東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm. 作:時間ネコ
ここは幻想郷の地の底、旧地獄。古明地さとりが当主を務める地霊殿にて、翔一がアギトの力とマシントルネイダーをもってお空とお燐をここまで送り届けた次の日。
気を失った状態の二人をバイクに乗せて飛ぶのは大変だったが、マシントルネイダーを包む光の結界は彼女たちが振り落とされる心配を拭い去ってくれた。
さとりは最初こそ驚いた様子だったが、翔一の心を読んで二人が無事であることを確かめると、安心して助けてくれたことに感謝する。しかし、あまり楽観視はできないという。
地上の異変に際して併発したであろう二度目の四季異変。地底に降りしきる季節外れの雪と寒さを灼熱地獄跡の熱で凌ぎ、彼らは情報を整理する。
翔一は目を覚ましたお空も加え、改めてアギトの力についての詳細を説明した。さらには香霖堂で聞いた通り、自身が2003年の時空からこの2020年の幻想郷に来てしまっていることについても情報を交わしておいた。
フォルミカ・ペデスたちとの戦闘から意識を失ったままのお燐は、自らの部屋であるこの一室で眠っている。ギルスへの変身によって醜くしわがれてしまった彼女の手も、今では元の白く美しい手に戻っているが――お燐からは今も内なる
「…………」
自分が自分でなくなる恐怖。蒼褪めた表情で悪夢に苛まれ続けるお燐の痛みを、翔一は間接的に理解できる。だが、アギトとギルスでは感覚も異なろう。
己が身体が腐り落ちるかのような錯覚を真に共感できるのは翔一の生きた世界においてただ一人ギルスとなってしまったあの男だけ。水泳選手の道をギルスによって奪われたあの青年以外にはいない。不幸中の幸いか、お燐と違って傍に立つお空の力は今は安定しているようだ。
この場の人妖がお燐の部屋にて話していたとき、不意に光が頭蓋を染めた。翔一もお空も、眠っているお燐までもが脳への鮮烈な光によって顔を歪めたその様を見て、さとりは第三の目でもって彼らの心に天使の影が過ったのを見る。
もはや疑う余地もない。それはアギトの力を狩り尽くすモノ。神の命令を受けて地上に降りたる、殺戮の天使。オーヴァーロードと呼ばれる存在の使徒――アンノウンの出現である。
「さとり様はお燐の傍にいてあげてください。怪物の方は私たちが向かいます!」
「戻ってきたら、みんなにおいしい野菜スープでもご馳走しますよ! 待っててください!」
お空と翔一はさとりに不安を伝えないよう自分たちらしい笑顔でそう言った。もっともさとりにとってはその気遣いさえも筒抜けであるが、二人はそのことを自覚しているのだろうか。きっと、そんなことを意識して行ったつもりもないのだろう。
さとりの許可で地霊殿庭園にて栽培されている野菜は自由に使っていいらしい。翔一は灼熱地獄跡の熱と人工太陽の光で育った立派な作物を心に思い浮かべつつ、約束する。
「気をつけてください。……何やら、アンノウンとも違う……異質な妖気を感じますので」
地霊殿を去ろうとする翔一とお空にそう伝え、二人が強く頷くのを確認。さとりはギルスの力によって不安定な状態に陥ってしまったお燐に付き添い、彼女の額に滲んだ汗を拭った。
雪積もる忘れられた旧都。勇儀の家の客間と呼べる場所で、ヒビキは勇儀とパルスィに魔化魍の対策を懸念している旨を伝えていた。
本来ならば猛士という全国規模の一大組織が、それぞれの地方を担当して出現する魔化魍のデータを参照に座標や条件を算出、鬼たちに情報支援をして魔化魍討伐を担わせる。だが、今は猛士の支援どころか、魔化魍を直接発見してくれるディスクアニマルの持ち合わせすらたったの三枚だけ。耐久力もあまり高いとは言えず、一体でも破壊されれば索敵は相当難しくなるだろう。
「昨日みたいに旧都の近くに出てくれたら気配で気づけるんだけどねぇ」
「……まぁ、さすがに地上の方に出られたりしたら、私たちにもお手上げだけどね」
旧地獄の妖気に慣れ親しんだ勇儀とパルスィならその異質な妖気をすぐに察知することができる。と言っても所詮は彼女らの知覚が届く旧都の範囲だけ。知覚の外や地上の世界にまで出られてしまえば、その気配を掴むことは叶わない。
萃香ならこういうときお得意の妖術でなんとかできるんだろうけど――と思考する勇儀。純粋な力に長けた勇儀は萃香と比べて、妖怪らしい術などの扱いは不得手としていた。
本来は数日に及ぶ地質や気候の調査と情報の解析、何日間もの待ち伏せと幾人もの鬼の助力をもって立ち向かうべき魔化魍という大いなる自然の脅威に対して、今のままではあまりに無力ではないかと思わされる。しかしそれでも自らが鬼なれば――語る明日は笑いをもって迎えたい。
「…………」
大地と共に唸る烈火が如く。ヒビキは力強く抱いた覚悟を炎と灯し、旧都の街並み、客間の丸窓から見える賑やかな景色に鬼灯めいた視線を向けた。
――そこに、小さな煌きが一つ飛び込む。緑色の四肢を器用に動かして地を跳ね、ヒビキの周囲を軽やかに跳び回るは、仲間も愛用しているディスクアニマルの一体だった。
両生類たるカエルの魂を宿した水陸両用の機体。この『
ヒビキ自身はこの機体を使ったことはないのだが――ヒビキより少し上の世代の鬼たちや、彼らから教えを受けた若き鬼がこれを使用するところをよく見ていた。
丸窓から勇儀の家に飛び込んできた、ヒビキもよく知る機体の一つ。誰が放ったものかは分からないが、それはきらきらと行灯の光を照り返しながら湿った鳴き声を上げ、ヒビキや勇儀を導くように家の中から外へ出る。
旧都の街並みに誘われたヒビキら三人は、奇妙な振る舞いをするディスクアニマルが伝えたいことがなんとなくだが理解できた。懸命に跳ね回る青磁蛙は、彼らを『案内』したいのだ。
「ついて来いって言ってるみたいだな」
勇儀の家の前に停めておいた凱火からヘルメットを取り、そのまま被る。ヒビキは怪物騒ぎの影響かやや人通りの少なくなった旧都の軒並みを軽やかに跳び抜ける青磁蛙を追うため、凱火に跨ってエンジンを入れた。旧都の門を抜けて深く暗い闇へ進む緑の蛙が目指す先は──
「……へぇ、
勇儀の呟きを聞き、パルスィは覚悟を決めた表情で彼女と向き合い頷く。何やら未知の気配が入り混じっていて気づくのが遅れたが、どうやら青磁蛙が示しているのはこの地底で最も畏怖される妖怪『
怨霊も恐れ怯む少女が獣たちと住まう地霊殿。多くの怨念を纏い帯びたその地質と環境は魔化魍という自然の怪異にとっては最高の餌場と定義できるのかもしれない。
ヒビキも青磁蛙が導く先に魔化魍がいるということは長年の経験でおおよそ理解している。彼らは凱火を、あるいは己が飛翔の妖力を用いて。青磁蛙と共に地霊殿へと向かっていった。
旧地獄。その中心に建つ荘厳なお屋敷、地霊殿と、広大な旧都の狭間には古く寂れた怨霊たちの荒れ地が存在する。
まさしく地獄の荒れ様とでも言わんばかりの岩肌の群れは、旧都が建てられる以前の古き地獄の在り様そのままの場所として、今でもおぞましき地獄の妖気を強く湛えていた。
「ウォォォ……ォォォォン……」
石桜の輝きでぼんやりと照らされる薄紫色の地、この仄かな闇の中に低く不気味な声が響く。並みの妖怪を遥かに超える巨体ながら、ツチグモのように怪物じみた姿と形ではなく。それはまるで純粋な巨人の如く、人の形をした四肢をもって闇を
猿に似た顔面にオウムのようなクチバシ。顔と腰は無造作な剛毛に覆われ、赤毛に包まれた尻尾を生やしたこの怪物は──猛士より『
「「でっかくなったねえ……もっと声を喰って、さらに強くなるんだぞ……」」
奥多摩のヤマビコの顔の近くに突き出した岩場に座り、荒れ果てたこの場には相応しくない軽装を帯びた二人の男女――『ヤマビコの童子』と『ヤマビコの姫』が声を重ねて言う通り、この魔化魍が喰らっているのは厳密には闇そのものではない。
地底の闇に漂う怨霊たちの魂。それらが生前に抱き発した苦悶の『声』を糧とし、そこに含まれる負の想念、歪んだ妖力を喰らって、魔化魍ヤマビコはさらなる力をその身に宿していく。
「……アンノウン……! じゃない……?」
「あれは……
銀色のボディを持つバイクを走らせて、翔一はこの場に辿り着いた。フルフェイスのヘルメットを外してバイクにかけると、お空もその隣に舞い降りて向かう巨体を見上げる。
お空が肌で感じた怪物の気配は幻想郷の妖怪に近い。彼女が理解した通り、奥多摩のヤマビコは音の反響現象『山彦』の由来となった魔化魍だ。すでに科学的に解明されていながら、その現象は妖怪として、あるいは魔化魍として。今なお幻想郷にも響鬼の世界にも紛れもない『怪異』の一種として存在している。
だが、お空はそれが幻想郷の妖怪としての山彦ではないとすぐに理解した。自身の知る山彦はここまでの巨体ではないし、何より放つ妖気に一切の幻想がない。
音の反響という現象そのものが邪気を湛えている。大自然そのものの具現といった様子は、お空だけでなく日本の妖怪にさほど詳しいわけでもない翔一にさえ底知れぬ威圧感を与えた。
「うーん……変だなぁ……」
─―この状況に強い違和感が拭えない。翔一もお空も確かにアンノウンの反応を感知してここに来たはず。しかし、ここにはアンノウンらしき存在の姿が確認できない。翔一は疑問を抱いたが、お空は目の前の歪んだ妖気を持つ怪物に驚き、ここに来た目的を忘れているようだ。
「鬼?」
「鬼じゃない?」
「眩しいぞ!」
「お前ら、眩しい!」
巨体を誇る奥多摩のヤマビコに気を取られていた二人に対し、黄色い袖の衣をまとった男が崖の上から威嚇する。闇に響く高い声は、ヤマビコの童子としての女の声。さらに続けてまくしたてるように、赤い袖の衣に身を包んだヤマビコの姫が咆えた。
猿を思わせる軽快な動きで崖上から飛び降り、歯茎を剥き出しにして威嚇を続ける。彼らにとって翔一とお空が等しく持つアギトの光は、鬼ならざれども忌むべき輝きとして。
「鬼じゃないよ! 地獄鴉!」
アンノウンではないことは明らか。お空も翔一も慣れない妖気と迫る童子たちの攻撃に翻弄されているが、この身に伝わる妖気はアンノウンに比べれば小さなもの。
翔一が右手を左腰に突き入れる構えを取り、己の腰にオルタリングを現したのを見て、お空も内なるアギトの力をもって翔一と共に戦おうと試みる。先日、神奈子から受けた干渉によってアギトと八咫烏の力自体は安定しているため、落ち着いてアギトの力を引き出そうとするものの。
「ぐっ……! うう……!」
「お空ちゃん!」
脳髄に瞬く光に身を焼かれる。翔一の声で心を取り戻したが、どうやらアギトと八咫烏の力そのものは安定していても、未だお空自身の肉体に完全には馴染んではいないようだ。
「やっぱり、無理しないほうがいいんじゃないかな」
先日も地霊殿で語った通り、やはりお空はお空として戦うべきだ。アギトの力になど頼らずとも彼女は強い。生身のままでも十分にアンノウンと渡り合える。その身に可能性の光があるのなら、お空のままで――君のままで変わればいい。
翔一の言葉に小さく頷き、お空は表出しかけていたアギトの力を収める。代わりに八咫烏の力を表層に現し、右腕の制御棒を支柱として全身の妖力を核融合のエネルギーに変えていく。
「だったら……せめて私の力で!」
その身に漲る神の波動。されど天使の長たる世界唯一の創造神ではなく、八百万の神々の一柱に連なる太陽神の使い、八咫烏と呼ばれた黒き
アギトの力は未だ自分のものと定義できないが、八咫烏の力は空白だった彼女の身によく馴染んでいた。八坂神奈子と洩矢諏訪子の采配通り、大いなる器をもった地獄鴉の少女は何ら不具合もなく八咫烏の神性を我が物としている。
漆黒の翼に羽織った白いマント、内側に宇宙を描いたその端に凶星めいた光を灯し。お空は、そのまま流星の如く核熱の光弾を放ちながら闇色の空へ舞い上がっていった。
光弾は猿を思わせる軽快な動きを見せていたヤマビコの童子と姫に襲いかかる。暗い大地を無差別に爆撃する彼女の弾幕【 シューティングスター 】の熱を受け、相変わらず歯茎を剥いて甲高い威嚇の声を上げ続ける童子たちも己が身を案じたのだろう。
童子も姫も、衣服を首に束ねり変わる。秘めていた妖気をもってその身を捻じ曲げると、ヤマビコの童子と姫はそれぞれ、やはり猿によく似た『ヤマビコの怪童子と妖姫』となった。
「よし、俺も……!」
頭上を滑空するお空を見上げ、すぐさま童子たちに向き直る翔一。怪物の変化に驚きつつも、腰に輝くオルタリングを目覚めさせるため右手を突き出す構えを取ろうとするが――
「うわっ!?」
その瞬間、翔一が立っていた土の地面が彼の身体をいとも容易くひっくり返す。背中を打ちつけ、苦痛に顔を歪めながらもその理由を確かめると、そこには大海を思わせる白銀の甲羅がお空の放つ光を返し輝いていた。
その甲羅には、見覚えのある小さな羽根が生えている。振り返り、ゆっくりとこちらに近づいてくる姿は、翔一がかつて倒したことのある相手。ローマ兵じみた装甲に緑色のマフラーを装った怪物。ウミガメに似た超越生命体『トータスロード テストゥード・オケアヌス』である。
「そうだ……! このアンノウン……!」
立ち上がって体勢を整え、向かう白銀のアンノウンを睨む。トータスロードに分類される彼らには、あらゆる大地を溶融させ水のように泳ぐことができる能力があるのだ。
その被害者たちは人知れず土の中――人の手の届くはずのない縄文時代の地層にさえ生き埋めにされた者もいた。それも、埋めた痕跡さえ一切残すことなく。
記憶の想起と同時、翔一の背後にもう一体の怪物が姿を現した。テストゥード・オケアヌスと同様に土の地面から這い上がり、翔一の身を羽交い絞めにして筋肉を引き絞る怪物。赤銅の甲羅を輝かせるは、リクガメに似た超越生命体『トータスロード テストゥード・テレストリス』だ。
「翔一さんっ! 大丈夫!?」
お空はヤマビコの怪童子と妖姫の頭上から光弾を落としつつ、右腕の制御棒を大砲代わりとして出力した妖力を放つ。オルタフォースが込められていない純粋な妖怪の力、八咫烏の力によるお空の光弾は、テストゥード・オケアヌスの甲羅に着弾した。
彼女がそれを知る由もないが、その装甲は一度はアギトのライダーキックさえ受け止めた強度を誇る。アギトの力を帯びぬお空の通常弾幕では傷の一つもつけられない。
自身の攻撃では不足。しかし、ヤマビコの童子たちを無視すればこちらも翔一の方へ向かうだろう。それを阻止しようとお空は空中から怪童子と妖姫の意識を自分の方へと向けることに努める。奥多摩のヤマビコ本体の動きも警戒するが――アンノウン側への対処ができそうにない。
「おっと、今回のお相手はヤマビコさんか? 連チャンはキツいけど、頑張ります!」
旧都の側から闇を抜けて走る紺碧。その場に凱火を停め、ヘルメットを外したヒビキは彼方に見上げる猿が如き魔化魍を見た。
ヒビキの傍に着地した勇儀とパルスィも滲み溢れる魔化魍の気配を肌で感じる。地霊殿に近いこの場所には浮かばれない怨霊たちも多く、その負の想念が入り混じって不快な感覚が拭えないが、この旧地獄においてそれはあまり珍しいことではなく。
勇儀もパルスィも伝わる不快感に違和感を覚えたのは、そこにこの無辺の暗闇には似つかわしくない未知の光と、地の底には相応しくない天上の意思を思わせる神秘の気配を見たがため。
「……ちょっと待って。先客がいるみたいだわ。あいつは……地獄鴉?」
「それにこの感じ……魔化魍でも童子たちでもない奴がいるね。これはいったい……」
ヒビキが語った存在には該当しない未知の超越生命体。アギトの世界の法則に由来するアンノウンという怪物を、パルスィも勇儀も、ヒビキでさえも当然知るはずはない。それは魔化魍に対するお空と翔一も同じである。故に――この場において既知と未知は等しいものだった。
「……っ! ここは危ないから、早く逃げてください!」
「あんまり無茶はするもんじゃないぜ。……ここは俺たちに任せときな」
翔一とヒビキは邂逅する。されど互いは未だ互いの力を知らない。対するアンノウンと魔化魍と同様に、彼らの知識にはそれぞれ『アギト』と『響鬼』に関する情報はない。
どちらも無力な、それでいて勇気のある人間。ただその認識から『自分以外の外来人』という特徴を察するのにさほど時間はいらなかったが――今はその追及よりも目の前にいる神の使徒を、自然の権化を討ち果たす。成すべきことを成すために。
己が身を拘束するテストゥード・テレストリスに肘打ちを見舞う翔一。羽交い絞めにされていた状態から抜け出し、振り向きざまの回し蹴りで距離を与えては、腰に装うオルタリングにさらなる光を
ヒビキは翔一の正面にいた白銀――テストゥード・オケアヌスの両ヒレをがっしり掴み、生身であるが鍛え抜かれた腕をもって体勢を崩させると、そのまま正面蹴りで突き飛ばした。怯んだ様子もない怪物を眼前に、右腰から音叉を外し、地底の岩に軽く打ちつける。
「「はぁぁぁぁあっ……」」
アギトの世界に生きた男と、響鬼の世界に生きた男。二人は背中合わせに構えた。
右手を鋭く手刀と伸ばして息を吐く。オルタリングが染める光は、人類が辿り着いた可能性という居場所。翔一が魂に芽生えさせたアギトの力。
清く震わせた双角を額に息を吐く。変身音叉・音角が響かせる音は、鍛え抜いた人間を語った目指すべき鍛錬という明日。ヒビキが燃やし現わす鬼の鍛え方。
居場所も明日も、共に象徴すべきは未来という道――二人は色こそ異なれど、重なる声を合わし、白光と紫炎に包まれていく。それらは眩く力強く、地底の闇の中に確かに灯っていた。
「変身っ!」
「たぁっ!」
弾ける光と炎の競演。二つの輝きは闇に散り、アギトと響鬼の姿をここに現す。二人は互いに背後に生じた奇妙な気配に振り返ると、赤い複眼と紫の無貌にそれぞれを映し。
「……あれ? もしかして、あなたもアギトだったんですか?」
「アギト? よく分かんないけど、そっちは鬼って感じじゃなさそうだな」
翔一は思考する。自分以外のアギトの存在もいないわけではない。されどその波動は、神というよりはどこか妖怪に近いもの。ヒビキにとってもそれは等しく。目にした金色の輝きは鬼と呼ぶにはあまりに神秘的な波動に満ちすぎていた。
その力の正体こそ知らねど彼らは直感をもって理解する。人ならざる身に伝わる光の意思、炎の気。この男は目の前の
「うん? 外来人が鬼になった……? どういうこと?」
「それはこっちのセリフよ! あの金色の奴、あなたの知り合いなの?」
お空は上空からゆっくり舞い降りつつヒビキの変化に疑問を抱く。男が放つ気配は紛れもなく旧地獄に名立たる鬼のもの。されど幻想を帯びぬその気配は彼方のヤマビコの妖気に近いそれ。パルスィが目にしたアギトの気配もアンノウンに通ずる超常の力だ。
「なんだかややこしいことになったね……まぁいい、今やるべきことは分かってるだろ?」
勇儀もまた二人と同様に疑問を覚えたが、幻想郷に在らざるべき異形を捨て置くこともできまい。鬼としての拳を固め──向かう悪意に掲げた闘志のまま。勇儀はヤマビコの怪童子と妖姫に突きつけられた敵意の視線に対し、お空と背を合わせる。
かつて山の四天王と呼ばれた彼女が宿すは地上から忘れられた鬼の力。その背にて掲げられるは地獄の鴉に宿りし黒き太陽、八咫烏の力。等しき二人の赤き目は童子と姫を貫いた。
「鬼!」
「鬼だ!」
ヤマビコの童子も姫も鬼の妖気を放つヒビキと勇儀に牙を剥く。テストゥード・オケアヌスとテストゥード・テレストリスはアギトの力を秘めた翔一とお空に意識を向け、パルスィはただ一人、怨念を喰らうヤマビコの姿を見上げている。
今のところはこちらに敵意を向けているのは童子たちと亀の怪物だけ。奥多摩のヤマビコ本体は妖力の吸収に努めているのか、こちら側に攻撃を仕掛けてくる気はないようだ。
「ま、そういうことだな。よろしく、シュッ!」
ヒビキは背後にて赤銅の大亀を相手取る金色の戦士――
振り下ろされる刃が如きヒレを受け止める灼熱の赤。清めの音を奏でる鬼石なれど、魔化魍ならざる未知の使徒に対してはそれは単なる物理的な結晶に過ぎず。響鬼の世界の法則が通用しないアンノウンという存在に、ただ硬いだけの意味しか持たぬそれを叩きつける。
親しみやすい挨拶に頷き、翔一もまた向き合う赤銅――テストゥード・テレストリスに光の拳を見舞う。背後の男の反応とは異なり、これまでも戦ってきた相手の手応えに違和感はない。
「やるねぇ、金ピカ! こりゃあ私たちも負けてらんないね!」
勇儀は嬉しそうに賞賛の声を上げながらヤマビコの怪童子と対峙する。背中合わせに構えるは闇の空から降りてきたお空。彼女が相対するは、怪童子と対を成すヤマビコの妖姫だ。
「キキィイッ!!」
ヤマビコの童子たちに二人が放った弾幕――鬼の妖力と核熱の光弾が炸裂する。アンノウンに比べ気配も弱く、通常弾幕だけで怯んだ様子が見て取れた。
幻想郷の妖怪、山彦に似た気配は奇妙ではあったが、どうやら後方に見上げるべき巨大な山彦の怪物やアンノウンたちほどの強さはないらしい。お空はそう判断し、核の力を左脚に込める。
「そりゃっ!」
「おらぁあっ!」
お空は電子めいた光が廻る左脚――『分解の脚』を高く掲げて妖姫に駆け出し。己が妖力を強く込めた左脚を流星の如く振り下ろした。そのまま踏みつけた妖姫に核熱のエネルギーを放射し、放たれた【 メルティング浴びせ蹴り 】はヤマビコの妖姫に致命傷を与える。
そのまま重厚な鉄に覆われた『融合の脚』をもって怪物を蹴り飛ばした直後、彼方の闇にてそれは枯れ葉と土塊となって呆気なく爆散を遂げた。
勇儀も向かうヤマビコの怪童子に鬼の膂力を込めた踵落としを見舞い、地面を砕かんばかりの衝撃で怪童子の頭を叩き伏せる。
鬼の力は純粋な衝撃だけでお空の核熱の力に匹敵するほど。それだけで怪童子は白い体液を身体中の亀裂から溢れさせ、続けて勇儀に蹴り飛ばされた直後に妖姫と同様に爆ぜ散った。
「勇儀、危ない!」
「うおっと……」
間髪入れずにパルスィの声を聞く。その瞬間、勇儀が立っていた場所に巨大なヤマビコの脚が振り下ろされた。怪物の動きを警戒していたパルスィのおかげでその攻撃を回避できたが、巨体ゆえの質量は旧地獄の岩肌を容赦なく叩き崩すだけの破壊力を有している。
「ヒビキ! この山彦みたいな奴もやっぱり音撃ってのじゃないと倒せないんだろ?」
親を殺されて怒っているのか、こちらに敵意を向け始めたヤマビコを見上げながら勇儀が問う。ヒビキはテストゥード・オケアヌスと向き合ったままそれを肯定した。だが、明らかに魔化魍とは異なる法則の怪物に手こずっている様子。
鬼棒術・烈火弾をもってしても強靭な甲羅を向けられ防がれる。鎧のない腹を狙えばそれなりのダメージは期待できるだろうが、超常的な気配の怪物は器用に地中を泳いでしまう。魔化魍たちも確かに人智を超えていたが、こちらは自然界の法則すら大きく超越しているように思えた。
「あいつは私たちが引きつけておくから、ヒビキさんと金色の人はそいつらを!」
「気をつけたほうがいいよ、鬼の人! そいつら、なんかすっごく変な手応えだから!」
巨大なヤマビコの怪異はパルスィと勇儀――そしてお空の弾幕をもって足止めを受けている。その攻撃が魔化魍に対する根本的なダメージとなることはないが、妖力による純粋な衝撃は奥多摩のヤマビコの行動を妨げていた。
翔一はヤマビコの目線の高さまで飛んだ三人を見上げ頷く。落ち着きを失わずに全身のオルタフォースを集中させると、アギトが頭部に掲げる金色のクロスホーンが鋭く開く。
闇の地に似つかぬ神秘の波動が場を包む。両手を広げて構えた翔一の足元に光の紋章が輝く。右肩をゆっくりと前に出し、己の右脚に人類が抱く可能性の具現を集約。
目の前のテストゥード・テレストリスに対して、この身に秘めた光の意志を放つために。
「…………!」
力を解き放とうとした瞬間、テストゥード・テレストリスはその波動を感じ取ったのか再び暗い大地の中へと溶けるように潜り消えてしまった。
だが、決して焦らず。翔一は
「はぁぁあっ!!」
翔一は殺気に気がついた様子のテストゥード・オケアヌスの甲羅に渾身のライダーキックを叩き込んだ。こちらの力が減衰していることもあってか、かのアンノウンの装甲を一撃で打ち破ることは、かつてと同じく叶わず。しかし――
「……! そこだっ!!」
背に受けたライダーキックの衝撃に硬直した隙を見逃さず、ヒビキはテストゥード・オケアヌスの無防備な腹に鬼棒術・烈火弾を灯した音撃棒を直接突き立てる。目の前で炸裂した妖気の炎は天使の身に深く刻まれ、テストゥード・オケアヌスは頭上に青白い光輪を掲げ爆散した。
「そこの鬼さん! 危ないので少し離れててください!」
遠くから聞こえてきた金色の声――その名を知らぬ翔一の声に、ヒビキは一瞬困惑する。されど金色の戦士がサーフボードのように乗り回す『それ』と、背後の地面から湧き出たテストゥード・テレストリスの姿を見て素直に後退。
翔一はオルタフォースの力で姿を変えたマシントルネイダー スライダーモードの上に立ったまま、超高速で地を掠め。寸前で車体を横にし、その勢いのままヒビキに奇襲をかけようと飛び出したテストゥード・テレストリスの身体にマシントルネイダーを激突させた。
輝きの力を純粋な体当たりとしてぶつけるアギトの荒業、その名は【 ドラゴン・ブレス 】。頭部のクロスホーンこそすでに閉じているが、マシントルネイダーに満ちたオルタフォースの波動はそれをまともに受けたテストゥード・テレストリスの頭上に光輪を生じさせ、爆散させる。
「うわっ!」
ヤマビコと戦っているお空が声を上げた。闇を薙ぎ払うように振り抜かれた剛腕は風圧を生み、それなりに大柄な体格とはいえヤマビコに比べたらか弱い少女でしかない彼女を容易く後方へ吹き飛ばしてしまう。弾幕による攻撃もほとんど効いていないようだ。
お空はそのままゆっくりと地面に着地。後方を振り向けばアギト──翔一と紫色の鬼がアンノウンたちを倒すことができたらしく、こちらに向かってきてくれているのが分かった。
「こいつ、いったいどんだけの怨念を喰らったんだか……」
「ツチグモに比べてもかなりの妖気ね……弾幕がまるで効いてない……!」
地に降りた勇儀とパルスィが語った通り、それは魔化魍退治の専門家であるヒビキの目から見ても明らかなもの。旧地獄の怨霊、その慟哭の声を喰い続けたヤマビコは体表も硬く成長し、ツチグモに与えた音撃が通用するかは分からない。
されど響鬼は有している。体表の硬い魔化魍――すなわち『蟹』などの甲羅を持つものに対し、硬い装甲の先へ響かせるための音撃。それこそ炎の如く、
「これ以上暴れられたら旧地獄が崩れそうなんでね。じっとしててもらうよ!」
激しく荒れ狂うヤマビコに対する宣告。勇儀の魂に青く輝く光の札はスペルカードとして。彼女が見上げ放った【
「怨念の強さなら……
続けてパルスィが地に手をつき、発動したスペルカードによってヤマビコの胸に妖力の釘が打ちつけられた。薄暗い朱色の釘はヤマビコの妖気を抉り、呪いを帯びたパルスィの意志によって怪物の身体から怨念のエネルギーを漏洩させる。
嫉妬の波動をもって具現した巨大なる妖気の釘。パルスィが己の内に燃え上がる妖力を込めて発動した【
溢れ出す負の想念に身悶えるも動くことはできないヤマビコ。翔一はスライダーモードのマシントルネイダーに乗り、そのままヤマビコの胸まで翔け上がりながらクロスホーンを展開。足に込めたオルタフォースの輝きにマシントルネイダーの加速を乗せて――己を解き放つ。
「ったぁぁああっ!!」
光の声と共に闇色の空を一閃。アギトが放った一直線のライダーキックはマシントルネイダーの飛翔の勢いを加えた【 ライダーブレイク 】となり、高く見上げる位置にあったヤマビコの胸へ閃光の如く炸裂した。
パルスィの釘を足底でもってさらに深く打ちつける。オルタフォースの輝きこそ魔化魍にとっては致命傷にならず。しかしトドメには至らずとも、損傷は与えることができる。
蹴りの反動で翻り、再び大地に降り立った翔一は──魂に本能的な焦りを植えつけられた。
「…………!?」
ヤマビコは勇儀の地獄の苦輪で拘束されて動くことができない。四肢を縛りつけられているにも関わらず、パルスィの釘を無視して放つは己が『山彦』たる本領だろうか。
奥多摩のヤマビコは胸に受けた『光』を、輝く妖力の光弾として──
「……っ! パルスィ!」
勇儀が声を上げる。光の向かう先にいるパルスィに対し、即座にヤマビコの拘束を解いて彼女を守ろうとするが、力こそ無双ではあるが速度はさほどでもない鬼には間に合わず。パルスィは眼前に迫る妖力の光弾に咄嗟に目を瞑るものの──
――何も、起こらなかった。
勇儀もヒビキも翔一も、お空でさえもパルスィの身に直撃する光弾を見届けた。しかし、そこに物理的な衝撃は何一つなく。パルスィの身にもダメージと呼べるものは通っていない。
「なんとも……ない?」
「今の光は……いったい……」
微かに身に感じた変化を憂いと飲み込み、パルスィは自らの両手に視線を落とす。勇儀は未知の戦士に通ずる超常的な光を訝しむが、見たところ彼女にも別条はないようだ。おそらくヤマビコは自らの能力をもって衝撃とエネルギーを反射しようとしたが、勇儀の拘束とパルスィの呪いによる怨念の漏洩もあって、光の反射が限界だったのだろう。
その割には光の放射ではなく光弾という指向性をもった反射だったのが気になるが――今は考えるよりもヤマビコの撃破が先だ。先ほどのヤマビコの行動に驚いてパルスィも勇儀もスペルを解いてしまっているが、翔一のライダーブレイクを受けたヤマビコは大きく体勢を崩し始めた。
「さて、今度こそ俺の出番ってわけだな」
咄嗟に光だけを反射したものの衝撃をすべて受け切り、ヤマビコは後方に倒れる。それを目にしたヒビキは音撃棒を腰の背に戻し、鬼の脚力をもって山が如きヤマビコの胴体を軽やかに駆け登っていった。
パルスィの釘を受けて怨霊が漏れ出しているとはいえ通常のヤマビコよりも硬い体表。ヒビキとてヤマビコとの戦いに慣れているわけではない。これまでせいぜい六体程度しか倒したことがないが、鍛え抜いた今の自分なら焦らず、落ち着いて臨むことができる。
腰に装った装備帯の正面から音撃鼓・火炎鼓を取り外す。ヤマビコが仰向けに倒れたことで水平になったその胸に火炎鼓を押しつけ、オーラ状に広がった
「……っ、はっ! やっ! だぁっ!」
無貌に吸い込む地底の空気。振り下ろす音撃棒・烈火の音色は、ツチグモに放った火炎連打とは異なり、両手のバチを同時に振るう力強さ。
――ドン、ドン、ドン、ドンと。二つを一度に叩きつける大きな音。速度はないがパワーをそのままぶつける音撃にヤマビコは苦悶の声を上げるが、音撃鼓の波動に自由を奪われている。勇儀の地獄の苦輪ほどではないが、音撃鼓には魔化魍の動きを封じ込める効果があるのだ。
「はぁぁぁぁあああああっ……!
今一度大きく振り上げた音撃棒をもって太鼓を叩く。一気呵成の気合と共に、打ち鳴らすは響鬼の音撃【 音撃打・一気火勢 】の型。
清めの音を叩き込まれたヤマビコはその力に耐え切れず土塊と枯れ葉を撒き散らし爆散する。おびただしい邪気も地底の妖気へと消え失せ、ヒビキは元の大きさに戻って落下した音撃鼓・火炎鼓を受け止めつつ、はらはらと舞い散る枯れ葉の中で倒したヤマビコの邪気に既視感を覚えた。
「…………」
それはツチグモを倒したときと同じ──かつて打ち倒した魔化魍、種別や特徴といった要素だけでなく、かつてとほとんど同じ手応えを持つもの。あのとき倒した個体がまったく同じままここに蘇ったとしか思えない。それほどまでに、この怪物は
奇しくもその疑問は魔化魍の消滅を遠く見届け、無言で響鬼を見つめるアギトも同じく。かつて倒した亀の怪物、トータスロードもまた翔一にとってはまったく同一の個体。一度破壊したはずの
「この気配……鬼だよね? あれ? さっきは人間だったような……」
お空は音撃棒と音撃鼓を装備帯に戻した響鬼を見る。その気配は紛うことなき鬼でありながら一切の幻想を帯びておらず。たったいま消滅した魔化魍と似た特徴があるが、お空は人間の姿から鬼となった男から一切の邪気を感じられなかった。
勇儀とパルスィの視線はお空の隣に立つ金色の戦士へ。こちらもまた先ほど倒された亀の怪物に通ずる超常的な神秘の気配を湛えているが、二人はそこに殺意や害意を感じていない。
「なんか美味しいところだけ持っていっちゃったみたいで悪いな、青年」
「いえいえ、そんな。あんな大きい怪物も倒せちゃうなんて、すごいですね!」
未知の異形に対するとは思えぬ朗らかさで、変身したままのヒビキと翔一が言葉を交わす。まるで隣人と話すような雰囲気を崩さぬまま、ヒビキは顔だけ変身を解いて向き合った。
「ヒビキです。結構鍛えてるんで、これくらいならいつもやってます!」
「俺、津上翔一って言います。本当の名前は別にあるんですけど、気にしないでください!」
「うん? 奇遇だな。俺も本名じゃないんだ。まぁ、あだ名みたいなもんかな」
紫色の鬼の言葉を受け、白光と共にアギトの姿は消える。金色の戦士は翔一としての生身を晒し、いつも通りの柔らかい笑顔を輝かせていた。
アギトの一種か鬼の一種か――彼らの認識に当て嵌まらぬ未知の力。翔一もヒビキもそのことについては気になるが、それはきっとお空も、勇儀やパルスィも同様のことだろう。
「……マイペースな二人ねぇ」
こんな状況でも自分らしさを損なわない二人の在り方に困惑するパルスィ。彼女は自分の内に生じた微かな光――気のせいと拭い去ってしまえるようなそれを少しだけ疑問に思いつつも、どこか似た雰囲気を覚える翔一とお空を見る。
思えばヒビキも勇儀も共通した精神を備えていると言えた。未知の存在と遭遇し、また別の外来人が現れた今、深く頭を悩ませているのは自分一人だけであるようだ。
どうやらマイペースが過ぎるのは二人ではなく自分を除く四人全員であったらしい。もう少し緊張感を持ってほしいんだけど、と独り言つ彼女の言葉は闇に消え。三人は鬼や魔化魍についての詳細を、二人はアギトやアンノウンについての詳細を、それぞれ互いに交わすことにした。
怨霊集う荒れ地の頭上、石桜の輝きも届かぬ深い闇の天盤にて。一人の少女――否、一柱の神は、その岩肌の壁にカエルの如く静かに張りついていた。
奇妙な帽子と蛙の絵が描かれた紫紺の衣服は両生類らしい意匠を持つものの、少女の姿は人そのもの。その手に吸盤などは一切ないが、滲み溢れる神力が彼女の権能を具現している。
「魔化魍があの力に干渉できるなんて……アンノウンの影響を受けてるのかな」
諏訪に語られる土着の神――洩矢諏訪子はカエルのように丸い目を光らせ、岩肌から跳び立つように空中を泳いだ。姿勢を維持するためにぱたぱたと両手を仰ぎ、自らを安定させると、やや余り気味の袖をふわりと舞わせて眼下に輝く神の光と鬼の灯火を見下ろす。
「…………」
楕円形に潰れた瞳孔が闇の中から微かな光を集め諏訪子の視界を開き。神が見届けた新たなる光の因子が芽生える先は、嫉妬という負の想念が渦巻く地殻。
彼らはまだその変化に気がついていないようだが、その理由はアギトの世界の人類と同様に、ただ可能性が植えつけられただけであるため。未だ覚醒には至っておらず、その力の片鱗が表出する予兆もない。
こうして『アギトの力』が分散した原因は、おそらく津上翔一を名乗る沢木哲也が旧地獄に導かれ、一度はその力を引き摺り出されてしまった影響か。身体を抜けた力が再定着に至る前に再び放ったことで、意図せずしてその力の一部が外部に漏れ出てしまったのか――
神の目をもってして今見る限りでは、すでに再定着と安定化は果たされている様子。これ以上、幻想郷にアギトの力を宿す者が現れることはないだろうと安心し、暗い大地から遥かな跳躍をもって舞い戻る青磁蛙がカエルの形からディスクに戻るのを見る。
諏訪子は無機質な銀色のディスクへと戻ったそれを右手で受け止め、労わりの声をかけた。
「うん、ご苦労さま。神奈子もこれ使えばいいのにね。せっかく蛇のやつもあるんだし」
ディスクとなった青磁蛙を懐にしまい、続けて左手でもって明るい黄緑色の物体を取り出す諏訪子。長方形の板めいた金属の箱は龍騎の世界の法則に依る、カードデッキと呼ばれるもの。そこには丸く大きな目を左右に配し、舌を伸ばした生き物を正面から見た顔が金色のレリーフとして象られていた。
諏訪子が手にする黄緑色のカードデッキの四隅には植物のゼンマイに似たしなやかな意匠が輝いている。確かに特徴は似ていなくもないのだが、彼女は化身と司る両生類とはどこか違うその様相に、生物としての分類を根本から異とする『爬虫類』めいた印象を受けた。
「言いたいことはいろいろあるけど……これ、カエルじゃなくてカメレオンだよねぇ」
地底に満ちる冬の空気でひんやりと冷えたデッキに視線を落とし、苦笑する。この手に伝うデッキの想念は、彼らの戦いを生きた一人の騎士のもの。
巨大企業グループの総帥という立場にいながらなおも超人的な力を求める、欲望に満ちた戦いの動機はあまりに俗物的だったかもしれない。だが、かつてこのデッキを使っていた男が語った人間社会の生存競争において、己を不可視と溶け込ませる力は確かなものだっただろう。
遠き神代の世、諏訪大戦において敗北を喫した諏訪子は知っている。人の世も神の世も、古くも今も変わらず他人を蹴落とす醜い争い。
それは神崎士郎が定めたライダーバトルと変わらぬ理だ。今はこの幻想郷にこそその戦いは機能していないが、結局は九つの物語に尺度を広げて同じことが起こるだけ。もはや己の時代が終焉を迎え、裏方に回った神は『人間はみんなライダーなんだよ』という思想を空虚に受け入れた。
ヒビキさんは変身って言わないから、どうやって声合わせようかと考えた結果。
翔一くんもヒビキさんも息を吐きつつ変身するので、そこで合わせる結構な荒業で解決だ。