東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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【 幕間『 境界の物語 2000 ~ 2002 』 】
第18話 異変


 結界で隔絶された幻想郷の北西。古くから(そび)える『妖怪の山』の深奥には、これまた特殊な仙術によって切り隔たれた『仙界』があった。

 仙界は霧に包まれ、内なる屋敷は質素に佇む。とある仙人が独自の仙術をもって開いた空間において、この『茨華仙(いばらかせん)の屋敷』はその隠れ家となるために造られた。

 特殊な方術で隠されたこの場所に辿り着けるのは、彼女が決めた正路(パスワード)を正確に通ることができる者だけに限られている。

 

 屋敷の主――この仙界の所有者である 茨木 華扇(いばらき かせん) は仙人『茨華仙』として修行中の身だ。

 白い中華服に緑のミニスカート、紅色の前掛けには茨の模様が描かれ、胸元には牡丹(ぼたん)の飾りが身に着けられている。二つのシニヨンキャップを被った朱色のショートヘアは風に揺れ、彼女に仙界への来訪者を知らせてくれた。

 左手首に装う鎖のついた鉄製の枷。右腕は白い包帯で全体を覆い、指先に至るまで隙間なく肌を隠している。

 否。肌を隠しているという表現は正確ではない。彼女には右腕そのもの(・・・・・・)が無いのだ。この包帯は内に秘める妖気を固め、右腕の形に固定しているだけに過ぎない。

 

 本来の右腕はかつて人間に切り落とされ、一度は独立した存在として暴走してしまったこともあったが、霊夢の尽力により今では封印されて茨華仙の屋敷に保管してある。本体である華扇(かせん)の監視下にある以上、もはや暴走することはないだろう。

 今の彼女はただの仙人だ。千年前に語られた『山の四天王』の一人、強大な『鬼』であった頃の華扇はもういない。

 断善修悪(だんぜんしゅあく)にして奸佞邪智(かんねいじゃち)の鬼、『茨木童子(いばらきどうじ)の腕』はすでに封じられている。

 鬼としての邪気と(たもと)を分かち、仙人として生きていく。それが今の華扇が選んだ新たなる道だった。

 

「…………」

 

 華扇は風が伝える来訪者の気配を耳に聞く。幻想郷の創設を担った賢者。八雲紫は音も立てずに少女の背後に現れ、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべた。

 庭園に舞い散る桜の花びらは、この仙界が幻想郷と同じく春の香りに包まれていることの証左である。

 背後から滲み溢れる不気味な妖気は春色の楽園には似合わない。華扇は紫に振り返りながら、小さく溜め息をついた。

 

「……あなたがここに来たってことは、よくないことが起こるってことね」

 

 華扇もすでに幻想郷の異変に気がついている。そもそも、幻想郷の結界を通じて様々な世界が繋げられている異変は彼女ら『賢者』たちが意図的に引き起こしたものだ。

 煩わしげに呟いた華扇も八雲紫と同じ、賢者の一人。かつて鬼だった仙人と純粋な妖怪では立ち位置こそ違うが、幻想郷を見守る意思は等しい。

 

「少し計画を早めるわ。すでにあいつ(・・・)にも動いてもらってる。手遅れになる前にね」

 

 紫は胡散臭い笑顔を真剣な表情に変え、華扇に伝える。紫が言った『あいつ』とは、間違いなく、二人の他にもこの『計画』に携わっている賢者のことだろう。

 仙人の華扇、妖怪の紫と比べ、正真正銘の秘神(・・)──すなわち『神』である彼女なら、よほどのことがない限り安泰のはずだ。

 

 これからの自身の動き方を考える華扇のもとへ、紫が何かを投げ渡す。包帯で形成した仮初めの右腕をもって、華扇はそれを受け取った。

 それは金属製の板に一本角の鬼の顔が金色に象られた黒いリストバンドらしきもの。下部に備えられた小さな銀色のリングの下には、三つ巴の鬼火めいた紋章が描かれている。

 

「いざとなったら、それを使いなさい」

 

「……まぁ、考えておくわ」

 

 肌で触れていないにも関わらず、包帯を伝って感じ取れる力。華扇にとってそれは懐かしくもあり、忌まわしくもある。できることなら、あまり頼りたくはない力だ。

 受け取ったそれを懐にしまいながら紫の声に言葉を返す。

 気がつけば、そこにあった不気味な妖気ごと、紫の姿は消えてなくなっていた。

 

「幻想郷に潜む悪意……か。まったく、どうして山には面倒なのばかり集まるのかしら」

 

 華扇は庭園に咲いた桜の木を見上げて溜息をつく。ひらりと舞い落ちた季節外れの紅葉を一枚、手に取って。

 同じ賢者である秘神の起こした異変を想う。またしても、風情もへったくれもないあの幻想郷が繚乱するのだと思うと。仕方ないとはいえ、華扇は頭を抱えずにはいられなかった。

 

◆     ◆     ◆

 

 幻想郷の最東端――博麗神社の境内は変わらず満開の桜並木に彩られている。ひらひらと散る桜の花びらは境内に春色を落としていくが、神社の中で一枚のカードを見つめる霊夢にはそれを箒で掃う意思が見られない。

 異形の戦士に変身した外来人。その青年――五代雄介が博麗神社の賽銭箱から見つけた禍々しい絵柄のカード。

 ある程度の睡眠はすでに取っている。異変はまだ終わっていない。霊夢はカードを紅白の巫女服にしまい、神社の外に出る。境内の石畳に立ち、幻想郷の空を高く見上げた。

 

「霊夢さん! 大変です!」

 

 青空を見上げる霊夢の耳に届く、明るく元気な声。西側の桜並木を飛び越えてふわりと境内に着地し、飛行によって消費した霊力を整えるために息を荒げる少女が言う。

 頭に伸びる控えめな一本角、ややカールがかった浅緑色の長髪。耳は狛犬めいた形状を持ち、赤く装う南国風のシャツも相まって沖縄のシーサーやそれに類する守護神像を思わせる。

 

 慌てた様子で博麗神社に姿を現した 高麗野(こまの) あうん は、元より博麗神社に設置してあった狛犬の石像から具現化した妖獣だ。

 古くから石像に宿っていた神霊がある時期のとある異変を機に肉体を得、それが妖怪という形で新たに誕生した存在。霊夢にとっては知り合ったばかりの妖怪だが、彼女にとっては博麗神社共々長らく付き添ってきた相手という複雑な関係である。

 

 獅子と狛犬の二つの性質を持つ彼女は、守護神獣として『神仏を見つけ出す程度の能力』を備えている。

 宿る対象は博麗神社の狛犬の石像に限られず、神社や寺院などあらゆる場所に赴き、これまで幻想郷の各地で様々な信仰の形を目にしては『守護』してきたのだという。

 

「あうん? あんた、今までどこにいたのよ」

 

「お寺や山の神社を見回ってました。何か嫌な予感がしたので……」

 

 幻想郷にある神社は最東端の博麗神社だけではない。しばらく前に山の上にも新しい神社が建てられた──というより、外の世界から強引に引っ越してきたことがあった。あうんはそちらの神社や里に近い寺の方にも出向き、独自に調査していたのだろう。

 霊夢は今幻想郷に起きている異変の少し前からあうんがいないことに気がついていたが、予想通り他の場所を守護してきたようで少し安心した。

 

 気になるのはもう一人の住人の方だ。博麗神社に住んでいるのは霊夢一人ではある。しかし神社住居の地下空間、魔力で広げられた場所に『地獄の妖精』を住まわせているはず。

 そちらの姿がしばらく見られないというのは、やはり不安な要素と思わざるを得ない。

 

「それより、外を見てください!」

 

 真剣な表情で張り詰めた声を上げるあうん。

 霊夢は微かな緊迫を覚えた。まさか、またしても例のオーロラが生じたのか。霊夢は境内の石畳を蹴り上げ、あうんと共に博麗神社の上空へ飛翔する。

 鳥居を背にし、幻想郷そのものと向き合うように。博麗神社の屋根を越え、霊夢が見下ろした幻想郷は──彼女の予想を超えた『見覚えのある』異変に見舞われていた。

 

「これって──」

 

 ――霊夢は、その変化に目を見開いた。

 

 森には白い雪が積もっている。山は燃えるような紅葉に彩られている。湖に照りつけるのは、真夏の如き灼熱の日差し。

 一部の場所は博麗神社と同様に桜の芽吹きが見られるが、季節外れの何もかもが幻想郷を染める様は異常と形容する他になかった。

 されど、霊夢とあうんはその異常を、季節が狂った幻想郷の姿を見たことがある。

 

「やっぱり、あのときの異変と同じですよね?」

 

 あうんが心配そうな顔で霊夢に問うた。あうんの言う通り、これは彼女が生まれる原因となった異変──『四季異変』とまったく同じ様相である。

 少し前、幻想郷の妖怪や妖精たちの背中に突如として『扉』が生じたことがあった。その扉から溢れる力によって暴走した妖精が自然を狂わせ、春夏秋冬が入り乱れた異変が、四季異変の大まかな内容となる。

 今でこそ霊夢たち異変解決者によって終結しているが、首謀者が幻想郷の創設を担った賢者の一人であったこともあり、幻想郷を狂わせるのには別の意図があったらしい。

 

 しかし、今回はあうんの背中には扉らしきものは見つけられない。あうんの力も増幅されている様子はないし、妖精たちが強化されている印象もない。となれば、なぜ再びこの異変が起きたのか。幻想郷に起きているオーロラの異変とは何らかの関係があるのか。

 霊夢は思案した。紫の思惑、賢者たちの思想を。

 これだけの影響があれば他の者たちも動かざるを得まい。人間も妖怪も問わず、幻想郷の強者たちは揃って行動を開始するはずだ。

 それを狙って引き起こされた異変であるのか、あるいは此度の異変においても別の意図があるのだろうか。

 幸いにして、里の方には大した影響は出ていないようだ。博麗神社と変わらぬ春の芽吹きが見て取れる。里から出ない限り、幻想郷に乱れ咲く四季に気づくことすらないだろう。

 

「……どうやら本格的に、こっちから動き始めた方がよさそうね」

 

 覚悟を決め、霊夢は懐からお札を取り出す。八雲紫の術式が込められた通信札。五代のビートチェイサー2000に張りつけたものと対応している、無線機の役割を成す札だ。

 ふわりと舞いながら霊夢の傍に浮く。紫色の印がぼんやりと輝く。目に見ることはできないが、不思議な仕組みを持つ札。霊力を伝う霊夢の意思は言葉を乗せ、五代のもとへ届くのだ。

 

◆     ◆     ◆

 

 迷いの竹林、永遠亭。

 外の世界と定義される世界のうち、とある時空の『2001年』から幻想入りを果たしたと思われる五代雄介は、自分の知る限りの情報を目の前の女医、八意永琳に話した。

 やはり青年は時空を超えてしまっている。彼の話にあったグロンギやクウガなる存在も永琳は知らない。外の世界についてはそれなりに知っているはずだが、永琳が推測した通りに、別の歴史を辿った外の世界からこちら側の幻想郷に迷い込んでしまったのだろう。

 

「2020年……並行世界……?」

 

 五代は並行世界、それも自分の知る現代日本の街並みではない秘境の楽園とはいえ、元いた時代から20年近い時間の差異を聞いてうまく受け入れられないらしい。

 その場で話を聞いていた魔理沙と鈴仙も状況を把握し、改めてこの幻想郷に起きている異変の特異性を認識させられることになった。

 これまでも何度も異変を解決してきた魔理沙。幻想郷が月に攻め入られた際に、疑似的ながらも異変解決に乗り出した鈴仙。二人にしても、今回の異変はあまりに特殊である。

 

「……冗談で言ってるわけじゃないみたいだな」

 

「私もすぐには信じられないけど、師匠が言うなら……」

 

 魔理沙と鈴仙は怪訝そうな表情で呟く。真面目な顔で言ってのけた永琳の言葉にはふざけた意思は見られない。

 二人の心境と反するように、五代自身の反応は打って変わって好奇心に満ちていた。冒険家として世界の様々な場所を渡り歩いてきた五代。されど、自分の知る世界そのものを越えて異世界に来るなどという経験は初めてだった。

 幻想郷に来たときもそうだったが、帰れる保証はない。しかし五代は思うのだ。かつて幼少期に外国のとある山で迷子になってしまった際、歳のそう変わらぬ現地の少年に、笑顔で励まされたこと。その強さ、その優しさに、憧れを抱いたこと。

 たった一人で不安に苛まれても、泣いてしまうより笑顔でいたい──と。

 

 そのとき、五代は永遠亭の外から聞き慣れた音が聞こえてくるのに気づいた。元の世界でクウガとして未確認生命体と戦っていた日々を思い浮かべる。警視庁から譲り受けたビートチェイサー2000の無線通信機が伝える甲高い音。

 一瞬だけあの男――自身の相棒と言える刑事からのものかと思った。しかし五代はすぐに思い出す。今のビートチェイサーには、霊夢が仕組んだ霊力による通信札があったはずだと。

 

「お師匠さまー。なんか外の機械がピーピーうるさいんですがー」

 

 黒髪の妖怪兎──因幡てゐが診察室の襖を開いて顔を出す。薄紅色のワンピースは桜を思わせるような可憐な装いだが、それを纏う本人は狡猾で老獪な悪戯兎である。

 地上の兎として耳も良く、なおかつ外で作業することが多いてゐにとって、五代が停めたビートチェイサーの音は放っておけるものではないようだ。

 

「あら、てゐ。丁度よかったわ。鈴仙と二人で患者様のお見送りを頼める?」

 

「え、私もですか?」

 

「てゐ一人だと、お金を請求するかもしれないでしょ?」

 

 永琳の言葉に鈴仙は思わず聞き直すが、理由を聞けば確かにと納得する。まさかと思った魔理沙がてゐの方を見ると、露骨に冷や汗を滲ませているように見えた。

 最初に竹林を案内してくれたときは特に何も言われなかったが、それも作戦の一部なのだろうか。数百年もの時を生きた妖怪兎の考えることだ。用心するに越したことはない。

 

「そんなことしませんって」

 

 てゐは永琳の微笑みを見て否定する素振りを見せる。

 長寿とはいえ、所詮は獣の浅知恵。幾億の時間を知る悠久の存在、八意永琳という月の叡智には通用しない。

 五代と魔理沙は立ち上がり、鈴仙とてゐの導きのまま永遠亭の診察室を後にする。迷いの竹林ほどではないものの、永遠亭自体もかなり広い。加えて不思議な術によってこれまた空間が拡張されているため、屋敷の構造を知る者でなければ迷ってしまうこともあるだろう。

 

「…………」

 

 鈴仙とてゐ、月の兎と地上の兎たる二人の弟子を見送る永琳。五代と魔理沙も診察室を退室したため、この場に残っているのは永琳一人だ。

 幻想郷の日はまだ落ちてはいない。されど竹林の青空は清い空気に透き通り、昼でも彼方に月を見ることができる。ぼんやりと浮かんだ白昼の月を永遠亭の丸窓越しに見つめながら、永琳はどこか遠い記憶に想いを馳せた。

 

 ――ふと、永琳は背後に誰かの気配を感じ取る。襖が開けられた様子はない。鈴仙やてゐが戻ってきた気配もない。だが、永琳はその気配を誰より強く知っていた。

 時間を越えて永遠を体現する月の姫君。古き伝承に語られる『かぐや姫』その人。永琳が月の使者を皆殺しにし、月の都に背いてでも守りたかった人物がそこに立っている。

 

「永琳、何を考えていたの?」

 

 平安貴族を思わせる薄紅色の和服を白いリボンで留めた装い。赤いスカートは地に広がるほど長く、同じく長い袖で口元を覆い隠しながら。腰より長く伸びた(つや)やかな黒髪を優雅に揺らし、少女は静かに部屋へと歩む。

 宝玉めいた真紅の瞳は月の如く。かつて月の姫君であった 蓬莱山 輝夜(ほうらいさん かぐや) は永琳と同様、蓬莱の薬を服用して不老不死の身となった蓬莱人(ほうらいびと)である。

 望んで地上に流刑され、幻想郷に隠れ住んで千年以上の時が経つ。長らく主従関係だった永琳と輝夜も今では親しい家族同然の関係だ。月の都を追放された大罪人といえど、幻想郷での暮らしにおいては特に不都合はない。もはや月からの追手も、半ば追跡を諦めているようだ。

 

「この異変の真意について……ね。きっと、相当面倒なことになるわよ」

 

「面白そうじゃない。幻想郷の異変は、それくらいじゃないとつまらないわ」

 

 輝夜(かぐや)は永琳の答えを聞いて楽しそうに笑ってみせた。

 遥けき遠い平安の時代、あらゆる男から求婚を受けた天下無双の美しさは、現代の世においても不変にして永遠。蓬莱の薬を飲んだ者は一切の変化を失い、永遠にその身のままであることを運命とする。その美しさは、決して欠けることのない満月のようなもの。

 

 永遠を具現する不死の薬。その技術の根源となるのが、輝夜の持つ『永遠と須臾(しゅゆ)を操る程度の能力』である。

 輝夜の能力を用い、永琳があらゆる薬を作る程度の能力をもって開発したのが蓬莱の薬だ。当時の権力者たちにとって、不老不死の霊薬は何よりも望むべきものだった。

 

 竹取物語において、かぐや姫は五人の貴公子から求婚を受けた。輝夜はそれらを拒み、五つの難題を出して追い返した。やがては(みかど)でさえ輝夜を求めたが、彼女は月の都に帰っていった──とされているものの、実際は幻想郷に身を隠したのだ。

 輝夜のいない世には未練などないと、帝は輝夜によって授けられた蓬莱の薬を火山の頂へ捨てさせた。

 そのとき薬は捨てられておらず、とある貴族の娘に奪われていたらしい。輝夜がそれを知ったのは、自身への報復のため幻想郷で燃え上がる不死の煙と出会ってからのことだった。

 

「貴方ならそう言うと思ったわ。でも……」

 

 好奇心に微笑む輝夜の意思は幾星霜もの月夜を共にした永琳がよく理解している。輝夜の言葉を聞いた永琳は同じく微笑み、背後に立つ永遠に向き直った。

 憂いは拭えない。言い淀んだ永琳の心の宇宙には、地上の叡智が千年経っても辿り着けない複雑な方程式、あらゆる因果の縮図がある。

 無限に生まれ続ける並行世界の法則を見た。やがて辿る泡沫の月を見た。賢者たちがもたらすこの異変の真意はきっと、永琳の考えている通りの結末を導くことになるだろう。

 

「大丈夫よ。月はいつだって、私たちを見ていてくれるんだから」

 

 輝夜は開いた丸窓から竹林の空――薄く浮かび上がる白昼の月を見上げて言った。

 

「そう、永遠に……」

 

 高く伸ばされた輝夜の白い右手が、月の形を手の平に遮る。

 竹林を越えて吹き抜ける風。長い黒髪を揺らし、永遠亭の中に届いた春風の香りに、どこか風雅な夏の色を覚えて。

 輝夜はいつかの夏の日、偽りの月を暴きに来た四人の人間と四人の妖怪を思い出した。

 

◆     ◆     ◆

 

 永遠亭の玄関を抜け、庭園に出た五代たち。敷地内に停めてあったビートチェイサー2000の蒼銀のボディに近づき、通知音を鳴らし響かせる機体に奇妙な郷愁を覚える。

 霊的な能力によって備わった疑似的な無線機能であるというのに、響く音は元から備わっていた無線機の音と変わらないというのは不思議な感覚だ。

 

「はい、五代です」

 

 相手は共に戦線を抜けた歴戦の刑事ではない。それを分かっているにも関わらず。五代は思わず敬語でビートチェイサーの無線に応答する。

 無意識に気が引き締まる。これまでこの無線から受けたのは警察の情報による未確認生命体事件の発生を伝えるものがほとんどだった。この幻想郷においても未確認生命体の存在を見ているため、またしてもどこかに奴らが現れたのかと五代は覚悟を決めた表情になる。

 

『五代さん、そっちの様子はどう? 何か変わったことはない?』

 

「えっ? 変わったこと?」

 

 ビートチェイサーの無線から聞こえた霊夢の声には微かな緊迫の色が感じられるが、そこまで大した焦燥はないようだ。さほどの焦りがないところを見るに、未確認生命体──グロンギが現れたことを伝えるものではないように思える。

 問われた五代は少し思い悩むものの、永遠亭から出た直後の時点では特に思い当たらない。永遠亭で聞いた話は確かに奇妙なものであったが、霊夢の質問の意図とは違う気がする。

 

「その声、霊夢? 私たちはずっとこっちにいたけど、何もなかったよ」

 

「五代さんから聞いた話も気になるけど、怪物らしいものも見てないし……」

 

 てゐと鈴仙は見慣れぬ機械から聞こえた聞き馴染みのある霊夢の声に一瞬驚く。すぐに順応したのか、てゐの言葉に続いて鈴仙もビートチェイサーの無線に答えた。

 異変の発生時から永遠亭や迷いの竹林にいた二人にとっても同じ。こちらでは怪物の発生も確認されておらず、五代の話にあったオーロラらしきものもない。

 二人の言葉を聞いた魔理沙は額の汗を拭って考えた。確かに変化らしき変化は実感できないものの、霊夢が訊いてくるということは何かしらの変化が起きている可能性が高い。無論そんな確証はないのだが、魔理沙にとっても霊夢の勘は信頼するに値するほどのものだ。

 

「いや、ちょっと待て。なんだ、この暑さ……」

 

 そこで魔理沙はようやく気がつく。今の季節は春の半ば頃、暖かな気候に桜が咲き誇る時期であるはずだ。それなのに、春に合わせた服装がじっとりと肌に張りつく感覚、あるいはこういう春の日もあるだろうと特に気にしていなかったが、今なら異常が分かる。

 迷いの竹林はその名の通り一面を覆う竹林の迷宮だ。四季の変化があまりに少ない竹という植物に囲まれていたから気づけなかったのか。

 

 まるで夏じゃないか──

 

 呟く魔理沙の声が春の夏空に吸い込まれるように消える。博麗神社にはまさに桜が咲いていたはずなのに。この辺り一帯は真夏の如き日差しが強く照りつけている。

 夏の昼でも薄暗く不気味な竹林は肝試しに相応しい。魔理沙はそう思った永夜異変の暮れの夜を思い出していた。

 多少は暑い春の日もある。しかしこの暑さはまさに夏日と形容する他にない。

 迷いの竹林を吹き抜ける風は晩夏のような涼しさを感じさせるものの、本来の気候において、今の幻想郷にはまだ初秋どころか初夏さえ訪れていないはずである。

 

 春の半ばでは考えられない真夏の炎天下。これだけの日差しなら氷の妖精もこんがり日焼けしていてもおかしくない──と考えて。

 そんな冗談のような現象が実際に起きた異変があったことを、霊夢と同様に魔理沙も知っているではないか。

 あのときは確か暦の上では夏の日のことだったか。博麗神社に桜が咲いていた。そして魔理沙の住まう魔法の森には雪が降り、山には紅葉が彩られる幻想的な異常気象が続いた異変。

 

「霊夢、そっちにあうんはいるか? 背中に扉とかあったりしないよな?」

 

『その様子だと、魔理沙も気づいたみたいね。詳しいことはこっちで話すわ。二人とも、まずは博麗神社に戻ってきてくれる?』

 

 暑く照りつける竹林の木漏れ日。場所が場所ならセミの鳴き声でも聞こえていただろう気候の中で、霊夢と魔理沙の会話を聞いた五代は魔理沙と顔を見合わせた。

 小さく頷き、魔理沙は魔法で箒を召喚する。迷いの竹林と言っても竹の間隔は広い。道さえ分かっていれば飛行はできる。五代もビートチェイサーに跨り、バイクのグリップに備えていた黒いヘルメットを被った。

 

 てゐの持つ人間を幸運にする程度の能力のおかげで帰りは迷わずに済む。鈴仙にそれを伝えられたことで、五代は安心して二人にサムズアップを見せることができた。ヘルメットのせいで目元しか見えないが、その顔は笑顔に満ちているだろう。

 親指を立てていた右手を下ろし、そのままビートチェイサーのハンドルを握る。唸り声を上げたビートチェイサーの無公害エンジンを暖め、やがて永遠亭を去るように走り出した五代は箒に跨って飛翔する魔理沙と併走する。

 背後の永遠亭から鈴仙とてゐの見送る声を聞く五代と魔理沙。竹林の野良妖怪たちもビートチェイサーを警戒してか五代たちの前には現れない。あるいはてゐの幸運の加護か。魔理沙はミニ八卦炉を抜く必要もないかと安心しながら、箒を強く握って速度を上げた。

 

 すでに永遠亭を離れてそれなりの時間が経つ。迷いの竹林は確かに広い。だが、今の五代たちならばてゐの能力のおかげで無事に博麗神社まで辿り着けるだろう。

 

 ――しかし、そのときだった。

 

 五代は本能で感じられた強い悪意に、思わず息を飲むような戦慄を覚える。

 間違いない。それは、かつて五代が元の世界で何度も戦ったものと同じ邪悪な気配。生きるために命を喰らう野生の動物とは違う明確な殺意。

 その悪意そのものが二人の背後(・・)から迫って来る。ビートチェイサーの走行速度と箒の飛行速度、それを軽く凌いでついてくる狩人の脚力が迷いの竹林を駆け抜けて。

 

「――ッ! 魔理沙ちゃん! 止まって!!」

 

 咄嗟に張り上げた五代の声を聞いて、魔理沙は箒に急ブレーキをかけた。すぐには停止できないものの、一気に緩められた速度のおかげで目の前を横切った人影――未確認生命体と思われる怪物の爪を回避することに成功する。

 あのまま真っ直ぐ飛んでいれば魔理沙の身体は怪物の爪によって呆気なく切り裂かれていたかもしれない。それを実感し、今度は冷たい汗が首を伝うのを感じた。

 魔理沙は箒から飛び降りる。五代はヘルメットを外してビートチェイサーから降りる。二人はそれぞれ戦闘体勢となり、目の前で口惜しそうに鋭い爪を撫でる怪物の姿を見た。

 

 よく避けた リントにしては 良い動きね

「ジョブ ジョベダ ギギグ ゴビレ ギデパビ リント」

 

 どこか女性的な体格ながら、しなやかな筋肉に満ちた黒い身体はさながらメスのヒョウを思わせる。人の形をしたそれは黒い長髪を振り乱し、民族的な衣装を纏った姿で竹林の土に四肢を突き立て、静かに喉を鳴らしていた。

 五代はやはりその姿を知っている。警察の発表では未確認生命体第5号と呼ばれたグロンギの一種たる怪物。ヒョウ種怪人『ズ・メビオ・ダ』は並外れた走力をもって通常のバイク程度なら容易く追い抜くのだ。

 しかし五代が使っているバイクはかつて第5号を相手にした際に用いられた『トライチェイサー2000』をさらに発展させた第4号(クウガ)のための高性能マシン、ビートチェイサー2000である。第5号の走力では、この機体には対応できない。

 最高速度で走行していたわけではなかったためにズ・メビオ・ダの接近を許してしまったが、五代のビートチェイサーならば。今のクウガならば。十分に戦える相手だ。

 

 ゆらりと立ち上がり、赤い両目と、額を三日月状に飾る金色の装飾、その中心に光る緑色の宝石で、グロンギは魔理沙の姿を睨む。

 明確に放たれる露骨な殺意に魔理沙は小さく息を飲んだ。

 緊迫する空気の中では不用意に動くことすらできそうにない。上手く隙を見せてくれさえすれば、必殺の武器、ミニ八卦炉を帽子の中から取り出すことができるのだが──

 

 お礼に 両目を やってやるよ!

「ゴセギビ リョグレゾ ジャデ デジャスレ!」

 

 ─―魔理沙が一瞬、五代の方を見た瞬間。ズ・メビオ・ダは竹林の大地を蹴り上げ、瞬くような身のこなしで魔理沙に襲いかかる。

 咄嗟に魔法陣を展開してその爪から身を守るが、勢いに押されて後ろに転んでしまった。

 ズ・メビオ・ダは突き立てた右手の爪を光の魔法陣に食い込ませたまま、その盾を叩き割ろうと今度は右手の爪を振り上げる。

 

「――変身っ!!」

 

 そうはさせまいと五代は腰を両手で覆い、アークルを出現させた。そのまま左上に伸ばした右腕を素早く右に滑らせ、すかさず左腰に引っ込めた右手で左手の拳を押さえつける。アークルへ響かせる覚悟の炎は赤く灯り、モーフィンクリスタルにも赤い光が宿った。

 腰の中心から徐々に変わりゆく肉体は黒い皮膚と赤い装甲を伴い五代の姿を戦士のものへと作り変えていく。

 雄々しく伸びた金色の双角に赤い複眼、クウガの基本形態たるマイティフォームへ。五代はその変化を待つこともなく、赤く振り抜いた右の拳で目の前の怪物を殴りつける。

 マイティフォームの拳を受けたズ・メビオ・ダは微かに仰け反り、後方に飛び退いた。

 

「クウガ……!」

 

 口元を拭い、恨めしそうな声でクウガを睨むズ・メビオ・ダ。いつでも飛びかかれるように姿勢を低く構え、喉を鳴らして獲物を威嚇する姿はまさにヒョウそのものだ。

 立ち上がった魔理沙は魔法陣を解き、自分を守るように立ち構えるクウガの背中を見て気づく。人間の里で五代──クウガと共闘していたときとは色が違うことに。

 

「お前、白の次は赤か? まるでどっかの巫女みたいだぜ」

 

 竹林の木漏れ日を受けて輝くクウガの赤い背中は炎のように頼もしい。だが外来人である彼に頼ってばかりもいられない。

 魔理沙は帽子の中からミニ八卦炉を取り出し、クウガの横に並び立つようにして構える。この身は無力な人間なれど、魔法使いとして戦えると証明するために。

 

 最初から大技を放つか否かを逡巡する。隙は大きいが、霊夢の夢想封印を超える威力を持つスペルカードを魔理沙は持っている。

 右手で構えたミニ八卦炉をグロンギに向けて照準。魔力を込め、一撃で勝負を決める。一対一なら賭けに近いが、魔理沙の傍にはクウガがいる。もし攻撃を外してしてしまっても、ある程度なら戦術の修正が効くはずだ。

 魔理沙はミニ八卦炉に込めた魔力を解放すべく、構えた右腕を左手で支える。放たれる魔法は最大出力で放てば竹林を焦土に変えかねないほどのもの。出力を調整し、目の前の怪物──ヒョウに似た姿をしたズ・メビオ・ダだけを狙えるように魔力の流れを制御しながら。

 

「ギギィッ!」

 

「な、なんだ!?」

 

 いざ狙い撃とうと意を決したとき、魔理沙は背後から不快な鳴き声を聞いた。咄嗟に振り返ってしまったのも束の間、そこで目にしたミジンコ種怪人、ベ・ジミン・バのおぞましさを再びその身で思い出す。

 標的から目を逸らしたせいで相手の動きを許してしまう。俊足を誇るズ・メビオ・ダはその一瞬で魔理沙との間合いを詰め、ミニ八卦炉を蹴り上げて弾き飛ばした。

 魔理沙が不覚を認識するより早く五代が動く。少女の首に迫るベ・ジミン・バの短剣を殴り払い、緑色の肌に拳を突き立てながら。クウガとなった五代は魔理沙をその場から救出しようと、その場にいたベ・ジミン・バの動きを止める。

 

 五代がベ・ジミン・バの相手をしているうちにズ・メビオ・ダを確実に仕留めるため、魔理沙は再びヒョウのグロンギに目を向けた。しかし、魔理沙はそこで言葉を失う。そこにいたのはズ・メビオ・ダだけではなく──その他にベ・ジミン・バが三体。

 背後で五代と交戦するベ・ジミン・バを含めればここには五体の怪物がいる。魔理沙や五代はグロンギが腰に備えるゲドルードの法則を知らないが、青銅色のバックルを持つミジンコの怪物と赤銅色のバックルを持つズ・メビオ・ダとでは、気迫や殺意から力量の差は明白だった。

 

「くそっ、こいつらどっから……!?」

 

 再び肌で感じる不快な風。魔理沙がクウガの方を振り返ると、そこにはやはり里や博麗神社で見たものと同じ灰色のオーロラ──カーテン状の光の膜壁が広がっていた。

 波と揺れる光の歪みはまたしても数体のベ・ジミン・バを吐き出す。おぞましい鳴き声を上げて短剣を振るい、魔理沙と五代を威嚇するその姿は相変わらず知性を感じさせない。

 

「……ああ、そうだったな」

 

 こいつらは何の前触れもなく突如として虚空から現れる。この謎のオーロラは紫のスキマのような性質を持つもの。魔理沙はそれを思い出し、ズ・メビオ・ダを筆頭として竹林にうごめく複数のグロンギに囲まれながら舌打ちをした。

 五代が一体のベ・ジミン・バを撃破する。魔理沙のもとに向かおうとするが、今度は二体のベ・ジミン・バがクウガの道を阻んだ。

 次から次へと現れる緑色のグロンギは魔理沙のもとに集っていき、青白く輝く魔法陣の盾を生成して身を守る魔理沙の姿がどんどんベ・ジミン・バの脅威に埋められていく。赤いクウガといえど、これだけの物量を前に、五代はそれを眺めることしかできなかった。

 

「くっ……!」

 

 赤い拳をもって目の前のベ・ジミン・バを殴り飛ばす。ベ・ジミン・バの群れに襲われる魔理沙を助けるべく、五代は両手を広げてマイティキックの構えを取った。

 右足に灯った覚悟の熱を感じながら。この姿で放ち得る最大の攻撃を緑色の群れに見舞おうとする。が、五代はベ・ジミン・バたちの隙間から溢れる青白い光にその動きを止めた。

 

「――魔符(まふ)、スターダストレヴァリエッ!!」

 

 覆い尽くされた魔理沙の声がベ・ジミン・バたちの中から響く。直後、炸裂した閃光の魔法、魔理沙が得意とする星と光の魔法をスペルカードとした【 魔符「スターダストレヴァリエ」 】が輝きを放ち、溢れ出る星型の弾幕を散らしてベ・ジミン・バたちを吹き飛ばした。

 散った怪物の中心で息を整える魔理沙の手には輝く札。スペルカードと呼ばれるもの。ただの紙切れであるはずのそれを、殺傷の意図で使用する。

 魔力の消費はさほど大きいものではない。それでもやはりいつも通りの感覚だと、弾幕ごっこ以上の殺傷力を持たせて放った際の消耗は予想以上に感じられた。

 

 地面を転がり、ズ・メビオ・ダの蹴りによって弾き飛ばされたミニ八卦炉を手に取る魔理沙。接近してきたベ・ジミン・バをしゃがんだまま蹴り飛ばし、地面に手をついて立ち上がる。

 

「魔理沙ちゃん、大丈夫?」

 

「ああ、でも、ちょっとまずいな……」

 

 同じくベ・ジミン・バを殴り飛ばして駆け寄ってきた五代に答える。

 魔理沙が心配しているのは交戦の状況ではない。永遠亭で受けたてゐの能力、迷いの竹林を抜けるための幸運の加護についてだ。あまり戦闘が長引けばてゐの能力の効果が失われ、竹林を抜けることが難しくなってしまう。

 怪物を吐き出す灰色のオーロラカーテンは未だ消えていない。こうしている間にもまた数が増えているような気がする。ただでさえズ集団の階級に属するズ・メビオ・ダはそれなりの相手だ。加えて無数のベ・ジミン・バの存在もあり、そう簡単に勝負はつきそうにない。

 

 最悪の場合、せめて五代だけでも博麗神社に向かわせようと、魔理沙は手にしたミニ八卦炉でベ・ジミン・バを一掃しようとする。星光の魔法なら薄暗い竹林では目立つため、グロンギたちの注意を引きつけることもできるはずだと判断した。

 その旨を伝えるため、魔理沙は五代を見る。だがその瞬間、正面のベ・ジミン・バを警戒していた五代は背後に迫っているもう一体のベ・ジミン・バに気づくのが遅れ、肩に短剣の刃を受けてしまった。

 ベ集団の攻撃によるもののためか、大したダメージはないようだが、微かに受けた痛みでも生じた隙は他の怪物の行動を誘発する。五代の隙を見たベ・ジミン・バたちは数体ほどが一斉にクウガへと向き直り、その短剣を高く振り上げた。

 

「五代っ!」

 

 クウガに迫る怪物たちを見た魔理沙は声を張り上げる。だが、一瞬の閃光の後、燃え上がった灼熱の炎を見て魔理沙は困惑した。竹林を焼き払わんほどに鮮烈な炎は薄暗い竹林を明るく照らすが、同じく困惑している五代の様子を見るに彼が放ったものではないらしい。

 

「ギィイッ!!」

 

「ギャァアッ!!」

 

 虚空から放たれた炎の弾幕を受け、二体のベ・ジミン・バは呆気なく爆散を遂げる。そこに舞い降りた人影──腰より長く伸ばした白髪(はくはつ)に装う紅白のリボンを揺らし、不死鳥の如く竹林の大地を踏みしめる少女の姿は、どこか神秘的なものがあった。

 上衣は白いシャツを纏う。指貫(さしぬき)の袴に似た赤いズボンのポケットに両手を突っ込み、迫るベ・ジミン・バをそのまま乱暴に蹴り飛ばす。

 短剣を構える複数のベ・ジミン・バたちを真紅の瞳で睨みつける少女。その身はすでに『老いることも死ぬこともない程度の能力』を持つ不死の存在となっている。

 

 蓬莱の人の形。輝夜が帝に与えた蓬莱の薬を手に入れ、とある貴族の娘は不老不死となり、やがて幻想郷に辿り着いた。

 それが彼女、人間の身にして1300年以上の時を生きる蓬莱人── 藤原 妹紅(ふじわら の もこう) である。

 

「こいつだろ? 慧音が言ってた外来人って」

 

「ああ。しかし、私が見たときとは色が違うようだが……」

 

 妹紅(もこう)はポケットから抜いた両手を広げ、手の平に炎を灯す。同じく現れた半人半獣のワーハクタク、上白沢慧音も青いロングスカートを揺らしてベ・ジミン・バに弾幕を放ちながら答えた。

 突然の来訪者に状況が理解できない五代だが、慧音のことは里の件もあって知っている。里で出会ったときは白い姿、グローイングフォームだったが、今は赤いマイティフォームだ。その変化の経緯を説明している時間はない。五代は自分のことを証明するため、慧音に向かってサムズアップを見せる。

 仮面の下で笑顔を形作ってはいるが、当然ながらクウガと化した身体では笑顔など伝わるはずもない。――のだが、慧音にはなぜかそれが笑顔だと理解できた。

 

 その仕草で彼が自分の知る青年だと分かった慧音は小さく微笑の息を零し、魔理沙に注意を向けていたベ・ジミン・バに赤と青の光弾による弾幕を放った。怪物の身体を打ちつけた弾幕は炸裂し、確かなダメージを与えていく。

 里で交戦したときとは違い、今は周囲への被害を考慮する必要はない。能力の維持に割く妖力も攻撃手段に回せるため、魔理沙たちの力を借りずとも十分に戦える。

 それにしても、白い姿の次は赤い姿になっているとは。まるで妹紅のような色の組み合わせだ、と。連想対象こそ違うが、慧音は無意識のうちに魔理沙と似たようなことを考えていた。

 

「魔理沙、ここは私たちに任せて先に行け! どうせ、博麗神社に向かうんだろう?」

 

「……すまん、助かる! 行くぞ、五代!」

 

 振り返った慧音はそれだけ告げると、妹紅と共同で数体のベ・ジミン・バを相手に戦う。妹紅が放つ炎がグロンギたちの注意を引きつけており、逃げる隙を作ってくれていた。

 魔理沙は箒を召喚し、飛び乗って飛行する。てゐの能力の効果はまだ切れていない。このまま進んでいけば、問題なく迷いの竹林を抜けられるはずだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 五代も慧音と妹紅に感謝を述べ、近くに停めたビートチェイサー2000に乗る。クウガの姿のままでバイクに跨り、正面のコンソールを操作。すると、それまで銀色のボディに青い線が入っていた『ブルーライン』の状態は色を変え、漆黒のボディに赤い線、一部のパーツなどは金色に染まり、クウガの紋章を刻んだ『レッドライン』と呼ばれる色合いと化した。

 

 疾走するビートチェイサーは赤いクウガを乗せて迷いの竹林を駆け抜ける。その傍を箒に乗って翔け抜ける白黒の魔法使いと共に、五代は東を目指した。

 てゐの幸運が導く直感のままにただ進む。アクセルを強く引き絞り、魔理沙は箒にさらなる魔力を込めて、突き進む先は幻想郷の最東端。桜の咲き誇る楽園の境界――博麗神社である。




2020.01.30
仮面ライダークウガ、20周年おめでとうございます!
平成仮面ライダーシリーズそのものの20周年でもありますね。

次回、STAGE 19『紫の思惑 Cross the Border』

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