東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm. 作:時間ネコ
第58話 ラプソディ / プレイ・オン・タイム
霧の湖の近くに在る悪魔の洋館、紅魔館。メイド長の十六夜咲夜や門番の紅美鈴、加えて騎士たる力を持つ外来人の城戸真司が時空の歪みによってどこかに消えてしまってからまだ数日も経っていない。フランドールの捜索のため、妖精メイドも数を減らしていた。
じりじりと照りつける真夏の日差しは霧の湖から流れ込む霧をさらに濃くしているよう。四季異変に際して歪んだ夏の光、それは吸血鬼の天敵であり、夜の闇を暴く無慈悲なものだ。
「……性懲りもなく、また
レミリア・スカーレットは己が居城たる紅魔館の屋上に立ち、空を見上げる。忌まわしき眩さは特注の日傘によって遮ることができるが、日傘を手にしたままではあまり激しい戦闘を行うことができなくなってしまうだろう。
彼女が眉をひそめたのは不快な日光に対してではなく、その光を遮る天の緞帳とも呼べるもの。されど安寧を穢す『灰色のオーロラ』の出現に対してであった。
敵は夜まで待ってくれるほど紳士的ではない。視界に映るオーロラは曇天めいた灰色に染まっており、この下だけであれば日陰となって日傘なしでも戦えるかもしれないと希望を抱くべきか。
「グォォオオッ……!」
──そのとき、紅魔館の傍で光が屈折した。真夏の日差しは捻じ曲がり、そこに今までなかった巨大な建物──城を纏った竜が顕現する。
シャドウベールの波動を境界として紅魔館の近くで姿を消していたキャッスルドランが灰色のオーロラの出現に気づき、ドラン族の魔皇力で隠していたその姿を晒したのだ。
それは仮初めの城主となっている紅渡の意思でもある。姿を現したキャッスルドランは丸い瞳でレミリアを見ると、頭上に浮かぶオーロラに対する警戒の意味を込めた鼻息を噴き鳴らした。
「あら、見えないと思ったら。そんなところにいたの?」
レミリアは少し驚くが、すぐに小さく微笑む。キャッスルドランはずっとそこに隠れていたわけではない。ファンガイアの力による別の位相、キバの世界の法則に基づく特殊な領域に身を隠し、必要に応じてこの場に出現しただけ。
シャドウベールはその通り道でもあり、隠れ蓑としての機能も持つ。たとえどれだけの距離が離れようとも問題はない。キバの継承者たる者の意思があれば、同じ場所に眠っている真紅の鉄馬、バイクたるマシンキバーであろうともすぐに駆けつける。
そしてドランフエッスルの音色を奏でれば、キャッスルドランもいつでも現れてくれる。
「キバット、あれ……!」
「……間違いねえ! 昨日もファンガイアを出したやつと同じだ!」
キャッスルドランの屋上に顔を出した渡とキバットもまた紅魔館の空に浮かび上がるオーロラを見上げた。吸血鬼にとっては望ましくない晴天の空、光差す真夏の朝には相応しくない、曇天色の帳が紅魔館の敷地内に不気味な影を落とす。
渡はすぐさまキャッスルドランの中へと戻った。歪んだ構造を通っては、エントランスから城を出るつもりであろう。レミリアは吸血鬼の身をもって、紅魔館の屋上から飛び降りる。
「そこの妖精、パチェに伝えて。周囲の警戒を怠らないでおいて、って」
紅く小さな靴で紅魔館の正面へ軽やかに着地し、庭園の手入れをしていた妖精メイドの一人へと告げる。妖精は慌てた様子で一礼すると、そのままレミリアの言葉をパチュリーの耳へ届けるべく屋敷の中に消えていった。
左手に魔力で構成した真紅の魔槍を具現化しようと試みるレミリア。しかし、すぐに肌に感じた奇妙な歪みに気づき、魔力の集中を無意識に解いてしまう。
違和感は紛れもない感覚として空気を変える。それは渡と初めて接触したときと同じ、その場の何かが決定的に捻じ曲がる感覚。
咲夜が時間を止めて現れる際に感じるものと似た──『時空の歪み』と呼べるものである。
「……っ、また……!」
レミリアは咲夜たちが消えたあの光景を思い出してしまった。今度は誰が歪みの果てへ消えるのか。パチュリーや小悪魔、妖精メイドのいずれかか。キャッスルドランが抱える渡たち異邦の者たちなのか。あるいは──自分自身がその歪みに巻き込まれてしまうのだろうか。
思考の刹那、レミリアは天に響き渡る高らかな『警笛』を耳にした。それは遥か過去の記憶たる外の世界で聴いたことのある、列車の到来を告げる音。
そのまま彼方を見上げる。少女が目にしたのは、天空に金属のレールを敷いては霧の湖の上空を走行する『列車』のような何かであった。長く編成したその身で空を翔け、オーロラの直下を走り抜ける姿は幻想的ではあるが、前面に赤い桃の意匠を設けた姿は未来的なものである。
キャッスルドランもその違和感に気づいた様子。寝ぼけ眼を大きく見開き、天空を睥睨すると、歪む空間から突如として現れたそれ──近未来的な意匠を持つ白い列車を警戒する。
高らかな警笛を鳴り響かせ、悠々と空を舞う列車は幻想郷にあるべきものでは決してない。
「……列車……?」
灰色のオーロラへの警戒も緩めず、空の列車に視線を向けて。運命を垣間見たときに見えた光景に、あんなものがあったような気がして、万華鏡が如き記憶を手繰ろうとする。
やがてキャッスルドランから渡とキバットが出てきた。灰色のオーロラを見て城の外に出てきたのだろうが、すぐに彼らも天空に響き渡る警笛に気を取られて、そちらに意識を向けている。
彼らの反応から見るに、あの列車は彼らの──キバの世界の法則に依るものではない。
「な、なんだぁ……? ありゃ……?」
「キバットも知らないの……? あれはいったい……」
渡の傍から出てきたキバットがぱたぱたと翼を動かしながら大きな赤い目を丸くする。近未来的な意匠を持つ白い列車は、中世欧州風の意匠を持つキャッスルドランとは似つかない。渡もそうだが、キバットもあんな列車は──少なくとも
あるいは別の法則を辿った世界であれば共闘していたのかもしれない。だが、それはこことは異なる物語。キバの世界が刻んだ歴史においては、その法則と交わったことは一度もなかった。
「もしかして……あれ……こっちに向かってきてない?」
渡が呟いた言葉にレミリアは眉をひそめる。列車は突如として無から現れた。灰色のオーロラを介さず、さながら咲夜たちが消えたときとよく似た時空の歪みを伴って。
あれが何なのかは分からない。おそらくは九つの世界の法則、そのいずれかに該当するものなのだろうが──
このまま放置すれば、時空の歪みの影響なのか、前方に生成するレールに乱れを生じさせている様子の未知の列車はこのまま真っ直ぐ進行し、紅魔館へ突っ込んできてしまうだろう。
「グォォォオッ!」
キャッスルドランは小さな翼を広げ、その巨体を空へと持ち上げる。レミリアたちを地上に残したまま、彼方の空より舞い迫る白き列車を睨みつけ。
魔皇力を持たぬ未知の列車。キバの世界には在り得ぬ『時の列車』に威圧の咆哮を放った。
白い壁に包まれた車両の中にはいくつものテーブルと長椅子が備わっている。モモタロスたちは時間の中と同じ法則を持つ車内にて、完全体に等しい肉体を有していた。
デンライナー車内、食堂車の長椅子に座る良太郎は、過去の世界──2019年の人間の里で見た人物について思考を巡らせる。
姉と婚約し、良太郎の義理の兄となった男。桜井侑斗は19歳の頃の自分自身に未来を託し、現在という時間から存在を消し──過去の自分にまったく別の人生を歩ませ始めたはず。
現代の彼──本来の桜井侑斗はもう存在しない。やはり、他人の空似であったのだろう。
「……良太郎、どうかしたの?」
こころが彼を気遣う。その表情に変化はないものの、装う面には憂いを意味する老婆の顔があった。真剣な表情で思考する良太郎を見て、何かあったのかと心配してくれたらしい。良太郎はなんでもないよと答え、左手首の腕時計に視線を落とす。
過去の世界において役に立つことは難しいだろうその時計。現在の時刻に合わせられたそれは、良太郎が生きた世界において市販されていたものであり、過去の時刻に合わせる機能はない。
「久しぶりの時間旅行で酔ったんとちゃうか? たしか時差ボケとか言うたやろ」
「キンちゃん、それ、たぶん使い方間違ってるって……」
長椅子に座ったまま腕を組んでいるキンタロスの言葉に返すウラタロス。食堂車のカウンターに肘を乗せ、備わったソーサーからコーヒーカップを手に取ると、ピンクや水色など派手な色合いのクリームがたっぷり乗ったそれに口をつける。
かつてはとある客室乗務員によって淹れられていた『いつものコーヒー』ではあるが、チューブ状の設備から注ぐだけであれど、淹れ方に差異があるのかウラタロスの表情は芳しくなかった。
「おいナオミ、俺にもコーヒーくれ」
「……今はセルフサービスだよ、センパイ」
モモタロスの言葉に対し、口元にクリームをつけたままのウラタロスが答えると、彼は居るべき者の不在をようやく思い出した様子。彼女らがいないデンライナーは少しばかり広く感じるが、いなくなってしまった原因は未だ不明のままとなっている。
デンライナーの所有者、すなわちオーナーたる人物がここにいない理由は分かっているものの、客室乗務員の女性と特異点の女性──今は少女の姿である彼女らの行方は分かっていない。
「僕にとっては、あんまり久しぶりって感じはしないけどね……」
良太郎はついこのあいだモモタロスたちが乗るデンライナーを見送ったばかり。ライダーパスを返却し、戦いの日々に別れを告げたあの日からまだ数日も経っていない。
別の時間から来たモモタロスたちは、良太郎の知らない『幽霊野郎』との戦いを経験しているらしかったが──良太郎にとって最後の戦いの記憶は死神を模したイマジンと、その契約者たるイマジンの首魁を倒したというものだ。
2008年を現在とする良太郎。モモタロスが口にした辛気臭い幽霊野郎という存在については気になるものの、未来のことを聞いてしまっていいのだろうかという想いも胸に燻っている。
「……っ!」
──そのとき。良太郎を含む、その場の全員が空気に違和感を覚えた。デンライナーが高らかな警笛を奏で上げたその瞬間、時空を超えて空気が変わる感覚。
過去や未来へ向かう際に似ているが、すでにデンライナーは2020年へと戻ってきているはずだ。次なる時間の座標を指定していない限り、勝手に別の時代へ飛ぶことはない。デンライナーの計器が示す時間も現代たる2020年で相違ないようだ。
モモタロスとウラタロス、そしてキンタロス。良太郎とこころの思考に響くは馴染み知った警笛に加え、夏に舞うカブトムシの羽音と天に唸るような竜の咆哮めいた音。
不意に窓の外を見たモモタロスは、そこが人間の里でも命蓮寺周辺でもないことを悟った。
「あぁ? どこだ……ここ……?」
デンライナーの車窓から見える景色は過去へ向かう際に見た場所──命蓮寺ではない。モモタロスが見たのは、デンライナーの車内における完全体の彼の身と等しい赤色の建造物。真紅の洋館を傍らに持つ霧の湖であった。
その先に見えた真紅の洋館に目っを奪われた次の瞬間、デンライナーの車体が大きく揺れ始めた。ガタガタと断続的に衝撃が走り、レールの生成に不備が生じているのだと理解する。
「センパイ、デンライナーの様子がおかしい……!」
「このままやとあのけったいな建物に突っ込んでまうで!
ウラタロスとキンタロスもデンライナーの異常に気付いたらしい。原因は判然としないが、デンライナーが通る路線の生成システム──『物質生成照射装置』が何らかの影響により不具合を起こしているのだろうか。
自律走行はその不具合に対応できず歪んだ路線を突き進み、デンライナーの進路に影響を与えてしまっている。キンタロスの言葉通り、対処しなければ列車はあの館へ落ちるだろう。
「良太郎、あれ……!」
こころにとって、紅魔館自体は幻想郷に馴染み深きもの。誰より早くそこから視線を外した彼女が見たのは、デンライナーの正面にて翼を広げる巨大な竜の姿だ。城とも呼べる要塞じみた建造物をその身に背負い、小さな紫色の翼で天を舞うもの。
電王の世界においてその法則は存在しない、13魔族の一角を担うドラン族。キバの世界に依るグレートワイバーンのとある個体──キャッスルドランと呼ばれる『キングの居城』である。
「グォォォオオオッ!!」
巨竜は列車に向けて咆哮を放つ。ビリビリと震える空気はデンライナーの車内にも響き渡り、ウラタロスとキンタロスも反対側の窓からその姿を目にした。
過去たる2019年の時代から戻ったデンライナーは、その機能でもって再び時空を超えたのではない。幻想郷に招かれた三つの力、時の流れに干渉するそれらが重なり合い、時空の歪みによって時を走るデンライナーごと本来向かうべき場所とは異なる場所に出現してしまったのだ。
「ちぃっ……!」
ギガンデスの一種か。それにしては暴走したイメージではなく、生物らしい確かな存在感を感じさせる。モモタロスは咄嗟にデンライナーの先頭車両、運転室へ向かい、自動操縦モードであったデンライナーの操縦桿、バイクの形を成すマシンデンバードに跨った。
時間の中と同じ法則を有しているデンライナーの中だけで機能する疑似的な完全体の身をもってマシンデンバードのハンドルを握り、キャッスルドランから距離を取ろうと舵を切り──
──旋回、そして地にレールを敷く。天上から舞い降り、白き列車は紅魔館の傍に停車した。
紅魔館の傍、キャッスルドランの近くに降りたデンライナーは粗野な振る舞いで前方にレールを敷き、マシンデンバードの操作によって鉄路に火花を散らす。
金属の擦れる音を警笛で掻き消し、未来を進み過去より戻った列車はその場に鎮まった。それを見下ろす巨竜も静かに舞い降り、地響きと共に紅魔館の傍らに着地。時を超える力を持つ者同士、巨竜と列車には親近感があるのだろうか。
停車したデンライナーの車体は無機質な音を立てて扉を開く。蒸気めいた排気と共に、横向きに動いた近未来的な扉を展開したかと思うと、列車はその奥から良太郎とこころの姿を現した。
「良太郎、大丈夫?」
「う、うん……なんとか……」
こころは良太郎の手を取ってデンライナーの食堂車から外に出る。モモタロスたちは精神体となって良太郎の身体に戻っていた。良太郎は危うくデンライナーから放り出されかけたが、こころが手を掴んでくれたおかげでなんとか落ちずに済んだらしい。
幸い、怪我こそしていないものの、とうに慣れたはずの乗り物酔いが再び蘇る。ふらつく足取りで列車を降りると、不気味な真紅の洋館の傍に立つ城のような竜の威圧感を見上げた。
「竜……?」
圧倒的な存在感に加え、誇り高き振る舞いを感じさせる巨竜。ギガンデスの類にしてはどこか落ち着いている。確証はないが、それは過去を書き換えることを目的とした悪意のない、従順な番犬めいた者の眼をしていた。
渡たちもまた、未知への警戒心は良太郎たちと同じ。彼らは巨躯を見上げる良太郎たちとは異なり、城めいた高さこそないものの、東洋の龍に近い長さを持つ近未来的な列車に視線を向ける。
「……列車……だよね……?」
空を飛んで現れた、紅き桃を前面に抱く謎の列車。渡はその白き車体を見て、傍らを舞うキバットバットⅢ世に話しかける。キバットは小さく翼を動かし、渡と向き合っては再びデンライナーに視線を向けた。
未来的な意匠──そこまで考えて、渡は未来から現れたネオファンガイアを思い出す。22年後の時代から2009年の時代に訪れた自分の息子が戦う敵に対して、渡も知っていることは多くない。列車の中から現れた青年と少女、彼ら二人は自分たちの敵として考えていいのだろうか──
「てめえら! 危ねえじゃねえか! 急に出てきやがって!」
「な、なんだぁ? お前らこそ、いきなり突っ込んでくるんじゃねえ!」
デンライナーの扉から外に出た良太郎の傍に、時間の概念で形成された砂が積もる。白く流れる砂は上半身と下半身を逆転させた不可解な形で悪鬼の姿を象り、双角のイマジン──モモタロスの未契約体となって、キャッスルドランを背にする渡たちへと憤った。
キバットはモモタロスの姿に驚き、渡と目を合わせる。すぐに目線を下に向けて砂の怪物の顔を睨みつけると、キバットもまたモモタロスの啖呵に真っ向から己の魂をぶつけていく。
「……モモタロス、今はそれどころじゃないみたいだよ」
互いの未知に向き合う刹那。二人の青年、良太郎と渡は気づいていた。この紅魔館の上空、灰色のオーロラから現れる者の存在に。
歪む光の天幕は上空に広がる美しき波間を落とし、カーテン状の壁となって震える。良太郎の言葉を聞いて、モモタロスも来たる戦闘に備えて精神体で彼の身へと戻っていった。
光は二つの影を現す。一つは不気味な漆黒と緑色の外皮を帯びた怪物。おぞましく全身に紫色の鞭めいた意匠を纏う爬虫類に似た異形。微かに白い砂を零すその身はかつて良太郎たちが撃破したはずの『カメレオンイマジン』に相違なかった。
続いて現れたのはベージュ色のスーツに立派な弁護士バッジを着けた女性だ。怪物と共にいることに違和感はあるものの、彼女──
しかし、その女性がただの人間ではないことを渡とキバットは知っている。弁護士という地位も彼女が自らの力で得たもの。されどそれは、想いし相手に罪を償わせるための
「キバット……あの人は……!」
「ああ、間違いない。確か、あいつは……」
その記憶は紛れもなくかつて戦い倒した相手だ。ファンガイアとしての人間態も変わらず、やはり津上カオルや宮澤ひとみなどといった者たちと同様にこの地に蘇っている。理由は不明であるが、彼女は渡の父に求めていた贖罪をすでに叶えているはずだ──
キバの世界より来たるもの。電王の世界より来たるもの。ゆえにそのどちらもレミリアとこころの記憶にはない。カメレオンの怪物とスーツを纏った女性に対し、二人は未知の力を見た。
「……ほう、特異点か。それにそっちの奴は……なるほどな」
カメレオンイマジンは興味深そうに呟くと、良太郎と渡の姿をそれぞれ一瞥しては、隣に立つ夏川を見る。小さく頷いた彼女に対し、カメレオンイマジンもまた異形の顔面を醜く歪めてニヤリと口角を上げてみせた。
渡はキバットと意思を重ね、レミリアと共に怪物に対して臨戦態勢を取る。おそらくはファンガイアではない。見たこともない異形を警戒し、同時に白い列車から現れた謎の青年にも注意しながら。レミリアとしてもこころに彼の正体を聞くまで、味方と判断することはできまい。
懐から取り出したライダーパスを右手に持ち、良太郎もまた心に宿るモモタロスと意思を重ねる。傍に立つこころと共にカメレオンイマジンに対する警戒を強めた。
近くにいる弁護士らしき女性はイマジンの契約者だろうか。無関係の人間を人質として連れているにしては、女性に恐怖の感情が一切見られない。自らの意思でそこにいるのは確実だろう。
「おっと、ここでお前らと戦うつもりはない。これにて契約完了だ。じゃあな!」
カメレオンイマジンは右手の平を向けて良太郎たちを制止する動きを見せ、近くにいた女性へと向き合ったかと思うと、女性の身体に生じた裂け目に飛び込んだ。
深々と続いている緑色の深淵には果ては見えない。これまで良太郎たちが何度も見てきたイマジンの行動。それは紛れもなく契約の完了に際する『過去への跳躍』に間違いないものだ。
「(あの野郎! 過去に……!)」
良太郎の視覚を共有しているモモタロスが彼の中で呟く。契約の内容は不明だが、良太郎がここに来ることか。それともデンライナー、あるいはあの城のようなものの存在が関係するのだろうか。少なくとも良太郎やこころ、モモタロスはあの女性を知らないが──
今は対処を優先すべきだと判断する。ライダーパスからブランクチケットを取り出し、良太郎は女性へと向き合った。過去の扉はすぐに閉ざされ、女性は力が抜けたようにその場に膝を着く。
「すぐに追わなきゃ……!」
ブランクチケットを手にした良太郎はイマジンの契約者たる女性、夏川綾に近づく。その頭上にチケットをかざし、明確な日付が刻まれたライダーチケットとなったそれに視線を落とした。カメレオンイマジンの全身に加えて1986年2月10日の日付を見て、それがイマジンの向かった過去の時間であると確信する。
デンライナーはすぐ近くに停車しているはずだ。停車の際には少し衝撃があったものの、これまでもその程度のダメージは経験している。運行に支障をきたすようなことはない。
「…………」
良太郎がライダーチケットをパスに込めようとしたときだ。目の前にいる女性が静かに笑った。彼女の顎にはステンドグラス状の不気味な模様が浮かび上がっており──
それを不審に思う暇もなく、良太郎の背後には夏川綾の捕食器官たる吸命牙が出現した。
「「危ない!」」
霧に伝う声は渡とレミリアのもの。ファンガイアなど知らぬ青年は、夏川をただの人間と思って近づいたのだろう。彼女の中に入っていったカメレオンらしき怪物も気になるが、キバットの眼にはイマジンという存在の本質は映っていなかった。
レミリアは左手に紅き槍を。渡は右手にキバットを持ち構える。しかし、良太郎のすぐ傍に出現した吸命牙が彼の首に届くほうが早い。二人のスピードをもってしても間に合わず。
良太郎の近くにいたこころは無表情のまま大地を駆け、彼を突き飛ばした。鋭く振り下ろされる吸命牙に対して青白く現した薙刀を振るい、二つの牙をまとめて打ち払う。
夏川は小さく舌打ちをすると、その魔族たる真の肉体を露わにする。魔皇力に包まれたステンドグラスの細胞がその身を変質させていく様を目の当たりにし、こころも彼女から距離を取った。
「これで道は繋がった……あの男のいた時間に……」
インセクトクラスに分類されるミノガに似たファンガイア。漆黒の体躯にオレンジ色のステンドグラスを纏う『モスファンガイア』は、ミノガらしからぬハチドリめいた
緑色の裂け目に手を突っ込み、やがてモスファンガイア自身は己の内に生じた過去の扉へと吸い込まれていく。自らの扉の中に消えていく姿とその異形を見て、良太郎は微かに慄くが──
「あ、ありがとう。でも、今のはいったい……」
「良太郎、それよりあいつを追わないと。過去が書き換わる前に」
こころの手を取って立ち上がった良太郎は礼を言う。目の前から消えた異形は確かに、人間の肉体を変じさせて現れた。砂という形で、人間の精神から溢れ出たものではない。現に弁護士らしき女性がそこに倒れていないことがその証明だ。
彼女に憑依していたイマジンが外に出てきたのではない。女性自身が怪物の姿に変貌したのだ。加えて、自らの過去の扉に入るなどという光景も見たことがなかったもの。
幸いにして彼女の記憶からライダーチケットを得ることはできた。良太郎は手にしたライダーパスにライダーチケットを込めると、こころに頷いてデンライナーへと向かっていく。
キャッスルドランの傍に停車された列車は二人を受け入れ、空に路線を架けて走っていった。
「……あいつら、どこに行ったの?」
「さぁ……」
「たしか、過去がどうとか言ってたな……」
レミリアは空に舞い上がったデンライナーの消失を見届けると、渡とキバットに向き直って問うた。当然、電王の世界の法則に基づく過去への跳躍、イマジンという存在の行動について、キバの世界の住人たる彼らが知る由もない。
ファンガイアの女性と共にいた怪物の存在は気になるが、未知の列車に乗り込んで消えていった青年も謎が多い。彼も、ファンガイアの女性と怪物もいったいどこに消えたのか。
キバットは青年と共にいた少女の言葉を思い出し、それらの向かう先が過去だと推測した。
「なるほど、あれが異世界の技術か……」
不意に聞こえた低い声。レミリアと渡が振り返った先、キャッスルドランの正面には、見知った男がいた。かつて渡の父との約束を交わし、大いなる竜の城に残った狼男の血族。ウルフェン族の最後の生き残り──次狼と名乗るガルルの人間態である。
一度会っただけだったとはいえ、その魔皇力を忘れてはいない。レミリアは渡と共にキャッスルドランに近づき、紅魔館のすぐ近くでのんきに眠そうにしている魔竜の正門の前に立つ。
「あんた、外に出られたのね」
レミリアの言葉で、渡とキバットは彼女が次狼と出会っていることを知る。キャッスルドランではぐれてしまった際にドランプリズンに迷い込んでいたのだろう。
次狼を含むキャッスルドラン内の三体の魔族は、この城に囚われているわけではない。ただキャッスルドランの暴走を抑えるため、そしてとある男との約束を果たし、渡の力となってやるためである。かつてはファンガイアの王に幽閉されていたが、今は自由を取り戻しているのだ。
「……過去に行く手段ならある。ついてこい」
次狼は右手の親指を背後に向けてキャッスルドランを示す。彼の案内に従って、城の深奥まで進んでいくと、薄暗い廊下にぼんやりと存在を主張する古びた扉が鎮座していた。
「俺の仕事はここまでだ」
厳重に封印された扉の鎖は解かれ、次狼は手にした三本の鍵を使ってその扉、過去と未来を繋ぐと伝えられている『時の扉』の封印を解いていく。
微かに溢れる光。次狼はその波動に微かに眉をひそめると、ただそれだけ言って魔皇力の波動に包まれた。レミリアが瞬く間には、すでに次狼の姿は消えており──その場を去ってしまった。
「またこの扉を使うことになるとはな……向かう時間は分かってるのか?」
「……うん。夏川さんなら、きっと僕たちの時間から22年前──1986年を目指すと思う」
渡は先ほど彼女が呟いた言葉を思考に浮かべる。あの男がいた時間。それはつまり彼女が妄執を抱く渡自身の父に対する想いを残したあの時間のことだ。
2008年から22年前となるその時代に、渡はまだ生まれていない。それでも父が生きていたその時間に、渡はキャッスルドランが抱く時の扉を超えて赴いたことを強く覚えている。
キバットの問いに、かつて自分たちが赴いた時間に想いを馳せて答える渡。父と母が出会い、父が命を落とすこととなった時間。かつては大切な人を死なせてしまった後悔から、自らが生まれることを拒み、父と母が結ばれることを阻止しようとしたこともあった。
キャッスルドランの時の扉にゆっくりと手をかける。扉の隙間から微かに溢れる光は、渡が願う過去に応じて道を作った。
それは奇しくもデンライナーに似た法則。チケットを必要とせず、かつての魔術師がキャッスルドランの魔皇力をもって設けた『時を超える力』。渡自身は自らが知る現代より未来へ行ったことはないが、キャッスルドランが存在している時間からならば過去から訪れる者もいるだろう。
「未来の運命なら何度も目にしてきたけれど……『過去』に向かうのは初めてだわ」
レミリアは渡と共に扉の前に立つ。重々しく開かれた扉が放つ光に目を細め、彼方より流れ込む微かに今とは違う空気──魔皇力を肌で感じる。
ここより歩むは過去の世界。西暦1986年と言っていたか。それは、レミリア・スカーレットがまだ幻想郷を訪れていない時間である。
咲夜も美鈴も、パチュリーもフランドールも、紅魔館でさえそこには存在しない。そんな時間にいったい何があるのだろうか。1986年という時間に想いを馳せて、彼らはその光へ踏み込んだ。
西暦1986年2月10日。霧の湖には未だ紅き悪魔の屋敷はない。当然、今の幻想郷で起きている二度目の四季異変の影響もなく、湖は2月らしい冬の寒さに包まれているようだ。
冷たく冴える夜風に満ちた霧の湖の空は宵闇に包まれ、麗しき月の光を輝かせている。
虚空より現れたのは緑色の裂け目から姿を見せたモスファンガイア。渡が生きる2009年からは23年前、レミリアやこころが今を生きる2020年から見れば34年前となる過去の幻想郷に夏川綾という者は存在していないはずだが、自らの身体に生じた過去の扉を通ることで正規の手段ではない時間跳躍を果たしたのか。
現れたモスファンガイアのステンドグラスの身体からは白い砂が零れ落ちる。砂はやがて彼女の足元に集まり、その傍らにて怪物の姿を象ると、カメレオンイマジンの身体を実体化させた。
「どうして……紅……
「誰だって? 感傷に浸ってる場合じゃないぞ」
「……分かっている。行くぞ、イマジン」
モスファンガイアの体組織に映る夏川綾の表情。それに答えるカメレオンイマジンは己が身より砂を零しながら、契約の理由となった望みと記憶の内容を叱責する。
この時間に訪れたのはモスファンガイア──夏川綾の記憶。紅渡の父たる男への未練を繋がりとして、彼女は西暦1986年という過去の時間に想いを馳せながらカメレオンイマジンと契約した。この幻想郷にはその男は存在していないだろうが、彼女の目的は彼に会うことではない。
「電王……! やはり追ってきたか!」
カメレオンイマジンは紅魔館のない霧の湖上に浮かんだ光を見上げた。警笛を響かせながら舞い降りる白き車体、時の列車たるデンライナーは過去を書き換えようとするイマジンたちにとっては忌まわしきものである。
デンライナーはかつて紅魔館が存在した──否。後に紅魔館が現れるであろうその場所に停車。横向きに開いた扉から飛び出した良太郎は怪物に向き直ると、心に響く声に耳を貸す。
「(良太郎、このキラキラしたやつ……イマジンの匂いがしねえぞ!)」
「……やっぱり……この幻想郷にはイマジン以外の怪物が……」
モモタロスが言うイマジンの匂いというものは良太郎には感じ取れないものの、命蓮寺で聞いた話の通り、この地に現れる怪物はイマジンだけではないようだ。彼の知るイマジンという怪物は、人間に憑依することはあれど、自ら人間に化けるということはなかったはず。
あるいは完全に人間の時間を乗っ取ってしまったはぐれイマジンか。モモタロスの言葉が事実なら、その可能性も薄いかもしれないが──
ステンドグラス状の組織を持つ怪物は長く伸びた耳で背後に響く旋律を感じ取ったのだろうか。良太郎たちに向き合うカメレオンイマジンの隣で、モスファンガイアは背後へと振り返る。
「渡! こっちのやつ……魔皇力を感じねえ! 俺の知ってる魔族じゃないのか……?」
「……キバットも知らない……魔族じゃない怪物……? もしかして……」
キャッスルドランの時の扉を超えた渡とキバット、そしてレミリアは霧の湖の畔、未来の時代に紅魔館が建つその場所に現れた。
モスファンガイアの存在はかつて倒したこともあり知っている。しかし、その近くに立つ緑色の外皮を備えた奇妙な怪物、どこかカエルのようにもカメレオンのようにも見え得るそれについては見覚えがない。
キバット曰く、魔皇力を感じない──と言ったのはそれがあまりにも薄すぎたためだ。厳密には一切ないわけではないという。怪物然とした見た目をしているのに、その魔皇力が『人間並み』にしかないらしいのだ。見た目こそ怪物だが、その魔皇力はそれを人間だと伝える。
無論、そのような奇妙な生物はキバの世界に伝えられる13の魔族のいずれにも該当しない。
「(なんでもいい! 行くぜ、良太郎!)」
「……考えてる暇はねえ! キバっていくぜ、渡!」
カメレオンのイマジンと向き合う特異点の青年は己が心に伝う砂色の声に。ミノガのファンガイアと向き合う混血の青年は己が傍らにて舞い飛ぶコウモリの声に。それぞれ耳を傾け小さく頷くと、彼らはそれぞれ慣れ親しんだ動きで右手にそれを掴んだ。
良太郎の手に宿るはライダーパス。その意思に応じて腰に現れたデンオウベルトの赤色を押し、耳に馴染み深き旋律を聴く。
渡が差し出す手に噛みつくはキバットバットⅢ世。流し込まれる魔皇力は人間とファンガイアの混血たる彼の血を呼び覚まし、その腰に巻きつく鎖は紅く歪みてキバットベルトを形成する。
「「変身っ!」」
『ソードフォーム』
雄々しきミュージックホーンを奏でるデンオウベルトのターミナルバックルに、ライダーパスが通過。同時に向き合う怪物越しに、気高き笛の音を奏で立てるキバットベルトのパワールーストにキバットバットⅢ世が逆さ吊りの形で止まった。
フリーエネルギーと魔皇力。異なる世界のそれぞれの力が二人の青年を包み込んでいく。やがて怪物たちを挟むように立つ二人は、桃を模した列車と、コウモリを模した吸血鬼の鎧を纏いて。
「……あれは……なんだ……?」
「へぇ、もしかして、別の世界の鎧かしら」
変身を遂げた電王とキバ。それぞれの隣に立つこころとレミリアは興味深そうに彼方に立つ異色の戦士を見る。同様に電王の
「そこの面霊気と一緒にいる桃みたいなの! ファンガイアの仲間かしら?」
「あぁ? ファンガイア? 知らねえな! 俺たちはそこのイマジンに用があんだよ!」
電王となった良太郎の意識の表層にはモモタロスが現れている。ソードフォームの赤き装甲に満ちる自らのオーラを滾らせ、モモタロスは良太郎の身体を借りては向かうレミリアが放った言葉に声を返した。
レミリアの言葉を聞いたこころは彼女の隣に立つキバの継承者について考えた。イマジンならざる怪物を確認した今、それと向き合う未知の戦士は幻想郷に現れている未知の法則のうち──それらと戦う意思を持つ戦士であるのだろうか。
同様に向き合う電王──モモタロスの言葉を聞いた渡もこころと等しく。幻想郷で確認される未知の怪物、ファンガイアならざる存在と向き合う未知の戦士に、我々に敵対する意思はない。
「……とりあえず、今は共闘しよう。話はあとで聞く」
「(うん。見たところ、あの子たちもこの怪物と戦うつもりみたい)」
こころの言葉を隣で聞いた良太郎はモモタロスに肉体を貸したまま彼に意思を伝えた。渡はレミリアと互いに向き合い小さく頷き、吸血鬼の隣にてキバフォームの構えを見せる。
「キバット! あの子たちからファンガイアを遠ざけないと!」
渡は正面を見据えたまま、自身の腰に止まるキバットへと告げた。桃を模した仮面の戦士も、お面を被った少女もおそらくはファンガイアを知らない。先ほどのように再び背後から吸命牙に狙われたら、今度こそ対処できないかもしれない。
地を駆け抜けるキバと共にレミリアも紅き槍を構えて疾走する。闇の色に包まれた霧の湖の畔、月光に照らされた漆黒の翼を翻し、瞬くようなスピードで──モスファンガイアに接近した。
「なんだか新鮮な気分だよ。見知ったいつもの場所に、私のお屋敷がないなんて」
魔力で構成した紅き槍はモスファンガイアの左腕に防がれる。パリンと割れたステンドグラス状の体組織は、その一撃で砕けたものではない。その破片を零すことで、モスファンガイアは破片を長剣に変えて右手に掴んだのだ。
自らの細胞から成した長剣を振るっては、レミリアを後退させる。すぐさま向かってきたキバの蹴りを見切ろうとするも、レミリアへの警戒もあって長剣による対処が遅れてしまう。
こころは手元に青白い薙刀を現し、カメレオンイマジンに向けて振るった。その軌跡から滲むように妖力の光弾が溢れ、イマジンに向けて放つ。モモタロスが憑依した状態の良太郎──M良太郎は電王としての姿で腰を探り、四つのパーツを取り外した。
手に取ったパーツを器用に組み合わせ、それらをソードモードのデンガッシャーとして構える。モモタロスの荒ぶる意思のまま、こころの弾幕を軽やかに搔い潜ってイマジンへと接近する。
「おらぁっ!」
振り下ろされたデンガッシャーの一撃は当たらなかった。カメレオンイマジンは、かつて戦ったときと同じように不可視となってしまったのだ。姿が見えない状態のまま刃を回避されたことで、M良太郎は二の太刀の矛先を見失う。電王の複眼にも姿は映っていない。
モモタロスの心の焦りは良太郎にも伝わっている。不可視の姿となれるイマジンに加えて、今は未知の怪物──背後から飛来する半透明の牙を持つ吸血鬼めいた者も存在しているのだ。
「くそっ、どこ行きやがった……!?」
「(……何か変だよ、あのイマジン。どうしてこんな何もないところに……)」
肉体の主導権はモモタロスの意のままに。良太郎は冷静に思考すると、カメレオンイマジンの目的について考えていた。
イマジンの目的は過去の改変のはず。首魁たるあの男が滅んで以降にも消滅を逃れたはぐれイマジンたちは、過去の人間に成り代わって時間を奪うことを目的としている。だが、こんな場所では破壊すべきものは何もなく、このイマジンは契約者の人生を乗っ取る素振りを一切見せない。
「赤いの! 後ろだ!」
背後から力強い声が聞こえる。振り返ると、目の前にカメレオンイマジンが迫っていた。M良太郎は咄嗟にデンガッシャーを振るい、背後のそれを斬りつける。しなるカメレオンの舌めいた鞭に弾かれ、本体を切り裂くことはできなかったが、攻撃を防ぐことはできた。
良太郎はモモタロスに任せた身の中で、見知らぬ鎧の腰元にて喋るコウモリ──キバットバットⅢ世に驚く。モモタロスも同様に驚いている様子だったが、今の肉体の主導権を持たない良太郎に比べて思考する余裕がないらしい。
ただ単に元から深い思考を得意としないモモタロス。渡が纏うキバの鎧が蹴り飛ばしたモスファンガイアの立つ位置に後退したカメレオンイマジンを見て、微かに歯痒い想いを募らせる。
「はぁっ!」
モスファンガイアは口吻から撒き散らした蛾の鱗粉を爆発させる。体表のステンドグラスと同じ色をしたオレンジ色の炎が巻き上がり、一瞬だけ視界を奪われてしまった。
渡はキバットの放つソナーで爆炎の中を探ろうとする。が、その隙にそのまま突っ込んできたカメレオンイマジンの紫色の鞭を目にしたため、咄嗟に超音波による索敵を中断して軽やかに後退、それを回避した。
爆炎の中から突っ込んできたのはカメレオンイマジンだけではない。自らの鱗粉に紛れて長剣を構え、現れたモスファンガイアは先ほどまで対峙していたキバではなく電王に向かっていく。
「ちぃっ……なんだこいつ……!」
火花を散らして交わる剣戟。モスファンガイアの長剣に打ち合わされたデンガッシャー ソードモードの赤き刀身は、放つフリーエネルギーの波動を未知のエネルギーたる魔皇力とぶつけあって不思議な色を放っているように見えた。
カメレオンイマジンの鞭の一打一打を手の平で払う渡も同様に、怪物の持つ精神のオーラから成る鞭の乱打に自らの魔皇力を打ち合わせ、その拳から奇妙な光が滲むのを見ている。
──渡は目の前のイマジンと向き合うので手一杯。その最中、良太郎の背後に牙が迫った。
「隙だらけよ、赤いの」
キン、という軽やかな音と共にモスファンガイアの吸命牙は弾かれる。電王の背後を守るように位置取ったレミリアの槍は半透明の牙を打ち払い、魔皇力にも似た紅き魔力をもって目の前に立つ怪物──キバの世界の魔族たるファンガイアと向き合った。
即座に後退するモスファンガイアの口吻にオレンジ色の光が灯る。それが先ほども見た爆発する鱗粉を放つ予兆だと見抜いたレミリアは、その局所を目掛けてナイトダンスを解き放った。
「ぐっ……!」
「……ファンガイア。吸血鬼の伝承を持つ化け物らしいわ。一緒にされても困るけど」
モスファンガイアの口吻にナイトダンスの紅き光を炸裂させて動きを抑制。背後の電王に怪物の名を告げると同時、ちらりとキバたる渡を見やる。
渡はキバの法則に依らぬカメレオンイマジンと対峙しつつ、こころを守るよう立ち回る。互いは素性を知らぬ身であろうと、彼は見知らぬ少女を無視して戦える性格ではなかった。
「(きゅ、吸血鬼……?)」
モモタロスの意識と共に振り返り、紅き少女の翼を目にする良太郎。彼女の言葉を聞く限り、おそらくそれを語った少女の身こそ吸血鬼と呼ばれる怪異なのだろう。
幻想郷には妖怪が存在する。厄神や騒霊に加え、面霊気と出会った彼にとって、もはやそれは疑う余地もない。その背筋に冷たいものが走った原因は、一歩間違えば先ほども首元に飛来した牙によって己が命を吸い上げられ、干からびた骸と化していたかもしれないという恐怖からだ。
「……なるほど。確かになんとなく吸血鬼っぽいかも……」
「それで、そっちのカメレオンは? あんたたちなら何か知ってるんでしょ?」
ファンガイアの性質を聞いたこころは呟く。その言葉に対して、レミリアはモスファンガイアの長剣に自身の魔槍を打ち合わせながら背後を振り向くことなく彼女に問うた。こころもまた目の前のカメレオンイマジンに青白い薙刀を構え、迫る鞭を弾き交えては渡を守るように立ち回る。
「こいつらはイマジンとかいう。過去を変えるために未来から来た精神体……だって」
こころの薙刀は霊力で編まれたエネルギー体だ。青白く輝くそれは、レミリアの魔力から成る紅き魔槍と奇しくも対を成すかのように虚ろに光を放っている。イマジンの性質を語りながら、こころは踊りながら迫る鞭を舞うように避け、イマジンを後方に蹴り飛ばした。
相手取る怪物と距離を取り、同じタイミングでモスファンガイアを突き飛ばしたレミリアも軽やかなステップで後退。こころとレミリアは立ち並び、それぞれ傍らに電王とキバを伴った。
「未来から来た……? 渡、それって……」
「……うん。もしかしたらネオファンガイアと何か関係が……」
渡はキバの鎧を装う姿のままに己が腰元のキバットベルトに視線を落とす。コウモリたる身に相応しく逆さ吊りに留まったキバットバットⅢ世が湛える真紅の複眼に目を合わせると、かつて己も拳を交えた未来からの脅威についてを切り出した。
キャッスルドランと同じ技術によるものか。渡たちはファンガイアの王を打倒し、友の結婚式に出席していた際、奇しくも自らが向かった過去と同じ時の流れの先、22年後の『未来』より新たな敵の襲来を見ている。
未来から来た渡の息子──渡よりもむしろ渡の父によく似た彼が語ったネオファンガイアという勢力。こころが語った未来から来た者の存在から、その関連性を考えずにはいられなかった。
「私としては、なんでそのイマジンとやらがそっち側についてるのか気になるけどねぇ」
「いろいろ事情がある。そっちこそ、ファンガイアの気配を宿した奴が隣にいるし」
レミリアの視線がソードフォームの電王に向けられる。その身に変身しているのは野上良太郎。紛れもなく人間であるが、彼の肉体にはイマジンが宿っている。デンライナーから姿を現した白き砂の異形を目にしているレミリアは、その気配の類似性に気づいていた。
この青年はイマジンと共に剣を振るっている。そしてそれは、渡も同じこと。こころが気になった点も、紅渡の身からなのか、あるいはその身に纏う鎧からなのか。ファンガイアと同じ気配を滲ませているということだ。
二人の疑念はそれぞれが行動を共にする未知の戦士、おそらくは外の世界の戦士の一人であろう良太郎と渡に対して。イマジンとファンガイア、それらは例外なく敵というわけではないのか。
「……ま、それはお互い様ってわけね。今はこいつらを片付けるのが先よ、面霊気!」
「言われなくても分かってるぞ、吸血鬼。我々に異論はない。幻想郷の敵は、我々の敵だ!」
レミリアとこころの目線は等しく二体の怪物のもとへ。彼女らもすでに理解しているいくつかの世界。異なる地平からの来訪者たち。それらは未知の怪物と矛を交える運命をさながら能楽の如く演じてきたのだろう。
キバフォームの紅を帯びた渡は魔皇力を滾らせる拳をもって構え。ソードフォームの赤を纏うM良太郎はフリーエネルギーの波動に満ちたデンガッシャー ソードモードを構える。
刹那の間合い。カメレオンイマジンは再び時の砂から成る身を不可視と変え、モスファンガイアは煌く鱗粉の光を口吻に湛え始めた。爆発する鱗粉に紛れ、魔皇力を込めた長剣で切りかかってくるつもりであることは、先ほどの動きからすでに予測できている。
問題は不可視となってしまったイマジンのほうだ。ファンガイアの動きに気を取られすぎれば、見えざる一撃を受けてしまう。吸命牙と長剣の両方を警戒しつつ、さらには不可視の怪物からの攻撃も同時に警戒しなくてはならないのだ。
しかし、吸血鬼の少女はその経験からか。己が目にした運命からなのか。不意に思考に芽生えた万華鏡の光に身を委ねると、ニヤリと口角を上げては勝ち誇ったように真紅の双眸を細める。
「……鱗粉と不可視化。どうやら、敵のお二人さんは相性が悪かったみたいね」
「なるほど、そうか。渡! カメレオンのほうはあいつらに任せたほうがよさそうだ!」
小さく呟いたレミリアの言葉。その意味に気づいたキバットは、キバットベルトの止まり木にて声を張り上げた。渡が意味を訊こうと視線を下げた瞬間、モスファンガイアが撒き散らした鱗粉が周囲に爆発の炎と煙を大きく巻き上げていく。
こころもまた、その光景を見てレミリアの意図に気づいたようだ。どうやら彼女は、あえて怪物たちから距離を取ることでこの鱗粉の噴霧を誘っていたらしい。そして、その目的こそは──
「(……! 見て! モモタロス! あそこ!)」
「あぁ? 丸見えじゃねえか! へへっ、こりゃ好都合だぜ!」
内なる良太郎の声に従いモモタロスは電王としての複眼を向ける。そこには、モスファンガイアの鱗粉によってくっきりと形を浮かび上がらせたカメレオンイマジンの姿があった。たとえ不可視となろうと、この煙と鱗粉の中では身を隠すことはできないということだ。
先ほどまでは二体の距離が大きく開いていたために干渉し合わなかったのだろうが、レミリアとこころが肩を並べると決めたとき、電王とキバの距離が近づいた。そのため、それらを相手に取るイマジンとファンガイアという怪物もまた、互いの距離を近づけざるを得なかったのだろう。
「そりゃあっ!」
「ぐっ……!」
デンガッシャー ソードモードの刃が、鞭を振るう直前のカメレオンイマジンの身体を斬りつける。白い砂を溢れさせ、もはや透明化は無意味だと判断したのか、不気味な緑と黒の体色を露わにしながらモスファンガイアを睨みつけるカメレオンイマジン。
モスファンガイアもまた煌く鱗粉と同色のステンドグラスを帯びた肉体でもって敵を錯乱しようと試みているが、キバットが放つソナーによって質量の有無は明確に焙り出される。
「はぁっ!」
「くっ、う……!」
魔皇力を秘めたキバの右脚、封じられたヘルズゲートの銀で蹴りつけ、モスファンガイアを鱗粉の外に蹴り飛ばす。爆炎によるダメージこそ多少残っているものの、渡の肉体への損傷はさほどでもない。レミリアは小さな翼を振るい、不快そうに煙と鱗粉を仰ぎ払いながら溜息をついた。
「……服が汚れちゃったわ。どうしてくれようかしら」
レミリアの紅い視線が二体の異形を貫く。その左手に
吸血鬼と面霊気。二人の心に見据える運命は一枚の札。己が力を言葉と成した、弾幕ごっこのための共通認識。スペルカードと呼ばれるそれは、幻想郷の者にとっての等しき攻撃宣言だ。
「
「我々の
紅く弾けた札の名を叫ぶ。レミリアは自らの魔力を螺旋の渦と成し、その身に纏ったかと思うと、大地を蹴っては音を置き去りにするほどの速度で空気を穿って突き進んだ。己が身そのものを魔槍の如く、きりもみ回転してはモスファンガイアに一瞬で接近。
その風圧だけで爆煙の一切は晴れ、大地を削り吹き飛ばしてはモスファンガイアを翼の一撃でもって打ち上げた。放たれた【 夜符「デーモンキングクレイドル」】は、仇為す魔族を空という揺り籠へと叩きつけるようにして。
蒼く零れた札の名を呟く。こころは己が霊力を地表に満たし、憂う姥面を装っては悲観に暮れた感情で自らの頭を抱えるように面から溢れる嘆きを零した。
すると、月の光に照らされた霧の湖の大地から噴き上がるように青白い霊力の奔流が空を目指し解き放たれる。いくつもの姥面が装う者なき亡霊となりて、逃げ場を失ったカメレオンイマジンの身を宵闇の空へと押し上げるように、蒼き怒涛は涙となって天を目指していった。
こころが抱いた【 憂面「杞人地を憂う」 】は、彼女の憂いを面と成して。たとえ敵がどこにいようと、大地に満たした嘆きは的確に対象の直下から吹き上がり、空へと誘う弾幕となる。
「さぁ、今よ! 渡、キバット!」
「叩き込め、良太郎! いや、今はモモタロスだっけ?」
二体の怪物は空中に打ち上げられている。レミリアやこころは自身たちとは違い、空を自由に飛ぶ能力を持たないであろう彼らを空という身動きの取れない領域に追いやることで大きな隙を作り出すことに成功したのだ。
それぞれ吸血鬼は自身と同じ紅き血の運命を宿す牙に。面霊気は自身と同じいくつもの面を心に抱く感情の分岐点に。振り向き信じるその名を叫ぶ。
モスファンガイアは翅を持たぬミノガの幼虫。カメレオンイマジンは翼を有さぬ爬虫類。どちらも身動きの取れないまま──ただ重力に従うまま、せめて地に在る者たちへ向き合った。
「うん……! 一撃で決めるよ、キバット!」
「よっしゃあ! キバって行くぜ!」
『ウェイクアップ!』
「(モモタロス! 今ならあっちの怪物に邪魔される前に倒せるかも……!)」
「へっ、わざわざ言われるまでもねえ! こっちは最初からクライマックスなんだよ!」
『フルチャージ』
渡の指先は右腰に備えるウェイクアップフエッスルを取り出し、それをキバットに咥えさせる。下顎を軽く叩いては、気高く吹き鳴らされる魔皇力の旋律を耳にして。
M良太郎の左手が素早く取り出し、デンオウベルトのターミナルバックル、その正面を通過させるは、時の列車への乗車権となるライダーパス。赤く瞬く光、満ち滾るフリーエネルギーの波動は右手の長剣、デンガッシャーに集約した。
開かれる白銀。解き放たれる紅。すでに宵を見せる霧色の空は、満ちていた月を朧に染め、月齢を無視して三日月に変える。キバの鎧の右脚、ヘルズゲートを解放しては、真紅に染まったデモンズ・マウントを帯びたそれを振り上げ。渡は左脚の跳躍をもって、黒き空へと高く翻った。
「はぁああああっ!!」
キバの気合いが宵闇を紅く切り拓く。真紅の右脚を突き出し、落ちゆく夜の帳の如く。霧染めの月明かりに照らされたモスファンガイアの身に、ダークネスムーンブレイクの一撃を見舞う。その勢いと重みを受けて、怪物は成す術もなく大地へと叩き込まれた。
その身に流し込まれる絶大な魔皇力はモスファンガイアの細胞を破壊し、オレンジ色に統一されていたその身に死の色である極彩色、深い七色のステンドグラスが美しく鮮やかに輝き始める。
「俺の必殺技、パート3! はぁあっ! でりゃあああっ!!」
電王の咆哮と共に赤き刃が宵闇を切り裂いていく。振り下ろされたデンガッシャー ソードモードのオーラソードは本体から分離して、カメレオンイマジンの腹部をエクストリームスラッシュの一撃でもって深く鋭く穿ち貫く。
地上にて振り乱されるデンガッシャーの本体に追従するように、夜色の空にて月明かりを受けた真紅のオーラソードは無慈悲で豪快な舞いを見せた。
右と、左と、そして月を背にして一閃する刃。最後に振り抜かれたデンガッシャーの振る舞いに従う赤き刃はモモタロスのオーラから成るフリーエネルギーを滾らせ、怪物を切り裂いた。
「「ぐぅぁあああああああっ!!」」
天に燃ゆるカメレオンイマジンの断末魔。空中で滅多切りにされた怪物は、ある男が夢を叶えるために大金を望み、その契約を繋がりとして童話『カエルの王様』からカメレオンをイメージして生み出された仮初めの肉体だった。
その魂も、未来に生きては過去を望んだ名もなき人間であったのだろう。イマジンたちの人格は過去を持たぬ未来人の精神。その肉体だけが、怪物たるイメージの具現であるのだ。
地に爆ぜるモスファンガイアの叫び。あるいは、その名は背徳という名の井戸。その身を包むステンドグラスは隠れ蓑であったのだろうか。人間を騙り、夏川綾という女性として弁護士の地位についた彼女は、渡の父親たる男に求めた贖罪を口実にしていただけだった。
本当の理由は、ただ彼に振り向いてほしかっただけなのだ。ただ一つ、その運命を信じたかっただけだった。そんな妄執も、彼が奏でた、美しき花々たちへの旋律をもって、終止符として。
イマジンの肉体は炎と共に爆散。ファンガイアの肉体は、ステンドグラスの細胞が光を伴って砕け散る。イマジンたちの肉体の死と違って、ファンガイアの最期に爆炎は伴わない。
そして死した二体の残骸からは行き場を失ったイメージとライフエナジーが溢れ出した。
「ふぅ、なんとかなったわね。案外やるじゃない、そっちの桃仮面」
「桃仮面じゃねえ、モモタロスだ。まぁ、この身体は良太郎のもんだけどな」
振り向いたレミリアに対して向き直る電王は舞い戻ったオーラソードをデンガッシャー本体で受け止め、その刃の峰を右肩に乗せる。
破壊したカメレオンイマジンの肉体があった直下には白い砂の粒が散った。さらさらと風に吹かれて消えゆくそれは、もはや次なるイマジンの肉体を生み出す糧にはならないだろう。
レミリアが見上げたライフエナジーの光球は、ふわりと漂って月明かりの空に浮いている。
「……それで、訊きたいことはいろいろあるけど……」
「うん……君たちも……やっぱり……」
こころはキバの鎧に向き合う。その表情は感情を感じさせないが、額に装った面は神妙な振る舞いを見せる狐の面。イマジンとファンガイア、それぞれを倒した戦士たち。幻想郷に招かれている外の世界の存在であることは、もはや疑いようもない。
渡もまた、その身からキバの鎧を解くことなくこころと電王に向き直った。1986年の2月。過去の時間である幻想郷に吹き抜ける冬の風に鎖を鳴らし、月明かりの下に静寂が満ちる。
「グォォオオッ!」
宵の静寂を破る咆哮。時空を超えて現れたキャッスルドランの存在に、M良太郎とこころは再び驚いた。
時の扉を抱くキャッスルドランは、自ら時を超える力を持つ。それは彼が単独で成せるものではなく、時の扉を超えて別の時間に赴いた者に追従する能力でしかない。彼は、時を超えた渡とレミリアの座標を追ってこの1986年の幻想郷に現れただけだ。
王の居城は霧の湖付近に停車しているデンライナーをちらりと一瞥し、鼻息を噴き鳴らすと、地響きを伴う歩みをもって空に浮かんだライフエナジーに近づき、それを喰らおうとする。
「よーし、今日もしっかり、よく噛んで食えよー!」
キバットは渡が纏うキバの鎧の腰元から離れ、ぱたぱたと羽ばたいてはキャッスルドランの食事を見届けようとした。
ライフエナジーを喰らえばドランプリズン内に留まっている次狼たちへのエネルギー供給も成され、キャッスルドラン自身のエネルギーにもなるため、この回収は必要なことだ。
「それで、モモタロス……だっけ? よく分かんないけど、まずはあんたたちについて──」
レミリアが電王の姿のままのM良太郎に告げる。あの未知の列車は何なのか。イマジンと戦うその身の力は。彼女の瞳に映し出された九つの運命は要領を得ないのだ。それらが別々の世界から来ていることは分かる。それでも、詳細を問わねば全ては憶測の域を出ない。
それは対するこころたちも同じことだ。キバの鎧について、キャッスルドランについて。問いただしたいことはあるだろう。レミリアとて渡が生きたキバの世界についてを詳しく知るわけではないため、彼の言葉を引き出すがてら、情報の対価としてこちらの情報を語る必要はある。
「…………っ!」
その瞬間、レミリアの肌にも、こころの肌にも伝う波動。動きを止めたキャッスルドランが見上げるはライフエナジー。デンライナーの中にいるウラタロスとキンタロスにもその感覚は伝わっていた。
少し遅れて渡と良太郎もその感覚に気づく。渡にとっては馴染み深きライフエナジー。ファンガイアが喰らってきた人間たちの生命力が塊となって洗われたもの。良太郎にとってはよく知るイマジンの存在力。契約者が思い描いた、イメージという空想のエネルギー。
ライフエナジーの光球は鼓動する。宵の空に浮かんだまま、直下に積もった時の砂、カメレオンイマジンの残滓たる白い砂を吸い上げるように浮かび上がらせると、そのイメージは乱れたフリーエネルギーによって暴走の兆候を見せ始める。
イメージの暴走。それは良太郎とモモタロスが幾度となく見てきたものだ。暴走したイメージは行き場を失って形を成し、ギガンデスと呼ばれる巨大な怪物として具現してしまう。
だが、ファンガイアのライフエナジーを伴うそれは──ただのギガンデス化ではなかった。
「……! キバット、あれ……!!」
「な、なんだ……!? いったい何が起きてやがんだ……!?」
渡とキバットはおぞましい光景に息を飲む。レミリアとこころもそれを見上げ、M良太郎も思わず身震いした。
乱れ歪む力の奔流。モスファンガイアが喰らってきたライフエナジーの塊に、カメレオンイマジンの肉体であった時の砂、かつての契約者のイメージが混ざり込み、境界を超えた一つの力と溶け合ってゆく。魔皇力とフリーエネルギーをも帯びたそれは、妖しく禍々しく変質を遂げ──
「「グギゴォォオオオオッ!!」」
時間と音楽。暴走したイメージと犠牲となった者たちのライフエナジー。混ざり合った異形は巨大な骸となりて、冬の夜風にその身を晒す。
重なり合う咆哮はフリーエネルギーで空気を揺るがすギガンデスの叫びであろうか。その響きに軋み合うように轟くは、穢れた魔皇力で霧の湖面を震わせる六柱のサバトの嘆きでもある。
異なる二つの歪みが融合を遂げたそれは──『ギガンデスサバト』とでも形容し得るものだ。
「ちっ……! また暴走かよ……! 良太郎っ! 気ぃ引き締めていくぞ!」
「(気をつけて! このギガンデス……! いつものやつと雰囲気が全然違う……!)」
不気味な巨躯を見上げる電王。ギガンデスらしき異形の怪物には見慣れぬステンドグラスの意匠がある。それは先ほど未知の戦士が撃破したファンガイアと呼ばれる怪物と共通するものだ。キラキラと月明かりを返す怪物は、その残滓から生まれ出たのか。
シャンデリアめいた巨躯に不釣り合いに生えた翼や牙。ムカデにも似た尻尾と、バラバラに生え揃った意味を持たぬ四肢。それらは天と地と海のギガンデスを強引に詰め込んだような。
M良太郎はこころと共にデンライナーに戻ると、その操縦席にてデンライナーを進行させた。
「あれは……六柱のサバトなのか……?」
「……さっきの怪物……イマジンっていうのと混ざり合ってる……?」
「あいつら、あんな列車で何をするつもりなのかしら」
ギガンデスサバトと成り果てた無秩序なエネルギーの塊は、キバの複眼でそれを見る渡にとっても、その傍らを舞うキバットにとっても異質。六柱のサバトと呼ぶには、あまりにも物質的で生物的な要素を持ちすぎていた。
モスファンガイアを撃破したときに浮かび上がったライフエナジーの光球に、あの未知の戦士が撃破したイマジンの残滓、白い砂のようなものが取り込まれてしまった影響なのか。
レミリアはその巨躯へと接近する空を飛ぶ列車を訝しむが、すぐにその疑惑は解消される。
「あら、大した戦力じゃない」
デンライナーはその武装を最大限に展開し、様々な攻撃を繰り広げる。フリーエネルギーによる砲弾や光線などでギガンデスサバトを攻撃しているが、六柱のサバトの性質を併せ持つそれに対して、その攻撃はあまり効果的なダメージになっていないらしい。
キャッスルドランも口から吐き出す魔皇力の光弾をもって攻撃しているものの、今度はギガンデス側の性質──時の概念を持つ砂とイメージの具現に対して魔皇力が阻まれているようだ。
「僕たちも行こう。一緒に攻撃すれば、なんとかなるかもしれない」
「ああ、あいつらのエネルギーと、魔皇力を組み合わせることができれば……!」
渡は自身のキバットベルトの止まり木へとキバットを受け入れ、レミリアと共にキャッスルドランへ飛び入る。そもそもが生物であり、城であるキャッスルドランにはデンライナーにおけるコックピットと呼べるものはないが、その意思は竜に伝えることが可能だ。
キバはキャッスルドランの屋上の天守閣に当たる位置へ乗り、レミリアと肩を並べる。そしてその隣にて旋回を遂げ、並走するデンライナーの先頭車両からは電王とこころがその姿を現した。
「私とレミリアがスペルカードで動きを止める。その隙に……」
「おっと、指図は無用よ。あんたはいつもみたいに楽しそうに舞ってなさい」
デンライナーの先頭車両に立つこころはその手にカードを翻す。霊力を込めたその札を見せ、隣に立つ電王──M良太郎の意思、ライダーパスを有する者の思考で自律走行するデンライナーでギガンデスサバトと対峙しつつ、レミリアに声をかけた。
キャッスルドランの天守閣に立つレミリアも同様に自身の魔力を込めた札を手に取る。隣に立つキバ──渡と同様に、目の前のギガンデスサバトと対峙。手にしたカードそのものに意味はないが、普段から行っている弾幕ごっこ通りの手順を踏むことで、魔力を操る手綱と成すのだ。
「……まったく、協調性がない奴だな。演舞には向いていないタイプ」
こころは無表情のままに額に装った猿の面で困惑と呆れを表現してみせながら、キャッスルドランの天守閣から飛び出し、ギガンデスサバトへと舞い飛んでいったレミリアの紅き軌跡を見送る。すぐに自身も軽やかにデンライナーから舞い上がり、対する悪意へ飛翔した。
ふわりと舞い上がった二人は巨躯の周囲にそれぞれ位置取ると、吸血鬼としての魔力と面霊気としての霊力。それぞれを解き放ち、挟み込むようにギガンデスサバトへとスペルを宣言する。
「
青白いオーラと共にこころのスカートの色が悲しみを表す青に変化。止め処なく押し寄せる憂いの感情を牛の小車に喩え、沸き立つように溢れ出した【 憂符「憂き世は憂しの小車」 】の波動に連なり、いくつもの姥面が霊力を伴ってこころの周囲にて浮かび上がる。
姥面は一つ一つが悲しみと憂いを帯び、光弾となってギガンデスサバトへと誘い込まれていっては、どこまでも纏わりつく憂いそのものとなって青白く揺蕩い、巨躯の動きを鈍らせた。
「……
こころの反対側で紅き魔力を解き放ったレミリアも、自らのカードを宣言。両手を広げて魔法陣を展開し、その隙間から滲み出す深紅の血液──鋭く刃を模した弾幕を環状に溢れさせることで美しき血の演舞を披露する。
滴り落ちるは紅き血の雨。宵空に透き通る闇の色に暗く染まったそれは、死せる大地に葬られた咎人の呪いが如く。その雫そのものが意思を持つように、降り注ぐ血液の弾幕をもってギガンデスサバトが纏うステンドグラスへ染み込むように刻みつけられていく。
レミリアのスペルカードである【 冥符「紅色の冥界」 】は呪いを帯びた吸血鬼の血を弾幕と成して放つもの。冥界からの誘い手のように、その深き血は対象を紅色の闇へと引きずり込む。
「よし、今なら……!」
憂いの姥面と魔力を帯びた血液。負の想念を連想させるそれらがギガンデスサバトの動きを抑制し、ギガンデスとしての怪力による殴打も、サバトとしての魔力による光弾も、吸血鬼と面霊気の魔力と霊力によって封じ込められているようだ。
キバの複眼でそれを目にした渡は二人の活躍に好機を見る。まだ名も知らぬ隣の列車に振り向いては、継承者たる者の意思をもってキャッスルドランに魔皇力を収束させた。
対するM良太郎もギガンデスサバトの動きが止まった瞬間を見計らい、隣に浮かぶキャッスルドランの天守閣に立つ者とタイミングを合わせ、電王の権限でもってデンライナーの兵装を起動。
「俺たちの必殺技! 喰らいやがれっ! クライマックス
M良太郎の雄叫びと同時に、デンライナー ゴウカの砲台たるゴウカノンから収束された膨大なフリーエネルギーの光線が照射される。それに伴って、すぐ傍に待機していたキャッスルドランも喉を震わせ咆哮を放つと、その口から魔皇力による高密度のエネルギー光線を解き放った。
「「グギュ……ギギ……ゴゴォオッ……!!」」
デンライナーより放たれたフリーエネルギーの奔流と、キャッスルドランより放たれた魔皇力の奔流。二つの力は軌道にて交わり、一つの道となってギガンデスサバトの器を穿つ。重なり響く唸り声はイマジンとファンガイアの苦悶を帯びて、宵の空を濡らした。
フリーエネルギーと魔皇力は混ざり合いながら七色の輝きを溢れさせ、巨躯より時の砂とステンドグラスの破片を飛び散らせる。やがて光は中枢たる核に到達し、着弾を見届けたレミリアとこころは怪物から距離を取るように後退。
ふわりと舞い上がり、それぞれキャッスルドランとデンライナーへ戻っては、異なる二つの世界の力に苛まれるギガンデスサバトが浮上していく様を見る。
やがてデンライナーとキャッスルドラン、それぞれの力を束ねた【 クライマックス刑事砲 】によって、その身は溢れんばかりの光を灯したかと思うと──おぞましい声と共に爆散を遂げた。
「……なんで
「ん……? そういや、なんでだ……? まぁ、ノリだ、ノリ!」
デンライナーのパンタグラフより後ろに立つこころは傍らに立つ電王に問う。時の列車と魔竜の城、それらの合わせ技に刑事らしき要素はないはずだが。
モモタロスは自分でもなぜその名をつけたか分かっていないらしい。ありもしない記憶がどこかで心に映り込んだか。ガコンと音を立ててゴウカノンが収納されゆく最中、こころとM良太郎はゆっくりと空を舞い進むデンライナーの上から、キャッスルドランに視線を向ける。
「やるじゃねえか、そっちのデカいのもよ!」
キャッスルドランは自らの天守閣にキバとレミリアを乗せたまま、ギガンデスサバトが遺したライフエナジーの光球を喰らう。すでに暴走したイメージとの繋がりは切れているらしく、純粋なファンガイアのライフエナジーと定義されたそれに悪影響などはないだろう。
M良太郎から投げかけられた言葉に、渡も振り向く。なぜか自慢げに胸を張るレミリアを横目に、渡も列車とは思えぬ兵装の数々に対してキャッスルドランに匹敵する戦力を見ていた。
「そっちの列車こそ、いろいろと凄かったと思うよ……」
渡と同様、腰のキバットベルトで逆さに留まるキバットもまた同様の感想を抱く。自分たちはキャッスルドランの時の扉でこの過去の時代へ来たが、この列車はそれ自体が時を超えるのだろうか。イマジンの存在であれば、やはりそれも未来の技術なのだろう。
問わねばなるまい。傍らに立つレミリアと目を合わせ、その意図が等しいことを知る。別の世界の技術。それはネオファンガイアに関わるものか。そして──その列車を操る戦士の正体を。
「とりあえず、元の時代に──」
レミリアが口を開いた直後のこと。再び、全身を震わせるような時空の歪みが霧の湖を襲う。キャッスルドランもそれを感じた様子で、デンライナーから離れるように翼を動かして宵色の空を後退した。
乱れる時空の歪みは月明かりに照らされたデンライナーの身を包み込む。車体の上に乗っていたM良太郎は思わずパンタグラフにしがみつきそうになったが、力強く車体の上で踏ん張る。
「(この感じ……! もしかしてまた……!?)」
「うおおおっ!? やべえ! こころ! 早く
揺らぐ世界の歪みが広がっていく感覚。その意味を察した良太郎とモモタロスは一つの肉体のもと、こころと共にデンライナーの車内へと戻る。時空の歪み、フリーエネルギーの乱れにより再びレールの生成と自律走行機能に不調をきたし始めたデンライナーは、そのまま時空の穴へと消えていった。
渡たちはその軌跡を見送ることしかできない。彼らの世界について詳しい話を訊きたかったのだが、戦士たちは列車の先頭車両へとその身を収めると、光の先へ見えなくなっていく。
「いったい何が……」
「渡、それよりも……妙だぜ。どうして勝手にサバトが生まれたんだ……?」
やがて何もない夜空となった天空の果てを見やる渡。キバットベルトのパワールーストから外れたキバットと渡自身の意思、その二つが重なり、キバの鎧はじゃらじゃらと鎖と解れてキバットの身へと戻る。生身の姿へと戻り、キャッスルドランの天守閣にて肌寒い夜風を感じながら、傍らに飛ぶキバットの疑念の声を聞いていた。
キバットが語った通り、六柱のサバト──総称としてサバトと呼ばれるライフエナジーの亡霊は自然発生するようなものではない。ステンドグラスの細胞から蘇生されたファンガイアと同様に、貴族階級以上のファンガイアの手によって人為的に生み出されるもののはずだ。
彼らは知る由もないが、死んだイマジンのイメージが暴走して生まれるギガンデスという怪物はイマジンの撃破を引き金とし、暴走したイメージから自然発生する。だがそれとは違い、サバトが発生したからには、その糸を引く者が必ずいるはずなのだ。
しかし、キャッスルドランの天守閣から見渡してもそのような存在は見つけられなかった。あの神出鬼没の灰色のオーロラをもってして、すでにこの場所を去った後なのだろうか──
──あるいは、モスファンガイア自身が今際の際に、自らの魂をサバトの贄として捧げたという可能性もなくはない。その場合、復活したファンガイアには貴族階級以上の能力が備わっていると考えられるが、それほどの力は感じられなかった。
渡たちは見えざる悪意に少しばかりの不安と懸念を残しつつ、キャッスルドランの中へと戻っていく。時の扉を超えて訪れた過去の道筋に従い、やがて城は時空を超える光に包まれていった。
過去と未来を繋ぐ道のり。電王の世界の法則に連なるは、時の砂漠と呼ばれる場所。
極光帯びる七色の空の下には無辺に広がる砂漠と峡谷。一粒一粒が時間を表し、その流れが時間の運行そのものとしての意味を持つ、言わば時間という概念そのものを場所として定義したような砂の世界。その荒涼なる大地に、長く編成された時の列車は存在した。
西暦1986年の幻想郷、霧の湖から離れ、時間の中にデンライナーを突入させたことでレールの生成機能は不具合を解消している。
デンライナーの自律走行をもって時間の中のレールを進み、時空を超えて元の時代、西暦2020年の幻想郷──元の座標の命蓮寺へと戻ろうと、良太郎たちはデンライナーの食堂車にいた。
「それにしても、あのカメレオン野郎……あんな時代に来て何がしたかったんだ?」
「……うん。僕も気になってた。改変するようなものなんて何もなかったはずなのに……」
モモタロスの疑問は良太郎も感じていたことだ。イマジンたちが当初、2007年の時代に現れたときはとある男の指示で『分岐点の鍵』となる存在を抹殺し、過去を書き換えることで自分たちの未来を確固たる時間として確立させようとしていた。
その目的が潰え、その男共々多くのイマジンが存在の根幹を失い消滅したことで、残ったイマジンはモモタロスたちのように自分たちの時間を得ることができた者に限られたはずである。
今はどういうわけか倒したはずのイマジンが復活してしまっているようなのだが──
「まったく、気味が悪いよねぇ……敵の目的が分からないってのはさ」
「あのキラキラしたミノムシみたいなんも、よう分からんかったな。どないなっとるんや」
ウラタロスとキンタロスも不気味な違和感が拭えない様子。1986年のあの場所には大きな湖の他には何もなかった。人の姿もなく、彼らの目的である破壊に伴う対象者の抹殺は到底成し得ないような場所であったと思わざるを得ない。
未来の確定に伴う消滅を免れたイマジンたち──はぐれイマジンには、別の目的がある。それは人間と契約し過去へ飛ぶことで、その人間の肉体と人生をそのまま奪うということ。
憑依したまま過ごせばその肉体を自分のものと定義して、その時代で人間として生き続けることもできるだろう。だが、あのカメレオンイマジンが契約したであろう人間は──どうやらそもそも人間ですらなかったようだ。
吸血鬼らしき少女曰くファンガイアと呼ばれる存在。妖怪である秦こころにも憑依できる以上、イマジンにとって憑依対象は人間でなくても構わないのだろう。
復活したカメレオンイマジンがはぐれイマジンと化していたとしても、あのファンガイアの女性の肉体を奪おうとする意思は見られなかった。それどころか、何かの目的を共有しているようにすら見えた──
彼らの目的はいったい何なのか。イマジンたちと同様に、イマジンを統べる存在である『あの特異点の男』までもが復活しているかもしれない。その意思のままに行動している可能性もある。
「…………」
そして、ファンガイアの女性、契約者の記憶からイマジンが過去を目指した後のこと。イマジンですらない女性が、自らの過去の扉に触れ、そのまま自分自身の記憶に依る過去の世界へと跳躍を遂げてしまったという事実。
あのような出来事は良太郎の電王としての戦いに前例がなかった。ファンガイアと呼ばれる怪物の能力なのか、それともあるいは、復活したイマジンの能力に変化が起きているのか。
食堂車の座席に座るこころと向き合い、良太郎はこの秘境の怪物について思考を馳せていた。
西暦1986年、幻想郷。紅魔館の存在しない時代の霧の湖。月明かりを伴う湖面は妖しい光を空へと返し、薄い霧の中にはちらほらと自然が具現化した妖精の姿が見て取れる。
そんな自然の狭間に不気味な砂が舞う。黄色い光球から零れる砂は、刻む時間の証明だ。
「…………」
黄色い光球は少しずつ形を伴いそこに具現する。さらりと零れた砂の身を成し、やがて精神体であったその身を完全体──契約を果たした状態の姿となる。
漆黒の肉体に走るは禍々しい赤色。頭部に突き出た双角は悪鬼めいたそれを連想させるが、深くおぞましい悪意を滲ませるその在り方は、姿こそよく似たモモタロスとは正反対だった。
「悪の組織は、永遠……」
自らの頭に生えた右の角を右手で撫でて呟く怪物。紛れもなくその身はイマジンであり、自らの時間の消滅に伴い消え去ったイマジンの中には含まれなかった個体、はぐれイマジンと定義される存在である。
その姿をイメージした者は凶悪な犯罪者。どこかでモモタロスの姿を目にしたのか、実体化したイメージは漆黒の体躯という相違こそあれどモモタロスに極めてよく似たもの。
さながら
電王の世界を基準とする世界のいくつもの可能性の一つ。電王の世界とキバの世界が極めて近い位相で融和した、ある種の並行世界。それは、デンライナーの面々が犯罪者たちを取り締まる警察機構としての役割を持つ『デンライナー署』という役職を有していた別の位相の世界である。
「……ククッ……フハハッ……」
悪鬼の手には時の列車への乗車権となるライダーパスが握られていた。さらりと舞い散る時の砂を帯びたそれは、良太郎たちが乗るデンライナーのものではない。
別の世界、彼が生きた電王の世界──別の法則と融和した『電王とキバの世界』とでも呼ぶべき並行世界から持ち出された、予備のライダーパス。それはすでに彼自身のオーラによって禍々しく変質し、電王としての機能も歪んでいる。
彼の元々の契約者がイメージした童話は『一寸法師』の物語。さながら鬼が手放した秘宝を得た英雄の如く、その悪鬼はこの境界、この時代に落ちたライダーパスを回収することに成功したようだ。自らの手で導いたギガンデスサバトを、忌むべき戦士たちへの
西暦2020年。元の時代に存在する『今の契約者』のもとへと戻るべく、悪鬼はライダーパスを空へ掲げる。その意思に従い、理の果てより舞い降りた列車は──悪鬼を乗せて時空を超えた。
書きたいことが多すぎて文字数が増えすぎる。最近ちょっと大幅にオーバーしすぎですね……
最初の頃は15000文字を目標に書いていたんですが、余裕で30000文字を超えてくる……
過去最大級に長くなってしまったパート2。それでもギガンデスサバトの描写はしたかった……!
六柱のサバトってプローンファンガイアが生み出した個体だけを指した名称なんですよね。
仮面ライダー図鑑ではサバト全体の総称として定義が変わったみたいなので、そう扱ってます。
第 回
豆 59
腐 話
の
如
く
熔 清
け き
る 道
太
陽