東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第46話 希望という花

 陽光差し照らす晴天の下、豊かな緑に満ちた草原で、鈍色の鎧が紫電を纏う。天道は重厚な装甲を帯びたマスクドフォームのカブトとしての黒い右手で腰のライダーベルトに装うカブトゼクターの角を掴み、電流と共にそれを右へ倒した。

 

『CAST OFF』

 

 特殊な分子間力によって結合していたマスクドアーマーが分離(パージ)される。走る電流に運動エネルギーを持たせ、飛散した装甲は周囲のサナギ体に直撃。放つ衝撃と装甲の質量がそのまま武器となり、二体のサナギ体はそれに耐え切れず、緑色の炎を上げて爆散を遂げた。

 

 カブトの周囲を覆っていたサナギ体が盾となったおかげで、指向性もなくバラバラに飛び散ったマスクドアーマーのパーツがチルノやエタニティラルバ、幽香らに当たることもなく。天道の予測通り、怪我を負う者はいない。

 失われた装甲はワームにダメージを与えつつ、ジョウントによって空間を超え消失する。タキオン粒子を応用した空間跳躍効果を複眼の端に見届け、天道(カブト)は額に真紅の頭角(カブトホーン)を掲げた。

 

『CHANGE - BEETLE』

 

 天道はマスクドフォームからライダーフォームへの『脱皮』(キャストオフ)を果たし、カブトゼクターから響く電子音声と青く閃く己の複眼を気にせぬまま悠然と歩を進める。

 先ほどは愚かにもこちらへ向かってきた怪物は二体。分離したマスクドアーマーによって撃破した個体は二体だ。脱皮を見届けてからこちらへ迫る残り四体のサナギ体ワームは、先の二体よりかは少しばかり慎重な性格をしているらしい。

 太陽の光を受けて輝く緋色の戦士は流麗にしなやかにワームの爪を避ける。派手な動きを見せることもなく──天道は天道らしく、最低限の動きだけで隙を晒さず怪物の腹に拳を叩き込む。

 

「すっげー! なんかかっこいい姿に脱皮した! もしかして、カブトムシの妖精!?」

 

「うわー! 初めて見た! 夏って感じだね! エンジョイしていこうぜー!」

 

 目を輝かせてカブトを見るチルノと、同じく緋色の夏らしさを見て笑顔を咲かせるエタニティラルバ。いずれも優雅なものを感じさせる象徴のはずが、妖精という枠組みにおいては無邪気な子供じみた感性しか備えていない。

 マスクドフォームの重厚さを警戒していたらしき妖精二匹は、ライダーフォームとなったカブトを見て目も眩むような鮮やかさに酔い痴れている様子。ただ鎧を脱ぎ捨てただけだというのに、その外見の変化で先ほどまでの警戒心を捨て去ってしまったようだ。

 

「妖精は相変わらず元気いっぱいねぇ。妖精が元気だとお花も元気になるから良いけどね」

 

 ワームに背を向けてはしゃぐ妖精らしさに呆れつつ、幽香はその賑やかさに少しだけ嬉しそうな笑みを零す。

 妖精など守る義理はないのだが──目の前の笑顔が散ってしまうのは見たくない。ゆっくりとその手に現した白い日傘を持ち上げつつ、その先端からワームに向けて花の光弾を放った。

 

「ギュルルル……!」

 

 顔面に光弾を受けたサナギ体が軋み声を上げる。真夏の太陽がもたらす日差しに関係なく、内側から急激に体温を上昇させたサナギ体のワームは甲殻に亀裂を見せた。

 幽香の攻撃によって鎧を傷つけられたわけではない。ワームのサナギ体たる所以、その身の可能性──真の力を破り現さんがために。

 隣に立つもう一体もまた、同様に灼熱の蒸気を噴き散らしぐらぐらと陽炎を立ち昇らせる。醜悪な緑色はその高熱に耐え切れず──ボロボロと崩れ落ちていく。

 それぞれ二体のサナギ体が晒すのは、どちらも等しく地球の蜘蛛に似た成虫体の姿だ。

 

 その特徴は先日天道(カブト)が撃破したアラクネアワーム ルボアに似る。暗い青紫と赤色を持っていたそれとは違い、この場に脱皮を遂げた二体は異なる配色。

 一体は漆黒の身体に警告色めいた黄色のドクロ模様を放射状に配した不気味な姿。色合いこそ蜂や虎などの生物を思わせる黒と黄色の混合色だが、この個体も背や肩に突き出した蜘蛛の脚が示す通り『アラクネアワーム フラバス』と称される蜘蛛の力を持つワームである。

 

 もう一体は死者の骸を思わせるくすんだ灰色の身体に走る悪意のような漆黒の放射模様。隣に立つ黄色ほどの鮮やかさや派手さはないが、こちらも不気味な冷たさを放つ色合いをもってその身の蜘蛛らしさを示している。

 灰色の体躯に黒の装いを持つ蜘蛛のワームは『アラクネアワーム ニグリティア』と称され、それぞれかつてはZECTによって定義された名称を持つ怪物たちであった。

 

 天道も一度は倒したことのある相手だが、油断はできない。先日のワームと同様にこれらも以前より強くなっている可能性がある。一年間の空白があるとはいえ、天道はその間もいつ訪れるか分からない脅威のために自己鍛錬を欠かしていなかった。

 それでもクロックアップの世界では一体のワームを相手に()()から見て()()もの時間をかけてしまった。風見幽香の言う通り、自分の腕が微かに鈍ってしまったのだと認めざるを得ない。

 

「あちち……! って、こっちも脱皮した!」

 

 氷という自然物から生じたチルノは氷の妖精である。冷気によって成るその身体は熱に極めて弱く、ワームが脱皮した際の余熱を羽に浴びただけでダメージを負いかけたが、そのおかげで背後で姿を変えた怪物に気づくことができた。

 最下級の妖精であればそのまま消滅していてもおかしくなかっただろうが──チルノは幻想郷の妖精の中では最強を自負するほどの存在である。格上の妖怪とも戦い、神にさえ恐れず戦いを挑む蛮勇も、その力あってのこと。もっとも、あくまで妖精という範疇に限った最強だが。

 

「シュギュルル……!」

 

 蜘蛛に似た特徴を持つワームの成虫体、アラクネアワーム フラバスとアラクネアワーム ニグリティアはそれぞれ真紅の複眼と蒼穹の複眼を輝かせ、片腕を振り上げる。

 鋭い爪の掲示を合図として、草原の上空には夏の日差しを遮る灰色のオーロラが現れた。一体、また一体と数を増やしていくサナギ体のワームを軍勢と成し、優に20体を超えたそれらが不気味な緑の体躯をもって襲い来る。

 見ているだけで不快さを与える醜悪な歪さ。だが、チルノとラルバはそれらに決して怯むことなく、強大な妖怪に対するかのように。ひしめき合うサナギ体の群れへと向き直った。

 

「(あの奇妙なオーロラ……やはりワームが操っているのか)」

 

 天道はサナギ体を産み落としてはすぐさま消えた灰色のオーロラを想う。かつての戦いにおいては見たこともないその光は、先日も虚空からサナギ体を現していた。

 幻想郷の存在に擬態したことで獲得した能力かとも思ったが、不意に数を増やしたワームに困惑している妖精の様子を見る限り、そうではないらしい。そのことについて気になるものの、まずは怪物(こいつら)の殲滅が先だ。

 一度はジョウントによって消失させたカブトクナイガンを再び右手に召喚する。掴むべきはアックスモードとしての柄だが、斧の刃を上に向けるのではなく、それを下向きに逆手持って。

 

 重厚な鎧に相応しいカブトクナイガン アックスモードの斧の構成部分だけがジョウントによって消失。外装パーツとして存在したそれが失われることで、その中に秘められていた黄金色(こがねいろ)に輝く刃が白日の下に晒され、薄く鋭く流麗な光を返した。

 触れた空気さえも切り裂くほどの切れ味はカブトクナイガンの第三の形態として在る。ライダーフォームの速度に相応しい『クナイモード』のそれをもって天道は怪物へと歩んだ。

 

 天道自身の動きは揺れる花のように緩やかなもの。されどクナイモードの刃が舞うように閃くためか、振り上げられたそれはワームたちの目に留まることもなく。

 一閃に次ぐ一閃、天道の周囲にひしめき合うサナギ体を鋭く切りつけ、怯んだその隙にカブトクナイガンの内部に充填されるタキオン粒子のエネルギーを小さな黄金の刃へと輝かせていく。

 

「ふっ……!」

 

 最後に一度だけ、大きくそれを振り抜く。込められたエネルギーを解き放ち、蒼白く輝く短剣の刃でもって周囲のサナギ体をまとめて切り裂くと、それは【 アバランチスラッシュ 】という一撃となって数体のワームを爆散させた。

 緑色の爆風の向こうから迫る気配を見逃すことなく、天道は前方のアラクネアワーム フラバスが射出した蜘蛛の糸をカブトクナイガン クナイモードの刃を振り上げて切り捨てる。

 

「私たちも負けてられないね! チルノ! スペルカードの用意はいいかい?」

 

「あたぼーよ! 一匹残らず蹴散らしてやるぜー!」

 

 二匹の妖精はそれぞれ夏に煌く氷のように、あるいは青霄(せいしょう)に昇る蝶のように。己の生命力たる自然のエネルギーを、思考の中に浮かべた札と満ち溢れさせる。

 ラルバの(はね)には陽光をキラキラと反射する細やかな鱗粉。チルノの羽には空気中の水分を吸いつけて凍らせた霜の美しさ。二つの自然は妖力を交えて解放され──スペルカードとして。

 

「凍えろ! アイシクルフォール!!」

 

「舞い上がれ! ミニットスケールス!!」

 

 声を合わせて二人は叫ぶ。幻想郷の自然を彩る妖精たちは、夏に相応しいそれらの輝きを遊びではない本気の力を込めた弾幕として草原に解き放った。

 チルノの氷の羽が仰ぐは夏の湿度を涼やかに凍らせる【 氷符「アイシクルフォール」 】の凍てつき。何もない空に突如として現れた氷柱(つらら)の雨は、小さく細くも確かに鋭く、群れるサナギ体へと降り注いでいく。

 対するラルバの蝶の翅が羽ばたくは、その背に湛える煌びやかな鱗粉を夏の風に乗せて撒き散らすアゲハチョウめいた舞い。一つ一つは目視できぬ粉塵の如き小ささであれど、それを束ねて光弾と成すは【 蝶符「ミニットスケールス」 】の刃としてサナギ体の甲殻を切り裂いた。

 

 氷の妖精は『冷気を操る程度の能力』を。アゲハチョウの妖精は『鱗粉を撒き散らす程度の能力』を。それぞれ駆使した自慢の弾幕でもって、ワームに対抗する技と成す。

 ただの氷柱の雨も、取るに足らない光弾を含んだ鱗粉も。それだけではサナギ体の鎧を貫くにはまったく不足であったことだろう。

 だが、この幻想郷に生きる妖精たちの力は、自然の力そのものを味方につけた妖力となる。特にチルノとラルバの二匹に関して言えば、並みの妖怪以上の力を持つのだ。

 本気の妖力を込められた氷と蝶の弾幕。妖精とは比較にならないほど強大な存在である妖怪の幽香でさえ──彼女らが放った弾幕が数体のサナギ体を爆散させる様子に感嘆を覚えていた。

 

「ほう、ただの妖精かと思ったが……それなりに戦えるらしいな」

 

 緑色の爆風を掻き分け、妖精たちは晴れ渡る草原の地にて二体の蜘蛛と向き合う。微かに振り返ってその様子を見た天道総司もまた、妖精の存在に詳しい幽香と同様、二人の想像以上の戦力に感心しながら夏の日差しに褪せる緑の風を見た。

 チルノとラルバのスペルカードによってこの場に集ったサナギ体はすべて撃破された。二体のアラクネアワームがそれぞれ吐きつける蜘蛛の糸を避けつつ、カブトはその手に構えたカブトクナイガンを消失させる。

 幽香はあえて前に出ず、ワームたちの動きを探っている様子。妖精たちがアラクネアワーム フラバスとアラクネアワーム ニグリティアの正面へ突っ込んでいくのを見届けている。

 

「そっちの蜘蛛みたいな奴らも、あたいが倒してやる!」

 

 チルノの手にはさらなる冷気のエネルギーが青白く込められていく。本気のスペルカードを放った直後で自然の力は万全ではないものの、通常弾幕として言えば十分以上の力。その身に残った余力を後先考えず、怪物へと放とうとしたのだが──

 二体の成虫体ワームは通常のサナギ体よりも機敏な動きで妖精に反応する。アラクネアワーム フラバスが振り上げた右腕の爪に弾き飛ばされ、チルノは両手に込めたエネルギーを霧散させてしまった。

 吹き飛ばされてしまったものの氷の羽を動かしてなんとか勢いを緩める。背後にいたラルバが受け止めてくれたが、ラルバともども怪物に大きな隙を晒すこととなった。追撃が来ることを恐れて二人はすぐに立ち上がり、ラルバと共に正面に立つ二体の蜘蛛の異形と向き合う。

 

 ──その直後、アラクネアワームたちの姿が不気味な光に包まれた。溶けゆくような滲みゆくような、泡沫に映ろう曖昧な幻影を纏ったかと思うと、次の瞬間には二体のアラクネアワームの姿はまったく別のものに変わっていたのだ。

 清らかな水を湛える霧の湖に住まうチルノにとっては、それは毎日目にしていたもの。水辺の少ない太陽の畑に住まうラルバにとっては、あまり見る機会のないもの。

 ワームたちは寸分の狂いなく、自らの姿を『チルノ』と『エタニティラルバ』に変えていた。

 

「うわっ! あたいたちの姿になった!?」

 

「そうだった! こいつら擬態できるんだった! 一回休みになって忘れてたー!」

 

 鏡映しの自分自身を前にして驚くチルノ。ラルバは一度、サナギ体の状態のワーム──太陽の畑に現れたアラクネアワーム ルボアに脱皮した個体によって擬態されていたが、その際にワームの襲撃を受けて消滅したことで記憶の一部が欠落していたらしい。

 悪意に満ちた笑みを浮かべて本物(オリジナル)と向き合った擬態チルノと擬態ラルバは地球の節足動物たる蜘蛛の特徴を備えるワームとしては異質な、それでいて妖精としては極めて自然な『飛翔』という行為を遂げた。

 氷の羽と蝶の翅を震わせ、自由に夏の空を舞う。それだけを見れば幻想郷の夏らしい妖精たちの姿なのだが、彼らは自然の化身に擬態したワームたちだ。その手に輝く自然のエネルギー、冷気とアゲハチョウの要素を込めた光の弾幕は、殺意と害意の雨となって地上に降り注ぐ。

 

「妖精に擬態したことで飛行と弾幕の能力を手に入れたか……厄介だな」

 

 天道はカブトの青い複眼をもって青空を仰ぐ。ワームとの戦闘に当たって直上から攻撃を受けることはほとんどなかったため、慣れない動きではあったが、擬態の対象が妖精であることもあってか弾幕の密度はさほどのものではない。天道にとっても回避は容易だった。

 大地を抉る光弾の輝きはまさしく遊びなどではない本気のもの。マスクドフォームの重厚な装甲であれば無傷でやり過ごせるかもしれないが、機動力を重視したライダーフォームではその威力にどれだけ耐えられるだろうか。

 

 擬態された本人たちは共に空へ向かい、上空にて戦っている。そのおかげで地上に降り注ぐ弾幕はさらに密度が低下したが、天道が厄介だと感じたのは絶え間なく振り注ぐ弾幕の雨に対してではなく。擬態妖精たちが空を舞い続けているという点にあった。

 純粋な人間である天道に幻想的な飛行能力などはない。カブトクナイガン ガンモードの対空射撃をもっても、自由に空を飛べる妖精(ワーム)を相手にするにはあまり効果的とは言えないだろう。

 

「あたいは負けないよ! 最強の妖精だもん!」

 

「あたいだって負けるもんか! 最強の座を賭けて勝負だ!」

 

 爽やかに晴れ渡る水色の空にて氷の弾幕をぶつけ合うチルノとチルノ。妖精という種族において最強と謳われたその誇りをもって、二人は降り注ぐ氷の雨を器用に回避しながら、その手の平から向かう弾幕と同じものを無作為に放ち続ける。そのどちらも、相手には当たっていない。

 

「夏に相応しいのは私だよ! 弱いやつは地に落ちな!」

 

「冗談じゃない! 落ちるのはそっちよ! その(はね)、撃ち抜いてやる!」

 

 健やかに咲き誇る向日葵の直上にて鱗粉の弾幕を放ち合うラルバとラルバ。アゲハチョウのそれによく似た翅は大きく、的になりやすいかもしれないが──二人は向かい合う自分自身が放つ鮮やかな光弾の雨を優雅に避けつつ、手から同じものを撃ち出す。

 

 アラクネアワーム フラバスは湖上の氷精に。アラクネアワーム ニグリティアは神に近づく蝶の妖精に。それぞれ寸分の狂いもなく擬態し、二体のワームは彼女ら妖精の能力まで完璧に模倣してしまっているようだ。

 自然のエネルギーも弾幕の精度も同じ。ただやはり、自分自身を相手にして混乱している本物のほうが動きが鈍く、よく知る自分の弾幕でありながら対応が遅れ気味な様子。だが、ワームのほうもその僅かな隙に気づいていないのか、ただ無邪気に──無作為に弾幕を放っているだけ。

 

「やっぱり、知性のレベルも擬態元の影響を受けるのね」

 

 眩い太陽の光に目を細めながら、幽香は空を舞う妖精たちを見上げている。

 先ほどまでは威圧的な振る舞いでサナギ体のワームたちを統率していたにも関わらず、妖精の姿に擬態した瞬間からワームの知性は妖精並みにまで落ちたように見えた。

 天道の話では彼らは柔軟に他者の記憶や人格を吸収していき、技術や文明を模倣、地球の支配権を得ようと企む高度なものであったはず。

 

 有象無象のサナギ体の多くは、擬態すらせずに数をもって攻めてきたという。あるいは擬態したとしても、姿や声はもちろん記憶や人格さえ完璧に模倣できるが、擬態する側の観察力が足りていないせいで『本質』が再現できていない場合があるらしい。

 ワームには擬態の得意な個体もいれば苦手な個体もいるということなのか。妖精にも取るに足らない有象無象もいれば、チルノやラルバのような強大な個体が生まれることもある。

 単純な個体差と言ってしまえば、人間も妖怪もワームも同じなのだろう。

 

 成虫体が擬態したとはいえ、擬態の精度で言えばサナギ体とあまり変わらなさそうな二体のワーム──今はチルノとラルバの姿になっているアラクネアワームたち。幽香は本質の再現性に欠けたそれらを偽物であると判断した。

 擬態チルノには夏の空を凍てつかせんばかりのやる気と本気が感じられない。擬態ラルバからは先日と同様、常世神を思わせるような底知れぬ神秘の気配が感じられない。それらはあくまで感覚的なものに過ぎないが、純粋に姿や能力を模倣したとしても──幽香の目は誤魔化せない。

 

「相手が空を飛んでいるなら……俺は未来を掴むまでだ」

 

 幽香と同様に空を見上げている天道はカブトとしての仮面の下で呟く。

 ライダーフォームのカブトには飛行の機能は備わっていないし、人間である天道総司にも空を翔ける能力などあるはずもない。それでもなお、彼は天を目指すだけの自信があった。

 

 この手はすでに未来を掴んでいる。そしてこれからも、掴み続ける。その誇りを現すべく、天道はゆっくりと持ち上げた左手の中に空間を引き裂く波動を感じる。

 激しく唸る電流が迸り、手の平という極めて小さな領域で空気が乱れる感覚。カブトゼクターやカブトクナイガンを呼び起こす際のジョウントによく似ているものの、ただ空間を跳躍するだけのそれではない。

 過去と未来を繋ぐ時空の接続。タキオン粒子の波動が溢れ出し、カブトが持ち上げ広げた左手の中に、雄々しく角を突き立てる新たな光が姿を現す。

 彼の知る『現在』のそれはすでに破壊されてしまったが、天道の呼び声に応え、その輝きは遥かなる『未来』から。それを再び掴もうと、天道は左手をもってそれに触れようとするが──

 

「何……?」

 

 未来からの輝きは天道の指先を受け止めることはなく。再び青白い電流と共に消失する。手元に呼び出したはずのそれは時空の裂け目へと舞い戻ってしまった。

 乱れた時空が元に戻る。引き裂かれた空気の傷跡が夏の風に吹かれて消えてしまう。今一度それを望もうと掴んだ左手を開くが、そこに時空の歪みが生じることは二度となく。

 過去と未来を等しく覆すほどの絶大な力を持つ『あのゼクター』が現れることはなかった。

 

「……仕方ない。天を目指す手段は他にもある」

 

 天道(カブト)は掲げた左手を静かに下ろしながら、仮面の下で小さく溜息をつく。

 速やかに振り返ったその青い複眼が見るは緋色の輝き。この草原に停めたカブトエクステンダー マスクドモードは、そのままの姿ではただ大地を駆け抜ける強靭な機体(バイク)でしかない。

 

 怪訝そうな表情でこちらを見る幽香の視線も気にすることなく、天道はそのシートに跨る。左手でハンドルグリップを握りしめたまま、右手の指先をもってコンソールに触れた。複雑なコードを入力し、信号の決定を告げるキーを押下する。

 これより至るはこの機体の脱皮。マスクドライダーシステムと同様にマスクドモードの名を冠すカブトエクステンダーは、カブトの装甲に等しい緋色の輝きに──迸る電流を走らせて。

 

『CAST OFF』

 

 カブトエクステンダーのコンソールより発せられた電子音声の直後、分子間力で結合していたフロントカウルが夏の炎天下に弾け飛ぶ。

 機体のマスクドアーマーを解き放つことで内から現れたのは、無骨な鈍色の装いを持つカブトムシめいた姿。流麗ながらもバイクらしい見た目をしていたマスクドモードのカブトエクステンダーの姿とは大きく異なる、もはや異形とも呼べるような怪物じみた機体(マシン)だった。

 

 バイクの前輪は左右に分かたれ、そのままの後輪と掛け合わせたトライクめいた形に。カウルを失って剥き出しになった内部構造からはやはりカブトムシの頭角めいた『エクスアンカー』と呼ばれる雄大な(ほこ)を突き出して。

 機体後部を持ち上げられることによって、カブトエクステンダーのキャストオフは果たされる。マスクドモードの装甲を解き放った鈍色のボディは、色合いこそカブトのマスクドフォームのそれに近いものの──機能としてはライダーフォームに相応しい『エクスモード』の形態である。

 

「また(いか)ついのが出てきたわねぇ」

 

 飛散したマスクドアーマーの風圧に目を細め、髪を抑えていた幽香がカブトエクステンダー エクスモードのボディに視線を落とす。天道からさほど距離を取っていなかったにも関わらず、その装甲が当たることがなかったのは天道の意思によるものだ。

 カブト自身に備わった装甲のキャストオフに関してももちろんのこと、このカブトエクステンダーにも搭乗者の意思を信号として受け取り、物体認識機能も合わせてマスクドアーマーのパージにある程度の指向性を持たせ、任意の方向にのみ飛ばすといったことができる。

 

 天道はカブトエクステンダーのハンドルグリップを握り、鈍色の機体を強く激しく唸らせた。しかして()け抜ける道は眼下の大地に非ず。さながら羽化を遂げた甲虫の如く、その身に開いた(はね)を震わせるように──

 ヒヒイロノカネ製の強靭なる機体がプラズマ化したイオンの波動で浮き上がる。その出力にバイクとしての加速力を与え、カブトは己が愛機をもって草原の上空へと舞い上がっていった。

 

「さて、どっちの妖精がワームの擬態だ?」

 

 視界を染める青空の中、同じ姿をした二人一組の妖精たちが弾幕を交わしている。相変わらず、妖精特有の気配など知る由もない天道にはどちらが本物なのかは分からない。

 チルノたちは蒼穹の中に眩く存在を示すカブトエクステンダー エクスモードの鈍色の輝きに気がつき、こちらに振り返った。弾幕を放つ手を止め、必死に自分が本物だと主張する。

 性格に関しても彼女らについてよく知っているわけではないし、何よりワームの擬態能力ならばその差異を見抜くことは極めて困難だ。いくら何度でも再生する妖精とはいえ、本物ごと撃ち抜くような真似もしたくはない。

 

 思考は一瞬。天道の心には最初から答えが見えている。右手をハンドルグリップから離し、その手を腰に装うライダーベルトの右側──スラップスイッチへと。

 時間を超えた加速をもたらすその力の引き金へ、天道はカブトとしての右手を滑らせ──

 

「…………!」

 

 二匹の妖精はその動きを決して見逃さない。妖精に擬態しているままでは構成情報が妖精のものに寄せられてしまい、ワームとしての能力が行使できなくなってしまう。彼女らはそれを避けるべく、擬態を解いて成虫体のワームとしての姿を晒した。

 擬態チルノはアラクネアワーム フラバスの姿に。擬態ラルバはアラクネアワーム ニグリティアの姿に。本来の姿を晒した以上は幻想的な妖精の力の大半を失い、飛行すらままならなくなってしまうが──クロックアップという能力は、それを補って余りあるほど強大な力である。

 

「かかったな」

 

 だが、天道総司は右腰に持っていった右手でスラップスイッチを叩くことなく。あくまでクロックアップする素振りを見せただけに留めた。

 ワームがクロックアップを行おうと成虫体の姿を晒した一瞬の隙を突き、左手でカブトエクステンダーのコンソールを操作してヘッドライトの先からパルスビームの光弾を放つ。青白い波動はそれぞれ二体のワームを直撃し、白煙を登らせながらそれらを草原の地に叩き落としてみせた。

 

「おお! やるじゃん! 赤いの!」

 

「さすがカブトムシの妖精! 夏のヒーローだね!」

 

 本物のチルノとラルバは光弾の爆発に一瞬驚いた様子だったが、地に落ちゆく怪物の姿を見届けてカブトを賞賛する。カブトエクステンダーが高度を下げ、降りていくのを見届けながら、二人は仲良くハイタッチを決めて夏の日差しと束の間の勝利に酔い痴れた。

 

『ONE』『TWO』『THREE』

 

 すかさず両手をハンドルから離し、座席(シート)に立ち上がりエクスアンカーの先へと歩む天道。同時にカブトゼクターのフルスロットルを右手の親指で丁寧に押下し、右側へ倒されたゼクターホーンを左側へと引き戻す。

 自動走行機能により自由に大空を舞うカブトエクステンダーは天道をエクスアンカーの先端に乗せたまま、真っ直ぐに急降下して光弾のダメージに動きを鈍らせている状態の二体のワーム、そのうちの一体たる黄色と黒の装いのアラクネアワーム フラバスに向けて突っ込んでいった。

 

「ライダーキック……!」

 

『RIDER KICK』

 

 敵は眼前。天道は死の宣告と共にカブトゼクターのゼクターホーンを再び右側へ倒す。迸る青白い電流を視界に閃かせ、その稲妻は額の角に、右の脚に。

 さらには足元のエクスアンカーにさえ光が灯る。身体に滾るタキオン粒子のエネルギーを湛えたまま、彼は待つ。やがて弾けた閃光と同時、カブトの身体は、大地へ解き放たれた。

 

 カブトエクステンダー エクスモードの機能の一つ。前方に掲げるエクスアンカーの先端にカブトを乗せ、それをさながらカタパルトのように勢いよく突き出すことでカブト自身に絶大な運動エネルギーを与えて弾丸の如く『射出』する。

 大地へ向かう機体に飛ばされ、カブトは渾身の力を込めたライダーキックに自由落下の勢いとエクスアンカーの衝撃を乗せ──こちらを見上げる蜘蛛のワームに彗星と流れ落ちていった。

 

「はぁっ!」

 

「ギュルルゥゥゥアアーーッ!!!」

 

 大きく横一文字に振り抜いた右脚でもって、天道はアラクネアワーム フラバスの外殻を切り裂いた。満ち溢れたタキオン粒子のエネルギーがワームの身体に流れ込み、その肉体を黄色く明るい爆炎と共に打ち砕く。

 ライダーキックの威力にカブトエクステンダー エクスモードによるエクスアンカーの射出力を組み合わせた一撃は【 エクステンダーキック 】と称され、ライダーフォームのカブトが持ち得る最大威力の必殺技として存在していたが、天道にとってはあまり放つ機会のないもの。

 

 黄色い爆風は夏の風に掻き消える。まだ油断はできない。カブトの複眼をもってもう一体のワームを探すも、この身を包む強化スーツ──サインスーツが感じ取る微かな時空の乱れで対象がすでにクロックアップを遂げていることを理解した。

 カブトエクステンダーによるパルスビーム光弾の直撃を受けてこれほど早く行動ができることは天道の予想になく。十分な隙を作れるだけのダメージを与えたはずだったのだが。

 

 先日に続く戦いですでに戦闘の勘は取り戻している。一年間の空白も返上できる程度には、天道のカブトとしての戦いもかつてと同じ万全なものとなっているはず。

 それでもなお、一度倒したはずの怪物が天道の予測を超えているということは。やはり当初の認識通り、かつて倒した個体と同種の──否、かつて倒した個体と同一個体(・・・・)と呼んで差し支えないだけの特徴を持つそれらが、確実に以前戦ったときよりも強化されて幻想の地に存在している。

 

「……クロックアップ」

 

『CLOCK UP』

 

 アラクネアワーム フラバスを撃破した姿勢から立ち上がったそのままの状態で、天道は隙を見せることなく右腰のスラップスイッチを軽やかに叩く。

 いくら最小限の行動で抑えたとはいえ、相手がクロックアップしているなら容易につけ入ることができただろう。それでも天道の方に迫るワームの気配はない。違和感を覚え、異なる時間の流れの中、この場に存在するもう一体のワーム──アラクネアワーム ニグリティアの姿を探す。

 

「……! 狙いは風見幽香か……!」

 

 天道が見たのは灰色の外殻を持つ蜘蛛のワームが、この加速した世界においては無力な一輪の花を儚く摘み取ろうとしている光景だった。

 こちらもあちらも、共に等しく速度を超えた時間の中に。カブト自身の走力自体はさほどのものではない。どちらもクロックアップしている状態であるならば、マスクドライダーシステムもワームも速度に差はないのだ。

 すでに幽香の眼前まで接近したアラクネアワーム ニグリティアが強靭な爪を掲げた右腕を振り上げ突き進む。タキオン粒子を観測するだけの動体視力を持たず、クロックアップの世界を認識することができない彼女には、目の前まで迫ったそれを視認することもできないだろう。

 

 咄嗟に右手に現すカブトクナイガン ガンモード。もはや間に合わないと悟りながらも諦めず。それを掲げて引き金を引こうとするが──天道はそこで違和感に気づいた。

 ワームは風見幽香の目の前まで迫っているのにも関わらず、あともう数歩の距離を詰めようとしない。ほんの僅かな距離なのに、ワームは自身の爪が届かない位置から動こうとしていない。

 

「ギュ……ギュ……ギュルル……!!」

 

 ──否、ワームは動こうとしていないのではない。()()()()()()()()()のだ。

 視線を落として見れば、アラクネアワーム ニグリティアの両脚は大地から芽生えた植物の茎に絡め取られている。引き抜こうと強く脚を動かしても、妖怪じみた強度を持つ茎はその細胞繊維に一切の傷をつけることなく、しっかりと怪物の動きを封じている。

 

 風見幽香が持つ『花を操る程度の能力』は、普段は花の向きを変えたり枯れた花を蘇らせる程度のものでしかない。されど一度(ひとたび)彼女が本気を出せば、その概念に伴うあらゆる要素を操り、茎やツタによる拘束や巨大な植物による圧殺さえも可能とする。

 ワームは正面に立つ女が妖怪であるということは知っていた。だが、それが旧き世界より召し上げられた『選ばれし者』であるとは知らず。

 もはや一歩も動くことはできない。目の前の女は静止に等しく遅延した時間の中に取り残されているというのに──ワームの思考は速度を超えた速度にまとわりつく花弁への恐怖を抱き。

 

「────」

 

 クロックアップの原理は、世界を違わず異なる時間流へ移動するというもの。それはワームもマスクドライダーシステムも変わらない。故に、厳密には異なるもののクロックアップしていない者から見れば『ただ速すぎて見えない』だけのこと。

 別の世界に移動しているわけでもなければ実際に不可視と化しているというわけでもない。ただ速すぎるが故に見えなかった存在が、動きを止められてしまったということは。

 

 アラクネアワーム ニグリティアの複眼が幽香の唇の動きを捉える。相手から見れば不自然な挙動で振動し瞬くように残像をもたらす姿ではあるものの、完全にこちらの姿を捉えられてしまっていることだろう。

 ゆっくりと唇が開かれると同時、緋色の瞳が緩やかにワームの青い複眼へと合わせられる。怪物が肌で感じ取るクロックオーバーの感覚と共に、その花びらは無慈悲な笑顔と花開いた。

 

「──つかまえた」

 

 静止していた風が幽香の髪を再び撫でる。細やかに乱れ動いていた残像の塊は、すでに等速の次元へと引きずり降ろされて。

 ワームの脚を捉えていた植物の茎が一瞬で胴体まで伸び絡まると、さらに強く締めつけ動きを抑制。両腕から連続で放つ蜘蛛の糸でさえ、彼女には当たらない。微かに首を動かしただけの幽香は瞬き一つすることなくそれらをすべて回避し──ゆっくりと歩を進めた。

 

 クロックアップの最中に蜘蛛の糸を射出することがなかったのはワームとしての慢心か。再びクロックアップを果たそうとワームは全身に力を込める。しかし、それは叶わない。

 掲げられた左手が拳という蕾を開く。咲き誇る手の平に、何より眩い太陽の如き光が灯り。

 

「ギュルルゥゥーーーォォオオオッ!!」

 

 天下の大地、黄金の向日葵が妖力の波動と咲き誇る。その爆炎は灰色を帯び、風見幽香の目の前にて刹那の花びらと散っていった。

 砕け散ったワームの外殻はあまりの熱量に瞬く間に掻き消えてしまう。夏の日差しより激しい爆風を涼しげな顔で見届けると、幽香は白く美しい肌を刺す陽光に再び日傘を差し構える。

 

「罠を張っておいてよかったわ。あの速さじゃ、追いつけないしね」

 

 幽香に敵意を向ける者へのみ反応して対象を絡め取る植物の茎は、その周囲にひしめくように張り巡らされていた。花を操る彼女の能力をもって構築された広範囲の罠として、幽香自身の意思に依らず自動的に反応するよう結界を組まれていたのだ。

 本気の妖力を込めた植物の茎はクロックアップの世界に追いつくほどの速度でワームを絡め取り、幽香の目の前にて拘束した。たとえ幽香本人がクロックアップの速度を認識できずとも、クロックアップが発動される前に彼女の能力を受けた草花は彼女の意思通り、ワームの敵意を感知して動きを封じ込めていく。

 

 あとは拘束されたワームを──目の前にて無力となったその花を摘み取るだけ。幽香にはクロックアップに追いつく速度こそないものの、知性で負ける道理もなく。

 かつて天道総司が行ったように、通常の時間からクロックアップを打開する正義(つよさ)がある。

 

「……見くびっていたのは俺のほうだったらしいな」

 

 天道(カブト)もすでにクロックオーバーを遂げ、正しい時間の流れの中で風見幽香を見やる。その姿は煌く陽光に照らされた、一輪の花を思わせるが──

 どれだけ美しさを飾ろうとも、その本質は強大な妖怪なのだ。この女は、ただ可憐なだけの花と形容できるほど小さく儚い存在ではなく。瓦礫の下でも輝き咲く希望という名の花なのだと。

 

◆     ◆     ◆

 

 晴れた夏空の下、ワームの撃破を見届けた妖精たちが舞い降りた。すでにサナギ体も成虫体もいなくなった草原にふわりと足をつき、それぞれ薄い氷の板を思わせる羽と鮮やかなアゲハチョウのそれに似た翅を揺らして。

 幽香の威圧的な妖気を向けるべき相手はもういない。カブトの性能を振りかざすべき地球外生命体はここにおらず。妖精も妖怪も人間も、張り詰めた空気を夏の日差しに蒸発させている。

 

「はぁー、()っつい! あのときの夏はサイコーだったんだけどなー」

 

「そうだねぇ。なんだか今回の四季異変は力が全然湧いてこなくてつまんないわ」

 

 清涼な水色の髪を腕で搔き上げ、額の汗を拭うチルノ。氷の妖精としてのそれは汗というよりは自身から溶け出た水分なのかもしれないが、彼女にとっては同じものだ。

 かつての四季異変に際しては背中に生じた後戸の影響で妖精の力が強化されていた。自然の具現たる本質を増幅され、満ち溢れる妖力と全能感で暴走に近い状態に陥ってしまったこともある。まるで人間のように肌を小麦の穂に似た褐色に染めて。

 チルノ自身はそれを紛うことなき夏の勲章──日焼けであると認識していた。異変の首謀者として後戸を形成していた秘神、摩多羅隠岐奈と初めて遭遇した際は強制的に退去させられてしまったのだが──

 

 二度目に彼女に挑んだ際は、今もこうしてチルノの隣にいるラルバの背中の扉からもう一度あの空間へ突入した。相変わらず妖精としての知能しか持たないチルノには隠岐奈の言葉の意味がよく理解できなかったものの、ラルバの扉は本来は夏の季節に当たるのだという。

 しかし、ラルバの背中に生じていた扉は春夏秋冬のいかなる季節にも該当しなかった。季節の変わり目──『土用』と称される境界の属性となっており、チルノはその扉を通って秘神に辿り着いたのだ。無論、彼女はただ近くにいた妖精の背中を借りただけだが。

 究極の絶対秘神がエタニティラルバにただのアゲハチョウの妖精としてではなく、常世神の可能性を見たのもそれが理由だ。

 夏の象徴でありながら土用の季節を持つ永遠の妖精。季節を操る秘神に最も効果的と言える土用の季節を意図せず備えて戦いを挑み、本気ではなかったとはいえスペルカードルールをもって勝利してみせた最強の妖精。秘神と呼ばれた賢者は、その二匹の妖精を強く特別視していた。

 

「その割には、ずいぶんはしゃいでたように見えたけどね」

 

 相変わらず花に等しく子供を慈しむように妖精を見る。彼女らを特別視しているのは、風見幽香もまた同じ。彼女らがただの妖精の領分に収まる存在ではないということを、誰よりも妖精に近い場所で生きてきた幽香は知っていた。

 そして天道総司もまた、人間の──外来人の領分に収まる存在ではない。生命を凌駕するだけの精神、季節の隙間にも相応しい魂を紅い鎧の中に秘めているような。

 

 揺れる緑髪のウェーブヘアから覗く緋色の瞳で、彼女は少し遠くに停まっているカブトエクステンダーに視線を向ける。

 天道が離れてなお空から旋回して地上に舞い降りたその機体は、所有者の操作によって再び真紅の装甲を纏い、鮮やかな緋色の輝きを照り返すマスクドモードの形態へと戻っていた。

 

「……そろそろこの日差しも辛くなってきたし、あたいは霧の湖に帰ろっと」

 

「あんな寒いところよくいられるねぇ。私は太陽の畑が一番だなー」

 

 チルノの氷の羽、その先端からぽたりと冷たい雫が落ちる。少し体力を消耗した様子の彼女は、かつての四季異変において褐色の肌をしていた頃ならこの程度の暑さなど何とも思わず乗り越えていただろう。

 夏の暑さに強く寒さに弱いエタニティラルバは霧の湖の気温を想像したのか、袖のない自身の両腕を抱き寄せて身震いしてみせる。

 今でこそ四季異変の影響で霧の湖にも夏の日差しが照りつけている。霧に包まれて気温が上がりにくいことだけがチルノにとっての救いだが、ラルバにとってはその涼しげな霧でさえあまり心地良いものではなかった。

 

 ラルバが見やった遠方の向日葵畑。太陽の畑にはその日差しを遮るものは何もない。アゲハチョウの妖精としては青霄(せいしょう)を舞うに最も適した環境である。

 四季異変の以前から顔見知りだった二人らしく、霧の湖の方角へと飛び去るチルノに手を振るラルバ。チルノもまた手を振り返し、天道(カブト)と幽香は青い複眼と緋色の双眸(そうぼう)でそれを見送った。




天道も幽香も、戦うときは激しく走ったり動いたりせず悠然としている。あと子供には優しい。

次回 47『天と地にて咲く』
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