東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第73話 疾風

 妖怪の山の下流であり、魔法の森にほど近い玄武の沢。ここは今や涼やかに秋めく風と冬らしく凍てつく風の両方が流れ込む、乱れ歪んだ異質な四季の狭間と化している。

 柱状節理の崖上より舞う白雪の結晶と上流から流れる紅葉が、奇妙な交錯を見せていた。

 

「気をつけろ。何か企んでるみたいだぞ……」

 

 アンコウに似た異形の怪物、メ・アゴン・ギの様子を訝る魔理沙。その傍らには、にとりと雛の両者を守るように構える五代雄介──今は赤き戦士、マイティフォームたるクウガの姿。

 五代はやはりこのグロンギを知っていた。その名こそ知らないものの、未確認生命体第15号たるメ集団の所属者とは、これまでのグロンギと同様に一度は拳を交えたことがあった。かつてはこの赤き鎧、マイティフォームで撃破することができたはずだ。

 

 同じとはいくまい。五代は知らぬ、新たなる力。幻想郷に現れたグロンギは、本来はただ殺したリントの数を数えるための道具である腕輪(グゼパ)に奇妙な力を秘めている。

 蘇った彼らの狙いは妖怪たち。殺した獲物の力を奪ったか、その腕輪からは奪い取った妖怪のエネルギー、妖力を光弾として放ってくるのだ。それさえなければ近接格闘、赤い戦士の力だけでも戦えたであろうに、こうしてすべてのグロンギが飛び道具を使ってくるとなると──

 地上の相手に対しても緑色を求めるか。あるいは懐に潜り込んで一気に勝負を決めるべきか。

 

 一気に 終わらせてやる

「ギギビビ ゴパサ ゲデジャス」

 

 深海の捕食者が如き大口が生臭い吐息を漏らす。メ・アゴン・ギは無数の歯牙が生え揃ったその口を力強く閉ざすと、左手首に装ったグゼパの勾玉を幾度か回し、九の位を一度に二つ、18体分の妖怪のカウントをゼロに戻すことで、新たな力を発動した。

 勾玉に封じられた妖力がメ・アゴン・ギの肉体へと流れ込む。18体分の妖怪の力を一身に受け止めるには、相応の負荷が掛かろう。それを可能としているのは未知の力によって一度の死を経て蘇ったがゆえのものか。

 

 かつての戦いにはなかった妖怪の力という新たなる要素。それはグロンギたちの道具の作成と管理を司る『ヌ集団』がもたらしたもの。ヌに属する者の中でも、今やその技術を受け継ぐただ一人の存在──サンショウウオの遺伝子を宿す男が既存のグゼパを改造したものだ。

 メ・アゴン・ギもまた、その技術を盗み覚えている。同じとまではいかぬながら、独自の技術でもってグゼパを改造することができる。彼はやがてヌに至ろうと研鑽する己が技術をもってして、自らのそれに限界を超えるだけの力を宿した。

 

 せっかくの殺害人数を無に帰し、集めた妖力も解き放ってしまうが、もはやメ・アゴン・ギにとって今回のゲゲルの成否などどうでもよかった。無力な人間(リント)を殺す悦楽より、己が研鑽の成果を確かめたい。それゆえに、ヌのもとで修業し身につけた技術を──力をもって知らしめよう。

 

「っ!」

 

 怪物の不審な行動に不安を覚えたにとりが逸る。懐から取り出した二丁の水鉄砲で妖力を込めた水の弾丸を撃ち放つが、狙うべきアンコウの傍らに控えるアリクイ、メ・アグリ・ダの舌が強靭な力を纏い、それが振り払われることでにとりの水弾を掻き消してしまった。

 

 にとり自身の妖力ではグロンギの一体を相手にしても勝てるかどうかは分からない。リュックの中に込めた河童の機械で、自身の妖力と水を『水妖エネルギー』という形に変えて運用して初めて河童の中でも特出した力が出せるのだ。

 その水妖エネルギーも使えば使うほどなくなっていく。補充こそ利くが、これほどの怪物を前にして悠長に水を汲むというわけにもいくまい。雛の厄もエネルギーとして発散すれば並みの妖怪を超える力になり得るが、こちらは厄という力の都合上、水のようにすぐには補充ができない。

 

「ちっ……」

 

 小さく舌打ちする魔理沙はにとりの水弾に続いて自身も光弾を放とうとしたが、やめた。すでにメ・アゴン・ギは全身にエネルギーを行き渡らせてしまっている。これまで何度も相手し対峙してきた妖怪という存在の力。それらがあの怪物から、気迫のように感じ取れる。

 妖力というエネルギーに疎い五代でさえ肌身に伝わる、玄武の沢の空気を震わせるような気迫に慄き、にとりと雛、魔理沙と五代は無意識のうちにすぐに動けるように警戒を強めていた。

 

「グォォォオッ!!!」

 

 玄武の沢の河原を踏みしめ、砂利が爆ぜ散る音と共に。大口を開けたメ・アゴン・ギが、目にも止まらぬ速さで魔理沙に襲い掛かった。

 咄嗟に箒を召喚して大顎による噛みつきを防ぐが、魔力で強化した箒がメキメキと軋みを上げているのが分かる。このままでは自分もろとも噛み砕かれてしまうだろう。

 

 自傷を覚悟の上として星光の弾幕を炸裂させ、その爆風に乗って後退した魔理沙に続き、今度はにとりが再び水鉄砲を構えるものの──強化されたメ・アゴン・ギが右腕を振り上げ、そのヒレが秘める妖力の波動が光刃となって玄武の沢の空気を裂き、にとりが手に持つ水鉄砲を破壊する。

 

「ひゅい!?」

 

 右手に走った衝撃に怯むも束の間、粉々に砕け散った右手の水鉄砲に恐怖を覚えながらも左手の水鉄砲のみでメ・アゴン・ギを狙い撃つが、この程度の衝撃では怯みもしないらしい。

 メ・アゴン・ギの強化に危機感を覚えた五代はすぐに拳を握る。にとりのほうを向いているメ・アゴン・ギへと殴りかかるが、やはり妖力で強化された身体はそう簡単には打撃を通さない。

 

 まずは クウガ お前から 殺してやる

「ラズパ クウガ ゴラゲ バサ ボソギ デジャス」

 

 にとりを無視して赤いクウガの拳を受け止めるメ・アゴン・ギのおぞましき気迫に余裕はない。かつて自身を殺した戦士への憎悪が心を焼いているのか、あるいは自ら改造したグゼパがもたらす絶大な力の負荷にその身を苛まれているのか。

 鋭く冴え渡るヒレの刃はかつて五代が戦ったカマキリのグロンギ、その鎌の切れ味にも匹敵するほど。まともに受けてしまえば、クウガの装甲とて呆気なく切断されてしまいかねない。

 

 ヒレの刃に触れないようになんとか拳で腕を受け止める。その攻防の先では、にとりと雛がメ・アグリ・ダの舌に翻弄されながら戦っている。手の平に光弾を溜めている様子の魔理沙はメ・アゴン・ギへの追撃を行いたいようだが、五代も相手の猛攻に応じるばかりで距離が取れずにいた。

 

「……っ!」

 

 そこへ不意に一つの光弾が落ちてくる。その一撃は五代とメ・アゴン・ギのちょうど隙間を突き抜けて、玄武の沢に敷き詰められた灰色の砂利を打ち砕いていた。

 思わず空を見上げた戦士と怪物は、己が耳に届く低く震う羽音と共に獰猛な(ハチ)の姿を見る。

 

「第14号……!」

 

 邪魔を するな バヂス!

「ジャラゾ グスバ バヂス!」

 

 左腕のグゼパより光弾を放ってきたのは未確認生命体第14号、メ・バヂス・バだ。おそらくその行為に五代を助けようという意志などはあるまい。クウガを目の前にしているにも関わらず、空を見上げて憤るメ・アゴン・ギの苛立ち通り、彼の邪魔こそが目的であったのだろう。

 

 クウガは 俺が 殺す お前こそ 邪魔を するな

「ゴセグ ボソグゾ クウガ ゴラゲ ボゴ ジャラゾ グスバ」

 

 赤き戦士への殺意に逸るメ・アゴン・ギと比べて冷静なように聞こえるスズメバチの在り方にさえ、アンコウの脳は苛立ちを感じるのだろう。その小さな隙に、魔理沙は五代に声をかけた。

 

「よく分からんが、あいつがお前の言ってたやつか? それなら早く……!」

 

「……いや、緑のクウガは50秒しか変身してられないんだ。いざってときじゃないと!」

 

 魔理沙は香霖堂で聞いた話から空中を我が物とするグロンギの存在を知っている。五代はそれに対抗するために拳銃を手に入れたはずだ。緑の超感覚をもって対象を捕捉し、確実に射貫くことはできるものの、その姿には無視できないほどの明確な弱点がある。

 通常の数千倍もの感覚だ。しっかりと意識を集中して感覚を研ぎ澄ませなければ、不要な情報は怒涛のように聴覚や視覚、触覚までもを暴力的に埋め尽くす。最初に緑の戦士になったときは街の喧騒を耳に聴き、その景色を目に映し、空気の流れを肌身に感じているだけで脳が焼き切れそうになってしまったほど。

 

 緑の戦士は神経への負担が極めて大きい。どれだけ情報を抑えても、50秒間の維持が限界だ。それ以上を過ぎれば、鋭すぎる感覚がアマダムの疲労となってその器質を変化させ、強制的にグローイングフォームへと変わってしまい、その後は2時間ものあいだ変身自体ができなくなる。

 

「ご、50秒だと? 難儀なやつだぜ……」

 

 魔理沙は呆れるように小さく溜息をついた。だが気を抜いてはいられない。トカゲに似たグロンギを撃破することができてもまだ二体、さらに新たに現れたスズメバチのグロンギが一体。敵の総数は合計して変わっていないのだ。

 すぐにこちらへと意識を向け直して迫ってきたメ・アゴン・ギに対し、魔理沙はすかさず溜めておいた魔力でスターダストミサイルを放つ。光は炸裂するが、これでもやはり大したダメージにはならない。

 

 五代は魔理沙がこちらに目配せをしてきたことの意味に気づいた。メ・アグリ・ダはにとりと雛によって足止めされている。メ・アゴン・ギは魔理沙が引きつけている。今ならば上空に羽ばたくメ・バヂス・バを、他の誰にも邪魔されることなく相手することができるのではないか──と。

 

「分かった、魔理沙ちゃん!」

 

 仮面の下で覚悟を決め、魔理沙に向けて親指を立てては河原を蹴ってメ・アゴン・ギから距離を取る五代。変身前に懐にしまっていた拳銃は、クウガのモーフィングパワーによって今はその身と一体化している。されどクウガの意思によってそれを手に取ることはできる。

 右手で取り出した拳銃は五代の腹、赤き戦士が黒き皮膚と纏うブラックスキンの内より。不本意ながらも慣れ親しんだ哀しき暴力の具現を手にし、あとは緑の戦士へと変わるだけ──

 

 やはり そう来るか クウガ!

「ジャザシ ゴグ ブスバ クウガ!」

 

 嬉々として声を張り上げたメ・バヂス・バはすかさず右手の針を五代に向けた。狙い射るはその右手に在るリントの叡智。現代の技術で開発されたピストルという武器。

 妖力で強化されたスズメバチの針はそれを撃ち抜き、さらなる下流まで弾き飛ばしてしまう。

 

「しまっ……!」

 

 五代の手元から離れた拳銃はそのまま川に流され遥か遠い岩の淵へ。拳銃ほどの重みがあっても、やはり河童などの幻想的な妖怪が住まう川。水の勢いも幻想の力を持つのだろうか。

 かつての戦いを覚えているのは五代だけではないのだ。五代に殺されたメ・バヂス・バも自分がどのように殺されたのかを覚えている。緑色の戦士によって撃ち殺された屈辱は、燃え上がる記憶となってメ・バヂス・バの意志を決定づけていたのだ。

 

 リントの武器を手にしたクウガは、緑色になって己を射貫く。その記憶を頼りに、メ・バヂス・バは自身を仕留め得る武器を撃ち落とした。メ・バヂス・バが宿すゲブロンの力生成するスズメバチの毒針は15分に一度しか放てないが、左腕のグゼパにはまだ妖怪のエネルギーが残っている。

 

「私が取ってくる! 五代、お前はこっちのアンコウを何とかしてくれ!」

 

 魔理沙はすぐに箒を掴むと、魔力を込めた薙ぎ払いでメ・アゴン・ギから距離を取った。そしてそのまま箒に跨り、玄武の沢の下流へと飛翔して向かっていく。

 彼女の背中を無視するメ・アゴン・ギではない。再びヒレに妖力を込めると、空気を裂くほどの光の刃を振るい放つ。にとりはその動きに気づいて走り、魔理沙を守るように盾を構えた。

 

 爆ぜ散る水飛沫。にとりが持つ【 フォースシールド 】は駐車禁止の道路交通標識に似た絵柄の円盤状の盾というシンプルな見た目でありながら、その防御力は河童の技術の粋。

 衝撃そのものを水のように散逸させる仕組みを持っているため、ほとんどの攻撃を防ぎ切る。

 

「ああもう、魔理沙のやつ! そんな簡単に敵に背中を向けるなよな!」

 

「魔理沙が取りに行った武器って……ただの拳銃よね? 役に立つとは思えないけど……」

 

 にとりはメ・アゴン・ギの光刃を防ぎ切って軋む腕に顔をしかめながら言う。メ・アグリ・ダに接近されつつあった雛もにとりと合流して二人で二体の怪物と向き合うが、その戦力差は互角とは言いづらかった。それは当然、グロンギたちも理解しているはず。

 妖力で強化されたメ・アゴン・ギは自分一人で二体の妖怪を殺すことなど造作もないと判断したのだろう。メ・アグリ・ダに指示を出すと、アリクイめいた獣の殺意が魔理沙のもとへ迫る。

 

「こっちに来やがった! にとり、その水鉄砲を五代に渡してやってくれ!」

 

「……っ! な、なんだかよく分からないけど、えいっ!」

 

 メ・アゴン・ギを目の前に警戒したままにとりはクウガの姿である五代に今や一丁のみとなった水鉄砲を投げ渡そうとした。

 河童の水妖エネルギーの供給を受けずに扱う水鉄砲など水圧が強いだけの玩具にも等しい武器。それでも、メ・アゴン・ギも遥か太古の戦いを覚えている身であるがゆえか。そんな足掻きでさえ見逃そうとはしない。怪物は再びヒレに光を集め、斬撃を解き放つ。

 

 空気を裂く光刃が河童の精密機械めいた水鉄砲を粉々に打ち砕いてしまった。玄武の沢の下流で拳銃を取り戻した魔理沙が箒に跨ったまま戻ってくるものの、このまま拳銃を投げ渡そうものなら水鉄砲の二の舞。光刃によって破壊されるか、アリクイの舌に絡め取られてしまうだけだろう。

 

「くそっ、やっぱこいつらから先に倒さないとダメか! お前ら、出し惜しみはなしだ!」

 

 魔理沙は箒から飛び降ると、帽子からミニ八卦炉を取り出しながら啖呵を切った。にとりと雛も改めて気を引き締め、残る水妖エネルギーと厄のエネルギーを練り上げていく。

 雛の弾幕。にとりの弾幕。それらは二体のメを撃ち続けるものの、牽制にしかなり得ない。

 

「これでも喰らえ!」

 

 手の平から水弾を放っていたにとりが機を見て取った。油断したのか動きに隙を生じさせたメ・アグリ・ダに向けて、にとりは背中のリュックに隠し持っていた円筒状の特殊兵器を迫り上げさせていく。それはまさしく、河童の技術で造られた大砲の砲台に他ならない。

 蹲るようにその場でしゃがみ込み、反動に備え。目を瞑って両手で耳を押さえ、発射音に備え。背中の砲台から発射したのは、暗い緑色をしたロケット弾頭──【 空中ブラスター 】である。

 

「グゥ……!?」

 

 目を瞑る前のにとりの視界には標的を定める照準器(レティクル)めいたものが見えていただろう。ターゲットとしてロックオンされた対象を狙い、空中ブラスターは激しい水蒸気を霧と吹き上げながら誘導された機動を描き、メ・アグリ・ダへと突っ込んでいく。

 見事に着弾した空中ブラスターはやはり爆発と同時に水飛沫を上げた。それが単なる水を含んだ兵器なのか、あるいは水素と酸素の結合による化学エネルギーなのかは定かではないが、少なくともその衝撃は怪物に届いた。

 

 水妖エネルギーをたっぷり含んだ空中ブラスターに怯むアリクイのグロンギ。降り注ぐは爆発によって巻き上がった水と、発射時に撒き散らされた後方噴射(バックブラスト)による水蒸気によって生じた白い霧。その霧そのものも河童の妖力か、玄武の沢の視界を濛々とした白に包み込む。

 メ・アグリ・ダはすぐに妖力を込めた舌でその霧を打ち払った。空中ブラスターの衝撃は確かに強力ではあったものの、妖力で強化されたグロンギを一撃で倒すほどのものではない。が──

 

 あれ……? いな……い……!?

「ガセ……? ギパ……ギ……!?」

 

 一瞬のうちに霧を払い除けたメ・アグリ・ダの視界に、河城にとりの姿はなかった。一瞬の霧による隙を利用し、にとりは残された水妖エネルギーを発揮して再び光学迷彩を起動させた。河童の技術によって開発された水色の衣服、見た目とは裏腹に高い撥水性を持つこのスーツ。その真価は試作品としてたった数秒の不可視化を実現させる程度のものではない。

 水妖エネルギーを大きく消費しては自身を周囲の景色と一体化させる光学技術の極致。かつては一度、妖怪の山で相見えた際に、出会いがしらに魔理沙に破壊されてしまった、光学迷彩スーツの完成形──それをさらに改良したスペルカードとしての、河城にとりの光学迷彩技術(オプティカルカモフラージュ)である。

 

「見えないんなら、見せてあげるよ! 光学、オプティカルカモフラージュ!」

 

 水による光の屈折が揺らめく奇妙な不可視の姿。注視すれば異質な輪郭が景色から浮き出ているのが見えたかもしれないが、メ・アグリ・ダはそれを見逃していた。

 姿なき声で叫ぶは河城にとりが誇る技術と河童の能力の生粋たるスペルカードを表すもの。

 

「グゥ……ブォオ……!?」

 

 妖力で具現化された青と赤の光弾が水飛沫と共に湧き上がり弾幕を形成していく。一直線に飛び迫る青の光弾、波紋と広がり廻る赤の光弾に踊らされ、メ・アグリ・ダは逃げ場を奪われていく。河童に獲物と定められた人間が河へと引きずりこまれるように。

 アリクイならば穿つは蟻住まう穴。されど今は己が渦巻く水という穴へと。打ちつける水飛沫に混じる弾幕と光学迷彩を組み合わせた【 光学「オプティカルカモフラージュ」 】は波打つ。

 

「よし、今だ! 雛!」

 

 波濤をもって獲物を閉じ込める河童という技術者の弾幕を維持し、にとりは雛への合図と共にさらなる妖力を解放した。弾幕ごっこに用いるスペルカードとして定義した光学迷彩の技術、符名に光学を冠した弾幕なれど切り札はこの一枚ではない。

 例えるのなら、先ほどメ・ガーゲ・レを撃破した雛の厄符「バッドフォーチュン」と同様である。それらは弾幕ごっことしての遊びで用いられるという点においては相手を叩き伏せる高威力の弾幕──スペルカードとして、向かい来る弾幕ごっこの相手への洗礼となるだろう。

 

 されど最初に切るべき一枚は避けられることが前提。言わば旅路の階、言葉にしてしまうのなら『優しく(Easy)』あるいは『並み居る(Normal)』者たちへの弾幕でしかない。これより放つはそれを超えた者への次なる挑戦。『より強く(Hard)』あろうとする者への、果てなき『狂気(Lunatic)』に迫るほどの激しき弾幕だ。

 

「河童の水遊びはちょっと怖いよ! 光学! ハイドロカモフラージュ!!」

 

「沢で河童に襲われるなんて、災難だったわね! 厄符! 厄神様のバイオリズム!!」

 

 解き放たれるは幻想郷らしい妖怪たちの、山に相応しき妖力の奔流。にとりの水妖エネルギーは単なる光学「オプティカルカモフラージュ」を超えてより強き弾幕の波動に。それはさらなる出力と展開力を求めて進化した【 光学「ハイドロカモフラージュ」 】の水飛沫となり。

 水の屈折率を応用した光学迷彩の壁。それをさらに強化して結界として空間を満たす。景色を透けさせるは水そのもの。河童として有する、水を操る程度の能力でもって、水のベールを大自然の光学兵器兼弾幕と成して解き放つ。

 

 流れ舞う水弾の雨。先ほどと構造自体は変わらないが、弾幕の密度は大きく違う。その渦に巻き込まれていくメ・アグリ・ダに迫るのは、今度は禍々しい災いの波。

 如何なる場所でも事故は起きよう。悲しき災害、その最も原始的な根源の一つでもある水という脅威に、雛は自身の厄を込めた手解きを添えてやった。河童による水害を、厄という形ではっきりと具現化する、厄神様の呪いの周期変化、災害という逃れ得ぬ厄のバイオリズム。

 雛のスペルカードはトカゲの怪物を倒したバッドフォーチュンを純粋に強化せし赤く鋭き弾幕の雨である。彼女が【 厄符「厄神様のバイオリズム」 】と呼ぶ弾幕は、波に殺意を象らせて。

 

「グォォオオッ……ォォオオオッ!!!」

 

 河童の水による大波。厄神の負のエネルギーによる不幸の奔流。それらすべてを弾幕という形で受け止めたメ・アグリ・ダは、絶え間なき炸裂に妖力による身体強化を図るも、渾身の妖力を込められた二人のスペルを前に成す術もなく、光は白銀の腰帯を突き抜けていく。

 それらもやはり古代リント文明の封印エネルギーではない。だがメ・ガーゲ・レのときと同様、ゲドルードを巻きし腹の中、魔石ゲブロンに接触したエネルギーは輝きを溢れさせる。

 原理は不明。されどクウガのキックによる撃破と同じく、メ・アグリ・ダを爆散させていた。

 

「……っ! おお……!」

 

「ぼーっとするな! 今度はこっちの番だぜ!」

 

 激しい爆発に思わず感心する五代。だがグロンギはまだ二体が健在だ。魔理沙はすぐに霧散する魔力と余剰熱に歪む砂利の上から目を離すと、全身に滾る妖力のままに鋭い爪と牙を振りかざすメ・アゴン・ギにミニ八卦炉を向ける。

 込めた魔力で放つは魔理沙の得意な通常ショットであるマジックミサイル。されど向かう相手も同等以上の妖力をもって激しい光弾の嵐を放ってきた。

 

 光弾の回避には慣れている。だがいつもの空中戦とは違いここは地上。四方八方、全方位に逃げ場があるわけではなく、回避できる方向にはやや制限がある。──されど相手が飛べないからといってそれに付き合ってやる必要はない。魔理沙は足元の砂利に向け、ミニ八卦炉を点火。

 

「今だ! 接近しろ!」

 

 ミニ八卦炉から放つスターダストミサイルの炸裂を足元の砂利にて引き起こし、その反動で宙に浮きあがる勢いのまま、己を魔力の流れに乗せてふわりと空へ飛翔する。

 上空から光弾を放つメ・バヂス・バの攻撃にも気を配りつつ、五代はアンコウへ駆け出した。

 

「……はぁっ!」

 

 光弾を掻い潜りつつメ・アゴン・ギに接近し、マイティフォームの拳をぶつける。しかし全身に満ち溢れる妖力はよほど彼の身を強化しているのかまるで歯が立たない。続けて連打を見舞うも、怯む様子もなくその腕に研ぎ澄まされた強靭なヒレが振るわれる。

 両腕を重ねて身を守るが、切り裂かれた皮膚からは赤い血が飛び散った。今度はメ・アゴン・ギが五代に気を取られている隙を狙い、魔理沙は追撃のためメ・アゴン・ギの背後に着地する。

 

「魔理沙っ、危ない!」

 

 背後を取ったと思ったのも束の間、妖力の消費に息を整えているにとりが叫ぶ。空中で機を伺っているメ・バヂス・バが、魔理沙の背中に向けて光弾を放ってきたのだ。

 せっかくの隙も、回避のために捨てざるを得ない。が、魔理沙は転んでもタダでは起きない。

 

「そらっ!」

 

 迷うことなく手元に箒を現し、魔力を込めて青白い輝きと共に。目の前の広範囲をすくい上げるように箒を振り上げ、メ・アゴン・ギを魔力でもって上空へと打ち上げつつ、魔理沙もその勢いに乗って上昇。メ・バヂス・バの光弾は、標的を失って砂利を砕く。

 空中へと打ち上げられたメ・アゴン・ギは空中で身動きが取れないまま魔理沙に再び隙を晒す。だが魔理沙も隙の大きい【 ライジングスウィープ 】の発動によって一瞬の硬直からすぐには行動できずにいた。

 

 空中で飛翔し行動できるというアドバンテージを得るまでの僅か一瞬。にとりと同様に息を整えている雛が魔理沙の身を案じて声を上げようとするものの、それより早くメ・バヂス・バが動く。グゼパより迸る無慈悲な光弾は、空中で体勢を整えようとする魔理沙の背中に炸裂した。

 

「くっ……うああっ!」

 

「魔理沙!」

 

 ただの弾幕ごっこでは感じ得ぬ激痛と高熱に顔を歪める。妖怪であるならまだしも、人間である魔理沙に本気の光弾の直撃は堪えよう。全身を魔力で覆って鎧のように纏っていたおかげで致命傷こそ避けられたが、全身が砕けんばかりの痛みに箒を手放してしまった。

 彼女の身を案じて叫ぶ雛も、そのダメージが見た目ほどではないと安堵しているにとりも、未だより強い(HARD)スペルの発動の余韻が抜けておらず、妖力を整えている。

 

 空中で手放した箒はメ・アゴン・ギの目の前に落ちるが、大切な友人の手で造り直してもらった宝物、魔理沙の魂とも言えるミニ八卦炉だけは、たとえ死んでも手放すもんかと心に誓い。力強く握りしめたそれに渾身の魔力を込め、痛みでままならぬ滞空を続け、光を灯す。

 メ・バヂス・バは魔理沙が魔力の鎧を纏っていることに気づかなかったのだろう。この一撃で確実に落とせるという慢心が、普通(ただ)人間(リント)への本能的な侮りが仇となったか。その行動を許した。

 

(ドラゴン)ってのはな、上昇する(ライジング)だけじゃないんだぜ!」

 

 ミニ八卦炉を下に向け、自身より少し下の空中にいるメ・アゴン・ギを狙う。膨大な光の束は、ただ一点、魔理沙が狙い射るその一点のみを対象として、龍が如く解き放たれた。

 それはさながら、もはや濃紺に染まりつつある空から尾を引く箒星(ほうきぼし)──流れ星のように。

 

「グゥオッ……ォオッ!?」

 

 深く夜に沈みゆく玄武の沢を眩き光が染める。空対地マスタースパークとでも呼ぶべき魔理沙のスペルカード【 星符「ドラゴンメテオ」 】はその名の通り、ミニ八卦炉から迸る閃光を龍が如き流星と成して地上へと叩きつける、恋の魔法(マスタースパーク)のバリエーションであった。

 魔力の奔流で地上へ落ち、全身に込めた妖力をも霧と失って致命的なダメージを負ってしまったメ・アゴン・ギ。すぐさま焦げた砂利の大地に立ち上がるも、その背にはクウガが迫る。

 

「超変身っ!」

 

 五代はアークルに添えた左拳を右手で包み、そのまま己が意思を霊石アマダムに伝える。水の如く清き心は、魔理沙が解き放った流れ落ちる龍の魔力を感じ取ったのか。流星ならぬ清流の意思。青く染まったモーフィンクリスタルに、玄武の沢の川の流れが映し出されていく。

 戦士(クウガ)の複眼も青く。装甲も青く。肩の装甲は軽量化された黒に。それはこの幻想郷にて霧の湖で至った姿と同様、水の意思によって到達する青龍の戦士──ドラゴンフォームと呼ばれるクウガの変化形態、敏捷性に優れた姿だった。

 

 先ほど魔理沙が落とした箒を右手で拾い上げると、軽やかな棒術を思わせる手捌きで優雅に振り回し、涼やかに奏でる音色と共に、魔力の染みついた古い竹箒はリントの叡智に染まる。

 モーフィングパワーによる物質の再構築。ドラゴンロッドとなったそれは、戦士(クウガ)の武器として。

 

「ふっ、はっ、だぁあっ! おりゃあああっ!!」

 

 魔理沙のドラゴンメテオによって損傷を負ったメ・アゴン・ギに、アマダムから流れては右手を通り、ドラゴンロッドへと伝わっていく封印エネルギーの波動を、グロンギへと叩きつけて。

 

「グォオ……ブグゥオ……ッ! クウガァァアーーーッ!!」

 

 真っ直ぐに突き伸ばしたドラゴンロッドの先端がアンコウ種グロンギの胸を抉る。飾る宝玉が青く輝き、その身に流れ込んだ封印エネルギーが、白銀のゲドルードへと到達した音を聞いた。より鋭く流れ込んだ力はメ・アゴン・ギの魔石ゲブロンを内側から砕き散らし──

 メ・アゴン・ギはドラゴンフォームのクウガが突き放ったスプラッシュドラゴンの一撃により、断末魔の叫びを上げて爆散。だが余韻に浸る暇はない。五代はすぐに青き跳躍で後退する。

 

「くっ……!」

 

 咄嗟に青のクウガとなったはいいが、上空から絶え間なく降り注ぐ光弾は健在。あちらもすでにグゼパに溜まった妖力を持ち帰ることを放棄しているのか、あるいはクウガに対する個人的な怨みがゆえか。溜めておいた妖力を惜しみなく解き放ってきているようだ。

 その身軽な機動力ゆえに回避はそう難しくない。避け切れない光弾もドラゴンロッドを薙ぐように振り回し、迫る光弾を流水の如く無に帰すことができる。

 だが、青きドラゴンフォームはその走力と敏捷性、跳躍力といった機動力のせいで攻撃や防御に関してはやや疎かになっている節がある。ドラゴンロッドで的確に相手の急所を打ちつけなければ深手は与えられないし、薄い装甲では単純な攻撃でも大きなダメージを受けるだろう。

 

 このままでは相手の光弾を受け流し続けるだけだ。五代は意を決し、ドラゴンロッドを放り投げるように手放す。アマダムからのモーフィングパワーが途絶えたそれは清き水龍の力を失い、元の古びた竹箒として玄武の沢の河川に転がった。

 そのままアークルに意思を込めて、ドラゴンフォームからマイティフォームへ。青い装甲は再び赤く染まり、モーフィンクリスタルにも力強く邪悪を打ち倒す戦士のための炎の赤が灯される。

 

「私の箒だったのか……?」

 

 魔理沙は未だ痛みに燻りつつ上空でその光景を垣間見ていた。自分が手放してしまった竹箒は、あの青き龍の棍(ドラゴンロッド)へと変わっていたらしい。五代が初めてクウガに変身したときと同じ、魔力などの類を用いらずに物体を一瞬のうちに原子レベルで作り変える霊石アマダムの力。

 

「……なるほどな、そういうことか」

 

 メ・バヂス・バの攻撃で弾き飛ばされてしまった拳銃、コルト・パイソン.357マグナム。玄武の沢の下流に流されかけたそれは魔理沙の手によって回収された。それを懐から取り出しては視線を落とす。

 きっとこれも魔理沙の箒と同じなのだ。この手に伝わる拳銃の重みと質感。それはただ物理的なだけのものではなく、何度かクウガの力を受けて染みついた、力の痕跡。

 ただの普通の箒が長年に渡って魔理沙に愛用されたため彼女の魔力が染みつき、どこか幻想的な魔力を帯びてしまったのと同様に。この拳銃も、クウガの力の法則の一端を宿しているのか。

 

「速いっ!」

 

「ちっ、天狗並みか……!?」

 

 上空のメ・バヂス・バを射るべく光弾を放った雛とにとりだが、並外れた動体視力と反射神経、そして何より瞬発的なスピードを捉え切れず、あっさりと回避されてしまった。

 魔理沙は再び懐に拳銃を戻す。一瞬だが怪物が雛とにとりに注意を向けたその隙を狙い。

 

「もらったぜ!」

 

 メ・バヂス・バの隙を突いて魔理沙は至近距離でミニ八卦炉を構える。怪物が振り返る間もなくそこに込められたのはスペルカードに満たぬ技巧(スキル)の魔力。砲撃と呼ぶには頼りないものの、射撃と呼ぶには余りあるそれを、怪物の腕輪(グゼパ)に向けて。

 眩く迸るのは薄く青白く輝く魔力の奔流。マスタースパーク──と表現するにはやや心許なく、されどただ貫通力を求めただけのレーザーと表現するにはその太さと密度が目立つ。

 

 放たれた閃光が冠する名は【 ナロースパーク 】。出力を調整し、少ない魔力でも放てるように魔理沙が改良した恋の魔法だ。どこか乏しい(・・・)ような脆弱(かよわ)さを伴いつつも、通常ショットの範疇には収まらない魔力の波束が空気を貫き穿ち、メ・バヂス・バのグゼパを的確に射抜いて破壊した。

 

 俺のグゼパが……! 小癪な……!

「ゴセン グゼパグ……! ボシャブバ……!」

 

 腕を装う金属の輪が砕け、妖力を秘めていたいくつもの勾玉が飛び散っていく。焼けた左手首の熱とグロンギの誇りへの侮辱に顔を歪めるメ・バヂス・バの苛立ちは傍で浮く魔理沙に向けられ。妖力で強化された腕力をもって、彼女を殴りつける。

 咄嗟に展開した魔力の障壁は魔法陣を象って青白い盾に。メ・バヂス・バの殴打を防ぐことは出来たが、箒がない状態では空中で踏ん張りが効かず、魔理沙は衝撃で流されていく。

 

「ぐぅう……っ! 受け取れ! 五代!」

 

 追撃せんと迫るメ・バヂス・バを警戒したまま、魔理沙は懐から取り出した拳銃を地上の五代に向けて投げ飛ばした。メ・バヂス・バはその小さな鉄の武器、リントの小賢しき知恵が産み出した道具が、現代に蘇ったクウガにとって何をもたらすものなのかを知っている。

 魔理沙の狙いが一瞬とはいえ攻撃の矛先を自身に向けさせることだったと気づいた頃には遅い。すでに魔理沙の少女らしい腕力で投げられた拳銃は、クウガの力強き右手の中へと収まって。

 

「──超変身!」

 

 すぐさま五代は右手に拳銃を持ったまま、左の拳にそれを重ねるように。アークルが灯すモーフィンクリスタルは、燃ゆる赤に吹き込むように、風の緑色を宿した。

 五代が両手を広げて見せるは、アマダムより伝わる『見たい』『知りたい』『聞き届けたい』という想いへの答え。戦士クウガの身は格闘戦に優れた赤き姿──マイティフォームから変化を遂げていく。

 

 その周囲に吹き荒ぶはモーフィングパワーの余波だろうか。涼やかに軽やかに、天空を翔けるが如き疾風。やがてクウガの装甲は、その両の複眼は、果てなき空を満たす、澄み切った空気の色。穏やかな在り方を如実に示し、遥か自由に大空を舞う天馬が如く雄大なる自然を表す緑色に。

 

―― 邪悪なるもの あらば ――

 

―― その 姿を 彼方より 知りて ――

 

―― 疾風の 如く 邪悪を 射抜く 戦士あり ――

 

 クウガが至るのは緑色に染まりし戦士。格闘戦に特化したマイティフォーム、敏捷性に特化したドラゴンフォームに比べて、その姿は攻撃や防御、機動力においても大した強みはない。

 だが、この姿、天馬を象りし『ペガサスフォーム』には、その欠落を補って余りある特殊能力が備わっている。それが静かなる風の在り方。如何に小さな変化をも機敏に感じ、その眼で、耳で、あらゆる感覚をもって捕捉する力。流れる空気や熱すらも見て取るように標的を見つけ出すことに特化した『超感覚』である。

 

 ペガサスフォームの装甲はやや奇妙な出で立ち。その鎧は感覚に優れているがゆえに、欠点も多い。いくらアマダムの効果で常人を遥かに超えた戦士であろうと、絶え間なく流れ込んでくる膨大な情報量は脳に負担をかけすぎてしまうのだ。

 今でこそ五代はその怒涛の情報を処理し、不要な情報を遮断して集中することで混乱に陥ることなく標的を探ることができる。それでも負担は大きく、維持できるのは50秒が限界。

 加えてその鎧の感覚の鋭さは防御面において仇となる。五感を研ぎ澄ましたこの形態は、受けるダメージ、その痛みさえも神経をそのまま切りつけられたかのような激痛となる。50秒しか維持できないこともあり、この形態はそもそも『戦闘』に適さない。

 

 ゆえに、その装甲は左肩ばかりが突き出した、左右非対称の特殊な作り。右側の防御を半ば捨てた、どこか弓を射るための装束。

 五代が拳銃を欲した理由はそこにある。右手に持ったそれを左手に持ち替え、遥か高空へと逃げようとしたメ・バヂス・バの超高速飛行を視認する。赤や青のクウガであれば残像を捉え切るのがやっとであろうその速さも、50秒間しか維持できぬ緑のクウガならはっきり見える。

 

 左手の拳銃へと、モーフィングパワーが伝わっていく。一瞬で変化するは、黒くしっかりとした銃身に煌びやかな緑色の宝玉、そしてクウガの双角や鎧の覆いに似た勇敢なる金色の装飾。同じく上下に突き出ししなり曲がるは双弧の対翼──空気の矢を撃ち出す機構の要。

 空高く翔ける天馬の弓の名は『ペガサスボウガン』という。古代において弓と呼ばれるものの、それはどちらかといえば持ち手と銃身を備えた現代の拳銃に近い形状。人類が弓と銃の中間に造り生み出した射撃武器、すなわち(いしゆみ)に近い。

 その武器の名に(ボウ)(ガン)を冠しているのも必然。張りしなる弓の向きこそ横と縦の違いはあるが、紛れもなく歴史に名を残し続けた力。遥か古来よりクロスボウと呼ばれた武器の一種である。

 

 今度こそ 仕留めてやる! (9×3=)27人分 死ぬがいい クウガ!!

「ボンゾ ボゴ ギドセデ ジャス! バギング グシギ ビンブン ギブグ ギギ クウガ!!」

 

 雲すら掠める空の上で、メ・バヂス・バは獰猛なスズメバチの大顎を軋る。右腕を鋭く眼下へと突き伸ばし、持ち得る渾身の妖力を練り込んでグロンギとしての毒針を射出した。

 グゼパが破壊されてしまった以上、もはやこの身に取り込んだ以外の妖力を持ち帰ることはできない。ならばせめて、ゲゲルの障害となるクウガを、この誇り高き蜂の針で葬ってやると──

 

「空へ逃げた……?」

 

「いや、違う! 避けろ、盟友!」

 

 すっかり遠くへと飛び去ったメ・バヂス・バの存在を、雛とにとりは認識できなかった。しかしキラリと迫り光る超音速の毒針を見て、にとりは咄嗟に声を張り上げる。

 ──彼は動かない。否、動く必要がない。ペガサスフォームの知覚で捕捉した鋭い毒針は五代の眉間を一直線に狙っているが、それが彼の目の前まで迫ったとき、彼は右手を振り上げた。

 

「…………」

 

 眉間ぎりぎりのところで、クウガの黒い右手の二本指、人差し指と中指が怪物の針を挟み取る。研ぎ澄まされた感覚に臆する心の隙はなく、戦士と化した仮面には瞬きもないまま。

 掴み取った毒針をその場に捨て、五代は左手のペガサスボウガン、その後部に設けられた金色の引き手を力強く掴み、引き絞っては左腕を空へ伸ばし、右手に引かれ弓引く金色の双弧は内部の発条(バネ)によって鋭く張り詰めた位置エネルギーが収束していく。

 

 モーフィングパワーで力強く研ぎ澄まされた空気は渦巻き冴える風の螺旋となりて。風を感じるために薄く軽い鎧、五感を高めて鋭い神経は弱点の塊。

 ゆえに、彼方より敵を知りて。天馬と翔けるは疾風の如く、ただ一矢のもとにて敵を射抜く。

 

「……ふっ!」

 

 やがて右手の引き手を離すと同時、五代は左手の人差し指でペガサスボウガンの引き金を引く。限界まで張り詰めた金色の双弧は一気に月欠けの弧を描き、解き放たれたエネルギーはバネの中の位置エネルギーだけでなく、霊石よりもたらされたリントの叡智をも込めて。

 空気を貫く風の矢。それ自体は大気中に普遍に存在する酸素や窒素などの気体なのであろう。だが、極限まで圧縮され封印エネルギーを宿した天馬の一矢は、ただの空気弾と侮るにはあまりあるほどの威力。メ・バヂス・バは見えざる風に迫られているとようやく気づいた一瞬の中で。

 

「グゥ……ゥグォオッ!!」

 

 ──撃たれる、そう警戒する頃にはすでに届いていた。されど鋭い風が怪物の腹を穿ち、小さな点のような孔を開けては微かな血が流れるだけ。

 それだけで十分だった。ただ空気の圧力だけで強靭な怪物の腹を穿ち、貫通することもない。だからこそペガサスフォームにて放つ【 ブラストペガサス 】の一矢は魔石ゲブロンの恩恵を受けしグロンギの肉体を蹂躙していく。

 

 空中でスズメバチの薄羽を震わせて抗おうとするも無意味だ。すでにその空気は怪物の肉体へと散逸し、全身から一点、腹にある魔石ゲブロンを目指して封印エネルギーを広げ。やがてその光が亀裂のように全身を巡っていき、白銀のゲドルードに到達した瞬間──

 地上から空を見やるクウガの視界に花火が散る。すでに夜を迎えた玄武の沢、星々が煌く済んだ空気の果てで。メ・バヂス・バは体内から溢れるエネルギーに耐え切れず、爆散を遂げたのだ。

 

◆     ◆     ◆

 

 玄武の沢に最初に現れた三体に加え、里から引き続き姿を見せた第14号を含め四体。それだけの強敵を無事に撃破できたが、体力も魔力もすっかり枯れ果ててしまっている。

 殺された河童たちは弔っておいた。幻想の肉体は水に還り、幻想郷の流れへと戻るだろう。

 

「すっかり遅くなっちまった。……今から神社まで戻るのはちょっと危ないかもな」

 

 魔理沙は濃紺の星空を瞳に映しながら呟いた。一度はドラゴンロッドと成り果てた愛用の竹箒が相変わらずいつも通りであることに安心感を覚えながら拾い上げ、馴染んだ魔力を確かめるようにその柄を優しく撫でる。

 にとりと雛は五代と名を交わし合い、互いに信頼を結ぶ。人の身から異形の身へ至る者がいたとしても、ただそれだけでは幻想郷に仇為す敵というわけではないのだと。

 

 今は五代の姿は生身だ。ペガサスフォームからそのまま人間に戻り、左手に携えていたペガサスボウガンはモーフィングパワーを失って元の拳銃に戻っている。それをそのまま服の内にしまい、戦いを終えた実感に安堵の一息をつく。

 本来なら香霖堂で拳銃を手に入れたあとはそのまま博麗神社に戻る予定だったが、玄武の沢での異変を感じ取って戦闘しているうちに、すでに幻想郷は深く静かな妖怪たちの時間を迎えている。怪物騒ぎで殺気立った闇夜の幻想郷を疲労した状態で移動するのは、あまり得策ではない。

 

「今回は助かったよ、盟友。怪物扱いして悪かったね」

 

「貴方たちが来てくれなかったら危なかったかも。二人とも、ありがとう」

 

 多くの同胞を失って心に傷は深い。されど人間への友好感を思い出せたにとりは爽やかに、心の重みを悟られまいと笑顔の仮面で親指を立てる仕草を見せる。五代の在り方に感化されたのだろうか。五代もまた、返すように笑顔と親指を掲げてみせた。

 雛も同様に感謝を述べる。この周辺の厄はすっかり取り除けたらしい。いつまた怪物が現れるか分からないが、少なくともしばらくはこの地に新手が出現することはないだろうと予測できる。

 

「そろそろ行くぞ、五代。私の家なら近い。ちょっと狭いが、今夜は泊めてやるぜ」

 

 二人の共闘に感謝を返していた五代は魔理沙の声に振り返っては頷いた。白いエプロンを伴う黒いロングスカートという姿でありながら、慣れた様子で箒に跨る魔理沙に倣うように、自分もまたブルーラインのビートチェイサー2000に跨り、慣れた手つきでヘルメットを被る。

 五代の頭を覆うヘルメット越しでもクウガの姿と同様に分かる。バイクに跨ったまま振り返り、手を振る彼の表情は、仮面越しでも笑顔なのだと。

 

 魔理沙は箒に跨ったまま星光を引いて夜空を翔けた。妖怪の山の麓、ただでさえ暗い魔法の森は夜になると不思議なキノコや魔力の残滓で逆にぼんやりと明るく灯される。視界を確保できるとは言い難いが、暗闇よりはマシだ。

 五代と魔理沙はそれぞれヘッドライトと己が魔法で眼前の道なき道を照らし、ゆっくりと魔法の森を進んでいく。四季異変の影響により、木々に足元にも白く美しい雪の色を見て取って。

 

「さ、ここだ」

 

 魔法の森の薄暗い灯火の闇、月や星の光さえも届きにくい木々と瘴気の中で、ぽつんと佇むのは古びた一軒の屋敷──と呼べるような西洋風の建物であった。

 傾いた看板に刻まれるは『霧雨魔法店』の文字。大きさこそそれなりに立派ではあるが、壁面は苔生し、魔力による異質な成長を遂げた植物が窓や屋根に絡まり、如何にも『魔女の家』といった不気味な雰囲気に加え、魔法の森の湿気も相まって、どこか寂しさを感じさせる。

 

 玄関の扉を開くと、魔理沙の星光のような明るさには似つかわしくない閉め切った魔力が溢れるかのよう。彼女の案内によって五代も家へ入り、所狭しと飾られた、あるいは転がった、あるいは研究机の上に開かれたままの魔導書やマジックアイテムの類に歓迎される。

 

 博麗神社は幻想郷の要として、歴代博麗の巫女が代々受け継いできた住居であるためそれなりに立派な居住空間を有していたのだが、この霧雨魔法店──人里にある実家から勘当された魔理沙の住居は、魔理沙個人が一代で誂えたものだ。

 魔法で一から建築された建物なのか、それとも最初から森にあったものを改装しただけなのか。どちらかは分からないが、少なくともこの家は、彼女以外が寝泊まりすることを想定しない。

 

「……見ての通り、神社ほど広くないんでな。……すまん。屋根裏部屋を使ってくれ」

 

 足の踏み場くらいはある、といった程度には物の多い家の中で、魔理沙は黒い帽子のつばを指でつまんで目深に被り、もう片方の手で一軒家であるはずの小さな洋館の中、上へと続く梯子(はしご)らしきものを指す。

 顔を隠すように帽子を下ろしたのは、住居が散らかっているという自らのだらしなさを恥じ入る心か。客人に屋根裏を使わせるという申し訳なさへの居心地の悪さか。

 ──霧雨魔理沙は星を瞬かせた。五代雄介は心の青空に灯る、白昼の星に。忘れかけていた当たり前を思い出した。この幻想郷を訪れて、博麗の巫女や妖怪たちと出会っては神社に泊まることを許されて。人と人との営みと、古代リントの戦士として戦うということの冒険(たびじ)の中で──

 

 星を赤く染める、少女として当然の心。魔理沙が隠したかったのは、頬に灯る熱。食事と風呂はあとで用意すると言い残し、自宅に初めて異性を泊める少女は慌ただしく走る。

 五代はどこか懐かしくさえ感じる、その少女らしい反応に、幻想郷らしからぬ乙女心を見た。




霊夢は見ず知らずの男を泊めることを躊躇しないけど、魔理沙はちょっと恥じらいそう。

メ・アゴン・ギは未登場グロンギですが、没設定だと初期に出てた水族館の男らしいですね。
なんかヌ・ザジオ・レの設定が固まるまでヌだったとか。漫画ではヌとして登場するとか。
どちらにしても本編とは繋がらない設定なので裏設定的にヌを目指してるメってことにしました。

そして彼を技術者のヌ候補にしたためにたまたま水棲生物で技術者というにとりとの共通点が。

次回、EPISODE 74『葛藤』
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