東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第29話 自分の可能性

 冥界に建てられた日本屋敷、白玉楼。四季異変の影響により、春にも関わらず庭園には白雪が積もっている。

 雪と桜に加えて、日の沈んで夜となった今は静かな月の光が輝いていた。

 冷たい空気に冴えるは真円に満たぬ光。冥界といえど月明かりの優しさは現世と同じ。変わらず夜を染める輝きをもって、月はこの白玉楼の雪を眩く照らしている。

 

 幽霊たちが纏う霊気と冬の冷気が混ざり合い、冥界の気温はいつもより低い。それでもここに眠る人間──らしき姿を持つ青年、剣崎一真が凍えずに済んでいるのは、この白玉楼の座敷に施された生者のための術が効いているおかげでもある。

 

 剣崎は身体の内側から湧き上がる獣の本能に抗っていた。意識が焼き切れそうになるほどの狂気じみた闘争心が、自分自身を切り刻む。

 この身はすでに──人間であることを捨てている。不死の法則を身に宿した剣崎は、生物の理を超え、二度と老いることも死ぬこともない永遠の存在と成り果ててしまっている。

 

「ぐっ……うぁああ……!!」

 

 白玉楼の一室、畳の上に敷かれた清潔な布団を溢れる汗で濡らしながら。剣崎は自分を失くしそうになるほどの苦痛に顔を歪め、必死に闘争心を抑え込む。

 だが、決して屈しない。こんな痛みに──運命に。この心に輝く剣を折るつもりはない。

 

「…………っ!!」

 

 獣の本能に思考が掻き消され、剣崎は目の前にいる大切な友を斬り裂く運命を見た。自身と同じ存在だが、緑と黒の異形に身を染めた友は、淡い緑色の輝きと共に消え果てる。一枚のカードとなってしまった友が舞い落ちると──漆黒の石版が、剣崎を『最後の勝者』と認めた。

 

 人の身に戻った剣崎の両手は緑色の血に染め上げられている。獣の本能に、アンデッドの運命に抗い切れず、自らの手で大切な友を、世界を。滅びへと導いてしまった。

 

(はじめ)っ!!」

 

 絶望と懺悔に満ちた声で友の名を叫ぶ。同時に、剣崎が開いた視界には古めかしくも美しい日本屋敷の和室の様子が映し出された。

 布団の上で額の汗を拭い、剣崎はそれが何より見たくない最悪の悪夢であったことを少しだけ安堵する。想像することさえしたくない運命ではあったが、それが現実のものでないと分かっただけで心の慟哭(どうこく)が和らいだ。

 怪物との戦いでボロボロだった彼の身体には白い包帯が丁寧に巻かれている。頬や首など身体の一部には未だ緑色の傷が残っているが、処置のおかげで出血は止められているようだ。

 

「ここは……」

 

 自分はさっきまで未知の雪原にいたはず。友との戦いを永遠に拒むと誓い、運命との戦いにいつか必ず勝利すると覚悟を決めたあの山での戦いから。たった一人で愛用のバイクを走らせ、剣崎は自ら望んで獣となったこの身を少しでも世の役に立てるため。

 人間という生き方を友に捧げ、自分は世界各地の争いや悲しみを断ち切るただ一振りの剣として生きる道を選んだ。

 自分は彼とは二度と会ってはならない。触れ合うことも許されない。自分たちが出会えば、運命は必ず自分たちに戦いを強いる。どちらかの勝利、戦いの決着を求めてくる。

 

 剣崎が友と永遠に別れ、運命と戦い続けることを選んだとき、その悲しい戦いは終わったはずだった。

 ――否。永遠に戦いを決着させないという選択肢を取り、その上で剣崎が戦いを拒み続けることで、どちらかの勝利──すなわち、戦いの結末を永遠に引き延ばした。

 

 そのはずなのに、あの山から長い旅路を超え、迷い込んだ幻想の雪原にて、永久に封印したはずのアンデッドたちが再び暴れているのを目にしたのだ。

 怪物に襲われている見ず知らずの少女を助けようとして、剣崎は思わずアンデッドとしての異形の姿で彼らと戦ってしまった。

 力を使ってしまっては運命に隙を見せることになる。それでも、あの怪物に襲われている少女を見捨ててしまおうなどと、ほんの僅かでも考える前に──身体が動いてしまっていた。

 

「お前も、こんなに苦しかったんだな……」

 

 獣の本能に逆らい続け、闘争心を抑えるだけで気が狂いそうになる。目の前に戦うべき本能を運命づけられた不死の怪物がいたのならなおさらだ。

 あいつは、こんな途方もない苦しみを耐えながら人間になろうとしていたのか。剣崎は不死の存在と化す前にも底無しの闘争心に支配されたことがあったが、あのときの人間としての苦痛などは比較にならない。

 

 剣崎が友や仲間の顔を想っていると、不意に部屋の(ふすま)が開く音を聞く。布団の上で体勢を整えてその先を見つつ、剣崎は自ら封印した怪物が宿るカードを身体の中にて強く想起。この闘争心を抑えるために、三枚のカードの力を借りる。

 廊下から姿を見せた銀髪の少女、魂魄妖夢は心配そうな表情で畳の上に腰を下ろした。

 

「大丈夫ですか? かなりうなされてる様子でしたけど……」

 

 妖夢の声とその姿を見て、剣崎は彼女が先ほど襲われていた少女と気づく。やはり大した怪我は負っていないようで、無事に守り切ることができたのだと安心できた。

 

「君が手当てしてくれたのか?」

 

 剣崎は布団の傍に置いてあった薬箱と、そこから取り出されたであろう胃腸薬や頭痛薬、風邪薬など、時代錯誤ながら様々な効能を持つ薬品を見つける。

 どこか既視感のある薬の選び方に、剣崎はいつぞやの出来事を思い出しながら。背中に物々しい刀剣の鞘を携えた銀髪の少女に問いかけた。

 

「あ、はい。その身体にどの薬が効くのか分かりませんでしたが、一応……」

 

 妖夢は少し怯えた様子で襖の近くに正座している。人ならざる緑色の血を流すこの男は先ほどまで異形の怪物だったのだ。怪物に感じたあの気迫と闘争心は、ただこちらを向かれただけで意識が凍りかけたほど。

 それでも今は人の姿をしている。その身に流れる緑の血は気がかりだが、この男の持つ生命力は紛れもなく彼が『生者』であると証明してくれている。

 

 目の前で傷つき倒れた人間――らしき姿を持つ者を放置するわけにはいかない。見たところ外来人と思しきこの青年がどうやって冥界まで足を運べたのかは疑問だが、妖夢は不安を覚えながらも青年を手当てすると決めた。

 月の技術を由来とする永遠亭の薬品ならば相手が未知の生物だったとしても効果があるはず。白玉楼に常備しておいた永遠亭の薬を使って、傷の手当てまではできた。

 外傷とは別に激しく苦しんでいる様子もあったが、医学の心得がない妖夢には彼がなぜここまで苦しんでいるのか判断することができず。一応は胃腸薬や頭痛薬なども用意してはみたが、不用意に投薬して症状を悪化させてしまってはまずいと思い、傷の手当てだけに留めていた。

 

「……サンキュー、君は優しいんだな」

 

 人ならざる怪物となってしまった自分にも手を差し伸べてくれる人がいる。剣崎はそれがどうしようもなく嬉しくて、思わず人としての喜びを思い出す。

 共に戦ってくれる仲間がいた。共に自分を信じ、『彼』を信じてくれた人たちがいた。そのおかげで、剣崎は『彼』を守り抜くことができた。

 真っ直ぐすぎた性格が故に友達の少ない人生だったが──信じてくれた仲間が、確かに自分にはいたのだ。

 

 人を信じて裏切られることもあった。その度に信頼を悔いて、二度と信じないと誓っても。また再び人を信じて、また裏切られることもあった。剣崎はそれを自分の甘さだと戒め、拭い去るべき弱さだと思っていたこともある。

 それでも、自分と向き合ってくれた数少ない友達の一人は言ってくれた。『百回人を裏切った奴より、百回裏切られてバカを見た人間のほうが、僕は好きだな』と。

 こんな自分でも心配してくれる人がいる。一人で戦ってるわけじゃないと気づかせてくれる友がいる。たとえ人を捨て、不死の怪物になり得ようと。決して孤独なだけじゃない。

 

「その血の色……やっぱり、あなたもあの怪物と……」

 

 妖夢の言葉に、剣崎は少しだけ目を伏せる。本当はあまり人と関わるべきではない。人々と関われば、いつか必ず人として生きているあの友と出会ってしまう。

 もし出会えば二人は本能に逆らえず、再び戦いを始めてしまうだろう。そしてどちらかが勝てば、彼らが命がけで守ったものがすべて消える。

 決して戦ってはいけない。近くにいてはいけない。少しでも戦いの可能性を避けるために、剣崎は人々の暮らしから離れて人間としての生き方さえも友のために捨て去った。

 

「…………」

 

 無関係の少女を戦いに巻き込んでしまうわけにはいかない。手当てをしてくれたというその優しさには感謝しているが、元より剣崎には生死という概念は失われている。このままここを去ったところで、死に至ることは決してない。

 少女の手当てのおかげか、身体の痛みは大分和らいでいるようだ。あるいは不死の怪物と化してしまったこの身体の潜在的な再生能力も影響しているのか。

 

 斬り捨てたアンデッドのものか、自分自身のものかも分からぬ緑色の血に汚れた右手。生命の色を感じさせぬ不気味なその血に視線を落としつつ、剣崎は如何なる理由か再開されてしまった不死なる戦いに唇を噛んだ。

 アンデッドとしての剣崎の本能が訴える。運命の代行者が戦いを呼びかける。剣崎は心の中に浮かんだ漆黒の石版を己が拳で打ち砕き、感謝と別れを告げるべく、妖夢に向き直るが──

 

「――うぇっ!?」

 

 そこで、剣崎はこの世ならざるものを視界に捉えた。妖夢の背後からふわりと顔を出した、白く半透明な人魂を思わせるような何か。

 否、それは紛れもなく人の頭ほどの大きさで空中を漂う人魂そのもの。妖夢の半霊は雲のように彼女の周りを流れ揺蕩(たゆた)い、やがて正座する妖夢の膝の上に(くび)を下ろして落ち着く。

 

「ゆ、幽霊……!?」

 

「あ……驚かせちゃいましたか?」

 

 妖夢は膝の上に白く(かす)む己が分け身を優しく撫でながら、慌てた様子の剣崎に申し訳なさそうな顔を見せた。

 幽霊の存在に一瞬で剣崎の体感温度が下がる。障子の彼方に見えた一面の雪原もさることながら、意識して見渡せばその雪景色の中には(かす)かに移ろう幽霊たちが漂っているではないか。

 深々(しんしん)と降り積もる雪の中に狂い咲く桜。そこに揺れるこの世ならざる者たち。剣崎が白玉楼の中から見た光景は、それが現実のものではないと思わせるのに十分だった。

 

「もしかしてここって……天国……とか……?」

 

 現実ならぬ幻想が、剣崎の思考を雪の冷たさで覆い尽くす。不死である自分が辿り着けるはずのない浄土を連想してしまうが、すぐさまそこに剣を突き立て詰まった雪を掻き分ける。

 

「厳密には違うんですが……似たようなものですね」

 

 妖夢はここが冥界という領域に建てられた白玉楼であることを説明する。一般的に連想される死後の世界、天国や地獄といった場所のいずれにも該当しないが、死後の世界であることは疑いようもない事実である。

 幽霊たちは動植物の死後に生じる魂の気質のようなもの。それそのものは気質の具現であって、すべてが死者の霊魂であるとは限らない。

 幻想郷の妖精が自然の具現であるのと同じように、幽霊たちは気質を象徴する霊体であるのだ。故に、無機物の幽霊もあれば事象や概念さえ幽霊となることもあり得る。冥界にいる幽霊はほとんどが生物のものだが、鳥や獣、虫たちの幽霊でさえ鳴き声一つ発することはない。

 

 幻想郷についても説明をしておくことにした。正確にはこの冥界は幻想郷ではないが、すでに幽明結界の境界は曖昧になって久しい。結界の管理者である八雲紫の怠慢か、今では冥界も幻想郷の一部と言える。

 外来人が幻想入りを果たすことは珍しくはないのだが、冥界に現れるという話は聞いたことがなかった。現れるとしても、外の世界ですでに死者と定義された幽霊くらいのもののはずだ。

 

「えっと……じゃあやっぱり……俺は死んじゃったのか……?」

 

 剣崎は不安そうな顔で妖夢に問う。焦燥からか布団から身体を起こし、妖夢と向かい合うように律儀に正座しながら。

 ただでさえ緑色の血で傷ついた顔が見る見るうちに蒼褪めていくように見えた。見たところ全身に流れるその血は緑色であろうに、どういう理屈であるのか先ほどまでは血色のいい顔をしていたのだが──

 

 自分がすでに死者かもしれない──という恐れ。妖夢は剣崎の不安そうな顔からそう解釈したが、実際に彼が恐れているのはそこではない。

 もしも自分が、不老不死(アンデッド)となったはずの自分が如何なる理由か本当に死んでしまったら。たった一人で現世に残されてしまった()のほうが、最後の勝利者(・・・・・)と定義されてしまうのでは──そこまで考えて、剣崎はすぐに思い直した。

 

 先ほどもこの目で確かに見届けたではないか。封印したはずのアンデッドたちがこの場所で暴れている様を。それならば、剣崎が覚悟を決めた瞬間から延長され続けた戦いは、すべての参加者(アンデッド)の再参戦という形で再び活性化してしまっていると考えるべきだろう。

 全参加者が健在であるならば剣崎やあの友が最後の勝者と定義されることもない。怪物の再出現という観点で見れば守るべき人々にとっては脅威、剣崎にとっても見過ごすことのできない事態と言える。

 それでも、この地に怪物が現れてくれる以上は自身が戦い封印することができる。自分とてその参加権を得ている以上、友を除くすべての怪物を封印すれば、すべては元通りのはずだ。

 

「そこが不思議なんです。見たところ、あなたはまだ死んでいません。いえ、生きてもないように見える。生と死のどちらをも、失ってしまったような……」

 

 そう言いながら、妖夢は微かに目を細めた。彼が異形の怪物の姿で不死なる怪物と戦っていたことは鮮明に覚えている。

 今なお微かに残る緑色の傷痕が揺るぎない証拠だ。結果的に妖夢は彼の剣技によって助けられているのだが、あのときの姿で感じた本能的な恐怖は簡単には拭い去れない。

 

「私はそういった人物をよく知っています。人間の身を捨て、不老不死の存在と成り果ててしまった者は、生きることと死ぬことのどちらもを奪われ──そのどちらでもなくなる」

 

 永遠の月の都から逃れた二人の罪人。月よりもたらされた不死の霊薬を飲み、不滅の存在となった蓬莱の人の形。彼女らは先ほど妖夢が戦った怪物たちと同じくその身に永遠に朽ちることのない不死の法則を宿してしまっていた。

 目の前にいる男は自分を怪物から助けてくれた恩人かもしれないが、同時に異形の怪物となった存在でもある。

 

「あなたは何者ですか? あの不死の怪物たちと、いったいどういう関係なんですか?」

 

 刃金(はがね)の如く研ぎ澄まされた妖夢の青い瞳は容赦なく剣崎を貫く。剣崎は何も答えず黙ったままだ。幻想郷に噂される異変の怪物との関係も気になるため、最大限の警戒を解くことなく。妖夢はいつでも目の前の男を斬れるように姿勢を正す。

 斬れば分かる──などと考えていたのは今より遥かに未熟だった頃の話だ。それを自覚していながらなおもこうして未知の恐怖に切っ先を向けそうになる。今はただの人間にしか見えない彼だが、紫紺の怪物となっていたときの姿はこの世のどんなものよりも恐ろしかった。

 

 互いの余裕の無さが時間を張り詰めさせる。何時間もこうしていたように思えたが、体感的な時間が引き伸ばされていただけで実際は数分程度も経っていない。

 妖夢は膝の上で身をよじる半霊が腕をつんつんと(つつ)いてくるのを感じ、ようやく思い至る。

 

「……あっ、そうだった」

 

 半霊がふわりと傍に漂うのに伴い、妖夢は相手の素性を問う際の礼儀を想起した。いかに相手が異形の怪物となったとはいえ、今は人間の姿であるのだ。

 仮にも客人としてこの白玉楼に招き入れ、幽霊たちに運ぶのを手伝ってもらって一時的にこの座敷にて身を休ませている。なればこそ、こちらも人間相手として向き合うべきだろう。

 

「す、すみません。こういうときはまず自分から名乗るべきでしたね」

 

 こほんと一つ咳払いをし、妖夢は渦巻く恐怖心をなんとか飲み込んで冷静な心を装った。

 

「私は魂魄妖夢。この白玉楼の専属庭師と、当主の剣術指南役を務めています」

 

 その当主は今は不在ですが──と付け加えながら、妖夢は幽々子の部屋がある背後の襖の奥を一度振り返る。

 彼を正当な客と扱っていいのか、妖夢は明確な判断がつけられずにいた。幽々子がいてくれたら何の心配もなくその指示に従っていられるのに、彼女が外出中の今は来客を一人相手にするだけで無用な緊張に精神を支配されてしまう。

 あの怪物の姿を見てしまっているならなおさらのこと。妖夢は必要以上に背筋を正し、未熟ゆえの自信のなさを切り伏せるように、膝の上で両手の拳を握りしめた。

 

 剣崎が向かい合った妖夢の気配は熟練の剣士を思わせるもの。だが、ふとしたときに年齢相応の少女らしさが垣間見える。

 その不釣り合いな精神がどこかいつまでも甘い純粋さを捨てられない自分に似ているような気がして、剣崎は妖夢の前で小さな笑いを零した。

 張り詰めた緊張感を持っていたのはお互い様だったかもしれない。あまりに人と触れ合わな過ぎて人としての精神が摩耗していたのか、こうして人と話して笑うのはひどく久しぶりな気がした。あの戦いからさほどの時間は経っていないのに、すでに仲間の顔が懐かしく思える。

 

「剣術指南役? よくわかんないけど……なんかかっこいいな!」

 

 緊張を解いた笑顔を見せる剣崎。無垢なる刃を思わせる純真さで妖夢と向かい合い、自身もまた剣崎一真の名を名乗る。

 よろしく──と思わず差し出しかけた右手には己か怪物かもつかぬ緑色の血が残ったままだ。そのまま握手を取らせるのは申し訳ないと思い、咄嗟にその右手を引き戻した。

 

 剣崎の親しみやすい雰囲気にどこかきょとんとした様子の妖夢だったが、その笑顔を見て彼が警戒すべき存在でないと心で理解する。

 心の中に浮かんだ、紫紺の怪物に対する恐怖が少しだけ氷解した──ような気がした。

 

「…………」

 

 妖夢も張り詰めた緊張を忘れ、自然な振る舞いと落ち着く。互いの名を理解し、打ち解けることはできただろうか。先ほどの怪物や彼が至った異形の姿についてなど、その口から訊きたいことは妖夢の思考に雪崩の如く押し寄せてきているのだ。

 誰にでも話したくないことはあるだろう。先ほどまでは彼の怪物としての側面にばかり気を取られていたが、幻想郷においては妖怪に類する存在など珍しくはない。

 だが、今は時期が時期だ。幻想郷全域に未知の怪物が確認されている現状、少しでも怪物に関係するのならその情報を得ておきたいというのが本音である。

 

 この未知の郷、死後の世界にいるなどと説明されて彼も混乱しているはずだと考え、妖夢は疑問の刃を再び突きつけることを躊躇(ためら)った。

 彼の思考が整うまではこの白玉楼の座敷でゆっくり休んでいてもらおう。その意図を伝えようと、妖夢は静かに言葉を紡ごうとするが──すぐに剣崎の様子に違和感を覚える。

 

「ぐっ……う……っ!」

 

 不意に自らの胸を押さえて苦しみ、顔を歪めて声を漏らす剣崎。この身に感じられる超常的な意思は間違いなく『あの存在』が自身に戦いを促すときのもの。緑色の心臓がズキンと疼き、全身の血管に強い闘争心が満ちていく。

 間違いない。普段は機械で計測されていたものだが、彼らと同じ不死の存在となった今ならばこの身体で、アンデッドとしての本能で理解できる。

 

 ─―アンデッドの出現。彼らが発する本能的な攻撃バイオリズムが運命の代行者と呼べる全生物種の意思を通じてこの身に伝わり、戦いが始まることを直感で悟った。

 本能のままに剣を振りかざせばきっとこの少女も──妖夢も戦いに巻き込んでしまうことになる。否、そんなことは絶対にさせない。この身の刃が砕けても、すべての人を守り抜く剣となると誓ったのだ。

 きっとあいつ(・・・)も奴らが出現する度にこの声に苛まれていたのだろう。そう思うと、この想いを貫かんと踏み躙る不躾(ぶしつけ)な催促も、あいつ(・・・)との繋がりを感じる数少ない要素と思えなくもない。

 

「け、剣崎さん? どうしたんですか!?」

 

「妖夢ちゃん……君はなるべくここを動かないでくれ……!!」

 

 剣崎は額に汗を浮かべ、内なる闘争心に負けないように自らを律しつつ妖夢に告げる。54番目の存在となった剣崎を抑えるためのアンデッドの力は今は三枚。あいつはたった一枚でも人の心を捨てずに耐えたのだ。この程度で屈するわけにはいかない。

 この身に宿した三枚のカードのうち、ビートルアンデッドが封印された一枚のカードを右手に取り出す。

 今は戦士と誇った『あの仮面』を有してはいないが、心までは怪物にあらず。たとえ醜い姿に堕ちたとしても、この心に(つるぎ)がある限り──

 見えない力に導かれるように、剣崎は座敷を飛び出していく。白玉楼の広大な敷地においても不思議と迷うことなく、ただこの本能が感じる呼び声のままに幻想の雪原を目指した。

 

「剣崎……さん……?」

 

 妖夢は突如として表情を変えた剣崎に困惑した。彼が手にしていたカードらしきものは、先ほど紫紺の怪物の姿で怪物を斬った際に緑色の光と現れたものであろうか。

 そこまで考えて、妖夢は幽々子の書き置きと共に見つけた未知のカードを思い出す。もしかしたら、あのカードもそれに類するものなのかもしれない。妖夢は座卓の上に置いてある木箱を開き、中の奇妙な物体を押し退けて──10枚(・・・)のカードを取り出した。

 

「あれ……数が減ってる……?」

 

 今なお変わらず空虚な鎖だけが描かれたカードたち。しかし、先ほど見たときは確かに13枚存在していたはずだが──

 再び数え直そうとした直後、妖夢は肌を震わせるような激しい衝撃音を聞く。その音に驚いて、手にしたカードを木箱の中に落としてしまった。

 轟音が聞こえたのは先ほど怪物たちと戦った場所と同じ中庭の先。おそらくは塀の外の庭園に再び例の怪物が現れたのだろう。半霊に木箱を持たせ、妖夢は楼観剣と白楼剣をしっかりと背負い直す。この(こころ)に強く気合いを込めながら、剣崎を追って桜の舞う白玉楼庭園へと向かった。

 

◆     ◆     ◆

 

 白玉楼庭園。本殿を囲う敷地内の中でも特に立派な桜並木が咲き誇るこの庭に、白く美しく降り積もった雪景色の中には似つかぬ、漆黒の怪物は存在していた。

 鈍く光沢を放つ漆黒の皮革に打ちつけられた鋲の意匠。腰に装った双蛇の円環もさることながら、白玉楼の座敷から飛び出し怪物と対峙した剣崎の本能でもって確かに理解できる。

 

「あいつ……やっぱり……」

 

 目の前にいるのは紛れもなくアンデッドの一体。それもかつて剣崎の職場、戦士として戦う際の拠点だった始まりの場所を、単独で壊滅せしめた存在――

 深い緑色の甲殻色と背中に突き出した昆虫の(はね)の如き意匠は、無数の群れで農作物を食い荒らすバッタやイナゴなどの特徴を思わせる。

 その見た目通り、イナゴの能力を備えた『ローカストアンデッド』は剣崎にとって因縁深い相手でもあった。彼にとって、この怪物は運命の歯車を狂わせた元凶とも言えよう。

 

「…………」

 

 ローカストアンデッドは背中の翅を静かに震わせつつ、剣崎を睨む。あちらにもかつての記憶は残っているのだろうか。

 剣崎も無意識に握った己の拳が怒りに震えているのを感じた。この怪物があの場所を襲撃したせいで、どれだけの仲間が犠牲になったのか。戦士としてまだ日が浅かった剣崎にとって、あのときこの怪物を封印することができた事実は誇り足り得ただろう。

 しかし、多くの仲間たちを守り切ることができなかったのもまた事実。幼い頃に目の前で家族を失った剣崎は、その絶望が何よりも耐え難かった。

 加えてその混乱の最中、最も信頼する先輩の裏切りを知ったことが、剣崎の心にさらなる絶望を突きつけた。

 それでも剣崎は立ち上がることができた。たとえどれだけの人に裏切られようとも、戦士として戦い抜くと誓ったのだ。二度と目の前で誰も死なせはしないと──

 

 目の前で無数のイナゴと散り乱れるローカストアンデッド。その光景を剣崎はよく知っている。アンデッドとしての攻撃力を失うことなく無数の群体となって拠点や仲間を襲撃した忌むべき攻撃手段。

 これだけ分散されていては気配も散り散りだ。愚直に剣を振ったところで雲を断つようなもの。四方八方に散逸してしまったローカストアンデッドの気配は、剣崎の本能でも掴みがたい。

 

「……っ!!」

 

 再びあの異形(すがた)になってしまうべきか──刹那の思考を貫く直感。無数の群体と散ったローカストアンデッドの気配に紛れ、別のアンデッドが接近している。

 そのことに気づいた瞬間には、すでに剣崎の視界に青白い雷光が迫っていた──

 

「剣崎さんっ!!」

 

 虚空より飛び迫った蒼白の雷光に楼観剣の刃を斬り込み、両断する。剣崎の言葉を無視してこの場に現れた妖夢の剣が、剣崎の身を雷から守り抜く。

 されど放たれた電撃の威力までは殺せず、斬られた電撃は左右へと分かたれ妖夢の周囲に満ちる雪を焼き焦がして炸裂した。

 

 舞い上がった白煙に顔を歪めつつ、背後に守った剣崎の身を案じる妖夢。数十歩先の雪景色、冥界の上空に広がるオーロラから現れたもう一体の怪物は、茶褐色の毛皮を備えたヘラジカのような怪物だった。

 掲げた金色の双角は微かにパチパチと輝き、放電の残滓を見せる。ヘラジカの能力を備えているとはいえ、不死たる法則は戦いのために自然の力を振るうのか。

 その身に発電器官を備え、電撃を自在に操る『ディアーアンデッド』の力は必ずしもヘラジカの遺伝子に由来しない。アンデッドの能力は生物の進化を望む意思にこそ応じ、生物の法則を超越した『不老不死』という性質もあって、常識を超えた戦闘能力を身に着けることがある。

 

「妖夢ちゃん……!? 来ちゃダメだ!!」

 

 現れた妖夢に声を張り上げる剣崎。ローカストアンデッドとディアーアンデッド、二体のアンデッドがこの場にいる状況で、自らの闘争心を抑えながら妖夢を守る。先ほどは上手くいったが、次こそ本能に理性を飲まれ暴走しない保障などない──

 ─―そこで、剣崎は自らあの姿になって戦おうとしている自分に気がついた。心の中の自分自身を意思の拳で殴りつけ、意識を強く引きしめる。今、この身の内には先ほど封印した三体のアンデッドの力があるではないか。

 

 忌むべき不死たるあの姿──紫紺と黄金の怪物たる『ジョーカー』の力を頼らずとも。剣崎自ら望んで『54番目のアンデッド』と成り果てたあの異形へと至らずとも。

 切り札たる存在に成り果てた剣崎は、今はかの友と同じ。それはすなわち、彼と同様の能力をもその身に宿しているということを意味する。

 ならば仮面を失っていたとしても──この身に封じた数枚の『ラウズカード』をもって。

 

「(二度となるな……! あの姿に……! ジョーカーの姿に……!!)」

 

 二体のアンデッドを前にして緑色の心臓が激しく疼く。身体が張り裂けそうな衝動を必死で抑え込み、剣崎はジョーカーとしての力の一部をその身に表出させた。

 ジョーカーとして戦うためではない。彼の腰に現れた緑色の心臓を模したベルトは、友と同じくその身の異質さを示す器官。

 不死たる緑色の生き血が流れた『ジョーカーラウザー』を腰に出現させると、剣崎は先ほど手にしたラウズカードのうちの一枚、ビートルアンデッドが封印されたものを再び取り出す。

 

「……力を貸してもらうぞ、カテゴリー(エース)!!」

 

『チェンジ』

 

 絞り出した叫びと共に──手にしたカードをジョーカーラウザーのバックルの溝に通す。強靭なカブトムシの絵柄を宿したカードを覚醒(ラウズ)させ、剣崎は自らの腰からどこか電子的にも聞こえる原始の声を聞き届けた。

 その瞬間、力と共に歪む身体。剣崎の肉体は生身の人間の姿から形を変え、アンデッドと同様の異形の姿へと変わり、一体の獣として全身が変異する。

 だが、その姿は剣崎が拒んだジョーカーとしての姿ではない。先ほど彼がその身で封印せしめたアンデッドの一体。カードに封印されたビートルアンデッドの姿そのものだった。

 

「か、変わった……!?」

 

 漆黒の皮革を備えたカブトムシの怪物となり、剣崎は右手に破壊剣オールオーバーを現して二体のアンデッドに立ち向かっていく。

 その光景を見て、妖夢は困惑の声を上げることしかできなかった。先ほどまでよりかは理性的に剣を振るっている様子の剣崎──らしき怪物だが、紫紺の怪物ほどではないにしろどこか荒々しさが否めない。

 必死に自分を抑え込んでいる──そんな様子が見て取れる。妖夢はそこで、あの未知のカードが剣崎にとって重要な意味を持つのだと直感した。

 

 半霊が持ってきてくれた木箱を受け取る。やはりそこには銀色の物体といくつかのカード。後者はおそらく剣崎が手にしていたカードと共通の法則を持つものだろう。

 確証はないが、妖夢はこのカードが宿す霊的な気配と、今の剣崎の姿から似たものを感じ取っている。加えて手に持った銀色の物体からも鋭く運命を切り拓く剣の如き気配が感じられるのだが、もしこれも同じ力なら。

 妖夢にはこの物体が何なのかは理解できない。しかし直感的に分かるのは、この物体と剣崎一真の存在が引き合っていること。自分には分からずとも、彼ならばきっと理解できる。妖夢はなぜかそんな気がして、その手に掴んだ物体――『ブレイバックル』を剣崎の元へ投げ渡した。

 

「剣崎さん! これを!!」

 

 無数の群体と散ったローカストアンデッドと電撃を放ち続けるディアーアンデッドの二体に対し、ジョーカーの能力を使い、ビートルアンデッドとなって戦っていた剣崎。

 理性と本能の狭間で苦しみ続け、軋む身体を無理やり動かしていたが、妖夢の声が耳に届いたことに気がついた。

 頭を染める戦いへの欲求を振り払う。放たれたディアーアンデッドの電撃を右手に構えたオールオーバーで受け止め、それを振り下ろすことで群体となった状態のローカストアンデッドを雷光の斬撃をもって焼き払いつつ、そのままオールオーバーを投げ飛ばす。

 ローカストアンデッドは群体を維持できずに単体へ戻り、ディアーアンデッドは真っ直ぐに突っ込んできたオールオーバーを避け切れずに激しい火花を生じさせて仰け反らされた。

 

「…………!」

 

 獣じみた闘争心に一瞬だけ自我を失っていたらしい。剣崎自身の理性が働いたのか、ビートルアンデッドの姿は生身に戻り、剣崎一真としての姿を取り戻す。

 全身を貫く闘争心から少しだけ解放され、雪の大地に膝を着くと同時、はらりと舞った一枚のカードはビートルアンデッドが封印されたもの。

 妖夢から投げ渡された物体――ブレイバックルを手にした剣崎は、二体のアンデッドを前にしている状況にも関わらず、思わず目を見開いてその重さを両手でもって確かめた。

 

「これは……俺のベルト……!? どうして……!?」

 

 見紛うはずはない。微かな汚れも傷跡も、寸分の狂いなく。それはかつて自身がアンデッドと戦うために用いていたベルトのバックル、誇りと掲げた戦士の証だった。

 だが、その力は自身がジョーカーと成り果ててしまった際に手放したはず。世界を滅ぼさずに友を救うためとはいえ、自らアンデッドと化すことを望み選んでしまった自分にはもう、その仮面を装う資格などはないのだと。

 腰に生じたジョーカーラウザーに押し退けられるように零れ落ちたそのベルトを拾い上げた覚えはない。本当なら、このベルトはまだあの山奥に──そうでないにしろ、その場にいた友や仲間が回収してくれているはず。今、ここにあるはずがないのだ。

 

 どうしてこれがここにあるのか──などと考えている暇もない。多少怯ませたとはいえ、目の前には依然として二体のアンデッドが存在している。

 一体に戻り翅を震わせるイナゴの怪物。双角に紫電を纏わせるヘラジカの怪物。不死なる彼らを打倒し得るのは、ジョーカーの力だけではなく。ここにある、誇りの剣をもってして。

 

「……そうだよな。あのとき、確かに誓ったじゃないか」

 

 剣崎は自らの身体から舞い落ちたカード──ビートルアンデッドが封印されたラウズカードを拾い上げる。スペードのスートと(エース)の文字が刻まれたそれは、他のどのカードよりも剣崎にとって思い入れのある一枚だ。

 雪の大地を力強く踏みしめて立ち上がる。左手に持ったブレイバックルの正面に、スペードのエースたるラウズカード、ビートルアンデッドが封印された『チェンジビートル』を装填。

 

「俺に戦士(ライダー)の資格があるなら……! 戦えない、すべての人のために! 俺が戦う!!」

 

 透明なガラス質の中に雄々しく宿るカブトムシの意匠。剣崎はブレイバックルを自らの腰に当て、その端から無数のカードが腰をぐるりと一周するのを感じ取る。

 やがてカードは『シャッフルラップ』と呼ばれる赤い(ベルト)として剣崎の腰に固定され、さながら心臓の鼓動を思わせるような脈動が鳴り響いた。

 

 指輪とブレスレットに彩られた両手を開き、両腰へ。そのまま右肩と共に、右手の甲を前にしてゆっくりと左上へと突き上げていく。

 剣崎の視界に移る自らの右手。緑色の血は変わり果ててしまった自分自身の証明。されどこの心に刻んだ、覚悟の誓い、かつて抱いた誇りまでは。決して変わることはない──

 

「変身っ!!」

 

 強く放った発声と共に、剣崎は掲げた右手を占うように翻す。正面に手の平を向けつつ、即座に左腕を右上へと振り上げて左へ戻す。同時に右腕を腰へと持っていき、ブレイバックルの右側に設けられた黒い引き金、『ターンアップハンドル』を掴む。

 左上へ払う左腕を剣の如く掲げながら、右手でもってハンドルを引くと、バックルの正面にあるガラス質の窓が軸を基点に一度、くるりと回転。

 そこに現れたのは、鮮やかな真紅のパネルに金色に刻まれたスペードの紋章だった。

 

『ターンアップ』

 

 機械仕掛けのベルトが風と笑う。知らないという罪、知りすぎる罠。剣崎はこの身を縛りつける運命に、動けなくなる前に。心に掲げた(つるぎ)を、研ぎ澄まされた勇気にして。

 この身を突き動かすのは戦士としての義務でも使命感でも、ましてや怪物としての、アンデッドとしての本能でもなく。

 そこにいる人々を守りたい。運命に負けたくない。剣崎一真が戦う理由は、自分が生きたかけがえのない世界に生きるすべての人々を、心から愛しているから。

 

 ブレイバックルから溢れた青い光のゲートが、カード状の(とばり)として浮き上がってくる。目の前の闇を照らすように、強く鋭い光が剣崎の前に現れる。

 カブトムシの意匠と輝く光の帳──『オリハルコンエレメント』は回転しながら正面のローカストアンデッドを弾き飛ばしつつ、やがてスペードの角を上にしてその動きを止めた。

 

「…………」

 

 目の前に揺れるはかつてその身に抱いた愛と誇りの輝き。スペードのマークとヘラクレスオオカブトの力強さを模した戦士としての自分自身。

 深く呼吸を整える。両の拳を握り締め、心に刻んだ勇気の刃を再び、振りかざすために。

 

「――うぉおおおっ!!」

 

 剣崎は雪の大地を蹴って走り出す。気合いを込めて光へ向かう。オリハルコンエレメントの輝きに触れると、やがてその青き輝きは剣崎一真を戦士たらしめる『(つるぎ)』として。

 光の帳を通り抜けた剣崎は、生身の姿でもアンデッドの異形でもない鎧を纏っていた。それは先ほど変じていたビートルアンデッドと同じ力を宿すもの。されど乱れ暴れる異形の力ではなく、純粋に人々を守るための剣たる覚悟。

 

 紫紺の強化スーツに覆われたその身体に纏うは、猛き刃金(はがね)を思わせる白銀の装甲。胸には力強くスペードの紋章を掲げ、そして頭部にはヘラクレスオオカブトの頭角を思わせる剣の如き強靭な切っ先、丸く優しさを(たた)えた真紅の複眼を有している。

 そしてブレイバックルを宿した腰の左側には、ベルトに帯びたホルスターと共に勇ましき刀剣が収められていた。

 目の前のローカストアンデッドに対して蒼き拳を打ちつける度、剣崎の左腰に揺れる白銀の刀剣。赤き複眼でその動きを捉え、背後のディアーアンデッドへの警戒も決して怠らず。

 

「うぇいっ! うぇあっ!!」

 

 戦えない人々の想いをこの拳に乗せて。自分がみんなの代わりに戦うために。剣崎が振るう人間の意志は、白銀と紫紺に彩られた『ブレイド』と呼ばれる戦士。かつて太古の封印から解放されたアンデッドを再び封印するべく造り出された──人類の叡智と呼ぶべきもの。

 

「あれは……仮面……?」

 

 半霊と共にその光景を見つめる妖夢が怪訝な顔で呟く。剣崎が生きた世界のとある研究機関によって開発された『ライダーシステム』は、アンデッドに対抗するべく、人間とアンデッドを融合させるという技術で成り立っていた。

 その法則が妖夢にアンデッドと同じ気配を感じさせたのだろう。されど異形の姿を隠さんとする銀色の仮面、ブレイドの姿は、決して彼らと同じ怪物ではないと思わせてくれる気がした。

 

 最初期に造られたライダーシステムの第1号と続いて完成した第2号のブレイド。どちらも同じくアンデッドの力を借りながら、人類をアンデッドから守り抜くため。

 その姿を見た一部の人間は都市伝説として彼らを語った。その身に仮面を装い、人知れず人類のために戦う正義のヒーロー。この世界のどこかにいる『仮面ライダー』という噂として。

 

「アンデッド……お前たちを封印する!!」

 

 仮面ライダーと呼ばれた戦士。幻に染まる雪を超え、再びブレイドとなった剣崎一真はかつての誇りを再び掲げる。左腰のホルスターに備えられた蒼銀の剣、醒剣(せいけん)『ブレイラウザー』の柄を握りしめ、右手で鋭く抜き放つ。

 重厚に輝くスペードの意匠が象られた銀色のナックルガードに、深い蒼穹の色を思わせる剣の柄。甲虫の如く雄大な刀身は黄金の紋様を走らせ、煌びやかに月の光を照り返した。

 

 ブレイラウザーの切っ先越しに真紅の複眼をもって睨みつけるは二体のアンデッドたち。右手で構えた剣に左手を添えながら、剣崎は自らの身に人間としての血を感じる。

 この身体に流れるのは変わらずアンデッドとしての緑色の血。されど魂に伝う誇りは今なお赤く熱く、人間としての血を忘れてはいない。

 不死なる異形の姿としてではなく。もう一度、運命を切り拓く(つるぎ)と在れるなら。まだ自分に、仮面ライダーを、ブレイドの名を名乗る資格があるのなら。

 再び立ち向かおう。何度だろうと立ち上がろう。この胸に抱く覚悟は変わらず、呪われた運命と戦うために。されど今は、永遠の切り札(・・・・・・)を切ることなく。最強の『(エース)』を誇りと掲げて。




剣崎に雪が似合うイメージがあるのは、間違いなく冷やし土下座のせい。
強制封印でプライムベスタ化した場合って対応するプロパーブランクはどうなるんでしょう。

本当は前回の時点で変身させたかったんですが、上手く仕上げられませんでした……

次回、第30話『迷いと共に』
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