東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第51話 感情騎乗 × 環状軌条

 人間の里の外れにある妖怪寺、命蓮寺。イマジンたちの存在によりどこか賑やかさを湛えていたが、彼らが時の列車たるデンライナーに戻ったことで本来の落ち着きを取り戻している。

 すでに夜明けを迎え、丁寧に掃除された境内には春の朝陽が差し込んでいた。

 

 命蓮寺の廊下や畳に残っていた白い砂はなくなっている。村紗や星を始めとした多くの修行僧たちは修行の一環としても命蓮寺の掃除を行っており、この程度の砂であれば翌朝を待つまでもなく綺麗にすることができる。

 仏教徒の朝は早い。さほど遅い目覚めというわけではなかった良太郎が起きる頃には、すでに寺の全員が朝の日課を終えているようだった。

 良太郎は用意された見慣れぬ部屋、見知らぬ寺の一室にて。ありえるはずのない見慣れたものを手に取り袖を通す。それはここに持ち込んだ覚えのない自分の着替え。似た衣服を用意したわけでもないだろう。聞いた話の通りなら、この幻想郷は明治時代後期の文明であるはずだ。

 

「……やっぱり変だよ。僕がここに来ることが分かってたみたい……」

 

 小さく呟いた言葉は命蓮寺の静寂に吸い込まれる。命蓮寺の修行僧たちにそのことを訪ねてみたものの、村紗や星も含めて知っている者は誰もいなかった。

 自分がこの地に迷い込んだのは偶然ではない。懐から取り出しぎゅっと握りしめたライダーパスの微かな重みに視線を落とし、己が存在が特異点たるがゆえの未来のレールに想いを馳せる。

 自分がこの地に招かれたことも、やはり自身が特異点であるためか。再びライダーパスを手に取ることさえ、何者かによって仕組まれていたのか。

 

 部屋に用意されていた今朝の食事はすでに終えている。お寺の食事らしく質素ながら栄養の取れるものを胃に収め、良太郎は修行僧の案内に従って命蓮寺の境内へと歩み出た。

 眩しく輝く太陽が懸念に憂う良太郎の瞳を微かに細めさせる。不意に下ろした視線の先に、良太郎は命蓮寺の境内──石畳を淡く彩る桜の花びらを掃く妖怪らしき少女の姿を見つけた。

 

「ぎゃ~て~、ぎゃ~て~、はらぎゃ~て~♪」

 

 手にした竹箒に撫でられ躍る花びら。少女が口遊むは門前にて聞き覚えた仏の教え。緩やかなウェーブを湛えたショートボブの緑髪には犬のそれに似た茶色い垂れ耳を備え、その身に装う薄い茶色のワンピースには花を模した緑色の留め具があしらわれている。

 門前の妖怪小娘、山彦(やまびこ)たる 幽谷 響子(かそだに きょうこ) は命蓮寺に入門して日の浅い妖怪だったが、今では立派な修行僧として朝早くからお寺の掃除を担っているようだ。

 

 掃き掃除をしていた響子(きょうこ)の視線が命蓮寺本堂に向き、良太郎に気づく。一度その手を止め、明るい笑顔を見せると、少女は朝の日差しにも負けない力強さで元気よく声を張り上げた。

 

「命蓮寺の戒律の一つ! 挨拶は心のオアシス! おはよーございます!!」

 

 良太郎が少し怯むほどの大声で挨拶した響子は彼についての話を聞いてるのか、見慣れぬだろう服装の外来人を見ても訝しむことはない。

 山彦の本質は音の反響現象である。外の世界はおろか幻想郷でさえそれが証明されかけた彼女にとって、山彦という妖怪としては消滅してもおかしくなかった。しかし、命蓮寺に入門し、読経を覚えたことで、普段暮らしている妖怪の山でそれを練習していたとき──

 誰もいない山で読経の声がするということで妖怪の面目は保たれ、消滅を回避できたのだ。

 

「あっ、うん……おはよう」

 

「声が小さい!」

 

 控えめに挨拶を返す良太郎に対し、響子はぴしゃりと跳ね返す。山彦の性として、音に音を返す意思があるのなら同じレベルの大きさを求めてしまうのは仕方のないことか。

 

「お前がうるせえんだよ、朝っぱらから!」

 

 良太郎は黒髪に赤く滾る霊力のメッシュを帯びさせ、己の意思に関係なく逆立った髪に纏う電流のようなオーラも気にすることなく、今度は響子に怒号めいた声を返す。

 瞳に宿る赤色が語る通り、それは彼自身の言葉ではない。

 デンライナーにいたモモタロスが良太郎との繋がりを通じて戻り、彼の身に再び憑依した姿。言わば、今の彼は『M良太郎』と呼ぶべき状態。特異点であればイマジンの憑依に抗うことができるが、良太郎は持ち前のオーラの少なさもあってか、よほどの意思がなければ振り払えない。

 

「なんだ、大きな声出せるじゃん!」

 

「うおおッ!? そ、それ以上近づくんじゃねえ!!」

 

 嬉しそうに尻尾を振りながら、響子は波打つ緑髪と垂れ耳を揺らして近づく。山彦という妖怪に生物学的な共通点こそないものの──その外見はモモタロスが苦手な犬によく似ていた。

 

「あ、こころさんも! おはよーございます!」

 

「おおー。おはよーございます!」

 

 命蓮寺の境内にふわりと舞い降りるは桜の花びら。否、よく似た薄紅色の髪を柔らかく靡かせた面霊気の少女である。少女、こころは同じく桜の色めいたスカートを揺らしながら、命蓮寺の上空から並んだ石畳の上へゆっくりと着地する。

 元気よくそちらに手を振る響子に挨拶を返したこころの視線は良太郎へ。やはりこころにもイマジンの気配自体を感知することはできないが、感情の波がその差をこころに理解させた。

 

「良太郎、だっけ? 今はあの鬼のイマジンが憑いてる?」

 

 こころ自身にも確証はない曖昧な感覚。良太郎の人柄を詳しく知らないものの、怒りと呼べる感情を湛えた心は先日会話した良太郎らしからぬ荒々しい波動だ。その傍にいたイマジンの感情を思えば、今の状態の彼にはモモタロスと名乗ったイマジンが憑依していると判断できる。

 

「だから鬼じゃねえっつってんだろ! いい加減覚えやがれ! お面女!」

 

「お面女じゃなくて、こころ。そっちこそ、いい加減覚えやがれ!」

 

 良太郎の意思を無視して憤るモモタロス──M良太郎に対し、こころも負けじと赤い般若のお面を装う。

 未来に在った本来の自分、時間の断絶に伴いイマジンと成り果てる以前の過去を持たないモモタロスにとって、感情とは今ある自身の証明。良太郎と過ごした一年間と、そこから得られた小さな過去を証明する自分自身のすべてだ。

 こころの感情も言わば自分自身そのものであれど、それを表現するにはお面を被るしかない。誰かの肉体を借りなくてはならない身とはいえ、自由に己の表情を変えることができるイマジンという存在に、微かな羨望を覚えていることに──こころは気づいていなかった。

 

 互いが互いの怒りに感化されている。それを見かねた良太郎がモモタロスから身体を返してもらおうとしたとき、不意にM良太郎が怒りに満ちた表情を変えた。

 こころから視線を外して何かを探るように訝る。良太郎の肉体を通じてモモタロスが感じたのは、命蓮寺の周辺──そのどこかから感じられる特有の感覚。彼が言う『匂い』だった。

 

「(モモタロス?)」

 

「良太郎、やっぱ匂うぜ。……まだどっかにいやがる」

 

「(……うん。僕もそう思う。あのイマジン、たぶんまだ生きてるよね……)」

 

 先日感じられたイマジンの気配に続いて感じられるまた別の気配。カメ公たちじゃねえ、と付け加えたモモタロスの言葉通り、今はウラタロスたちはデンライナーにいるはず。やはりかつて戦ったときの記憶と同様、先日倒したはずのバットイマジンはまだ生きている可能性が高い。

 

「……ん?」

 

 気配を探っているうちに、M良太郎は自身の足元が不自然に動いたことに気づく。石畳の一つが不意に動き、思わずそこから足をどけた瞬間。並べられている石畳の一つ一つがゆっくりと位置を変え、土の地面があるべき場所に風の通る空洞が生じた。

 石畳の隙間の空間から伸ばされた女性の白い手。M良太郎はその光景に驚き、思わず数歩ほど後ずさる。石畳をどけて境内の下から顔を見せた一人の女性に対し、M良太郎は目を丸くした。

 

「よいしょっと」

 

「おおお?」

 

 連なる石の下から姿を現したのはやや背の高い若き女性らしき人物。長く緩やかなウェーブを帯びた茶髪は頭の周辺だけが紫雲めいた鮮やかな菫色に染まり、その境界に美しいグラデーションを纏わせた不思議な色彩を放っている。

 白い衣服を覆うように羽織る黒い法衣はどこか洋風とも取れる意匠を感じさせるが、彼女にとってそれは仏教と魔導のどちらをも兼ね備える魔法僧侶たる証とも言える。

 ふわり舞う純白のロングスカートをぱたぱたと払いながら、黒いブーツで元に戻した石畳の上に立つ女性── 聖 白蓮(ひじり びゃくれん) は、この命蓮寺の代表として知られる慈悲深き住職であった。

 

「おおおお……?」

 

 石畳と土の隙間に人が存在できる空間などないはず。そんな物理的な常識を捻じ曲げ、彼女はここに現れた。常識が通用しない幻想郷なる場所については聞いているが、良太郎の身体を借りてそれを目にしているモモタロスは理解が追いつかない様子。

 境内の掃除を一通り終えた響子は別の場所へ掃除に向かったのか姿が見えない。石畳をめくって確認してみるものの、モモタロスにはその隙間の先に何の空間も見ることはできなかった。

 

「あ、白蓮(びゃくれん)。神子のところに行ってたのね。一輪が心配してたよ」

 

「あら? 帰りは朝になるかも、って。(しょう)に伝えておいたはずだけど……」

 

 こころの言葉に白蓮は少しだけ不思議そうな顔をする。信仰する毘沙門天の弟子にしてその代理であり、かつ自身を慕う妖怪でもある寅丸星に行く場所を伝えていたはずの白蓮。それが一輪たちには伝わっていないということを知り、彼女は自らの頬に手を当てる。

 その伝達の不備にこころは心当たりがあった。星の身を支配していたイマジンの存在だ。

 

「……話せなかったのかな。クマみたいなのに憑依されてたし」

 

「くま……?」

 

 命蓮寺の直下にはもともと空間が存在していた。人間と妖怪の平等を求める白蓮が意図し、妖怪の撲滅を謳っていた豊聡耳神子の墓──『夢殿大祀廟(ゆめどのだいしびょう)』の解放を封じる目的で、あえてその真上に命蓮寺は建てられたのだ。

 だが、今は豊聡耳神子は命蓮寺の直下にはいない。妖怪の巣窟たる寺の下に道教の拠点を構えるのは不適切だと判断し、神子は己が仙術をもって幻想郷とは異なる場所に『仙界(せんかい)』と呼ばれる仙人固有の特殊な空間を切り拓いた。

 彼女の仙界はありとあらゆる隙間に繋がる。どれだけ小さな隙間であれ、術者本人が認める来客であれば即座に己の仙界に接続し、招くことができる。

 奇しくもそれは、乗車権限さえ有していれば如何なる出入口からも入場することができるデンライナーの駅──『時の砂漠』と同じように。

 

 神子は命蓮寺の直下という立地を厭って仙界に移動したはずなのだが、場所を問わない手軽さゆえ、白蓮は命蓮寺の石畳をめくったその隙間から神子の仙界──そこにある道場『神霊廟(しんれいびょう)』へと赴いていた。

 妖怪に与する僧侶と妖怪に敵対する道士。矛を交えるのは必然であったものの、幻想郷の宗教勢力を代表する二人は現在の幻想郷にとって不可欠な人物と言える。里の人間たちの希望を背負う者として、神道の代弁者たる博麗の巫女にも匹敵し得る宗教的指導者である。

 異変に際しては二人が協力することもあるだろう。かつて起きた完全憑依異変では、本来交わるはずのない仏教と道教の代表として白蓮と神子が手を組んでいたほど。此度の異変においても、聡明な指導者と認める相手の意見は参考になるため、敵地である神霊廟で話を聞いていたのだ。

 

「……良太郎」

 

「(うん。間違いない。この人……)」

 

 モモタロスと良太郎は気がつく。彼女の神秘的な法衣の裾から、自分たちがよく知る時間の一欠片──イマジンをその身に宿す者の証明たるもの。時の砂が微かに零れ落ちたことに。

 

「それで、こっちの人のことなんだけど──」

 

 こころが白蓮に対し、良太郎についてを語ろうとする。少女の桜色の瞳が白蓮から良太郎に向いた瞬間。良太郎の身から溢れた赤い霊体が、彼女の身へと叩き込まれた。

 その瞳が赤く染め上げられ、逆立つ髪には赤いメッシュが宿る。ぼんやりとした虚ろな表情には一瞬だけ怒りの表情が満ちたものの、すぐに猿の面を伴わない困惑の表情に変わっていた。

 

「お嬢さん、ちょっと話を聞かせてもらえるかな?」

 

 モモタロス──が憑依したこころ、言わば『Mこころ』と呼べる状態で目にしたのは、自身が先ほどまで憑いていた良太郎の姿。されど、それは青い瞳を持ち、知的な黒縁の眼鏡を装った冷静な表情を湛えたものだった。

 涼やかに流した前髪を撫で、優しげな口調で白蓮に問いかけるは、黒髪に青いメッシュを宿した良太郎。ウラタロスが憑依した状態の『U良太郎』と呼べる状態の野上良太郎である。

 

 Mこころは再び怒りの色を表情に湛えてU良太郎の胸倉へ掴みかかる。こころと良太郎の身長差ゆえに少し高い位置にあるそれを引っ張って顔を近づけ、憂いの表情に向け怒号を飛ばした。

 

「こら! スケベ亀! 邪魔すんじゃねえ!」

 

「センパイ、どこ入ってるわけ?」

 

「てめえが変なタイミングで入ってくるからだろうが!」

 

「ここはセンパイより、僕が適任だと思うけどな」

 

 眉間にしわを寄せて凄んでも少女の表情ではあまり迫力がない。モモタロスの精神から滲み出るオーラは赤い霊気として溢れているように見えるが、やはりこころ自身の感情ではないためか額に掲げるお面は般若とはならず、平常時の女の面のままである。

 良太郎の身体に憑依したウラタロスは少しずれた眼鏡を指先で装い直し、爽やかながらも湿度を帯びた微笑を零してMこころの手を優しく解くと、紳士的な振る舞いで白蓮に向き直る。

 

「ええっと……あなたは? こころのお友達?」

 

「そんなところです。きっと、これも運命なんでしょう。僕は貴方を見たとき……」

 

 白蓮の問いに対して艶やかな溜息混じりに彼女の手を取るU良太郎。少し驚いたように目を丸くする白蓮は思わぬ熱意に少し後ずさり、首から提げる緑色の数珠を揺らした。

 魅惑の色に濡れた言葉を飾り──ウラタロスは良太郎の声と姿のままに白蓮に語り始める。

 

「てめえはいちいちまどろっこしいんだよ! どけ!」

 

 磯臭い亀のしそうなことは荒れ狂う桃の鬼にとって慣れ親しんだ煩わしさ。湿った空気の色香を引き裂き、MこころはU良太郎を突き飛ばすと、そのままイマジンの気配を漂わせる僧侶の胸倉を強引に掴んで引っ張る。

 こころ自身の背丈も幻想郷の少女としてはそれなりの長身であるのだが、先ほどのU良太郎と同様に白蓮の身長もこころよりもやや高いがゆえ、Mこころの赤い瞳は白蓮の表情を見上げた。

 

「おい、てめえ! そんなとこに隠れてても分かってんだよ! さっさと出てきやがれ!」

 

「ちょっとセンパイ……! ダメだって! これ、身体はこの女性(ひと)のなんだから!」

 

 白蓮の黒い法衣から落ちる白い砂。彼女の深層(なか)にイマジンがいるのは明白だ。だが、先日感じた気配と同様に。モモタロスにはただ曖昧にイマジンの匂いが分かるだけ。それがどのような個体であるのかまでは判別できない。

 良太郎の顔のまま憂いの表情を見せるウラタロスに手を離され、Mこころは白蓮から距離を取る。滲む怒りと警戒を帯びたこころらしからぬ言動に、白蓮は困惑の表情を見せていた。

 

「こころ……?」

 

 不安そうに呟く白蓮の様子を見る限り、その表層にイマジンの意識はない。モモタロスでさえ、この距離でなければ気づけなくてもおかしくなかっただろう。

 センパイのせいで怯えちゃってるじゃない──と溜息をつくU良太郎の言葉に耳を貸さず、Mこころは相変わらずこころらしからぬモモタロスとしての表情で白蓮に向き直る。どれだけ深層に潜んでいようと実際に目で見た以上、その身から零す砂は誤魔化し切れない。

 白蓮の表情が変わる。Mこころは来るかと身構えるものの、その反応は意外なものだった。

 

「まぁ、いつの間にそんなに表情豊かになったの? 私の教えが良かったのかしら」

 

「お、おお……? なんか、やりづれえな……」

 

 嬉しそうに両手を合わせながら微笑む白蓮に詰め寄られ、今度はMこころのほうが後ずさる形になる。

 掴みどころのない雲のような振る舞い。モモタロスはその在り方に、星空の下に花の香りを漂わせる女性──野上良太郎の姉に似たものを感じた。もっとも、目の前の僧侶から感じられるのは花の香りではなく、仏門に相応しいような線香の煙とイマジンの匂いだけであったが──

 

 ──不意に風雅な竹の音を聞いたと同時。白蓮の紫色の瞳に、鮮やかな()()()光が灯った。

 

「……野上! あぁ、よかった!」

 

 再び白蓮の表情が変わる。今度はモモタロスにもはっきりと分かるイマジンとしての気配を表出させて。柔和な金色の瞳を緑色に染め、茶髪に紫色のグラデーションを帯びた緩やかな長髪が横髪を伸ばすと同時。前髪にはさらに長い緑色のメッシュが生じた。

 だが、その変化は一瞬のこと。すぐに白蓮の身体から溢れた白い砂がその足元で形を成し、上半身と下半身が奇妙に逆転した砂の怪物──未契約体のイマジンを象っていく。

 その砂の塊はすぐに漆黒の身体を伴い、揺るぎなき完全体の姿をもってそこに具現した。

 

「お前……オデブじゃねえか! お前も幻想郷(こっち)に来てたのか!」

 

「デネブ! デネブです!」

 

 瞳も髪も元に戻った白蓮から現れた姿を、Mこころの赤い瞳が見上げる。僧兵を思わせる体格に頭巾と鉢金を装い、下半身には漆黒の腰布を長く垂らし。胸には鮮やかな緑色の装甲を纏い帯びた怪物は、良太郎もよく知る人物と契約を交わしていたイマジンだ。

 とある人物との契約を果たし、彼はその過去の姿と一年間の戦いを超えて存在を得た。モモタロスたちと同様に過去という証明を手に入れ、完全体の肉体を得ることですべての時間において己の存在を成立させているのだ。

 良太郎の姉の婚約者であった人物のイメージによって、彼──『デネブ』には牛若丸(うしわかまる)の物語から連想された武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)の意匠がある。それは鴉天狗の象徴も伴うカラスの怪物(イマジン)たる証左。

 

「うおっ……!」

 

 モモタロスがデネブの存在に驚いた直後、彼の精神が宙を舞う。特異点の性質を持つこころが彼の隙を突き、その身に宿る無数の感情をもってイマジンの精神を追い出したためだ。

 

「また勝手に入って……どういうつもりだ!」

 

「好きで入ったんじゃねえよ! カメ公の野郎が……!」

 

 自身の足元に象られた砂の塊に向けて霊力から成る青白い薙刀を向ける。さらさらと砂を零すモモタロスは不満そうにこころへと抗議の声を上げるが、こころは無表情ながらも額に飾る般若の面を外そうとはしない。

 だが、今はそれよりも。いつの間にかウラタロスが抜けている様子の良太郎も、砂のままのモモタロスも──こころと共にその視線を完全体のイマジンへと向けた。

 

 これまでモモタロスたちと向き合えたのは彼らが無力な砂の身体でしかなかったためか。己が実体を伴う完全体のイマジンを前にして、こころは無意識に身体が強張るのを感じた。あくまで見せかけのために現した薙刀を握る手が微かに汗ばむ。

 不意に完全体のイマジンがモモタロスたちに背を向けた。対する相手は彼が憑依していた女性。白蓮に向き直り、デネブが彼女と目を合わせた瞬間。こころは思わず薙刀を強く握りしめる。

 

「勝手に入ったのは俺が悪かった。謝る!」

 

「えっ……? あ、はい……?」

 

 デネブは銀色の銃口めいた指先を己が(もも)に当て、深々と頭を下げた。自分の身体から溢れた砂が怪物を象ったことにも驚いただろうが、白蓮はその怪物が自身に頭を下げている光景に丸めた目を瞬かせる。

 彼女を攻撃するのではないかと思ったこころは面食らった様子で手にした薙刀を下ろし、足元のモモタロスと共に。不思議と見た目ほどの威圧感を持たない振る舞いに安堵した。

 

「……このイマジンも良太郎の仲間? こっちのやつと違って素直そう」

 

 相変わらず無表情ゆえ感情を読み取ることはできないが、モモタロスは自身を見下ろすこころの目線に返す言葉が見つからず。

 つまらなそうに目を背けては姿を消す。おそらくは、デンライナーへと戻ったのだろう。

 

「(良太郎。彼の姿、ちょっと気になるよね……)」

 

「(そういや、あの野郎……なんで実体化してやがんだ?)」

 

「(…………グゥ……)」

 

 良太郎の思考の中に流れ込む三色の声はデンライナーにいるイマジンたちのもの。ウラタロスの疑問に続き、モモタロスも「俺たちは砂のままだってのに──」と不満を零す。先ほどから静かなキンタロスに関しては、ただ眠っているだけだ。

 モモタロスたちもデネブも、一度は共に戦った宿主との時間をもって契約に依らない自分自身の身体を手に入れ、実体化を遂げている。

 同じ条件であるはずのモモタロスたちが己の実体を失っているにも関わらず、なぜデネブだけが実体を保っていられるのか。良太郎は頭の中の声に小さく頷き、振り返るデネブに声をかけた。

 

◆     ◆    ◆

 

 デネブは白蓮に己の名を告げ、イマジンたちや良太郎の説明を終えている。身体の自由を取り戻したこころと共にイマジンについて認識を確認し合い、彼女らはデネブから受け取った可愛らしい包装の小さな飴玉に視線を落とす。

 良太郎は完全体のデネブと向き合っていた。その姿は過去の一年間でも慣れ親しんだもの。初めて彼と出会ったときも、彼はすでに姉の婚約者と契約を交わした完全体の姿だった。

 

「はい、野上にも。デネブキャンディ、どうぞ!」

 

「ありがとう……あの、デネブ。その姿のことなんだけど……」

 

 黒い頭巾と銀の額当ての下──金色の仮面から覗く緑色の瞳には柔和な優しさを湛え。良太郎の手よりも遥かに大きい彼の手の平にはいくつもの小さな飴玉、彼のお手製たるデネブキャンディが優しく乗せられている。

 控えめな口調で切り出された良太郎の言葉を耳にして、デネブは少し目を伏せた。微かな沈黙の後、視線を良太郎に向け直して鴉の(くちばし)めいたその銀色の口から言葉を紡ぐ。

 

 彼の契約者──良太郎の姉の婚約者だった 桜井 侑斗(さくらい ゆうと) という男の若き時間の姿、青年だった頃の契約者と、かつてと同様に行動を共にしていたとき。

 天を衝くビルも、道路を走る自動車も。町行く人々までもが蒸発するように消えていった。おそらくはイマジンによる過去改変の影響だろう。過去で破壊された建物、死んだ人間は未来に存在することはできず、過去が書き換わると同時に現在から消滅する。

 過去改変が成されても、その時間より未来に改変される前の世界を覚えている者がいれば歴史は正しく元に戻る。一時的な過去改変による現在への影響は、これまでも見られたものだ。

 そして、その影響を受けたのは侑斗(ゆうと)もデネブも同じ。侑斗は特異点ではないものの、ある事情により疑似的に特異点と同様に時間への耐性を持ち、ある程度なら過去改変に抗い存在を復活させることができるはずである。

 

 だが──二人はある違和感に気づいた。イマジンが過去で建物を破壊するだけなら分かる。奇妙だと思ったのは、その破壊が()にまで及んでいたから。如何にイマジンといえど、無辺に広がる空そのもの、ひいては電王の世界そのものと呼べる空間を消し去るなど──

 二人の疑惑は一つの可能性に。この消滅現象はイマジンによるものとは違う。漠然とした焦燥と不安が彼らを苛む中、二人は世界と共に消えた。

 消えたあとに見たのは夢のように曖昧な世界の光景だった。デネブはそこで実体を失い、再び精神だけの存在となってしまい──混乱の中にいたとき、彼は姿なき侑斗の声を聞いた。

 

 ──デネブ、契約だ。俺の望みは、お前を『あっち』の世界に連れていくこと。そこで『俺』を知っている奴を探せ。そいつが俺の記憶を──俺たちの世界の『歴史』を持ってる。

 

 虚ろに聞こえてきた言葉は要領を得ない。彼も消えゆく己に焦っていたのか、余裕なくまくし立てるようにデネブに告げて。最後に「野上を頼む」とだけ言い残し、侑斗の気配は消失。デネブは夢から覚めたように不思議な場所にいた。

 霧霞(きりかす)む空の下に見えた奇妙な道場へと思わず飛び込み、そのまま白蓮の深層に宿ったのだ。

 

「でも、侑斗は絶対に生きてる! 俺が覚えてるし、消えてないのがその証拠だ!」

 

「再契約……したんだ。桜井さんとじゃなく、今を生きている侑斗と……」

 

 デネブが声を荒げて訴える通り、時間の改変によって特異点ではない侑斗が消えたのならデネブ自身とて彼を忘れてしまっているはず。そして、契約者が死亡したのであれば繋がっているイマジンも消滅を遂げるだろう。

 だが、デネブは彼を覚えている。ここに存在している時点で、イマジンとして消滅したわけではないのは明白だ。

 過去の桜井侑斗──若き日の侑斗はもはや、本来の時間、良太郎が知る姉の婚約者たる桜井侑斗と同じ未来を歩むことはできない。彼はとある力の制約によって己が存在した時間を削って戦い、代償として多くの人々に忘れ去られ──『現代の桜井侑斗』は存在を失った。

 

 すでに良太郎の姉の婚約者と、良太郎と共に戦った桜井侑斗の二人は、別人となっている。自分自身の存在を消してでも守りたかった時間を守るために。

 自身と婚約者の間に生まれた未来の特異点。自分たちの娘を世界から隠し通し、彼女が存在する未来そのものを隠すことで、今がイマジンたちの未来へと繋がることを阻止したのだった。

 

「二人とも、桜井侑斗という青年について、何か知ってたら教えてくれ!」

 

 張り詰めた心で白蓮とこころに問いかけるデネブだったが、二人はその名に心当たりはないらしい。侑斗が言っていた『俺を知ってる奴』とは、彼女たちのことではないのだろう。

 

 デネブが寂しそうに肩を落とす。その直後──白蓮とデネブは上空から強い敵意を感じた。

 

「「危ない!」」

 

 白蓮とデネブの声が重なり、僧侶は己が『魔法を使う程度の能力』により強化された身体能力をもって、振り下ろされる『傘』の一撃を受け止める。その衝撃は大きく、力強く踏みしめた白蓮の足元で命蓮寺の石畳が叩き割れるほど。

 大柄な体格のデネブは咄嗟に動き、両腕を広げて自らを盾とするようにこころや良太郎を守り抜く。畳まれた状態の唐傘による攻撃は白蓮が止め、砕けた石の破片からはデネブが守った。

 

「あなたは墓地の……いったい何の真似? 入門希望なら門を叩いてほしいわね」

 

 だらりと不気味な舌を伸ばした紫色の唐傘は閉じた状態のまま、自身を受け止める白蓮を見つめる。それを握る付喪神──多々良小傘の表情は白蓮か、あるいは命蓮寺そのものに対する破壊衝動を宿すのか、普段なら赤と青の虹彩を持つ瞳はどちらも濃紺に染まっていた。

 

「(いや、この感じ……私やこころと同じ……?)」

 

 小傘を無力化するべく、白蓮は唐傘を受け止めたまま右脚を薙いで少女の脚を狙う。だが、普段なら取るに足らない妖怪なれど、今の彼女はそれを見切った。

 不意に妖力を注がれた小傘の唐傘は白蓮の目の前でその身を開く。ばさっ、と派手な音を立て、地味めな紫色の傘が勢いよく展開すると同時。白蓮は広がった傘に視界を奪われ、小傘の後退を許してしまった。からんからんと下駄の音を鳴らし、少女は白蓮から軽やかに距離を取る。

 

「このくらいで十分だろう……だが……」

 

 小傘は鋭く細めた暗い瞳でこころと良太郎をそれぞれ一瞥しつつ、水色の衣服から白い砂を零しながら苦々しい表情で舌打ちする。

 広げた傘を再び畳むと、それを手元から消失させて──上げた左手でパチンと指を鳴らした。

 

「……! こ、これは……!」

 

 白蓮が驚いたのは小傘の背後に生じた灰色のオーロラらしきもの。幻想郷で起きている此度の異変で何度か目にしたことがあるが、正体は分からない。命蓮寺の境内がオーロラから流れる空気に満たされるのを感じた直後、白蓮はすぐにその先の異形を見る。

 一つ、二つ、さらに続けて三つ。波紋を広げたオーロラはそこから鮮やかな群青の体躯に作業着めいた赤いコートを纏う人型の怪物を産み落としていった。それらは両肩に銀色の管に似た鉤爪を装い、ガスマスクに似た銀色の頭の頂点と口元には鋭い掘削機の意匠を持っている。

 

「あれ? こいつ、たしか電王だよ……!」

 

「丁度いいや、あのときの借りを返してやろうよ」

 

「ひゃはははっ! やるよ! やっちゃうよ!」

 

 オーロラの向こうから現れたのはモグラのイメージから象られた空想の魔人。それぞれ左腕を斧たる『アックスハンド』、掘削機たる『ドリルハンド』、鉤爪たる『クローハンド』として振りかざしながら、モグラを思わせる怪物たち──『モールイマジン』たちは高らかに声を上げた。

 

「聖? 今の音はいったい……!?」

 

「怪物……!? こいつらもイマジンってやつ?」

 

 命蓮寺の本堂から焦燥の色を見せ現れるは、先の轟音を聞きつけた修行僧たち。寅丸星と村紗水蜜はそれぞれ別の戸を開き、命蓮寺境内に存在する三体ものイマジンを見る。

 

「(……どうやら、こっちじゃなかったみたいだね)」

 

「(ちっ……! 紛らわしいんだよ……!)」

 

 良太郎の思考の中に響く、ウラタロスとモモタロスの声。先ほど感じられた気配はデネブのもので間違いなかったのだろうが──それはあのイマジンとは関係なかった。むしろ、近くにいたデネブの気配に紛れてあの契約者に気づけなかったのだ。

 間違いない。良太郎の中で彼女を見るモモタロスは衣服から白い砂を零す多々良小傘こそをコウモリのイマジンの契約者と断定する。あの動きは、かつて戦った相手のものとよく似ている。

 

「電王……この場で貴様を潰す!」

 

 濃紺の瞳で良太郎を睨み、小傘はそう呟くと、その身から溢れた砂が彼女の足元で怪物を象る。砂はやはり濃紺の肉体を持つ完全体のイマジン──コウモリのイメージから生まれたバットイマジンを形成し、力が抜けた小傘は小さな悲鳴を零してその場に腰を抜かして座り込んだ。

 

「あのイマジン……たしか昨日倒したはずの……」

 

「やっぱり、まだ生きてたんだ……あのときと同じ……」

 

 こころは先日の記憶を、良太郎は先日に加えて一年前の記憶を想起する。

 イマジンとは契約者のイメージから生まれる想像の怪物。たとえ肉体が破壊されても、自身を形作る精神が欠片でも残っていれば、再び契約者の記憶(イメージ)に触れて肉体を再生できる。あのとき散った砂の一部が逃げていたのだ。

 濃紺の翼を広げるバットイマジンを前にして、良太郎は心の中に熱い闘志を灯らせる。もはや一年前のように逃げ惑うだけではない。強く己を戦士と構え、ポケットの中で眠るライダーパスによる波動をもって、左手に現したデンオウベルトを腰へ巻きつける。

 

「デネブ! 君はそっちのイマジンをお願い!」

 

「わかった! 野上も、無理はするな!」

 

 白蓮たちと共に三体のモールイマジンと向き合うデネブに告げる良太郎。両手で数え切れないほどのイマジンの軍勢を単独で退けた彼ならば、この程度の数の敵に遅れは取るまい。

 

「変身っ!」

 

 覚悟を込めた一声を呟き、良太郎は右手のライダーパスをデンオウベルトにかざす。白い光のレールが舞い散り、再び還っては良太郎の鎧たるスーツを形作る。彼自身のオーラによって形成されたフリーエネルギーの強化スーツは、黒と鈍色だけを湛えた無機質なもの。

 装甲と言える装甲はほとんど何も帯びておらず、頼りない弱々しさを抱く外見なれど、それはすべての仲間たちを繋ぎ留める駅。変身の際の電子音声もなく、力もあまりに弱い不完全な形態ではあるが、この『プラットフォーム』は良太郎にとって初めて電王となり、敵に立ち向かった思い出のある覚悟の証だった。

 

 向き合うバットイマジンをしかと見据えながら、良太郎はデンオウベルトに設けられた四つのフォームスイッチ、その一番上にある赤いものを押そうと、左手の指でベルトに触れる。

 

「(良太郎、せっかくだから僕にやらせてよ)」

 

「えっ……? ウラタロス?」

 

「(あっ、こら! カメ! 抜け駆けしてんじゃねえ!)」

 

 不意に思考を濡らす海色の声と共に、良太郎の身体が自然に動く。赤いスイッチを押そうとしていた指先はその下の青いスイッチへと伸ばされ、艶やかな手つきでそれに触れたと同時。ターミナルバックルは青く染まり、水泡を思わせる軽やかな旋律が波のように流れ響いた。

 

「変身!」

 

『ロッドフォーム』

 

 右手に持ったライダーパスがターミナルバックルの前を通過した瞬間に響く電子音声。

 青く波打つ光と共に、電王の周囲にレールめいたオーラが浮かぶ。それらはいくつもの白い装甲を運び、廻り翻ってはオーラスキンを帯びた電王に連結。

 一つ一つがそれぞれ刃を入れた魚の如く開き、内なる蒼穹の色を見せながら電王の肩や胸に亀甲紋様を刻んだ堅牢な鎧を纏わせていく。ソードフォームにおいては正面に見せていた真紅を背中へ追いやり、良太郎は青き潮騒を思わせる亀の甲羅めいた装甲に包まれた。

 

 最後に時間というレールの海を舞い泳ぐウミガメの意匠が頭部のレールを伝い、やがてあるべき位置までその身を収めると、ウミガメはヒレを角とし、甲羅に施されたオレンジ色の複眼を晒す。青き電仮面を装い──良太郎は『ロッドフォーム』となった電王の姿で怪物と向き合った。

 

「言葉の(ウラ)には針千本。千の偽り、万の嘘。それでもいいなら……」

 

 ウラタロスは電王となった良太郎の身体を借りて言葉を濡らす。右腕の肘を曲げて黒く細い指先を遊ばせると、表情など伺えないながら流れるような視線を六角形の複眼に込めて。

 

「お前、僕に釣られてみる?」

 

 右手の指先に力を込めぬまま──猫の顎でも撫でるかのような仕草で怪物を指す。それを挑発と受け取ったのか、バットイマジンは歯を食い縛って白銀の剣を形成した。そのまま右手の剣を掲げると、またしても灰色のオーロラが浮かび上がる。

 オーロラの先から現れたのは先ほどと同じモグラの怪物。やはり最初に現れた者たちと同様、青い身体に赤いコート、左腕にそれぞれドリルハンドとクローハンドを装うモールイマジン。

 

「(気をつけて、ウラタロス。このオーロラ、完全体のイマジンを何体も……)」

 

「どういう仕組みか分からないけど……厄介なものに変わりはなさそうだね」

 

 ちらりと見やった複眼の端には三体のモールイマジンと向き合うデネブ、そして白蓮たち。星と村紗に加え、遅れて駆け付けた一輪と雲山が怪物に構える。

 ウラタロスと共に在る良太郎──U良太郎は再び目の前のバットイマジンへと向き直り、そこに控える新たな二体のモールイマジンたちを見た。手元を見もせず、U良太郎はデンオウベルトの左腰に備わったデンガッシャーのパーツを二つ取り外す。

 

 それらを繋げ、迫るモールイマジンの爪を右脚で蹴り上げながら──続けて右腰から取り外したパーツをそこに接続。舞うように翻り、もう一体のモールイマジンを蹴りつけると、右腰に残る最後のパーツを先端に連結させ。

 完成したのは四つのパーツをすべて一直線に繋ぎ合わせた長大な『棍』だ。ウラタロスが得意とする棒術に合わせ『ロッドモード』となったデンガッシャーを矛の如く鋭く構えることで、それはウラタロスのオーラによって電王の身長に比肩するほどの長さを帯びる武器となった。

 

「おお、青くなった。だったら私も……」

 

 こころの表情は変わらず。だが、電王の姿を見た彼女の心境は、別の仮面を装うことで己の色を切り替える在り方に面霊気に通ずるものを感じさせる。手元に現した面は、その霊力をこころとリンクさせ、彼女のロングスカートを桃色から蒼褪めた憂いの色に切り替えさせた。

 

 デンガッシャー ロッドモードを構えた電王の背後から青白いオーラを帯びた鬼婆の面が飛んでくる。それはモールイマジンたちの肩を掠め、その背後に控えられる。

 こころが放った【 憂心(ゆうしん)鬼婆面(おにばばめん) 】は、鬼婆の面を装った幻影体の自分を相手の背後に設置することで機能するもの。薄く朧気な青白い憂いは、静かにモールイマジンへと振り返り、本体であるこころ自身と鬼婆の面越しに目を合わせる。

 そこに繋がる青白い霊力の糸。それはさながら釣り糸のように、こころの手元に結ばれて。

 

「それっ!」

 

 不意なる攻撃に怯んだモールイマジンに対し、U良太郎はデンガッシャーを振り上げて長いリーチを活かした殴打を放つ。

 怒涛のような連撃を浴びせ続け、もう一体のモールイマジンの攻撃も流水と薙ぎ。遠く蹴り飛ばした最初のモールイマジンを逃がすまいと、U良太郎はデンガッシャーを両手で構える。再び鋭く振り下ろしたそれは先端からウラタロスの霊力(オーラ)による光の釣り糸──青く輝く『オーラライン』を放ち、モールイマジンの首元にその先の針を引っ掛けた。

 手元の『デンリール』を回してモールイマジンを釣り上げる。こちらに迫ってきたそれを見てはデンガッシャーからオーラの糸を消し、再び振り薙いでは腹を打ち、遠くへ突き飛ばす。

 

「えいっ!」

 

 今度は続けてこころが引き戻した己の右手に従うように、モールイマジンの背後に控えていた幻影体のこころが霊力を伝って勢いよく舞い戻った。

 青白い波動の奔流に飲み込まれ、モールイマジンは自身を突き超えてこころの顔へと翻り装われていく鬼婆の面と共に、こころのスカートとロッドフォームの装甲、冴える二つの青を見る。こころ本体の顔へ舞い戻った鬼婆の面は、はらりと落ちては再び霊力となって消えた。

 

「そろそろ三枚に下ろすよ、こころちゃん?」

 

 恋人にでも囁くかのように告げたU良太郎に、こころは何も返さない。残念そうに溜息をつき、U良太郎は左手で取り出したライダーパスを青く輝くターミナルバックルへとかざした。

 

『フルチャージ』

 

 青い光を走らせるベルトに目もくれず、U良太郎は右手に水平に構えたデンガッシャー ロッドモードを槍の如く投げ放つ。一直線にモールイマジンの胸へ突き刺さったそれは、小さく胸へ食い込みその身に青白く輝く六角形の力場『オーラキャスト』を展開した。

 ウラタロスのオーラにより生じた光の網で相手を捕縛する【 ソリッドアタック 】を見舞うと、霊力の光とオーラキャストに身動きを封じられたモールイマジンを目掛けて。U良太郎、ロッドフォームの電王は素早く駆け出す。

 

「はぁっ!」

 

 命蓮寺の石畳を蹴って跳躍。己の右脚を鋭く突き伸ばし、飛び蹴りの形でモールイマジンへと向かっていく。放たれた電王の蹴り──【 デンライダーキック 】を正面から受けた怪物は、激しく注がれるフリーエネルギーの奔流に耐え切れず、砂と爆炎を上げ呆気なく砕け散った。

 

「さて、お次は──」

 

 爆風と共にその手に舞い戻ったデンガッシャー ロッドモードを左手に受け止め、U良太郎はロッドフォームとしてのオレンジ色の複眼で、残るもう一体のモールイマジンを流し見る。

 

「(頑張っとるやないか良太郎! 次は俺に任しとき!)」

 

「ええっ!? キンちゃん、ちょっと待って!」

 

 U良太郎の思考に響くは山吹色に輝く声。良太郎は青く満ちていた心の中に、今度は黄色い光が宿るのを感じた。ウラタロスの精神を阻みながら、デンライナーから良太郎の肉体に憑依したのはキンタロスの精神体。代わりに、ウラタロスの精神は時の列車へ戻っていく。

 艶やかなその振る舞いは力強い熊の如き無骨さに変わり、キンタロスが憑依した『K良太郎』となった身体で左手のデンガッシャー ロッドモードを高く放り投げた。

 

 空いた左手の指をもってデンオウベルトを彩る四つのスイッチのうち、黄色いものに触れ。山の朝靄を切り拓く陽光めいた金色の旋律に、K良太郎は眠気を覚ますように耳を傾け──

 

「変身!」

 

『アックスフォーム』

 

 堂々と胸を張った力士にも似た佇まいで右手のライダーパスを振りかざす。黄色く染まった状態のターミナルバックルの前を通過すると、高らかな電子音声がその土俵入りを認めた。

 

 黄色く輝くオーラが溢れ、ロッドフォームの電王はその装甲を分離(パージ)。青色だったそれらは前後を入れ替え翻り、一度は開いた装甲を再び閉じることで黄色い面を前へ向ける。そのままプラットフォームとなった電王の黒いオーラスキンに連結されていき──

 胸に無骨な漆黒を湛えたままの黄色を帯び、仕上げとばかりに頭部の路線を伝うさらなる黄色の到来を待つ。紙で折られた兜を思わせる菱型の形状を持つ黄色の電仮面は、顔面を二分するほどの雄大な(まさかり)の如き意匠を前へと突き出し。電王の姿を『アックスフォーム』へと改めていた。

 

 上空から落下したデンガッシャー ロッドモードを右手で掴み取り、己がオーラに染め上げ長大だったそれを元の大きさに縮小。その先端を取り外しては再び上空へ放り投げる。続けて真ん中のパーツを取り外し、残った本体を天に掲げ落ちてきたパーツをそのまま連結。

 最後に左手に持ったままのパーツを本体へ重ねて接続すると、薄く格納されていた刃がキンタロスのオーラを受けて本体の半分程度まで巨大化。強靭な刃たる『オーラアックス』となったそれを下に向け、K良太郎は左手の指で黄色い電仮面を装う己の顎を力強く押しては首を鳴らす。

 

「俺の強さにお前が泣いた。涙はこれで拭いとき!」

 

 アックスフォームへの変身に際してどこからともなく舞い散った懐紙吹雪。その右手に携える雄々しき手斧──『アックスモード』となったデンガッシャーに、全身から放つ熊の如き逞しさを備えたその身は、キンタロスのイメージ元たる金太郎の在り方に相応しいものだった。

 

「どや、完璧なタイミングやろ? これは泣けるでぇ!」

 

「(最悪だ、バカ熊! 俺の出番がなくなっちまうだろうが!)」

 

「(まったく……ずっと寝てたくせに、こういうときだけ鼻が利くんだから)」

 

 輝き満ちる自信を己の中へ語り、K良太郎は思考に赤と青の声を聞く。時の砂漠に在るデンライナーから響く声は、良太郎という繋がりを通じてそこに宿るキンタロスにも伝わっていた。K良太郎は電仮面の下の表情を力強く引き締め、怪物に向き合う。

 残るもう一体のモールイマジンが振り下ろしたクローハンドに身構えるこころ。だがその一撃は不動のままこころの前に出たアックスフォームの電王が己の身体をもって受け止めた。

 

 堅牢な装甲を帯びたキンタロスの揺るぎなき振る舞いは、電王を仰け反らせることもなく。攻撃を仕掛けたモールイマジンの左腕のほうがその身に鈍い痛みを覚え、あまりの手応えの無さに怯みながら電王の仮面を見上げたほど。

 K良太郎はその場で腰を深く落として屈み、デンガッシャーを持たぬ左手の平を広げて正面へ突き出す。力強い掛け声と共に放たれた『張り手』をもって、モールイマジンを突き飛ばした。

 

「今度は黄色……その感情に一番近いのはこれかな?」

 

 アックスフォームへと至った電王が帯びるのは金色に近い黄色。こころは再び面を切り替え、鬼婆の面を火男の面へ。同時に青かったロングスカートは喜びに満ちた黄緑色へと染まり、こころは己の両手に彼女自身の霊力から成る青白い扇子をそれぞれ一つずつ現した。

 

「……狂喜(きょうき)火男面(ひょっとこめん)!」

 

 額に装う奇妙な火男面とは裏腹に、無表情のまま両手を振り上げ喜びを表現する舞いを見せるこころ。彼女自身の霊力が喜びに躍るのか──その舞いを盛り上げる『花火』が次々と打ち上がり、煌びやかな大輪の弾幕をもってモールイマジンを攻撃する。

 キンタロスが散らす懐紙吹雪にこころが放った【 狂喜の火男面 】による打ち上げ花火。祭囃子でも聞こえてきそうな派手な舞台に乗り切れず、モールイマジンは彼らに近づけない。

 

「ほな、仕上げと行こか!」

 

『フルチャージ』

 

 花火の鮮やかな輝きに気分を良くしたK良太郎は左手に取り出したライダーパスをデンオウベルトのターミナルバックルにかざす。黄色いフリーエネルギーが全身に迸り、右手に携えたデンガッシャー アックスモードを遥か上空へと放り投げた。

 再び深く腰を落とし、足腰に力を溜めて。そのまま力強く大地を踏みしめ、命蓮寺の石畳が砕けんばかりの勢いで跳び上がる。空中で回転するデンガッシャーの柄を右手で掴み取り──

 

「そりゃあっ!」

 

 落下の勢いと振り下ろす斧の重さをフリーエネルギーに乗せ、黄色く迸る波動と共にデンガッシャー アックスモードの刃でもって、モールイマジンを頭上から唐竹(からたけ)の如く叩き割る。光を放つ雄大な一撃を受け、モールイマジンはやはり白い砂と共に爆散を遂げた。

 

「……ダイナミックチョップ」

 

 石畳に湛える砂の上、叩きつけた斧を大地に伏せたまま。K良太郎は揺らめく陽炎(かげろう)と共に顔を上げる。その手に残る金色の熱を拭わず、ひらり舞い散る懐紙の中。

 輝き放ったアックスフォームの一撃──【 ダイナミックチョップ 】の名を攻撃の後に宣言し、重みのある斧を軽く持ち上げ、黄色い電仮面でもって残るバットイマジンへと向き直った。

 

「まぁいい。契約者の望みはすでに叶えた……」

 

「こ、こんなこと望んでないよ……!」

 

 二体のモールイマジンを倒されたにも関わらずバットイマジンに焦りは見えない。自身の背後で震えながら立ち上がり、涙目で訴える小傘へと振り返った怪物は、濃紺の翼と長い爪を有した剛腕で。ただ人を驚かせるだけの無害な妖怪である小傘の胸倉を掴んで牙を見せる。

 

「……契約完了だ」

 

 その言葉と共に怪物は少女から手を離す。同時に小傘の身体には、その身を縦に二分するほどの大きな『裂け目』が生じていた。深く緑色の歪みを湛えたその穴へおもむろに飛び込むと、バットイマジンは小傘の内側(なか)へと姿を消してしまう。

 小傘の身体に生じた裂け目──時間への繋がりたる『過去の扉』を辿って、怪物はここではないどこかへ消えた。砂の残滓を零しつつ、小傘は再びその場に座り込む。

 

 裂け目といっても肉体的な出血を伴う物理的なものではない。ただ己の『記憶』を覗かれただけ。すでに裂け目は消えてなくなっており、小傘自身にも何が起きたのか分からない様子でへたり込んだまま狼狽に目を瞬かせている。

 確かに小傘は望んだ。この空腹を満たすために人々の驚きが欲しいと。だが、それは秩序を乱してまで里を、命蓮寺を──何もかもを無差別に破壊することでなど求めていなかったのに。

 

「あっ、こら! 待たんかい!」

 

 キンタロスは良太郎の身体を借りた電王の仮面越しにそれを見た。これまで何度も良太郎と共に目にしてきた、イマジンによる契約の完遂。

 イマジンが望みを叶える代償として求めるのは、契約者の『時間』だ。契約者が強く想った記憶が過去へと繋がり、イマジンはその繋がりを辿って過去の時間に赴くことができる。そこで何かを破壊すれば、その影響は現在にまで及び、イマジンが目的とする過去の改変が成される。

 

「何、今の……? あのコウモリのイマジンはどこに行ったの?」

 

 スカートの色を元の桃色に戻したこころが問う。表情こそ変わらないが、肌を微かに濡らす額の汗と、斜めに被った大飛出(おおとびで)の面が彼女の驚きを表現していた。

 両手で頭を抱える仕草を見るに、見た目以上に動揺していることは間違いない。

 

 良太郎はキンタロスの憑依を解いてもらい、腰からデンオウベルトを外すことで生身へと戻る。デンライナーに戻ったイマジンたちを心の記憶(なか)に思い描きながら、自分本来の黒い瞳でこころへと向き直った。

 イマジンが求める時間はすでに可能性を断ったはず。彼らがどれだけ過去を変えようと、もはや良太郎たちが守った未来が覆ることはない。

 漠然とした不安を胸に、良太郎はイマジンの契約についてこころに語った。すでに三体のモールイマジンを倒したデネブたち──彼と共に戦っていた白蓮たちも含め、イマジンと契約者の間に生まれる繋がりを語る。イマジンが向かった場所が、過去という不可侵であるはずの領域だと。




7月7日なので夏の星と縁の深そうなデネブ。たまたま時期が重なりました。
ゼロノスを出すのはもう少し先になりそうですが、せっかく七夕なので早めに投稿……

それにしても長い。電王編、必要文字数が多くなりがち。活躍のバランスはあまりよくない……

次回、第52話『時計仕掛けのクライマックス』
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