東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第22話 ミラーワールドの境界

 幻想郷、霧の湖。その畔に建つ紅魔館はすでに夜明けの光に照らされ、必要以上の赤さを湖に映し出してからしばらく経っている。

 客人として迎えられた外来人の青年、城戸真司は自らの意向で屋敷の掃除を担っていたところ、またしても迷っては妖精メイドたちに案内されるという繰り返しの果てにおいて、ようやく空間の歪んだ紅魔館の構造を少しだけ把握することができたようだ。

 

 広い廊下の窓を拭き終え、真司は自身の髪の毛を落とさないように頭に着けていた三角巾を脱いで一息つく。

 これだけの屋敷であれば掃除するのも並みの苦労ではなく、妖精メイドたちもあまり積極的に働いている様子がないため、メイド長の咲夜にかかる負担は相当のものだっただろう。

 

「それにしても……なんか()っちいんだよな……」

 

 額に伝う汗をタオルで拭いつつ、真司は春とは思えぬ暑さを訝しんでいた。袖をまくってもなお感じる暑さ、窓の向こうからじりじりと照りつけてくる日差しはまさに真夏のものと言って差し支えない。

 自分の住んでいた元の世界とは違う幻想郷なる場所――ここでは真夏めいた春の気候など珍しくはないのだろうか。

 真司はそう考えながら、ふと無意識に──さっきまで拭いていた窓の外を見る。

 

「……っ!?」

 

 灼熱を覚える真夏の日差しが照りつけるのは、この紅魔館周辺と正面にある霧の湖ばかり。紅魔館の窓から見渡せる幻想郷の景色は、真司が想像していたよりも遥かに複雑な怪異と神秘に満たされていたのだ。

 湖の向こうに見える巨大な山には秋めく紅葉が豊かに実り、反対側の森には雪らしきものが白く降り積もっているのが確認できる。

 それは、妖精や吸血鬼の存在を前提としていた真司にとっても驚くべき光景だった。

 

「……どうなってんだ……また夢でも見てんのか……?」

 

 軽く目をこすり、頬をつねってみるものの、景色に揺らぎは生じていない。幻想郷なる奇妙な世界に足を踏み入れたときから、この『幻想』は紛れもない現実である。

 

「一人で何を喚いているの?」

 

「……うわっ!!」

 

 突如背後から聞こえてきた声に素っ頓狂な声を上げる真司。窓の外の景色に気を取られていたため、時間を止めていきなり現れただろう咲夜の存在に必要以上に驚いてしまった。

 

「あんた、確かここのメイドの……」

 

 青と白のメイド服を着た完全で瀟洒な従者。十六夜咲夜の名は真司も覚えている。真司と同じ生身の人間、それも年若い少女でありながら『時を操る』という能力を持つ人物を、出会って二日目で忘れられるはずがない。

 だが、それ以上に。真司にとって彼女は仮面ライダーナイトの力を持つ者。真司もよく知るダークウイングとの契約を交わしている人物でもあるのだ。

 時を操るメイドの少女――という特徴も大きなものではあるが、仮面ライダー龍騎としてライダーバトルの激戦を戦い抜いた経験のある真司の中では『ナイトのデッキを持つ者』としての認識の方が強く、彼女が時間を操る程度の能力を有していることを失念していた。

 

「貴方からもお嬢様にご挨拶をと思ったけど、日傘も無かったし、今はお出かけ中みたい」

 

 咲夜はどこか少し困った様子で腕を組み、そのまま天井の方に視線を向けた。外観と同様に鮮やかな赤に彩られた廊下、その天井もまた非常に赤いため、等間隔に取りつけられた照明の光も相まってやはり人間の目には優しくない。

 小さく溜め息をつきながら、咲夜は『お嬢様』なる人物の部屋があるであろう天井の先――屋敷の上階から視線を下ろす。

 

 十六夜咲夜は吸血鬼が住む屋敷、紅魔館に努める人間のメイド長である。となれば、この紅魔館に主人たる吸血鬼が住んでいるのも必然的な道理。

 咲夜がお嬢様と呼ぶ吸血鬼、レミリア・スカーレットは吸血鬼としての性質に(たが)うことなく日光を弱点としている。彼女の愛用の日傘が無く、かつ本人の姿も見えないとあらば、外出していると考えるのが自然だろう。

 未知の怪物や仮面ライダーなる騎士が確認されているこの異変の最中、レミリア単独での行動は咲夜としてもあまり望ましくはなかったが──

 人間である咲夜では足元にも及ばないほど強大な存在、吸血鬼として知られる大妖だ。仮面ライダーの力を持たないとはいえ、心配には及ぶまい、と。咲夜は主への信頼を固めた。

 

「それより、窓の外を見てみろって! 雪とか、紅葉とか……!」

 

 吸血鬼の屋敷に踏み入った当初の目的はジャーナリストとしての使命感であったはずだが、ライダーバトルの再開や幻想郷の環境の異常性、様々な異変を目にした今では、真司の中でそんなことは吹き飛んでしまっているようだ。

 湖や竹林に強く照りつける夏の日差し。山を赤く彩る秋の紅葉。森に降り積もる冬の雪。最東端の神社や里に近い寺には美しい春の桜が咲いている幻想郷の四季の(さま)

 こちらの地理や常識など知らない真司でも──それが異常であることは分かる。

 

「……残念だけど、はしゃいでいる暇はなさそうよ」

 

「だ、誰がはしゃいで……!」

 

 冷静な口調で呟く咲夜の言葉を聞き、真司は思わず反射的に答える。険しい表情で窓の外を見つめている咲夜はメイド服のポケットから黒い金属体──コウモリのレリーフが彫られたナイトのデッキを取り出していた。

 その様子を見て、真司も再び窓の外に視線を向ける。先ほどまでは紅魔館の高さから見られるままに遠い山や森の景色ばかり目に入っていたが、咲夜の視線の先はこの屋敷の直下、すなわち庭園や正門の周辺。季節の異常ではなく、さらに近い距離に向けられていたのだ。

 

「あっ……!」

 

 紅魔館の正門では、屋敷の門番を務める妖怪の女性──紅美鈴が拳を構えている。その先には、真司も見慣れた鏡像の怪物、ミラーモンスターらしき姿が二体。

 白と黒の縞模様を持つ身体は考えるまでもなく、シマウマの意匠を思わせる。シマウマの姿をそのまま人型に捻じ曲げたような身体を持つモンスターが、似た姿のモンスターと共に生身の美鈴に襲いかかろうとしているではないか。

 

 真司は慌てて自身の懐から龍騎のデッキを取り出し、咲夜と目を合わせた。

 目の前にあるのは先ほどまで丁寧に拭き、ピカピカになった窓ガラス。今でも真司と咲夜の顔を綺麗に映し出しているこのガラスなら、変身に用いる鏡代わりとしては申し分ない反射率を備えているはずだ。

 窓から見えた美鈴を助けるべく、真司は窓の向こう──紅魔館の外にいるミラーモンスターと戦うため、数歩下がって目の前の窓ガラスに対し、左手に持ったカードデッキを構える。

 

 ――そこで、真司はいつもとは違う(・・・・・・・)奇妙な感覚に気がついた。

 

「ん……? 待てよ?」

 

 真司たちが存在している場所は紅魔館。それも、実像の生物が当たり前に生きている現実世界の紅魔館のはず。当然、窓から見えた外の景色も実像を持った現実の世界でなければおかしい。現に、生身の美鈴が存在することがその証明だ。

 窓の向こう側といっても、窓ガラスに反射した鏡像の世界ではない。文字通り、窓を隔てただけの単純な屋外であるにも関わらず。ミラーモンスターは現実世界での活動限界──仮面ライダーたちがミラーワールドで体験するのと同じ、彼らにとっての世界の拒絶──現実世界での『時間切れ』を恐れることなく、こちら側(・・・・)の世界においてその猛威を振るっている。

 

 モンスターたちは現実世界では長時間の活動はできず、捕食の瞬間にのみこちら側の世界に介入して獲物となる生物をミラーワールドに引き()り込む習性を持つ。不用意に現実世界に長居すれば、彼らとて消滅の道を辿るはずなのだが──

 シマウマ型ミラーモンスター『ゼブラスカル アイアン』と、同じくシマウマ型の『ゼブラスカル ブロンズ』は消滅の兆しを見せず、ミラーワールドに帰ろうとする気配もない。

 

「あいつら、ミラーワールドから出ても平気なのか!?」

 

 思い至った一つの仮説に血の気が引く。現実世界に適応したモンスターの存在を、真司は現実という悪夢をもって知っている。

 もしあの怪物が恒常的に現実世界に進出したら──という絶望。無数のトンボ型ミラーモンスターが現実世界の青空を埋め尽くしていく光景が脳裏を(よぎ)る。あのときは神崎士郎の慟哭(どうこく)により、ミラーワールドと現実世界の境界が失われたことで、モンスターたちが現実世界に溢れ出してしまったのだ。

 戦いのある世界においては、城戸真司が──仮面ライダー龍騎が命を落とし、ライダーバトルから永遠に脱落することとなる原因となった現象。

 またしてもそんな最悪の事態が起きてしまったのかと真司は幻想郷の空を見上げたが、真司の記憶にあるようなおぞましい数のトンボが羽ばたく様子は特に見られなかった。

 

「あら、だったら好都合ね」

 

「えっ?」

 

 咲夜は現実世界で活動するミラーモンスターを見下ろしながら、確かにそう言った。真司はその意味が分からず、小さく笑みを浮かべる咲夜に疑問符一つで聞き返す。

 

「こっちも時間切れを気にせず、戦えるってことよ」

 

「……なるほど! あんた、頭いいな!」

 

 得意げな様子で答える咲夜の言葉を聞き、真司はようやく意味を理解した。野生のミラーモンスターが現実世界においても粒子化せず、ミラーワールドから出た状態で自由に活動しているということは──

 元より現実世界の住人である真司や咲夜といった仮面ライダーもまた、こちら側の土俵をもって世界の拒絶を受けることなく無制限に活動できるということだ。

 

 標的となるモンスターが現実世界(こちら側)に存在する以上、彼らが自分たちの世界に逃げ込まない限りはミラーワールドに突入する必要すらない。その事実に歪んだ不安が微かに炎と燃え上がり、真司はそれが闘志に変わるのを感じた。

 

 二人は再びそれぞれのカードデッキを構え、正面の窓ガラスにかざして見せる。目の前に映る自分たちの鏡像、その腰にVバックルが装着されるのを確認すると、真司は右腕を鋭く左上へ突き伸ばす。

 対する咲夜は右腕を拳と固め、自身の左半身に振るうように独自の構えを取った。

 

「「変身!」」

 

 真司と咲夜は声を重ね、それぞれのデッキを腰に生じたVバックルに勢いよく叩き込む。バックルの上部に設けられた赤いシグナルが輝きを放ち、やがて鏡像は龍騎とナイトの姿を二人の身体に纏わせていった。

 紅魔館の広い廊下――磨かれたガラス窓の前に並び立つ灼熱の騎士と黒夜の騎士。龍騎となった真司は胸の前で拳を固めて気合いを入れる。

 つい、いつもの癖でそのままミラーワールドに突入しそうになったが、ナイトとなった咲夜がすかさず窓ガラスを開けてくれたおかげで踏み止まることができた。

 

 開かれた窓の向こう、紅魔館の屋外を目指して二人は廊下を発ち、紅魔館の赤い屋根を駆け降りていく。

 仮面ライダーとなった身のこなしであれば、そのまま屋根を伝って庭園へ降り、美鈴とミラーモンスターが戦っている正門まで辿り着くことは造作もない。

 龍騎は無双龍ドラグレッダーの赤い炎を思わせる烈火の如き勢いをもって紅魔館の庭園を走り抜け、左手の手甲として備え装ったドラグバイザーを拳と共に振るい上げる。熱く燃え上がるようなその一撃は、美鈴に襲い掛かっていたゼブラスカル アイアンの背中を焼き払った。

 

「ブルルゥ……ゥアッ!」

 

 真司の存在に気づいたゼブラスカル アイアンが怒りの声を上げると同時、隙もなく振り返っては、肘から先を覆う腕部の刃物と共に拳を振るい始める。

 ドラグバイザーはガントレット型の召喚機だ。真司は元より手甲を模しているその召喚機を顔の前に振り上げることで、それを盾代わりとして拳の一撃を防ぐ。空いた右腕を引き絞り、それをゼブラスカル アイアンの腹に打ち込みながらドラグバイザーを開いて美鈴へと声を上げた。

 

「美鈴ちゃん! 早く逃げて!」

 

「で、でも……!」

 

 この場にいるミラーモンスターは二体。されど、それらと戦う力を持つ仮面ライダーもまた二人存在している。生身の少女を一人逃がすだけの隙を作るなど、容易のはずだ。

 

「ブルルルゥ……ルルッ!」

 

 龍騎と戦っているゼブラスカル アイアンとは別の──もう一体。刃状の手甲と強靭な装甲に進化した両腕は城砦さえも打ち砕くほどの力を備えている。たてがみの細部に微妙な違いが見られるゼブラスカル ブロンズは、咲夜(ナイト)へと襲いかかった。

 咲夜は腰のホルスターから引き抜いたダークバイザーを振るい、ゼブラスカル ブロンズの装甲を切りつけつつ素早く横に回避する。

 

 コウモリめいた所作で動く騎士を前に苛立ったのか、ゼブラスカル ブロンズは再びナイトに目標を定めた。

 ダークバイザーを振るい、ゼブラスカル ブロンズを攻撃する咲夜。しかし、ゼブラスカル ブロンズの手甲は盾のように幅広い刃に覆われており、なかなか素直に刃が通ってくれない。

 

「くっ……」

 

 一度距離を取り、ダークバイザーをホルスターに戻す。少しでも攻撃の威力を上げるべく、バイザーを開いてデッキから抜いたカードを装填。

 

『ソードベント』

 

 バイザーから響く電子音声を聞き届け、上空から現れた大型の槍、ウイングランサーを両手に構える。ずしりと重いこの大槍は取り回しに難があるが、威力は相応のものだ。

 

『ストライクベント』

 

 咲夜の動きに合わせるように、真司も左腕のドラグバイザーにカードを装填する。電子音声と共に上空から現れた龍の手甲、ドラグクローを右手の拳に装着した。

 

「はぁっ!」

 

「だぁあっ!」

 

 ナイトの振るう黒き槍は前方のゼブラスカル ブロンズに。龍騎の振るう赤き拳はゼブラスカル アイアンにダメージを与え、弾ける火花が視界を染める。

 相手とてただ攻撃を受けているわけではない。二体のゼブラスカルはそれぞれ両腕の刃と装甲を駆使し、迫る攻撃を受け流しながら、龍騎とナイトに対して反撃を行ってきた。

 

 ―――

 

「逃げる……? 私だけ……? そんな……」

 

 二人の戦いを見て、美鈴は逃げることなくその拳を固めていた。彼女の中華服には依然として未契約のブランクデッキが眠っている。

 しかし、彼女はデッキを使うことをどこか恐れていた。仮面ライダーとしての宿命を、選ぶことができなかったのだ。

 

 開いた両手で広く円弧を描く。練り上げた全身の気功をその一点に集中し、黄金のエネルギーに輝く波動をそこへ形成する。

 エネルギーの輝きが最高潮に達したとき、美鈴は覚悟を決め、表情を強く引きしめた。

 

「……そんなこと、私にはできない!」

 

 両手を開いて前へと突き出し、込めた妖気を解放する。黄金の閃光が光の波となり、前方へと射出された【 芳波(ほうは) 】は二体のゼブラスカルに直進。直撃を受けたゼブラスカル ブロンズは思わず仰け反って身体から火花を散らした。

 間一髪その攻撃を避けたゼブラスカル アイアンにはさらに続けて妖気を溜め、紅く輝く球状のエネルギーをその場に形成。

 真紅の妖気を構えた右拳に纏わせ、それを上空へと撃ち出すのと同時、ゼブラスカル アイアンに渾身の拳を叩き込み──【 紅砲(こうほう) 】の一撃をもって殴り上げる。

 

「ブルルゥァアッ!!」

 

「……っつ……!」

 

 ミラーモンスターの装甲は硬い。仮面ライダーの武器をもってしても損傷させるには相応の威力が必要になるほど。それを妖怪の身とはいえ、生身で殴りつけた美鈴は血の滲む拳に痛みを堪えつつ、モンスターから離れる。

 それでも、強化された妖怪の拳は確実にモンスターにダメージを与えた。微かに怯ませる程度ではあったものの、真司と咲夜はその隙を見逃すことなく次なる攻撃の態勢に入る。

 

「はぁぁぁああっ……だあああああッ!!」

 

 龍騎の右手に構えられたドラグクローに烈火の炎が灯る。契約するドラグレッダーの息吹きを咆哮と共に放つ一撃、必殺と成り得るそれを解き放つ。

 放たれたドラグクローファイヤーはゼブラスカル アイアンに向かい、燃え盛る炎をもってその肉体を木端微塵に消し飛ばす──

 

 その直前、ゼブラスカル アイアンはおもむろに(いなな)き、自らの身体を引き延ばした(・・・・・・)

 

「ブルルヒヒィーーンッ!!」

 

 ドラグクローファイヤーの炎をバネ状に伸びた筋肉で受け止め、爆発の衝撃を逃がす。その身に与えられたダメージは相当のものであろうが、本来ならば倒せるはずだった一撃を耐え切られてしまったのだ。

 ゼブラスカル アイアンの周囲で燃えるドラグレッダーの炎は小さい。その身に組み込まれたバネ状の筋肉は受けたダメージを軽減してしまうのだろう。

 真司はそれを見て、これらのモンスターともかつて一度戦っていたことを思い出した。

 

「相変わらず、しぶてぇな……!」

 

 煤けて白の面積が減ったシマウマを指し、思わず(こぼ)す真司。右手のドラグクローを消失させ、次なる一撃で確実に決めてやろうと、再びデッキに右手をもっていく。

 

「真司さん!!」

 

 その瞬間、背後から聞こえてきた美鈴の声が真司を振り向かせた。目の前まで迫っていたもう一体のシマウマ型モンスター、ゼブラスカル ブロンズの気配に気づくことができなかったのは、ここが現実世界だったからだろうか。

 突進してきたゼブラスカル ブロンズの頭突きにより龍騎は吹き飛ばされてしまう。

 

「……()ってて……ん……?」

 

 飛ばされた先で打ちつけた頭を押さえつつ、起き上がる。そこで、真司はこの現実世界に響き渡ってくる『ミラーワールドからの気配』を感知した。

 ここが現実世界である以上、ミラーワールドからの来訪者は存在する。そして、ミラーワールドから出現できる者など限られている。

 現実世界の霧の湖──その水面から飛び出した異形は、その場に降り立った。

 

「シャアアッ……」

 

「モンスターがもう一体……!? 厄介ね……」

 

 真司と咲夜、美鈴。そして二体のゼブラスカルが争うこの場に現れた新たなるミラーモンスターに対し、ウイングランサーを振るっていた咲夜が呟く。

 ゼブラスカル以上の力を備えているのか、このモンスターから発せられる独特の気配は並みのモンスターよりも強いような気がする。さながら生まれ持った才能を補っているのか、滲み溢れるおびただしい気配は、これまで喰らってきた命の数を誇示するかのようだ。

 

 オレンジ色に輝く流線型のフォルムと両腕に備えた巨大な(はさみ)は、堅牢な甲殻を持つ人型の(カニ)を思わせる。

 カニ型ミラーモンスター『ボルキャンサー』は獲物を定め、強靭な鋏を振り上げた。

 

「シャアァアアッ!!」

 

「ブルルォーァアアッ!!」

 

 重ねて鳴き声を上げる二種の怪物。美鈴と咲夜が顔を揃えて困惑したのは、ボルキャンサーが近くにいたゼブラスカル ブロンズに対して攻撃を仕掛けたからだ。

 

「(あのモンスター……やっぱり……)」

 

 しかし、真司だけはボルキャンサーが『ただのモンスター』ではないと気づいている。かつての戦いで見たものと同じなら、このモンスターも。普通ではない力の気配もあって、真司は半ば自分の中にある疑惑を確信していた。

 その気配は言うなれば──ドラグレッダーやダークウイングなどと同じ。すなわち、仮面ライダーと契約を交わしている『契約モンスター』のうちの一体であるということだ。

 

「シャアア!!」

 

 ボルキャンサーの爪がゼブラスカル ブロンズを、さらに襲いかかったゼブラスカル アイアンまでもを裂いて火花を上げる。

 背後を取られたボルキャンサーにゼブラスカル ブロンズの刃が迫るが、堅牢な鎧はその程度では傷つかない。

 ゼブラスカル ブロンズは攻撃の反動で仰け反るものの、続けて肘から伸びる刃を振るう。素早く刃を振り上げた瞬間、ゼブラスカル ブロンズはボルキャンサーの背後に闇を見た。

 

「ブルゥ……ルル……!?」

 

 虚空から飛んできた漆黒の光弾にその身を撃たれ、二歩三歩と後退させられてしまうゼブラスカル ブロンズ。真司は、弾丸が飛んできた方向に龍騎としての複眼を向ける。

 

「こんなにおいしそうなモンスターさんが二体も? やっぱり紅魔館(ここ)は気前がいいわねー」

 

 騎士と怪物が剣戟(けんげき)を交わす戦場に、似つかわしくない少女の声。黒と白の洋服を深い闇と纏った少女は、揺らめく風にショートボブの金髪と赤く大きなお札(リボン)を揺らす。

 無邪気に笑い、上空からふわりと舞い降りる闇色の少女。両腕を真っ直ぐ左右に広げ、さながら十字架に(はりつけ)られた聖者を思わせるが如く。

 

 少女の名は ルーミア という。この幻想郷に存在する妖怪の一種であり、他に類を見ない『宵闇の妖怪』――すなわち闇を操る夜の怪異である。光を嫌う彼女は本来ならば昼間はあまり見かけないはずなのだが、ルーミアは闇を払い、この場に姿を現していた。

 

 そのままゆっくりと大地に降り、幼さの残る小さな背丈で辺りの様子を眺めながら、ルーミアは自らの懐を左手で探る。

 不敵な笑顔で取り出したのは──黒く金属質な板状の箱。カードデッキ。中央に刻まれたレリーフが二つの鋏を振り上げる『蟹』らしき意匠であることを除けば、それは真司や咲夜、美鈴が持つカードデッキと同一のものと見て間違いないだろう。

 

 ルーミアはそのデッキを正面に突き出す。蟹の紋章を誇示するかのように何もない虚空へとかざすが、そこには鏡もガラスもない。

 にも関わらず。デッキはルーミアの意思に応え、彼女の腰にVバックルを出現させた。

 

「変身!」

 

 左手でデッキをかざしたまま、右手で左腕を掻くように払う。入れ替わりに左手を引っ込めると同時、右手の指を蟹の鋏のように二本立て、そのまま左手に持ったデッキをVバックルの溝へと滑らかに差し込む。

 Vバックルのシグナルが赤く点灯し、いくつもの鏡像がルーミアの身体を包んでいく。やがて現れた騎士の姿は、やはり契約モンスターであるボルキャンサーと通ずる鎧。

 

「ふふふ……」

 

「シャアア……!」

 

 オレンジ色の装甲を纏った蟹の騎士。『シザース』と呼ばれる仮面ライダーはボルキャンサーの傍らに立ち、己が左腕の手甲として鋭く装備した鋏型の召喚機──『シザースバイザー』を右手で撫でた。

 金属の擦れる軽やかな音を奏で、現実世界の光を反射するシザースバイザー。召喚機であると同時に、鋭利な刃物でもあるそれはシザースにとって、基本の武装と成り得るものだ。

 

「嘘だろ……!? あんな小さな女の子までライダーになるのかよ……!!」

 

 ゼブラスカルたちがボルキャンサーとシザース──ルーミアに意識を向けている隙に、真司と咲夜は美鈴の元へ駆け寄る。二人が来るまでの間に、二体のゼブラスカルを相手に戦っていたようで、その身体は傷だらけになっていた。

 幸い、ここはミラーワールドではないため、彼女が粒子と消えることはない。真司は美鈴と親しいであろう咲夜に彼女の介抱を任せ、現れた仮面ライダーについて考える。

 

 美鈴が戦っているのも。咲夜がライダーに変身しているのも。真司にとっては自分が戦う以上に辛い光景だった。

 だが、まだ年端もいかぬような幼い女の子が仮面ライダーの戦いに参加している。その事実は、幼き頃の神崎兄妹が虐げられ、未来を閉ざされた悪夢を想起させるほどのものだった。

 

「というか、今の見た? 鏡やガラスもなしに、その場で変身したわ」

 

「そういえば……! ってことは……やっぱり……」

 

 ナイトの複眼がこちらを向く。咲夜の言葉を聞いて、真司はやはりあのときの光景を再び思い出していた。

 モンスターが現実世界に湧き出たのと同じとき。ミラーワールドは崩壊し、現実世界との境界を失い、一つの世界となった。それによって、現実世界のすべてがミラーワールドと同様の法則を得るに至り、モンスターは現実世界に侵攻を始めたのだ。

 

 このゼブラスカルたちやボルキャンサーが現実世界にいても消滅しないのは、ミラーワールドと現実世界の境界が失われているからだろう。

 現実世界がミラーワールドの法則を兼ね備えている。つまり、その場の空間自体が鏡やガラスなどの『反射物』として定義し得る。

 かつて前の戦いにおいて、無数のトンボ型ミラーモンスターを相手に現実世界で戦ったとき。真司は空の彼方にデッキを向けることで、鏡を使わずして龍騎となったこともあった。

 

「(いや……あれ? どうだったっけ?)」

 

 否。もしかしたら、人々の恐慌で置き去られた自動車のボディで変身していたかもしれない。だとしたら、とある大学の研究室から友と二人で空を見上げ、共に変身したのはいつの記憶だったか。戦いのない世界の記憶もある真司には、上手く思い出せそうになかった。

 

「シャアアァアッ!!」

 

「ブルルゥゥールルッ!!」

 

 真司が慣れない思考を続けている間に、ゼブラスカル アイアンとゼブラスカル ブロンズはそれぞれシザースとボルキャンサーを相手に戦っている。

 シマウマの刃と蟹の鋏。ぶつかりあう剣戟が火花を散らし、互いの装甲を削り合う。ルーミアは鋭く冴えたシザースバイザーの刃でゼブラスカル ブロンズの装甲を切りつけつつ、二体の怪物から少し距離を取った。

 

 左手に設けられたシザースバイザーの鋏の片刃。右手でそれを握り、バイザーの先端部を鋭く閉じる。すると連動して基底部の鋏が開き、アドベントカードを挿入するためのカードリーダーが姿を見せる。

 ルーミアはVバックルに装うデッキから引き抜いたカードをシザースバイザーに差し込み、再びバイザーの刃を持って鋏を閉じては何もない虚空に向けて右手の拳を突き出した。

 

『ストライクベント』

 

 シザースバイザーが奏でる電子音声と共に、彼方より飛来してくるオレンジ色の武器。シザースの右手に装着されたそれは、ボルキャンサーの爪を模した大型の鋏──『シザースピンチ』と呼ばれる近接武器だ。

 振り上げたシザースピンチの切断力と、小回りの利くシザースバイザーの斬撃。その両方を駆使し、ルーミアは迫るゼブラスカル ブロンズの攻撃を容易く凌ぐ。

 

 ボルキャンサーと共にそれぞれが装う二対の鋏でシマウマを捌きながら。十分にダメージを与えたと頃合いを見て、右手のシザースピンチを消失させる。

 再びシザースバイザーを展開し、デッキからカードを一枚抜いて、相手に死を宣告するかのように──ルーミアはシザースとしての蟹の紋章が輝く『切り札』のカードを誇示してみせた。

 

「じっとしてないと、余計に痛いかもしれないよ」

 

 ボルキャンサーに抵抗して暴れるゼブラスカル ブロンズに呟く。手にしたカードをシザースバイザーに入れ、鋏を閉じると、ボルキャンサーもルーミアの意図に気がついたらしい。

 

『ファイナルベント』

 

 その宣告と共に、ボルキャンサーがおもむろに跳躍し、シザースの背後に立つ。両爪の鋏を大きく広げ、シザースの行動を静かに待っている。

 ルーミアはその場で大地を蹴り、即座に差し出されたボルキャンサーの両爪に乗った。間髪入れずにボルキャンサーは両爪を強く上げ、その爪に乗ったシザースを高く上空へと打ち上げる。

 

 空中で静かに姿勢を整え、両腕を交差させながら。ルーミアは超高速で空中前転し、弾丸の如きスピードをもってゼブラスカル ブロンズの懐へと突っ込んでいった。

 

「ブルルルルゥゥーーゥゥアアッ!!」

 

 シザースとボルキャンサーの共同必殺技──ファイナルベント【 シザースアタック 】の直撃を受け、ゼブラスカル ブロンズは成す(すべ)なく爆散を遂げる。

 その様を見たゼブラスカル アイアンは龍騎のドラグクローファイヤーを一度受けていることもあって不利を悟ったのだろう。これ以上の交戦を避け、灰色のオーロラへと消えた。

 

「……あーあ、逃げられちゃった。まぁ、いっか」

 

 残念そうに呟いた蟹の騎士は空の彼方へ(にじ)み消えるオーロラを見届ける。シザースアタックの衝撃で残骸と散ったゼブラスカル ブロンズへと視線を向け、ルーミアはVバックルからデッキを引き抜いて変身を解除した。

 ふわふわと浮かぶ光球状のエネルギーを見上げる幼げな少女。まるで月の光に手をかざすかのように、生身に戻ったルーミアは頭上のエネルギー体にゆっくりと手を伸ばす。

 

 そこへ飛び込んできたボルキャンサーに対し、ルーミアは即座に漆黒の光弾を放った。

 

「ダメ。これは私の分よ。あなたはさっき食べたでしょ?」

 

 輝くエネルギーを抱きしめようにその身に取り込み、自らの糧とする。その様子を恨めしそうに見つめるボルキャンサーに釘を刺しながら、宵闇の妖怪はミラーモンスターが喰らってきた生命エネルギーを自身の命として吸収した。

 モンスターのエネルギーを自ら喰らう仮面ライダーなど、聞いたことがない。真司はその光景を見て戦慄した表情を浮かべるが、すぐに問うべき言葉のため口を開く。

 

「ちょ、ちょっと、君! そのデッキ、どこで……!」

 

「デッキって……これのこと?」

 

 真司は少女を警戒させないように同じくVバックルからデッキを外し、龍騎の姿を解きながらルーミアに近づいた。

 彼女もこちらの姿を視認しているはずだが、どうやら仮面ライダーへの敵愾心(てきがいしん)は持っていないらしい。幼さゆえにライダーバトルの趣旨を理解していないのか、それとも自身と同様にライダーバトルに否定的な思想を持った者なのか。

 後者であることを願い、真司は少女の言葉を肯定しつつ、ただ静かに答えを待つ。

 

「ベージュのコートを着たおじさんに貰ったの。この力を使うと、さっきみたいな化け物(モンスター)もすぐに倒せるんだよ」

 

「(ベージュのコートって……まさか……)」

 

 楽しそうにデッキを見つめるルーミアの言葉を聞いて、真司はいつの間にか変身を解除していた咲夜と顔を見合わせた。美鈴は首を傾げているが、咲夜はすでに理解しているらしい。

 

「そいつ、鏡とかガラスとか……姿が映るようなものから出てこなかった?」

 

 再びルーミアに向き直り、真剣な表情で問いかける。真司は無意識のうちにルーミアの背丈に目線を合わせ、しゃがんだ状態でルーミアの両肩に手を乗せていた。

 真司も咲夜も、人にデッキを与えることができる『ベージュのコートを来た男』に心当たりがある。咲夜が受け取ったナイトのデッキは、もとより仮面ライダーを開発した男――神崎士郎の手からレミリアに渡ったものだ。

 

 龍騎のデッキを持つ真司も直接、神崎からデッキを受け取ったわけではないが、仮面ライダーとしての道を志したときから幾度となく遭遇したことがある。願いを持たぬ真司がライダーとなったことは神崎としても想定外だったのだろう。

 

 一度はミラーワールドと共に消滅したであろう、仮面ライダーの開発者。されど真司は、この幻想郷においてすでに出会っている。

 となれば、やはり真司の推測は間違っていないはずだ。咲夜がナイトのデッキを手にしたのと同様に。この少女、ルーミアも神崎士郎からシザースのデッキを受け取っている──

 

「んー? 別にそんなことはなかったわ。変な帽子と眼鏡をしてて、私にこれを渡したら灰色のオーロラみたいなのを出してどこかへ消えちゃったけど」

 

 ――ルーミアの言葉に、真司と咲夜は思わず目を丸くした。彼らが思い浮かべていた人物、神崎士郎とはあまりに特徴が違いすぎていたからだ。

 

「帽子に……眼鏡? 神崎の奴、イメチェンでもしたのか……?」

 

 これまで真司が出会ってきた神崎は服装を変えて現れたことは一度もなかった。そもそも、とある実験によってミラーワールドの存在となってしまったあの男が、実像の衣類を好きに着用できるとは考えにくい。

 それに、思い返せばルーミアはその男を『おじさん』と表現していた。神崎士郎は真司とそう変わらない程度の年齢で、おじさんと呼ばれるような歳ではないはず。あるいは、このくらいの歳の女の子から見れば自分ももうおじさん扱いなのだろうか──

 などと考えていると、真司はいつのまにか少女がいなくなっていることに気づいた。

 

「あ、あれ?」

 

「……ルーミアなら、もう行っちゃいましたよ?」

 

 ボロボロな姿のまま上空を指し、真司にルーミアの行方を伝える美鈴。その言葉によって真司は少女の名がルーミアであることを知った直後、紅魔館の反対方向へとふわふわ飛んでいく姿を見て、あんな少女でもやはり幻想の住人なのだと思い知らされた。

 

「灰色のオーロラ……ねぇ」

 

 すでに去ったルーミアの言葉を思い返し、咲夜は小さく一人ごちる。シザースによって撃破されたゼブラスカル ブロンズを見て、逃走を図ったゼブラスカル アイアン──あの怪物が逃げ去った先が『灰色のオーロラ』と呼べるものではなかったか。

 城戸真司は未だそれに気づいていないようだが、無関係とは思えない──

 

「…………?」

 

 不意に、視界の端で黒い何かが飛び去った。――ような気がした。

 咲夜は一瞬それが気になったが、すでにどこにも気配らしきものは感じられない。時を止める間もなく消えたそれは、ただの気のせいだったのだろうか。

 

 それよりも、今は傷ついた美鈴の治療を優先しよう。紅魔館の戦力は、守るべき二人のお嬢様とそのご友人たる知識人を除いては咲夜と美鈴の二人ぐらいしかいない。有象無象の妖精メイドや司書の小悪魔は頼りにならないため、美鈴が動けなくては困るのだ。

 咲夜はメイド長として、この屋敷で最も忙しい身分である。その役職を捨ておいてまで、モンスターの相手をしてはいられない。

 

 そのために美鈴にも門番以外の仕事を多く分配してあるのだから、倒れられたら仕事を分けた意味がないじゃない──

 と、心の中で建前を並べながら。咲夜は美鈴のことを、誰よりも心配しているのだった。

 

◆     ◆     ◆

 

 妖怪の山。二度目の四季異変に見舞われた幻想郷の北西。幻想郷の力量均衡(パワーバランス)の一角たるこの山もまた、異常な季節の影響を見せていた。

 春だというのにも関わらず、朱く朽ちた紅葉たちがひらりひらりと舞い落ちる。気候も等しく寂しげな涼しさを感じさせるような秋めく風に。この山に棲まう天狗や河童、妖精たちもその光景を訝しんでいる様子。

 

 だが、この山に訪れた変化はそれだけではなかった。

 

 夜の風に吹かれ、ひらり舞い散る紅葉と共に──静かに儚く舞い上がる()。さらさらと舞った命なき炎の残滓(ざんし)は山の隙間に吸い込まれ、どこへともなく消えていく。

 生命力の欠片も感じさせないような死せる塵。そんな灰が、この妖怪の山を紅葉の美しさに隠れながら微かに染めているのだ。

 鮮やかな紅葉とは正反対の灰色。山火事や旅人の不始末というわけではない。妖怪同士の弾幕勝負によって起こった事故によるものでもない。ただ、さらさらと零れる灰がそこにある。

 

「……ハァッ……ハァッ……!」

 

 月明かりの下、紅葉に覆われた山の中を疾走する獣が一匹。その姿は、鋭利な刃物のような棘と優しげな体毛を併せ持つ『灰色の狼』。

 否、正確に言うとすれば、そう形容できるだけの姿を持つ人型の怪物だった。

 

 狼はさらさらと灰を零す腹の痛みに顔を歪めながら、山を駆ける。鋭い爪をもって肥沃(ひよく)な大地を走り抜け、優れた嗅覚をもって『獲物』の匂いを()ぎ分ける。

 

 ─―見つけた。狼の鼻は、確かに自分と同じ(・・・・・)存在を捉えることに成功した。木々の隙間を抜け、まさしく狩りを行う獣の動作で飛びかかり、狼と同じ灰色の身体をもった別の怪物(・・・・)にその鋭い爪を振り上げる。

 怪物は白い獣の耳と尻尾の生えた奇妙な男性を襲っているようだった。白い装束はどこか民族的な意匠を思わせる袴めいたもの。

 この妖怪の山に棲む妖怪、天狗のうちの一種である『白狼天狗(はくろうてんぐ)』は、妖怪の山の警備と哨戒(しょうかい)を担当とする種族だ。灰色の身体を持つ怪物は、その天狗を手にかけようとしていた。

 

「うらぁっ!!」

 

「ぐっ……あッ……!」

 

 そこへ割り込んだ一匹の獣が、鋭い爪をもって怪物の身を裂く。ナマケモノに似た灰色の怪物はオオカミに似た灰色の怪物の速度を視認できず、接近に気づく間もなく攻撃を受けた。血のように噴き上がる灰を浴び、狼は目を光らせる。

 ナマケモノの怪物は咄嗟に鋭く伸びた鉤爪を振るって応戦するが、狼は素早くそれを回避し、メリケンサック状の拳をもって相手の身体を殴りつけた。

 音速の一撃はナマケモノの怪物の腹を的確に捉え、衝撃を全身に響かせる。間もなく怪物は灰色の身体に宿っていた仮初めの命を失い、さらさらと灰と崩れて朽ち果てていった。

 

「おい、あんた。大丈夫か……」

 

 狼の怪物はナマケモノの怪物から溢れた血のような灰で拳を染めたまま白狼天狗の男に振り返り、その無事を確かめようと異形の口を開く。

 ナマケモノの怪物の他にも、同じような怪物はこの山にいた。それらとの戦闘で負った腹の傷が深く痛み、さらさらと零れる灰が足元の紅葉と男の装束を灰色に染めていく。

 

「ば、化け物め……!」

 

 白狼天狗の男は、自分が助けられたなどと(つゆ)ほどにも思っていない。それどころか怪物同士の殺し合いに巻き込まれないようにその場に落ちていた石を掴み、狼の怪物に投げつけては一目散にその場を逃げ去っていった。

 残された狼は自らの手を見つめ、風に吹かれて消える灰を眺める。

 

「…………」

 

 静かに冴える月明かりの下。灰色の狼は慟哭(どうこく)するように──月を見上げて遠吠えを上げた。

 

 ―――

 

「……ふふっ。今宵は良い()が見られそうね」

 

 薄暗い木々の背で、それを見つめる女性が一人。青く神秘的な中華風の装いは、上品な振る舞いの中に隠し切れない(いびつ)さを思わせる。

 女性は紅葉の舞い散る山の中、足元に落ちていた灰を片手で(すく)う。指の隙間からさらさらと零れ落ちる灰に、深く底知れない不気味な笑顔を(たた)えながら──

 青く美しい髪を飾る(かんざし)をするりと抜き、山を形作る断崖の絶壁の中(・・・・・・・)へ消えていった。




シザースとルーミア。どちらも人間の命を食わせる or 食うということで。
それと、シザースは平成ライダー本編の(・・・)歴史において一番最初の純粋な(・・・)敵ライダー。ルーミアは東方ProjectがWindows作品になってから一番最初のステージボスを務めたという関連から。

本編外を含めればG4が、本編でも純粋な敵でなければアナザーアギトがいますが……

Open your eyes for the next Dream
第23話『旅の続き』
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