東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第6話 復活

博麗神社

03:15 a.m.

 

 夜も更け、早朝の涼しい空気に包まれ始めた博麗神社の境内。

 牙を剥く異形の怪物は二体。対するは片や左肩を負傷した若き巫女、片や不完全なままの白いクウガである。

 背中合わせに構えられたお札と拳は二つの異形に相対し、ぼんやりと夜空を照らす月明かりの下で息を合わせていた。

 クモ種怪人、ズ・グムン・バは境内の石畳に手を合わせ、地を這うようにこちらを威嚇する。昨日は伸ばしていた短刀の如き両爪は、今は手首までほどの小ささに収まっている。初めてこの怪物と出会ったときと同じ、おそらくは平時状態の拳だ。

 そしてもう一方の怪物、コウモリ種怪人、ズ・ゴオマ・グはその両手に生える翼膜を羽ばたかせ、月夜に舞って牙を光らせる。コウモリらしく獲物に喰らいつくために発達した牙、そこに滴る唾液には生物の血液凝固を遅らせる能力があるのかもしれない。

 霊夢が受けた傷は翼爪によるものだったが、そこに唾液の成分が付着していたのだろうか。

 

 手を出すな 俺がやる

「デゾ ザグバ ゴセ グジャス」

 

 後から来ておいて 偉そうに……!

「ガドバサ ビデ ゴギデ ゲサゴグビ……!」

 

 霊夢を差し置き、クウガである五代を殺そうとその場に着地したズ・ゴオマ・グ。だが、血気に逸るその行動は蜘蛛の能力を備えたズ・グムン・バによって遮られる。

 霊夢たちには彼らが発しているグロンギ語の意味は理解できなかったが、どこか不和の様子が感じられた。

 その隙を見て、霊夢と五代は互いの顔を見合わせて頷く。霊夢は一度五代から離れ、ズ・グムン・バに不満の声を上げるズ・ゴオマ・グへと近づいた。

 こちらの身体はまだ動く。多少の傷こそ負ってしまったものの、相手の動きは把握した。五代がこの場に現れたのは予想外だったが、戦力はこれで2対2。まったく互角に戦えるとは言い難いだろうが、一人で二体を相手にするよりかは幾許(いくばく)かマシな戦いが期待できるはずだ。

 

「隙だらけよ!!」

 

 霊夢は軽やかに接近し、ズ・ゴオマ・グの背中に渾身の掌打(しょうだ)、【 衝霊気(しょうれいき) 】を叩きつける。霊力によって強化されているため、単純な体術でありながらその威力は本気の通常ショットにも比肩するほどだ。

 両手の平で霊力が爆発する衝撃。骨まで響くそれを実感し、ズ・ゴオマ・グを突き飛ばしたことを確認する間もなく、霊夢は手元に儀礼用の大幣を取り出した。

 迫り来るズ・グムン・バの豪腕をその大幣で防ぐと、またしても両腕に強い衝撃が響く。

 

「はぁっ!」

 

 ギリギリと大幣に力を加えるズ・グムン・バに対し、五代が突進しながらの拳をぶつける。霊力など微塵も存在しない純粋な力押しの衝撃ではズ・グムン・バを吹き飛ばすことはできなかったが、よろけさせることぐらいはできた。

 その隙を見て、五代は振りかざした左の拳をもってさらなる打撃を加える。白いクウガの微弱な力といえど、繰り返し殴打を加えていけばそれなりのダメージにはなるはずだ。

 

 立ち上がり、霊夢に狙いを定めたズ・ゴオマ・グが翼爪を構えて飛翔する。上空に逃げられたことにより、大幣を真っ直ぐに突き出す【 衝夢(しょうむ) 】の一撃は避けられてしまった。

 空へ逃げた怪物を睨み、無意識に舌打ちを漏らす。だが、霊夢は焦ることなく、その身体に込めた霊力を両脚に宿した。地面を蹴り、宙返りを決める形で上空より飛び迫るズ・ゴオマ・グを蹴り上げる。

 霊夢の体術の中でも特に馴染み深い【 昇天脚(しょうてんきゃく) 】が見事に炸裂した。対空の蹴り上げを受けたズ・ゴオマ・グは再び空へと打ち上げられ、咄嗟に翼を羽ばたかせることができずに僅かな隙を見せる。

 当然、霊夢はそれを見逃さず、間髪入れずにスペルカードを発動する体勢に入った。

 

夢符(ゆめふ)封魔陣(ふうまじん)!!」

 

 スペルカードの名を叫び、構えたお札を地面に叩きつける。直後、お札を中心に霊夢の足元に形成された結界が、青白い柱となって霊夢とズ・ゴオマ・グの身を包んだ。

 霊夢自身には何の影響もなく、結界に触れたズ・ゴオマ・グだけがその霊力の波を浴びて全身にダメージを負う。どこまでも高く立ち昇る光の柱は、霊夢以外のものを焼き払う光熱の力場として展開された。

 比較的霊力の消費を抑えた【 夢符「封魔陣」】を解き放ち、霊夢は額の汗を拭う。このスペルは夢想封印とは違い、封印を飛ばす干渉ではなく、結界をその場に展開する受動的な攻撃だ。敵の方から近寄って来るか、こちらから接近しない限り当てられないが、使い勝手は悪くない。

 

「ギィッ……ガァッ……」

 

 翼を焼かれてなお、飛行能力を失っていない。ズ・ゴオマ・グは全身から立ち昇らせる白い煙を振り払い、霊夢の姿を睨みつけた。封魔陣のダメージは確実に入っているものの、夢想封印ほどの深手には至っていないようだ。

 五代はズ・グムン・バと格闘を続けながら、自身の身体に生じた違和感に気づく。

 先日と同じ、奇妙な何か。霊夢の解き放った霊力の光に呼応して、アークルを着ける身体の奥底から暖かいものが湧き上がるような感覚。

 五代はその正体を確かめるべく、自身の腰に巻かれたベルト、アークルに触れる。中心に輝くモーフィンクリスタルは、グローイングフォームを表す曙光の如き朱色のままだ。

 

「今の感じ……」

 

「こら! 前見なさい!」

 

 奇妙な感覚に気を取られ、ズ・グムン・バへの反応が一瞬鈍る。五代は霊夢の声に顔を上げ、咄嗟の判断で迫り来る怪物の拳を避けた。あのまま呆けていれば、顔面に怪物の拳を受けていたかもしれない。

 五代は霊夢に感謝の意を込め、心の中でサムズアップを立てる。里での戦力差のある戦いならともかく、二体を相手にしている状況では実際にそんな仕草をしている余裕はなかった。

 

夢想妙珠(むそうみょうじゅ)!!」

 

 込めた霊力を解き放ち、スペルカード【 霊符「夢想妙珠」】を発動する。霊夢が狙ったのはクウガと拳を交えるズ・グムン・バの方だ。

 束ねた霊力を球状に固定し、三色に輝く光弾として生成する。このスペルには夢想封印ほどの威力も誘導性能もないが、少ない霊力でも十分な形で発動できるのは利点と言えるだろう。

 解き放たれた小さな光弾はズ・グムン・バに命中し、爆発を起こす。当然、ズ・ゴオマ・グへの警戒も怠ってはいない。

 夢想妙珠の光弾の一つを大幣で叩き落とし、速度を込めた純粋な射撃として撃ち放つ。光弾のほとんどはズ・グムン・バへと飛んだが、そのうちの一つ、霊夢の打撃を受けたものだけは方向を変え、再び襲いかかってきたズ・ゴオマ・グの顔面に着弾して煙を上げた。

 

「……また! なんなんだ今の!?」

 

 五代が漏らす、困惑の声。霊夢が霊力を解き放つ度に、クウガとなった五代の身体に変化が現れている。

 何度も繰り返し感じている、モーフィンクリスタルに微かな赤が宿る感覚。だが、やはりすぐに消えてしまう。

 五代はその感覚に囚われ、思考を乱していた。それでもなんとか身体を動かし、怪物の動きについていく。白く未熟な身体なれど、人を超える身体能力を持って、なんとか怪物と戦えてはいるものの、こちらも怪物の一撃をまともに受ければ深手は避けられない。

 

 このまま消耗戦を続けていけばこちらが不利になるのは明白だ。グロンギを相手に戦いを長引かせれば、こちらが与えた損傷は魔石ゲブロンの治癒能力によって再生されてしまう。クウガにも同様の能力を持つ霊石アマダムがあるが、今の白い姿のままではその力を十分に発揮することができない。

 意を決し、五代は思いついた作戦を実行に移そうと考えた。成功の根拠は一つもないどころか、効果があるのかさえ分からない――賭けに近い作戦。このまま戦いを続けていてもこちらが消耗していくばかり。ならば多少強引にでも、この戦況を大きく変える必要がある。

 

「霊夢ちゃん、さっきみたいなやつ、俺に向けて撃てないかな? できれば、さっきのよりも強いやつがいいんだけど!」

 

「え? ど、どういうこと?」

 

 夢想妙珠によって二体のグロンギが動きを止めた瞬間を見計らい、五代が霊夢に提案する。突拍子もないその言葉は、霊夢には理解できていない。

 スペルカードの霊力を自分に向けて? 弾幕ごっこならまだしも、本気の霊力を込めたものを受ければ、いくら異形の鎧といえど無事では済まないはず。夢想妙珠や夢想封印の威力を知らないわけではないだろう。怪物に向けて放った際の威力は、この男も見ているはずだ。

 

「俺なら、たぶん大丈夫だから! お願い!」

 

「よくわからないけど……どうなっても知らないわよ!」

 

 怪物が動きを止めていてくれる時間はごく僅かだ。すでに奴らが次の攻撃の構えに入っていることに気づき、五代は言葉を続ける。説明している時間はない。一刻も早く、この身に『それ』を受け取める必要があると判断した。

 信頼を築けるほど長い時を過ごしたわけではないが、どうやら血迷ったわけではないらしい。霊夢としても、それほど長い時間をかけてはいられないと思っていた。溜めておいた霊力を練り上げ、十分なスペルカードを発動できるだけの確かなものへと変えていく。

 祈祷、詠唱、スペルの構築。すぐさま迫る怪物に向けてではなく、目の前にいる傷だらけの白い戦士に向けて構える。

 すべてを見据え、霊夢はただ一言。渾身の霊力を込めた札を掲げ、スペルカードを発動した。

 

「――霊符、夢想封印!!」

 

 溢れ出た霊力が光球を象る。霊力こそ十分ではないが、注ぎ得る最大限の力を込めたつもりだ。体力が持っていかれる感覚。自分のすべてが抜け出ていく錯覚。解き放たれた封印の干渉は、霊夢の狙い通り白いクウガへと飛んでいく。

 ゆっくりと舞う。七つの光球。それぞれ輝き、クウガを狙う。――そこで、霊夢は気づいた。霊夢は五代に「自分を狙え」と言われ、特に部位を定めずクウガの背中辺りを無作為に狙ったはずだった。

 ――しかし。

 光球はふわりふわりと不規則に飛んだかと思うと、吸い込まれるように五代が腰に着けるアークルに向かっていく。赤を受ければ光は赤く。青を受ければ光は青く。そして緑を受ければ緑に染まり、同時に受けた光は紫色に輝く。

 モーフィンクリスタルの色は移ろい、すべての光球はアークルの中へと取り込まれていた。

 

「ぐっ……! ううっ……!!」

 

「な、何が起こってるの……!?」

 

 五代は苦痛の声を上げる。霊夢は驚愕の声を上げる。クウガのアークルに、モーフィンクリスタルに取り込まれた光は、クウガの全身に沁み渡っていった。

 夜の博麗神社に一際強く輝く光。霊夢の夢想封印と、戦士クウガの力。二つの力が混ざり合い、見る見るうちにベルトの傷を、モーフィンクリスタルの損傷を癒していく。光が収まる頃には傷だらけだったアークルは完全に修復され、中心の深い亀裂もすっかり消え去っていた。

 霊夢の放つ夢想封印に、何かを回復させる力はない。五代の身体に変化を及ぼしていた霊力の波動が、彼の目論み通り、アマダムの眠れる力を再び呼び覚ましたのだ。

 それは偶然か否か、五代には知る由もない。だが、今やるべきことはすでに決まっている。

 

「…………」

 

 白いクウガの身のままで、右腕を左正面に鋭く伸ばす。右腰に置いた左手を左腰に送ると共に、伸ばした右腕を右へと滑らせていく。

 空白。降り注ぐ嘆き。悲しみの記憶。拳に灯った、炎の誓い。五代雄介は己に願った。この右脚に、この魂に。熱く燃え滾る炎のように。もっと強く。もっと赤く――――!

 

 こんな奴らのために。

 これ以上、誰かの涙は見たくない。

 みんなに笑顔で、いてほしい。

 

 だから──

 

―― 邪悪なるもの あらば ――

 

―― 希望の 霊石を 身に着け ――

 

―― 炎の 如く 邪悪を 打ち倒す 戦士あり ――

 

「変身っ!!」

 

 強く叫び、解き放つ。

 右腕を左腰へ引っ込め、己の左拳を包むと、全身に走る力が確かなものへと収束していくのが感じられた。揺るがぬ想いはただ一つ。みんなの笑顔を守るために。

 両手を広げ、この身体に満ちる力を誇示するかのように。羽化したばかりの甲虫めいた鎧、その白い装甲がより強固なものへと変わっていく。

 アークルの中心、モーフィンクリスタルの輝きは炎の如く鮮烈なる赤に。それに伴い、五代の身体――クウガの肉体が、未熟な白から完全なる赤へと変化する。腕、肩、胸。さっきまで白かった装甲は、少しづつ。戦士の覚悟を助け、血の(かよ)った赤色をもたらしていく。

 

 身体の根幹、誇りのエナジーが熱く蘇る。空白(からっぽ)(ほし)が色付いていくのを感じ取る。クウガの複眼も、モーフィンクリスタルと同じく赤に染まっていた。

 戦士の鎧は強く赤く。金の双角は、高く雄々しく空を()く。その姿は、霊夢が夢で目にした戦士の姿と同じ色。五代雄介ならざるクウガが全身を血に染めていた――しかし血によるものではない炎の如き赤。

 五代はそれを、希望の力と受け止めた。霊夢はそれを、絶望の始まりだと思わされた。あのとき夢で見た地獄の光景。赤が黒へと至る悪夢。

 霊夢はクウガの変化を、ただ良いものだとは微塵も思えなかった。漠然(ばくぜん)と感じる嫌な予感は、彼女自身にも説明できない曖昧なものとして、霊夢の心を冷やかに刺し貫く。

 

「赤い……戦士……」

 

 夢の内容を振り払い、不安を押し殺して霊夢が呟く。クウガの身体は、完全なる赤――基本形態である『マイティフォーム』に変わっていた。

 その姿は格闘戦を得意とする、戦士クウガの最も基本的な形態(フォーム)。白い身体、グローイングフォームでは為し得なかった激しい動きも、今ならば可能となる。パンチ力、キック力、そして走力に跳躍力。耐久においても不備はなく、あらゆる面でバランスの取れた対応ができる赤の戦士だ。

 

 未確認生命体第4号。それが彼の――五代のいた世界におけるクウガの呼び名である。

 彼が守るべき現代の人類、すなわち五代雄介と同じ時代を生きた人々にとっては、グロンギもクウガも関係なく、彼らは同じ未確認生命体に過ぎない。

 それでも、白いクウガである2号、および赤と染まったこの『4号』の名は、他の未確認生命体とは一線を画す存在として。未確認を殺す未確認。人々を守る異形の怪物。あるいは、誰かにとってのヒーローとして。人々の記憶に鮮明に焼きついた。殺戮の中に冴える希望はどこまでも暖かく、優しく。それでいて、悲しい。クウガは戦士であっても、五代雄介は戦士ではないのだ。

 

「ごめんね。遅くなっちゃって」

 

 ほんのりと明るみを帯びてきた夜空が笑う。差し込む光は小さいが、すでに夜明けは近いのだろう。霊夢に振り返る五代――赤いクウガの瞳は、朝の日差しを受けてより赤く輝いていた。

 雲が晴れる。青空が顔を出す。森に覆われている博麗神社の境内は、その木々が(かげ)となって朝日が入ってくるのが遅れやすい。鎮守の森の隙間から溢れた木漏れ日を受け、霊夢はそこで初めて夜明けの光に気づいた。

 もう少し時間が経てば、角度を変えた太陽が朝の光を届け、境内を照らしてくれるだろう。月の光だけで二体もの怪物と戦うのは些か心細かった。霊夢は夜目の利く方ではないため、こんな小さな光でも少しは視界が広がった気がして、心のどこかで微かな安心を覚える。

 

 ようやく 赤くなったか

「ジョ グジャブ ガバブ バダダバ」

 

 ズ・グムン・バがクウガを睨み、人とは似つかぬ歪な口角を吊り上げる。クウガの変化――その復活を喜んでいるのか、あるいは嫌悪しているのか。

 振り上げられた怪物の拳はマイティフォームとなったクウガに受け止められ、怪物は逆に腹部に赤い拳の一撃を受けることとなった。

 赤いクウガの力は、白いクウガの比ではない。この姿であれば、ズ集団のグロンギとも互角以上に戦うことができるだろう。現に、五代は一度このズ・グムン・バを倒している。クウガとなって日の浅い時期に、この赤の力をもってして。

 怪物はそのまま続けて振り抜かれたクウガの拳を避けると、俊敏な動きで素早く後退し、その口から蜘蛛の糸を吐き出した。狙われた五代は抵抗も虚しく、その身を糸に拘束されてしまう。

 

「くっ……!」

 

 俺の獲物だ!

「ゴセン ゲロボザ!」

 

 動けなくなった五代に対し、機を伺っていたズ・ゴオマ・グが大地を蹴った。両翼を広げ、ギラリと光る爪を構えて飛んでくる。

 上半身を糸で包まれ、拘束されているため、五代はその拳を振るうことができないが、下半身は自由だ。強く大地を踏みしめ、霊石アマダムの力で筋肉が異常発達した右脚を振るい上げると、そのまま体重を乗せてズ・ゴオマ・グに蹴りを見舞った。

 咄嗟の判断で放った一撃であるため、そこに大したエネルギーは込められていない。クウガの足裏に刻まれたリントの文字も、ズ・ゴオマ・グの身体に刻み込むには至らなかった。

 

 ――しかし。

 

「ギ……! ギャアアッ……!!」

 

 クウガに蹴り飛ばされたズ・ゴオマ・グが激しく(もだ)え苦しみ、自身の顔を押さえながら博麗神社を覆う森の奥深くへと退却していく。木々を掻き分け、どこへともなく走り去るズ・ゴオマ・グの気配は、もはやどこにも感じられなくなっていた。

 その理由は、ズ・ゴオマ・グの得た魔石ゲブロンにある。夜行性の動物であるコウモリの遺伝子を手に入れ、その能力を我が物とした彼は、日光などの『強い光』に激しい拒否反応を起こしてしまうという弱点があった。

 戦いの始まりこそ夜であったが、長い戦いの末に夜は明け、生じた森の木漏れ日の中に蹴り飛ばされたことによって日光をまともに浴びてしまったため、戦闘を放棄して逃げ出したのだ。

 

「な、なんなの……?」

 

 さっきまで威勢よく襲いかかってきたズ・ゴオマ・グの様子が変わったことに霊夢が驚くが、すぐに表情を切り替えて残るもう一体の怪物に向き直る。ズ・グムン・バは動けなくなった五代に近づき、その蹴りを避けながら足を振るった。

 反応が遅れ、五代は足を取られて転倒してしまう。受け身が取れず、硬い石畳に身体を打ちつけて痛みを感じるが、白いクウガのときほどのダメージはない。特別耐久力に特化しているわけではないとはいえ、赤いクウガの装甲はこの程度で傷を負うほど弱くはなかった。

 

 拘束され、地に伏したクウガの身体を踏みつけるズ・グムン・バ。やはりその両腕に備えつけられた爪は短刀を思わせる長さに伸びていく。

 里のときとは違い、今度は獲物に対して油断はしない。すぐさま爪を振り上げ、振り下ろすが、赤の力を取り戻した五代の反応はズ・グムン・バの攻撃を許さなかった。

 強化された肉体をもって両腕を広げ、蜘蛛の糸を引き千切る。拘束から脱した五代はズ・グムン・バの腕を掴み、そのまま腹へ鋭く膝蹴りを見舞った。

 白のままの力では糸の拘束から脱出することはできなかっただろう。これほどの力を取り戻せたのは、紛れもなく霊夢が放った霊力のおかげだ。原理こそ理解していないが、五代はそれを確信していた。

 苦痛に悶えるズ・グムン・バを見据え、立ち上がった五代は渾身の力で右の拳を叩き込む。赤の身体、マイティフォームのパンチは、白のクウガとは比べものにならない威力を誇る。

 

「グ……ブゥ、ガッ……!」

 

 正面から打撃を受け、ズ・グムン・バが数歩後ずさる。さすがにただの殴打では致命傷とまではいかないが、今のクウガは単なる格闘においても十分にグロンギと渡り合うほどの力を備えている。アマダムの出力は、ズ集団が腹に持つ魔石ゲブロンを大きく上回るほどだ。

 怪物は標的への認識を改める。『狩るべき獲物』から『倒すべき敵』へ。伸ばした爪を撫で合わせ、ズ・グムン・バは赤のクウガを睨みつけた。

 吐き出された糸は風を切り、五代のもとへと突き進む。いくら強化された身でも、弾丸の如き速度で放たれたそれを回避する技能は五代にはない。弾幕ごっこに慣れた幻想郷の少女たちならまだしも、戦い慣れているとはいえ彼は戦士の姿に変じているだけの普通の人間である。

 

封魔針(ふうましん)!!」

 

 迫る糸は、五代には届かなかった。五代の背後にいた霊夢が、右手に持った霊力の針を放ち、こちらも弾丸の勢いをもって糸の勢いを相殺したのだ。

 針を撃ち放つという点ではパスウェイジョンニードルに似ているが、この【 封魔針 】は霊力で構成されている。物理的なものではないため、役割を果たしたそれは力を失って霧散した。

 続けて束ねた霊力を針と成し、形成された封魔針を解き放つ。パスウェイジョンニードルほどの威力はないものの、霊力の続く限り無尽蔵に放つことができる封魔針は霊夢の頼れる集中ショットの一つだ。怪物の皮膚に突き刺さった針は炸裂し、その場に霊力の爆発を巻き起こした。

 

「忘れたの? あんた、今は2対1よ」

 

 お札を構え、余裕の笑みを見せて怪物を挑発するが、霊夢の体力ももはや限界に近い。これだけ長時間の戦闘を続けていれば、人間である霊夢の疲労が募るのも当然であった。隣で拳を構えるクウガの表情は仮面に阻まれて見えず、疲労の度合いは分からない。

 それでも震える手を見れば分かる。これ以上は戦いを続けたくないのだろう。理由は問うまい。彼は、十分に戦った。何度も何度も戦い抜いて、ようやく平和を勝ち取った。彼の話は、彼の戦いの終わりを十分に物語っていた。

 だからこそ、終わらせる。この場で確実に決めなくては、終わったはずの彼の戦いがさらに長引いてしまう。霊夢としてもそれは本心ではない。ここで怪物を逃がすわけにはいかないのだ。

 

「……っ!」

 

「また……!」

 

 有明(ありあけ)の空に、朧気に浮かび上がった灰色のオーロラ。その正体を知らずとも、それが何を意味するのかはすでに理解している。

 怪物の行動を許すこと。それは怪物の逃走を許してしまうということに他ならない。せっかく与えた損傷も、奴を取り逃がせば無意味なものとなってしまうだろう。

 

「逃がすもんですか!!」

 

 逃げ去ったもう一方の怪物――ズ・ゴオマ・グも気になるが、今は奴を追うよりもこちらを倒す方が先決だ。霊夢は素早く組んだ印を解放し、ズ・グムン・バに向けてお札を投げつける。突き刺さったお札は霊力を解き放ち、その場に結界を展開した。

 設置型の疑似結界。ごく限られた小さな空間にだけ作用する拘束用の【 常置陣(じょうちじん) 】をもってズ・グムン・バの動きを封じ込める。結界の効果はすぐに切れてしまうが、一瞬だけでもその動きを止めることができれば。

 オーロラは消えている。怪物の退路を断った、というわけではないだろう。先ほども何もない空間に突如として現れたオーロラだ。またすぐに現れてもおかしくはない。霊力の波によって拘束されていたズ・グムン・バが自由の身を取り戻すと同時に、五代と霊夢は互いの顔を見合わせた。

 

「……ふっ……!!」

 

 五代――赤のクウガが右腕を正面に突き出し、左手を腰の前に添える。アークルの中心から湧き上がる力と共に、右足の(くるぶし)辺りを彩る赤い宝玉が強く輝く。右脚の筋肉全体に熱が迸り、足の裏から炎となって噴き上がる。

 地面を焼き払わんばかりの勢いで燃え上がるそれを感じながら、五代は両手を広げ、腰を落とす構えを取った。

 両腕を振るい、焼けつく熱を放ち続ける右足と、前へ踏み出す左足。黒い強化皮膚に覆われた健脚をもち、赤のクウガは大地を蹴る。空中で両脚を抱え、加速を込めて一度(ひとたび)、前転。真っ直ぐ斜めに、鋭く伸ばした右脚を掲げ、赤く燃え上がる炎と共に渾身の飛び蹴りを打ち放った。

 

神技(しんぎ)天覇風神脚(てんはふうじんきゃく)……!!」

 

 霊夢が告げる、最後の一手。持ち得る最大限の霊力を一つに束ね、自身の全身――特に左脚へと収束させる。体術系のスペルカードの中では最高峰の威力を誇る【 神技「天覇風神脚」 】は、本気で放てば生身の霊夢の脚力でも巨岩を打ち砕くほどのものとなる強力なスペルだ。

 青白い光が霊夢の身体から溢れ、弾け飛ぶ。この身はすでに、人間の限界を超えている。スペルが発動している短い時間限りの、異常な状態。今この瞬間においては、霊夢の身体能力は赤のクウガにも匹敵する。

 大地を蹴って空へ舞う。ふわりと姿勢を低くし、目標へ飛び進む。頭を下げ、くるりと一回転すると、鋭く伸ばした左脚を掲げ、霊夢は自らを一つの光弾とするが如く飛び蹴りを放った。

 

「――おりゃあああああっ!!」

 

「――せやぁあああああっ!!」

 

 咆哮。二つの『赤』が気合いの叫びを吼え立てる。

 炎と共に放つ右脚の蹴り。霊力と共に突き進む左脚の蹴り。怪物から見て左側の霊夢が放つは彼女の最強体術、神技「天覇風神脚」。博麗の巫女の隣に並ぶのは、赤い身体を取り戻した戦士クウガが誇る封印の一撃だ。

 マイティフォームとなったクウガの必殺技。渾身の力を込めた【 マイティキック 】が、霊夢の放った蹴りと共にズ・グムン・バの胴体を吹き飛ばす。蹴った反動のまま、五代と霊夢は翻り、その後方に着地した。

 二人は姿勢は違えど、同じく片手と片膝を着いて向かうズ・グムン・バの姿を見る。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

 五代の激しい呼吸に混ざり、控えめに息を荒げる霊夢の声。静寂の中、じりじりと焼けつく足裏の熱がより強く感じられた。

 二人はゆっくりと立ち上がる。怪物の胸に、小さく浮かび上がる光。それに気づき、五代は仮面の下で目を見開いた。苦しみに悶える怪物の姿を見て、霊夢も固唾(かたず)を飲んで手に汗を握る。

 

「グォ……ブグァッ……グゥオッ……!!」

 

 ズ・グムン・バの胴体に輝いている紋章は、紛れもなく古代リント文明が(のこ)した『封印』の文字だった。

 里で見た脆弱(かよわ)い光とは違う。確かに強く、雄々しく輝くその光は、ズ・グムン・バの身体に確実に流れ込んでいる。

 そこにある紋章――封印のリント文字の輝きは二つ(・・)。右胸と左胸に、それぞれ封印の文字が刻み込まれている。五代が放ったマイティキックの他に、ズ・グムン・バに命中したのは霊夢の天覇風神脚。その二つが、同じ力、同じエネルギーを伴ってこの怪物に封印の干渉を与えたのだ。

 

 殺す……! やってやる……! 殺す……ッ!!

「ボソグ……! ジャデ デジャス……! ボソグ……ッ!!」

 

 苦痛に悶えながら、怨嗟(えんさ)の声を吐き漏らすズ・グムン・バ。腕を振るい、空を切る。糸を吐き出そうと口を開くも、漏れ出るものは呻き声だけ。

 その全身を走る神秘の力、古代リント文明が生み出した『封印エネルギー』と呼ばれる光が、ズ・グムン・バの身体を駆け巡る。

 クウガのマイティキック。霊夢の天覇風神脚。並び立つ威力を誇るその力によって与えられた封印エネルギーは、ズ・グムン・バの腰に巻かれたゲドルードのバックルへと光を伸ばした。

 赤銅色に鈍く輝く悪魔の形相に、小さな亀裂が入る。溢れる光は美しく、優しい。されど、その優しさは彼らにとっては何よりも耐え難い侮辱に他ならないものだった。

 

 超古代におけるクウガは、リントであるが故に殺しを知らず。そのため、殺戮を繰り返すグロンギをも殺すことはせず、あくまで封印という方法でその脅威を大地の下に眠らせることで、相手の命を奪うことなく戦いを終わらせた。

 しかし、現代のクウガ──五代雄介は現代の人間(リント)である。現代のリントは、あるグロンギ(いわ)く『変わった』と称された。かつての誇り、優しさを忘れ、グロンギと同様に殺しを行う様は、彼らの言葉を借りるなら「我々と等しくなった」と思われても仕方がないのかもしれない。

 

 それでも、五代は優しさを捨てなかった。その()り方は、古代におけるリントの誇りに通ずるものがある。

 だが、彼の世界は優しくあろうとしなかった。殺しを認め、人々を傷つけるグロンギめいた(ことわり)を容認した。その世界を、現代に生きる悲しみを知ってしまっている五代は、人々の笑顔を奪う未確認生命体を──グロンギの存在を認めることができなかった。

 存在を認めない。それは、相手の命を、生きることを否定するということ。古代のリントになれるほど、五代雄介は世界を達観できなかった。彼はただ、みんなの笑顔が好きで、それを守りたいだけの優しい青年であるのだ。

 いくら暴力を嫌っても、拳を振るうことを嘆き悲しんでも、無慈悲に降り注ぐ暴力は笑顔では止められない。自分の身を想うからこそ、自分が守りたい、大切なものを守るために。五代雄介は自分の涙を仮面に隠して、その悲しい拳を振るい続ける。――霊石アマダムはその想いに答えた。

 

「グォ……グッ……ブグゥオッ……!!」

 

 ズ・グムン・バの身体に刻み込まれた紋章が一際強く輝く。腰に巻くゲドルードのバックルに入った亀裂も、そこから漏れる光に包まれ、黄金に染まっていた。

 駆け巡る封印エネルギーが体内の魔石ゲブロンに近づき、五代も望まぬ『ある反応』を引き起こす兆候として現れる。

 それは、人が人を殺すことが受け入れられてしまった悲しい世界、リントの誇りを忘れたリントの世界で生きる、五代の心。リントが相手の命を尊重して生み出したはずの封印エネルギーは、封印のための出力を超えて、五代の悲しみを()み取ったアマダムが送る強大な武器となった。

 

「クウガァァァアアーーーーーッ!!!」

 

 接触。封印エネルギーの光が、ズ・グムン・バの魔石ゲブロンに届く。溢れる光は魔石ゲブロンのエネルギーを暴走させ、グロンギの回復能力を遮断する。

 断末魔と共に、ズ・グムン・バの肉体は内側から溢れ出た封印エネルギーと魔石ゲブロンの暴走エネルギーによって、境内一帯を明るく照らすほどの大爆発を引き起こした。

 熱風と轟音。ズ集団ともなれば、ベ集団とは比べものにならない爆発が巻き起こる。博麗神社の地面を焼き、凄まじい爆風を発するが、赤いクウガにとっては少し強い程度の風でしかない。

 

 霊夢も顔をしかめ、爆ぜた命を見届ける。近くにいたら爆風を受けていたかもしれないが、少し離れたこの位置ならば若干の熱風が髪と巫女服の裾を揺らす程度で済んだ。

 ベ・ジミン・バと同様、砕け散った肉体は跡形も残さない。凄まじいエネルギーによって全てが消し飛び、そこには死体どころか肉片の一つさえも残ってはいなかった。ここまで木端微塵になるほどの霊力を込めたつもりはなかったため、やはり怪物の方に爆発の仕組みがあるのだろう。

 

「やっぱり、こいつも爆発するのね。……神社に結界を張っておくべきだったかしら」

 

 爆風の勢いは強い。だが、それは弾幕ごっこに慣れ親しんだ霊夢にとっても普段見ている爆発とそう変わらないものだ。焼けつく風に仰がれる感覚は不快だが、ようやく怪物を倒すことができた証だと考えれば少しは爽快感もあった。

 気にかかるのは博麗神社の方だ。この神社は地震によってこれまでに二度も倒壊している。その度に設計を見直し、より強固に建て直されているのだが、未知の怪物の爆発にどこまで耐えられるか心配になる。

 大丈夫だとは思っていても、境内で起きた爆発のせいか神社は少し揺れているように見えた。また倒壊でもされたらしばらく霊夢は住まいを失い、野宿生活となってしまう。

 

「……霊夢ちゃん!」

 

 変身を解除し、生身の姿に戻った五代が沈んだ顔を上げる。その名を呼び、霊夢に振り向くときには、すでに朗らかな笑顔が戻っていた。揺るぎなき笑顔で掲げられた親指の仕草は、五代雄介という人物をよく表している。

 霊夢もそれに向かい、やれやれと言った様子で小さな笑顔を零す。右手の親指を掲げ、五代と同じようにサムズアップを見せた。それを見て、五代の笑顔はさらに嬉しそうなものになる。

 

「やっぱり、笑顔っていいよね」

 

「ふふっ……何よそれ」

 

 互いに笑い、空を見上げる。濃紺の夜空は、晴れ渡る青空に。五代が守りたかった、笑顔と青空。そのどちらも、今ここで笑っている。

 悲しみに満ちた現実を、拳をもって打ち砕く。ただ、笑顔でいられる幻想を切り開く。

 

 向かう悪意を壊すためではなく、自分が大切だと思うものを守り抜くために。

 

◆     ◆     ◆

 

座標不明

06:27 a.m.

 

 薄暗く不気味な建物の中に、男と女が佇んでいた。

 男は全身を黒いコートで包み、深く被った黒いニット帽と白い布で顔を隠しているため、その表情は(うかが)えない。外見こそ人間らしい姿をしてはいるが、放つ雰囲気はとても常人のそれではなかった。

 全身に白いマントを羽織るその姿は、暖かい春の季節においては相応しくない異質な格好であると言わざるを得ない。

 対して、向かう女の姿は麗しいドレス。黒衣に纏うは深紅の薔薇を思わせる花の首巻き。鮮やかな装いに反し、女の表情は冷たく研ぎ澄まされたものだった。それは人間の里に現れたときと同じ冷ややかな眼差し。額に浮かぶ白いタトゥは、やはり一輪の薔薇を模している。

 

 バルバ グムンはどうした

「バルバ ゾグ ギダパ グムン」

 

 右手に異形の算盤(そろばん)、『バグンダダ』を持つ男が低い声で問う。

 向かう女もそれなりの長身ではあるが、男はそれを遥かに上回る並外れた長身だった。2m近い体格でもって、風にはためかせるマントを気にも留めず。ニット帽と口元の布から覗く鋭い双眸は、女の姿を貫いた。

 男の名はドルド。かつて未確認生命体B群第9号と呼ばれたグロンギであり、今はB群の呼び名通り、人の身と変わらない生身の姿、すなわち『人間態』となっている。

 怪人態となれば、空を自在に支配する猛禽(もうきん)の鳥獣、コンドル種怪人『ラ・ドルド・グ』としての能力を遺憾(いかん)なく発揮することができるが、彼の立場は裏方におけるグロンギの補佐に過ぎない。彼は自ら裏方の補佐階級である『ラ集団』を選び、その立場を望んでやっているのだ。

 

 グムンは死んだ ゴオマも 資格を失った

「ギンザパ グムン ギバブゾ グギ バダダロ ゴオマ」

 

 黒衣を装う長身の美女が静かに答える。

 同族の死を伝えているにも関わらず、その表情に一切の悲観は見られない。まるでそれが当たり前のことであるとばかりに、淡々と事実を告げていた。

 女の名はバルバ。やはりこちらもかつては未確認生命体B群第1号と呼ばれていた存在。薔薇の能力を備えたグロンギ、バラ種怪人『ラ・バルバ・デ』の人間態である。

 彼女もまた、ドルドと同じく裏方の補佐を務めるラ集団に所属する者であり、平時においてはグロンギの儀式を円滑に進める神官、あるいは巫女のような立場となる。実際に自らが出向くことは少ないが、必要に応じればドルド同様、怪人態の姿を晒して戦闘を行うこともあるだろう。

 

 そうか かつての繰り返し というわけだな

「ゴグバ バヅデン ブシバゲギ ドギグ パベザバ」

 

 ドルドは皮肉めいた笑みを浮かべるが、相変わらず覆い隠された表情に変化はない。どれだけ心象に変化をもたらしても、この男がそれを表に出すことはない。

 かつての繰り返し。その言葉には彼自身、苦い記憶を想いつつも、どこか心の底で歓喜しているようでもあった。

 この身に受けたリントの知恵(・・・・・・)は未だ忘れられるものではない。苦痛という次元を超えた、暴虐の極致。ただのうのうと死にゆくだけだった弱き民が、クウガに頼らず『ラ』であるこの身を殺すまでに至ったのだ。バルバと同じく、彼もまた、リントが『変わった』ことを嬉しく思っていた。

 

 問題ない 我々の儀式に 滞りはない

「ロンザギ バギ パセパセン ギギビビ ドゾボ ゴシパバギ」

 

 自らの中指を彩る指輪を見つめ、バルバが冷たい声を吐き出した。

 その指輪は爪のような不気味な装飾が施され、何らかの儀式に用いられそうな呪具の様相を(てい)している。グロンギの文明が凝縮されたと思わせんばかりの悪意が、その小さな装飾に込められているようだった。

 琥珀(こはく)の如く冴える指輪。溢れ出るエネルギーこそ神秘的であるのに、全体的な雰囲気は邪悪と形容する他にない。美しき姿の中、その一点の指輪だけがあまりにも歪な悪意を体現している。

 

 ……では

「……ゼパ」

 

 バグンダダを懐にしまい、ドルドがバルバに向き直る。張り詰めた空気は、より一層重く厳かな空気になっていた。

 しん、と静まり返った建物の中、バルバは手にした皮紙を見つめる。

 皮紙に記されているのはグロンギを表す紋章。バルバの額に浮かぶタトゥと同じ、グロンギを象徴する動植物の意匠だ。

 魔石ゲブロンによって与えられたその力は、グロンギの身体に刻印となって浮かび上がる。それは一見タトゥのように見えるが、実際は生体的な色素沈着などの異常により生じた『(あざ)』と呼ぶべきものだった。

 バルバが手にする皮紙の最下部。他の紋章は闇のように暗い漆黒色で描かれているが、その一つだけはバルバの額にある薔薇の紋章と同じ、純白の色をしている。激しく歪んだクワガタムシの紋章は、すべてのグロンギを超越した究極の存在、彼らの族長である『ン』を意味するものだ。

 

 ――ゲゲルを 始めるぞ

「――ゲゲルゾ ザジレスゾ」

 

 視線を皮紙からドルドへ移す。儀式の準備は、すでに整っている。あとはそれを実行するグロンギ、来たるべき儀式の『プレイヤー(ムセギジャジャ)』となる者たちを招集するだけである。

 儀式の開始前であるというのに、勝手な行動をしてしまったズ・グムン・バはクウガによって殺された。同じく早まった行動をしたズ・ゴオマ・グも死ぬことこそなかったが、『かつて』と同じく儀式の参加資格を失ってしまった。

 グロンギたちの聖なる儀式。その名は『ゲゲル』。(たくま)しき者グロンギが、惰弱(だじゃく)なる者リントを殺戮する、彼らの遊戯。それは、現代人類(リントたち)を獲物と称して狩りを行う、殺人ゲーム(・・・・・)だった。




マイティキックと天覇風神脚。封印を司る赤い人のダブルキック。
本来、天覇風神脚は連続サマーソルトキックなんですが、見栄え重視です。

次回、EPISODE 7『疑惑』

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