門の喫茶店。

 それから店を出た後、ガス欠で動かないスクーターを引っ張っていたら道に迷ってしまい、今に至るため、やはり未だに最悪の運勢は覆っていないらしい。

 あのときの占い師の男は「俺の占いは当たる」と言っていた。なるほど、確かにここまで的確に運勢を占える実力があるのなら、そう言えるだけの十分な自信にも頷けるというもの。

 

「取材?」

 

「ああ、俺、城戸真司。一応、ネットニュースの記者。……まだ見習いだけど」

 

 懐から取り出した名刺を差し出し、真司は自身の名を告げ、名刺を受け取った美鈴は訝しげにその文字を読む。

 幻想郷にはネットも携帯電話も存在しない。モバイル配信形式のニュースサイトなど、幻想郷の住人である美鈴には伝わるはずもない。

 しかし、真司が口にした取材や記者といった言葉から、それがどういったものかは察することができる。幻想郷にも『新聞』という概念はあるのだ。

 山に住む天狗の一種、黒い翼の『鴉天狗(からすてんぐ)』たちは古くから幻想郷に生きる古参妖怪の代表として、新聞という形で情報の伝達を行っている。

 もっとも、内容はほとんどゴシップ記事のため、まともに読んでいる者はあまり多くはない。紅魔館が新聞を求めるのも、情報のためではなく掃除用具として便利だからである。

 

「OREジャーナル……天狗の新聞みたいなものですかね」

 

 長く切り揃えられた茶髪を掻き分け、頭を掻く真司の耳に、聞き捨てならない言葉が届く。

 

「天狗? ……天狗!? ちょっと待って! この辺、天狗が出んの!?」

 

 思わず美鈴の顔を二度見する真司。神秘的な場所だと思っていたが、まさか天狗が存在するかもしれないとは。

 真司はこれまでも新人ジャーナリストとして、珍しい生き物、金色のザリガニや毛の生えたカエルなどを取材してきた。これから取材しようとしていた金色の蟹もそうだが、天狗と聞けばそんなものは軽く吹き飛んでしまう。

 寄り道になってしまうが、これは何としても取材を試みるしかあるまい。

 多少迷ったことも、電波が悪くまだ連絡ができていないことも、天狗のネタを持ち帰れば編集長も許してくれるはずだ。

 慌てて手帳を取り出し、取材モードとなった真司に微笑み、美鈴は優しく口を開く。

 

「まだ名乗ってませんでしたね。私は紅美鈴。見ての通り、この紅魔館の門番をしています。お望みなら里まで案内しますよ。人間がこんなところにいると危険ですので……」

 

 そう言って続けて、美鈴は外来人らしき青年――城戸真司と名乗った男に幻想郷についてを詳しく話した。妖怪や結界の説明を受け、真司は混乱しているようだったが、ここが自分の元いた場所とは違うらしいことを肌で実感したようだ。

 美鈴は自身も妖怪であると説明した。彼はまだそこまでの情報を頭の中で処理できていないらしいが、いきなり幻想郷に迷い込んだのならそれも無理はない。

 自身が門番を務める紅魔館のことも話す。吸血鬼が住み、魔女が住み、幻想郷でも特に恐れられる場所だと知ればその危険も理解してくれるはずだと判断したが、そんな美鈴の期待も虚しく、真司はむしろ天狗の他に吸血鬼もいると知って余計にやる気を出してしまったらしい。

 

「ええっと……紅魔館だっけ? ちょっとだけ中に入れてもらっても……!」

 

「ダメですって! お嬢様の許しもなく勝手に入れたら私が怒られちゃいます!」

 

 幻想郷についてだけならまだしも、つい紅魔館についても話してしまったのは失敗だったかもしれない。この男は、ここが吸血鬼の館だと説明を受けながら、命知らずにも単独で踏み入ろうとしているようだ。

 記者という者は幻想郷でも外の世界でも等しく厚かましいものなのだろうか……美鈴は比較的親しい鴉天狗の顔を思い出し、うんざりした気持ちになる。たまに居眠りすることもあるが、この身は紅魔館の門番。当主の許可もなく、ここを通すわけにはいかないのだ。

 

「お願い! そこをなんとか──」

 

 食い下がらずに両手を合わせて懇願する真司。

 天狗や吸血鬼が怖くないわけではない。それでも、仮にも真実を追い求めるジャーナリストたる人間として、その姿を世間に知らしめたいという想いがある。

 知りたい人がいるのならそれを調べて伝えたい。OREジャーナルの記事(ニュース)を読んでくれる購読者たちの願いを守りたいと真司は祈る。そのために、両手に小さな『願い』を込めた。

 

 あるいは、その微かな意志が引き金となったのだろうか。

 

 ――その直後、真司と美鈴の耳に、鏡が(こす)れるような不快な金属音が響く。

 キーンキーンと鼓膜を貫く激しい耳鳴りにも似た、高く冷たい金切り音。脳髄を駆け巡るヒビ割れたノイズ。それは頭痛となり、二人の意識に砕けた鏡の破片の如く鋭く突き刺さった。

 

「くっ……何、この音……!?」

 

 不快な耳鳴りに顔をしかめ、美鈴は頭を押さえる。

 突如聞こえた金属音に思わず手帳を落としてしまった真司も同様、謎のノイズに思考を苛まれているようだが、その表情は単なる不快感というよりもどこか怪訝そうなものだった。

 

「(……この気配(・・)……なんで俺……)」

 

 真司はその音を、ただ『音』としてではなく、何かの『気配』と認識した。

 それがなぜなのか自分でも分からない。こんな奇妙な音、これまで一度も聞いたことがないはずなのに。どういうわけか、自分はこの感覚をよく知っているような――

 

 その音に導かれるように、真司は無意識のうちにジャンパーの左ポケットに手を突っ込む。左手の指先に触れる冷たく硬い感触。入れた覚えのないそれ(・・)を掴み取り、この音の本質を、その物体の正体を確かめた。

 水色のジャンパーから取り出したのは、先ほど美鈴が手にしていたものと同じ、黒いカードデッキだった。

 真司がそれを知る由もないが、今この場に、カードデッキと定義されるものは二つ(・・)ある。しかし、それは美鈴のものとは少し違う意匠を持っているようだ。

 そのデッキには、中心に金色のレリーフが輝いている。無地だった美鈴のデッキとは異なり、強く雄々しく存在を主張する『龍』の紋章(エンブレム)と四隅に走る銀色のライン。手に触れる感覚自体は冷たい金属のものであるのに、その内には熱く燃える何かが込められているような気がする。

 

 真司はそれを初めて(・・・)手にした。少なくとも、この因果(・・・・)においては。今の真司には、その()を手にした記憶はない。

 そこへ流れ込む、閉じた因果(・・・・・)の記憶。失われたはずの彼の物語。

 この因果では始まることすらなかったはずの、無限に紡がれ続けた戦いの歴史。その一端、その最後の円環が、真司の中にあるはずのない感覚――輪廻の果てに消えた記憶を呼び覚ます。

 

「うっ……!!」

 

 頭の中を貫く記憶の奔流。合わせ鏡のように乱反射するそれらが真司の思考を掻き乱し、激しい頭痛となって絶え間なく押し寄せてくる。

 右手でこめかみを押さえながら、真司は身体中で確かめるその激しさに顔を歪めた。

 

「そうだ……俺は……」

 

 龍の紋章が描かれたデッキを握りしめ、鏡の向こうに忘れ去られた炎が今、再び燃え上がる。それは誰の記憶であるのか、いつの記憶であるのかは分からない。

 だがそれは確かに、どこかの因果で『かつて戦った』記憶として、真司の中で吼え立てる。蘇ることのなかったもう一つの歴史が。今この因果にはあるはずのない戦いの記憶が。13の願いを超え、朝焼けに包まれて。

 無限の鏡像、暗闇に映る鏡の中に、共に戦った龍の姿を見た──気がした。

 その姿を見たことさえないはずなのに、その存在は今、生身の彼の姿を『赤く染める』ための炎として。真司の想いに、強く抱かれたその『願い』に、すでに失われた因果を開く――

 

 金属音じみた耳鳴りが静かに消える。その直後、霧の湖を染める白の中に、巨大な影が浮かび上がった。深い霧に遮られてその全貌を視認することはできないが、美鈴の知覚はそれを巨大な気配として認識している。

 八本の柱を大地に突き立て、巨体を持ち上げる朧気(おぼろげ)な輪郭。それはやがて霧を突き破り、異形の巨影が姿を現す。

 霧の湖に映し出された影の正体は、人の身の丈ほどの巨大な『蜘蛛(クモ)』の怪物だった。

 

「な、なにあれ!? あんなもの、湖にはいなかったはず……!?」

 

 柱と見紛うほどの巨大な脚で身体を支え、霧の湖から這い上がり、美鈴たちの前に現れる規格外の化け物(モンスター)。金属的で無機質な装甲は生物らしさに欠け、どこか作り物(・・・)じみた印象を見せる。

 湖から這い上がった直後だというのに、その身体には一切の水気も帯びていない。

 

 それは鏡の世界に住まう鏡像の怪物。ある兄妹の願いが生み出した、『ミラーモンスター』と呼ばれる絵空事の守護者。されどその身に命はなく、彼らは常に生物として成り立つために、人間を喰らってその命を取り込み、己が糧とする。

 生みの親である兄妹にとっては守護者かもしれない。彼らにとっては被造物かもしれない。だが、鏡の世界を一歩でも踏み出せば、それは見境なく人を襲う捕食者でしかないのだ。

 

 真司はその姿を知っている。その目で見たことがあるわけではない。ただ、魂に刻まれた戦いの記憶が、頭の中に映像として浮かんでくるだけ。

 気づけば真司は考える前に動き出していた。紅魔館の前に停められた自身のスクーター。オレンジ色のボディを持つ車体に向き直ると、折れていない方のサイドミラーに真司の顔が映し出される。その表情は一介のジャーナリストらしからぬ、歴戦の『戦士』の顔だ。

 

 左手に持ったデッキを正面に突き出す。スクーターのサイドミラー、後方を確認するための小さな鏡に向かって、契約の証(カードデッキ)の正面が見えるようにかざす。鏡に映るデッキの紋章が、その龍の瞳が。鏡越しに真司の顔を睨んだような気がした。

 鏡の中の正面に鏡像として銀色のベルトが形成され、鏡面から実体化したそのベルトは回転しながら真司の腰に装着される。

 機械的な意匠を持つ銀色の帯――『Vバックル』と呼ばれるそれをその身に装い、真司は自らの腰を見ることもなく、鏡の中の自分を見つめたまま。

 デッキを持った左手を左腰に添え、手刀と伸ばした右腕を自身の左上へと高く突き上げた。

 

「――変身っ!!」

 

 迷いの霧を切り払う。虚ろな鏡を打ち砕く。強く発声するその一言と共に、真司は右腕を下ろし、左手に持った『カードデッキ』をVバックルに装填する。

 左側から勢いよく叩き込まれたデッキは正面を向き、ベルトの溝に固定された。同時に赤く輝くVバックルのシグナルを合図として、鏡の中の自分の姿が変わっていくのを目にする。

 

 いくつもの鏡像が真司の身に重なっていく。白く光る騎士の姿がその身に一つと収束する。身体は赤く鮮やかな強化スーツに彩られ、胸や肩は銀色と黒を基調とした甲冑めいた装甲に覆われていった。

 すべての鏡像を受け止めた真司の姿は、人の身を超えた超人の姿に。この身は決して、英雄などではない。ただ、正義なき戦いに身を落とした者たちの、悲しき願いという鎧。

 

 変わり果てた自身の姿を鏡と見る真司の表情は一切(うかが)い知れず。その顔は騎士の兜を思わせる鉄仮面に覆われ、格子状の隙間から覗く赤い複眼と口元のフェイスガードの存在だけが、微かに人間のための鎧として備わっていた。

 赤き戦士の頭部には契約の証として、燃え盛る龍の紋章が銀色に刻まれている。中心に赤い光を伴い、その紋章を伝って走る金色のラインは、さながら東洋の伝承に由来する龍のヒゲにも似た様相を持つ。

 真司が得たその鎧は、『仮面ライダー』と名付けられた争いの道具(システム)。カードデッキを持つ者だけに許された、正義なき願いの行使権。

 今この場に赤く立ち尽くす鏡の騎士こそ、真司のもう一つの姿である『龍騎(りゅうき)』の姿だ。

 

「あの……真司さん……ですよね?」

 

 突如目の前で変身(・・)を遂げた真司の姿に、美鈴は驚いていた。疑問に満ちた彼女の問いに、龍騎となった真司は答えない。彼自身、その姿と記憶、赤き炎の宿命に混乱しているようだ。

 

「……なんなんだよ……! ……どうしてこんな……!!」

 

 霧深い偽りの記憶が晴れていく。霞む景色を切り払うように、もう一つの記憶が蘇る。より強く、より鮮やかに、異なる世界で戦い続けた自身の姿を思い出す。

 鳴り響く金切り音、鏡像の怪物、鏡の中の世界。そして──仮面の騎士たち。

 城戸真司は再び(・・)絶望した。終わったはずのすべてが、今、頭の中に流れ込んでくる。誰が答えるわけでもない問いを繰り返すその口は、怒りや恐怖よりも困惑に打ち震えている。

 

 いくつもの願いを見た。いくつもの死を見た。たった一人の願いのために、たくさんの願いが巻き込まれ、たくさんの人が命を落とした悲しき戦いを見た。真司はそれを止めるために、踏み入った戦いの世界で炎と誓ったのだ。

 やがて真司は戦いの果て、現実の世界に溢れ出した無数の怪物を相手にするうち、小さな未来を守るために、その背に決定的な不覚を受けてしまう。

 薄れゆく意識の中で、真司は戦いの中で得た友に看取られ、その短く鮮烈だった希望(いのち)を儚く閉ざした。

 ――はずだった。

 しかし、今の真司はここに生きている。戦いのあった歴史と『戦いのなかった歴史』の二つが、真司の中に紛れもない記憶として残っている。さらには前者の記憶でさえ二つあるような、助けたいと思った者の同じ死を二度も経験したような──奇妙な感覚が頭から離れない。

 

「…………っ!!」

 

 拳を握りしめ、疑問に震える真司。龍騎の赤い複眼が、ぐらりと揺れる蜘蛛の脚を捉えた。金色の装甲を持つ蜘蛛の脚、あるいは爪にも見える銀色の柱が振り上げられ、龍騎となった真司の姿を見つめる美鈴の身へと迫る。

 真司はすぐさまそれに気づき、人の限界を超えた仮面ライダー(・・・・・・)と呼ばれる騎士の健脚で大地を駆けた。

 咄嗟に美鈴の前に立ち、蜘蛛の爪から彼女を守る。記憶に蘇るあのときと同じ。だが、今度は生身ではなく龍騎の姿をもって。守るべき命を抱きしめず、向かう怪物に視線を向けて。

 

「がはっ!!」

 

「真司さんっ!!」

 

 大質量を持つ鏡像の怪物、クモ型ミラーモンスターの『ディスパイダー』がその爪をもって龍騎を殴り飛ばす。紅魔館の塀に叩きつけられ、その外壁に鎧を打ちつけてしまうものの、変身していたおかげで致命傷にはならなかった。

 それでも生身であれば即死は免れなかったであろう一撃だ。身体が砕けるほどの激痛を全身に感じ、思わず苦痛に顔を歪める。

 美鈴は慌てて真司に駆け寄ろうとするが、ここで怪物に隙を見せればせっかくの彼の行動も無駄になってしまう。美鈴とて、幻想郷に住まう妖怪として弾幕ごっこ(スペルカードバトル)を可能とする身。本気の戦闘においても、人間とは比較にならない戦闘力を持っている。

 これほどの巨体を相手にしても、自慢の武術と弾幕を駆使すれば戦えるはずだ。

 

「……やる気なら、私が相手になるわ!」

 

 美鈴の闘志に気がついたのか、ディスパイダーはその巨体を美鈴に向けた。

 両手に込めた気の力を七色のエネルギーとし、美鈴は両手で円を描く。環状に配置された七色の光弾は虹を思わせる軌跡を描き、美鈴の前で煌びやかに回転。その輪の中心に右の正拳を突き、彩虹の弾幕をディスパイダー目掛けて射出した。

 着弾こそ見届けたが、本気の弾幕を炸裂させても微かに装甲を削る程度の効果しかない。これでは足りないと判断した美鈴は弾幕による攻撃を諦め、本領たる武術を試みようとする。

 

「くっ……!」

 

 だが、ディスパイダーは美鈴のその動きを許さない。吐き出された蜘蛛の糸は、美鈴の身体の自由を容易く奪ってしまった。

 全身を絡め取られ、身動きを封じられる。それだけであれば美鈴の力で糸を引き千切り、脱出できたかもしれない。問題だったのはディスパイダーが糸を口から繋いだまま、美鈴を湖の中に引き摺り込もうとしていることだ。

 美鈴は強く大地を踏みしめながら、なんとか蜘蛛の巨体と拮抗する。少しでも力を抜けば、そのまま相手の領域へ引き込まれてしまうだろう。限界まで張り詰めた蜘蛛の糸はよほど強靭なのか、これだけの力が加わっているのに、まるで千切れる気配さえ見せない。

 

 騎士(ライダー)ですらない女性が戦う姿。真司はそれを見て、龍騎として立ち上がった。

 龍騎の左腕に備えつけられた赤き籠手(こて)。無機質な龍の頭部を模した『ドラグバイザー』の上部に右手を乗せ、そのまま前方にスライド変形させる。展開したドラグバイザーの後部にはスリット状の認識機構(カードリーダー)が現れた。

 すかさず右手でVバックルに装填されたカードデッキから一枚のカードを引き抜く。デッキに入った数枚のアドベントカードのうちの一枚。これまで戦いの中で何度も行ってきた過程を踏み、その手に掴んだカードを翻す。

 ドラグバイザーに設けられたスリットにカードを装填し、龍の頭を元の形に戻した。

 

『ソードベント』

 

 召喚機(バイザー)の基部より聞こえてきた無機質な電子音声。男性らしき声を聞き届けると、龍騎の頭上、その虚空から何か(・・)が降ってくる。右手でそれを掴み取り、迷うことなく美鈴とディスパイダーに向かって走り出した。

 龍の紋章が刻まれた赤い柄。柳葉刀めいた銀色の刀身は龍の尾を思わせる鋭い切れ味を誇り、霧の湖に鈍く光を反射する。

 握りしめた『ドラグセイバー』を両手に構え直すと、真司は振り上げたその剣で蜘蛛の糸を両断した。

 張り詰められていたせいで断たれた糸の双方に勢いが加わり、美鈴はその場に尻餅を突く。対するディスパイダーは支えとなる力を失い、そのまま霧の湖へと落ちていった。

 

 湖の中へと消えるディスパイダーを見届け、真司はその場の地面に向けてドラグセイバーの切先を突き立てる。

 そのまま変わらず龍騎の姿でもって、自身の頬を両手で叩いて気合いを込めた。

 ガチャリと響く金属音。甲冑の擦れる音が鳴る。頭の中に霞がかった迷いや不安を切り払うため、真司は大きく深呼吸した。

 気持ちを落ち着け、冷静になった頭で霧の湖の水面を見つめる。揺らめく水面は境界となり、龍騎の赤い複眼にもう一つの世界を映し出している。

 湖の水面下。されど水中ならざる別世界。真司はこれまでも幾度となくその『世界』と接触してきた。もっとも、それも今となっては別の──失われたはずの因果における記憶だが。

 

「っしゃあっ!!」

 

 拳を固め、己を鼓舞する。迷う意思が世界を曇らせるのなら。憎しみを映し出す鏡がそこにあるのなら。この身を貫く情熱のベクトルをもって、壊すほど。

 理由は分からないが、真司は一度の死を経験してなお、新たなる因果に記憶を呼び覚ましている。背中に穿ち抜かれたトンボ型ミラーモンスターの針が肺を破り、喉から溢れる血の味までもが真司の記憶に蘇る。

 実際にはとある男の干渉により『戦いのない世界』という新たな因果が開かれているため、真司が死んだという事実はこの歴史にはない。

 それでも、自らの死を鮮烈に想起させるこの記憶は、真司が自らを生き返った(・・・・・)と認識するのに十分なほど奇妙なものだった。

 ついさっきまで生きていたはずなのに。当たり前の日常を生きて、ジャーナリストとして生活していたはずなのに。生まれてから今に至るまでの年齢分の人生すべてに、戦いなどなかったはずなのに。

 龍騎(・・)として戦ってきたもう一つの記憶は、紛れもなく真司の記憶として熱く燃える。

 

 果てなき希望(いのち)を、ここに燃やす。生きている限り、人は生きていられる。ならば、生前に抱き、果たせなかった願いにも再び火を灯すことができるはずだ。

 何度繰り返しても、何度同じことが行われようとも、もし再び『あの戦い』が起きようとしているのなら。その火中に飛び込み、何度だって――戦いを止めてやる。

 この大地を抉る一歩は、そのために。

 烈火の如く駆け抜け、その場に突き刺さったドラグセイバーの柄を握り直した真司は──龍騎は、霧の湖へと飛び込んだ。

 水面を入り口として鏡の中の世界、『ミラーワールド』へと向かう。この世すべての反射物、鏡はもちろんのこと、鏡面を持つものならなんであれ、鏡の世界と繋がっている。

 

 見渡す限りの鏡が張り詰められた一本道。現実世界とミラーワールドを繋ぐ境界の空間。そこにはたった一台、この『ディメンションホール』と呼ばれる次元の断層を通過できる、唯一のマシンが備え付けられていた。

 車体を支える前輪は小さく、後輪は大きい。赤いシートは大きく突き出し、展開された黒く半透明のキャノピーらしき屋根が高く上がっている。

 黒と銀の無骨な装いを持つそのマシンは、ただバイクと呼ぶには特殊すぎる形状だった。

 次元転送機『ライドシューター』のシートに座り、龍騎は起動するマシンの中へと取り込まれていく。

 騎士を乗せた赤いシートは低く下がる。持ち上げられたキャノピーはゆっくりと閉じ、龍騎の姿をライドシューターの中に包み込む。

 腰に装うベルト、Vバックルの両腰に設けられたハードポイント『ジペット・スレッド』にライドシューターから伸びる銀のシートベルトを固定。凄まじいスピードで疾走するライドシューターの車体が、ディメンションホールの一本道を駆け抜け、その先の境界へ消えていった。

 

◆     ◆     ◆

 

 ディスパイダーはすでに湖の中に消えている。それを追って湖に飛び込んだ龍騎も今はここにはいない。一人取り残された美鈴はどうすることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。

 

「な、なんだったの……?」

 

 湖の岸に乗り出す美鈴。赤い鎧の騎士と巨大な蜘蛛は、この湖の中へと落ちたはずだ。それなのに、落ちる瞬間も、おそらくは戦っている最中であろう今も。水面には激しい水飛沫どころか、波紋の一つも浮かび上がっていない。

 あれだけの巨体なら微かに動くだけで水面は大きく荒れるはずなのに、霧の湖は不気味なほどに静かだった。

 それはあまりにも、いつもと変わらない霧の湖。さっきまで目にしていた騎士と怪物の戦いは昼寝がもたらした白昼夢だったのではないかと思うほど。己を疑って目をこすり、もう一度確かな意識でその湖の水面を見た。されど、水中にはやはりいつも通り魚が泳いでいるだけ。

 

「これって……」

 

 何度見ても水中(・・)には何の変哲もない。しかし、水面(・・)には明確な変化があった。静かに揺れる湖の水面に、湖を覗き込む美鈴の顔が映っている。その背後には木々や空、真っ赤に目立つ紅魔館も変わらず、その景色を鏡像として映し出している。

 ――そこに、二つ。あるはずのないものが映っていた。

 一つは、先ほど湖から現れた巨大な蜘蛛。そしてもう一つは、外来人たる城戸真司が変身したらしき赤い鎧の騎士の姿。

 それらがぶつかりあい、火花を散らし、戦っている様が鏡像となって水面に映っている。

 

「えっ……!?」

 

 思わず後ろを振り返ってみる。そこには相変わらず、豊かな木々と紅魔館があるだけ。龍騎もディスパイダーも、こちら側(・・・・)には存在しない。もう一度水面を見ても、それらは水面にしかいないようだった。

 美鈴は湖の水面に触れてみたが、微かに手が濡れるだけ。水面が波紋と揺れ、映る景色を歪ませる。その揺れも、()で戦っている彼らにとっては微塵も影響がないらしい。

 

 水面に映った自身の顔と向き合う美鈴は、そこで初めて気づいた。この水面は『鏡』となって周囲の景色を映し出している。ならば、ここへ飛び込んだ真司や蜘蛛の怪物は、鏡の向こう(・・・・・)へと至ったのだと。

 真司が龍騎への変身に際し取り出したカードデッキは、美鈴にも心当たりがある。紅魔館の門前で昼寝をしていたら、突如として頭上に振ってきた黒い板状の箱。それは今もチャイナドレスの懐にしまってある。

 美鈴はそれを取り出し、訝しむような目で何の意匠もないブランクデッキを見つめた。

 

「これが……関係あるのかな……?」

 

 本来ならば鏡の中の世界――すなわち『ミラーワールド』を認識できるのは、ある男により『仮面ライダー』に選ばれた者だけだ。

 そして、彼らは契約の証としてカードデッキを所有する。このデッキこそがミラーワールドを、ひいてはミラーモンスターの存在を感知するための証明であるのだ。

 

 美鈴は偶発的にこのデッキを手にしてしまったが、このデッキを持っている以上、彼女もまたミラーワールドを認識することができている。

 だが、偶発的にデッキを手に入れたのは消えた歴史における真司も同じだ。

 彼は仮面ライダーとして選ばれたわけではない。ただ、かつて仮面ライダーだった男の失踪事件を取材していた際に、たまたまデッキを見つけてしまっただけ。

 本来ならばミラーワールドになど関わるべきではなかった。ただジャーナリストとして、失踪事件を伝えるだけでよかった。ジャーナリストとして熱い心を持っていた彼は、その熱意ゆえに、触れてはいけない(せかい)に触れてしまった。

 真司は後悔していない。たとえ二度と後戻りできなくなろうとも、自分に戦う力があるのなら、人を守るために、助けるために戦いたい。己の願いのためでなく。人を襲う化け物(モンスター)と戦うためだけに、仮面ライダーとして戦う。龍騎となって鏡と向き合う。それが城戸真司の誓い――

 

 騎士たちの願い。正義なき戦いの果て。幻想の楽園は、捧げた祈りに再び鏡像を映し出した。




水色のバカ繋がりのチルノと真司。地味にアドベントとも関わりが深い。
でも、残念ながら龍騎と対応するのはチルノじゃなくて美鈴です。中華風の龍繋がりで。

次回、第14話 話41第『それぞれの願い』
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