東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第60話 誰がための剣 / 灰色の旅路

 ──妖夢と剣崎が幽明結界から落下を遂げ、妖怪の山に落ちてから一日が経った。

 季節外れの紅葉に染まった妖怪の山。すでに太陽は没し、昼の色を拭い去ったその地は、本来は春のはずの幻想郷、乱れ歪んだ秋の月夜に鮮やかな楓の葉を彩っている。

 天狗たちの領域の一つである山のある地点には、射命丸文に与えられた住居が存在していた。

 

「なるほど、アンデッドにライダーシステム……ブレイド……ですか」

 

 文は己が住居たる領域でブレイドの世界についてを聞きつつ、その手に携えた文花帖に万年筆の先を走らせる。

 妖怪の山にて乾巧を受け入れた文は、ファイズとなった彼と共にオルフェノクを撃破した。その後日、遠い空の雲間の彼方、幽明結界の果てから、この地に落下してくる影を見た。それが冥界の庭師たる魂魄妖夢と──ブレイドたる戦士を名乗る剣崎一真という男であった。

 

 アンデッドなる怪物は太古の地層より復活した不死の生命体であり、彼が生きた世界に現存する生物の始祖たる存在であるらしい。そして、それらを封印したカードというものも、剣崎の手から見せてもらうことができた。

 剣崎一真には紛れもなく人ならざる者の風がある。それも、彼自身が悪意と語ったアンデッドと等しいもの。

 だが、彼の振る舞いや妖夢の対応から見るに、幻想郷に敵対する意思はないようである。

 

「……仮面ライダー、だったか。お前、たしかファイズにもそんなこと言ってたな」

 

「ええ。風の噂で聞いた戦士の名でしたが……彼の他にもいそうですね」

 

 巧は三人が集う丸い座卓から一人だけ距離を取り、壁にもたれかかる形で脚を伸ばして座っている。文の緋色の瞳に視線を向けて、あわや新聞にされそうになった自身について。仮面ライダーという聞き馴染みのない名前を称されたことを覚えている。

 ブレイドの世界において、それはBOARDという組織が開発したライダーシステムを纏う戦士。その活動が世間の目につき都市伝説となって広まった際に呼ばれた名前であるのだという。

 

「君も仮面ライダーみたいなやつになっていたけど……あれはいったい何なんだ?」

 

 真剣な顔で巧に問う剣崎。巧はその真っ直ぐな在り方に微かに眉をひそめ、揺るぎない剣の如き彼と目を合わせた。

 剣崎はこれまで多くの人に裏切られてきた。その純粋さは、幾度も剣崎の足枷となった。未知の戦士たる巧のことも当初は警戒し、共闘してくれた恩こそあれど、すぐに馴染むことはできなかったのだが──剣崎の精神は、ジョーカーと成り果てても変わっていない。

 どれだけ裏切られても人を信じてしまう。どれだけ傷ついても愛しき人間という生き物を嫌いになれない。だからこそ、100回裏切られてなお、次の101回目を信じる。剣崎一真の戦う理由は、人類という種を愛しているがため。

 最初は語る口調が重かった様子の剣崎であったが、気づけば巧の人間らしさを信用していたのだろう。妖夢の言葉も重ね、文の質問もあり。巧たちは剣崎の戦い、BOARDのライダーシステムやアンデッドについてを大まかに知ることができた。

 

 巧は、その曇りなき刃の如き目が少しだけ恐ろしかった。灰に塗れた狼の如く、巧は人と関わることを好んでいない。

 ──人に裏切られることが怖いんじゃない。俺が人を裏切るのが怖いんだ──と。かつて旅路を共にした少女に語ったことがある。それは自分に自信がないから。どれだけ人として生きようと、所詮、この身が死灰に塗れた怪物でしかないと、知ってしまっているから。

 それでも──彼には受け入れてくれた仲間たちがいた。滅ぶべき灰の使徒たる自分のことを。

 

「……ファイズ。あの怪物……オルフェノクどもの王を守るために作られた力だとよ」

 

 幾度も激戦を繰り広げてきたであろう誇り高き剣の在り方から目を逸らす。巧とて多くの戦いを経験し、多くの涙を見てきた。灰を被った小さな花にも似た巧の心は、眩く光を返す刀剣の閃きを直視することができない。

 丸い座卓の上に用意された湯呑にはまだ湯気が立っている。ちらりと横目で見やったそれに口をつけることもなく、彼女の分のそれを平然と飲む妖夢の舌の強さに少しだけ羨みを覚えて。

 

「だがな、俺はあいつらの王様とやらを守ってやるつもりはない」

 

 ゆらゆらと沸き立つ湯気。ただ眺めていても冷めるのには時間がかかるだろう。巧はぐっと握り締めた拳に悲哀を込め、王の宿主となってしまった少年のことを思い出す。

 九死に一生を得た子供たちの中から生まれるとされる王たる者。アークオルフェノクと呼ばれたそれは、その名が意味する『方舟』の通り、オルフェノクに力を与えては急激な進化に耐え切れず崩壊しつつある細胞を完全な状態に固定することができる。

 

 その力があれば、オルフェノクである巧も長く明日を生きられる道を手にしていたことだろう。しかし、巧は人を捨てた完全なオルフェノクとしての未来など望まない。王の祝福に背き、人々を守る花として散っていく最期を選んだのだ。

 一度は敵対した友と肩を並べ、やがて王を撃破した巧は悔いなく夢を語って灰と散ったはずだ。そして自ら倒したオルフェノクと同様に、巧自身も理由の分からぬまま、復活を遂げている。

 

「……俺が守りたいのは、人が一生懸命に生きて掴んだ……『夢』ってやつなんだよ」

 

 自らの手の平に視線を落とす巧。その表情を見た剣崎は確信した。彼もまた、自分と同じように人間を愛しているのだと。人々を怪物から守るために、戦士として振る舞うことができる強さを持っている。剣崎から見れば年下の巧だが、その強さは紛れもなく──

 仮面ライダーの名に相応しい。傷ついた剣崎の心に微かな温もりを取り戻させてくれた不器用な優しさに、思わず小さな微笑を零す。照れ隠しのつもりか、巧は不快そうに眉をひそめた。

 

「えっと……あなたも剣崎さんと同じ……『仮面ライダー』ってことですよね?」

 

 妖夢は湯呑を置いて言う。スマートブレインやライダーズギアについて、巧はほとんど語ってくれなかった。代わりに文が手帳にまとめた情報から、巧が生きた世界、ファイズの世界についての情報を得ることができたのだが。

 BOARDが開発したライダーシステム。スマートブレインが開発したライダーズギア。奇しくもそこにライダーという言葉が共通しているのは──ただの偶然であろうか。

 初めて聞く情報を既知の情報に当てはめ、妖夢が認識したファイズという存在。巧はもうそれでいいと言わんばかりに呆れた様子で小さく溜息をつくと、そろそろ冷め始めた湯呑を手に取っては一気に飲み干す。

 二人の話をまとめた文花帖に目を通し、文は巧について抱いていた疑問を再び巡らせる。なぜか聞いてはいけないような気がして、胸に留めておいたのだが──姫海棠はたてがカイザなる戦士に変身したことで、その説明からある可能性を見ていた。

 

 ライダーズギアはただの人間には使えないはず。オルフェノクのために作られたものであるのだから、当然とも言えるが──

 巧曰く、人間はオルフェノクの記号というものを埋め込むことで、オルフェノクにしか扱えないライダーズギアを限定的に使えるようになることがあるという。

 はたてがカイザギアを使えたのも、巧が知る人間の青年が記号を宿していたことであのベルトを使えたのと同じく、その影響かもしれないと。

 一度ファイズギアでの変身を試みた文は不適合によって弾かれてしまった。彼女は記号を持たないため、それは必定だ。そう考えれば、巧がファイズに変身できる理由は二つしか考えられない。巧の身体にもオルフェノクの記号とやらが宿っているのか、それとも、あるいは──

 

「乾さんがファイズになれる理由も……その記号にあると解釈してよろしいでしょうか?」

 

「……まぁな。そんなとこだ」

 

 文の問いに表情を曇らせながらも答える巧。彼の肉体に宿りしは、人間の身体に刻みつけられた記号などではない。

 使徒再生によって塗り替えられた本質ですらなく。ただ普通の人間として命を落とし、誰に頼ることなく自らの力だけで灰の細胞を目覚めさせた選ばれし者(オリジナル)。紛れもなく純粋なオルフェノクそのものなのだが──巧は未だそれを彼女らに話すことができないでいた。

 

「(オルフェノクの記号……乾さん……って人から感じた変な気質はそのせい……?)」

 

 妖夢の視線は巧の表情へと。鋭さと柔らかさを併せ持つ、不器用な狼のような在り方に見るは、幽明結界から落下した直後に見た気配と同じだ。

 半人半霊の感覚が伝える奇妙な魂の気質。まるで、すでに死の本質を悟ってしまったかのよう。彼らの語るオルフェノクなる存在が死を遂げた者たちならば、その記号による影響なのか。

 

「それより、剣崎さん……でしたっけ? そろそろ本題に入りたいのですが……」

 

 巧を訝る妖夢の視線に何かを感じながらも、文は手にした文花帖の白紙のページを開きつつ剣崎に向き直る。文にとって最も問いたかったことの一つ。ブレイドに関してのことは大まかに理解できた。未だ語られざるは、彼の身から流れる緑色の血について。

 幽明結界の彼方より落下してきた剣崎一真は明らかに異形の肉体だった。オルフェノクのような虚ろに儚い死灰の怪物ではない。彼らが語った不死の生命体、アンデッドと呼ばれる怪物。緑色の血も、まさしくアンデッドのそれである。

 

 アンデッドにもオルフェノクの記号に類するものがあるのだろうか。──否。もしそうだったとしても、全身に流れる血まで緑に変わり、異形の姿に変わり果てることができるものなど、もはや人間とは呼び難い。

 妖夢はすでに事情を知っている様子であった。文の真剣な表情での問いに同調することもなく、どう対応すればいいのか悩んでいるようで、おろおろと剣崎と文の表情を交互に見る。

 

「よせ。……誰にだって訊かれたくないことぐらいあんだろ。ほっといてやれ」

 

「…………」

 

「……気を使わせちゃったかな。大丈夫、俺は自分で選んだんだ。……運命と戦う道を」

 

 巧は窓の外を眺めたまま、文の言葉を制止する。彼の言葉には哀しみが滲み、新聞記者としての文の好奇心をも抑えさせるかのよう。

 思わず口を噤んだ文と気を使ってくれた巧の優しさに微笑を零した剣崎。自らの手に視線を落とし、滲んだ緑の傷跡に友との戦いを思い出すと──真実を語り出す。

 

 バトルファイトを終わらせないためにジョーカーに成り果てたことは、剣崎にとって悔いるべき過去ではない。巧が死灰の怪物となった過去とは違い、それは死による事象ではなく、運命に抗う剣を振るい続けることで、自らの意思で至った道。友を救うために望んだことだ。

 剣崎の話を聞いた文と巧は静かに息を飲む。その静寂の中──妖夢が不意に表情を変えた。

 

「……剣崎さん」

 

「ああ、……っ……奴ら……また……」

 

 妖夢が感じたのは、研ぎ澄まされた剣の如き感覚に伝う、不気味な魂の気質。剣崎が疼く本能に顔を歪めたのは、ジョーカーたるこの身に戦いを促す統制者の意思。

 それは、この妖怪の山──射命丸文の領域にアンデッドが出現したという証明である。

 

「お二人とも、どうかしまし……っと、あやや」

 

 剣士としての鋭い表情で、それぞれ楼観剣と白楼剣、そしてブレイバックルを手に取った妖夢と剣崎の様子を怪訝そうに見やる文。その意図を問おうとするや否や、文の部屋の窓際に一羽の鴉が舞い降りた。

 窓際にいた巧は不気味な眼光の鴉が傍に現れたことで驚き、窓際からそそくさと離れる。やがて鴉は室内を器用に飛び、文の肩に優しく乗った。

 

 妖怪の山の偵察用として放っていた文の使い魔たる鴉。妖力を纏うそれは、文の忠実なしもべとなってこの領域を探っていたのだ。

 肩に立つ使い魔の小さな鳴き声を聞き、表情を変える文。手にしていた文花帖を閉じ、万年筆と共に懐にしまうと、おもむろに立ち上がっては巧のほうへと首を傾けて振り返った。

 

「……乾さん。例の奴ら、また現れたみたいですよ」

 

「ああ、そんなこったろうと思ったぜ……」

 

 巧はオルフェノクの出現を感知する能力などは有していない。純粋なオルフェノクであれど、その身は一度は死した人類の進化種に過ぎず。奇しくもそれは不死なる生物の祖先たるアンデッドと正反対の概念。

 アンデッドの切り札たるジョーカーは同じアンデッドの出現を感知できるのだ。その身に満ちる緑色の血が、細胞が、統制者が強いるバトルファイトの本能に訴えかける。

 妖夢はアンデッドではないが、半人半霊という身ゆえ、アンデッドが持つ生者でも死者でもない奇妙な魂の違和感を疑似的に感知できるのだろう。

 

 これまで自身の世界にて巧がオルフェノクの出現を把握していたのは、旅を共にする仲間たちの知らせによるものだった。

 ファイズフォンに伝うコールの内容は、クリーニング屋の青年、あるいは美容師を目指す少女からの助けを求める声。今は鴉の鳴き声によってそれを知り、ファイズギアを手に取るのだった。

 

◆     ◆     ◆

 

 妖怪の山、中腹。変わらず紅葉と灰に彩られた秋の様相を駆け抜け、文と巧は空を舞う鴉を追いかけて文の領域から外に出る。鴉が伝えたオルフェノクの出現は、文の領域からそう遠くない場所であった。オートバジンを繰る必要もなく、揺らめくオーロラのもとへ。

 同様にアンデッドの気配を追いかけて文の領域を飛び出した妖夢と剣崎も巧たちと同じ場所にて空を見上げた。秋めく空に浮かぶは灰色のオーロラ。鈍色の光に波打つ境界の幕壁。その帳には、やはり暗く虚ろな影が浮かび上がっている──

 

 紅葉に満ちた山の大地を踏みしめ、文はその手に天狗の葉団扇を出現させた。妖夢は背に帯びる楼観剣の柄を握り、いつでも抜き放てるように万全の構えを取る。

 ドクン。剣崎一真のジョーカーとしての心臓が高鳴った。バトルファイトの参加者として戦いを運命づけられた者の終わりのない衝動。歯を食いしばり、人間としての理性を強く胸に抱きながら光に向き合う。同時に、オーロラの彼方から吹き込む異界の風に、文は死色の灰を見た。

 

「シュゥゥ……ゥウッ……!」

 

「ギチ……ギチ……!」

 

 揺蕩う光の帳より出づるはまず二体の怪物。一体は全身に満ちる緑色に漆黒の皮革を帯び、頭に伸びた一対の翅と不気味な口吻、柔らかな白い体毛で首を覆う者。ハートスートのカテゴリー8に当たる()の祖たる不死生物──『モスアンデッド』であった。

 その隣に立つもう一体は漆黒の皮革に毒々しい真紅の様相を帯びた異形だ。全身に遍く纏われた節足動物の脚じみた器官、刺々しく突き出す刃の如き意匠。その右肩にムカデの頭部を掲げるは、ハートスートのカテゴリー10。ムカデの祖たる『センチピードアンデッド』である。

 

 二体のアンデッドは妖夢と剣崎に向き合い底なしの悪意を放っていた。アンデッドの血を持たぬ妖夢でさえ肌身に感じられる闘争心は、剣崎のジョーカーとしての本能を引き出すような原始的な生命力に満ちている。

 背に帯びた楼観剣を抜き放ち、怪物へ構える妖夢。剣崎も手にしたブレイバックルにスペードのエースたるチェンジビートルのプライムベスタを装填しては、そのバックルを腰に装着した。

 

「おっ、やる気満々じゃん。いいねぇ、こいつは楽しめそうだぜ」

 

「あまり派手な真似はするなよ。俺たちの目的は、あくまでベルトの奪還だ」

 

「……ちっ。うっせえな、分かってるよ。いちいち命令するんじゃねえ」

 

 オーロラから姿を見せたのはアンデッドたちだけではなかった。それは剣崎一真にとっては何ら奇妙な点のない普通の人間にしか見えない二人組だった。

 一人は奇しくもアンデッドと似た意匠のレザージャケットを纏う茶髪の男。パンクな振る舞いを感じさせるチョーカーを着け、ガムを噛みながら不死の怪物たちを見やってはその剥き出しの闘争本能に感心する。

 その隣に立つはサングラスを着けたデニムジャケットの男だ。こちらも短い茶髪を整えており、サングラスを懐へ戻すと、軽薄な言動の 赤井(あかい) を苛立った様子で叱責した。

 赤井もまた不服そうな表情を見せては、偉そうに命令する 緑川(みどりかわ) に舌打ちする。二人は正面へと向き直り、己が顔面に虚ろな異形の影を浮かべた。

 

 ──その瞬間、変貌を遂げる二人の青年。灰に染まった骸の怪物は、彼らが一度の死を経験して覚醒した新たなる人類種の姿である。

 赤井は筋肉質な灰の肉体を縛る(かご)めいた無数の棘に覆われ、その頭も拘束具を思わせる棘の籠を帯び。全身の棘が示す通り──サボテンの特質を備えた『カクタスオルフェノク』としての真躯を晒した。

 緑川もまた、赤井と同じオルフェノクとしての灰の肉体へとその身を変える。昆虫特有の薄翅を帯びたその身に似つかぬは強固な肩の鎧。そしてそれがカマキリの特質を備えた異形であるのだと証明するかのように──両腕に鋭利な鎌を掲げた『マンティスオルフェノク』の姿であった。

 

「さっさとベルトを回収するぞ。またあの女の喋り方に付き合うのは御免だからな」

 

 マンティスオルフェノクは正面の文と巧を見据えたまま、己の隣に立つカクタスオルフェノクに告げる。二人は妖怪の山の紅葉に染まった大地に蒼褪めた裸身の影を映し出しては、巧が手に持つアタッシュケース──ファイズギアに視線を向けた。

 文は手に構える葉団扇(うちわ)に風を宿す。巧は素早くケースの中からファイズドライバーを取り出し、すでにマウントされたツールと共にそれを腰へと巻きつけると、そのままファイズフォンを開いて555の変身コードを入力し、認識完了を告げる音を聞いてはそれを月夜へ高く掲げ──

 

「「変身!」」

 

『ターンアップ』

 

『Complete』

 

 ブレイバックルとファイズドライバー。剣崎と巧がそれぞれのベルトにその魂を込めたことで、青白いオリハルコンエレメントと真紅に輝くフォトンフレームが宵闇を照らす。

 その眩さに顔を覆ったアンデッドとオルフェノクは、光の先に忌むべき記憶の仇敵を見た。

 

「巧、って言ったよな? あのムカデのアンデッドには気をつけろ。強力な毒が……」

 

「剣崎……だったか? そっちも気をつけとけ。オルフェノクには使徒再生って能力がある」

 

 ブレイドとしての赤い複眼で二体のアンデッドに向き合う剣崎。ファイズとしての黄色い複眼で二体のオルフェノクに向き合う巧。それぞれの傍に控える妖夢と文も得物を構え、不死者と死者の敵意を見る。

 隣に立つ巧の方を見やることもないまま、剣崎は仮面の下で口を開いた。モスアンデッドもセンチピードアンデッドも、どちらも戦ったことのある相手。その封印を果たしたのは、彼ではない。そのときはまだ友と呼ぶに至っていなかった頃の──あの男(ジョーカー)だった。

 

 されど剣を交えた感覚は残っている。アンデッドたちの能力も把握済みだ。一度は自らの浅慮が原因で、自分に居場所を与えてくれた青年の大切な家族を危険に晒してしまったことがある。

 センチピードアンデッドが持つ特殊な毒は、無垢な少女を激しい高熱に苦しめた。アンデッドの毒を取り除くには、そのアンデッドが持つ抗体が必要となる。

 その抗体を得るために剣崎はアンデッドとの交戦をあの男に一任した。そのときは無事に解毒を成功させたのだが、この幻想郷で封印を解かれたアンデッドは以前よりもさらに強くなっているらしい。変身している状態なら多少は防げるだろうが、生身の少女たちにとっては危険だ。

 

 巧の記憶に想起されるオルフェノクも同様、彼らはさながら即効性の毒とも呼べるオルフェノクエネルギーを有している。灰の細胞を突き伸ばして形成した触手や棘、剣やガスといったものからそれを注入し、人間をオルフェノクに変える選定の儀。

 一度その行為を受け入れてしまえば、心臓は一瞬で灰と化し、そのまま死ぬか灰の細胞を目覚めさせるかのどちらか。新たな灰の心臓を覚醒させる者など──犠牲者のほんの僅かでしかない。

 

「使徒再生?」

 

「触手だの棘だの、身体に刺さったらヤバいんだよ。すぐに死ぬか、オルフェノクにされる」

 

「……そっか。ならきっと、俺は大丈夫だ。言っただろ? アンデッドは死なないって」

 

 剣崎はブレイラウザーを引き抜く。月の光を照り返す白銀の刀身は美しく、さながら剣崎の誇り高き精神を表すかのよう。だが、アンデッドの力に染まった歪な煌きは、剣崎自身が不死ゆえ己が命を勘定に入れ忘れた危うさをも滲み出している。

 巧は地を駆けるアンデッドとオルフェノクを牽制すべくファイズフォンを引き抜いた。手慣れた指の動きでコードを入力し終えると、上部を傾けてフォンブラスターと成し、銃口を向ける。

 

「お前なぁ……もうちょっと自分を大切にしたほうがいいと思うぜ」

 

「ああ、よく言われる。たぶんだけど、君もそうだろ? 俺にはなんとなく分かるよ」

 

 掲げるブレイラウザーに左手を添えて構え、剣崎は仮面の下で小さく笑う。巧の印象は、最初は無愛想で冷たい人間だと思った。出会った当初のあいつ(・・・)に近い──誰かと関わることを拒んでいるだけの一匹狼気取りだと。

 少し話せば分かる。そんな上っ面の印象は彼の本質などではない。人の心を知ったあいつによく似た──どこか己の運命を悟ってしまったような、儚い心の持ち主なのだ。

 

 フォンブラスターの引き金を引き、巧は迫るオルフェノクにフォトンブラッドの光弾を見舞う。巧が剣崎に抱いた印象は、世界中の洗濯物を本気で真っ白にしたがるようなお人好し。何の宿命も持たずして、オルフェノクと戦う道を選んだあいつ(・・・)の在り様。

 曇りなく真っ直ぐに夢へ突き進むその魂に幾度となく鬱陶しさを覚えた。暑苦しく夢を語るその無垢さにやりづらさを覚えた。そして数え切れないほどに──どうしようもない憧れを抱いた。

 

「あやや、お二人とも、なんだか相性が良さそうですね。似た者同士なのでしょうか?」

 

「ええ……? そうは見えませんけど……とにかく今はあいつらを倒さないと!」

 

 文と妖夢もそれぞれの覚悟を胸に抱き、疾風を仰ぐ天狗の葉団扇、妖怪が鍛えた楼観剣でもって、それらを振るい弾幕を撃ち放つ。

 天狗の妖力と半人半霊の霊力を込めた光弾はフォトンブラッドの光弾に続き、怪物たちへと瞬く間に迫っていくのだが──

 それを撃ち放つ直前のことだった。ハートの8たる蛾のアンデッド──モスアンデッドが自らの薄翅を震わせたかと思うと、煌びやかな鱗粉を散らしたのだ。

 きらきらと舞い散るそれらは月明かりを反射し、どこか美しさを感じさせる輝きを返す。

 

「シュゥ……ゥウ!」

 

 放たれた光弾は蛾の鱗粉程度なら容易く突き抜け得るだろう。されどそれはただの鱗粉に非ず。モスアンデッドが有する始祖の能力は、鱗粉に触れたエネルギーの運動方向をまったくの正反対に跳ね返し、反射させるという性質を持っていた。

 鱗粉に触れた文と妖夢の光弾はまるで鏡にぶつかった光の如く屈折し、異なる方向へ乱反射した幻想郷の光弾は、ブレイドとファイズがそれぞれ帯びる銀色の胸部装甲へと炸裂してしまう。

 

「……っ!」

 

 胸部を覆うフルメタルラングへの衝撃は小さい。文たちも牽制のつもりで放った光弾だったのであろう。だが、不意に受けたダメージは巧を一瞬だけ怯ませた。

 その隙を狙って迫ったマンティスオルフェノクの鎌を避けることには成功するが、飛散したカクタスオルフェノクの棘までは凌ぎ切れず。ファイズの装甲のおかげで大ダメージこそ回避できたものの、巧は後退を余儀なくされる。

 

 ブレイドの胸部装甲たる『オリハルコンブレスト』にかかる衝撃もまた大きくはなかった。自己修復機能を持つ『オリハルコンプラチナ』で構築された装甲は、この程度の衝撃では傷つかない。妖夢の牽制目的の光弾を受けてもダメージはないが──

 一度戦った相手の能力を失念していた。その隙にセンチピードアンデッドの爪が迫る。ムカデの毒を帯びた爪でスーツを切りつけられるものの、その毒は剣崎の身までは届かない。

 されど二撃目の爪をブレイラウザーの刃で防いだところに正面からの蹴りを受けてしまった。

 

「ぐっ……! 天音(あまね)ちゃんを苦しめた奴に気を取られて、こっちの能力を忘れてた……!」

 

「あのアンデッド、どうやら私たちの弾幕を跳ね返すみたいですね……」

 

 剣崎がセンチピードアンデッドと向き合いブレイラウザーを構えると同時、妖夢も楼観剣を構え直して近接戦闘に備える。

 蛾の祖たるモスアンデッドが撒き散らす鱗粉によって、光弾などのエネルギーは反射されてしまうらしい。かつて剣崎もディアーサンダーを跳ね返されたことを思い出した。妖夢はそれならばと楼観剣を握る柄に力を込めて、弾幕を伴わぬ純粋な斬撃でもって怪物たちへと向き合う。

 

「……飛び道具は使えないってことか」

 

「それって私詰んでません?」

 

 巧はフォンブラスターの形態となったファイズフォンに視線を落とすと、その形状を元に戻して腰に帯びるベルトたるファイズドライバーへと戻す。

 未知の怪物が放った銀色の鱗粉は触れるだけでも脅威だろう。距離を取って射撃をすれば反射され、だからと言って不用意に接近しすぎればその鱗粉をまともに受けかねない。

 幸い、その範囲はさほど広くはない。月の光を受けてキラキラと光る幻想的な鱗粉は、どうやらモスアンデッドの周囲のみに散っている様子。あの怪物はオルフェノクと疑似的ながらも共闘するつもりなのか──

 その鱗粉を味方たるオルフェノクに当てないよう、自分の周りだけに展開しているらしい。

 

「知るか。その団扇(うちわ)みたいなやつでぺちぺちやってりゃいいだろ」

 

 巧はファイズとしての黄色い複眼で妖夢と剣崎の戦いを見る。白銀に研ぎ澄まされた業物の剣をもって正面から向き合い、アンデッドやオルフェノクと肉薄する距離で戦っていた。

 彼らが怪物を引きつけている隙にオートバジンの左ハンドルを握りしめる。ファイズフォンから取り外したミッションメモリーを装填すると、そのまま引き抜いてファイズエッジと成す。

 

「……冗談ですよ。あの程度の鱗粉、天狗(わたし)の風ですぐに吹き飛ばせます」

 

 妖夢の楼観剣のような接近戦の得物を持たぬ文には、弾幕を跳ね返す鱗粉に対してまともな攻撃手段がない。ならば、その鱗粉自体を吹き飛ばしてしまえばいい。

 手にした天狗の葉団扇を大きく仰ぐと、そこには紅葉を巻き上げる小さな竜巻が発生した。

 

「おっと、やっぱり私を狙ってきますよねぇ……」

 

 文は鴉天狗としての目で自身に迫るオルフェノクの触手を見た。剣崎と妖夢はそれぞれモスアンデッドとセンチピードアンデッドに苦戦している様子。マンティスオルフェノクとカクタスオルフェノクは文の意図に気づき、同時に使徒再生の触手を放ってきたのだ。

 すぐさま赤い一本歯下駄で大地を蹴って、自身が生みだした小さな竜巻に乗る。その上昇気流で夜空へ高く舞い上がると、彼女が足場として象った【 天狗の立風露(たちふうろ) 】は文の意思のままに消失を遂げた。

 その風に軌道を歪められた触手は文の足元を通り抜け。空中で翻った文は黒い翼を広げ、そのまま再び足元に小さな竜巻を形成すると、その中心の渦巻き目掛けて踵落としを見舞う。

 

「何っ……!?」

 

「なんだ……ぐぉっ!?」

 

 マンティスオルフェノクとカクタスオルフェノクは視界から消えた文を訝る間もなく、頭上から叩き落された強烈な突風に灰の細胞を削り取られた。

 天狗という圧倒的な暴風の具現。吹きつけられた風に怯んだマンティスオルフェノクは上空を見上げる。そのまま右脚を疾風の如く降り落としてきた文の【 天狗のダウンバースト 】をまともに喰らってしまい、鎌を構える暇もなく地に叩き伏せられてしまった。

 

 灰色のカマキリを踏みつけて立ち上がった文はカクタスオルフェノクと目を合わせる。赤い目をニヤリと細めた彼女は、背後に馴染み深い妖力を感じて──

 文の意思のままに舞い上がる漆黒の翼。幾多もの鴉たち、文の使い魔である彼らが一斉に夜空を翔け、カクタスオルフェノクへと襲いかかっていく。妖力を帯びているとはいえ、ただの鴉たちを(けしか)ける【 暗夜の(つぶて) 】では、カクタスオルフェノクにダメージを与えることはできない。

 

「その鱗粉、吹き飛ばさせていただきます!」

 

 暗夜の礫たる鴉たちに背後のカクタスオルフェノクを相手取らせている刹那、妖力の風を込めた葉団扇を振り抜いた。その風は紅葉を巻き込み舞い散る死の灰をも飲み込む【 楓扇風(ふうせんぷう) 】となって木々を揺らし。

 地面から巻き上がる突風は竜巻と化してモスアンデッドの鱗粉を散逸させていく──

 

 ──はずだったのだ、が。文は目の前の怪物、さながらガスマスクめいた意匠の頭部を持つモスアンデッドとこの距離で向き合って初めて気がついた。

 光弾を反射させていたのはただ鱗粉の散布による現象ではない。この鱗粉を張り巡らせることで、あらゆる干渉を跳ね返す結界じみた反射の力場のようなものを形成していたのだと──

 

「きゃあっ!」

 

 自ら放った風に煽られ吹き飛ばされる文。その鱗粉は、否。モスアンデッドの反射フィールドは風さえも跳ね返してしまう。

 飛び道具が通用しない──という次元ではない。まるでバリアだ。これでは妖夢の剣、ひいてはブレイドなる戦士が振りかざす剣による斬撃さえも反射されてしまうだろう。

 

 鴉の群れを散らしたカクタスオルフェノク、文が吹き飛ばされたことで自由を取り戻したマンティスオルフェノクが再び文を狙って使徒再生の触手を放つ。すかさず妖夢がモスアンデッドから距離を取り、文を守るように立ち塞がっては振るう楼観剣の刃で触手を斬り落としてくれた。

 

「……大丈夫ですか、文さん!」

 

「いやぁ、どうでしょうね。これは困りましたよ……」

 

「その軽口が叩けるなら大丈夫です。でも、確かにあの怪物を見くびっていました……」

 

 妖夢は背後で倒れる文に対して振り向くことなくその安否を問う。すぐ立ち上がった文は妖夢の傍らに立ち、黒いスカートについた紅葉や白い灰を払い落した。

 四体もの怪物を挟んだ彼方に見えるファイズとブレイドに視線を向けて意思を見る。妖夢と文はどちらの怪物もまだ馴染みがない。だが──彼らはこの怪物たちと幾度も戦っているはずだ。

 

「おい、どうすんだ。あのアンデッドとかいうの、お前の専門なんだろ?」

 

「ええっと……たしか前に倒したときは……」

 

 巧は赤熱するファイズエッジを構えながら傍らに立つ剣崎に問う。文の風さえも跳ね返された以上、あの鱗粉の周囲は直接攻撃さえも反射する。フォトンブラッドを帯びたファイズエッジの刃でさえも本体には届かないかもしれない。

 かつてモスアンデッドと戦った経験を思い出す剣崎だが、彼にはハートの8たるそれを封印した経験はない。ただ「奴と戦え」という言葉のままに、あの男に促されては怪物と戦い──

 あの男が封印した。やがて人間として生きようとした最初のジョーカー。剣崎一真の友となった仮面ライダーが。

 

 彼はどのように戦っていただろうか。まだ剣崎との繋がりが薄かった、あのときの彼は。剣崎を囮に利用してバリアの隙間を狙い射ようとしていたはず。

 その手段が見つからない。ただ我武者羅に戦っていた剣崎には、それが見つけられなかった。

 

「ちっ……! 考えてる暇はねえ。まずはオルフェノクの方からなんとかすんぞ!」

 

 巧は剣崎の答えを待つ間もなく駆け出した。ファイズエッジの刃を振るい、マンティスオルフェノクの腕の鎌と切り結ぶ。

 フォトンブラッドの光熱はオルフェノクの身には堪えよう。じりじりと焼けつく光が灰を零すのを見て、マンティスオルフェノクはファイズの腹を蹴り飛ばそうとするが、巧はその右脚を左腕で受け止めては振り抜く刃で怪物を一閃。

 吹き溢れる灰は血の如く。だが致命傷とはならず。かつて現れたマンティスオルフェノクは、ファイズの攻撃によって倒された。しかし、それは乾巧によってではない。

 

 ファイズギアを使用できる者はオルフェノクの記号を持つ者である。すなわち、オルフェノクであればその多くの者が使用できる。とある事情で奪われたファイズギアを使いファイズへの変身を遂げた赤井──カクタスオルフェノクが憂さ晴らしのために彼の命を手にかけたのだ。

 

 オルフェノクたちも元は人間である。巧にも仲間と呼べる者はいたが、彼らに関しては仲間意識などないのだろう。ただ威張りすぎている緑川が気に入らないという理由で、赤井はファイズとなって彼を──マンティスオルフェノクを殺害した。

 その記憶は彼らには残っていないのだろうか。自分を殺した相手と肩を並べて戦うなど、考えられるのか。巧はそれが疑問だったが──

 

 ファイズの複眼(アルティメットファインダー)に映った一条の鎖を見やる。センチピードアンデッドが放った鎖鎌、一万年前の闘争心が込められた『ピードチェーン』が鋭く迫り、素早く後退する巧。

 剣崎の話ではこの怪物は毒を持つらしい。飛び道具と呼べる鎖鎌にもそれが含まれているのかは不明だが、用心するに越したことはないだろう。鎖を回収した怪物は、文に注意を向けた。

 

「……っ!」

 

「はっ、余所見してる場合かよォ!」

 

 文を守ろうと再びフォンブラスターを構えようとする。しかし、すぐ傍には鱗粉を纏うモスアンデッドがいる。フォトンブラッドの光弾を放てば、またしても跳ね返されてしまうかもしれない。一瞬の躊躇を見逃さず、カクタスオルフェノクは全身に装うサボテンの棘を飛ばした。

 

「危ないっ!」

 

『サンダー』

 

 咄嗟の判断でブレイラウザーにラウズカードを滑らせる剣崎。オープントレイから取り出したのはスペードの5たるプライムベスタ、ディアーアンデッドが封印されたサンダーディアーである。その力を己が身に融合させ、ブレイラウザーの切っ先から青白い電流を放ってカクタスオルフェノクの棘を撃ち落とす。

 始祖たる放電はカクタスオルフェノクのもとへと飛び迫るものの──モスアンデッドが撒き散らした鱗粉の反射フィールドは健在だ。ディアーサンダーもまた、剣崎のもとへと跳ね返った。

 

「お前……あの鱗粉のこと忘れたのか?」

 

「……いや、思い出した。あのバリアの突破方法……!」

 

 微かに焼け焦げたオリハルコンブレストを撫でながら立ち上がる。剣崎の思考にて芽生えるは、かつての戦い。ただひたすらに剣を振っていた自分を利用し、あの男が見出したモスアンデッドの弱点。それを巧に伝えようとするが、彼らの間を裂くようにピードチェーンが飛来した。

 

「めんどくせえな……!」

 

 巧と剣崎はそれぞれ反対方向に転がって避ける。ファイズエッジを地面に突き立て立ち上がり、幾許かはダメージを与えたであろうマンティスオルフェノクに再び刃を向ける。

 妖夢も同じことを考えていたのか、楼観剣を構えてはマンティスオルフェノクに接近した。

 

「シュゥ……ゥウ!」

 

 鱗粉を纏ったまま口吻から毒の矢を放つモスアンデッド。文は風を巻き上げそれを振り払うと、葉団扇を振るっては風の刃たる烈風扇を放つ。しかし変わらず、鱗粉によって形成されたバリアは文の弾幕を打ち返してきた。

 それは想定の範囲内。確認のために放ったそれが跳ね返ってきても、文は小さい動きで回避することができる。

 モスアンデッドは再び口吻から毒の矢を放った。鱗粉の反射は自身には適用されないのか、あるいは内側からならすり抜けられるのだろうか。文は毒の矢を避けながら眉根を寄せる。

 

「ずるいですねぇ……あっちばかり飛び道具を使えるなんて」

 

「あれが奴の弱点なんだ。あの毒の矢を放つ瞬間、その隙間(すきま)にだけ鱗粉のバリアがなくなる」

 

 文と剣崎が向き合う相手はモスアンデッド。剣崎曰くその鱗粉のバリアは無敵ではない。あちらから攻撃を放つその瞬間にのみ、反射フィールドに隙間が生じるのだという。

 ゆえに狙うは一瞬。再び怪物が長い口吻に光を灯らせたそのとき。剣崎一真は即座に動いた。

 

「そこだ!!」

 

 未だディアーサンダーを帯びたブレイラウザーを振るい、青白い電流を迸らせる。瞬く間に突き抜けた稲妻が鱗粉の隙間を抜けモスアンデッドの口吻に直撃すると、キラキラと舞い散った鱗粉が美しく散逸を遂げた。

 怯んだ怪物は再び鱗粉を纏おうとするが、文と剣崎の二人はその動きを見逃さなかった。

 

「──させるもんですか!」

 

『マッハ』

 

「はぁああっ! うぇいっ!!」

 

 文が全身に纏う風は音速に至る鴉天狗の飛翔。その身をもって突風を巻き起こし、旋風となりて疾走する【 疾走風靡(しっそうふうび) 】で怪物に接近する。

 剣崎もまた慣れた動きでブレイラウザーのオープントレイを展開すると、その中からスペードの9たるプライムベスタ、ジャガーの始祖であるジャガーアンデッドが封印されたマッハジャガーを手に取りラウザーの刀身へラウズ。

 

 風を帯びた天狗の疾走。マッハジャガーを用いて発動した【 ジャガーマッハ 】による一時的な加速。その瞬くような速度を目で追えず、モスアンデッドは二人の接近を許してしまう。

 文と剣崎はその無防備な身に風の弾幕と覚醒の斬撃を見舞い──噴き出す緑色の鮮血を見た。

 

「ギシュ……ゥウ……」

 

 ふらつきながら後退するモスアンデッド。しかし、剣崎は速攻を悔いた。ディアーサンダーとジャガーマッハの発動により、ブレイラウザーに残されたAPは2200。あと一枚くらいであればプライムベスタをラウズできるだろうが──コンボによる必殺技には足りない。

 APをチャージするにはカテゴリーJからKの上級アンデッド、総称を『エマージュカード』と呼ばれる特殊なラウズカードが必要となる。今はそれが手元にはなく、APの回復には変身解除が必要だった。

 当然、敵を前にしている状態でそんな悠長な真似は許されない。この速攻で封印できればと思ったのだが──モスアンデッドのアンデッドバックルは未だ展開の兆しを見せていなかった。

 

「はぁあっ!」

 

「せやぁああっ!」

 

 その間、妖夢と巧は冴える閃きの楼観剣と真紅に輝くファイズエッジを構えていた。月下に淡く照らされたカクタスオルフェノクの放つ棘を器用に避け、あるいは斬り落とし、そのまま接近してX字を描くように交差して一閃する。

 マンティスオルフェノクを倒し切りたかったのだが、そちらに意識を向けていては飛散するカクタスオルフェノクの棘に対応できないのだ。そのためファイズエッジのフォトンブラッドで弱ったマンティスオルフェノクが動けぬ間に、カクタスオルフェノクへと猛攻を仕掛けた。

 

「くそっ……うぜえ……!」

 

 身体から溢れる白い灰と燃ゆる青白い炎。されど致命傷には至っていないのか、カクタスオルフェノクはすぐに炎を振り払うと、立ち直ってしまう。

 生身の妖夢の方を向くと、カクタスオルフェノクは全身から再び棘を放つ。あの棘にオルフェノクエネルギーが込められているのだとしたら、妖夢の心臓が危うい。半人半霊がオルフェノクに至ることがあるのかは不明であり、加えて巧は妖夢の出自を知らないが──

 無意識に妖夢を守るように駆ける。ファイズエッジでは捌き切れぬ量の棘を背で受け止めると、ファイズのスーツに微かながら青白い炎が灯された。巧は、仮面の下で痛みに表情を歪める。

 

「……っ! 危ない!!」

 

 背後のカクタスオルフェノクに振り返る巧は、その耳に剣崎の声を聞いた。妖夢と巧の猛攻で怯んだ正面の怪物に注意を向け、疎かになっていた方向から迫る鎖鎌。センチピードアンデッドが放ったピードチェーンが、ギラリと月の光を纏い巧へ飛来し──直撃するはずだった。

 

「……何だ……?」

 

 なんと、ピードチェーンは巧の前で砕け散ってしまったのだ。空中で粉々に消え、その端を掴んでいたセンチピードアンデッド自身も困惑している様子。自らの四肢も同然の武器が何の前触れもなく破壊されたことに対し、悠久の時を生きるアンデッドさえ狼狽えている。

 巧にもそれはすぐには理解できぬこと。カクタスオルフェノクがそんなことも気にせず立ち上がったが、今度は暴力的なまでの破壊の光弾──真紅のエネルギー弾が怪物の身に炸裂した。

 

「ぐぁああっ!」

 

 カクタスオルフェノクは光弾の爆発によって呆気なく吹き飛ばされる。小さな光弾であるものの、その破壊力は絶大。恐るべきは、それがオルフェノクにとって極めて有効に働くエネルギーであるフォトンブラッドではなかったということ。

 未だ鈍く全身を苛む強い衝撃に表情を歪める怪物はマンティスオルフェノクと共に立ち上がる。カマキリとサボテン。人ならざる死灰の貌で見上げるは、月夜より舞い降りる紅き闇。

 

「……しっかり避けてほしいわね。私はベルトの力で遊びたいのに」

 

 紅と白を装う少女は月を思わせる柔らかな金髪を秋風に撫で。煌びやかな七色の宝石を伴う歪な翼を揺らしながら、妖怪の山へと降り立つ。

 冴える悪魔の瞳は真紅。吸血鬼として生を受けたフランドール・スカーレットが見るは、彼女にとっては忌むべき退廃の象徴である灰の怪物──オルフェノクたちだった。

 フランドールの身には灰の記号が刻み込まれている。彼らの中でも最強に至るほどの絶大な力。龍の咆哮を思わせる力強さを持つ、オリジナルと呼ばれるオルフェノクの固有の記号である。

 

「だ、誰だ……?」

 

「あの子は……紅魔館の……?」

 

 その様子を見ていた剣崎と文も不意なる来訪者に驚いていた。小柄な少女ながらその振る舞いはまさしく強者のそれ。圧倒的なオーラを放つ姿に、思わず剣崎も慄く。

 文にとってはよく知る幻想郷の住人だ。かつて紅魔館に赴き取材した際に彼女に話を聞いたことがある。ありとあらゆるものを破壊する力は、迫る隕石さえも微塵に砕いてみせた。

 ──その気になれば月を砕くこともできるという。文たち天狗が恐れる鬼に等しき規格外の力。伝承こそ違えど、吸血鬼という存在は、その名の通り『鬼』に似ているのだと。

 

 センチピードアンデッドは鎖を失ってなお闘争心を収めていない。ムカデの頭部から吐き散らす猛毒の体液をもって、今度は剣崎たちに襲いかかった。

 モスアンデッドもまた口吻から放つ毒の矢で襲いかかるが、先ほど受けたダメージの治癒は成し得ていない様子。鱗粉のバリアを張る余裕も見せず、ただ不意に現れたフランドールによって場が混乱している隙に原初の知性でもって文と剣崎を倒すつもりのようだ。

 

 その攻撃もまた通らない。二体の怪物が放った毒液と毒の矢。そのどちらも、狸の腹太鼓めいた場違いな音と共に現れた巨大な塀によって防がれる。古びた白い塀には緑色の毒液が降りかかり、軽い音を立てて毒の矢が突き刺さった。

 役割を終えた塀──幻術によって生み出された『ぬりかべ』は消失する。間髪入れず、すぐさま月夜の空が光ったかと思うと、今度は青白いカエルやウサギの弾幕がアンデッドを蹴散らした。

 

「やれやれ、ようやく見つけたぞい。悪魔の妹、フランドール・スカーレットよ」

 

 月明かりを背にして舞い降りるは老獪なる化け狸の頭領、二ッ岩マミゾウだ。彼女は丸い眼鏡をキラリと光らせ、豊かな尻尾を揺らしながら妖怪の山に降り立つ。

 フランドールは古き妖力を帯びた化け狸を興味のなさそうな目で見やり、口を開いた。

 

「あんた、誰?」

 

「二ッ岩マミゾウ。いや、そうじゃな。今は──」

 

 七色の翼を揺らして振り返るフランドールの問いに返すマミゾウ。その名は古今無双の化け狸として外の世界の狸たちに名を知られ、幻想郷においては平安の大妖『(ぬえ)』によって招かれた妖怪の切り札として知られている。

 紅魔館の地下空間に閉じこもり、ただ本ばかりを読み漁っていたフランドールは幻想郷の情勢に詳しくない。幻想郷で起きてきた異変についても、あまり認知していないだろう。

 

 そんな彼女も、ある目的によって必要とされることもある。あらゆるものを吸収し尽くし己が力として取り込む無敵の神獣を、彼女の力でもって『破壊』させるため。あるいは旧き地獄の底より這い出た最凶にして最悪の怨霊を悪魔の屋敷から追い出すため。

 長らく力を振るうことがなかった彼女にとって、それは退屈を殺す紅い好奇心の供物。地下室の空虚な楽園を貪るよりも楽しいことを、自分を倒した霊夢と魔理沙以外に対しても見出すことができた。そしてそれは、彼女が灰の使徒たる少年から受け取り、手にした新たな力も同じ──

 

「…………」

 

 マミゾウの意思に応じ、彼女の腰元に神秘的な太古のベルトが現れる。美しい銀色に走る金色は、その中心に人の心を表す真紅のハートを湛え、分かつ中央の溝から原始の闘争心を滲み沸かせていた。

 フランドールが微かに敵意を向けたのは、それが吸血鬼の本能をも慄かせる気配を持っていたからだ。ジョーカーの力たるそれは、彼女の身体に不完全ながら定着している。

 

 マミゾウは腰に装ったカリスラウザーに視線を落とすことなく、懐から一枚のラウズカードを取り出した。ハートのAたるプライムベスタ、最強のアンデッドと称されたマンティスアンデッドが封印されたチェンジマンティス。その絵柄には、鎌を広げるカマキリの意匠が刻まれていた。

 

「変身」

 

『チェンジ』

 

 小さく呟いた意思と共に、その手に掴んだチェンジマンティスをカリスラウザーの溝へと通す。封印されたカテゴリーAの力を覚醒(ラウズ)することで、ジョーカーの融合能力をその細胞と自身の幻術でもって再現し、マミゾウの身体は一瞬だけ暗い影の帳に包まれる。

 次の瞬間には飛沫と散った影。その内より現れるは、ハートスートのカテゴリーA、マンティスアンデッドとの融合を遂げた幻想郷の切り札(ジョーカー)

 

 その姿はマンティスアンデッドそのものである。ライダーシステムの起源となったジョーカーの融合能力、ゆえにカテゴリーAが纏うべきカリスベイルもまた差異はない。

 腰に帯びたベルトだけがアンデッドバックルではないという違い。ジョーカーは伝説と謳われたマンティスアンデッドの力を思うままに掌握した。やがて、その意思は奇しくもそれを起源に開発されたライダーシステム、仮面ライダーの心を得ては人々の希望となるべく戦う道を選んだ。

 

「──カリスとでも名乗っておこうかのう」

 

 漆黒の身体に赤いハート型の複眼。マンティスアンデッドの呼び名たる『カリス』の名を掲げ、ジョーカーの力でその姿を我が物とするマミゾウ。

 全身に流れる赤い血が、ジョーカーとしての緑色の血を拒んでいる。未だ細胞の融合は完全とはいかず、あまり安定していない。だがそれゆえに彼女がジョーカーの本能に囚われることもない。理性の維持と引き換えに苦痛はあるが、この力にはそれを受け入れるだけの価値がある。

 

「あれは……カリス……!? ど、どうして……!?」

 

 マンティスアンデッドの姿に変身を果たしたマミゾウを見て、再びかつての友を垣間見る剣崎。だが、それは在り得ざる光景だった。

 カリスと呼ばれた戦士はマンティスアンデッド。ジョーカーはその姿と能力を借りた。後天的にその姿に変身できるのは、ジョーカーだけであるはずなのだ。それを可能とするジョーカーはただ一人──否。世界と友を救う代償にジョーカーとなった自分の二人だけのはず。

 

 彼女が腰に帯びているそれは、紛れもなくジョーカーラウザーに他ならないもの。自分の他にもジョーカーに至った者がいるとでも言うのだろうか。

 そんなことはあってはならない。この身に滾る闘争本能は、彼女への殺意を剥き出しにはしていない。その小さな事実だけが──彼女をアンデッドだと認識せずに済む数少ない希望であった。

 

「お姉様の指示? 私を連れ戻そうってわけ? それとも、あの秘神の差し金なのかな」

 

 フランドールは訝しげにマンティスアンデッドの黒き鎧を睨む。その名も姿も能力も、すべては純然たるアンデッドのもの。だが、それがジョーカーの力であるならば、人の心を得たジョーカーの在り様にも通ずる。

 たとえ人の手に依らぬアンデッドの融合だろうと、人を愛し守り抜く意思があれば。その異形もまたブレイドの世界における『仮面ライダー』と定義できるのだろう。

 

 吸血鬼としての魔力で歪めた空間から銀色のアタッシュケースを取り出すフランドール。真紅の光より現れたケースを開き、そこから機械的な意匠を持つ銀色のベルトを取り出しては両手で腰に巻きつけた。

 フランドールの細い腰に装われるはスマートブレインが開発した三本のライダーズギアのうち、最初期に造られた『デルタギア』というツールの一つだ。高濃度に圧縮されたフォトンブラッドは白く染まり、彼女が腰に装備した『デルタドライバー』の流動経路(フォトンストリーム)として深く刻まれている。

 

「まぁ、いいや。相手は誰でも構わないから」

 

 デルタドライバーの正面に宿るミッションメモリーは、逆三角形を模した戦士の仮面。不気味な白と黒の意匠を帯び、マミゾウが変身したカリスと向き合っていた。

 すでに役目を終えたケースは再び歪んだ空間の中に消える。フランドールは右手に持ったデバイス──銃身のない拳銃のグリップ部分だけにも似た銀色のそれをゆっくりと持ち上げ、その人差し指で引き金を引きながら顔の横に添えた。

 彼女が持つ『デルタフォン』は携帯電話と呼ぶにはあまりに特殊な形状だが、宿す機能としてはファイズのものやカイザのものと同じ、携帯電話型の変身用マルチデバイスに分類されるものだ。ただ、そこには数字が刻まれたテンキーなどは存在せず、小さな音声認識器(マイクロフォン)があるだけ──

 

「……変身」

 

『Standing by』

 

 静かに呟いたその言葉が、音声認識によってデルタフォンのとある機能を起動させる。無機質な電子音声と共に奏でられる待機音を聞き、フランドールは右腕を下ろした。

 デルタドライバーの右腰に備えられたビデオカメラ型デバイスたる『デルタムーバー』の後部、そこにデルタフォンの接続部を収めることで──それら二つを一つのデバイスと合体させる。

 

『Complete』『DELTA』

 

 ──その瞬間。フランドールの身はデルタドライバーから形成された青白いフォトンフレームに包まれ、月夜に落ちた妖怪の山を眩く染める光が迸った。

 フォトンブラッドの出力は標準値においては赤く。二倍の経路を用いれば黄色く。そしてさらに精錬すれば青く染まり、特殊な技法を用いて圧縮すればさらに強く白く染まる。その白いフォトンブラッドこそが、最初期に造られたライダーズギアでありながら最も強大な出力を実現させたこのベルト──『デルタ』のベルトの力だった。

 

 黒いスーツに走る白いフォトンストリームは『ブライトストリーム』と呼ばれており、恒常的に維持可能な限界出力を示している。胸や肩などの本来は装甲を強化する部位さえもそれが配され、特徴的な逆三角形の意匠はその流動を加速させる技法として用いられていた。

 ファイズに似た円形の複眼は曙光の如きオレンジ色に染まり、額にも備わった逆三角形の意匠によって悪魔めいた眼光を帯びている。フランドールはデルタとしてのオレンジ色の複眼をもって、マミゾウが変身した未知の戦士──カリスの名を持つマンティスアンデッドへと向き合った。

 

「あぁ、やっぱり、気持ち良いね。ベルトの力って……」

 

 フランドールの身に湧き上がる闘争心はアンデッドのそれに似ている。元より歯止めの効かない破壊衝動を有していた彼女の身に刻まれたオルフェノクの記号、それも強大なオリジナルの個体が持つものは、デルタギアの影響を強く受けている。

 デルタの胸部に備わっている『デモンズ・スレート』と呼ばれる装置は変身者の脳神経に特殊な電気信号『デモンズ・イデア』を送り込み、闘争心を搔き立ててデルタとしての能力を向上させる機能を有しているのだ。

 

 それは正しく適合すれば強大な力をさらに強化することができる。しかし、かつてこのベルトを使った者たち──ただ記号を持っていただけの人間たちはそれに耐えられなかった。

 脅迫観念に近いほどの闘争本能を無理やり引き出され、彼らの精神はデルタの力に取り込まれてしまい、その力に病的な執着を抱き依存してしまうほどの異常な行動を見せた。あろうことか同じ境遇の仲間同士で殺し合ってでもデルタギアを奪い合うほどに、彼らはこの力の狂気に囚われてしまっていた。

 それだけ危険な電気信号であるが、フランドールの身にはそこまでの影響はない。むしろ、その狂気の波長は彼女自身が持つ狂気と親和性を見せている。奇しくも、このベルトを使っていた龍のオルフェノク──無垢さと残酷さを併せ持つ少年と同じように。

 

 それでもまったく影響がないというわけではない。デモンズ・イデアはフランドールの吸血鬼としての本能さえも汚染し、吸血鬼が厭う流水への恐怖を曖昧にしているのだ。

 不安定な精神に働きかけた電気信号によって歪みを与えられ、今のフランドールには普段以上の狂気と破壊衝動が在る。だがその波長に適合した彼女は、人間のような精神崩壊は見せない。

 

「あいつ……! なんでデルタのベルトを……!」

 

「また新しいベルトですか……? じゃあ、彼女も記号を……?」

 

 巧はフランドールが変身したデルタの姿に息を飲む。文はその姿を初めて見たが、その見た目の類似性からファイズやカイザに近いものを見た。デルタと呼ばれたその戦士は、やはり巧も知っているファイズの世界の戦士であるらしい。

 妖夢もすぐに楼観剣を構え直しては、巧の傍に立ちながら剣崎を見やる。彼はマミゾウが変身したカリスに気を取られ、今この場にいる他の怪物への警戒が疎かになってしまっている。

 

「シュゥ……ゥオッ!」

 

 緑色の血を流したままのモスアンデッドが、薄翅を広げて飛翔した。零れる鱗粉は月の光で銀色に輝くが、そこには反射フィールドの形成はない。

 ジョーカーに近い気配を持つ存在。剣崎を含めた二体目のそれを前に恐怖し、判断能力が鈍ったのか。モスアンデッドは傷ついた身体のままカリスへと向かう。口吻に湛えた毒の矢を射出し続けるも、そのすべては弾幕の回避に長けたマミゾウの反射神経で避けられてしまった。

 

(わし)の目的は悪魔の妹(フランドール)じゃが……まずはこいつらを片付けるのが先じゃな」

 

 マミゾウはカリスとしての左手に冴える双鎌の意匠を帯びた長弓を出現させる。しなる弓は白銀の刃と研ぎ澄まされ、張るべき弦を持たぬそれは、ジョーカーとしての武器をマンティスアンデッドのカリスベイルで覆った無二の武器。

 漆黒のグリップを握り構える『カリスアロー』の引き金を引き、放たれた一条の矢は圧縮されたアンデッドのエネルギー。輝ける矢は【 フォースアロー 】としてアンデッドの身を穿った。

 

「ギュゥ……!」

 

 散った鱗粉と共に怪物が怯んだのを見逃さず、マミゾウは己が腰に備わったカリスラウザーからハート型の『ラウザーユニット』を右手で取り外しては、そのままカリスアローの持ち手の先端、階の先へと重ねるようにしてそれを接続する。

 すぐさまマミゾウは右腰のラウズバンクから一枚のラウズカード、ハートの6に当たるプライムベスタを取り出し、モスアンデッドに見せつけるように翻す。

 タカの祖たる不死生物『ホークアンデッド』を封印した『トルネードホーク』をカリスアローの先端、ラウザーとなったハートの中心の溝へと──前へ滑らせるようにして覚醒(ラウズ)した。

 

『トルネード』

 

 カリスの身に追加で融合するホークアンデッドの力のままに、疾風を帯びたカリスアローは引き金を引き絞られ、荒ぶる竜巻の如き光の一矢を放つ。

 マミゾウが放った【 ホークトルネード 】の矢はモスアンデッドを貫き、緑色の血と銀の鱗粉を噴き上げさせ。モスアンデッドが腰に帯びるアンデッドバックルを展開させた。

 それを見逃すことなく、彼女は右腰のラウズバンクからプロパーブランク♥8を取り出す。

 

「シュゥ……ゥウ!」

 

「……何じゃ?」

 

 プロパーブランクを放つ直前、モスアンデッドが奇妙な動きを見せた。口吻から毒の矢を放ったのはいいが、その標的がマミゾウではなくマンティスオルフェノクだったのだ。マンティスオルフェノクはそれを受け入れ、自身の中にアンデッドの矢を取り込む。

 そのままマミゾウの手から飛来したプロパーブランク♥8はモスアンデッドに突き刺さった。緑色の光を放ちながらアンデッドは封印され、ハートの8たるプライムベスタ『リフレクトモス』はマミゾウの手へ戻った。

 

 マンティスオルフェノクはいくらオルフェノクといえどアンデッドの毒の矢には耐え切れなかったのか、その場に膝を着いて息を切らしている。

 ただでさえダメージを受けた身体に、なぜそのような攻撃を受け入れたのか。マミゾウは疑問を覚えたものの、すぐにリフレクトモスをラウズバンクに戻してフランドールの方を見やった。

 

「へっ、ちょうどいい……お前のベルトもこっちに寄越せ!!」

 

 フォトンブラッドの損傷(ダメージ)により身体から灰を零すカクタスオルフェノクは、全身から放った棘でデルタとなったフランドールに襲いかかった。しかし、やはり無作為に飛び散らせるだけのそれは弾幕とは呼べず。幻想郷に生きる少女は、動くことなくその弾道を見切る。

 その不躾な攻撃がフランドールの気に障ったのだろう。彼女は仮面の下で小さく溜息をつくと、デルタとしての黒い手を自らの右腰、デルタドライバーの右側に装うデルタムーバーへと持っていった。

 デルタフォンのグリップを握りカチリと捻ってそれを引き抜く。デルタフォンと合体した状態のデルタムーバーは『ブラスターモード』と呼ばれ、まさしく銃としての形を示していた。

 

「ファイア」

 

『Burst Mode』

 

 デルタムーバー ブラスターモードを顔の横に持っていき、呟くように告げる。その音声認識で起動した『バーストモード』の音声を聞き、右腕を真っ直ぐ伸ばして銃としてのデルタムーバーを正面へと構えた。

 オレンジ色に灯るレンズ状の銃口。その一つがフランドールの細い指で引かれた引き金によって青白い光を放つ。ブライトカラーに至るほどの熱量が、光弾となって飛び出した。

 

「ぐぁ……ぁ……っ!!」

 

 ファイズやカイザのそれを上回る圧倒的な出力。最初期に開発されたデルタギアは、予め強化を前提として設計されたファイズほどの拡張性を持たないが──

 カイザのダブルストリーム以上の絶大な出力でもってその差を補う。並大抵のオルフェノクは、その白いフォトンブラッドの、最大出力にも至らない光弾の射出で致命傷を負うだろう。オリジナルの個体ですらないカクタスオルフェノクが、それに耐えられるはずもない。

 

 本来ならば死にゆくオルフェノクは青白い炎に包まれて灰となる。だが、デルタの攻撃によって倒される者のみ、その身には炎と呼ぶには鮮やかすぎるほどの『赤』に燃ゆるのだ。

 赤紫かマゼンタか、あるいは明るいピンクとでも形容できる奇妙な炎の色。デモンズ・イデアが作用し、オルフェノクの細胞を燃やし特殊な炎色反応を見せているのか。フランドールはその炎をオレンジ色の複眼に映し、デルタムーバーを下ろす。

 

 鮮やかな赤い炎を上げて朽ちゆくカクタスオルフェノクにゆっくりと近づいていき、フランドールはスーツの全身にも流れるブライトストリームの衝撃を振り抜いた。左拳を正面からぶつけようとするものの──

 その拳は燃え続けるカクタスオルフェノクの手に受け止められた。じりじりと灰化し零れる身を顧みず、ブライトカラーのフォトンブラッドに削られていくその身の痛みも忘れ──

 

「くそ……が……っ!」

 

 その異形が睨むのはデルタではない。様子を見ていたセンチピードアンデッドに対するものだ。カクタスオルフェノクは赤く燃え広がる自身の左腕を力なく持ち上げると、その先端から突き出した使徒再生の触手でセンチピードアンデッドの心臓を貫いた。

 青白いエネルギーが触手を伝い、流れ込んでいく。元より不死であるアンデッドは、その力によって心臓を燃やされたとしても死ぬことはない。故に、オルフェノクとして覚醒することもないだろう。

 

 フランドールはその行動を訝しんだものの、すぐに赤い炎に包まれて灰と化したオルフェノクの残滓を見下ろし、退屈そうに顔を上げては背後の戦士たちへと振り返った。

 悪魔(デルタ)の仮面に表情はない。されどその下に隠す少女の思想は、滲み溢れる狂気として。

 

「お前、なんでそのベルトを……! あいつは……三原(みはら)はどうした!?」

 

「君はあのときの……! どうしてジョーカーの力を!? (はじめ)と何か関係が……!?」

 

 巧と剣崎が抱く疑問は必定。巧の仲間が持っているべきデルタギアは、本来ならばここにあるはずがない。そしてカリスラウザーとラウズカードを用いてアンデッドの姿に擬態できる者は剣崎が友とする本来のジョーカーだけであるはずなのだ。

 どちらも彼らに動揺を与えてしまっており、その狼狽は明確な隙となって生じる。アンデッドの細胞を毒の矢として受け入れたマンティスオルフェノクは傷口から漏れる灰の粒子に微かな緑色の血を含ませながら立ち上がった。

 残されたセンチピードアンデッドもまた胸元の傷から燃え上がる青白い炎を即座に癒し、身体に馴染んだ異種族の力、オルフェノクエネルギーの感覚に震えるように立ち上がる。

 破壊されたはずのピードチェーンは彼の細胞によるものか。再びその右手に形成されていた。

 

「……っ!」

 

 放たれたピードチェーンの鎌を視認し、即座に楼観剣を振るう妖夢。何とか弾くも、その膂力に押されて剣崎のもとへ後退させられてしまう。

 使徒再生の触手を突き伸ばしてきたマンティスオルフェノクに対し風を巻き上げることで触手の弾道を曲げ、自身と巧を守る文もまた、迫る触手に追いやられては巧のもとへ引き下がった。

 

「くっ……あいつら……さっきまでと動きが……!」

 

「確かに変ですね……それに、先ほどの二体の行動も気になります……」

 

 妖夢と文は疲労が残る身体で怪物たちに構える。二人が思考に抱く疑問は拭えず、戦いへの集中力を僅かに欠いていた。

 モスアンデッドが放った毒の矢、カクタスオルフェノクが放った使徒再生。それは彼らにとって味方と定義し得るマンティスオルフェノクとセンチピードアンデッドへ。毒の矢といえど命を削る毒ではないのか、使徒再生といえど不死生物には効かぬのか。

 それぞれ怪物に変化が起きている様子はなく、その行動に何の目的があったか分からない。

 

蟷螂(カマキリ)とは縁があったものじゃな。どちらの鎌が鋭いか試してみるかのう?」

 

 カリス(マミゾウ)の声色には融合したアンデッドの影響か、微かなエコーがかかっている。そのハート型の複眼──『インセクト・ファインダー』が映し出す万華鏡の如き視界には、マンティスオルフェノクが灰と共に流した微かな緑色の血が捉えられていた。

 左手で構えたカリスアローの先端はマンティスオルフェノクに向けられている。マミゾウの身に融合を遂げているマンティスアンデッドと同様、奇しくもその姿はカマキリに似るものだ。

 

「ほざけ……!」

 

 マンティスオルフェノクはマミゾウの挑発に乗らず、その両腕の鎌を振るう前に再び口から放つ使徒再生の触手で攻撃を試みた。しかし、その攻撃もカリスアローのしなやかな刃、鎌とも呼べる鋭さで打ち払われる。

 触手を口腔に戻す一瞬の隙を突き、マミゾウはラウズバンクから三枚のカードを抜いた。カリスアローには残存APを表記するBOARDの装備に似たシステムはないが、有する初期APは7000。先ほど使用したトルネードホーク、1400の消費によって5600まで低下している。だが、それでも次なる一撃──三枚のカードを用いたコンボを放つのには十分だ。

 

 その指先を彩る三枚のプライムベスタにはそれぞれの絵柄が宿っている。ハートの4たる『フロートドラゴンフライ』にはトンボの始祖が、ハートの5たる『ドリルシェル』には巻貝の始祖が。再びその手に取り出すトルネードホークには、翼を広げるタカの始祖がその威を示す。

 

『フロート』

 

『ドリル』

 

『トルネード』

 

 カリスアローに備わったラウザーユニットに続けて三枚をラウズ。それぞれのプライムベスタは光となって舞い上がり、カリスたるマミゾウの身に追加で融合を果たした。

 湧き上がる始祖の力はマミゾウの細胞を変異させ、アンデッドとしての力を強める。

 

『スピニングダンス』

 

 告げられた電子音声のままに、マミゾウはトンボの始祖たる浮力を借りて大空へと舞い上がる。幻想郷に生きる妖怪としての飛行能力を伴わぬ、遥か太古の天を目指す力。カリスアローを構えずその左手に添えたまま、マミゾウは膝を上げて姿勢を変えた。

 吹き荒れる旋風に身を包み、その身は螺旋を刻む。タカの風を纏いて疾風となり、さらに加わる巻貝の渦でもって、己自身で大空を穿ち貫かんばかりに月夜の空より鋭く舞い落ちていき──

 

「はぁっ!」

 

「ぐぅっ……ぁ……! がぁああっ!!」

 

 疾風を伴う螺旋はマンティスオルフェノクの身を貫く。カリスが誇る【 スピニングダンス 】の一撃によって、朽ちゆくだけの灰の肉体は呆気なく打ち砕かれる──はずだった。

 

「……おや……これは……」

 

 マンティスオルフェノクは灰の肉体から緑色の血を流しながらも砕けた身体を再生し、そのまま立ち上がってしまったではないか。腰に帯びたオルフェノクレストが歪んでいるようではあるが、アンデッドの矢を受けたことでその身にアンデッドの力を取り込んだのか。

 すでに死した人間であるからこそそのような無理が通ったのだろう。オルフェノクエネルギーによって強引に馴染ませているらしく、かなり憔悴している。

 

 死なないオルフェノク。短命であることがオルフェノクの最大の弱点だが、それを克服した今の相手はオルフェノクの王の祝福を受けた状態に近い。その力への適合もよほどの幸運が必要なのだろうが、マンティスオルフェノクは奇跡的にアンデッドの不死なる心臓を我が物としていた。

 

「ギチギチ……ギュチチ……ッ!!」

 

「……ムカデの怪物? どうしてか分からないけど……気に入らないわ」

 

 フランドールはデルタとしての姿のまま、迫り来るセンチピードアンデッドに向き直る。彼女の身に刻まれたオルフェノクの記号、龍が如く咆哮する力が訴えるのか、彼女はムカデに似た怪物に嫌悪感を覚えた。

 自分がそうあった記憶は一切ない。ただ記号が微かに覚えている。龍にして王たらんこの身に、ムカデの分際で歯向かってきた愚か者の存在。我が身に鞭打つ卑小な度胸の、あの男を。

 

『Ready』

 

 腰に装うデルタドライバーの正面からデルタの仮面を模したミッションメモリーを引き抜くと、右手に持ったデルタムーバー ブラスターモードの上部へカチリと装填。デルタムーバーの銃口に当たる『ソルティックレンズ』を伴う銃身が前方に大きく伸びる。

 ミッションメモリーの挿入により伸びた銃身は『ポイントシリンダー』となり、その身は『ポインターモード』へ変形した。

 フランドールはポインターモードのデルタムーバーを顔の横に持ち上げ、呟くように告げる。

 

「……チェック」

 

『Exceed Charge』

 

 デルタの複眼越しに、フランドールの真紅の双眸がセンチピードアンデッドを射貫いた。デルタドライバーが生成した膨大なフォトンブラッドが全身のブライトストリームを伝い、青白い光となって右手のデルタムーバーへと供給されていく様を見届けることもなく。

 銃身が伸びた状態のデルタムーバーの銃口をアンデッドへと向け、引き金を引く。オレンジ色のソルティックレンズが青白く輝いたかと思うと、三角錐状のフォトンブラッドが射出された。

 

「ギュゥ……ッ!」

 

 青白い三角錐は怪物の胸を穿通する。それそのものは単なる標的捕捉用のマーカーに過ぎず、物理的な殺傷力を持たない。ただし滲み溢れるフォトンブラッドの波動がじわじわと対象の体力を奪い続け、激しい光熱は身体の自由さえ奪っている。

 フランドールはデルタムーバーを右腰に戻し、デルタの脚力を宿す両足で地を蹴った。軽やかに跳躍を遂げた彼女は、空中で姿勢を変えて鋭く飛び蹴りを放ち、三角錐の中へ。

 

 やがて一つとなった少女と閃光。蒼白の螺旋に包まれ、その一撃は悪魔の鉄槌となりて──

 

「はぁっ!」

 

「ギュゥ……ォオオ……ッ!!」

 

 死の螺旋はセンチピードアンデッドを貫いた。その背後に姿を現したデルタは青白い閃光と共に刻まれた三角形──Δ(デルタ)の紋章へ振り返る。赤く炸裂する鮮烈な炎は、本来はオルフェノクのみが放つ記号の発露であるはずだったが──

 デルタが放った【 ルシファーズハンマー 】の直撃を受けても、不死の生物が死に至ることはない。それでも絶大な破壊力を伴うその一撃に耐え切れず、怪物はアンデッドバックルを展開した。怪物の背後に振り返るフランドールには、そのベルトの内側に刻まれた意匠は見えない。

 

「……へぇ、死なないんだ。そういう生き物なのかな」

 

 赤く燃ゆる怪物を後ろ回し蹴りで突き飛ばし、妖怪の山の断崖に叩きつける。デルタの性能か、あるいはデモンズ・イデアに思考を汚染されたフランドールの攻撃性か。その無慈悲な衝動に慄く巧と剣崎、文と妖夢が一瞬、動けなかった瞬間を見計らい。

 マミゾウは右腰のラウズバンクからハートの10たるプロパーブランクを取り出し、センチピードアンデッドへと投げつける。

 プロパーブランク♥10は確かにセンチピードアンデッドに突き刺さった。アンデッドバックルを展開した状態のアンデッドに正しく対応するカードを使用。空白のカードは淡く緑色の光を放ち、プライムベスタとして問題なく封印することができる──そのはずであったのだが。

 

「何じゃと?」

 

 光は青白い炎と共に掻き消され、緑色の血と微かな灰を零すその身から弾き出される。憔悴しているとはいえ、センチピードアンデッドは健在だ。マミゾウの手元に帰ってきたラウズカードは、投げたときと同じく封印の空白たるプロパーブランクのままであった。

 死にゆくカクタスオルフェノクの使徒再生を受けたことで、その身に灰の心臓めいたものが形成されているのか。アンデッドの身に不純たるオルフェノクエネルギーが正しく適合したのは、まさしく偶然の産物と言っていいだろう。

 今際の際に賭けに出たカクタスオルフェノクの判断が奇跡的な結果を見せたらしい。その影響は大きく、不死の身に帯びた不純な死がラウズカードによる封印を拒絶している。

 

 封印できないアンデッド。そもそも死なないことを考えれば、それは極めて大きな脅威となる。だが、その力を受けた個体が下級アンデッドであることが幸いし、見たところ個体の戦闘能力はさほど高くはないようだ。

 オルフェノクがアンデッドの力を宿したのも、アンデッドがオルフェノクの力を宿したのも、どちらもかなり強引な手段と言える。馴染まぬその力に消耗し、見るからに苦痛を帯びていた。

 

「ぐぅ……はぁっ……!」

 

「ギチチ……ギチギチギチ……!」

 

 それでも彼らは人の領域を超えた怪物である。死して人類の先へ進化した灰の使徒。不死にして太古より生物の始祖となった種の代表。奇しくもそれらは、それぞれ短い寿命と進化という未来の象徴。永遠の寿命と始祖という過去の象徴。どこまでも対称的な存在であった。

 

「あのアンデッド……封印できないのか……!?」

 

「そ、そんな……! いったいどうやって対処すれば……!?」

 

 剣崎はブレイラウザーを構えながらセンチピードアンデッドを見やる。同じく楼観剣を構え立ち並ぶ妖夢もまた、センチピードアンデッドが力なく立ち上がり、腰元のアンデッドバックルを再び閉ざしてしまう様を見届けた。

 マミゾウがなぜか持っていたハートスートのプロパーブランクで封印できぬのなら、剣崎が持つコモンブランクを投げても同じように弾かれるだけだろう。

 死なぬがゆえの封印であるのに、それすらできないのならばいったいどうすればいいのか。

 

「落ち着いてください。必ず方法はあるはずです。それより、あちらも……」

 

「……ああ、あのオルフェノク、前はすぐ死んだはずだ。不死身になってんのか……」

 

 文が葉団扇を構えて見やるマンティスオルフェノクはアンデッドのものらしき緑色の血を流している。隣でファイズエッジを構える巧と違い、文はかつてファイズの世界に出現していたあのオルフェノクについては知らないが──その血から大体の想像はつく。

 剣崎一真が後天的にアンデッドと化し、不死身となった話が結びついた。巧も同じ意見であり、おそらくあのオルフェノクは限定的にアンデッドの細胞を宿し不死の命を得たのだろう。

 それはさながら、人間が記号を得ては限定的にオルフェノクの性質を宿すのと同じように。

 

「ぐぅ……ああ……!」

 

 マンティスオルフェノクは緑色の血を流しつつも死してはいない。否、死ななくなったというべきか。その身にアンデッドの細胞を宿してしまった以上、如何にフォトンブラッドの衝撃を与えたところで完全に撃破することはできまい。

 アンデッドの細胞の恩恵か、灰と朽ちる肉体も治癒される。徐々に体力も回復しているのか、マンティスオルフェノクは紅葉に彩られた妖怪の山の大地を蹴り上げ、鎌を振り下ろす。

 

「妖夢ちゃん!」

 

『メタル』

 

 剣崎は狼狽する妖夢を守るように立ち塞がり、鋭い鎌の一撃をブレイラウザーの刀身で受け止めた。そのままオープントレイから引き抜いたスペードの7たるプライムベスタ、トリロバイトアンデッドが封印された『メタルトリロバイト』のラウズカードをラウズ。

 ブレイドのスーツに三葉虫の始祖たる存在を融合させることで、その装甲にさらなる硬化能力を与える【 トリロバイトメタル 】を発動し、続けて振り下ろされた左の鎌を胸部装甲で凌ぐ。

 

「はぁっ!」

 

 硬化した装甲への一撃が弾かれ、マンティスオルフェノクが仰け反った瞬間を見計らい、剣崎はブレイラウザーを振り抜いて怪物を斬り飛ばした。

 咄嗟の判断でプライムベスタを使用してしまったために残るAPは僅か。もはやAPを回復しない限り、これ以上のカードは使えない。幸い、トリロバイトメタルの効果は続いている。

 妖夢は剣崎に礼を言うと、冷静さを欠いていた自身を恥じ、気を引き締めて構えた。だが、敵はマンティスオルフェノクだけではない。オルフェノクの記号とやらを宿したであろうセンチピードアンデッドまでもが健在なのだ。

 

 文はちらりとデルタを見やる。不意に現れた謎の戦士、紅魔館の少女が変身しているこの仮面ライダーも警戒が必要だ。センチピードアンデッドが動いたため、そちらへの意識が削がれてしまうものの、目の前の怪物と距離を取りつつもデルタの気配は決して見逃さず。

 センチピードアンデッドが吐き出した毒液をしっかり見て避ける。葉団扇を振るって風圧を巻き起こし、ムカデの祖たる怪物を微かに仰け反らせ、その隙に巧はファイズドライバーに装填されたファイズフォンを開いた。

 怪物から目を離さぬまま左手の指でエンターキーを押下。その全身に、光の熱が灯される。

 

『Exceed Charge』

 

「やぁあっ!」

 

 赤熱化したファイズエッジの刀身でフォトンブラッドの斬撃を見舞うスパークルカットを放つ巧。センチピードアンデッドはオルフェノクの記号を宿した。その身にフォトンブラッドの衝撃は効果的であると判断し、袈裟懸けに右肩のムカデを斬りつけたのだが──

 緑色の血と微かな灰を零すや否や、オルフェノクの記号による影響か。不死身たるアンデッドの身は即座に再生した。死なないとは聞いていたが、再生能力もまた優れているというのか。

 

「……ん?」

 

 仮面の下で歯噛みする巧とは裏腹に、マミゾウはその一撃に意味を見出す。斬り落とされた右肩のムカデはそのままに、新たに生えたムカデを傷つけた際。その右肩の一部からは白い灰が零れていないことに気づいたのだ。

 さらに、マンティスオルフェノクにダメージを与え続ける剣崎と妖夢の働きにも意味があった。こちらも不死の性質を宿しているようだが、厳密には純粋なオルフェノクとしてそうなったわけではない。

 

 アンデッドの性質を宿した。それによって本来は単なる意匠に過ぎぬオルフェノクレストが、アンデッドバックルのように左右に分かたれているのだ。無論、アンデッドではないマンティスオルフェノクの腰部にはアンデッドらしきスートもカテゴリーも刻まれてはいない。

 だが、その身に刻まれたアンデッドの細胞、ただそれだけがアンデッドと定義できるなら──

 

「……剣崎一真よ、あのオルフェノク、封印できるかもしれんぞい」

 

「え……? そんなバカな……!」

 

「試してみる価値はあると思うぞ? コモンブランクならいくらでも持ってるじゃろ?」

 

 マミゾウはカリスアローの刃で前方の灰色を示した。剣崎は信じられないといった様子で驚いているが、言葉を交わす相手がカリスの姿だからか、無意識に受け入れてしまう。

 確かに腰に帯びたオルフェノクレストは、アンデッドバックルのように展開していた。だが、本当に封印など可能なのだろうか。

 

 剣崎はこれまでもアンデッド以外の怪物とも戦ったことがある。アンデッドの細胞を宿した人造人間とも呼べる、改造実験体。彼らは統制者の意思で選ばれた不死なる始祖たる存在ではない。

 故に、バトルファイトの敗退者としての座席の意味を持つラウズカードをもって封印することはできなかった。それならば、当然オルフェノクが封印できるはずがないとも思えるが──

 

「……っ! うぇいっ!」

 

 思考を馳せる暇もなく次なる触手の一撃が迫った。ブレイラウザーを振るってそれを斬り払い、剣崎はマミゾウの言う通り、ブレイラウザーの機能で生成したコモンブランクをマンティスオルフェノクに向けて投げつけてみる。

 マンティスオルフェノクに突き刺さったそれは淡い緑色の光を放ち、その身体を染めていく。カードの絵柄は変わらず、空白の鎖のまま。マンティスオルフェノクがカードに吸い込まれていく様子はなかった。

 だが、コモンブランクは明確にオルフェノクの身体から『何か』を吸い上げている。緑色の輝きそのもの。怪物の身体ではなく、そこから滲み溢れる光だけがカードへと封じられていき──

 

 ボウっと音を立て、コモンブランクは青白く燃え散ってしまった。やはりラウズカードでオルフェノクを封印することはできず、ただ隙だけを晒す。

 剣崎は再び放たれた触手に装甲を打たれ、激しい火花を散らして後方へ仰け反ってしまう。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 攻撃を受けた直後にトリロバイトメタルの効果が失われた。硬化した装甲に受けたダメージは少ないが、晒した隙は小さくない。

 やはり無駄だったか。そう感じたが、剣崎は向き合うオルフェノクからアンデッドの闘争本能が消えていることに気づいた。そこへさらなる触手が迫り、思考は再び寸断される。

 今度は妖夢が彼を守るように楼観剣を振り上げ、マンティスオルフェノクの触手を弾く。

 

「……! 乾さん、あのオルフェノク……!」

 

「あのカードの力か……? なんでもいい、今なら……!」

 

 センチピードアンデッドを吹き飛ばして隙を作った瞬間を見計らい、文はマンティスオルフェノクを見やった。先ほどまで傷口から灰と共に緑色の血を流していたようだが、今は通常のオルフェノクと同様に灰だけを零しているのだ。

 コモンブランクを受けた影響でアンデッドの細胞だけを吸収され封印されたか。巧たちはラウズカードについて詳しくないが、今のあの怪物がただのオルフェノクに戻ったというなら──

 

「真っ赤な果実。命の収穫。みんなまとめて、私の手の中」

 

 不意に、その場をおぞましい圧力で染め上げる破壊の宣告が放たれる。巧も文も剣崎も妖夢も、オルフェノクとアンデッドでさえもがその紅き声色の主を見やった。

 フランドール・スカーレット。彼女は悪魔(デルタ)を纏う姿のまま、紅き魔力を右手に宿し、掲げ。

 

「──スペルカード。禁忌、クランベリートラップ」

 

 パチンと指を鳴らしたと同時、彼女の魔力は魔法陣を模した使い魔となって広がった。魔法陣はマンティスオルフェノクを囲うように浮かび、その周囲を旋回しながら青色と赤色の光弾を放ち、じわじわと逃げ場を閉ざして追いつめる。

 鋭い鎌でもって光弾を切り伏せ続けても無意味。次から次へと迫る光弾はやがてオルフェノクの全方位から近づき、フランドールがデルタとしての右手をぎゅっと握った瞬間のこと。

 

「ぐぁぁあああーーーっ!!!」

 

 波打つ怒涛の如き光弾は、それをさながら紅き果実を掬い上げるように。マンティスオルフェノクへと激しく炸裂し、その身を青白い炎に包み上げて灰へと還した。

 フランドールのスペルカード【 禁忌「クランベリートラップ」 】に逃げ場などはない。それが普段の弾幕ごっこであればいざ知らず。これは悪魔の殺意を乗せた死の弾幕なのだ。

 

 開いた手の平からは灰が零れる。デルタの力ではなく、フランドール自身の弾幕で倒したため、マンティスオルフェノクに赤い炎が上がることはない。

 ゆらゆらと揺らめく青白い炎。彼女はそれをオレンジ色の複眼に映すと、溜め息をついた。

 

「……やっぱり、赤いほうが好きだな」

 

 小さな呟きと共に振り返る。巧と文は気を引き締め直した。この場所に在る脅威は怪物だけではない。怪物に等しき破壊衝動を秘めた悪魔のベルト──デルタギア。それを帯びた悪魔の妹。巧は名も知らぬ吸血鬼の少女までもが、無慈悲な力の具現として存在している。

 マンティスオルフェノクが灰と散ったのを見計らい、センチピードアンデッドが再び行動した。今度はフランドールに対して襲いかかり、ムカデの節足を振り上げる。

 

「ちっ……」

 

 一度はルシファーズハンマーを受けた怪物。フランドールはその一撃を腕で受け止めるが、この怪物が殺せぬことは理解した。たとえ吸血鬼の魔力でも、倒せはしないだろう。

 デルタの右腕でもって怪物の腹に肘を打ち込むと、デルタムーバーの光弾で怪物を撃ち貫く。

 

「剣崎さん、封印できないアンデッドへの対処法は……!」

 

「……分からない……あれが改造実験体ならなんとかなったかもしれないけど……」

 

 妖夢は楼観剣を構えてセンチピードアンデッドを見やる。フランドールが相手をしているものの、倒すことのできない怪物への対策はまだない。

 剣崎が思考に浮かべるは、BORADの研究員であった男が生み出した人工的な不死生命体。不死たる彼らの細胞を利用して生み出されたそれは、完全な不死ではなかった。ラウズカードによる封印を受けつけずとも、剣崎が放つ最大の一撃で消滅させることはできたのだが──

 あのアンデッドは統制者に選ばれた53体のうちの一体。紛れもなく、完全な不死生物である。

 

「不死身の生物を倒すことなどできんじゃろう。無論、その身を『破壊』することも、な」

 

 マミゾウはカリスとしての複眼でちらりとフランドールの方を見た。デルタの聴覚はその呟きを聞き届けたのか、センチピードアンデッドを蹴り飛ばすと、マミゾウへと振り返る。

 

「……何それ。挑発のつもり? 私に破壊できないものなんてないわ」

 

 フランドールの声色には不快そうな苛立ちが見て取れた。そのままセンチピードアンデッドへと視線を戻すと、彼女はデルタムーバーを右腰に戻して右腕を胸の前に持ち上げる。黒い指先、手の平の上、そこにはフォトンブラッドの圧力以外、何もない。

 見えざる光はそこに確かに。フランドールだけが認識し得る、万物の特異点、破壊の目。物体の最も緊張した一点。彼女はそれを、自らの手の平の上に移動できるのだ。

 

 ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。己が生まれ持った力でもって、フランドールはその見えざる点を「きゅっ」と握り潰す。まるで小さな果実を砕くように。あまり大した力も込めず、自身は対象に触れることもなく。

 その瞬間。センチピードアンデッドは緑色の血を噴き出し、内側から粉微塵に吹き飛んだ。

 

「うおっ!?」

 

「な、なんだ……!?」

 

 フランドールの能力を知らない巧と剣崎は、何の前触れもなく粉々に飛散したアンデッドに驚く。周囲の紅葉を緑色に染め、砕け散った破片は辺りに転がっていく。

 文と妖夢も不意の破壊には驚いたが──彼女の能力についてはある程度は理解していた。

 

「驚いたかの? あやつには、物体だろうが生物だろうが破壊できる力があってのう」

 

「……なんだそりゃ。だったら最初からそうしろよ……」

 

 老獪に笑うマミゾウ(カリス)に対して静かに告げる(ファイズ)。だが、それは決定打には成り得ない。形が残らぬほど粉微塵に砕いても、圧倒的な力で肉体を消滅させても。それは彼らアンデッドに対しては一時的な無力化に過ぎず。

 不死にして不滅。それがアンデッドという不死生物の本質だ。たとえフランドールがデルタギアの性能を楽しもうとせず、いきなり自身の能力で対象を破壊しても無意味だったことだろう。

 

「でも、いくら肉体を破壊したって、アンデッドを倒すことなんて──」

 

「その通りじゃ。じゃが、不死の肉体はオルフェノクの力も再生できるもんかのう?」

 

 マミゾウの狙いはそこではない。フランドールを嗾けてアンデッドの身体を破壊させた理由は、巧のスパークルカットでムカデの頭を斬り落とした際に、再生を遂げた部位からは灰が零れていなかったことに気づいたがため。

 フランドールの目の前でセンチピードアンデッドの細胞が集っていく。再び怪物の肉体を形成し直し、不死たる生物はその名の所以たるがままに、元の姿へ。

 だが、マミゾウの予測通り、その傷だらけの身体からは一切の灰を零してはいなかった。

 

「今のあやつは純粋なアンデッドとして再生したはず。つまり……こうじゃ!」

 

 再び手にしたプロパーブランク♥10を鋭く投げ放つマミゾウ。力なく立ち上がるセンチピードアンデッドは、砕け散った身を再生するのにエネルギーを使い果たしたようだ。最初からアンデッドバックルが展開した状態で、その身体は再生されていた。

 胸に突き刺さった空白のカードがセンチピードアンデッドを淡い緑の光に染め上げる。カードに宿る絵柄は収束し、漆黒のムカデを描いて怪物の身をすっかり封印して。

 カードはプライムベスタ『シャッフルセンチピード』となり、マミゾウの手元へと戻った。

 

「私を化かしたの? ……良い趣味だわ。(タヌキ)め」

 

「見ての通り、狸じゃよ。ああ、この姿はカマキリじゃったか」

 

 デルタのオレンジ色の眼光に射貫かれても、威風堂々たるカリスは揺るがない。芝居がかかった所作で肩を竦めてみせるが、それもマミゾウの挑発の意図か。

 青白く燃え上がる足元の灰を蹴り上げ、フランドールはマミゾウへと静かに向き直る。

 

「剣崎さん、あの姿……私たちが幽明結界で戦ったアンデッドですよね?」

 

 妖夢の視線はやはりカリスの姿となっているマミゾウに対して。剣崎たちは一度、カリス、すなわちマンティスアンデッドと交戦している。そのときに現れたマミゾウとも顔を合わせているが、彼女があの怪物を封印し、カードを得たのか。

 なぜ彼女がジョーカーの力を有しているのかは分からない。あの雲上の空で、一体何が起きたのだろう。剣崎は思考を巡らせるが、そのとき。月夜の風吹く妖怪の山に時空の乱れが生じた。

 

「ぐっ……なんだ……!?」

 

 涼やかな秋の風を切り裂くように、歪んだ空間から吹き込むは冴えるような冬の風。文が感じたその風、妖夢が感じたその気質。それは紛れもなく、妖怪の山の風ではなく。不意なる歪みに驚いた剣崎も知っている、死後の魂が誘われる世界──冥界の風であった。

 マミゾウに対して訊きたいことが多くある妖夢ともども、剣崎の身は妖怪の山を切り裂いた冬の風に包まれる。やがて紅葉と灰を巻き上げたその風は、山の地に微かな雪化粧を施して。

 二人の剣士を冥界に引きずり込んで消失。やがて残されたのは、冷たい雪の残滓だけだった。

 

「消えた……?」

 

 目の前から突如として消え去った二人を見て、文はその様子を訝る。肌に感じた時空の歪みは、あのオーロラが出現する感覚と似ていた。歪みの彼方から吹き込んだのは冥界の風。彼らは冥界に飛ばされてしまったとでもいうのか。

 文の思考を寸断するように、デルタの姿のフランドールが巧と文を鋭い眼光で射貫いた。

 

「……相手は誰でもいい、って言ったよね」

 

 白いフォトンブラッドの重圧がブライトストリームを通じて妖怪の山を踏みしめる。その光熱は紅葉と灰に染められた大地の微かな雪を瞬く間に溶かし、滾る力を示す。

 右腰からデルタムーバーを引き抜こうとしたフランドールは、巧──ファイズの姿に何かを感じている様子だ。それが龍の記号に依る記憶の想起なのか。フォトンブラッドの輝きにデルタと同じ力を感じたがためか。それは、彼女自身にさえ定かではなく──

 

 無意識にファイズエッジの柄を握る手に力を込める巧。文もまた未知なるベルトの戦士に対し、額に滲んだ汗を拭う余裕もなく構える。

 ──その瞬間。フランドールの眼前を吹き抜けるかの如く、一条の光が矢として横切った。

 

「おっと、どこへ行くつもりじゃ? 我々の計画にはお前さんが必要なんじゃがのう」

 

「邪魔するつもり? あなたが相手してくれるのなら、それでもいいけど」

 

 マミゾウが左手に構えるカリスアローは、フランドールを狙う。矢筒なきその長弓に番える矢は要らず。ただ込められたアンデッドのエネルギーが光となり敵を穿つ。奇しくもそれは弾倉などなくとも己がフォトンブラッドを弾丸と成すデルタムーバーの在り様と等しく。

 

 フランドールは仮面の下で小さく溜息をつき足を止めた。マミゾウの方へと振り向くと、銃として引き抜こうとしていたデルタムーバー ブラスターモードを別の意図で引き抜く。

 そのまま銃把(グリップ)を顔の横に持ち上げ、再び彼女は仮面の下にて口を開き、肉声でコードを入力。

 

「スリー エイト トゥー ワン」

 

『Jet Sliger Come Closer』

 

 数百年を生きた吸血鬼にとって流暢に馴染むは、幻想郷で使われている日本語ではなく。元より海の彼方の地にて用いられた異国の言語。フランドール・スカーレットが外の世界にいた頃に使用していた英語でもって、馴染み深きその発音をデルタフォンに告げた。

 デルタフォンの電子音声を聞いてコードの認識を悟る。その意味を知る者は、ここに二人。

 

「……っ、やばい! 逃げんぞ!」

 

「な、何です? どうしたんですか?」

 

「とにかくここを離れんだよ! ()()に巻き込まれたら、無事じゃ済まねえ!」

 

 デルタギアを使用しているフランドールの他に、かつて己が生きたファイズの世界でその脅威を見ている巧もまた、彼女が告げた音声コードの意味を理解していた。

 彼の焦燥が文に伝わることはない。それでもせめて彼女だけでもこの場所から離れさせようと、強引にオートバジンの後部へと座らせては、ミッションメモリーを抜いたファイズエッジをオートバジンの左ハンドルに戻す。

 

 黄色い複眼で背後を見やりつつ、巧はオートバジンのスロットルを捻った。文の理解も追いつかぬまま、その疾走をもって安全な場所──文の領域へ向かう。

 木々も多いこの場所で、巧も知る『あれ』と向き合うのは極めて危険だと判断した。オリジナルたるオルフェノクでさえ一方的に退ける力。オートバジンなど比にならぬ、()()

 

 時空を引き裂く音を聞き、激しい轟音と共に現れたその巨躯を見上げ。文は言葉を失った。

 

「な……っ!」

 

 轟くようなエンジン音を響かせて舞い降りるは、オートバジンの数倍はあろう機体。球体じみた特徴的なホイールは水平に浮力をもたらし、後部に設けられた五基の内燃機関はその推進力だけで山の木々を根こそぎ吹き飛ばしかねないほどの仰々しさを放っている。

 それはバイクと呼ぶには異形すぎた。そのすべてが万物を破壊するためだけに造られたと言っていいような、紛れもない兵器。

 

 フランドールがデルタフォンによって呼び出したのはスマートブレイン社が有する最先端技術の粋を結集して開発された、超高速アタッキングビークル──

 まさに悪魔(デルタ)が操るに相応しい怪物。その名も『ジェットスライガー』と呼ばれる機体である。

 

「ふふっ……」

 

 フランドールはオートバジンに乗って去っていく巧と文を一瞥すると、すぐに興味を失ったようにマミゾウへ向き直った。そのまま軽やかに跳躍し、ジェットスライガーに搭乗。座席にゆっくり腰かけると、左右に設けられた円形操縦桿をそれぞれの手で掴む。

 

「こ、こりゃたまげたのう……」

 

 正面に向き合うマミゾウもまた冗談としか思えぬ巨大兵器を見上げ、思わず声を漏らした。ファイズの世界についてはあまり詳しく知らないが──ここまで戦闘に特化した乗り物がこの幻想郷に持ち込まれようとは。

 だが、彼女もまた操るべき乗り物を有している。懐から取り出した木の葉に妖力を込め、己が傍らに投げると、狸の腹太鼓にも似た軽やかな音と共に。煙を上げ、バイクが現れた。

 

「何それ? ただのバイク? 面白くないわね」

 

「見くびってくれるな。こいつの性能はジョーカーのお墨付きじゃぞ」

 

 普遍的に存在する赤いバイクだったそれはカリスの放つ『シャドーフォース』と呼ばれる特殊なエネルギーに呼応し、その姿を変える。マミゾウがその身に纏うカリスベイルと同様の鎧が、その名もなき機体を包み込んだ。

 ただのバイクをマンティスアンデッドの力で造り変えた機体。漆黒のボディに走る金色は力強くも美しく、赤いシートとライトは人間の血を示すが如く。

 カリスの鉄馬たる『シャドーチェイサー』として。マミゾウの傍らにて、その威光を見せた。

 

「さて、何をして遊ぼうかの」

 

「弾幕ごっこ」

 

「……ああ、パターン作りごっこか。それなら儂も得意分野じゃよ」

 

 両手に握った操縦桿を捻ってはジェットスライガーと共にふわりと舞い上がったフランドール。マミゾウはシャドーチェイサーに跨りながら、それを見上げて息を飲む。

 あれだけの巨躯を支えられる浮力がどこから湧いているというのだろうか。それもあろうことか爆発的な推進力で滑空しているのではなく、安定した状態で平然と滞空しているではないか。

 

「さぁ、綺麗に避けてみせてよ。すぐに花火になっちゃったら、つまらないから」

 

 ジェットスライガーのコックピットに在るは操縦桿だけではない。最先端技術の粋たるそれは、ファイズの世界においては西暦2003年に実用化されているにも関わらず、極めて高精度なタッチパネル型のコンソールが設けられている。

 フランドールはデルタの指で器用にそれを操作し、眼下に見下ろす漆黒を捕捉した。画面の中に見据える対象をターゲットに設定し、右下に配置されたパネルに人差し指で触れる。

 

 ガシャン、ガシャン。鈍く仰々しい音を立て、ジェットスライガーの両側面が展開した。格納されていた幾重ものミサイルが顔を出し、それらが一斉に解き放たれる。

 一つ一つに『SMART BRAIN』のロゴが刻まれた弾頭、高濃度の圧縮フォトンブラッドが大量に満たされた数十発もの『フォトンミサイル』が──捕捉対象となったマミゾウ(カリス)へと発射された。

 

「くっ……! 言ってくれるわ……!」

 

『トルネード』

 

 シャドーチェイサーのモビルラウザーにトルネードホークをラウズ。車体に竜巻を纏わせ、速度と敏捷性を向上させる『トルネードチェイサー』を発動しては、マミゾウは決死の覚悟でシャドーチェイサーのアクセルグリップを捻って前へ。

 疾風と共に疾走し、後方にて爆発する衝撃を受けながらフォトンミサイルを回避。普段のスペルカードルールに近い動きで弾幕を避けるが、フォトンミサイルの爆発は山を激しく揺るがす。

 爆炎による煙も吹き荒ぶ風が掻き消してくれるおかげで、視界が遮られることはない。

 

「待っておれ、すぐに──!」

 

『フロート』

 

 幻術で具現化したバイクを変化させたシャドーチェイサーを乗り捨てて、再び手元に具現化したカリスアローにハートの4たるフロートドラゴンフライをラウズ。

 トンボの祖たる『ドラゴンフライアンデッド』が封印されたそれを自らに融合させ、湧き上がる浮力でもって翼も持たず空へと舞い上がる。己が妖力を伴わず、不死なる始祖の力で自由な飛行を可能とする【 ドラゴンフライフロート 】を発動すると、マミゾウは空中を翔けた。

 

 カリスとしての身のこなしでフォトンミサイルを避け、ジェットスライガーへと接近。そのままコックピットを目指し、カリスアローの峰をフランドールに向けて振り抜く。

 すぐに反応した彼女はデルタムーバーを引き抜き、マミゾウに向けてその引き金を引いた。

 

「……っ!」

 

「もらったぞい!」

 

 デルタムーバーは白い光を解き放つことはなかった。すでにバーストモードによって溜まっていたフォトンブラッドを撃ち尽くし、弾切れとなっていたのだ。マミゾウはその隙を見逃すことなく、空中で旋回する勢いを乗せたカリスアローの鋭い刃を振り下ろす。

 だが、フランドールもまたその一撃を受けることはない。右手にデルタムーバーを持ったまま、ジェットスライガーの操縦桿を左手だけで操作。車体の両側面下部に設けられた姿勢制御用のブースターを最大出力で稼働させる。

 青白いフォトンブラッドの奔流が放たれ、その凄まじい風圧に吹き飛ばされるマミゾウ。ドラゴンフライフロートで滞空力を備えているため地上へと叩き伏せられることはないが──

 

「チャージ!」

 

『Charge』

 

 フランドールがデルタムーバーに告げたコードのままに、そこには再びフォトンブラッドが充填される。引き金を引けばオレンジ色の銃口が青白く輝き、光弾が射出された。

 マミゾウは咄嗟に木の葉を化けさせ、ぬりかべを形成してデルタムーバーの光弾を防御する。返すようにカリスアローを引き光の矢を放つものの、再び姿勢を変えたジェットスライガーの側面に弾かれてしまい、フランドールには当たらない。

 

 再び互いに構える二人。カリスアローとデルタムーバーの先が睨み合う。だが、二人は山の空で起きた変化によって構えを解かぬまま微かに戦意を削がれていた。

 ばさばさと音を立てて舞い降りる数十羽の鴉たち。その目はギロリと鋭く冷たく二人を睨む。

 

「……ちょっと派手に動きすぎたかな」

 

 ジェットスライガーのコックピットに座したまま周囲を見て、フランドールは独り言ちた。ただでさえ巨躯なる機体で暴れ回り、弾頭兵器(フォトンミサイル)による爆撃まで行ったのだ。山の眼である鴉天狗たちに悟られぬ道理はない。

 彼女は小さく溜息をつき、デルタムーバーをデルタドライバーの右腰に戻す。そのまま立ち上がり、ジェットスライガーの車体から飛び降りると、自分が先ほどまでいた空を見上げた。

 

 時空を乱す力はジェットスライガーの機能にはない。高精度な自律走行機能を持たぬ機体には、呼び出しや撤退に応じるだけの機能がある程度。そのはずなのだが、空に浮かんだままのジェットスライガーは、フランドールの意思に応じ再び時空を裂いてどこかへ消える。

 

 マミゾウもゆっくりと地に舞い降りた。今はドラゴンフライフロートの効果で自在に空を飛べているが、どういうわけか()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 それはおそらくフランドールも同じことだろう。外の世界──それも並行世界の法則に由来する力を使って『変身』している場合、どうやら幻想郷の法則に由来する能力、主に幻想郷の名のある人妖全般が可能とする、ただ『空を飛ぶだけの能力』までもが制限されてしまうらしい。

 

 先ほどの戦闘ではフランドールの能力が生きているか試す意味もあった。彼女のありとあらゆるものを破壊する程度の能力は変身していても健在。そして自身の化けさせる程度の能力も問題なく使うことができた。

 だが、フランドールは変身した状態では一度も自力で飛行していない。やはりマミゾウと同様に変身時の飛行は不可能であると考えられる。

 変身したことで重量が増加し、自力での飛行が難しくなる──ということなのか。吸血鬼ほどの膂力ならば多少の鎧を纏ったところで加わる重みなど無に等しいはずだが、自身も同じく変身した状態での飛行を試みて、明確とは言えぬながら分かったことがあった。

 

 この力は、幻想郷の法則そのものに微かな影響を与えている。外の世界の戦士、仮面ライダーと呼ばれるこの力を纏うことで、自身の幻想が抑制され、常識に押し込まれる。

 ただ、この仮説においては飛行以外の能力が使えることの説明がつかなくなるのだが──

 

「…………」

 

 フランドールは再び右腰からデルタフォンを抜く。今度はデルタムーバー ブラスターモードとしてではなく、その接続を解いてグリップ部分たるデルタフォンのみを。

 数少ないキーの一つである手元の通話終了キーを押下すると、青白いフォトンフレームを残してデルタのスーツが電子の光と消失。やがてフォトンフレームも消え、少女の姿が生身へ戻る。

 

「そろそろ観念したかの? おとなしくこっちに──」

 

 月明かりを返す七色の結晶は翼と揺れた。マミゾウはフランドールの紅い瞳から戦意が失われていることを悟り、カリスとしての姿のまま彼女に手を差し伸べる。

 だが、フランドールは手元に灯した真紅の魔力を放ち、マミゾウの足元を爆ぜ散らした。

 

「くっ……!」

 

 マミゾウは巻き上げられた土煙に顔を覆ってしまう。その衝撃と爆風に紛れ隠れるようにして、吸血鬼の少女は夜空の彼方へと消えていった。

 月に叢雲は宵を染め。すでに遥か遠くへ飛び去った彼女を追うだけの体力はもはやマミゾウには残されていない。微かに取り込んだはずのジョーカーの細胞、アンデッドの血が、化け狸としての身体に激しい拒絶反応を見せている。

 

 カリスラウザーによるアンデッドとの融合はライダーシステムではない。有史以前から連綿と続くバトルファイトの法則。統制者が定めた星の摂理。ジョーカーという存在のみに許された原初の理である。

 如何に古今無双の大妖怪といえど負担は大きい。マミゾウは手元に一枚の木の葉を取り出すと、それを化けさせてラウズカードを模したカードに変化させた。

 

 ブレイドの世界には存在しない、マミゾウが自らの幻術で生み出したカード。スートが在るべき場所にはそれがワイルドベスタであることを示す、円に十字を刻むもの。如何なる系統にも分類されぬ『ワイルド』のスート。

 絵柄は胸に木の葉を抱いたタヌキの姿。そのカテゴリーは──2。本来の世界において、ヒトの祖たるハートの2を模し、マミゾウは自らの種族たる(タヌキ)をカテゴリー2と成したのだ。

 

 彼女が手にするその一枚はラウズカードではない。ただ木の葉を変化させて作り上げた疑似的なワイルドベスタ。だが、それはアンデッド化しつつあるマミゾウの細胞に、化け狸の遺伝子を思い出させるために必要な儀式的なものである。

 カリスアローを消失させると、空白だったカリスラウザーにラウザーユニットが戻る。手にしたスートなきカテゴリー2たる『スピリットラクーン』をその溝に滑らせると──

 タヌキの絵柄を宿すカードは妖力と散り、マミゾウの漆黒の甲冑へと融合を遂げていった。

 

『スピリット』

 

 己が正面に浮かび上がった白い帳が彼女の身を通り抜け、マンティスアンデッドと融合していたマミゾウは元の姿へと戻った。

 不意にその身に訪れた疲労と消耗に思わず片膝を着く。苦痛に咳込み、吐き出した血をその手で受け止め、視線を落とせば──それがまだ赤いことに微かな安心と焦燥を抱いて。

 

「……やれやれ、気まぐれなお嬢さんじゃ」

 

 宵に浮かぶ月を見上げて立ち上がる。飛び去る悪魔はすでに見えざる闇の彼方へ。此度の異変、その結末。すべてを破壊し、すべてを繋ぐ楔。それに先んじて『破壊』すべきもののために、かの破壊神の力が必要であったのだが──致し方あるまい。

 冷たい風が肌を撫でる。マミゾウは小さく溜息をつくと、煙に包まれるように姿を消した。




アンデッドとオルフェノクってモチーフが被っている個体多い気がします。
書いていて何度もマンティスオルフェノクをマンティスアンデッドって書きそうになりました。
何度もセンチピードアンデッドをセンチピードオルフェノクって書きそうになりました。

書く度に最大文字数を更新していっているような……書きたいことを節操なく書きすぎですね……

次回、第61話 話16第『果てしない炎の中へ / 光なき地殻』
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