東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm. 作:時間ネコ
五代と魔理沙が博麗神社を発ち、霊夢や士たちと別れてから十数分ごろのこと。二人はそれぞれ箒とバイクを操って森の入り口まで足を運び、とある古道具屋まで来ていた。
鬱屈とした深い森の光景も、四季の異常によって冬景色と化し。葉の生い茂る夏よりも白く光を返す雪の影響で、普段よりも明るく見える。
魔法の森、香霖堂。瘴気に満ちた森の近くにあるがゆえ、この店を訪れる者は必然的に妖怪ばかりに限られる。それでも稀に人間の来客もあった。その多くは、この店の店主である森近霖之助を幼い頃から友人と慕う若き魔法使いの少女、霧雨魔理沙であるのだが。
香霖堂の壁に立てかけられた箒の隣にはブルーラインのビートチェイサー2000。陰りゆく空、夕闇の色に照らされつつあるそれらはどこか哀愁の色を帯びながら、二人の来客を示す。
「いらっしゃ……なんだ君か」
「なんだとはご挨拶だな。客人だぜ」
四季異変の影響を受けて雪の降り積もる冬の様相に満ちた森。ざくざくと新雪を踏みしめながら店内に顔を出した魔理沙は、霖之助が見せた表情に相変わらずの振る舞いで返した。
肩に乗った雪を払い、外の世界から流れ着いたものを拾ってきたのであろうストーブの熱に包まれた店の中へと踏み込んでいく。そのあとに続いて、魔理沙の魔法で暖かそうな外套を繕ってもらった五代雄介も香霖堂へと歩を進めていった。
古びていながらもしっかりと手入れが行き届いた店内には、どこか場違いな印象のある前時代の電化製品やガラクタと思しき道具が所狭しと並んでおり、清潔感こそあるものの片付いているとは言い難いが──
神秘的でオリエンタルな雰囲気は五代のよく知るカレーの香りに包まれたあの店を想起させて、郷愁的とも言える感覚と不思議な居心地の良さが、
「僕にとって客というのはお茶を出す相手じゃなくて品物を売る相手なんだが」
霖之助は読んでいた新聞から顔を上げたまま、眼鏡の奥の迷惑そうな視線を魔理沙へと向ける。寒いから戸を閉めてくれ、と意思を込めて目配せしたのが功を奏したらしく、魔理沙はいつの間にやらその手に持っていた両手いっぱいの古い本を抱えたまま自らの尻を押しつけることで器用に入り口の戸を閉めてくれた。
きょろきょろと辺りを見渡し、都合の良さそうな窓際へと見つけた椅子を引き寄せると、両手の本をどさりと置いては売り物として置いてあったはずのその本を一冊開いて読み始める。立ち読みどころか店内で堂々と椅子に座って読みふけっているが、霖之助にとってもいつものことだ。
「まぁ、なんでもいいが。お茶は出してもらうぜ。寒いからな」
「ずいぶん勝手なお客様だな……おや。いらっしゃい。初めて見る顔だね」
渋々と言った様子で新聞を畳み置く霖之助は窓から差し込む白雪の光に眼鏡の縁を光らせ、魔理沙と共に店内に入ってきた外来人らしき青年に気がついた。
少し前に姿を見せた津上翔一と似ているような、そうでもないような独特の気配。その身に纏う服装から考えるに、彼が外の世界から現れた存在であることは疑いようもない。ただやはり感じられるのは、ただの無力な人間らしからぬ『戦士』を思わせるような力強い在り方と佇まい──
「せっかくだから二人分淹れよう。客人用のお茶なら余ってるからね」
「あ、お構いなく!」
霖之助の思考にはいつものように壮大な考察が広がっていった。外の世界から流れ着いた本や道具を手に取って満たしていった知識の果てに、己が思考を巡らせる趣味を得て。
立ち上がってお茶を淹れに行く傍ら、五代を横目に見ては人懐こい笑顔に無垢さを見る。それはまだ幼かった魔理沙が、自らの危険を顧みずに未知を求め心を沸き立たせていたときの表情だ。
「…………」
まるで少年のよう。霖之助が五代に抱いた感情は幼い頃の魔理沙に抱いた感情と似ていた。古い世界への探求心は未知を踏破する冒険心となりて。幾度となく発掘品を手に入れては目を輝かせて自分に見せにきた少女の姿を覚えている。
手癖の悪い彼女らしい、と思う。とある人形師曰く『昼と夜以外は考古学者だぜ』と魔理沙は言っていたらしいが、まさしく魔理沙が知る通り考古学者とは墓泥棒に他ならないのだから。
香霖堂の応接室──とは名ばかり。入り口を入ってすぐの売り場、その端に適当な椅子とテーブルを置いただけの空間にて、五代と魔理沙は霖之助が淹れた暖かいお茶を味わっていた。
不自然に冬の様相と化した魔法の森から来た二人にとって、お茶の暖かみは身に染みていく。
「……というわけなんだ、
湯飲みを置いて改めて要件を告げる魔理沙。彼女は霖之助のことを名前で呼ばず、あえて屋号である香霖堂から香霖と呼んでいる。霖之助自身もずいぶん古くから彼女にそう呼ばれているため、特に疑問に思うこともない。人と半妖という年の差こそあるが、長い付き合いであるのだ。
「拳銃……か。たしかちょっと前に拾った気がするけど……どこにしまったかな」
幻想郷にも銃という武器は存在している。明治時代後期に隔離された大結界の中とはいえ、当然ながらその時代から当たり前に銃は扱われてきたのだ。
しかしそれらの多くは野生動物や人間に対しては効果的でも、妖怪を相手にして役に立つものではない。動物の肉や毛皮も出所不明のルートで流通していることもあるし、何より平和な人里では戦争は無縁だ。使われていた猟銃などもすでに幻想郷の賢者たちにより回収されているだろう。
「……あぁ、あった。運よく一つだけ見つけられたんだ」
そう言って奥の部屋から高級そうな桐の箱を持ってくる霖之助。彼は普段から外の世界から流れ着いた道具を三途の川に近い塚などから拾ってきてはそれを売り物にしている。気に入ったものは売らないことも多いが、そもそも訪れる客が少ないため売り物が売れることは少ない。
持ってきた桐の箱をテーブルに置き、箱を開けると、中から現れたものを見て五代は目を見開くこととなった。
五代雄介はこの拳銃を知っている。彼が特別、銃器に詳しいというわけではない。ただ、未確認生命体との戦いを繰り広げた一年間の冒険において幾度となく世話になったから。
見紛うはずもない。五代の相棒たる刑事、彼から何度も貸してもらった
「これって……」
その拳銃はコルト・パイソン.357マグナムと呼称されている。中でも6インチの銃身を持つこのモデルは、紛れもなく五代が何度もその手に握ってきたものと同一の形状だ。
クウガのモーフィングパワーを伝えるのに最も適したものが自分の手に馴染むものであるのなら、これ以上の適任はおるまい。彼は思わずそれを箱から出し、しみじみと見つめていた。
「残念ながら弾丸は用意できなくてね。文鎮として使おうかと思っていたところだ」
霖之助の言葉を受け、五代は回転式拳銃であるコルト・パイソンの弾倉を左側へと振り出してはその中を見る。確かに弾丸を装填可能なシリンダーの穴は六つ。そのいずれも弾丸は込められてはおらず、このままでは拳銃としての機能を発揮できない。
売り物であるそれに最初から弾丸が込められているということもなく。そこになければ回転する
それをただ拳銃としての意味で求めるのなら、ただ重たいだけの玩具に等しいだろう。だが、五代雄介──戦士クウガたる男にとっては拳銃として当たり前に備えるべき銃弾は必要ない。不思議なほどに右手に馴染む木製のグリップをぎゅっと握りしめながら、五代は霖之助に向き合った。
「いえ、弾はなくても大丈夫です。この、拳銃!って形が大事なんで!」
「そういうものなのかい? それなら、役に立てたようで何よりだ。ところで……」
眼鏡の奥の双眸がキラリと光る。霖之助の興味はすでに己が手に入れることができた外の世界の回転式拳銃から、それを手に取る外の世界の青年に対して。
人を殺めるための道具を何の躊躇もなくその手に取ってじっくりと見ている様子。霖之助が気になったのは、そんな物騒な在り方を微塵も感じさせないこの青年の奇妙な印象についてだ。
そんなに優しそうな目をしているのに、どうしてそんなものを必要としているのだろうかと。
「……聞かせてもらえないだろうか? 君が何者で、
神妙な面持ちで霖之助は五代に問いかける。本来ならば霖之助の興味は道具そのものへ向けられるのだ。彼が道具屋を開いているのも道具そのものの収集と観察が主であり、それを売るのもただ増えすぎた道具の処理に困っていたという理由である。
少し前に外来の物品であろうこの拳銃を手に入れては自身の能力で名前と用途を正しく認識し、その外見や本の情報から回転式の弾倉に直接銃弾を込めて撃ち出すもの、という理解まではすでに到達している。
そもそも銃という武器には基本的に弾丸を撃つ以外の用途はない。それに回転式拳銃など幻想郷が成立する明治の時代より以前からこの国にあるものだ。すでにこの拳銃に対する事柄はあらかた知っており、この銃の構造や歴史を含めて興味はさほど残ってはいなかったのだが──
霖之助はこれを必要とする青年に興味を向けた。この幻想郷で起きている異変、少し前に現れた津上翔一という外来人の存在。そしてこのところ妙に増えた、外来品の数々。
この青年についても知っておきたいのだ。異変に関わるであろう者の過去と未来のことを。
「まぁ、そうですよね。こんなの、普通は売ってもらえないでしょうし」
五代は表情を伏せて呟いた。濡れた感情を落とす視線の先は、本来の五代の人生には無縁であるはずだったもの。日本の警察組織が使用している回転式拳銃ではあるものの、民間人であるはずの五代が手にするはずはなかったであろう、正真正銘の本物のピストル。
その右手にかかる重みはただ拳銃としての金属の重みだけではないように思えた。現代日本において確実に人の命を奪うことができる、きっと拳を振るうよりもずっと誰かを傷つけてしまえる凶器。扱いを誤れば、それは五代雄介が最も厭う暴力そのものの具現として存在してしまう。
そして、その重みは右手ばかりではない。扱う者の意思次第で、暴力にも抑止力にもなり得るもの。簡単に人の命を奪ってしまえる物騒な力の具現は、五代雄介の腹の中にも存在する。
──霊石アマダム。古代リント文明が手にしたものは不条理な力に抗うための自衛の手段として用いられた。それは呼び名を違えるだけで本質を同じくする魔石ゲブロンと同一。グロンギが手にしたものは無辜の命を虐殺する無慈悲な災禍と成り果てた。
拳も銃も、きっと同じだ。使う者次第で、人を傷つけることも守ることもできる。だからこそ、心の在り方に慎重にならねばならない。
五代はその瞳に込めた意思で霖之助に向き合うことにした。銃という武器を譲ってもらう以上、信頼という繋がりは不可欠。たとえ銃弾が込められておらずとも、五代雄介はそう感じていた。
時間にすれば僅かなもの。夕暮れに染む空が群青へと至ることもなく、長き時を生きて相応の見識と聡明さを身に着けている霖之助は、五代の語る言葉をすぐに飲み込むことができた。
津上翔一が語った話とは少し違う。アギトやアンノウンについてではない。クウガやグロンギについての簡単な説明と五代が元いた世界についての情報。霖之助はその差異をすでに予見していたのか、驚いた様子を見せなかった。
やはりこの幻想郷にはアギトの世界とも別の世界が結びついている。その数は定かではないが、幻想郷に紛れ込む怪物の種類から考えた通り、それは間違ってはいないらしい。
奇妙だったのは、それが完全に異なる世界とは言い難かったこと。津上翔一が語っていたアンノウン以前の存在──未確認生命体。その名もそうだが、何より特徴や性質が五代の語った未確認生命体、すなわちグロンギとほぼ一致している。
津上翔一の語った話によれば1999年に出現した未確認生命体はその『第4号』によって倒されたという。その二年後にアンノウンと呼称される怪物が出現し、彼はアギトとして戦ったのだと。だがクウガとしての己を語った五代の話によれば、未確認生命体は2000年に出現している。
「…………」
五代雄介と名乗った男はクウガだと語った。そして自分こそが未確認生命体第4号本人であり、未確認生命体たちと戦っていたと。なればこそ気がかりだ。1999年と2000年のズレが。
同じ世界の人間だと考えるにはそのズレが引っ掛かる。やはり別の世界、極めてよく似た並行世界とでも呼ぶべき世界、と考えるべきか。クウガの世界とアギトの世界は近い位置ですれ違うかのような因果の共通性を有しているが、それら自体は決して結びつかない。
切り離された世界? 噛み合わなかった世界? 分裂とも剥離とも違う。まるでその物語の続きとして造られたはずなのに、あえて形を変えて別物としたかのような違和感が拭えない。
世界が無数に存在しているという量子的な解釈や多元宇宙論に準えて言えば、たまたま似通った因果の並行世界が並び立っているだけなのであろうが──
それでもなぜか分かることがある。それらの世界は選択分岐を遂げた並列の因果というわけでも零れ落ちた可能性世界でもなく。それぞれがまったく異なる法則の、まったく別の世界なのだ。
「……ああ、すまない。話を続けてくれ」
霖之助は五代の話を脳内で整理して話の続きを促した。一旦、アギトとクウガの世界についての関係性は捨て去ろう。それよりも気になるのは彼が拳銃を必要とする理由だ。彼が語った通りであるならば、クウガという戦士は相応の力を身に着けているはずだ。
それなのになぜ弾丸すら込められていない拳銃を必要とするのだろうか。横目でちらりと見やったのは香霖堂の精算カウンター。普段は自分が来客を待つための場所、引き出しの内側には、つい最近になって手に入れたばかりの外の世界の道具が眠っている。霖之助の能力により名前も用途も判別済みだ。
ただ『拳銃の
五代は言葉を続けてくれた。クウガの持つ能力の一部、霊石の力で物質の分解と再構築を可能とするモーフィングパワーという能力。自身も完全に掌握できたわけではなく、あくまでそれも友と呼べる女性が碑文を解読してくれたおかげで理解することができたとか。
触れた物体の構造を瞬時に変えて己が力を伝える武器と成す。そして超感覚を持つ緑色の戦士が最も得意な武器とする『射抜くもの』への変化に相応しき拳銃という物理的な形が必要だと。
「なるほどな。それで拳銃が必要だったってわけか」
五代の説明を聞いて、魔理沙は納得した表情で頷いた。彼女は未確認生命体第14号と遭遇してはいないが、グロンギほどの怪物に飛行能力と速度が加われば厄介なことは想像がつく。
話を聞く限りではそのグロンギは相当のスピードで空を飛ぶらしい。霊夢の小回りや魔理沙のスピードでも追いつくのは難しく、その弾幕をもってしてもメ・バヂス・バの身体に命中させるのは困難だとか。
無論、やってみなければ分からないかもしれない。だが最も確実なのは、やはり飛行する怪物をひたすら追いかけて撃ち抜く方法ではなく。碑文に記された天馬の如き疾風の戦士、すなわち緑のクウガが備える極めて高精度な感覚器官をもって対象の存在をしっかり捉えて狙い撃つことだ。
「拳銃の形さえあればいいなら、河童の水鉄砲でもよかったかもな」
「……水鉄砲、かぁ。試したことはないけど、どうなんだろう」
魔理沙はクウガのモーフィングパワーによる武器の再構築を見たことはない。話に聞くだけで想像するのは難しかったが、五代の言葉通りならわざわざ本物の拳銃を見繕う必要もなかったのかもしれない。だが、五代と魔理沙がこの香霖堂を訪れるというのも必然であったのだろうか。
霖之助が手に入れたのはかつて五代雄介が相棒としていた刑事が使用していたものに相違ない。モデルが同じというだけではなく、そこに込められた想いも意志も、彼の愛用品として。
戦士クウガをただの未確認生命体としてではなく、未確認生命体に抗う人間として認めた最初の男が扱っていたもの。紛れもなく、そう確信に足るだけの想念が右手より伝わってきている。
五代が拳に込める誓いが
「(たまたま……なのかな)」
そこに疑問を抱く五代の憂いも必定。偶然にしては、出来過ぎている。まるで何かに導かれたとしか思ぬほど、自分がよく知る男が使っていたこの拳銃は自分のもとへと巡り逢った。
博麗神社に衣服が用意されていたことも気になる。八雲紫という名のあの妖怪が何かを意図して自分を幻想郷に招いたのは明白だ。ならば、この拳銃との出会いもその意図のうちなのか。戦士クウガの能力を知るであろう彼女が緑の戦士のために誂えたものなのか。
思考は刹那の間に。考えても仕方あるまい。気づけばすでに空は夕暮れを群青の色に染めつつあった。白い戦士になってしまったことで気質変化を起こし、一時的な機能不全に陥ってしまったアマダムもすでに回復しているだろう。
右手に持ったコルト・パイソン.357マグナムを今一度強く握ってはその意思を受け継ぐ。たとえこの地に一人迷い込んだとしても。
自分は一人じゃない。多くの仲間に支えられて、五代雄介は多くの
「……その拳銃は君に譲ろう。何やらよほど強い思い入れがあるみたいだからね」
霖之助の言葉に、五代は思わず顔を上げる。眼鏡越しに見える霖之助の蒼い瞳の中には、ただの一般人でしかなかった五代に、ただの怪物でしかなかった未確認生命体第4号、すなわちクウガに拳銃を託してくれた男と同じ意思が在るように見えた。
交わした言葉はさほど多くない。それでも五代の意思と在り方が信頼に足ると感じたのだろう。かつて五代の無垢でありながら力強い意思に戦士を見たとある刑事と同様に──
半妖である霖之助にも感じ取れたのだ。五代雄介が魂に秘める、純粋な青空の如き精神が。
「いいんですか? ……ありがとうございます!」
「クウガやグロンギについての話だけで勘定としては十分だ。こちらこそ、ありがとう」
五代は立ち上がって礼を言った。この右手に馴染む拳銃という形。クウガとしての能力であれば間違いなく緑の戦士に相応しき天馬の如き武器として、五代の望む通りに形を成せる。
あとはこの森の方向に飛び去ったと思われる14号を発見し、それを捕捉することができれば。
そのときだった。森に住んで久しい魔理沙と霖之助が、静かなざわめきを感じ取ったのは。
「……魔理沙」
「ああ。……どうやらお出ましみたいだぜ。この感じは……
再び霖之助の眼鏡が窓から差し込む雪の光に冴えを見せる。同様に魔理沙にも気づくことができたそれは、魔法の森という一つの生命が震う鼓動か。自然の具現たる妖精たちのざわめきであり、それは魔法の森の魔力に慣れ親しんだ彼らの肌身に異変を伝えてくれる。
森は妖怪の山の麓に流れる川のせせらぎ、河童が多く住まう『玄武の沢』の異常を感じ取っているらしい。妖精たちの様子から見ても、おそらく異常は森から見た山の麓より流れる川に──
「……行くぞ、五代! こっちだ!」
魔理沙は椅子から飛び降りると一目散に店の外へと出た。振り向きざまに今一度、店主にお礼の言葉を述べては五代も彼女を追って香霖堂を後にし、箒を掴んで跨る魔理沙に付き従うようにしてブルーラインのビートチェイサー2000に跨り、ヘルメットを被る。
箒に灯るは魔力の風。バイクに灯るはエンジンの熱。せっかちな魔理沙らしく四季の異常で冷え込む冬の空へと箒を飛ばすように。五代は前方に気をつけながら、彼女を見上げ追うのだった。
「……ん?」
忙しない魔理沙に付き合わされる青年を少しだけ不憫に思いつつも、どこかかつての自分に似た懐かしさにふける傍ら。二人の喧騒が去って静かになったはずの香霖堂店内に奇妙な振動を感じることに気がついた霖之助は、静かに立ち上がって窓を開ける。
ストーブの熱で暖められた部屋に吹き込む冷たい風はまさしく冬のもの。だが、空気を震わせる微弱な振動は風によるものではない。低く唸るような音に違和感を覚えた彼は空を見上げた。
「な、なんだ……あれは……?」
空を飛んでいるのは巨大なクワガタムシだろうか。石像とも呼べる無機質な身体は相応の質量がありそうだが、難なく空を飛んでいるところを見るに真っ当な外来品ではない。
その石像は香霖堂の裏に置いてあったガラクタの山を大量に吸い上げているではないか。名前と用途こそ分かったものの使い方の分からない雑多な道具、テレビやラジオといった電波の届かない幻想郷では何の役にも立たないそれらを、石像は如何なる力か己が身に取り込んでいる。
その異常な光景に目を見開き、霖之助はしばし呆気に取られた。すぐ落ち着きを取り戻し上着を羽織る間もなく裏口から店の外へ出る。ガラクタ置き場と化していたそこには、木や石、ガラスといった素材のものばかりを残してほとんど何もなくなっていた。
なくなっていたのは金属で出来たものばかり。見上げる石像は金属を吸収しているのだろうか。霖之助はそれがクワガタムシに似た形をしているという点から聞いたばかりのクウガとの共通点を見出すことができた。
青い瞳でもって上空に浮かぶ謎の飛行体をしっかりと見る。霖之助の能力は、それが道具として造られたものであるならば、見た物体の名前と用途を知ることができる。
だが、どうやら少しだけ遠い。知識に貪欲がゆえ半妖という強靭な肉体にしてなお、本ばかりを読んでいて視力が人より落ちてしまったことが仇となったか。眼鏡のレンズという薄いガラス片越しでは、対象物の識別に微かな時間がかかってしまう。
不意に霖之助の身を仰ぐ突風が吹き荒れた。それは紛れもなく空に浮かぶクワガタムシの石像がもたらした風。いざ自身の能力をもって名を調べようとしたところ、どうやら
──妖怪の山麓、玄武の沢。秋めく紅葉に満ちた山の彩りが葉を散らし、流るる川は霧の湖へと繋がるせせらぎを飾るようにいくつか楓の葉を浮かべ揺蕩わせている。
本来ありえざる秋の中、河童のアジト付近であるこの沢に、招かれざる異形が立ち並ぶ。
「なんだよ、もう!
三体の異形に向き合うはこの地を根城とする河童の一人。緩やかに波打ち撥ねる水色の髪は流れ別れる川の如きツーサイドアップとまとめられ、その髪には赤い髪留めと緑色のキャスケット帽を装っている。人間の少女らしき容姿であるが、彼女は『河童』に相違ない。
白いブラウスには重ね纏う水色の衣服。いくつものポケットがついた水色のスカートと、背中に宿すは巨大なリュック。撥水性の高い素材で作られたそれらは河童たちのホームグラウンドである水場に適しており、長靴めいたブーツも含め、彼女を幻想郷の
──超妖怪弾頭。少女の名は
だからこそ、最初は見てくれこそ人間に近しい存在だった
しかし、それらは人間ではなかった。玄武の沢に踏み入った彼らは、謎のオーロラより姿を見せたかと思うと、異形としか呼びようのない怪物に変異し、河童たちを次々に襲っていったのだ。
「河童たちの避難は終わったわ。まともに動けるのは私たちだけみたい」
「……わかった。雛、手伝ってくれてありがとう。助かるよ」
白く装うフリルを伴う、紅衣の少女がふわりと緩やかに舞い降りてくる。揺蕩うリボンと翡翠が如き緑の髪は沢に流れる清らかなる水のよう。されど彼女の周囲に湛えられた薄暗い負の想念は、この妖怪の山の下流たる玄武の沢の『厄』の寄せ集めと呼ぶべきもの。
秘神流し雛。神の名を冠してこそいるが妖怪に近い存在、厄神である鍵山雛は怪物に襲われるという厄を己に引きつけ、その隙に玄武の沢にいた多くの河童たちをアジトまで避難させた。
「…………」
目の前に立つ異形の怪物を警戒しつつも玄武の沢に転がるいくつもの亡骸を見る。たしかに雛とにとりの尽力によって多くの河童たちを避難させることができたとはいえ、犠牲者が一人も出なかったわけではない。負傷した河童も多く、戦えるのはもはや彼女たちだけのようだ。
雛の憂いを払うように、にとりは手元に拳銃型の水鉄砲を取り出した。その弾倉に込められているのは玄武の沢のただの水である。されど、にとりが持つ『水を操る程度の能力』によって組成を強化されており、水鉄砲の弾速も合わせることで、妖怪が備える弾幕の性質と高水準の威力を誇る武器として扱うことができる。
にとりと雛の視界にいるのは巨大な口を開いて獲物を威嚇する海の捕食者。幻想郷には存在せぬ大海にて釣りを行うが如く、深海の暗闇より冴えるような殺意をその目に浮かばせて。
未確認生命体第15号、アンコウ種怪人『メ・アゴン・ギ』は、強靭な牙を鋭く研ぎ澄ませた。
こいつら 以外は 逃がしたか 俺が釣って 丸呑みに してやる
「ボギヅサ ギガギパ ビガギダバ ゴセグ ヅデデ ラスボリビ ギデジャス」
生臭い吐息と共に憂いを零す深海魚らしきグロンギの怪物。その腰に帯びた白銀のゲドルードが示す通り、この個体もまた『メ』に属する。赤銅のゲドルードしか持たぬ『ズ』とは格が違うと、溢れ出る気迫をもって証明しているかのようだった。
その両隣に立っているのもまた白銀のゲドルードを持つメ集団の怪物。向かって右側に立つのは面長の顔から長い舌を躍らせるアリクイの怪物、左側には鋭い爪を備え持つトカゲの怪物。
誰が 狩っても 恨みっこ なし
「ザセグ バデデロ グサリボボ バギ」
黙ってろ その舌 千切るぞ 鬱陶しい
「ザラデデソ ゴンギダ ヂギスゾ グドドグ ギギ」
怪物たちは原始的な不気味さを持つ言語で言の葉を交わす。長い舌を掲げ振るうは未確認生命体第16号、アリクイ種怪人と称される『メ・アグリ・ダ』の怪人態であり、そして鋭い爪を掲げるは未確認生命体第18号、トカゲ種怪人と定義された『メ・ガーゲ・レ』の怪人態である。
三体ものメ集団が玄武の沢に集まっている。にとりたちには装飾品の色による階級の意味までは分からないが、滲み溢れる悪意は尋常ならざる緊張感として伝わってきた。
じゃらん。メ・アゴン・ギがその左手首に備える腕輪、グロンギたちが殺した命を数えるための道具であるグゼパの勾玉を鳴らした。それを合図として認識したのか、傍らに控えていたメ・アグリ・ダが風を切り裂く長い舌をさらに鋭く伸ばし、にとりへと突き出してきたのだ。
速い。そう感じる間もなく、にとりの視界に濡れた舌が迫る。天狗の動体視力ならいざ知らず、水中こそを本領とする河童の目では、そのスピードを見てからの回避行動が間に合わない──
「……っ!」
目の前まで飛んできた舌は光弾の直撃によって弾かれた。痛みを伴ったのか、低い呻き声を上げながらしゅるしゅると己の舌を口へ戻していくメ・アグリ・ダ。にとりも雛も怪物ともども、その突然のことに驚き、光弾が飛んできた方向を見やった。
そこにいたのは古びた箒に跨り、左手をかざす普通の魔法使いの姿。霧雨魔理沙は不敵な笑みを浮かべると、左手の人差し指を立てて帽子の鍔を押し上げる。彼女の瞳に怪物への恐怖はない。
「……何やら騒がしかったんで、来てみたぜ。……間に合っちゃあ、いないみたいだがな」
箒から飛び降りて玄武の沢を見渡す魔理沙の視界には、傷つき倒れた河童たちの姿。そこには幻想らしき妖力も騒々しいまでの活力もなく、ただ生物学的な常識を超えた妖怪という存在の肉体がいくつも力なく転がっているだけ。
同様にビートチェイサー2000から降りてヘルメットを外した五代雄介も、そこに横たわる河童たちの亡骸に拳を握り、惨劇の元凶であろう異形の未確認生命体たちに向き直る。
たとえそれが人間ならざる幻想的な命であろうとも拭えない。何の罪も悪意もない、ただそこに生きていた──命という尊い営み。それらが不条理な暴力に散らされて。
そんな痛みが、哀しみが。どうしようもなく涙となって、心の中、仮面の裏側を濡らすのだ。
「魔理沙? そっちの外来人っぽい人は……?」
「こいつは五代雄介って人間だ。噂になってるだろ? 変身して戦う外来人だよ」
翡翠色の瞳を外来人の青年に向けて訝る雛の疑問に対して、魔理沙は冷静に答えた。戦うために精神でもって練り上げる魔力、構える手の中に必要以上の熱が灯ったのは、河童たちの亡骸を見て心を濡らした五代の痛み、その悲しみを耐える表情が、魔理沙の心情にも伝わったからか。
「変身……か。そいつも化け物になって、襲ってきたりしないだろうな?」
ちらりと目を向けるにとりの瞳に普段のような冷静さはない。同族をこうも悉く殺されていては気も立っていよう。人間への友好度は比較的高いとはいえ、人間のフリをして近づいてきた異形の怪物たちが何をもたらすかはたった今目にしたばかり。幻想郷に住まう妖怪らしく人ならざる者の妖気を込めて、五代の顔を見る。
無垢なる瞳の中にある水は、まさか河童の死を嘆いているのか。悲しみを零す涙だというのか。にとりは微かに驚いた。歩み寄っても逃げ去るだけ、河童の死体など価値あるお宝に過ぎない、そんな人間、それも外来人に。河童の死を悼めるだけの心があったとは。
そうだと決まったわけではないが、にとりは五代から伝わる無垢な在り方に一瞬だけ忘れていた人間への友情を思い出した。切り捨てるべきは人ではない。──人の中の歪んだ悪意だけだと。
「まぁ、いいさ。同胞たちの避難は終わってる。あとはこいつらを片付けるだけだ!」
にとりは渇きかけた心の信頼に、己が決起という水を注ぐ。潤う河童の魂に、向き合う異形への怒りを激流と渦巻かせて。
雛もまた、にとりの闘志に小さく頷く。湛える厄は幻想郷のため、力なき人間のために。河童たちを逃がすために自身にその厄を集中させてグロンギ三体分の敵愾心を一身に引き受けていた力がまだ残っており、戦闘能力に乏しい彼女でもそれなりに戦うことができるだろう。
魔理沙と五代は互いに目を合わせて等しく頷いた。魔法使いたる少女の身にはこの一瞬のうちに可能な限り高純度に精製され練り上げられた星と光の力を秘める魔力。
そして外来人たる青年の腰には、遥か太古の文明が生み出したアークルというベルトの姿が。
「……変身っ!」
左手の拳を右手で包む。慣れ親しんだいつもの動作で、全身に行き渡る霊石アマダムのモーフィングパワーに身を委ねながら沢の河原を蹴り上げる。
にとりと雛、そして魔理沙は、それぞれ慣れた弾幕を放つ距離を保ち、異形と向き合った。
「うわっ、本当に変わった……!?」
「あいつらと同じにしか見えない……けど……! 今は信じるわ!」
にとりは手にした拳銃型の水鉄砲の引き金を引きながらクウガとなった五代を見る。手の平から不気味な厄のエネルギーを妖力の光弾として放つ雛もまた、横目でちらりと見やった異形の戦士の姿に戸惑いつつも、迫るグロンギから後退した。
見知ったクウガの姿をよく知るグロンギたちは一瞬だけその姿に狼狽を見せた。しかし、すぐに倒すべき敵と見定め、先ほどまでよりも苛烈な動きで己が得物による攻撃を再開する。
メ・アグリ・ダの舌は弾幕が届く間合いで戦っていれば当たることはない。近距離で拳を振るうクウガならば、近いが故に口を開いた瞬間に軌道を見切ることができる。
ただ、そちらにばかり気を使っていてはメ・ガーゲ・レの鋭い爪を避けられない。こちらはその攻撃手段からクウガだけを狙っているようだが、それは弾幕を扱う者にとっては大きな隙だ。
「背中がガラ空きだぜ!」
魔理沙はあえて声に出すことでメ・ガーゲ・レの注意を引く。懐から取り出したのは高密度かつ不安定な魔力を込めた特殊ガラス製の瓶。本来の意味合いとは違うが、魔法の瓶ゆえ『魔法瓶』と名づけたそれを放り投げると、河原に落ちて瓶は割れる。
不安定な魔力はその衝撃で一気に瓶の中の微粒子を反応させ、文字通りの爆発を引き起こした。込めた魔力の量ゆえに爆発の規模は小さい。それでも、メの階級に属するグロンギに無視できない衝撃を与えている。
大地にて爆ぜる星屑。足元の地に
迫り来るメ・ガーゲ・レの爪は離れていれば当たらない。魔理沙はそこに狙いを定め──
「……っ!?」
少しだけ油断していたかもしれない。魔理沙は頬を掠めて飛んでいった光熱に、よく知る幻想を垣間見た。楔の形をしていたそれは彼女の頬に微かな血を滲ませ、痛みこそ小さいが彼女の心理に湧き上がる恐怖と後退という選択肢をもたらす。
なぜあいつらが自分たちと同じ幻想の弾幕を放てるのか、などという疑問を抱く暇もない。続けて放たれたグゼパからの光弾を避けつつ、魔理沙は返すように魔力の光弾を放つ。
練り上げた魔力は尽きていないが、それでもいきなりの光弾に驚いた。焦燥によって冷静さを欠いたためか、その手から放たれたマジックミサイルは直撃しても大した
あるいは彼らがズならざるメであるからか。そもそも、威力が不足しているのかもしれない。
「ああっ! そいつら、あの腕輪で妖怪の力を使えるようになってるみたい!」
「お前なぁ……!」
メ・アグリ・ダの舌をその手に掴んだかと思うと、粘性ゆえにぬるりと手を抜けていったそれに翻弄されつつ、返す拳の一撃を受け止める五代が仮面越しに声を上げる。
思わず口をついて発しそうになった言葉を飲み込んだ魔理沙は、それどころではないと気を引き締めた。幻想の力など元の世界で操れようはずもない。おそらくこの幻想郷に現れた際に怪物が新たに身に着けた能力なのだろう。それならば、五代が失念してしまっていても仕方がないと。
忘れてた
「パグセ デダ」
緩慢ながらも鋭い動きで舌を伸ばしていたメ・アグリ・ダだが、拳で五代を殴り飛ばした直後にメ・ガーゲ・レの光弾を見て、自らもその能力を得ていることを思い出したらしい。
左手首に備えたグゼパの勾玉を一つずらすと、クウガに向けて河童から得た妖力を解き放つ。
「くっ!」
咄嗟に身を捻って回避する五代。ちらりと見やった複眼の端では、にとりと雛がメ・アゴン・ギの鋭いヒレによる斬撃と大きな口による噛みつきに苦戦している様子だ。助太刀しに行きたいが、まずはメ・アグリ・ダとメ・ガーゲ・レに隙を見出さなくては。
機敏な舌と光弾を避けながら攻撃を加えるのなら青龍の心。落ち着いた構えと明鏡止水の精神で戦える青いクウガ、ドラゴンフォームに至るべきか。思考も半ば、魔理沙は持ち得る渾身の魔力を込めたスターダストミサイルを解き放った。
星屑の如く炸裂する魔力の光弾だが、やはりメほどの怪物には大した痛手にならない。無傷というわけではないようだが、クウガが振るう拳とダメージは同じ程度であるようだ。
返すように放たれる光弾は自身のスターダストミサイルと同等。直撃すれば命はあるまい。
「ちっ……!」
五代を守るように立ちまわってしまうのは、無意識か。懐から放り投げた小さな瓶は、メ・アグリ・ダの背後に。砕けた瓶より立ち昇る青き一条の光線【 アースライトレイ 】が背後から怪物の背中を貫く。それでもやはり、その傷はすぐに再生してしまうのだ。
次の光弾を準備しているメ・ガーゲ・レに対しても同様にそれを撃ち放つ。相変わらず自分に向かってくる光線は自分が撃たれているようで好きになれないが、上手く怪物の回避行動を誘うことができた。
五代が立ち上がる隙を設けるため、あえて手元に現した箒に跨り魔力の光を身に纏う。そのまま箒の毛先より解放した魔力の推進力で突っ込む【 ウィッチレイライン 】による体当たりを見舞いつつ、箒から飛び降りながら魔力をそのままに力強く掃き薙ぐ【 パワースウィープ 】で攻撃。
グゥ…… 小癪な……!
「グゥ…… ボシャブバ……!」
魔理沙の猛攻の甲斐あって怪物たちに次の動作を許すことなく五代は体勢を整えた。今度は取り込んだ妖力で自身を強化したらしきメ・ガーゲ・レが、さらに鋭さを増した爪で襲いかかってきたのだ。クウガとしての腕力でその腕を掴み拮抗するが──
どしゃっ、と河原の砂利を揺らす音。メ・アゴン・ギの圧倒的な膂力に殴り飛ばされ、雛がその場に転がってきたのだ。メ・ガーゲ・レはそれを獲物と見て、クウガを蹴り飛ばす。
呆気なく 死ね!
「ガベベバブ ギベ!」
振り下ろされる爪には河童の妖力が秘められている。如何に厄神といえど、妖力の守りごとその柔肌を引き裂かれてしまうだろう。雛は痛む身体を何とか立ち上がらせようとするが、その怪物によって蹴り飛ばされた五代が立ち上がるより速く爪が迫ってきた。
そんな一瞬の狭間に飛沫が上がる。河童の技術で圧縮された高圧の水の弾丸がメ・ガーゲ・レの鱗に覆われた腕を貫き、その爪による一撃を防いだのだ。
穴の開いた右腕の傷も瞬く間に塞がっていくが、メ・ガーゲ・レは飛んできた方向を見る。
「……もうこれ以上、誰も殺させるもんか!」
にとりは水鉄砲を持ったまま長靴めいたブーツで河原を蹴った。背中に背負ったリュックの口からはプロペラが伸び、頭上で回転する刃の揚力でにとりは妖力に頼らない飛行を遂げる。そのまま両手の水鉄砲でメ・ガーゲ・レを乱射するが、石は砕けても怪物は死なない。
狙うべきは一体だけにあらず。リュックから取り出したのは無骨なデザインながら殺意を感じさせる一本の筒だ。さながら河童が好む野菜、キュウリによく似たそれらをいくつも手に持ち、降り注ぐ雨のように怪物に投げつけていく。
それらは空中を泳ぐ魚の影。熱源感知によって怪物の異常な反応を感知し、にとりの意のままにグロンギたちを狙う【 空中魚雷 】となって水飛沫と共に炸裂した。
さしもの怪物たちもその物量に押されたのだろう。煩わしげに空を見上げ敵を探すが──
「こっちだよ、間抜け!」
プロペラで空を飛んでいたはずのにとりの声が、メ・ガーゲ・レの背後から聞こえる。姿は見えない。河童の誇る技術の一つである光学迷彩によって玄武の沢の景色を透過させることで不可視の姿となっていたにとりは、そのまま怪物の背に妖力を込めた水塊をぶつけた。
爆ぜ散る飛沫は雨となりて。水という物質の屈折率を応用した幻想的科学の技術、河城にとりが備える【 オプティカルカモフラージュ 】による透明化は人間の目にも怪物の目にも映らない。
「……っ! やっぱり長くは持たないか……!」
光学迷彩による透明化はすぐに効果が切れてしまった。だが、怪物に明確な隙を作ることができたのは間違いない。メ・アゴン・ギとメ・アグリ・ダは空中魚雷による水飛沫が生じさせた雨の反射光、光学迷彩の応用でもたらした目晦ましでこちらを見失っている。
この隙を活かさない手はない。にとりは体勢を整えることができた雛に合図をすると、リュックから伸ばした機械仕掛けの腕のようなもの、河童のマジックハンドで
「雛!」
あえてそれを雛のもとへ投げ飛ばす。妖怪の山にて共に生きる妖怪同士、お互いの戦い方は分かっている。厄神という雛の性質、自身の周囲に厄を集めて溜める、厄神という妖怪のシステムに最も相応しい戦い方。
踊るようにくるくると回転する雛の周囲に湧き上がる厄。負のエネルギーの集合体。それを召し上げ力と成して、幻想郷らしいエネルギーの奔流、神秘に輝く弾幕の力、スペルカードとして。
「降りかかる
渦巻く厄は雛の身より両手の先へ。それらは紅く鋭く研ぎ澄まされて、廻る厄の字を描くように旋回しつつ刃を形作りながらメ・ガーゲ・レを刻んでいく。
物理的な殺傷というより、むしろ『傷ついた』という事象そのものの具現か。鍵山雛が記憶する切り傷という厄災、その厄を鋭い破片の如き結晶と成して仇為す者への厄と成すもの。妖怪の樹海にておびただしい厄を背負ってきた彼女の【 厄符「バッドフォーチュン」 】に容赦はなく。
「グゥ……! グゥ……オ……!」
細かい刃が全身を苛む痛みに痺れを切らしたか、メ・ガーゲ・レは両腕の爪でバッドフォーチュンの紅き弾幕を振り払うと、左手首のグゼパに備わった勾玉を一気にずらす。蓄えられた妖力は怪物の身へと流れ込み、その身体能力を大きく向上させていったようだ。
その気迫に微かな戦慄を覚えるも、雛は周囲に渦巻く厄のエネルギーをさらに込めて、さらなる弾幕として解き放った。
怪我や病気、不幸な事故。あらゆる厄災は負の思念となって流れてゆく。その哀しみをまとめて請け負い、自ら処理する秘神流し雛。雛人形という依代。
鍵山雛の厄をため込む程度の能力は怪物の犠牲となった河童の痛みと哀しみの力でもってさらに純粋に鋭く研ぎ澄まされていたのか、奇しくもその厄を返すように──紅き刃は鱗を抉る。
「グゥ……ォオ……! グォォ……ォオオッ……!」
一際鋭く結晶化した厄災のエネルギーがメ・ガーゲ・レの腰、白銀のゲドルードを貫いた瞬間、流れる赤い血が河原を染めていくと同時。その身は力なく倒れて伏してしまった。
同族の死に危機感を覚えたらしき二体の怪物は、それぞれ舌とヒレによる攻撃を一度止める。
「え、えっと、倒せたのかしら?」
自らの手でメ・ガーゲ・レを倒すことができた実感を持てずに不安がる雛。妖怪としての知覚でも生命反応が感じられないことを悟り、少しだけ安心する。
雛の厄によって結晶化した弾幕はそれそのものが怪我という不幸な厄災のエネルギー。どれだけ強靭な肉体と生命力を誇るグロンギであろうと、厄そのものを全身に刻まれ体内まで怪我や病気といった不幸な事象に見舞われてしまえば死という災いの極致にも至ろうというもの。
クウガの姿のまま、五代は第18号、メ・ガーゲ・レの死を悟った。怪物が爆散せず死体が残っているのも道理。グロンギと呼ばれる怪物はクウガの持つ封印エネルギーによる干渉が体内の魔石に反応して死に際に大爆発を起こし、跡形もなく消滅する性質を持っている。
すなわち封印エネルギーや魔石を原因としない死においては爆発は起こらない。クウガの世界で警察が記録した通り、ある特殊な銃弾による射殺や第0号が引き起こした落雷の衝撃によって死亡した個体が爆発せずに死体が残ったように。
幻想郷においてもクウガの攻撃で刻印が浮かんだ個体のみが爆発していた。霊夢の夢想封印によって刻印が浮かんだのは、奇しくもよく似た力だったからか。
夢想封印を受けて刻印が浮かんだ個体、未確認生命体第8号ズ・ガルガ・ダはクウガの力によるダメージではなかったためかその干渉を抑え込んだ。しかし続けて放たれた魔理沙のマスタースパークによって干渉を抑え切れなくなり、腹部へと到達した光が怪物を爆散させたのだが──
そんな五代の考えも他所に、メ・ガーゲ・レは白銀の腰帯に亀裂を灯して、爆散を遂げた。
「えっ……!?」
「どうした、五代!?」
死体を残して絶命すると思っていた五代の予想に反し、雛のロングスカートをフリルごと揺らす爆風はまさしくメ・ガーゲ・レが自らの体内に宿る魔石ゲブロンの反応によって爆ぜ散ったがためのもの。熱と風圧に顔を覆う雛もだが、五代もその事象に驚きを隠せなかった。
封印エネルギー以外によって死んだグロンギは爆発しない。そのはずだ。五代雄介が元の世界で戦った最後の記憶、第0号との決戦の際も、封印エネルギーの刻印による決着ではなく。お互いの特殊能力を無効化し合い、ただひたすらに殴り合い。
その拳がお互いのベルトを、第0号のゲドルードと自身のアークルを砕き割り、腹部神経の断裂という結末を最期として未確認生命体第0号を絶命させ、そこにも爆発はなかったはず。
「いや、俺のキックとかじゃないと爆発はしないはずなんだけど……」
「……そうか? ミジンコみたいな奴らは私の弾幕で倒しても爆発してたぜ」
五代はその爆発を訝った。霊夢の霊力には封印という干渉があったのかもしれない。だが五代は名も知らぬ雛という少女の放った退廃的な厄の力、妖怪の干渉に、古代リント文明のそれに近い封印の干渉に似たものが宿っているようには感じられなかった。
魔理沙の言う通り、元の世界での戦いでは目にすることさえなかったミジンコ種怪人、ベ・ジミン・バは、赤銅色にさえ満たない不完全なベルトを有し、魔理沙の弾幕による死でも簡単に爆発を遂げていたようだったが。
グロンギ側に爆発の原因があり、封印エネルギーはその起爆剤に過ぎないのだろう。だからこそ不安定なベルトしか持たなかったミジンコたちは、小さな衝撃で爆発したのか。
だとすれば、このメ・ガーゲ・レも。かつてとは違う何かを腹に宿していたのかもしれない。
ガーゲが 殺された こいつら ちょっと 手強いかも
「ボソガ セダグ ガーゲ ボギヅサ チョドド デゴ パギバロ」
クウガも 現れた あまり 悠長に 戦っている 暇はないぞ
「ガサ パセダロ クウガ ガラシ ジュグ チョグビ ダダバ デデギス ギラパ バギゾ」
メ・アグリ・ダは長い舌を垂らしたまま狼狽えたように。メ・アゴン・ギはその大きな口に生え揃った鋭い歯を食い縛るように。メ集団という選ばれし白銀の階級なれど、その座に少しばかりの慢心を認めさせられる。
警戒すべきはクウガだけではないと二体は戒めた。ただのリントであればその腕の一薙ぎだけで容易に殺せる。されど妖怪と称されるリントならざる者には、相応の武力が必要だと。
やがて ヌ になる メ・アゴン・ギ の 技巧で 殺してやる!
「ジャガデ バスビ ヌ ボソギ デジャス ゼギボグン メ・アゴン・ギ!」
誇るべきは白銀の階級たる『メ』の称号。同時にグロンギたちの道具や装備の開発と調整を担う特権階級、この左腕に光るグゼパをも作り上げた存在、サンショウウオの遺伝子をその身の魔石に宿すあの男に師事し、自らも鍛え上げた邪悪なる技術をもってして。
メ・アゴン・ギが目指すはゲゲルの最果てたる王の座ではない。王に相応しき鎧を、王を殺すに足る剣を。自らの手で作り上げ、ゲゲルの祭具と捧げる資格を持つ──『ヌ』の階級であった。
例の如く執筆が遅れ気味なのでここぞとばかりにストック分を投稿させていただきます。
めちゃめちゃに今更ですけど普通に弾幕で戦える東方キャラって戦闘映えしづらいぜ。
ペガサスフォームが銃を使えるってだけで制限時間を設けられるくらいには飛び道具はずるい……
そういうときは飛び道具とか関係なく近接戦闘させます。銃も弓も殴るもの(平成ライダー理論)