東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第52話 時計仕掛けのクライマックス

 春の空気に包まれた命蓮寺境内、現れたモールイマジンたちはすべて撃破した。だが、それらを呼び出したバットイマジンは契約を完了し、契約者である多々良小傘の記憶を辿って過去の時間、彼女が強く記憶しているどこかの時間へ飛んでしまった。

 イマジンによって過去の扉を開かれた精神的な負荷によるものか、小傘はその場の石畳にへたり込んだまま動かない。

 少女は呆然とした様子で(うつむ)き、どこを見つめるでもなく虚ろに瞳の光を落とす。

 

「過去……」

 

 力なく座り込んだ状態の小傘を見つめて、こころは表情なく呟いた。

 小傘のことはよく知っている。命蓮寺の墓地でよく見かける、人を驚かせるだけの妖怪。忘れ去られた名もなき傘が付喪神となった彼女の存在は、大切に保管された由緒正しき能面が付喪神となったこころとは出自こそ大きく異なるが──

 同じ付喪神という妖怪としての意識か。こころは自分が能面として使われていた自分の時間を思い出していた。聖徳太子によって道具としての生を受け、後に能楽の神とまで呼ばれることとなる秦河勝によって使われた六十六枚の面。その輝きに満ちた──かけがえのない『過去』を。

 

「(野郎、飛びやがったか……!)」

 

 デンライナーにいるモモタロスの声が思考に響く。良太郎との繋がり越しに見えたイマジンの行動は紛れもなく。これまで何度も目にしてきた、イマジンによる過去への跳躍。

 成すべきことは決まっている。良太郎はライダーパスの機能によって生成された一枚の切符──時を超える列車への乗車券となる『ライダーチケット』を右手に取り出す。

 カードに似た形状のそれはただデンライナーに乗車するだけでなく、過去や未来の時間に降りるために必要なものだ。だが、生成されたばかりのチケットは無記名。未だ如何なる日付も刻まれていない『ブランクチケット』のままでは、特定の時間座標に向かうことはできない。

 

 ゆっくりと小傘へと近づき、良太郎は少女の頭にブランクチケットをかざす。すると、赤いラインを刻んだ何もない黒の札には小傘の記憶に宿る濃紺のコウモリ、バットイマジンの全身が映し出された。

 その下にはデジタル表記で記載された西暦と日付。小傘が強く記憶する時間──契約によって望みを叶え、契約者に強く想起させた記憶。バットイマジンが向かった時間を示すものだった。

 

「2019年8月15日……僕にとっては未来の日付だけど……」

 

 ブランクチケットから正式に日付を刻んだ状態となったライダーチケットを手に、良太郎は小傘の虚ろな表情を見る。2008年の1月を現在の記憶とする良太郎にとっては、彼女は未来の記憶を持っていることになるが──今いる2020年(ここ)こそが未来の時間なのだ。

 この日付を覚えてる? と少女に問う良太郎。小傘は一瞬だけ戸惑う素振りを見せたが、すぐにそれが自分にとって忘れたくない記憶であると思い出す。

 

 捨てられてしまったのなら、必要とされないなら。自分から必要とされる存在を目指せばいい。小傘は努力を続け、ベビーシッターや鍛冶師など様々な方法で人間たちに必要とされようとしてきた。その努力が──ついぞ報われた日。里の子供に遊び相手として必要とされた、初めての日。

 

「(おい良太郎、早く追わねえとイマジンが過去を書き換えちまうぞ!)」

 

「ちょっと待って。もしかしたら、『あれ』ならリュウタロスと繋がれるかも……」

 

 正確な日付が刻まれたライダーチケットを左手に持ち替え、良太郎は今度は右手で懐からあるものを取り出す。ここにはいないもう一体の仲間、雷雲の中を舞うドラゴンのイメージから生まれたイマジンたる『リュウタロス』と繋がれるかもしれないと思ったから。

 良太郎の手には鮮やかな真紅に輝く携帯電話じみたもの。それは一度の無茶が祟り、イマジンたちが消滅を遂げてしまった際。繋がりの欠片のようなものが形を成し、みんなといつでも繋がれるために生まれた想い出。

 畳まれていた状態のそれを片手で開き、左下にある紫色のキーを押そうとした瞬間。赤い携帯電話から零れた砂が良太郎の右手の指を伝って落ちていき──

 

 ついにはその形ごと砂と朽ち果て、良太郎の手からはただ白い砂だけがさらりと流れ落ちた。

 

「そんな……どうして……!」

 

 たった今まで手にしていた絆の証は形なき砂の山に。四体のイマジンを繋ぎ留める駅、良太郎という特異点へ彼らを結ぶための繋がりの楔は、呆気なく消えてなくなってしまった。

 

「聖、あれ……!」

 

 良太郎は慌てる暇もなく一輪の声に振り返る。水色の瞳で白蓮を見る彼女が指すは、命蓮寺境内に設置された手水舎だ。丁寧に手入れが施されたその設備が、同じく振り返った白蓮の視界においても変わらず。

 

 ──水の一滴も残すことなく、屋根も柄杓も含めたそのすべてが、その場から消失した。

 

「…………!」

 

 己の目を疑う光景に思わず息を飲む白蓮。それを訝る猶予もなく、今度は視界の端で虚ろに瞬く鐘楼の方に視線を向ける。立派に掲げられた木製の柱も、重厚に存在を主張する釣り鐘も。やはり手水舎と同じように揺蕩(たゆた)い滲み、最初から存在しなかったように消えてしまった。

 

「いったい何が……」

 

「イマジンが過去で暴れてる……! このままじゃ、今の時間も滅茶苦茶にされてしまう!」

 

 狼狽える白蓮の呟きに、緑色の瞳に焦燥の色を浮かべたデネブが声を上げた。

 時間とは川の流れのようなもの。上流に石を置けば、その影響は下流にまで及び後の流れを変えるだろう。過去で何かが変わればそれは現在と未来さえも変える。過去で破壊された寺の設備は、その時点からこの寺には『存在しなくなった』のだ。

 

 またしても視界の端で何かが瞬く。今度は命蓮寺から近い人間の里の高い塀が消失し、その先に続く建物までもが消えていく。

 不意に建物が消える様を見た里の人間たちは驚き、怯え、混乱しているようだった。

 

「里にまで……! ど、どうすれば……!」

 

 目の前で起きる破壊であれば白蓮とてそれを止めることができたかもしれない。仏の教えを伝える寺の代表として、人々の助けとなれたかもしれない。だが、如何に魔法の力を得た法力の担い手といえど──過去という手の届かない領域への干渉に対してはどうすることもできなかった。

 

「(良太郎! 今はとにかくイマジンを追って、過去に向かわないと!)」

 

「(せや、これ以上の被害が出たら、修復し切れんようになるで!)」

 

 良太郎は自らの手の中で砂と散った想い出(それ)に思考を染められていたものの、すぐに思考に響いたウラタロスとキンタロスの声に冷静さを取り戻す。

 過去がどれだけ書き換えられようとイマジンを倒すことができれば元に戻るはず。本来あるべき時間を覚えている者が一人でもいれば、特異点の記憶を基点に未来でその記憶を持っている人々の記憶から正しい時間は修復される。

 しかし、完全に時間が書き換わってしまうか、元の時間を覚えている者がいなくなれば、イマジンによって破壊された時間は正しい歴史として刻み込まれてしまう──

 

 砂に塗れた手を払い、良太郎は右手でライダーパスを取り出す。それを開き、小傘の記憶から日付を刻んだライダーチケットを差し込んで閉じる。透明の板から見えるチケットには、やはりバットイマジンの姿と『2019.08.15』の表記。

 覚悟を決めた良太郎の意思に応じ、命蓮寺の上空にて歪んだ光が虚空へレールを敷いていった。高く響く警笛と共に、姿を見せた時の列車──デンライナーはその車体を境内に停車させる。

 

「デンライナー……たしか、この列車で時を超えるんだっけ」

 

 こころにとって、その列車を見たのはこれで二度目。村紗や星、一輪は話でこそ聞いているが、それを知らない白蓮ともども実際に見るのは初めてのことだ。

 白い車体に赤い意匠を伴い、狭く小さな窓を並べた姿はやはり近未来的なもの。外の世界の技術を知らない彼女たちにとっては連想のしようもないが、その様相は列車──現代の日本において普遍的な電車というよりも、さらなる速度を求めて生み出された『新幹線』の姿に似ていた。

 

「私も行く。同じ付喪神として……大切な時間が壊されるのは見過ごせない」

 

 良太郎の表情に向き合い無表情の瞳に強い意思を灯らせる。額にて装ったこころの能面は、その真剣さと本気を込めた神妙なる狐の面。

 誰にとっても大切な時間はある。大切にされた想い出、道具として愛された記憶。それを奪われたら、失ったら。きっと哀しいという感情さえも抱くことなく、最初からなかったことになってしまうのだろう。

 

 忘れられることは辛い。所有者の強大な力を由来として付喪神となった彼女は、捨てられたわけではない。大切に保管されて、しかし放置され、道具として必要とされるまま、持ち主への恨みを抱くことなく面霊気という妖怪へ至ることとなった。

 だが、小傘のような忘れ傘の付喪神は道具として使われていた時間に自分以上の執着があるはず。大切な記憶を失い、過去(じかん)を失い、大切だったことさえも忘れてしまうなど──

 

 こころは聖徳太子と秦河勝、二人の持ち主の顔を思い出す。もっとも、聖徳太子のほうはお面として作られて以降は会うことがなかったため、面霊気として幻想郷に来てから出会った豊聡耳神子に対する記憶しかないが。

 面霊気となって以降も大切な時間はある。聖白蓮は妖怪の自分でさえも受け入れてくれた。お面としての身を形作ったのが聖徳太子──豊聡耳神子という親だとすれば、彼女は妖怪としての心を育ててくれた『もう一人の親』と呼ぶべき存在。二人は、奇しくも父と母であるかのよう。

 

「えっ……でも……」

 

「(バカ野郎! そんな危ねえ真似させられるかよ! 特異点でもねえくせに……ん?)」

 

 良太郎の呟きに重なるように、その心の中でモモタロスが憤る。良太郎にしか聞こえていないその声がこころへの叱責となることはなかったが、モモタロスは自身がデンライナーの中から良太郎の心へと伝わるように発した言葉に、彼女に憑いたときのことを思い出していた。

 

「(そういえばこいつ、特異点じゃねえか!)」

 

「特異点……? こころちゃんが?」

 

「(ああ、間違いねえ。最初に会ったとき、自力で俺を追い出しやがった!)」

 

 内なる心に伝わるデンライナーからの声を聞き、良太郎は自分自身へ向けて問いかける。モモタロスとの繋がりを持たないこころには良太郎が一人で喋っているようにしか見えないが、その存在を知る彼女には見えざる意思との会話を訝しがられることはない。

 

 特異点。それはあらゆる時間改変の影響を受けない、時間の流れの中に在る基点。どれだけ時という川の流れが変わろうと、その流れ自体が()き止められてしまおうと、その石だけは揺るぎなくそこに在り続ける。

 未来から現代に現れたイマジンという存在は時間という要素に縛られている。故にその憑依も時間による影響と定義されるのだろう。特異点はただ時間改変の影響を受けないだけでなく、時間の概念に制約を受けたイマジンの憑依にも抗うことができるという特性を持っているのだった。

 

「…………」

 

 こころの力強い瞳を見て、良太郎はモモタロスに似たものを感じた。

 元の在り方を失い、新たな身体となって。お面という道具から面霊気へ。未来に生きる人間からイマジンという異形の怪物へ。失った過去は取り戻せない。だからこそせめて、今ある時間を守り抜くために。

 モモタロスたちイマジンには、思い出せるような過去などなかった。だが良太郎と出会ってからのことは全部思い出せると、彼らは言った。

 たった一日でも、一瞬でも。忘れたくない時間はある。こころにとって、六十六枚のお面として使われてきた時間と秦こころという妖怪として生きてきた時間。どちらも大切なように。

 

「……急ごう。もうあんなこと……絶対させない」

 

 良太郎は強く覚悟を抱く。同じく覚悟の色を見せたこころの表情に向き合い、その思考にかつて自分たちの過去において見た凄惨な時間の破壊を思い出して。

 オーナーであればチケットもパスもないこころを時の列車に乗せることを許可しなかったかもしれない。それでも良太郎は彼女の意思を否定できない。大切な時間を、かけがえのない過去と未来を奪われる痛み。その怒りと哀しみを、良太郎は誰よりもよく知っているから。

 

 ライダーパスを持ったままデンライナーに近づくと、白い車体の一部が横に開く。どこか時計の内部機構にも似た独特な匂いのする車内に踏み入り、少し段差のある入り口へ振り返ってこころの手を取っては彼女を時の列車の食堂車へと招く。

 一度こころは命蓮寺の境内へと振り返り、列車の中から白蓮たちに向けて口を開いた。

 

「白蓮、みんな。小傘をお願い!」

 

 それを聞き届けた白蓮は状況がいまいち掴めていないにも関わらず、力強く頷く。

 虚ろに瞳を伏せたままの小傘を優しく介抱し、白蓮は「こっちは私たちに任せておいて」と。こころもその答えに頷き返すと、やがて白い車体は無機質な音を立てて扉を閉じ、二人をその身へと包み込んだ。

 

 椅子やテーブルが備えつけられた食堂車。白い壁には小さな窓。未来的な意匠のカウンターなどを持つその内装を見て、こころはあまりに幻想郷らしからぬその光景に息を飲む。良太郎はその車両を超え、デンライナーの先頭車両へと向かった。

 良太郎と共にこころが辿り着いた場所はデンライナーの運転室(コックピット)である。独特の赤いライトに照らされた空間、その前面に広がる命蓮寺の境内。画面と呼べる壁に映し出されたデンライナーの視界を見るように──運転室の中心にはやはり未来的な意匠のバイクが設置されていた。

 

 自らの左手に現したデンオウベルトを素早く腰に巻き、良太郎はフォームスイッチの赤を押す。やる気に満ちた旋律を聴きながら、そのまま右手に持ったライダーパスを強く握りしめる。

 

「変身!」

 

『ソードフォーム』

 

 ライダーパスをかざすと同時に白いレールのオーラが散り、オーラスキンとなり。身体に満ちるモモタロスのオーラが生み出す真紅のオーラアーマーをその身に纏い、良太郎はこの幻想郷の地において再びM良太郎として──ソードフォームの鎧を持つ電王としてその顔を上げた。

 

 モモタロスの意思を帯びた電王は、運転室に備わったバイク──白いボディに青いライン、鳥の(くちばし)めいたカウルと黄色いヘッドライトを持つ『マシンデンバード』へ跨る。

 ライダーチケットを込めた状態のライダーパスを右手に持ち直すと、M良太郎はそれを目の前のコンソールへと挿入した。

 刻まれた日付がデンライナーへと認識させる電子音。彼らからは確認できないが、デンライナーは己が前面に方向幕と飾る赤き桃の意匠にデジタル表記で2019:08:15の日付を示していた。

 

「……飛ばすぜ、しっかりつかまってろよ!」

 

 右手のアクセルグリップを幾度か廻して時の歯車に熱を灯らせる。ただ目の前に映る未来だけを見据えながら、赤い電仮面の下、良太郎の口はモモタロスの意志を発した。

 運転室の手すりを掴み、こころは不安な気持ちを表情に出すことなく力強く頷く。次の瞬間、こころが高らかに響き渡る警笛を聞いたかと思うと──

 

 マシンデンバードのホイールが回転し、その動きに連動して列車が動く。前方の画面が示す通り、無から生じたレールを空へと伸ばしていきながら、デンライナーは光の穴へ突入した。

 

◆     ◆     ◆

 

2019年 8月15日

 

 それは幻想郷の過去。月夜に満ちる空の下、無惨にも破壊された家屋は紫色の傘を持つ少女──多々良小傘の光弾によって打ち砕かれてしまったもの。だが、その破壊は彼女自身の意思に非ず。

 時を超え、この時代の小傘の精神に生じたイマジンが彼女の身体を支配しているのだ。

 

「はぁあっ……」

 

 少女が纏う水色の衣服から零れ落ちる白い砂。やがて砂は小傘の目の前でコウモリめいた人型を形成し、濃紺の肉体を伴って完全体のバットイマジンを象る。

 眠りから覚めたような感覚を覚えた小傘は目の前に立つ異形に目を見開いた。そして、次の瞬間には焼け落ちた里の家屋と倒れる人々の姿を見る。

 

 人を驚かせる生き方の傍ら、鍛冶師やベビーシッターとして働くための人間の里を、自らの手で襲ってしまったという悪夢が脳裏に蘇った。

 ──それは決して夢などではない。小傘はバットイマジンに憑依されながらその光景を見ていた。身体の自由が効かない中に見えた幻は、紛れもなく現実。ただ自分自身が共に寄り添うべき人間たちの帰る場所を、彼らの未来を。その手で壊していったというどうしようもない事実。

 

「ひっ……何……これ……」

 

 バットイマジンは自らの行いに怯える小傘に振り返る。鋭い眼が小傘に向き合うも、彼女は困惑と恐怖からその場を動くことができない。怪物は自身の手に現した砂を己がイメージをもって白銀の長剣へと変え、小傘に向けて振りかざした。

 イマジンと契約者の繋がりは契約の中だけに在る。すでに望みを叶え、2019年という過去に飛び、契約を完了した時点でバットイマジンは小傘との繋がりがなくなっている。契約者である小傘が死のうと、そのイメージの消失からこのイマジンが消滅することはない。

 

 目の前に迫る切れ味に目を瞑る小傘。彼女にとって、その手に備える唐傘は自分自身も同然だ。冥界の庭師が伴う半霊に等しいそれを盾代わりにするなど考えつかず。ただ恐怖のままにその刃を己の視界から閉ざすため。

 

 その瞬間──小傘はどこからか高鳴る警笛と、荒れる機械の駆動音めいた響きを聞いた。

 

「俺、参上ォッ!!」

 

 破壊されゆく人間の里の上空に灯る光。それは虚空へレールを伸ばし、白い車体のデンライナーを現す。デンライナーはその前面を象る赤い桃の意匠を展開し、先頭車両の運転室から一筋の白い光を放った。

 ソードフォームとしての赤いオーラアーマーを纏った電王、その身をもって繰るマシンデンバードの前輪を高く持ち上げながら、M良太郎はデンライナーの運転室から飛び出したのだ。

 

「グゥ……ッ!」

 

 マシンデンバードというデンライナーの操縦桿を射出し、列車ではなくバイクとして単独で走行を遂げた電王──M良太郎。着地の衝撃も気に留めず、そのまま右手のアクセルグリップを力強く引き絞ることでマシンデンバードの車体をバットイマジンへと激しくぶつける。

 

「よう、待たせたな」

 

「電王……やはり追ってきたか」

 

 小傘の目の前にてマシンデンバードを落ち着かせ、車体を斜めにして片足を着く。桃の仮面を向けて投げかける言葉は、バットイマジンに対してのもの。だが、その言葉に含めた微かな優しさは、彼の背後でその姿を見上げる小傘に対しても意味を持っていた。

 長剣を持つ怪物は忌まわしき電王を鋭く睨みつける。電王の背後で小傘に寄り添うこころもまた、バットイマジンにとっては煩わしい要素。電王に変身している青年と同じ、特異点としての素質を持つ者。過去改変の影響を受けない特異点は、彼らにとっては邪魔な存在でしかない。

 

「だが、特異点がどちらも現れたのは好都合だ。このまま過去の中に消えてもらう!」

 

 バイクの衝突で突き飛ばされたバットイマジンは長剣を振りかざし、そのまま電王へと向かって翼を広げ、里の大地を駆け出した。

 特異点と言えど、それはただあらゆる時間改変の影響を受けないだけである。過去の自分が殺されようと、自分が生まれる前に親を殺されようと、現在の自分は健在のまま、自身の記憶から過去の自分も復元される。仮に過去そのものがすべて消え、その時間軸の時間そのものが消滅したとしても、特異点だけはただ一人、その影響を受けずに存在が残る。

 

 ただ、それはそれが『時間改変による影響』である場合においてのみ。それ以外は何も特別なことがないため、今を生きている自分自身が殺されたり、時間を超えることなく自分を産む前の親が殺されてしまえば、その特異点は正しい時間の中で正しく死に至ることとなる。

 不死身というわけではない──良太郎はオーナーから聞いた言葉を強く覚えている。この戦いに約束された安全などない。時間というものは極めてデリケートなのだ。如何に自分が特異点だろうと、想像もつかない出来事は確かに起こる。

 

 たとえば、特異点たる存在が生まれた瞬間の時間座標。自身の誕生という時間そのものを完全に消し去られてしまったり、その時間の流れに影響があった場合──

 それは時の運行を司る法則でさえ想定していないタイムパラドックスを引き起こし、特異点でさえ時間の中から消滅を遂げるかもしれない。そうでなくとも、生まれる時間の変化によって記憶はそのままに生きてきた時間が書き換わってしまい、身体だけが幼くなってしまうこともある。

 

「あなたは……お面の付喪神の……?」

 

「早く逃げたほうがいいわ。こっちは私たちがなんとかするから」

 

 人々が恐慌に逃げ去った里の大地にゆっくりと停車するデンライナー。こころはそれが止まるより早く列車を飛び出し、小傘に背を向けて薙刀を構える。

 目の前の背を飾る薄紅色の長髪を不安そうに見上げ、振り返る無表情に装う狐の面と向き合い。再び正面を向いてバットイマジンを警戒するこころの言葉を聞き、小傘は立ち上がった。

 

「よくわからないけど……気をつけて……!」

 

 紫色の唐傘をぎゅっと握りしめ、周囲を確認する小傘。破壊された家屋や倒れた人々の姿はこれまでの幻想郷はあってはならなかった光景。無論、これからの幻想郷にもあってはならないはずの惨劇。こんな事態を避けるための幻想郷──スペルカードルールのはずなのに。

 

 幻想郷の管理者たる賢者は姿を見せない。2019年の小傘にとっては今こそが現在だが、これは過去の光景なのだ。それも現在の幻想郷が知る本来の歴史ではない、時を超えたイマジンによる未来からの介入──改変されつつある歴史。

 人を脅かすために存在する妖怪も、それは妖怪として生きるために。決して人がいなくなることを望んでいるわけではない。まして捨て傘の付喪神である小傘は未だ人間に必要とされたいのだ。本心では逃げ惑う人々を安全な場所に避難させてやりたいのだが──

 正体不明の悪霊に身体の自由を奪われていたとはいえ、この里の惨状を引き起こしてしまったのは紛れもなく自分自身。いくら弁明しようとも、妖怪の言葉など信用されるはずがない。

 

「あっ、唐傘のお姉ちゃん! やっと正気に戻ったんだ!」

 

 己の不甲斐なさに震える手で唐傘を握りしめると、目線の下から幼い声を聞く。里に住まうその少年は、かつてベビーシッターとして面倒を見ていた子供の一人だ。妖怪の子守りは親からは不審に思われていたが、自身を必要とする人間の心は確かに彼から感じられた。

 

 小傘の言葉は無垢な心に真意を届ける。小傘が操られていたことはすでに理解していたようで、その伝達に不都合はなく。小傘の在り方を知る里の大人たちも受け入れ、小傘の誘導に従って避難を進めてくれる。

 明確に里への害意を向ける異形の怪物──バットイマジン。その姿があまりに幻想郷らしからぬ悪意に満ちていたからか。小傘への警戒は里の人間たちから拭い取られているようだ。

 

「ちっ……邪魔をするな……!」

 

「そう焦るなよ! せっかく来たんだから、もうちょっと楽しもうぜ!」

 

 バットイマジンの振りかざす長剣と、電王が振り抜いたデンガッシャー ソードモードの刀身が打ち合う。迸る火花が散る傍ら、すでにライダーパスを抜いておいたマシンデンバードは自律走行機能をもってデンライナーのコックピットへと戻っていく。

 時間をかけてはいられない。過去での戦いはそれ自体が歴史改変に繋がる。そして過去で里が破壊された事実が人々の記憶に定着してしまえば、未来までもが破壊されたままとなるだろう。

 

「おらぁっ!」

 

 交わす剣戟の最中に声を上げ。M良太郎は電王の強靭な脚力をもって、バットイマジンの腹を正面から蹴りつける。それに怯んだ隙を突き、デンガッシャーの刃を横一文字に一閃。

 

「……怒声(どせい)大蜘蛛面(おおぐもめん)!」

 

 8月らしい夏の夜風に白い砂が舞い散り、怪物が後退した瞬間を逃さず、今度はこころが赤頭を伴う(しかみ)の面──『土蜘蛛』を演じる際に用いられる面を装う。赤く怒りに満ちたその息を真白き蜘蛛の糸と成し、バットイマジンへと解き放って。

 大蜘蛛の面から放たれた【 怒声の大蜘蛛面 】の糸は強い粘着性をもってバットイマジンの身を蜘蛛の巣状に拘束した。月夜に照らされた濃紺の暗翼も、もはや羽ばたくことさえできない。

 

「グゥ……ッ!」

 

 バットイマジンは蜘蛛の糸に縛られた身体に、こころと電王、それぞれが持つ青白い薙刀とデンガッシャー ソードモードの斬撃を斜め十字に受ける。コートめいた両翼は白い砂を噴き出し裂かれ、蜘蛛の糸もまた切断されるものの、ダメージは紛れもなく刻み込まれていた。

 

 こころは壇上から舞うように大地を蹴る。軽やかに大地に背を向けて、薄紅色の長髪を翼の如く翻しながら。きらきらと霊力に散り消える青白い薙刀を捨て去り──月光(つき)を遮る影となる。

 

「スペルカード──」

 

 空中で呟いた語りはその手に輝く光の札と共に。こころは弾けた一枚の札を本気の意味を込めたスペルカード宣言の代わりと成し、込めた霊力を額に装う面へと変える。

 強い霊力を帯びた狼の面。バットイマジンの背後に着地したこころの視線はお面に覆い隠されることなく、斜めに被ったお面と等しく睨みつける冷たい無表情で怪物の背中と向き合う。

 

「俺の必殺技──」

 

『フルチャージ』

 

 バットイマジンが背後を警戒すると同時──今度はM良太郎が左手に取り出したライダーパスをデンオウベルトへとかざす。怒声の大蜘蛛面を放って怒りに赤く染まったこころのスカートはそのまま赤く、赤い装甲を帯びるソードフォームの電王もまた、真紅のオーラを滾らせ。

 

「パート2ダッシュ!」

 

「怒面、怒れる忌狼の面!」

 

 その場を動かず横一閃に振り薙がれたデンガッシャー ソードモードの刃、オーラソードの赤い閃きが夜の空気を切り裂き進む。その切っ先に対しても躊躇わず、こころは全身に纏った狼の霊力を巨大な牙と成した【 怒面「怒れる忌狼の面」 】をもって喰らいつく。

 M良太郎が放ったエクストリームスラッシュは最初に見せたときとは異なり──縦ではなく横。撫で斬るように迫る真紅を伴い、二つの怒りはまったく同時にバットイマジンを引き裂いた。

 

「ぐぁぁぁああっ!!」

 

 正面から受けたオーラソードの一撃。背後から受けた青白き狼の牙による一撃。そのどちらもが仮初めのイメージで構成された夜空の映し身を砕き、バットイマジンは霊力とフリーエネルギーの奔流の中に激しく爆散を遂げる。

 オーラソードが再びデンガッシャーに戻るのを見届け、M良太郎は満足げに仮面の下で笑う。微かな不満があるとすれば、それは忌狼の能面を解いて隣に降り立った面霊気の活躍である。

 

「ったく、俺の見せ場を持ってくんじゃねえよ」

 

「……見せ場はこうして決める。これが勝利を喜ぶ表情」

 

 狼の如く飛びかかっては慣性のまま向こう側──すなわち電王の隣に着地したこころ。デンガッシャーの峰を肩の装甲に乗せつつ、M良太郎は自分一人だけがトドメを刺すことができなかったことを口惜しんで見せるが、少女の鮮やかな振る舞いに親近感を覚えていた。

 妖怪に至る以前から誇り高き面として。数多の能を演じてきた彼女はその在り方を魅せることを得意としている。喜びの翁を面と掲げ装う少女に表情はないが──良太郎も、その身に宿るモモタロスも。こころの隠さぬ感情は伝わっているようだ。

 

 湿度を伴う夏の空気が震える。炎を上げて砂と散ったバットイマジン、その残滓に残った契約者のイメージ。それが砕けた死の破片を強引に捻じり上げ、時計の針を滅茶苦茶に逆回ししたかのように、散った量を遥かに超えて──澄んだ夜空へと巨大な砂の集まりを巻き上げていく。

 

「(センパイ、そんなこと言ってる場合じゃないみたいだよ)」

 

「(イメージが暴走しよったで! はよデンライナーに戻ったれ!)」

 

 桃の電仮面越しに見える夜空に舞い上がるは、巨大な翼の如く広がりゆく白い砂。イマジンの肉体は破壊したが、その内に宿る契約者のイメージは消えず、行き場を失って『暴走』を始めてしまったのだ。

 思考に響くウラタロスとキンタロスの声。良太郎と共にそれを聞き届け、モモタロスは手にしたデンガッシャーに意思を送ってフリーエネルギーの結合を解く。元通りに分解されたそれらはデンオウベルトのサイドバックル──その腰の両側に収まり、電王の両手を文字通り自由(フリー)にした。

 

「ギィィィィイイッ!!」

 

 里の家屋を、夏の夜風を震わせる鳥獣の叫び。天に舞った砂はその身を暴走したイメージのままに現し、新たな砂の肉体を形成した。

 誇り高く白い体躯に高貴さを思わせる金色の彩りを備えた、歪な姿。コウモリめいた左の翼に、タカを思わせる右の翼。カラスの骨のような頭部にハチに似た腹部の針を掲げるその姿は、おおよそ空を飛ぶ生物を乱雑に詰め込んだ醜さと美しさを同居させる。

 

 イメージの暴走より生まれる怪物は『ギガンデス』と呼ばれる。それらは空と地と海、それぞれの世界に住まう生物のイメージを宿し、歪んだイメージのままに現れ、元となったイマジンの意思を持たずに破壊の限りを尽くす。

 コウモリとタカのそれぞれの翼を虚ろに羽ばたかせ、腹部の針を絶えず乱れ撃つ。大地を穿つ無数の針と仰ぐ突風は里を破壊していくが、巨大な体躯で空を飛ぶ『ギガンデスヘブン』を相手に、電王やこころのそのままの戦力では(いささ)か不足であろう。

 

 そのために必要な力。M良太郎は変身を解かず、かっこよく放り投げたライダーパスを拾い上げる傍ら、素早く大地を駆け出す。マシンデンバードを格納した状態にあるデンライナーの運転室へと飛び込んで、夜空を舞う怪物を視界に捉え。両手で強くグリップを握りしめた。

 

 M良太郎の意思のままに引き絞られたスロットル。激しく唸る機関の熱。デンライナーはうねり舞い上がる龍の如く、長く編成した車体と共に高く空へ翔け、ギガンデスヘブンの周囲を取り囲むように空中にレールを敷いて走行していく。

 電王としての右手でマシンデンバードのコンソールを操作すると、四号車両以降の客車は分離され、時の砂漠へと格納される。運転室たる先頭車両を含め四両編成となったデンライナーは、それぞれが形を変えた。

 先頭車両は上部を開き、四門の砲台を持つ『ゴウカノン』を。そこに連結した一号車両は横を向き、犬の頭部に似た『ドギーランチャー』を。二号車両は猿の手を思わせる投下兵器『モンキーボマー』を、三号車両は先端にキジのような武装を備えた『バーディーミサイル』を展開する。

 

「おとなしくしてやがれ!」

 

「ギィィィィッ!」

 

 空中にて猛攻を繰り返すギガンデスヘブンの動きに追従し、客車を切り離したことで『バトルモード』に変形したデンライナーが、M良太郎の操作で開いた砲門に光を灯した。赤き桃の意匠を掲げた先頭車両──ゴウカノンの名の由来たる『デンライナー ゴウカ』は激しく燃ゆる業火の如く、天の巨獣に向けてすべての砲門を吼え立てさせる。

 ゴウカノンによる光弾。ドギーランチャーから放つ砲弾『ドギーバーク』の弾幕。モンキーボマーが投下したいくつもの爆弾『モンキーボム』の炸裂に、標的を追うバーディーミサイルによる容赦のない爆撃。

 密度は激しいものの──誘導性能を持つ鳥のミサイル以外はことごとく外れてしまった。

 

「野郎……! ちょこまかと動き回るんじゃねえ!」

 

「(ちょっとモモタロス、やたらめったらに撃ちすぎだよ……)」

 

 ギガンデスヘブンは器用に翼を動かしてバーディーミサイルのダメージさえも軽減してしまっている。良太郎は無作為にも程があるモモタロスの攻撃に呆れるが、いつもならこの程度の適当な攻撃だけでも十分に撃破できていたはずだ。

 イメージの暴走で生まれた怪物なれど従来より強くなっているのか。弾薬はフリーエネルギーによって補填されるとはいえ、このまま戦いが長引けば時間の改変が果たされてしまう。

 

「なんかすごいことになってるな……」

 

 人間は避難したとはいえ、こころは里の上空でこれだけ派手な争いが起きている光景にかつて自身の過失が発端となった心綺楼異変を思い出した。

 夜空を彩る爆炎は花火と呼ぶには華がない。弾幕ごっこの美しさには到底及ばぬが、その激しさだけはやはり本気の火力と相手を撃破する意思が込められた殺傷の応酬。

 

 ふわりと舞い上がり、デンライナーの近くに赴くこころ。巻き込まれないように気をつけながらギガンデスヘブンの動きを観察するが、こころの弾幕ではやはりあの巨体に対して効果的ではないと思わされる。

 こころは面霊気として『感情を操る程度の能力』を有している。怪物の怒りを増幅して冷静さを失わせることで動きを単調化してみようとも試みたが、暴走したイメージの塊には感情と呼べるものさえも存在していない。こころの知覚に伝わる怪物の想いも、ただ荒ぶる破壊衝動だけ。

 

「……? 雨……?」

 

 こころは不意に頬を濡らした天の雫を訝しみ、空を見上げた。月を隠す叢雲は在らず、夜空は晴れやかに澄んでいるのに。ぽつりぽつりと滴るそれは、やがて激しく降り始める。こころはそこに、馴染みある妖力の波を見た。

 小さな雲の妖力が束ねり局所的に降りしきる雨と成る。自慢の髪が濡れないように獅子舞の面と衣を頭上に掲げ、傘代わりにすると、こころは地上から迫る『傘』の連なりを目にした。

 

「そっちのには負けるけど、わちきの列車も時代に追いつくよ!」

 

 古めかしい紫色の唐傘をいくつも連ね、さながら長く編成した列車の如く空を舞う。付喪神の少女、多々良小傘はそこに立ち、自慢の唐傘を回して妖力の雨を降らせた。

 彼女が弾幕と成すは【 化符(ばけふ)「忘れ傘の夜行列車」 】というスペルカードだ。忘れ去られた哀れな捨て傘の怨念を形成し列車と繋ぎ、デンライナーと並走するように雨降る夜空の風を切る。

 列車の忘れ物には、傘が多い。時の砂漠に雨は降らないため、デンライナーに傘が忘れられることはないが。

 

 ギガンデスヘブンの翼とデンライナーの車体が静かな雨に濡れていく。微かな妖力を帯びたその雨粒は、そのひとつひとつが遍く傘が流す涙。小傘と同じ忘れ傘たちの悲しみである。

 

万年置き傘(わたしたち)の恨みを思い知れ! 雨符(あめふ)雨夜(あまよ)の怪談!!」

 

 小傘は同胞の無念を胸に、スペルカードを解き放つ。彼女の周囲に集った青白い妖力の波動が激しく散り、雨となり。それは単なる雫ではなく、妖力のエネルギーで形成された光弾そのものが、さめざめとしきり泣く涙雨の如くギガンデスヘブンに降り注いだのだ。

 恨めしき自身の悲しみを怪談と成した【 雨符「雨夜の怪談」 】は広範囲に放たれる弾幕の雨としてギガンデスヘブンの動きを封じ込め──ダメージこそ少ないながら隙を生じさせていた。

 

「(あの子、契約者の……!)」

 

「なんだかじめじめしてきやがったが、チャンスだ! 礼を言うぜ、唐傘女!」

 

 M良太郎は再びギガンデスヘブンの周囲にレールを浮かべ、デンライナーを旋回させる。その円の中央に捉えた怪物を目掛け、先頭車両たるデンライナー ゴウカ、連結された一号車両から三号車両までのすべての武装を一斉に解き放つ。

 ゴウカノン、ドギーランチャー、モンキーボマー、バーディーミサイル。先陣を切る桃太郎の意思に続くように──イヌとサルとキジのお供たちが鬼たる空想の怪物を爆炎に染め上げた。

 

「ギィァァァァアアアッ……!!」

 

 虚ろな羽根を撒き散らし、やがて暴走したイメージの具現は砂へと還っていく。デンライナーの猛攻により爆散したギガンデスヘブンは里の夜空を明るく照らし、微かに残されたイメージの渦もフリーエネルギーと共に幻想郷の過去の中にて掻き消えた。

 

 こころと小傘は静かに止みゆく雨の下、高らかな警笛を上げて地上へ降りたデンライナーと共に大地へ足をつける。濡れた土の泥濘を掻き分け、無から生じたレールが里の道に並べられていくのを眺めつつ、二人の少女はそれぞれ未来的な列車のオーラに幻想らしからぬ波動を見た。

 

「ちょっとだけ手こずったが、今回も余裕だったぜ!」

 

 デンライナーの白い扉が横に開き、ソードフォームの電王が姿を見せる。疲れを解すように腰を捻りつつ、M良太郎は軽やかに腰に帯びたデンオウベルトを外した。

 赤いレール状のオーラが散り消える最中、電王のオーラアーマーは良太郎とモモタロスのそれぞれの精神へオーラとして戻る。生身の姿に戻った良太郎にはモモタロスは憑いておらず、精神体のままデンライナーの中に帰ったようだ。

 

 良太郎は二人に怪我がないことを安心しつつ、月夜に照らされた里を見渡す。バットイマジンによって破壊されてしまった里の建物は、火の上がっているものや跡形もなく消し飛ばされてしまったものもあるが──

 この地に特異点がいる限り。未来に人々の記憶がある限り──決して過去をイマジンによって破壊されたままにはしない。そのために、電王である者は特異点でなくてはならない。

 

「これは……」

 

 同じくこころが見渡した夜の里、どこからともなく聞こえてきた時計の針が動く音。チクタクと刻まれる旋律に合わせ、世界はその針を逆向きに廻し始める。

 砕けた家屋は遡る時のままに元の姿に再生し、土の地面に倒れた亡骸は流れた血も受けた傷も残さず目を開け、何事もなかったかのように立ち直る。

 無惨な姿に破壊された人間の里は、時間の中に刻まれた特異点の記憶を基点とし、未来に残る幻想郷の人々が覚えている『改変される前の記憶』から、正しい時間、正しい過去の在り方へ修復されていったのだ。

 

 それが時間と共にある特異点の役割。特異点がいる限り、特異点自身が知らぬ記憶であろうと、未来の人々の記憶を辿って本来の歴史が再構築され、過去改変は阻止される。

 ただしそれはあくまで『覚えている過去』のみ。誰もがそれを忘れてしまったり、覚えている人間が未来に一人も残っていなかったり、間違った形で記憶してしまっていれば、その時間は間違った形で修復されることとなる。

 たとえ正しく覚えていなくても、秘匿された記憶であっても。──記憶こそが時間(・・・・・・・)なのだ。

 

「覚えていれば……それはなくならない」

 

 良太郎は胸に刻まれた想いを呟く。どれだけ時間が書き換わってしまっても、大切な想い出は記憶の中に残り続ける。記憶が確かである限り、過去の中にそれは在る。大切な姉が、大切な婚約者を忘れても。

 良太郎の過去には確かに、彼と、彼女と、新しい家族と過ごした時間は残っていた。

 

「もしかしたら、今はこころちゃんの記憶が基点になってるのかも」

 

 特異点の記憶が時間を修復するということを説明し、こころもまた特異点であるらしいことを思い出す。特異点自身の記憶はあくまで過去再生の基点でしかなく、実際に時間を修復するのは未来の人々の記憶ではあるが、幻想郷の存在であるこころの記憶の方が基点に成りやすいだろう。

 少し過去に想いを馳せつつ、こころは表情のない顔で良太郎の背後に視線を向けた。背後にあるのはデンライナー。過去を元に戻し、イマジンの襲撃がなかったことになった今の人間の里では、先の惨劇を忘れた人々にとってもあまりに目立つ異物になっているはず。

 

 良太郎はこころと共にデンライナーで元の時間に戻ろうと、こころの視線の先へ振り向く。

 

「そら、驚け~!!」

 

「うわぁっ!?」

 

 目の前に広がったのは紫色の唐傘。不気味な一つ目に、だらりと伸びた赤い舌。小傘はけらけらと笑いつつ、心の底から驚いた良太郎から妖怪としての糧を得る。

 

「やったー! みんなあの変な列車ばかり見てるから、驚かせやすそうと思ってたんだー!」

 

 唐傘を畳みながら下駄を鳴らし、右目を閉じてウインクしてみせる小傘。髪も衣服も右目も水色の少女は、ただ一つ赤い左目をもって一つ目の伝承を持つ唐傘お化けたる自身を演じて見せようと。小さく舌を出し、人を驚かせるだけの無害な妖怪はそのままその場を去っていった。

 

「さっきのことを覚えてるのは、私たちだけってことね」

 

 こころの認識通り、小傘の振る舞いにも、いつも通りに里を往く人々の振る舞いにも、先ほど起きた惨劇に怯える様子はない。

 襲撃がなかったことになったため、彼らの記憶からも先ほどの出来事はなくなっている。それを覚えているのは、在るべき時間を失ったモモタロスたちを除けば特異点だけである。

 

 良太郎は未だ驚きに高鳴る心臓を落ち着かせつつ、デンライナーを見る人々のざわめきに居心地の悪さを覚えながらも、こころと共にその白い車体へと踏み入った。

 こころが目にした食堂車には異形の怪物──赤と青と黄色を帯びた三体のイマジンの姿。

 

「あぁ、マジで死ぬかと思ったぜ……」

 

「センパイ、驚きすぎ。まぁ、僕も釣られちゃったのは悔しいけどね」

 

「モモの字には、あれくらいで丁度ええやろな」

 

 少しだけ目を丸めた様子を見せるも、こころの表情は相変わらず静かなものであった。だが、赤い鬼と青い亀と黄色い熊。それぞれの意匠を帯びた実体のあるイマジンを見て、その感情には少しばかりの波が立つ。

 それは命蓮寺の居間で見た砂の姿のイマジンたちと同じ特徴だ。しかし彼らは寺で見た不完全な砂の形とは違い、明確な実体を持った──境内に現れたデネブというイマジンと同じ身体がある。良太郎の話では契約していない状態のイマジンは砂の身体になるのだと聞いていた。

 

「昨日見たときと姿が違う……」

 

「おう、この姿の俺らを見るんは初めてやったな」

 

 小さく呟いたこころの声に答えるは、デンライナーに設けられた食堂車の座席にどっしりと腰を下ろしているキンタロスの声。

 デンライナーの車内(なか)は悠久に流れる時の砂漠と同じ性質を持つ。ゆえに正しい時間に存在することができず、時間の中にしか在れないイマジンはこのデンライナーの中においてであれば、契約を交わすことなく完全体と同等の実体──自分の身体を持つことができる。

 本来ならば彼らは良太郎と一年間の時間を過ごし、過去を手に入れたことでそんな条件に頼らずとも、如何なる時間においても完全なる実体を持って動くことができていたはずなのだが。

 

「やぁ、こころちゃん。さっきは精神体で会えなかったけど、改めてよろしく」

 

 ウラタロスは優しく爽やかな口調ながら、どこか湿度を伴う声色でこころに声をかけた。過去へ来る前にデンライナーに乗ったときは彼らの姿が見えなかったが、良太郎の身に宿って精神体となっていたらしい。

 平時であれば時の砂漠と同じ条件を持つデンライナーの車内、ここでは疑似的な完全体の姿でいるのが一番落ち着く。彼らに未来の人間であった頃の記憶はないが、本質的には元を辿れば人と同じ存在。生身の手足を持つこの身体はかけがえのないものである。

 

 やがてデンライナーはライダーパスの所有権を持つ良太郎の意思に従い、出発地点たる元の時間座標──2020年の春を目指して自律走行を始めた。

 ゆっくりと前方にレールを広げ、再びどよめき立つ人々の声を後にし、時の列車は月夜の空へと掲げた軌条を登って真っ直ぐに舞い上がり、そのレールの先に時空を超える光の穴を形作る。

 

「…………?」

 

 こころとイマジンたちの様子を眺めていた良太郎が、不意に窓の外に視線を向けた。夜が故に人通りの少ない暗い道。里とはいえ妖怪たちに怯え暮らす人々は、よほどの理由がない限りそそくさと家屋の中へと戻ってしまう。

 そこへ通り過ぎたとある人物の影。いつだって過去へ向かえばその時間に存在していた、かつては正体が分からなかったために『過去の男』と呼んでいた者。

 

 ベージュのコートに同じ色の帽子を装う姿は、ほとんどの者が和服を纏う人間の里においては少しだけ異質な洋風の衣だ。それは大切なものを守るために世界から忘れ去られ、やがて今ある時間においての自分自身を消滅させた男──姉の婚約者であった桜井侑斗の姿ではなかったか。

 

「(……そんなはずないよね)」

 

 ──それは見間違いであったのだろう。デンライナーの車窓から顔を見ることまではできなかったが、目深に被る帽子の下、月夜の光に反射したのは眼鏡の輝きであったのかもしれない。良太郎の知り得る2007年の桜井侑斗は、眼鏡など掛けてはいなかったはずだ。

 そうでなくとも、彼は未来を守るために戦い、過去と未来、すべての時間から消滅を遂げている。いかに過去の時間へ赴けど、姉の婚約者であった『現代の桜井侑斗』はもういない。

 

 2019年の夏の日。過去の幻想郷。時間の修復を終えた特異点は、時を超える列車に乗って。前方のレールは未来に生まれ、後方のレールは過去に消え。

 やがてデンライナーは2020年──彼らにとっての現在へ続く光の穴へと姿を消した。

 

◆     ◆    ◆

 

 月夜に静まる人間の里。2019年の夏は地上にオオカミやカワウソ、オオワシなどの動物の霊魂が現れた異変が終息を迎えていた頃だ。後に『動物霊異変』と呼ばれるそれは、奇しくもイマジンたちと同様に人間に憑依し、人格さえ操る動物霊たちによる異変であった。

 

 高らかな警笛を奏で上げながら光の穴へと消えていく列車。光の消失を夜空に見届け、この里の寺子屋で教師を務める半人半獣の妖怪は声もなく呆ける。

 夜空を飛ぶ列車が月夜に消える様を見て、この辺りで騒ぎがあったような気がして駆けつけたものの、満月に足りぬ欠けた月の下で。夏の暑さか焦燥感か、額に汗を浮かべたワーハクタクの女性──上白沢慧音は自分がなぜこの場所まで慌てて走ってきたのか上手く思い出せないでいた。

 

「おっと、失礼……」

 

 列車が消え去った夜空から視線を外せぬまま、考え事をしながら歩き出してしまったため、慧音は人にぶつかってしまう。咄嗟に謝罪の言葉を紡いだものの、ベージュのコートを纏ったその姿は人間の里ではあまり見慣れない不思議な装いだった。

 それを一瞬訝るが、すぐに思考は別のものに切り替えられる。そそくさと立ち去った男性はその懐からきらりと光る何かを落として、慧音の目の前にてそれを置き去りにしていったのだ。

 

「あの、何か落とされまし……」

 

 月の光を反射して慧音の青い瞳に映る銀色。それを拾い上げつつ、男性を呼び止めようとするが──慧音が顔を上げた頃には、すでに先ほどの男性は姿が見えなくなってしまっていた。

 

「懐中時計……か。止まってしまっているようだが……何か文字が刻まれているな」

 

 手にしたそれは白銀色の輝きを帯びた小さな懐中時計だった。アラビア数字が刻まれた文字盤は幻想郷的というよりは外の世界からの漂流物めいた、近代的なものを感じさせる。見た目に損傷はないが──内部機構に問題があるのか、その針は動いていないようだ。

 龍頭の上の輪に結ばれた黒い紐を垂らし、慧音は手の平に触れる感覚から裏面を見る。刻まれていた文字は英語であったものの、歴史に強い彼女はその文章を読み取ることができた。

 

──過去が希望をくれる(the past should give us hope.)──

 

 言葉の意味は分からない。しかしその文字を見た瞬間、脳裏に響く時計の針の音。未だ手にする懐中時計は止まったままだというのに、頭蓋に知らない記憶が浮かんできた。

 褪せた竹林を駆け抜けるような風雅な旋律。牛の鳴き声を思わせる列車の警笛。静まった人間の里には聞こえぬ音。ただ慧音の思考に流れ込んでくる、誰かの記憶という名の時間の座標。

 

「……っ、なんだ……今のは……」

 

 守りたかったものを守ることができた男の記憶。最愛の人と、共に育む未来の象徴。だが、そこに自分はいない。代わりに若き日の自分自身を、新たな時間と刻みながら。

 一瞬だけ夢を見ていたような感覚だった。慧音はその刹那の曖昧な感覚を気のせいであったと拭い去ることもできず──

 己が手に宿る銀色の懐中時計に視線を落とし、濡れた夜風にその蒼銀の長髪を揺らしていた。

 

◆     ◆     ◆

 

 そこは荘厳な彩りに満ちたとある居城の一室。見渡せば美しい調度品や絵画などが見られ、一見すれば、豪華な装飾が施された貴族の屋敷のように見えるが──

 彼らにとっては何よりも退屈な楽園。灰色の安寧が約束された、空虚な牢獄だ。

 

 ここに在る住人は三人。一人は精悍な狼の如き双眸の男。鋭く着崩したタキシードの黒は、月下に吼える獣が如く。また一人はあどけない美しさを残した中性的な少年。湿度を帯びた水兵服は、霧の水面に揺蕩える遊魚が如く。

 そしてもう一人は無機質な無骨さを湛えた岩のような巨漢。燻る雷鳴を思わせる重厚な燕尾服に身を包み、残る二人と共に──その『扉』の隙間から漏れる歪んだ光に視線を向けていた。

 

「……これは……」

 

 タキシードの男が蒼く冴える瞳を細める。硬く鎖で閉ざされた禁断の扉。その先に見える光は、過去と未来を超えた叡智。

 彼方から感じられる未知なる波動はこの世界のものではないのか。夏の空に舞い飛ぶカブトムシの羽音に加え、春の風に駆け抜ける列車の警笛。時間という概念への冒涜。

 それらが互いに干渉し、この『生ける城』にぶつかり合い、『何か』が起こっている──

 

「ねぇねぇ、なんか変じゃない?」

 

「様子、おかしい……」

 

 不安そうに呟く水兵服の少年も、怪訝そうに眉根を寄せる燕尾服の巨漢も。タキシードを着崩した男も、その扉を開くために必要な三つの鍵をそれぞれ持つ。

 彼らはこの城に囚われた『調度品』でありながら、この屋敷においてある程度の権限を持つ。すでに城主が失われて久しく、新たなる王が城主となって以来は自由を得ているはず。それでもこの退屈な牢獄に戻ってきてしまうのは、この城が彼と──彼の父親との繋がりを感じさせる場所でもあるからだろうか。

 

 光を放つ扉の先で何が起きているのかは分からない。彼らはこの扉を開く権限を有しているにも関わらず、それぞれが持つ鍵をその手に取り出すことさえしなかった。

 不用意に開けば、その扉は過去と未来を繋ぐ。

 それこそ、それはそこから何を解き放ってしまうか分からない──パンドラの箱。

 

 歪む光は一瞬だけさらに強く輝きを増す。思わずその眩さに顔を覆った三人は、その身が時を超える浮遊感に包まれたことに、ついぞ気づくことはなく。再び顔を上げた頃には扉の隙間から漏れていた光は失われ、ただ元ある通りの重厚な鎖と、重く佇む扉が鎮座しているだけだった。

 

「……なんだったんだ……今のは……」

 

 タキシードの男は狼の知覚が捉えた違和感に息を飲む。すでに光の残滓もなく、狼の聴覚に届いていたカブトムシの羽音も、列車の警笛も。もはや聞こえてこない。水兵服の少年と燕尾服の巨漢も彼と同じく。本来は混ざり合うはずのない力の軋轢に──どこか小さな懸念が芽生えていた。




20000文字オーバーだと……?
まったく文字数が調整できていない……もうちょっと短くしたかった……

小傘を活躍させたくて雨を降らせたら現実でもなんかやたら雨が続き始めました。
2019年8月15日は東方星蓮船10周年で、仮面ライダージオウ最終回の10日前でもあります。

次回、第53話『運命 ♪ ハートブレイク』
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