東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm. 作:時間ネコ
それは、遥かなる旅路の物語。
第64話 幻想大戦
音楽、時間、正義、明日、運命、夢、願い、居場所、笑顔。九つの物語は一つの幻想へと束ねられ、揺らぐ境界の中に新たなる物語を紡ぎ、終わりなき十番目の物語と一つになる。
それは彼の物語。破壊から生まれる創造を担うだけだった戦士は、旅の途中に星を見た。
──博麗霊夢の目の前には、ただ無辺の荒野が広がっている。それを夢だと認識できたのは、確かに記憶に残った光景、紛れもなく見覚えのある地獄絵図であったがため。
今ならば分かる。凄惨な戦いに身を投じる戦士たち。そのどれもが仮面を装い、超常的な波動を纏っている。彼らが幻想郷に招かれた『仮面ライダー』なる存在だと。九つの物語に定義された、導かれし戦士たちなのだと。
一度はすでに目にした殺風景な断崖の荒野。それゆえか、その熾烈な戦いの渦中、霊夢は巻き込まれることなく冷静な視点でその光景を俯瞰することができていた。
見渡す限りの争いは確かにそこに。九つの物語、その法則を由来とする戦士たちの数は、とても数え切れるものではなかった。招かれた戦士たちは九つの物語ゆえに九人だけではなかったのか。その物語に名を連ねる仮面の戦士たちは、一つの物語につき一人というわけではなかったのか。
「……っ!」
紅蓮の龍が吼え立てる。霊夢自身も現実で目にしたことのあるそれは、鏡映しのようによく似た漆黒の龍と共に、ただ一人構えもなく立ち竦む『それ』に牙を剥く。
交差する烈火が破壊者を焼き尽くした。そう思った刹那。爆ぜ散る炎を掻き分け、マゼンタ色の輝きが二匹の龍を同時に貫く。もはや物言わぬ屍と化したそれが横たわり、燻る煙は晴れて。
「ディケイド……」
知るはずのないその名を思わず零す。逆光に佇む悪魔の姿は、ただ一度だけ夢の中で目にしただけのもの。今この目で見ている景色も明晰なる夢。それを自覚した上で向き合うものの、なぜか幾度となくあれを見ているような気さえする。
額には深い紫色の輝きを湛え、緑色の複眼は鋭く歪み、世界を憎悪の眼で睨めつけるかのようなおぞましい想念。霊夢は数多の屍が並ぶこの荒野にてそれを見た。
激情。絶えず湧き上がる怒りと悲しみの衝動。かの破壊者から感じられるのは、ただそれだけ。腰に宿す白いベルトこそ紫が身に着けていたものと同じだが、あの戦士に変身しているのは決して彼女ではない。
いったい何に突き動かされているのだろう。あの戦士は、何のために生まれたのだろう。霊夢の思考は虚ろで曖昧な夢幻に染まり。やがて真っ白な光に包まれ、現実の世界に戻されていった。
──ここは、九つの世界のいずれでもない場所。すべての物語を排斥し、否定する。幻想の悉くを拒み捨て去った、常識と現実の世界。
十番目の世界ですらないそこは、結ばれたすべての世界の中で唯一。妖怪たちの存在を受け入れ肯定する非常識の楽園──『幻想郷』を有する世界である。
本来、仮面ライダーの物語を持つ如何なる世界とも結びつくはずのなかった世界。交わるはずのなかった境界。ただ現実と幻想のバランスを、常識と非常識の秩序を幻想郷と共に守ってきた天秤。それは今や幻想郷を基準とし、九つの物語に由来する法則が接続されてしまっている。
「…………」
八雲紫は冷たい夜風にドレスを揺らし、ただ名もなきビルの屋上に佇んでいた。
彼女が愛した幻想郷は、この『外の世界』がなければ成立しない。この世界で否定された幻想が、幻と実体の境界を超えて幻想郷へと招き込まれる。そして外の世界で忘れられ、幻想となっていくほど幻想郷での妖怪は存在を肯定される。
十番目の世界の理。ディケイドライバーに残る因果の欠片を伝い、九つの世界の仮面ライダーを招き入れた。それを楔として打ち込み、九つの物語を幻想郷に繋ぎ留めた。
その影響で楔に引き寄せられた元の世界は幻想郷へと引き寄せられるだろう。外の世界に九つの世界が融合を始めれば、やがて世界は対消滅を始め、滅びの現象によってすべての世界が滅び去ることになる。
紫はその影響のすべてを幻想郷に受け入れた。外の世界という基盤を失ってしまえば幻想郷は存在できない。博麗大結界を蓋として、滅びの影響をすべて幻想郷に閉じ込めたのだ。
当然、そんなことをすれば世界一つ分の滅びを幻想郷が担うことになってしまうのだが──
「……幻想郷はすべてを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ」
愛しき
外の世界以外からやってくる者たち。オーロラを超えて現れる者は紫の結界に阻まれ外の世界に出ることはできなくなっている。こちらの因果を訪れるには、まず幻想郷にしか出られないように細工をした。
幻想郷にも無力な人間はいる。里の人間たちは一人残らず結界で包み込み、彼らに気づかれぬうちにとある方法──かつて月の都の者たちが幻想郷に移り住もうとしたあの異変の折、月の賢者が取った方法と同じやり方で里の人間を別の場所に保護した。
あらゆる者の夢を管理するあの妖怪の女性は、同じ一つの世界の管理者として八雲紫も尊敬している。彼女に頼むのは月のやり方に倣うようで癪だが、これが最も合理的な方法だったのだ。
「感謝する。八雲紫。これでようやく、九つの物語を束ねることができた」
不意に吹き込んだ風は紫のドレスを優しく揺らす。振り返った彼女が見たのは、自身のスキマと同様に境界を超える灰色のオーロラ。怪人ならぬ身でその力を行使し自在に操って別世界から姿を見せたのは人間の男だった。
ベージュ色のコートと、同じ色のチューリップハットを身に纏い、年代物の眼鏡から覗く双眸は純粋な妖怪である八雲紫の姿を見ても臆することなく。男はそのままビルの屋上を歩み進む。
「やはり貴方の仕業でしたのね。もう少し私たちのことを信用してもらいたいですわ」
「差し出がましかったかな? そちらの仕事が少しばかり遅いと感じたものでね」
紫が微かに不快そうな表情を浮かべたのは男の存在に対してか。あるいは幻想を否定し排斥する外の世界の風がゆえか。男の顔に不躾な一瞥を向けると、すぐにビルの屋上から一望できる冷たい現実の世界。煌びやかな夜景へと視線を向けた。
あそこには多くの人間たちがいる。妖怪の存在を信じず、過去の遺物と忘れ去った者たち。それでも彼らの否定があってこそ幻想郷は幻と実体の境界を用いて妖怪を肯定する。外の世界の人間が滅びれば、幻想郷もまた滅亡を迎える。ただ結界で隔絶された、地続きの世界がゆえに。
「…………」
本来は交わるはずのなかった世界と世界。仮面ライダーが存在する世界とは、それこそ縁もゆかりもなかったこの世界に。楔を打ち込むという形で
男は紫にこう伝えた。いずれディケイドという存在がすべての世界を破壊すると。ディケイドの存在が世界と世界を結びつけ、世界同士の融合による対消滅という形でいくつもの世界を滅びへと導くと。
ただ話を聞いただけであればくだらない与太話と一蹴していたかもしれない。それが男の謳う虚ろな幻想ではないと理解できたのは、紫も外の世界に及ぶ影響を見てしまっていたから。今でこそ自身の能力で進行を食い止めているものの──その変化は確実に。
かつて、とある世界に起きていた滅び。ビルや空が、街が。オーロラに飲み込まれる形で消滅を始めていたのだ。
男はこう言っていた。この世界の滅びは世界融合の余波によるものに過ぎぬと。十番目の世界に結びつこうとしている九つの世界の影響力が強すぎて、関係のない世界までもがその潮汐力に耐え切れず崩れ去ろうとしているのだと。
その支えとなる柱が仮面ライダーであるらしい。仮面ライダーのいない世界は融合の余波に耐え切れず、近い座標にある世界から少しずつ滅んでいくのだとか。
世界の座標など観測しようもない。宇宙さえ世界が内包するものだ。その外側からの観測など、それこそ人が想像し得る神の御業に等しい。紫にさえそんな芸当は不可能である。
紫は男から受け取った一枚のライダーカードが持つ理を辿り、無数の世界を旅していた門矢士に接触。彼が持つディケイドライバーを手に入れ、さらにその情報から九つの世界へ赴き、幻想郷にすべての世界の柱となる仮面ライダーを楔として幻想郷に打ち込んだ。世界を融合させるのではなく、世界に刻まれた『法則』だけを取り込んだ。
柱たる楔を失った世界は潮汐力に耐え切れず崩壊するだろう。されどただ滅び去るだけであればそれを復元することは可能だった。幻想郷に招いた九人の戦士たちの物語、九つの物語を幻想郷に記録し、それぞれを幻想とすることで、幻想郷そのものに彼らの物語を覚えさせ、特異点となった幻想郷の記憶はすべてが終わった後に世界を再生させるはずだった。
だが、九つの世界は紫の予想とは異なる消滅を遂げた。繋げたはずの道は閉ざされ、融合による対消滅ではなく、一つの世界が九つの世界を纏めて取り込んでそれらを吸い上げたとしか思えないような奇妙な状態になっていた。
男が言っていたものとは大きく違う。彼は自分にも想定外だと言っていたが、どうにも信用しがたい。彼は世界法則の統合、楔の誘致に関して、紫に一任すると言っていたはずなのに。どういうわけか九つの世界に由来する仮面ライダーの力を幻想郷の住人に与えていたらしい。
紫の意図しないところで世界の接続が加速していたのもそのためか。楔を招く前の世界がすでに繋がっており、その世界の怪人が先に現れていた理由か。
接続が遅いというのであれば、先んじて楔を呼び招けばいい。それなのに、なぜあえて世界の柱ではなく変身に用いるための道具ばかりを掻き集め、幻想郷の者に与えていたのだろうか。
未だに分かっていないのはこの男の腹の内ばかりではない。そもそも世界と世界の融合とは紫も観測したが仮面ライダーの世界における話である。仮面ライダーとは縁もゆかりもない幻想郷および外の世界には何の影響もないはずだ。
ありとあらゆる因果に開かれた無数の並行世界には実際にほとんど影響はなかった。あったとしても、それはやはり仮面ライダーにまつわる世界ばかり。関係のない世界には当然何も起こってはいなかった。
なぜこの世界だけが局所的に潮汐破壊の影響を受けているのか。紫はこの男がこの世界に来たことが原因かとも思ったが、紫の観測ではこの世界の滅びの現象はそれ以前から起きている。ならばなぜ? 何の関わりもないはずのこの世界の座標を、いったい誰がどうやって掴んだ?
座標に関して言えばこの男も同じ。彼はいったいどうやってこの世界の座標を見つけたのか。
「信用してもらいたい……か。それはお互い様だろう。いったい何を企んでる?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
眼鏡の奥から覗く男の双眸は不信感を隠す素振りもなく紫の
信用されているのはあくまで八雲紫という大妖の実力と行動だけ。それは幻想郷の中においても変わらないのかもしれない。
あるいは紫にとっても同じことなのか。自らが組み上げ操る式神でさえも道具の一つでしかない。部下として信用し扱うのではなく道具として使役する。そうあったほうが正しく彼女らは機能する。八雲の名を与えた九尾の狐でさえ、紫個人ではなくその能力を信用していた。
ただ一人。紫が信頼するのは大結界を担う紅き巫女。そして彼女もまた、紫の在り方を無意識のうちに信頼している。紫の行うことの正しさ、誰よりも幻想郷を愛し、幻想郷のために動いている紫の意思を信じているのは、ただ己が勘を信じているに過ぎない。
互いにシステムに対する信頼でしかないのか。八雲紫は幻想郷の
「……まぁいい。回収したディケイドライバーをこちらに渡してもらおう」
男は紫に手を差し伸べた。その手が求めるのは十番目の世界の楔として存在するべき男が用いた破壊の力。ディケイドという『悪魔』の仮面をもたらすもの。
ディケイドライバーはかつて世界を掌握しようとした秘密結社が造り出した、次元さえも破壊し創造するだけの力を秘めた究極のベルトだ。男にとって、如何に世界の完全なる融合を阻止するためとはいえ、それだけ危険なものを得体の知れない妖怪に預けておくのは不安なのだろう。
紫が懐から取り出したのは白い楕円に透明のレンズを宿したバックル。ディケイドライバーは彼女の手に。されど、彼女は妖艶な笑みを浮かべるばかりで男にそれを渡すつもりはない。
すぐさまビルから見える夜景へと振り返ると、紫はそれを街に向けて放り投げた。虚空に生じた裂け目はその切れ端にリボンを結んだスキマの深淵となり、ディケイドライバーはその境界の中に吞み込まれる。
ディケイドライバーを呑み込んだスキマはそのまま消失してしまう。紫は湛えていた微笑を夜の闇へと消し去り、ただ静かに吹きゆく外の世界の冷たい風をその身に感じながら。
揺蕩い揺れるドレスの裾。紫色の衣を隠す黄金の長髪を男に向けたままの状態で佇んでいた。
「……ディケイドに与するというのか?」
男は明確な苛立ちを込めた視線で紫の背中を睨む。彼女へ詰め寄ろうと一歩を踏み込んだ瞬間、男の正面──紫の背後には空間を歪めるほどの妖力の渦が具現した。
それらはすぐに二つの妖獣を象り、捻じれた境界は瞬く間に外の世界の風に消える。
紫と背中合わせになるように男に向き合うは二体の式神。一体は紫によって直接の構築をもって組み刻まれた式を持つ最強の妖獣、九尾の狐。八雲藍は袖を重ね合わせた拱手の姿勢で立ち構え、溢れる絶大な妖力を収めることなく男を睨んでいた。
その隣に構えるは藍の式神だ。紫によって構築された式ではないため、八雲の姓を与えられてはいないが、最強の妖獣たる九尾の妖力を供給されているその身は並みの妖獣を優に凌ぐだけの力を秘めた化け猫、橙である。
藍は袖の中から不死なる鳳凰の意匠が象られた茶褐色のカードデッキを取り出した。橙は懐から冴える白虎の意匠が象られた群青色のカードデッキを取り出した。
どちらも龍騎の世界の法則に由来する仮面ライダーの力。されど楔となるべき戦士のものでも、男が与えたものでもない。茶褐色のものは神崎士郎の残留意思によって託されたライダーバトルの舞台装置であり、群青色のものはミラーワールドを観測するため、紫が橙へと与えたものだ。
「二人とも、下がりなさい」
紫は背を向けたまま小さく口を開く。その意思により藍と橙はデッキをしまうが、向き合う男を威圧するオーラは収めることなく数歩下がって紫の傍らに控えるように立つ。
生身の人間であるはずの男にとってこれほどの妖怪を二人、それも仮面ライダーとしての力をも加えた相手に。──橙こそは未熟かもしれないが。
本来ならばその底知れぬ圧力に身を竦ませてもおかしくないだろうに、男に恐怖の表情はない。それどころか彼は二体の式神を品定めするかのように一瞥すると、すぐ紫に視線を戻す。
「そう睨まないでくださるかしら。言ったでしょう? 私には秘策がありまして」
「博麗の巫女……か」
ゆっくりと振り返りつつ静かに語る紫の言葉には強い自信が感じられた。虚ろで曖昧な雲の中、ただ彼女の話をしているときだけは、その紫色の雲間に光が差す。
男もその口調には揺るぎなきものを感じたのだろうか。未だに不信感は拭えていないようだが、先ほどまでの研ぎ澄まされた猜疑心を収め、彼女が語る計画の危うさを憂う素振りを見せる。
「……決して忘れるな。ディケイドは世界を滅ぼす。すべての仮面ライダーを。そして、やがては八雲紫をも、博麗の巫女でさえも滅ぼすのだ」
男は伏せた視線を今一度、紫へ戻し。強い口調で警告すると、吹きゆく風にベージュ色のチューリップハットを押さえ、背後に灰色のオーロラを出現させては後退していく。
ゆっくりとそのオーロラに溶け消えていく男の姿は見えなくなる。ディケイドライバーを回収しようとしていたのは紫への不信感の現れでしかない。その気になればオーロラを駆使してスキマに干渉できたが、そうはしなかった。
もしも紫がディケイドの力を制御し切れず破壊の影響を受けるのであれば、もはや協力関係など必要ない。そう判断して今は紫のもとに預けておこうと判断したらしい。
灰色のオーロラが少しずつ消えていくにつれ、藍と橙は張り詰めていた妖力の緊張を解く。
「紫様、十番目のあの男も、楔? として招き入れるんですか?」
「ちょっと違うわ。彼にはもっと大切な役割があるの」
先ほどまでこの場にいたベージュのコートを着た中年の男と同様に十番目の世界の法則を宿した男について、橙は紫に問うた。
厳密に言えば、どちらも十番目の世界の住人というわけではない。どちらも世界を超える旅人、世界間旅行者の性質を持った特殊な存在であり、特定の世界を拠り所としない。それでも必ず己の生まれ故郷と呼べる世界があるはずだが。
一人は自分の世界を『ディケイドの世界』と定義され、居場所を失った。されど旅人たる自身の意思で、どの世界も自分の世界でないのならどの世界も自分の世界であるのだと。自らの居場所をすべての世界に見出し、あらゆる世界を旅する存在としての自分を受け入れた。
一人は自らの存在さえも曖昧にして、すべてを破壊するディケイドの存在を憎みあらゆる世界を旅してその災禍を伝えて回った。なぜ自身がディケイドを憎悪するのか、その理由さえ虚ろな帳に覆い隠して。
十番目の男の名は、門矢士。そしてそれを追い続けるは先ほどまで紫と対話していた男、ディケイドの力を憎み糾弾し続ける謎の存在──
紫の計画でクウガからキバまでの世界を繋ぐ楔、九人の仮面ライダーは幻想郷に呼び込めている。そして十番目となるディケイド、門矢士は今なおスキマの中。万物の境界たるそこは幻想郷と外の世界の狭間であり、その法則は未だ幻想郷の結界の中に接続されてはいない。
もっとも、ディケイドの法則など存在しないに等しい。仮面ライダーディケイドが宿す十番目の法則とはすなわち破壊の法則。とある男が語った通り、すべての世界において創造は破壊からしか生まれない。そのための破壊を代行するのが、ディケイドという存在である。
九人の戦士たちが結んだ九つの物語、それらの法則や因果さえ悉く破壊してしまう恐るべき力。だが、その力は──上手く扱えば『真なる十番目』に対抗する唯一の手段となり得るだろう。
「
紫の言葉に首を傾げる橙の不理解とは裏腹に、拱手の姿勢を崩さず口を開いた藍は元より備えた九尾の狐としての遥かな知性により紫の言いたいことを瞬時に理解する。だが、橙も口にしたその言葉、ただ『楔』という表現には微かな違和感が残っていた。
彼女らに与えられるのは行動指針と妖力の供給のみ。あくまで命令だけが資本であり、主が何を考えているのかまでは知らされない。だからこそ、藍や橙は自らの思考によって主の求めるものを正確に把握しようと試みるのだ。
日本語としての楔とは『楔を打ち込む』という形で用いた場合、物と物を割り砕いて分離させる意味を持ち、転じて誰かと誰かの仲を引き裂いたりするときにも使う言葉だ。
藍の疑問もまた、紫にとっては想定内のこと。正しく言葉を認識しているがゆえに、自身の得意分野である計算以外の分野においても正しい疑問を持つことができる。
小さく微笑みを浮かべた紫は自身に絶対の信頼を置いてくれる藍を見つめ返した。彼女に命じた通り、八雲紫という個人を妄信するのではなく、自身が本当に認めた者の実力と行動だけを信用に足るか否か判断しようとしているのだろう。
その問いに答えるために紫は静かに口を開いた。現代日本の技術によって栄えた大都市の一角、澄み切った幻想郷の夜空とは違い、月も星も微かに虚ろに朧に染まった冷たい空を見上げて。
「統合と分離。接続と断絶。創造と破壊。それはまったく逆の意味と機能を併せ持つ」
藍の言いたいことは理解できる。敵勢力の二分や、仲を邪魔する。分断の意味ばかりが目立ち、木々を圧迫して固定するという接続の意味合いはあまり強くない楔という言葉。なぜ世界を繋げる役割を与えた重要な存在に、そのような曖昧な呼び名を設けたのだろうか。
紫にとって、それは彼らが『境界』であることの保障に他ならない。幻想郷に呼び込んだ九人の仮面ライダーたち。それは幻想郷に九つの世界の法則を繋ぎ留め、幻想として宿し刻みつけておくための『創造』の楔でもあり──
やがて来たるべき時にはその繋がりを打ち砕く。さながら十番目の法則のように『破壊』の楔の役割をもその名に込めて。
紫はいつも通り深い雲のように曖昧な言葉でふんわりとその意図を伝えると、自らの胸の前にそっと差し出した掌に小さな光弾を灯しては、妖力の塊たるそれに矢尻めいた形を与える。
「それに、楔ってなんだか弾幕の形に似ていて素敵でしょう?」
あるいは鱗のようにも見える輝きは、まさしく小さく鋭い三角形を模した楔の形。多くの少女たちが交わし合ってきた、幻想郷流の美しき対話。弾幕を構成する光弾の中でも特に普遍的な種類のそれは、藍もよく使う形状である。
たとえ交わらざるべき仮面ライダーたちの世界と向き合おうとも、幻想郷は幻想郷の在り方で。創造と破壊の境界。そして弾幕に似た形を持つ呼び名。
紫が九人の戦士たちに、そして
幻想郷の境界。それは幻想郷でもあり外の世界でもあるが、結界の中という意味においてどちらにも属さないと言える場所。広義で言えば八雲紫のスキマ空間もそう呼べる。しかし、この場所はスキマ空間のような不気味でおぞましい闇に包まれてはいなかった。
方角で言えば幻想郷の
──八雲邸。便宜上そう呼ぶべきこの屋敷は、物理的に存在しているかさえ定かではない。
「……う……ぐっ……」
赤いセーターの上から黒いコートを纏った青年は屋敷の居間にてその身を起こす。現実と幻想の境界。世界と世界の狭間。続く旅の最中に様々な戦いを経験してきたが、青年にとってあの一瞬は思考すら許されぬ混沌であった。
短く切り整えられた茶髪越しに頭を押さえ、清潔な布団の上から起き上がり、瞳を開けて周りの景色を確かめる。されど、彼──門矢士はその光景に心当たりがない。
古めかしい和風建築の家。豊かな自然に彩られた庭。加えて、現実味のない空の
「……ここは……どこなんだ……?」
コートを着たまま布団に寝かされていたというのも気が利かないもんだと眉をひそめながらも、首から提げていたマゼンタ色のトイカメラまでもがそのままという点には少しだけ安心感を覚えつつ。士は縁側に丁寧に置いてあった自前の革靴を履き、八雲邸の小さな庭へと出る。
頭痛がひどい。自分がなぜここにいるのか思い出そうとすると、脳裏に鋭い閃光が走るような痛みを覚える。まるで自分があの日の旅路、最初の一歩を踏み出す前のことのよう。すべてを失い、記憶や役割さえも失くしていたあの頃のように。
幸い、あのときと違って自身の過去に関するすべての記憶を失っているわけではない。しっかりと思い出せるのだ。長い旅路。友と、仲間と。世界の崩壊を止めるべく始まった、あの旅を。
「…………」
門矢士はとある世界に生きた普通の人間であった。ただ一つ、常人にはない力。さながら八雲紫の能力の一部にも似た、世界と世界の境界を超える力──『世界を旅する力』とでも呼び得る力を持っていたという点を除いて。
最初は並行世界を観測できるようになった妹の見た景色に触れたことから始まった。だが、妹は士とは違い、両親を失った恐怖から境界を超えることはできなかった。
やがて士は別の世界を旅することを楽しみ始めた。裕福な家庭に生まれつつも家族の愛を受けられず、どこまでも孤独を感じていても。異なる世界への好奇心がその寂しさを忘れさせた。小さな箱庭を飛び出して、大鷲が如き翼で旅立てた。
妹を自らの世界に置き去りにして、さらなる寂しさを与えていたことに気づかずに。
士はその能力を見出され、世界の融合を引き起こしすべての世界を滅ぼすという『仮面ライダー』を、彼らの生きる世界を破壊するための『世界の破壊者』として召し上げられた。そうして破壊を遂行し、新たなる創造をもって秩序を維持するために。
元より士が有していた『世界を旅する力』を利用し、融合の基準点となっていた九つの世界から九人の仮面ライダーの力を再現、ある組織は士の能力を昇華した『ディケイド』を造った。
ディケイドとなった士はその圧倒的な力で様々な世界を破壊してきた。世界は無数に存在する。僅かな世界を犠牲とするだけですべての世界を守れるなら、それは破壊者として成すべきことなのだと自らを戒めて。
だが、それは間違いだった。自分は利用されていたのだ。世界を掌握したいと願うあの組織によって傀儡の『大首領』として祀り上げられ、邪魔な仮面ライダーを殲滅する舞台装置を演じさせられていただけだった。士はその戦いの中でディケイドの力と、記憶をも失ってしまい──
気づけばいたのは名もなき世界。仮面ライダーのいない平和な世界。そこで出会った少女の家に住まわせてもらい、歪んだ写真を撮り続けるだけの日々。
そして、その日は訪れた。柱となるべき仮面ライダーのいない世界は他なる世界の存在の余波に耐え切れずに崩壊を遂げていく。士が仮初めの居場所としていた少女の世界──『
こんなものなのか。記憶も力もない己には、世界の終わりを止める術はない。そう嘆く士が目にしたのは、少女が持っていた何か。
崩壊の中で出会った謎の青年が言っていた言葉を思い出す。九つの世界を旅して世界を救えと。バックルとカード。それらが何を意味するのか分からなかったが──それを手にした瞬間。
士の中に歴史が芽生えた。そこから先は長い旅。ただ身体が覚えている、その力の使い方だけで戦い続け。多くの世界を旅して、仲間を作り、やがては自身を鍛えた組織とも相対し。
世界を失っても。存在さえ失っても。自分の旅は無駄ではない。ディケイドに、門矢士に物語が存在しないというなら。すべての世界を旅する歴史。その旅路こそが、門矢士の物語なのだと。
──これからも世界を繋ぎ、物語を繋ぐ。その答えを見つけた今の士に、迷いなどはない。
「気持ち悪い空だな……それになんだか変な風も吹く……」
見上げる虹霓に眉をひそめる士。様相は違うが、その奇妙な光景は自身がかつて存在した夏海の世界、無慈悲な滅びの現象を思い出させた。灰色の極光と七色の虹霓。大きく異なる光であれど、意味する境界は等しい。
首から提げた愛用のトイカメラに視線を落としてはそのファインダーを覗き込む。背面からではなく上部から覗き込む形状のそれは、レンズ越しに写す光の中、不気味な裂け目を見せた。
「うおっ!?」
空間を裂くような闇の中にひしめくは無数の目玉。士が驚いたのはそれだけではない。裂け目の中から上半身をもたげるようにして顔を出す女性の姿を見たがためである。
白いドレスに白い帽子。美しい金髪に紫色とも金色ともつかぬ瞳を有する女性の姿に驚き、士は思わずファインダーから目を逸らした。──が、肉眼で見ようと顔を上げても、その姿はどこにもない。
幻だったのだろうか。そう思考する一瞬の隙間もなく、士は先ほど感じた風が全身に纏わりつく感覚を覚えた。次の瞬間にはファインダー越しに見た女性が幻想の彼方より現れる。
あたかも自身を世界の敵と憎むあの男がそうであったのと同じように。灰色のオーロラを超えてくるかのように。その女性は何もないところから滲み現れるように、ゆっくりと歩んできた。
「そこの通りすがりの旅人さん。ちょいとお時間いいかしら?」
現実味のない幻想的な立ち居振る舞い。人間のようにも見えるし、そうでないようにも見える。あるいは年若い少女にも、あるいは妙齢の女性にも。すぐ目の前に立っているのに、どこか遠くに立っているような気さえ感じさせる不思議な存在。
八雲紫は門矢士に対し、初めて自ら正面立って接触した。敵意はないと示す柔和な笑顔も、深く連なる雲間の如く。士にとっても、誰にとっても、信用しがたい胡乱な在り方にしかならない。
「……お前、いったい何者だ? っていうか、通りすがってるのはあんただろ」
「あら、そこを突っ込んだのは貴方で二人目ですわ。やっぱり、相性はぴったりみたいね」
士は紫から数歩後退り、自分を見定めるような不躾な視線を向けてくる不快感を隠す素振りもなく眉をひそめた。無意識のうちに再びトイカメラに手を添えると、ダイヤルをつまむ。
「不気味な奴だな……それより俺はどうしてこんなとこ……ろ……に……」
説明のつかない不快な視線と風の中、意趣返しのつもりか女性の姿を勝手にフィルムに収めてやろうとファインダーを覗き込み、シャッターを切った瞬間。
士の脳裏に吹き込む紫色。それは失われていた記憶というよりも、己が身にかかる負荷から深く押し込んでいたもの。長い旅路の果てに辿り着いた答え。その後に起きた二人で一人の探偵と肩を並べて戦ったあの日のあとに、次なる道を選び──
光写真館の背景ロールに映し出された絵は忘れようもなかった。まさに先ほどファインダー越しに目にした深淵の境界。無数の目玉がひしめくスキマの闇。士はそこから伸びる白い手に誘われ、境界を超えた。
その瞬間まで写真館であったはずの神社を一歩出て、静寂に満ちる森の中。聞いた声は目の前に相対するこの女のものであったことは間違いない。
そこから再び闇に囚われていたのだ。長き旅において戦力としてきた、ディケイドとしての士の持ち物、ライダーカードを収納したライドブッカーとディケイドライバーそのものを奪われて。
「……っ! お前……! 俺のバックルとカードをどこにやった!?」
「クレジットカードは作らない主義とお聞きしましたけど?」
「とぼけるな! お前が俺のディケイドライバーを奪ったんだろ? さっさと返せ!!」
奪われたものを取り戻すべく、士は不気味なドレスの女を睨みつける。フリルだらけの衣装の上からではスタイルのほどは伺い知れないが、女性にしてはそれなりの長身にしろ相手はまだ年若い少女と見て取った。その細い手首を掴み上げてやろうとしたところ──
確かにその手に掴み取ったはずの腕は煙のように消え失せる。何の手応えもなく、まさしく雲を掴んだかのよう。一瞬だけ狼狽えたが、士はすぐに背後に感じた不気味な気配に振り返った。
「……お前……人間じゃないのか」
八雲紫は士に見下ろされる形で縁側に座っている。優雅な左扇で唇を隠し、光とも闇ともつかぬ独特の色合いの瞳に柔らかい微笑を湛えては、その問いをただ沈黙でもって肯定する。
彼はすでに理解していた。光写真館の背景ロールの導きによって。世界線が切り替わる基準点の誘いによって。
士は世界を超える度にその法則を理解するのだ。ある世界では未知の言語を母語と同様に操り、ある世界では触れたこともないバイオリンを自在に演奏し。その世界に一歩を踏み入れた瞬間から門矢士にはその世界で起きていることの基本的な情報が『役割』と共に刻まれる。
本来なら、その知識は士がかつて大いなる破壊者としてすべてを知っていたがゆえの技能であった。記憶を失っていても、役割と能力は無意識に発揮されていた。
しかし、幻想郷に関しては違う。士は仮面ライダーとの繋がりのなかったこの世界、この楽園を訪れたことはないはずだ。それなのに、その思考には在る。幻想郷という場所が結界で隔離された秘境であると。人間や妖怪たちが共に生き、弾幕という火花を散らし合っているということを。
「名もなき世界……」
根幹となる仮面ライダーを持たないこの世界に名前はない。ただその世界の中に一部としてある結界に閉ざされた領域、幻想郷という楽園から見れば、その世界は『外の世界』と呼ばれる。あくまで幻想郷の内側からの呼称に過ぎず、世界そのものを定義する名ではない。
その情報と常識を得た士はやはり自身の姿を訝った。世界を訪れれば知識と能力が己が身に宿るのは分かっている。だがその場合は、士自身の衣装もそれに合わせたものに変わっているはずなのだが、相変わらず自前のコート姿はそのままだ。
ならば能力はと試してみる。知識の中にあった少女たちのように、その手に弾幕の光を灯してみようと試みた。──どうやらそれはできない。今あるのは幻想郷に関する知識だけのようだ。
「門矢士。貴方の旅は世界を繋ぎ、九つの物語を『永遠の歴史』として定義した」
縁側に座ったままの紫が不意に言葉を紡ぐ。不敵な微笑はすでに消え失せ、神妙な面持ちで語る紫の口調には、先ほどまでの曖昧な在り方はなく、ただ力強く誠実に。
ディケイドの法則を見た紫はすでに知っているのだ。門矢士の旅、その戦いの在り様を。
「何……?」
「本来は幻想として忘れ去られ、消滅するはずだった仮初めの物語たち。その在り方は歪められ、正しき物語たちは別の因果に引き寄せられてしまった……」
士が巡った世界はある男によって道筋を立てられた九つの世界。クウガからキバまでのそれらを超えてなお。その旅はさらなる別の世界にも赴き、様々な世界で人々を繋ぎ、物語を繋ぎ、やがて世界を繋いで歴史の一部と織り成してきた。
本来想定された破壊とは異なる旅。士も一度言われたことがある。貴方は九人の仮面ライダーを破壊しなくてはならなかった。だが仲間にしてしまった。それは大きな過ちだったと。
「……どういうことだ。俺たちの旅が間違いだったとでも言いたいのか?」
自らの旅を否定されるのは初めてではない。士自身でさえも『破壊』という言葉の意味が上手く掴み取れず、ただ光写真館に導かれるまま旅してきた世界で。仮面ライダーの名を持つ戦士たちと肩を並べて戦い、手を取り合い、彼らの笑顔や音楽を取り戻してきただけのこと。
破壊とは単純に考えるならば仮面ライダーの力を失わせることか。あるいは変身者を殺害しろということか。どちらも士にとってはできないことだった。
戦う理由を知っている者たち。自分にはない信念を掲げて仮面を纏う英雄たち。士はその仮面を借りて十の姿に至る。彼らの抱いた誇りを否定することはできない。
記憶なき破壊者である己の贖罪なのか。士は無意識のうちにディケイドの力による物語の破壊を拒んでいた。たとえ創造のためでも、記憶を失う以前とは異なり、その犠牲を許せなかった。
「いいえ。結果的にはそれでよかったはずだったわ。貴方の旅はこれからも世界を繋ぐ。その度に新たな物語が刻まれ、仮面ライダーの物語は永遠に色褪せない輝きを放ち続ける」
それはある男の思惑通り。ディケイドに破壊された世界は記憶に残り、忘れ去られるはずだった物語たちは新たなる創造をもって最果ての因果に繋ぎ留められた。ディケイドを生み出した組織の目論見、破壊者の力による全並行世界の掌握さえ、あの男は利用した。
一度は九人の仮面ライダーたちと手を結んでしまったのはあの男にとっても誤算であったようだが、本来の役割を見出し、宿命を受け入れ、自ら迸る『激情』に身をやつしてすべての仮面ライダーを破壊し、物言わぬカードたちを墓標として。
そうして破壊を続けた先ですべての世界は永遠の歴史として刻まれた。その代償として、数多の世界を犠牲にした破壊者は、その身さえも破壊されることを望み、幕を下ろした。
その願いは、仲間たちの願いではなかった。士が築き上げてきたものは揺るぎなく、彼を覚えている仲間たちによって、ディケイドは──門矢士は蘇った。
それがディケイドの物語。ありえざる十番目の物語。そしてその旅は、未だ終わりを迎えず。
「でも、それは独立した別々の物語。九つの物語は交わらず、それぞれの世界を成すもの」
「…………」
紫が語るのは歴史の矛盾だ。確かにディケイドによって世界を繋がれた物語は破壊されて永遠の歴史となった。そしてディケイドの存在を否定することで、世界は破壊による創造を迎え新たなる物語を刻み始めた。そして、ディケイドは自らの仲間たちに肯定されて復活した。
結びつくはずのなかった世界が結びつき、破壊された世界が永遠に残る。ディケイドの介入がなくては世界は忘れ去られるはずであったのに、ディケイドの行いによって世界は存続し、破壊という手段をもって維持される──矛盾。
本来それらの世界たちは繋がるべきものではなかった。だが、ディケイドの誕生によって世界に引き寄せる力が発生し、多くの世界は融合による対消滅を始めてしまった。
すべての世界を征服したいと望む大いなる組織と、すべての仮面ライダーを忘れさせたくないと願う意思の板挟みとなったディケイドの宿命。
あえて一度物語を破壊することで『
英雄たちの記憶。遠い未来でそう定義づけられた法則。本来ならばその中には存在しないはずだった、ただの破壊者、システムの一部でしかなかったディケイドさえも。仲間と、旅と、終わりなき物語に導かれ、紛れもない英雄の一人となり。刻まれたのだ。
クウガからキバまでの九人の仮面ライダー。それ以前に存在した者たちも、その後に生まれゆく者たちも。絶えず最果ての因果、英雄たちの記憶に刻まれ続ける。その輪廻こそ破壊から生まれた創造に他ならない。
だが紫には小さな懸念点があった。ディケイドが破壊した九つの物語は『二種類』ある。一つは正しき歴史の中で生まれ最初に紡がれてきた、言わば『原典』と呼ばれる世界。もう一つは記憶を失った士が旅路と巡り、多くの仲間を作ってきた『再編』と呼ばれる世界。
後者は前者が希薄化する中で己が存在証明のために消滅を拒む世界自身が原典の世界を模倣して生み出した世界。九つの物語はその想いを
それはある者たちに『リ・イマジネーション』と呼ばれる。欠けた隙間を埋めるため、仮初めの物語として形作られたもう一つの歴史。原典世界を踏襲して再編された、九人の戦士たちだ。
「貴方、仮面ライダークウガ、五代雄介の名に心当たりはあって?」
「五代……? クウガなら知ってる。……小野寺ユウスケ。俺の旅の仲間だ」
紫の問いに自信を持って答える士の思考にはある青年の姿があった。九つの世界を繋ぐ遥かなる旅路、その最初に立ち入った第一の世界。それがクウガの世界。士にとっては自分に仮初めの居場所を与えてくれた少女とその祖父に続き仲間となった彼は、その世界の住人だった。
小野寺ユウスケは最初に存在した原典のクウガの世界から生じた『再編されたクウガの世界』の存在なのだが、その歴史は正しき因果に刻まれた。
ディケイドの存在が生み出した仮初めにして真実の理。士が果たすべき使命は仮面ライダーの歴史を繋ぎ留めることであり、それは『クウガ』でさえあればよい。原典だろうが再編だろうが関係なく、クウガの存在を破壊すればクウガの歴史は永遠に刻まれる物語となる。
だが、正しく歴史を証明するにはただ破壊するだけでは足りない。仮面ライダーの力を否定するだけの力をもって物語そのものを破壊する。そうしてライダーカードという『写真』を記憶として最果ての因果に深く繋ぎ留める。それが世界を救いつつ仮面ライダーの歴史を救う方法だ。
「……やっぱり。私が言ってるのは『ユウスケ』じゃなくて『雄介』よ」
小さく溜息を零した紫は、扇を畳んでスキマへ消し去る。門矢士の旅は無意味ではない。それは紫も正しく認めている。
世界の征服を企む巨大組織の狙いは、計画を邪魔する仮面ライダーたちをディケイドに倒させることだった。仮面ライダーの歴史が消え去るのを止めたい男の狙いは、ディケイドを代行者として破壊と創造を繰り返し、最果ての因果に記憶させることだった。
どちらも破壊ではある。ただしその破壊は創造を前提とした可逆的なもの。世界や歴史はたとえ破壊されれど、繋ぎ留める者の想いによって復活する。実際にディケイドが破壊した全ての世界はその戦いの記憶から新たな物語を紡がれ蘇った。
少女の覚悟によって自らをも破壊したディケイドが彼女らの願いから復活したように。破壊から生まれる創造は、世界や人々の意思により破壊されたものと同じ世界を再構築する。
再編された世界もある意味ではディケイドに破壊された。自らの力で物語を進めるべきであった再編世界の仮面ライダーたちは、門矢士と接触したことで物語の道筋を変えた。本来ならそのまま倒され、破壊されてカードとなり永遠の記憶に至るはずだった。
士は彼らに仮面ライダーの誇りを見たのだ。原典も再編も関係なく、仮面ライダーの名前と力を継承したのであれば、それは紛れもなく英雄の証である。
記憶を失っている士に自覚はなかったが、それはディケイドによる破壊の否定だ。破壊を拒み、ただ九つの世界の仮面ライダーを仲間とした士は、男の意思に反して世界を繋げてしまった。
「同じだろ」
繋がった世界は融合による対消滅という運命を決定的なものにした。それは元よりディケイドの存在が招いた現象だが、曖昧な記憶から創造された仮初めの因果たちを破壊することなく肯定し、九つの道を数珠繋ぎに最果てへと導いてしまった。
並行世界は無数に存在する。だが再編された歴史を正史だと認めたらどうなるのか。それは本来あった歴史の否定に他ならないのだ。
十番目の法則に否定された原典世界は消滅を始めた。人々の記憶に残ったのはただディケイドによって行使される『力』としての仮面ライダーの法則でしかなかった。
あの男の言う通り、士は再編された歴史における九人の仮面ライダーを破壊すべきだった。それを忘れ、仲間にしたせいで、幻想となっていったのは本来の歴史。原典世界の仮面ライダーたちの戦いの歴史。再編世界が確立され、原典世界は希薄化し──やがてその影響は確立したはずの再編世界にまで及んだ。
不安定になった世界同士は引き寄せ合って互いに否定し合う。それは尺度を変えれば仮面ライダー同士の戦いでもある。とある世界ととある世界、二つの世界にそれぞれ存在した仮初めの英雄たちは、己が世界の存続のために対する別の世界の英雄たちと争い続けた。
世界の融合を加速させていた悪意の狙いもあっただろう。それでも融合の直接的な原因は紛れもなく、世界の破壊者、ディケイドが誕生したがゆえ。
そうして引き起こったのが英雄たちの大戦。原典世界が失われれば、それを基点として生まれた再編世界もまた消滅していく。士は世界を消滅から救いたいという想いで旅を続け、世界を繋ぎ、結果として自らが旅をして仲間としてきた彼らの世界までもを消し去ってしまったのだ。
「ええ、同じね。どちらもクウガであることに変わりはない」
紫は士の疑問に答える様子もなく、それでもどこか失望と諦観の色を漂わせ。白い手袋を着けたしなやかな左手を持ち上げ、そのまま器用にパチンと指を鳴らした。
不意に空間が裂ける。紫と士の間に生まれたその裂け目はやはり深淵の中に無数の目玉を設けており、両端を可憐なリボンで結んだもの。
士はそこから零れ落ちる白に思わず手を出していた。無機質なレンズと向き合う一瞬、彼はそのまま地面に落下しそうになったディケイドライバーを掴み取ると、消えゆくスキマを見届ける。
「どういうつもりだ?」
帰ってきたディケイドライバーは紛れもなく本物だ。腰に着けていないバックルだけの状態ではライドブッカーは出現していないが、手に触れる感覚でそこに力として在ることは分かる。されどなぜ、彼女が自分にこのディケイドライバーを返したのかまでは分からない。
八雲邸庭園に立ったままの士はその真意を問うべく縁側に座っているはずの紫に顔を上げて向き直る。──が、そこに彼女の姿はない。やはり背後に感じた悪寒に対し、咄嗟に振り返る。
「世界が融合を始めたのは、ディケイドが誕生したからだそうよ」
相変わらず神出鬼没な振る舞いで士の背後に、振り返った士から見るなら正面に立つ紫。小さく開いた唇から紡ぐは、門矢士の記録。
ディケイドの力とはあくまで士の存在から造られたもの。世界を繋ぎ、別世界へと渡りゆく力の根源は仮面ライダーとしての性能ではなく、門矢士という『存在そのもの』なのだ。
その役割は、あの男──士の知らぬ本来の歴史、正しき因果における原典の『キバ』を継ぐ者と同じ名と姿を持った青年、紅渡が語った通りのものである。
再編世界の仮面ライダーたちを破壊し、希釈化されて不安定になった仮面ライダーの歴史を繋ぎ留めること。ディケイドという名もすべては門矢士という存在に与えられた、必然的な理。
大いなる組織はそれを利用していただけに過ぎない。ディケイドライバーの開発を行ったのも、概念的なディケイドの力に『形』を与えただけ。
最果ての因果は求めた。それは原典たる九つの物語の総意。あるいはそれを英雄と持て
彼らは世界そのものの意思。紅渡の姿と力を持つ『キバの世界』は、受け継がれる音楽の物語を背負う代行者。人間とファンガイア、その他の魔族やすべての生命たちを背負う代弁者である。
「貴方にはやってもらいたいことがあるの。お願いできるかしら、ディケイド?」
紫の言葉に対して無言を貫く士。彼女の口調からか。その試すような胡散臭い瞳からか。やはりどこか、自分に九つの世界を巡る旅を持ちかけたあの青年、紅渡のような、全能者めいた超越的な振る舞いは居心地の悪さを覚えざるを得ない。
自分にこの力が宿ったのはなぜなのか。ただ妹と暮らすだけであった自分になぜこのような力が芽生えたのか。士は旅を経てなお、その記憶を取り戻すことはできなかった。
今ならば分かる。これは自分に与えられた最初の役割だったのだと。たとえ記憶が薄れ、想いが淡く希薄化してしまっても。レンズの中に写した箱庭が、ファインダー越しに永遠となるように。切り取った歴史の一部を大切に刻み込み、その一つ一つをアルバムに収めていけばいい。
「……ああ、だいたいわかった」
写真一つ残っていれば、その記憶は色褪せない。存在を証明するもの。それこそがディケイドの力と共に生み出されたライダーカードという欠片の役割である。
自分がすべきこと。それはこの地に誘われたときから心のどこかで気づいていた。九つの世界を旅してきた道筋の導は光写真館の背景ロールによるものではない。そこにいた己の存在そのものがもたらしていた無意識下の影響だったのだろう。
招かれた自分の服装はいつもと変わらない黒いコート姿。それは『門矢士であれ』という暗示。それを求めたのが目の前の妖怪なのか、この世界そのものなのかは分からないが──
ならば自分らしく振る舞うだけだ。いつもと変わらず、あるがままに。奇しくもそれが幻想郷を抱くこの世界、仮面ライダーの存在しない名もなき世界の要、博麗霊夢と同じ在り方なのだとは、門矢士が知る由もなかった。
──博麗の巫女も、世界の破壊者も。どちらも動けば世界が自ずと動き始める。あらゆる法則が通用せず、すべてを等しく見通すは観測者なきレンズの如く万有を見る眼。
彼の在り方は境界を司る色。可視光の外側、赤と紫の果て。霊夢を表す赤色と
あけましておめでとうございます(激遅)
2024年は仮面ライダーディケイドが15周年です。おめでとうございます!
門矢士の妹は門矢小夜さんといいます。そういえば、霊夢の元ネタは奇々怪界の……
世界ってなんだろう。わからなくなってきた。だいたいでいいんです。だいたいわかれば。
宇宙に星々があるみたいに、世界もきっと可能性の中に星々みたいに散らばってるんでしょう。