東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第70話 九つのハレーション

 すでに夜へと落ちた博麗神社の屋根の上。虚ろな月夜を背にして佇む、オーロラ越しの人の影。波紋を広げる灰色のオーロラより姿を現した男の顔を、門矢士はよく知っている。

 眼鏡の奥に冴える不気味な双眸。そこに込められた憎悪は、すべての世界の総意なのか。

 

「……鳴滝……」

 

 自身に向けられる不躾な視線に返すように、士は忌まわしげにその名を零した。淡い春の夜風に仰がれるコートは靡き、漆黒とベージュ色。(たが)う互いの揺らめきを見る。

 同様に霊夢も鳴滝の姿を見やるが、向かう男の視線が士のみに向いていることに気づき、続いて士の横顔に視線を向けた。二人は互いに睨みあっており、目立つ紅白の衣は蚊帳の外。

 張り詰める空気の緊張を肌に感じてすぐに理解する。彼らは絶え間なく並行してきたのだと。

 

「ディケイド、お前のせいでこの幻想郷(せかい)も破壊されつつある……」

 

「あんた、昼間もそんなこと言ってたわね。でも、こいつはもう破壊者なんかじゃないわ」

 

 もはや挨拶代わりと言ってもいい世界の破壊者への怨嗟を述べる鳴滝。どこか自分だけが置いていかれたような状況に居心地の悪さを覚えた霊夢が返した。

 右手に現した大幣の先を相手に突きつけて、色褪せたコートを纏う男に告げるものの、霊夢とてその確信に根拠はない。ただ、いつも通り信じる自分の勘に従い、結論づけただけ。

 

「…………」

 

 鳴滝の視線が動く。霊夢の言葉に何を感じたのか、ベージュ色の帽子から覗く眼鏡越しの双眸は怪訝そうな表情で己を見る霊夢のほうへと向けられた。霊夢が思わず大幣を引き、微かに後退ってしまったのは、その表情が士に向けられた憎悪とは異なっていたから。

 双眸だけは狂気じみた妄執を秘めたまま。霊夢のほうに顔を向けた鳴滝は、口角を歪につり上げ不気味な笑みを浮かべていたのだ。

 ぞわり、と。霊夢の背筋に冷たいものが走る。八雲紫の胡乱な笑みとも、グロンギたちの邪悪な笑みとも違う表情。──まるで思惑通りに事が運んでいるゲームの盤面を見ているかのような。

 

「お前は何の目的で動いてる? 結局、お前も大ショッカーの仲間ってだけなのか?」

 

 霊夢の不安を拭うかのようなタイミングで口を開いた士は、見上げる男に微かな苛立ちと純粋な疑問を込めた問いを投げた。

 記憶を失って最初に辿り着いた世界──夏海の世界から始まった長き旅路。九つの世界を超えてなおいくつもの世界を巡り、その度に接触してきたり、あるいは怪物を、あるいは仮面ライダーを(けしか)けてきては己が旅の邪魔をしようとしてきた男に向ける快い感情は持ち合わせていない。

 

 何より不気味なのは鳴滝の思惑だ。彼の憎悪そのものは士にも理解できなくはない。世界の破壊者とされる者が現れれば、その脅威を恐れること自体は当然であろう。事実、今は友である様々な再編世界の仮面ライダーたちとは、そういった理由で剣を交えた。

 だがこの男の行動と主義主張にはまるで一貫性がない。何がしたいのか、何を考えているのか、その意思も目的も何もかもが不鮮明なのだ。

 

 ディケイドを大首領とする大ショッカーを敵視していたかと思えば、その生き残りたるスーパーショッカーには与し、自ら大幹部となって組織を動かし。ディケイドが別の世界に存在することで世界を破壊してしまうことを糾弾しておきながら、自身は別の世界の者をディケイド抹殺のために投入し、その世界の秩序を破壊しかねないような行為を躊躇うことなく実行する。

 

 門矢士が世界を巡ることより、鳴滝が士の旅を止めるために起こした事象のほうが世界に大きな影響を与えてしまっているような状況も少なくはなかっただろう。

 ブレイドの世界の存在であるアンデッドが、龍騎の世界で龍騎の法則を持つ仮面ライダーに変身していた。龍騎の世界の仮面ライダーを響鬼の世界へと招き、異なる法則のぶつかり合いで異常な成長を遂げた魔化魍を呼び起こした。

 

 旅を始めて最初に辿り着いたクウガの世界の時点から、彼の行動はさほど変わっていない。他に仮面ライダーの存在しない世界だというのに、鳴滝はカブトの世界の仮面ライダーたちを召喚し、士を倒させようとした。もっとも、呼び出された戦士たちはなぜかクウガと戦っていたのだが。

 

「勘違いするな。私はディケイドを滅ぼすためなら、どんなに汚れた泥でも被るだけだ」

 

 不敵な微笑はどこへやら。強い意思に染まった男の表情に、門矢士は覚悟を見る。向き合う眼鏡越しの目が真っ直ぐ見据えるは彼にとって忌むべき破壊者なのだろう。

 その言葉には微かに感じるものがあった。悪を倒すためなら汚名を厭わず、世界から糾弾される痛みを背負ってでも誰かのために戦おうとする。それは、すべての世界を永遠とするために自らを必要悪と貶めた、門矢士の在り方。

 

 すべての仮面ライダーを破壊することで消滅の道から救った士が世界の破壊者という汚名を受け入れて戦ったように、鳴滝も世界の破壊者を滅ぼすため嫌われ役を買って出ているのか。

 決して相容れない相手だが、もしそうならば士とよく似た意思を持っているのかもしれない。

 

「それこそ、存在するかさえも定かではない、妖怪とやらの力を借りてでもな」

 

 静かに目を伏せた鳴滝はちらりと霊夢を見やると、彼女と縁の深い大妖怪の姿を思い浮かべる。光でも闇でもなく、夢でもなく現でもない。善とも悪ともつかぬ波と粒の境界は彼の思考の中でも変わらず紫色の微笑を湛え、胡散臭い振る舞いを隠さない。

 胡散臭いのは鳴滝という男も同じことだった。紫と同様に信用し難い目。八雲に漂う紫の笑みは底知れぬ不気味さを和らげるような不快なまでに親しみやすい妖艶さがあったが──

 

 霊夢は見上げる男から何の情緒も感じられなかった。妖力や魔力の類は感じられず、おそらくはただの人間であろうに。どこか機械的なまでに、ただ真っ直ぐな不条理が目的のために動いているような。本当に実在する人間か、と疑問を呈するような舞台装置めいた人間味の無さを感じる。

 

「紫と手を組んで何かしようってわけ? もし幻想郷に仇為すつもりだったら……」

 

「逆だ。博麗の巫女よ。私は八雲紫と共に幻想郷を救いたいのだ。破壊者(ディケイド)の魔の手から」

 

 此度の異変についてはまだ分からないことばかりだ。紫が何を企んでいるのか、そのほとんどは霊夢たちには知らされていない。きっと、門矢士も同じ状況なのであろう。

 胡散臭い奴と胡散臭い奴が手を組んで動いている。何をしようとしているのかは分からないが、どうせろくでもないことに決まっている。──と思いきや、その返答は意外なものだった。

 

「幻想郷を救う……だって?」

 

 男の目は真剣なものだ。先ほどまでの不気味な笑みが嘘のように、覚悟を背負う者の揺るぎなき意思を秘めている。嘘を言っているようには見えないが、鵜呑みにするにはまだ早いか。

 信用できる男なのか──霊夢は疑問を抱く。天性の直感に頼っても、どうやら答えは出せそうにない。ただの人間と呼ぶには些か以上に異質なものの、少なくとも幻想郷の住人ではないこの男に幻想郷を救う理由があるのだろうか。

 

 何かを訴えるような目は霊夢の記憶に宿る紫色の妖怪を想起させた。普段は胡散臭いくせにここぞというときは長年信頼してきた己が勘にも匹敵する重みを感じさせる眼差し。

 霊夢はすぐにその鬱陶しい紫色の面影を振り払った。それこそ幼い頃からよく知る八雲紫の言葉ならいざ知らず。ただ似た目をしているという理由だけで、この男の言葉を信じる道理はない。

 

「だが、やはり妖怪は妖怪らしい。あの女は、ディケイドの力をも利用しようとしている」

 

 鳴滝は言葉を続けた。今度は再びその目に憎悪の色を灯し、士の方を見る。霊夢にとってはそう見えた。ディケイドに対する異常なまでの怨嗟の目、あるいは幻想郷を守ろうとしているのもただディケイドに対する底知れぬ敵意が故の意趣返しのつもりなのか。

 その目と向き合う士は違和感を覚えた。確かに鳴滝の視線は自分に向いている。だが、その目が見ているのは『門矢士』ではない。あくまで士の持つ世界の破壊者たる力──

 仮面ライダーディケイドという力そのもの。士という個人はその視野に入っていないような。

 

「…………」

 

 考えすぎであろうか。自分は生まれた瞬間からその宿命を背負っていた。門矢邸に名前を刻み、世界を渡り歩いては繋げる力を目覚めさせ。大ショッカーの大首領に至るその運命を。

 生まれながらにして門矢士(ディケイド)。それはありとあらゆる因果において歪むことなき絶対の真理。この身で実際に別の歴史を歩んだ並行世界の同一人物たる自分自身に出会った経験はないが、士はその事実を確信していた。

 

 きっと、どんな世界でも彼はディケイドとなるだろう。もしそうでない世界があったとしても、別の誰かがディケイドとして戦う因果が枝葉として生まれることはないだろう。

 ただ一つだけ可能性があるのなら──クウガの物語が五代雄介の歩む因果を原典としているのなら、小野寺ユウスケという『再編された歴史』を持つ者がいるのなら。

 

 あるいは並行同一存在ならぬ再編存在。門矢士、ディケイドにも再編された物語があるのだとしたら──

 そこまで考えを馳せて、士は一つ大きな思い違いをしている可能性に辿り着いた。何の疑問も持たずに自分を原典の存在と考えていたが、もしかしたら再編存在たる小野寺ユウスケと旅を続け、数多の再編世界を歩んできた自分の存在こそが──原典たる()()の再編であるかもしれないと。

 

「門矢士、博麗霊夢。こんなことになってしまったのも、すべてはディケイドのせいだ」

 

 続く鳴滝の言葉に士の思考は断ち切られる。不意に顔を上げて再び向き合う鳴滝の表情はどこか憎悪と呼べる峻厳さを希薄にしてしまったかのような微かな憐憫。

 その目を知らないわけではない。破壊者として蔑まれることもあれば、破壊者として蔑まれるだけの士を憐れむ者もいた。士にとって意外だったのは、鳴滝という男は前者でこそあれ後者の目を向けてくることは決してないと思っていたため。

 

「…………?」

 

 霊夢が気になったのは鳴滝の言い回し。士と自分それぞれに対する言葉としては不自然だ。彼の指すディケイドとは士のことを表しているのだと考えて間違いないはずだが──

 どこか三人称めいた、他人事のような雰囲気を感じさせる。士の方を向いてその反応を確認してみるが、どうやら彼も同じ違和感を抱いている様子だ。士は鳴滝を見上げたまま、口を開く。

 

「いい加減に聞き飽きたぜ、その言葉。怪物を蘇らせてるのもお前の仕業なんだろ?」

 

「ふっ、好きなように思うといい。私は警告しに来たのだ」

 

 鳴滝は変わらず不敵な振る舞いで霊夢たちを見下ろす。春の風にはためくベージュ色のコートの揺らぎは、オーロラの揺らめきと同期しているかの如く不自然なもの。

 あのオーロラはただ世界を繋げているだけでなく、別の可能性そのものを意味しているのか。

 

「やがて幻想郷は世界の破壊者さえも受け入れてしまうだろう。……それが滅びの時だ」

 

 ぐっと握った拳に秘めるは鳴滝の悲痛な想念。彼にとって幻想郷がどのような、この世界がどのような意味を持つのかは分からない。それでも世界の破壊者たるディケイドへの怒りは紛い物ではないように思えた。

 彼の心を染めているのは個人的な憎悪であるのだろうか。あるいは壊れた世界そのものの痛みと悲しみと、重なり合ってしまっているのか。

 

 霊夢はその在り方に既視感を覚えた。ただ憎しみのみが独り歩きし、もはや自分の存在そのものさえも曖昧にして、何かを憎悪し続けるだけの怨念にも似た妄執。それはとある事情から月の民を憎み、純粋なる憎悪の塊と成り果てたとある神霊の在り方だ。

 狂気の仙霊は己が存在意義すらも純化してしまった。きっとこの男もそれに似ているのだろう。あまりにも永き憎しみに染まり、もはやその憎しみの原因すらも霞んでしまっているのだと。

 

「悪く思うな、門矢士。君たちの歩む道に幸あれ。ディケイドの物語に災いあれ……」

 

 揺蕩うオーロラへと踵を返し、二人に背を向け来たる未来を言祝ぐが如き、あるいは呪うが如き怨嗟を述べて。滲み溶け消えるベージュ色のコートの背中を見やり、霊夢と士はやがて暖かく吹き抜ける春の夜風の中にオーロラカーテンの消失を見届ける。

 博麗神社境内の歪んだ空気は元の静かな風のままに。舞い散る桜の花びら共々、すでにそこには別の世界が繋がっていたような気配など微塵も残されてはいなかった。

 

 かつての異変を思い出す。深き夜、博麗神社境内で、とある賢者の権限によって結界に裂け目が開いたこと。深秘を暴く人間の力。幻想郷を暴こうとした外の世界の女子高生との二度目の邂逅。あのとき少しでも判断が遅れていたら──幻想郷はオカルトボールの解放を許していただろう。

 

「あいつの言い回し……なんか気になるわね。ディケイドってあんた以外にもいるの?」

 

「……いるわけないだろ。世界の破壊者なんて俺一人で十分だ。……たぶんな」

 

 霊夢の問うた可能性を否定する。士の答えたその言葉は、自らの歩んできた数多の世界という旅路を振り返っても当然。大ショッカーが祀り上げたディケイドはこの世に一人。世界を破壊すると恐れられた、悪魔と呼ばれた災いは己だけでいい。

 しかしそれでも拭い切れないものがある。クウガの物語は枝分かれした可能性の数だけ存在し、その世界の数だけ別の世界のクウガとなるべき者がいるのだと言うのなら。

 

 ディケイドの物語が一つだけと、何をもって証明できるのだろう。大ショッカー大首領であった自身の記憶はあっても、それすら自分を破壊者と定義した因果の与えた仮初めの物語。

 自分はすでにあった大ショッカーの大首領の座に祭り上げられただけ。ならばそれを創設した始まりの存在は。最初にディケイドの世界で大ショッカーという組織を立ち上げた、最初に大首領の座にあった者はいったい誰なのか。

 

 かつての自分が大首領であった記憶は取り戻しているが、すべての記憶が蘇ったわけではない。あるいは確定していない未来と同様に、過去でさえも数多の歴史が重なり合い、一つの因果として収束していないのかもしれない。覚えていない過去は、存在さえも曖昧であるのだ。

 ある男は問うた。月を見ていないとき、そこに月は実在しないのか? と。観測して初めてその位置や運動量を確定させる電子などと同様に、観測されていない過去も未来も世界でさえも、ただ波のように、曖昧かつ非局所的に振る舞うだけの不確かな境界線。

 

 クウガからキバまでの九つの仮面ライダーの世界も、無数の波が強め合い、弱め合い、より強い可能性として確定した世界が一つの世界として初めて確立し、弱まった波は存在できずに人知れず消えていくのかもしれない。

 世界は重なり合った波そのもの。小さな波もあれば大きな波もある。観測された世界は粒となり一つの個として定義できるが、誰が観測を定義するのか、という問題もある。

 箱の中の猫の死を観測する前に猫は己に迫る死を観測している。人間も世界という波が内包するただの波であり、天地も銀河も宇宙でさえもただ尺度が異なるだけで等しく波なのだ。

 

 無限の並行世界が交じり合うことがないのは、同じ因果は重なり合って統合されるため。重なり合った波が互いを別の波と認識せず、一つの大きな波となるように、極めてよく似た因果は一つの道筋に統合されていく。それが世界という波の在り方だ。

 まったく同じ道を歩んだ別の因果の同じ人間が多ければ多いほどその波はより強くなっていく。そうして確定された九つの物語が九つのハレーションとなって実在する。

 門矢士という人間、仮面ライダーディケイドという存在。彼が揺るぎなく終わりなき因果だけを歩んでいく『旅人』だとするなら。きっと彼の旅(それら)は、たった一つの道へと重なり合うのだろう。

 

◆     ◆     ◆

 

 冷たく吹き抜ける風に幻想の色はなく。ただ無機質なまでに彼女らを否定する、外の世界特有の濁った空気。忘れ去られた神秘そのものである妖怪にとって、これほど不快な風はない。

 八雲紫の式神である八雲藍、さらにその式神である橙は虚ろな園でその力を振るっていた。

 

「にゃあっ!」

 

 橙は虚空に向かって長く鋭く研ぎ澄まされた猫の爪を振るう。周囲の木々を震わせるほどの風圧と共に解き放たれた妖力の波が刃の如く弧を描き、それは斬撃という弾幕となりて目の前の怪物を切り裂き、確かな手応えを感じさせた。

 しかし橙の攻撃を受けた怪物は大きな傷を残しつつも絶命には至っていない。背後に立ち控える藍と背中合わせに構えを取るが、強大な妖狐である藍はともかく──

 橙のほうは長きに渡る戦いですでに体力と妖力を消耗し、額には玉のような汗を浮かべている。妖力で長く伸ばしている爪を維持するだけでもじりじりとした消耗が感じられるほどだ。

 

「ギィ、ギィ、ギィ……」

 

「アァァア……アァァァア……」

 

 ひしめくように迫り来るは朽ち果てたゲドルードを腰に帯びた異形、ミジンコ種怪人のベ・ジミン・バ。そして強靭な大顎をガチガチと鳴らして統率の取れた動きで押し寄せるは、蟻の姿によく似た超越生命体、アントロード フォルミカ・ペデスだ。

 どちらもそれぞれクウガの世界とアギトの世界の法則を持つグロンギとアンノウン。されどいずれも個の能力に特化しておらず、軍をもって攻めることに秀でた兵士のような存在。

 単体ではさほど強大というわけではないが、これだけの数が揃えば妖怪といえど苦戦しよう。

 

「…………」

 

 藍は悠久に近い時を生きた九尾の狐としての金色の瞳でそれらを見た。やはり主である八雲紫が言った通り、それらは不自然な気質を有している。

 ただ繋がった世界から溢れ出してきた怪物などではない。これらは明らかに何物かの手が加わっている。世界同士の接続による影響で物語の轍に残った怪物が歪み現れてしまったという可能性もないわけではなかったが、幻想郷に現れる怪物は故意に蘇生されたものと見ていいだろう。

 

仙符(せんふ)鳳凰卵(ほうおうらん)!」

 

 橙は整えた妖力をスペルカードとして解き放った。自身を中心として広がる陣より、まばらに散らした赤色と橙色の楔弾。小さく進むそれらはさらなる妖力を秘めた云わば卵。

 卵はやがてその内より拙い翼を広げて舞い上がる鳳凰の弾幕を生み出す。化け猫として生まれた己の妖力をあえて卵として撃ち出す【 仙符「鳳凰卵」 】はあくまで八雲藍の式神としてではなく橙自身の術を駆使するものだ。

 飛び進む卵と鳳凰の弾幕は多数のベ・ジミン・バとフォルミカ・ペデスに炸裂するが、どうやら威力が足りないのか、直撃こそしたものの撃破できた数は多くなく、その勢いは衰えていない。

 

「……捉えた。……式神! 仙狐思念(せんこしねん)!」

 

 両手の袖を組み合わせた拱手の姿勢のまま藍は一度目を閉じていた。周囲に迫り来る気配をその美しき毛並みを湛えた九本の尻尾で感じ取り、白い帽子に秘めた狐の耳に音を聞き取り。残存するすべての怪物の気配を一度に捉え、藍は己が妖力を解き放つ。

 開かれた金色の目が映すは八雲の名を持つ九尾の弾幕。明るい緑色と暗い緑色の光は藍の思念のままに、怪物と自身の境界たる空間から滲み溢れるようにして広がっていった。

 

 それらの波動はそれそのものが藍の式神。思考のままに動く合理的なプログラムとして組まれた幾何学模様は主人である八雲紫のスペルカードを模して再現された弾幕だ。

 ただ妖力の濃度と密度、そして目に見える可視光だけを異として、動きや形は等しく。さながら八雲紫が有する結界「夢と現の呪」の在るがまま、藍の【 式神「仙狐思念」 】は輝き溢れる。

 

「グォォ……!」

 

 有象無象のミジンコたちも、蟻に等しき兵隊も。残る怪物は閃光のもとに爆散し、藍と橙がいる虚ろな境界に不快な風を撒き散らしては、炎と共に掻き消えていった。

 

 外の世界と九つの世界は物理的に繋がっているわけではない。ただ九人の楔を引き入れることで世界同士を近づけ、世界そのものの衝突による融合を招かぬように世界と世界との境界にスキマを設けることでその中の法則と因果、すなわち彼らの物語だけを幻想郷に接続している。

 紫としては九つの世界が融合しない距離間を保ちつつスキマを通じてやり取りを行う予定だったようだが、最後の鍵として用いるはずだった男の出身世界──ディケイドの世界が予期せぬ挙動を見せたことで今は計画を修正しているようだ。

 九つの世界そのものが本来あった座標から消えてなくなっている。どういうわけかディケイドの世界と定義された十番目の世界に九つの世界が収束、統合されてしまっていると。

 

 藍は世界そのものを外側から観測する手段を持っていない。紫の語った言葉の意味を計算だけで理解するのは困難だったが、彼女はあくまで式神。ただ与えられたプログラムをこなし、管理者である紫の入力に従った出力をするだけ。

 今はこうして九つの世界の残滓から漏れ出た歪みの具現を刈り取るのみ。これらを放っておけば幻想郷は九つの世界から絶えず流れ出す法則に耐え切れず、オーバーフローを起こしかねない。

 

「九つの法則が安定するまでもう少しかかる……か」

 

 橙ほどではないとはいえ、藍も絶え間なく出現し続ける怪物を倒すのに消耗を感じ始めていた。紫からの妖力供給は途絶えていないが、藍自身も橙や観測用の札への妖力供給を維持しなくてはならない。目的は九つの物語が幻想郷に定着するまでの時間稼ぎである。

 九つの物語が幻想として記録されれば、世界を繋ぎ留めておく理由もない。幻想郷を苛む多大な負荷が限界を迎える前に、今や残滓となってしまった世界との繋がりを断ち切るべきだ。

 

 崩壊を迎えつつある世界を無理やり引き離せば、きっと形は保てまい。残滓とはいえ元あった座標には在るべき世界を受け入れるための空白があるはずだ。楔をこちらに受け入れた状態で繋がりだけを断ち切ってしまえば──その衝撃は世界にとって計り知れないものになる。

 生きるべき世界を存在の命綱としている九人の楔たちは自らを維持できなくなるだろう。だがそれも紫にとっては計画のうち。彼らの物語を幻想として定着できれば、彼らの役目は終わりだ。

 

「ら、藍様! どうやら歪みの元凶が出てくるみたいです!」

 

「……さすがは橙。私の計算との誤差がかなり減ってきているわ。良い子ね」

 

 木々を揺らす風が秘めるはまた新たな怪物の気配。それを察知したのは藍が先であったが、少しだけ遅れたタイミングで橙も気づいた。緊張した面持ちでそれを藍に報告するものの、直後に褒められたことで少しだけ安心した様子を見せる。

 幻想郷と九つの世界を繋ぐ──否。繋いでいたはずの連絡通路。世界のスキマと呼べる疑似的な投影空間に滲み出すように現れ出でたのは、グロンギでもアンノウンでもない存在だった。

 

「ギシャァァアア!!」

 

 何もない空間から出現したのは金属質な八つの節足を持つ鏡像の怪物。龍騎の世界の法則を由来とするディスパイダーだ。だが、比較的その存在の強さが低く、生命力も大したことはないことが多いオレンジ色の装甲を持つ個体とは違い──こちらは深い青色の装甲を持つ。

 背負う髑髏が如き腹部も赤黒く染まった不気味なもの。青いディスパイダーはミラーワールドにおいても極めて強大な個体であるとされ、その力は仮面ライダーさえも捕食してしまうという。

 

「…………っ!」

 

 空と建物にモザイクめいたノイズが走る。木々を揺らす風にも量子的な乱れが感じ取れた。橙は確信する。やはり間違いない。この怪物こそがこの空間に負荷をかけている元凶──

 すでに何度も倒している鏡像の蜘蛛。だが何度倒しても終わらない。大きな歪みの根源を撃破できれば一時的に幻想郷への負荷は抑えられるのだが、少し安定した程度でまた新たな歪みの影響がどこかの境界に怪物として現れてしまう。

 その度に藍や橙、隠岐奈の部下である里乃と舞や華扇の部下である動物たちが向かっては歪みの元凶を除去し、幻想郷を維持する博麗大結界にかかる強い負担を少しでも軽くしているのだ。

 

「藍様や紫様のためにも、私はもっと強くなるんだ!」

 

 赤い衣の懐に右手を差し入れて、橙は冴える金属質のカードデッキを取り出す。何もない空間に群青色のデッキを向け、正面の相手に雄々しき白虎のレリーフを向けた。

 腰に現れるVバックルの装着を見届ける間もなく、正面へと伸ばした右腕を引っ込め、胸の前で手の甲を正面に向けつつ両腕を交差。続けて両手を両腰の傍へと引っ込めると、今度は左腕だけを斜めに構えつつ手の甲を正面に向けては、すぐさま左手の平を正面に向けるように翻す。

 

「変身っ!」

 

 白虎の咆哮が如き猫の一声。牙剥く獣の本能をデッキに込めて、右手に持った群青色のデッキをVバックルの左側から勢いよく装填する。

 煌く鏡像の反射。橙の全身は幾重もの鏡像に包まれ、やがて鏡の世界の騎士へと姿を変えた。

 

「……はぁあ……っ!」

 

 そこに立つのは漆黒の強化スーツを纏う騎士。冷たく冴える白銀の装甲は雪に染むが如く。青く走る虎縞模様に加え、頭部の仮面に刻んだ格子の下には雄々しき虎の髭の意匠。深く吐き出す息も心なしか白く染まっているかのような錯覚を抱くほど、その鎧は冷ややかなものだった。

 橙の思考に流れ込むのはとある学生の記憶。どこか鬱屈しつつも凶悪な思想を秘めた若き青年の冷徹かつ未熟な闘志。あるいは狂気とも呼べる意思でありながら、歪なまでに純粋なそれは水晶のように清くも醜くもなり得る可能性を秘めている。

 

 蒼白き騎士の名は『タイガ』という。その名の通り大いなる牙を持つ白虎。神崎士郎が開発した13体の仮面ライダーのうちの一人であり、そのデッキはとある男により解析された。ゆえに同じデッキが複数存在するのだが、実際に変身が可能なのはオリジナルたるただ一つ。

 複製されたカードデッキはこの次元においては紫と藍がそれぞれ持ち、ミラーワールドを調べるために用いられていた。すでにそちらも用済みであり、悪用を防ぐために破却されているものの、橙が持つオリジナルのタイガのデッキだけは元の法則のまま健在である。

 

 仮面ライダータイガは大地を蹴って駆け出した。牙剥く虎の大口が如く開かれた右手の中に己の意思を馳せ、虎を模した召喚機、白銀の斧たる『デストバイザー』を出現させながら。

 その柄を強く握りしめ、橙は振り上げた大斧の刃を青い装甲を備え持つ鏡像の蜘蛛へ掲げる。

 

「……強く……もっと強く……!」

 

 橙の猛攻は獲物を狩り立てる野獣のよう。相応の重さを持つ大斧を難なく振り下ろし、ディスパイダーの装甲を打ちつけるが、強大に成長した個体はそう簡単には砕けない。右側から迫ってきた節足に遠心力を込めた斧の峰をぶつけて勢いを相殺し、橙は距離を取る。

 

 右手に持ったデストバイザーの柄、その下部を左手で握って引き上げるようにスライドすると、内よりタイガのレリーフを金色とあしらった青い本体部分が姿を現した。橙は腰のVバックルに込めたデッキから左手で一枚のカードを引き抜く。

 アドベントカードに描かれているのは荒々しく飛び掛かる白虎の姿。強靭な剛腕を宿し持つそのミラーモンスターはタイガの契約モンスターであり、カードはすなわち契約の証。

 橙はそのカードをデストバイザーの後部スロットに装填すると、展開した虎の頭を閉じる。

 

『アドベント』

 

 無機質な電子音声と共にデストバイザーの先端に象られた虎の眼が黄色く発光。橙が冷たい格子状の仮面で仰ぎ見るは、こちらも冷たい青色の装甲を持つディスパイダーの背後の空──

 

「グォォォーーーォォオオッ!!」

 

 虚ろな境界に響くまた別のミラーモンスターの咆哮。ディスパイダーの背後から姿を現したのは、タイガとの契約を結んでいる白虎型のモンスターであった。

 それは冴える白銀の毛並みと雄々しき剛腕を備えしミラーワールドの狩人。青い虎縞模様も契約者であるタイガとよく似ており、黄色い眼で獲物を睨む冷ややかな闘争本能も等しく。

 強靭な爪を振り上げた『デストワイルダー』は、ディスパイダーの背に殺意を突き立てた。

 

「ギギィ……ギギィ……!」

 

 デストワイルダーの爪はその装甲をゴリゴリと削っては金属質の欠片を零させる。虎らしき手の平には、その雄々しく荒々しき獣の振る舞いとは似つかない、肉球の意匠。

 橙はそちらに振り向いたディスパイダーの隙を逃さず、すぐにまたデストバイザーの柄ごと虎の意匠を持ち上げ、後部スロットを展開してはカードデッキからアドベントカードを抜いた。

 

「…………」

 

 その戦いぶりを見守る藍の胸中には、薄暗く怜悧な不安があった。橙の戦い方は拙い。弾幕ごっこにおいても未熟な点が多く、藍の式神としての強化があっても強大とは言い難い。

 されどカードデッキを手にしてからは荒々しく歪ながらもそのパワーに身を委ねた鋭い戦い方ができているのだ。おそらくそれはタイガのデッキに眠る想念の記憶。本来の変身者の記憶と経験が橙の身に流れ込んでは、その意思を一つにしているがゆえ。

 それはさながら、異なる二つの量子が重なり合うが如き繋がりを見せるかのよう。だが、どういうわけか特定の組み合わせでしか記憶と想念の重ね合わせは起きないらしい。

 

 初めて手にする道具でも難なく使いこなすことができるという点ではメリットと言える現象ではある。しかし、それはデメリットがないわけではない。

 かつて幻想郷で起きた異変。月の民の計略により外の世界の人間がもたらしたオカルトボールの影響から都市伝説が具現化する『都市伝説異変』が起きた際、それを原因として偶発的に広がった二つ目の異変があった。

 それが他者と他者が完全に重なり合うという現象をもたらした『完全憑依異変』だ。都市伝説の具現化という現象に目をつけたとある貧乏神と疫病神の姉妹が自分たちの小銭稼ぎのため策略し、自分たちの性質である『憑依』の噂を流しては、都市伝説として具現化させた異変である。

 

 完全憑依は幻想郷の人妖たちが扱う特殊な力となり、身体と精神をどちらも乗っ取る強制憑依で対象の全てを支配する者もいれば、任意憑依で力を合わせた者もいた。

 憑依されている側の心身は夢の世界へと押し込まれてしまう。それに気づかないまま何度も完全憑依を繰り返した人妖たちの精神は摩耗し、やがては夢の世界の人格にも影響を及ぼしてしまっていたのだが、こちらは夢の支配者たるドレミー・スイートの尽力によって解消された。

 

 八雲紫は仮面ライダーの記憶や知識が幻想郷の変身者に流れ込む現象をこの完全憑依現象に似たものと考えている。どうやら九つの世界は消滅したりディケイドの世界と融合してしまったというわけではなく、世界そのものが夢の世界に似た場所に封印されているようだ。

 そう結論づけた理由は記憶の重ね合わせ現象の性質にある。完全憑依においては憑依された側の心身が夢の世界へと追いやられるが、その立ち位置は憑依する側の夢の人格が本来いるはずだった場所である。

 そこで憑依する側の者の夢に触れれば憑依する側の夢を憑依される側の視点で見ることになり、完全憑依の影響は夢という世界を通じて本来自分のものではない者の夢を見るのだ。

 完全憑依で心身を乗っ取っていない状態、すなわち深層領域に憑依している場合は憑依する側が憑依される側の夢を追い出して、その夢の位置に居座る。

 

 九つの世界に生きた仮面ライダー、楔として招いた者ではない存在が夢の世界に閉じ込められていると仮定すれば、その夢や記憶の内容が縁の深い『何か』を通じ流れ込んでくるという可能性も考えられなくはないだろう。少なくとも、紫の計算では辻褄が合う。

 人格そのものではなく記憶と想念だけが宿主に伝わってくる。この現象を、八雲紫は完全憑依に準えて『限定憑依』と呼んでいるが、憑依される側──こちら側への影響はより危険性が高い。

 

「橙、あまり無理はしないでね。限定憑依の影響はまだ完全には抑えられていないから」

 

 心配そうな表情で告げた藍の忠告は、橙の耳に届いただろうか。橙は思考を染める冷たい焦燥を振り払うように、手にしたアドベントカードをデストバイザーの後部へ挿入。

 そのままデストバイザーの虎の意匠を左手で引き閉じ、黄色く光る双眸を見やることなく。

 

『フリーズベント』

 

 再び無機質な電子音声を響かせたデストバイザーを右手に構えつつ、(タイガ)はその青白き斧に纏われていく周囲の空気を震わせるような冷たい波動を右手に感じる。

 装填したカードに描かれていたのはどこまでも透き通った結晶のように万物を凍てつかせる氷の塊。歪に突き出すその意思は、まさしくフリーズベントの名の通りに氷結の力を持ち。

 

「はぁあっ!」

 

 デストバイザーを右腕で薙ぎ払うように振り抜く橙。その風圧はすぐさま極低温の冷気となって正面に吹き荒ぶ──かの如く。実際には物理的な冷気というわけではない。あらゆる分子の動きを瞬間的に停止させるカードの作用により、その運動エネルギーは一瞬で緩やかに。

 まるで凍ったように動きを止めたディスパイダーは冷ややかに凍てつく己が節足に違和感を覚えつつもそれらを動かすこともできず、ただ次なるカードを引き抜いた騎士を凍った眼窩で見た。

 

『ストライクベント』

 

 橙は再び右手のデストバイザーの柄を左手で握り、それを下に引っ張ることで滑らせ。連動して閉じた虎の口がカードスロットを備える青い本体部分を飲み込む音を聞く。

 迷うことなく右手に持ったままのデストバイザーを放り捨てると、主人(タイガ)の意思を認識したそれは大地に落ちる前にその場から消失。続けてディスパイダーの背後にいたデストワイルダーの剛腕が鏡映しのように虚像と煌き、そっくりそのまま複製されたかの如き剛腕と剛爪そのものがタイガの両腕へと飛来し、武器として映し出される。

 

 どことなく冷たい空気を帯びているようにさえ感じられる狩人の冴え。白く鋭く研ぎ澄まされた巨大な両爪たる『デストクロー』をその腕に宿し、橙は構えた。

 ミラーモンスターの身体の一部や能力の一部を契約者たる仮面ライダーに映し出すは神崎士郎が実現したアドベントカードの効果。デストワイルダー自身の腕を鏡像と映し取り、タイガが備える一対の剛爪となったその手の平にはやはり契約モンスターたる白虎と同じ肉球の意匠がある。

 

「にゃあああっ!!」

 

「グォォーーォォオッ!!」

 

 凶兆の黒猫、そして鏡像の白虎。(なら)ぶ咆哮が合わせ鏡の如く重なり、凍てつく蜘蛛を挟み込む。等しき剛爪は瞬く間に境界を駆け抜け、振り上げられた殺意に蜘蛛は成す術もなく。

 一閃。前後より飛び掛かった野獣の本能は凍った蜘蛛を切り裂いた。どちらも同じだけの重みと勢いを持つ剛爪で冷たい拘束ごと装甲を抉り掻き切られ、仮初めの命は激しく爆散を遂げた。

 

「────!」

 

 爆ぜ散る蜘蛛の残骸は、雪降る氷の欠片と舞って。きらきらと陽光を返す結晶はさながらダイヤモンドダストのよう。凍てつく美しさとは対照的な炎の中より緩やかに立ち昇る生命エネルギーの光球は、デストワイルダーの跳躍によってその大顎に捕食される。

 龍騎の世界のミラーワールドを直接の起源としない境界の異物だろうと、それがミラーモンスターの法則を持つのならば餌と足るらしい。これらの怪物は純粋な原典の怪物とは言い難い歪みの具現のようなものだが──

 

 幻想郷に現れている怪物と同じ恣意的な具現体とも違う。云わば世界と世界を繋げた際に生じた不確定要素の塊のようなものである。原典の怪物とまったく同じ性質を有してはいるが、それらは本質的には元の世界の法則が流れ込んできた際の歪みが怪物の形を形成したもの。

 グロンギ、アンノウン、ミラーモンスター、オルフェノク、アンデッド、魔化魍、ワーム、イマジン、ファンガイア。様々な世界が接続されては様々な法則が流れ込み、その物語の一部は上手く情報に変換されず亡霊じみた怪物となって生まれ落ちる。

 そのすべてを受け入れさせるには幻想郷を持つこの世界は小さすぎるのだ。これらを振るい落とし、正しく法則のみを刻み込めるように九つの世界と幻想郷に深い境界という溝を構築。こうして定義されたスキマの境界の中で、()()()()()()()()()()()()()()()()を破壊して安定させる。

 

「第三境界座標、修正完了。この境界は安定したわ。すぐに戻って……」

 

 藍は歪みの影響が沈静化していく中、その計算能力と妖術の手腕をもって瞬く間に龍騎の世界と隣接した境界座標の情報を修正する。自身も八雲紫の式神でありながら式神を使う程度の能力をもって橙以外にも多くの式を使役しつつ、それらの演算も頼り。

 一瞬のうちに検算をも終えて、藍の視界に映し出される境界座標の景色から完全にノイズが取り除かれたことを確認し、仕事を終えた橙──仮面ライダータイガへと振り返ったのだが。

 

「……橙?」

 

 デストクローを装備したままのタイガは小さく俯いたまま動こうとしない。この境界の歪みを除去する戦いで体力を消耗しすぎてしまったのかとも思ったが──すぐに気づいた。

 その殺意に満ちた巨大な爪を解かなければ手甲が干渉してVバックルのカードデッキを引き抜くことができず。デストクローを消失させていないということは、変身を解除する意思がないと。

 

「グォォォオオッ!」

 

 モンスターのエネルギーを吸収した直後のデストワイルダーが吼えた。タイガの装うデストクローと同じ鋭さを秘めた自身の剛爪を藍の法衣へと引っ掛けて、自らの腕力と体重を込めた渾身の勢いをもって彼女を思いっきり地面へと叩きつける。

 幸い豊かな九本の尻尾がその緩衝材となってくれたが、デストワイルダーはその爪で藍を地面に押しつけたまま大地を駆け、美しき毛並み狐の尻尾を削り取るように激しく引きずった。

 

「ぐっ……! 橙……っ! やっぱり……!」

 

 金色の九尾が摩擦の痛みに苛まれる苦しみの中で、藍はタイガの方を見やる。冷徹なる格子状の仮面からはその表情は伺い知れないが、やはり彼女は間違いなく──

 藍は仮面ライダータイガの本来の変身者がどのような人物だったかを詳細に知らない。それでもどこか普段の戦い方や橙への影響から感じ取れていた。タイガの変身者は、おそらく常人の理解を超えた特殊な精神性を持った者だと。当然、そんな得体の知れない者の記憶を橙の精神に触れさせたくはなかったのだが──

 

 橙はあのタイガのデッキと引き合ってしまった。タイガの変身者と橙の波長が類似していたというわけではない。仮面ライダータイガという騎士の存在と橙という妖怪の存在。それらが運命的な繋がりと重なり合いを交わし、限定憑依という形でその巡り逢わせを実現させてしまったのだ。

 

「藍様は……私の大切な人だから……藍様を殺せば……私はもっと強くなれるかも……」

 

 自身のもとへと主を引きずり運ぶデストワイルダーに向き合い、橙はデストクローを構え待つ。冷たい仮面の下にあるのは、大切な人を自らの手で殺めるという矛盾した理念。

 

 その男は英雄であろうとした。彼は師によって説かれた。英雄とは多くを救うため一つの犠牲を選べる勇気。たとえ大切なものを失っても、正しき行いのためにはそれを受け入れるだけの強さが必要であるのだと。

 男は己の価値観でその教えを曲解した。大切な人を失う痛みに耐える強さ。それなら大切な人を自らの手で殺めてしまえば、大切な人を失うこともでき、その痛みに耐える強さも手に入ると。

 

「ふっ!」

 

 仰向けの姿勢で引きずられていることを利用し、藍は己を掴むデストワイルダーの顔面に妖力を楔と込めた光弾を解き放った。激しく飛び散った火花と共に、彼女の身は解放される。

 そのまま慣性に従いごろごろと地を転がり、摩擦で発火しかけた狐の尾の痛みも気にせず。

 

「……動くな」

 

 痛みにふらつく身体を立たせ、指に挟んだお札を投げる。デストワイルダーの目の前で停止したそれは、すぐさま周囲に何十枚ものお札を展開。強い妖力の陣を敷いていく。

 八雲藍の能力を最大限に発揮した式神による局所的な結界を具現し、強大な膂力を誇るとはいえ特殊な能力などは持ち合わせぬデストワイルダーの動きをお札で囲んだ陣の中に封じ込み。脱出しようと激しく暴れる鏡像の白虎を横目に、藍は橙へと振り返った。

 

 藍は法衣の懐から取り出した茶褐色のカードデッキを正面にかざし、その腰に光を宿す。通常の仮面ライダーであれば銀色。されど彼女の場合のみ、無限の光たる黄金を輝かせて。

 小さく抱く覚悟と共に、藍は左手に持った茶褐色のデッキ、天翔ける不死鳥が金色のレリーフと象られた『オーディンのデッキ』を手放した。藍の手から零れ落ちても落下せず、神々しき力によって導かれたそれは緩やかに彼女の周囲を舞い──

 左右の袖を重ね合わせた拱手の姿勢。藍が自らを最も律することのできる構え。奇しくもそれは神崎士郎の代行者──ライダーバトルの舞台装置たる13人目。神の名を冠したあの騎士と似る。

 

「変身……」

 

 光と共に揺蕩うデッキは深く静かな一声と共に、その身に舞い降りるが如く。藍が纏いし黄金のVバックルへと独りでに装填され、藍は幾重にも重なる鏡像に包まれた。

 彼女の背に一瞬だけ広がり浮かび上がるは不死の翼。眩く散り、金色の羽根と舞い落ちて。

 

 拱手の構えはそのまま両腕を組む形となる。漆黒の強化スーツに深い茶褐色と神々しき黄金の装甲。やはり不死鳥の意匠を持つ肩や頭部は翼の如く雄々しく輝き、それがミラーワールドにおいて無双たる最果ての騎士なのだと証明する。

 ──私と戦うのは最後の一人だ。絶えずそう在ろうとした黄金は神崎士郎の操り人形に過ぎず。舞台装置である『オーディン』に決まった変身者はおらず、叶えたい願いさえ必要ない。

 

 ゆえに最後の一人を決める戦いにおいてオーディンの変身者は無作為に選ばれた。そこには何の意思もなく、意味すらない。渇望もない人間。ただ生きてさえいれば、オーディンとして選ばれる条件としては十分であり、こうして選定された人間は自由意志を奪われるのだ。

 デッキに込められた神崎士郎の意志が変身者を強制的にオーディンとしての自我で突き動かす。何度倒されても、何度繰り返しても、絶え間なく、絶え間なく、無限に。

 

 それは幻想郷においても同じこと。藍は存在する根幹を失った消えゆくだけの妖怪、その個体にオーディンのデッキを渡しては、独立した自我を持つ仮面ライダーオーディンという一つの存在に再定義し、運用してきた。あたかも、自身が得意とするプログラミングの一種、式神と同様に。

 

「……っ……」

 

 微かに藍の組んだ腕が崩れる。格子状の仮面越しに見る騎士(タイガ)の姿が一瞬だけ歪んで見えたのは、己が精神に入り込んできたいくつもの虚像が脳を苛むから。

 名もなき妖怪をオーディンとして使役する手法は長くは続かなかった。オーディンという存在はこれまで不特定多数の変身者がその力を纏うことで成立してきた仮面ライダーであり、限定憑依の主な原理から考えるに、おそらくはその対象となる人物も一人や二人ではない。

 

 結果的に言えば、()たなかったのだ。オーディンとして選んだ者に流れ込んだのは龍騎の世界の物語においてオーディンとなってきた者たち『全員分』の記憶。何人、何十人かは不明であるが、それらすべてが希薄な妖怪に注ぎ込まれれば一瞬でその存在を失う。

 変身してからしばらくは平気だったはずなのだが、世界の接続が進むにつれて幻想郷内における限定憑依の影響はどんどん大きくなっていった。藍が組んだプロテクトもすでに侵食されてしまっており、もうこの方法は使えない。

 

 本来ならば限定憑依の影響を受けるのは引き合い重なり合う組み合わせのみ。だがオーディンのデッキに関しては例外だ。このデッキは特定の変身者を拠り所としない。その中身が誰であっても因果に影響がない。すなわち、誰が使っても正規の変身者として重なり合ってしまうようだ。

 

 このデッキを扱うには過去全ての変身者の記憶を受け入れなければならないため、極めて負荷が強い。それでも、オーディンにはあらゆる事象の一切合切を完全に無にできるほどの絶大な能力が備わっている。それこそさながら『時計の針を巻き戻す』かの如き神の権能が。

 ゆえに藍は自らこのカードデッキを使って変身する道を選んだ。苦痛は承知の上。最強の妖獣の一角として数えられる九尾の狐、そして幻想郷において最高位たる大妖怪、八雲紫の式神たる身で膨大な記憶をいくつかの波束(ファイル)に分けて宿しながら。

 

 苦痛を差し引いてでもこの力に慣れておく価値はある。幻想郷に九つの世界の法則を取り入れる計画はとてつもなく繊細な作業であり、微かな失敗でも致命的となり得る。

 失敗は許されない。それを使うのは本当に最後の手段である。覆す事象が大きければ大きいほど世界にかかる負担も自身にかかる負担も大きくなり、八雲紫の予測計算によればその力を発動した瞬間にオーディンの変身者すべての記憶の比ではない記憶の奔流が流れ込んでくるという。

 

 藍も見た龍騎の世界の痕跡。世界の理を何度も何度も繰り返したような傷跡。それは紛れもなくオーディンが備える時間を逆行させてすべてをやり直す力の影響だ。

 繰り返す度にまた別の誰かがオーディンになる。何度も何度も繰り返し、何度でもオーディンは入れ替わる。その無限のループにおける変身者たちの記憶までもが限定憑依で流れ込むのだと。

 

「はぁぁああっ!!」

 

 黄金の騎士へと至った藍に対して迷わずデストクローを振りかざす(タイガ)。藍はすぐにオーディンとしての身で反応し、右手を開いては手甲で軽やかに払い退ける。

 左手を正面に掲げては廻る光。やがてそれは荘厳なる翼の意匠を閉ざす一振りの錫杖となりて。藍は手元に現した召喚機『ゴルトバイザー』を構えると、すかさず右手で金色のVバックルに込められたデッキからカードを引き抜いた。

 

 黒き指先が湛える札が表すは燃え盛る烈火と吹き荒ぶ疾風を刻む一対の翼。それら二つを束ねる無限、黄金に輝く錫杖型の召喚機は、カードが抜かれると同時にオーディンの左手を守る手甲から美しき彫像めいた尾羽の意匠を柄ごと下に引き下ろされる。

 柄をスライドさせるように展開されたカードスロットへとアドベントカードを装填すると、藍はそのまま左手でゴルトバイザーの柄を引き上げて手甲を閉じ、不死鳥の意匠を見せつける。

 

『ソードベント』

 

 厳かに謳う錫杖は藍の意思によって左手から消失。そのまま虚空の果てより舞い降りた二振りの黄金、不死鳥の双翼を模した二刀一対の長剣である『ゴルトセイバー』を手に取り──

 再び迫り来る白虎の双爪が振るわれる瞬間、オーディンの姿はその場から消えてなくなった。

 

「……っ!?」

 

 目の前で黄金の鎧が消える様に橙は思考を乱す。眩く散った金色の羽根が視界に舞い落ちる中、橙は背後に感じた気配を察知。すぐに振り返って再びデストクローを振るった。しかしまたしてもオーディンは一瞬で消え、そこに残るのは金色の羽根の舞いだけ。

 視界に輝く金色は否が応にもよく目立つ。橙はまた視界の端にオーディンの存在を捕捉したが、デストクローを振り下ろしても貫くように突き出しても、オーディンには当たらなかった。

 

「落ち着いて、橙。限定憑依の影響は意志の力で抑制できる。自分を強く持って」

 

 二振りのゴルトセイバーを広げ構え持つオーディンの姿はさながら翼を広げた不死鳥。あるいは九本の尾を掲げる妖狐に等しい神秘的な振る舞いのままに、藍は仮面ライダータイガの想念に己を飲み込まれてしまった橙へと告げる。

 彼女の表情は見えない。複眼のない騎士の仮面は格子状の牢獄。まるで自分自身を閉ざしてしまったかのように冷徹な意思を滲ませるタイガを見て、藍は溜息をついた。

 

 体勢を整えては再びデストクローを構え迫って来る橙。どうやらよほど深くまでタイガの記憶が入り込んでいるらしく、いつも通りの藍の言葉では橙の心には届いていないらしい。

 手にしたゴルトセイバーを持ったまま藍は己の質量を忘れてしまったかの如き振る舞いで、光を超えた速度で橙の背後に立つ。すかさず金色に輝く剣を振るい、タイガの背中に迸る斬撃の火花を散らしてみせた。

 

 小さな呻き声と共に仮面の下で顔を歪める橙。振り返って反撃の爪を振るものの、オーディンはやはりそれを受けることなく橙の視界から消えて金色の羽根を散らす。

 背中に攻撃を受けてまた振り返って、視界には橙の猫の本能をくすぐるような煌きの色。呼びかけには応じぬと分かり、藍は橙の少し遠くに姿を現しては、わざとゴルトセイバーを手放した。

 

「私は……英雄になるんだ……!」

 

 オーディンの手元から離れたゴルトセイバーが金属質な音を立てて地面に落ちる。そのまま藍の意思によって消失していく一対の長剣を見て、記憶の奔流とゴルトセイバーの斬撃で精神も肉体もかなり疲弊しつつある橙は好機とばかりにデストクローを構えながら疾走した。

 藍としても最愛の式神たる橙を自らの手で傷つけるのは心苦しい。再び左手にゴルトバイザーを出現させ、デッキからカードを抜いて手甲を展開。不死鳥の尾羽が描かれた札を装填する。

 

『ガードベント』

 

 手甲を閉ざして鳴り響くゴルトバイザーの電子音声。召喚機を消失させたオーディンの右手へと輝き飛来するのは不死鳥の尾羽を模した『ゴルトシールド』と呼ばれる絶対的な大盾。

 デストクローは掲げられた黄金の防御を突破することができず、その勢いを完全に殺された。

 

「……仕方がない。悪いけど、少しだけ眠っていてもらうわ」

 

 藍は右手のゴルトシールドを持ち上げ、デストクローごと橙の左腕を上げる。がら空きになった橙の胴体に開いた左手を添えると、自らの手の平に黄金の光球を灯し、そのまま彼女の腹へ。

 

「ぐぅっ……あ……!」

 

 光球のエネルギーに吹き飛ばされる(タイガ)。輝き爆ぜる衝撃と共にオーディンから離されてしまうが、すぐに立ち上がる。再びデストクローを構えるも、腹に滲む鈍い痛みからすぐには動くことができず、致命的な隙を晒してしまった。追撃を覚悟する橙だったが──

 オーディンはそんな橙の姿を見てもゴルトシールドをゆっくりと下ろすだけ。橙の視界にはただ神々しく悠然と佇む黄金の騎士の姿。そこにはもはや僅かな戦意すら感じられなかった。

 

 仮面の下で目を閉じる藍。黄金の大盾をも消失させ、再び拱手の如く両腕を組む。橙はよろめきながらデストクローを構え直すが、すぐに舞い散る金色の羽根に気づいた。

 美しきその舞いに視界を遮られるも、関係ない。構えなき騎士を狩るなど造作もない。そのまま金色の羽根を無視してオーディンのもとへと駆け出そうとする。

 

 その瞬間のこと。散りゆく金色の羽根がタイガの白銀の鎧に微かに触れ──火花が散った。

 

「……っ!? うぁあああっ!!」

 

 舞い落ちた羽根が輝く弾幕が如き炸裂を見せたのだ。それを認識する間もなくすぐにまた一枚、また一枚と身体に触れる金色の羽根は、まさしく美しき弾幕となりて橙を苛む。

 デストクローを盾代わりにする暇さえない。絶え間なく舞い落ちるそれらは瞬く間に橙の全身に触れていき、炸裂に次ぐ炸裂を遂げ。それらが止む頃には橙はすっかり意識を失っていた。

 

「うぁ……ああ……」

 

 力なく膝から崩れ落ち、うつ伏せになって倒れ込む橙。オーディンは彼女へと近づき、黄金色の装甲を飾る膝を曲げては低く屈み込む。

 

 傷だらけの装甲は無限を司りし黄金の騎士に仇為した者の末路。藍は倒れ込んだ橙を仰向けにし、そのまま腰に帯びたVバックルから群青色のカードデッキを引き抜いてやる。すぐに幾重もの鏡像がタイガのスーツを解き放ち、橙は生身の姿へと戻った。

 群青色のデッキを己の懐にしまいつつ立ち上がる藍。黄金たる振る舞いのまま、封印陣の内側に縛られたデストワイルダーに向けてオーディンの左手の指をパチンと鳴らす。

 

 封印陣は解かれた。橙の意識が失われたことで戦意も失われたのか。あるいは藍を橙の主として認識しているのかは分からない。ミラーモンスターがどれだけの知能を有しているかはおそらくは彼らを創り出した神崎兄妹にさえ分からないだろう。

 デストワイルダーはオーディンへと襲いかかる意思を見せず、己が身の自由を取り戻したことが分かると、そのままミラーワールドの法則が融和された何もない境界へと滲み消えていった。

 

「…………」

 

 生身の橙の背中と膝裏に手を差し入れ、優しく抱き上げるオーディン。そのままゆっくりと立ち上がり、歩きながら目の前の空間に八雲が式たる裂け目を切り拓く。紫のスキマと同等の世界へと踏み入る権限を行使し、藍はオーディンとしての視界に馴染み深き境界を映し出した。

 

 橙を抱いたまま、黄金のVバックルは微かに輝きを返す。不死鳥のレリーフを刻んだ茶褐色のカードデッキは藍の意思のまま独りでにそこを離れ、それに伴い藍の姿も鏡像と散り消える黄金のままに、生身へと戻っていく。

 最後に一度、歪みの修正を終えた境界座標へ振り返り。見上げた空には歪な虹霓。主たる紫が言っていた正体不明の誤差──その原因の特定は未だ成し得てはいない。

 何度計測し直しても必ずどこかに現れる謎の歪みはやはり単なる誤差なのだろうか。どれだけの計算能力があろうと、どれだけの時間をかけようと、誤差を完全になくすことなどできはしない。それこそ幻想を追い求めるが如き無為な行いと言えるだろう。

 

 当然、それは紫も藍も承知の上。度重なる測定により誤差は大きく縮んだ。それでも想定される数値との乖離があまりにも大きすぎる。ただ誤差の一言などでは、片付けられないほどに。

 

「……ここでもない、か」

 

 小さく呟いた一言はすでに安定した境界の空に吸い込まれて。藍は橙を抱き抱えたままスキマの闇の中へ。

 観測できない何かが介在している。そうとしか考えられない不気味な遠隔作用。紫は己が計算が導いた結果から、とある物理学者の表現を借りて、その存在を『隠れた変数』と呼称した。実在と非実在の境界を行き交う謎の影。ありえるはずのない常識外れの法則。

 

 どんな情報も光速を超えることはできない。そんな前提から提唱されたものの、とある不等式の破れによって否定された局所性(それ)は世界から忘れられ、幻想入りを遂げたのか。

 存在しているかさえ定かではない何か。それはまさしく、妖怪に他ならないのかもしれない。




フリーズベント一枚のイメージでタイガに氷属性っぽさを足しすぎた感が否めず。
ただでさえ目が滑る文章なのにディスパイダーとデストバイザーの字面が似ててややこしい。

オーディンの完全無欠っぷりを崩す唯一の弱点が変身者が一般人ゆえの覚悟と経験の無さ。
それを補える最強の妖獣という中身を伴えばもう無敵──かと思いきや。
やっぱり強すぎる力には相応の代償があります。というかあってくれないとお話が書けないぜ。

次回、第71話『多重露光』
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