東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第69話 不確かな境界線

 春の芽吹きに包まれた博麗神社。幻想郷の東の端、少し高い丘に設けられた境内。豊かな木々に包まれたその場所はそれそのものが境界の要を成しており、神社そのものが幾度の倒壊を迎えようとも境内という場所さえ無事であるのなら、幻想郷の結界は維持される。

 博麗霊夢は境内に落ちた桜の花びらを箒で掃きつつ空を見上げた。昼間の戦いから数刻が過ぎ、空は薄暗く夕闇に染まりつつある。小さく零れる溜め息は、幻想郷の明日を想うがため。

 

「……いつぶりかしら。こんなに異変が長引いたの」

 

 何日も何週間も続くような異変が起きることはよくあることだ。だが、今回はそれほどの時間が経っていないにも関わらず、肩に背負う重荷がずっしりと霊夢の心を軋ませている。

 里の人間を妖怪の賢者自らが夢の世界に避難させるなどという事態は未だかつて前例がないほどだ。当初はただ結界が揺らぐだけの異変だと楽観視していたはずなのだが、未知のオーロラや怪物の出現、おそらくはオーロラの彼方から流れ込んできた別の世界の空気による影響だろう、第二次四季異変という副次的に発生した季節の異変。

 

 人間も妖怪も、賢者たちでさえもが共に向き合わなければ、その被害はやがて幻想郷のすべてを喰い破るかもしれない。それでも、霊夢は心に晴れ渡る快晴の空を曇らせまいと強く気持ちを引き締めた。その名は博麗の巫女。幻想郷の支えとなるべき、楽園の守護者でなくてはならないと。

 

「相変わらず、現実味のない世界だ。起きているのは『滅びの現象』とも違う……か」

 

 マゼンタ色のトイカメラを幻想郷に向けてシャッターを切る青年はファインダーを覗き込んだまま、レンズに映る世界を見下ろす。入り乱れる春夏秋冬は、それが怪物を呼ぶオーロラの影響かもしれないという点を除けば、とても神秘的で美しい光景であった。

 博麗神社には写真を現像する設備はない。どれだけ愛用のカメラで世界を写そうと、その瞬間が焼きついたフィルムを一枚の写真と手に取ることはできないが、彼自身の癖か。

 心に刻む光景を、写真に残したい。ゆえに彼は、すべての世界とファインダーで向き合う。

 

「滅びの現象? 何それ?」

 

 霊夢は境内の少し高い丘に立つ門矢士を見上げて問いかけた。この博麗神社の境内は特殊な立地に成り立っており、鳥居の方向を向いてもただ鬱蒼とした木々と獣道しかない。参拝客は本殿の向こう側に広がる幻想郷からぐるっと回って参道を通り、鳥居を潜るのだ。

 博麗神社の鳥居が向いているのは幻想郷の外側。すなわち大結界側である。東の端に設けられた神社の鳥居が東を向いているというのは些か奇妙ではあるが、これは幻想郷そのものを博麗神社の祭神と定義しているためであろうか。

 そのため、博麗神社から幻想郷全体を見渡すためには鳥居に背を向ける必要がある。もっとも、この境内は博麗大結界の内側と外側の境界に位置する特殊な場所。あまり物理的な法則が通用するところでもない。多くの人妖は幻想郷側から飛んで来ながら、鳥居を超えて現れる。

 

 士はカメラの上部に設けられたファインダーから顔を上げつつ振り返った。そのままゆっくりと丘を降りつつ、問いの返答を待つ霊夢の僅かな隙を狙う。

 ファインダーを覗き込むことなくレンズだけを彼女に向け、器用にシャッターを切る士。霊夢は即座に反応して咄嗟に取り出したお札で顔を隠す。デジタルカメラやインスタントカメラのようにすぐに写真を確認することはできないため、撮影の可否を確かめる術はない。

 溜息を吐き零しながらトイカメラを首へと提げ直すと、士は己が記憶から言葉を紡ぎ始めた。

 

「俺が旅してきた世界で起きた現象だ。俺はそいつを止めるために世界を渡ってきた」

 

 軽やかに段差を飛び降り、そのまま本殿の前へと歩いていく士を霊夢は追う。賽銭箱の前の短い階段に腰かけると、黒いボトムスに包まれた長い脚を組んで空を見上げた。

 霊夢も同様に階段に腰かけつつ、あまりにしつこい迷惑記者(パパラッチ)──顔馴染みの射命丸文を撃退するために作った対カメラ用防御結界札を懐に戻しながら、士と同様に赤みがかった空を見る。

 

「空も大地も建物も、何もかもが消えていく。それを嘆く暇もなく、怪物が現れる」

 

 強く握りしめるトイカメラに込めた想いは救えなかった者たちへの悼みか。あるいは存在しているだけで破壊への道を歩みゆく世界への怒りなのか。士は旅の友として愛用してきたマゼンタ色のカメラ、二眼レフたるそれに視線を落としては静かに己が旅路を語り始める。

 

 幻想郷の存在しないいくつもの時空。過去にも未来にも幻想の届く余地はない別次元の(そら)。ある法則によって成り立つそれら無数の世界は、最果ての因果より『仮面ライダーの世界』として定義されている。

 彼らの物語は時と共に消滅する運命にあった。さながら電王の世界に連なる法則の如く、記憶こそが時間。すなわち存在そのもの。人や物が完全に忘れ去られてしまえばその世界に存在できなくなるのと同じように、物語そのものが忘れ去られてしまえば。

 仮面ライダーの物語はその世界の根幹を成す因果の(くびき)。それを失ってしまった世界は、やがて消滅の道を辿ることとなる。

 

 その結末を危惧したキバの世界の代行者はディケイドに接触。()()()()()が失ってゆく不安定な記憶を頼りに原典世界を模倣して生み出された再編世界を繋ぎ留めておきながら、仮面ライダーの物語をディケイドに破壊させることで『彼ら』の記憶に留めようとした。

 士の旅は破壊のために。されど士は仮面ライダーたちを仲間にしてしまい、世界の消滅は止まることなく進んでいく。それどころかその旅路が世界を繋ぎ、融合による対消滅までも引き起こそうとしている。それを止めるには、もはやディケイドの因果を最初からやり直すしかなかった。

 

「……俺は世界を破壊するために生まれた存在らしい」

 

 とある世界に、門矢士は生まれた。仮面ライダーの世界と定義され、やがて仮面ライダーを生み出し、長く続いていく世界。そしてその世界で、門矢士は何も知らない少年が持つには過ぎた力を発現させてしまった。

 今ある一つの世界を超えた、時空の境界を超越する旅人の力。最初に並行世界を垣間見た妹に続き、士は別の世界へと踏み込むことができるようになっていたのだ。

 別の世界の者が別の世界へと踏み込む。それは、その世界の均衡に介入するということ。不用意な干渉を受けた世界は、踏み込んだ者の意思とは関係なくその形を変えていくだろう。

 

 門矢士の世界。便宜的に『ディケイドの世界』と呼ばれるその世界に在る、巨大な悪意を秘めた大いなる組織。自らの世界だけでなく異なる因果を辿った並行世界さえも掌握しようと目論むその組織は、かつて存在した昭和(ふる)き神話の巨悪に準え、己が双頭の大鷲を掲げ、自らをこう呼んだ。

 

 全世界の秘密結社が大結集、大同団結した大いなる大組織──『大ショッカー』と。

 

 大ショッカーはすでに並行世界へと接続する力を我が物としていたが、それはただ不安定な世界の揺らぎを利用していたものに過ぎなかった。そこに世界の境界を超える力を持つ少年、門矢士を見出し、彼を自分たちの元へと引き入れ、世界の消滅を阻止するためだと嘯き。

 士はやがて、大ショッカーの頂点へと祀り上げられていた。彼の能力を利用して大ショッカーが開発した世界の破壊者たる者のベルト、ディケイドライバーを携えて──

 世界と世界の潮汐力による世界同士の融合、対消滅による世界の終わりを阻止するため、融合の原因となっている各世界の仮面ライダーを破壊するための舞台装置として戦ってきた。

 

 結局、自分は使い捨ての道具でしかなかったのだ。幼少の頃から聞かされてきた大ショッカーの理念もすべて嘘。ただ自分を利用して、世界を渡る力を利用して、全ての並行世界を手に入れようとした彼らの手の平の上で踊らされていただけ。

 世界融合の原因は並行世界の仮面ライダーではなく、世界を渡る力と世界を壊す力が結びついた自分自身、ディケイドが誕生したがゆえ。大ショッカーはただ、その融合を加速させていただけでしかなかったのだ。

 旅路の果てに居場所を失くしても。記憶を取り戻して意志を取り戻して、仲間たちの想いによって自分の存在を取り戻して。帰るべき世界がなくとも、終わりなき旅こそが自らの世界だと心のフィルムにしっかりと刻み込んで。

 

 自分を世界の破壊者として育てたのは大ショッカーだ。幼い頃から教育を受け、戦い方を学び、世界の在り様を学んだ。ただ道具としての、お飾りとしての指導者に据えていただけなのであろうが、幼くして両親を失った士にとっては偽りなく家族と呼べる存在だった。

 それでも、戦う。何の因果であろうか。遥けき過去の物語、すべての仮面の歴史の中で。最初にその仮面を装った男も、己が姿を形作った組織に自由と平和のための拳を向けた。

 生みの親に牙剥く覚悟こそが仮面ライダーの宿命なのかもしれない。門矢士にその戦いの記憶はないが──仮面ライダーとなった者たちの系譜に、運命的な螺旋となり刻まれていくのだろう。

 

「…………」

 

 霊夢はその話を聞いて、彼に対してあるいはどこか、自分に似たものを覚えた。世界を破壊するために生まれたディケイドという存在。それはただのシステムに過ぎなかったのだろう。

 博麗の巫女も同じ。ただ幻想郷の結界を維持するための存在であり、幻想郷の均衡を乱す妖怪を退治するだけのシステムでしかなく、個人の名前すら必要とされなかった。先代の博麗の巫女は、ただ巫女としか呼ばれていなかったのだという。

 

 自分も当初はそうだったのかもしれない。幼い頃の日々は多忙な業務に追われ、あまり記憶に残っていないが、きっと博麗の巫女としての自分は博麗霊夢という個人として認識してもらえていなかったのかもしれない。

 だが、今は違う。それはきっと門矢士も同じことだ。ただのシステムでしかなかった自分たちはもういない。今ではしっかりと自分と向き合ってくれる友がいるのだ。

 士の表情は語る内容とは裏腹に、どこか満足げなものだった。きっと在るべき世界などなくとも、旅の中に自分の世界を見出しているのだろう。どこまで旅を続けても、どこまで異変に向き合っても、帰る場所がある。だからこそ、どこまでも自由に、阻むものなく旅人でいられる。

 

「似たもの同士、ってわけかしらね」

 

「……何か言ったか?」

 

 故郷と呼べる場所を遠く離れてなおも孤独に苛まれることなく、むしろ笑って未知の世界を踏破することを意思と成す。霊夢は士に見出した自分の面影を無意識に振り払うように、冒険家である彼、今は魔理沙と共に森にいる五代雄介の面影を重ねていた。

 朗らかな笑顔が似合う、どこか年齢不相応に達観した振る舞いのあの男と、自信過剰で尊大で、自らを破壊者と称しながらも寂しげな子供らしさをも垣間見せるこの男ではあまり似つかないかもしれないが──

 

 クウガとディケイド。五代と士。そこには何か、言葉では言い表せぬ何かを感じた。それはさながら、霊夢と紫。可視光の両端である赤と紫が離れているのに、マゼンタという幻想の色をもって仮初めの円環を成すかのように。交わらざれど、目には見えない繋がりがそこにあるのだと。

 

「それで、その大ショッカーとかいう組織は壊滅したの?」

 

「……さぁな。一度は倒したが、今度は生き残りが別の組織を立ち上げたらしい」

 

 九つの世界の旅を終え、幾度もの円環を乗り越え、やがて辿り着いた最初の結末において。士は大ショッカーの頂点である『大首領』の座にあった自分を取り戻した。失われていた記憶に従い、当初の目的通りに仮面ライダーたちを殲滅し、家臣たる男の言葉通りに世界の融合を阻止しようと旅の仲間たちをも切り捨てた。

 すべての世界の征服はあくまで崩壊しつつある世界の保護。消滅するよりはマシだ。大首領であった士は、そのつもりで戦ってきたはずだったが──

 ──利用されていることにも気づかずに自らすべてを捨て去って、邪魔な仮面ライダーたちを滅ぼしてくれる傀儡の大首領。大ショッカーにとって、門矢士はさぞ滑稽で便利な存在であったことだろう。世界の破壊者であった自分は、生まれながらにして罪深き者なのだと。

 

 そうあるために生まれてきた。されど士はそんな呪われた宿命をも破壊してみせた。戦う理由を失っても。自らの世界さえも失っても。──『たとえ孤独でも、命ある限り戦う』。それが仮面ライダーなのだと、かつての士に右腕を奪われた男の言葉に誇りを取り戻し。

 誇りを数え、()()()()()。旅の苦楽を共にした別の物語のクウガたる青年と肩を並べて、孤独を味わわせてしまった仲間や妹への罪を贖うために。二代目大ショッカー大首領となった親代わりの家臣へと、決別の意志を叩きつけたのだった。

 そこに現れたのは九つの世界の枠組みに収まらぬ未知の仮面ライダーだ。疾風を纏い、切り札としての己を信じ、二人で一人の絆を抱く新たな世界の探偵たち。士は彼らと共に大首領を打倒し、自らの世界へと帰っていく戦士(ふたり)を見送り、大ショッカーの宿命に終止符を打ったのだが──

 

 それもまた、あるいは。門矢士という最果ての旅人に与えられた役割の一つなのか。肉親である妹さえも、大ショッカー大首領であったという立場と記憶でさえも。

 今となっては知る由もない。士の巡る円環は、その時点ではまだ終わっていなかったのだ。

 

「気づけば俺はまた戦っていた。今度は、本当の意味での『世界の破壊者』として」

 

 再び繰り返す旅路。またしても力と記憶を失って、次なる円環において。最後の世界に到達したとき──己が旅を否定する仮面ライダーを退け続ける最中、士は一つの答えに辿り着いた。

 創造の前には破壊が必要。それは誰から聞いた言葉だったか。もはや士は自分の旅の意味を守るために戦うのではなく、新たな創造のため幾多もの仮面ライダーたちを破壊し、ライダーカードとして揺るぎなき因果に刻み込むという道を選んだ。

 自分はそうではないと信じていた。そして仲間たちもそう信じてくれた。だが、結局のところこれしかなかった。仮面ライダーディケイドは、門矢士は。世界を破壊する悪魔なのだと。

 

 激情に身をやつして戦う士を止めようと立ち向かってきたのは最後の一人。旅の友たる戦士クウガ。彼は自らを凄まじき闇の中へと貶めてでも、士を一人で逝かせはしないと玉砕覚悟でその命を散らしてしまった。

 そうして生き残ったのは士だけ。すべての仮面ライダーを破壊し、歴史というアルバムに刻み込んで、最果ての因果に記録された仮面ライダーたちの勇姿。

 そこに、ディケイドの存在はなかった。シャッターを切る者がいなければカメラは動かない。ファインダーを覗く者がいなければ歴史という写真を撮影することができない。だが、その役割を持つ者はただ一人、レンズに被写体として向き合い、写真に写り込むことはできないのだ。

 

 世界(すべて)を繋ぎ、世界(すべて)を破壊する。物語の接続を果たすためだけに生まれたディケイドに、物語など最初からなかった。その事実に辿り着いてしまったからこそ、士は自らを使い捨てるかのように、己が未来という替えのフィルムを求めずに戦った。

 

 創造が始まれば破壊者の役目は終わる。白き翼を纏いしコウモリ、レンズを貫く牙は、士を止めるために戦ったが──士はそうして滅びる宿命を受け入れてしまっていた。

 滅びゆく己が抱いたのは、その存在を歴史に残すためとはいえ、彼らの守ってきた大切な世界を彼らごと滅ぼしてしまったという拭えぬ痛みと悔やみ。満足とは言えぬ罪悪感に濡れたまま死んでいく友を見て、少女はそれが正しい結末なのだと納得できなかった。

 すべての仮面ライダーの世界は士の撮影した写真と残されたライダーカードの力によって復元された。滅びゆく宿命という未来を破壊によって書き換えて、再構築という形で新たなる創造を迎えたために、蘇った。しかし、そこに士はいない。士の故郷となる世界さえも、存在していない。

 

「…………」

 

 これまでディケイドが破壊し、刻んできた世界は元通りに。永遠という強固な未来の保証を手に入れ、彼らの物語はこれまで通りに進んでいくことができるようになった。

 全ての仮面ライダーの世界は修復されたが、誰からも感謝されることのないまま士だけが死んでハッピーエンド。美しくも残酷と、ある男は言った。だがそれも詮無きこと。門矢士という存在がディケイドとなるために生まれてきた以上、この結末は必然であった。彼は最初から決まっていたその運命を受け入れただけ。

 

 ただ彼が最初からそうあろうとしていたのであれば、その因果はそれで終わりだった。だが士はたとえ過ちであったとしても、旅の中で仲間を作ってきた。すべての世界を己が世界とする答えを見つけた。その旅路に刻んだ想いは、紛れもなく彼の存在を証明した。

 たった一枚、残った写真に集いし願い。仲間たちの祈りは門矢士という存在を確かに記憶している。その旅路を見ていた観測者たちも同様に。ただの破壊者としてではなく、門矢士という一人の人間として、仮面ライダーディケイドという一人の英雄として。

 戦いの途中で同じ境遇と共感した昭和(ふる)き世界の再編、とある物語より招かれた少女の死をも胸に受け止めて──門矢士は自ら破壊した彼らの物語と同様に、己が破壊による証明を得たのだ。

 

「俺たちの旅は、過ちなんかじゃなかったんだ。……ま、だいたい分かってはいたがな」

 

 戦いの中、暗躍していたのは大ショッカーの生き残りたちが立ち上げた新たな組織。名をさらに偉大に『スーパーショッカー』と改めた彼らは、またどこか別の物語の一つ、高次元のエネルギー精神体として神の領域にさえ到達し得る、新たなる生命体をその世界に蘇らせた。

 敵の攻撃は激化する。しかし仲間と共に己の存在を取り戻した門矢士は臆することなくそれらに立ち向かった。さらに別の物語より復活した巨大な要塞が現れようとも、終わりなき旅そのものを己が世界と定義した士は力強く告げる。本来は存在し得なかった、存在する必要さえもなかった、ディケイドの物語は──ここから始まるのだと。

 

 そこに紛れ込んだ異物を追って現れたのは、かつて戦いを共にした疾風と切り札(ふたりのたんてい)。彼らの世界が結びついたために法則が交わり、高次元の生命体は地球の記憶を取り込んだ。

 肩を並べるは仲間たち。そして()()()()()を再び胸に抱いた風の申し子。二人で一人と、一人とみんな。それぞれの想いを大いなる悪の残滓へと掲げ、冷たい冬の風に勝利を収めたのだった。

 それが士の記憶している最後の戦い。西暦2009年の終わり──師走(しわす)の日の出来事である。

 

「……なるほどね」

 

 霊夢は士の話を聞いて抱いていた疑問に春の訪れを覚えた。五代雄介や湖で出会った城戸真司といった別世界の英雄、仮面ライダーと呼称される戦士たちにはどこか己が世界の因果という運命の螺旋を戦い抜いた者たちと形容し得る『物語』の終止符が感じられたのだが──

 門矢士にはそれがない。彼の語った言葉をそのまま受け取るなら、その物語にはまだ、終止符と呼べるものがない。おそらくその旅はまだ物語としての終焉を迎えておらず、途中なのだろう。

 

「つまらん話を聞かせちまった。忘れろ」

 

 今まで自分の旅路を語るようなことは一度もなかった。それもそのはず、門矢士はいつだって無数の世界を巡る旅人。一つの世界に立ち止まらず、風に乗ってあらゆる世界に通りすがり続ける。旅の仲間以外にその道筋を知る必要はなく、語ってくることもなかった。

 記憶を失って最初に訪れた世界でも。歩み続けたどんな世界でも。士が撮った写真は必ず異質な歪み方をする。それは、本質的に世界の破壊者である彼の存在を世界が受け入れず、光と向き合うカメラのレンズさえもが拒絶されてしまうため。

 

 世界が俺に撮られたがっていない。ここも俺の世界じゃない。絶えず世界の痛みを破壊し、次の箱庭へと逃げ込むように。そんな旅路の中でも、士は旅の中に己が居場所を見つけた。

 たとえあらゆる世界が自分を否定し拒絶しようとも、旅を続ける限りはそこにいられる。自分と共に旅を続けるあの写真館を、帰る場所として定義できる。傷つき、倒れても、這ってでも戻りたいと思える場所。そして、自分にはそれを共にできる仲間もいる。

 博麗霊夢の理は『すべてを受け入れる力』。その力の影響は破壊者をも受け入れているのだ。

 

「つまり、今はあんたも他の奴らと同じってわけね。……心配して損したわ」

 

「……どういう意味だよ」

 

「だってあんたは別の世界の存在だから迫害されるってんでしょ? 私からしたら仮面ライダーはみんなそうだし、みんなあんたと同じ異物。でも、怪物たちと戦う意思があるのなら──」

 

 霊夢は賽銭箱の前から立ち上がり、肩に手をおいて首を鳴らす仕草をする。この男が破壊者たる所以はおそらくは世界から世界を渡り続けているがため。別の世界の存在は100%の均衡が取れた宇宙に1%以下の異物として認識されるのだろう。

 そしてディケイドという存在がそもそもその破壊を目的に生み出されたとしてもだ。故意であろうが過失であろうが、外来の異物という点では他の仮面ライダーも同じ。

 

 五代雄介も、湖で出会った城戸真司という青年も。幻想郷にとっては等しく門矢士と同じ立場の外来人。幻想郷の外からではない。幻想郷を抱く世界そのものの外から現れた異世界の存在として条件は同じだ。門矢士を含めた十人の戦士がどうあろうとも──

 幻想郷は全てを受け入れる。外の世界で否定されたもの、外の世界で忘れられたもの。居場所を失った幻想さえもその一部として受け入れ、幻想郷そのものが追い出すことはない。

 だからこそ、賢者たちは物言わぬ幻想郷が崩れ落ちないように、異物に対処せざるを得ない。

 

「──戦力に数えるわ。言うまでもないけど、裏切ったりしたら承知しないわよ」

 

 振り返りながら冷静な目で告げる霊夢。訝しげな色を込めたそれは、信頼とも不信感とも取れぬどっちつかずの境界。それは(ゆかり)に対する目つきと同じ。

 霊夢としては無意識ながら彼女なりの誠意のつもりなのか──士にとっては知る由もない。

 

「おい、そんな単純な話じゃ──」

 

 あっけらかんとした態度の霊夢に思わず立ち上がり、抗議しようとする士。ただ別の世界の存在だからという理由だけで己の存在が危険視されているわけではないと、これまでいくつもの世界を渡り歩いてきた士自身だからこそ分かっている。

 自分が世界を渡るということはその一時の移動というわけではない。移動の痕跡が因果に残ってしまい、それは時空の橋となり世界と世界を繋げてしまう。その影響が不安定な灰色のオーロラとなって出現しては、別の世界の悪意や怪物をもたらしてしまう可能性がある。現に大ショッカーはそうやって組織を拡大してきた。

 

 確かに滅ぼしたはず──と断言することもできない。士としても大ショッカーにいた頃の記憶は取り戻しているが、それがすべての記憶というわけではないのだ。あるいは、この記憶すらもディケイドの世界と一時的に定義された自分の生まれ故郷における役割なのか。

 大ショッカーが生まれた経緯を思い出すことができない。あの組織の幹部たちはすべて別の世界の法則を持ち、別の世界から現れた存在であった。己が教育係であり執事でもあった男も月の影として。大幹部として並行世界に侵攻していった者たちも、昭和き世界の再編された物語を故郷として生まれた悪意たち。士の世界で生まれた者は一人もいなかった。

 ならばどうやって大ショッカーは生まれたのだろう。なぜ別の世界から訪れた者たちだけで士の世界で結成されたのか。士の世界を起源とするのであれば、最初に組織を創設したのは──

 

「…………!」

 

 思考は風に断ち切られる。霊夢と士の視界には、再び灰色のオーロラが現れていた。士と霊夢の髪を揺らす不快な風は相変わらず、ここではないどこかの悪意を孕んでいる。

 虚ろに揺蕩うは灰色のオーロラカーテン。彼方に浮かぶ影は三つ。士は懐の白を掴み取った。

 

「ちっ……こういうことになるって言ってんだ」

 

「……ああん? 被害妄想も(はなは)だしいわね。こいつらはあんたが来る前から現れてたわ」

 

 黒いコートの内側からディケイドライバーを取り出してオーロラに向き合う士。その隣では袖の下から数枚のお札を取り出す霊夢が自らの霊力を整える。

 たしかにこのオーロラそのものはディケイドの世界の法則を由来とする現象である。紛れもなく門矢士の存在が抱くその力が引き起こした世界同士の歪みによるもの。ただそれは世界を繋ぐ力の源流でしかなく、士の意思ではないのだ。

 それは世界の融合による自然現象なのか。あるいはまた別の何者かが陰で糸を引いているのか。願わくばその黒幕がよく知る八雲紫ではないことを祈りつつ、霊夢はお札に霊力を込める。

 

「だから、あんたのせいじゃない。もちろん五代さんたちのせいでもない!」

 

 灰色のオーロラから現れたのは三体の異形。そのいずれもが一度は幻想郷に現れ、二度目の死を迎えた怪物たち。クウガの世界を生きたグロンギ、ズ・グムン・バ。アギトの世界を生きたアンノウン、ジャガーロード パンテラス・ルテウス。そして再生しては倒され、再び蘇っては倒された巨大な蜘蛛の鏡像──

 龍騎の世界に被造(つくら)れたミラーモンスター、ディスパイダー。霊夢が目にしたことがあるのはズ・グムン・バだけであるが、その雰囲気の異質さは感覚的なものとして伝わってきた。

 これらからは明確な自我が感じられない──まるでただの操り人形めいた動く屍のようだと。

 

「……ああ、そうかよ。だったら俺は誰を責めたらいいんだ?」

 

 お前だけを逝かせはしないと。重すぎる罪を背負う痛みを少しでも軽くしようと立ち上がってくれた友がいた。だが、士にとってそれは残酷すぎる自己犠牲に他ならない。

 自分だけが悪であればどれほど楽なことか。ただ一人、世界の破壊者として振る舞い、すべての仮面ライダーを敵に回して。自分一人だけが滅び去ってあとのすべては救われる。何も迷う必要のないモノクロームな一枚(こたえ)。己のみを否定し続け、否定され続け、ディケイドという絶対悪に怒りを向けてくれれば、士はそれでよかった。

 

 誰も悪くないなんて、言わないでほしい。そうでなければ、自分のしてきたことの苦しみに耐え切れない。世界を破壊するためだけに生まれた自分の役割まで否定されたくはない。

 もっとも、今の士にはもはや憂いなどはなかった。旅の中で仲間を作り、自分自身の物語という道を見つけた彼には歴史の墓標として朽ちていく意思はない。まるで己の否定と贖罪だけが自分を繋ぎ留める唯一の光であるかのように振る舞ったのは、霊夢をからかってやりたかったから。

 

「それは……そう! たぶん(ゆかり)だわ! あいつが全然説明しないのが悪い!」

 

「ふっ、あの胡散臭い妖怪か? そいつはいい。少しは気分が楽になったって気がするぜ」

 

 ディケイドライバーのバックルを腰に押し当てて、巻き伸びるベルトに身を委ね。すぐさまそのサイドハンドルを開いて展開させたのち、士はライドブッカーから一枚の(カード)を取り出す。

 指先に掲げたその札は己が旅路を宿すもの。ディケイドの仮面が描かれたライダーカードだ。

 

「変身!」

 

『カメンライド』『ディケイド!』

 

 指先でカードを翻しつつ、ディケイドライバーにカードを込めてバックルを閉じ、ワールドファインダーに赤く閃く光と紋章を写し出してはその姿を虚像に染める。

 左右から重なる影は士の身に世界の破壊者たる大ショッカーの叡智を纏わせ。やがて赤きレンズより飛び出した幾重ものライドプレートがバーコードめいた仮面とマゼンタ色の威光を彩る。

 

「こういうのは被害妄想って言わないだろ。どっちかと言えば、加害じゃないか?」

 

「どっちでもいいわよ、そんなの。それよりも……」

 

 ディケイドの姿で三体の怪物を見やり、先の霊夢の言葉に返す士。緑色の複眼、ディメンションヴィジョンに映し出す怪物はいずれも見知った世界の法則。クウガの世界にもアギトの世界にも、龍騎の世界にも赴いたことがある士だが──

 やはり個体としては記憶にない。現れ来たる異形も士の知る世界の法則とは少し違っているのだろう。士が巡った世界は再編された別の歴史。出現した怪物たちから感じるのは、五代雄介と同じ原典の歴史を持つ者たちだ。

 

 己が記憶に基づいて違和感を覚えたのは霊夢も同じ。巨大なものとはまた別の、二本の脚で立つ蜘蛛の異形。こちらは間違いなく人間の里に現れた個体と相違なかった。

 ズ・グムン・バの名を知らずとも、覚えている。この怪物は確かに、五代雄介と初めて出会った人間の里において現れ、やはり未知のオーロラをもって消えた。

 その日の夜、博麗神社に現れた際に赤く熱く蘇ったクウガと霊夢の手で撃破したはずなのだ。

 

「あの蜘蛛のやつ、前に倒したはずよ。五代さんも倒したって言ってたし、また蘇った?」

 

「クウガが過去に倒したんなら、グロンギの方の蜘蛛か。おそらく、こいつらは……」

 

 二度目の死を迎えてなお、三度目の生を受けたか。だがやはり明確な自我が感じられない。かつても幾度かそんな現象を目にしていた士は、何者かによって無理に蘇生された、言わばゾンビめいたものだと予測した。

 これまでの例から考えればそれは大した脅威ではないはず。夏の旅路、大いなる悪を統べる月の影に引導を渡したときも。冬の旅路、地球の記憶を得た生命体を討ち滅ぼしたときも。蘇った怪物たちに与えられた力は生前のものに比べてよほど小さかったのか──

 

 いずれも苦戦することはない有象無象の雑魚(ザコ)だった。感じられる気配の強さはあのときと変わらない。だが、油断は禁物だ。自分の知らない未知の力を身に着けている可能性もある。士は万全を期して、ディケイドを最強の姿に変える()()()を纏おうと腰の背に手を伸ばす。

 ライドブッカーと等しく次元を超えた虚無空間。クラインの壺と呼ばれる無限の領域を僅かに探るも、士が求めた禁断の秘宝、滅びゆく世界の裏側より得た『マゼンタ色の液晶端末(デバイス)』はない。

 

「あれもなくなってるのか……? あのスキマ妖怪め……やってくれる……」

 

「ん? 何がないって?」

 

「なんでもない。……まぁいい。この程度のやつらなら、あの力に頼るまでもねえ!」

 

 士は()く思考を切り替えることにした。ないものはない。かつて得た仮面ライダーたちの力も、九つの仮面を同時に装うことができる最強の力も。

 ライドブッカーを引き抜き、ソードモードとして構える。霊夢もまたお札を構え、緩慢ながらも殺意に満ちた動きでこちらを睨む三体の怪物に向き合いつつ小さく息を吐く。

 

 きっとズ・グムン・バだけではない。パンテラス・ルテウスもディスパイダーも。この幻想郷に蘇り、一度はこの地にて倒されながらも三度(みたび)、蘇ったのだ、と。二人は感覚的に理解できた。

 すぐに怪物の動きは変わる。相変わらず自我が薄い。されど逸る殺意は本能のままに。

 

「グォォォオ……!」

 

 白く迫る蜘蛛の糸はズ・グムン・バが吐き出したもの。霊夢はそれを横に跳んで回避。跳びび避けた先にはまたしても白き糸。明らかに太さの違うその勢いは、同じく蜘蛛の異形である鏡像の怪物、ディスパイダーの口から吐き出されたものだ。

 霊夢は焦らない。横に跳んで身体を横にした状態から石畳に手をつき、その衝撃を基点として上空へ飛びあがることで避ける。空を飛ぶ不思議な巫女の風評は伊達ではない。跳躍ではなく飛翔という形で、霊夢は夕暮れの空へと舞い上がり、ディスパイダーの眼窩(がんか)にお札を投げる。

 

「ギギ……」

 

 霊力を伴うお札はディスパイダーの眼窩を覆う形で張りついていた。八つもの節足を構えてはいるが、二足歩行というヒトの形を持たない怪物は自由に使える両手というものがない。己が視界を覆うそれを手で剥がすこともできず、闇に落ちた異形はただ無為に暴れるのみ。

 その隙を埋めるように迫るはジャガーロード パンテラス・ルテウスだ。豹らしく獰猛な意思を湛えていたはずの琥珀色の眼球には力強い光はない。ただぼーっと刻まれた目的のみを果たそうとする人形のような意思があるだけ。

 

 こちらは共に二本の脚で歩行する人の形の怪物。ズ・グムン・バとパンテラス・ルテウスはそれぞれ霊夢と士を狙うも、やはり蜘蛛の糸の使い方や豹の爪の振るい方も拙い。

 博麗の霊力が込められたお札を投げつける。ライドブッカー ソードモードで切りつける。その衝撃で仰け反った怪物たちはただ本能のままに力を振るい、誇りも自我も忘れ去って。

 僅かに恐怖を覚えるとすれば、倒したはずの怪物たちがこうも容易く蘇るのかという懸念。

 

「……っ!」

 

 霊夢は息を飲む。これまで必死に倒してきたグロンギが。──否、他の仮面ライダーたちが倒してきたのであろう他の怪物たちまでもが数と力を揃えて蘇るのだとしたら。

 そんな憂いを振り払うように、霊夢は上空からズ・グムン・バを見下ろし睨みつけ──

 

「霊符! 夢想封印! 『(さん)』っ!!」

 

 顔を上げたズ・グムン・バが空へ向けて鋭く糸を放ってきたその瞬間。霊夢は、その場の眼下を圧し潰すかのように大量の光球を撒き散らした。一つ一つに込められた霊力はさほどのものではない。だが、その物量は範囲内の相手を無差別に灼き払う祈りの雨となりて降り注ぐ。

 それは霊夢が普段行っている弾幕の雨。解き放たれた霊力の波は紛れもなくスペルカードとして定義される夢想封印のバリエーションの一つである。

 

 博麗神社に現れたカッパに放った霊符「夢想封印 集」が一点集中型の夢想封印であるならば、こちらは【 霊符「夢想封印 散」 】として広範囲に光をばら撒く全体攻撃だ。

 光の狭間に幾重ものお札も加えて光とお札のコントラストを描き出し、ただ闇雲に己が力を撒き散らしているように見えても、弾幕という美しさへの敬意をどこか、無意識的に織り交ぜて。

 

「グォ……ォオ……!」

 

 微かにいつものそれより乱れた光の乱舞。ズ・グムン・バだけを狙っていれば、あるいは大きなダメージになっただろうか。これほどの怪物が容易に蘇ることへの焦りが霊夢の心から普段通りという余裕を奪い、パンテラス・ルテウスとディスパイダーをも同時に巻き込んだ無差別攻撃はディケイドにもあわやその牙を剥く──と思いきや。

 

 霊夢の弾幕は相変わらず真っ直ぐに飛んでいるように見えてそうではない。亜空の狭間を突き抜けて、あるいは境界を超えるスキマのように、あるいは世界を超えるオーロラのように。

 どういうわけか、単純にばら撒いているだけの弾幕ながら、しっかりと敵と味方を区別する。

 

「うわっ!」

 

 ありったけの霊力で無理やりすべての怪物に一度に致命傷を与えようと思ったが、やはりそう上手くはいかない。夢想封印 散は通常の夢想封印を広範囲に広げただけのもの。無数に湧いて出る妖精のような弱き存在を蹴散らすには都合が良いが、相手が怪物となると。

 光の雨を振り払ったズ・グムン・バの糸が霊夢の傍らを突き抜ける。それに驚いて思わず体勢を崩してしまい、空中でふらりとよろめく霊夢。

 なんとかそのまま姿勢を整え、ゆっくりと着地するものの、怪物の狙いは依然霊夢のまま。

 

『アタックライド』『スラッシュ!』

 

 一方の士はパンテラス・ルテウスへと接近し、ディケイドライバーにカードを込めた端から振り抜いたライドブッカー ソードモードを振り上げる。幾重もの虚像に、物理的に増え重なった刃はディケイドスラッシュとなり、パンテラス・ルテウスの神々しき肉体を切り裂いた。

 豹の爪は近づいた獲物を引き裂こうと振り払われるが、ディケイドが纏うマゼンタ色の装甲にそれが当たることはない。士は未だ別次元の斬撃をその身に重ねたライドブッカー ソードモードの刀身、ディヴァインオレと呼ばれる鉱石から成るそれで爪を受け止める。

 

 右腕に構えた刀剣で己が身を守り。空いた左腕は剣の姿をしたライドブッカーのカードホルダーたる部分へと伸ばし、再び無限の宙へと指先を乗せ、抜いたカードをドライバーに収めて。

 

『ファイナルアタックライド』『ディ ディ ディ ディケイド!』

 

 力強く輝くワールドファインダー。刃に込める力は次元を超えた破壊者の意志。士は鍔迫り合うパンテラス・ルテウスの腹へと蹴りを叩き込むと──

 柄を握る右手を震わせるような絶大な力に染まったライドブッカー ソードモードを構え、己が眼前に十枚ものライダーカードの虚像を見る。等身大に並び立つそれらは士とパンテラス・ルテウスの間の道を埋めるように淡く黄色く浮かび上がり、やがて士は境内の石畳を蹴った。

 

「ふっ……はぁああっ!!」

 

「……ゴォォォ……ゴォォァアアッ!!」

 

 瞬く間に光の帳を潜り抜けて、十枚目のカードを突き抜けたとき、赤く輝ける刃を振るう。パンテラス・ルテウスは士の放った【 ディメンションスラッシュ 】の一刀により両断された。神の使いたる神秘の肉体は無条件の法則の破壊によってその繋がりを断たれ、僅かな一瞬、頭上に青白い天使の輪を浮かべて。

 

 その身は爆炎に包まれた。法則こそ紛れもなくアギトの世界の怪物であれど、秘める天使の力は残滓に等しい。オルタフォースと呼べる波動もなく、豹の君主は呆気なく砕け散る。

 揺らめく炎を映し出す緑色の複眼。その視線はすぐに霊夢と古代民族たる蜘蛛の怪人へと。

 

「一度倒した相手(やつ)に、負けるわけにはいかないわ!」

 

 霊夢が袖から抜いて放ったお札は一瞬のタイムラグの後、眩い光と共に拡散した。数枚のお札は数十枚の【 拡散アミュレット 】となり、ズ・グムン・バの蜘蛛の身体を撃ち抜いていく。霊夢はかつてこの怪物と交戦した経験から、この程度では無意味と判断したが──

 小さく分裂すれど威力は博麗アミュレットに匹敵するお札の弾幕。されどそのダメージは博麗アミュレットと大した差はない。にも関わらず、博麗アミュレットを難なく耐えてみせたはずの怪物の身体に大きな傷を残しているのだ。

 

 それだけではない。そこに勝機を見出した霊夢が続けざまに袖から取り出した鋭い針、パスウェイジョンニードルと封魔針の猛攻を叩き込んだ結果──傷が再生していない。

 どうやら再生能力がかなり落ちている様子。まったくなくなっているというわけではないようだが、最初にこの怪物と戦ったときに比べればその差は歴然だ。最初に放った夢想封印 散に加え、お札と針による攻撃で、すでにズ・グムン・バは再生が追いつかず傷だらけになっていた。

 

「……神技(しんぎ)八方鬼縛陣(はっぽうきばくじん)!!」

 

 よろめくズ・グムン・バの周囲を霊力の鎖で縛りつけるように逃げ場を封じる。そのまま境内の石畳を蹴り上げ、怪物の目の前まで接近すると、その足元に霊力を込めたお札を叩きつけ、一瞬の間に展開した地面の魔法陣から膨大な霊力の奔流を噴き上げさせた。

 さながら火山の噴火の如く。霊符たる夢想封印と対を成す夢符のスペルカード、封魔陣をさらに発展させた結界陣系スペルの完成形──【 神技「八方鬼縛陣」 】の眩き輝き。

 その名の通り鬼をも縛るだけの圧倒的な霊力は逃げ場を失った怪物を容赦なく裁き、夕暮れから群青色の夜空に染まりつつある博麗神社の境内を清らかなるオレンジ色の閃光で満たしていく。

 

「グォォオォオ……ォォォオ!!」

 

 光はズ・グムン・バの身に流れ込んでいく。世界を(たが)え、法則を違え、されどそこに込められた封印の名のもとに。霊夢の放った霊力は、本質的には異なれど、境界を潜り抜ける意味を持って。法則という『空を飛ぶ』ように、雄々しき光となって。

 それは紛うことなき封印エネルギーという力。クウガの世界にしか存在しないはずのその輝きは、奇しくも歴代の博麗の巫女たちが司っていた封印という祈りそのもの。

 圧倒的な霊力の奔流は瞬く間にズ・グムン・バの腰に宿る赤銅色のゲドルードへと到達しては、その内に秘める魔石ゲブロンを怪物の強靭な肉体ごと木っ端微塵に爆散させたのであった。

 

「あれ? ずいぶん呆気なく死んだわね。前はもっと苦戦したのに」

 

「再生怪人なんてのは、だいたいそんなもんだ」

 

 グロンギの爆風に顔を覆いつつ、霊夢は記憶にある怪物との差異を訝る。士にとってはそれは疑問に思うことでもない。やはり此度においても倒した相手が同一の姿と能力を備えて蘇った場合、元々の個体よりも戦闘能力や知性が著しく低下しているようだ。

 ただ稀に生前の知性を残したまま復活する者もいるし、生前よりも強い力を得て蘇る者もいる。その可能性を考慮して一応は警戒したが──どうやらこの場においては杞憂であったらしい。

 

「ギギ……ギギィィイ……!!」

 

 すぐに迫るは幾重もの絹糸を束ねたような強靭な蜘蛛の糸。人体を容易く貫かんばかりのそれを二人はそれぞれ後方に跳んで回避しつつ、霊夢は袖から誘導の祈りを込めたお札をホーミングアミュレットとして投げつけ、士はソードモードであったライドブッカーの柄を斜めに曲げてはガンモードとし、刀身の失せたその銃口(さき)から光の弾丸を放った。

 霊夢と士がそれぞれズ・グムン・バとパンテラス・ルテウスの相手をしている間に、眼窩を覆うお札は剥がれてしまったようだ。ディスパイダーは金属質の節足を突き立て、大顎を開く。

 

「その大口、塞いでやるわ! 宝符(ほうふ)陰陽宝玉(おんみょうほうぎょく)!!」

 

 人間を捕食し得るだけの巨体を持つ大蜘蛛の化生に向けて、霊夢は球体型に圧縮した霊力の塊をその場に具現した。霊夢自身の霊力を分けて生み出されたそれはオレンジ色に輝く光の玉となり、さながら二元論を表す陰陽太極図の如き図形となって回転する。

 そのまま前方に射出されるは【 宝符「陰陽宝玉」 】と呼ばれる陰陽玉を模した輝き。向き合う大蜘蛛に合わせて、こちらも身の丈ほどの大きさを持つ光の珠を解き放つと、霊夢は着弾を待つ。やがて光球は激しくぶつかり、ディスパイダーの金属質の装甲を焼き削っていった。

 

「ギァァアッ!」

 

 ディスパイダーは大顎に伴う牙でもって光球を噛み砕く。霊力の光が散逸してしまうが、そこへすかさず士が一枚のライダーカードを翻した。

 慣れた手つきでそれをディケイドライバーへと装填し、伸ばした右腕の先にて引き金を引く。

 

『アタックライド』『ブラスト!』

 

 万華鏡が如く閃く銃口に瞬く火花を見る。大蜘蛛は今しがた噛み砕いた光球より威力でこそ劣るものの絶え間なく連射されるディケイドブラストの光弾を煩わしそうに振り払い、境内に八本もの節足を突き立てては霊夢か士のどちらかを喰らおうと再び大口を開けた。

 しかし、その意図は届かない。すでにこの怪物の戦闘力を見切った二人は最後の一撃を繰り出す構えを終えている。

 

 霊夢が先ほど放った宝符「陰陽宝玉」はただの牽制に過ぎず。本気の戦闘を続けて本気の弾幕を放つ際の霊力配分はすでに霊夢の身に染みていた。これより放つは壱符に続く弐符。萃夢の狂宴に披露した、陰陽玉を模した輝きの真骨頂。

 ディケイドブラストの光弾で怪物の注意を引いた士の狙いはただ一つ。標的が真っ直ぐに向かってくるように煽ることで、その動きをコントロールする。もはやその蜘蛛は、傀儡に等しく。

 

「ふっ……!」

 

 境内の石畳を疾く駆け抜け、霊力の波動に乗ることでスライディングする霊夢。かつて三日置きの百鬼夜行と呼ばれた異変の際に【 抄霊気(しょうれいき) 】と名づけた体術を繰り、そのまま迫り来るディスパイダーの腹の下へと滑り込むと、生物の腹部にしては無機質に硬いそこへ両手を添えて。

 

宝具(ほうぐ)陰陽鬼神玉(おんみょうきじんぎょく)!!」

 

 少女の手の平から溢れ出した青白い光はやがて蜘蛛の巨体を押し上げていく。霊力の波動をもって上へ上と昇っていく【 宝具「陰陽鬼神玉」 】の光球は注ぎ込まれる霊力を取り込んではより大きくなっていき、ついにはディスパイダーの身の丈さえも超え。

 さながら八本の節足で球体にしがみつく体勢となった鏡像の蜘蛛は風船の如くゆっくりと上昇し続ける光球のエネルギーと質量、加速による慣性力から僅かたりとも逃れることはできず──

 

「ゴ……ギュ……ゥオ……! ギュゥォァアアア!!」

 

 やがて光は濃紺の空に大輪の花を飾る。激しくも美しく、艶やかながらも鮮烈に爆ぜ散った陰陽鬼神玉。ディスパイダーは博麗神社境内の空にて、その身の金属質な破片を撒き散らして炎と共に砕け散ることとなった。

 光球を放った姿勢のまま石畳に背を向け薄暗い逢魔の空を見上げる霊夢。彼女が目にしたのは、霊力の奔流に耐え切れずバラバラに砕け散った蜘蛛の装甲と節足と──

 その内より現れ出る淡い光のエネルギー。喰らった人間の生命力か、あるいは鏡像の蜘蛛(ディスパイダー)自身が有していたミラーモンスターとしての仮初めの命なのか。それは形ある確かな光球として。

 

「……っ! まだ何かする気……!?」

 

 大技を放った直後ゆえに微かに力の抜けた脚で霊夢は立ち上がった。焦燥の色を浮かべて光球を睨みつけたのは、その光球が明らかに周囲に散った破片を吸い上げていたからだ。

 再びお札を構える。だが一度に霊力を消費しすぎた。すべての霊力が完全に枯渇してしまったわけではない。大技を放ったとはいえ、戦闘を続行できるだけの余力は残しておいたのだが、乱れた呼吸と霊力を整える時間が必要となってしまう。

 

 生命力の光球は破片を吸い上げる。砕け散り境内に落下するはずだったそれを空中で己が引力に取り込み、少しずつ大きくなっては再び蜘蛛の形を形成しようとする。

 ディスパイダーというミラーモンスターが持つ固有の性質は龍騎の世界ならざるこの世界においても変わらず。本来ならばその事象は長い時間をかけて行われるはずなのだが、原因不明の復活を遂げたらしきこの個体は、死した瞬間から即座にタイムラグなき再生(リ・ボーン)を果たそうとしていた。

 

「悪いが、こっちには契約(飼ってる)モンスターがいなくてな。生命の光(それ)鏡の世界(そっち)に持って帰れ」

 

 濃紺の空に浮かぶ虚ろな月──生命エネルギーの塊を緑色の複眼で見上げる士は素早くライドブッカー ガンモードのページを開くと、指先でライダーカードを引き抜いては──

 カードを持ったままの左手でディケイドライバーのバックルを開き、装填。再び閉ざす。

 

『ファイナルアタックライド』『ディ ディ ディ ディケイド!』

 

 右腕を上げた先に握りしめるライドブッカー ガンモード。その銃口に灯る輝きは次元の境界を撃ち抜く破壊者の宣告。等身大に立ち並ぶライダーカードの虚像は十枚、ディケイドが掲げた白き棺の先から真っ直ぐ上空の光球へと道を作っていく。

 引き金を引けば、迸る光の波動は十枚の虚像を突き抜けて光球へと撃ち出された。更なる再生を果たそうとしていた鏡像の蜘蛛は形を成す前に、カードの虚像を一枚、また一枚と突き抜ける度により強く輝きを増していく【 ディメンションブラスト 】の直撃に耐え切れず、生命エネルギーの光球を散逸させる。

 

 爆ぜ散る閃光はさながら幻想郷にて飛び交う弾幕の火花。空中に飛び散ったエネルギーはもはやその性質を維持できず、鏡像のまま朽ち果て消滅していく蜘蛛の残骸と共に熱と消え。

 残されたのは春色の風に包まれて暖かい空気を灯す、博麗神社のありのままの姿だけだった。

 

◆     ◆     ◆

 

 濃紺の空に刻むは星々。冴える月明かりは境内の桜並木を照らしながら、つい先ほどまで異なる世界の法則を抱く三体もの怪物がいた気配など清く失わせて。

 魔理沙と五代の出発を見送ってからどれだけの時間が経ったか。士の話を聞いて、現れた怪物たちと戦って──とうに日は落ちてしまっている。霊夢は切なそうな音で鳴く己の腹を撫でた。

 

「それにしても、ずいぶん遅いわね。すっかり暗くなっちゃったじゃない」

 

(あっち)でも怪物が出たのかもな。……まぁ、さすがにもう変身くらいはできてるだろ」

 

 すでに変身を解除している士も言葉にはしないながら霊夢の微かな焦燥を感じ取ったのだろう。心配するなと言わんばかりにそう告げると、己が腰から外し取ったばかりのディケイドライバーを黒いコートの懐に戻しながら空に見上げる星々を眺める。

 それぞれの輝きを線で結べば、星座のように導かれた歴史が新たな伝説を紡ぎ出す。九つの星を束ねて向き合うは十度目に立ち上がった戦いの歴史。仮面ライダーディケイドの物語なのか。

 

「とりあえず、陰陽玉で連絡を……」

 

 時間を考えれば確かに五代が言っていた一時間は過ぎている。クウガの力も戻っているはずだ。それなら戦力として問題はないだろうが、一切の心配がなくなったわけではない。

 傍らに現すは博麗神社に受け継がれる秘宝たる陰陽玉。二元論の縮図を体現した陰陽太極図をその身に配し、神秘的な光を帯びた紅白の玉。霊夢に付き従うように浮き、長らく博麗の血に仕えしその力は霊夢の意思に応じた。

 

 間欠泉異変の折、八雲紫の力によって遠隔での通話が可能となったそれは今は五代雄介が有するビートチェイサー2000の通信機とも繋がりを持っている。

 魔理沙は今も五代と共にいるはず。霊夢は陰陽玉の機能を使い、あちら側の通信札に霊力による通信波を届けようとするが──すぐに再び博麗神社の空気が切り替わる感覚に気がついた。

 

「…………」

 

 霊夢と士は同じく振り返り、博麗神社の屋根へと視線を向ける。やはりそこに広がっていたのは灰色のオーロラ。しかし先ほどのものとは違い、その揺蕩う帳の奥からは滲ませる無秩序な悪意を剥き出しにしてはいなかった。

 それでも視線の先に浮かぶ鈍色の幕壁、魔と逢う境界を前にして警戒は怠らない。臨戦態勢とは言わずとも、二人はそこから現れるであろう何者かに鋭く向き合った。

 

 やがて灰色の波紋は人の影を映す。ゆっくりと姿を見せたのは、ベージュ色のコートを身に纏う人間の男性。見紛うはずがない。士にとっては長き旅にて何度も出会った謎の男。霊夢にとってはディケイドの到来を警告した謎の男である。

 どちらにしても、等しく謎。コートと同じ色のチューリップハットも、その下に宿る眼鏡の奥の双眸から覗く視線も──あるいは最果ての観測者にさえ、その男は謎の存在なのかもしれない。




ディケイドのメタっぽい設定をこうなんとか作品の軸に収めようとすると──
自分で書いててもいったい何を言ってるんだろうって感じの説明になってしまいがちだ。

だらだらと説明を書いてますが、パラレル的な時系列を自分の中でまとめた解釈です。
第69話の69って太極図っぽいし円環(ループ)っぽいから丁度よかったかも……いや何も関係ないな。

最果ての因果だの観測者だのって言葉は東映と視聴者みたいな感じだと思ってください。
作中で仮面ライダーの存在を番組とか設定とかって言葉で説明するのはナンセンスな気がして。

平成一期の中でMOVIE大戦を最後の記憶としているのは門矢士だけです。特別だ。
それ以外の平成一期の仮面ライダーはみんなテレビ本編の最後の場面を最後の記憶としています。
例外的に電王だけは良太郎だけ本編の記憶でモモタロスたちはさらば電王の記憶が最後ですね。

次回、第70話『九つのハレーション』
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