東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第26話 オルフェノクの記号

 砕けた瓦礫を突き破り、砂塵を巻き上げながらゾウの巨体は猛進する。エレファントオルフェノク 突進態のパワーは目に見える通りのものだった。

 文は衝撃に軋む身体に力を込め、背に現した翼を広げて後退。ファイズとなった巧も地面を蹴り、荒ぶるオルフェノクの巨体に巻き込まれないようになんとか距離を取る。

 見上げるほどの大きさは的としては当てやすい。文は後退しながらその手に込めた妖気を前方へと解き放ち、風の刃をもってオルフェノクを攻撃するが、巨大化した影響か先ほどよりも装甲の強度が増しているようだ。

 オルフェノクはやはり巧が持つベルト──ファイズギアの奪取を狙っている様子。文の方へは注意を向けてこない。その隙を見て、文は通常の弾幕を超えた規模の妖力を己の中で練っていく。やがて文は純粋に破壊力だけを追求したスペルカードを光と成し、その手に掲げてみせた。

 

「――疾風、風神少女ッ!!」

 

 手にしたスペルカードが光の力と散ると同時、文の全身に妖力の渦が巻き起こる。そこから放たれた疾風の光弾は放射線状に拡散し、風雨の如くエレファントオルフェノク 突進態の巨体に着弾していった。

 発動した【 疾風「風神少女」】の攻撃はまだ終わらない。放ち続ける風雨の弾幕に紛れ込ませるように、文は溜めた妖力を光球として具現する。それは先日スティングフィッシュオルフェノクに向けて放ったものと同じ、天狗烈風弾を思わせる妖力の塊だった。

 前方に放つ光球は一発二発と続けて三発、さらに四発、五発。疾風怒涛の勢いで連射された妖力の塊を一点に集中し、文はエレファントオルフェノクの装甲を撃ち破ろうとする。

 

「……っ……と……! 大きさの割によく動きますね……!」

 

 しかし、エレファントオルフェノクが振り払った剛腕は弾幕の雨を難なく掻き消してしまう。あわよくば足止めできればいいと考え、僅かな隙で編んだ妖力ゆえにパワーが足りていなかったのだろうか。こちらの消耗も抑えたつもりだが、結果が出せなければ意味がない。

 乱れた妖力に翼を取られないよう体勢を整えつつ、文は後退する。巨体となったエレファントオルフェノクは一挙手一投足が武器と成り得る。ただ乱雑に振るっただけの腕でも、あれに当たればダメージは避けられまい。

 幸いと言えるのが、巨大化による弊害の一つだろうか。その大きさと圧倒的なパワーを得た代償に、エレファントオルフェノクは先ほどから音速の触手を飛ばしてきていない。放ち得る隙は多くあったはずだが、やはり突進態となった影響である程度の行動は制限されているようだ。

 

「おとなしく……してろ!」

 

『Burst Mode』

 

 巧はファイズの身のままドライバーからファイズフォンを抜き、フォンブラスターに変形させて引き金を引く。打ち込んだコードによってバーストモードとなった巧のフォンブラスターは、濃縮フォトンブラッド光弾を三連射でオルフェノクに射出した。

 されど文のスペルカードでさえ破れなかった装甲。オルフェノクに対する熱量、エネルギーの流動による衝撃を備えているとはいえ、通常攻撃と言って差し支えないフォンブラスターの射撃では決定打になり得ない。

 巨体から生えた人型の上半身、元の格闘態だったエレファントオルフェノクの身体。着弾した箇所から微かに灰が零れるが、エレファントオルフェノクはそれを手で掃うだけであっさりと修復する。一度の滅びを経験した怪物の強度は、並大抵のものではないらしい。

 

 巧は疾走する。エネルギー光弾による攻撃が通用しないのなら、直接この手で攻撃するしかない。鋼の爪先で大地を蹴り、振り抜いた右腕でエレファントオルフェノクの巨躯へ。その身体を支えるゾウの脚を渾身の力をもって殴りつける。

 続けて右脚を振り上げて横からの蹴りを見舞うが、全身に流れるフォトンブラッドの衝撃をもってしてもオルフェノクの体格は大して揺らぐことさえもなかった。

 眼前でぐらりと持ち上げられた大脚を見上げ、巧はすぐさまその場を後退する。直後、目の前で地面が抜けるかというほどの衝撃が響き、判断が一瞬遅れただけでこの身を踏み潰されていたであろう事実に微かに身が竦んでしまう。

 それでも息をつくことさえ許されない。揺れた地面に足を取られている隙に、エレファントオルフェノクは大地を蹴る。その巨体をもって突進を再開し、咄嗟に防御の構えを取った巧を難なく突き飛ばし、文より遥か後方――妖怪の山の断崖の壁まで吹き飛ばしてしまったのだ。

 

「……ぐっ……!」

 

「乾さん!」

 

 打ちつけられた痛みに肺が悲鳴を上げる。ファイズの胸部装甲(フルメタルラング)が備える酸素の供給も追いついていないのではないかと錯覚するほど、脳の痺れは巧の視界をちかちかと明滅させてくる。衝撃こそは大きいものだったが、スマートブレインが誇る強化スーツのおかげで巧へのダメージは最小限に抑えられていた。

 ぱらぱらと零れる小石を落としつつ、巧はその場に立ち上がる。

 以前この怪物と戦ったときは、エレファントオルフェノクは何を血迷ったかファイズを無視して傍にいた少女――巧の旅の仲間である美容師見習いの少女に気を取られていた。

 咄嗟に車の中に逃げ込み、怪物がその車ごと少女を押し潰そうとしていたところを見て、巧はエレファントオルフェノクが晒した隙に必殺の一撃(・・・・・)を打ち込むことができたのだが──

 

「こいつ……隙がない……」

 

 迫り来るエレファントオルフェノクは今なお突進を続けている。あの一撃を続けて受ければ、いくらファイズの性能といえど無事では済まないはず。

 

「(私には使えなかった……ファイズのベルト……乾さんはなぜ……?)」

 

 文は全身に響く衝撃に思考を馳せる。オルフェノクによって吹き飛ばされた痛みではなく、自身が使ったファイズドライバーがもたらした紅き閃光によるもの。予想通り、誰でも変身できるわけではないということは確かめることができた。

 ならば、目の前の男がファイズとして戦うことができるのにも理由があるはず。彼は自分のことについて語りたがらないが、その過去に何か秘密があるなら。ただの人間の身にしてファイズのベルトを使いこなす力があるのなら──ぜひとも、その詳細について取材をしてみたい。

 

「ちっ……! ぼーっとすんな!」

 

「えっ、ああ……はい!」

 

 断崖の傍に立つ文を抱き抱え、突進するエレファントオルフェノクから庇う。背後で断崖が叩き砕かれる音を聞き、背中に飛散した小石を受けつつ、巧は文の無事を確認してから再びエレファントオルフェノクの正面に向き直った。

 以前戦ったときよりも格段に強くなっている。それに生身の少女を完全に無視してファイズギアだけを狙っている様子を見ると、判断能力も以前より増しているのか。

 

 幸いこちらも以前この怪物と戦ったときに比べれば格段に戦闘経験を積んでいる。一度は王さえ打倒した巧なら、この程度のオルフェノクに負ける道理はない。

 しかし──長き戦いにおいて得た『装備』においては、決して万全とは言えなかった。

 

「(あれ(・・)も……あれ(・・)もない……か)」

 

 自身の左手首を見るものの、巧が望んだ『腕時計』めいたデバイスはない。当然、その手にない以上はファイズを拡張する装備の中で最強の力を誇る『トランクボックス』に似たツールもここには存在していない。

 今のファイズは開発された当初のそのままの状態でしかなかった。安定性と拡張性を重視されたこのシステムにおいて、それは最大限の力を発揮できないということである。

 

「(だったら……一か八かだ)」

 

 巧は一度はドライバーに戻したファイズフォンを再び引き抜く。親指でそれを開き、今度はフォンブラスターとは別のコードを入力しようと親指を動かす。

 

「写真でも撮るつもりですか? この距離じゃ新聞映えはしないと思いますよ?」

 

「そうじゃない。ちょっと試したいことがあんだよ」

 

 文は同僚のはたてが持つ携帯電話じみた形状のカメラを思い出したが、ファイズフォンにはカメラ機能は備わっていない。無論、巧がしたいのは写真撮影などでは決してない。この戦闘の最中にそんなことを考えるのは文くらいのものだ。

 エレファントオルフェノクの巨体がぐらりと揺れ、断崖を背にして振り返る。突進するしか脳がないとはいえ、あれだけの質量がぶつかってくるのは単純な脅威だった。

 

 生身の少女を囮にするわけではないが、あのときと同じような状況が作り出せれば──

 

 今のままでは必殺の一撃を放つ隙が無さすぎる。せめてファイズドライバーにマウントしてある円筒状のデバイスを手に取り、右脚に装備する程度の時間があれば。巧はそれを現実のものとするため、コードを打ち込む。

 もしも本当にスマートブレインが復活を果たしているのなら。ファイズのシステムを稼働させる人工衛星が変わらずこの世界でも光を届けてくれるのなら。

 巧にとって相棒と呼べる、かの『機体(マシン)』が。この呼び声に応えてくれると信じて。

 

 ─―『5』『8』『2』『1』――

 

 四つのキーを弾き打つ度に軽やかな電子音が鳴る。最後に打ち込んだエンターキーの電子音を合図として、ファイズフォンを走る赤いラインに認識完了を告げる光が灯った。

 

『Auto Vajin Come Closer』

 

 電子音声を聞き届け、巧はファイズの仮面の下に微かな不安を浮かべながらファイズフォンを閉じ、ファイズドライバーへと戻す。

 再びこちらへ突進してきたエレファントオルフェノクを回避しつつ攻撃の隙を探すが、巨体に見合わぬ機動力は体勢を変える際にもほとんど隙を見せない。崖に激突した直後の硬直を狙おうにも、またすぐこちらに方向転換してきてしまうのだ。

 

 どうせ奴が狙っているのはファイズギアのみ。確証はないが、あの姿では使徒再生も行えないらしい。このまま文を巻き込み続けてもいずれ怪我をさせるだけだろう。

 ならばいっそ、バラバラに逃げるべきか。こちらにのみ意識を向かせれば、隙を見出すことはできずとも文だけは逃がすことができるかもしれない。

 しかし、怪物(あいつ)が本当に文を攻撃しないという保障もないため、即断は危険だ。

 

「……やっぱ無理か……」

 

 巧は隙を見せないようにオルフェノクを警戒しつつ、妖怪の山の青空を見上げる。期待していた変化はまだ訪れない。巧は仮面の下で表情を歪め、仕方なくオルフェノクに向き直った。

 あの役立たず──と心の中で悪態をつく。

 そうは言っても詮無きこと。何せ、『あいつ』はもうどこにも存在しない。最期に巧に人類の希望を託し、オルフェノクの王によって破壊されてしまったのを見届けているではないか。届く相手のいないコールに怒りを向けても──きっと何も変わらない。

 

 フォンブラスターによる銃撃も無意味。必殺技を放ち得る隙がないのなら肉弾戦で装甲を削り取るしかない。巧はフォトンブラッドの流れる拳をもって、オルフェノクに向かっていった。

 

「(この距離じゃオルフェノクだけに当てるのは難しそうですね……)」

 

 文は翼を広げて軽く飛び上がり、ファイズとオルフェノクを空から見下ろす。スペルカードによる攻撃が通用せずとも、あの程度の弾幕は小手調べだ。本気で放ったスペルカードであれば、せめて装甲を破るくらいはできるはず。

 しかしてそれだけの威力を込めれば当然周囲にも被害が出るだろう。特定の対象だけを狙う誘導性能の弾幕も持っていないわけではないが、巧をオルフェノクから遠ざけなければ――

 

「乾さーん! ちょっと大きめの弾幕(スペル)を使いたいんで、そこから離れていただけますかー!?」

 

「ああ? お前、いつの間にそんなとこに……!」

 

 エレファントオルフェノクの突進を回避しながら打撃を続ける巧。守ろうとしていた文の姿が見つからなかったが、上空から聞こえてきた声に思わず空を見上げてしまった。

 すぐさま視線を下ろしてオルフェノクに向き直る。案の定、正面から突っ込んできたエレファントオルフェノクは巧を吹き飛ばそうと前足を思い切り振り上げた。幸いそれは両腕を構えることで防ぐことができたが、衝撃までは殺せない。

 後方に吹き飛ばされてしまい、巧はオルフェノクと距離を開かれる。咄嗟に身をよじったおかげで背中を打つこともなく両脚で着地し、地面を滑りながら体勢を立て直すことには成功した。が、これではエレファントオルフェノクの突進を促してしまうだけだ。

 

「ご協力、感謝しま――あやややや!?」

 

 文の手には巻き起こる疾風の妖力。光と束ねたカードの形が具現化する中、文は攻撃しようとしていたエレファントオルフェノクの変化に思わず目を見開く。

 巨体に生えた上半身、等身大と変わらぬそれがその手に宿した灰の塊。エレファントオルフェノクの剛腕の太さを優に超える灰色の大筒は、まさしく『大砲』としか形容できない露骨で攻撃的な威圧感を放っているではないか。

 

「と、飛び道具まで持ってるなんて聞いてませんよ!?」

 

 あんな得物を、いったいどこから現したのか。それともスティングフィッシュオルフェノクが手にしていた三叉槍と同様に、己の身を削り出して作った自らの一部とでも言うのだろうか。文に向けられた砲門の深さは、それが決してこけおどしなどではないと証明している。

 文はすでに攻撃の態勢に入っていた。轟音と共に放たれた光の砲弾を紙一重で避けられたのは奇跡と言っていい。咄嗟に身をよじったせいで練り上げた妖力を霧散させてしまったが――

 

「(まずい……避け切れな――)」

 

 オルフェノクの攻撃はまだ終わっていない。体勢を立て直すより早く向き直った砲門と目が合ってしまった文は、自らの背筋に冷たいものが走るのを感じてしまう。

 

 ――だが、その直後。鋼の弾丸が飛び交うような、甲高くも鈍い音が空に響いた。

 

「……ぐっ……がっ……ああ……!?」

 

 エレファントオルフェノクの背後から散った火花と共に、怪物が苦痛の呻き声を上げる。

 どこからともなく飛んできた実弾(・・)の雨を受け、エレファントオルフェノクはたまらずその手に持っていた大砲を手放した。

 さらりと灰に還る大砲に目もくれず、エレファントオルフェノクは予期せぬダメージに混乱している様子。そのまま巨体を動かし、攻撃の飛んできた背後を確認しようとする。続けて放たれた弾丸を両腕で防ぎつつ、オルフェノクは巧と共に――『それ』を目にした。

 

「…………!」

 

 ファイズの複眼に映ったのは、銀色の体躯をもって浮遊する機械仕掛けの鉄人(・・・・・・・・)だった。

 

 さながらバイクのホイールじみた左腕の車輪を盾と掲げ、回転する砲門からは絶えず弾丸の雨を放ち続けている。

 車輪でもあり盾でもあり、連射性能に優れたガトリングガンでもある『バスターホイール』。その威力を如何なく発揮する鉄人(マシン)の姿を、巧は誰よりも知っていた。

 

 彼の名は『オートバジン』。スマートブレインが開発した可変型バリアブルビークル。ファイズのサポートを目的に作られたその装備は、かつての戦いにおいても巧の旅路においてもその道を照らしてくれた――かけがえのない相棒である。

 

 やはり巧の信じた通り、一度はオルフェノクの王によって破壊されてなおここにある。復活したスマートブレインが再びこの機体を作り直したのだろうか。

 敵の恩恵を受けるのは(しゃく)ではあるが――元よりこの身に纏うファイズギアの力もスマートブレインの手によるもの。ファイズとして戦うのなら。ファイズの力が乾巧(たっくん)のものだと言ってくれた、あいつ(・・・)の言葉を信じるのなら。

 このマシンも――オートバジンも、スマートブレインのものではなく。共に歩む夢の道標として、巧自身の力として。迷いなくその先の未来を照らす真紅の輝きとすればいい。

 

「ぐぅ……あ……!」

 

 オートバジンは背部のフローターで飛行しつつ、その勢いのまま右の拳でエレファントオルフェノクを殴り飛ばす。重量も破壊力もファイズを上回る拳の一撃で、相応の重量を持つエレファントオルフェノクはぐらりと体勢を崩して倒れてしまった。

 そのまま方向転換し、オートバジンは飛行しながら主人である(ファイズ)のもとへ来る。

 

「お前……! 来んのが遅いんだよ!」

 

「…………」

 

 背部のフローターの出力を弱め、地上に降りたオートバジンに対し、巧は悪態をつく。ファイズフォンをもって呼び出してからここへ来るのに時間がかかったのは、やはり元いた場所からの距離が影響しているのだろうか。

 エレファントオルフェノクが倒れた隙を見て、文も地上へと舞い降りる。物珍しげにオートバジンの頭部を見上げながら、その技術と叡智に感嘆しているようだ。

 

「なんだかよくわかりませんが、今なら……!」

 

「……ああ、そろそろ決めさせてもらうぜ」

 

 巧は体勢を立て直そうとするエレファントオルフェノクに文と共に向き直る。突進態の大きさゆえに立ち上がるのに時間がかかっているようだが、その行動を成し得るだけの時間を与えるつもりは毛頭ない。

 オートバジンが文を庇うように立つ。ファイズドライバーの右腰にマウントされた円筒状のデバイスを手に取り、捻るようにしてそれを取り外す巧。

 先端についた照明が表すように、このデバイスは小型懐中電灯として設計された道具だった。しかし、スマートブレインの技術によって『そう偽装された』だけの性能を持つツールは、ファイズにとってはまた別の『武器』となる。

 右手に持ったデジタルトーチライト型ポインティングマーカーデバイス――『ファイズポインター』をその複眼に捉えながら。左手でもってドライバーに装填されたままのファイズフォンを撫でる。否、正確にはその背面に備えつけられたパネル状のプレートを取り外したのだ。

 

 巧はファイズポインターの溝にそのプレートを、ファイズギア全体の起動キーとなるメモリーカード型インターフェース『ミッションメモリー』を差し入れる。

 

『Ready』

 

 カチリと音が鳴ったと同時、ファイズポインターの円筒状の先端が引き伸ばされ、『キックモード』へと移行した。その際に鳴った電子音声は電化製品を偽装して作られたライダーズギアの戦闘形態、すなわち本来の武器としての役割を告げるもの。

 ファイズポインターを片手で持ち変え、そのまま巧はしゃがみ込む。右脚の脛の側面へそれをスライドさせるように取りつけ、足とポインターが垂直になるように固定する。

 その姿勢のままファイズドライバーにあるファイズフォンを開き、エンターキーを押下。

 

『Exceed Charge』

 

 電子音声が鳴るや否や、巧はファイズフォンに灯った赤い光を見るまでもなくフォンを閉じる。気怠げな姿勢のまま膝に腕を乗せ、ベルトから供給される赤いフォトンブラッドの熱が、全身のフォトンストリームを通じて右脚へと流れ込んでいくのを感じながら。

 ファイズの右脚に備わった『エナジーホルスター』。現在、そこに装備されたファイズポインターには、ファイズドライバーが生み出すフォトンブラッドの力が集中している。

 

「はぁっ!」

 

 巧は腕を振るい、その場を駆け出した。目の前にいる巨体はすでに動き始めている。ようやく起き上がり、迫るファイズに向けて顔を向けたところでもう遅い。

 大地を蹴り、巧は空中へと大きく跳び上がる。その場で小さく前転し、エレファントオルフェノクに向けて両脚を伸ばすようにして。エレファントオルフェノクの存在を捉えたファイズポインターは、赤く透明なレンズから一筋の閃光を放った。

 

 ポインティングマーカーデバイスの本領――赤く輝く光線は円錐状のマーカーとなり、鋭い先端を灰の徒花(オルフェノク)に向けたままファイズを待つ。逆に花と広がった後部の円は、巧が見下ろす視界の先に、エレファントオルフェノクの存在をしっかりとそのサークル内に捕捉している。

 

 崩れ落ちてくる灰の空。信じていた未来が、崩れ去ろうとしているなら。この身にまだきっと、やるべきことが残っているのなら。一秒、迷ってる暇なんてない――

 

「やぁぁぁああっ!!」

 

 巧は吼える。嵐のような時間を駆け抜ける。右脚を鋭く突き伸ばし、赤いマーカーの渦の中へと勢いよく蹴り込むようにして。

 直後、マーカーはファイズの身体を真紅の螺旋と包み込んだ。ドリル状に回転する光の円錐が巧ごとキックの一部と紅く突き進み、そのままエレファントオルフェノクの巨体を抉り穿つ。傷だらけの状況が続いても、決して可能性はゼロではないと――この鼓動に叫び立てる。

 

 一瞬の間の後、ファイズはエレファントオルフェノクの背後から現れた。

 光の粒子と変わり果て、マーカーと一体となったファイズ。真紅の閃光と共に蹴り放たれた必殺の一撃【 クリムゾンスマッシュ 】によって、巧はオルフェノクの身を光と貫いたのだ。

 

「ぐぁぁぁぁぁああああーーっ!!!」

 

 巧が振り返った先にて、青白い炎と共に断末魔の叫びが上がる。その身が砕け散ったわけではない。炎は青く、ただ光と音を放っただけ。

 ファイズの足から放出されたフォトンブラッドの渦がオルフェノクの全身の分子構造を、その灰の細胞の悉くを焼き尽くして破壊する。それをオルフェノクたらしめる存在のすべてをフォトンブラッドという真紅の衝撃をもって――正面から蹂躙する。

 

 エレファントオルフェノクはさながら砂の城を崩したように呆気なくさらさらと崩れ落ちていく。あれだけの巨体であったにも関わらず、その最期は儚いものだった。

 紅く刻まれた楕円と斜線――ファイズの紋章を表すそれがオルフェノクの死。揺るぎない崩壊を示す刻印。巧はファイズポインターによるクリムゾンスマッシュで何度もそれを見てきた。己が一撃をもってその身を屠る感覚は――決して心地良いものではない。

 

 灰の要塞が崩れ去った先に見えたのは安心した様子の文。そして無機質ながらどこか愛嬌のある雰囲気でその場に佇むオートバジン。

 さっきまで生きていた――否。変わらず死んでいた亡骸の身であった。死体として蘇ったオルフェノクの身は、大量の灰となって妖怪の山に積もる。それだけの重さであるのに、仮初めの命を青い炎と失ってしまった怪物の残滓は、やがて風と吹かれて木々の隙間へと消えていった。

 

「…………」

 

 巧は微かに残った灰の残滓を踏まぬよう、灰のない場所を歩む。文とオートバジンが待つ場所に戻ると、腰のファイズドライバーに装填されているファイズフォンを抜き、開いたファイズフォンの通話終了キーを押すことでファイズとしての変身を解いた。

 

「なんとか勝てたみたいですね……」

 

 文は変身を解いた巧の顔からさっきまで怪物だった灰の山に視線を馳せる。

 幻想郷に住まう人間さえ、あるいは妖怪でさえも彼らオルフェノクによってただの灰へと還っていく。一つ何かが間違うだけで死後にオルフェノクとして覚醒する。殺戮者も被害者も、共に灰となって朽ち果てるだけの最期。

 ゆえに灰を見ただけではそれがかつて人間だったのか妖怪だったのか、灰の怪物(オルフェノク)であったかなど誰にも分からない。風に吹かれて消えゆくだけの残滓は、埋葬すらされないだろう。

 

 巧の歩みに合わせるように、隣立つオートバジンの機体が振り返る音が無機質に響く。先ほどから気になっていたがオルフェノクとの交戦に突如として現れたこの機械仕掛けの鉄人は見たところ巧の――ファイズの味方として考えていいようだ。

 オートバジンはその場から動いていない。ただ巧が己のもとへ来るのを待っているだけ。

 

「ところで乾さん、その奇怪な機械はいったい……?」

 

「ああ、こいつは……俺の……」

 

 訝しそうにオートバジンを見ている文の問いに、巧は考え悩む素振りを見せる。言葉を探るような表情は口を(つぐ)んでいるというより、適切な表現が見つからないだけの様子。

 言葉を見つけるより先に、巧はオートバジンの傍へと辿り着いた。無機質な機械音を鳴らすオートバジンの正面まで歩いて来ると、巧はそのボディを見上げる。

 

 オートバジンの胸部にはファイズの複眼を模したような形状の紋章(エンブレム)があった。微かな出っ張りを見せるその真円に腕を伸ばし、おもむろに触れる。機体の『スイッチ』として設けられたエンブレムを押され、オートバジンは所有者である乾巧による――信号の入力を受けつけた。

 

『Vehicle Mode』

 

 軽やかな電子音声と共に、オートバジンは両腕を畳み背後の車輪を前方に下ろす。複雑な機構を忙しなく動かし、次の瞬間にはその姿は全く別のシルエットとなっていた。

 

 さながら機械仕掛けの馬――外の世界で見られるバイクらしき姿。可変型バリアブルビークルであるオートバジンの本来の形態。先ほどまでの『バトルモード』の姿から、銀色のボディに赤いラインが走るオフロードバイク─―『ビークルモード』へ。

 バイクの姿に戻った(・・・)オートバジンの座席(シート)を撫で、巧は不意にその機体に刻まれていた小さな擦り傷を見つける。

 そこで、巧は理解した。オルフェノクの王の一撃によって破壊されてしまったはずの機体。失われたはずのオートバジンがここにあるのは、新しく作り直されたからではない。きっと王の攻撃でバラバラにされた残骸が回収され、同じ機体が修理されたのだと。

 

 その証拠に、かつての旅で何度も困難を共にし、同じ道を歩んできた傷が──寸分の狂いもなく同じ場所に刻まれているではないか。

 ファイズ専用のツールとして開発されたオートバジンというビークル。それだけの性能を持つ機体を一から作り直すのはコストの都合もあったのかもしれない。パーツを回収して修理したほうが確実だっただけだろう。

 それでも巧は『この機体』と巡り逢えたことが少しだけ嬉しくて、思わず笑みを浮かべた。

 

旅の仲間(・・・・)――ってとこだな」

 

 性格のキツい美容師見習いの少女。真面目すぎて気持ち悪いクリーニング屋の男。そして、オルフェノクへの敵愾心と、とある少女への妄執だけで夢を目指していたあの男。友達と呼ぶには歪かもしれないが──それでも大切な仲間に変わりはない。

 それぞれが別々の夢を目指して旅立った。一人は灰となり、二度と会うことはできない。だからこそ、あのときと変わらぬ仲間、オートバジンと出会えたことが、なおのこと嬉しい。

 

 こうして仲間と再び会えた。一度は倒したオルフェノクが蘇っていることもあり、巧は共に夢を語った彼らとは別に――もう三人の『仲間』について想いを馳せる。

 鬱屈した道を(つる)の翼をもって切り拓いた少女。蛇の如く飄々(ひょうひょう)と生き抜き、朽ちることなく夢を這った男。そして、最期にようやく見つけ直すことができた本当の理想を馬の(ひづめ)と駆けた男。彼らもどこかに蘇っているのだとしたら──

 オルフェノクながら人の心を捨て去れなかった三名のうち、二名は灰と朽ち果てた。それでも再び巡り逢える気がしているのは、巧の己が身がオルフェノクとしての直感を忘れていないがためだろうか。これまでも何度も灰の夢を共にしてきた、別の意味での仲間たちと――

 

 たった一人、巧と同様に生き残った蛇のオルフェノク。彼は巧のようにスマートブレインによる細胞の崩壊実験こそ受けていないが、王を打倒した今ではそう長く生きられる身体ではなくなっているだろう。

 もしあの男がそのまま灰となっていたとしても、幻想郷(ここ)ならば──あるいは。

 なぜ自分がこうして蘇っているのか分からない以上は不安は残るが、一度は確かにオルフェノクとして朽ち果てた自分がここに立っていることを考えれば、夢を信じてみる価値はある。

 

◆     ◆     ◆

 

 未だ秋色の風情を残す妖怪の山。すでにその場を去った文と巧、そして今ではその遺灰ごと消えてなくなったエレファントオルフェノクがいた場所の崖上、右手に持った携帯電話状のデバイスでそれを撮影していた鴉天狗の少女が一人。

 姫海棠はたては、天狗組織にオルフェノクの記号を提供した『あの男』がもたらしたカイザギアの一部、携帯電話型トランスジェネレーター、カイザフォンの画面を見つめていた。

 

「文……やっぱり……」

 

 自前の携帯電話型カメラは今でもポケットに忍ばせてある。黄色くファンシーな本体にハートマークをあしらい、筆のストラップを着けたお気に入りの特殊なカメラ。普段から愛用しているそちらを使ってもいいが、今は取材より優先すべきものがあるため、解析性能に優れたカイザフォンのカメラ機能を使うことにした。

 折り畳み式の普段の携帯(カメラ)──あるいはファイズフォンとは違った構造をしている。アンテナのついた上部をスライドさせて半回転させることで開くタイプのカイザフォンは、上部に画面を設けることができない分、下部についた小さな画面を見るしかない。

 

 最初は使いづらいと思っていたが、幸いすぐに慣れることができた。一度慣れてしまえば変身用兼通話用を主としたデバイスとは思えないほどの性能で写真を撮ることができる。

 そもそもカイザギアには武器としての機能を隠す擬装とはいえ、元より写真の撮影を本領としたデジタルカメラ型のデバイスもあるのだが──

 普段から携帯電話を模したカメラを愛用していたからか、そちらは使ってみても手に馴染まず上手く扱えそうになかったため、愛用のカメラと似た形の携帯電話型デバイス、カイザフォンを使って撮影を続けていた。半回転式という点に目を瞑れば、普段使っているものと同じ感覚だ。

 

「(……っ! 何か来る……?)」

 

 はたては先ほど撮影したファイズやオルフェノクの画像を調べながら、鴉天狗としての感覚が捉えた何か(・・)の気配に振り返る。咄嗟にカイザフォンを閉じ、銀色のアタッシュケースに押し込んで背後の大木に飛び移った。

 ファイズギアと比べてやや大型のアタッシュケースを自身の横、片膝を立てて座る枝の隣に乗せ、木の幹に立て掛けるようにしておきながら──

 

 その直後、微かに山の陽が陰った。否、陰ったのは山の日差しではなく、どうやらこの場所だけであるようだった。

 ゆらりと舞い降りる、灰色のオーロラ状の『結界』らしきもの。その存在はこれまではたても幾度となく認識している外来からの接続、言わば外の世界へ繋がる境界と呼べるもの。またしても奴らが現れるのかと、無意識にカイザギアのケースに手を乗せる。

 手が震える。オルフェノクへの憎悪は確かにこの心に燃えているのに。それを解き放つための力がここにあるというのに――やはり呪われたベルトを使うのは、恐怖が拭えない。

 

「…………!」

 

 波紋を広げるオーロラの帳。そこに映し出された人影を見て、反射的にケースを強く掴む。

 ――が、現れたのは見覚えのある男だった。その男は妖怪の山にオルフェノクの記号に関する情報を提供してきたオルフェノクの男、黒い服装と帽子に身を包んだ壮年の男性。下の名前までは聞いていないが、男は 花形(はながた) と名乗っていた。

 灰色のオーロラから現れた花形ははたてもよく知る幻想郷の少女と一緒にいる。彼女はあまりはたてと関わることのない相手だが、里ではそれなりに知られた人物だった。

 

「(あれって……たしか道教の……どうしてあの男と……?)」

 

 現在、幻想郷の三大宗教とされる神道、仏教、道教のうち──道教の仙術をもってこの幻想郷に復活したとされる外の世界の古き聖人――聖徳道士(しょうとくどうし)。それはまさしく古代日本における伝説の為政者、『聖徳太子』その人である。

 天を衝くように束ねられた金髪はさながら羽角が如く。その徳の高さに相応しい荘厳な身なりと溢れ出るオーラは、彼女を知らぬ者でも一目見れば只者ではないと理解できるだろう。

 はたてから確認できた黒い耳当ての左側には『和』の文字。和を以て(とうと)しと為す。その思想を体現するが如く、袖のない服に装うスカートはかの偉人が定めたもうた冠位十二階の最上位、紫色に染められていた。

 

「……気分はどうかね」

 

「悪くはないな。青娥の計画を聞いたときはどうかと思ったが、なるほど……これなら」

 

 花形の低い声に対し、幻想の聖徳道士── 豊聡耳 神子(とよさとみみ の みこ) は己の右手を軽く握って確認する。

 1400年前に青娥より教わった中国の法、道教の術。一度の死を経験して仙人となった彼女の身体はすでに人間を超えて久しい。様々な方法で不老不死の策を講じてみたが、辿り着いた答えは思えば簡単なものだった。

 死の恐怖を乗り越えてその先へ――死して仙人に至る。恐れがなかったわけではないが、信頼のおける弟子の成功を見て自らもその秘法に至ろうと決意することができたのだ。

 

「あまり無理はしないことだ。尸解仙(しかいせん)とはいえ、その身には余る力だろう」

 

 笑みを浮かべる神子(みこ)に向き直り、花形はその自信を戒めるように語気を強めた。

 今、神子の身体には生来のものでも道教のものでもない力がある。本来はいくら徳に優れた超人とはいえ、生身の人間に刻み込める代物では決してない。

 一度の死を経て、憑代とした物体に肉体を再構築することで『尸解仙』として蘇る。宝剣を憑代として復活した彼女の場合は、仙人のランクの中では最低とされるその手法をもってしてなお衰えることのない徳の高さと生前のままの魂の輝きが、聖徳王として紛れもなく残っている。

 

 聖徳王と呼ばれた者――誇り高き王の器(・・・)。彼女ほどの存在の強さと、尸解仙として再構築された肉体をもってすれば――『その力』を受け入れるだけの素質としては十分だ。

 神子はそれを理解している。己の力を過信しているわけではない。ただ、知っているのだ。それが、己が往くべき光の道であるならば。

 やるべきことであるならば──求められる十の(こえ)のままに、王として振る舞うだけだと。

 

「ご冗談を。この程度で音を上げるようであれば……『帝王』など務まりますまい」

 

 神子の自信は過信でも慢心でも何でもなく。純然たる力に見合った余裕というモノに他ならない。それがたとえ過ぎた力であろうと、神子の器ならば受け止められる。どこまでも悠然と広がりゆく『地』の如く、帝王の威厳と聖人の風格を併せ持っている。

 

「……期待させてもらうとしよう」

 

 高い身長に見合った低い声。花形はそれだけ小さく呟くと、再び灰色のオーロラへと消えていく。ついさっきまで花形が立っていた場所には、微かな灰の残滓だけが残っていた。

 

「貴方こそ、その身に余る力に苦しんでいるでしょうに」

 

 消えゆくオーロラの彼方を見やりつつ、神子は神妙に一人言つ。

 彼女の身体に刻まれた『オルフェノクの記号』――それは汎用的な意味を持つ並みの個体のものではない。オリジナルの中でもさらに強大な力を秘めた悪魔が如き者の血。ヤギの特質を備えたオルフェノクが誇る最強の遺伝子である。

 それは紛れもなく、オルフェノクである花形自身の記号。他の何物でも代用することのできない、花形だけが持ち得る固有の記号(・・・・・)と呼ぶべきもの。

 王を守るためのベルトとして作られたカイザギア程度であれば、並みのオルフェノクの記号だけでも適合すれば使いこなすことができただろう。かつての子供たちや幻想郷の鴉天狗たちに宿した記号は彼らの身体に適合しなかったためか、カイザの力には耐えられなかったが。

 

 ─―しかし、これより神子が至ろうとしているのは『王を守るためのベルト』ではない。さしずめ『王のためのベルト』とでも呼ぶべき、帝王の如き力。禁断のベルト。

 

 それを装うためには並みのオルフェノクの力では足りないのだ。神子ほどの器でも、そのベルトを扱うには不足かもしれない。されど、花形の持つ記号に適合することができればそれが可能であると──答えは導かれた。

 花形の目的はオルフェノクの殲滅。それは幻想郷を守りたいという意思を持つ神子にとっても変わらぬ理想ではある。だが、神子は微かな引っ掛かりが拭えずにいた。

 

 神子は知らぬ、かつての戦い。再建されたスマートブレインは別世界にてファイズギアとカイザギアを含む三つのライダーズギアを回収していた。

 乾巧が使用していたファイズギアと、その仲間が使用していたもう一つのベルト。さらに王の手により破壊されてしまったカイザギアの残骸を回収し、復元を果たした。花形は他のオルフェノクと同様に蘇り、再びそれら三つを手に入れることに成功したのだ。

 そのうちの一つ、カイザギアは妖怪の山へ。残る二つのうち、ファイズギアは花形が育てた孤児の一人へ託されている。

 そして最後の一つのベルトは、まさしく龍の如き力を備えたオルフェノクによって強奪されてしまったようだ。かつての力を備えたままの花形であればいくら相手が強大なオリジナルの個体とはいえ、遅れを取ることなどなかっただろう。

 今の花形はかつて以上に不安定な身体のままだ。そこに存在しているのがやっとと呼べるほど脆弱な身体であるがゆえに、龍のオルフェノクから生還できただけで奇跡に等しい。

 

 神子は思案する。確かに青娥と花形の計画が最終段階に入れば、並み入るオルフェノクを殲滅することなど造作もないと思えた。しかし、その間にカイザギアの使用によって記号を持つ天狗たちが数を減らしていくのは幻想郷の為政者として見過ごせる話ではない。

 あまりにも非人道的すぎる――青娥と花形は必要な犠牲だと考えているようだが、果たして本当にあれだけの犠牲を出す必要はあったのだろうか──

 この幻想郷を苛む『悪意』がオルフェノクだけではないということなど、青娥も花形も、山の頂である天魔とてすでに気づいているはず。

 自身が宿す記号の定着にはまだ時間がかかるため、神子は賭けに出ることにした。

 

「さて、そこの鴉天狗。カイザのベルトを持っているなら、君に頼みたいことがあるのですが」

 

「――っ!?」

 

 一切の気配を殺していたにも関わらず、背を向けられたまま自身へ向いた言葉に怯む。はたては動揺から危うくカイザギアの入ったアタッシュケースを落としそうになったが、すぐに体勢を立て直してカイザギアのケースと共に大木の枝から飛び降りた。

 神子はゆっくりと振り向き、不敵な笑みを浮かべる。向かい合ったはたてはその威光と身の竦むようなカリスマに、あまりに超然とした神子の輝きに──どこか畏敬の念を覚えていた。




エレファントオルフェノクの大砲、本編では一度も使われたことなかったやつ。
あれって突進態のままでも使えるんでしょうか。

Open your eyes for the next φ's
第27話『疾走り続けても』
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