東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第40話 知らないベルト / 未知のライダー

 二度目の四季異変の影響により、鮮やかな紅葉に染められた妖怪の山。微かな灰を帯びたその景色は従来の秋ならばよく目立つものだが、至るところに雪や桜や夏の日差しが繚乱する今の幻想郷ではそれを彩る一部に過ぎない。

 射命丸文と乾巧が共に歩く山の道を染めるは、オルフェノクに殺された者たちの残滓か。あるいはオルフェノク自身の亡骸か。どちらともつかぬ灰色の無彩(いろど)りである。

 

 この幻想郷にて再会を果たしたオートバジンと共に、巧は文と共闘してエレファントオルフェノクを撃破した。その後に文は同僚の鴉天狗である姫海棠はたてが未知の戦士が変身したのを目の当たりにし──当初の疑問を拭って、巧から『カイザ』という戦士について訊く。

 

 巧の知る情報では、カイザのベルト──カイザギアと呼ばれるそれはファイズギアと同様、誰にでも扱える代物ではない。不適合者を弾き飛ばす安全装置があるファイズギアとは異なり、カイザギアは不適合者が使った場合、その身を灰と朽ちさせるらしい。

 一部の者はそのベルトに適合することができたのだろう。変身を解除しても灰化することなくカイザギアを使用することができた。だが、純粋なオルフェノクならざる身にてカイザで在り続けることができたのは、乾巧が戦い抜けた2003年から2004年の歴史において、ただ一人だけだ。

 

「……そんなものを使って、はたては大丈夫なんでしょうか」

 

「さぁな。俺には何とも言えない。……でも、あの様子じゃ問題ないのかもな」

 

 文の憂いに対し、巧は文から聞いた姫海棠はたてという少女の振る舞いを思い出してみる。もし彼女が純粋なオルフェノクなのであればカイザギアの使用に躊躇は見せないだろう。元よりライダーズギアは彼らの王を守るため――オルフェノクのために作られた装備。ベルトの適合条件など関係なく、すべてのオルフェノクが扱うことができる。

 もし彼女がかつてのカイザギアの使用者と同じく『オルフェノクの記号』を宿しているのだとしたら、ベルトへの恐怖も頷けた。変身解除の直後にすぐ灰化に至らなかったところを見ると、おそらくは彼と同様に、彼女もある程度は呪われたベルトに適合することができているのか。

 

「(でも……なんだ……? この感じは……)」

 

 巧はその男の最期――彼が散ったその真意を知っている。その目で見たわけではないが、海岸に残されていた遺灰とその場の状況から見て、彼はオルフェノクに殺されたのだ。それもきっと、巧もよく知る――馬の特質を備えたオルフェノクに。

 最期こそ怪物によって首を折られたことが致命傷となったのだが、彼はその前からそう長くない命だった。かつて一度の死を迎え、スマートブレインの技術によって蘇生を果たし。オルフェノクの記号を植えつけられて不完全な形で適合したカイザギアを使い続けたことで少しづつ記号を擦り減らしていった結果――

 これまでもその男が見てきた私塾の友人たちと同様に、自身もまたカイザの呪いに苛まれ。灰と朽ちゆく指先に底知れぬ恐れを滲ませたまま、オルフェノクの手によって殺された。

 

 巧はその事実を知らない。ただ、彼が知っているのは男の生き様とその死の結果だけ。それでも狼の特質を備えたオルフェノクの嗅覚か。巧は、微かに芽生えた不安感を拭い去れなかった。

 

「おや? 乾さん、あれ……なんか山の方に落ちてきてません……?」

 

 文が怪訝そうな表情で空を指す。秋らしく少し曇った夕空、その光を遮る小さな影。薄くぼんやりと輝く彼方の光から妖怪の山へと落ちてくるは、二つの人影のようだった。

 新たなる怪物の襲撃かと身構える巧と文。ファイズギアを手に――未知へと向き合って。

 

◆     ◆     ◆

 

 妖怪の山の上空。冥界へと続く幽明結界から落下した剣崎を追い、妖夢は青く堅牢な装甲に包まれたブレイドの左腕を掴んでいる。

 冥界から吹き込んだ冬の空気が満ちる幽明結界の場で戦っていたためかひんやり冷たいその手甲。されど伝わる彼自身の血の温もりが、生者と死者の狭間たるを示して。

 

「これ以上減速できない……! やっぱり私一人じゃ……」

 

 幽明結界にてバットアンデッドとプラントアンデッドを倒した後に出現したマンティスアンデッド。その封印を果たすことはできず、こうして空の領域から叩き出されてしまった。妖夢は幻想郷に住まう者として最低限の飛行能力があるが、剣崎にはそれがない。

 ブレイラウザーはブレイドの左腰――ラウザーホルスターに戻されている。空中でうまくそれを掴み取ることができたはいいが、ブレイドには飛行能力がなく雲が浮かぶ高さからの落下を止めることができない。

 妖夢は飛行能力をもって剣崎の落下を阻止しようとするものの、彼女は半分幽霊とはいえ半分は人間の少女。刀剣を振るう技巧はあれど、一人で成人男性を持ち上げる力などなかった。

 

「妖夢ちゃん! 手を離してくれ! 俺はアンデッドだから、大丈夫!」

 

 ブレイドの赤い複眼で妖夢の青い瞳と向き合いつつ、剣崎はそれが冗談ではないと告げるために右手で腰に装ったブレイバックルのターンアップハンドルを引き、その中からチェンジビートルのプライムベスタを引き抜いた。

 バックルから投影された青い光の帳――オリハルコンエレメントが妖夢を巻き込んでブレイドの身に通過する。変身の際であればその光は衝撃を伴うが、ブレイドの姿から生身の姿へ戻るための変身解除においては、何ら物理的な影響を及ぼさない単なる光のスクリーンとなる。

 

「何か空を飛ぶ能力でもあるんですか!?」

 

「やったことはないけど……ジョーカーとしての能力ならできるはずだ!」

 

 生身へ戻り真剣な目で言う剣崎に向き合い、妖夢は問う。彼から得られた答えは、妖夢にとって受け入れ難いものだった。

 右手だけでラウズカードを懐にしまい、腰に帯びたブレイバックルも取り外して懐へ。あれだけの高さから落下すればその衝撃は大きなものとなる。単独で飛行可能な妖夢とて、巻き込まれれば怪我をしてしまうかもしれない。ならば自分が多少の恐怖を堪えて、上手く着地できれば。

 

「(今ある中で使えそうなカードは……カテゴリー5か……)」

 

 ブレイドに変身したままの着地でもよかったが、不死身の再生力を持つ自分とは違いブレイドの鎧は形のある無機物だ。スーツには損傷箇所を自己修復する機能があるが、ブレイバックル自体が破損すれば変身自体が不可能になる恐れもある。

 できればアンデッドとの戦闘以外でそんなリスクを負いたくはない。剣崎は本能に飲み込まれないように慎重にジョーカーラウザーを現し、その手にスペードのカテゴリー5――ローカストアンデッドを封印したキックローカストのプライムベスタを取り出した。

 

 バッタに通ずるイナゴの始祖であれば、その(はね)をもって飛翔することもできる。さすれば高所からの着地も容易であろう。今この状況においては完全な飛行能力を備える『トンボの始祖』こそが理想的だったのだが――ハートのカテゴリー4に当たるプライムベスタはここにはない。

 

「アンデッドの姿になればきっと大丈夫だ。……信じてくれ!」

 

 その目に向き合う瞳に嘘はない。元より全力の飛行でも常人なら間違いなく死を免れぬ落下速度を抑えられず。妖夢はただ真剣な力強さを灯す剣崎に対し、不安そうに頷くことしかできなかった。ゆっくりと剣崎の腕から手を離し、妖夢は己の飛行速度でもって剣崎を追う。

 

『キック』

 

 ジョーカーラウザーの溝にラウズされたキックローカストのプライムベスタは光となって剣崎の手元から消失。同時に封印されていたローカストアンデッドの能力が覚醒され、剣崎一真の肉体をイナゴの始祖たる不死生物に捻じ曲げる。

 ただがむしゃらに成すがままに背中の翅を震わせ、確かに落下速度を緩めつつ。ローカストアンデッドとしての肉体が誇るイナゴの力をもって──なんとか妖怪の山への着地を試みた。

 

◆     ◆    ◆

 

 翅の羽ばたきにより空気抵抗を生み、緩やかに落下速度を落としながら茜色に染まる木々の中へと落ちていく影。イナゴの祖たるローカストアンデッド、その姿を借りた剣崎一真(ジョーカー)は強靭な不死の皮革に枝が当たる感覚を覚え、昆虫の脚で着地する。

 ローカストアンデッドが有するイナゴとしての翅と跳躍力に優れた脚、そして柔らかい枯れ葉を湛えた木々と落ち葉が微かな緩衝材となり、なんとか無傷で着地することができた。

 

「ふぅ……なんとかなったか」

 

 イナゴの怪物はおもむろに夕空を見上げて彼方の雲を見る。その複眼は雲の隙間に微かに見える幽明結界の光を捉えたが、あの高さから落下して無事であるこの身が信じられなかった。

 

「剣崎さん! 無事……みたいですね」

 

 自らの霊力で飛行しふわりと着地した妖夢。安心したように胸を撫で下ろすが、見上げる剣崎の姿は白玉楼に出現したローカストアンデッドのものである。バトルファイトのために在る戦闘能力を剥き出しにしたその姿に気圧され、少女は微かに表情を強張らせた。

 腰に装うジョーカーラウザー、本来のカテゴリー5にあるべきアンデッドバックルではないそれだけがローカストアンデッドとの違いとして。

 

 53番目の存在――最初に存在したジョーカーはバトルファイトの舞台装置として生まれた。純粋なアンデッドたる彼の男は、人間の姿と化すためにハートのカテゴリー2、ヒトの始祖たる不死生物と融合し、その姿を借りることで人間になろうとしていた。

 だが、剣崎一真は後天的にジョーカーに至った、かつては人間だった存在である。ゆえに純粋なジョーカーとは異なり、人の姿になるためにカードを必要としない。身体に走る緑色の波動を少しづつ抑えていき、生まれ持った自分自身へ――せめて魂魄(ありよう)だけは人たらんと。

 

 かつてBOARDの研究施設を多くの仲間ごと壊滅させた憎き敵の姿を借りることになるとは、あのときは想像もできなかっただろう。

 剣崎の身体に融合していたローカストアンデッド、その鎖たるプライムベスタ──スペードのカテゴリー5、キックローカストのラウズカードがはらりと落ちる。融合が解かれ、剣崎一真の肉体は腰にあったジョーカーラウザーの消失を伴って生身に戻り、異形の様相を影に潜ませた。

 

「見つけましたよ……っと」

 

 冬の冥界ほどではないが少し肌寒い秋の山――その夕空から舞い降りる声に剣崎と妖夢は振り返る。鴉の羽根を伴ってゆっくりと着地する天狗を見て、二人は身体を硬直させた。

 

「…………」

 

 背後の木々を掻き分けてこの場に姿を現したもう一人。剣崎にとってはどこか懐かしささえ覚える現代的な衣服に身を包んだ茶髪の青年。眉をひそめて怪訝そうにこちらを睨むその表情には愛想など欠片もなく、明確にこちらを敵視しているようだ。

 髪についた枯れ葉を軽く叩き落としつつ──巧は先にここに辿り着いていた文の横に立つ。

 

「あれ? 妖夢さん? どうしてここに……?」

 

「天狗の……うぅ……厄介な妖怪(ひと)に見つかっちゃったな……」

 

 茜差す妖怪の山の木々を抜け、姿を見せた鴉天狗と外来人の二人。妖夢にとっては山を活動場所とする天狗がそこにいるのは何らおかしいことではないが、文にとっては冥界にいるはずの庭師が山の中腹にいることには疑問があった。

 新聞記者として振る舞う際は常に営業的な愛想を絶やさぬはずの文の表情を見れば分かる。剣崎の方を見れば咄嗟に腕の傷を隠し、緑色の血を誤魔化そうとしているが――

 

 文の横に立つ外来人らしき男の視線も剣崎へと。妖夢はその反応で確信した。この二人は、怪物の姿――アンデッドの姿になった剣崎を見てしまっている。

 全身に負った微かな傷や腕の傷から流れ落ちる血までは隠し通せない。剣崎もそれを理解しているが故に、普段なら笑顔で警戒心を解こうとするはずだが、緊迫した表情のままだった。

 

「奇妙な気配……乾さん、あの人間もオルフェノクだと思いますか?」

 

「いや、そんな感じじゃない。……その様子だと妖怪ってわけでもなさそうだな」

 

 文と巧は人ならざる不気味な血の色を帯びた剣崎一真を警戒したまま、二人だけで言葉を交わす。巧の記憶ではオルフェノクに至ったからといって血の色が変わるなどということはないし、何より一瞬だけ見えた怪物の姿はオルフェノク特有の死灰の色ではなかった。

 どうやら幻想郷に生きる妖怪という可能性も薄いらしい。問いに返す巧の言葉を聞いた文は向かう剣崎に対し、また別の異界の風を見る。

 

 妖夢と剣崎は同じく向かい合う存在に対して緊張の汗を滲ませ、最適な弁明の言葉を発することができないまま。妖怪の山の夕空に鳴く鴉たちの声さえ耳に入らない。

 文が剣崎に異界の風を見たのと同様、妖夢も巧に対して異質な魂の様相を見ていた。剣崎と似た異界のそれと思える魂の質。しかしただそれだけではない、奇妙な何かを宿しているようにも見えるのだ。

 それはさながら一度『死』を経験して──その本質を悟ってしまったような。冥界の箱庭に漂う幽霊たちにも似た魂を疑問視する。奇妙だとも思ったが、妖夢は剣崎に対して問いを投げた。

 

「剣崎さん、あの人の気配……まるで死人です。アンデッドという可能性は?」

 

「……上級アンデッドなら人の姿にもなれるはずだ。でも……そんな気配は感じない」

 

 彼の思考に走るは一部の個体、純粋に太古より存在するアンデッドでありながら、人間の姿を模倣することができる『上級アンデッド』と称される者たちだ。

 後のトランプの由来となったラウズカードのカテゴリーにおいては(エース)から10(テン)を超える三種の絵札。騎士(ジャック)女王(クイーン)(キング)を表すそれら、四つのスートにそれぞれ対応する計12体の強大なアンデッドたちを想起する。

 だが──この身を滾らせるような不死の闘争心は、彼からは感じられなかった。

 

 文と巧、妖夢と剣崎。それぞれが未知となる『怪人』たるような気配に、無意識に相手を敵と認識しかける。しかし、狼の特質を備えた灰の死者も、運命の切り札たる永遠の不死者も、どちらも向かい合う世界の物語には存在しないものだ。

 ファイズの世界においては人類の歴史にバトルファイトなど関与していない。ブレイドの世界においては誰がどのように死のうとも、オルフェノクとして覚醒することなど一切ない。

 

 不意に、灰を帯びた歪な風が文の髪を撫でる。同時に剣崎の身に淡く疼く闘争心。二人はその身に覚えた悪寒に表情を変え、確かに感じた変化に対して横へ振り向いた。

 その反応を見た巧と妖夢も二人に続く。四人が目にしたものは、この幻想郷の結界を局所的に歪ませる灰色の幕壁。オーロラと呼べる波紋から姿を現した──威圧的な外来人の男である。

 

「……お前の持っているベルトをよこせ」

 

 耳と鼻にピアスを装った男、ファイズの世界において二度の命を終えた 青木(あおき) は重苦しい口調で告げる。サングラス越しに眉をひそめると、巧たちの姿を睨みつけるその表情に暗い影のようなものが浮かび上がった。

 直後、男の姿は大柄な異形の怪物――猛り狂う雄牛を人型に歪めたような灰色へと変わる。ウシの特質を備えた『オックスオルフェノク』に変化した彼の側頭部には、その身に不釣り合いなほど巨大に捻じれた双角が掲げられていた。

 重厚すぎる肩の装甲はやはり見た目通り重いのか、悠々と大地を踏み歩く。荒々しく鼻息を吹き鳴らす気迫、文や巧たちに放つ闘志はどこか闘牛めいているようにも感じさせた。

 

「ちっ……オルフェノクか……!」

 

 ファイズギアのケースを()く開いてベルトを取り出す巧。文はその様相に驚いていないが、妖夢と剣崎は向かう灰色の死者の変化に驚きの表情を隠せない様子だ。

 だが、ここに現れようとしているのは死から蘇ったオルフェノクだけではない。剣崎の本能に伝う闘争心が示す通り、オーロラの向こうにはまだ二体の影がある。波紋を広げ姿を現すは、寿命の短いオルフェノクとは正反対の存在、永遠とも言える命を持った二体ものアンデッドだった。

 

「シャアアッ……!」

 

「グォォオオオッ……!」

 

 一体は漆黒の身体の右半身に暗い緑色の甲冑を纏った堅牢なる騎士。葉を思わせる節足の装甲を帯びたそれは、スペードスートのカテゴリー7に対応する三葉虫の祖たる不死生物――『トリロバイトアンデッド』と呼ばれる存在。

 そして同時に現れたオレンジ色の怪物はその毛皮に独特の模様を刻んでおり、やはり不死なる始祖の法則に従い古傷を隠すような漆黒の皮革を装っている。

 こちらも同じくスペードスートに分類され、その中においてはカテゴリー9と称される種。BOARDによってジャガーの祖たる不死生物と定義された『ジャガーアンデッド』と呼ばれたアンデッドの一種だ。

 

 二体の怪物はそれぞれ己が肉体(ぶき)をもって剣崎たちを狙い駆け抜ける。トリロバイトアンデッドは左腕に突き出した刃の如き爪を振りかざし。ジャガーアンデッドは風のような瞬発力で地を疾走し、目にも止まらぬ速さでジャガーのそれより遥かに凶悪な三本の鉤爪を振り上げた。

 

「アンデッド……! 狙いは俺なのか……!?」

 

 迫り来るジャガーアンデッドの爪を寸前で回避しつつ、懐からブレイバックルを取り出しながら怪物を蹴り込んで距離を取る剣崎。

 この身はすべてのアンデッドから恐怖され憎悪されるジョーカー。されど本来のジョーカーに比べればその波動は薄い。なればこそ彼らは率先してバトルファイトを破滅させる終末の存在を排除しにかかるのか。

 同時にやはり彼らはかつてと同じ行動理念にも即している。バトルファイトに関係なく、前回の勝者である人類という種族が気に入らないらしく、妖夢にも牙を剥いている。

 

 巧は歯を食いしばって迫り来るオックスオルフェノクの拳をファイズギアのケースで防いだ。背後に控える文を守るための行動だったが、やはりオルフェノクの目的はファイズギアの奪還の様子。彼女には目もくれず、ケースを奪おうと拳を広げる。

 その隙を狙って、巧は渾身の力で向かう怪物の腹に蹴りを入れた。雄牛めいた重量のそれを突き飛ばすことは叶わなかったが、この身もすでに人としての命を終えている。ファイズとして戦い抜いてきた経験もあって、オックスオルフェノクを怯ませて後退させることができた。

 

 ケースを開いてファイズギアを取り出す。巧は腰にファイズドライバーを巻きつけ、ファイズフォンを手に。瞬くような速度でコードを入力し、それを閉じて天に掲げた。

 先ほど向き合っていた距離のままやや離れた位置に立つ剣崎もまた、突き飛ばしたジャガーアンデッドと向かってくるトリロバイトアンデッドに隙を見出し。懐から取り出したブレイバックルにチェンジビートルを装填すると、すぐさま腰に装って右手の甲を右正面に向ける構えを取る。

 

「「変身!!」」

 

『Complete』

 

『ターンアップ』

 

 重なり合う発声と共に赤い閃光と青い光板が薄暗くなってきた妖怪の山を染めた。衛星から電送されたスーツを纏い、乾巧の身はファイズの姿に。対する剣崎一真は融合係数の上昇によりこちらへ向かってきたオリハルコンエレメントの通過を見届け、ブレイドの姿へと。

 赤と青。たとえ異形の怪物と堕ちようとも、人間として生きる血の色と人間として戦う誇りの色。二人は未知なる仮面の戦士を、それぞれ黄色く丸い複眼(アルティメットファインダー)赤い複眼(オーガンスコープ)に映し出した。

 

「なんだありゃ……? 新しいベルトか……!?」

 

「うぇ!? 仮面ライダー……!? でも、あの姿は……!?」

 

 二人の戦士は赤と青の光と共に現れた互いの姿に狼狽えている。

 それは巧の記憶にない未知のベルト。スマートブレインが開発した三本のライダーズギアの中には存在しない、フォトンブラッドを帯びぬ力。

 剣崎にとってはアンデッドとの融合を感じさせない無機質なもの。BOARDが開発したライダーシステムにおいて一切聞いたことのない、ラウズカードを用いていない機構だ。

 

「……やはり、乾さんの他にも……」

 

「剣崎さんの他にも、仮面ライダーが……?」

 

 ブレイドを見た文の呟きに重なるように、妖夢がファイズを見て呟く。巧と剣崎は隣り合う黒き戦士と青き戦士に対する疑問を拭い去れないまま、目の前に襲い来るジャガーアンデッドとトリロバイトアンデッド、オックスオルフェノクへの対処を強いられていた。

 巧と共にいた文に、剣崎と共にいた妖夢に対し、彼女らもまた訊きたいことはある。しかし今は悠長に言葉を交わしている場合ではない。文と妖夢は互いに視線だけを交わして力強く頷き、それぞれ天狗の葉団扇と楼観剣を抜く。

 

「やぁっ!」

 

 大地を蹴って縫うように振り抜かれた妖夢の楼観剣と、ブレイド──剣崎の振るうブレイラウザーの切っ先がジャガーアンデッドに迫っていった。

 だが、その脚力はやはりジャガーの始祖たる不死生物の能力。即座の判断で地を駆け、アンデッドは二つの刃から逃れてしまう。疾走をもって視界から失せた怪物は妖夢の背後に現れた。

 

「妖夢さん、気をつけてください!」

 

 文もまたジャガーアンデッドに劣らぬスピードで風を切り、妖夢を狙うその背中に天狗の妖力を込めた青緑色の光波【 疾風扇(しっぷうせん) 】を放った。地を走るそれはジャガーアンデッドに命中し、その意識を逸らすことに成功する。

 だが油断はできない。相手は一体だけに非ず。剣崎はジャガーアンデッドを斬り損ねた直後に向かってきたトリロバイトアンデッドの爪とブレイラウザーの刃を交えて。文は横から闘牛の如く大地を駆け抜けるオックスオルフェノクの双角を視界に捉えた。

 目の前には空を舞う鴉天狗もかくやという速度で地を駆けることができるジャガーの怪物。どう対処しようかと思考する刹那、後方からのフォトンブラッドが二体を撃ち抜く。

 

「やや、感謝します!」

 

「礼はいい、お前は空から攻撃しろ!」

 

 文は手にしたフォンブラスターでオックスオルフェノクとジャガーアンデッドを牽制してくれた巧に振り向くが、やはり通常の射撃ではその程度の意味しかない。文は自慢の黒い翼をその背に現し、上空から弾幕を放つべく怪物たちの頭上へ飛ぶ。

 目の前の少女がいきなり空へ上がったことに驚いたのか、ジャガーアンデッドはほんの一瞬だけ狼狽えた。その隙を見逃すことなく、文はここぞとばかりに空中を裂く風を放つ。疾風扇を刃と増やし地を駆けず空に飛ぶ【 烈風扇(れっぷうせん) 】はなめらかに怪物の毛皮を切り裂いた。

 

 裂けた肌から緑色の血を流す様は確かな手応えを感じさせる。このまま押し切れれば未知の怪物を倒せるかもしれないという期待の中、文は相手から感じられる生命力が減衰していないことに違和感を覚えた。表面上のダメージはあるものの、生命までは削り切れていないような──

 

「そいつらは不死身なんだ! 倒すことはできない!」

 

「ええ!?」

 

 地上から声を張り上げた剣崎の言葉に耳を疑う。一瞬の驚きが隙となったのか、オックスオルフェノクが自らの手に現した拳状の鉄球が視界に迫っていることに気づくのが遅れた。咄嗟に身をよじって回避することはできたが、バランスを崩して地面に落下してしまう。

 

「痛ったた……倒せないって……どういうことなんです……?」

 

 翼を収めて体勢を立て直す文を守るように妖夢が立った。楼観剣を構えて続く鉄球を切り払うものの、その重量を受け微かに表情を歪めている。

 放たれた鉄球はオックスオルフェノクの両拳を大型化したような造形であり、どうやらその手元と鎖のようなもので繋がっている様子。遠くに投げても灰の細胞で構築した鎖で繋がれている限り、武器(それ)を失うことはないようだ。

 傷を負ったジャガーアンデッドのスピードは微かに落ちている。不死身といえどダメージの積み重ねは間違いなく残っている。オックスオルフェノクより後方から迫るトリロバイトアンデッドに弾幕を放って接近を阻止する文だが、強い妖力を込めても微かに怯む程度の効果しかない。

 

「あいつらはアンデッド。不死の怪物です。無力化には封印するしかない……」

 

「封印ったってなぁ……お前らならなんとかできんのか?」

 

「ああ。俺たち仮面ライダーは……そのために。人類を守るために奴らと戦ってるんだ」

 

 妖夢の説明に巧が問う。それに力強く答える剣崎の言葉に、巧は上手く呑み込めずとも彼らもまた自分と同様――誰かの夢を守っているのだと感じた。

 巧はバーストモードのままのフォンブラスターにコードを入力し残弾をチャージ。気だるげにオックスオルフェノクに銃口を向けると、三度の引き金で九発の光弾を放った。

 

「……そうか。だったらオルフェノクの方はこっちで相手するぜ」

 

「オルフェノク……? あの灰色の怪物のことか?」

 

「あいつらは死んだ人間が蘇ったものです。あの赤い光がよく効くみたいですよ?」

 

 巧の言葉に剣崎が問う。それを説明した文の言葉に、妖夢は複雑な気持ちを覚えた。ここに集うは互いにとっての未知(ししゃ)未知(ふししゃ)――剣崎一真という不死者に加え、赤い光の戦士たる青年から感じた死者らしき魂の気質は気のせいなのだろうか。

 そんなことを考えている余裕はない。妖夢はファイズの放った光弾に気を取られそちらに注意を向けたオルフェノクを無視し、音速で疾走(はし)り来るジャガーアンデッドを心の眼で捉える。

 

「見切った!」

 

 風を切るジャガーの爪を引き抜いた白楼剣で受け止め。その隙を縫って楼観剣の刃を斬り込む。文の烈風扇で負った傷もあり、明確に動きを滞らせているのが分かった。

 

『キック』

 

「うぇえええいっ!!」

 

 続けて風を裂く爪を後退して避けると、背後からブレイラウザーの電子音声と剣崎の気合を聞く。キックローカストのプライムベスタをラウズしてローカストアンデッドの力を宿したブレイドの脚力、イナゴの如き飛び蹴りを見舞う【 ローカストキック 】をもって、ジャガーアンデッドを遥か後方へと蹴り飛ばした。

 先ほど妖夢が放った【 炯眼剣(けいがんけん) 】の一撃も相まってアンデッドとしての耐久値を超えていたのだろう。速度に特化したジャガーアンデッドはアンデッドバックルを展開し、すかさず剣崎が放ったプロパーブランク♠9のラウズカードを受けて封印される。

 

 スペードの9たるジャガーアンデッドを封印したプライムベスタは『マッハジャガー』と呼ばれるもの。カードは風を切って剣崎の手元へと飛来し、剣崎はそれをオープントレイに戻した。

 

「なるほど、そうやって封印するんですねぇ」

 

 ジャガーアンデッドがラウズカードに封印される様を見届けつつ、文は赤い下駄をもって大地を蹴る。夕焼け空のように赤い瞳はオックスオルフェノクをしっかり捉え、音速で翔け抜けた風圧が周囲の落ち葉を舞い上がらせる。

 風の如く地を翔け一瞬でオックスオルフェノクの背後まで移動した文。その移動から間を置かず、後方に風の弾丸を撃ち放つ【 天狗ナメシ 】をもって灰の身体を微かに削った。

 

「ぐっ……!?」

 

 死角からの攻撃に怯んだ様子のオックスオルフェノクに対し、巧は腰に装ったファイズドライバーの左側、四角い銀色のケースからデジタルカメラとしての機能を持つツールを取り出す。鴉の眼の如きレンズを宿すそれは、間違いなくカメラとして開発されたもの。

 デジタルカメラ型パンチングユニット──『ファイズショット』と呼ばれるデバイスをその手に持ち、閃く視線は紅く滾る闘志を拳に宿さんがために。

 舞い散った紅葉に視界を遮られてしまったオックスオルフェノクは巧の動きが見えていない。スマートブレインによってカメラという擬装を伴って作られた武器。ただのカメラならざるそれは、ファイズフォンから抜き取られたミッションメモリーの挿入で在るべき本当の機能を現す。

 

『Ready』

 

 ファイズの複眼を模したミッションメモリーがレンズを覆う。この時点でカメラとしての機能は失われ、形を変えてグリップとなったフレームを右拳に嵌め握り締めると、ファイズショットは高精度の撮影機能を誇る『マルチデジタルカメラモード』から『ナックルモード』へ。

 

『Exceed Charge』

 

 そのまま左手をもって開いたファイズフォンのエンターキーを押下。聞き馴染んだ電子音声と共に供給されるフォトンブラッドが右腕のフォトンストリームを伝いファイズショットへと流れ込むのを見届ける間もなく、大地を蹴って。

 紅葉の中を突き抜けて疾走する本能のまま。狼狽えるオックスオルフェノクがこちらに気がつき、巨大な鉄球を振りかざす。足を止めずに姿勢を低くしてそれを回避すると、巧――ファイズは迸る閃光、真紅に輝くフォトンブラッドに満たされたファイズショットを拳と振り抜いた。

 

「やぁぁぁぁあああっ!!」

 

「ぐぅぅうっ……があぁああっ!!」

 

 真っ直ぐに突き抜けるファイズの拳はファイズショットの威光を纏い。その先端に輝く赤き光がオックスオルフェノクの腹に楕円と斜線を刻みつけた。

 背後に浮かんだ同様の赤と共に、その身は光を帯びた拳による【 グランインパクト 】の衝撃をもって吹き飛ばされる。

 妖怪の山の大木に背を打ちつけて青白い炎を爆散させると、オックスオルフェノクは自らの形を維持することができず儚く灰と崩れ去った。

 オルフェノクの死を見届け、巧は積もった灰から目を背けて右手からファイズショットを外し、グリップを畳んでミッションメモリーを抜き取る。それを再びベルトの左側のケースへとしまいつつ、ミッションメモリーをファイズフォンに戻しながら文たちの方へ向き直った。

 

「くっ……!」

 

 最後に残ったトリロバイトアンデッドに対して楼観剣を振り下ろす妖夢。己が妖力を注ぎ込んだ刀身は他のアンデッドたちには通用したが、三葉虫の始祖たるこの怪物は先ほどよりもさらに硬い装甲で刃を弾いてみせる。

 

「このアンデッド……尋常じゃないくらい硬い……!」

 

「妖夢さんの剣でも()が立たないとなると、ちょっと厳しいですね……」

 

 どことなく白銀の輝きを帯び始めたようにも見えるトリロバイトアンデッドの甲冑。その身にはアンデッドとして何らかの硬化能力を持っているのか。

 文も持ち得る弾幕はそのほとんどが風の性質を持つものだ。物理的な衝撃においては妖夢の剣戟という手法には及ばない。やはり出し惜しみせずスペルカードを使うべきか。その思考は二人の視線を未だ人間と──味方と断定できない剣崎と巧の身に向けさせる。

 もしもあの男が気配通りの怪物(てき)なら、不用意に力を消耗しすぎるのは得策ではない――と。

 

『スラッシュ』

 

『サンダー』

 

 風雨(あや)の思考は凪となり、蒼天(ようむ)の思考には雲がかかる。だが、剣崎一真に迷いはなかった。左手に逆手持ったブレイラウザーの溝へ二枚のラウズカードを続けてラウズする。

 スラッシュリザードとサンダーディアー。それぞれリザードアンデッドとディアーアンデッドが封じられたプライムベスタを使い、二枚のカードによるコンボは剣崎の身に追加で融合した能力をもって、右手に持ち替えたブレイラウザーに一時的な切れ味の強化と青白い電流を付与。

 

『ライトニングスラッシュ』

 

 ローカストキックの発動で5000から4000に低下していたAPが、さらに2400まで低下する。その数値を見ることなく右の順手に構え直したブレイラウザーを振り上げ、高く跳躍。

 

「うぇいっ!!」

 

「グォォ……ォォオッ……!!」

 

 両腕を掲げて防御を試みたトリロバイトアンデッドを頭上から一刀のもと断つ。強化された刃にさらに蒼白の雷光を纏わせた斬撃――【 ライトニングスラッシュ 】はその装甲を両断することこそ叶わずとも、体内に直接響く電撃をもって怪物を怯ませた。

 同時にトリロバイトアンデッドが全身に帯びていた白銀の輝きが失われる。傷ついた鎧から緑色の血を溢れさせながらも、アンデッドバックルは未だ硬く閉ざされているようだ。

 

 剣崎はブレイラウザーを振り下ろした直後の隙を狙われ、トリロバイトアンデッドに蹴り飛ばされる。電流に苛まれて本調子が出せないのか、距離は取られたがダメージはほとんどない。

 

「グゥゥ……ゥゥル……!」

 

 強引に電流を振り払って強靭な爪を振るう怪物。目の前にいた文と妖夢は地を蹴って後退し、先ほど剣崎が放った青白い光とは対照的な『赤い光』に照らされた背後の闇へ振り返る。

 

『Ready』

 

 剣崎がライトニングスラッシュを放つ瞬間、後方へ移動しオートバジンのもとへ向かっていた巧が、その左グリップにミッションメモリーを挿入した。無機質な電子音声と共にそれを引き抜き、薄暗く夜に堕ちた妖怪の山にファイズエッジの紅き輝きを灯す。

 右手にファイズエッジを持ったまま。すかさずファイズドライバーに収まったままのファイズフォンを左手で開いては、先ほどと同じようにエンターキーを押し、乱雑にそれを閉じて。

 

『Exceed Charge』

 

 またしてもファイズドライバーから供給されたフォトンブラッドが右腕のフォトンストリームを通じて流れていく。ファイズショットのときと同じく、右手に携えたファイズエッジの刀身に、フォトンブラッドのエネルギーが満ちていく。

 

「はぁっ!!」

 

 巧はトリロバイトアンデッドから離れた距離のまま地を掠めるように、逆袈裟掛けにファイズエッジを振るった。すると、その切っ先から生じた赤い光の波が地を疾走する。

 

「……グォ……ォオ……!?」

 

 赤い光――放たれたフォトンブラッドの波はトリロバイトアンデッドの身を捉えた。帯を巻くように赤が広がり、不死なる身を真紅の円筒に包み込む。溢れるエネルギーが力場を生じさせているのか、トリロバイトアンデッドの体躯を空中に浮かび上がらせて。

 如何に強靭な肉体を有していようと空中、それもフォトンブラッドの拘束の中では踏ん張ることもできず。闇を切り裂く光を湛えた戦士の疾走――気合の声を上げて迫る巧に成す術もなく。

 

「せいっ! うらぁあっ!」

 

 無防備な体勢のままのアンデッドにファイズエッジの剣戟を。左から右へ、右から左へと続け様に見舞った一閃に、重なる真紅の軌跡を見る。

 相手がオルフェノクではないためか、蒼白い炎も灰の残滓も巻き上がることはない。空中でその身を斬り裂かれたトリロバイトアンデッドは先のライトニングスラッシュのダメージもあり、硬化能力が解けていたところにフォトンブラッドの斬撃を受けてその場に力なく倒れ伏した。

 

 ファイズエッジというフォトンブラッドの刀身にさらなるエネルギーを纏わせて相手を滅多斬りにする――ファイズの剣技。

 純粋な切断能力より刀身に流動するフォトンブラッドの衝撃による内圧をもって対象を破壊することを重視した【 スパークルカット 】の一撃は装甲の硬いトリロバイトアンデッドの体内にまで深刻なダメージを与え、戦闘不能に陥らせることができたようだ。

 

 スパークルカットを放ち切ったことでフォトンブラッドの熱が弱まり、力強く輝いていた刀身の光が静かなものへと落ち着いていく。そんなファイズエッジの様子に目を向けることもなく、巧は自ら倒したトリロバイトアンデッドを見下ろした。

 トリロバイトアンデッドが腰に装うアンデッドバックルが音を立てて開く。双蛇の円環はオルフェノクレストとは似つかぬが、どちらも再生――永遠性を表しているように思えた。

 

 ブレイラウザーを持ったままの剣崎がトリロバイトアンデッドに近づく。その身には永遠の命が宿っており決して死ぬことはないが、体力を使い果たしたのだろう。もはや少しも動きを見せず、抵抗する素振りもない。

 入れ替わるようにすれ違い、巧はアンデッドから離れてオートバジンのもとへと戻る。ファイズエッジを左ハンドルに戻し、ミッションメモリーを引き抜いて再びベルトに収まったファイズフォンへ戻しつつ、暗い夜空にぼんやり浮かぶ――虚ろな月を見上げて。

 剣崎はオープントレイからプロパーブランク♠7を取り出し、その胸へ突きつけるようにカードを落とす。淡い緑色の光が日の落ちた妖怪の山を微かに染めたかと思うと、アンデッドはラウズカード──『メタルトリロバイト』と称されるプライムベスタとして封印された。

 

 巧と剣崎、ファイズとブレイド。二人は振り返り、互いを捉えたまま立ち尽くしている。

 どちらからともなく、巧はファイズドライバーからファイズフォンを取り出し、それを開いて通話終了キーを押下。剣崎はブレイバックルのターンアップハンドルを引き、スロットからチェンジビートルのプライムベスタを引き抜いた。

 またしても赤い閃光と青白い光が妖怪の山に輝く。巧の全身を覆うフォトンフレームの消失と共に、剣崎の身体を通過するオリハルコンエレメントの消失と共に。

 二つの光は闇に消え、幻想郷に存在するはずのない力を纏った青年たちが──生身へと戻る。

 

「文さん、あの外来人の青年は……人間……ですか?」

 

「……奇遇ですねぇ。私も妖夢さんに同じことを訊こうと思ってました」

 

 彼らの身から感じられる気配は妖夢と文にとって、奇しくも通ずるものがあった。乾巧の気配は姿や肉体こそ人間らしいものだが魂と呼べる霊的な想念の波動は、目を閉じれば幽霊であると錯覚できるほどに、あまりに死の気配を帯びすぎている。

 対する文の意見も同じ。剣崎一真から流れる緑色の血と人ならざる者の気配に、天狗として太古よりの時代を生きたこの心身に原初の本能を植えつけられるような。あらゆる生物を根底から威圧するような秘めた闘争心を見る。

 

 そして、その共通点は先ほど撃破した異形の怪物と同じ特徴でもあった。乾巧の死色の気配と灰の匂いはオルフェノクの、剣崎一真の緑色の血と恐ろしき闘争心はアンデッドの。

 この目に映る姿は紛れもなく人間のものであれど──それらと戦いを終えた今ならば否が応にも結びつけざるを得ない。彼女らの視界に立つ二人の外来人は、怪人(やつら)と殆ど同じ気配なのだ。

 

「君は……BOARDの人間じゃないのか? そのベルトはいったい……」

 

「BOARD……? 知らないな。……そっちこそ、スマートブレインの関係者か?」

 

 剣崎と巧は互いにそれぞれが装うベルトを一瞥した後、再び目を合わせて真剣に問う。もし彼がBOARDの関係者であれば、同じライダーシステムの資格者として剣崎が知らないはずはない。だが、剣崎はアンデッドの力に頼らないライダーなど聞いたこともなかった。

 向き合う男がスマートブレインの者ならば、やはりファイズギアの奪還を目的としているのだと推測できる。しかし、見たところ彼はファイズギアのことを知らない様子。それどころかオルフェノクの存在さえ認識していないらしい。

 

 二人の疑念が拭われぬまま妖怪の山は涼しげな夜風に包まれる。この場で問いただしたいことは多いが、夜の山は妖怪の巣窟である。ここに留まることは危険だと判断した文と同様、妖夢もそれを認識したようだ。

 幸い今この場に他の天狗の目は届いていない。天狗の立場で侵入者を匿うことは憚られる。普段でさえ厳しいのだから、怪物騒ぎで殺気立った山の者に見つかれば文とて面倒事は避けられまい。特に、その規律を重視する白狼天狗の椛に見つかることだけはできるだけ避けたかった。

 

「今日はもう遅いですし……詳しい話は私の部屋で聞かせてもらいましょう」

 

 月明かりでぼんやりと照らされた夜の山に、守り神たる者たちの目――カラスの存在が一匹もいないことを確認しながら。文は彼らを部屋に招くことにする。

 鴉天狗の身としては白狼天狗の視力がどこまでのものかは正確には分からない。もし一人でもこの場所を観測している者がいたとしたら、すでに大天狗への報告と共に増援の天狗たちがここへ集まってきていることだろう。

 天狗の目は鋭いが、妖怪の山とてそれ以上に大きい。怪物騒ぎで混乱している組織にはまだ見つかっていないはずだと祈り信じて、文は妖夢を含む三人をひとまず自らの領域へと案内した。




怪人系主人公のお二人。片方はすでに死んでいて、片方は永遠に死ぬことができない……

次回、STAGE 41『決して交わらざるべき物語』
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