東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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【 境界『 追想の物語 2003 ~ 2005 』 】
第38話 双龍 / 水の心と火の希望


 博麗神社。多くのベ・ジミン・バに加え、ズ・グジル・ギとズ・ガルガ・ダの襲撃を乗り越え、撃破を果たしたその翌日の昼。霊夢とあうんは五代と共に、もう一度だけ自分たちが有する情報の交換に努めていた。

 西暦2001年の1月からこの地に誘われた五代雄介。クウガの力にグロンギの存在。そして、八雲紫が語った計画とはいったい何なのか。

 霊夢の思考に浮かんでいたのは紫の言った『九つの物語』という言葉だ。五代雄介が生きたクウガの世界、グロンギたちとの戦いを一つの物語と定義するなら、九つの物語とは――五代雄介の他に、幻想郷に招かれるだけの意味を持つ物語がまだ八つは存在するのか。

 

 空は昨日と変わらず快晴の青を見せている。はらはらと舞う桜の花びらは紛れもなく春のそれだが、本来の季節にも関わらず、今ある四季異変の様相を思えばそれもまた異質に見えた。

 

「……噂に聞く『仮面の戦士』ってやつ……もしかして五代さんの他にも……?」

 

 境内の石畳にて桜を掃く箒の手を止め、霊夢は懐から取り出したカードを見つめる。バーコードじみた仮面を描く灰色の絵柄から伝わる気配、底知れぬ破壊衝動のようなものは、やはり見ていて気持ちのいいものではない。

 その不気味なカードを再び懐へと戻しては、箒の柄をぎゅっと握る。曖昧な不安感を誤魔化すように、霊夢は目を閉じて一度小さく深呼吸をしてみせた。

 

 そのとき、不意に賽銭箱の傍に止めてあったビートチェイサー2000が高い嘶きを上げる。

 

「っ!?」

 

 その音に驚いて思わず箒を手放してしまったが慌てることなく。霊夢が賽銭箱に近づき、ビートチェイサーのコンソールを覗くと同時、神社の戸を開けて五代とあうんが顔を出す。

 

「これって……霧の湖? いったい誰が……」

 

 コンソールに浮かび上がったのは幻想郷の地図の一部だ。妖怪の山から流れる川の先、霧の湖が拡大された座標が示されている。

 霊夢の通信札に呼応したビートチェイサーの無線機の音は、五代の耳によく馴染んでいる音。だが、それは同時に未確認生命体の出現を意味する、あまり聞きたくはない音。

 共に戦線を乗り越えた刑事との他愛ない会話を楽しむこともあったが、彼の本分は元より未確認生命体――グロンギの対策だ。そして、その役割は冒険に背を向けた五代も同様である。

 

「とにかく、そこに行ってみよう」

 

 誰がこの座標を送ってきたのかは分からない。が、霊夢も五代も、己の勘が叫ぶ。この信号が示す場所に向かえと。

 霊夢は五代の言葉に小さく頷き、手にした箒を神社に立てる。五代は目の前のビートチェイサーに跨り、備えつけられていたヘルメットを被った。

 キーを入れてはエンジンを強く唸らせる。スタンドを上げてはゆっくりと機関に熱を灯らせる。霊夢はふわりと宙に浮き、一度頭を染める不安を晴れ渡る青空の彼方に吹き飛ばして。

 

「……あうんちゃんはここで待ってて!」

 

「は、はい! 気をつけてください、霊夢さん!」

 

 霊夢は心配そうに狼狽えるあうんに声をかけ、五代と共に博麗神社の境内を抜けていった。

 

◆     ◆     ◆

 

 紅魔館。真司と美鈴、そして咲夜たちがゼブラスカル ブロンズを撃破し、シザースに変身したルーミアとの出会いから一日が経つ。

 彼女が語ったベージュのコートの男性はおそらく神崎士郎ではない。かといって、真司たちには帽子と眼鏡を身に着けているとされるその人物には特に心当たりがなかった。カードデッキを持っているということは仮面ライダーであるのか、それとも神崎士郎と関わりのある真司の世界の誰かなのか――

 

 美鈴たちも自分たちが持ち得る情報を改めて確認している。真司は自身が『戦いのない歴史』の西暦2003年の1月から幻想郷に来ていることを認識した。

 幻想郷の時空は彼が元いた龍騎の世界とは異なり、現在は西暦2020年の春。その差異もまた真司を混乱させるものの大した影響はなく。元より四季異変や幻想郷という存在そのものが現実離れしているのだ。

 2002年にカードデッキを手にし、2003年までの一年間を戦った。そしてその過去そのもの、歴史そのものが神崎兄妹の祈りによって再編され、真司の記憶にはライダーとしての戦いが失われた一年間と、この幻想郷にて取り戻した戦いの記憶が混在している。

 

 考えることは得意ではない。真司は紅魔館の客室で、咲夜が淹れた紅茶に口をつける。深く優しい香りに包まれると、やはりどこか自らが生きた世界の喫茶店を思い出すようだ。

 

「…………!」

 

 カップを置いた瞬間。不意に、真司は頭蓋を鋭く貫く甲高い金属音に耳をしかめる。疑いようもなく、それは鏡の中の世界からの来客を告げる知覚。仕事の合間に美鈴を呼び、真司と共に紅茶の休憩を与えていた咲夜も表情を変えた。

 ミラーモンスターとの契約を交わしていない美鈴もブランクデッキを持つ以上はその気配に気がついている。ただ三人がすぐに動くことができなかったのは、ミラーワールドからの反応がここを含めて二つ――それぞれ同時にまったく異なった場所のモンスターを示していたからだった。

 

「館内に一匹……それに霧の湖の方にも……二匹?」

 

「私はお屋敷のお掃除もあるし、紅魔館(こっち)の方を片付けるわ。……あなたは城戸さんと湖の方へ」

 

 紅魔館に現れた気配はディスパイダーに満たない程度のもの。あまり大きいとは言えず、咲夜は自分一人で十分だと判断した。目線でそれを伝え、美鈴も了承して頷く。

 霧の湖といっても紅魔館の目の前からその向こう岸までその名を冠している。おそらくは里側の領域に現れたのだろう。ここからでは気配がやや遠く感じられ、その個体の強さまでは感じ取ることができない。

 幸い、霧の湖の規模は大きくなく、さほど時間をかけることなく到着できるはずだ。

 

「俺が言うことじゃないかもしんないけど……あんま無茶すんなよな!」

 

 真司は咲夜にそれだけ言うと、美鈴と共に紅魔館の客間を出る。つい最近――彼にとってはほんの数日前までの癖で水色のジャケットを羽織って外に出ようとしてしまったが、窓から差し照らす日差しの通り外は真夏日の気候である。

 未だ四季の異常に混乱する思考を燃やし散らし、真司はジャケットを持たずに外へ出た。

 

◆     ◆     ◆

 

 霧の湖。その名の通り白い霧に包まれて遠くまで見ることができない場所。されど今は灰色のオーロラが霧を遮っているのか。あるいはその境界の先へ流しているのか。霧の湖は、普段の昼よりかは幾許か見通しがよくなっており、その霧の中には三体の影が映し出される。

 

 ……まずは 妖精からだ

「……ラズパ ジョグゲギ バサザ」

 

 白い霧を不快そうに手で払いながら呟く男。パーマがかった黒髪と素肌に纏った革色のジャケットは、ズ集団であるバッタ種怪人『ズ・バヅー・バ』の人間態が好む服装だ。彼はこの場に二体の怪物を引き連れて現れ、小さな妖精たちを視界に収めた。

 左の二の腕に刻まれたバッタのタトゥを撫でると、男の身体は腹部に埋め込まれた魔石ゲブロンの力によって変化する。彼の内から湧く闘争心を醜く具現化した姿、グロンギとしての怪人態――それは土色の身体にヒビ割れめいた顔の溝とベージュの布をマフラーの如く装ったもの。

 

 行け お前たち 奴らから 力を奪え

「ギベ ゴラゲダヂ ジャヅサ バサ グダゲ ゾヂバサ」

 

 背後に控えていた二体の怪物はズ・バヅー・バの知るクウガの世界の怪人、すなわち彼の同族に当たるグロンギではない。本来ならば交わるはずのない異世界、龍騎の世界の法則に由来する鏡の世界の怪物――ミラーモンスターだった。

 ヤギのようでもウシのようでもあるその特異な体躯は人型の異形に捻じ曲げられてなお立派な双角を掲げ、さながらレイヨウの怪人と呼べる雄々しい野性味を力強く放っている。

 

「ギギギィィィイイッ……!!」

 

「ギィッ、ギィッ、ギィィイイッ……!!」

 

 二体のうちの片方は深い紫色の身体に黒い装甲を纏い、紅い目と螺旋状の双角を持つ。その腕には刃を生やし、武器としてこれまた螺旋状の双角を模した大型の槍を構えたレイヨウ型ミラーモンスター『ギガゼール』だ。

 もう一体は同じくレイヨウに似た姿を持つが、こちらはくすんだ金色の身体に鈍色の装甲を纏っている。真っ直ぐ伸びた角は刺突力よりも切断力に優れたハサミを思わせ、こちらもやはりハサミめいた巨大な刃を武器と構えた『メガゼール』と呼ばれるレイヨウ型モンスターである。

 

「第6号……!」

 

 そこへビートチェイサー2000に乗った五代雄介が現れた。晴れているとは言い難いが、戦闘に支障をきたさない程度には薄まった霧の中、ズ・バヅー・バは余裕そうに腕を組む。

 

 クウガか こんなところに 何の用だ? ここには リントは いないぞ

「クウガバ ボンバ ドボソビ バビン ジョグザ? ボボビパ ギバギゾ パ リント」

 

「相変わらず何言ってんだか分かんないけど……あんたが未確認(グロンギ)だってことは分かったわ」

 

 バイクを停めてヘルメットを外した五代の隣にふわりと霊夢が着地する。びしっと力強く大幣を掲げ、敵意を込めた視線で正面に立つバッタ種怪人を睨んだ。

 

 腕を組んだまま表情の見えない無機質な顔で微かに顎を動かし、二体のミラーモンスターに指示を出すズ・バヅー・バ。ギガゼールとメガゼールはそれぞれ螺旋状の筋肉を備えた強靭な脚を活かし、武器を構えて遥かな跳躍を見せる。

 五代は戦士として戦ってきたその経験から、霊夢は日々の弾幕ごっこで培った反射神経からクウガの世界の法則に依らぬモンスターの攻撃を避けるが、忙しなく動くその動きを掴めない。

 

「うぎぎ、目の前をうろちょろと鬱陶しい奴らね! こいつらもグロンギなの?」

 

「あのバッタみたいな奴は前に倒したことがあるけど、それ以外は……」

 

 博麗神社や人間の里でも交戦したことのあるベ・ジミン・バを彷彿とさせる動き。ヤギやウシを思わせる軽やかなステップは手にした武器の勢いもあり、霊夢たちを翻弄した。

 

「あっ! あのモンスター! たしか佐野の……!」

 

 霊夢と五代のすぐ傍に立ち込める霧。彼方にてオレンジ色のスクーターを停めた真司と、その隣にふわりと着地した美鈴がギガゼールとメガゼールの姿に注目する。

 真司の記憶においてはそのモンスターはとある仮面ライダーとの契約を交わしていた契約モンスターの一種であり、レイヨウのようにも見える鏡像の怪物は、彼も戦ったことのある相手だ。

 

「……でも、契約モンスターの気配じゃない。野生のモンスターなのか?」

 

 レイヨウ型ミラーモンスターと契約した仮面ライダーの存在を、真司は知っている。根は悪い奴ではないのだろうが、あまり性格が良いとは言えないような自信家の青年だった。もっとも、真司の知るライダーなどほとんど歪んだ性格の奴らなのだが。

 その仮面ライダーと出会う以前にもレイヨウ型のモンスターと遭遇し交戦したことがあったため、おそらくはそれらと同様に同種の別固体であろうことに気がつく。以前これらと戦った際はあろうことが小学校に現れ、多くの児童たちが理由なき恐怖に慄くこととなってしまった。

 

 だが今はそれ以上に気になるものがある。少なくとも野生のモンスターとしての気配を持つギガゼールとメガゼールの他に立つ異形、こちらについてはその気配自体が奇妙なもの。

 

「真司さん、あのモンスターの気配……」

 

「俺も気になってた。あいつだけモンスターの気配を感じない……」

 

 後方で腕を組むバッタじみた怪物はおそらく龍騎の世界の法則に由来するミラーモンスターではない。クウガの世界に存在したグロンギという怪物、ズ・バヅー・バの由来など知る由もない真司たちだが、その違いは感覚的に伝わってきた。

 怪訝そうな表情でズ・バヅー・バを睨む美鈴の言葉に返す真司もまた、モンスターよりも理性的な佇まいを見せる怪物を訝しむ。その正体も気になるものの、今はまずミラーワールドからの来訪者たちを撃破すべき。

 湖に差す光の加減か風によるものか、立ち込める霧によってあまり良くは見えないが、おそらくは真司たちよりも先に霧の湖(ここ)にいた二人の人物がギガゼールたちに襲われているようなのだ。

 

「…………」

 

 薄くぼやけた霧のベールを隔て、霊夢と五代、美鈴と真司が集う。そのまま槍を振り下ろしたギガゼールの一撃を避けつつ、紫紺の身体を蹴り飛ばして両足を広げる五代。腰を丸く両手で覆い、その身にアークルを出現させると、いつも通り右手を左前へ。

 微かな霧以外は何もない虚空に龍の紋章が象られたカードデッキを向けることで、真司は己が腰にVバックルを装う。霧の向こうに映る人影の顔こそ見えないが、奇しくも真司の構えは隣合う五代と似た、右腕を左側へと鋭く突き上げるもの。

 

 晴れ渡る笑顔の物語を背負う男は太古から続く戦士の力を。信じる願いの物語を背負う男は合わせ鏡が映し出す騎士の鎧を。異なる世界を生きた二人の男たちは、決して交わるはずのない物語と歴史を超えて。この幻想郷――忘れられた地に、等しき覚悟を込めた『一声』を重ねた。

 

「「変身っ!!」」

 

 アークルの左側に固めた左の拳を包み込む。Vバックルの正面に龍の紋章が輝くカードデッキを叩き込む。

 二人は共に両腕を広げて己が全身を誇示するが五代は手を開いて肘を伸ばし、真司は拳を固めたまま肘を曲げて。同じ『変身』という行いながらその差異は世界の差異。古代リントが生み出した戦士『クウガ』と神崎士郎が作り上げた騎士『龍騎』の姿が、ここに並び立った。

 

 不意に吹き込んだ風が二人を遮る霧を少し晴れさせる。夏の色を帯びた陽を浴びて虚ろに輝くは、青空の如く爽やかなクワガタムシの赤い装甲と、鏡の如く張り詰めた龍の灼熱(あか)い鎧。

 微かにその鮮やかさに目を向けた二人。クウガと龍騎の赤い複眼が、互いの姿を認識した。

 

「また別のライダー……!? でも、デッキがない……?」

 

「あれは……クウガ!? ってわけでもない……のかな……?」

 

 真司と五代の疑問は霧の中に吸い込まれていく。その姿もそうだが、真司はすべてのライダーが共通して持つはずのVバックルがクワガタムシの戦士にないこと、五代はリントの霊石を宿すアークルが龍の如き騎士にはないことに違和感を覚えた。

 驚いているのは二人だけではない。幻想郷の歴史に存在しない未知の戦士がここに二人。それもそれぞれ五代と真司から聞いた話に当てはまらない存在が、この場に一人現れたのだ。

 

「霊夢? ええ……? こ、これはいったいどうなってるの……!?」

 

「……なんだか面倒くさいことになってきたわね。とにかく、話はあとよ!」

 

 美鈴の困惑も霊夢の困惑も必定。だが、霊夢はすでにその可能性には辿り着いていた。五代雄介以外の存在も異なる世界から現れる可能性に。クウガの物語とは別の物語から、それぞれ別の戦士が招かれているという予感に。

 五代と真司、霊夢と美鈴。その誰もが未知の戦士について聞きたいことはあるが、今は目の前にいる怪物――グロンギとミラーモンスターの相手をすべきだと判断し、霊夢は燃えるような願いに抱かれた龍の騎士から目を逸らし、バッタとレイヨウ、それぞれの怪物に対して向き直る。

 

 あれが バルバの言っていた 異世界のクウガ……

「ガセグ ギデ デギダン バルバ ギゲバギン クウガ……」

 

 興味深そうに顎を撫でる怪人態のズ・バヅー・バ。因縁深きクウガに続いて向ける視線の矛先はミラーワールドの法則を宿した鏡像の騎士。

 無機質ながら悪意に満ちた異形の貌をニヤリと歪めると、ズ・バヅー・バはおもむろに右腕を上げる。頭の上でパチンと指を鳴らし、霧の湖の空にいくつものオーロラを展開した。

 

 また新手が来るのか――と身構えていた霊夢の予想に反して気配はない。代わりに、オーロラの彼方へと霧が吸い込まれていくことで湖の見晴らしがさらに良くなる。怪物は満足そうに霧のなくなった湖の空気を吸い込むと、そのままゆっくりと上げた右腕を下ろした。

 

 オーロラの役割はただ霧を吸い上げるだけではない。ズ・バヅー・バの意思によって接続された異界から『建造物』らしきものを突き出し、自然豊かながら人工物の気配などはなかった霧の湖にいくつもの鉄骨――建物の支柱と呼べるものを現したのだ。

 脚部に螺旋構造の筋肉を等しく持つバッタのグロンギとレイヨウ型ミラーモンスター。ズ・バヅー・バの跳躍に続き、ギガゼールとメガゼールもそれぞれ後方に飛んでは鉄骨に足を乗せ、跳ね回るように次の鉄骨へと跳び移っていく。

 霧がなくなり透き通るような青空を夏の日差しが照らすこの湖に、空を見上げれば太陽の逆光が目を眩ませる。そんな状況で、ズ・バヅー・バたちは上空から絶え間なく襲ってきた。

 

「くっ……!」

 

 今度は 青くならないのか?

「ボンゾパ ガゴブ バサ バギンバ?」

 

 五代はズ・バヅー・バの上空からのキックを両腕で受け止め、それを抑えたまま怪物のグロンギ語を聞く。言葉の意味こそ理解できないが、五代は怪物がクウガの力に何か別のものを望んでいるように思えた。

 霊夢と美鈴は上空から迫るギガゼールとメガゼールの攻撃を回避しつつ、弾幕で牽制。相手が空を跳ね回るのなら、こちらも相手の領域へ踏み込むだけだ。

 

「空から攻撃しようったって無駄よ! こっちだって飛べるんだから!」

 

「真司さん! と、そっちのクワガタみたいな人! 地上から挟み撃ちをお願いします!」

 

 大地を蹴って空へ飛び上がる二人。幻想の流儀に従い、主に空中で行われる弾幕ごっこと同様に、少女たちは何の苦もなく怪物が制圧する空の領域へと踏み込んでいく。

 

「っしゃ! 絶対撃ち落としてやるからな!」

 

『ストライクベント』

 

 真司はカードデッキから取り出したアドベントカードをドラグバイザーに装填し、右腕にドラグクローを装備する。霧の湖に映ったドラグレッダーを呼び出すと、背後にそれを控えさせて勢いよく右腕のドラグクローを突き出した。

 ドラグレッダーの咆哮と共に火球――ドラグクローファイヤーが空を焼く。霊夢を攻撃しようとしていたギガゼールを狙ったつもりなのだが、その一撃は軽やかな後退で回避されてしまった。それどころか怪物が不用意に動いたせいで危うく霊夢の身に当たりそうになってしまう。

 

「うわっ! 危ないじゃない! そこの鉄仮面!」

 

「ごめんっ! ってか、後ろ後ろ!」

 

 憤慨する霊夢に謝罪しつつ、真司は霊夢の背後に迫ったズ・バヅー・バの攻撃を警告する。何とか振り返ったものの反応が間に合わず、霊夢は咄嗟に腕を交差させて正面からの蹴り込みを防ぐ。ダメージは抑えたが、その勢いによって地上へと叩き落されてしまった。

 

「ちっ……! やってくれるわね……!」

 

 視線を上げてただ一人、空で奮闘している美鈴と戦っているズ・バヅー・バを睨む。すぐさま空へ戻るが、このまま戦闘を続けても初対面の赤き騎士との連携不足や軽やかな怪物の動きについていくことができず、まとめてやられてしまう可能性が高い。

 人間の里で五代雄介――あのときはまだ白かったクウガと初めて共闘したときはこんなことはなかったのだが、相性の問題だろうか。

 霊夢は袖から取り出したお札をホーミングアミュレットとして放ち、美鈴は紅色の結晶じみた礫の光弾を舞い上がらせては雨のように怪物にぶつける。どちらも大した威力はないが、狙い射る必要もほとんどなく相手に当たるため消耗も少なく使い勝手の良い弾幕として扱っていた。

 

「相手は第6号……それと似たような動きをする怪物……だったら……」

 

 クウガとしての赤い複眼。マイティフォームの赤が怪物たちのいる青空を見上げる。過去にも一度は倒したことのある未確認生命体第6号――ズ・バヅー・バの能力は、その見た目通りバッタの遺伝子を宿した驚異的な瞬発力と跳躍力にある。

 かつての戦いにおいて第6号と交戦した際、五代雄介は『もっと高く跳べたら』と望んだ。赤い姿たるマイティフォームとて常人を遥かに超えた身体能力を持つが、第6号の軽やかさに追いつくにはまだ足りない。

 五代の望みは霊石アマダムに届いた。遥か古代の力を力強く呼び覚ました。第0号との戦いで力を失ってしまったアークルも霊夢の力に反応してマイティフォームの力を取り戻している。ならばきっと。第6号に追いつくための『青の力』さえもこの身に取り戻せているはず――

 

「……大丈夫。いける……今なら!」

 

 五代は小さく息を吐きつつ、己を鼓舞する。空では霊夢と美鈴が三体の怪物に苦戦し、遠距離攻撃を持つ真司も霊夢たちへの誤射を危惧してドラグクローファイヤーの射出を躊躇してしまっている。かつて勘違いとはいえ、人を殺めたと思い込んだ恐怖が燻っているのだ。

 その微かな恐れを感じたのか五代は冷静に腰に装うアークルを優しく両手で覆う。五代の望みに呼応するように、赤く力強く輝いていた中央のモーフィンクリスタルには爽やかな青空と湖の水面を思わせる優しい『青』が灯された。

 赤く鮮烈なるマイティフォームのままのクウガは右腕を左上に突き出し、左手を右腰に添える己が身に馴染んだ構えを取る。そのまま変身の際と同じく右腕を右側へゆっくりと滑らせながら、左手を左腰へ。水のように揺蕩(たゆた)う静かな心で、五代は霧色の視界に強く飛沫の声を上げた。

 

―― 邪悪なるもの あらば ――

 

―― その 技を 無に帰し ――

 

―― 流水の 如く 邪悪を 薙ぎ払う 戦士あり ――

 

「超変身っ!」

 

 泡と弾ける覚悟の一声。広げた両腕をもって五代――クウガの赤い身体は青く染まる。堅牢な装甲は面積を減らし機動性に特化させ、複眼とモーフィンクリスタルの透き通るような青はさながら水の心を思わせる青のクウガ──『ドラゴンフォーム』と呼ばれる姿。

 霧に包まれた湖の畔において、五代は水龍の象徴を宿した脚力で強く大地を蹴る。軽やかな跳躍で天高く鉄骨の上に着地し、目の前に立つズ・バヅー・バに対して両腕を大きく縦に広げた龍のような構えを取った。

 

 龍の如き意思は赤き火龍(ドラグレッダー)を伴う真司とも、中国に伝わる拳法めいた動きは紅魔館の門番を務める美鈴とも通ずる。だがその振る舞いは龍騎のように激しく力強いわけでも、美鈴ように煌びやかに美しいわけでもない。ただ静かに、空を映す湖の如く。

 明鏡止水。生まれた世界は異なれど、ドラゴンフォームに至ったクウガの心は、真司がこれまで向き合ってきた静かなる鏡の世界のように、ただ向かうズ・バヅー・バを映し出していた。

 

「青くなった……!?」

 

 大幣を水平に構えて目の前のギガゼールの槍を受け止めていた霊夢が視界の青空(クウガ)に驚く。ズ・バヅー・バは霊夢から視線を外し、青き姿となったクウガに気を取られているようだ。

 

 そうだ その青がいい

「ゴグザ ゴン ガゴグ ギギ」

 

 ドラゴンフォームとなったクウガに満足げな言葉を発するズ・バヅー・バ。五代はその声に固く握った拳を返すのではなく、流水のようにしなやかな手の平の構えで向かう拳を受け流す。クウガの力に馴染んだ彼は知っているのだ。この形態の能力を。

 あらゆる要素がバランスよくまとまった基本形態のマイティフォームに比べ、ドラゴンフォームは瞬発力や敏捷性、走力や跳躍力といった機動性に優れている。その分、パンチ力やキック力は大幅に低下し、総合的な戦闘能力ではマイティフォームに劣ってしまっている。

 

 ズ・バヅー・バのような俊敏な動きの相手や高所へ向かう際には適しているのだが、徒手空拳で戦うには向かない。その不足を補うための『方法』も、一応はクウガの能力として存在こそしてはいるが――

 怪物を正面に警戒し続ける今の状況ではそれに適したものを探し出す余裕はない。霧の湖には流木の一つも落ちておらず、手すりといった都合のいいものは存在せず。かつての戦闘では咄嗟に光を見出すことができたものの、今この状況においては『長きもの(・・・・)』が見つけられなかった。

 

「しまっ……!」

 

 霊夢が小さく漏らす声。余所見は一瞬だった。だが、その僅かな隙に大幣を蹴り上げられ、霊夢はギガゼールの脚力によって手にした大幣を打ち払われてしまう。

 無防備になった身を蹴り込まれ、霊夢は腹を抑えて空に舞い上げられた。苦痛に顔を歪めながらも体勢を整えるが、今度は美鈴と交戦していたメガゼールのハサミめいた刃が迫る。

 

彩符(さいふ)彩虹(さいこう)の風鈴!!」

 

 そこへ妖力を込めた虹の波紋が輝いた。美鈴が放った【 彩符「彩虹の風鈴」 】は煌びやかな虹色の光弾を弾幕と成し、彼女を中心として大きく広がっていく。霊夢を狙うメガゼールはそれを見て後退し、ギガゼールも素早く霊夢から距離を取った。

 スペルカードを発動できるギリギリの妖力を行使した美鈴。通常弾幕程度なら苦もなく放てるが、咄嗟の判断で本気のスペルカードを使えば、さすがに無視できない消耗が身を襲う。

 

「なんだかよくわかんないけど……! たぶん今がチャンス!!」

 

 地上からその光景を見上げ戦況を把握していた真司。固く拳を握ると、傍に控えるドラグレッダーに意思を伝えた。

 ドラグレッダーの前足の爪に掴まり、龍の飛翔を利用して天高く青空に舞い上がる。うねり荒れる龍の軌跡に飛沫を上げる湖を背後にやがて鉄骨に跳び移り、真司はメガゼールが美鈴に気を取られこちらに気づいていなかった隙を突いて背後から羽交い絞めにした。

 

 龍と契約した騎士の力をもってメガゼールを掴み上げ、遠心力をもって美鈴たちとは逆方向の空へと投げ飛ばす。いかに跳躍力に優れたレイヨウのモンスターといえど、飛行能力を有しているわけではない。空中では自由に動けず、真司の右腕のドラグクローと視線が合ってしまった。

 

「っだあああああっ!!」

 

「グギィィィイ……ィイイイッ!!」

 

 鉄骨に強く足を踏みしめ、引き絞った右腕を正面へ突き出す。背後に踊るドラグレッダーが吐き出した灼熱の火球(ドラグクローファイヤー)が空を焼き抜け、空中で狼狽えるメガゼールを爆散させた。

 真司が指示を出すまでもなくドラグレッダーはモンスターが喰らった命――輝く光球として現れたエネルギーの塊を吸収する。それを見届けると、真司はドラグクローを消失させた。

 

「へへっ、どーよ!」

 

 不安定な足場ながら力強く立ち、少し調子に乗って虚空を指さす真司。餌となるエネルギーを捕喰したドラグレッダーは満足そうに空を舞い、湖の水面を鏡としてミラーワールドへと帰っていく。先ほどと異なり、鏡面への突入は微かな飛沫をも伴わない。

 

「真司さん! 後ろです!」

 

「え?」

 

 メガゼールを撃破した真司の耳に美鈴の声が届く。隙を見せた真司に対し、霊夢と美鈴と戦っていたギガゼールが螺旋の槍を構えて真司のいる鉄骨に跳び移ったようだ。そのまま振り抜かれた一撃に背中を殴りつけられてしまう。

 バランスを崩した真司は足を踏み外し、鉄骨から落下し──かける。なんとかギリギリのところで足場を掴み、宙吊りの形にはなったが空中に突き出した鉄骨からの落下は免れた。

 

「くっ……またこのパターンかよ……!」

 

「……やっぱり……パンチ力が弱くなってる……!」

 

 鉄骨から鉄骨へと跳び移り、ズ・バヅー・バを追いかけながら拳を交える五代。しかしかつてと同じく。予想通り、ドラゴンフォームの打撃力では大した威力になっていない。それでも、ここでマイティフォームの姿へと戻れば、今度はグロンギに追いつけない。

 ズ・バヅー・バは一度、最上段の鉄骨から霧の湖の地上へと飛び降りている。バッタの強靭な脚力を備えた身体は落下の衝撃さえ何の影響もないらしい。次に怪物は五代を弄ぶように空中に突き出した鉄骨へ飛び乗った。

 早く上がって来いクウガ──とでも言いたげに手を招く怪物。地上に降りた五代は今一度、脚に力を込めて飛び上がろうとするが、青い複眼をもって見通した霧の湖に、五代は求めていた『長きもの』――かつて古代リント文明の碑文解読を担っていた女性が導いた答えを見つけた。

 

「霊夢ちゃん! これ、ちょっと借りるよ!」

 

 五代が足で蹴り上げ右手に掴んだのは、霊夢が上空から取り落とした大幣。かつて友たる女性に言われた通り、碑文に記された通り『水の心の戦士、長きもの(・・・・)を手にして敵を薙ぎ払え』と。掴んだ大幣を両手に構え、棒術を思わせる動きで振り回したとき──

 清らかな水の音色が鈴と響く。霊夢の大幣はクウガの『モーフィングパワー』――変身の際と同じ波動によってその姿と材質を変えた。

 霊石アマダムが発するは宿主が望んだ対象の物質を原子レベルで作り替える力。五代雄介の身を戦士クウガのものに変じさせるも、グロンギの肉体を怪物のものに捻じ曲げるもその能力によるもの。その干渉は霊夢の大幣を原子分解し、五代(クウガ)の武器として再構築を果たした。

 

 蒼穹の空を思わせる群青の柄に走る金色は水龍の如し。柄に刻まれた文字と両先端の青い宝玉はまさしく古代リント文明が生み出した戦士のための武器として機能する証明。変化を遂げたそれは両端の先を鋭く突き出し、五代雄介――クウガの身の丈ほどの長さまで一気に伸びる。

 

「ちょっと! ちゃんと元に戻るんでしょうね!」

 

 ふわりと宙に舞う霊夢は自身の大幣が見慣れぬ姿になったことに驚いた。右手でかつて大幣だった棒状の武器――『ドラゴンロッド』を背中越しに構え、青いクウガは空を見上げて霊夢に左手のサムズアップを見せて安心させる。

 すぐさま鉄骨の上のズ・バヅー・バへ向き直り、ドラゴンロッドを右手に遥か跳躍。それなりの重みはある長柄の武器だが、元よりそれを前提に在る機動力は少しも減衰を見せていない。

 

「霊夢! バッタの方はクワガタの人に任せて、私たちは真司さんを!」

 

「あの鉄仮面……! まったくもう、世話を焼かせるんだから!」

 

 美鈴の声に気づいて真司に向き直る霊夢。鉄骨にしがみついている真司を貫こうとするギガゼールに対し、二人は霊力と妖力を合わせて鮮やかな三色と七色の波動を輝かせた。

 

「夢想――」

 

「――風鈴っ!」

 

 霊夢と美鈴の声が力強く重なり、二つの彩りが混ざり合う。

 共に鮮やかな光の色を散らすそれは霊符「夢想封印」と彩符「彩虹の風鈴」を掛け合わせた即席の合同スペルカード。美鈴を中心に広がる虹彩の波紋は霊夢が放った三色の光球を包み込み、湖上に弧状の虹を描いて煌びやかに空を染めた。

 真司――龍騎を狙っていたギガゼールは二人が共同して放った弾幕によって霊力と妖力のエネルギーを叩き込まれ、真司の身に螺旋の槍を突き立てる直前にて爆散を遂げる。熱風に煽られ体勢を崩すも、真司は龍騎としての握力でなんとか掴んだ鉄骨からの落下を免れているようだ。

 

「真司さん、無事ですか?」

 

 少し屈んで真司に手を伸ばす美鈴。霊夢はズ・バヅー・バと戦う五代の方へ向かい、真司の対応を美鈴に任せた。

 青空はすでに陰った群青の色を見せている。日が暮れる前までに倒せなければ、怪物に加えて妖怪たちまでもが現れるかもしれない。視界の悪さも厄介だが、幻想郷において夜とは妖怪のための時間。人間のための時間である日中との境界こそを──『逢魔ヶ刻』と呼ぶように。

 

 ……やはり こうなるか ……だが まぁいい

「……ジャザシ ボグバスバ ……ザガ ラガギギ」

 

 ズ・バヅー・バは右腕でドラゴンロッドを受け止めながらギガゼールの最期を見届けていた。そこから生じたモンスターのエネルギーに対し、左腕に装った腕輪(グゼパ)を向けると、ギガゼールが喰らった命のエネルギーはその勾玉へと吸い込まれていく。

 力強く確かな光を灯したグゼパ。ズ・バヅー・バは青のクウガに等しいだけの脚力をもって正面のクウガを蹴り飛ばし、己が右腕を横に広げることで再び背後に灰色のオーロラを呼んだ。

 

「逃げる気? そうはさせない!」

 

 霊夢は空を蹴って鉄骨を飛び上がるズ・バヅー・バを止めようとする。その瞬間、今度は怪物の意思で霊夢の横から飛び出した新しい鉄骨が凄まじい勢いで突っ込んできた。

 五代と霊夢はその光景に冷たい汗を流すが、不意の攻撃も弾幕ごっこに慣れた霊夢には命中せず。咄嗟に背後へ下がったことで鉄骨が空を切る風圧を受け、回避できた。しかしその行動によって怪物はさらに遠く、もはや止める余地もない。

 

「ちっ……!」

 

 反則じみた挙動を見せる灰色のオーロラに八雲紫のスキマを思い出して苛立つ霊夢を他所に、ズ・バヅー・バはエネルギーを湛えたグゼパを左腕に輝かせオーロラへ向かい――

 

「こういうときこそ……! もっかい来い! ドラグレッダー!」

 

 美鈴の妖怪としての腕力で引き上げてもらった真司。仮面ライダーの武装を纏ったままの男を引っ張り上げる力に少し慄いたが感謝し、すぐさまドラグバイザーを開いてデッキから一枚のアドベントカードを引き抜いた。

 ドラグバイザーに装填するは契約モンスターたるドラグレッダーそのものが描かれた契約の証。仮面ライダー龍騎の力の大部分を占める『アドベント』の効果を司るカードである。

 

『アドベント』

 

「グォォォオオッ!!」

 

 再び召喚された赤き龍が湖の鏡面から顔を出す。群青の空を裂いて舞い、ドラグレッダーは無双の炎を湛えて逃げ行くズ・バヅー・バの身に体当たりを見舞った。

 

 衝撃によって高空から霧の湖の畔へ叩き落されてしまったズ・バヅー・バは自慢の脚力を駆使する間もなく。不意の攻撃で着地もままならず、浅い水辺へ全身を叩きつけられたことで水飛沫を上げながら苦痛の声を漏らした。

 鉄骨の上から飛び降りた青いクウガに向き合い体勢を立て直す。この距離では逃走も困難と判断したのか、ズ・バヅー・バは五代に対してバッタめいた四肢を振り乱していく。

 

 拳打も脚打もすべてが無意味。海原に眠る水龍の棒――ドラゴンロッドを手にした青のクウガはそのすべての攻撃を流水の如く受け流し、揺蕩う波と薙ぎ払う。

 シャン、シャン、と。小気味よく響く鈴の音色と共に。五代は水のように舞いながら、絶え間なくズ・バヅー・バに棍を連打。横一閃に薙ぎ払った一撃がズ・バヅー・バの腹部を深く捉え、その身体を水辺の彼方まで突き飛ばした。五代は呻く怪物の隙を見逃さず――水面を蹴る。

 

「……っ! うりゃあああっ!! だあっ!!」

 

 ドラゴンロッドを真っ直ぐに構えて一度、水龍の跳躍。ぱしゃりと跳ねた飛沫を背にして、五代の清流はズ・バヅー・バの胸に鋭く突き立てられた。

 青き宝玉が光を灯す。アークルの中枢たる霊石アマダムから供給された封印エネルギーが五代の四肢を通じ、その手に構えられたドラゴンロッドへと流れ、それはグロンギに対する最も致命的な光として無慈悲に輝く。

 クウガの放ったドラゴンロッドの一撃。水龍の舞いに等しき【 スプラッシュドラゴン 】はかつての戦いと同じく、ズ・バヅー・バの胸に古代リントの封印の文字を刻み込んだ。

 

「……グ……ォォオ……ッ……オ……!!」

 

 封印の文字が強く輝く。光はやがてズ・バヅー・バが腰に装うゲドルードのバックルに到達し、その赤銅の意匠に亀裂を生じさせた。

 魔石ゲブロンにまで届いた封印エネルギーの奔流を内側から溢れさせ、ズ・バヅー・バは激しい水飛沫を上げながら霧の湖の畔にて鮮烈に爆散を遂げる。雨のように降り注ぐ湖の飛沫を青い装甲に受けながら、五代は手にしたドラゴンロッドの水を払いつつ構えを解いた。

 海の如き群青の鎧とは異なる色味の、青空めいた水色の複眼。滴る雫は切なげな涙の色を帯び、水辺にて怪物を殺した五代雄介の微かな心の痛みか、戦いを続けることの悔しさとして。

 

「どぉわっ!? ……痛ってえ……!」

 

 地上から近い鉄骨に降りていた真司は不意に足場が消失したことで浅い水辺に落下する。先ほどの位置よりはかなり低い位置であったため、尻を打ちつけるだけで済んでいた。

 ズ・バヅー・バを倒したことにより、彼が現していたオーロラも消えた。そのせいでオーロラから突き出していた鉄骨という足場も霧と消失したのだ。

 

 背後にて聞こえた声と水飛沫の音で五代は見知らぬ赤き騎士に対して振り返り、左手を差し伸べる。少し遠慮がちに「大丈夫?」と問う声は、それが人ならざる異形の仮面を装う騎士であろうと相手を人間として認める五代の意思。

 対する真司も遠慮がちに「ど、どうも」とだけ返しながらその手を取った。クワガタめいた異形の顔からは表情など伝わるはずもないが、青い鎧の戦士からは敵意などは一切感じ取れない。

 

「その姿……あんたも仮面ライダーなんだよな……? っていうか、人間だよな……?」

 

「……仮面ライダー? いや、クウガだよ、クウガ! ……ニュースとかで見たことないかな?」

 

 五代の手を取って立ち上がった真司は未知の戦士へ問う。舞うように地上に降りた霊夢と美鈴も、異なる二人の戦士にはいくつもの疑問があった。

 アークルの中枢たる霊石アマダムは五代から戦意が失われたことで五代を生身の姿へ戻す。期せずして真司も同じタイミングでVバックルから龍騎のデッキを引き抜いた。共に生身となった二人の青年、五代雄介と城戸真司は問いに詰まり、隣に立つそれぞれの少女の目を見る。

 

「九つの物語……か。やっぱり、紫が言ってたのって……そういうことよね」

 

 無事に蒼き水龍の棒から大幣へと戻った愛用のそれを受け取り、霊夢は思考した。その手の大幣を霊的に消失させると、巫女服の袖を合わせて腕を組みながら口を開く。

 

「間違いない。この幻想郷に招かれつつある『仮面の戦士』は──全部で九人(・・)いるわ」

 

 夏の夕空に消える風。霊夢の直感(かくしん)は、再び薄ら霧に染まっていく湖にて強く心に灯っていた。

 

◆    ◆    ◆

 

 霧の湖の上空、微かな霧の果てに白い雲が浮かぶ夕空は、夏の日の風情を思わせる。そんな静かな晴天の玉座にただ一柱。風雨を司る幻想郷の神たる八坂神奈子が、紫色に輝く一枚のお札を手に、眼下の世界を神霊として遍く見下ろしている。

 八雲紫が印を刻んだ特製のお札は霊夢がビートチェイサー2000に宿らせたものと同じ力を持つもの。神奈子は紫から受け取ったこの札に意思を送り、霊夢たちにこの場所を知らせた。

 

「……まずは第一の楔と第三の楔の接触。霊夢なら簡単に受け入れてくれるだろう」

 

 それを懐にしまうように、神奈子は紫色のお札を消失させる。もとより蛇のように鋭い目をさらに細めて懸念するは、幻想郷に『九つの物語』を定着させるのにやや時間がかかってしまっている点であった。

 当初の予定通りなら問題はないが、今は世界の融合が想定よりも早く進んでいる状況。さらには幻想郷に未接続の世界の怪物が現れているという報告もあり、計画の進行を少し早める必要があった。元より不安定な接続ゆえ、事を急くのは危険な選択だったが――

 

 このままいけば無事に九つの楔の幻想化(・・・)は完了する。しかし決して楽観視はできない。八雲紫も八坂神奈子も理解している通り、想定外の事態が起こることなどすでに想定済みだ。

 

 ――そっちはどうだい?

 

 神奈子の思考は神力の導きとなりて。こことは別の場所にいるもう一柱の神のもとへ繋がる。今は遥か地底の淵にいる洩矢諏訪子との念話を交わし、神奈子はその声を聞いた。伝わる意思に心を傾け、計画が進行していると確かに認める。

 赤く神さびた衣の内から鈍い深緑のカードデッキを取り出して。神奈子は雄々しき双角を掲げたバッファローの頭部の如き金色のレリーフに視線を落としながら小さく呟いた。

 

「冒険家と記者ならそれなりに気が合うだろうね。はてさて、あちらさんはどうなるやら」

 

 デッキに呼応して神奈子の胸に小さく揺れる鏡に深緑の怪物が影を差す。彼女の思考にはやはりミラーモンスターの出現音が響いているが、霧と雲に紛れた幻想郷の気配に包まれて眼下の真司と美鈴にはそのモンスターの気配は感知されていないようだ。

 いよいよこちら側の物語が動き出す。神の立場から幻想郷を弁護(・・)するが如く。神奈子は手にしたデッキを再び懐にしまい、小さく微笑みを見せると、交錯した笑顔と願いに背を向けて霧の湖の空から姿を消した。

 バッファローを象った深緑のカードデッキが伝えるはかつての戦いでそれを使っていた者の想念だろうか。冷徹な現実主義者のそれが神たる彼女にさえ『永遠の命』というものに興味を抱かせ、計画を無視してまで剣崎一真のもとへ赴こうとも考えさせられたほど。

 

 戦争を司る一面もある風の軍神は、茜色の空に溶けて。ただ吹きゆく夏色の風の中、霊夢の霊力と美鈴の妖力が霧の湖に反射して架かった──『消えない虹』を、その背中で見届けていた。




北岡さんとめぐみさんのデート回だったと思うんですが、龍騎のファイナルベントで構えを取ってるとき、ドラグレッダーの舞いで周りの水飛沫がばしゃばしゃってなってたやつ好き。
青いクウガがドラゴンロッドを振り回してるときに鳴るシャンシャンって涼しげな音も好き。

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    第  回 
天  40   
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の      
   呼         
妬  び         
む  声         
光            
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