東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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 時の列車、デンライナー。次の駅は、過去か、未来か──


第49話 レールの上の喜怒哀楽

 桜の花が舞い散る天下──人間の里。吹きゆく春風は里の軒並みを暖かく抜けていくが、そこに人通りはない。この場に現れたコウモリの怪物、バットイマジンの脅威から逃れるべく無力な人間のほとんどが比較的安全な中央区域へと避難し身を隠したためである。

 薄紅色の桜並木と日本古来の木造建築が立ち並ぶ領域。今、この場に存在するのはイマジンの存在に立ち向かう面霊気の秦のこころと、人間を襲おうとしていたバットイマジンの姿。

 

 そして、こころの記憶には存在しない桃の仮面を持つ列車の戦士──電王の姿のみである。

 

「貴様……電王か……!」

 

 バットイマジンはかつての契約者がイメージした己が姿、悪鬼の如く剥き出したコウモリの歯を食い縛る。暗い蒼穹の体躯から冴える緋色の双眸をもって向かう戦士を睨み、自らの記憶に確かに残る忌まわしき存在に怨嗟の声を漏らす。

 在るべき時間を失ったイマジンたちに『過去』と呼べるものはない。本来ならば繋がるはずのない時間に零れてしまった因果の残滓たちには、彼らにとっての現在を証明する過去など存在しないはずだった。

 だが、記憶とはすなわち過去──過去とはすなわち記憶である。時の運行を守る電王との戦いを記憶しているバットイマジンにとって、それは揺るぎない過去の証明だった。

 

 彼は電王に変身した特異点と戦った記憶を持っている。それは今あるこの身の記憶ではない。彼は一度、電王によって撃破され精神ごと消滅を遂げているはず。

 自身が存在していた未来(げんざい)の記憶ではない。とある男の力を借りて、歴史の分岐点となる時代に赴いた際。時間の改変を阻止すべく現れた過去の電王と戦い、敗北した記憶。その忌まわしき記憶がバットイマジンにとっての過去として──『再生』された肉体ではなく精神に宿っていた。

 

「よく分かってんじゃねえか。おい、お面女! 危ねえから少し下がってろ!」

 

 良太郎──の身体を借りて変身しているモモタロスが高らかに答える。赤い桃を模した電王としての仮面、あるいは『電仮面』と呼ばれるそれは鮮やかに赤く、モモタロスの熱き闘志を表すかのような(つるぎ)の如き複眼の冴えを見せていた。

 その姿は良太郎の身に宿ったモモタロスのオーラによる赤い電仮面と赤い装甲を伴うもの。モモタロスの荒々しく力任せな戦い方に見合った『ソードフォーム』と称される形態だ。

 

 モモタロスは背後のこころに振り返ることなく告げ、腰に装うデンオウベルトの両側に備えつけられた列車型武装を取り外す。四つ存在するうちの二つを両手に持ち、それらを重ねるようにして連結。無造作に上空へと放り投げ、腰に残る二つを素早く取り外しては落ちてきた先の二つを挟み込むように連結させる。

 四つのパーツはここにすべてが繋がった。鈍い黒色と銀色を帯びるそれらはやはり列車のように長く繋がり、それでいて前部の重なりが厚みを備える独特の形を成立させる。

 

 編成された『デンガッシャー』の柄を右手に握りしめるモモタロス。その闘志は柄たるパーツの機能によりオーラとして先端に集約し、フリーエネルギーに変換されて何もなかった先端の部位に真紅に輝く長大な刃──『オーラソード』として具現した。

 滾るような闘志がエネルギーの刀身に灯る。その武装は様々な形を成す変幻自在の武装の基本となる第一の形態──ソードフォームの名に相応しい長剣たる『ソードモード』の形態である。

 

「言っとくが、俺に前振りはねえ。最初から最後まで徹底的にクライマックスだぜ!」

 

 ソードモードとなったデンガッシャーの剣の峰を己が右肩に乗せつつ、バットイマジンを左手で指差しながら啖呵を切る。過去も未来も流れる時は、その瞬間においてはいつでも現在(いま)。故にどんな時代に在ろうとも、自分の在り方に正直に、クライマックスの精神で挑むのだ。

 

「はっ! 途中から参戦しておいて何を言ってる!」

 

「ごちゃごちゃうるせえ! 俺は細かいことは気にしない主義なんだよ!」

 

 バットイマジンの言葉に返すはデンガッシャーの切っ先。そのまま腕を振り払い、モモタロスは眼前の怪物へと駆け抜ける。互いに一閃されたそれぞれの長剣が鍔迫り合い、静かな春の色に満たされた里に冴える剣戟の音を響かせた。

 コウモリ傘を思わせる白銀の長剣に連なる牙──その隙間を縫うようにデンガッシャー ソードモードの真紅の刀身、オーラソードが喰い込んではフリーエネルギーの波動を迸らせる。

 

「電王……」

 

 こころはその様に古くから語られる『桃太郎』の在り様を見た──気がした。

 

 ただ剣と剣を打ち合わせるあまりに原始的な戦い。こころが描く舞踊という戦いの縮図やスペルカードバトルに通ずるような、誰かに魅せるための美しさなど欠片もない。だが、どこかその戦い自体を楽しんでいるとも取れる仮面の戦士の振る舞いの中に、能楽の美を感じさせた。

 

 縦一文字に振り下ろされたデンガッシャー ソードモードの刃は翻るバットイマジンの翼を裂けなかったが、返す刃で振り抜かれる白銀の長剣の横一閃もまたモモタロスの咄嗟の判断による後退に追いつけず空振りに終わる。

 バットイマジンは攻撃を外した隙を埋めるように左の翼を仰ぎ、隙を突こうとしてきた電王を風で仰ぐことで距離を取る。体勢を崩したモモタロスに今度は再びバットイマジンが攻め入り、右手の剣を垂直に振り下ろすものの、やはりその一撃もデンガッシャーに防がれた。

 

 戦っているのはモモタロスの精神ではある。だが、その身体は電王に変身している野上良太郎のもの。虚弱で体力もなく運も悪い良太郎は戦士に向いていない。されど彼の精神は誰よりも強く、モモタロスの精神さえも友として共に戦う決意を抱かせた。

 ただ身体を預けるだけではない。彼もまたモモタロスの依代たる特異点として、電王の資格を持つ戦士として。たとえ一人になったとしても臆することなく戦ってきた。

 身体に満ちるイマジンの精神に同調して剣を振るう。イマジンを支配するのではなく、イマジンに支配されることもなく。

 僅か一年前までは一切縁のなかった戦いという行いの渦中にいながらも、長き戦いを乗り越えた良太郎は向かう相手に対する違和感の正体に気づいた。それは既視感というべき感覚かもしれない。単純に姿や声もそうだが、戦い方や攻撃の対応などの様々な点に見覚えがある(・・・・・・)のだ。

 

「(モモタロス、このイマジン……前に倒したことがあるような……)」

 

「あん? そうだったか? ま、契約者のイメージが似てりゃあそういうこともあるかもな」

 

 共に向き合う良太郎の心の声を聞いてモモタロスが記憶を想起する。だが、良太郎と共に一年間の戦いを乗り越えた記憶と過去こそあれど、今まで倒してきたイマジンの詳細などあまり意識していなかったらしい。

 その曖昧な記憶も良太郎との出会いを想起すれば少しずつ浮かび上がってくる。良太郎と初めて会った日のこと。特異点への憑依を知らずに遂げて、最初は後悔したものの、イマジンとして戦うより電王として戦ったほうが楽しいと分かり、僅かに抱いた悔恨さえも燃やし尽くしたこと。

 

「(うーん、そういうことなのかな……)」

 

 良太郎は電王としての姿で思考する。この身に重なり剣を振るうモモタロスの言葉通り、同じイメージから生まれたイマジンは同じ姿の肉体を伴って現れる。精神体の人格こそ別の存在であるが、彼らの肉体は曖昧なイメージにより形成されたもの。

 故に同じ姿や似た特徴の個体が形を成すことも珍しくはなかった。されど、この個体はそれらとはどこか違う。確証を持って言えるわけではないが、ただこのイマジンの見た目が記憶にある者と似ている──というだけではない。

 初めて電王に変身してイマジンと戦った記憶。当初はわけもわからずただ逃げ回ることしかできなかったため、彼とてその戦いのすべてを記憶しているわけでもない。が──

 

 ()()としか思えない。記憶に残る存在をそのまま目の前に映し出したような奇妙な違和感。あのときのイマジンと一切の差異もなく、ただ()()()()という範疇を遥かに超えているのだ。

 

「(…………!)」

 

 モモタロスが再びデンガッシャー ソードモードを振り下ろす。バットイマジンの肩を袈裟懸けに斬りつけようとする一撃は、電王に変身している良太郎の肉体によるもの。かつてと同様に身体が勝手に動く感覚にはすでに慣れているはず。

 しかし、その一瞬に遅延が生じる。今までは等しく狂いなく動いていたモモタロスの意識と良太郎の身体だったが、先ほどから少しずつほんの僅かな誤差があった。

 電王の皮膚──黒い強化スーツたるオーラスキンから滲む砂。その身を覆うモモタロスのオーラから具現化された赤い装甲『オーラアーマー』の隙間からも白い砂が零れ落ち、その同期の歪みでイマジンへの一撃は回避される。

 

「どうした良太郎! さっきから動きが鈍くなってんぞ! 気ぃ抜いてんじゃねえ!」

 

「(ご、ごめん……! うわっ、ちょっと……! モモタロス! 前見て、前!)」

 

 自身の胸──内に宿る良太郎の意識に向けて声を上げる。自分に対して声をかけるという形は奇妙なものだが、相手が内側の意識にある以上そうならざるを得ない。

 その意識から逆に向けられた注意の声に、モモタロスは再び良太郎の身体を前に向ける。

 

「バカめ……! 隙を見せたな……!」

 

 デンガッシャーの刃を寸前で回避したバットイマジンの剥き出しの歯を伴う口が、少しだけその歪な口角を吊り上げたように見えた──ような気がした。

 

「……っ! やべっ……!」

 

 その食い縛った歯と同様に鋭く尖った白銀の刃が電王の眼前に迫る。振り下ろしたばかりのデンガッシャーではそれを打ち払うには遅すぎる。せめて少しでもダメージを軽減しようと、モモタロスは己が闘志(オーラ)を胸のオーラアーマーたる『ビブレストプレート』に集中させた。

 

「はっ!」

 

 ──その切っ先は電王の胸を覆う装甲に届くことはなく。後方から聞こえた軽やかな声と共に、(おきな)般若(はんにゃ)(おうな)火男(ひょっとこ)。それぞれ喜びと怒りと哀しみと楽しみを表す四つの能面が霊力を纏いては弾幕の如く飛び──バットイマジンの身を退ける。

 そのまま前に躍り出たこころの舞い──己が霊力をもって具現した青白い薙刀を両手に構え、バットイマジンの翼を縦一文字に切り伏せた。

 刃は鋭く濃紺の肉体を裂き、その身から白い砂を撒き散らす。可憐なローファーで里の地を蹴りつけ、再び怪物から距離を取ると、こころは柔らかなスカートを揺らし電王の前に立った。

 

「お、お面女……!? お前それ……もしかしてお化け……!?」

 

 霊力にふわりと舞った桜色の長髪と共に、彼女の周囲に浮き上がるいくつものお面。電仮面越しにその様を見たモモタロスは、こころの身体から放たれる神秘的なオーラと禍々しい妖力の気配に慄き、幽霊などの怪異を想起する。

 少女が背を向けたまま顔だけで振り返ると同時、喜怒哀楽の面が一斉にこちらを向いた。

 

「ヒィ!?」

 

 喜びに輝くような翁の面、怒りに燃えあがるような般若の面。そして哀しみに濡れたような姥の面に、楽しみに躍るような火男の面。そのいずれも装う者のいない空虚な能面であり、ただ霊力によって浮いているだけの面を結ぶ紐はだらりと垂れるだけ。

 そんな不気味な光景を目にして、モモタロスは思わず声を漏らす。掲げる能面は表情豊かであるのに、それらを従えるこころ自身はポーカーフェイスのような無表情を崩さなかった。

 

「まだ舞える? えーっと……桃鬼(ももおに)?」

 

「誰が桃鬼だこの野郎! 俺にはモモタロスって名前があんだよ!」

 

 こころの表情こそ無機質なれど、その言葉にはしっかりと力強い意思が灯っている。桃を模した電仮面に表情はないが、返すモモタロスの言葉には怒りの色が滲んでいた。

 無力だと思っていた少女の思わぬ戦力とお面の幽霊のような在り方に少し戸惑ってしまったものの、すぐに気持ちを切り替える。モモタロスの闘志の分岐器は良太郎の肉体を自身の前に立つ少女の隣へと進ませ、デンガッシャーを冴えさせて。

 同じく薙刀を携えるこころと隣り合い、一つの電仮面といくつもの能面が並び立つ。優雅に凪ぐこころと荒々しく乱れるモモタロスの対比はさながら──静と動を体現する演舞や能の如く。

 

「(この子……もしかして……)」

 

 良太郎はこころの静かな表情の中に宿る覚悟を見た。そして妖怪の樹海で出会った少女の言葉を思い出す。幻想郷は人間と妖怪が生きる場所。それらは本来相容れぬ関係であったが、それぞれを存在させるために必要な循環であると。

 人間と妖怪、どちらもを存在させるためにはどちらか一方が滅んではいけない。そうでなくとも人との交流を愛しく思う者もいる。人間と共に時を過ごし、向かう悪意を打ち倒す仲間として矛を持つ者もいる。それはまるで、イマジンでありながら特異点に味方する彼らのように。

 

「私は面霊気の秦こころ。一緒に戦ってやるから、覚悟を決めやがれ!」

 

「な、なんだぁ……? 急にテンション変えやがって……」

 

「間違えた。こっちが真面目なときのお面。敵はあっちだって、さっき聞いたわ」

 

 こころはモモタロスのオーラに感化されたのか、紅く滾るような般若の面を装って憤る。その可憐な怒号を聞いたモモタロスも良太郎も困惑していたが、こころはすぐさま神妙な霊力の狐の面を装い直すことで仕切り直した。

 

「よくわからねえが……俺のクライマックスを邪魔するんじゃねえぞ!」

 

「お客さんがいないのがちょっと寂しいけど……私の舞いの最大の山場(クライマックス)も披露してあげよう」

 

 再びバットイマジンに向き直る桃と狐の二つの仮面。真紅に輝くデンガッシャーの刀身と青白く灯る霊力の薙刀は、それぞれモモタロスとこころの在り方を映し出しているかのよう。

 

「ちっ……! せめて幻想郷(こちら)の特異点だけでも潰させてもらう……!」

 

 白銀の長剣を構えながらバットイマジンは器用に両翼を操り大地を蹴った。砂を撒き散らす風圧によって急接近してきたものの、狙いは電王ではない。強靭なオーラアーマーを纏う戦士より、妖怪とはいえ少女の生身を晒すこころの方が弱いと判断されたのか。

 モモタロスも良太郎もそう解釈したが──実際にはバットイマジンの目的は最初からこころであったのかもしれない。

 

 こころは向かう怪物の長剣を舞い散る桜の花びらの如くひらりと避けてみせる。その動きに合わせるように、流れる動作で薙刀を振り抜いてバットイマジンの身を切り裂いた。散った白い砂さえ太陽の光を受けてきらきらと輝き、彼女の舞いを演出する。

 不意なる一撃に思わず後退したバットイマジンの隙に対して、こころは振り返る動きに合わせて薙刀を消し、再び白い狐の面を装ったと同時。こころの薄紅色だったスカートはその怒りを帯び、電王のオーラアーマーと同じ鮮烈なる赤に染まった。

 全身から溢れる青白い霊力のオーラを毛を逆立てた狐の威嚇に見立て、大地に片手をつく。

 

「よくも里を襲ったな……! 吼怒(こうど)妖狐面(ようこめん)!!」

 

 霊力は牙を剥く狐を模してこころを包む。発声と同時に大地を蹴り、こころは巨大な狐の幻影を纏いながらバットイマジンに向かって上空から襲い掛かる。放物線を描く形で霊力の牙を振り下ろし、狐の霊力は怪物に喰らいついた。

 こころが放つ【 吼怒の妖狐面 】は彼女が宿す怒りの感情を狐の霊力として具現させたもの。突進に際して噛みつく幻影の痛みをもって、その大顎はバットイマジンの身を削りゆく。

 

「ぐぁっ……!」

 

 バットイマジンは再び破れた黒き翼の傷から白い砂を零しつつ、苦悶の声を上げる。その一撃で距離が離れてしまったが、こころは相変わらずその表情を変える気配はない。

 

「誰も守れなかったらどうしよう……憂嘆(ゆうたん)長壁面(おさかべめん)……!!」

 

 怒りに満ちた狐のオーラが消えると同時──こころは声を震わせて里の安否を憂いた。どんよりとした憂いを帯びた増女(ぞうおんな)の面を装いつつ、変わらず無表情のまま額の面と同じ憂いの面を周囲にいくつも浮かび上がらせ、赤かったスカートを今度は青く染める。

 青白いオーラは涙の如く濡れてゆっくりと正面に向けられたこころの右腕を伝い、ただ不安に苛まれる寂しさと心細さを体現するように、こころの周囲を漂いては怪物をじっと見つめた。

 

「くだらん……! そのふざけた仮面ごと叩き潰してやるまでだ……!」

 

 バットイマジンは先の一撃で受けた傷などすぐに再生し、意にも介さず長剣を構え直す。衝撃をもって距離こそ取られてしまったものの、ダメージはほとんどない。怪物は里の大地を強く蹴り、コウモリの飛翔によってこころのもとへと急接近する。

 

 ──こころの周囲に浮かび上がった増女の面はその動きを見逃さない。バットイマジンがこころに近づいた瞬間、その一定距離への接近を引き金として自らを弾幕と放ったのだ。

 四つの面が一斉にこころ本体へ向かう外敵を迎え撃つ。こころの【 憂嘆の長壁面 】は一度発動されれば、こころ自身の意思に関係なく一定距離以内に存在する敵を狙うこころの独立武装(オプション)じみた振る舞いをする。

 それはある程度の距離にこころに仇名す者が存在していれば敵の動きさえ関係なく。こころが動きを見せていないにも関わらず不意に放たれた能面を受け、思わず足を止めてしまったバットイマジンは受けた能面の力で微かに身を硬直させる。それ自体には大した威力はなかったが──

 

「この手で里を守れるなんて、最高だー! もってけ! 歓喜(かんき)獅子面(ししめん)!!」

 

 怪物が動きを止めている隙にこころは獅子舞を思わせる白く豊かな(たてがみ)を湛えた赤い獅子の面、その大きく開いた口から顔を出す。喜びに満ちたその声色と共に、やはり憂いに青く染まっていたロングスカートは爽やかな黄緑色に染まっていた。

 獅子の面はがこんと下顎を降ろし、歯の隙間から見せていたこころの顔を晒す。軽やかに大地を蹴り上げ、こころが微かに後ろへ跳ねた瞬間。歓喜を表す獅子の面は、その大口から極大の熱線を溢れんばかりに吐き出した。

 

 業々と燃え上がる炎は春の暖かな空気を灼熱に吹き飛ばし、増女の面が放つ光弾に苛まれていたバットイマジンを激しく焼き焦がす。放たれた【 歓喜の獅子面 】の一撃を受け、長剣を取り落としてしまった怪物を前に、こころはスカートを桃色に戻しては再び狐の面を被り直した。

 

「(すごい……)」

 

「なんだよ、結構やれんじゃねえか!」

 

 流れるような一連の攻撃はさながら舞台の上の神楽を見ているかのよう。良太郎とモモタロスはそれぞれ同じ肉体、同じ電仮面の向こう側に見える桜色の髪の舞いを──ではなく、少女の強さを賞賛した。

 この手に握るデンガッシャーの無機質な重みが示す通り、これは舞踊ではない。紛れもなく命を奪い合う正真正銘の戦いであるのだ。そうあるべきにも関わらず、秦こころと名乗った少女の戦い方は、そのまま舞台の上でも通用するほどに美しく、どこか面白おかしく人を魅せる。

 

「でもあのふわふわしたお面、やっぱり気持ち悪ィぜ……」

 

「(そう? あの電王みたいで賑やかだし……かっこいいと思うけどな)」

 

 それぞれが意思を持つかのように動き回るいくつもの能面は不気味ではあるが、それを見る彼らにとってはかつて変じた自分たちの姿を連想させるものでもあった。現在と未来が繋がる証である最高潮の姿は、良太郎にとっては理想の形態。

 しかしモモタロスと──彼と同じく良太郎の身に憑依したイマジンたち、引いては良太郎以外のすべての者にとって、その姿はこころの能面と同様に受け入れがたいものだった。

 

 良太郎もモモタロスも等しく思い浮かべるはクライマックスの極致たる最強の電王。重なる記憶と想いが連結した、いつか辿る未来への希望と言える──不格好な混沌。

 相変わらずセンスねえな、と呟くモモタロス。確かにその姿は良太郎以外の誰からも不評ではあったが、その強さは確かなものだ。かっこよく戦うことを信条とするモモタロスにとっても、見た目以外は受け入れられている。

 モモタロス以外にも良太郎に憑依している残り三人のイマジンたち。彼らともう一つ、彼らとの絆を象徴するものがなければ、あの姿に至ることはできない。すべての心が一つにならなければ実現しない奇跡の力。今は離れてしまっている彼らは、いったいどこで何をしているのか──

 

「お前ら、勝手に盛り上がるなよ! ちったぁ俺にも楽しませろ!」

 

 今はいない彼らの記憶を大切な過去へとしまって、電王の黒い指先がこころと怪物を指す。歓喜の獅子面を受けて弾き飛ばされてしまったコウモリ傘じみた長剣は里の大地に放り出され、バットイマジンのイメージを失ってさらさらと白い砂へ還っていく。

 武器を手放したバットイマジンはこころの薙刀を翼ある両腕で防ぐことしかできない。そこへ電王としての脚力で駆け抜けたモモタロスは勢いよくデンガッシャーを振り下ろし、こころの薙刀と合わせるように怪物の翼を斬りつけた。

 二つの刃がそれぞれ濃紺の皮膜から白い砂を溢れさせる様を見届ける。モモタロスが感じていた微かな不調──良太郎の肉体との遅延ももはやない。己の身体から零れた砂は気のせいだったと切り捨てながら、モモタロスは電王の右脚をもってバットイマジンを遠く蹴り飛ばした。

 

「ぐっ……貴様ら……!」

 

 砂を零し続けるバットイマジンは苦悶の声を漏らす。再びその手に長剣を形作ろうと試みるも、イメージの足りぬ身体では現れた白い砂はただ砂のまま流れ落ちるだけ。

 

「行くぜ……! 俺の必殺技、パート2!」

 

『フルチャージ』

 

 モモタロスはデンガッシャーを左手に持ち替え、右手で取り出したライダーパスを指先に持ち、デンオウベルトへと近づける。中央に宿るターミナルバックルにかざされた瞬間、赤く迸る電流と共に無機質な電子音声が鳴り響いた。

 ターミナルバックルに灯る赤い光は刻まれた分岐器の意匠を境として忙しなく明滅を繰り返す。良太郎とモモタロスのオーラは増幅され、高まるフリーエネルギーが電王の身を伝って右手のデンガッシャーへと満ちていく。刀身のオーラソードは、漲る力を溢れさせてさらに紅く鮮烈な輝きを放ち始めた。

 

 ライダーパスを無造作に放り捨て、左手のデンガッシャーに右手を添えて両手で握る。垂直に立てられたデンガッシャー ソードモードの刀身には赤い電流が走り、モモタロスの意思を警笛として、オーラソードそのものが物理的に切り離されて空へ舞う。

 廻り飛び進みながら青空を裂く赤き剣先。モモタロスはそれを見上げることもなく、ただ右手に構え直した刃のないデンガッシャーの柄を掲げて。視線の先にて砂を零すバットイマジンをしかと見据えながら、その場の虚空に対してデンガッシャーを大きく袈裟懸けに振り下ろした。

 

「せりゃっ! はぁっ!」

 

 気合を込めた掛け声と共にまずは一閃。刃のないデンガッシャーの振りに合わせ、天空を舞っていたオーラソードが里の家屋を切り裂きながらバットイマジンへ向かう。持ち手の動きをトレースし、柄なき刃は袈裟斬りの弧を描いて飛来したのだ。

 その一撃はバットイマジンの肩を引き裂き、またしても白い砂を散らした。重ねて返す刃を振り上げ、今度は左から右へと横一閃の薙ぎを見舞う。オーラソードは再びその動きに合わせ、バットイマジンの肉体を横一文字に斬りつけた。

 誤魔化しようのないダメージに白い砂を噴き上げながら、バットイマジンは苦しむ。かつて見たものと同じ。どれだけの距離を離そうとも決して逃れることの叶わぬ赤き刃。ソードモードのデンガッシャーが誇る──オーラソードの切り離しによる極めて長大な射程(リーチ)を持つ斬撃。

 

 イマジンたちの目的は時間の改変。過去を書き換えて別の未来へ至るために。彼ら侵略者から見れば、時の運行を守る電王の存在は路線を阻む障害物であっただろう。

 過去を壊すことなど、誰にも許されない。誰もが大切な自分自身の存在を奪われぬよう、電王は如何なる時間においても必要とされる。その時間に存在する──その時間を証明することができる特異点を選んで。

 零れ落ちる砂のように──誰も時間(とき)を止めることはできない。その定めを侵す者、イマジンたちの罪を。今と未来が一つになる瞬間、良太郎とモモタロスは絶えず阻み続ける。

 

 未来を紡ぐのは現在(いま)を生きる者の想いなのだ。それぞれの時間に在る、この世界の行方を。

 

「どりゃああっ!!」

 

 最後に天高く振り上げたデンガッシャーを真っ直ぐ振り下ろし、やはりその振りに呼応して彼方のオーラソードが眼前の空を裂く。赤く迸るその一撃は、バットイマジンの全身を縦一文字に両断してみせた。

 刃と柄──オーラソードとデンガッシャーの繋がりはどれだけ離れようと揺るぎなく。過去と未来がどれだけ切り離されようとやがてあるべき時間に繋がるように、二つの心は等しく重なり合う。電王が放つ【 エクストリームスラッシュ 】は、モモタロスが誇る『俺の必殺技』なる呼び名のまま、イマジンに最期の時を宣告した。

 頭上から大地まで鋭く振り下ろされた刃が土を砕く。巻き上がる砂煙はその衝撃によって里の土が零したものだけではなく、バットイマジンを構成する記憶(イメージ)という白い砂の残滓を含めて。

 

「ぐぁぁぁああああーーーっ!!」

 

 全身から零れ落ちる白い砂を抑え切れず、バットイマジンは天を仰いだ。光と砂を溢れさせ、誰かの記憶に頼ることでしか存在できない仮初めの肉体はフリーエネルギーの奔流によって激しく炎を噴き上げさせ、怪物にとっての記憶と同じ爆散を遂げる。

 焼けつく大地に突き刺さっていたオーラソードはデンガッシャーのフリーエネルギーを伝うようにモモタロスの手元へと戻り、デンガッシャーの柄へと鈍い音を立てて再連結。刀身に宿る熱を払うと──モモタロスはデンガッシャーの峰を右肩に乗せて、舞い散った白い砂を見た。

 

「へへっ、決まったぜ!」

 

 電仮面の下で得意気な笑みを零し、モモタロスは電王としての左腕で腰に帯びたデンオウベルトを掴む。自動改札じみた腰元のスイッチを押しながら取り外すことで、ベルトは電王のオーラスキンからフリーエネルギーを回収していった。

 電王の鎧はその黒い皮膚と共に再び野上良太郎のオーラへと還元される。ただし、彼自身のオーラによって生じていたものはあくまで基礎となるオーラスキンと白く頼りない装甲部分のみ。強靭な真紅を示していた電仮面や胸部装甲(ビブレストプレート)は、モモタロスのオーラによるものだ。

 

 モモタロスの存在そのものを純粋なオーラというエネルギーとして現した精神体。それは先ほどまでの黄色い光球の姿ではなく、桃と鬼を混ぜ合わせた怪物の姿。だが、実体を持たないその形はどこか曖昧で不安定な半透明の霊体じみたものでしかない。

 その精神が良太郎の肉体から離れたと同時、エネルギーを失って色褪せた電王の鎧は砕け散ったレール状の霊力となって消えていく。鎧を構成していた二つのエネルギーをそれぞれ良太郎とモモタロスのもとへ還しながら。

 良太郎のオーラを変換して具現化されていたデンオウベルトも、同じくその武装たるデンガッシャーも消失する。電王としての変身を解いた良太郎の元に残るのは、モモタロスが必殺技の行使に際して乱雑に投げ捨てたばかりのもの。

 電王というシステムの根幹を司るライダーパスを拾い上げ、良太郎はそこに視線を落とした。

 

◆     ◆     ◆

 

 バットイマジンの撃破を遂げ、平和な静けさを取り戻すことができた人間の里。電王と呼ばれた仮面の戦士が放った剣の一撃によって爆散した怪物の残滓を前に。秦こころは小さく屈み、すでに霊力の薙刀を消失させて空いた右手をもって記憶の粒たる白い砂に触れる。

 

「この砂……あの桃鬼と同じ……?」

 

 白く細い指先を濡らす白い砂。荒さを感じさせない絹のような柔らかさの砂だが、どこか寂しげで空虚な印象を覚える。それは先ほど自身の薙刀でうっかり打ち崩してしまった砂の怪物──モモタロスと名乗った桃鬼の身体と同じもののようだ。

 風がないにも関わらず、砂はやがてこころの指先から消えてなくなる。目の前に積もっていた残滓も含め、それらは蒸発するように跡形もなく消え去っていた。

 

 良太郎はジーンズのポケットにライダーパスをしまい、憑依を解いて未契約体の姿で腕を組むモモタロスの上半身を見下ろす。頭上に下半身のある全体の体高こそ等身大ではあるものの、地面から腰より上の上半身を生やす未契約体の姿ゆえ必然的に目線は低くならざるを得ない。

 

「会いたかったぜ、良太郎!」

 

「モモタロス、いったい何が起きてるの? それに、その身体……」

 

 さらさらと流れる砂は絶えずモモタロスの姿を象りながら彼の騒がしさを表現する。良太郎が気になったのはその姿だ。最初に出会った一年前、共に戦い抜いた時間において見慣れた砂の身体、未契約体の姿。だが、それは今あるべき姿ではないはず。

 彼は過去を持たないイマジンでありながら良太郎たちとの一年間の戦いを経て、その時間に自らの過去を得ることができた。良太郎と過ごした時間、その繋がりがかけがえのない過去の証明として、良太郎との『契約』を超えた揺るぎない完全体の姿を手に入れている。

 それなのに、こうして良太郎と向き合うモモタロスの姿は実体を持たぬ砂の身体のまま。契約者がイマジンを忘れたり、契約者自身が死亡することで憑いているイマジンが消滅することはあれど、繋がりを持っている状態の完全体のイマジンが未契約体に戻る例は見たことがない。

 

「それが俺にも分かんねえんだよ。気がついたらなんか変な場所にいやがるし、カメもクマも小僧もどっか行っちまうし……」

 

 苛立つように砂の身体で腕を組むモモタロス。彼にとって己の身体とは、記憶(イメージ)とは。ただ自分の存在を証明する過去というだけではない。

 良太郎と共に戦った時間そのもの。良太郎と共に過ごした思い出そのもの。それを失ってしまえば、砂の味しかせぬ歯を食い縛るような想いがモモタロスを貫くのも無理はなかった。

 

「モモタロス……」

 

 良太郎は居心地の悪そうなモモタロスを見て小さくその名を呟く。

 イマジンの肉体は契約者のイメージに依るもの。しかし、良太郎はモモタロスの姿を忘れてなどいないし、モモタロスに関する記憶も零れ落ちることなく残っている。かつて一度、記憶を失ってしまったときのようにモモタロスに関する記憶が消えて繋がりが薄くなってしまったということもあまり考えられなかった。

 

 誰かの記憶に依存しなければ存在することすらできない他のイマジンたちとは違う。良太郎と同じ時間を過ごしたモモタロスたちは、未来に生じた可能性ではなく。現在にも等しく存在する──確かな自分自身を持っているはずであるのに。

 モモタロスが実体を失っている理由は分からない。あるいは、これまで幾度となく世話になってきたデンライナーの所有者──『オーナー』と呼ばれた人物ならば何か知っているだろうか。

 

「…………」

 

 今の良太郎にはライダーパスがある。望めば彼の意思でデンライナーを呼び寄せることができるし、チケットさえあれば時を超えることも可能だ。だが、良太郎はその権限にどこか拭い切れない不安感を覚えていた。

 妖怪の樹海から人間の里へ、時の列車たるデンライナーに乗車して赴いたとき。そこには、自分以外のありとあらゆる乗客が()()()()()()()()()()()のだ。

 

 一般乗客は一人たりとも存在せず、明るく愛想の良い客室乗務員の女性も、ある事情によって己の未来を失ったものの良太郎と同じ特異点として消滅を免れた女性──今は幼い少女の姿となっている彼女も。

 そして、頼ろうとしていたデンライナーのオーナーさえも不在。モモタロスの言った通り、デンライナーには共に戦ってきた仲間、イマジンたちの姿も見つけられなかった。

 

 いくら正規のライダーパスを持っているとはいえオーナーの不在時に勝手に乗車したことは不味かっただろうか、と小さな不安が募る。

 オーナーはチケットを持たない者の乗車や不正な時間移動に対しては極めて厳しい対処を取るが、ただ無慈悲なだけの人物というわけではない。時の運行に影響を及ぼさない程度であれば融通の利く一面も見せてくれる。

 彼がデンライナーにいないこと自体は珍しくはなかったが、デンライナーに誰一人いない状況というのが良太郎にとっての嫌な予感を芽生えさせていた。あの賑やかさそのものを走らせている列車の中核、食堂車さえ冷たく無機質な静寂の中。

 モモタロスが実体を失ってしまったことと何か関係があるのだろうか。そして、幻想郷と呼ばれる未知の場所に迷い込んでしまったこと、倒したはずのイマジンが出現していること──

 

「それにしても、また良太郎と一緒に戦えるなんてよ。久しぶりに派手に暴れられるってもんだぜ! 最後に戦った奴は確か……辛気臭ぇ幽霊野郎だったもんなぁ」

 

 沈んだ空気を拭うため、あえて話題を切り替えるようにモモタロスが良太郎を見上げて言った。明るい声で元の元気を灯してみせるため、モモタロスは己自身の姿に関してではなく、これまでの良太郎との記憶を振り返り──再び彼と共に戦う郷愁じみた感情に身を委ねる。

 

「え?」

 

「ん?」

 

 良太郎はモモタロスと視線を合わせた。モモタロスが語った『辛気臭い幽霊野郎』などといった存在に心当たりはない。

 良太郎が最後に戦った相手は自分たちの未来を懸けて最後の戦いを挑んできたイマジンたちの首魁──彼が生み出した死神のイマジンだったはず。それ以外にも多くのイマジンがいたが、モモタロスたちとの今生の別れになりかけたあの戦いは深く記憶に残っている。

 それに、聞き間違いでなければ、モモタロスは『久しぶりに暴れられる』と言ったような。

 

「……久しぶりって、ついこのあいだ見送ったばかりだよね?」

 

「はぁ? お前、いったいいつの話をしてんだ……?」

 

 最後の戦いを終えて自分たちの時間を守り抜き、本来繋がる未来への路線を取り戻すことができたあの日から数日。良太郎にとって、その戦いはつい最近起きたばかりの出来事だ。

 

「いつって……たった数日前だよ。2008年の1月12日。……モモタロス?」

 

 ──忘れるはずがない。共に戦った過去と記憶がモモタロスたちの存在を証明してくれた日。チケットなどなくとも、その記憶は良太郎の心に刻まれている。だが、その言葉を聞いたモモタロスは砂で出来た肉体を微かに震わせながら、訝しげに良太郎の顔へまじまじと視線を注いだ。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 モモタロスは良太郎の真剣な表情を見て、それが冗談などではないと確信した様子。であるならば、考えられる可能性は一つ。モモタロスは良太郎にそれを伝えるべく、砂の詰まった精神で自分の記憶を遡る。

 彼にとって2008年の1月12日とは確かに良太郎と別れ、デンライナーに乗って良太郎にとっての現在を去った日。そこまでは良太郎の認識と共通している。しかし、モモタロスにとってそれは数日前ではなく、すでに一年以上も過去の記憶だった。

 

 さらりと砂が滴る口を開いて、モモタロスは自分が知っている『現在』を説明する。モモタロスは良太郎と別れてデンライナーに乗ったが、実体を持って良太郎とのライダーパスの共有が無効となったことで乗車権を失ってしまった。

 オーナーの計らいで人数分のライダーパスを手にし、乗車権を取り戻すことができたのち、再び現れたイマジン、消滅した未来におけるイマジンではなく別の時間に残留していた言わば『はぐれイマジン』とでも称される存在との戦いで、良太郎と再会することとなった。

 そのイマジンたちを率いていたのが辛気臭い幽霊野郎と呼べる男だったのだが、モモタロスはその戦いすら過去──2008年10月4日の出来事として覚えている。

 

 モモタロスの話を聞いて良太郎もようやく認識の齟齬を飲み込めた。二人の記憶が間違っているのではない。この違和感の正体は、二人が存在している時間──それぞれが生きる『今』の時間が一致していないためだと。

 良太郎が生きている今の時間は2008年の1月である。モモタロスが生きている今の時間は2008年の10月を懐かしめるほどの未来である。元よりイマジンたちは未来に生きる存在であるが、己が過去を得たことでそれは本来ある未来とは違う時間のはず。

 答えは一つしかない。良太郎とモモタロスはそれぞれ別の時間からここに来ているのだ。

 

「ねぇ、君。こころちゃん……っていったよね。今が西暦何年かって……分かる?」

 

 自分とモモタロスが認識しているそれぞれの時間のどちらが正しいのか。今が何年(いつ)かを確認するために──良太郎はモモタロスと共にこころへ振り返り、落ち着いて問いかける。

 

「たしか今は第135季だから……外の世界は西暦2020年だったかな」

 

 こころは外来人らしき青年に一瞬戸惑ったが、お寺でよく見かける二ッ岩マミゾウから幻想郷と外の世界の暦について聞いたことがあった。

 自身も困惑しているが、向き合う青年と怪物の心もまた困惑していることが伝わってくる。

 

「2020年……?」

 

 得られた答えに良太郎は目を丸くした。予想していた時間、自分が記憶する時間ともモモタロスが語る時間とも当てはまらない、12年もの大きな差異。

 これまでもデンライナーの事故や暴走などで予期せぬ時間に落とされることはあったが、自分が知る時間よりも未来に来たのは初めてだった。それにしては周囲の景観は未来というよりは過去を思わせる──どこか明治時代のそれじみた古めかしい街並みをしているような。

 

 幻想郷と言っただろうか。樹海で出会った少女曰く、ここは外から来た人間にとっての常識を超えた妖怪たちの楽園であるのだという。

 モモタロスとの繋がりを頼りに、デンライナーの自動走行機能をもって(ここ)へ来る際、窓から見えた景色に良太郎の知る現代日本の風景は存在しなかった。それどころか、春夏秋冬が繚乱する光景は、それが現実であることすら否定させるような幻想に満ちていた。

 

 ここは良太郎の知っている時間とは違う。そして、良太郎が生きるべき『電王の世界』と呼べる場所とも違う──別の空間。

 今までも多くの出来事に巻き込まれてきた良太郎の直感が告げる。ただイマジンが暗躍しているだけではない。もっと別の何かが起きていると。どうやらモモタロスもそれを感じたようだ。

 

「こっちにも訊きたいことがある。お前たちは……何者だ? その砂の怪物は……?」

 

 先ほどまでの荒々しい振る舞いとは打って変わって落ち着いた雰囲気を見せる外来人の青年。まるでお面を切り替えたように冷静になった彼に対し、こころは静かに問うた。

 

「……ごめん。僕のままで君と話すのは初めてだったよね」

 

 良太郎は優しげにこころに笑いかける。他者の感情が読み取れるこころが見る限り、自身もまた混乱と困惑の中にいるはずなのに。相手を警戒させたり、怖がらせたりしないように柔らかい口調をもって少女に接する。

 こころの表情は変わらない。絶えず装う無表情に、神妙なる意を示す狐の面を掲げ。胸に不安を感じながら、こころは白い砂で出来たモモタロスの上半身を見下ろす。

 

 自身も先ほどこの怪物に憑依されたばかり。荒々しく粗暴な在り方を体現し、彼の精神のままに操られていた。となれば──こころは再び良太郎に視線を戻す。

 彼もまた自身と同じように、身体に宿った怪物の在り方を体現させられていたのだろう。それが彼の近くに砂の姿で存在しているということは、こちらこそが彼の本来の性格なのだ。

 

「僕は野上良太郎。モモタロスは僕の仲間……頼れるパートナーってとこかな」

 

 友との再会を喜ぶ感情と、友が身体を失っていることを哀しむ感情。そのどちらもが、良太郎の心から伝わる。本当は他にも仲間がいるんだけど、と付け加えた良太郎の言葉通り、寂しさと表現できる感情も微かに芽生えているようだ。

 良太郎の呟きは様々な感情──その波動に濡れている。あらゆる感情を受容して御し切る才覚。こころは良太郎の揺るぎなく冴える黒い瞳に、自身と同じ『心の器』たる何かを感じていた。




電王関連のレールを敷いていくのに忙しくてこころちゃんの扱いが若干空気になってしまいがち。

次回、第50話『そういう表情( かお)してるでしょ?』
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