東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第63話 夢と現の呪 outer the visible light

 燻る深淵の坩堝(るつぼ)。何もない暗闇の中、ただ不気味な目玉がいくつも浮かび、虚空より突き出した道路交通標識がその狭間の不自然さを物語っている。

 紅白の巫女と赤き鎧の戦士は、そのおぞましい闇の箱庭に無造作に放り出されていた。

 

「……っ! ここは……?」

 

 ぼんやりと輝く目玉の他に光源はない。ただ無辺の闇の中、空と地の境界さえ曖昧な漆黒を踏みしめ、五代雄介はクウガとしての複眼でその世界と向き合いながら拳を構える。

 思考に浮かぶのは、この幻想郷に誘われた瞬間の記憶。第0号との戦いを終えて旅立ち、異国の地にて子供たちに2000の技の一つであるジャグリングを披露してみせた後。当てもなく冒険の行き先を探していたところ、その闇は訪れた。

 不気味な視線がぎょろりと蠢く。紛れもなく自身を西暦2001年のクウガの世界から連れ去った境界。おぞましくクウガの強化皮膚(ブラックスキン)を撫でる妖力は、幻想に疎い彼にも理解できるほど強い。

 

(ゆかり)……いったいどういうつもり? 里が危ないのはあんたも分かってるでしょ?」

 

 大地があるのかないのか。立っている感覚さえ掴めない闇の宙を茶色のローファーで踏みしめ、霊夢は不気味なまでに声の響かない空に向かって問いかける。

 返事はない。ただ吹きゆく漆黒の妖気を伴う風を受け、紅白を装う巫女服の袖が揺れた。

 

「っ!?」

 

 歴戦の戦士である五代雄介が風の彼方に振り返る。霊夢もその気配を掴み、五代と同じタイミングで闇の果てを見やった。

 ぼんやりと白く浮かび上がる人影は形を成し、コツコツと地を踏み歩む女性の背中を象っていく。やがて冒涜的なまでのフリルを伴うロングスカートを帯びた女性、八雲紫の後ろ姿をその場に現すと、夕暮れ時の光の如く。黄金に輝く長髪をふわりと翻して振り返ってみせる。

 

「ちょっと予定より遅くなっちゃったわね。ごめんなさい、二人とも」

 

 夕闇を湛えた紫色。あるいは黄昏を思わせる黄金。逢魔ヶ刻に相応しい光と闇の色のどちらとも取れる、八雲紫の瞳の色。向き合う霊夢と五代は共に境界の管理者を訝った。

 幻想郷を愛しているはずの彼女は自らの意思で怪物たちを招いたのか。彼女が語った『逢魔異変』の真意とは何なのか。そもそも彼女が怪物を招いたのであるなら、博麗神社に現れた幾多もの怪物の撃破を天子に依頼するのは奇妙だ。

 この異変が始まって以来、最初に紫に会ったときから、霊夢の違和感は拭えない。彼女は「彼と怪人たちの撃破を続けてくれる?」と言っていた。自分たちに怪物を倒させるのが目的であったのか? それならなぜ怪物を招いたのか。世界を繋げた目的は。戦士たちを連れてきた理由は──

 

「ああ、里のことについては何も心配しなくていいわ。すでに手は打ってあるから」

 

 今すぐにでも里へと赴こうとする霊夢を諫めるように優しい口調で告げる紫。霊夢も五代も共に見た、幻想郷全域に例のオーロラが出現していたあの光景。怪物の出現は幾度か目にしていたが、あれほどの規模で発生するなど尋常な事態ではない。

 幻想郷が内側から食い破られかねないほど。結界の管理者として、楽園の守護者として、そのような惨劇が見過ごせるはずもない。

 それは紫も同じはず。今こうしている瞬間にも、幻想郷には怪物が現れているだろう。先ほども現れた不自然な妖怪や皮革の怪物など、倒すことができないあれらにどう対処するというのか。

 

「でも、こんなことしてる場合じゃ……!」

 

 未だ異変の全容は掴めていない。それでも人を襲う怪物を無視できない。紫が何を考えているか知らないが、こんなところで燻っている理由など──

 不意に紫は懐から何かを取り出した。白く楕円形を帯びた何か。霊夢はそれを見て、見たことがないはずなのに、あるはずのない不自然な記憶を想起する。

 いつかの夢。いつかの幻。無辺に広がる荒野の中、幾多もの戦士が亡骸となった凄惨なる光景。その頂点に立つ『世界の破壊者』が、己が腰に帯びていた『ベルト』に相違なく──

 

 紫はその白い楕円形、中心に透明のレンズを備えた『ディケイドライバー』を腰に当てた。自動的に展開された帯が白いドレスに固定され、霊夢はその姿に息を飲む。

 左腰のライドブッカーからライダーカードを取り出し、紫はそれをドライバーへと装填した。

 

『カメンライド』

 

 奏でられるは破壊の旋律。ディケイドライバーのレンズに赤く映し出される、誇り高き翼と牙の紋章。絶え間なく続く待機音の中、周囲の闇さえも震わせて。

 霊夢と五代はその力に対して構えた。紅血の匂いを思わせるような不気味な魔力と音楽の流れに向き合い、霊夢は愛用のお札をその手に掲げて。五代はクウガとして馴染んだ構えを取る。

 

「変身」

 

『キバ!』

 

 バックルを閉ざせば紅く灯るレンズに映る紋章は正しき角度に回る。甲高い蝙蝠(コウモリ)の鳴き声じみた笛の音色と共に、紫の身体は白銀の鎖を纏い帯び、やがて美しき彫像を象り──

 砕け散るは芸術の極致。ファンガイアの技術で造られたはずのキバの鎧。ディケイドライバーに込められた『トリックスター』と呼ばれる秘石によって、本来そこには存在しないはずの魔皇力、ファンガイアの誇りをその身に宿して。

 

 八雲紫はキバの世界の法則を持つライダーカードを使用することにより『ディケイドキバ』へと至ったのだ。漆黒の皮革(スーツ)に紅き鎧、白銀を纏う意匠に月色の複眼。ただ腰にキバットバットⅢ世がおらず、ディケイドライバーを装備している点だけが異なる。

 霊夢も五代もその姿を知らない。吸血鬼じみた魔力を己が身に感じれど、キバの世界の法則など彼女らは知る由もなく、ただその尋常ならざる迫力と想念に臆する魂を奮い立たせる。

 

「さぁ、私たちの運命を奏でましょう」

 

 左手に現すは艶やかな愛を湛えた一丁のバイオリン。右手に携えた弓を乗せ、爪弾き奏でられる魔力の奔流に。紫の妖力とキバの魔皇力が混ざり合った式神、コウモリの形にも似た魔力の弾幕が霊夢へと解き放たれた。

 咄嗟に結界を展開しようとするも間に合わないと判断する。霊夢は腕で顔を覆い、迫り来るコウモリの群れを受け止めるが、やはり未知の魔力はダメージとなって身体を苛む。

 返すように構えたお札を博麗アミュレットとして解き放つものの、ディケイドキバは優雅な振る舞いを崩すことなくバイオリンと弓を下ろし、軽やかな跳躍で闇色の宙へと逆さ吊りになった。

 

「……っ! あんたも仮面の戦士の一人ってわけ? そいつはいったい何番目なの!?」

 

 煤けた巫女服を気に留めず、あたかもコウモリの如く宙吊りのまま腕を組む紅き鎧の戦士を見上げる霊夢。何が起きているのか分からないながらも五代は彼女の傍へ駆け寄る。

 足元たる空中から溶け消えるようにスキマへ沈み、紫は霊夢と五代の視界から消え去った。

 

「これは九番目の楔ね。そしてこれが──」

 

 背後に聞こえた紫の声に心臓を掴まれる感覚を覚える。即座に振り返るが、振り抜かれたキバの紅い拳からは鎖に似た魔力の波動が迸り、二人は共に吹き飛ばされた。

 紫が纏うディケイドキバの手が左腰からカードを取り出す。それは霊夢がイメージしたものとは異なれど、あうんが命蓮寺で見たという桃の仮面らしき特徴を帯び──

 思考が続くより先に、紫はバックルを開いたディケイドライバーにそれを収め、閉じる。

 

『カメンライド』『デンオウ!』

 

 高らかなる宣告は警笛の如く闇を打ち震わせた。赤いレンズには分岐器に似たT字が浮かび上がり、ミュージックホーンめいた旋律に合わせ流れる時間の欠片が集い始める。

 周囲を巡りし路線を走る列車。白と黄色を帯びた赤き装甲は紫の妖力を糧としているのか。秘石トリックスターの能力でオーラからフリーエネルギーへと変換されたオーラアーマーが装備されていき、やがて頭部に現れ来たる赤い桃の仮面が停車すると、それは二つに分かれ複眼となった。

 

「八番目の楔」

 

 いつの間にか手元から消えていたバイオリンと弓。紫が新たなる姿へと至ったのを見て、五代と霊夢は小さく息を飲む。

 紫は電王のライダーカードを使用して『ディケイド電王』へと変身を果たした。特異点ならざる身にして、イマジンの憑依もなく。秘石の力により再現されたオーラはモモタロスと同一のもの。赤い装甲を纏う姿は紛れもなく彼の波動によるものだが、そこにあのイマジンの人格はない。

 

「……変わった……!?」

 

「桃の仮面……あうんちゃんが言ってたのはこれのこと……? でも、どうして紫が……」

 

 ディケイドライバーを撫でる紫──ディケイド電王の姿に微かな畏怖を覚える。張り詰める闇の宙は、すべてを繋ぎ、すべてを破壊する力の前に妖しく歪む。

 その力は、世界を破壊するために生み出された。あらゆる世界の法則を宿し、その力を我が物とする世界の破壊者、仮面ライダーディケイド。幾多もの世界において、悪魔と恐れられ、大いなる意志のもと戦士たちの力を写し取る力は──『カメンライド』と呼ばれている。

 

「ここから出たければ、私を倒していきなさい」

 

 なぜ紫が変身しているのか、何の目的があって自分たちと戦うのか。霊夢たちには理解できない。桃の形をした仮面に阻まれ紫の表情は読み取れないが、相変わらず人を食ったような挑発的な笑みを湛えているのだろう。

 その意志を問うても、もはや答えは得られまい。霊夢は紫が左腰の白い板、ライドブッカーから再び一枚のカードを取り出し、開いたバックルへと装填しては閉じるのを見て札を構える。

 

『アタックライド』『オレサンジョウ!』

 

 高らかに響き渡ったディケイドライバーの音声に従うように、ディケイド電王は腰を低く屈めて脚を開く。次なる攻撃が来るのか、と。霊夢と五代は防御の姿勢を取り構えたが──

 

「俺、参上!」

 

 雄々しき振る舞いで自らを指し、腕を振り開いて左手を前に突き出すポーズ。モモタロスらしい力強い在り方で主張するその言葉以外に、特に何かが起こるわけでもない。

 何も存在しない無辺の闇の中。しーんとした不気味な静寂だけが、僅かに時を忘れさせる。

 

「え、えっと……?」

 

「だからなんだってのよ!」

 

 五代は不意なるその行動の意味が理解できず、拳を構えたまま首を傾げた。霊夢も同様、ただの虚仮威しとしか受け取れぬクライマックスな宣言に呆れながら怒った。

 紫もまた何か目的があってこのカードを使用したわけではない。彼女もまたディケイドの能力の全容を知るわけではないのだ。数多の法則を宿す並行世界、それぞれに記録された仮面ライダーの歴史。その戦力を写し取った叡智の欠片──『アタックライド』のカードを用いただけ。

 

「……ふむ。これはちょっと違ったかしら」

 

 ポーズを崩しつつ呟く紫。こほんと一度咳払いをしては、再び左腰のライドブッカーを開く。

 

「っ! はぁっ!」

 

 五代は咄嗟に闇色の地を蹴り上げた。彼女が何をしようとしているかは分からないが、それをみすみす許すわけにはいかない。不意打ちめいた攻撃を行うことに抵抗はあるものの、五代雄介には八雲紫という人物の在り方は理解できないのだ。

 比較的等しいと言える霊夢も全てを知っているわけではない。妖怪の行動原理はグロンギと何が違うのだろうか。彼にとっては、どちらも等しく『未確認生命体』である。

 

 クウガの拳はディケイド電王の左手に受け止められた。八雲紫の妖怪としての腕力なのか。ディケイド、あるいは電王が誇る力なのか。五代の拳は動かない。

 再び装填されるカード。ディケイドライバーのレンズに光が灯り、彼女はバックルを閉じる。

 

『カメンライド』『カブト!』

 

 右手で閉じられたディケイドライバーが灯すのはカブトムシの意匠だった。クワガタムシであるクウガに向き合うように、有機的な細胞から成る古代リントの戦士の鎧へと相対するかのように。ディケイド電王はヒヒイロノカネの装甲を帯びていき──

 六角形の情報片に包まれてはその姿をZECTが開発したマスクドライダーシステム第1号、その姿を模した『ディケイドカブト』へとカメンライドによる変身を遂げさせる。

 水色の複眼を分かつように迫り上がった真紅の角を掲げ、クウガの腹へ拳を叩き込んだ。

 

「……っ! また変わった……っ!」

 

 五代はクウガの腹部へ受けた打撃に後退しつつ、またしても未知なる姿へと変わった紫に驚く。カブトの世界の法則を宿すその姿は、己が腰にカブトゼクターを装備していないという点を除けば本来のカブトと相違ない。──もっとも、五代も霊夢も実物を知らないが。

 紫の指先が再びライダーカードを手に取った。残像を引くカブトの姿が描かれたカード。彼女は五代が体勢を立て直すよりも早くバックルを開くと、そのカードを装填しては閉じる。

 

『アタックライド』『クロックアップ!』

 

 一瞬にして全身に行き渡ったタキオン粒子の波動がディケイドカブトに流れる時間の速度を捻じ曲げる。特殊相対性理論の壁を超え、八雲紫はクロックアップを遂げた。

 当然、ディケイドライバーにはカブトの世界の技術であるタキオン粒子など存在しない。これもまた秘石トリックスターによる事象の再現であり、カブトの能力を再現したこの形態であれば本来想定された使用者としてクロックアップを行使できるのだ。

 不意に視界から真紅の戦士が消え去ったのを見て、五代と霊夢は焦燥を覚える。八雲紫の妖気が満ちたスキマ空間において、彼女の存在を妖気から探し出すのは極めて困難と言えるだろう。

 

「ぐぁあっ!」

 

 刹那の間に五代の背後へと回り込んでいたディケイドカブトはその勢いを緩めぬまま回し蹴りを放ちクウガを蹴り飛ばした。

 すぐさま構えを取り直して背後に向き直るが、すでにそこに紅き影はなく。時空を超えた認識外の速度で駆け巡るタキオン粒子の流れに従い、その閃光はすでに霊夢のもとへ。気配を知覚できる速度ではないが、霊夢の勘は咄嗟に結界を張ることで打撃を防御させた。

 

 赤い戦士であるマイティフォームのクウガではクロックアップした存在を捕捉できない。たとえ機動力に優れた青い戦士、ドラゴンフォームに至ったところで、あそこまでの脅威的な速度、否。時間の法則性すら否定した領域など届くはずもない。

 望むべくは五代自身もかつての戦いで変身した『緑の戦士』──天馬の如き超感覚を持つ姿こそが理想的なのだが、その真価を発揮するために必要な『射貫くもの』がここにはないのだ。

 

「捉えたっ!!」

 

 霊夢には音速を超えながらも時間流の変化によって風圧一つ起こさぬ速度に対応するだけの動体視力はない。ただ、その反応速度は普段の弾幕ごっこで鍛え上げられている。加えて生まれ持った物事の本質を見極める天賦の直感力により、偶発的にそれを捕捉した。

 接近するディケイドカブトには霊夢の動きは緩慢に見えていることだろう。たとえ相手の動きに合わせて反撃を目論んだとしても、クロックアップした者にとってはゆっくりとそれを行おうとしていることが見て取れる。知能の低い怪物相手でもない限り、反撃(カウンター)は当てられない。

 

 そのことを知ってか知らずか。霊夢は気取られやすい反撃行動ではなく、後退しつつ攻撃すると見せかけて、ディケイドカブトの足元に常置陣を張り巡らせた。

 後退する霊夢の攻撃に意識を向けていた紫は足元の常置陣を踏んでしまい、微かに流れる霊力の波動に一瞬だけ動きを止められる。その隙に緩慢な動きの霊夢はすでにお札に込めておいた霊力を紫へ向け炸裂させ、博麗アミュレットとしてディケイドカブトの緋々色の装甲に叩きつけた。

 

「まさか、あんた……」

 

 濛々と煙る霊力の名残に包まれながらこちらを見るは水色の複眼。晴れゆく視界において、八雲紫の意思を湛えたそれは霊夢と五代を品定めするかの如く蛍のように輝く。

 霊夢は紫が最初に変身した真紅と白銀の吸血鬼に加え、その次に変身した桃の仮面を纏う列車の如き戦士、そして今まさに変身している時空を超えた速度のカブトムシを頭の中で結びつけて一瞬の思考の末に答えを見つけ出した。

 九つの物語。それはすなわち幻想郷に導かれた九人の戦士たちの歴史。紫が言っていた九番目の楔に、八番目の楔。そしてあの赤きカブトムシが七番目であるなら、それが意味するのは──

 

「相変わらず大した直感ねぇ。でも、それだけじゃ足りないんじゃないかしら?」

 

 再び紫は左腰のライドブッカーからライダーカードを取り出す。すでに紫は霊夢が答えを見つけたことに気づいたようだ。この地獄めいた暗闇の中、彼女が選んだものは。

 燻る妖艶。清らかなる(つづみ)()を宿す、六番目の楔たる『鬼』の力を宿した一枚だった。

 

『カメンライド』『ヒビキ!』

 

 閉じられたディケイドライバーのバックル。レンズに映し出されるは三つ巴の鬼火。猛る烈火の如き電子音声と共に、ディケイドカブトは燃ゆる紫炎に包まれる。

 やがて紫炎を祓い現れたのは艶やかなる紫色の皮膚を湛えた筋肉質の戦士だった。歌舞伎役者の如く縁取る顔面には(あけ)を装い。額に浮かぶ鬼の相貌。雄々しく突き伸びた双角はクウガやカブトの昆虫らしい力強さとは根本的に異なる、古来よりの伝承に由来する異形のもの。

 

 それはまさしく、鬼の角に他ならない。ディケイドライバーに込められた秘石トリックスターは人が辿り着き得る鍛錬の境地、鬼の力を再現し。元ある世界の自然の祈り、太古の妖気とも呼べるエネルギーさえ寸分の狂いなく写し出し。八雲紫は『ディケイド響鬼』へと変身を遂げていた。

 

「お、鬼……!?」

 

「……っ! この妖気……その角も紛い物じゃないってわけ?」

 

 滾る妖気は五代の肌身にも伝わるのか。伝承の怪物たる鬼の姿を見て、握る拳が微かに強張る。霊夢は幻想郷における鬼の存在を知っているが、やはり幻想を帯びぬ妖怪らしき気配は先ほど博麗神社の境内で戦ったカッパ──魔化魍と呼ばれた存在に近しい独特の妖気。

 それでも一度は千年前の山の四天王たる茨木童子と弾幕ごっこに依らぬ本気の死闘を繰り広げた霊夢には分かる。天子と肩を並べ、伝承通りに『鬼を斬った』ことで封印せしめた、血染めの桜が如き鬼。あの理不尽なまでの強さに等しい、紛れもない鬼としての妖気を持っているのだと。

 

「これでも一応、鍛えてるの」

 

 力強き無貌には似つかぬ妖艶な口調で呟く。その腰には(ふんどし)に近い装備帯も、音撃鼓もない。変身音叉とディスクアニマルを伴うべき腰帯の左右には、ただ左側に閉じた状態のライドブッカーを有するのみ。

 八雲紫自身の妖気が満ち溢れたこのスキマ空間において、ディケイド響鬼である今の彼女が放つ鬼としての妖気は異質だ。だん、と暗闇を蹴り上げ迫る圧倒的な力を前に、霊夢は鬼への本能的な畏怖に足を竦ませそうになったが──すぐにその意図に気づいた。

 

 紫は鬼の圧倒的な膂力で霊夢を殴りつけようとしているわけではない。一瞬だけ振り上げられた左腕の拳に気を取られて、防御の構えを取ろうとしたが、彼女の右手がすでにライドブッカーから一枚のカードを取り出していることに気づいたのだ。

 どうやらそれは五代も同じ様子。クウガとしての脚でこちらも地を駆けディケイド響鬼に迫る。霊夢を守るように鬼の拳を受け止めた五代は、振り上げられた右脚に蹴り飛ばされた。

 

「ぐっ……!」

 

 ディケイド響鬼といえどその力は本来の響鬼と同じ。鍛え上げられた鬼の筋力は魔石ゲブロンの力で人を超えたグロンギの筋力にも等しく五代の内臓にダメージを与える。

 その瞬間を見計らい、霊夢も紫に接近。至近距離で光弾をぶつけようとするものの──

 

『アタックライド』『オニビ!』

 

 紫がディケイドライバーにカードを装填し閉じる方が早い。霊夢が見たのは、隈取りをあしらっただけの無貌であった鬼の相貌が、顔面を裂くようにその口元に大口を開く様だった。その口腔に美しささえ見出せる清らかな紫色の光が灯ったかと思うと、次の瞬間。

 解き放たれるは鬼の妖気。紫色の炎として現出した妖気そのものが霊夢の目の前で燃え上がり、あわやその身を焼き尽くそうとしたのだ。

 火の粉が見えた時点で咄嗟に身体を翻したおかげで直撃は避けられた。ディケイド響鬼が放った鬼幻術・鬼火に霊夢は巫女服の一部を焼き払われ、スライディングして紫の近くから離れる。

 

「あっぶな……! 本気で殺すつもり!?」

 

「まさか。あなたがこの程度で死ぬはずないでしょう?」

 

 悠然とした振る舞いでそう言ってのける紫に、霊夢は小さく舌打ちした。響鬼としての無貌には大顎も複眼もないが、紫のあっけらかんとした口調のせいか少し微笑んで見える。

 五代は霊夢の身を案じて駆け寄るが、今の紫に近づくことは危険だと判断したのだろう。彼女が傍で立ち上がるまで近くに立って守るように構えたまま、ディケイド響鬼の姿に向き合うことしかできない。

 ただ「大丈夫?」と気休め程度に声をかけて、霊夢に大した怪我がないことを安堵するばかり。八雲紫の目的は判然としないものの、今は彼女を無力化することを考えるしかなかった。

 

「そっちも本気で来ないと、いつまで経っても終わらないわよ」

 

 ディケイド響鬼の赤い指先がライダーカードを取り出す。今度は無骨で野性的であった響鬼とは異なり、精悍な鋭さを秘めた刀剣(スペード)の如きカブトムシに似た剣士の姿を宿す札。

 すぐさまそれをディケイドライバーへと装填し、紫は力強い鬼の両手でバックルを閉じる。

 

『カメンライド』『ブレイド!』

 

 運命を切り拓くような電子音声の後に、霊夢と五代は思わず息を飲んだ。ディケイドライバーの赤いレンズから溢れ出した青白い輝きがカブトムシの紋章を伴う光の壁となって出現し、こちらに迫ってくるではないか。

 霊夢は咄嗟にお札に霊力を込め、迫り来るオリハルコンエレメントに向けて同様に霊力の光壁をもたらした。

 奇しくもBOARDが開発したライダーシステムの光と同様に、青白い光の壁となり。そのままオリハルコンエレメントへと向かっていくは霊夢が有する結界術の一つたる【 警醒陣(けいせいじん) 】だったが、やはり咄嗟に展開した程度の等身大の結界は──

 

 渇いた音を立てて呆気なく砕け散る。その先から現れたのは紫紺の鎧。白銀の装甲を纏いて赤き複眼で駆け抜けるは、その腰に誇り高く携えた醒剣ブレイラウザー……ではなく。

 ライドブッカーの先から刃を形成した『ソードモード』のそれを振るう剣士の姿だった。

 

「たまには接近戦も良いでしょ?」

 

「ちっ……! 何がしたいのか知らないけど、そこまで言うなら付き合ってやるわ!」

 

 赤く丸みを湛えた複眼が見せるは八雲紫の不気味な笑みか。刀剣めいた頭角を有するヘラクレスオオカブトに似た剣士、秘石トリックスターの能力でビートルアンデッドと人体の融合を再現し、その身に纏う『ディケイドブレイド』の姿となって霊夢へと肉薄する。

 霊夢は大幣の柄でライドブッカー ソードモードの刃を受け止めたものの、やはり生身の少女の筋力ではライダーシステムのパワーに押されてしまう。

 

 霊力で強化した大幣がメキメキと軋みを上げるのは必然であった。霊夢は咄嗟に後退してお札の弾幕を放つも、やはり心のどこかで紫を攻撃することに抵抗を覚えているのか。無意識に普段の弾幕ごっこに等しいだけの出力で放っていたらしい。

 ディケイドブレイドの銀の装甲、オリハルコンプラチナで造られた鎧に霊力の光弾が当たるが、僅かに手加減された威力のそれでは元よりアンデッドの細胞を由来とする鎧は傷つかない。

 

「……霊夢ちゃん……!」

 

 鬼の膂力で蹴り飛ばされた腹部を押さえて立ち上がる五代。あちらが剣を使うならこちらも剣を使うべきであろう。戦士クウガには赤と青、そして感覚に優れた緑の姿の他に、重厚な鎧と優れた膂力を誇る(むらさき)の姿があるが──

 やはり緑の戦士と同様、その真価を発揮するには『切り裂くもの』を手にしてモーフィングパワーによって武器を形成する必要がある。

 あの戦士(ディケイドブレイド)が持つ剣──ライドブッカー ソードモードを奪えば構築し直せるか。あるいは霊夢の大幣、刃を持たぬただの棒状の物体ではあるが、それでも切り裂くものには変化し得る。

 

 ただ問題は、あの変幻自在の戦士がそんな隙を許してくれるかどうか。仮に紫の戦士へと至ったとしても、その鎧の重厚さ故に素早い相手には対応できなくなる。

 今はどんな動きにも対応ができる赤い戦士、マイティフォームで戦うべきなのだろうか──

 

「……っ!」

 

 迷っている場合ではない。お札を構える霊夢に対して、ディケイドブレイドは再びライドブッカー ソードモードの刃を構えて駆け出した。

 五代はその背に隙を見出すと同時に走り抜け闇を蹴って跳躍。剣士の背中に拳を向ける。

 

『アタックライド』『メタル!』

 

 だが、霊夢と向かい合ったまま紫はディケイドライバーにカードを装填した。ライドブッカー ソードモードの切っ先を迫る五代に向けることもなく、ただ立ち尽くすその身は金剛の如き白銀の光に包まれ、そのまま殴りつけたクウガの拳に衝撃を返す。

 並大抵の攻撃では傷の一つもつかぬほどの堅牢さを秘めたその輝きは、ブレイドの世界におけるトリロバイトアンデッドの硬化能力。かの怪物との融合さえもその力は再現した。

 

 それは本来、スペードスートのプライムベスタ、カテゴリー7と呼ばれるメタルトリロバイトのラウズカードを用いて発動されるライダーシステムの機能である。

 ディケイドブレイドはそれに倣い、アタックライドという形をもってその効果を使用。発動した装甲の硬化能力、トリロバイトメタルにより、背後からの攻撃は無力化されてしまったのだ。

 

「あら、あのたくさんの目玉、ただの飾りだとでも思ってたのかしら?」

 

 岩をも穿ち抜くクウガの拳でさえ痛みが走る。クウガの赤い複眼に映るディケイドブレイドの姿は白銀の輝きを落ち着かせていき、すぐに先ほどのままの紫紺へと戻っていった。

 どうやらこの空間に満ちている無数の目玉はそれらすべてが八雲紫に視覚情報を与えているらしい。故に背後からの奇襲など意味を為さないのだろう。

 五代にとっては自身をここへ招いた存在であり、霊夢にとっては長らく使命を共にした妖怪であり──そんな彼女に対して不可解な点はいくつもあるのだが、五代が感じた違和感はどうしようもなく目の前に。

 

 なぜこれほどまでに多くの姿に至れるのか。なぜそのすべてが全く異なる性質を持ち、まるでそれぞれが何の関係もないかのように、全く異なる姿をしているのか。

 加えて、なぜ攻撃をしてきているにも関わらず──彼女から一切の敵意が感じられないのか。

 

「…………」

 

 いくら自分たちの身を守るためとはいえ、やはり五代雄介は暴力を好まない。自分たちとは全く異なる価値観で多くの人間を殺戮してきた未確認生命体たちとは違い、目の前に立つ仮面の戦士、八雲紫は妖怪とはいえ人と同じ姿をしていたのだ。

 戦士への変身は霊石アマダムや魔石ゲブロンを用いて肉体を変化させるのと同じだろう。グロンギたちと決定的に違うのは、やはり暴力や破壊を楽しんでいる素振りがなく、悪意や敵意と呼べるものを放っていないということ。

 言葉も通じる。それならば話し合って戦う理由を問うことだってできるはずだ。そんな思考が五代の覚悟を僅かに曇らせ、戦士クウガとしての本来の力を発揮し切れていなかったのだろう。

 

「五代さん! ぼーっとしないの!」

 

「あっ、うん!」

 

 霊夢の声で五代は我に返る。紫が再びバックルを開いたのを確認し、次なる攻撃に備えて五代は地を蹴って後退。ディケイドブレイドから距離を取った。

 ライドブッカー ソードモードを一度畳み直し、元のままの『ブックモード』へ変形。そのページを開き、内部に宿る『クラインの壺』と呼ばれる機構から幾重もの次元を隔てた無限の空間へとアクセスを遂げる紫の指先。再び取り出したのは、黄色い複眼を持つ黒き戦士のカードだ。

 

『カメンライド』『ファイズ!』

 

 バックルを閉じると、ディケイドブレイドの全身に走るは赤い光のライン、フォトンフレームが形成されてはそのまま真紅の輝きが闇を満たしていく。

 紫紺のスーツの代わりに現れゆく漆黒のスーツ。胸や肩を守る白銀の装甲は奇しくもブレイドと似ているが、その隙間を通るフォトンストリームの輝きはそれがファイズの世界でのみ用いられるフォトンブラッドのエネルギーであるということを紛れもなく示している。

 

 完全に閉じた空間たる八雲紫のスキマ空間には衛星電波など届くはずもない。イーグルサットの電波に頼らず、彼女は『ディケイドファイズ』へと変身を遂げた。

 秘石トリックスターはライダーズギアの運用に必要となるオルフェノクの記号も、その武器たるフォトンブラッドも。ファイズの本体(スーツ)そのものを転送する役割を持つイーグルサットの電波さえ、その身一つで再現してしまう。

 左腰へと収めたライドブッカーをブックモードから今度はソードモードのグリップ部分を斜めに曲げ、銃口となる先端部分を僅かに伸長させた『ガンモード』に変形させて真っ直ぐ構えた。

 

「くっ……!」

 

 ガンモードとなったライドブッカーの銃口から解き放たれるのは、フォトンブラッドの光弾ではない。クラインの壺から無限に供給されるエネルギーの正体を知っているのは、おそらくは世界の破壊者と呼べる存在を祀り上げた大いなる意志のみであろう。

 自身を狙って放たれたそれらを何とか回避する五代。霊夢たちほど高速の飛来物を避ける経験に長けているわけではないが、一年間ものあいだ凄惨な殺戮を行うグロンギたちと拳を交えてきたのだ。命を奪い合う本気の戦いという点においては、霊夢たちよりも彼に一日の長がある。

 

「(紫の持っていたカード……あれって……)」

 

 霊夢は続いてこちらに向いた銃口と射線を合わせぬように冷静に立ち回りながら思考する。ディケイドライバーに込められたカードは間違いなく、博麗神社の賽銭箱から見つけたあのカードと同様の意匠を持っていた。

 そのカードは今も懐にしまってある。だが、紫が持っていたものには戦士らしき仮面と力強い波動が感じられた。それに引き換え、霊夢が持つ一枚は無彩色かつ虚ろな輪郭のみ。

 何もない空白の一枚と言える──言わば感光した写真。それでも、無彩色であるにも関わらずどことなくマゼンタ色の威光が感じられたあのカードは、あのベルト(ディケイドライバー)とよく似た力を帯びていた。

 

「……っ! 霊夢ちゃん! 危ない!!」

 

 思考を寸断するは闇の妖気を震わせる五代の声。間違いなく背後への警戒も怠っていなかったはずだが、やはり紫の妖気が満ちたこの空間では判断が鈍る。

 背後の闇を切り裂き、唸るようなエンジン音を響かせて現れたのは一台のバイクだ。五代雄介が駆るビートチェイサー2000とは大きく異なる意匠。ディケイドライバーと似た色合いの鮮やかなマゼンタ色を前面に帯び、黒と白に無彩(いろど)られたそれは破壊者のための騎馬。

 高らかに嘶く『マシンディケイダー』は闇を抜けて疾走し、霊夢は身を屈めてそれを回避。

 

「少し疲れてきちゃったから、助っ人を呼んだわ」

 

 黄色い複眼と赤いフォトンストリームで深淵を照らす姿のまま、紫は言ってのける。五代も霊夢も知らぬマシンディケイダーというバイク。それは駆るものが駆れば世界の境界さえ超える旅人のための超常的なマシンであるのだが──

 自律走行機能こそあれど、それ自体はただのバイクだ。攻撃手段など助走をつけて突進する程度しかない。ただ進行方向に突っ込んでくる、それだけであれば霊夢や五代にも回避は容易。

 だが、霊夢はファイズの仮面を纏う紫の見えざる表情に何かを感じ、咄嗟にバイクから離れた。

 

『アタックライド』『オートバジン!』

 

 再びディケイドライバーに装填されるカード。ディケイドファイズの銀色の指先で込められ、バックルが閉じられるままに、ドライバーは再び破壊の宣告を謳う。

 その瞬間、楕円に斜線を描いた紋章がマシンディケイダーの前方から機体を通り抜けた。紋章が触れた先からファイズの世界の歴史を帯びた法則が機体を別のものに作り替え、一瞬のうちにそれはバイクの形から人型らしき形に変形する。

 マシンディケイダーはアタックライドによってファイズのバイク、オートバジンへと姿を変えたのだ。まずビークルモードへと『変身』したかと思うと、自動的にバトルモードへと『変形』し、背部のフローターで浮き上がりながらバスターホイールの連射で空から霊夢を襲う。

 

 霊力の結界を盾のように展開することで実弾の雨を防ぐことはできた。本気の霊力を込めているものの、やはりあちらも本気の威力で攻撃をしてきている。

 それにこちらの相手をしている隙に、紫が攻撃をしてくれば同時に対応できるかどうか──

 

「やっぱり来たわね……!」

 

 オートバジンの攻撃を防いでいる相手の隙を狙う。霊夢は当然、それを警戒していた。そのまま背後に迫ってくることを理解していれば、背後が見えずとも相手の気配を探ることはできる。ディケイドファイズが放つフォトンブラッドの熱を感知し、霊夢は足元へ消えた。

 万物の境界にスキマを開く八雲紫の能力。奇しくも霊夢の結界術は、空間を無視するという点においてその能力によく似ている。

 あえて接近を許し攻撃が届く寸前で霊夢は足元の結界に落ちた。彼女は【 亜空穴(あくうけつ) 】と呼ばれる特殊な結界通路を用いて別の場所、ディケイドファイズの背後に現れる。

 

 そのまま紫の背後にスライディングキックを放つは【 幻想空想穴(げんそうくうそうけつ) 】と称される霊夢の空間跳躍能力の十八番。瞬時に姿を消し、亜空穴を通り抜け、敵の攻撃タイミングをずらしながら攻撃する。この動きでさえ、彼女にとっては『真っ直ぐ』に過ぎない、無自覚な挙動であるのだ。

 

「あら」

 

 背中から霊夢のキックを受けて前に出され、オートバジンのバスターホイールの連射を受けてしまうディケイドファイズ。フルメタルラングに実弾の雨が当たるが、オートバジンはすぐに攻撃をキャンセルした。

 そのまま背後を振り向けば迫り来る霊夢と五代(クウガ)。二人の蹴りを胸に受けて、紫は微かに後退る。ゆっくりと降りてくるオートバジンのフローターによる風圧を受けては小さく微笑んだ。

 そのままオートバジンのハンドルを掴むと、ファイズエッジとして引き抜き大きく振り抜く。

 

「さすがに良い動きね。それで、私が何をしたいのか分かった?」

 

「その口振りじゃ、答えるつもりはないってわけね……」

 

 蹴りの反動で距離を取った位置に立ち構える霊夢と五代はそれぞれ構えた。相変わらず紫の余裕ぶった笑顔は仮面に隠されていて見えないが、八雲立つその在り方は霊夢にとっては慣れ親しんだ胡散臭さである。

 疾走するはオートバジンと共に。夢に虚ろに幻の如き闇の中、真紅の残光を引いてディケイドファイズは地を駆ける。ファイズエッジを振るう先は、赤きクウガを纏う五代。

 オートバジンはあえてバスターホイールを構えず己が質量をもって霊夢へ殴りかかった。

 

「……っ! 熱い……!?」

 

 真紅の光熱を帯びた斬撃を両腕の装甲で受け止めようとするものの、すぐにその紅き熱が装甲を貫通して届き得るものだということに五代は気づく。

 自身(クウガ)の世界には存在しないフォトンブラッドというエネルギーに対しても動じず、すぐに回避に専念する動きに集中した。返し放つ拳はすぐに避けられ、晒した隙は最小限に次の攻撃に備える。ただファイズエッジを構えられては、拳は光熱にやられるだろう。

 

 五代は紫がファイズエッジを構えた瞬間を見計らった。その手を蹴り上げて、彼女の手からその得物を払い落とすように打ち上げる。

 それを掴めば成し得るはず。紫のクウガとなって戦うのに必要な、かの巨人の如き剣を。自らの身を変えるモーフィングパワーによる再構築で、自身の得物へと作り変えることが──

 

「えっ!?」

 

「あれっ!?」

 

 五代が見上げていたファイズエッジはその紅い輝きと共に消え失せた。同時に、少し離れたところでオートバジンと戦っていた霊夢も声を上げる。振り向けば、さっきまでそこにいたはずの機械仕掛けの鉄人、オートバジンも姿を消しているではないか。

 スマートブレインが開発したそれらに一瞬で姿を消す機能はない。されどこれは世界の破壊者がもたらしたもの。マシンディケイダーの能力であれば、その場で次元を超えることも可能だ。

 

「世界の破壊者を相手にするなら、もう少し警戒したほうがいいんじゃない?」

 

 神経を逆撫でるような紫色の声を聞いたと思った直後。そんな柔らかい声色には似つかぬ強靭な脚力による蹴りが五代を後方へと蹴り飛ばす。

 腹を押さえ立ち上がり、傍に駆け寄ってきてくれた霊夢の心配を耳にして意識を強く保った。

 

「……破壊者……? あんた……本気で幻想郷を破壊するつもりなの……?」

 

「いいえ。破壊するのは幻想郷じゃなくて、九つの物語を繋ぎ束ねる()()()の世界……」

 

 紫は再びライドブッカーを開いては一枚のカードを取り出す。カードの絵柄を霊夢たちに見せることもなく、右手にそれを持ったまま言葉を紡ぎながら。

 左手だけでバックルを開いてディケイドライバーの溝へとカードを装填し、すぐに閉じる。

 

『カメンライド』『リュウキ!』

 

 無辺の闇に閃くは光源なき幾重もの鏡像だった。それらはディケイドファイズを包み込み、熱き血潮に滾るような赤きスーツの騎士へと塗り替えていく。その身に纏うは黒と銀、龍の意匠を抱く哀しき願いの代行者。

 ただ深く果てしない闇の中、光を返すような反射物など存在しない。だが、ミラーワールドへの接触がなくとも。秘石の力は無双なる赤き龍、ドラグレッダーとの契約さえ再現した。

 

 格子状の鉄仮面に灯る赤き複眼(レッドアイ)。その滾るような騎士の在り方は、妖雲にも似た紫の在り方には似つかない。

 五代と霊夢はその灼熱(あか)き姿に対する記憶を無視できなかった。紛れもなく霧の湖にて肩を並べて怪物たちと戦った存在。五代の姿を見て『仮面ライダー』の名を口にしたのは、彼の知らぬ龍騎の世界における13人の騎士の一人──仮面ライダー龍騎として戦った城戸真司という男である。

 

「その姿……やっぱり……!」

 

「……うん……霊夢ちゃんも気づいたよね……」

 

 これまでの紫の姿を見て何も感じなかったわけではない。全く異なる姿。全く異なる力と性質。そして紫が語った九つの物語が九つの戦士を意味するのであれば。紫が言った通り、最初に至った吸血鬼の鎧が九番目の楔であるならば。

 目の前に立つ『ディケイド龍騎』はまさしく仮面ライダー龍騎の姿に相違ない。すなわち霊夢の推測通り、彼女はおそらく、九つの物語を由来とするすべての戦士に変身できるのだろう。

 

『アタックライド』『ストライクベント!』

 

 見覚えのある姿に思考するも束の間のことだ。紫はすぐにライドブッカーからカードを抜くと、開いたディケイドライバーにそれを鋭く差し込みバックルを閉じる。

 高らかに発せられるは龍騎の左腕に装備されたドラグバイザーと同様の語句。されどディケイド龍騎にとってドラグバイザーはただの篭手に過ぎず、ディケイドライバーが謳うは無機質な電子音声というよりは力強い咆哮に似たもの。

 いったいどのような原理なのか。ディケイドライバーで生成されたはずの龍騎の力、ストライクベントの発動によって出現したドラグクローは、ディケイド龍騎の頭上の空間を歪めて空から舞い降りるように落ちてくる。ドラグレッダーの頭を模したそれを右手の拳に受け止め──

 

「はぁっ!」

 

 両脚を大きく開いてはドラグクローを装備した右手を後ろに引く。拳を前に突き出し、紫が龍の大顎を拳と掲げた瞬間、五代はクウガとしての複眼にあるはずのないものを見た。

 ディケイド龍騎の背後に宿る龍の姿。存在しないドラグレッダーを幻視する。闇の中に映し出された幻影か、あるいはミラーワールドの法則がもたらした鏡像なのか。そんなことを考えるまでもなく、ドラグクローの口に灼熱の炎が灯された。

 

 さながら実物の龍騎がドラグレッダーと共に業火を放つかのように。ディケイド龍騎はその場にドラグレッダーそのものを伴わず、ドラグクローの咆哮によって激しい炎を放ったのだ。

 吐き出されたドラグクローファイヤーは火球となりて、咄嗟に両腕で防御するクウガを襲う。

 

「うわぁああっ!!」

 

「五代さんっ!」

 

 激しい爆炎を上げて吹き飛ばされる五代を心配して見やる霊夢。如何にクウガの装甲が強靭とはいえ、ドラグクローファイヤーは込める力次第では並のミラーモンスターを一撃で屠り得るほどの火力を秘めている。ダメージを最小限に抑えても、すぐには立ち上がれなかった。

 赤黒く煤けた装甲を押さえる余裕さえない。これほどの激痛を覚えたことがないわけではないのだが──何より不気味なのがあまりの敵意の無さだ。不気味なまでに親しげで、これほどの一撃をぶつけてくるのに、仮面の下には柔和な笑みすら感じさせる。

 

 闇を照らす炎は瞬く間に消え失せる。ただ無辺の妖気だけが満ち溢れたこのスキマ空間に、炎が燃え移るものなど何もない。

 霊夢はなんとか膝を着いて立ち上がろうとする五代に駆け寄る──ことはせず。紫の思惑通りに行動するというのは癪ではあるが、このままではただただ無為にこちらが消耗するだけだ。ならばせめて、少しでも紫の自由を奪ってやる他にない。

 不幸中の幸いか、五代は先ほどの火球で後方に吹き飛ばされている状態。今なら持ち得る最大の霊力を込めたスペルカードを発動しても、彼を巻き込んでしまう危険性はないだろう。霊夢は紫がドラグクローファイヤーを放った直後の隙を突くように──ありったけの霊力を解き放った。

 

「……神霊! 夢想封印!!」

 

 無辺の闇は再び眩く照らされる。霊夢は自身の十八番たる夢想封印を最大限に活かし、その誘導性能と威力を純粋に強化した【 神霊「夢想封印」 】を紫に放つ。

 湧き上がる霊力の光球は霊符「夢想封印」の比ではなく、巨大で雄々しい。相応の霊力を消費することになるが、威力もそれだけ増しているのだ。ディケイド龍騎は迫る輝きを見て一歩たりとも動かず、緩やかな光球の接近をただ見やる。

 

 霊夢は見逃さなかった。ディケイド龍騎の赤い指先が再びライドブッカーへと伸びるのを。自ら放った神霊「夢想封印」の光球、七つの輝きの隙間からそれを見たが──

 すぐに紫は手にしたカードをドライバーへと装填する。彼女は知っているのだ。長らく見守ってきた霊夢のスペル。夢想封印という弾幕に対して、回避や逃走は時間稼ぎにしかならぬと。

 

『カメンライド』『アギト!』

 

 宣告の瞬間。夢想封印の輝きを上回らんほどの激しい閃光が闇を照らし出す。神の光たるオルタフォースの奔流はディケイドライバーの秘石トリックスターから放たれ、一瞬のうちにディケイド龍騎の姿を黄金と白銀を装う神々しき肉体へと変えていた。

 真紅の複眼を伴う頭部に突き伸びた双角、クロスホーンを展開し、紫は『ディケイドアギト』へ至ったその身でオルタフォースを纏い輝く拳を──その剛脚を振るって光球を叩き落とす。

 

「ふっ! はっ! はぁあっ!」

 

 紫自身の妖力に加え、アギトのオルタフォースをも束ねたその拳と脚は霊夢の渾身の霊力を払い退けていった。

 その対処はクロスホーンを開いていればこそ。さしものディケイドアギトとはいえ、これほどの霊力の奔流は紫の妖力とオルタフォースで強化された身でも相当の力を込めて打ち払わなければならない。最後の一つに向き合い、紫は手刀でその光球を真っ二つに寸断した。

 

「…………」

 

 すべての光球を叩き伏せ、周囲に霊力の爆発が巻き起こる。その風圧を漆黒の強化皮膚(アーマードスキン)に感じながら、紫のクロスホーンは鋭い音を立てて閉ざされた。

 夢想封印の光球を死角としていたのか。霊力が収まりゆく闇の中に霊夢の姿はない。ディケイドアギトの赤い複眼で見えぬのならと、紫はこの空間に浮かべた無数の眼から受け取る情報に意識を集中するが──

 すぐに慣れ親しんだ気配を感じる。アギトの知覚ではなく、八雲紫として幻想郷を見守ってきた感覚がゆえ。相手を蹴りつけようという意思を隠さず、それでいて妖怪でさえ受け入れ、幻想郷の住人として宴の輪に迎え入れるほどの『すべてを受け入れる力』を持つ幻想郷の要。

 幻想空想穴によって紫の背後に瞬間移動した霊夢は、飛び蹴りの要領で右脚を突き出した。

 

「せやぁあっ!」

 

 ──だが。ディケイドアギトは右脚を振り上げると霊夢の脇腹を重く回し蹴り、彼女を遥か遠くへと蹴り飛ばしてしまった。その身は霊力で強化していたものの、生身の身に破壊者たる代行者の一撃には耐え切れず、内臓が歪むほどの激痛に眩暈を覚える。

 パンパンと両手を払うディケイドアギト。先ほどまでは柔らかな笑みを湛えていたように見えた紫の振る舞いも、今では冷酷な無表情に見えてならない。──もっとも、どちらにしてもその顔は仮面に隠されているのだが。

 

 手元に現した大幣を杖代わりにして立ち上がった霊夢だが、すでにその足は震えていた。恐怖や痛みによるものではない。博麗神社での戦いからこのスキマ空間での戦いで、霊力も体力もかなり消費しており、疲労が霊夢の身を苛んでいるのだ。

 今まで戦ってきた怪物はどれも強敵だったが、なんとか倒すことができた。しかし、今だけはどうしようもない。ただでさえ八雲紫は幻想郷の管理者であり、他に類を見ない唯一無二の大妖怪である。それに加えて、いくつもの未知の戦士に変身できる手札の多さ──

 

 巫女服の上からでは視認できないが、痣になっているであろう脇腹を押さえる霊夢。茨木童子と本気の戦いを繰り広げたときにも等しい絶望感。地獄の淵にてただ一人、鬼と戦ったときにも似た死の感覚を前に、霊夢は眩む思考で目の前に立つ金色の戦士を睨むことしかできなかった。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 虚勢を張っているのがやっととは悟られていないだろうか。ちらりと横目で見やる五代のほうも同様であるらしい。激しい炎に()かれて傷ついた身で何とか立ち上がり構えを取っているものの、やはり彼も疲労と消耗は大きいようだ。

 ディケイドアギトの赤い複眼は霊夢とクウガを等しく見やる。その漆黒の強化皮膚にも、黄金と白銀を帯びた装甲にも、傷をつけることができなかった。

 あるいはどれだけの傷をつけたとしても別の姿に変身するだけで再構築されてしまうのかもしれない。本体を消耗させようにも中身は幻想郷でも最高位に位置する大妖怪。加えて彼女の領域と言っていいこのスキマ空間では、無尽蔵とも言える彼女の妖力がそこら中に満ち溢れている。

 

「…………」

 

 数刻ほどにも思えた一瞬の静寂。その均衡を破ったのは紫の溜息だった。この深く暗い不気味な力に満ちた闇の中、今は輝きを放っていないにも関わらず眩く感じられるほどの神々しさを纏った戦士は静かに顔を上げる。

 

「十番目の世界を破壊するために必要なのは、すべてを繋いで受け入れるだけの力」

 

 力強く雄々しいアギトの大顎からは想像もつかない美しい声。仮面の下は神妙な無表情を湛えたままに、八雲紫は真面目な口調で言葉を紡ぎ始める。

 相変わらず敵意はない。だからこそ、霊夢と五代は警戒を解かなかった。ずっと敵意のないまま攻撃を続けてきた相手に対して、構えもなく戦っていた彼女に対して。油断などできまい。

 

「……何を言って……」

 

「それに、それを実行するのは私じゃなくて、貴方よ。霊夢」

 

 五代は霊石アマダムの効果でも治癒し切れない深い痛みを滲ませた声を漏らして彼女に問うが、その言葉を振り払うかのように紫は告げた。

 呼吸を整えて手元の大幣を消し去った霊夢は震える手でお札を取り出し、紫へと向き合う。

 

「っ、私が世界を破壊するって……どういうこと? それに、十番目の世界って……?」

 

 尽きぬ疑問を思わず零すも、相変わらず紫は何を考えているのか分からない振る舞いのまま佇むのみ。だが、霊夢は真意の読めない仮面越しの表情よりも如実に語る、不気味な妖力の渦に彼女の意思を垣間見た。

 神秘的なオルタフォースさえ塗り潰すような力の奔流に、霊夢は息を飲む。幻想に疎い五代でも分かるほどの濃密な妖気を前にして、二人は軋む身体に力を込めた。

 もはや神々しき光の波動はどこへやら消し去って──そこにあるのは八雲紫の深い妖気のみ。

 

「残念だけど、質問タイムはこれでおしまい。貴方にはこう言ってほしかったわ」

 

 ふわりと持ち上げられるはディケイドアギトの左手。湧き上がる力は渦巻き、より強く昇華していき、このスキマ空間中のすべての妖力を束ねていくかのように彼女の指先へ集っていく。

 

「『だいたいわかった』……ってね」

 

 小さく呟かれたその一言。この一瞬だけ、仮面の下の口元には、先ほどまでの柔和な笑みを再び浮かべて。同時に、紫は左手の指をパチンと弾き鳴らした。

 ──その瞬間。満ち滾っていたすべての妖力が意思を持ったかの如く弾幕へと変わる。眩い光の形をしているのにも関わらず、どこか暗い闇を思わせるような。光と闇の境界を、矛盾し相反した二律背反そのものを──彼女は己が力と成して。

 

 それはかつて現実と幻想の境界を分け隔てた紫の能力。幻想郷を常識の世界から切り取った結界、その法則をいくつもの弾幕のパターンとして切り分けたものの一部である。

 今ではスペルカードとして定義されている【 結界「(ゆめ)(うつつ)(まじない)」 】は闇を呑む。このスキマ空間を染め上げるかのように、紫の弾幕は霊夢と五代の逃げ場を閉ざすかのように不気味な結界で深く覆い尽くしていく。──もっとも、この空間には元より逃げ場など存在しないのだが。

 

「夢符……!」

 

 見渡す限りの弾幕の雨。光とも闇ともつかぬそれらはただの目晦まし。霊夢は一度、その弾幕を見ている。かつて幻想郷に終わらぬ冬が訪れたとき、桜の芽吹きを白雪が覆い尽くした春雪異変の折。冥界と顕界の境界を引き直せと、彼女に文句を言いに行った日。

 思えばあの日から、八雲紫という妖怪を特別に認識し始めたのかもしれない。きっと幼い頃から博麗の巫女として会っているはずなのに、紫とはそのときが初対面だったかのように。

 

「二重結界っ!!」

 

 目の前に迫る不気味な二つの光球を視認すると同時、霊夢は残る霊力を振り絞って自身と五代を守る結界を形成した。これだけの弾幕の渦、幻想的(ファンタズム)なまでの奔流を前に、回避経験に長けた自身はともかく五代の方は結界を用いて守らざるを得ない。

 霊夢が引いたのは二重の結界だった。本来それは弾幕の軌道を誤認させる領域で相手を混乱させ射貫くために考案したものだが、四角い空間状に展開された【 夢符「二重結界」 】は紫の弾幕に対する盾とも成り得る。

 

 この結界はただ衝撃を防ぐためのものではない。光弾が接触すればそれは結界へと吸い込まれ、内側から放たれる。つまり弾幕は結界に触れた時点で向きを変えてワープするのだ。それを二重に張ることで内側から放たれた弾幕は再び外側にワープし、元の弾幕とぶつかり相殺される。

 

 こちらに向かう二つの光球。一つは夢。泡沫となりて儚く散るも、それは乱れる弾幕の雨となり見境なく四方八方に飛び散っていく。一つは現。霊夢と五代をそれぞれ捕捉し、弾けた玉の中から真っ直ぐ二人に向かって襲いかかっていく。

 それらは霊夢の結界に吸い込まれた。ただ硬いだけの盾では、八雲紫の夢幻のような弾幕を止めることはできなかっただろう。紫が霊夢の弾幕をよく知っているように、霊夢もまた、紫の弾幕をよく知っている。その向きを反転させることで相殺し続けなければ、五代雄介を守れないのだ。

 

「くっ……! 五代さん!」

 

 残り少ない霊力で何とか結界を維持する。こちらは結界の起点として前へ伸ばした両腕に霊力を込め続けているというのに、絶えず弾幕を放ち続ける紫は持ち前の妖力とスキマ空間に満ち溢れた備蓄妖力で何の負担もなく余裕そうに結界を維持している。

 誰がどう見ても、このままではジリ貧でしかない。霊力が尽き果てる前に、紫を止めなくてはならない。霊夢は五代の名を叫び、その目の合図をもって彼に言葉なく指示を出した。

 長い付き合いでもないが、意思は伝わり、五代は広がりゆく結界に沿うように疾走する。

 

「はぁっ!」

 

 霊夢の結界と紫の結界。二つの結界がぶつかり合い、弾幕の光が迸る。そんな禍々しくも美しい輝きの中、五代の拳は闇を切り裂いて突き進む。

 紫は弾幕を放つ結界を維持したまま、霊夢の結界と鍔迫り合うまま。五代に直り、その左腰からカードを取り出しては、五代の拳を受け止めるその直前、ディケイドライバーにカードを装填。

 

『カメンライド』『クウガ!』

 

 赤いレンズが映し出すのは古代リント文明において戦士を表す文字。紫にとって、ディケイドにとって。それはクウガという『仮面ライダー』を表すライダーズクレストだ。

 その身は一瞬のうちに変わる。秘石トリックスターは今だけ霊石アマダムと同質の力を宿し、モーフィングパワーによって漆黒の強化皮膚を、赤と金を彩る有機的な装甲を具現する。

 

「…………」

 

 クウガの拳を受け止めるのは腰のベルト以外まったく同じ姿をした『ディケイドクウガ』の手の平。

 五代はクウガとしての仮面の下で驚きを隠せなかった。今なお結界の外で弾幕を操っているにも関わらず、その勢いを緩めることなく反応してみせたことに対して。殴りつけた手の平が、まるで柔らかい布団でも打ちつけたかのような不自然な手応えであったことに対して。

 そして何より──自身と同じクウガの姿にまで、こうして変身してみせたことに対して。

 

 その一瞬が明確な隙となった。紫は五代を回し蹴りで吹き飛ばすと、またしても左腰のライドブッカーからライダーカードを取り出す。それは今まで用いてきたカードとは意匠が違う。戦士の顔が描かれているわけでも、戦士の技や武器が描かれているわけでもない。

 そこには、ただクウガの紋章が描かれていた。青い背景に金色を飾るように古代リントの戦士の文字。クウガのライダーズクレストだけが雄々しく刻まれている。

 

 五代は蹴り飛ばされた先ですぐに立ち上がって構えた。まるで鏡でも見ているかのような相手の姿に対する違和感に慣れない。ディケイドクウガはそんな五代の様子も気にせず、手にした一枚のライダーカードを手に掲げてみせ、お互いの真紅の複眼(コンパウンドアイズ)を見合わせるように真っ直ぐ向き直る。

 

「──ディケイドに、物語があってはいけないの」

 

 小さく呟いたその言葉の意味は五代にも霊夢にも理解できない。紫はディケイドクウガとしての黒い指先で掴んだままのカードを開いたディケイドライバーに投げ込むように装填した。

 

『ファイナルアタックライド』

 

 その動きを見届ける前に、五代は腰を落として両腕を広げる構えを取る。そのまま焼けつく熱を右足の裏に感じつつ、霊石アマダムから送られる力を右脚に集中させながら夢と現の境界に渦巻く弾幕の中を、滾る熱の痛みを右脚に受けては力強く駆け抜ける。

 

 紫はディケイドライバーに右手を添えた。その瞬間から弾幕を途切れさせたのは、目の前に迫る戦士の姿を恐れたからではない。ただ五代雄介という男に向き合うため。

 紫が維持していた弾幕と結界が消えると同時、霊夢の霊力も尽き果て倒れる。二つの結界は共に消滅し、そこには妖力と霊力の残滓、そして湧き上がる二人のクウガの力の波動のみが残った。

 

『ク ク ク クウガ!』

 

 閉じられたディケイドライバーが奏でるは破壊の宣告。ディケイドクウガに向かって走り抜ける本来のクウガと同様、紫は秘石の力から生み出されたエネルギーが己の右脚へと収束していくのを感じながら。すべての戦士にそれぞれ宿る『ファイナルアタックライド』を切る。

 ディケイドクウガは五代雄介ではない。そこに疾走は要らず、右足の熱でもって足元の闇を照らすのみ。迫り来る本来のクウガ──五代雄介が戦士クウガの戦い方に加えた、2000の技の一つ。助走による空中前転などは、八雲紫の中にはない。

 

 五代は闇を蹴り上げた。そのまま両脚を抱え込みながら、慣れた動きで空中前転を挟んで。その遠心力と助走の勢いを織り交ぜた速度のまま、ディケイドクウガに右脚を突き伸ばす。

 紫もまた、その場から闇を蹴って跳躍。五代に向けて右脚を伸ばし、その蹴りに向き合った。

 

「おりゃああああっ!!」

 

「はぁぁあっ!」

 

 流星の如く蹴り迫る五代(クウガ)のマイティキックに打ち合わせるように、八雲紫(ディケイドクウガ)のマイティキックが宵の明星の如く明け昇る。

 その輝きは金色。西の空へ光を灯すように、五代の前方には──夜が降りてくる。

 

 接触。それは一瞬。クウガの右脚とクウガの右脚。マイティキックとマイティキック。まったく同質の封印エネルギーを帯びたその一撃が、お互いの右脚を鋭く蹴りつけた。

 その衝撃は凄まじい風圧となって周囲の妖力を掻き消すように炸裂。おびただしくひしめいていた目玉も、霊力の残滓も。封印エネルギーの奔流は五代と紫を中心としてこの空間に迸る。

 

「…………っ!」

 

 倒れた状態でそれを見上げる霊夢は思わず顔を背けた。同じ力同士が反発しているのか、二つの封印エネルギーは対消滅を起こすように一面の闇を真っ白に染め上げ──

 夢と現の呪。幻と実体の境界。霊夢の意識は夢幻泡影の如く。五代と共に闇の中へ霧散した。

 

「少しやりすぎでは? 貴方らしくないですね」

 

 虚ろに漂う真っ白な意識の中、誰かの声が聞こえた──ような気がした。今が夢なのか現実なのかも分からぬ曖昧で空虚な微睡(まどろ)みの中では、それが誰かは分からない。

 自分は今どうなっているのだろうか。たしか闇の中に倒れ伏していたはずだったが、何か柔らかいものに包まれているような、揺り籠に眠るような安らぎと共に、懐かしい匂いを覚えた。

 

「なりふり構っていられなくなりまして。それより、そちらの様子は如何(いかが)です?」

 

「問題なく維持できています。でも、本当によろしいのですか? あまり時間はありませんよ」

 

「ええ、私たちの計画に変更はありません。此度(こたび)のご協力、改めて感謝いたしますわ」

 

 もはや二人の会話は霊夢の耳には届いていなかった。五代も同様に深い意識の深淵に誘われてしまっており、紫と誰かの声は聞こえていない。

 幻想郷の管理者たる八雲紫は、また別の世界を管理する妖怪の女性に礼を述べた。紫らしからぬ真摯な敬意を込めた振る舞いと共に、ディケイドライバーのバックルを開いてはモザイク状に歪む光を伴って──ディケイドクウガの姿から柔らかなドレスを纏った生身へと戻る。

 

 白と黒を丸く彩った衣服に身を包んだ女性に向き合っては(したた)かに微笑む紫。対する女性は長く膨らんだ赤い帽子を満たす己が紺碧の髪を撫でながら、溜息をついた。

 不服そうにむにゅりと歪められた口元は、それがあまり好ましくない手段であると物語る。

 

「長い夢は精神を蝕む。夢と現の境界を操られるのは困りますが、今は認めましょう」

 

 左手に持った青い本を開き、その内容に目を通しながら。女性は致し方ないと言った様子で紫に告げた。紫とてそれはすでに承知している。彼女としても幻想郷を危険に晒すような真似は可能な限り控えたかった。

 秘神を名乗っているくせに目立ちたがりで手段を選ばない、あの賢者とは考え方が違う。だが、どちらかといえば穏健派で事なかれ主義の紫でさえ、今はこの方法しかないと判断した。

 

「……それでは、良き現実(ゆめ)を」

 

 紫に背を向けるように振り返っては、ふわりと揺れる赤い帽子。女性の長い髪を収めたそれは、まるで尻尾を思わせるように後頭部から伸びている。

 それとは別に本来あるべき場所に持っている、牛のそれに似た尻尾を揺らして。目の前の空間にスキマじみた歪みを広げ、女性はその彼方の不気味な世界──観覧車や西洋風の城の影に彩られた場所へと歩んだ。

 

 霧散するように裂け目は消えてなくなる。残された紫はスキマを広げて二つのハンモックを作り上げると、すっかり眠ってしまった霊夢と五代を寝かせて再びスキマの中へ。

 あとは彼を呼び起こすだけ。必要な条件は全て整った。あの青年が手筈通りに動いてくれれば、このマゼンタ色の物語は真実を写し出すだろう。

 

 光の三原色の混色、()()の境界。本来は紫色とされる領域も、光の中ではマゼンタと呼ばれる色となる。それは赤と紫を混ぜ合わせたような色彩であり、すなわち赤は霊夢、紫はその名の通り八雲紫を表す色であるのだ。

 赤を人間とし、紫を妖怪とする、人間と妖怪の境界。そしてマゼンタとは、脳が補う光の波長によってのみ存在する色。可視光には『存在しない』色であり、幻想の色に他ならない。

 それでも紫が(うつつ)の色としてそれを見るのは──全てを受け入れる彼女(あかいろ)を信じているがために。




絶対すべての仮面ライダーにカメンライドする必要なかったですよね。でも書きたかった。

ディケイドといえばつい先日、よく似たゴージャスな仮面ライダーのベルトが発売されましたね。
ベルトの裏に2009って書いてあったけどライドケミーカードを使ってるので令和ライダーだ。

次回、第64話『幻想大戦』
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