東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第14話 それぞれの願い

 霧の湖の畔に建つ真紅の洋館、紅魔館。吸血鬼の屋敷として知られるこの建物も等しく、幻想郷を映す『もう一つの世界』に存在する。

 だが、その姿は幻想郷の住人が見慣れた紅魔館ではない。

 屋敷に大きく構えられた時計台の文字盤も、バルコニーの装飾も、庭園を彩る花畑も。そのすべてが綺麗に左右反転(・・・・)している。鏡の中の世界――ミラーワールドに映し出された紅魔館の鏡像は一人の使用人の影も見せず、ただ静謐(せいひつ)なだけの空っぽの屋敷として紅く佇んでいた。

 

「ギシャアアッ……!」

 

 クモ型ミラーモンスター、ディスパイダーの身体が鈍く軋みを上げる。

 鳥も獣も人間も、妖怪さえもこの鏡の中の世界には存在できない。故に、ミラーワールドに意思を持って動くことのできる生物は存在しない。ただ、元より実像というものを持たないミラーモンスターたちを除いては。

 彼らは生物として定義されていない。命を持つこともない仮初めの形。守護者とあれと願われ、形作られた単なる『力』。そして、このディスパイダーの爪と剣戟を交える赤き鎧の騎士、龍騎もまた、同じくミラーモンスターと契約(・・)することで力を得ている。

 手にする赤の柳葉刀、ドラグセイバーも、ある()の尾を模して出現した鏡像の産物だ。

 

「おわっ……!」

 

 ディスパイダーの爪の一撃に打たれ、龍騎──真司が持っていたドラグセイバーは遥か遠くへと弾き飛ばされてしまう。隙を見せることなく続く連撃を防ぎ、失ったドラグセイバーには見向きもせず、反対側に転がって怪物と距離を取る。

 左の籠手として備え装った召喚機、ドラグバイザーを再び展開。デッキからカードを引き抜き、素早く装填する。取り出したカードには赤く燃える『龍』の姿が描かれていた。

 

『アドベント』

 

 ドラグバイザーから響く電子音声。直後、何もない青空を白く染める霧を突き抜け、炎の如き赤が飛来する。天を揺るがすほどの咆哮を高く上げ、うねり舞い降り龍騎のもとを目指すのは一体の龍。より正確に言えば、無機質な龍の姿をしたミラーモンスターだ。

 ライダーと契約したモンスターは野生のモンスターと区別され、主に『契約モンスター』と呼称される。龍騎の契約モンスターであるから龍の姿をしているのではない。名もなき騎士がミラーワールドの龍と契約し、赤い炎を伴って『龍騎』の名を得た、という因果が正しい。

 ディスパイダーと同じ由来の怪物でありながらその力の差は歴然だった。燃え上がる炎を口に湛え、それらを吐き出す無双の赤龍。

 次々に襲いかかる火球はディスパイダーの四肢を焼き払いながら地面に着弾し、その周囲を炎で満たしていく。炎に閉ざされたディスパイダーに、もはや逃げ場はない。

 

 その肢体はしなやかに長く。身体を染める赤は紅魔館の外壁よりも鮮やかな炎の色に。舞い降りた赤き龍――『ドラグレッダー』と呼ばれるミラーモンスターは、真司と契約して彼に仮面ライダーとしての――龍騎(・・)としての力をもたらした存在である。

 されど、契約は所詮、ただの契約に過ぎない。ドラグレッダーは真司に従属するわけでも、仲間として親しむわけでもない。

 ライダーが野生のモンスターを倒し、契約したモンスターに餌と供給する。その代わり、モンスターはライダーの戦力として使役される形で互いに協力関係を結ぶ。

 契約を違えれば共に戦ってきたモンスターといえど容赦なく契約者(ライダー)を喰らうだろう。その契約の証となるのがカードデッキ──ひいてはこの『アドベント』のカードというわけだ。

 

「なんか、変な感じだな……」

 

 こうしてドラグレッダーと共に戦うのは久しぶり――のような気がしていたが、実際は普通のジャーナリストとして生きてきた記憶が、龍騎として戦ってきた記憶と混ざっているせいなのかもしれない。

 無数のミラーモンスターを相手に、真司は命を落とした。しかし改変された因果によって、彼は仮面ライダーにならず、死ぬこともなくなった。

 どういうわけか彼には『戦いのない世界』の記憶と『戦いのある世界』の記憶がどこか混在している。最後の戦いをもって命を落としてからさほども経っていない自覚はあるのに、戦いのない世界における記憶も相まって、長らく変身していなかったような気もする。

 

 感傷に浸っている場合ではない。目の前で炎に揺れるディスパイダーにはまだ息がある。捕食者であるミラーモンスターを放置すれば、鏡面というどこにでもありふれたミラーワールドの出入り口から現実世界に干渉し、誰かを襲うだろう。

 早々に決着をつけるため、真司は再びドラグバイザーを展開する。デッキから引き抜いたのは、龍騎のカードデッキに描かれている龍の紋章と同じ絵柄を持つカードだ。

 開いたドラグバイザーにカードを装填、再び後方にスライドさせて召喚機を閉じる。

 

『ファイナルベント』

 

 カードを読み込み、ドラグバイザーが奏でる最後の宣告。変わらず無機質に響く電子音声を聞いた後、真司は両脚を大きく広げ、両腕を鋭く前に突き出す構えを取った。

 ドラグバイザーを備えた左手を上に拳と成す。開いた右手はその直下に添え、そのまま腰を深く落として両腕を回し、左腕は召喚機を正面に向け胸の前に。右腕は龍の(くび)の如く肩と掲げる。ゆっくりと顔を上げ、真司は龍騎の赤い複眼で眼前の蜘蛛を捕捉した。

 周囲を舞い昇る無双の龍はその牙を炎に染め、回転しながら龍騎を包む。

 ミラーワールドの騎士たち、ミラーモンスターと契約した仮面ライダーたちが誇る最大の必殺技。それは騎士(ライダー)守護者(モンスター)が一体となり、持ち得る力を合わせて放つ最強の一撃だ。

 

「はぁぁぁあっ……!」

 

 熱く燃える炎の無双龍、並外れた力を持つドラグレッダーと契約した龍騎が唸る。常人を遥かに超えた仮面ライダーの身体能力でもって、真司は高く空へと跳躍した。

 それを追うドラグレッダーの影を纏いながら、灼熱(あか)い血を感じる。この身体を焦がして。龍騎は蒼天の果てに舞い踊る。龍と共に、炎となる。

 鋭く突き伸ばした右脚を蜘蛛に向け、拳を握りしめる。背後から解き放たれたドラグレッダーのブレス──息と呼ぶには鮮烈すぎる炎を全身に受け、真司は自らの右脚を咆哮と願った。

 

「――だぁぁぁぁああああッ!!」

 

 炎と共に突き進む龍騎の一撃。切り札となる『ファイナルベント』を解き放ったその蹴撃を追うドラグレッダー。叫ぶ真司の声に重なり、ドラグレッダーの咆哮が響く。

 龍騎のファイナルベント【 ドラゴンライダーキック 】はディスパイダーの肉体を燃やし打ち砕き、激しく炎と爆発した。

 燃える装甲は跡形もなく弾け飛ぶ。そこに形があった証明など微塵も残さず、圧倒的な炎の力に破壊されたミラーモンスターの存在は消し飛ばされる。これまでの戦いでも必中必殺を誇る龍騎の蹴撃に、耐え切れるものなどそうはいない。

 数値にしてAP6000。並大抵のミラーモンスターなら一撃で粉砕し得るほどの火力をもって、真司はディスパイダーを撃滅した。

 揺れる炎に包まれながら、ディスパイダーを倒した龍騎がゆっくりと立ち上がる。

 

「ん? あれ?」

 

 ディスパイダーの亡骸──はすでに消滅している。その代わりとなる炎を見渡す真司は、そこにあるべきものがないことに気づいた。

 本来、ミラーモンスターを撃破すれば、それが喰らった命がエネルギーとなって浮かび上がってくるはずだ。輝く光球状のエネルギーをライダーと契約したモンスターに与え、餌として供給する。それがライダーとモンスターの間に交わされた契約条件である。

 そのはずなのだが、たった今倒したディスパイダーからはエネルギーが出てこない。前にもこんなことがあったような気もするが、改変前の因果と改変後の因果、二つの記憶が混ざった真司には上手く思い出せそうになかった。

 この蜘蛛の怪物とも一度戦った経験はあるものの、そのときはまだ龍騎としてドラグレッダーと契約してすらいなかった。

 いや、契約自体はしていたかもしれない。ともあれライダーとしては成り立ての時期であり、戦うのに必死でモンスターの詳しい状態などあまり覚えていなかったのは確かである。

 

「……ま、いっか」

 

 結論として、真司は深く考えないようにした。

 ミラーワールドやミラーモンスターについてなど、当事者ではあるものの不明な点が多い。モンスターを倒しても餌が与えられないのなら、契約不履行と見なされてやがて真司はドラグレッダーに喰われてしまう可能性が高いが、今は見たところ腹を空かせていないようだ。

 ミラーワールドが再び開かれたのなら、モンスターとて一体ではないはず。となれば、この幻想郷にいる限り、モンスターが現れる度に自分が戦えばいい。

 この力はもとよりモンスターと戦うためだけに使うと決めている。モンスターが現れたのなら、必然的に自分が戦う。その度にモンスターの状況を確かめればいいだけだ。

 

 餌にありつけなかったドラグレッダーは不服そうだが、最悪の場合は契約者を喰らえばいいと最初から判断しているのだろう。特に気にせず、再び空へと消えていく。その姿を見届け、真司もようやく戦いの終わりを実感できた。

 ミラーワールドには不気味で独特な環境音が低く響いている。モンスターを撃破した今、鏡像の世界に長居する必要はない。

 まだ余裕はあるが、早々に実像の現実世界へ帰ろう。あまり悠長に滞在していれば、ミラーワールドは容赦なく生物の存在を拒絶する。

 植物や無機物は鏡像としてミラーワールドに存在することができるが、意思を有した生物が実像を伴ってこの世界に引きずり込まれてしまったが最後、二度と出ることも叶わずにモンスターに喰われるか、ミラーワールドの拒絶による粒子化を経て消滅を遂げる。

 仮面ライダーに許された滞在時間は9分55秒。それを過ぎれば変身して自ら踏み入った領域だろうと、ミラーワールドは実像を持った存在を拒み塵と滅ぼして無へと帰してしまうのだ。

 

◆     ◆     ◆

 

 現実世界の霧の湖。紅魔館へと戻った真司は龍騎の姿を鏡の破片と散らし解き、美鈴の前に姿を見せる。

 湖の水面そのものを境界として鏡の世界から戻ってきたため、その服は一切濡れていない。

 

「し、真司さん……? 大丈夫だったんですか?」

 

「……ああ、うん。俺は平気。そっちも無事みたいで、安心したよ!」

 

 Vバックルから引き抜いた龍騎の紋章入りのカードデッキをポケットにしまい、美鈴と顔を合わせる真司。美鈴には真司が湖から出てきたことが未だよく理解できていないようだったが、彼女の知覚はすでに怪物の消滅を認めていた。

 美鈴が見た限りでは真司に怪我らしき怪我はない。先ほどまで変身していた赤い戦士の姿をもって、湖から現れた鏡像の怪物(ミラーモンスター)を倒したのだろうか。

 スペルカードを発動していなかったとはいえ、本気の弾幕さえ軽く弾く蜘蛛の装甲を凌ぐほどの力を持つ存在だと分かり、美鈴の瞳に警戒の色が浮かぶ。しかし、彼女の問いに笑顔で答える真司の様子は驚異的な力を備えた者というより、どうにも普通の人間にしか見えない。

 

 真司は美鈴に愛想笑いを見せ、背後の湖に振り返って小さく頭を抱える。夢中で戦っていたために、変身したところを見られていたことをすっかり忘れていた。

 先ほどはデッキを手にした瞬間にかつての記憶が蘇り、咄嗟に変身して戦ってしまったが、事情を知らない少女の前で変身したのは迂闊だった。ライダーやモンスターについてを詳しく知られれば、無関係な彼女までもが戦いに巻き込まれてしまう可能性が高い。

 なんとか誤魔化そうとするが、真司には上手い言い訳が思いつかなかった。

 かつて一度、職場の同僚にミラーワールドから出るところを見られてしまったことがあったが、あのときのようには誤魔化せそうもない。

 実は手品だった――などと言っても信じてもらえないだろう。何せ、今回は目の前で変身してしまった上に戦闘まで行っているのだ。鏡から出てきたところを見られたときとは(わけ)が違う。

 

「ええっと、その、今のは……! 手品……じゃなくて……!」

 

 慌てて弁明を図ろうとする真司に対し、美鈴は落ち着いた様子で神妙な表情を見せる。彼女も幻想郷に住まう存在である以上、非現実的な怪物や超常的な力を持つ人間など珍しいとは思っていないが、鏡の向こう側に世界があるなど考えたこともなかった。

 真司が変身に使っていたカードデッキらしきものを美鈴も所持している。これの力によって認識できたと思われるミラーワールドは、紛れもなく湖の水面から通ずる鏡の世界であると美鈴は推測していた。

 特徴的な深緑の中華服から取り出した美鈴のカードデッキは真司のものと違い無地。ミラーモンスターとの契約が果たされていないブランクの状態。

 されど、その内に秘められたミラーワールドの法則は等しい。このデッキを所持している限り、美鈴は真司と同様にミラーワールドを認識し、モンスターの出現を感知することができる。

 

「先ほどの姿……これと似たものを使っていたように見えましたが」

 

「えっ……なんで……それ……」

 

 美鈴の手に鈍く輝く黒いカードデッキは、真司が持っていたものと同じもの。しかし、そこにドラグレッダーとの契約の証である龍の紋章は宿っていない。ブランクデッキのまま、美鈴は仮面ライダーというシステムの要となるそれを真司に見せた。

 真司の目に映るデッキは一瞬、彼の理解を超える。すぐにその意味を察した真司は顔を蒼褪めた様子で狼狽(ろうばい)し、それを持つ美鈴の腕を掴んで鬼気迫る表情のまま震える声を絞り出した。

 

「どこでこれを……! っていうか、なんで……!!」

 

 自身よりも若いほどの少女が『それ』を手にしてしまっている。そのあまりの残酷な真実を受け止め切れず、思わず強い力で彼女の腕を掴んでしまった。慌てて手を離して謝るが、心臓の高鳴りと背筋の凍るような感覚までは拭い去れない。

 美鈴が手にしているものは、紛れもなく『仮面ライダー』への変身に際して用いられるカードデッキだ。未契約(ブランク)の状態は真司がドラグレッダーと契約する前にとあるアパートの一室で見つけたものと同じ黒色の無地。

 今でこそ遠く感じられる『戦いのある世界』の記憶を辿る。あれを偶発的に手にしてしまったばかりに真司は仮面ライダーとなった。

 他の者たち(・・・・・)のようにシステムの開発者に選ばれたわけではない。たまたまデッキを拾い、たまたま戦いに巻き込まれただけ。仮面ライダーとしての道を選んだ判断こそ自分で決めた未来ではあるが、本来ならミラーワールドなど真司には無縁の世界であるはずだった。

 

 戦う力を持つ騎士(ライダー)の姿。そして人を襲う化け物(モンスター)の存在。ただそれだけであれば事情は単純、真司も人を守るために、人間を襲って餌とするミラーモンスターと戦う。そう割り切ることで仮面ライダーになる覚悟は十分だった。

 しかし──ミラーワールドの法則を身に宿した仮面ライダーたち(・・)の戦いの本質はそれだけではなかったのだ。

 ミラーワールドを開き、カードデッキを開発し、彼の世界に仮面ライダーという技術を生み出してしまったある男の目的は一つ。幼き日に命を落としてしまい、限りある未来に命の灯火を与えられた妹を救うため。

 カードデッキの数は13個。それに伴い、モンスターとの契約者となった仮面ライダーたちは全部で13人。偶発的にデッキを手に入れた真司もその一人だ。

 男は自ら選んだ契約者たち――13人の仮面ライダーたちに、それぞれ互いを『殺し合う』運命を背負わせた。勝ち残った最後の一人のみ、あらゆる『願い』を叶えられると約束して。

 

 デッキの開発者が仕組んだライダーたちの戦いは凄惨なものだった。己が願いを叶えたいがために他者の願いを、誰かの命を犠牲にして勝ち進む。勝者となった者の足元には、他の願いを抱いた騎士たちの亡骸がいくつも転がることになる。

 ライダーは決して共存できない。選ばれた仮面の騎士は皆、他の命を蹴落としてまで叶えたい願いがある。そうでなければ、ライダーに選ばれることはないだろう。

 前任者の死により破壊されずに残ったカードデッキを手に取ったことで、開発者に選ばれることなくライダーとなった城戸真司や、ある男を除いては。

 残る12人の仮面ライダーたちはそれぞれ自分の願いを叶えるために『ライダーバトル』に参加していた。自分のために誰かを犠牲にする戦いを止めたいなどと考える者は決して多くはない。明確な願いを持たない真司の他には、亡き友の遺志を汲んだ一人の占い師だけ。

 真司は決して戦いには乗らなかった。幾人もの騎士たちが命を落としていく戦いの中、真司はようやく答えを見つけた。

 戦いを止めたい。それすらも願い。仮面ライダーの一人として、真司は願った。ライダーバトルを止めたいと。

 果てに抱いた願いのまま、真司は命を落とした。それがかつての記憶――閉ざされた過去の因果における『戦いのある世界』での最期の記憶。覚えている限りの──自身の結末だった。

 

「とにかくこんなもの……早く手放した方がいいって……」

 

 美鈴がデッキを所持しているということは、彼女もライダーの一人として他のライダーに命を狙われるということだ。だが、真司が見たところ彼女のデッキには契約の紋章が記されていない。まだモンスターと契約していないのならば、後戻りできるかもしれない。

 彼女は仮面ライダーの事情を知らない様子だった。となれば、開発者自らデッキを渡されたわけではないはず。ライダーバトルに巻き込まれる前にデッキを手放せば、こんな戦いに関わらずに元の生活に戻ることができるはずだ。

 引き返す道はある。真司は美鈴の手からデッキを受け取ろうと、手を差し伸ばす。

 

「…………っ!」

 

 そこで真司は、再びかつて(・・・)の記憶を思い出した。

 自身が先ほどミラーワールドで倒したはずのモンスターは、餌として喰らった人間の生命力を光球状のエネルギーとして残さなかった。戦闘の直後は特に気に留めなかったが、よく思い返せばあのモンスターには見覚えがある。

 クモ型ミラーモンスターのディスパイダー。真司が初めて仮面ライダーの存在を知った日、同僚の女性記者を喰らおうと牙を剥いた怪物。あのときもディスパイダーは一度は撃破されたもののエネルギーを出さず、翌日に強化再生した姿で再び現れたのではなかったか。

 

 モンスターは一度狙った獲物を決して諦めない執念深さを持つ。美鈴を狙ったディスパイダーが蘇れば、またしても彼女が狙われることになるだろう。自身が倒せればいいが、その間に彼女が襲われてしまう危険性もある。ただデッキを預かるだけでは根本的な解決策にはならない。

 

「……やっぱり、これに何かあるんですね」

 

 真司の顔つきを察した美鈴はブランクデッキを中華服の懐にしまい、毅然とした表情で再び真司に向き直る。

 彼が変身した騎士の姿や湖から――正確にはその水面から現れた怪物についてなど、問い詰めたいことはいくらでもあるが、正門の前で立って話すような事柄ではないと判断した。

 

「特別に中でお話を伺いましょう。お嬢様に許可を頂くので、少し待っていてください」

 

 仰々しい音を立て、紅魔館の正門は来訪者のためにゆっくりと開かれた。彼方に見えるのは、立派な時計台を優雅に構えた洋風の屋敷。晴れ渡る青空には似つかわしくないほど鮮烈な真紅に満ちた悪魔の居城だ。

 正門と屋敷を繋ぐ庭園は美しい花畑に満たされている。たくさんの花の彩りは鮮やかな色彩を持つが、その彩りさえも館の(あか)さを強調するための一部にしかならない。

 この庭園の花壇の手入れも、門番である美鈴が日夜行っている。七色の美しさは、美鈴が放つ弾幕の色にも通ずる(おもむき)を感じさせ、どこか悪魔の館らしい恐怖を僅かに落ち着かせていた。

 

◆     ◆     ◆

 

 紅魔館の中でも最も格調高い荘厳な一室。幻想郷の紅色(あかいろ)をすべて束ねたような夜の玉座に、この屋敷の当主は座していた。

 幼く小柄な外見からは想像もつかない大妖の威圧感は鳴りを潜め、500年以上もの歳月を生きた魔物、吸血鬼としての絶対的なカリスマはそのままに、薄紅色のフリルドレスに身を包んだ少女が手に持つ小さなティーカップを眺めている。湛えられた紅茶の表面には、生来の吸血鬼である彼女の顔は映っていない。

 蒼褪めた月の如き銀髪はウェーブがかったセミロングほどの長さに揺れる。その身に装うドレスと同じ薄紅色のナイトキャップも含め、彼女の服装には高貴な出自を思わせるたくさんのフリルと赤いリボン、それに伴う気品が、吸血鬼として以上に彼女の風格から溢れていた。

 

 玉座の背に覆われ、畳まれた黒く小さな翼がぴくりと動く。これから口にしようとしていた上等な紅茶の香りからゆっくりと顔を離し、紅魔の少女―― レミリア・スカーレット は、何より紅い悪魔の瞳を静かに閉じた。

 揺れる紅茶の表面を一瞥(いちべつ)することもなく。そこに一瞬だけ映った男の影にさえ、気に留めることもなく。微かに感じた不快な気配に小さく溜息をつく。

 ソーサーに戻したカップが陶器同士の触れ合う音を鳴らす。その瞬間、耳鳴りのように聞こえていた金属音めいた甲高いノイズがぴたりと()んだ。わざわざ振り返るまでもない。自身の背後、玉座の傍に。またしてもあの男(・・・)が現れるであろう前兆の気配。少女は煩わしげに口を開く。

 

「……またあんたか。いい加減、しつこいわね」

 

 紅魔館の深窓から差し込む陽光は虚ろに少女の部屋を照らしている。吸血鬼の弱点の一つとなる日光も、直接浴びなければ脅威ではない。その窓か、それとも紅茶の表面か、振り子時計の窓からか。あるいは、丁寧に磨かれた調度品からということもある。

 吸血鬼の部屋に鏡はない。されど、その代わりとなる反射物はいくらでも存在する。この世に光とそれを反射する現象がある限り、決してその世界(・・)の目から逃れることはできないだろう。

 

「……あくまでも、そうやって傍観者を気取るつもりというわけか」

 

 その男は、音もなく現れた。部屋の扉は一切開かれていない。レースカーテンの向こう側に閉め切られた窓も同様、この部屋に誰かが侵入してきた形跡は一切残さず、男は忽然(こつぜん)と、亡霊のようにそこに佇んでいたのだ。

 くたびれたベージュ色のコートは歪んだ因果に色褪せ、男の表情も何かを失ってしまったように生気や感情がほとんど感じられない。

 だが、等しい存在ではあるものの彼は本当の意味の亡霊ではなかった。かつて行ったある実験によって肉体を失っただけの生者。鏡の世界――ミラーワールドを開いた際にその法則を身に宿してしまった妄執の果て。

 今の彼は人間という名のミラーモンスターに等しい。もはや 神崎 士郎(かんざき しろう) なる男は、現実世界には存在しない。鏡像の怪物を生み出し、仮面ライダーを開発し、妹に新しい命を与えるという願いのために13の命を弄んだ彼は、実像の身を捨てミラーワールドの住人となっていた。

 

生憎(あいにく)吸血鬼(わたし)は鏡に映らないんでね。鏡の中(そっち)には行けそうにないのよ」

 

 自嘲気味に紅茶を覗くレミリアの顔は、やはりカップの中には映っていない。光や鏡像が吸血鬼の存在を否定するのか、吸血鬼が鏡に映らないという法則はこの幻想郷でも共通らしい。そのせいで、身嗜(みだしな)みを整えるのにも逐一(ちくいち)メイドが必要になってしまう。

 神崎士郎がレミリアに渡したデッキも鏡への反射を引き金として所有者を仮面ライダーに変身させる。しかし、吸血鬼であるレミリアは鏡に姿を映すことができない。デッキをかざしてもVバックルが現れてくれないのだ。

 レミリアは仕方なく自身に仕えるメイドのうち、最も信頼する一人にそれを託した。広い紅魔館の使用人たる無数の妖精メイドを束ねる人間のメイド長。人間の身にして恐れ知らずにも吸血鬼の屋敷で働く酔狂な奇術師を選び、レミリアはライダーの証となるカードデッキを手放した。

 

「滑稽なものだな。自分では何もできず、従者に自らの願いを叶えさせる……か」

 

 コートのポケットに両手を入れた神崎は皮肉めいた笑みを浮かべて振り子時計の文字盤と向き合う。ガラスの反射を見つめる神崎の顔はレミリアと同様、鏡像として映ってはいない。彼自身が実像を持たぬ鏡像であるのだから、鏡に映らないのも当然である。

 時計の反射の中には一体のミラーモンスターがその翼を広げていた。両の翼を含めれば直径およそ数メートルに及ぶほどの巨大なコウモリの怪物。漆黒の闇に紛れるように、その身体は濃紺の黒に染まっている。

 

 闇の翼の名を持つ獣。コウモリ型ミラーモンスター『ダークウイング』はすでにとある仮面ライダーと契約を結んでいるモンスターだ。

 しかし、契約しているからと言ってその本質は変わらない。モンスターは常に命あるものを餌と見なす。仮面ライダーと呼ばれる契約者であれ、それは例外ではない。現に、この個体は神崎士郎にカードデッキを渡された本人であるレミリアの命に執着している。もし契約がなければ、すぐさまレミリアに襲いかかり、己の糧としていることだろう。

 もっとも、吸血鬼であるレミリアはその程度の強襲、容易く返り討ちにできるほどの力を備えている。変身できずとも、並大抵の怪物であれば十分に渡り合うことが可能なはずだ。

 

 それでも彼女が自ら戦わないのは、相手が自分の手出しできない鏡の世界の存在であるということに加え、レミリアの願いは同時に仮面ライダーとなった従者の願いでもある。主人自ら戦わせるわけにはいかないと、従者は自らの意思でカードデッキを引き受ける覚悟を決めたのだ。

 

「……咲夜(さくや)騎士(ライダー)とやらにしておいて、いったい何が目的なのかしら」

 

 神崎士郎が選んだ、揺るぎなき願いを抱きし者。ライダーとなるべき願いを持つレミリアの渇望は、奇しくも神崎と共通のものだった。

 互いに大切な『妹』を救う。ただそれだけのために。他の願いを犠牲にする覚悟を持った運命の代行者。それぞれ自ら手を下さず、誰かを使って願いに手を伸ばす。神崎もレミリアも、そうあることしかできない。

 自分ではライダーとして戦うこともできず、誰かを利用することでしか願いに近づけない。それを皮肉と笑ったのは、神崎自身、彼女と等しい己を自嘲する意図もあったのだろう。

 

「今はただ、戦いを続けろ。お前も……あまり悠長にはしていられないはずだ」

 

「言っておくけど、私の咲夜(ナイフ)は優秀よ。その辺の掃除係より、ずっとね」

 

 残された時間はそう多くはない。それは両者とも同じことが言えた。一刻も早くライダーの力をもって願いを叶えるために。ライダーバトルの勝者に与えられるとされる万能の力を選定するために、神崎士郎は仮面ライダーとなるべき者を選んでいる。

 レミリアは不敵な笑みで神崎の顔を見た。神崎は不服そうな表情でレミリアの顔を見た。互いの瞳はそれぞれ対する相手に向いている。されどそこに映る光の中に、両者の顔はない。

 

 そこへ不意に、一本のナイフが飛び込んできた。

 何かの比喩などではない。銀色に冴える輝きが照明の光を反射しながら飛来し、さっきまで神崎士郎が立っていた場所を抜けてレミリアの指先に捕らえられる。

 もはやそこには神崎士郎の姿はない。閃く刃の光と失せ、その気配も消え去っていた。

 

「……お嬢様、お怪我はありませんか?」

 

 この紅魔館で最も優秀な使用人、メイド長である 十六夜 咲夜(いざよい さくや) が主を気遣う。

 右手に構えた数本のナイフと同様に冴える銀髪は短く揃え、顔の横に垂らした二束の三つ編みにはどこか余裕を感じさせる。幼げなレミリアよりもいくらか高い身長に、動きやすいように膝上ほどの丈に仕立てられた青いメイド服を纏っていた。

 水色の瞳で睨む時計の文字盤、その反射に映る世界を舞うダークウイング。神崎士郎もそうであるが、このモンスターもまた咲夜にとっては主人に害を成すただの魔物でしかない。

 

 咲夜は人間ながら『時間を操る程度の能力』を有している。それは文字通り時の流れを掌握する極めて強大な力だ。部屋に近づく気配を一切感じさせずに扉を開き、この場に突如として現れたのも、一度時間を止めてすべてを済ませたからである。

 時より速く動く咲夜の目をもってしても神崎士郎の姿は捉え切れなかった。ミラーワールドの存在となったあの男は、現実の法則を超越しているのだろう。

 咲夜のメイド服に眠るカードデッキには契約の証、コウモリの紋章が輝いている。その力を感じ取ったのか、時計の文字盤に映っていたダークウイングはどこかへ姿を消してしまっていた。

 

「ええ、おかげさまで。ところで、何か用があったんでしょ?」

 

 レミリアの左手に受け止められたナイフは彼女の意思一つで粒子と消える。銀製のナイフは吸血鬼の身体を裂く脅威となるが、それでもレミリアが最も信頼する従者として咲夜を傍に置くのは夜を支配する吸血鬼たる者の余裕なのだろうか。

 瀟洒(しょうしゃ)な振る舞いで主のもとへ銀の刃を投げる咲夜の胆力も相当だ。彼女の仕事に一切のミスはなく、あまり役に立たない妖精メイドたちの代わりに他の仕事も請け負うため、紅魔館のすべての仕事は彼女一人が担っているに等しい。

 あらゆる仕事を完璧にこなしてみせるものの、咲夜はどこか人間的に抜けているところがやや目立つ。冴えたナイフのように鋭い感覚を持っているのに、どこかとぼけたような雰囲気でズレた言動をすることも多い。その不思議さが、レミリアにとっての退屈を殺してくれるのだ。

 

「失礼しました。何やら外来人らしき男を屋敷に招き入れたいと、門番が……」

 

「外来人? 生きたままの? 素敵なお客様ね。……それとも、()のお仲間かしら?」

 

 紅魔館を訪れる来客は多くない。霊夢や魔理沙のような歴戦の異変解決者ならまだしも、普通の人間――まして外界からの外来人などもってのほかだ。紅魔館に運ばれる人間など、九割以上が食料としての形で加工されている。

 それを知った上であえてこの館を訪れるのなら、相応の理由があるはず。否、あってくれなければ面白くない。

 妖怪は人間を襲うもの。特に吸血鬼は血肉として人間を喰らう種族。生きた人間が踏み入るのであれば、久しぶりにその生き血を啜ってみるのも悪くない。だが、もしその人間が──神崎士郎と同じ『世界』の存在であったとしたら。

 世界と言っても、ミラーワールドを指すのではない。レミリアが観測することのできたいくつもの因果律のうち、別の紡ぎにある並行世界。自分たちの知る歴史とは別の時間を歩んだ、別の法則を持つ『外の世界』からの来訪者――異世界(・・・)からの外来人と定義できる存在なら。

 

 レミリアは吸血鬼としての規格外の身体能力と魔術的能力の他に、彼女固有の特殊な力を持っている。それはやがて来たる未来の形を書き換える力。さしずめ『運命を操る程度の能力』と呼ばれる絶大な能力だった。

 運命とは決定された未来を意味する。しかし絶えず変わる未来に決まった形はなく、運命と言えるものも曖昧で不安定かつどこまでも抽象的なものでしかない。

 彼女はその『運命』を観測し、ある程度の因果律まで望む形に導くことができる。もっとも、運命など誰が保障できるものでもないためにその力を実感できる者は少ない。観測できた運命もほとんどが並行世界に生じる因果の歪みに過ぎず、レミリアが操れる運命はそう多くなかった。

 

「門番曰く、男は赤い騎士(・・)のような姿に『変身』したそうです。如何(いかが)いたしましょう」

 

 咲夜の報告を聞いて、レミリアは赤い瞳にさらに紅い色を灯らせる。

 彼方に仰ぎ見た運命は彼女の予想を超えた龍の姿。吸血鬼の真祖たるワラキアの領主にも通ずるドラゴンの炎。否、どちらかと言えば東洋の龍に近いようだ。

 その咆哮が血染めの因果を焼き尽くしていく様が運命の断片から見て取れた――気がした。

 

「へぇ……思っていたより早かったじゃない。……いいわ。迎え入れなさい」

 

「……かしこまりました、お嬢様」

 

 期待に満ちた表情で運命を見届ける主の言葉を受け、咲夜はその場から姿を消した。正確には、時間を止めてレミリアの部屋を後にしたのだ。

 先ほどまでは開かれていた扉も、今はいつの間にか閉じている。わざわざ止まった時間の中で淹れ直してくれたのか、冷めてしまったカップの紅茶にも再び暖かさが戻っていた。

 

 ミラーモンスターを倒せば奴らが喰らった命がエネルギーとなって現れる。それを契約したモンスターに餌として喰わせることで、モンスターの空腹を満たしてやることができる。それがライダーとモンスターの間に交わされた契約の条件だ。

 さらにはモンスターのエネルギーを与えているため、契約モンスター自体の成長にも繋がり、他のモンスターを倒せば倒すほどこちらのモンスターも強くなる。

 もっとも、野生のモンスターと同様に人間を襲わせれば手っ取り早くエネルギーを吸収してモンスターを強化できるのだが、幻想郷のルールにおいて里の人間はおいそれと殺せない。妖怪を退治するのも人間であるべきという思想もあり、モンスターを強化するには現状、他のモンスターを撃破するしかないのだ。

 

 普通なら仮面ライダーがモンスターを倒す理由はそれぐらいしかない。城戸真司はモンスターから人間を守るためにモンスターを倒しているが、神崎士郎が開発した仮面ライダーの本来の目的はライダー同士で戦い続け、最後の生き残りを決めることのはずである。

 しかし、レミリアはミラーモンスターの撃破にそれ以上の目的を持っていた。戦っているのは咲夜ではあるが、彼女はレミリアの願いの成就こそを自らの願いとしている。彼女が戦う理由は、主であるレミリアと――その最愛の妹である フランドール・スカーレット を救うためだ。

 

「咲夜のおかげで少しは()っているようだけど、それも一時凌ぎ……か」

 

 フランドールもレミリアと同様に生来の吸血鬼として絶大な力を誇る。少し気が触れているところがあり、495年ものあいだ紅魔館の地下室から出してもらえず、本人も出ようとしなかったのだが――今は屋敷の中を自由に活動するほどに落ち着き、門番やメイドたちを遊び相手として楽しく過ごしているようだ。

 最近までは普通に暮らしていたはずなのに、神崎士郎が現れる少し前からだろうか。フランドールの身体には異変が生じている。

 

 ミラーモンスターを倒した際に現れるエネルギーの光球の半分を契約の対価としてダークウイングに与え、残る半分はフランドールの生命力として与える。そうすることで、原因不明の異変を見せるフランドールの症状が少しは抑えられるらしい。

 神崎士郎の言葉に従うのは(しゃく)だが、他に考えられる手はない。だがライダーバトルなどという愚かな児戯に付き合ってやるつもりもない。

 モンスターを倒しながら様子を見つつ、解決策を探す。紅魔館の当主として。誇り高き吸血鬼として。何よりフランドールの姉として。レミリアはそんなくだらない殺し合いを一蹴した。

 

「それにしても、日に当たってもいないのに灰化(・・)なんてね。……原因は何なのかしら」

 

 灰と朽ちゆくフランドールの身体。モンスターのエネルギーを供給しているおかげで症状の進行は食い止められているものの、それがいつまで保つのかは分からない。

 日光を浴びた吸血鬼は肌が焼けるように気化していくのだが、妹の症状はどうやら皮膚組織そのものが直接、灰に変化している(・・・・・・・・)ように見えた。

 それはまるで、別の何かに変わりゆく身を拒むように。吸血鬼が持つ生命力が故か、朽ちる肉体はその変化を受け入れず強引に抗っている。少し経てば肉体は再生するものの、すぐにまた身体は灰となって崩壊を始める。初めて確認して以来、その繰り返しだ。

 レミリアが見た運命の中にフランドールの異変に関するものは見つからなかった。当初は神崎士郎の世界による何らかの影響だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

 あるいは、別の世界の影響か。ここ最近に見られた博麗大結界の異常は、外の世界と幻想郷を歪めて繋げるような気配を持っている。その一部が並行世界らしき場所と接続されているのは、神崎士郎や仮面ライダーといった異なる因果の存在から見ても明らかだ。

 となれば世界は一つではないという前提のもと、神崎士郎が存在した世界の因果とは別の法則が幻想郷に組み込まれていてもおかしくはない。

 大結界への干渉とは異なる何かがこの幻想郷に手を加えている。管理者である八雲紫が気づいていないはずはないのだが、あえて放置しているのか。それとも――それすら彼女の狙いの一つであるのか。

 どちらにせよ、今のレミリアにとって『この異変』は都合の良いものではなかった。

 

 観測できただけで三つ。否、すでに四つ目(・・・)が接続を始めている。混線する運命の鎖が絡み合い、ただでさえ複雑な因果律がどこまでも歪に捻じれていく。これでは運命を操るどころか、正しい未来の理を観測することすら難しいだろう。

 幻想郷の『外の世界』を一つの世界と定義し、さらにいくつもの世界が幻想郷の理と繋げられて混ざり合っていくのが分かる。

 ある世界から流れ込んだ法則は鏡の中の世界とそこに棲まう化け物(モンスター)たちの情報。神崎士郎が言っていたミラーワールドの法則として、幻想郷は理を受け入れた。

 

 繋がる因果が一つだけであれば原因を特定できたかもしれないというのに、座標となる幻想郷を結ぶ鎖が多すぎて、運命さえも紅い霧の果て。見えざる因果の彼方に想いを馳せながら、レミリアは暖かいティーカップを口に運ぶ。

 深く優しい香りに包まれ、小さな煩いを紅く飲み込む吸血鬼の少女。従者が騎士となる道を選んだのなら、この身は『夜』とあればいい。

 デッキを手にした咲夜の願いはレミリアと共に。騎士と夜。二つの意味を持つ仮面を纏う。




真司がデッキを見つけたアパートが「コーポみすず」という名前なの、最近気づきました。
こんなところにも美鈴との繋がりがあったなんて……(さすがにこじつけがすぎる)

次回、第15話 話51第『巨大クモ再生』
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