東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm. 作:時間ネコ
白玉楼の敷地内に二体のアンデッドが現れ、妖夢と剣崎の手によりそれらが封印されて数時間が経っている。すでに冥界の夜は明け、二度目の四季異変によって雪積もる白玉楼庭園には暖かい日差しが満ちていた。
本来ならば幻想郷と同様、この冥界も春の温もりが訪れているはず。されど冷たく漂う幽霊たちと共に、冴える空気は冬の様相から変わってはいない。
「幽々子様……いったいどこに……」
妖夢はいつも通り、食事担当の幽霊たちと共に白玉楼の台所で朝食を作っていた。異変解決に赴く際は携行している二振りの刀は今は持たず、代わりに愛用の刀剣の次に手に馴染むであろう包丁をもって食事の支度を進めていく。
鬼火の如く
昼食までには戻らないと書いてあったのは妖夢にも伝わっているが、まさか夕食や翌日の朝食にまで戻らないとは。死してなお何より食事を愛し、幽霊たちや妖夢が作った料理を幸せそうに食べる幽々子が未だに姿を見せない。当主の身を案じて妖夢は無意識に手を止めていた。
「おとと……」
自身の無意識を正すもう一つの自分。半霊の存在が危うく焦がしかけた肉に気づかせてくれる。ある程度の調理を終え、妖夢は残る支度を幽霊たちに任せて台所を後にした。
―――
広大な白玉楼に無数に存在する空き部屋の一つ、今は剣崎に貸し与えられたこの部屋で、彼は一年間に渡る戦いを共にしてきたブレイバックルを見つめている。先日は迫るアンデッドの存在に対し、かつてと同じく咄嗟に変身して戦ったが──
やはり疑問は拭えない。どうしてこのベルトがここにあるのか。どうして妖夢がこれを持っていたのか。
剣崎の思考を染める闇を切り払うように、背後の襖がすっと開く音を聞く。真剣な表情で部屋に立ち尽くし、手にしたそれから視線を外してその気配へと振り返った。
「あ、剣崎さん。起きてたんですか。……よく眠れましたか?」
どうやら先ほどから何度か声をかけられていたらしい。ブレイバックルの重さの中に秘めた剣崎の想い出は単なる戦いの記憶にあらず。友や仲間と共に剣を振るい、大切なものを守り続けた戦い。そのすべてが──ここには宿っている。
「妖夢ちゃん、一つ訊きたいことがあるんだけど……どうして君がこれを……?」
ブレイドへの変身に用いるライダーシステムの起動デバイス。ブレイバックルと呼ばれるそれを妖夢に見せ、剣崎は彼女に問う。
彼女はこの力について知らない様子だった。人類基盤史研究所──BOARDの機密情報であるライダーシステムの存在が公に知られているはずがないため、当然だろう。仮に仮面ライダーの噂があったとしても、機能の詳細までは『あの本』には記載されていないはずだ。
剣崎にとって数少ない友人である──追い出されたアパートに代わる第二の拠点とした住居を貸してくれた青年。彼が書いた『仮面ライダーという名の仮面』なる本は、剣崎一真らの戦いを記録したもの。
幻想郷という──剣崎が生きた世界とは別の空間において、妖夢がその内容を知っているとも思えない。剣崎たちライダーの噂さえ知らなくて当然だ。
そんな彼女がなぜこのベルトを、ブレイバックルを持っていたのか。剣崎は友との最後の戦いにおいて、あの山でこれを手放している。友や仲間、あるいは信頼するBOARDの所長の手で回収され、厳重に保管されていると思っていたが──彼らにいったい何があったのだろうか。
「それが……私にもよく分からなくて……幽々子様の書き置きと一緒に置いてあったんです」
「幽々子って……ここの当主の人だっけ。それじゃあ、その人に訊くしかないか……」
先日、妖夢から詳しく聞いた話を思い出す剣崎。西行寺幽々子という女性、この冥界の白玉楼を管理する亡霊の女性は、魂魄家が代々仕えるやんごとなき家系だという。これだけ広大な屋敷を有するとあらば、さぞ高貴な人物なのだろう。
ブレイバックルを懐へとしまい、剣崎は腕を組み思案する。顔や腕に負っていた傷はすでに癒え、身体を清めたことで緑色の血も残ってはいない。
封印できたアンデッドはまだ五体だが、これだけでもジョーカーの闘争本能はかなり抑えられている。これなら再びアンデッドが出現したとしても湧き上がるジョーカーの本能に理性を飲まれることはないはず。剣崎はそのことを少しだけ安心しつつ、戦いへの気を引き締めた。
「私もいろいろと訊きたいことがあったんですが、いつ戻るのか……」
妖夢も無意識のうちに腕を組む。その直後、背後の襖からふわりと漂う香りに誘われ、剣崎が表情を変えた。不死の身となってからはまったく意識しなくなってしまった、生物としての本能。何かを食べるという生物として当たり前の行為を、先日に続いて想起させられる。
「……この匂い……もしかして……」
「あっ、そうだった」
剣崎が匂いに釣られて組んだ腕を解くと同時、妖夢はここへ来た理由を思い出す。朝食の用意ができたから呼びに来たのだ。
白玉楼にて転生を待つ幽霊たちの存在に、今なお慣れない様子の剣崎。それでも先日から同じ屋根の下で
「…………」
廊下を歩きながら妖夢が深く切り込む思考の霧は、剣崎が変身した姿について。彼はあの姿をアンデッドと融合してアンデッドと戦うためのシステムと言った。
妖夢も詳しいことは知らないのだが、真偽はともかく情報の速さで有名な天狗の新聞でそれに近いものの情報を見たことがあるような気がする。
比較的親しい射命丸文の新聞でなかったため信用に足るかは不明だが、幻想郷で確認される未知の怪物――『怪人』と呼ばれる存在は、アンデッドが持っていた不死性について一切触れられていなかった。
二足歩行を果たす妖怪以外の怪物という点は彼らアンデッドにも共通する特徴。だが、最も特徴的な不死身の性質について記述がないということは、同一の種ではないのか。
幻想郷に蔓延る怪物はアンデッドだけではないと直感が告げる。そして怪物たちと戦う仮面の戦士の存在は、新聞で知り得た通り。
剣崎が変身したライダーシステム第2号――ブレイドなる存在は彼が生きた世界で『仮面ライダー』と呼ばれていたらしい。噂に聞く仮面の戦士と特徴が一致するが、おそらくはアンデッド以外の怪物と同様、剣崎以外の仮面ライダーも存在するのではないか。
彼は妖夢自身の手で変身に必要なブレイバックルという道具を渡されるまで、仮面ライダーとしての力を失っていた様子だった。ならば、それ以前から確認されていた仮面の戦士の存在は彼以外の人物。妖夢の直感も含まれているが、それらはブレイドとアンデッドだけではない。
「(それに、剣崎さんの魂の気質──これって、やっぱり)」
半分人間で半分幽霊である妖夢だからこそ理解できる剣崎一真の異質さ。最初は彼の話を聞いて彼が不死身の怪物だから奇妙な魂の気質を持っているのだと思っていた。
アンデッドも同様の理由で特別視していなかったが、彼が持っていたブレイバックルに宿る器物の気質としての幽霊も同様に奇妙なもの。外の世界からただ現れただけの外来人、仮に剣崎の言う通り、西暦2005年から来たという時間の差異を考えても彼の魂にはもっと根本的な違いがあると思わせられた。
妖夢は霊について鋭い知見を持っている。彼女の直感は、剣崎が単なる外来人ではないと告げている。魂の気質から考えるに──外の世界と極めてよく似た別世界の住人だろうか。
「これ、もしかして君が? すげえ、めっちゃ本格的だよ!」
「さすがに朝からステーキはきつかったですかね? ついいつもの癖で……」
座卓に向き合い豪勢な朝食を目にする剣崎。仮にも自分が死後の世界にいるということを忘れさせるほどの料理を見て、少年のように目を輝かせる。
妖夢の職務は庭木の剪定と剣術指南。しかし幽霊たちの手では仕事にも限界があり、本来の職務とは別に、当主である幽々子の食事を用意することもある。が、幽々子の胃袋は亡霊として以上に人を超えているのだ。
寝起きでも空腹であれば肉でもなんでも喰らうだろう。食事の直後でも次の食事についてを考え、おやつ代わりに山と積もった団子を頬張るような健啖なる春の蝶。
宴会ならざる場において幽々子以外の人物に食事を振る舞ったのはかなり久しぶりだったため、つい一般的な思考から外れてしまっていた。
――いただきます、と両手を合わせた剣崎は意にも介さず。思わず幽々子の胃袋を想定して作ってしまったそれを笑顔で味わう。
不死の肉体となった剣崎一真にとって食事は生命維持に必要なものではないはずだが、彼はアンデッドとしての運命に抗い続ける『人』であろうと願った。こちらも客人として剣崎を見る以上、食事はその契り。
そもそも普段から食事を振る舞っている幽々子は亡霊ゆえに不死以前の話だ。食事そのものが完全なる娯楽の範疇にあり、桜と雪と月の明かりと、弾幕のように楽しむだけの風情に過ぎないもの。妖夢は半生の身として食事は必要だが、純粋な人間ほどの頻度では必要としない。
「もぐもぐ……ほほいえばほんへはいの……」
「はい?」
「……んんっく……えっと、幻想郷って言ったっけ。この
咀嚼をそのままに言葉を紡ぎ始める剣崎。初めはうまく聞き取れなかったが、すぐに飲み込み改めて発せられた言葉を、妖夢は自然に理解することができた。
剣崎一真は紛れもなく外来人だ。おそらくは幻想郷を有する本来の外の世界とは別の世界、それも西暦2005年という時空の差異こそあれど、その点を除けば身なりや性質は外来人として考えられるものである。
さすがに不老不死の外来人が現れたことはなかったが、その特徴だけなら幻想郷にも例外がまったくいないわけではないし、妖夢とて彼女ら永遠の蓬莱人とは面識もある。
「いつもなら、妖怪たちと少しの人間がいる――まぁ、それなりに平和な世界でした」
今は未知の怪物たちの発生という大規模な異変によって妖怪たちの秩序が乱れ始めている。包み隠さず幻想郷の現状を話したのは、剣崎一真が自分と同じ、異変という曇り空を切り払う蒼天の剣、雲一つない切っ先があると思ったから。
怪物たちは常に幻想郷に現れているわけではない。顕界においてその様子を確認したわけではないが、天狗の情報網をもってしても怪物の出処は一切掴めておらず、神出鬼没に現れる怪物に対処するしかないとなると――
やはり妖夢もこの目で見た通り、冥界における例の『灰色のオーロラ』。あれが顕界にも現れ、何もないところから湧き出るようにして怪物たちは出現しているのだろうと判断できた。
「妖怪……」
剣崎は妖夢の言葉にあった聞き馴染みの薄い言葉を復唱する。言葉自体は知っているが、それは空想の存在として、両親を失う前の無垢な幼少期から認識していた。
この冥界に幽霊が漂うのと同じように。生者たちの世界、忘れられた幻想たちの楽園である顕界には、人や妖怪や妖精たちが集うのだという。先日、妖夢から話では聞いたが、この目で見た幻想は冥界の幽霊だけ。妖怪という存在は目にしていない。
妖夢の言葉通りなら、この幻想郷は人間と妖怪が互いの意味を尊重し合い平和的なバランスを保っているらしい。だが異変に際してその秩序が乱れ、一部の妖怪は本来の原始的な存在――人間を喰らう化け物に戻りつつある。
アンデッドの存在に加えて妖怪にも襲われるとなれば、戦う力を持たぬ無力な人間などひとたまりもないだろう。
剣崎は再び覚悟を決めた表情を見せ、綺麗に平らげられた朝食の皿から視線を上げた。
「戦えない人々がそこにいるなら……放っておくことなんてできない」
懐にしまったブレイバックルを強く握りしめ、剣崎は続ける。たとえ直接襲われなくても、アンデッドの戦いに巻き込まれて亡くなった人を知っているから。
友には怪物なれど人の心があった。一人の写真家を戦いに巻き込んで死なせてしまったことを悔い続け、その家族を守り抜くと誓ったのは、彼がまだ怪物のうちに、無意識に人であろうと願っていたからなのかもしれない。
冥界の幽霊は物理的な手段で殺傷することはできないため、ここに怪物が現れたとしても、そのせいで誰かの命が失われることはないはず。
幽霊だけを残して白玉楼を後にするのはやや不安ではあるが――致し方あるまい。
「……不思議ですね。貴方なら、そう言ってくれるような気がしてました」
使用人代わりに働く幽霊たちがせっせと食器を片付けてくれる中、妖夢は小さな微笑みを浮かべて立ち上がる。己が意思たる半霊が、妖夢の部屋から持ってきてくれた愛用の二刀一対。楼観剣と白楼剣を受け取り、慣れた手つきで背中と腰に装い整えて。
規格外のアンデッド──ジョーカーとしての体質か。あれだけの肉を胃に収めた直後だというのに、剣崎は迷わず妖夢の目線に頷く。怪物じみた消化力で──すぐさま力に変えたようだ。
まだ日は高く、黄泉の朝食からさほども経っていない。妖夢と剣崎は白玉楼の座敷を後にし、雪道を進んで『白玉楼階段』を下っていた。
下を向けば深々と散る立花の舞。あの世とこの世の境界を結ぶ奈落の底に見て取れる。もし雪に足を滑らせてこの永遠に続くような階段を転げ落ちれば命はないだろう。もとより命と呼べるものがあれば、の話だが。
長い階段の両脇には坂道に並び立つ桜並木に白く美しい雪が積もっており、どこまでも続く闇の中、灯火めいた幽霊の光に照らされ、桜と共に妖しく輝く。
文字通りこの世のものではない美しさに思わず見惚れそうになるが、気を引き締めて。
「…………っ!」
妖夢と共に階段を下り続け、不意に吹き込んだ風に顔を覆う。先ほどまでの空気の流れ、風と呼べるかさえ怪しい死後の世界の冷たさではない。まさしく春風と呼ぶに相応しい、どこか肌寒くも暖かく、生者の力を実感させるもの。
この身に宿す魂で──『冥界を抜けた』ことを実感する。目を開いた剣崎が見たのは、春の芽吹きと舞い散る桜吹雪。微かに染める雪と共に、霊たちが青空を漂っている。
「うぇええ……っ!?」
先ほどまで歩いていた階段は足元にはない。足元を流れる雲間は、自分が空中に立っていることを示してくれていた。
正確には剣崎と妖夢は空中に立っているわけではない。妖夢はともかく、剣崎には自由に空を飛ぶ力はない。
彼らがこの場に、雲の上の空に留まることができているのは、その足元――冥界と顕界、すなわち、あの世とこの世の境界たる『幽明結界』がこの領域全体に広がっているからだ。
振り返ればどこまでも吸い込まれそうな幻想的な光の先に見える、決してこの世とは交じり得ぬ死後の世界、冥界。先ほどまで自分が歩いていた階段は、紛れもなく幽霊たちの住まう屋敷である白玉楼へと続く長い長い階段である。
ここは冥界でも顕界でもない、その狭間。本来ならばここを通り抜けられる者は限られているのだが、今は幽明結界があまり機能していないために歩くこともできる。
幽霊のように薄く透き通っていて気付かなかったが、どうやら自分たちが立っているのは空中そのものではなく、ぼんやりと光る奇妙な力場のようだった。妖夢から聞いた話にあった、冥界と顕界の境界――生者と死者の狭間たるこの場所には、不思議な妖力が働くらしい。
「これが……幻想郷……」
幽明結界の上から広がる雲間を見下ろす。そこに見えたのは、古きよき日本の原風景。昔話に登場するような、幻想的な秘境――幻想郷の光景だった。
気になった点はいくつもある。しかし最も異質なのは、そこに『季節』と呼べる風情があまりに節操なく繚乱していたということだ。
目立つ山には紅葉が、湖や竹林には夏の日差しが。そして最東端の神社やその他の場所には春色の桜たちが咲き誇っている。加えて鬱蒼と茂る森には冥界と同様の白雪が積もっていた。
「見ての通り、幻想郷には再び四季が乱れています」
剣崎に振り返った妖夢が真剣な顔で告げる。再び――と言った言葉通り、幻想郷はかつて今と同じような状況に陥ったことがあると、妖夢は剣崎に対して説明した。
「あのときは未知の怪物なんて現れていませんでした。此度の異変には関係がないのか……」
続けながら妖夢は彼方に見える、巨大な扉へと視線を送る。一見すれば雲の上に突き出た荘厳で見上げるほどの大扉。襖めいた意匠を持つそれは壁などの仕切りを持たず、ともすれば何の意味も持っていないように見える。
されど、この扉こそが真の意味における幽明結界そのものであり、冥界と顕界を扉という形で隔てる概念的な仕切りとなっている。言わばこの結界自体があの世とこの世の境界であり、今は剣崎たちがいる狭間の領域そのものを形成しているとも言える。
結界として物理的に何かを遮断する機能は西行寺幽々子が起こした春雪異変以来、未だに完全な形では修復されていないが、この世とあの世を繋ぐ『扉』としての機能は健在のようだ。
「ここから先は顕界――幻想郷と呼ばれる世界です。無害な幽霊しかいない冥界とは違って凶暴な妖怪も多いので、慎重に――」
天空の花の都とでも形容すべき美しき空。桜と雪の舞い散る幻想的な狭間にて、剣崎に振り返ったままの妖夢の背後に浮かぶ白い影。
ふわりと降りたそれは、春の到来を告げるような無垢な笑顔で妖夢と顔を合わせた。
「春ですかー?」
「ひゃわぁあっ!?」
再び正面を向いた妖夢の目の前で、白いワンピースを身に纏った少女が笑う。同じく白い帽子に白い羽、春風めいた豊かな金の長髪を湛えるは、幻想郷の春の要素が人の形を成した妖精。自然の具現たる妖精の中において『
少女の名は リリーホワイト 。春告精の役割通りに『春が来たことを伝える程度の能力』を有しているはずなのだが、現在の幻想郷は本来の春に加えて様々な四季が繚乱している。いかに妖精でも、混沌とした季節に馴染めないようだ。
今が本当に春であるのか確証が持てない様子のまま、笑顔でこちらに逆に問う。妖夢はその姿に驚いて思わず声を上げてしまうが、すぐにそれが馴染み知った春告精であると認識した。
「な、なんだ。ただの妖精か……驚かせないでよ、もう!」
高鳴る胸を静かに抑える妖夢。まだ見ぬ未知のお化けでも出たのかと肝が冷える思いを拭う。冥界に住まいて幽霊と共に月日を過ごし、自身もまた半霊を伴う身でありながら、妖夢はお化けの存在を苦手としていた。
リリーホワイトの飛翔の軌跡に沿うように舞い散る桜の花びら。未だ冬の気配を残す冥界の霊気が流れ込むこの境界の領域においても、幻想郷が持ち得る本来の春を目覚めさせる。妖精自体に強大な力はないが、彼女らの活動は四季を芽吹かせるための切っ掛けとなるのだ。
「…………!」
春眠暁を覚えず――その理を体現するかの如く呆けた雰囲気のリリーホワイトが不意に表情を変える。冬と春の入り混じる境界の中、一瞬で張り詰めた空気の変化を感じ、春告精の存在に気を取られていた妖夢と剣崎も来たるべき害意に備えて気を引き締めた。
「妖夢ちゃん……! あれって……!」
剣崎が目にしたのはリリーホワイトが振り返った背後の空。幻想郷へと至る狭間の空路、幽明結界の大扉を覆うように。広がった灰色のオーロラは、まさしく白玉楼にてアンデッドの出現を見届けた例の帳だった。
妖夢は剣崎に対して小さく頷く。剣崎のようにアンデッドの存在を知覚できるわけではないが、妖夢とてオーロラの向こうから放たれる悪意を魂を震わせる気配として察知している。
「……っ! 何か来ます!」
一瞬の静寂の後、灰色のオーロラが波打った。そこから現れたのは、やはり漆黒の皮革に鋲を散らした意匠を持つ――おそらくは不死の法則を備えた二体の怪物。
その姿に見られる共通点は、やはり白玉楼に現れたアンデッドたちと同じ。ならば彼らも同じく不死身の怪物たちであると考えるべきだろう。
一体は漆黒の翼を大きく広げたコウモリめいたアンデッド。耳障りな超音波で視覚に頼らず獲物を索敵する『バットアンデッド』は、まさしくコウモリの祖たる不死生物として狙ったものを確実に射貫く正確な注視能力を持つ。
続いて植物のツタ沿いにオーロラから伝い降りたツタ植物の祖たる『プラントアンデッド』は、その名の通りツタ植物を自在に操り自らの手足同然に行使する能力を備えていた。
「キキキキキキィ……!」
「シュルシュルシュル……!」
甲高く鳴き声を上げるコウモリの祖。巻きつく蔓草を擦らせるツタ植物の祖。二体のアンデッドはオーロラから現れ、幽明結界の微かに光る領域に降り立つ。
揺らめくオーロラが雲上の空に影を落としている。コウモリの祖が故に日光を苦手とするバットアンデッドは雲上で活動するため、灰色のオーロラの性質をもって幽明結界の光の屈折を捻じ曲げているのだ。
雲の上の空だというのにこの場所には影が差している――直射日光の当たらぬ領域となったこの幽明結界の地において、バットアンデッドの能力は十全に発揮される。
プラントアンデッドは全身に巻きついた緑色のツタを擦らせ合い、三叉状に分かれたツタ植物の右腕を撫でながら眼前の獲物を睨みつけた。
彼らアンデッドの目的はバトルファイトの完遂。自らの種族の繁栄こそを願い、戦っているはずなのだが――
バトルファイトに関わりのない人々をも襲う理由は、やはり一万年前の戦いで勝利した人類の始祖、ヒューマンアンデッドに対する憎悪の念からだろうか。自分たちを差し置いて繁栄を貪っているヒトという種が気に入らず、求める理想の世界のために排除しようとしているのだろう。
「は、春ですよー!!」
リリーホワイトは対する二体の怪物の威圧感に怯みながらも声を上げる。白く微かな薄羽を広げ、両手を前に出して春を告げた。
自然の象徴たる彼女ら妖精は、言語という伝達手段に囚われず、桜の開花などといった自然現象、あるいは非常に幻想郷らしい『弾幕』をもってそれを果たすことがある。特に春の芽吹きに呼応して興奮状態となった際は激しい弾幕をもって出会う者たちに春を知らせるのだが、今は交わる季節への混乱と未知の怪物への困惑で、自衛のため咄嗟に弾幕を展開したようだ。
桜の花びらが如く優雅、かつ鮮烈なリリーホワイトの通常弾幕。自然の一部たる彼女らは一対一の弾幕ごっこに興じることが少ないため、スペルカードを使用するという発想に至ることができなかったらしい。
二体のアンデッドの皮膚にいくつもの光弾が命中する。しかし所詮は妖精の力、自然を集めた一撃でもない限りはあまりに微かなものでしかない。
当然それは大したダメージにならず、リリーホワイトは自らが放った弾幕ごとバットアンデッドの羽ばたきに吹き飛ばされ、幽明結界を超えて雲下の幻想郷へと落ちていってしまった。
「…………っ!」
「剣崎さん! 今は目の前の敵に集中してください!」
リリーホワイトが落下したのを見て、剣崎は表情を変える。が、妖夢が妖精の概念を続けて説明したことで落ち着きを取り戻すことができた。
妖精は自然が擬人化したもの。たとえ死して消滅を迎えても自然が存在する限り同一個体として再発生する。彼女らは厳密な意味で生物と定義されたものではないため、その身の安否を心配する必要はないのだという。
そもそも妖精は元より自由な飛行を可能とする。あの程度では『一回休み』にも至らないはず。そんなことより、今は眼前に立ち塞がる二体のアンデッドを最大限に警戒すべきだ。
「シュルルッ!!」
妖夢の一瞬の隙を突く触手の一撃。眼前に飛び迫ったツタ植物を咄嗟の抜刀で切り払い、妖夢は視界に閃く楼観剣の刃と飛び散る緑色の鮮血を見届ける。
あのツタを切り裂くのは容易。この二体の怪物も白玉楼に現れた者たちと同程度なら、死に至らしめることはできずとも楼観剣の切れ味をもってすれば、無力化まではできる。
「よし、刃は通る……!」
霊力を込めていない斬撃でもツタの切断は可能だった。少なくとも、先日戦ったイナゴの怪物やヘラジカの怪物ほどの強度はない。外殻の堅牢さに特化した怪物でないのであれば、霊力さえ込めればその装甲を切り裂くのは簡単だと知り、
あとは彼らを封印可能域まで消耗させるだけだが――もう一体の怪物が動きを見せた。
「キィ――――ィイッ!!」
「あ……っぐ……!」
耳を
たとえ脳髄が揺らいでも決して楼観剣を手放すことはない。先日の戦いと同じ過ちは繰り返さない。妖夢は歯を食いしばり、左手に形成した光のスペルカードで空を切った。
「……
その宣言と共に光の札が輝き散る。直後、妖夢の傍に漂っていた彼女の半霊、妖夢の頭ほどの大きさを持つ人魂であったそれが光と歪み、白く朧気に形を変えた。
妖夢のスペルカード【 魂符「幽明の苦輪」 】は自らの半霊に『半人』としての機能を一時的に分け与える技法。この力により、妖夢の半霊は先ほどまでの霊魂の形から妖夢の姿を投影し、本体より薄く半透明なままだが妖夢の姿と同じものとなる。
妖夢と同じ姿をしているがこれは半霊。生身のままの感覚機能は五感に依らず、霊体として機能している。超音波という物理的な空気の振動は、霊体である半霊の妖夢には通用しない。
「…………!」
半霊の妖夢は霊体の身で形成した青白い楼観剣の形を振るってバットアンデッドの身体を切り裂く。実体の楼観剣ほどの威力はないが、超音波を放ち続ける怪物を怯ませる程度なら十分なだけのダメージを与えられた。
本来は半人の動きを模して追従させ、妖夢の残像として追撃を与えるためのスペルカードだが、窮地を脱するため独立した動きをさせたことで本来よりも短い効果時間しかない。ただの一撃を与えただけで、幽明の苦輪の効果で妖夢の姿を得た半霊は元の形に戻っていた。
「変身!!」
『ターンアップ』
懐から取り出したチェンジビートルのカードをブレイバックルに装填する剣崎。掛け声と同時にベルトを装い、腰元のターンアップハンドルを引くことで自らの正面にオリハルコンエレメントを展開する。
青白く輝く光の帳は、剣崎の眼前に飛び迫るプラントアンデッドのツタを弾き返した。ただ一部、その光を逃れたツタが剣崎の腕を切り裂き、緑色の血を散らして。
「っ……うぇいっ!!」
気合を込めて幽明結界の虚ろな足場へ踏み込む。勇気と駆け抜けるはかつてと同じ誇りのままに、剣崎はオリハルコンエレメントを潜り抜けて再びブレイドのスーツを纏う。駆ける勢いを緩めぬままに、その手でブレイラウザーを引き抜き怪物を切りつけた。
妖夢の楼観剣と同様――否、妖怪に鍛えられたかの名刀に比肩するほど、あるいはそれを上回るほど。BOARDという組織が作り上げた覚醒の刃は、不死の皮革を容易く切り裂く。
「剣崎さん、まだ封印できませんか!?」
「残念だけどまだ無理みたいだ!!」
妖夢の声が雲上の空に響く。ブレイラウザーを左手に持ち替え、返答する剣崎はブレイドの赤い複眼で二体のアンデッドを睨んだまま、ブレイラウザーのオープントレイに指をかけた。
「(やっぱり……俺のプロパーブランクは反応しない……か)」
ブレイラウザーを引き抜いた時点で分かってはいたが、オープントレイを開いた状態でもそれは変わらない。
ベルトに装填したスペードのA、チェンジビートルを除いた12枚すべてのスペードスートがここにあるが、未だ如何なるアンデッドも封印されていない8枚の空白の札、プロパーブランクは一枚たりとも輝いていなかった。
剣崎の持つスペードスートのプロパーブランクが反応しないということは、向かうアンデッドがスペード以外のスートを持つということに他ならない。
封印するアンデッドが決められているプロパーブランクでは、対応していないアンデッドを封印することは不可能だ。剣崎が持つスペードのプロパーブランクの中に彼らを封印できるものは存在しないが――
そういったアンデッドと遭遇した場合に必要となる『もう一種類の
「キキィッ!!」
剣崎がプライムベスタを使おうとした瞬間、バットアンデッドが再び甲高い声を上げる。赤く広げた両翼から、無数のコウモリの群れが飛び迫ってきたのだ。
「くっ……!」
咄嗟にオープントレイを閉じ、ブレイラウザーを構え直して迫るコウモリの群れに対処していく。アンデッドと同様に緑色の血を流して落ちるも、アンデッドの身から分裂したコウモリは死滅してもすぐに本体へ還元されてしまう。
アンデッドの体力が続く限り放たれ続ける無数のコウモリ──これらは生物でありながら彼らにとっては単なる攻撃手段、幻想郷的に言えば『弾幕』と呼べるものでしかない。
かつて在りし日、信頼する先輩たる男、ライダーシステム第1号の装着者だった男はこのコウモリの群れにも決して狼狽せず。その手に持った拳銃型の
得物こそ違えど実際にその攻撃を対処してみて分かる。忙しなく翼を動かし、飛び回り続けるコウモリを正確に狙って撃ち落とすなど――並大抵の射撃精度では到底成し得ないのだと。
幽明の苦輪を発動した直後で霊力が整い切っていない妖夢もバットアンデッドが放つ無数のコウモリに刀を振るっている。
緑の血は散れど、どれだけ斬っても数は減らず。弾幕ごっこに慣れた妖夢ならすべてを回避するという手もあったが、避けてばかりでは永遠に勝負はつくまい。多少の傷を負ってでも、これらのコウモリを切り開いて本体を攻撃しなければ戦いは終わらないはずだ。
スペルカードで一掃するか――と再び霊力を左手のカードと具現させる。右腕だけで振るう楼観剣には切り込みの重さが不足してしまうが、時間稼ぎに身を守るだけなら十分だろう。
「断命剣……! ――っ!?」
再び楼観剣に霊力を纏わせて放つ断命剣「冥想斬」を発動しようとしたが、背後から迫ったプラントアンデッドのツタに気づき、それを寸前で回避したことで集中させていた霊力が微かに途切れてしまう。
それだけではなく、無数のコウモリを避けるパターンから外れてしまったことでまだ霊力の整い切っていない楼観剣を振るわざるを得なくなった。
スペルカード発動には足りない霊力。放たれた斬撃は目の前のコウモリたちを斬り払うことには成功したが、これではただ霊力を込めただけの通常の斬撃と変わらない。晒してしまった隙を埋めようと再びプラントアンデッドに向き直るが――妖夢の判断は間に合わなかった。
「しまった……!」
放たれたツタは楼観剣を握る妖夢の右腕をしっかりと縛りつけ、動きを封じてしまう。半霊から六道怪奇のショットを放つことでコウモリへの対処はなんとかなっているが、利き腕を封じられた状態では楼観剣を振るうことができない。
霧散した霊力を搔き集めて再び半霊に半人の機能を与えようとするも、やはり正面のプラントアンデッドはそんな悠長な真似を許してはくれないようだった。
「大丈夫か!?」
剣崎が妖夢の腕に絡みついたツタを切断しようとする。しかし、バットアンデッドはさらに攻撃の手を強め、コウモリの一匹一匹からも超音波を発してブレイドを苦しめる。これではその対処に精一杯で妖夢のもとへ向かえない。
狙うなら俺を狙え――と声を上げたい。いくら幻想的な力を持つとはいえ、妖夢は生身の少女であるのだ。戦うために造られたライダーシステム、ブレイドの方がアンデッドの攻撃に耐えられるのは間違いない。
自分は孤独じゃない。決して一人で戦っているわけじゃない。妖夢の目を見て想う。剣崎はかつて、仲間たちと共に。そして今は、同じく人でありながら人ならざる妖夢と共に。
「剣崎さん! ここは私が食い止めます! 貴方だけでも……!」
「何バカなこと言ってんだ!」
必死に光刃を放ち続ける半霊を横目に、妖夢は左手で抜いた白楼剣で右腕のツタを斬ろうとするが、今度はその隙に放たれたツタをもって左腕と胴体までもが自由を奪われた。そんな光景をただ見ていることしかできないなど、剣崎には認められない。認めたくはない。
「(俺にも何かないのか……! あんな感じの、何かが……!)」
バットアンデッドの超音波で意識が遠くなりかける。絶えず迫る無数のコウモリを切り捨て続け、プライムベスタを使う暇すら見出せないまま。剣崎の思考には、妖夢が放った魂符「幽明の苦輪」の姿が残っていた。
自分が動くことができなくても動かせるもの。自分の手足と動かせるだけの力。妖夢の半霊に等しい、一心同体の相棒とも呼べる、そんな心強い力が──
そこまで考えて、剣崎は共に運命に立ち向かったもう一振りの『
「(そうだ……いるじゃないか。俺にも……心強い、頼れる相棒が……!)」
超音波にも惑わされず、コウモリを斬り続け。そのまま剣崎は自身の思考をブレイドのシステムの中枢として。研ぎ澄まされた思考をライダーシステムの信号に変え、この頭蓋の奥の意志を彼方で待つ『相棒』への呼び声と届けるために。
友と別れ、仲間と別れ、仮面ライダーとしての自分と別れ――人間としての自分とさえ別れたあの日から。共に歩み続けた道。その先の未来を、運命の切り札と駆けてくれた力。
剣崎と共に冥界へと誘われた
「キキィギァァッ!!」
「シュルルゥギャアッ!!」
灰色のオーロラを突き破りながら、白玉楼階段への道から舞い降りた蒼穹の鉄馬は二体のアンデッドを前輪の衝撃でもって強く殴り飛ばす。予期せぬ来訪者に対処できず、バットアンデッドとプラントアンデッドはそれぞれコウモリとツタによる猛攻を阻まれた。
この場に現れた一機のバイク。夜空めいた濃紺のボディに蒼く美しく透き通ったスペード状のカウルが特徴的なそれは、ライダーシステム第2号、ブレイドのためにBOARDによって開発された対アンデッド戦闘用の高性能ビークルだ。
ブレイドのシステムとリンクしたコンピュータを持つため、ブレイドの変身者――剣崎の意思によって自由に遠隔操作できる機能を備えている。共に冥界に誘われたときからかの雪庭に置いてきたばかりのものを、この機能で呼び戻すことができたのだ。
剣崎が戦士として選ばれた日から共に歩んできた『ブルースペイダー』と呼ばれるバイクは、かつての戦いで何度も遂げたように、此度においても怪物に対する反撃の一歩となった。
「の、乗り物……!?」
無人のままアンデッドを突き飛ばし、剣崎のもとへ旋回するバイクを見て、妖夢が困惑の表情を見せる。ライダーシステムが
ブルースペイダーの衝突によってプラントアンデッドが吹き飛ばされ、その勢いのおかげで妖夢と繋がっていた怪物のツタは引き千切れてくれた様子。未だ身体はツタに絡められ自由に身動きを取ることはできないが、少なくとも怪物の支配下からは逃れられた。
プラントアンデッドとバットアンデッドは衝撃に確かなダメージを負っている。さらにバットアンデッドはブルースペイダーの出現で灰色のオーロラを突き破られてしまったことで、そこから差し込んでくる雲上の陽光に怯み動けないようだ。
剣崎はブレイドとしての赤い複眼でブルースペイダーを見やる。複眼と同じ色の赤い
「……もう一度、俺と一緒に戦ってくれ」
呟くようにバイクに語る。手にしたプライムベスタ──スペードの6たるサンダーディアーをブルースペイダーの機体、タンクの上部に備えられた『モビルラウザー』の溝へと滑らせた。
『サンダー』
ブルースペイダーのモビルラウザーからブレイラウザーと同じ無機質な電子音声を聞く。同時に青白く放電を始めた車体にしがみつき、剣崎は右手でアクセルグリップを引き絞る。急激な加速に前輪が持ち上がるが、剣崎――ブレイドが体勢を崩すことはなく。
「シュル……ギュアアッ!!」
直撃。ブルースペイダーにディアーサンダーの力を宿す【 サンダースペイダー 】の一撃をもって、放電する車体はプラントアンデッドの身体に電撃と突進の衝撃を与えた。青白く帯電しつつ後方へ吹き飛ばされるアンデッドを視認し、今度はすぐさまブルースペイダーから降りて妖夢の方へと駆け寄っていく。
彼女の身体に絡みついたプラントアンデッドのツタを丁寧に切断し、解放する。ただ拘束されていただけであったようで、妖夢の身体にはさほどのダメージはなかったらしい。
「……っ! 今なら……!」
自由の身を取り戻すや否や妖夢が霊力を溜め始める。白楼剣を鞘に収めつつ、楼観剣を振り上げ構えながら、妖夢は陽の光に怯むバットアンデッドを睨んだ。
目を閉じ気を研ぎ澄まし、心の中に札を掲げる。光と散った意思のスペルカードを発動させ、妖夢は向かう不死の怪物に目を見開いて。蒼白の霊気と共に、掲げた楼観剣を振り下ろす。
「――
霊力によって長大な刀剣と輝き伸びた楼観剣の波動をもってして。未だ距離のあったバットアンデッドを離れた位置から一刀両断せしめんほど。
妖夢の放った【 断迷剣「迷津慈航斬」 】は断命剣「冥想斬」の刃をさらに強化した高出力の斬撃だった。彼方の空に届くほどに巨大化した光の刃がバットアンデッドの身を深く斬り裂き、淀んだ緑色の血を噴き上げさせる。
その一撃を受けたバットアンデッドの腰から渇いた音を聞く。紛れもなく不死生物の象徴たるアンデッドバックルが開いた音。それは彼らにとって、仮初めの死を意味するものだ。
「すみません、またしても助けていただいて……」
「それなら俺の方もだ。昨日は、君が来てくれなかったら危なかったしさ」
妖夢はブレイドの姿のままの剣崎に向き合い感謝の言葉を続けた。サンダースペイダーを受けたプラントアンデッドもバットアンデッドと同じく、すでに限界を迎えアンデッドバックルが展開している。
蛇の円環の内側に刻まれた『♥7』と『♦8』の刻印は、やはり紛れもなく彼らがスペードスート以外のスートを持つことを示していた。
剣崎はブレイラウザーから鎖の描かれた空白のカードを二枚抜き取る。どちらも端にスートとカテゴリーのない共通用の『コモンブランク』と呼ばれるもの。
この未知なる幻想の郷にて取り戻すことができたプロパーブランクはスペードのものだけであったため、スペード以外のアンデッドを封印するにはスートやカテゴリーを問わないこのカードを使うしかない。
コモンブランクで封印したアンデッドは封印後に『ワイルドベスタ』と呼ばれるラウズカードとなり、対応するスートのラウザーに通すまではラウズカードとしての能力を使用できなくなるという制限があるのだが、対応するプロパーブランクがない以上は仕方あるまい。
ジョーカーの姿であればその能力をもって強制的にプライムベスタとして封印できる。が、理性を維持できるかさえ危うい怪物となり果ててまで下級アンデッドのプライムベスタを取る必要性は高くないと考えられた。
何より剣崎自身がライダーの誇りをもって人類を守ると誓ったのだ。たとえ異なるスートの力が使えずとも、自分には仮面ライダーの資格があると。
手にした二枚のコモンブランクを、倒した二体のアンデッドに投げようとするが──
「ギィ……」
「シュル……」
剣崎はまだカードを放っていない。にも関わらず、アンデッドは虚空から飛来した二枚のラウズカードによって淡く空を染める緑色の光を放ち、封印されてしまう。
「うぇ!?」
ブレイドの赤い複眼が捉えた光景は紛れもなく。たった今封印しようとしたアンデッドが、別の何者かによって封印されてしまった──
カードが放たれた方向、アンデッドたちよりも上空を見る剣崎と妖夢。幽明結界の朧気な光とブルースペイダーによって切り裂かれた歪な雲の果て、剣崎は見慣れない人影を目にした。
橘さん曰く面白いカテゴリー8です。
そして相変わらず一話の文字数と話の区切りをいい感じに調整する技能がボドボドすぎる……