東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第21話 友のために、家族のために

 それは幻想郷に起きた季節の異常、二度目の四季異変が起きる少し前。

 

 幻想郷、魔法の森。その入り口に建つ古道具屋──香霖堂の前に、世界を分け隔てる結界の波が広がっていた。

 灰色のオーロラとしてこの場に具現したそれは神の力を宿さぬ人間にも、妖怪にも、そのどちらでもある森近霖之助にも感じられる圧倒的なオーラを放っている。

 

 放たれる気配を警戒し、オーロラを見つめる津上翔一。その後ろで同じくオーロラを警戒する菫子。香霖堂で翔一から聞いた話によると、彼はこれまでもアギトなる超人としてアンノウンという怪物を相手にしてきたのだという。

 アンノウンの存在を知らぬ菫子にも理解できる強い気配がオーロラの中から放たれる。実物を見たことはないが、超能力者の命を狙うという目的のためだろうか。

 翔一のようなアギトの力こそ持たないとはいえ、紛れもない超能力者である菫子は言葉では説明のしようのない――どこかスピリチュアルでオカルティックな恐怖を感じていた。

 

「……来る!」

 

 香霖堂の中で眠っている二人の妖怪を心配していた菫子は、緊迫に満ちた翔一の声で再びオーロラの方へ視線を戻す。

 光の彼方に黒くうごめく異形の大群、そのうちの一つがオーロラを突き破った。続けて二体、三体と湧き上がる悪意が形を成し、さながら(アリ)の軍隊めいた怪物が姿を見せる。

 

 気配そのものは神に仕える天使の如き神秘性があるにも関わらず。その外見はどこか醜悪で──天使と呼ぶにはあまりにおぞましい。

 アリに似た超越生命体、『アントロード』の最下級兵士。黒い外殻に身を包んだ『フォルミカ・ペデス』たちは頭部の触角を揺らしながら、強靭な大顎を噛み鳴らして威嚇する。

 

「……アァア……」

 

 この場に現れたアントロード フォルミカ・ペデスの総数は六体に及ぶ。複数個体が出現する例も多いアンノウンにおいても、これだけの数で行動する使徒(マラーク)は地上におけるアリたちのモチーフとなった彼らだけだ。

 今は両手の指で数えられる程度で済んでいるが、もしこれが何千もの軍勢で一斉に現れたとしたら──周囲を焼き払うほどの大火力でもなければ完全な殲滅は難しいだろう。

 

「こ、これがアンノウン……? なんか思ってたよりキモーい……」

 

 黒い帽子を被り直し、戦闘用の白手袋を着けた菫子が不快そうな顔で思わず本音を吐く。怪物とは聞いていたが、一般的な天使のイメージからは程遠い姿だ。

 それでも小さいとはいえアリのものではない羽、天使の翼に似た意匠がある。根拠はないものの、菫子はなぜかそれが翔一の世界に宿る『神』の加護を帯びていると確信できた。

 

「……気をつけたほうがいい。見た目はアリのようでも、気配は神に近い」

 

 オーロラを背にして黒い軍隊となるフォルミカ・ペデスたち。その様子を見た霖之助は、放たれる神秘性に戦慄を覚えながら身体が強張るのを感じた。

 妖怪の山には本物の神が住まうというが――幻想郷の神々とは違う明確な殺意、神道におわす八百万の神々と十字架の唯一神とでは幻想としてのランクが桁違いなのだろう。それに仕える末端の天使は神にこそ及ぶまいが、現世の法則を超越しているのは間違いない。

 普段なら異教の信仰対象とあらば興味を示す霖之助でも、今の状況においてはそんなことは言っていられなかった。

 

 うごめくフォルミカ・ペデスの群れを前にして、翔一が静かに息を吐き、アギトとしての構えを取る。

 その腰を一周する光が渦巻き、オルタリングを形成したかと思うと、場に満ちるオルタフォースの波動をもってその存在を『狩るべき存在』と断定したのか、先ほどまでは緩慢な動きでうごめいていたフォルミカ・ペデスが瞬く間に機敏な動きで襲いかかった。

 

 生身の翔一はその拳を両腕で防ぎつつ、振り上げた右脚でフォルミカ・ペデスを蹴り飛ばす。肉体に宿すアギトの力をベルトとして表出させているため、その力は生身の状態でも多少はアギトの能力に近づいているのだ。

 されど、フォルミカ・ペデスは一体ではない。翔一のもとへ向かった三体のほか、残る三体の怪物は菫子と霖之助のもとへ向かっていった。

 咄嗟に超能力を行使し、サイコキネシスの波動をもって三体のフォルミカ・ペデスを止める菫子。超能力といえど決して万能の能力ではない。その負担は能力者本人へフィードバックされ、行使する力が強いほど菫子自身への負荷も大きくなってしまうという欠点がある。

 

「霖之助さん! こっちは任せて、香霖堂(なか)の二人をお願い!」

 

「ああ、すまないが、そうさせてもらう。君も無理はしないでくれ!」

 

 背にする香霖堂に振り返り、菫子は霖之助に告げる。さすがに三体もの怪物を念力で押さえ続けることは難しい。数秒ほどは持ったが、フォルミカ・ペデスたちはすぐに菫子の超能力から逃れてしまった。

 霖之助も未知の怪物を相手に外の世界の女子高生を戦わせたくはない。だが、超能力という攻撃手段がある菫子とは違い、半妖の身といえど弾幕勝負さえ滅多に行わない霖之助は彼らアンノウンに対して精々自衛の手段しか持ち合わせていない。

 身を守ることしかできない自分が悪戯に足を引っ張るよりは──まだ香霖堂の中にいるであろう二人の妖怪を気にかけるべきだと判断した。

 

 解放されたフォルミカ・ペデスたちに対して、菫子は今度は波動ではなく霊力のエネルギーを圧縮した光弾で攻撃する。

 外の世界の人間である菫子は弾幕ごっこの経験などほとんどない。されど身体に巡る気の流れを束ねて弾幕と成し、形をもって放つ。その動作が当たり前のようにできるのは、彼女もまた紛れもない『幻想』の力を宿す――深秘の少女であるからだった。

 

 香霖堂に向かった霖之助はフォルミカ・ペデスの外殻に菫子の弾幕が炸裂する音を聞く。耳障りな鳴き声を発して呻く怪物の声に背を向け、地底世界――旧地獄から来た二人の妖怪、霊烏路空と火焔猫燐の様子を確認しに行った。

 アギトとして覚醒した津上翔一の存在に加え、いま香霖堂にいるお空とお燐にもアギトの力が宿っていると聞いている。あるいは菫子の超能力も対象となるのだろうか。

 それだけの幻想、人の身を超えた力。進化の可能性と定義し得るものが集まれば――その芽を刈り取るアンノウンがここに現れたことは何らおかしくないのだろう。

 

 アンノウンたちの目的はアギトの根絶、とされているらしい。となれば、アギトの力を宿してしまったお空とお燐も、その命を狙われる可能性が限りなく高いということになる。本来ならばそう考えるのが自然であるはずだが――

 霖之助はどこか違和感が拭えなかった。翔一の話が事実ならアンノウンは『人間がアギトになる』ことを恐れているはず。妖怪がアギトの力を宿したところで、彼らにとっては関係のない話なのではないか──と思いたいが、地底にアンノウンが現れた際もアギトである翔一より先に、お空の方がアンノウンの襲撃を受けていたと聞いている。

 彼らにとって、ただ盲目にアギトの力を根絶することだけが目的ではないのかもしれない。その可能性を考え、霖之助は何か嫌な予感が拭えぬまま、二人が眠る部屋の扉を開けた。

 

◆     ◆     ◆

 

 オルタリングを輝かせ、強化された生身のままでフォルミカ・ペデスと戦う翔一。さすがに生身のままでは最下級の使徒といえど倒すことはできないが、愚直な攻撃はアギトの姿に至らずとも簡単に避けることができた。

 自身が相手する三体のほかに、残る三体が菫子の方へ向かっている。そちらに対処するべく、翔一はフォルミカ・ペデスを蹴り飛ばし、なんとか一瞬の隙を作ることに成功する。

 

「――変身っ!」

 

 構えのままに両手を振るい、腰に装うオルタリングのサイドバックルを叩く。瞬間、眩い光に包まれた翔一はその肉体に宿すアギトの力を活性化させ、進化を促す可能性の光――オルタフォースの波動と共にその身を金色の戦士へと変えた。

 アギト グランドフォームとなった翔一は真紅の複眼で三体のフォルミカ・ペデスを睨みつけつつ、右手の手刀に宿したオルタフォースを光の刃と束ねて振るう。

 

「はぁっ!!」

 

 金色の手刀【 ライダーチョップ 】に切り裂かれたフォルミカ・ペデスは爆散し、陽炎の中に浮かぶもう二体のフォルミカ・ペデスもまた、その一撃をもって撃破する。

 単体ではさほど大した戦闘力がないのがアリに似た超越生命体、アントロード フォルミカ・ペデスというアンノウンの特徴だ。されど兵隊アリの名の通り、彼らは必ず複数体での行動を基本としている。

 

 たったいま三体の個体を倒したばかり。それもかなりの力を込めたオルタフォースの波動と、翔一の戦闘経験をもって初めて一撃で倒せる相手だ。

 そんな相手が──菫子が相手する三体のフォルミカ・ペデスに加えて、さらに灰色のオーロラはまたしても怪物を追加投入してきた。再び現れたフォルミカ・ペデスの増援はもはや数え切れない。うじゃうじゃと湧き上がる悪意の群れに、翔一も思わず血の気が引くのを感じた。

 

「……くっ……!」

 

 アギトとしての基本形態は耐久に特化した超越肉体の金(グランドフォーム)。そして変化形態としてスピードに特化した超越精神の青(ストームフォーム)と、パワーに特化した超越感覚の赤(フレイムフォーム)が存在する。

 翔一は、それらに加えて『新たなる変身』の可能性を身に着けていた。燃え盛る業火の如く、あらゆる闇を照らし灼き払う太陽の如き輝きへ至る炎。あるいは滾り迸る火山の如く、神が与えし原初の火をも思わせる灼熱の光。

 

 されど翔一には分かる。旧地獄でヒョウに似た姿を持つアンノウンに力を抜き取られ、その光がお空とお燐に宿ってしまったからだろうか。

 欠けたアギトの力は翔一の進化の証を完全な形で保持していない。三つの形態になることはできても、今の翔一の力は『燃え盛る業炎』にも『光輝への目覚め』にも届かない。

 それならばと試してみたもう一つの可能性、大地と風と火を一つに束ねた『三位一体の戦士』への変身さえも、両腰のサイドバックルを叩けど成し得ない。

 やはり力の欠けた今の状態では安定していないのか――今の翔一が変身できるアギトの姿は基本形態のグランドフォーム、変化形態のストームフォームとフレイムフォームだけだ。

 

「うげ、また増えてる……! こっちに来ないでってばー!」

 

 無数に増えた怪物たち。その内の三体、元より菫子に狙いを定めていたフォルミカ・ペデスたちと向き合いながら、オーロラから次々と現れるアリの軍隊に怯える菫子。

 サイコキネシスのエネルギーをアンノウンに直接ぶつけるのは非合理的かもしれない。そう判断した菫子は店主である霖之助に心の中で謝罪しつつ、香霖堂の前に置いてあった外の世界からの漂流物らしき粗大ゴミ──否、彼にとっては大切な商品であろう古臭いテレビや冷蔵庫などのガラクタを超能力で浮かび上がらせた。

 それらを念力でまとめて投げ飛ばし、質量をもって怪物にぶつける。サイコキネシスで削った分のダメージもあってか、菫子の【 アーバンサイコキネシス 】によるガラクタの投擲(とうてき)攻撃は予想以上の効果を見せ、いとも容易く三体の怪物を撃破した。

 

 翔一と菫子によって数体のフォルミカ・ペデスは倒されたが、周囲を見渡してみても一向に数が減っていない。やはり目下において彼らの目的は翔一の身体に宿るアギトの力であるのか、菫子よりも翔一の方を優先して攻撃しているようだ。

 単体であれば翔一とて苦戦しない相手。されど、菫子を守りながら彼女と二人だけでこの数を相手にするのは厳しいものがある。

 それに加えて、アギトの力を宿すのは翔一だけではない。この怪物がいつ、偶発的にアギトの力を宿してしまったお空とお燐を襲いに向かうのか、その警戒も怠ることはできない。

 

「…………!」

 

 不意に、アギトとして覚醒した翔一の知覚が凄まじい波動を感知した。自身に宿るアギトの力、オルタフォースの波動。大気を焼き払わんばかりの高熱が、すぐ後ろから迫り来る感覚──

 

「――うりゃぁあああああっ!!!」

 

 咄嗟に転がり、波動を避ける。直後、さっきまで翔一がいた場所に膨大な熱が走った。香霖堂の方から放たれた核熱の波動は鋭く一直線に空を裂き、翔一のもとへ迫っていたフォルミカ・ペデスの黒い外殻を一瞬のうちに焼き溶かしてしまう。

 呆気なく爆散した怪物を背にし、翔一はそれを放った者を見る。右腕の制御棒から白煙を立ち昇らせ、黒い翼を広げたお空は──苦しそうに目を血走らせて息を切らしていた。

 

「お空ちゃん……!?」

 

「目を覚ましたんだ……って、喜べる状況じゃないよね……!?」

 

 翔一と菫子はその場に現れたお空に驚くが、おそらくは再び暴走してしまっているであろうお空のことも、まだ残る怪物と同様に警戒しなくてはならない。

 さらに暴走する彼女を怪物の攻撃から守り切るのは困難を極めるだろう。霖之助は彼女を止めようとしたが、強引に振り払われてしまい、香霖堂の外壁に背中を打ちつけられた衝撃のせいで動くことすらままならないようだ。

 親友を心配したお燐もまだ本調子ではないらしい。ガラクタに手をつきながら息を切らし、身体の中に渦巻く未知のエネルギーに胸を押さえながらお空を見つめている。

 

「お空……! また暴走して……っ!」

 

 ゆらゆらと昇り始める陽炎。最初にお空が現れたときと同様、周囲の気温が上がっていく。瞳を白く光らせたお空は先ほど放った【 地獄波動砲 】の負荷も癒えぬまま、全身に満ちる光輝の波動、オルタフォースを本能に従って解放した。

 お空の腰に現れる、金色の輝きを放つオルタリング。翔一の腰にあるものと同じ光が、お空の身体に渦巻いてはその力を証明する。

 眩く放たれる閃光と共に、お空の身体は瞬く間に姿を変えていく。煮立つ溶岩の如く熾烈に、輝き照らす太陽の如く強く雄々しき光の化身、金色の戦士──

 

 超常の装甲を身に纏うアギト グランドフォーム。だが、翔一の姿とは異なる点も多い。

 

 女性的で華奢な体型は言わずもがな、その背にはお空の象徴である地獄鴉の翼を無理やり器に押し込んだような歪な意匠。さらに赤い複眼は亀裂が走ったように血走り、何より目立つのは本来ワイズマン・モノリスがあるべき胸の中心に輝く八咫烏の眼だ。

 それに加えて、翔一の変身するアギトの場合はその力を最大限に発揮するときのみ開かれるべき頭部のクロスホーンが、彼女の場合は変身直後の時点から全開したままとなっている。力の流れを司る神経の暴走は、お空の身体にさらなる負担を与えてしまっているだろう。

 

「お空ちゃん……その姿は……!」

 

 翔一は自身と同じ──微かに異なる姿に至ったお空を見て、声を零す。自分ではない誰かがその姿に、アギトとしての姿に至ってしまう光景は、彼にとってはひどく悲しく、辛く悔しい過去を否が応にも思い出させる。

 お空は苦しそうに手を差し出したかもしれない。翔一はそれを掴もうとしたかもしれない。しかし、人と妖怪とでは違う。翔一とお空では、住む世界が違う。

 

 決して離すな──と。ある男は言った。翔一はある女性の手を掴み、自らの命を断とうとしていた一人のアギトの、一人の人間の未来を変えた。

 霊烏路空は人間ではないのだ。たとえアギトに至っても、それは翔一と共に歩むことのできない時空、決して結びつかぬ別世界の法則。

 お空の身に宿った八咫烏の力はお空の意思によって出現と消失を自由に行える。普段であれば右腕の制御棒はおろか、両足の分解と融合の象徴も胸に輝く八咫烏の眼も己の魂にしまっておくことができる。が、今はアギトの力に阻まれ、それすら満足に行えないようだ。

 

 翔一はアギトに覚醒してしまった姉を救うことはできなかった。お空の右腕は、アギトと歪んだ妖怪としての生身においては制御棒でしかない。手として成り立たぬ形がゆえに翔一がその手を掴むことは決してできないと。彼女の中の八咫烏が──アギトが。そう告げているようだった。

 

「はぁぁぁあっ!!」

 

 お空は大地を蹴ってフォルミカ・ペデスの群れの中へ突っ込んでいく。生身のままでは制御棒だった右腕も、アギトの姿であれば五本の指を持つ『手』として定義されている。それはさながらアギトの力をもってのみ、繋がりを許された証であるかのように。

 

 左腕にオルタフォースの光を宿す。彼女にとってそれは八咫烏の妖力であったのかもしれない。もはや、そこに差異などないと、交わった光が刃を成す。

 光刃と化した左手の手刀をもってフォルミカ・ペデスの群れを裂く。輝きを放つ【 レイディアントブレード 】は輻射的に放つ核熱の波動をもってさらにエネルギーを加速させ、斬られた者の周囲にまで爆発の被害をもたらし撃破する。

 続いて接近してきた怪物に対しては自身の妖力を練り上げ、自身の周囲から湧き上がる核熱の波動を地中から突き上げる【 フレアアップ 】の爆発エネルギーをもって迎撃する。

 

「……はぁっ……はぁっ……っああああああッ!!」

 

 制御棒だった右腕を五指と共に振り上げ、手の平の先に光を形成するお空。自身が宿す八咫烏の力に加え、流し込まれた妖力とオルタフォースのエネルギーは、核熱の光球を普段の何倍もの大きさに膨れ上がらせた。

 お空本人は意識していないだろう。普段ならスペルカードとして用いられる彼女の弾幕。今はその範疇を大幅に超えた太陽の如き一撃が、歪なアギトの姿で放たれる。

 

 頭上に掲げた太陽を圧縮し、小さな点として中心を成す。内部で融合した原子核が凄まじいエネルギーを生み出すと同時、撒き散らされた核熱の光弾が辺り一面にひしめいていたフォルミカ・ペデスの外殻を瞬く間に焼き貫いていった。

 お空の本領、核融合反応を操る能力による弾幕の行使──そのほんの一部分。さらに太陽は分裂した小さな太陽とも言うべき恒星の弾幕をいくつも撃ち放ち、着弾しては炸裂して一撃のもと並み居るフォルミカ・ペデスの群れをその高熱によって灰も残さず焼却していく。

 

「……ギッ……アアア……!!」

 

 お空の放ったスペルカード【 核熱「ニュークリアフュージョン」 】によってあれだけひしめいていたアントロード フォルミカ・ペデスは大半が駆逐され、大幅にその数を減らしているのが見て取れた。

 ぐらりと肩を落とすアギト──お空。力を解放したというのに、クロスホーンは閉じることなく強い輝きを保ったままお空の力を全開し続けている。

 もはや彼女自身の意思ではクロスホーンを閉ざすことはできないのだろう。このまま力を解放し続ければ、やがてはお空の命までもが尽き果ててしまうかもしれない。

 

「っ……お空……!」

 

 親友を心配するお燐の身体にも、オルタフォースは渦巻いている。暴走するお空の力に感応しているのか、まだフォルミカ・ペデスは残っているにも関わらず、ふらつき苦しむお空を助けようとお燐が動いた。

 霖之助の静止も振り切り、フォルミカ・ペデスの群れに狙われるお空を助けようとするお燐にも怪物の視線が向く。妖力に紛れているものの、アギトの力は確かにそこに宿っている。

 

「危険だ……! すぐに戻れ……!」

 

「出てきちゃダメだって! さすがに守り切れないよ!?」

 

 アギトの力を狙うアンノウン──アントロード フォルミカ・ペデスに対してもだが、暴走状態にあるお空がお燐を狙うかもしれない。

 さらに怪物から守る対象がこれ以上増えれば、翔一も菫子も行動が制限される。半数以上が減ったとはいえ、アンノウンの集団を前にしてそれは致命的な不覚となるだろう。

 

 もはやお空の面影などない異形のアギト。されどそれがお空であることは、目の前で変身した姿を見たため分かる。

 否、それ以上に──紅く主張する八咫烏の眼と、そこから放たれるお空の暖かさが、まだ完全に獣に墜ちたわけではないと如実に証明してくれているではないか──

 

「お、燐……」

 

「お空っ……!? 大丈夫……? あたいのこと分かる……!?」

 

 お燐の耳に、その名を呼ぶお空の声が届いた。アギトと化してしまったお空にもまだ理性が残っている。ただその小さな事実が、お燐の心に希望の光を差してくれた。

 お燐とて内なるアギトの力に苦しみを覚えているが、このまま呼び掛け続ければ──

 

 そう思った瞬間、フォルミカ・ペデスたちが一斉に──視線を()に向けた。

 

 ――――

 

「――驚いたね。暴走状態とはいえ、ここまで力を定着させるとは」

 

 天の顕現(けんげん)。雲上より舞い降りた風雨の軍神。フォルミカ・ペデスたちの警戒と敵意を一身に受けたのは、妖怪の山に祀られる神霊──八坂神奈子だった。

 

 ゆっくりとその場に足を着き、好奇に満ちた視線でもってお空の姿を見る。湛える神のオーラで向き合う神奈子の瞳には、規格外のオルタフォースを秘めた八咫烏。地獄鴉としての限界を超え、神の領域にまで踏み込んだ妖怪の姿。

 ヒトならざる身にて『アギト』と化したお空。金色のオルタフォースに身を包んだ地底の太陽を見て、どこか嬉しそうに──天空の化身は口元に笑みを浮かべて呟いた。

 

 フォルミカ・ペデスは標的をお空とお燐から神奈子に変え、一斉に群がっていく。いくら神の肉体を有していようと、異教の天使が持つ超常の大顎による攻撃は神秘と幻想を等しく喰い破ってしまうだろう。

 しかし神奈子はそんな雑兵の敵意など意にも介さず、跳び勇んできたフォルミカ・ペデスの方へ視線を向けることもなく。天より生じた弾幕の雨をもって数体の怪物を撃破する。

 

「……今、大事な話をしてるんだ。邪魔をしないでくれるかい?」

 

 並み居るフォルミカ・ペデスの数体を、一瞬で蹴散らした神霊の女性。微かに残った天使たちはその神威と権能に畏れ慄き、怯み脅えて後退する。

 圧倒的な力を誇る神奈子を前に、敵意の牙を剥き出したのは異教の天使だけではなかった。アギトとして暴走してしまったお空もまた──グランドフォームの肉体をもって神奈子に襲いかかろうと大地を翔ける。

 

「――うらぁああっ!!」

 

 オルタフォースの光を湛えた天使の手刀。ライダーチョップの一撃にさらに加えた八咫烏の力によるレイディアントブレードの光熱。

 お空は二つの力が重なった神と神の光刃を全力で振り下ろしたが──

 

 神奈子は、その一撃を片手で受け止め、涼しげな顔で砕けた大地の上に立っていた。

 

「…………!!」

 

「さすがは私たちの与えた八咫烏の力。いや……これは(こいつ)のポテンシャルかな?」

 

 アギトは──お空は、理性を神の火で蒸発させているにも関わらず。ニヤリと口元に笑みを浮かべた神奈子に戦慄を覚えてしまい、一瞬だけ力を緩めた。それを隙と見てか、あるいは最初から隙だらけだったのか。

 神奈子はお空の手刀を受け止めたまま、空いた左腕を静かに持ち上げながら呟く。次の瞬間、神奈子の左手がおもむろに大きく開かれたかと思うと──

 開かれた手の平をお空の──アギトの胸に輝く八咫烏の眼に叩きつけた。

 

「……ぁ……がぁッ……ッぅぐ……ッ……!!」

 

 真紅の瞳は輝きを増し、アギトは神の光に包まれる。神奈子の手から流し込まれる力によってお空は苦しみ、苦痛に歪む顔こそアギトとしての顔に覆われて見えないものの、震える手足と零れる苦悶の声が彼女の痛みを物語っていた。

 

「――お空っ!!」

 

 苦痛に悶える親友の姿を見て、心配そうな声を張り上げるお燐。同じくそれを見ていた翔一と菫子、霖之助もまた、突如として現れた神の姿とその権能に目を奪われている。

 

 八坂神奈子がお空に供給したのは、彼女が有する『神の力』だった。八咫烏の存在とアギトの力そのものを安定させ、二つの力を同時に容認させるための中和剤と呼べるもの。

 渦巻くオルタフォースがお空の(なか)で整っていく。神奈子がその変異を見届けると、アギトと化したお空の姿にも変化が生じ始めた。

 

 異形と歪んだアギトの姿。そう形容されるべきお空の肉体。その身は神奈子の干渉によって安定を見せ、背中に押し込まれたような歪んだ翼の意匠は背に溶け込んでいく。亀裂の如く血走っていた赤い複眼もまた、翔一のものと同じ優しい赤に変わっていった。

 力の全開を示すクロスホーンが静かに閉じると、お空(アギト)の胸に紅く輝いていた八咫烏の眼も徐々に縮んでいき、お空の体内へと取り込まれる。

 八咫烏の眼は消えたわけではない。アギトとしての強化皮膚(アーマードスキン)の内側に吸収されただけだ。そして空白の領域となったお空の胸に、八咫烏の眼の代わりとなる制御器官が形成される。

 

「う……あ……あ……」

 

 八咫烏の熱気とオルタフォースの波動は、お空(アギト)の胸に形成された黒い石版──ワイズマン・モノリスの中枢制御によって静かに消え、お空の身を安定させた。彼女の中で暴走していたアギトの力も、すでに八咫烏の持つ神性と習合されているだろう。

 アギトと八咫烏。二つの力が神奈子の手解きによって『核融合を操る程度の能力』に引き寄せられ、広義の『原子核』と定義されたそれらが『融合』を果たしたのだ。

 

 力を安定させたお空はエネルギーを使い果たし、命を落とす前にアギトの身を解く。

 お空が意識して変身を解いたわけではない。すでに体力が限界を迎え、半ば力尽きるような形で眠りに落ちたために、気を失ったお空本体へのオルタフォースの供給が止まっただけだ。

 

「収まった……のか……?」

 

 そのまま意識を失い、神奈子の前で力なく倒れ伏すお空。満ち溢れていた熱気も神秘のエネルギーも、それ見ていた霖之助たちには感じられない。

 アギトとしてフォルミカ・ペデスと戦っていた翔一も菫子や霖之助と同様、その場に現れた神と呼ぶべき存在とたったいま起こった変化に気を取られてしまっている。再び意識を失ったお空についても心配だが、まだ怪物は全滅していないのだ。

 

「あの人は……いったい……」

 

 お空と神奈子が殲滅したフォルミカ・ペデスの他に、残った数体がアギトに迫る。それを菫子の超能力と共にライダーチョップで切り伏せる。

 翔一の目に映った神奈子の存在は、それを只者ではないと一瞬で判断させる極めて荘厳なオーラを放っていた。かつて一度遭遇し、自らの手で退けた『神』――『闇の力』と称されるオーヴァーロード テオスに勝るとも劣らないほどの神秘的な波動を備えている。

 

 少なくとも翔一にはそう感じられた。しかし、厳密に言えば違う。テオスはアギトの世界における創造神であり、聖書に名を連ねるべき天使たちの主。そして対する神奈子は八百万の神々に祀り上げられた神霊――神道の神である。

 異なる宗教、異なる神話体系といえど──その権能は語られるままに揺るぎない。翔一が本能的に感じ取った『神』の気配は、異教の光として進化したアギトにも伝わっていた。

 

「あんた……お空に何をっ……!」

 

 オルタフォースの渦に苦しむお燐が立ち上がる。

 目の前で倒れたお空と、今まさにそのお空の身に手を加えた山の神、八坂神奈子の姿。

 アギトの光に思考を苛まれているせいか、お燐は親友の中で暴走していたオルタフォースが収まったことに気づいていない。

 それどころか、お燐の本能は──お燐の中に宿るアギトの力は、親友に手を加え、気絶させた神奈子に対して明確な敵意の牙を剥けていた。

 お空を心配するお燐の意思と彼女の魂に宿った光が。ヒトにあるべき『アギトの力』が。『妖怪』という幻想の肉体において、一つに交わり異形の力と歪んでいく──

 

「……うぁ……あ……ッ……ァ……ア……!!」

 

 不安定な精神と不安定な肉体。歪みゆくアギトの力に、お空を傷つける者への悪意。それらすべてが歪に交わり、お燐の思考は混沌の光に染められる。

 お燐はお空とは違い、アギトの力と融合し得る神の力──八咫烏の力となるものは持っていない。偶発的に宿ってしまった力を制御するための肉体なども持ち合わせておらず、ただ暴走する力のまま、お燐はそれを溢れさせた。

 

 黄色の閃光が走る。オルタフォースを表出させたお燐の身に、苦痛に歪む顔に。そして額に浮かび上がった第三の眼──黄色く輝く『ワイズマン・オーヴ』の形成と共に。

 

「――ウォォァァァアアアーーーッ!!!」

 

 火車の妖怪、火焔猫燐は──アギトであって(・・・・・・・)アギトならざる存在(・・・・・・・・・)へと変貌した。

 

「あの姿は……!?」

 

「嘘っ!? あの子も変身すんの!?」

 

 神奈子とお空の方にばかり意識を向けていた翔一と菫子が怯む。突如聞こえてきた咆哮と膨大なオルタフォースの波に慄き、思わずお燐の方を向いた。

 

 その姿は、やはり異形と呼ぶ他にない。アギトともアンノウンとも似つかぬ身、黒く染まった強化皮膚に纏うのは、どこか生物的な印象を受ける緑色の生体装甲(バイオチェスト)。頭部は赤い複眼と凶悪な大顎に変わり果て、お燐の獣じみた本能を滲ませている。

 頭部に伸びる緑色の双角は触角の如く短く伸びており、まだ完全にはオルタフォースを放ち切れていないようだ。

 

 さらにその身体には先ほどまでのお空と同様、オルタフォースの制御を司る石版、ワイズマン・モノリスが設けられていない。

 生物的な異形の身体、その腰に装う金色のベルト状の器官もお燐の肉体に形成されている。それはアギトのオルタリングと同様、内なるオルタフォースの生成回路であるのだが──お燐のそれは、(まぶた)と眼球を模したような『メタファクター』と呼ばれるベルトだった。

 

「あれも……アギトなのか……?」

 

 香霖堂の壁に背を打ちつけた痛みを堪え、霖之助が立ち上がる。緑色の肉体に金色の装飾が走る姿はアギトとは似つかない。されどアギトの力を得て進化したのであれば、それはアギトに類するもの──少なくとも人類の進化形の一種であるはずだ。

 しかし、それはまるで──『獣』と称すべき無秩序な力。いくら元が猫の姿の妖怪とはいえ、進化というよりはむしろ闘争こそを本能で求める獣への退化(・・)を思わせた。

 

「アギト……いや、『ギルス』か。珍しい──」

 

 異形のアギト──アギトならざる『ギルス』へと不完全な覚醒を遂げたお燐に対し、神奈子は少し何かを考えるように呟く。

 紡がれる言葉の先を待つ間もなく、お燐は大地を蹴って神奈子へと駆け抜けた。

 

「――と言いたいところだけど、妖怪(・・)なら当然だろうね」

 

 両腕の先から伸びた金色の爪をさらに伸ばし、その『ギルスクロウ』の鋭さをもって神奈子の身体を裂こうとするお燐。しかし、地底の妖怪が放つ一撃は神の光を得たとしても、天上の神霊に届くことはない。

 容易く防がれた一撃に次いでギルス─―お燐は神奈子の腕を蹴りつけ、その反動で後方へと退避した。そのまま距離を取り、妖力とオルタフォースを混ぜ合わせる。

 

「ウォォァアアアッ!!」

 

 自身の身体に漲るパワーのままに、お燐は内なるギルスと共鳴。その本能が訴える衝動を力に変え、お燐は大地を蹴って空中で右脚を大きく持ち上げた。

 妖力で具現した怨霊たちが炎と燃え上がる。そのまま地獄の怨霊を炎と纏ったギルスが(かかと)から鋭く伸ばした金色の爪『ヒールクロウ』を剥き出しに、神奈子へと襲い掛かった。

 

「危ないっ!!」

 

 翔一は見知らぬ神に対し、思わず声を上げた。その一撃が持ち得る力の大きさも、お燐が至ったギルスなる怪物も。翔一はすでに元の世界で知っているからだ。

 

 その瞬間、神奈子が胸に掲げる小さな鏡が──微かに緑色の異形を映した。

 

「……っ!?」

 

 お燐は踵を振り下ろしながら違和感に気づく。それは確かに緑色の異形ではあった。だが、神奈子の目の前で踵を上げる『ギルス』の姿ではなかったのだ。

 さながら巨体を誇る牛の怪物──規格外の化け物。雄牛めいた金色の双角を持つ巨大な『モンスター』のようなもの。

 鏡像の世界に住まうその存在は、あろうことか神奈子の胸に揺れる小さな鏡から、その巨体を何の苦もなく通らせ、神奈子とお燐の間に立ち塞がったではないか──

 

 ――衝撃。お燐が放った渾身の踵落とし、【 ギルスヒールクロウ 】の一撃は巨大な牛の怪物に直撃し、凄まじいエネルギーの余波が吹き荒れる。

 アンノウンの装甲さえ容易く破り撃滅せしめるその一撃を受けてなお。神奈子が鏡の世界より召喚した鏡像の怪物、ミラーモンスターの装甲には傷の一つも残っていなかった。

 

「ブモォォォオオオッ……」

 

 全身を重火器で武装した怪物、バッファロー型ミラーモンスター『マグナギガ』が吼える。

 右腕は長大なロケットランチャーに。左腕は機関砲を備えたロボットアームに。さらに胸部装甲内には無数のミサイルポッドを隠し持つこのモンスターを、自然的な生き物であると思う者は存在しないだろう。

 アギトの世界にも、外の世界にも存在しないこの怪物、ミラーモンスターと呼ばれる存在を知っている者はいま、この場にはいない。

 ただ一人、このミラーモンスターと『契約』を交わしている神奈子自身を除いては。

 

「……やれやれ、相変わらず(ひと)使いの荒い賢者様だ」

 

 誰にともなく独り言つ神奈子。そのままマグナギガに合図を出し、両腕のランチャーと機関砲による掃射をもって残ったフォルミカ・ペデスを殲滅させる。

 が、それを逃れた者がいた。たった一体、火薬と硝煙の匂いに満ちた弾幕の嵐を掻い潜り、お空を狙う怪物。

 アンノウンへの知覚はギルスと化したお燐にもある。お燐はその知覚で捉えたフォルミカ・ペデスを見逃すことなく、意識を失ったお空に迫るアンノウンへと向き直った。

 

 フォルミカ・ペデスの腹をギルスクロウで貫き、爆散させる。天使の光輪を見届ける間もなく、お燐はすぐさま神奈子に視線を戻した。

 しかし、すでに神奈子もマグナギガもその場から姿を消している。現れたアンノウンたちも全滅しているため、お燐は無意識に身体の力を抜いてギルスの変身を解いた。

 

「ぐっ……うっ……!」

 

 内なるアギトの力が変質したもの──肉体に宿す『ギルス』の侵食により、お燐は全身に走る苦痛から地面に膝を着く。まるで身体が内側から腐っていくような感覚に血の気が引き、震える両手をその目で見た。

 妖怪の身とはいえ白く美しかった少女の手は、まるで老婆のように干からびた手へと渇いている。醜くしわがれた自身の手を見つめ──お燐はそのまま意識を失ってしまった。

 

◆     ◆     ◆

 

 幻想郷、旧地獄。地霊殿敷地内。地下深くの倉庫にて、この屋敷の主、古明地さとりは津上翔一の思考の中にあったそれ(・・)を見つけることに成功した。

 さとりが見つけたそれは、津上翔一が存在していた便宜的な意味の外の世界──すなわち『アギトの世界』と定義される場所から流れ着いたもの。何らかの要因によってそれらが幻想郷に辿り着き、地底に落ちた残骸を怨霊や動物たちが掻き集めてきた外来物の一種。

 

「これを……人間が……?」

 

 集められた残骸の中でも特に巨大なものが一つ。それは一つの施設と言って差し支えないほどに大きな車両──幻想郷には存在するはずのない大型トラック、あるいはトレーラーと呼ばれる自動車の一種だった。

 青と銀に彩られた大型トレーラー『Gトレーラー』には警視庁の所属を表す桜の代紋が刻まれている。しかし、さとりが驚いたのはこれ自体に対してではない。

 

 後部を開いたGトレーラーの中には、青い装甲を持つ強化外骨格(パワードスーツ)が鎮座していた。

 

 同じく青と銀の装甲を持つパワードスーツはオレンジ色の複眼と銀色の触角(アンテナ)を力なく示し、電力供給を失ったGトレーラーの影の中で孤独に佇んでいる。かつてはアンノウンと死闘を繰り広げたこのスーツも、今はただの人形でしかない。

 さとりはその姿に哀れむような視線を向けながら、自身の隣に立つ幼げな少女に問うた。土着神の頂点として妖怪の山に住まう少女、洩矢諏訪子はさとりの問いに答える。

 

「そう。人間が未知の脅威(・・・・・)に対抗するために造り上げた叡智。第4号(・・・)に頼らず、『ただの人間』の力をもってして──人類社会を守っていくためのね」

 

 警視庁未確認生命体対策班──通称『SAUL』と呼ばれる組織が開発した第三世代型強化外骨格および強化外筋システム。

 正式名称を『GENELETION-3』……あるいは『G3システム』と称されたこのスーツを、諏訪子はさとりと共に地霊殿地下倉庫で目にした。

 

 幻想郷には実用的な電力はほとんどない。G3システムを動かすバッテリーパックの換装も満足に行うことはできず、システムの残存エネルギーを示す腰部のベルト状パーツ『Gバックル』のメーターも点灯していない状態である。

 このままではこのスーツは堅牢な装甲に守られているだけの木偶(でく)人形に過ぎない。いくら技術が優れていようと、それを動かすエネルギーがなければ単なる飾りも同然だ。

 

 ――しかし。幻想郷において、それは無意味なものにはならない。

 

 人々の守護者として祀られたこのシステムは、偶像としての信仰をかつての4号(・・・・・・)と同じく受けている。諏訪子による神の力の介入もあり、信仰は無尽蔵の妖力に変換されてG3システムを動かすための血肉となるだろう。

 加えて諏訪子の力は元よりあったプログラムを書き換え、武器の制限解除や姿勢制御などの支援をG3システム本体から行えるようにしている。

 それは本来ならば支援車両、Gトレーラーより行われていたすべてのバックアップを装着者が自らの意思で行い、戦闘における行動のタイムラグを限りなくゼロにできるということだ。

 

「今ごろ、地上(うえ)では神奈子が動いてる。決断は早い方がいいんじゃない?」

 

 諏訪子の言葉を聞いて、さとりは意を決した。否、最初にこの叡智(システム)を見たときから何かを感じていたのかもしれない。

 Gトレーラーの後部から伸びた鋼鉄の坂道(タラップ)をゆっくりと登る。カツカツと歩む靴音が地底に響き、やがてさとりはG3システムの正面まで辿り着いた。

 

「ずっと……戦ってきたのね」

 

 冷たく佇むG3の銀色の装甲に触れる。桜の代紋が刻まれたその胸部装甲からは、物体に宿った想念を読み取ることはできないさとりの心にも、どこか込められた人間の想いが伝わってくるような気がした。

 どんなときでも決して逃げない──そんな人間の強さがあるなら。それが『ただの人間』を名乗る強さだというなら。どうかその強さを、少しでいいから分けてほしい──

 

 その願いに応えるように、G3は光の粒子と消え──

 

「…………」

 

 やがて光は形を成す。息を飲むさとりの小さな手に握られていたのは、銀色に輝く機械仕掛けのベルト状パーツ──『Gバックル』だった。

 G3システムのすべてはここにある。本来ならばパワードスーツとして纏うべき叡智を、諏訪子は神の力をもってその法則を──その在り方(・・・)を書き換えたのだ。

 

 今、さとりが手にしているものは紛れもなく『G3システム』そのものである。

 さとりがこのベルトを身に着け、この叡智と共に在りたいと願えば、G3システムはその意思に応えてくれるだろう。

 さながらアギトのオルタリングと同様、あるいはギルスのメタファクター、その内に秘められた賢者の石がもたらす超常的な『変身』と同じように。このGバックルは、組み込まれたプログラム通りに持ち主にG3システムというパワードスーツを纏わせ、『装着』させてくれる。

 

 さとりは一度、手にしたGバックルを強く握りしめると、それを懐にしまう。先ほどまでG3が鎮座してあった場所に背を向け、Gトレーラーのタラップを降りていった。




4月1日は津上翔一(本名が沢木哲也の方)の誕生日です。おめでとうございます!

次回、第22話 話22第『ミラーワールドの境界』
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