東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第16話 もう一人の騎士

 ディスパイダー リ・ボーンの消滅により、その個体が喰らった命がエネルギーの光球と輝き溢れた。重力に逆らい、ふわふわと昇っていくそれを掠め取るように、濃紺の翼を持つ巨大なコウモリのモンスターが陽光を遮る。

 引き絞るように甲高い鳴き声を上げ、ダークウイングが目指すのは空に浮かぶ光球だ。契約モンスターといえど、ミラーモンスターの本能は絶えず、他者の命を求めている。

 そこへ割り込んだ赤き龍がコウモリの向かう道を阻んだ。龍騎と契約したドラグレッダーもまた、契約の対価として、モンスターが残した力、命というエネルギーを欲している。

 

「グォォォオオッ……!」

 

「キィキィィキィィィッ!」

 

 低く唸る龍の声。高く喚くコウモリの声。この場に対峙する二体のモンスターはそれぞれ互いを威嚇し合い、静寂に満ちたミラーワールドの紅魔館に響く意思を敵意としてぶつけ合う。

 

「…………」

 

 騎士は視線を落とし、龍騎に向き直った。Vバックルに装う黒いカードデッキにはやはり翼を広げたコウモリの紋章、金色のレリーフと象られたエンブレムが輝いている。

 それは真司と同様にデッキの力をもってしてミラーワールドに踏み入った騎士の証。その姿は、真司も共に『かつての因果』を戦い抜いた友、仮面ライダーナイトに他ならない。

 

「れ、(れん)……?」

 

 自身の死をも看取ってくれた最後の友の名を呼ぶ真司。騎士は答えず、変わらず冷たい視線をこちらに投げかけてくるだけ。格子状の隙間を持つ騎士の仮面の中、鋭く冴える青い双眸に、真司はどこか時の止まったような緊張を覚えた。

 ナイトの右手がその左腰に備えられたホルスターに伸びる。コウモリの翼を模したレイピア型の召喚機──『ダークバイザー』の柄を握ると、ナイトはすぐさまそれを引き抜き、迷わず龍騎を斬りつけた。

 強靭な刃と頑強な鎧がぶつかり、激しい火花が剣戟の音と散る。続けて放たれた正面への蹴りに対しては腕を交差させて防ぎ、後方へ仰け反りながらも真司はナイトを見た。

 

「ぐっ……! な、何すんだ!!」

 

 かつての戦いで身に着いた戦闘経験を活かし、咄嗟の判断で身体を動かしたおかげで受けたダメージは少ない。が、本来ならば殺し合う仮面ライダー同士とはいえ、最後の戦いを共にした男が自身に攻撃してくるなど、真司には考えられなかった。

 ナイトは右手に構えたダークバイザーを左手に持ち替え、刀身を下に向けるようにして逆手で持つ。コウモリの脚が備えた柄の底を右手で掴むと、それを上に引き上げた。

 ダークバイザーのナックルガード部分に設けられたコウモリの翼が斜め左右に開く。顔を出した召喚機の内部構造にはやはり龍騎のドラグバイザーと同様の機構──アドベントカードの認証機構が存在していた。

 腰のVバックルに装うナイトのデッキから一枚のカードを引き抜き、展開したダークバイザーの中へと装填。再び柄底の意匠を掴み、押し込むことでダークバイザーの翼を閉じる。

 

『トリックベント』

 

 ダークバイザーから響く電子音声。それを聞くや否や、ナイトの陰からもう一人のナイト(・・・・・・・・)が現れた。続けてさらに三人目、四人目と現れるナイトの『分身』に、真司はナイトが持つそのカードの効果をすでに知っていながらも、一瞬の対処に迷う。

 ナイトが持つトリックベントは【 シャドーイリュージョン 】と呼ばれる分身技だ。本体とは別に生じる鏡像ながら実体を伴っており、一時的に存在する分身ではあるものの、それそのものが別個のナイトとして定義し得る。

 四人に増えたナイトの攻撃を受けながらも、なんとか急所を逸らすように受け流す真司。

 いくら分身を攻撃しても分身を消滅させるだけで変身者へのダメージは一切ないが、どれが本体なのか分からない以上、戦いを望まない真司には迂闊な反撃ができなかった。

 相手が仮面ライダーナイト──自分がよく知るあの男であるのなら、なおさらである。

 

「やめろって! 蓮! 俺が分からないのか!?」

 

 一つの刃を避ければ死角から別の刃が飛んでくる。拳や蹴りを受け止めても、続くもう一人の攻撃までは防げない。気づけばナイトの姿は四人から五人、六人と増え、やがては八人もの人数で龍騎を囲み、それぞれが持つダークバイザーを振るって真司を追い詰めていた。

 

 戦うつもりはない。相手が友だろうと、殺人鬼だろうと。真司はその命を奪ってしまいたくはなかった。だが、このまま防戦一方ではこちらが命を落としてしまう。

 自分が死んでしまったら、戦いを止めることも、人を守ることもできなくなる。だからこそ、生きて願いを叶えるため。

 死んだら終わりだ、と。かつて友に言われた言葉を胸に抱いて。真司は龍騎の左腕に装うドラグバイザーを開き、デッキから引き抜いたカードを装填した。カードに描かれた柳葉刀、ドラグレッダーの尻尾を模した赤き剣は殺意のためではなく、戦いを止めるための手段として。

 

『ソードベント』

 

 虚空より飛来したドラグセイバーの柄を右手で握り、迫るダークバイザーの剣閃と打ち合うように切り結ぶ。幅の広い刀身を持つ柳葉刀状のドラグセイバーは、レイピアに似たダークバイザーの刀身を押し退け、高い音を鳴らしてナイトの攻撃を退けた。

 カードの効果が切れたのか、次々に消えていくナイトの分身たち。鏡像と消える騎士たちはやがて一人のナイトだけを残して影となる。

 すべての分身が消えてもナイトは攻撃の手を休めない。構えたダークバイザーをドラグセイバーと打ち合わせることなく、その太刀筋を見切って攻撃を続ける。

 今度は真司の方が迫るダークバイザーの刀身に打ちあわせるようにしてドラグセイバーを振るう形になった。

 細い刀身は柳葉刀の刀身で防ぐことができるが、レイピア状の剣は突くことに特化した形でもあるため、攻撃を防ぎ続ける隙を狙われればまともに喰らってしまいかねない。

 

「(なんだ……この感じ……)」

 

 迷いなく冴える剣戟を凌ぎながら、真司はどこか違和感を覚えていた。

 最初はただ、思い出していないだけだと思っていた。仮面ライダーに変身しているからと言って、真司のようにかつて(・・・)の記憶を取り戻しているとは限らない。彼もまた、戦いの因果がリセットされた状態で再び戦っている可能性もあった。

 しかし、互いの剣を切り結ぶ感覚はかつて戦ったとき、前の因果で彼と手合わせたときとは大きく異なっている。

 真司の知る『ナイト』は冷たく振る舞っているが、根は優しい不器用な男だった。昏睡状態に陥った恋人を救うため、ライダーバトルを勝ち進む覚悟を決めておきながら、いざライダーにトドメを刺すとなるとどうしても躊躇(ためら)い、相手に反撃の隙を与えてしまう。

 人を守るために龍騎となった真司と同様、彼は、ライダーになるには優しすぎたのだ。

 

「(蓮……じゃない……?)」

 

 今まさに合わせる剣の冴えには戦いへの迷いが感じられない。剣に伝う優しさがないわけではないのだが、それは無骨で不器用な優しさというより、曇天(どんてん)じみた器用な優しさ。どこまでも手の行き届いた繊細な動き。完璧主義を思わせる瀟洒(しょうしゃ)な振る舞い。

 ナイトは真司が抱いた一瞬の疑問にナイフを突き立てるかのように、切り結ぶ合間に隙を見つけて龍騎の腹に前蹴りを見舞う。

 攻撃の手が休められたのも束の間、再びダークバイザーを逆手に持ち替えるナイト。デッキからカードを引き抜き、展開したダークバイザーの翼の中にカードを読み込ませる。

 

『ソードベント』

 

 ダークバイザーを左腰のホルスターに戻すと、ナイトは虚空から飛んできた大型の槍を両手で受け止めた。

 ナイト自身の身の丈ほどもある長大な槍身は漆黒に染まり、その身に刻まれた金色の模様はどこか高貴さを感じさせる。手甲となるナックルガード部分は銀色に輝き、黒い柄を握りしめながら構える『ウイングランサー』をもって、ナイトは龍騎の首元へその切先を突きつけた。

 

 思わず仮面の下で目を瞑る真司。しかし、ゆっくりと開かれた視界の先に、眼前まで迫ったウイングランサーの刃が振り下ろされることはついぞなく。

 よく見れば、ウイングランサーの漆黒の槍身が、微かに粒子化を始めているではないか。

 

「……時間切れか」

 

 塵と消えゆく槍を下げ、同じく霧のように粒子化を始める自身の手を見ながらナイトが一言、仮面の下で静かに呟く。

 その声は、真司の知らない『女性』のもの。風を切るナイフのように、冷やかに研ぎ澄まされた月のようにも、優しさを捨て切れない騎士のようにも聞こえる、時を刻むような声。

 

 実像の存在がミラーワールドに滞在できる時間は限られている。この世界における仮面ライダーの活動限界となる『9分55秒』の刻限が近づいていることの証明として、仮面ライダーの身体やそれに伴うあらゆる装備は少しづつ粒子と消えていくのだ。

 やがて時がくれば、ライダーといえどミラーワールドから完全に消滅してしまう。それはすなわち、紛れもない『死』を意味している。早々にこの世界から脱出しなければ、彼らの魂は永遠に鏡の世界の塵として彷徨うことになるだろう。

 ナイトは再び上空を高く見上げ、時計台越しに空に浮かぶエネルギーの光球を見やった。ドラグレッダーとダークウイングは未だ互いを威嚇し合い、どちらがそのエネルギーを得るかで緊迫している様子。隙を見せれば、火球か超音波がどちらかの身を裂くのは明白である。

 

 モンスターには粒子化の影響は見られない。彼らはもとより実像を持たないミラーワールドの存在であるため、ミラーワールドの拒絶を受けることなく、無制限に活動することができる。契約者が粒子化を初めていても、両者とも気にせず餌の方に執着していた。

 再び視線を下ろし、龍騎を見るナイト。自らの意思でウイングランサーを消失させ、左腰に備えたダークバイザーを引き抜くことなく展開させる。

 そのまま自身のカードデッキから抜いた一枚のカードを装填。映る絵柄は翼を広げたダークウイング自身の姿が描かれたもの。武装の召喚や効果の発動を目的としない契約のカードは、ナイトがダークウイングと契約したことを証明するカードとして、デッキの中に含まれている。

 

『アドベント』

 

「――キキィィイイッ!」

 

 閉じたダークバイザーが奏でる無機質な電子音声と共に、上空を舞っていたダークウイングが召喚に応じる。目の前に揺れるエネルギーの光球を諦め、ナイトの契約モンスターであるダークウイングは契約者のもとへ飛び迫った。

 背中に装われる形でナイトと一体化し、無機質な黒い翼と広がる鏡像の獣。使うカードが違えば、あるいは盾として扱うこともできるダークウイングの翼を纏い、ナイトは紅魔館の庭園――自身が足つく地面を蹴る。

 濃紺に染まるコウモリの翼を広げ、高く空へと飛翔したナイトは薄く陰る日差しの中、黒い影となってそれを見上げる龍騎の視界に映されていた。

 羽ばたく翼が風を起こし、ミラーワールドの紅魔館庭園に咲く花々の彩りが舞い上がる。

 

「あっ! ちょっと、あんた!」

 

 真司は飛び去るナイトを引き留めようとしたが、すでに遅く。ダークウイングを翼と纏って飛翔するナイトの姿はどこにも見当たらなかった。

 もう一度、上空を高く見上げてみても。そこにあるのは先ほどナイトのファイナルベントによって撃破されたディスパイダー リ・ボーンのエネルギーと、今まさにそれを捕食して吸収するドラグレッダーの姿だけ。

 ナイトが倒した獲物を横取りする形になってしまったかと一瞬思ったが、思い返せば最後のトドメを持っていかれただけだ。ドラグレッダーがそれを喰らう権利は十分にあると考え直し、真司は悔恨なくドラグレッダーの食事を見届け、たったいま飛び去った騎士について考える。

 

「女の声……?」

 

 この場を去ったナイトは確かに、女性の声をしていた。真司の知るナイトは紛れもなく男性であるし、そもそも仮面ライダーとなった者の中に女性がいた記憶はない(・・・・・)。もっとも、真司とて13人のライダー全員と出会っていたわけではないため、出会うことのなかったライダーの中に女性がいた可能性もなくはないが。

 確かに、改めて女性だと考えてみれば、それらしき点は少なくなかった。

 ナイトの姿にばかり気を取られて気づかなかったが、あのナイトは真司の知っている男が変身した姿よりもいくらか小柄で華奢な体格だったような気もする。

 

 女性的なナイト。心当たりはないはずなのに、真司の記憶の中にはどこかうっすらと、白鳥のように白い騎士(・・・・)の姿が浮かんできた。

 だが、彼はそのようなライダーには出会っていない(・・・・・・・)。どこかの因果で出会った可能性もあったかもしれないが、少なくとも真司の知る過去、神崎士郎が優衣の選択を受け入れ、ミラーワールドを開くことのない因果を望んだ──戦いのない世界がもたらされた最後の円環(・・・・・)においては。

 

「まさか、蓮の彼女とか……ないか」

 

 昏睡状態に陥った恋人が代わりにナイトとなった、などと。あるはずもない。そもそも、彼女が自由に動けるのならあの男がライダーとして戦う理由すらなくなる。真司としても、それはそれで嬉しいのだが──やはり当然ながら、複雑な気持ちは拭えない。

 誰かの願いが叶ってしまうということは、すなわちライダーバトルの完遂を意味する。12人の騎士と、ミラーモンスターの餌食となって襲われた多くの犠牲者たちの上に築き上げられた幸せであることは間違いないのだから。

 

 どちらにしても神崎士郎が妹のために仕組んだ戦いだ。仮に本当に最後の一人が決まったとして、その願いが叶えられる保障などはない。妹のためにそれだけのことをしたのだから、最後にはそれすら妹への供物にしてもおかしくはないだろう。

 志半ばで倒れた真司。その死を看取ってくれた(ナイト)の願いは、果たされただろうか。

 

「……ん?」

 

 餌となるエネルギーを喰らって満足げに吼えるドラグレッダーを空へと見送り、真司は身体に妙なむず痒さを感じて、ふと自分の腕を見てみる。先ほどから聞こえてきていた奇妙な音は、自分の身体から発せられているものだった。

 ミラーワールドでの活動限界を迎えて少しづつ粒子と消えていく龍騎。その装甲とスーツが塵と消滅する音が、微かに霧立つ自分の身体と共に視界に入ってきた。

 モンスターとの戦闘に時間をかけすぎていたのに加え、ナイトとの戦闘でもそれなりに時間が経っていたのだ。後から現れたナイトが時間切れでミラーワールドを後にしたのだから、先にディスパイダー リ・ボーンと戦っていた龍騎がそれ以上に滞在できるはずがない。

 

「……おおわっ!! そ、そうだった!!」

 

 加速度的に粒子化が進んでいき、薄くなり始めた身体に激しく焦る真司。何か理由があってここに留まったわけではない。ただ単純に、そのことを忘れていただけだ。

 幸い、出入り口となる反射物は近くにある。真司は背に向けた紅魔館の窓ガラスに慌てて向き直り、飛び込むようにしてミラーワールドと現実世界の境界を越えた。

 無我夢中で疾走したディメンションホールの空間に、ライドシューターを乗り捨てて。

 

 現実世界の紅魔館庭園。屋外から外壁の窓ガラスを見つめる美鈴は、その手に握るブランクデッキに視線を落とし、ガラスの反射の中だけ(・・)に見えた濃紺の騎士、もう一人の『仮面ライダー』らしき人物について想いを馳せていた。

 鏡の世界で龍騎を攻撃していたナイトが呟いた声は、至近距離にいた真司にしか聞こえていない。ディメンションホールの次元を越えてまで、その小さな一言は届いてはいない。

 

「(あのコウモリみたいなライダー……もしかして……)」

 

 しかし、ガラス越しに映る騎士の所作までは見逃していない。成人男性と比べれば小柄な体格、華奢ながら素早く動く身のこなし。加えて、完全で瀟洒なあの立ち居振る舞いには、美鈴は確かな心当たりがあった。

 窓ガラスの前に立つ美鈴は、見覚えのある騎士の動きを推察している。熟考する彼女の視界の端、隣の窓ガラスが境界と揺れるのに、彼女は気づいていなかった。

 現実世界とミラーワールドの境界が繋がる音を聞く。

 ディメンションホールを抜け、ミラーワールドから帰還した龍騎が紅魔館の窓を出口とし、美鈴が立っている場所の隣の窓ガラスから転がるように勢いよく飛び出してきた。

 

「だぁーっ!! あっぶねえ! セーフ!!」

 

 現実世界側の庭園、鏡の世界から戻った真司が地面を滑り込んで安堵の声を漏らす。顔面から地面に突っ込む形になったが、龍騎の姿のおかげで鼻を削らずに済んだ。

 

 入る際は客間のキャビネットからだったが、ミラーワールドの出入り口となる反射物はすべてにおいて共通だ。それが鏡面である限り、どこから入ろうがどこから出ようが問題なくミラーワールドを介した移動ができる。

 ただし、それはすでにモンスターと契約しているライダーに限った場合。契約モンスターを持たず、カードデッキがブランクのままである状態だと、ライダーといえどミラーワールドに入る際に接触した鏡面からしか出ることができない。

 

 当然ながらモンスターは一様に自由な出入りが可能となる。否、正確にはライダーの特性がモンスターに依存していると言うべきか。

 モンスターに襲われれば生身の人間でもミラーワールドに引きずり込まれる。モンスターはそれを利用して、餌となる人間を自分たちの領域で捕食する習性を持つ。

 ミラーワールドに自由に出入りできるミラーモンスターに触れている状態──あるいはその力と契約したライダー自身であるか、ライダーに触れている状態の者であれば、ミラーワールドの法則を身に宿しておらずとも、ミラーワールドを認識、さらには出入りが可能となるのだ。

 

「うわっ!? し、真司さん!? 大丈夫ですか!?」

 

 思考を掻き消す声と共に、視界に飛び込んできた鮮烈な赤。龍騎の姿を目にして、美鈴は驚きながら真司を心配する。ブランクデッキを懐にしまい、龍騎の姿のまま身体を起こして仰向けになる真司の傍に慌てて駆け寄っていった。

 自身の腰、ベルトと装うVバックルに震える左手を伸ばす真司。装填された龍騎のデッキを引き抜き、龍騎の鎧は鏡像と消える。そこで真司は、ようやく生身の姿に戻った。

 

「痛ってて……! だ、大丈夫……! って、言いたいけど……」

 

 仰向けに倒れた状態のままなんとか美鈴に言葉を返す。立ち上がろうと身体に力を込めたが、ディスパイダー リ・ボーンとの戦闘で身体に受けたダメージや、紅魔館の屋上から落下した際の衝撃、先ほどナイトと交戦して蓄積された疲労などが真司の身体に重く()し掛かった。

 

「ちょっと、張り切りすぎたかも……」

 

「ええ……!? 真司さん! しっかりしてください!!」

 

 思うように身体が動かない。真司は意識を強く保ち、最後の力で左手に持ったデッキをジャンパーのポケットにしまうことができたが──

 それを引き金とし、疲労の限界は真司の意識を常闇の淵へと(いざな)ってしまったようだ。

 

◆     ◆     ◆

 

 紅魔館の内部には見た目以上の広さがある。時間を操る能力を持つ人間のメイド長、十六夜咲夜の手によって屋敷内部の空間がある程度拡張されているからだ。

 時間を操るということは、すなわち表裏一体の繋がりを持つ『空間』にも影響を及ぼすことができる、ということ。咲夜は紅魔館の空間を能力で拡張し、それを屋敷そのものに定着させることで一切の負担なく能力を維持している。

 空間の拡張自体はすでに固定されているため咲夜の負担にはならないが、無駄に広い紅魔館を掃除する担当も咲夜自身である。時間を操る能力のため休憩時間こそ無制限に取れるものの、役に立たない妖精メイドと共に屋敷を掃除するのは大変な労力を要していた。

 

 拡張された空間は地下にまで及ぶ。紅魔館の空間自体を広げて地下と定義される場所を作っているため、正確には物理的な意味で地下というわけではない。仮に地中を掘り進んで紅魔館の直下に当たったとしても、問題なく通り抜けられるだろう。

 

 地下に広がった空間の一部、中でも特に広大な面積を持つ一室には、紅魔館の知識のすべてが詰め込まれた巨大な図書館が設けられている。

 庭園ほどの広さと高い天井を誇る『大図書館』の壁には、見渡す限りの本がびっしりと敷き詰められていた。

 地下であるため当然ながら窓などは一つも存在せず、通気性が悪いためにどこか埃っぽいところは否めない。されど、本棚には一つ一つ魔法がかけられており、腐敗や劣化はおろか、火に燃えることも、水に濡れることも一切ない。

 幻想郷のルールと制定された弾幕ごっこは室内でも行われるのだ。重要な書物が保存されている図書館においてもそれは例外ではない。そのために、この図書館の主は自身が有する知識と魔法をもって、自らの存在意義とも言える本たちを弾幕や──白黒の盗人から守っている。

 

「…………」

 

 広い図書館の中、立派な机にいくつもの本を重ねた儚げな少女。月明かりにも似た静かな光を受け、真剣な表情で向かうページには彼女の手による文字が綴られていた。

 深い紫色の長髪には先端を飾るリボンが結ばれ、不健康そうな華奢な身体に纏う薄紫色の服はどこか寝衣めいた緩やかな落ち着きがある。紫色の縦縞模様のように見えるものは、強大な魔力が湛える残滓か、あるいは単なる服の(しわ)だろうか。

 知識と日陰の少女── パチュリー・ノーレッジ は、すでに100年以上もの歳月を生きてきた生粋の『魔女』である。幻想郷における魔女、生まれながらの魔法使いである彼女は後天的に魔法を会得した人間の魔法使いとは違い、一種の妖怪として定義される種族だった。

 

「……けほっ……んん……」

 

 広げた本の傍、シャーレ状に構築された魔水晶を覗きながら咳き込み、呼吸を整える。紫色の髪が微かに揺れるのに合わせ、ナイトキャップに装う三日月の飾りが光を反射した。

 図書館の埃っぽい空気には慣れているが、病弱な身体に生まれ持った喘息までは如何(いかん)ともしがたい。人並み以下の体力や身体能力、併発する貧血も合わせ、パチュリーは膨大な魔力を持ちながらスペルを唱え切れないことも多いのだ。

 戦闘行為は不得手であるため、こうして自身の居場所である静謐な図書館で調べ物をしている方が性に合っている。異変についても気になるが、そちらは専門家に任せることとしよう。

 

「パチェ、フランの灰化について何か分かったことはあった?」

 

 上階の手すりに肘を掛け、上から見下ろすパチュリーに問いかけるレミリア。真紅の瞳で見つめる相手は、互いを愛称で呼び合う仲の親しい友人だ。

 仄かに輝く魔水晶の中にはレミリアの妹、フランドールの身体から零れた灰の粒子が封じられている。

 吸血鬼の遺伝子と、さらに進化を遂げた『別種の生命体』の遺伝子を兼ね備えた肉体の一部。その情報について、レミリアは共に暮らす友人のパチュリーに調べてもらっていた。

 

「……心臓の一部が別の物質になってるってとこまでは調べがついてる。どうやらその物質が何らかのエネルギーを発生させて、肉体を別のものに作り変えようとしているみたい」

 

 パチュリーは向き合う本と睨みあったまま、上階の友人に答える。白くか細い指でめくられた次のページには、フランドールの心臓を魔法で写した精巧な図が記されていた。

 一見すれば普通の心臓。吸血鬼という妖怪のものという点において、人間を遥かに超えて強靭な臓器ではあるものの、それ自体はレミリアにも備わっている。

 

 気になったのはその構造だった。心臓は血液を身体に循環させる器官だが、それに伴いそこから生じたエネルギーがフランドールの身体に行き渡り、肉体を変化させようとしているのが見て取れたのだ。

 まるで一度消失した心臓が、別の臓器として再生したような──さながら『リバースハート』とでも呼ぶべきものが、冷たく鼓動を続けている。

 ミラーモンスターから与えるエネルギーで進行を食い止めなければ、このエネルギーはフランドールの全身を灰と滅ぼすことだろう。

 幸い、心臓の変化は一部だけだ。慌てる必要こそないが、あまり悠長にしていられないのもまた事実。できるだけ早く原因を突き止めたい。その想いはレミリアもパチュリーも同じだ。

 

「別のもの……ねぇ……パチェは何だと思う?」

 

 手すりを飛び越え、小さな翼を広げてふわりと着地するレミリアが疑問を呟く。赤い靴が図書館の床を叩き、軽やかな音を立てた。

 集中している様子のパチュリーの背後から本を覗く。書かれている内容は魔法使いではないレミリアにはさっぱりだったが、描かれた図を見ればなんとなく分かる。

 

 奥にはさらに多くの本が連なる無数の本棚が並べられている。静謐こそを好むパチュリーの性格に加え、ここが図書館なこともあってか無駄口の多い妖精メイドは配備されていない。

 代わりに、大した力を持たない『小悪魔(こあくま)』という使い魔の少女を一人、魔界から召喚して司書として従事させている。

 白いシャツに纏うは黒褐色のベスト。その背と赤い長髪の頭から生える悪魔然とした翼はまさしく人ならざる者の特徴。図書館の室内を低く飛行しながら両手に余る本を積み重ね、ベストと同じ色のロングスカートを揺らしている。

 パチュリーを主人としてよく働いてくれるが、悪戯好きな性格は小さくとも悪魔ゆえか。

 

「少なくとも、幻想郷や外の世界のものじゃないのは確かね」

 

 たくさんの本を抱えて飛んでは丁寧にしまう小悪魔の姿を眺めながら、パチュリーは文字を綴っていた手を止め、机に重ねた本を魔法で浮かせて元の場所へと戻す。そのついでに、小悪魔が間違った場所に戻した本も正しい場所に移しておいた。

 小悪魔は本が勝手に動いたことに驚いた様子だったが、すぐにそれが主人の魔法による訂正だと気づいたのか、パチュリーに顔を向けて申し訳なさそうな愛想笑いを見せた。

 

 友人の言葉を受け、レミリアは顎に手を当てて深く思考する。運命を見たところで、また世界を隔てる霧に邪魔されるだけ。因果を貫く鎖がいくつも絡み合うのなら、そもそもそんな予知に意味などない。

 見えることには見えるのだが、それがどの世界のものかさえ分からない。

 あるときはカレーの香りが漂う異国風の店や、奇妙な面がいくつも飾られた大学の一室。あるときは小規模なレストランや、立派な菜園を備えた一般住宅。またあるときは民家に開かれた喫茶店だろうか。加えて、妙に騒々しい人間たちが心配そうに誰かの帰りを待っている場所。

 

 おそらく、それらは外の世界だ。しかし、博麗大結界を隔てた『外の世界』は一つしかない。こうして様々な運命が複雑な形で見えてしまうのは、どういうわけか別の時空の法則と繋げられた幻想郷の結界が、異なる歴史を辿った外の世界の法則を認識してしまうからだろう。

 

「……ミラーワールドの法則とも違う気がする」

 

 記された妹の心臓を表す図を眺めながら、レミリアは冷静に口を開いた。

 今、この幻想郷の『外』には複数の『世界』が隣接している。ミラーワールドはそのうちの一つとして定義されておらず、どうやら繋がる世界のうちの一つにあった鏡像が幻想郷の法則として流れ込んできてしまったものだと考えられた。

 もしも今の状態で、仮に外の世界に出ようとしたり。外から何かが幻想入りと果たすとすれば、それは幻想郷が知る外の世界とは別の時空に繋がる可能性もある。

 

 それも、あくまで『仮に』の話だ。どちらにしろ、幻想郷のほとんどの住人は博麗大結界を越えることができない。

 こちらからそれを確かめる手段はないものの、その『逆』ならばあるいは。幻想郷から見て『外の世界』と定義されてしまった別の世界、外の世界の並行世界から幻想入りを果たした外来人なら、レミリアたちにも観測できる。

 その可能性の一つが咲夜の報告にあった『赤い騎士』、門番の美鈴が招き入れたという外来人の男の存在だ。そちらについても気になるが、並行世界からの外来人が彼一人ということも考えがたい。接続された複数の(・・・)世界に伴い、招かれた(・・・・)外来人も数人は存在するのではないか──?

 

「それは運命を見ての言葉? それとも、ただの勘かしら?」

 

「残念ながら、後者だよ。でも……」

 

 机の上に開いていた本を閉じ、パチュリーがレミリアに問うた。慌ただしく本を整理する小悪魔の姿を眺めながら、レミリアは親しい友人に気取ることなく言葉を返す。

 紅いカーペットの上を静かに歩む赤い靴。パチュリーが向き合う机の横を通り過ぎていき、数歩ほど歩いた先の反対側でくるりと回る。友人に向き合ったレミリアは赤い瞳を光らせた。

 

「『私の勘に、間違いはないわ』」

 

「……レミィがそう言うなら、そうかもね」

 

 見届けた運命は相変わらず混沌の中。紅く呟いた言葉も、もはや見えないどこかの世界、きっと誰かの言葉なのだろう。

 勘といえば、レミリアが気に入った『赤』も似たような言葉を口にしていた。幻想郷における当代の博麗の巫女、博麗霊夢は、レミリアの好きな赤がよく似合う人間の強者である。彼女もまた、レミリアと同様に己の勘に自信を持つ者だった。

 博麗大結界を隔てて外の世界と隣り合うように、異なる因果を持つ並行世界が引き寄せられた現象。この異変、そして外来人やモンスターの対応に際して、霊夢はどう動くのだろう。

 

「あら、お嬢様。こちらにいらっしゃったんですね」

 

 地下に広がる大図書館、視線の先の扉がガチャリと開かれる音を聞く。姿を見せたのはこの紅魔館の空間拡張を担ってくれた優秀なメイド長だ。咲夜は丁寧な佇まいで主人のレミリアとその友人のパチュリーに敬意を払いつつ、同時に親しみを込めた笑顔で部屋に踏み入った。

 

「おかえり、咲夜。どうだった?」

 

「それが……」

 

 レミリアの問いに対して困ったような反応を見せた咲夜は、対応に当たったミラーモンスターについて主人に報告する。

 紅魔館に──正確にはそのミラーワールドに出現が確認されたディスパイダーと、同一個体の復活によって再出現を果たしたディスパイダー リ・ボーン。フランドールとダークウイングにそれぞれエネルギーを与えるため、咲夜はモンスターの討伐に出向いていた。

 結果として、咲夜はエネルギーの回収には成功した。高密度のエネルギーを持つ大型個体のものはすでにモンスターと交戦中だったもう一人の仮面ライダーに阻まれ、時間切れに際してエネルギーの取得権を明け渡してしまったが、同時に紅魔館に発生した小型のミラーモンスターを掃討することで多少なりともエネルギーを確保している。

 契約モンスターのダークウイング共々、しばらくはフランドールへの供給には困らないだろうが、咲夜が浮かない表情を見せたのはエネルギーに関してではない。

 

 メイド服の懐から取り出したカードデッキは静かに黒く、中心にコウモリの意匠を持つ金色の紋章が象られている。

 本来ならば幻想郷の因果には存在するはずのない『仮面ライダー』の力。ダークウイングとの契約を意味する『ナイトのデッキ』を見つめ、咲夜は当初の目的を完全な形で遂行できなかったことを悔やむように微かに目を伏せた。

 運命の歯車は廻る。紅魔館に現れた外来人らしき人間の男と、赤い龍を伴ったもう一人の仮面ライダー。

 モンスターのエネルギーを奪おうとしたのは建前に過ぎない。本当はあのライダーを自身の力で無力化し、レミリアが見た『幻想郷の運命』を少しでも変えようとしたのだ。

 

「確か、龍騎……と言いましたか。申し訳ございません。お嬢様のご先見通りの結果になってしまいました」

 

 咲夜はメイド服の懐にデッキをしまいながら、先ほど交戦した赤い騎士、仮面ライダー龍騎の姿を思い浮かべた。

 本気で攻撃してはいたものの、殺すつもりで戦っていたわけではない。主人であるレミリアが神崎士郎の主催するライダーバトルなどに乗るつもりがないことを、咲夜は弁えている。

 

「……そう。きっと、その赤い騎士(ライダー)が、戦いの運命を変えるのね」

 

 小さく呟くレミリアはすでに幻想郷に訪れる運命の観測を試みている。並行世界の運命が交錯しているせいで正確な未来を特定できないが、幻想郷が歩むべき因果は何度かその思考に伝わってきていた。

 彼女が観測した幻想郷の運命。そこには、何も見えなかった。未来があるべき鎖の先には、何も繋がれていなかった。

 それが何を意味するのか分からない。もし幻想郷が滅びる運命があるのだとしたら、そうした形で思考を結ぶ紅い霧の中に映し出されるはず。

 

 されど、咲夜が戦った赤い騎士がそれを歪めてくれるなら。運命の鎖を赤く断ち切るドラゴンの炎と燃え盛るなら。不思議と赤い(えん)を信じてみたくなる。

 いつかの夏。かつてレミリアが起こした『紅霧異変(こうむいへん)』を止めてみせたのも、同じ『赤』を装う霊夢だった。

 吸血鬼である自分が日中でも活動できるように、空を遮る紅い霧で幻想郷を覆った異変。霧を打ち払った快晴の巫女が、赤くあるのも必然か。

 あるいは、すでに龍騎(そいつ)と接触を果たした美鈴も──

 運命を変える赤が意味していたのは、スカーレットではなく(ホン)だったのかもしれない。

 

「レミィ、いったいどうするつもり?」

 

「見極めるわ。本当にそいつが、運命を変える存在なのかを」

 

 パチュリーの問いに、レミリアは静かに答える。その赤い瞳に映る運命は、彼女自身にすら知り得ぬ闇。最果ての空を照らしてくれる炎は、幻想郷にとって福音と成り得るのだろうか。

 

 ――幻想郷の『夜』は長い。きっと、この鏡像たちも。その前触れでしかないのだ。

 

◆     ◆     ◆

 

 とある世界。日本のどこかの屋敷──『旧神崎邸』と呼ばれた場所。

 無数の鏡が立ち並ぶ部屋の中に、白と藍色の法衣に身を包んだ女性がいた。八雲紫の式神、八雲藍。彼女がいる場所は、幻想郷でも外の世界でもない。

 

 幻想郷を基準に、ある共通の一点を楔として結びつけられた時空。本来ならば神崎兄妹の祈りによって戦いのない世界となったはずなのに、ここには今、ミラーワールドを開くための無数の鏡が照明の光を反射している。

 姿見の一つ、失われた因果の鏡像と映る男は、消えゆく己の身体を見つめていた。

 

「……どうやら、俺に残された時間はここまでのようだ」

 

 鏡の中で粒子と消える神崎士郎はベージュ色のコートから取り出したカードデッキを右手に持って差し出した。鏡面を越えて鏡の向こう側から伸びる手にも驚くことはなく、藍はそのまま差し出された深い褐色のカードデッキを受け取る。

 デッキに象られた黄金の紋章は、翼を広げた不死鳥の如きもの。不死なる炎を湛えた翼は神々しく、どこか次元を超えた規格外の力を思わせるが、受け取った藍の表情は冷たいまま。

 

「……優衣……」

 

 神崎士郎の身体はもはや形を保つことができない。強引に歪められた因果に生じた微かな残留思念だったその姿は、すでに限界を迎えつつある。

 愛する妹の名を小さく呟き、神崎は鏡の中の世界から――この世界の因果から消滅した。

 

「やはり、紫様の仰っていた通り……」

 

 藍は小さく目を閉じ、自らの身を境界のスキマへと委ねる。鏡像と実像の境界をスキマと定義し、自分たち妖怪が本来あるべき楽園――幻想郷へと戻るために。

 失われたはずの鏡の世界が蘇ったのは、神崎士郎が原因ではなかった。何らかの原因で再び開かれたミラーワールドの法則に残留していただけのあの男には、もはやミラーモンスターやライダーバトルを制御できるだけの力は残っていなかったらしい。

 本来ならばモンスターたちの創造主たる神崎兄妹はもうこの世には存在しない。幼い頃に幼いまま、この旧神崎邸で命を落としたはずだ。その事実と矛盾する神崎士郎という存在を、この世界は拒んだのだろう。それはさながら、ミラーワールドが実像の存在を拒むように。

 

 戦いのある歴史は、神崎兄妹が祈る戦いのない歴史によって塗り潰された。しかし、どれだけ過去を無に帰し、なかったことにしても。どれだけ世界を塗り替えても。本当の意味で『世界が塗り替えられた』という事実を歪めることはできない。

 一度描いた絵は決して消えない。どれだけ描き直しても筆跡は紙に残る。紙を破いても燃やしても、一度その絵が描かれたという事実は世界の法則が覚えている。

 それを認識できる者はこの世界には存在できない。モンスターたちを生み出した神崎兄妹でさえ一度再編されたこの世界にとっては矛盾する異物と定義され、粒子と消滅する。再編された以上、それを覚えている者もいない。

 藍はすでに気づいていた。自分たちとは別の何か(・・)が動いていることに。それが何なのかは分からないが、もしも紫の意思に反する障害なら──藍が取る選択は一つしかありえなかった。




めちゃくちゃ遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
今年も初日の出の朝焼けに包まれました。渋谷の交差点ではありませんでしたが。

次回、第17話 話71第『夢に向かえ』

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