東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第20話 巡り逢う幻想の物語

 幻想郷ならざる別の時空――外の世界の法則に隣り合うように招かれた世界の一つ。西暦2001年の時空から基準点となる『力』を失った『クウガの世界』は、外の世界そのものではなく幻想郷の中に幻想として――法則の接続(・・・・・)を果たしている。

 融合ではなくあくまで接続。この世界の基幹となる中心点が抜け落ちていても、この世界が『クウガ』の物語を内包している時空であることは変わらない。

 

 そこはただ、クウガという存在を失っているだけのクウガの世界。今や幻想郷に招かれてしまった五代雄介が生まれ育った彼の世界(・・・・)である。

 本来ならば五代の活躍により未確認生命体――グロンギは根絶されたはずだった。未発見の個体もどこかに潜んでいたかもしれないが、少なくとも西暦2000年に九郎ヶ岳遺跡から復活した200体余りのグロンギは全滅している。

 

 されど――過去に五代が倒したはずの未確認生命体はそこに集まっていた。

 

 高く晴れ渡る青空の下、薄暗い廃工場めいた場所に集まる三人の男女。今は人間の姿をしているが、彼らは紛れもなく超古代の地層から蘇り、現代においては五代が変身したクウガによって倒されたはずのグロンギの元の肉体――『人間態』の姿に他ならない。

 

 黒いコートに白いマントとマフラーを着けた長身の男、ラ・ドルド・グの人間態は、黒いニット帽の隙間から覗く鋭い双眸で手にした異形の算盤、バグンダダを見つめている。

 向かうは黒いドレスに赤い花飾りを装ったラ・バルバ・デの人間態だ。薔薇の如き装いの女性、バルバは冷たい顔で一人の男を従えている。

 廃工場の屋根が落とす影に隠れ、日の光が当たらない場所から出てこようとしない男はバルバの顔色を窺いながら、時たまドルドにも視線を向けて病的に白い顔を上げた。

 

 彼の名はズ・ゴオマ・グ。コウモリの能力を持ったグロンギではあるが、ズ集団に属するゴオマはラ集団である二人と違って個体の力が強くないらしい。超古代に取り込んだ魔石ゲブロンの力にうまく順応できないまま怪人態の力を得たことで、人間態の姿のままでも怪人態における日光への弱点が表出してしまっているようだ。

 一度は外部からの力によって弱点を克服し、さらに強大な力を得てラに匹敵するほどの存在へと至ったこともあったのだが――

 一度『命を落として』しまったせいか、その『欠片』も今のゴオマにはない。封印される前の超古代の頃と変わらず、日光に怯えながら生き血を啜るだけの存在だ。

 

 黒いコートに黒い帽子。忌まわしき日光から病的に白い肌を隠すための漆黒の装い。大切そうに手にした黒いコウモリ傘を使って、必死に日光を遮っている。

 かつては弱点を克服すると同時に流暢に話せていた日本語も力を失ったことによる影響のせいか、満足に使えないらしい。人間社会で傘を購入するなどという行為がもはやできない今、彼の命綱とも言えるコウモリ傘はこの辺りのゴミ捨て場から拾ってくるしかないのだ。

 

「…………」

 

 空気の流れがにわかに変わる。それを知覚したドルドが顔を上げた。廃工場からゆっくりと外に出ると、雲間の揺れる青空が静かに陰りを見せている。

 その直後、ドルドが見上げる空に世界と世界を繋ぐ『灰色のオーロラ』が現れた。揺らめく光の膜壁はそのまま地に落ち、カーテン状の帳となってドルドの目の前で歪む。

 

「グッ……フゥ……」

 

 オーロラカーテンから姿を現したのはヒョウ種怪人、ズ・メビオ・ダだった。

 しなやかな筋肉に満ちた身体、特に左肩には大きな火傷を負っているが、苦痛に顔を歪めていたのも束の間、すぐに魔石ゲブロンによる再生能力で微かな痕さえ消えてなくなる。

 脳神経と直結している眼球であれば別だが、この程度の傷なら短時間で回復できる。かつて人間(リント)に目を射抜かれた際は報復のためゲゲルを無視してリントを殺してしまったが、かつて(・・・)の行いは()は時効のようだ。

 本来ならばゲゲル開始前にリントを殺したプレイヤー(ムセギジャジャ)は相応の()を受けることになる。

 目を射抜かれたことに対する報復のためとはいえ、そのルールに逆らった彼女は、かつてにおいても生き残っていればゲゲルの参加資格を剥奪されていたことだろう。

 

 傷を癒したズ・メビオ・ダは怪人態の身から人間態の姿へ。肩の見える黒い服を着た女性の姿となったメビオは微かに息を荒げ、地面に膝を着く。曲げられた太ももにはグロンギ特有のタトゥじみた痣――彼女の場合はヒョウの紋章が浮かんでいた。

 左肩の火傷こそなくなっているが、戦闘で負ったダメージまでは完全に癒えていないらしい。いくらグロンギとはいえあれだけの一撃(・・・・・・・)を完全に回避することは難しかったようで、メビオは苦しそうに立ち上がった。

 

 背後のオーロラはすでに消えている。こことは異なる時空――ありえた因果の幻想世界へと繋がる光の帳が消えたのは、彼女の意思でもある(・・・・)。正確にいえば、彼女がそれを操っているわけではないのだが、あのオーロラはその意思に応えるように出現と消失を繰り返すのだ。

 それはメビオの意思に限った話ではない。ここにいるドルドやバルバも、ゴオマでさえも。果ては掟に背いて勝手にゲゲルを始めたズ・グムン・バや――その行方も生死も知れぬズ・グジル・ギ、ズ・ガルガ・ダに至るまで。

 少なくともベ・ジミン・バを除くすべてのグロンギ、ズ集団以上の個体が例外なく。その謎のオーロラを意思によって自在に呼び寄せ、消し去ることが可能となっていた。

 

 メビオ あちら(・・・)の様子はどうだ

「メビオ ガヂサン ジョググパ ゾグザ」

 

 ……見ての通りだ

「……リデン ドゴシザ」

 

 魔石ゲブロンを宿す以前の本来の姿――生身の姿のグロンギたち。ドルドは身長差のあるメビオを見下ろしながら歩み寄り、静かな口調で問う。

 つまらなそうにドルドに顔を背け、メビオは吐き捨てるように答えた。

 

 次は 俺だな……!

「ヅギパ ゴセザバ……!」

 

 興奮気味に色白の男――人間態のゴオマが傘を握りしめたままバルバに近づく。ゲゲルの順番を心待ちにしていたのか、もはや待ち切れないといった様子だ。彼にもメビオと同様にオーロラを呼ぶ力は備わっているのだが――

 その力を行使しようとした瞬間、ゴオマの頬に鋭い痛みが走った。

 白い肌に赤い血の色が滲む。即座に再生したその傷は、バルバが制裁として放った茨の鞭打によるものだ。

 

 神経を裂くような痛みに地面を転がったゴオマは顔を上げてバルバを見る。冷たい目線でゴオマを見下すバルバの右腕はシュルシュルと音を立て、刺々(とげとげ)しい茨を纏った怪人態のものから白く麗しい人間態のものへと戻っていった。

 右腕だけを怪人態とし、ゴオマを戒める。バルバにとっても忌まわしいと感じられたのは、それがどうしようもなく――『かつて』の繰り返しを思わせてしまうからだった。

 

 お前には もう ゲゲルの資格はない

「ゴラゲ ビパ ログ バギグ ギバブン ゲゲル」

 

 なぜだ……! 俺は まだ 一人もやっていない!

「バゼザ……! ゴセパ ラザ パパン ビンロ ジャデデ ギバギ!」

 

 勝手な真似をしたからだ

「バデデバ ラベゾ ギダバサザ」

 

 冷静な口調で告げるバルバに立ち上がり、抗議の声を上げるゴオマ。彼がこの世界から幻想郷へ出向き、此度のゲゲルの開始を待たずに行動を開始し、ズ・グムン・バと共にリントを殺そうとしたことはすでに伝わっている。

 同じく掟に背いたズ・グムン・バはクウガによって殺された。のうのうと生きて戻ったゴオマは、その行いのためにゲゲルの資格を剥奪された。

 

 バルバは不快な感情に小さく眉をひそめる。この繰り返しがいかに無意味なものか。

 かつてと同じ過ちを犯す男に、かつてと同じ制裁を与える。まったく前へと進んでいないグロンギの血を思うと、変わりゆく現代のリントに羨望の念を覚えそうになる。

 

 『聖なるゲゲル』では ただのリントを殺すな

「ボソグ バゾ ダザン リント ゼパ ゲギバス ゲゲル」

 

 再び日陰へと戻ったゴオマに歩み寄り、ドルドが低い声で告げる。その言葉に首を傾げたゴオマは、訝しげな表情を浮かべてドルドに向き直った。

 

 聖なる……? なんだ それは?

「ゲギバス……? バンザ ゴセパ?」

 

 思わず聞き返す。聞き馴染みのない『聖なるゲゲル』なる言葉。超古代においても、かつて現代に蘇った際の記憶においても、ゴオマはその言葉の意味を知らなかった。

 

 ゲゲルとは元より聖なる儀式であったはず。リントから見れば単なる虐殺に過ぎぬ遊びであろうとも、グロンギはただそのためだけに生きていると言ってもいい。他の文明を発達させなかった彼らにとって、ゲゲルは自分たちの存在意義そのものだ。

 それを前提としたうえで『聖なるゲゲル』などと呼ばれるものがあるなら、ゴオマが興味を示すのも無理はないだろう。

 しかし、彼はすでにゲゲルへの参加資格を失っている。その詳細さえ聞かされることもなく、ゴオマはドルドからそれ以上のことを何も訊くことができなかった。

 

 ドルドは再びバグンダダに視線を落とし、バルバはゴオマを無視して廃工場の奥へ向く。

 

「バヅー」

 

 虚空へ向かって呼びかけ放つバルバの声に呼応し、廃工場にオーロラが現れた。極光の膜壁はやはりそこから一人の影を浮かび上がらせ、ゆっくりとこちらに歩む人間の男の姿をオーロラの彼方から呼び寄せる。

 彼もまたこの場に集う民族と同じ。超古代から蘇ったグロンギの一人、未確認生命体第6号と呼ばれた――バッタ種怪人『ズ・バヅー・バ』の人間態である。

 

 地肌に茶色のベストを羽織った奇妙な出で立ち。黄色いマフラーとパーマがかった特徴的な頭髪は、彼が現代で整えたものなのだろうか。

 左の二の腕にはやはり宿した魔石ゲブロンの能力を表す痣、彼の場合は驚異的な跳躍力をもたらすバッタの紋章が浮かんでいた。

 

 自信に満ちた笑みを浮かべながら廃工場を歩んでバルバに近づく。握りしめていた右拳を自身の胸の前で開くと、そこには彼への通告となる赤い薔薇の花びらがあった。

 それはゲゲル開始の合図となる召集の意図。ゲゲル開始直後に召集されたメビオもまた、この花びらを受け取ってバルバたちの指示のもと行動していた。

 

 正式なゲゲルのプレイヤー(ムセギジャジャ)として選ばれた二人のグロンギ、ヒョウの能力を持つメビオとバッタの能力を持つバヅーはそれぞれ、バルバに対して不機嫌そうな無表情と自信に満ちた笑みをもって視線を向ける。

 その在り方を確認したバルバは懐から複数の『腕輪』らしき奇妙な形状の何かを取り出し、メビオとバヅーに投げ渡した。

 

 二人がそれぞれ三つずつ受け取った腕輪らしきものは黒い金属の輪に爪に似た勾玉状の装飾がいくつか通された独特の形状をしたもの。輪の一部には引っ掛けとなる窪みがあり、そこを境界とすることで動かした勾玉の位置を固定できるようになっている。

 それはグロンギにとってゲゲルを行う際の聖なる呪具、『グゼパ』と呼ばれる道具。自分たちが殺したリントを数えるために用いる計数器(カウンター)だ。

 九進法を使う彼らグロンギはグゼパの勾玉を動かし、殺したリントを誤差なく数える。そのために必要なのが個人用の腕輪(グゼパ)と、ドルドが持つ大儀礼用のカウンター(バグンダダ)である。

 

 殺すのは リントならざる リント

「ボソ グンパ リント バサザス リント」

 

 グゼパを受け取ったメビオとバヅーに改めてルールを伝えるバルバ。今回のゲゲルは通常のゲゲルとは違う『目的』があった。

 ただのリント(・・・・・・)の殺害が禁じられた『聖なるゲゲル』。真剣そうな表情でバルバの言葉を聞くバヅーらを恨めしそうに睨むゴオマには、この新たな儀式の内容は伝えられていない。

 

 その腕輪(グゼパ)で 『力』を奪え

「ゴンゼ グゼパ グダゲ ゾヂバサ」

 

 バルバはメビオたちが左腕に着けたグゼパを再び一瞥(いちべつ)し、また視線を上げる。

 本来ならばただ数を数える道具でしかない腕輪。――されど、今このグゼパにはかつての戦いにはなかった『新たな機能』が備わっている。

 グロンギたちの道具や装飾を作る技巧担当のあるグロンギによって調整が施された、この新たなグゼパをもって――グロンギたちは、聖なる儀式を再開しようとしていた。

 

 楽勝だ

「サブ ショグザ」

 

 バヅーは余裕そうに鼻で笑い、それだけ言うと、人間態の身のままでもなお行使できるバッタの如き跳躍力で灰色のオーロラへ飛び込む。メビオもまた無愛想な無表情で左手首のグゼパを鳴らし、同じく背後に生じたオーロラの向こうへと消えていった。

 

 その様子を見送ったドルドは手にしたバグンダダを黒いコートの懐へとしまう。異形の算盤はグゼパと同様にゲゲルで殺したリントの数をカウントするためのものだが、今の段階のゲゲルで用いられるものではない。

 バルバの冷たい視線に怯んだゴオマは今度はドルドに歩み寄った。メビオやバヅーと同じように出現させたオーロラへと歩を進めるドルドに(すが)るように、ゴオマは手を差し出す。

 

 俺にも グゼパを……!

「ゴセビ ロゾ グゼパ……!」

 

 自分の知らないゲゲルが進行しようとしている。その状況に焦りを感じ、グゼパを求めてドルドに懇願するゴオマ。

 ドルドは背後のゴオマに対して振り向き、そのままゴオマへと伸ばされた手の平からコンドルの羽ばたきじみた衝撃波を解き放ってゴオマを吹き飛ばした。

 

 お前は 来たるべき 最後のゲゲル(・・・・・・)のために 例のもの(・・・・)を探せ

「ゴラゲパ ガガゲゾ セギンロボ ダレビ ビダ スデビ ガギゴン ゲゲル」

 

 廃工場の壁に背を叩きつけられ、手放してしまったコウモリ傘を慌てて拾い上げるゴオマに対し、ドルドはただ重く厳かな声でそう言い放つ。

 この指示もまた、彼らにとっては『かつて』と同じもの。故に、ただそれだけの言葉でもゴオマにはドルドの意図が伝わってしまった。

 この身は確かにグロンギの、下級とはいえゲゲルの資格を有するズのはずなのに、またもこうしてゲゲルに参加することなく他のプレイヤー(ムセギジャジャ)の裏方に回ることしかできない。ゴオマはその悔しさに思わず唇を噛みしめ、再び背を向けてオーロラに消えゆくドルドを睨みつける。

 

 愚かな過ちを 繰り返そうとは 思わないことだ

「ゴソババ ガジャラ ヂゾ ブシバ ゲゴグ ドパ ゴロパバギ ボドザ」

 

 最後に顔だけゴオマに向け、ドルドはそれだけ呟いた。次の瞬間、人間態のままで広げられたコンドルの翼が羽ばたき、巻き起こされた風にゴオマは両腕で顔を覆わせられる。

 風が止み、ゴオマが顔を上げる頃には――ドルドの姿もオーロラもそこにはなかった。

 

 今に見ていろ……

「ギラビ リデギソ…… 俺は、今に……!」

 

 怒りに震えるゴオマは拳を握りしめ、怨嗟のように言葉を綴る。恨めしそうにバルバの目を睨みつけるが、返ってくるのは冷たい侮蔑(ぶべつ)の視線だけ。

 ゲゲルの管理者――ラ集団であるバルバの圧力に耐え切れなくなったのか、ゴオマは大人しくコウモリ傘を畳んで背後にオーロラを形成し、ドルドの言葉に従うため――彼の言う『例のもの』を手に入れるために境界を越える。

 ゴオマの姿を飲み込んだ光の膜壁はやがて消え去り、その場にはバルバだけが残されることとなった。

 

「…………」

 

 静寂に包まれた廃工場の中。バルバは右手の中指を彩る指輪、悪魔の如き意匠を持つ『ゲゲルリング』の爪をどこか慈悲深い面持ちで撫でる。

 再び顔を上げ、カツカツと靴を鳴らして外へ出ると、バルバは青空を見上げた。

 

「……異界のリントよ。お前たちの力、我々の儀式に使わせてもらうぞ」

 

 静かに微笑むバルバの声はどこへともなく。人の気配など感じられない青空の下――名もなき廃工場の敷地内で静寂に消えていく。

 その場に起きた風は自然のものか、あるいはグロンギの力が起こしたものか。一面に舞う薔薇の花びらと共に、バルバの姿は儚く消え去ってしまっていた。

 

 リントの戦士。人類の新たなる可能性。そして、鏡に映るもう一つの世界。

 

 ――それらは本来、決して結びつくことのない別々の物語であった。

 

 遥か古代にとある文明が魔石ゲブロンの力を手にした『法則』。その概念そのものを根幹として成立するこの時空、『クウガの世界』において――

 かつて滅ぼされたはずの未確認生命体、グロンギは確かに存在している。それも、古代リントの戦士であるクウガが九郎ヶ岳遺跡より蘇った彼らを撃破し、一度は平穏を取り戻したという事実と同時に。

 同様に、この世界とは違う法則を持ちながらも、この世界と隣接された並行世界として接続されている他の時空にも共通する変化があった。

 

 津上翔一を名乗る沢木哲也があかつき号事件に巻き込まれ、アギトの力を宿してしまった世界。それは、『アギト』という楔を根幹として成立している『アギトの世界』だ。

 アギトの世界にはグロンギは存在せず、代わりにアンノウンなる超越生命体の監視を受けてアギトに至る可能性のある超能力者たちが抹殺されている。

 こちらにおいても、それらアンノウンはアギトとなった津上翔一によって撃破され、その世界に平穏をもたらしたはずだった――にも関わらず。

 やはりクウガの世界と同様にアギトの世界にも倒されたはずの悪意は蘇っている。

 

 そしてもう一つ。こちらは前二者とは大きく異なり、そもそも城戸真司が『龍騎』となってミラーモンスターを撃破していたという法則さえも失われた――『龍騎の世界』。

 それはミラーワールドが開かれたという歴史ごと再編を受け、リセットされているため、本来ならばミラーモンスターも仮面ライダーも生まれるはずのない場所。されど、こちらもやはりミラーワールドの復活に伴い、ミラーモンスターまで蘇っていた。

 幻想郷に招かれた際になぜか手にしていたカードデッキに触れたことで、城戸真司は自身が仮面ライダーとして――龍騎としてミラーモンスターと戦っていたことを思い出した。

 ――否、正確には、『彼が戦っていた歴史』が龍騎の世界に蘇ったのだ。

 

 消えたはずの因果が蘇り、開かれなかったはずのミラーワールドは幻想郷の法則に現れた。そして、倒されたはずのグロンギやアンノウンと共に、ミラーモンスターたちは幻想郷の法則に接続する力を得て復活した。

 されど彼らの動きは幻想郷へ接続された際にのみ。すなわち、たとえ自分たちが存在していた元の世界であろうと、目立った動きをしていないようだった。

 グロンギはクウガの世界に生まれた法則。元よりこの世界で現代のリントを殺害し、自分たちのゲゲルを楽しんでいたはずだ。

 だが、今はこの世界の人間を殺すつもりはないらしい。同じくアギトの世界に生まれた法則であるアンノウンも、今は超能力者たちの抹殺を行っておらず――龍騎の世界に生まれた法則であるミラーモンスターもミラーワールドから人間を襲う動きを見せていない。

 

 グロンギ、アンノウン、ミラーモンスター。それぞれ接続された法則は交わる座標の境界、幻想郷の結界越しでのみその『目的』のために動いている。

 本来あるべき外なる世界において、彼らは一切の殺戮を犯してはいないのだ。

 

 一度はすでに倒された身であるがゆえか。あるいはその経験から自分たちへの対抗策となる法則の存在を恐れているのか。

 いずれにせよ、彼らにしか分からない理由があるのだろう。

 彼らの復活は元の世界には未だ悟られてはいない。復活した彼らが備えた新たな力――世界と世界の境界を渡り歩く灰色のオーロラもあり、彼らは自分たちの世界とは別の世界に渡って水面下で行動しているためだ。

 幻想郷への侵攻、あるいは別の世界への接続を可能とするこの力をもって、彼らは今もなおとある『目的』を成し遂げるために――『幻想』の一部となって静かに行動を続けていた。

 

◆     ◆     ◆

 

 灰色の境界を越え、オーロラから姿を現した黒衣の男。クウガの世界からアギトの世界へと足を踏み入れたグロンギの一人、人間態のズ・ゴオマ・グはドルドから通達された使命によって、己の世界を後にした。

 薄暗い廃工場から世界を越えて訪れたのはこれまた薄暗い山奥の森。されど彼にとって都合がよかったのは、異なる時空において時間帯さえ違っていたからだ。

 

 クウガの世界においては日中の廃工場で日陰に隠れていたゴオマ。彼は安心したように、アギトの世界が月夜であったことを心の中で小さく喜ぶ。

 手にしたコウモリ傘を畳んでコートの中に捻じ込むと、先ほどクウガの世界でバルバの茨に打たれた頬を、黒い手袋を着けた手で撫でた。

 

 おのれ……バルバめ……

「ゴボセレ……バルバ……」

 

 薔薇の棘が頬を打ち、肌が裂けた痛みを思い出す。魔石ゲブロンの力によってその傷はすでに癒えているが、打たれた心の痛みと屈辱は鈍く冷徹に燻っている。

 醜く顔を歪め、ゴオマはバルバへの怒りに沸々と湧き上がるものを覚えた。されど、雑兵に過ぎないベ集団を除いて最下級のズ集団である彼には、ゲゲルの進行を司る上位階級のラ集団たるバルバやドルドに抗う術はない。

 こうして命じられた役割をこなすために動くだけの自分にはもはや他のズには与えられたゲゲルの参加資格すらない――ゴオマはそれを激しく悔しがり、唇を噛みしめる。

 

 もう一度 ダグバ(・・・)の力を 手にすれば……!

「ログ パパンド デビグ セバゾ ヂバサン ダグバ……!」

 

 一度は手にした『あの力』を、もう一度。グロンギの族長――彼らの王である未確認生命体第0号、究極の力の片鱗を、もう一度(・・・・)この身に宿すことができれば。

 ゴオマは近くの大樹を殴りつけて怨嗟の声を吐き漏らす。あの力さえあれば、バルバなど――ひいては忌むべきクウガでさえも、あるいは――

 

 そう考えていたゴオマの思考の中に、超常的な『言葉』が突き刺さった。

 

「……グ……グゥ……ア……!!」

 

 頭の中に流れ込んでくる情報と法則に悶え苦しみ、その場に倒れてしまうゴオマ。頭を押さえて伏せ、目を見開いて『言葉』の意味を理解する。

 ゴオマは一度、確かにリントの言葉を覚えた。死を経験して復活した際に日本語の基礎をおおよそほとんど忘れてしまい、慣れ親しんだグロンギ語のみを用いていたが、ある程度なら日本語も理解はできる。

 だが、脳髄を鋭く刺し貫くこの言葉はグロンギの言葉でもリントの言葉でもない。知らないはずの言語なのに、ゴオマは不思議とその意味が感覚的に理解できた。

 

 ――人間(ヒト)はただ、人間(ヒト)のままでいればいい――

 

 超越的な光の意思がゴオマの脳を眩く染める。頭蓋の奥に見えた青白い光球は、ゴオマの知るクウガの世界には存在しない歴史。されど、ゴオマの遺伝子は始祖の記憶を並行世界の因果の中に呼び覚まし、それが天上の知性であると直感させていた。

 リントの言葉を借りるのなら、それは『天使』と形容される。もっとも、リントの言葉の大部分を忘れている今のゴオマにとって、それを形容することは難しいだろう。

 

 なんだ……! これは……!?

「バンザ……! ゴセパァ……ッ……!?」

 

 脳から全身の神経へ伝う光。ゴオマの脳には原初の大洪水、その海原を泳ぐクジラめいたイメージが想起される。

 ゴオマの遺伝子がそれを記憶しているのではない。有史以前に人類に可能性の光が与えられていたアギトの世界に踏み入り、『天使』の介入を受けたゴオマが、その力の持つ『法則』を記憶のイメージという形で垣間見てしまっているのだ。

 

 月夜の森にぼんやりと輝く青白い光。球状に舞い降りたその光はやがてゴオマの目の前で実体化し、一体の怪物の姿を象ってこの物質世界に降臨する。

 

 クジラに似た姿を持つ超越生命体。怪物は人類からアンノウンと呼ばれる使徒の中でも特に神に近いとされる最上級天使――エルロードのうちの一体であった。

 儀式的な装いを持つ神秘的な衣装はさながら水の如く。背中の翼は他のアンノウンよりも大型化しており、それが高位の力であると示唆している。流麗な曲線美と水晶の如く透き通った複眼もあり、どこか女性的な印象を受けさせた。

 神に仕える天使(マラーク)たちの神官、エルロードの一体である『水のエル』はアギトの世界に連なる位相から人間たちの住む物質界に具現し、別の世界から訪れたゴオマの前に現れた。

 

 お前の力か……!

「ゴラゲン ヂバサバ……!」

 

 ゴオマは思考を貫く意思を振り払い、魔石ゲブロンの力で怪人態、ズ・ゴオマ・グの姿に変身して大地を蹴った。正面に佇む水のエルに向かってコウモリの如きスピードで翔け、掲げた拳をもって渾身の一撃を叩き込もうとする。

 されど、水のエルは軽く右手を上げたかと思うと、ゴオマの拳を触れずして受け止めた。神の加護を持つアンノウンの波動は、神秘の力場によって空間さえも歪めさせる。

 

 本来なら水のエルも一度は天使としての肉体を破壊され、進化したアギトによって倒されているはずである。水と散った肉体と共に、魂さえも消滅したはずだが――この世界の法則の一部として、水のエルはここに存在しているのだ。

 アンノウンである彼もまた、クウガの世界に蘇ったグロンギや龍騎の世界に蘇ったミラーモンスターと同じように不自然な復活を遂げ――幻想郷へのアクセスを可能としていた。

 

()の光に頼らず、人類が別の進化を辿りし法則とは……忌まわしい」

 

 クジラの如き頭部に備えた人の唇は動かず。水のエルは思念だけで独りごちた言葉をテレパシーのようにゴオマへと放った。

 水のエルは頭上に生じさせた青白い光の円盤――天使の光輪めいたものへと左手を伸ばし、異次元から取り出した大型の二叉槍、『怨嗟のドゥ・サンガ』を振るってゴオマを切り払い、衝撃波をもって吹き飛ばす。

 何もない空間から散った水飛沫を生じさせながら、水のエルは役目を終えた天使の武器を再び時空の狭間へと消し去り、大木に背を打ちつけたゴオマの姿を見た。

 

「本来ならばお前たちグロンギもアギトと同様、滅ぶべき存在。だが、今は……」

 

 何か思うように自身の拳を見つめ、目の前で自身を睨むゴオマに語りかける水のエル。

 ゴオマはすでに水のエルとの力量の差を理解したのか、戦意を喪失して怪人態を解き、再び黒いコートに黒い帽子を纏った人間態へと戻っていた。

 

 そこへ再び風が吹く。ゴオマも水のエルも知覚した、世界そのものの空気が確かに変わる気配と共に――月夜の森に現れたのはやはり灰色のオーロラだった。

 

 オーロラから現れた一体の怪物は鳳凰の如く赤く鮮烈な人型の身体。どこか神秘的な意匠を思わせる翼めいた金色の頭部や、全身を熱く包む真紅の羽根。

 鳳凰型ミラーモンスター『ガルドストーム』は今でこそ消滅してしまった神崎士郎の使いとして、龍騎の世界より訪れたミラーワールドの使者だ。オーロラの力はミラーモンスターにも与えられており、それを使いこなすだけの知性がこのモンスターには備わっている。

 

「…………」

 

 ミラーモンスターは例外なく言葉を持たない。命ですらない彼らの意思を理解できるのは彼らを生み出した神崎兄妹を除いては、人智を超えた天使の意思だけである。

 低く唸るガルドストームの意思は水のエルにのみ伝わり、貪欲なまでの生命への執着を滲み湧かせるミラーモンスターに慄くゴオマにはガルドストームの意思は伝わっていない。

 

「この世界も間もなく消える。やがては、彼らの世界も、お前たちの世界も」

 

 山奥の森から木々の果てを見通し、水のエルは微かに変化する街並みを見渡してゴオマに向けて呟いた。

 魔石ゲブロンは生身のままでもある程度ならグロンギに力を貸してくれる。怪人態に変貌せずとも、視力や身体能力といった基本的な力は発揮できる。ゴオマはその強化された視力をもって、水のエルと同じようにこの世界――アギトの世界の街並みを見渡した。

 

 グロンギが人間(リント)と同じ感性を持っていたら、美しいと思えただろう夜景。立ち並ぶビルや建物は明かりを灯し、月夜においても輝いているのが分かる。

 しかし、ゴオマが目を見開いたのはそこにあった異常性に対してだった。

 

 ビルが、建物が、街が。上空のオーロラと共にモザイク状に歪み、次の瞬間には霧のように消え失せる。ちかちかと明滅を繰り返すものもあれば、さらさらと蒸発するように消えていく建物の姿もいくつか見て取れる。

 現代の常識にはあまり詳しくないゴオマでも、かつての戦いでは他のグロンギと共にその時代を見ているにも関わらず。こんな異常な事態は見たことがなかった。

 

 何が起こっている……!?

「バビグ ゴボ デデギス……!?」

 

 消えゆくアギトの世界の様子を目にしたゴオマは狼狽え、その光景を見ながら言う。オーロラを越えた別の世界、自分たちの故郷たるクウガの世界ではないとはいえ、よく似た世界の文明がこうして消えていく様はグロンギの彼にも不可解だった。

 正確には、消滅を始めているのはビルや建物などの文明だけではない。ゴオマは気づくのが遅れたが、今、彼が立っている地面さえも。木々や鳥、虫や森そのもの、山そのものに至るまで、こちらの世界のリント─―人間が住まう街と同様に消滅の兆候が確認できる。

 

 そこでゴオマは気づいた。消滅しているのは、この世界そのものであるのだと。空も海も山も街も、この世界の法則に依る何もかもが、存在を失っていくことに。

 

 ゴオマは水のエルが自身の思考へ直接伝えた言葉を思い出す。聞いたことのない言語であるはずなのに、グロンギ語しか理解できない自分にもなぜか理解できた超常的な言葉。意思そのものを直接的に伝達する天使のメッセージ。

 彼らの世界も、お前たちの世界も消える。彼らの世界というのは、オーロラから現れたガルドストームに対する三人称、すなわち龍騎の世界を意味している。そして、同様にお前たちの世界――ゴオマたちの法則を宿すクウガの世界までもが同様の現象に苛まれているというのだ。

 

「テオスの力はすでに移動させた。お前たちの長の棺も招かれているだろう」

 

 水のエルが放った思考にゴオマは微かに身を震わせる。彼らグロンギにとっての長とは、西暦2000年においてグロンギを蘇らせた本人にしてグロンギ族最強の男。リントからは未確認生命体第0号と呼ばれた――すべてのグロンギにとってのゲゲルの最終目標である。

 究極の闇をもたらす者と呼ばれたグロンギの族長、唯一無二の『ン』の階級を持つ存在に打ち勝ち、究極の力を手に入れる。それがゲゲルの最終段階となる。

 しかし、こうしてズやラといった階級のグロンギはクウガに倒されてなお再び現代に蘇っているというのに――肝心の『ン』が未だ蘇っておらず、棺の中に眠ったままだという。

 

 そしてその事情はアンノウンも同じらしい。彼らを統べる天使(マラーク)たちの盟主、(テオス)と呼ばれた万物の超越者『オーヴァーロード』もまた、アギトなる人類の進化種に肉体を破壊されてからは未だ現世に復活していない。

 ただ力のみがそこに存在し、意思の伝達も不可能な状態。その守護を司る神官、風のエルによって消えゆくアギトの世界から別の世界に移動されているものの、同じく別の世界に移動されたグロンギの族長と同様に、復活の兆候は未だ見られていない。

 

 ゴオマの脳髄に染み渡る闇色の声が伝える事実はグロンギの族長にして彼らが滅ぼすべき最大の宿敵。未確認生命体第0号、クワガタ種怪人『ン・ダグバ・ゼバ』が未だ復活していないということだった。

 究極の力を持つダグバがいなければゲゲルは最終段階に入らない。故に、此度のゲゲルが『聖なるゲゲル』としてその復活を目指すものであれば、説明がつくのではないか。

 

 ダグバの棺が……

「ジヅギ グン ダグバ……」

 

 最高位のアンノウン、エルロードによる思考の伝達を受けて自分の知らない聖なるゲゲルの目的を理解したゴオマが歪に口角を吊り上げる。

 未知の法則を持つ天使の意思に最初は戸惑ったが、ゲゲルの資格などなくとも自分にはまだゲブロンがあるのだ。かつてと同じく究極の力を――ダグバの力の一部を掠め取り、今度こそこの手でダグバを殺してやる(ボソギデジャス)――と。

 ゴオマは聖なるゲゲルの資格も、通常のゲゲルの参加権もないまま。再びゲブロンの力で肉体を再構築し、コウモリ種怪人――ズ・ゴオマ・グとしての怪人態へと変貌する。

 

 待っていろ ダグバ……! 必ずお前を殺してやる……!

「ラデ デギソ ダグバ……! ババサズ ゴラゲゾ ボソギ デジャス……!」

 

 月の光に赤銅色のゲドルードを輝かせ、ゴオマは闇夜に翼を広げながら仰ぎ笑った。等しく与えられたオーロラの力を行使し、頭上に灰色の帳を生み出すと、そのまま地面を蹴って並行世界の境界を越えていく。

 棺に眠っているままのダグバなら、その身からンのバックルを剥ぎ取れるかもしれない。自分が再び究極の力を手にすることもできるかもしれない――などと淡い期待を抱き、ゴオマは時空の風を切って次元の向こう、灰色のオーロラの彼方へと消えていった。

 

 かつてはその力を手にしてなお、ダグバによって殺されたということも忘れて――

 

「…………」

 

 ガルドストームは静かに灰色のオーロラが消えるのを見届ける。アギトの世界を去ったゴオマを追うこともなく、自身の身体を覆う赤い羽根の中から一枚、金色に輝く羽根を手に取って――その輝きに視線を落として何かを想うように息を零した。

 この羽根は確かにミラーモンスターのもの。しかし、ガルドストーム本人のものではない。彼らミラーモンスターの生みの親、神崎兄妹の存在を証明できる唯一の光だ。

 

 ン・ダグバ・ゼバも、オーヴァーロード テオスも。それぞれの世界から力を失った仮初めの器として別の世界に召集され、復活の時を待つ権利が与えられている。

 されど、ミラーモンスターたちを創造した鏡の世界の導き手はもういない。守護者として守るべき神崎優衣も、番人として仕えるべき神崎士郎もすでにこの因果から消滅している。目的を失った彼らミラーモンスターは、ただ本能のままに人間を捕食することしかできない。

 

「……矛盾する因果の傀儡(かいらい)たるは、お前たちも我々と同じというわけか」

 

 水のエルは嘲笑じみた思考をガルドストームにぶつける。テレパシーとして放たれた声はミラーモンスターとて理解できているのか、赤き鳳凰は(くちばし)を噛み合わせた。

 

 本来ならばアンノウン──すなわちテオスの使徒、マラークたちはテオスが創り、愛した人間たちの進化だけを阻み、アギトの力を根絶するのが目的のはず。人間を殺して遊ぶグロンギの所業や人間の生命を糧とするミラーモンスターの存在を、テオスが許すはずがない。

 されど、その範囲がテオスの創造に依らぬ別の可能性に切り開かれた時空──並行世界の法則に限定されているからだろうか。

 アンノウンたちはアギトの世界以外に住む人間をテオスの子だとは思っていない。テオス本人の意思は断絶されているため計り得ないが、少なくとも神代において、等しく愛されるべき使徒(マラーク)たちの子を虐げた人類に、彼らは元より愛情などないのだ。

 

 それはテオスの創造によって成されたアギトの世界においても例外なく。テオスの目があればこそ形式上は人類の盾となろう。アギトを迎えさえしなければ、人類はアギトではなくテオスの愛した人類のままと認め、主の御心のまま、仇為す害意を排除することと努めよう。

 

 ─―だが、それはテオスの意思でしかない。人類を憎むアンノウンたちが、テオスの命令なく人類を守ろうとすることは決してない。

 一度はテオスとて人類を見限り、その文明をリセットしようとしたこともあった。それでもテオスが再び人類の行く末を見守ると決めた以上、いかに最上位のエルロードといえど一介の天使である水のエルたちには人類の滅亡を強行する権限など与えられていない。

 

 その制約もこの(アギトの)世界だけの法則。この時空だけのルール。使徒たる彼らはグロンギのように人間を殺して楽しむ風習はない。ミラーモンスターのように人間の命を吸収しなければ滅びてしまうわけでもない。

 今でこそ肉体を失っているテオスもいずれはかつてのように蘇る。この時代に残された遺伝情報から現世における身体を再構築し、再びヒトの身の姿で人類の前に現れるだろう。

 

「すべては、来たるべき『破壊』のために……」

 

 モザイク状に破れゆく夜空を見上げ、水のエルは小さく独り言ちた。世界に流れ込む血生臭い蛮族の法則と、擦れ合う金属めいた耳鳴りを乱れる時空の狭間に聞いて――

 その身を水に変え、天使は青白い光の球となって歪む灰色のオーロラへ向かう。ガルドストームも神秘的な赤い翼を広げて崩れる空の境界へ消えていく。

 

 重なる時空の彼方は十年の時を迎えた未来。否、ある者はそれを『歴史』と呼び、またある者はそれを『冒涜』と呼んだだろう。

 消えゆく世界を後にする水のエルとガルドストーム。彼らが向かう場所はすべての法則が一つの座標で交わる境界。幻想としてではなく、真なる意味での物語として。九つの物語を結びつかせるために選ばれた──『十番目の世界』として。

 ─―物語を持たないが故に、その世界は物語の器として選ばれた。終わりなき旅を続ける『破壊者』の物語を、大いなる計画のための『大首領』として、再び玉座へ祀り上げるために。




3月18日は東方Projectの原作者、ZUNさんの誕生日です。
さらに五代雄介の誕生日でもあります。おめでとうございます!

次回、第21話『友のために、家族のために』
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