東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

20 / 79
第19話 紫の思惑 Cross the Border

 迷いの竹林にひしめくミジンコのグロンギたち。ベ・ジミン・バは妹紅と慧音を取り囲み、ズ・メビオ・ダの意思に従うかのように短剣を構えながら跳ね回っている。

 ビートチェイサーの走行音はすでに遠ざかっており聞こえない。どうやらベ・ジミン・バたちの追跡を阻止できたらしく、魔理沙たちの方へ向く個体は一体も見られなかった。

 

「ギィィ」「ギギィィ」「ギィギィギィ」

 

 灰色のオーロラはすでに消えている。だが、この場に集ったグロンギの数は膨大だ。両手の指では足りないほどのベ・ジミン・バがひしめき溢れ、不快な鳴き声を発している。

 筆頭とするズ・メビオ・ダは竹林の木漏れ日に赤銅色のゲドルードを鈍く輝かせ、力量の差を証明しているようだ。

 

 両手に灯った炎を弾幕と放ち、怪物を焼き払う妹紅が小さく舌打ちを零す。単体ではさほどの強さはないようで、本気の力を込めた通常の弾幕なら撃破は可能だ。

 しかし次から次へと襲い来るベ・ジミン・バに加え、ズ集団の階級に属するズ・メビオ・ダのベ集団を遥かに凌ぐ戦闘力も無視できない。有象無象のミジンコばかりにかまけていれば、今度はヒョウの爪が妹紅か慧音の身体を切り裂くだろう。

 不老不死の身体を持つ妹紅は自らの命を考慮していない。輝夜や永琳を含む彼女ら蓬莱人は永遠に死ぬことがないのだ。対して、慧音は人間の身から後天的に半人半獣となった特殊な妖怪である。満月の晩を除くすべての時間帯において、その身は普通の人間と変わらない。

 

「……数が多いな。慧音、スペルカードで一気に蹴散らすよ」

 

「お前ならそう言うだろうと思っていたところだ」

 

 妹紅の呟きに同意する慧音。二人の手にはそれぞれの妖力を込めた札が輝く。背中合わせで呼吸を揃えた妹紅と慧音は手にした光の札、仮初めのスペルカードに本気の力を注ぎ込んだ。

 

「――時効、月のいはかさの呪い!!」

 

「――産霊(むすび)、ファーストピラミッド!!」

 

 声を重ねて二人は叫ぶ。妹紅の妖力は不死の炎と燃え上がり、慧音の妖力は青く輝く歴史の中に光を灯す。周囲にひしめくベ・ジミン・バを一掃すべく、解き放たれた二枚のスペルカードは二つの巨大な弾幕として竹林に具現した。

 どちらも弾幕ごっこで用いられる遊びの威力ではない。目の前の悪意ある怪物たち。グロンギを確実に倒すために発動された本気の弾幕。殺傷のための攻撃だ。

 

 妹紅を中心に広がった粒状の緑弾はベ・ジミン・バの群れを薙ぎ払っていく。その隙間を縫って突き進む赤と青の光剣がグロンギの背を穿ち、爆散させる。

 歴史に残らない殺人事件の再現。妹紅が過去に犯した罪はすでに時効とされている千年以上も昔の出来事。かぐや姫が帝に授けた蓬莱の薬を奪うため、妹紅は『調岩笠(つきのいわかさ)』なる人物を蹴り落とし、下山中に殺害した。それを自らに呪いと戒め、忘れないように自身が持つスペルカードの名前として刻み込んだ。

 それを思い出させる【 時効「月のいはかさの呪い」 】は妹紅にとって蓬莱の薬を求めてしまった罪を示唆するもの。ゆえに、その名は『尽きない若さの呪い』でもあるのだ。

 

 同時に放たれた慧音の弾幕も怪物たちを襲う。慧音を中心に展開した妖力の結界は青白く輝き溢れ、同じく射出された青い光弾をもってベ・ジミン・バたちを一体たりとも逃がすことなくそのエネルギーで撃破していく。

 慧音が解き放ったスペルカードの【 産霊「ファーストピラミッド」 】は天皇の歴史を神代から辿る物語の序章。

 三角形に広がった結界の構成は世界最古のピラミッドパワーを模倣している。幻想郷の歴史を編纂(へんさん)する半獣の妖怪、ワーハクタクである慧音の弾幕は神話の物語を再現した神々の力。慧音は続けてさらに大きな青の光弾を形成し、残るベ・ジミン・バをすべて撃滅した。

 

 なんだ その力は……

「バンザ ボン ヂバサパ……」

 

 残されたのはズ・メビオ・ダただ一体だけだ。すべてのベ・ジミン・バを撃破されて不利を悟ったのか、微かに怯んだ様子で一歩下がる。すぐさま大地を蹴って慧音を狙い、自慢の爪を振りかざして命を奪おうとするが、妹紅はその一撃から慧音を庇った。

 背中に突き刺さった激痛に顔を歪める妹紅。背後から心臓を穿たれ、口から血を吐き出しながら妹紅は慧音の目の前に倒れ伏した。

 

「がはっ……!」

 

「妹紅!!」

 

 思わず慧音はその名を呼ぶ。焦燥の声に満ちてはいるが、それは相手の命ではなく身体を心配したものでしかない。何せ、妹紅には痛覚はあれど、生死の概念はないのだから。

 

 倒れ伏した妹紅の身体が再生の炎に赤く燃え上がる。灰も残さず燃え尽きた妹紅はズ・メビオ・ダの背後に【 「リザレクション」 】を遂げ、傷一つない肉体で蘇った。

 不死となってから千年以上を経て習得した妖術によるものか、さっきまで身に着けていた衣服も同様に再生を果たしている。

 炎と共に死灰からの復活を遂げた妹紅に気づき、ズ・メビオ・ダは機敏な脚力で大地を蹴って距離を取った。二人から離れた怪物に対し、妹紅と慧音は警戒を怠ることなく向き直る。

 

「……気を抜いてると怪我するよ、慧音!」

 

「お前こそ、死なないからって無茶しすぎだ!」

 

 無数のベ・ジミン・バは全滅させた。一人では危なかったかもしれないが、二人なら。妖力の蓄えにはまだ余裕がある。たとえベ・ジミン・バを大幅に凌ぐズ集団クラスの相手であろうと、その戦力差は大きく開かないだろう。

 ズ・メビオ・ダは妹紅と慧音の二人を前にして小さく喉を鳴らした。妹紅たちには相手が何を考えているかは分からないが、グロンギが単独であれば倒せないことはない。

 

 ……妖怪(ジョグバギ)の力を持つ リントに 死なない リントか

「……ジョグ バギン ヂバサゾ ロヅ リントビ ギババギ リントバ」

 

 怪物の口から再び発せられたグロンギ語。やはり妹紅たちにはその意味は理解できない。微かに目を細めながら、ズ・メビオ・ダは興味深そうにそう言った。

 

 これが 今回の 新たなるゲゲル……

「ボセグ ボンバギン ガサダバス ゲゲル……」

 

 ニヤリと口元を歪めて笑うズ・メビオ・ダの様子に、慧音はどこか寒気を覚える。ヒョウに似たその頭部は人間から掛け離れた異形のものだが、表情も人間離れしたおぞましさを滲み出しているような気がした。

 クワガタムシに似た異形の頭部、仮面のままでも優しい笑顔をしていることが理解できたあの外来人の青年、名も知れぬ赤き戦士とは真逆。

 ヒョウの如き異形の顔面から滲んだ邪悪な笑顔は、一方的な破壊と殺戮を、戦いそのものを楽しんでいるように見える。慧音にはただ、その思想こそが恐ろしかった。

 

 改めて思う。こんな奴らを人間の里に──幻想郷にのさばらせるわけにはいかない。そう決意を強める慧音の前で、ズ・メビオ・ダがおもむろに動きを見せる。

 異常発達した脚の筋肉を膝で曲げ、瞬時に背中を向けたかと思うと、ヒョウを思わせる肉食哺乳類の如き走力をもって迷いの竹林を駆け出した。逃走が目的なのか、あるいは別の場所で狩りをするつもりなのかは分からないが、どちらにしてもそれを許すわけにはいかない。

 

「逃がすものか! エフェメラリティ137!!」

 

 慧音は再び妖力で構築した光のスペルカードを発動した。先ほど展開したファーストピラミッドの結界をもってズ・メビオ・ダの逃げ場を封鎖。青白い壁のように広がった三角形のフィールドに怪物を囲み、そこへ魔法陣の形をした使い魔たちを連続で撃ち放った。

 使い魔は結界に当たっては泡のように儚く炸裂する。さらに散逸して弾け飛んだ小さな光弾が雨のようにズ・メビオ・ダに降り注ぎ、ダメージを与えていく。

 

 長寿を司る女神を拒んだ血族の宿命の如し。短命なる歴史を弾幕へと乗せて。慧音が解き放った天皇家の歴史──スペルカード【 始符「エフェメラリティ137」 】はズ・メビオ・ダの逃げ場を確実に押さえながら、その弾幕をもって小さいながらも攻撃の役割も果たしている。

 

「決めろ、妹紅!」

 

 結界と使い魔への妖力供給を保ちつつ、そのまま声を張り上げる慧音。妹紅は全身に満ちる不死の炎と長年に渡り研ぎ澄まされた人の身の妖力を解放し、自身の背中に不死鳥の如き炎の翼を広げてみせた。

 そのまま右腕を振り上げる。同時に火の粉を放ち、雄々しく振り上げられる炎の翼。

 

鳳翼(ほうよく)……! 天翔(てんしょう)ッ!!」

 

 勢いよく振り下ろした右腕を共に、炎と燃える妖力の不死鳥が翼を広げた。慧音の結界に囚われたズ・メビオ・ダを目掛けて、高く鳴き声を上げる火の鳥が飛翔する。

 その羽ばたきを受けて妹紅の長い白髪が火の粉と共に揺れ、結界を巻き込んで直撃した不死鳥の爆発を後方から見届けた慧音が静かに息を飲む。放たれた【 不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」 】の直撃により、ヒョウの能力を持つグロンギは灰も残らず爆散した──ように見えた。

 

「やったか?」

 

「……いや、ダメだ」

 

 結界を解いた慧音が火の鳥の着弾地点を見て問うが、炎の中には灰色のオーロラカーテンが揺れているだけだった。どうやらズ・メビオ・ダは妹紅の攻撃が当たる直前にこのオーロラの向こうへ逃げてしまったのだろう。

 追跡を試みるか否か思考する前にオーロラは消えてしまっていた。それがどこに繋がっているかは分からない。

 されど、妹紅も慧音も直感で理解できる。あの不思議なオーロラが接続する先は、幻想郷ならざる別の時空――こちら側の常識が一切通用しない『法則』の『外側』なのだと。

 

◆     ◆     ◆

 

 博麗神社の境内。こちらにも迷いの竹林と同様、灰色のオーロラによるベ・ジミン・バの襲撃に遭っていた。

 五代と連絡を取った際はどこにも気配がなかったのに、突如として現れた灰色のオーロラから次々と溢れた怪物が、瞬く間に博麗神社の境内を埋め尽くしたのだ。

 

 霊夢とあうんはそれぞれ向かうベ・ジミン・バに弾幕を放ち、確実に撃破する。

 

「ああ、もう! キリがないわね!」

 

 対象を誘い射抜くホーミングアミュレットと貫通力に優れたパスウェイジョンニードル。霊夢は得意とする二種類のショットを駆使し、並み居るグロンギたちを葬っていく。

 もうすでに数体以上は撃破しているのだが、あうんと共に戦っていても一向に数が減る気配がなかった。霊力でショットを放っているため弾切れの心配はないが、敵の数が多すぎる。

 

「霊夢さん、次が来ます!」

 

 灰色のオーロラから次々と溢れるグロンギたちを見て、あうんが告げる。

 ベ・ジミン・バだけを相手にしていたのなら、ここまで手間取ることはなかっただろう。霊夢たちが霊力の消費を抑えつつ、周囲を警戒しながら戦っているのは、ベ・ジミン・バの他に――ズ集団の階級に属するグロンギが二体も存在しているからだった。

 

 リントの方は 俺の獲物だ

「リントン ゾグパ ゴセン ゲロボザ」

 

 ほざけ 早い者勝ちだ

「ゾザベ ザジャギ ロボ ガヂザ」

 

 霊夢を睨みつけながら呟くのは未確認生命体第7号、クジラ種怪人『ズ・グジル・ギ』と呼ばれるグロンギ。青白い身体は弾性に富み、刃を通さぬ強靭な筋肉に覆われている。

 その言葉に返すように放ったのはもう一体の怪物、両の拳を構えた未確認生命体第8号、カンガルー種怪人『ズ・ガルガ・ダ』だ。こちらは優れた脚力をもって左右に跳び、対象を殴り殺すことに特化したグローブ状の拳で風を切っている。

 

 敵は多いが、博麗神社の住居自体への被害を気にしなくていいのは幸いと言えた。

 神仏の守護を司るあうんのおかげで博麗神社の境内そのものに結界が定着しているため、仮にズ集団以上のグロンギが爆散したとしても、神社が倒壊する心配はない。

 

「はぁっ!!」

 

 そこへ掛け声と共に、レッドラインとなったビートチェイサー2000のボディが迫る。赤いクウガを乗せたビートチェイサーの前輪がベ・ジミン・バを殴り飛ばし、境内の彼方で爆散を遂げるのを見届けると、クウガ――五代はその場でバイクを回転させ、周囲のベ・ジミン・バをまとめて薙ぎ払った。

 箒に乗って上空から光弾を放ちつつ、グロンギたちを攻撃する魔理沙もまた、クウガと同様に境内の石畳へ降りて身軽になり、襲いかかる怪物たちに対応する。

 

「邪魔だ!」

 

 魔理沙はマジックミサイルに重ねてスターダストミサイルを放ち、ベ・ジミン・バを爆散させた。隣り合うクウガの拳が同じくベ・ジミン・バを撃破し、爆風に金髪が靡く。

 

 クウガ! お前を殺すのは 一番最後だ!

「クウガ! ゴラゲゾ ボソグンパ パパン バン ガギゴザ!」

 

「くっ……!」

 

 ズ・ガルガ・ダはその言葉と共に魔理沙に襲いかかる。咄嗟に箒でそれを防ぎ、さらに背後から迫ったベ・ジミン・バに対してはミニ八卦炉を向けて魔力を圧縮、イリュージョンレーザーの魔力を分散させたストリームレーザーで凌ぐ。赤い魔力の光線はベ・ジミン・バの身体を焼き貫き、内側から爆散させた。

 

 振り抜かれた拳を至近距離でしゃがんで避け、地面に手を着いたまま素早く半回転。両足を後方斜め上、ズ・ガルガ・ダに目掛けて魔力と共に蹴り放ち、地面から広がった青白い魔力で翼を描くように吹き飛ばす【 グラウンドウィング 】の一撃で怪物から距離を取る。

 隙を見せずに立ち上がり、魔理沙は近寄るベ・ジミン・バの群れを箒で殴り払いながら、同じくベ・ジミン・バの群れを相手にするあうんに振り向いた。

 

「まずは周りのザコから片付けるぞ!」

 

 魔理沙の声に小さく頷くあうん。妖力で形成したスペルカードを解放し、カールがかった緑髪が妖気の流れに風と揺れる。

 

「――犬符(いぬふ)っ! 野良犬の散歩!!」

 

 解放されたあうんのスペルカード【 犬符「野良犬の散歩」 】により、あうんの妖力を具現化して生成された野良犬の幻影が次々とベ・ジミン・バの身体に喰らいついた。

 一体一体が妖獣並みの力を持つためか、この場に存在する怪物の総数と等しいほどに放たれた野良犬の群れが牙を立たせ、瞬く間に相手の数を減らしていく。

 仕上げとばかりに放たれた魔理沙の弾幕――青白い星の光弾を流星群の如く解き放つ【 メテオニックデブリ 】のおかげもあり、溢れんばかりにひしめいていたベ・ジミン・バたちは残らず全滅を遂げた。

 

 残る二体の怪物のうち、クジラに似たズ・グジル・ギは緩慢(かんまん)な動きのせいであうんが生成した野良犬に噛みつかれ、動きを止められているようだ。

 五代はそれをチャンスと見て構えを取る。右手を正面に伸ばし、左手を腰の前に添え、続いて両手両足を広げ、右足に灯る熱のままに博麗神社の境内――石畳の参道を駆け抜けて。

 

「おりゃあああああっ!!」

 

 マイティキックを蹴り放ち、五代は叫んだ。その一撃がズ・グジル・ギの胸元を穿ち、刻まれたリントの文字と共に流れ込んだ封印エネルギーが赤銅色のゲドルードに到達。黄金に輝く亀裂が入ったかと思うと、ズ・グジル・ギは断末魔の叫びを上げて爆散する。

 

「霊符、夢想封印!!」

 

 残るもう一体のグロンギ、カンガルーに似たズ・ガルガ・ダに向けて、霊夢はスペルカードを解き放った。

 自身の霊力を三色の光球に練り上げ、対象を狙って誘導する弾幕と形成する。個々は大きく避けやすい形ではあるが、夢想封印は必ず対象に向かっていくのだ。

 

 カンガルーの脚力を駆使した機敏な動きで光球を避けるズ・ガルガ・ダ。しかし、それも無意味なこと。避けても避けても死角から迫る光球から逃れられず、ついに受けた一つ目の光球のダメージに怯む間に、次々と被弾したズ・ガルガ・ダは苦痛の声を漏らす。

 絶え間なく叩き込まれる七つの光球を受け、ズ・ガルガ・ダの身体にはリントの技術とは異なる法則を持ちつつも同じ封印エネルギーを備えた霊力が流れ込んでいくのが見て取れた。

 

「グゥ……!!」

 

 ズ・ガルガ・ダも霊夢の放った夢想封印に驚いている。正確には、夢想封印によって与えられた封印エネルギーにだ。

 やはりこちらもクモの能力を持っていたズ・グムン・バと同様、気合いで刻印に抗い、封印エネルギーが赤銅色のゲドルードに届くのを防いでいる様子。さすがの霊夢にも、ズ集団の怪物に致命傷を与えるほどの霊力を込めた夢想封印を続けて放つ余力はない。

 

 ――されど、ズ・ガルガ・ダは侮っていた。この場に集った、四人の力を。

 

 ズ・ガルガ・ダの身に喰らいつき、動きを止めるあうんの野良犬。ズ・グジル・ギと同様、無数の野良犬たちに噛みつかれ、機敏な脚力も意味を成さない。

 あうんの妖力供給によって統率の取れた野良犬たちは妖獣並みの力を備えている。たとえズ集団ほどのグロンギが相手でも容易に振り払われてしまうことはないのだ。

 

「ナイスだ、あうんちゃん! そのまま止めといてくれ!」

 

 魔理沙は正面に構えたミニ八卦炉に渾身の魔力を注ぎ込み、右手を抑えてズ・ガルガ・ダに狙いを定める。

 彼女が培ってきた魔法の研究、その集大成。求め続けた『弾幕はパワー』を体現する、すべての魔力を純粋な熱量と破壊力に特化させた魔理沙の十八番。光と星の力を込めて。最高潮に達した魔力の波動を両手で感じ、魔理沙はそれを解き放つべく、声を張り上げた。

 

「……消し飛べっ!! マスター……! スパァァァァクッ!!」

 

 ミニ八卦炉を中心として、周囲の空気が震撼(しんかん)する。解き放たれた魔力の渦は魔理沙の視界を埋め尽くすほどの極大の閃光となり、目の前のズ・ガルガ・ダを眩い光に飲み込んだ。

 

 魔理沙が愛用とする、恋色の魔砲。七色の輝きと共に森羅万象を木端微塵に打ち砕く規格外の超巨大レーザー。

 それは【 恋符(こいふ)「マスタースパーク」 】と呼ばれるスペルカードであり、普段ならば弾幕ごっこにおいて使われる必殺技(ボム)としても放つ魔法だ。

 

 しかし、今はそんなレベルの出力を遥かに超えている。結界に守られているはずの博麗神社でさえビリビリと震えるほどの衝撃。

 霊夢とあうんはそれぞれ眩い光と風圧から身を守り、五代は危うくその波動に巻き込まれそうになったものの、マイティフォームの身のこなしをもってなんとか回避した。

 

「グ……ギッ……ギャアアアアッ!!!!」

 

 マスタースパークの直撃を受け、夢想封印によって与えられた封印エネルギーに抗い切れなくなったズ・ガルガ・ダが断末魔の叫びを上げる。

 光はベルトに到達し、魔石ゲブロンに接触してその身を内側から爆散させた。

 

 爆風から身を守る魔理沙。晴れゆく煙の前で白煙を立ち昇らせるミニ八卦炉に軽く息を吹きかけ、この場に存在していたすべての怪物の撃破を改めて実感する。

 まだ熱の残るミニ八卦炉を帽子にしまっても問題はない。この帽子の中は魔力で空間を設けてあるため、見た目以上の耐久と収納スペースがあるのだ。

 

 グロンギたちの脅威はもはや去った。霊夢とあうんが相応の魔力を消費した魔理沙のもとへと集うなか、五代は戦いを共にした愛機を見やる。

 

 レッドラインとなったビートチェイサーは博麗神社の賽銭箱の傍に停めてある。本来なら五代がクウガであることを隠すため、同一車両であることを秘匿する目的で設けられた車体の外見を変える機能――『マトリクス機能』だが、幻想郷では必要ないかもしれない。

 そんな小細工を弄するまでもなく霊夢たちには正体がバレている。未確認生命体第4号として名前を隠す意味もない。

 ならばもはやブルーラインに戻す必要もないのだろう。どうせ性能は変わらないのだ。それなら五代としても思い入れのあるクウガの文字が入ったレッドラインの方が親しみやすい。車体が黒いということは、森などで怪物の目につきにくいという利点もある。

 それでも――不思議と生身の姿に戻ったら蒼銀の車体(ブルーライン)が恋しくなるのだろう。

 

 変身を解いた五代雄介は博麗神社の境内で、少女たちに笑顔とサムズアップを見せた。

 

◆     ◆     ◆

 

 桜の咲き誇る幻想郷の最東端。夕暮れに染まり、グロンギの脅威も去った平和な博麗神社の境内で、霊夢と魔理沙、あうんと五代はそれぞれの状況を確認し合った。持ち得る情報を交換し合い、今の幻想郷で起きている異常について、霊夢たちはさらなる理解に努める。

 

 五代が西暦2001年の時空、並行世界と定義できる場所から幻想入りを果たした事実についても魔理沙は話した。霊夢はどこかそんな気がしていたようで、あまり驚いていない。

 だが、それなら外の世界で未確認生命体なる事件が確認されていないことにも頷ける。そもそも五代の話した出来事が並行世界の歴史であるのなら、それは幻想郷と繋がる外の世界では起きてすらいない事件なのだから。

 

 五代雄介が西暦2001年の時代から幻想入りを果たしている――というのは永遠亭で魔理沙が聞いた通りだ。紀元前の時代からグロンギが蘇り、五代の生きる『現代』で再び殺人行為を開始したのは『西暦2000年』のことである。

 未確認生命体と戦い、五代は2001年を迎えたある冬の日に最後のグロンギ――第0号と呼ばれる個体を倒した。その戦いを最後として、五代は再び冒険に出た。

 

 決戦から数ヶ月後――五代は異国の海岸で少年たちに2000の技の一つであるジャグリングを見せていたことも憶えている。その直後辺りで五代は幻想郷に迷い込んだのだが、未確認との戦いが終わった後で本当によかった、というのが彼の本音だ。

 海外に旅立ってはいたが日本で他に未確認が現れたなどという情報はない。少なくとも2001年までにおいては、人類の脅威と成り得る怪物は出現していない(・・・・・・・)

 グロンギとの戦いの後は平和なものであった。それは五代の認識も、彼がいた元の世界でも変わらない事実。彼の世界(・・・・)にはグロンギ以外の怪物は現れていないし、存在もしていない(・・・・・・・・)

 

「……やっぱり、竹林の方にも異常が出てたみたいですね」

 

 あうんは再び発生した四季異変の状況についても認識する。魔理沙と五代がいた竹林は春にも関わらず秋に近い晩夏の気候だった。

 博麗神社に向かう際に見られた霧の湖も同じく夏の様相を呈しており、魔法の森に至ってはそう遠くない距離にも関わらず雪に染まっていることが見て取れたという。

 見上げた妖怪の山は秋めく紅葉に覆われていた。幻想郷のどこを切り取っても異常な四季に見舞われているこの状況は――魔理沙や五代、あうんの目をしても異変としか思えない。

 

「そっちも気になるが、問題はあの化け物だ。あいつら何が目的なんだ?」

 

「確か、未確認生命体……グロンギとか言ってたわね」

 

 魔理沙が抱いた疑問に続いて、霊夢も五代の顔を見て言った。現状、グロンギについて何より深く知っているのは彼らと同じ世界から来た彼である。

 五代は話した。現代の人類からは未確認生命体と呼称された未知の怪物群、超古代文明から復活したグロンギなる種族の意思について。

 

 彼ら――グロンギは当初は彼ら独自の言語法であるグロンギ語を用いて会話していた。驚くべきは、超古代の地層から復活して、さほどもない時間で現代の日本語を学び、流暢な日本語を使い始めたことである。

 学習能力の程度は個体によって差異はあるが、強大な力を持つ個体は現代の文化を驚異的なスピードで学習し、ついにはインターネットさえも使いこなしてしまったのだ。

 特に言語能力に長けたグロンギのある個体から得られた情報。それは彼らグロンギが現代の人間、彼らがリントと呼ぶ『獲物』を殺す目的に関して。

 五代は一瞬それを口にすることを躊躇った様子を見せたが、意を決して口を開く。

 

「あいつらが人を襲う理由は……ただのゲームだったんだ」

 

「ゲーム……だと?」

 

 魔理沙も怪訝な表情で五代の話を聞いている。五代はそのまま話を続けた。

 グロンギたちの儀式、ゲゲル(・・・)。日本語に直せば、そのまま『ゲーム』を意味する。彼らの殺人行為には重要な意味などはなく、ただ無辜の命を殺戮する行為を遊びとして――ゲームとして楽しんでいただけだった。

 ルールに従っていかにリントを殺すか。ただそれだけのゲームで、罪もない大勢の人々が殺されている。五代はその事実を噛みしめ、震える拳をそっと下ろした。

 

「なんだそりゃ……弾幕ごっことまるで真逆じゃないか」

 

 幻想郷に制定された平和な法、スペルカードルール。すなわち弾幕ごっこはもとより人間と妖怪の争いを安全なものにするためのものだ。魔理沙はそれを「『殺し合い』を『遊び』に変えるルール」だと称した。

 平和なルールの中で疑似的な決闘を展開し、誰の命も故意に奪うことなく戦う遊び。

 そのおかげで人間と妖怪は互いに殺し合うことなく、双方の意味を尊重し合う形で今の幻想郷を保つことができているはずである。

 

 対して、グロンギの『ゲゲル』はそれとはまさに正反対のものだった。

 

 スペルカードルールに則った弾幕ごっこが「『殺し合い』を『遊び』に変える」ものであるのなら、こちらは「『遊び』を『殺し合い』に変える」ために作られたものと言っていい。

 破壊と殺戮を好むグロンギの遊戯には必ず命がつきまとう。幻想郷の少女たちが遊びに弾幕を用いるのと同じように――彼らの遊びには必ず『殺害』という過程があった。

 

 無力な人間(リント)を殺し、決められた人数を、決められた方法で殺し、目的の数に達するまで殺し続ける。そして最終的に勝ち上がった限られたグロンギは残ったグロンギたちで殺し合い、最後の王を殺すゲゲルの参加資格を手に入れる。

 どこまでいってもただの殺し合いでしかない。グロンギたちはそれを自らの存在意義とし、ゲゲルによる殺戮こそを至上の喜びとしている。

 五代は拳による――暴力による決着などつけたくなかった。本当ならば異文化を生きる怪物とも分かり合いたかった。

 しかし、彼らとは分かり合えなかった。価値観が違いすぎたのだ。命をゲームの道具としか捉えていない民族とは、ついぞ心を通じ合わせることはできないと。五代は理解した。

 

 自分たちの笑顔のためにリントを殺すグロンギ。みんなの笑顔のためにグロンギを殺すクウガ。どちらも暴力だと弁えたうえで、五代は心と拳を涙に染めて。戦士クウガとして戦った。

 

「……そんなの……」

 

「……うん。許せないよね。だから、絶対止めなくちゃいけない」

 

 震える声で呟く霊夢を優しく(なだ)めるように、五代が小さく目を伏せた。下ろした拳を開き緩めた五代とは対照的に、霊夢はそのまま拳を握りしめる。

 

 博麗の巫女として──幻想郷の調停者(バランサー)として。人間を軽々しく死なせるもんか、と。かつて幻想郷の転覆を狙った人間さえも救おうと霊夢は誓ったことがあった。深秘異変に際して博麗大結界の破壊を目論んだ宇佐見菫子さえ、人間であるから保護した。

 グロンギなる怪物はクウガと同じ。体内に宿した石の力で異形の力を得た、古代の『人間』であるのだという。同じ人間であるにも関わらず、思想の違いは大きすぎた。

 

 幻想郷は全てを受け入れると紫は言った。それは人の命を玩具のように使い捨てる怪物さえも受け入れろということなのか。

 仮に幻想郷の意思、賢者たちがそれを()としても。霊夢はそれを認めたりはしないだろう。

 

「…………」

 

 夕暮れの博麗神社がオレンジ色の光に染まる。魔理沙もあうんも、五代の話を聞いてただ重く沈黙するばかりだった。

 

 不意に、桜を散らせる一陣の風が吹く。霊夢は己の黒髪を揺らす風に、春の色とは似つかない不気味な妖気を微かに感じて――思わず博麗神社の屋根の方へ向く。それに伴って同じく振り向いた魔理沙とあうん、五代も霊夢の視線の先を目にした。

 

 やはりそこにあったのは法則の境界――されど先ほども目にした灰色のオーロラカーテンとは違うもの。霊夢にとっては普段から見慣れた大妖怪の能力によるものだ。

 深淵から無数の目玉をぎょろりと覗かせる空間のスキマは横一文字に開き、両端に赤いリボンを結んで西の夕空に浮いている。

 

 ――そこにいたのは、妖怪の賢者、八雲紫。

 

 スキマから姿を現した紫の白いドレスは夕陽を受け、オレンジ色に美しく輝いていた。

 それは里でズ・グムン・バに逃げられた五代、まだグローイングフォームだったクウガの白い装甲が夕陽に輝いていたのと同じように。五代はそれを思い出し、紫の姿を見上げる。

 

「――それが貴方たちの答えかしら?」

 

 紫は湛えた笑顔を崩さず呟いた。左手に持った扇で口元を隠して目を細め、沈みゆく太陽を背にして空を裂き、深く放たれる圧倒的な妖気は五代にも伝わっている。紫は五代と霊夢をそれぞれ見つめると、扇をしまった。

 強大な妖怪の気配に慄き縮こまったあうんを横目に、魔理沙は五代に紫のことを説明する。簡単にその胡散臭さを伝えると、魔理沙も五代の後ろへと隠れた。

 

「紫、どういうつもり? この異変を起こしたの、本当にあんたなの?」

 

 霊夢は見上げた紫に突きつけるように手元に召喚した大幣を真っ直ぐ掲げる。たとえ幻想郷の管理者であろうと、幻想郷に牙剥く妖怪ならば巫女として討つのみ。もしも彼女が怪物を招いて幻想郷に被害をもたらした者ならば、その使命はある。

 親代わりの妖怪でさえ討つ覚悟。幻想郷の秩序を乱す相手が誰より幻想郷を愛する八雲紫であるとしても。

 博麗霊夢は博麗の巫女だ。妖怪相手に情けをかけていては幻想郷の調停者など務まるはずがないということを、博麗の巫女としての役割を拝命した瞬間から理解している。

 

 真剣な表情で紫を睨む霊夢に対し、紫は小さく溜め息をついた。

 スキマを閉ざし、いきなり霊夢の視界から消えてしまったかと思うと、今度は霊夢の背後に現れてそっと大幣を下ろさせる。

 大幣を消失させて素早く飛び退いた霊夢。霊夢が無意識のうちに行っている瞬間移動は八雲紫と源流を同一とする力。スキマ妖怪として『境界を操る程度の能力』を持つこの大妖怪の前に、ありとあらゆる境界という概念は意味を成さないのかもしれない。

 

 昼と夜の境界、逢魔ヶ刻(おうまがとき)。人間と妖怪が出会いやすいとされる夕暮れ時。この時間帯こそ八雲紫の名に最も相応しい境界の時間だった。

 幻想の境界はただ静かに霊夢たちの前に立つ。どこからともなく取り出した白いフリルの日傘を開き、今度は後方に開いたスキマに腰かけるようにして境内の石畳の上にふわりと浮く。

 

「――『逢魔(おうま)異変』。私たちはこの異変を、そう呼んでいるわ」

 

 紫はそう呟くと次の瞬間には鳥居の上へ移動していた。再び空を見上げる形になった霊夢たちは太陽のない東の空を見上げ、オレンジ色の夕陽を返す紫と向き合う。

 宵の明星を思わせる金髪は夕風に揺れ、鮮やかな夕陽を受けて輝く紫色の瞳は暮れの空の如き濃紺の星。その様は、彼女自身が万物の境界であり、そのスキマを司る大妖怪だということを否が応にも認めさせるようだ。

 

「幻想郷に『九つの物語』を繋ぎ止め、『幻想』として定義する。それが、私たちの計画」

 

 静かな声で言葉を続ける紫。霊夢や魔理沙にはその意味が分からない。当然その場にいるあうんや五代にも、紫の意図は理解できなかった。

 紫自身もそれは分かっているだろうが、そんなことは気にせずさらに続ける。

 

「少し予定が狂っちゃったけど、『クウガの世界』を初めとした『法則』はきちんと幻想郷に記録されるわ。霊夢、あなたたちはこれまで通り、彼と『怪人』の撃破を続けてくれる?」

 

「……ちょっと待て。どういう意味だ? さっぱり分からん」

 

 全員が抱いていた疑問を代表して呟く魔理沙の声に、五代は小さく頷いた。紫の言葉を聞いていた霊夢は紫を含む賢者たちの意思――幻想郷の定義を改めて思い出す。

 

 霊夢が生まれる遥か以前の歴史。幻想郷とは元々、妖怪たちが集う山奥の秘境でしかなかったという。人々の畏怖を失った彼らが『幻想』と定義されたのは、当時からの賢者である八雲紫が『幻と実体の境界』という結界を張ったためである。

 今からおよそ500年前、人間の勢力拡大により人間と妖怪のバランスが崩れることを憂いた紫はこの境界を引き、各地の妖怪を幻想として引き入れることで均衡を維持した。

 

 時代は過ぎ、やがて明治の頃――外の世界は非科学的な迷信を排斥し、現実的な文化をさらに強めていった。幻想郷に住みついた妖怪たちは人間の末裔たちと共に暮らし、新たに張られた第二の結界『博麗大結界』によって外の世界と隔絶されることとなった。

 この結界により幻想郷と外の世界は論理的な境界で分断され、幻と実体の境界によって招かれる者やごく一部の例外を除き、中の者は外には出られず、外の者は中には入れない――現在の幻想郷の法則が成り立ったのだ。

 第一の結界、幻と実体の境界。第二の結界、博麗大結界。幻想郷はそれぞれ二重の結界によってその法則を維持しており、外の幻想を引き入れながらも外の世界と分け隔てられている――まさに幻想と呼ぶに相応しい妖怪たちの『箱庭の楽園』となっている。

 

 五代やグロンギが正当な方法での幻想入り――外の世界で忘れ去られ、幻想となったことで幻想郷に招かれたわけではないというのは霊夢の推測通りだった。

 本当にまったく異なる時空から幻想郷に招かれる者がいるとすれば、それは何者かの作為によるもの。幻と実体の境界の法則を書き換えるか、あるいは直接、彼女が招き寄せたのか――

 

「…………」

 

 紫に対して糾弾した霊夢の言葉を否定せず、自らの計画の一部を口にした紫の反応を見て、霊夢はやはり五代雄介を招いたのが紫であると確信した。

 いつも通りの勘ではあるが、その姿からはやはり幻想郷への攻撃の意図は感じられない。むしろ幻想郷の未来を想っているような意思を、霊夢は紫の瞳から感じ取った。

 

「あんた、いったい何を考えて――」

 

 霊夢が鳥居の上に浮かぶ紫のスキマに近づこうと、石畳を蹴って飛翔しようとする。

 だがその瞬間、突如として境内を吹き抜けた突風に煽られ、霊夢は後方に吹き飛ばされてしまった。咄嗟に霊夢を受け止めた五代に支えられるが、顔を上げる頃にはすでに紫の姿は消えてしまっていた。

 突風に顔を覆っていた魔理沙とあうんも紫の姿を見失っている。おそらくいつも通り、スキマを経由して別の空間との境界へ消えたのだろう。

 

「……あっ」

 

 突風で吹き飛ばされたことで、霊夢は自身の巫女服から一枚のカードを落としていたことに気がつく。

 立ち上がり、拾い上げたのは初めて五代が人間の里に顔を出し――博麗神社へ案内したときに彼が見つけた正体不明のカードだった。

 灰色で描かれた絵柄はそれが無彩色であるのにどこかマゼンタ色の圧力を感じさせる不気味な力に満ちているような――説明のつかない恐ろしさが霊夢の勘に突き刺さる。

 

「これ、紫に見せるつもりだったんだっけ。……ま、いっか」

 

 霊夢は再びカードを見つめ、呟いた。そのままそのカードを懐にしまいながら、拝殿――五代たちの方へ向き直る。

 五代は紫の存在に何か思うところがあるのか、顎に手を当てて何かを考えている様子。魔理沙とあうんは紫という緊迫の根源が去ったことで胸を撫で下ろしていた。

 

 賽銭箱の隣に停めてあるビートチェイサー2000は黒い車体に赤いラインを持つレッドラインのまま。バイクそのものに対してか、もしくはその位置に関してか。霊夢は五代の背後、拝殿の前のビートチェイサーを見つめる。

 その視線に気づいた五代は申し訳なさそうな愛想笑いを見せ、愛車のもとへ向かった。

 

「あっ、ごめんね! すぐどかすから!」

 

「別にいいわ。お賽銭入れてくれるのなんて五代さんくらいだもん」

 

 身体を伸ばしながら霊夢は言う。その言葉通り、参拝客の少ない博麗神社の賽銭箱はほとんど魔理沙の箒立てと化していた。魔理沙にとっての箒がバイクと同義なら、それはさしずめ小さな駐車場のようなものである。

 霊夢の住居である博麗神社の居住スペースは裏側の玄関や縁側からしか入れない。正面にバイクがあったところで、ほとんど来ない参拝客の邪魔になるだけ。

 そもそもこんな異変の最中ともなれば、ただでさえ少ない参拝客はより一層激減していることだろう。

 むしろ、今に限ってはその方がありがたい。五代にはクウガの力があるからまだいいが、一般の参拝客がいるときに怪物が現れでもしたら守り切ることも難しいからだ。

 

 あうんが張ってくれた結界、狛犬の守護があるおかげで博麗神社への敵襲があればすぐに気づくことができる。

 改めてそれを認識し、霊夢はあうんと五代に夕食の支度を手伝うよう指示した。この場にいる全員は戦闘によって等しく疲れている。されど、あうん以外の全員は純粋な人間なのだ。食事や休息を取らなければ今後の戦闘にも支障をきたしかねない。

 元神霊の妖獣、狛犬の妖怪であるあうんは人間と同様の食事や睡眠こそ必要ないものの、先の戦闘で消費した体力と妖力を万全の状態に蓄えるにはそれなりの休息が必要となる。

 

「あんたもよかったら食べてく? こっちも戦力は多い方がいいし」

 

「タダ飯なら大歓迎だが、遠慮しておくぜ。(うち)の方も見ておきたいからな」

 

 霊夢はどこか怪訝そうな顔で薄明の月を眺める魔理沙に声をかけた。博麗神社から見渡す景色はやはり異常な季節に見舞われているが、魔理沙が移した視線の先はここより北西の方角――山の麓に位置する魔法の森だ。

 魔法使いである彼女が住む家は魔法の森の中にある。本来なら春である幻想郷、この森もやはり季節が狂い、四季異変のときと同じ白雪の景色に覆われている。

 怪物騒ぎの異変に続いて、再び起きた四季異変。二重に起きた異変の影響、これも紫が言っていた『逢魔異変』の一部なのだろうか――?

 

 深く沈みゆく夕陽が東の空を陰らせていく。少しづつ濃紺の色を強める空を見上げ、魔理沙はこれ以上暗くならないうちにと霊夢に一声かけて箒に跨った。

 ふわりと飛翔する魔理沙の竹箒。境内の石畳を離れ、桜が芽吹く博麗神社の上空を越えて。この辺りの気候はまさしく春の暖かさだが、これより向かう先は雪降る森だ。魔理沙は肌を刺すであろう寒さに備え、魔法で召喚した上着を羽織る。

 

 霊夢がふと視線を下ろすと、賽銭箱の傍に停めてあるビートチェイサー2000のボディがレッドラインからブルーラインに変わって――否、戻っていた。

 バイクの端末を操作する五代の様子はどこか懐かしそうな、嬉しそうな。

 霊夢にはその表情の意味が分からなかったが、彼にとってその車体の色の変化には見た目以上の意味があるのだろうと思わせる。

 

「言うの遅くなっちゃいましたけど、また、よろしくお願いします。――さん」

 

 優しげな口調で蒼銀のビートチェイサーに語りかける五代。小さく呟かれた最後の言葉は、霊夢には聞き取れず。

 五代は霊夢に向き直って笑顔でサムズアップを見せる。先ほどまでの黒と赤を基調とした色も()()()らしかったが、霊夢は今の見た目の方が、青空が好きな()()()()らしいと感じていた。




犬符「野良犬の散歩」のイメージはシューティングウルフのファングバレッツ。

次回、第20話『巡り逢う幻想の物語』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。