東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第66話 箱庭

 人間の里に、もはや人の姿はない。境界を司る妖怪の干渉によって時空は停止し、風の吹かない領域と化したこの場所はその恩恵により物理的な破壊を免れるだろう。

 それは怪物の攻撃から里を守るためなのか。あるいは、ディケイドという破壊の象徴が存在することによる世界そのもの──結界によって守られた里そのものの崩壊を恐れたためなのか。

 

「…………」

 

 空っぽの時代(ほし)と化した小さな里で、博麗霊夢が見上げる歴史(ほし)。ズ・ジャモル・レの腕輪(グゼパ)から放たれた光弾の爆風で倒れ伏していた彼女が見たのは、夢の中で見た悪魔の特徴と同じもの。黒と白を帯びたスーツに、マゼンタ色に輝きし破壊者の在り方は──

 この幻想郷さえも破壊してしまいかねないほどの、圧倒的な存在感。正面立って向き合っているわけではないにも関わらず、その迫力はまるで全身を震わせるかのようであった。

 

 すぐ傍で霊夢と同じように倒れている五代も、それを感じているらしい。先ほどまで対峙していたグロンギの悪意など比較にならぬほどの激しい気迫に、戦慄にも似た感覚を覚える。そのマゼンタ色の意思を纏う男の在り方は落ち着いているのに。戦士の鎧からは破壊の衝動が感じられた。

 

 リントでは ない グロンギでも ない お前は いったい 何者だ?

「ゼパバギ リント ゼロバギ グロンギ ゴラゲパ ギダダギ バビ ロボザ?」

 

「……さっき言っただろ。それとも、お前たちの言葉じゃないと伝わらなかったか?」

 

 その気迫はグロンギにも感じられるのだろう。戦慄した様子で問いかけるズ・ジャモル・レは、自身が生きたクウガの世界においては在り得ざる存在を訝る。バーコードじみたライドプレートを装う仮面、マゼンタ色の相貌に設けられた碧緑色の複眼(ディメンションヴィジョン)を相手に向けて、ディケイド──門矢士は溜息を零しながら仮面の下で口を開いた。

 その言葉さえ、日本語であるためにグロンギには伝わらない。一部の個体は日本語を学び操ることができていたはずなのだが、一度は五代雄介──現代のクウガに倒され、如何なる理由か復活を遂げた今の状態では、かつて得たはずのその知識の一部を喪失してしまっているようだった。

 

 通りすがりの仮面ライダーだ 少しはリントの言葉を覚えておけ

「ドゴシグ ガシザン カメンライダー グボギパ ゴドゲデ ゴベゾ ボドダン リント」

 

 門矢士は再び学んだ覚えのないグロンギ語で告げる。思考にその法則を思い立てるまでもなく、生まれ育った世界の言葉と同様に異種族の言語を操ってみせる。

 その法則を理解して喋っているのではない。ただ身体が知っているのだ。世界の破壊者で在れと願われたそのとき、大いなる座に召し上げられたときから。その役割は刻み込まれている。

 

「カメン……ライダ……?」

 

 グロンギ語の語彙にはないその単語にズ・ネズマ・ダは首を傾げる。リントが生み出したクウガという戦士と同様に、それはリントの文明にしか存在せぬ固有名詞なのだと理解した。

 

 クウガ ですらない これが バルバの言っていた 『ディケイド』か

「ゼグサ バギ クウガ ボセグ ギデ デギダン バ バルバ──『ディケイド』」

 

 ズ・ジャモル・レはグロンギの巫女たる存在から聞き及んだその名を想起した。思考に思い出される薔薇の香りと共に、目の前の存在に聞いたそれとの特徴を見定める。

 ──世界の破壊者。それはすべての仮面ライダーを破壊する者。そして同時にすべての怪人をも破壊する者。仮面ライダーと怪人。これまで正しく秩序を維持してきた、始まりと終わりの円環。その結びつきを、その因果を。その世界を。次なる創造のための破壊をもって無に帰すもの。

 

「……っ! ディケイド……って……!」

 

「やっぱり……あいつが……」

 

 すでに立ち上がっていた五代はズ・ジャモル・レのグロンギ語、聞き取ることができた最後の語彙にのみ意味を見出すことができた。さながら自身が変身するクウガの名を、かつて未確認生命体第3号と燃え盛る教会で対峙した際に聞き取ったのと同様に。

 ディケイド。その名は霊夢も知っている。彼女にとっては夢の中で見た存在。なぜか呟いていた知るはずのない名前。五代にとっては博麗神社に現れた謎の男が警告していた名前として。

 

 お前を 殺せば 俺は すぐにでも 『メ』 になれる!

「ゴラゲ ゾ ボソゲダ ゴセパ ググ ビゼロ バセスビ メ!」

 

 その圧倒的な威圧感に動きかねていたズ・ジャモル・レを差し置いて駆け出すズ・ネズマ・ダ。ディケイドの存在自体はグロンギ全体に共有された情報であったのだろう。だが、その恐ろしさを実感することができた個体は限られていた。

 兄なのか弟なのか。はたまた真に血縁であるのかさえ定かではない。もう一体のネズミ種怪人、ズ・ネズモ・ダも同じく士に向かって鋭い爪を振りかざし迫る。

 

 それらを写し出すは門矢士の心。まるでファインダーを覗くかのように不用意に動かず。それら二体を視界に収め、獲物を狩る哺乳類動物特有の俊敏性で襲いかかってきた二体のネズミに対して左腰のライドブッカーを鋭く引き抜き、それをソードモードとして横一文字に一閃した。

 

「はぁっ!」

 

「ギィ……ギ……グ……ッ!」

 

 迸るは赤い鮮血。止まった里の大地を濡らす太古の血。右手に持ったライドブッカー ソードモードの刃を左手で撫で上げると、立ち上がってきたズ・ネズマ・ダを再び一閃。

 ズ・ジャモル・レはその無慈悲な剣閃に悪魔の如き意思を見た。戦うことや暴力を厭いながらも覚悟を抱いてがむしゃらに戦っていた西暦2000年のクウガ、五代雄介とは違う在り方。戦うこと自体を知らぬながら、民を守るために己が命の全てを懸けてグロンギの封印に身を捧げた誇り高き戦士、遥か紀元前の英雄──最初のクウガとも違う在り方。

 

 その在り方はどこか、グロンギたちが最も恐れる最高位の王。リントもグロンギも、ありとあらゆるものをただ殺すための獲物としか認識していないような暴虐の極致──

 最強のグロンギの名を欲しいままに無辜の殺戮を繰り返したン・ダグバ・ゼバを想起させる。

 

「ふぅんッ!!」

 

 振り上げた右脚は、鉄槌となりて。飛び迫るズ・ネズモ・ダを叩き伏せた。その一撃には破壊の意思が込められている。触れるものすべてを破壊し尽くすディケイドの力。されどそこに無差別な暴虐性はない。あるのはただ、守りたいものを守るための士の意思。

 霊夢と五代はその在り方に小さな光を見た。ある者は人間の自由のために。ある者は誰かの笑顔のために。己が傷ついても戦う意思。それこそが──『仮面ライダー』の在り方なのだろう。

 

「……五代さん!」

 

 三体のグロンギに向き合うは世界の破壊者。それを見て、霊夢は傍らに立つ五代に声を上げる。小さく頷いた彼はディケイドが敵の相手をしている隙に自らの腰を丸く手で覆った。

 鋭く伸ばす右手でもって空を裂く。笑顔の物語を背負う者──その意思を言葉に込めて。

 

「変身っ!」

 

 赤く滾るは炎の如く邪悪を打ち倒す戦士。マイティフォームの鎧は陽光を返し、力強く晴れ渡る五代の闘志を示している。迷いがないわけではない。その痛みさえも炎の如く燃やし散らす覚悟を灯すのだ。迷い曇った灰色の空のままでは──誰の笑顔も守れないのだと。

 心清く身体健やかなる者はアークルと共に在りて。クウガとなった五代雄介はその健脚をもって駆け出し、光り輝くグゼパを掲げたズ・ジャモル・レを殴りつけてはネズミたちへと向き直る。

 背中越しに仮面を向けては右手の親指を立てる五代の顔は、届かぬながら笑顔として。

 

「クウガ……だと……?」

 

 士は目の前で拳を振るう戦士の姿に驚いた。その名も姿も知っている。かつて自身が旅した九つの世界の一つ、最初に踏み入ったクウガの世界で出会った戦士。それは彼にとって始まりの一歩と成り得た青空の如き笑顔の象徴。旅の最初の仲間であった男のものだ。

 遥かな旅はまだ続いている。その旅の途中──幻想郷と呼ばれる秘境へ招かれる直前、士は士の知るクウガたる青年と引き離されてしまっている。世界を超える基点となっていた写真館で別れて以降、彼がどうしているかは分からない。

 

 ──八雲紫は言っていた。ディケイドの法則が記録した仮面ライダーの歴史は、本来ならば士が出会い仲間としてきた者たちとは別の存在を基準にしているのだと。

 古代リント文明の戦士──クウガ。その世界においては仮面ライダーの名は存在しない。されど永久に限りなく続いていく英雄たちの系譜の中、とある一つの境界と成り得た座標は、紛れもなく最果ての因果に刻まれし仮面ライダーとして定義された。

 士はそれを見て確信した。戦いに精通しているわけではないようだが、直向(ひたむ)きにがむしゃらに、自分にできる限りの全力を尽くしている様。士の知っているあのクウガのようにのんきで楽観的な明るさを湛えつつも、決してそれを闇に貶めまいと戦う姿は、揺るぎなき空の如く。

 

 誰とも知れぬみんなの笑顔を守るために戦っている。あの青年こそが、最果ての因果が定義した最初の歴史──『原典』のクウガなのだろう。

 それでも士はあえてそれを『本物』と形容することはしなかった。たとえ原典から生まれ本来の物語から乖離してしまった別の理の物語だとしても。共に旅をして掴んだ絆。青空の如く晴れ渡る心で、とある女性の笑顔のために戦う覚悟を決めたあの青年も。

 紛れもなく()()()()()()()()だった。決して偽物であったなどとは思わない。誰かの笑顔を守り抜くために自らを闇に貶めてでも戦おうとした彼の覚悟を否定する意思は、士にはなかった。

 

「……あんた、名前は?」

 

「えっ? あっ! 俺、五代雄介って言います! 冒険家、いや、クウガやってます!」

 

 不意に投げかけられた質問に思わず振り向き隙を晒してしまう五代。目の前に迫ったズ・ネズマ・ダの爪を咄嗟に受け止め、名乗りと共に拳を返せたのは、一年間もの過酷な戦いを経て少しは戦闘技能が向上していたおかげだろうか。

 如何に異形の怪物を相手にしているとはいえ肉を殴り骨を軋ませ血が滲む。そんな暴力と暴力の応酬にだけは、どれだけそれを繰り返しても永遠に馴染むことはない。

 慣れてはいけないのだ。五代雄介は、その感触に慣れてしまうことだけは決して受け入れない。正義のためであれば暴力を振るっていい──などと、そう簡単には認めてしまわぬように。

 

「そうか。だいたいわかった」

 

 士は仮面の下で呟く言葉をもって戦士クウガに返す。振り下ろされたズ・ネズモ・ダの爪を身を退いて回避する傍ら、振り向きざまにライドブッカー ソードモードを振り抜いてその爪に弾き当て、研ぎ澄まされたディヴァインオレの刀身でもってそれを砕く。

 目の前にいるのは戦士クウガに他ならない。遍く無数に存在する可能性の枝葉。その根幹となる原初の『クウガの世界』の存在。本来あるべきオリジナルの存在であろう。

 

 物語の再編(リ・イマジネーション)が果たされた世界の住人ではない。最果ての因果が記録した第一の歴史。五代雄介と名乗った男の振る舞いを見て、士は自身の知るクウガ──あの青年と同一の力の根源を有しながらその決定的な在り方の違いに原典と再編の差異を垣間見た。

 雄介であって、()()()()ではない。馴染み知ったクウガの法則を持ちつつも、それは友と呼べるあの男とは別人なのだ。士はその違和感を飲み込み、無数に存在する世界(クウガ)(いしずえ)に肩を並べる。

 

「門矢士だ。そっちの巫女が博麗霊夢だな」

 

 背中越しに仮面を向けて、複眼の端にちらりと見やるは紅白。あの八雲紫という不気味な妖怪が語った通りならば、幻想郷の結界を司る博麗の巫女。当代のそれは霊夢という名前であるらしい。彼女に接触することが、この世界で第一にすべきことなのだという。

 

 幻想郷を内包するこの『名もなき世界』の要であるとされる博麗霊夢が、己もよく知るクウガの世界、と言っても自身が知る世界の原典と言える別世界だが。

 そのクウガの世界の要たる当代の戦士クウガ、同じくユウスケの名を持つ男と共にいることに、士は無意識ながらどこか因果のようなものを感じつつ、確信に近い直感で霊夢の名を問うた。

 

「やっぱり私たちを知ってるのね……あんたには訊きたいことがたくさんあるわ」

 

「……今はとにかく、こいつらを片付けるのが先だ。いいな?」

 

「なんだか上から命令されてるみたいで気に入らないけど、仕方ないわね」

 

 夢の中で見た破壊者の姿に霊夢が感じたのは恐怖か敵愾心なのか。あの断崖の荒野を仮面の骸で満たした悪魔と本当に同一の存在なのか。

 問わねばならない。このマゼンタ色の威光に輝く通りすがりの来訪者。どこか既知の枠組みから逸脱した特異点の正体を。だが、やはり彼の言う通り、目の前にはグロンギも存在する。これらを無視して悠長に話し合いなどできるはずがない。霊夢は小さく頷き、お札を構えた。

 

 世界の破壊者は今、ここに。隣に立つは笑顔と青空を背負う者たち。今はディケイドの姿として存在する門矢士のそれぞれの傍らにて、晴れやかなる空色の心は意思を重ねる。

 紅白の衣を揺らして霊験(あらた)かなるお札を構えるは博麗の巫女。紅く黒く、雄大な炎の如く拳を構えるはリントの戦士。

 ライドブッカー ソードモードの研ぎ澄まされた刀身はそれぞれの覚悟を映し出す。左側の面に博麗霊夢の表情を、右側の面にはクウガの仮面に覆い隠された五代雄介の表情を。それはさながら次元を切り裂くその刃を──ディケイド自身を境界として、二つの法則(せかい)を分かつかのように。

 

「えっと、門矢さんって呼べばいいのかな?」

 

(つかさ)でいい。俺の方が年下みたいだしな。気を抜くなよ、ユウス……いや、五代雄介」

 

 突きつけた切っ先を正面に。士は右側に立つ五代の言葉にそう返した。少年のような明るさとは呼び難い、若くしてどこか達観したような雰囲気。同じクウガながら同じ人間ならず。その物語は法則こそ同一の起源を持ちつつも、自分の知るクウガとの差異に未だ慣れず。

 別の世界の同じ人物であれば顔も体格も同じものであろう。だが、原典と再編の差異はただ単純に異なる歴史を辿った同じ人間というわけではない。再編世界は原典の物語を再編成して生まれた世界であるのだ。

 

 並行世界の同一存在、並行同位体と呼ぶべきものとは少し違う。歩んだ歴史の流れから分岐した枝葉のような世界なのではなく、ただ原典となる世界の根幹を成す法則だけを抜き、安定しやすいように写し取った世界──すなわち再編された世界(リ・イマジネーション)である。

 原典世界と同様、再編世界を基準と成す無数の並行世界も存在しよう。士の知るユウスケと同じ顔をした並行同位体も数多の世界には存在しよう。

 それは、再編世界の並行世界。原典世界の並行世界とは繋がらず、別の法則として枝分かれした因果を生み出し続けている。心優しき青年であったあのクウガでさえも──あるいはちょっとした世界線の変化で。グロンギの如く凶悪な思想を持った殺人鬼と化していたのかもしれない。

 

「年下って認めてる割にはずいぶんな振る舞いね。まぁ……どうでもいいけど」

 

 士の左側で溜息をついた霊夢はお札に霊力を込めながらも呟いた。短い会話を終えて、すぐさま目の前に立つ三体のグロンギに向き直る。

 気がかりなのはグロンギたちが持つ謎の腕輪。あそこには自分の知る幻想郷らしいエネルギーの塊、妖怪や妖精が持つ妖力と呼べ得るものが感じられた。それに、中央のヤモリが放ってきたのは間違いなく弾幕ごっこで用いられる光弾。なぜ奴らがその力を扱えるのか。

 

 思考する暇はない。ズ・ネズマ・ダとズ・ネズモ・ダが再び駆け出してきたのを見計らい、霊夢も手にしたお札をばら撒いて攻撃する。ホーミングアミュレットとして散らばったそれらは的確に怪物を狙い射貫き、霊力の爆発と共にダメージを与えていく。

 だが、やはりズ集団の端くれ。霊夢は知らないが最下級と言えどグロンギの戦士として選ばれるだけの力はある。本気の力を込めたとはいえ、スペルカードに満たぬ弾幕では力不足であった。

 

 お前は 俺たちの 新たなる ゲゲルに 邪魔だ!

「ゴラゲパ ゴセダ ヂン ジャラザ ビ ガサダ バス ゲゲル!」

 

 振り下ろされたズ・ネズマ・ダの爪をライドブッカー ソードモードの柄で受け止める士。そのまま腹へ蹴りを打ち込み、背後から迫ってきたズ・ネズモ・ダを斬りつける。

 先ほどまでならばその一撃で怪物を仰け反らせることはできたはず。しかしたった今斬りつけた相手は異形の肉体から赤き血を迸らせつつも、怯むことなく力強い振る舞いで士に掴みかかっては齧歯類(げっしるい)のそれを彷彿とさせる牙を閃かせた。

 どうやら何か小細工をしたらしい。不自然に湧き上がっているような謎の力は、かつての戦いで感じられたグロンギの気配に不純物が混ざっている。どこか現実味のない、幻想的な力──

 

「ぐっ……!」

 

 大地を這う爬虫類が如き動きで五代に迫ったズ・ジャモル・レ。クウガとしてグロンギと戦ってきた五代も謎の力を感じている。受け止める拳から感じられる奇妙な感覚。それは先ほどグロンギが放ってきた、彼らにはなかったはずの光弾のエネルギーと同じ。

 不意に、ズ・ジャモル・レの腕輪(グゼパ)についた勾玉が光を灯した。その輝きは悪意と殺意をもって人々を虐殺する邪悪なる者には似つかぬ清らかな力。どこか霊夢の弾幕にも似た優しさを湛えた、青空の如く神秘的な波動。

 

 すぐに組み合っていた身を解き、大地を蹴って後退するが、直後に振り抜かれた腕は手首に装うその腕輪から妖力という幻想的なエネルギーを光弾として放ってきた。

 両腕を交差させてその爆発を防ぐものの、焼けつくような痛みに仮面の下で表情を歪める。

 

 これが 妖怪の力! 新たに得た この力で 殺してやる!

「ボセグ ジョグバ ギン ヂバサ! ガサダ ビゲダ ボン ヂバサゼ ボソギ デジャス!」

 

 ズ・ジャモル・レの腕輪は今なお強く光り輝いていた。あの不自然なまでの筋力も含めて考えれば、あの腕輪にはただ貯えたエネルギーを光弾として飛ばすだけではなく──

 そのエネルギーを自身の神経組織、魔石ゲブロンを中心として広がる神経系に流し込むことで、身体能力を強化できるのだろう。

 大地を蹴って迫ってくるズ・ジャモル・レの拳をなんとか避ける。大地を殴りつけた拳は人間の里の地面を砕き、地鳴りと共に亀裂を入れてしまった。元よりグロンギはゲブロンの力で凄まじい力を手に入れていたが、そこに妖力が加わることで以前よりも格段に強化されているのだ。

 

「……まったく、相変わらず趣味の悪い奴らだな」

 

「さっきもこいつらと話してたみたいだけど、なんて言ってるか分かるの?」

 

 怪物たちの猛攻を搔い潜りながら口を開いた士の言葉を聞き、五代も拮抗した状況ながら問いを投げかけることができた。

 戦いながらズ・ネズモ・ダも痺れを切らしたのか、まだ数個しか並んでいない腕輪(グゼパ)の勾玉を一つずらす。本来それはゲゲルにおいて自身が殺したリントの数を数え、一人を殺しては一つずらして数を記録していくためのもの。九進法を用いるグロンギは九人を殺した時点で一の位を繰り上げ、九の位の勾玉を一つ、九人分としてカウントする。

 ズ・ネズモ・ダがずらしたのは一人分の勾玉。それをマイナス、つまり逆向きにずらして殺した数を一つ減らすことで、勾玉は光り輝き、ズ・ネズモ・ダの身体へと妖力を流し込んでいった。

 

「だいたい分かる。どうやら、今まで殺した妖怪の力を取り込んで強くなったらしいな」

 

「まぁ、そんなところでしょうね。あの感じは間違いなく幻想郷に存在する力だわ」

 

 士はライドブッカー ソードモードという得物がある分、リーチの長さを活かした距離で戦えている。その言葉に返した霊夢もまた、弾幕ごっこという遠距離戦を得意とする身。間合いを取った状態での戦闘が適している。

 対してクウガは得物を振るう形態もあるものの、そのいずれも無から生み出すことはできず、あくまで霊石アマダムが伝えるモーフィングパワーによって物質を再構築することで武器と成すことができるだけだ。赤き戦士、マイティフォームでは徒手空拳で戦うしかない。

 

 どこか達観したような雰囲気で冷静に怪物の能力を分析する二人よりも前方で、五代はひたすら拳を振るう。この距離では光弾の発射を見ても回避は難しいだろう。

 振り上げられたズ・ジャモル・レの右脚。そこにはやはり未知のエネルギー。妖怪から得た力であろうか。グロンギらしからぬ神秘的な波動を帯びたその右脚は、五代の鎧を掠めていく。

 

「…………」

 

 五代も一年間の戦闘経験で培った観察眼は衰えてはいない。至近距離で拳を交えながら、僅かに距離が離れた一瞬の隙にズ・ジャモル・レの身体に満ちる妖怪のエネルギーを考察。

 少し前の夜のことだ。幻想郷に来て間もない頃、博麗神社で白いクウガとして戦っていたときの状況を思い出す。あのときは自身の横を通り抜けた霊夢の弾幕に何かを感じ、咄嗟に自分に向けて夢想封印を放ってもらった。

 彼は知らないが、霊石アマダムは霊夢の霊力に反応して全身の神経に力を行き渡らせ、生命力を活性化させることで深い亀裂に苛まれたその結晶の傷を癒したのだ。

 

 空の果てより舞い降りた未知の鉱石、アマダム。リントはクウガの要たる石をそう呼んでいた。それはグロンギたちを異形の怪物へと変貌させる魔石ゲブロンと同じものである。ただ同じ時代を生きた異なる部族によって、同じ由来で手にしたその石の呼び名が違うだけ。

 

 それは相応しき者の意志を叶えるだけの力を秘めた物質だった。それらを手にしたグロンギは、より強く惰弱なる命を殺すための力を求めた。遥か古代のリントはグロンギとの戦いを嘆き、同じ悲しみを繰り返さないために力を身に着け、彼らを封印する『封印エネルギー』というものを生み出して行使した。

 そしてかつての戦いにおいて、五代も。より強くなっていくグロンギたちに対抗すべく、生死の境で自身に施された電気ショックの衝撃を由来として新たな力を得た。

 

 すべては意志を叶えるアマダムの力。眠っていた力を捧げ、宿主に変化をもたらす。おそらくは此度の現象も同じであろう。

 死より蘇り、さらなる強さを望んだグロンギたちは、殺害した妖怪のエネルギーを魔石ゲブロンの力で己がエネルギーに変えた。かつての力を取り戻そうと望んだ五代は、霊夢が清らかな祈りを込めた霊力をアマダムの真髄へと取り込み──その意志の力でアークルの損傷を全快させた。

 

「おりゃああっ!」

 

 振り抜く拳に込めるは悲しみ。傷つく人々の涙。仮面の下に痛みと迷いを隠して、五代はただみんなの笑顔のためだけに。戦いたくないという己が本心(よわさ)を振り払う。

 真っ直ぐ放たれた拳は無意識のうちに取り込んだ力を湧き上げたのか。あるいは傍で灯る霊夢の弾幕が、アマダムに感応したのか。その拳は、目の前のズ・ジャモル・レを殴り飛ばした。

 

「……っ! はぁあっ!」

 

 すぐさま迫ったズ・ネズモ・ダにも打撃を見舞う。ただ、やはり強靭な肉体だ。自身が一度はアークルの傷によりクウガとしての力を失い、白くなった痛みが未だ燻る。

 かつての戦いで得ていた『(きん)の力』。この身を死なせたくないと願ってくれた仲間たちの祈りによって、心臓へ迸った電気の衝撃と共に得た力。あの力は、どうやら第0号との決戦でアマダムに深刻なダメージを負ってしまって以来、この身体から消え去ってしまっている様子だ。

 

 力を込めてもあの独特のビリビリとした感じが身体に伝わってこない。あるいはもう一度、電気ショックを受ければ取り戻せないか。一度目こそ本当に心停止に陥っていたが、二度目に関しては強敵を倒すために健康な身体で受けたものだ。

 当然、健康な身体に電気ショックなど危険な行為である。友たる女性にも止められたが、必要なことだと押し通して施術してもらった。それ以外に、選べる道などなかったから。

 

 五代が殴りつけたズ・ネズモ・ダに対して、士は逆袈裟掛けにライドブッカー ソードモードを振り上げる。迷いと悲しみを振り払おうとする五代とは対照的に、士の振るった剣閃には躊躇いや曇りといったものは一切ない。

 ただ無慈悲なだけと言えば破壊者たらんとする悪魔の威光をも覚えよう。だが、そうではない。そこにあるのはグロンギのような暴力への享楽ではなく。

 士は仮面の下に憤怒を隠していた。剣に乗せるのは悲しみではなく怒り。誰かの大切な世界を、笑顔を傷つける者たちに、万物を破壊せんばかりの怒りを湧き上がらせている。

 倒れ伏し、再び立ち上がった怪物に向き合っては──その手に一枚のカードを取り出して。

 

『アタックライド』『スラッシュ!』

 

 ディケイドライバーに叩き込まれたカードは中央に輝く赤いレンズ越しに光を灯す。士は力強く握り締めたライドブッカー ソードモードの柄から迸る波動を感じ、そのままそれを幾度も幾度も振り下ろしていった。

 ただ一振りの長剣であるはずのそれは、発動された【 ディケイドスラッシュ 】により幾重もの虚像を重ね、一度の振りで複数の剣閃を走らせる。

 決して無為な幻などではない。振るわれたそれらは一つの例外もなくすべて、(まば)らに乱れ散った万華鏡の如き剣戟となってはズ・ネズモ・ダの身体を引き裂いていく。

 

「ふぅんっ!」

 

 トドメとばかりに虚像の刃を束ねて一閃。ディケイドの法則がもたらす力は、世界の理を超えて滲み溢れる。世界を写す力の根源、秘石トリックスターがそれを満たすのか。

 十年紀を超えた先の因果で生まれた世界の破壊者。その刃は、リントとは関わりのない身でありながらも等しき力を輝かせ、斬り刻んだグロンギの身体に封印エネルギーを刻み込む。

 

 ズ・ネズモ・ダの赤銅色のゲドルードは光溢れる亀裂に苛まれ──やがてそれを解き放った。

 

「グギァァァアアアッ!!」

 

 魔石ゲブロンはその力に接触して、激しい爆炎と共にズ・ネズモ・ダを塵芥と成す。続いて士はすぐにライドブッカー ソードモードの柄を折り曲げ、刀身を収めた。

 ガンモードと化したライドブッカーの銃口をズ・ネズマ・ダに向けては、引き金を引く。

 

 これが ディケイドの力 なのか……!

「ボセグ バボバ ヂバサン ディケイド……!」

 

 放たれた光弾はライドブッカーが秘めるクラインの壺より無限に供給される未知のエネルギー。並行世界を経由する幾何学的な螺旋の渦に、三次元的な既知の概念は通用しない。

 

「符の(いち)夢想妙珠連(むそうみょうじゅれん)!」

 

 霊力を解放した霊夢の宣言が光を放つ。鮮やかな光彩に満ちた霊力の光球はふわふわと色とりどりに空を舞い、夢想封印ほどの輝きには満ち足りぬながら美しく軽やかに。

 丸く溢れたそれらを一直線に繋げ連射する【 符の壱「夢想妙珠連」 】をもって、霊夢はズ・ネズマ・ダの身体──犠牲となった妖怪たちの妖力で強化されたその身へと弾幕をぶつける。

 

『アタックライド』『ブラスト!』

 

 炸裂する霊力の余波を見届けぬまま、士は再びディケイドライバーへとカードを装填。真っ直ぐ腕を伸ばして向けたライドブッカー ガンモードそのものを幾重もの虚像と成し、そのまま幻影の如く増えたマゼンタ色の銃口から揺らめく無数の光を放つ。

 先ほどのディケイドスラッシュと同様、それは一挺の銃でありながら複眼越しに垣間見た世界のように、疎らに乱れた【 ディケイドブラスト 】となりて様々な位置から発射された。

 

 鬱陶しい 光め! ネズモの 仇を 討ってやる!

「グドド グギギ ジバシレ! バダビゾ グデデ ジャスン ネズモ!」

 

 絶え間のない弾幕の炸裂に耐えかねたらしきズ・ネズマ・ダが齧歯(げっし)を軋る。グゼパの勾玉、その九の位をずらし、輝く奔流を光球と成して放ってきた。

 妖力から成るエネルギーの塊にゲブロンのモーフィングパワーを加え、より攻撃的な振る舞いで空を裂く幻想的な波動。だが、幻想郷に馴染まぬグロンギは、霊夢たちが得意とする弾幕ごっこの基本的なルールを理解していなかった。

 

 ズ・ネズマ・ダが狙ったのは仮面や鎧を持たぬ生身の少女。ただのリントたる見て呉れの霊夢であれば、容易く殺せると判断したのかもしれない。

 霊夢は小さく溜息をつくと、ひらりと構えたる両手のお札に意志を込めた。符の壱に次ぐ第二のスペルカードを心の中に描き表しては、両腕を胸の前で交差させてその札の名を宣言する。

 

「符の()陰陽散華(おんみょうさんげ)!」

 

 目の前に迫る光球に恐れはなく。ただ大きいだけの光の玉など、弾幕とは呼べはしない。むしろ大きい弾ほどその密度は大したことはないものだ。旧地獄の最奥にて出会った地獄鴉の少女が放つ灼熱の太陽の如き光球は、その見た目よりも実際の質量(当たり判定)は小さかった。

 

 スペルの宣言と同時に霊夢の姿は消えてなくなる。僅かにカリカリと霊夢の身を掠める音を聞いたものの、その光は彼女に直撃していない。

 亜空穴によって霊夢はズ・ネズマ・ダの背後に移動していた。そこから放つは朱色(あけいろ)に桃色を装ったかのような鮮やかな色合いの陰陽玉。淡く華やかに散るは、桜に幕。芒に月。風情を伴う香りと共に、幾重にもばら撒かれた【 符の弐「陰陽散華」 】が弾み散っては怪物を殴りつける。

 

「グゥ……!」

 

 振り向けばそこに霊夢はいない。弾んで跳ねる陰陽玉の群れと共に、お札を放つ霊夢はあちらへこちらへ彼此(ひし)五月雨(さみだれ)

 グゼパに宿した光弾を放って霊夢を撃ち落とそうとするも、神出鬼没に現れ消え続ける彼女には当たらない。それどころかせっかく身体を強化するために用いていたエネルギー、ゲブロンの力でグロンギとしての肉体に定着させていた妖力までもを解き放ってしまい、光は失せた。

 

「……とどめよ! 符の(さん)魔浄閃結(まじょうせんけつ)!!」

 

 気配を見上げたズ・ネズマ・ダの視界には陽光が煌く。空を遮る影となりて振り抜かれた霊夢のお札を額に受けて、己が足元より湧き上がる青白い霊力の奔流に、強靭なグロンギとしての肉体を清らかに焼き払う神仏の護光が如き波動を見た。

 それは魔を祓い清める博麗の結界術。壱、弐に続く符の参に紡いだその名を掲げ、霊夢は眼前に立つ怪物を【 符の参「魔浄閃結」 】の洗礼でもって封殺する。

 

 動けぬ怪物をその場で蹴り上げる昇天脚の衝撃をもってして上空へと打ち上げ、魔浄閃結の光に包まれながらも足掻こうと試みるズ・ネズマ・ダに最後の裁きを下すように。

 周囲を跳ね回っていた陰陽散華の陰陽玉は一斉にそこへと集い、空にて鼠を花火と散らせた。

 

「ゴォォ……グァァァアッ!!」

 

 頭上にて爆ぜ散る怪物の熱を肌に感じ、霊夢はすぐさま顔を上げる。見やる彼方の正面に立つはすでに持ち得るすべての妖力を己が身に捧げた爬虫類の姿だ。

 ズ・ジャモル・レは全身に滾る妖力を思うがままに振り抜いて五代を殴打。幻想的な力の爆発を伴う衝撃に五代は吹き飛んだが、咄嗟に受け身を取ったためダメージはさほど大きくない。だが、距離を取られてしまった。

 

 その隙を縫うように飛んでくる光弾。弾幕ごっこに慣れている霊夢は身体を傾ける程度で無駄な動きなくそれを回避できたが、五代はそういった戦い方には慣れていない。飛び道具を扱う未確認生命体も確かに存在はしたものの、弾幕というレベルでの連射や掃射には縁がなかった。

 

「ぐぅっ……!」

 

 大きく転がるように避けてしまったことが仇となり、続く光弾に対処できず。避けた先に向いた腕輪の光弾は真っ直ぐに五代を狙い、クウガとしての装甲に炸裂する鈍く熱い痛みをもたらす。

 

「五代さん! ああいう自分を狙ってくる弾は引きつけてから小さな動きで避けるのよ!」

 

「えっ? そういうもんなの?」

 

幻想郷(こっち)の戦いだとよくあるパターンだわ。回避のコツは、弾道をよく見ること!」

 

 霊夢の言葉にヒントを得るも束の間、ズ・ジャモル・レは左腕に込めたエネルギーを再び大きく振り払ってきた。どうやら今度は特定の対象のみを狙い射貫くものではなく、無作為に光弾の雨を撒き散らす──文字通りの『弾幕』の射出という手に出たようだ。

 

 クウガの複眼が捉える超人的な感覚の賜物か。四方八方へと飛び散っていく光弾は人里の家屋に着弾すれども、なぜかその一つ一つの動きが速度を伴って視認できる。霊夢にとっては常日頃から当たり前に認識している感覚だが──

 五代にとっては新鮮な感覚。弾をしっかりと見るだけでここまで景色が変わるのか。まるで放たれる弾幕の帳を俯瞰(ふかん)して見下ろしているかのように鮮明な光景を垣間見て、静かに息を飲む。

 

「おい、そんなこと言ってる間にどうやらパターンとやらが変わったみたいだぞ」

 

 五代と同様に弾幕に縁のないはずの士が冷静に言う。ズ・ジャモル・レが放つ光弾の雨は最初は不規則に散った緩やかかつ乱雑でまとまりのないものであった。

 先ほどまでの集中的な自機狙い弾に比べ、今は角度こそ前方に集中しているが無作為にばら撒かれた弾幕が自分たちを襲うのみ。その多くは関係のない方向へ飛んでいくため、自分に向いた弾道のものだけを意識していれば避けることは容易い。

 

 弾数こそ多いものの密度の低いそれらは弾幕に馴染みのない五代たちであってもさほど警戒することなく回避できていた。

 だが、ズ・ジャモル・レがさらに力を込めたことで密度が増していき、やがて視界をほぼすべて覆い尽くしてしまうほどの激しさで光弾の雨は例のオーロラも斯くやという緞帳の如き振る舞いで荒れ狂う。そこに必要とされるのは──もはやパターン化のできぬ『気合い避け』のみだった。

 

「うおっ!? 霊夢ちゃん! こういうときはどうやって避ければ……!?」

 

「基本の避け方は一緒! ばら撒き弾も弾道固定弾も、まずは弾道をしっかり見て──」

 

 お札を構えて光弾を避けるいつもの戦い。いつもは空で行っているそれを、地に足をつけて行っているだけ。そんな当たり前のスペルカードバトルじみた戦いに、霊夢は口を閉ざす。

 これは本気の戦いである。いくら弾幕を避けたところで、相手はルールに則った降参などはしてくれない。絶え間なく撃ち続けることができるは通常ショット。その程度の力ではグロンギほどの再生力を持つ怪物を倒せはしないだろう。

 

 すぐに考えを改める。馴染み知った力による弾幕という在り方に思考を持っていかれてしまったが、手にするべきはスペルカードルールにおける勝利などではない。

 本気の殺し合いに決め事(ルール)などないのだ。霊夢は再び、亜空の狭間へ飛び込もうとするが──

 

「……やれやれ。ちまちま避け続けるのも面倒だ。こういうときは決めボム(こうする)に限る」

 

 すでにブックモードへと戻していた左腰のライドブッカーから一枚のカードを引き抜いては独り言つ士。

 右手の指先で掲げたライダーカードに描かれているのは青く光り輝く無地の背景にバーコードめいたディケイドの紋章を持つもの。人差し指でトントンとそれを叩き、左手で引いて開いたディケイドライバーのバックルへと放り入れるように叩き込む。

 

 ズ・ジャモル・レが放ち続ける弾幕は正面に向かう放射状。弾源(あいて)に近寄るほど弾速も密度も増すだろうが、離れた位置にいればむしろ光弾の軌道を見極めやすいと言える。

 それをすでに理解していたのか。あるいは数々の世界を渡り歩いていたときのように、この地に踏み入った時点で幻想郷におけるスペルカードバトルの知識や技術までもを役割として受け入れていたのだろうか。

 弾幕の理を知らぬグロンギが放った高密度のばら撒き弾、その数秒間の僅かな隙。極めて小さな時間の隙間でありながら唯一光弾の飛んでこない『安地』を見繕い、士は一つ、切り札(ボム)を切る。

 

『ファイナルアタックライド』

 

 カードを受け入れたディケイドライバーは赤き光を色彩(いろど)る『ワールドファインダー』のレンズに世界の破壊者を意味する紋章を写し出していた。

 士の両手でサイドハンドルは閉じられ、正しき角度を向いた紋章は終焉を告げる。

 

『ディ ディ ディ ディケイド!』

 

 白き破壊の棺が応えるは歴史の欠片たるライダーカードの祈り。今だけはただ、カードであるという共通点だけを持つスペルカードとの繋がりを抱いて。

 ワールドファインダーは士の正面に幾重もの光を帳と成して虚像の如く奉る。それらは人の身の丈に等しきライダーカードを模したもの。ただ立ち並びゆく写真の道はさながら門が如く相応しき者の到来を待ちいたり、ズ・ジャモル・レへの道筋となる十枚の帳となり。

 

 士はディケイドとしての脚力をもって高く跳躍した。その場に連なる十枚の光の帳も付き従い、先に在るものはズ・ジャモル・レを捉えたまま、士に近いものは士を追うようにそのまま上空へと昇っていく。

 ここに歩むべき道は刻まれた。空高く宿るディケイドの突き出した右脚に、斜め向きに真っ直ぐ沿うは十枚の光の帳たるライダーカードたち。

 そこへ吸い込まれるように士は一枚目の光へと蹴り込む。一枚を貫き、続く二枚目を深く貫き、三枚目、四枚目と。光の帳を超える度に、輝き満ちる歴史の道は士自身を楔と定めるが如く。

 

「はぁぁあっ!!」

 

 眩き破壊の威光に滾る咆哮を前にして、もはやズ・ジャモル・レが左手より放ち続ける弾幕は意味を為さなかった。光弾の雨を遮る光の帳を自らの脚で打ち破りつつ、ディケイドはやがて自らを意味する十枚目の光を超えて。鋭く伸ばした右脚の先に、終焉を指し示して。

 見果てぬ先の年代記(クロニクル)。その風に乗り、駆け抜ける。次元の壁を否定し次の世界へ繋ぐオーロラの如き揺らめき。強さというカードを揺るぎなく誇りに変えて、いつか辿り着くべきゴールの場所を目指し続けるために。

 

 旅の終わりは、新たなる旅の始まりだという。一つの物語が終焉を迎えれば、やがて次の物語は紡がれる。その繰り返しを永久なるアルバムに収める役割を抱きし者。

 終焉。破壊。すなわち、別れ。それはただ哀しいだけのものか。最果ての因果へと問いかけるは世界の破壊者という役割を持つ者ではなく、道なき道に次の『創造』を求めた男の叫び。

 

「グォォォーーーオオオオッ!!」

 

 ディケイドの右脚が刻みつけるはマゼンタ色の旅路。ズ・ジャモル・レは自身が生きた世界とは異なる因果を由来とするもの、されど同じ力を意味するものに、二度目の死を見る。

 次元を引き裂く一撃は【 ディメンションキック 】と呼ばれる破壊の一手。グロンギの戦士たる怪物の傷を秘石トリックスターの叡智で黄金の輝きに染めて。大空を裂く断末魔の叫びと共に溢れ出るは、紛れもなく封印エネルギーの奔流だった。

 

 そこに込められたのはクウガの法則に非ず。ただ、世界を破壊するために生まれたディケイドの法則である。ディケイドにとって、グロンギの持つゲドルードに封印エネルギーが反応するというクウガの世界の法則などは関係ないのだ。

 その存在とその力は破壊そのもの。ディケイドの意思をもって破壊の対象となれば、その一撃によって無条件で破壊される。ディケイドが封印エネルギーを宿しているというわけではない。

 

「……っと。ま、こんなもんだろ」

 

 爆ぜ散った命の熱を前に、士は大地を踏みしめる。パンパンと手を払う仕草と共に振り返れば、緑色の複眼をもって映し出す二人の眼差しに自分とは違う居場所の境界を見た。

 少女の表情には得体の知れない疑惑を。戦士の複眼には答えの見えぬ異物への違和感を。

 

「ディケイド……」

 

 小さく呟かれた霊夢の言葉は風なき里の静寂に消えていく。共に戦っていた際はその自然な振る舞いと在り方を受け入れてしまっていたが──それがどれだけ異質であるのかを如実に示すような不自然すぎるマゼンタ色に、霊夢の直感は不気味さを訴えていた。

 なぜ外来人らしき彼がグロンギの言葉を話せるのか。なぜあのときの紫と同じ姿に変身しているのか。なぜあの悪夢の中にその姿を見せたのか。

 

 霊夢が胸に抱く恐れはそれだけではない。博麗神社に現れた謎の男は、ディケイドは世界を破壊する悪魔だと言った。すべての仮面ライダーを滅ぼす災厄であると。

 ただ鵜呑みにするには荒唐無稽な話かもしれない。それでもあの悪夢が思い出させる。あのマゼンタ色の悪魔はすべてを破壊する。それだけの絶対性を有しているという事実への説得力を。

 

「またその目か。お前らの言いたいことはだいたい分かってる。俺は──」

 

 世界にとって不倶戴天の敵。存在してはならない異物。そう扱われることには慣れている。これまでも歩み旅した様々な世界で恐れられた。世界の破壊者として蔑まれた。自分の存在そのものが世界を繋ぎ合わせ、あらゆる世界を無に帰してしまうのだと。

 そんなことは士の知ったことではない。居場所などなくても存在する。たとえあらゆる世界から拒絶されても門矢士はここにいる。

 

 ──そのとき自分がいるその場所を自分の場所と成せばいい。自分が今いるその場所で、自分が本当に好きだと思える自分の在り方を目指せばいい。

 奇しくも士が見出した、世界の破壊者ではなく旅人としての己が道。それはかつて五代が未来を見失った少年に届けた言葉に似ていた。たとえ歩む世界の先が見えなくても。青空を染める灰色が道を阻んでも。その雲の向こうには、どこまでも、青空が広がっている。

 

 出会ったことのないはずの男の言葉が、士の在り方に宿っている。本人の口から聞いたわけではない。誰かから聞き及んだということもない。そもそも士はその言葉そのものを知らない。それでもどこか共通した想いを胸に宿すは、彼が受け継いだ九つの物語を、歴史と背負っているから。

 

「えっと、たしかディケイドって呼ばれてたよね。一緒に戦ってくれてありがとう!」

 

 戦士クウガは右手を差し出す。クワガタムシめいた異形の頭部に表情はない。仮面と定義されたその兜には赤い複眼と強靭な大顎を掲げるのみで、感情的な変化はない。

 不思議とそれを彼自身の笑顔だと受け取ることができたのは、彼と相対する者の常なのか。

 

「は? 何だって?」

 

 マゼンタ色に走る黒いバーコードの意匠で向き合う仮面。クウガと同様に表情なき、それでいて異なる色の緑色の複眼の下で、士は眉をひそめた。

 リントが誇るは唯一無二の戦士であるクウガ。されど今はその手を拳と成さず、誰かと繋がるために開かれた手。かつて再編されたクウガの世界を訪れた際、士は五代雄介とは違う男が変身したクウガによって一方的な攻撃を受けた。

 今でこそ理由は分かる。自分の世界を破壊すると聞いていた者が現れれば、その世界を守りたい者、守るべきものがある者は戦うべき理由を拳と掲げるだろう。

 

 それも一度ではない。クウガの世界を超え、その男とはわだかまりを解いて友となった。続いて訪れた再編されたキバの世界において、今度はキバによって迫害を受けた。その男とも絆を結び、次に訪れた世界でも、そのまた次の世界でも。ディケイドたる門矢士はその都度に謂れなき糾弾と淘汰を受けた。

 たった一人ではその心は疲弊してしまっただろう。だが士には仲間がいた。たとえどれだけ己が存在を否定されても、戦い続けることができた。

 

 そういった過去を経験しているからこそ、少しだけ面食らってしまう。自分の知るクウガとはずいぶんと印象の違う男の振る舞い。あるいは彼のように、自分を悪魔だの破壊者だのと告げて回るあの男に会っていないのか。

 訝しげな視線を仮面越しに送る士の不信感に気づいたか、五代はディケイドの仮面と自分の右手を交互に見やると、差し出した右手をゆっくりと引いてはグっと握り締めて親指だけを立てる。

 

「あんたが何者か知らないけど、少なくとも今は敵だとは思わない。それでいいでしょ?」

 

「……お前ら、俺について何か言われたんじゃなかったのか? そういう目だったぞ」

 

「ええ、言われたわ。紫と同じくらい胡散臭い男にね。でも、あんたはそんな奴には見えない」

 

 世界を破壊すると言われても実感は湧かない。確かに相応の威圧感はあるが、それはどこか説明のつかない感覚的なものだ。こちらに敵意を向けてくるわけでもないし、明確な意思をもってこの幻想郷を破壊しようとしているようにも見えない。

 霊夢はその感覚に既視感を覚えた。未知なる戦士に対する疑惑と不信感。されど肩を並べて共に戦ってくれた者は、幻想郷を、この里を守る確かな力となってくれた。

 

 思考を深く手繰るまでもない。それはあのときと似ているのだ。この異変を知り、初めて人間の里で赤銅色のバックルを身に着けた未確認生命体と弾幕の火花を散らしたとき。

 五代雄介という男、霊夢が最初に見た仮面の戦士、クウガと初めて出会ったときのことと。

 

「その根拠は?」

 

「勘よ」

 

 溜息混じりに問われた言葉に対し、霊夢は胸の前で組んだ腕を解いては士に右腕を高く掲げる。自分の勘に絶対の自信を持つ彼女は立てた親指に揺るぎなき意思を込めた。

 古代ローマで、満足できる、納得できる行動をした者にのみ与えられるその仕草。力強く親指を立てて誇りを示すそれは、五代雄介と共に戦った霊夢にも在り方が影響しているのだろう。

 

「正直、あんたも信用できるか分からないけど、あの変な男の言葉よりは──」

 

 五代が霊夢の振る舞いにどこか懐かしさを覚えかけたその瞬間。クウガと化した肉体の耳、常人の何倍も優れたその知覚に、おぞましくも聞き覚えのある羽音を聞く。

 その正体に思い至るよりも前に彼の身体は動いていた。クウガとして顔を上げ、その赤き複眼で捉えた残影は空を裂き。瞬くよりも速く翔け、楔の如く鋭く研ぎ澄まされた光の弾が迫り来る。

 

「……っ!?」

 

 里の大地は土煙を上げた。本来ならば土を抉り深い穴を穿っていたであろうエネルギー。それは時空の停止した里を傷つけることはできず、ただそこに乗っていた土だけを散らして消え失せる。それを実感できたのは、足元に瞬いた光の爆ぜる音が、さながら銃弾の衝撃であったから。

 

「な、何っ!? また新手!?」

 

 霊夢は思わず光弾──らしきものが飛んできた方角を見上げるが、すでに影はない。里の上空を見渡すものの、例の灰色のオーロラは現れていない。

 五代も士も霊夢と同様、空を見上げて敵を警戒していた。耳に聞こえてくるのは不快な羽音。ディケイドとクウガという人間を超えた叡智を纏う戦士たちには、その微かな音が届いているようだが、生身の少女に過ぎぬ霊夢には前触れもなく光弾が降ってきたように感じただろう。

 

「……聞こえるか、この音」

 

「うん。……かなり速いみたい……」

 

 背中合わせに空を見上げる、マゼンタ色と滾る赤。そして再び風を裂き、羽音は再び光を灯す。殺意を帯びた鋭い光弾は里の大地を撃ち、またしても土煙を上げた。

 撃ってきた方角は先ほどとは違う。人が持つ原始的な本能に対して不快感を呼び起こさせるこの羽音はおそらく──(ハチ)のもの。薄く震う羽は低周波を放ち、凄まじい速度で空を飛んでいる。それゆえに光弾を撃ってくる位置が一定していない。五代と士はそこに焦燥を覚えた。

 

「くっ……!」

 

 続けて放たれる光弾。今度は死角からだ。五代は右肩を掠める痛みに振り向くが、やはり複眼に映るは薄翅を震わせて空を翔け抜ける何かの残像のみ。

 大地を乱れ撃つ光弾の音は、あるいは雀の鳴き声にも似ている。次から次へと降ってくる光弾を放つ者の位置を揺るぎなく捕捉するには、赤い戦士(マイティフォーム)では不足。

 天馬の如き感覚に頼るべきか。クウガには従来の感覚を何倍にも強化し、見えざるものさえ見抜いて射貫く形態がある。だがその真価を発揮するには『射貫くもの』が必要だ。クウガのモーフィングパワーをはっきりと伝える得物に相応しき形がなくては、天馬の感覚は意味を為さない。

 

「霊夢ちゃん、拳銃とか持ってる……わけないよね」

 

「えっ? な、何? 拳銃? どういうこと?」

 

 かつての戦いにおいては自分を信頼してくれる刑事の男がいた。本来ならば五代のような民間人に渡すなどもっての外。それでも自分を信じてくれた。彼は刑事として携行を許可されているその拳銃を、まだ未確認生命体の一種でしかなかった自分に貸し与えてくれたのだ。

 クウガとして霊石(アマダム)の力を十全に操る境地には未だ達していない五代雄介。一部の強大な未確認生命体のように何の関わりもない小さな形を任意のものに作り替えるほどの技量はない。無論、何もないところからそれを作り出すような──それこそ凄まじき力もない。

 

 射貫くもの。銃として握り手(グリップ)を持ち、引き金がなくとも銃身と呼べる重みを持ち。玩具でも構わないから、せめてその形を手にできればそれをモーフィングパワーでクウガが手にすべき得物へと姿を変えられるはずなのに。

 それがない状態で天馬の如き感覚の戦士──緑色の戦士になったとしても、ただ隙を生じさせるだけだろう。

 そこでふと思い立つ。ここにいるマゼンタ色の戦士は、たしかあの左腰の板を銃として扱ってはいなかったか。あるいはそれが銃ではなくとも、グリップと銃身さえ持っているならば──

 

 死ぬがいい クウガ

「ギブグ ギギ クウガ」

 

 一瞬の思考が隙となったか。羽音がピタリと止んだ瞬間。聞こえた不気味な言葉と共に、五代の背後に疾風が舞う。

 それは先ほどのようなエネルギーによる光弾ではなく、形ある有機的な物質。獰猛な殺意に鋭く研ぎ澄まされた一本の針。それがクウガの左肩の装甲を穿ち貫通(つらぬ)き、赤き血を迸らせたのだ。

 

「ぐぁあっ!?」

 

 思考を容赦なく引き千切る激痛に声を上げる。心の中に緑色の戦士を思い描いていたことが仇となってしまったか。実際に緑色の戦士にはなっていないが、五代の意志を反映する霊石アマダムは微かにその能力の一部をマイティフォームから遷移しかけていたようだ。

 

 僅かに増した感覚の鋭さに、従来の数倍の痛みが襲いかかる。雷の力を帯びた金色の緑の戦士でフクロウの如き未確認生命体の矢を受けたときの痛みにも匹敵し得る、意識を失いかねないほどの激痛に膝を着き、五代は己が左肩を押さえた。

 左肩を貫通し地面に突き刺さっているのはやはり巨大な針。どくどくと流れる左肩の血が自分(クウガ)の右手を染めていくことも構わずに、五代は振り返っては顔を上げて黄色い蜂の姿を視認する。

 

「やっぱり……第14号……!!」

 

 心当たりの通り、その姿は未確認生命体第14号。人々の虐殺を楽しむ未確認生命体、グロンギと呼ばれる怪物たちの殺人ゲームにおいて、初めて飛翔という手段を用いた者。

 スズメバチに似た黄色い体躯に黒い帯状の装飾品を纏っており、黒い複眼と触角、獲物を喰らう獰猛な大顎に加え、どこか威圧的な網目状の装束は今まで現れてきた個体よりも遥かに高い知性と戦闘能力を示唆している。

 その腰に鈍く輝くゲドルードのバックルの色は──銀色。彼らはゲゲルの資格を有する最下級の戦士であるズ集団のランクから昇格を果たし、白銀のベルトを許された『メ集団』だ。

 

 ──未確認生命体第14号、ハチ種怪人『メ・バヂス・バ』と称される怪物は、余裕そうな表情で震う薄羽で里の上空に舞い留まり、右腕に備わった毒針の射出口を撫でる。

 右手の甲に宿るは魔石ゲブロンが表すグロンギの痣。彼の誇りたるスズメバチのタトゥだ。

 

「……っ! 五代さん!」

 

 霊夢はクウガに駆け寄った。その装甲の赤には似つかわしくない、赤黒い血の色。右肩と比べて左肩ばかりが暗く染まっているのを見て、小さく息を飲む。

 赤い装甲に滴る五代の血がより鮮やかに目立っていくように見えたのは、彼の血の色が変わったからではない。五代の体力が落ち、激痛によって精神力に影響が出始めたからか。マイティフォームの赤い装甲がアマダムの出力の低下により、力なき白い装甲へと変わってしまったから。

 

 クウガの双角、その能力の統制を司る『コントロールクラウン』は短くなり。滾る炎の如く赤い複眼とアークルの中心に輝くモーフィンクリスタルは、曙光を思わせる朱色に染まり。

 戦士はやがてグローイングフォームと成り果て、ついには左肩を押さえていた右手も地につく。

 

 残るは 9×2+8=26 これ以上は ゲゲルの 進行に 関わる

「ボボス パ バギング ドググド ゲギド ボセギ ジョグパ ババ パスビ ギン ボグン ゲゲル」

 

 メ・バヂス・バは薄羽を震わせて里の上空を旋回し、左腕に装った腕輪(グゼパ)の勾玉を確認しては独り言つ。九の位の勾玉が二つ、一の位の勾玉が八つ。合わせて26人分の妖怪のエネルギーは、彼が今までに殺害した妖怪から奪った妖力であった。

 光弾の射出に際して消費したエネルギーは妖怪三人分の力に相当する。必要なエネルギーをここから抽出すれば、まだ光弾の射出による攻撃を実行することは可能だろうが──

 

 グロンギの本懐は生命(いのち)を殺すこと。だが、そのためにはより高位のゲゲルに勝ち上がり、獲物を殺す権利を得る必要がある。此度のゲゲルはかつてとは違うのだ。

 殺した妖怪の力をグゼパに吸収して溜め込み、その数を計上しなくてはならない。下手にそれを消費してしまっては、せっかくカウントした獲物の数をみすみす減らしてしまうこととなる。

 

 命拾い したな

「ギボヂヂ ソギ ギダバ」

 

 異形の大顎から零すは口惜しげな溜め息。スズメバチの遺伝子を持つ未確認生命体らしく不快な羽音を空に響かせ、メ・バヂス・バはふわりと里の空を舞い上がった。

 右腕に宿す毒針は一度放てば再び生成するのに少し時間がかかってしまう。その隙を補うためにグゼパの光弾を放つという戦術を身に着けたが、こればかりに頼っていてはゲゲルの殺害規定数に届かなくなってしまいかねない。

 放つ針の毒性のほどはただ人体に急性アレルギー反応を引き起こす程度。強靭な細胞を持つクウガに対してはその毒はあまり意味はなく、ただ鋭い針で殺傷することができるだけ。妖力による光弾をもってしても、クウガを殺すには腕輪の力を使い切っても足りないだろう。

 

 今ここでクウガの相手をするのは効率が悪いのだ。ただでさえ『メ』のゲゲルには、従来よりも厳しい時間制限(タイムリミット)が設けられている。メ・バヂス・バはそんなリスクを避けてより多くの獲物を狩ることにした。

 どんなに弱い個体でも妖怪(ジョグバギ)を殺して力を奪えば一人分。ただし有象無象に等しい無力な妖精(ジョグゲギ)を殺せば、何度でも復活する分、九匹で一人分。どちらを狙うもプレイヤー(ムセギジャジャ)の自由だという。

 

「待ちなさいっ!」

 

 去り行くメ・バヂス・バに向けてお札を放つ霊夢だが、やはりその速度は捉え切れない。すでに見えなくなってしまった影を追うより、霊夢は五代の傷に寄り添うことにした。

 すでに白いクウガから生身へ。意識は残っているものの、溢れる血は痛みを物語っている。

 

「……新たなるゲゲル、か」

 

 蜂の羽音は遠い彼方に消えていく。それを見届けた士はディケイドライバーのバックルを開いて虚像と消え散るディケイドの姿から生身を晒した。

 かつて旅した、再編されたクウガの世界においてもゲゲルはあった。それは戦うリントの女性、すなわち女性警察官のみを特定の場所で一滴の血も流さずに殺害するというルール。従来のゲゲルとは異なり、聖なるゲゲルと称されていたそれは──ある存在を蘇らせる儀式であった。

 

 このゲゲルにも何かがある。従来のゲゲルとの差異を知っているわけではない。ただ受け継いだ九つの物語が、その歴史が、士の知らない世界との違いを訴えている。

 なんとなくそんな気がする──という程度。それでも、一度は破壊者として召し上げられた者の無意識が叫び立てるのだ。原典たるクウガの世界において行われていたゲゲルとの違いを。かつて旅した、再編されたクウガの世界で行われたゲゲルとの違いを。

 漠然とした違和感。これも自身が理由もなくグロンギ語を話せるのと同じ、世界の破壊者としての役割がそうさせるのか。士は強く拳を握り締めると、痛みに膝を着く五代に手を差し伸べた。




 未登場グロンギ ズ集団は全て出せました まだメ集団にいっぱいいますけど
リド グジョグ グロンギ グベデ ザゲ ラギダパ ズ ラザギ ママギ ギラ グベゾビ メ

博麗霊夢を数字にすると890106(ハクレイレイム)で、三つに分割すると89/01/06を表しており……
西暦1989年1月6日は昭和天皇が崩御された前日であり、昭和と平成の境界であるのだとか。

実際は1月8日からが平成だったらしいので、完全にたまたまですね。境界って言いたいだけか!

次回、第67話『パラレルワールド』
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