東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第42話 賢者の誤算 Lost Phantasm

 無数の目玉がぎょろりと蠢く異空間、幻想郷の境界に切り拓かれたスキマの中。妖怪の賢者、八雲紫は三つの裂け目に映し出された境界の先を観測していた。

 向こう側からはこちらを見ることができない特殊な結界を通してその先へ。紫が向ける視線の彼方はそれぞれ三つ。霊夢と美鈴がいる霧の湖、お空と勇儀がいる旧地獄、文と妖夢がいる妖怪の山の景色だ。

 彼女らはそれぞれ五代と真司、翔一とヒビキ、巧と剣崎の言葉を借り、彼らが生きた世界の物語を知る。場所と時間帯もあってか少ない言葉で簡単に説明し、あまり深くは語らず。

 

 霊夢と五代は博麗神社に、美鈴と真司は紅魔館に戻った様子。帰りを待つ者たちを心配させないため、交換できた情報はそれぞれの勢力で共有する。

 同じくお空と翔一は地霊殿に戻り、勇儀とヒビキとパルスィは旧都へと戻っていく。文と巧、妖夢と剣崎に関してだが、こちらは帰るべき場所が冥界の白玉楼という高所にある領域であり、そう簡単に戻ることができないらしい。

 妖夢の力では剣崎を抱えて冥界まで飛んでいくことができない。鴉天狗たる文の力なら可能かもしれないが、すでに夜も遅く、今晩は彼女の領域で朝を待つつもりのようだ。

 

 剣崎一真が所有するブルースペイダーなるバイクは幽明結界に取り残されてしまっている状態。妖怪や妖精の手に渡り悪用されるのを防ぐため、マミゾウに頼んで一時的に預かってもらうこととしよう。アンデッドなどの怪人の手に渡るのだけは避けたいところだ。

 紫は静かにそれらを見渡すと、納得したように三つの裂け目を優しく閉じる。続いて小さく手を振って目の前に現すは、九つの紋章――ライダーズクレストを表した仄かな輝きだった。

 

「…………」

 

 古代リント文明において戦士を表す象形文字。その紋章はクウガの世界と繋がっていた。大きく角を広げた龍の顎の如き形。その紋章はアギトの世界と繋がっていた。燃え上がる龍の闘志を秘める意匠。その紋章は龍騎の世界と繋がっていた。

 楕円に斜線を描くものはファイズの世界と。スペード型に広がった剣に似たものはブレイドの世界と。巡る三つ巴めいた鬼火の鼓は響鬼の世界と――それぞれ繋がっていた(・・・・・・)

 

 今の紫では境界の痕跡こそ観測できれど、実際にその世界へ行くことができない。繋がり自体は保たれているものの、その『経路』が形成されていないのだ。

 世界そのものが消滅したのであれば、消滅した後の無の世界には行けるはず。しかし実際には歪んだ世界の形が見えるだけで、結界に阻まれているように向こう側の世界には行けない。

 

「想定通りの想定外、でもここまでの想定外は……想定になかったわ」

 

 九つの紋章のうち六つまでもが未だ観測できていない別の世界に統合されている。そこまでは判断できたが、六つの世界との接続は未だ残っているにも関わらず、それらの世界を内包する十番目の世界とでも呼ぶべきものの座標が特定できない。

 おおよその予想はつく。それはきっと、あの力と同じ法則に依る世界だ。紫はそう心の中で考えながら、スキマの中にしまったベルト──『ディケイドライバー』に想いを馳せた。

 

 次元を超える『旅人』の性質。あのベルトと同様、あの世界――『ディケイドの世界』はありとあらゆる時空を無作為に漂っている。ディケイドライバーの法則を辿れば行けるかもしれないと思ったが、成し得なかった。

 ──ディケイドライバーは法則の一部に過ぎない。十番目の世界は便宜上、ディケイドの世界と呼ばれているが、それはあくまで『彼』がディケイドに選ばれたから。

 真の意味でその世界を定義するには、正しく『門矢士の世界』と呼称するべきであるのだ。

 

「あと少し……だけど」

 

 無限に広がる万物の隙間の中に、とある世界を旅していた門矢士を拘束している。意識を操って夢の中に誘っており──肉体も連れ去った時点のまま変化することはない。

 ディケイドの力は、世界を破壊する力。幻想郷だけでなく、幻想郷が存在する『外の世界』にまで影響が及ぶ。そんな力が敵に回れば、この物語はそれで終わり。しかし、このディケイドの力がなければ九つの世界の座標を掴むことさえできなかった。

 

 門矢士が持つ『世界を繋ぐ力』。ディケイドが持つ『世界を壊す力』。そのどちらもが揃ったことで、紫は幻想郷とは何の関わりもない世界を辿ることができた。座標を特定し、それぞれの世界の楔を幻想入りさせることができた。

 ─―ディケイドの世界に紡がれる物語はない。故に、門矢士も幻想郷の楔としては機能しない。だが、彼には彼の役割がある。九つの楔をすべて引き入れたとき、すべてを破壊し、すべてを繋ぐための最後の鍵として。

 紫は役割を終えた六つの紋章から目を離し、残る三つの紋章を見る。それぞれカブトムシの背中、レールめいた真円、コウモリに似た牙と翼。もう少し様子を見るつもりだったが、それぞれの世界はそれまでの六つの世界と同様に歪み始めていた。道が消えるのも時間の問題だろう。

 

「……これはちょっと、急いだほうがいいかもしれないわね」

 

 紫は懐から三枚のカードを取り出す。カブトムシに似た雄大な角、桃を割ったような電車の仮面、誇り高き吸血鬼を思わせるカボチャめいた複眼。それぞれの戦士がいる世界へと繋がる道をゆっくりと歩み、まずは一歩――自由と正義を掲げる最高速の物語へ。

 すでにそちらの世界の技術は拝借している。あとは楔を幻想郷に繋ぎ留めることで、彼方の世界の物語、法則を『記録』していくだけ。

 覚悟を決め、紫はカブトムシの紋章へゆっくりと溶けていく。天高くそびえ立つ世界遺産の門、そこに似つかぬ白い豆腐を持った青年に向かって。妖しさを孕んだ微笑みを取り戻しながら。

 

◆     ◆     ◆

 

 夜を迎えた妖怪の山。灰に染められた崖の下で、神子はその身に刻み込んだ記号が呼応するのを感じていた。

 肌を伝う異界の光と共に、灰色のオーロラは神子の背後に現れる。振り返った彼女が目にしたのは、宿した記号の波動と同じ──ゴートオルフェノクの姿。

 

「……そうか……やはり……」

 

 神子は眉をひそめた。全身に誤魔化しようのない傷を負い、おびただしい灰を零しながら身体を引き摺る姿を見て、彼――花形の命が尽きかけているのだと理解させられる。

 彼を狙うスマートブレインの者の攻撃だろうか。これだけのダメージを受けてしまえば、いくら強大なオリジナルの個体といえど死は免れまい。

 

 身体から零れる灰を抑えるも、肉体を再生する速度が追いついていない。傷口から燃え上がる青白い炎もその身体を苛み、花形自身もそれを理解しているが故に、身体の再生に意識を集中するよりも。全身に残った最後の力を右手に輝き現し、オルフェノクエネルギーの塊として。

 

「受け取れ……」

 

 力なく膝を着いた状態のゴートオルフェノクはさらさらと崩れゆく右腕を神子に差し出す。右手の平の上に輝く光の球は、神子の頷きを見るかのようにゆっくりと浮かび上がり。

 ゴートオルフェノクの遺志たる誇り、金色に輝く想いとなって、神子の身体に刻み込まれた。

 

「ぐっ……うう……!!」

 

 絶大なエネルギーが神子の身体を染め上げる。細胞の一つ一つが金色の光に染められ、神子の全身に凄まじい力の奔流が注ぎ込まれる。

 身体から青白い炎が燃え上がる様が神子自身からも見て取れた。熱はないものの、この身の内に蒼く滾る波動が、強く全身を苛む激痛として感じられる。

 

 ただの人間であれば、その干渉をもって彼女の心臓は焼失していただろう。エネルギーに耐え切れず灰と朽ち果て死に至るか、あるいはオルフェノクとして覚醒するか。

 ゴートオルフェノクの記号に順応しつつあった神子は、尸解仙という死の超越者、一度の死を超えて仮初めの肉体を己が存在とすることで仙人に至った者として、その精神の徳の高さから人間を超えている。

 耐えるのだ。人としての身を灰と朽ちさせることなく、仙人として──尸解仙として、ゴートオルフェノクの力だけをその身に取り込む。本来ならば花形の協力のもと、ゴートオルフェノクの記号に少しずつ馴染むことでその法則を宿すつもりだったのだが――

 

 神子の身体から青白い炎が消える。精神的なエネルギーの光を表すそれは、物理的な熱を伴い、身体を焦がすものではない。

 乱れていたオルフェノクエネルギーが身体の奥底で整っていく。神子が有する仙人としての力と、花形から受け取ったゴートオルフェノクの力。死んだ肉体に馴染んでくれるのは、この身体に刻み込んだオルフェノクの記号に適合できていたおかげだ。

 

 苦痛から解放され、己が右手に視線を落とす神子。その身はオルフェノクになったわけではない。ただ一部の鴉天狗たちと同様に、記号を宿しているだけ。だが、ゴートオルフェノクが持つ固有記号は、オルフェノクの力を受け入れる器にもなる。

 彼女は尸解仙のままオルフェノクに至ることなく――純粋なオルフェノクと同等の記号とエネルギーを宿した。それも、花形という極めて強大なる個体の力、オリジナルと同じ力を。

 

「…………」

 

 蒼白い炎に包まれ、だらりと力なく右腕を下ろした花形に真剣な視線を向けて。ゆっくりと頷いたのを最期の合図とするかのように、ゴートオルフェノクはその肉体を維持できず――灰と崩れ落ちた。

 聖徳王として生まれ持った奇跡の異能はこの胸に。神子が有する『十人の話を同時に聞くことができる程度の能力』はただ十人の声を聞き分けられるというだけではない。

 

 人間も妖怪も問わず、あらゆる者の十の欲を聞き分ける力。彼女は生まれついた頃からこの力をもってして多くの悩みを聞き、為政者として正しく人を導いてきた。あるいは聖人として、超人として。人の先に立つ輝きの象徴として振る舞ってきた。

 道教の仙術をもって人を超え、尸解仙に至ったこの身。その耳で、花形がその胸に抱き燃やした最期の願いを――欲を聞き。彼が伝えたかったことを、神子は何も問うことなく理解する。

 

「……私も覚悟を決めるとしましょう」

 

 もはや物言わぬ灰の山と化した協力者の亡骸を見下ろし、目を閉じてその死を弔う。すでに死んでいるのは彼も自分も同じ。だが、死を超えて生きている異例の命は、オルフェノクと尸解仙の親近感に、何か奇妙な気持ちを抱かせる。

 神子は目を開く。花形の欲から聞いたことを、覚悟として胸に抱く。自分自身にそう在ることを戒めるように、神子は己が右腕を鋭く横へ広げ――自らの装いを光と変えた。

 

 その姿は、まさしく帝王が如し。袖のない衣服を纏っていた先ほどまでの服装は変わらず、そこに自ら定めた冠位十二階の最高位を表す、紫色の威光に染まった外套を羽織っている。

 襟を立てた外套を装い、神子は心を切り替える。かつて一人一人と対話をしていた聖人としての自分を隠し、道教の指導者として多くの人間を導く仙人の自分に。

 

 そこへ不意に、幻想郷らしい風を感じ捉えた。神子が目にしたのは、崖の上からふわりと舞い降りる一人の鴉天狗の姿。

 黒く冷たい秋の夜風に乗りながら、姫海棠はたては神子の外套と同じ紫色のスカートを揺らして。怪訝そうな表情で向き合う神子と視線を交わし、神子はその姿に自身の正しさを見た。

 

「ほう、上手く適合できてるじゃないか。私の選択は正解だったらしい」

 

 自信に満ちた表情で告げる神子。はたては使用者を死に誘うカイザギアを使っても灰化に至っていないようだ。そのベルトの使用の前提として、他の鴉天狗たちと同様、彼女には一般的なオルフェノクが共通して持つ記号を埋め込んでいたが――

 花形から提供された『教え子』の一人が持つ記号を追加で宿すことでライダーズギアへの適合率をさらに高めた。無論、それだけでカイザギアを使いこなせる確証はなかったが、どうやら神子のその判断は正しかったようだ。

 

 はたての身にはとある青年、花形の教え子の一人であり、他の教え子たちと同様にスマートブレインの技術によって一度の死から蘇生を果たした男の記号が宿っている。

 教え子たちの多くはただ記号を埋め込まれただけで、人間の限界を超えることはできなかった。カイザギアの使用権限こそ獲得できるほどには適合できたが、そのいずれも変身解除後には灰と化してしまう、不完全なオルフェノクの記号だった。

 唯一カイザギアを使い続けることができた男も完全な適合ではなく、記号を消費することで変身を続けていられただけ。当時はまだ花形が社長を務めていたスマートブレインが目論んだ『人工的なオルフェノク』の覚醒には誰も至らず。――ただ、一人の青年を除いては。

 

 澤田 亜希(さわだ あき)。彼は仲間たちの中で唯一、記号を埋め込まれたことによるオルフェノク化を果たした。クモの特質を備えた『スパイダーオルフェノク』として新しい力を手に入れたが、結局は彼も自覚する通り、不完全なオルフェノク、失敗作の一つに過ぎない。 

 一度は力に溺れ多くの人を手にかけてしまったものの、とある少女への恋慕と、オルフェノクでありながら人の心を捨てなかった、狼の如き男への借りを返すため。三度目の生を具現化によって受け、人の側に立っている。

 幻想郷に招かれた乾巧にファイズギアを渡したのも彼だ。その彼の持つ固有の記号、スパイダーオルフェノクの記号が、花形の手から神子の手へ。そして今――はたての身に宿っている。

 

「神子……だっけ? どうして私を退かせたの? あのベルトが必要なんでしょ?」

 

 夜も更けた妖怪の山にて、神子の目を見て冷静に問うはたて。日中、乾巧が変身するファイズと交戦したはたては初めてカイザギアを使用してから数時間は経過している。灰化の予兆が見られない以上、適合は成功したと見ていいだろう。

 神子の意思を帯びたカラスに伝えられ、あのときは交戦を中断させられてしまった。ファイズギアを取り戻すことを目的に駆り出されたというのに、退かされたのだ。

 

 納得のいっていない様子のはたてに刻まれたスパイダーオルフェノクの記号は、ゴートオルフェノクの記号と違ってオルフェノクとしての潜在的な力はそこまで大きくない。大した負荷をかけることなく、はたての身体に固有の記号として定着している。

 そんな記号を埋め込まれて。カイザギアを使うという覚悟を試されて。協力者であるはずの花形が選んだ男から乾巧へ渡されたであろうファイズギアを取り戻す。その意図がはたてには理解できない。それでも青娥よりかは信用できるだろうと判断し、やむなく神子の言葉に従った。

 

「予定が変わった。あの男はおそらく──」

 

 神子は悠然とした微笑を不意に消して、真剣な口調で小さく呟く。困惑するはたてがその言葉の意味を理解できないでいると、神子はちらりと自身の背後を気にする素振りを見せた。

 

「いや、今は言うまい。それより、カイザのベルトを見せてもらえるかな?」

 

 王者の如き威厳を崩すことなく神子は歩み寄る。その身体にはゴートオルフェノクの記号がもたらす絶大な力の負荷がかかっているはずだが、彼女はそれを表情に出さず。余裕を失うことなく自信に満ちた態度で振る舞っている。

 はたてもまた記号による負荷を表情に出してはいないが、神子とはたての記号はその強さが桁違いと言っていい。もし神子に埋め込まれたゴートオルフェノクの記号がはたてに宿っていれば、彼女は無事では済むまい。神子でさえ、尸解仙でなければ危ういほどだ。

 

「……どうするつもりなの?」

 

 天狗としての妖力で歪ませた空間からカイザギアのアタッシュケースを取り出すはたて。怪訝そうな表情のままそれを神子に渡し、彼女がその中身のギアを確認する様子を見る。

 

「思った通り。微かな残滓ではあるが……『記号』の採取に問題はない」

 

 神子の表情に再び戻る微笑。僅かに細められた瞳に映るは、それぞれ携帯電話やベルト、デジタルカメラや双眼鏡たるデバイスの上に位置する十字状の特殊武装――カイザブレイガンと呼ばれる武器であった。

 尸解仙に至ってなお修行を忘れず道士として鍛え上げられた神子の眼が見るは、彼女でさえ見逃してしまっていてもおかしくない無に等しい残滓。吹けば消えてしまいそうな小さなものではあるが、それは間違いなく『オルフェノク』だけが持つ灰の細胞の粒子だ。

 

 乾巧を斬りつけたカイザブレイガンにそれが付着している。無論、それだけで神子の推測が正しいとは断定できない。はたてが使う以前にカイザに変身していた鴉天狗が倒したオルフェノクのもの、と考えるのが最も合理的な推論だろう。

 だが、これまで天狗組織で倒してきたオルフェノクの中にはここまで強大な反応を持つ『固有の記号』を持つ者はいなかった。オリジナルと見られる個体も中にはいたが、撃破した後の灰の気配を見てもそれは変わらず。

 これだけ微かな灰でありながら狼の如く他を威圧する牙の如き気配は、まさしくオリジナルの中でも上位に位置する血。精錬すればゴートオルフェノクに匹敵する力となるかもしれない。これまではカラスや天狗の報告でしか確認できなかったが、もし直に出会えたとしたら――

 

 神子は頭の中に構築していた計画を一度白紙に戻し、この『狼の記号』を用いた計画を組み直すことを検討する。

 オルフェノクの記号とは情報に過ぎない。物理的な細胞ではないため、たったこれだけの小さな灰の残滓であろうとその情報は揺るぎなく採取できる。人間の髪の毛や爪の欠片から遺伝情報を手に入れるのと同様、個体の一部が少しでも残っていれば問題はない。

 この灰の残滓から『ウルフオルフェノク』と定義できる個体――乾巧の固有の記号を得る。そしてその情報を仙術で精錬し『狼』と親和性の高い天狗の一部に埋め込む。当初は鴉天狗だけに記号を与えるはずだったが、まずはファイズギアの奪還よりそちらの研究を優先しよう。

 

 神子は古めかしい実験器具に灰の残滓を回収し、カイザギアをはたての手に返すのだった。

 

◆     ◆     ◆

 

 夜。闇に包まれた霧の湖畔は、昼よりもさらに妖しく真紅の洋館を不気味に映す。すでに美鈴も真司も戻っており、咲夜やパチュリーたちにも彼らが聞いた物語――『クウガ』と呼ばれた戦士の物語をある程度伝えていた。

 夕暮れの中から戻ってきた二人がその話をして数時間。すでに日は落ちて久しいが、妖怪や妖精という魔物ばかりが住まう紅魔館において、夜の休眠が必要な者は少ない。

 

「ふぁ……ああ……今日もよく働いたわ」

 

 二階のバルコニーから月を見上げ、十六夜咲夜は人間としての疲労を零す。いくら人並外れた能力を有しているとはいえ、メイド長としての業務と仮面ライダーとしての戦いが重なれば疲労が募るのも当然のこと。

 時間を操る程度の能力をもってすれば無限にも等しい休憩時間が取れる。従来通り、そうやって数々の激務をこなしては一人だけ止まった時間の中で休憩を取り。彼女の優秀さと労力を思えば、紅魔館で働く無数の妖精メイドたちには成し得ない特別な休み方も咲夜には必要だった。

 

「能力は……使えるわよね」

 

 咲夜は先ほどの戦闘――美鈴たちが霧の湖に向かった直後、紅魔館の中に出現したミラーモンスターと戦っていたときのことを思い出す。

 今この場で改めて能力を行使し、少しのあいだ紅魔館の周囲を停止、空を舞う妖精がぴたりと止まったことをその目で確認する咲夜。やがて時間停止を解き、再び肌を撫でる夜風を感じると、どこか安心したような顔を見せ。懐にしまったナイトのデッキを微かに訝しんだ。

 

 紅魔館に現れたミラーモンスターはさほどの強敵ではなかった。ダークウイングと協力すれば単独で撃破することは容易だった。地下の図書室に現れたため敬愛するお嬢様の友人たる、パチュリー・ノーレッジを巻き込んでしまう危惧はあったが。

 無論、パチュリーとてレミリアに匹敵する戦闘能力を持つ。体力と身体能力の問題さえクリアすれば吸血鬼と肩を並べて戦うこともできるだろう。咲夜の懸念は彼女に対してではない。その戦闘中、攻撃を受けそうになったパチュリーを守ろうとした瞬間のことだった。

 

 モンスターが放った光弾から彼女を守ろうと、咲夜はナイトに変身したままの状態で能力を行使しようとした。止まった時間の中で攻撃を逸らそうとした。

 ――結論から言えば、それは無事に成し遂げられた。咲夜の意思に答え、紅魔館の時計は動きを止め。チクタクと時を刻む懐の懐中時計の音も静寂に消えていた。パチュリーを光弾から守り通すことはできたのだが──自ら時間停止を解く前に、周囲の時間が動き出していたような。

 

「……気のせい、だったのかしら」

 

 今は問題なく時を止められる。何ら制限を受けることなく、停止と解除を自由に行える。あのときと違いがあるとすれば、モンスターと対峙しているときか――あるいは『仮面ライダーに変身している』ときか。

 咲夜は後者の可能性を一度試そうと、懐からナイトのデッキを取り出そうとするが――そのとき夜色の彼方から届く馴染みある魔力の気配を感じて、デッキをメイド服に戻した。

 

「あら、お嬢様。ずいぶんと遅いお帰りですね。いったいどちらに?」

 

 主を心配させぬよう、変わらぬ笑顔でレミリア・スカーレットの振る舞いに向き直る。赤い靴を鳴らし、バルコニーに降り立った吸血鬼は月を背に。すでに日の落ちた幻想郷においては不要となった──畳んだ状態の日傘を咲夜に渡す。

 咲夜はフリルのあしらわれたピンク色のそれを魔力でもって虚空にしまい、空間を飛ばすことで当主の部屋に戻しておいた。

 

「ちょっと幻想郷の現状を調べようと思ってね。それより、何か変わったことはあった?」

 

「変わったこと……ですか。そういえば、美鈴が霧の湖で奇妙なやつと出会ったと」

 

 静かな口調で向けられたレミリアの問いに対して、咲夜は少しの思考の後、レミリアに答える。美鈴と真司が語った戦士の存在は咲夜にとってもやはり神崎士郎が開発した仮面ライダーを思わせるが、どうやらそうではないらしい。

 デッキがあるべき腰には宝石めいた光が灯っていた。騎士の兜があるべき場所には剥き出しの複眼が昆虫めいた闘志を輝かせていた。特徴は似ているが――龍騎とは根本から異なる者。

 

「奇妙なやつ? 何それ」

 

「なんでも、赤かったり青かったりするクワガタムシのような仮面の戦士だとか」

 

 レミリアは咲夜の言葉に左右半々で赤と青を装う、八意永琳のような仮面ライダーを思い浮かべる。そんな月の頭脳を思わせる奇抜な天才ライダーなどおるまい。クワガタムシという言葉から思考をやり直すと、レミリアは思考に走る紅色を見た。

 霧の中に張り巡らされた無数の紅い鎖。その中の一つが繋がる『運命』に、赤や青、緑や紫といった様々な色へ姿を変えるクワガタムシめいた奇妙な仮面の戦士を垣間見る。

 

 クウガ。咲夜は美鈴と真司の口からその名を聞いたのだという。神崎士郎やミラーワールドの法則に依らない戦士。レミリアは、それが龍騎の世界とは異なる世界の者であると確信した。それは、別世界の存在であると。

 運命を操る程度の能力をもって観測した未来の一つ。複雑に絡み合っており正確には判断できないが、おそらくその存在もフランドールの灰化現象に直接関わる世界ではない。あくまでただの勘でしかないものの、数多くの運命を見てきたレミリアの勘は霊夢のそれに等しいものだ。

 

「あいつは今どうしてる? あの赤い騎士の……キット……なんとかだっけ?」

 

「……城戸、ですわ。城戸真司。今は眠ってます。お嬢様にご挨拶をと思ったのですが……」

 

 レミリアは思考の中に入り混じる境界――『九つの物語』の一部を運命として観測した。咲夜から聞いた『仮面の戦士』なる存在が、龍騎――城戸真司以外にも現れることは想定済み。見えた物語の数が正しければ、それらもおそらく九人存在する。

 ただ厄介なのは、やはり九つの物語がバラバラに混在してしまっているせいで、思考を結ぶ運命の鎖を選んで観測することができないこと。

 相変わらず紅い瞳に映る運命は混沌。幻想郷の先に繋がる未来には何もない。それでも賢者たちの働きだろうか。当初は三つか四つ程度の因果しか観測できなかったときとは違い、九つの因果が観測できた今では交わる鎖の乱れ方もだいぶ安定してきてきるように見える。

 

「そんなのいらないって。あいつの人柄は『見て』分かってるから」

 

 これから起きる運命が正しいのかは分からない。九つの世界の可能性が入り混じったこの幻想郷の運命は、レミリア・スカーレットの瞳をもってしても完全には見えず。ただでさえ不安定な運命、確信をもって口に出せるほど揺るぎないものではない。

 運命を操る。――否、運命を変える。城戸真司が歩んだ過去の道は分からない。彼女が見て取れるのは運命であり歴史ではない。

 それでも、彼が『やがて辿る』運命において、レミリアは彼が過去に抱いた覚悟を見た。決められた運命を変えるという意思。確定された因果に抗う炎。幾度、輪廻を迎えても。散っていったライダーたちの想いを無駄にはしないと。同じ志を持つ『占い師』に誓って。

 

 運命なんて信じない、とでも言わんばかりのバカの決断に、少女は賭けてみたくなった。

 

◆     ◆     ◆

 

 紅魔館地下室、大図書館。すでに幻想郷の日は落ちて久しいが、吸血鬼と魔女を筆頭とするこの屋敷は未だ紅き月の光に眠らず。月の意匠を湛えたナイトキャップを揺らし、百年の歳月を生きた魔女は静謐な机に向かい、調べ物をするときにだけ装う眼鏡越しに『それ』を見た。

 

「…………」

 

 パチュリー・ノーレッジが視線を落とす先は、美鈴が持ち帰った腕輪らしきもの。彼女が言うにはそれは霧の湖で撃破した怪物――ミラーモンスターならざる別種の生物がその手首から落としたものなのだという。

 彼女らはその名を知らぬズ・バヅー・バと呼ばれたグロンギ。共に戦った戦士の言によれば未確認生命体第6号と称された怪物は、死の際にその装具をその身から落とした。

 

 グロンギ族がその手に携える腕輪、グゼパなる装備は、本来ならばクウガの世界において殺したリントの数を数えるための計測器に過ぎない。いくら技巧に優れた『ヌ集団』と呼ばれるグロンギが造り出したものとはいえ、特別な力は込められていなかった。

 だが、今は違う。クウガの世界の法則など知らぬはずのパチュリーにも分かるおびただしいまでの悪意の発露。ここに込められた力は、間違いなく幻想郷の者たちから力を奪うことを目的として生み出されているとしか思えない。

 腕輪に蓄積した情報とエネルギーは紛れもなく妖怪や妖精たちが持つ霊力、あるいは妖力と定義される幻想的なエネルギーだ。奴らはそれを回収して、いったい何を企んでいるのか。

 

「レミィや咲夜が言っていた世界とも違う……やっぱりそういうことね」

 

 グゼパが刻む法則は、ミラーモンスターやカードデッキが存在する龍騎の世界の法則とは違う。美鈴や城戸真司が出会ったという戦士は、推測通り異世界の存在と考えるべきか。

 紅魔館にモンスターが現れたのと同様、未知の怪物が現れた理由がそちらにあるのなら、やはり件の戦士とこの腕輪は同じ法則を由来とする世界のものだろう。

 

「パチュリー様、頼まれていたものを持ってきました」

 

 図書館の彼方――照明の足りない薄暗い闇の中に浮かび上がる影。司書として仕える小悪魔の静かな声が、パチュリーの思考に切り込まれる。

 小悪魔が持ってきたのは、少し前にパチュリー自身が書き留めた膨大な資料だ。フランドールの身体に現れた灰化の現象と未知のエネルギーについて調べた情報のすべてをここに再び用意させたのは、幻想郷の法則とは違う『三つ』の世界の法則についての差異を参照するため。

 

「ありがとう、小悪魔。ちょっとまた調べたいことがあるから、一人にしてくれるかしら」

 

 視線を分厚い本に落としたまま、パチュリーは司書たる契約者に告げる。図書館の主たるパチュリーの意向により妖精メイドさえもこの時間は姿を消している。小悪魔もその言葉に従い闇の中へと消え、そこにはただ静寂とパチュリーだけが残された。

 

 パチュリーは机の引き出しから長方形の板状の箱を取り出す。咲夜や真司のものとは違い、何の意匠もない未契約(ブランク)のカードデッキ。

 霧の湖から帰ってきた美鈴が『不思議な気』を感じる――としてパチュリーに渡した腕輪と共に、その道具に疑問を抱いたパチュリーが所望し美鈴の手から受け取ったもの。少女は自ら記した本と共にそれを机の上に乗せ――手の平をかざして残る力の波動を感じ取る。

 

「美鈴のデッキ、フランの灰、それにこの奇妙な腕輪……どれも違う世界のもの……」

 

 外の世界のものではない。カードデッキ以外のそれは龍騎の世界のものでもない。フランドールの身体を苛む灰の現象も、未確認生命体なる怪物が有していたこの腕輪も。パチュリーは自分が観測していない世界の法則だと、その質量や構成情報から理解した。

 この世界のものでないのならこの世界の知識をいくら調べたところで答えには辿り着けまい。これらを知るには、これらがあった元の世界の情報を手繰らなければ正しい結果は得られない。

 

「……レミィの眼には、もう全部見えてるのかな」

 

 パチュリーは溜息まじりにフランドールの灰化現象についてを記した本と閉じ、呟く。親友たるレミリアが観測できる運命は、その変化も含めて紅い鎖の先に在る。しかし今の幻想郷においては交錯する世界の歪みが先の運命を霧に隠す。

 運命を操る吸血鬼の眼をもってしても、完全には世界の運命を見通せない。古今東西のあらゆる魔法を調べた七曜の魔女の知識をもってしても、異世界の法則には答えが出せない。

 

 ここに在るだけですでに三つ。レミリアが言っていた接続のペースを考えると──今頃はおそらく九つだろうか。それだけの世界がすでに幻想郷と繋がっている。あくまで推論だが、親友の感性に寄り始めているせいか。自分の勘というものにどこか奇妙な自信が湧いてくる。

 

「ふふっ。なんだか面白くなってきたわ。……魔法使いって、こういうものだったわね」

 

 誰もいない図書館で、パチュリーは思わず笑いを零す。まだ100年あまりしか生きていない――魔女としては未熟者。だが、幻想郷という閉ざされた世界では新たに得られる魔法も少ない。思えば、新しい魔法の研鑽も疎かになっていたかもしれない。

 生まれつき魔法使いという一種の妖怪たる身。人間から魔法使いになった種族とは違う。魔女と称されるパチュリー・ノーレッジは、人を超えた速度で魔法を身につけていく。

 

 森に住む普通の魔法使いや七色の人形遣いなどのように貪欲な魔法の研鑽は必要ない。ただ生きているだけで、その暮らしそのものが魔導である。

 彼女の人生に魔法のなかった瞬間はない。人としてではなく魔として生まれ、魔女としての生き方のみを歩んできた。人間の生き方などは知らないが――もしも彼女が人間の魔法使いであったなら、未知の事象、見えざる魔法の研究に限りある命を躍らせていたのだろう。

 

 魔法に恋の名を冠す。酔狂な白黒(にんげん)盗人(まじょ)――魔理沙の気持ちが少しだけ分かった気がした。

 

◆     ◆     ◆

 

 無辺に広がる深淵の闇。淀んだ力の波動が満ち溢れたこの世界、この空間は八雲紫が万物の境界に切り拓いたスキマ空間によく似ている。

 不気味な気配が漂うこの場所には紫の世界のように無数の目玉がひしめいているわけではない。妖気というよりはむしろ、とてつもない信仰を受け続けた神の気配に近いものが漂っており、目玉の代わりに無数に配置された『扉』が──この世界の異質さを際立たせていた。

 

 左右も上下もなく境界もなく、ただ扉に次ぐ扉が一面を染めている。ここは世界を『裏側』から監視するための領域であり、紫が引く境界の世界と似た性質を持つ無限の世界。幻想郷の創設を担った賢者のうちの一人が住まい、管理している場所。

 万物の『背後』に至るそれは『後戸(うしろど)』と呼ばれる神の法則を紡ぐ扉だ。それを内包するある種の宇宙、秘匿された裏側という概念そのものとして、ここは『後戸の国』と呼称されている。

 

「まさか、同じ世界の別の時間軸に行かされることになるなんてねぇ」

 

 無数の扉に覆われるように広がる(そら)に、ただひとり。神々しい金髪を長く湛えた女性――究極の絶対秘神と呼ばれた『神』がいた。

 見るべからず、聞くべからず、語るべからず。その名を知ってはいけない。その姿を記憶してはいけない。秘匿された四季の狭間にて、幻想郷の賢者の一人―― 摩多羅 隠岐奈(またら おきな) は一人座す。彼女が腰掛ける荘厳な椅子は紫色の扉を模しており、虚空に静かに浮かぶようにそこに在る。

 

 幻想郷を裏から支える神秘そのものは笑う。右腕を肘掛けに乗せ、頬杖をつく形で背もたれと右腕に体重を掛け。

 後戸の神、地母神、能楽(のうがく)の神、養蚕(ようさん)の神、障碍(しょうげ)の神、あるいは宿神であり星神であり、被差別民の神でもある。深い緑色のスカートと黄土色の上衣、同じく暗い金色を帯びた前掛けは柄杓の意匠を持ち、様々な側面を持つ神性、仏とも習合された神威を誇示するかの如く。

 

 そのいずれも彼女を表す本質ではない。彼女は自らそう在る通り、秘匿された存在。本質を明かすことのない『秘神』たるが彼女の本質と言える。

 走る金色に突き出した黒を独特な帽子と被り、彼方の扉を見つめる金色の瞳。隠岐奈(おきな)が権能として有する『あらゆるものの背中に扉を作る程度の能力』は、その名の通り万物の背に後戸を形成し、この後戸の国と呼ばれる世界に接続することができる能力だった。

 

 かつては度重なる大異変に見舞われた幻想郷がどれだけ機能しているか確認すべく、自分の力を誇示する目的も合わせて、幻想郷に『一目で異変と分かるが深刻な被害のない異変』を起こし、その経過を見守っていたこともあった。

 表向きは部下たちの後任を探す目的で──としている。その異変こそが、後戸越しに部下たちの能力を使わせ、幻想郷の妖精や妖怪を強化することで様々な変化を目論んだもの。妖精の強化によって自然の力が溢れた異変――すなわち幻想郷が繚乱した四季異変である。

 季節の狂いはあくまで妖精の暴走に際する副次的なものに過ぎない。隠岐奈の狙い通り、幻想郷の住人たちは姿なき異変首謀者に驚き恐れ、秘神の存在を深く記憶に刻みつけたことだろう。

 

「七つ目の楔も手に入った。しかし、時間がない……最悪、これに頼ることになるか」

 

 隠岐奈は呟き、右腕で頬杖をついたまま、左手をもって懐から『あるもの』を取り出した。暗い世界の中でなお微かな光を反射し、鈍く白銀の輝きを放つ装甲はどことなく機械仕掛けの『カブトムシ』のようにも見える。

 手の平より少し大きい程度のカブトムシに似たそれは、その見た目からは想像もつかないほど絶大な力を持つのだ。秘神と呼ばれた賢者でさえその使用を躊躇うほどに。

 

 みだりに使っていい代物ではない。下手に使えば『今ある時間』すべてが消えかねない。隠岐奈はそれを心に戒め、白銀の装甲を持つカブトムシ型のデバイスを再び懐へしまう。

 その力を用いれば過去や未来に飛ぶことも可能だ。起きた事象をすべてひっくり返すこともできる。だが、幻想郷のことを想えば失敗した際のリスクも大きい。

 

 右腕の頬杖から頭を上げ、隠岐奈はその指をパチンと鳴らした。すると、椅子に座った彼女の目の前に風折烏帽子(かざおりえぼし)を被った二人の少女が現れる。

 茗荷(みょうが)の葉を持つは深い桃色の装束を纏った茶髪の少女、 爾子田 里乃(にしだ さとの) 。竹を持つは暗い緑色の装束を纏った海松(みる)色の髪の少女、 丁礼田 舞(ていれいだ まい) 。どちらもフリルを伴う前掛けを白く装い、側頭の髪を長く伸ばしたショートヘア──あるいはセミショートといった出で立ちで秘神の前に跪いた。

 

二童子(にどうじ)よ、楔の幻想化による歪みの除去は任せた。私にはまだ仕事がある」

 

 隠岐奈の部下たる二人の少女、里乃(さとの)(まい)は『二童子』として長らく彼女に仕える存在だ。究極の絶対秘神、摩多羅(またら)神である隠岐奈に従い、賢者の目となり手足となる。

 かつては人間だったがもはや両親もすでに遠く亡くなり、隠岐奈の魔力によって人ならざる存在へ成り果てる以前の記憶もない。ただ従順な傀儡として操られ、逆らう思考すら持たない人形として隠岐奈の道具となる。優秀ではあるが、時折見せる失敗も在るべき人間らしさ故か。

 

「はい、お師匠様。私たちに任せてください!」

 

「僕たちなら、きっとお師匠様のお役に立てます!」

 

 少女らしく柔らかな口調で答える里乃。少年のように朗らかな声色で答える舞。二人はそれぞれ己が右腕の手首に装った同じもの――黒い腕輪を隠岐奈に見せた。

 手首を留める帯は銀色に、何かを装着するであろう手甲部分には接続部めいた円の意匠が施されている。二童子が持つ能力や人を超えた肉体と同様に、それらもまた隠岐奈が彼女らに与えたもの。本来繋ぐべき七番目の世界、その同一の世界にして異なる時間線に続く因果から持ち出された装備である。

 

 隕石の被害を乗り越えて復興を進める七番目の世界の第一時間軸。隕石の被害が遥かに大きく、地球の海を干上がらせてなお微かに生き残った人類だけが存続する第二時間軸。彼女らに渡した装備は、後者の時間軸にしか存在しなかった。

 しかし、幻想郷に招く楔は前者の存在でなくてはならない。理由は不明だが、後者における同一人物を招いたとしても幻想郷の歴史に、かの因果――物語は定義されない。

 

 隠岐奈が小さく顎を動かし、その合図を見て二人の少女は後戸の果てに消える。閉じた扉は周囲の歪みに溶けて消え、無限に連なる扉のうちの一つと成り果てた。

 幻想郷に繋がる世界の法則は九つの物語。その歴史の記録のために招かれた楔は今はまだ六人。あと三人、来たるべき時までに定着を果たさなければ、破壊者の世界(・・・・・・)に打ち勝つ(すべ)は潰える。

 

「地獄の組織も動いているようだが……どちらが先に『資格者』を見つけられるかな」

 

 長く帯びた右腕の袖を撫で、己の右腕にも二童子と同じものが宿っていることを確かめながら。隠岐奈は誰にともなく闇の中で自信に満ちた微笑を零す。

 魔力の具現か、その手に現した一輪の薔薇は、不可能(・・・)奇跡(・・)を意味する青色に染まっていた。




2021.11.03
東方靈異伝 ~ Highly Responsive to Prayers.
25周年おめでとうございます! 東方Projectの歴史そのものの25周年でもありますね。
今年は仮面ライダーの歴史が50周年なので、だいたい半分くらいなんですね……

東方の歴史も Over "Quartzer"、四半世紀を超えて。これからも、よろしくお願いします。

次回 43『太陽男』
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