東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第76話 鉄壁

 博麗神社の裏山、豊かな木々と小さな湖が広がるこの場所には、春の芽吹きによる桜の花びらが舞い散っては異質な雰囲気の中にも本来の季節による彩りが飾りつけられている。

 湖の浅瀬にて高熱の身体を冷却するメ・ギイガ・ギは、墨を射出できない状態での接近を阻止すべく、向かってくる霊夢に対して、手首に装ったグゼパの勾玉から妖力の光弾を解き放った。

 

「くっ……」

 

 イカの墨ほどの爆発的な威力はないとはいえ、被弾すれば無視できないダメージとなる。回避は容易だが、こちらはイカ墨とは違って一度に何発も出せるのが厄介だ。

 肌を掠める度にカリカリと奇妙な音が響く気がする。これは遊戯ではない。得点など無意味。

 

「はぁあっ!」

 

 霊夢は光弾の隙間を縫いながら霊力を込めた針を撃ち放った。スペルカードを発動しようにも、霊力を練るだけの隙は与えてくれない。だが、通常ショットたるパスウェイジョンニードルならば必要な霊力は少なくて済む。

 狙いは蒸気を噴き出す腹の穴。おそらくあの穴は全身の余剰熱を放出する排熱機構なのだろう。体内に直結する臓器の一部であれば、外皮は薄いはずだ。

 

 霊夢はそう判断して腹部を狙って針を放ったが、メ・ギイガ・ギは咄嗟に手で針を払い除けてしまった。微かに焦りのような表情が見られたような気がしたのは、気のせいか。

 それでもいくつかは刺さった。しかし、それらは外皮に阻まれ臓器までは届いていない。僅かに血を流しているらしいのは見て取れたものの、怪物は腹筋の力だけで針を弾き飛ばしてしまう。

 

「(……浅い……!)」

 

 霊夢は有効打を与えられなかったと悟るや否やすぐに後退。目の前に迫る触手が空を切ったのを見て、続けてホーミングアミュレットを放つが、振り乱される触手は光弾を打ち払った。

 

 白銀の殺戮者 メ・ギイガ・ギ に 勝てるのかな

「ザブギン ガヅ シブシャ メ・ギイガ・ギ ビバデ スンババ」

 

 腹の小さな穴から蒸気を噴き出し、不敵な笑みでグゼパを掲げるメ・ギイガ・ギ。やがて腹から噴き出す蒸気も小さくなり、怪物の高熱化した体温は元の冷ややかな軟体動物らしき温度にまで低下していく。怪物はニヤリと口角を上げつつ、一時的にグゼパの光を収めた。

 今一度霊夢に対して墨の爆撃を放とうとしたところ、メ・ギイガ・ギは裏山の入り口から駆け上がってくるリントの男に気づく。かつてメであるこの身に引導を渡した、今のクウガたる男。

 

「あっ、五代さん! どこ行ってたのよ!」

 

「霊夢ちゃん、下がってて!」

 

 右手にビートチェイサー2000の右ハンドルたる特殊警棒、起動キーであるトライアクセラーを握りしめたまま、マイティフォームの姿のクウガは霊夢に脇目も振らず湖の浅瀬へ走る。

 その途中で左手をアークルの正面へ。届ける想いは鋼の鎧。この手に握る『切り裂くもの』を大地を切り裂く剣へと変える、巨人の如く揺るがぬ力。五代は全身に滾るアマダムのモーフィングパワーにそう願い、走り抜けていった。

 

 アークルの中心に輝くモーフィンクリスタルには地割れのような紫色が走る。鳴り響く地鳴りは彼の雄大な誇りを表すもの。そのまま大地を蹴り、翻る右脚でメ・ギイガ・ギを蹴る。相変わらず軟体の外皮には打撃は伝わりづらく、弾性のある皮膚に弾かれるが、怪物は僅かに仰け反った。

 

「──超変身っ!」

 

 力強く両の脚で地に立ち、湖の中で体勢を整えるメ・ギイガ・ギに高らかに告げる。トライアクセラーを持った右手と共に左手を、そして全身を誇示するように見せると、モーフィングパワーは五代の意思に答え、赤きクウガに巨人の如き鋼の力をもたらした。

 鳴り響く地震。モーフィングパワーの余波で土が震え、岩が叫びを上げる。砂と舞う波動でさえもが、唸る大地を踏みしめる巨人の歩み、不屈なる闘志の鉄槌を鍛え上げんと謳うかのよう。

 

── 邪悪なるもの あらば ──

 

── 鋼の 鎧を 身に着け ──

 

── 地割れの 如く 邪悪を 切り裂く 戦士あり ──

 

 その複眼は揺るぎなき土の紫色に。装甲は堅牢なる鉄壁として、鈍く銀色の輝きを放つ重厚なものへと変わっていく。硬き銀色を飾るはやはり紫色の装甲。五代雄介の『より重く』『より硬く』『より鋭く』という想いへの答えが、クウガに岩をも砕く鋼を与える。

 ずしりと重みの加わったクウガの身が、微かに裏山の土に足を沈めさせた。見上げるは巨人を思わせる圧倒的な存在感。どこまでも広がる不屈の壁。それは古代における畏怖の象徴。

 

 クウガが至るのは紫色の怒りと銀色の覚悟に染まりし戦士。万能性に秀でたマイティフォームや速度と敏捷性に優れたドラゴンフォーム、超感覚たるペガサスフォームに比べ、その装甲は別格と言えるほどの厚みがあった。

 剥き出しの強化皮膚でさえ極めて強度の高い構造に変化しており、あらゆる面で万全の守備力を誇る姿。こと防御面において、この『タイタンフォーム』は他の追随を許さない。

 

 五代はそのまま、ゆっくりと歩を進める。すでに冷却を終えたメ・ギイガ・ギは、爆発性の墨を体内で再生成できる状態だ。にも関わらず五代の心には一切の揺らぎはない。向かう怪物はその揺るぎなく堂々とした正眼の在り方に怯みつつも、右手を口へ、そのまま放つは高熱のエネルギーと妖力を混ぜ合わせた粘着性の有機物──漆黒のイカ墨。

 炸裂。メ・ギイガ・ギの墨はタイタンフォームの装甲にべちゃりと命中、瞬く暇もなくその姿は激しい爆炎に包まれていった。木々を焼き払う焦げ臭い匂いと、アミノ酸の匂いが鼻を衝く。

 

「ご、五代さんっ!」

 

 ──直撃した。霊夢は思わず声を上げてしまった。まるで避ける素振りのない五代の振る舞いを訝ったが──すぐに晴れる爆炎の中に悠然と立っている男の後ろ姿に目を見開かされる。

 

「…………」

 

 戦士クウガはそこに立っていた。爆撃をまともに受けてなお、後ずさることもなく。両の足で大地を踏みしめ、何の衝撃もなかったかのように。

 五代は小さく顔を左に傾け、背後に立つ霊夢を見やると、左手でサムズアップ。そのまますぐに正面に向き直り、手にしたトライアクセラーにモーフィングパワーを伝える。

 

 グロンギを相手にするには心許なかった右ハンドル、警棒でしかなかったはずのそれは、紫色の闘志による波動を受け、紫の柄に金色の装飾、古代リント文明の碑文を刻み込んだ握り手となり。やがて金色の双角に紫の宝珠を飾り、伸びる先は鋭く研ぎ澄まされた薄紫色の刀身に。

 五代は歩みを止めない。どれだけの爆撃に晒されようとも、その魂は傷つかない。まるで小さな命が束になろうと、大地を往く巨人が歩みを止めたりはしないように。

 

 右手に握る紫色の剣は五代の闘志を受け入れ、刀身の中ほどからさらに刀身を伸ばした。金色の装飾に刻印されていた部分が開き、刀身の中央には細い溝のような空洞が出現する。

 処刑人を思わせる歩みで、五代は大地を支える巨人の剣──『タイタンソード』を手に前へ。

 

 死ね……死ね!

「ギベ……ギベ!」

 

 メ・ギイガ・ギは妖力を織り交ぜた墨を何度も放った。その度にいくつかは着弾し、クウガの装甲に爆発を起こすが、やはりタイタンフォームの堅牢な装甲に決定的なダメージは届いていない。まったくの無傷というわけにもいかないが、その鎧は、不退にして不屈ゆえに。

 右腕にかかる負荷も相当なもの。紫色のクウガの強みはまさにそこだ。ただ防御面に優れているだけでは決定打にはならない。それを補うのは、この鎧に振り回されないだけの圧倒的なパワー。タイタンソードの圧倒的な重みを御し切る、力強き肉体。

 

 リントにとって、巨人とは大地を踏み荒らす災いでもあるのだろう。同時に、彼らは巨人を聖なるものとして信仰もしていた。それは、大地を支え、揺るぎなきものとして固定する巨人の大腕を見たから。ゆえに、この姿、大いなる巨人の如きタイタンフォームだけが──この剣を扱える。

 

「うぉおおおおおっ! おりゃああああああっ!!」

 

 五代は右手に持った状態のタイタンソードを両手で構え、地鳴りと叫ぶ気合いと共に、それを真っ直ぐ、腰に据えてメ・ギイガ・ギの腹へ。

 かつて己を信じてくれた警察組織の研究者の言葉を思い出す。イカの軟体、柔軟な外皮。だが、その高熱の体液ゆえに体温の調整は不可欠であると。その熱を蒸気として噴き出す穴は必ず怪物の真髄たる臓器へと繋がっている。それは生物であるがゆえの、生きるがゆえの弱点として。

 

「グゥ……ッ! グォォオオッ……!」

 

 タイタンソードの切っ先はメ・ギイガ・ギの腹に突き刺さっていく。だが、五代は紫色の複眼の下で一瞬の焦燥を見せた。硬く力強く張り詰めた筋肉には妖怪のエネルギーが加わっているのか、かつてと同じ押し込みではタイタンソードがそれ以上、刺さっていかない。

 封印エネルギーの刻印が届いていかないのだ。五代は気合いを込めてより強く押し込む。しかし相手も殺されまいと必死に抵抗する。すでに青い戦士でのスプラッシュドラゴンと、緑の戦士でのブラストペガサスという大技を放ち体力を消耗していたためか、タイタンフォームの重みに身体が揺らぎ始めてしまった。

 

 そこで先ほど霊夢が放ったパスウェイジョンニードルの針、メ・ギイガ・ギの体内に傷をつけた微かな痕跡が、霊力の残滓としてタイタンソードの封印エネルギーに共鳴を始めた。

 少しずつ大きくなる霊力と封印エネルギーの波動はメ・ギイガ・ギが身体に張り詰めらせていた妖力のエネルギーを押し退けていき、五代は柔らかい外皮を前にしているとは思えぬほどの堅牢な肉の感触が柔らかくなっていく感覚を知る。

 

 そのまま勢いを緩めることなく、大地に両足を踏みしめてタイタンソードを鋭く前へ。切っ先は腹の中へ、その怒りはメ・ギイガ・ギの内臓の先へ。

 突き抜けるは大地をも貫く巨人の一撃。災いを突きつける【 カラミティタイタン 】は無慈悲に怪物の腹を穿ち貫き、その背中までも貫通して血に濡れたタイタンソードの切っ先を見せ──

 

「グォォォオオッ……!! グォォァァアアアアアッ!!!」

 

 封印エネルギーの奔流は外皮を貫き怪物の内から刀身より輝き溢れ。やがてその光はメ・ギイガ・ギが腹に装う白銀のゲドルードへと到達し、その核たる魔石ゲブロンに亀裂を刻む。

 瞬く間もなく、クウガの紫色の複眼は激しい爆炎に染められた。白く柔らかい外皮は跡形もなく砕け散り、爆ぜる炎の中にはもはや封印エネルギーの残滓も、怪物の肉片一つも残りはしない。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

 五代は仮面の下で乱れる呼吸を整える。真っ直ぐと突き伸ばしたままのタイタンソードは弛緩しつつある筋肉に思い出したような重みを容赦なく与えてくるが、それを下ろすことも忘れて戦いの疲労に膝を着くまいと必死に己を奮い立たせる。

 

 ようやく息は落ち着いた。張り詰めていた緊張の糸を変身と共に解くと、重厚な長剣は元のトライアクセラーに戻り。まるで手放したかのような重さの変化に相変わらず面食らう。

 モーフィングパワーによる構造の変化でこうして重さが変わることは何度経験しても不思議なものだった。霊石アマダムによる物質の構造変換は原子・分子レベルでの再構築。ただ原子の構造を作り替えているだけであるならば、質量保存の法則に基づいて重さは変わらないはずなのだが。

 

「五代さん、大丈夫?」

 

「あぁ、うん。だ、大丈夫」

 

 自分を案じてくれる霊夢の声に、精一杯のサムズアップを返す五代。左手で掲げられたそれは、自分自身を鼓舞する意味もあるのだろう。右手に持ったトライアクセラーを杖と衝きたいところだが、警棒ほどの長さしかないそれでは自分の身を支えられない。

 再び一息つけばすぐに体力が戻ってくる。霊石アマダムの回復能力は以前よりも遥かに強く研ぎ澄まされているようだ。怪我や病気でさえも、この石は生物の限界を超えて治すだろう。

 

 それは人体への負担をある程度は無視してしまう。五代はトライアクセラーのグリップを力強く握りしめた。痛みや悲しみを背負う覚悟など──とうの昔に決まっている。

 たとえどれほどの苦痛に苛まれても、この霊石アマダムには自分の身体を治してほしい。自分が動けない間に誰かの笑顔が奪われ、涙を流すことになるなど、決して見過ごせるものではない。

 

「……本当に、無理だけはしないでよ? 五代さん、大怪我してても笑ってそうだし」

 

「そう? ……まぁ、大丈夫って言うときは大丈夫だと思うし、心配ないって!」

 

 霊夢は今一度五代の不安定な朗らかさを忠告してみる。相変わらず眩いような儚いような優しい笑顔を浮かべる五代を見て、それ以上のことは何も言えなかった。

 ただ無垢にのんきなだけではない。彼は過酷な戦いや冒険の中ですでに知っているのだ。誰かを笑顔にしたいときに、何より一番大切なこと──彼が身に着けた2000の技の最初の技の価値を。

 

「大丈夫なら……いいけど」

 

 最初はただ無心に安心感を抱けた五代の笑顔と『大丈夫』だったが、五代のことを知っていけばいくほど、むしろそれは不安の種となる。霊夢はまだ彼と知り合って日が浅いが、すでに五代の戦いぶりから初対面の頃よりかは彼の在り方を分かってきているつもりだった。

 どこか納得のいかない表情で腕を組む霊夢。五代の笑顔は、いつか何の前触れもなく消え去ってしまいそうな何かを感じさせられる。五代自身、その不安定な在り方を悔いているのだろう。あの吹雪の日、第0号との決戦の後の別れを。

 

 トライアクセラーを持ったまま、五代は霊夢と共にゆっくりと博麗神社の裏山を下山する。入り口に停めておいたビートチェイサー2000の右ハンドル部分、何もない穴となったそこにトライアクセラーを差し入れると、ビートチェイサーの全機能が即座に復旧。

 簡単なキー操作でロックを解除しては、後部に格納しておいたヘルメットを被っては博麗神社に戻るべく、エンジンに熱を灯す。

 

 ──そのとき、霊夢の耳は微かに聞き取った。ヘルメット越しゆえ反応は少し遅れたが、五代も気づいたらしい様子。博麗神社の裏山、木々が湖を囲うこの場所より離れたところから、明らかにバイクの音とは似つかぬ、より力強くより深く重い、這い唸るようなエンジン音が響いたのだ。

 

「……っ! な、何? 今の音……?」

 

「霊夢ちゃん! あっち!」

 

 五代はヘルメット越しに見た彼方の景色を指す。博麗神社の裏山のうち、湖よりもやや距離のある場所、少し木々が深く生い茂ったところに、明らかに自然のものではない揺れを見た。凄まじい衝撃によるものか、ここからでも見えるほどの巨木が揺れ、木の葉を散らしている。

 湖の近くに現れた怪物との戦闘中に、また別のオーロラが出現していたのだろうか。あるいは先ほどのオーロラから別の怪物が現れていたのか。考える間もなく、霊夢は己の直感からあの揺れを怪物によるものと断定。すぐに地を蹴り、宙を舞う。

 

 ビートチェイサー2000のエンジンをかけた五代もすぐに霊夢のあとを追った。生身のままでレッドラインのビートチェイサーを走らせるのは奇妙な感覚。普段は自身が未確認生命体第4号であることを隠すために、ブルーラインの車体を使用しているためである。

 もっとも、五代自身はさほど正体を隠す意思はない。古代文字の解読を担う友人や血を分けた妹、相棒たる刑事の他に、五代に協力してくれる者たちの多くが彼の正体を知っている。自前のTシャツに堂々と戦士(クウガ)を意味する古代文字を刻んでいるほどだ。

 それでも五代がクウガであることが彼らだけの秘密として閉じているのは、一般的にはリントの戦士もグロンギの戦士も区別はなく、同じく未確認生命体の遠し番号で呼ばれる怪物に過ぎないという認識があるため。ニュースや新聞などで公表されないのは、彼らの優しさゆえなのだろう。

 

◆     ◆     ◆

 

 博麗神社より少し離れた裏山の一角、木々は多いが開けた場所。森と呼ぶには広く、平原と呼ぶにはやや狭いそんな場所に、幻想郷の自然が具現した妖精たちが舞っていた。

 彼女たちはその小さな羽を力いっぱい羽ばたかせ、必死で逃げている。迫り来る巨駆から。

 

「ひぃぃ! 何あれー!」

 

「こっちに来る! な、何なのよー!」

 

 その中でも特に特徴的な少女たちが三人。まるで柔らかな光の力を具現化したような、暖かくも慎ましく、それでいて煌びやかな優しさを湛えた妖精の少女たち。

 彼女らだけは自慢の薄羽を羽ばたかせずその小さな足でもって逃げ惑っている。飛ぶことに疲れてしまったのだろうか、慌てていて飛ぶことを失念してしまっているのか。背後から迫り来るのは見たこともない巨大な鉄の塊。速度こそ妖精たちの疾走とさほど変わらぬものだが──

 

『バックします』『バックします』『バックします』

 

 無慈悲に繰り返されるは冷たく抑揚のない機械音声じみた声だ。巨駆たるそれはゆっくりとだが少しずつ妖精たちへと迫り、巨駆を支えるに相応しいいくつもの大きな車輪が大地を抉る。

 いくら巨駆ゆえ重いとはいえ慣性質量は健在。バック走行でも加速に乗れば相応の速度は出せるはずだが、あえてゆっくりと追い詰めることを目的としているのだろう。一般的な運転におけるバック走行の安全を重視した遅さとはまったく違う──ただ純粋に殺意に満ちた遅さ。

 

 その巨駆は外の世界では珍しくない、幻想郷には相応しからぬ自動車だった。それもただの自動車ではない。運転するのには特殊な免許が必要となる、輸送を担うために製造された極めて大型の荷台を長大な箱と携えた、重機のように仰々しいものである。

 大型の貨物自動車。トラックと定義される輸送車。それは己が荷台たるコンテナでもって対象を押し潰さんと、ただひたすら冷たい機械音声を繰り返しながら後ろ向きに妖精たちへ迫っていく。

 

「そォだ、その顔ォオ……!」

 

 トラックを運転しているのは幻想郷の住人ではない。クウガの世界において、未確認生命体第24号と称された怪物。ヤドカリ種怪人『メ・ギャリド・ギ』の名を持つグロンギの人間態だ。

 裸の上半身に黄色と黒のロープを巻きつけ、作業衣めいたズボンを装い、作業用のヘルメットを被り、二の腕には素肌にそのまま安全ピンを縫いつけて『安全第一』の腕章を着け。顔に施された黒いペイントは目の下に長く牙のように、頭に巻くオレンジ色のゴムホースはまるで触角のようにその先端を突き伸ばす。

 

 その姿は一見すると建築作業員のような印象を受けるが、あまりにも異質なものだ。男はトラックの運転席でハンドルを握りしめ、車載カメラで後方の映像を確認しながら後方へとバックし続けている。妖精たちが逃げ惑い、怯え慄く姿を楽しみ、満足げに笑っている。

 男はヤドカリの遺伝子を宿す魔石ゲブロンを受け入れたためか、自身を殻と包む大型の乗り物に心酔しているらしい。かつてクウガの世界で行ったゲゲルでも同様に、大型トラックに乗り込んでバックで人を轢殺するという凄惨なゲゲルを繰り返した。

 古代では石のローラーでリントを轢き潰すことに悦楽を見出していたらしい。ヤドカリのように殻を背負ってはその背中でもって対象を追い詰め殺戮するのが、この男のやり方なのであろう。

 

 あァ、リントの乗り物ォ……! やっぱり 俺の 殻に ぴったり だァ……!

「あァ、リントの乗り物ォ……! ジャマ マシ ゴセン バサビ ミダダシ ザァ……!」

 

 トラックの運転席で高らかに笑う度に、触角めいたゴムホースが揺れる。小さく狭い空間こそが彼に落ち着きを与え、安全なところから一方的に相手を轢き潰す感覚に全能感を与える。

 すでに何体かの妖精はトラックの荷台による圧殺、タイヤによる轢殺でその命を弾けさせてしまっていた。残滓たる自然のエネルギーが周囲に漂っているが、彼はグゼパによる妖力の回収より殺戮を優先している様子だ。

 妖精たちは幻想郷に自然が存在する限り何度でも発生するため、死んでしまったわけではない。とはいえ痛みも恐怖も覚えよう。さほど広いわけではないこの木々の隙間、裏山の中において逃げ回る三匹の妖精──『光の三妖精』とも称される彼女たちは同族の消滅に心を深く苛まれた。

 

「もう私たちだけ……! 逃げられないじゃん……!」

 

 三人の先頭で声を上げるは暖かな陽光の色、オレンジがかった茶髪を肩まで伸ばし、二つ結びにまとめた少女。白く柔らかなフリルを帯びた衣服は太陽を象徴するような鮮やかな赤色の差し色を伴い、広がるスカートも赤く輝いている。

 日光めいた温もりを思わせる薄羽を背負う彼女の名は サニーミルク という。元気よく八重歯を見せながら大きく口を開け、誰にともなくそう叫んだが、その声は仲間にしか届かない。

 

 輝ける日の光。木々の隙間に差し照らす木漏れ日も彼女の力として加わる。だが所詮は力のあるといえど妖精の力だ。すでに他の妖精たちはメ・ギャリド・ギによってやられてしまい、次の復活まで一回休みの状態にある。トラックはしつこく残る少女たちを追い、走行を止める気配はない。

 

「サニーの能力で私たちを見えなくしてよ! そうすれば逃げられるじゃない!」

 

 彼女に続いて走るは、落ち着いた金髪を肩まで伸ばし、それをいくつかの縦巻きに束ねた少女。どこか寝間着のようにも見える衣服は白く、ふわりと広がったスカートの裾には月齢を表す記号を並べた模様を刻み、服を飾るリボンは夜の闇のように深く暗い色。

 月明かりのような静謐さを思わせる、三日月型の薄羽を宿す彼女の名は ルナチャイルド 。月に染む叢雲めいた帽子を小さな手で押さえつつ、前方のサニーミルクに声を張り上げた。

 

 静かなる月の光。妖精としては比較的慎重派で、妖怪に近い知性を備える。しかし彼女もやはり妖精という枠組みを逸脱しない。普段から三者三様の能力を駆使しては悪戯を愛する妖精としての本懐を遂げている少女たち、リーダーたる陽の光に向けて、月の光は口を栗のような形にして。

 

「走りながらだとすぐバレちゃうのよ! せめてあいつの目を逸らさないと!」

 

 脇目も振らず走り続ける。日光の妖精であるサニーミルクは陽の光の自然の具現たる身として、その身に光を操る力を有していた。

 特に彼女は『光を屈折させる程度の能力』を己が能力だと自負している。光を透過させることで自分たちの姿を見えなくしたり、光の屈折率を変えることで蜃気楼のように異なる場所に光の虚像を浮かび上がらせることができる能力なのだが、基本的に悪戯目的にしか使われない。

 

 戦闘においても攻撃手段としては大した効果はないだろう。光に質量はないため、妖力のエネルギーで威力を持たせるしかないが、妖精の妖力は大したことがない。

 やはり身を隠したり悪戯したりといった目的のために駆使される能力だが、精度もやはり妖精のもの。注視されている状態、ましてや動きながらでは能力の調整が難しく、消えたところですぐに見つかってしまうのだ。とどのつまり、彼女の能力が活きるのはこうした事態に陥る前である。

 

「も、もうそこまで来てるわー! とにかく弾幕でも何でも使って、隙を突くしか……!」

 

 振り返ることなく最後尾を走るのは長い黒髪を腰まで伸ばした青いリボンの少女だ。彼女は透き通る星空を思わせる青い衣服を装い、その身にはいくつもの白いフリル。長く伸びたスカートには瞬く星々が描かれている。

 流れる前髪は真っ直ぐ横に切り整えられており、柔らかな印象を受ける目尻も相俟って、どこか七夕の夜に天の川を渡る姫君のよう。少女── スターサファイア は蝶のそれに似た大きな薄羽を揺らしながら、目視することなく迫り来る背後のトラックとの距離を叫び伝えた。

 

 降り注ぐ星の光。瞬く星の光を象徴するスターサファイアは慎ましい。燦然と輝く太陽の光や、深き夜を導く月の光と比べて、大気に揺らめく瞬きは小さい。その目立たなさはある意味では武器でもある。彼女は三人で行動する際、一人だけ難を逃れることが多かった。

 今回も一人だけであれば、きっと逃げ切ることはできたはずである。それでも彼女は妖精ゆえに消滅してもすぐ復活できるとは言えど、友である二人の少女を見捨てることはしなかった。

 光の三妖精は三人揃ってこそ。三人の能力がそれぞれ交わり重なり合い、より強い光を生み出す波長となる。

 

 彼女の能力は『動く物の気配を探る程度の能力』というもの。その目で実際に見ておらずとも、妖精としての感覚で生き物やそうでないものを問わず動いているものの気配を感じ取る。

 その力でもって、スターサファイアは振り向くことなくトラックとの距離を感知できたのだ。

 

「……よし、それじゃあ、せーのでいくよ! せーのっ!」

 

 先頭を走るリーダーたる日の光、サニーミルクは後に続く二人に告げる。頭に飾るは白く明るい(かさ)のようなヘッドドレスと、それに合わせた夕陽のように赤いリボン。

 その思いは一つ。サニーミルクの意思に従い、ルナチャイルドとスターサファイアは頷く。その両手に込めたありったけの妖力をできる限り強く練り上げ、足を止め振り向いた。

 

 ──炸裂。といっても、妖精三匹分の妖力では束ねた光弾を思いっきりぶつけても、トラックを破壊することなどできはしない。そのバック走行を微かに緩めた程度で、もし正面方向に真っ直ぐ走っていたらその運動エネルギーは揺るがなかったことだろう。

 それでも彼女らの本領は太陽と月と星の光。溢れんばかりの光量がトラックの全体を包み込み、衝撃と共に車載カメラの映像から運転席に座るメ・ギャリド・ギの視界までもを閃光に染める。

 

「うァア……? どこォ……だァ……?」

 

 眩い閃光に視界を焼かれたメ・ギャリド・ギは車載カメラの映像から消えた少女たちを訝った。トラックを停め、運転席のドアを開けて外に出てみるが、少女たちの姿はない。

 木々に隠れていないか目を凝らしても、メ・ギャリド・ギの視界に妖精は映らない。ただ僅かに不自然な光の屈折と、妖精ゆえに自然に紛れて分かりづらい少女らしい気配だけを残して。

 

「(み、見えてないはずよね?)」

 

「(大丈夫、このままあいつがいなくなるのを待って……)」

 

 木々の陰たる小さな茂み。妖精ゆえ幼い身体を持つ彼女たちが隠れるのは容易。サニーミルクの能力で太陽の光は屈折率を操られており、光の三妖精たちの身体をそのまま通り抜けているため、反射光という可視情報がない。彼女たちの姿は今、不可視の状態にある。

 ルナチャイルドの不安そうな呟きにサニーミルクは力強く返した。小声で話してはいるものの、その声ですらメ・ギャリド・ギまで届くことはないだろう。月の光の妖精であるルナチャイルドが有する『音を消す程度の能力』により、今は彼女たちの周囲には音はない。自分たちの声でさえ、触れては擦れる草木の音でさえも。

 

 見えることもなく、聞こえることもない。自然の具現たる妖精ゆえ、生物的な匂いや体温ですら自然の妖力に紛れて目立たない。そんな状態の彼女たちを発見することは困難と言えよう。それが強大な妖力を誇る大妖怪、あるいは波長や距離に精通した者でもない限りは──だが。

 幸い、メ・ギャリド・ギは超人的な能力を持つ魔石ゲブロンを備えるとはいえ、遥か太古の時代から感覚が鋭いほうではない。サニーミルクたちの能力を見破れず、ただ探し回っているだけ。

 

「(……待って! 何か動く気配が近づいて来るわ!)」

 

 動く物の気配を感じ取るスターサファイアは近づいてくる気配に気づいた。そのすぐ後には高く嘶くエンジン音が聞こえてくる。メ・ギャリド・ギも同様にその気配に気づいた様子で、見失ってしまった妖精たちよりも、そちらに意識を向けた。

 博麗神社方面から空を飛んでくるのは光の三妖精もよく知る人物。この幻想郷を苛む異変の解決者であり、博麗の巫女たる霊夢の姿。そして地を駆け走る機械仕掛けの騎馬に跨りしは──

 

「(外の世界の人間……?)」

 

 サニーミルクの能力で不可視化状態にある妖精たちは現れた者を見た。思わずルナチャイルドが呟いたのは、それがトラックを乗り回す未確認生命体と相違ない、外来の人間と思しき姿、同様に外の世界の乗り物を操りここに現れたという点において、同様の警戒をしたがため。

 

 ビートチェイサー2000を木々の傍らへと停めて、ヘルメットを外しては未確認生命体第24号と向き合う五代雄介。霊夢も地に降り、先ほどの二体の怪物と同様、姿こそ人間と同じであれど滲み放つ尋常ならざる悪意を湛えし者へと覚悟をもって向き合う。

 メ・ギャリド・ギはかつて己を葬った現代のクウガである五代の顔を覚えているのか否か。やや訝しそうな顔をしたかと思うと、ヤドカリのタトゥを誇りと撫で、その姿を異形へと変じさせた。

 

「第24号……! またトラックを……!?」

 

 五代が目にするはやはり第24号がかつての戦いにおいても使用した大型トラック。そしてそれを操る第24号、メ・ギャリド・ギの姿。その身体にはやはりメ集団の階級を表す白銀のゲドルードが輝きを返していた。

 頭部にはヤドカリのような触角。湿度に濡れた赤褐色の甲殻はくすみ、白い布をバンダナや褌の如く身に着けている様はどこか甲殻類めいた印象を薄れさせるが、やはりヤドカリらしく求めるは自らの甲羅ではなく、別の何かを殻として背負いたがる習性をそのままにして。

 

 それでも、ただ別の殻──現代においては大型トラックに乗り込んで武器とするだけではない。ヤドカリの鋏はより強く強靭な刃のような武器となって、メ・ギャリド・ギの両腕に鋭く備わっている。胸に飾り巻く重たい鎖もまた、彼にとっては殻でもあり、獲物を屠る武器でもあるのだ。

 

「外の世界の乗り物? ……あんなのどうやって持ち込んだのかしら」

 

「トラックごとオーロラを超えてきたのかな。とにかく、奴の好きにはさせられない」

 

 霊夢は怪物の背後に雄々しく佇む大型トラックに視線を向ける。無論、幻想郷にあんなものは存在しない。同様のものは外の世界には存在するだろうが、あれはメ・ギャリド・ギがクウガの世界より乗ったまま持ち込んだものであった。

 五代もまた、トラックの大きさが持つ純粋な質量による攻撃力を警戒する。あんなものが突っ込んでくれば怪物の攻撃よりもダメージは大きいだろう。生身の人間など、簡単に即死し得る。

 

「……っ! 変身!」

 

 怪物の動きは速かった。否、かつてと比べて、である。五代が記憶している第24号よりも俊敏にこちらへ迫り、その鋭い腕の刃を振り上げてきたのは、やはり一度の撃破から復活し、以前よりも強くなっているからか。あるいは、妖怪の力による自己の強化なのか。

 それでも反応できないほどの速度ではない。先ほど倒したばかりのメ・ビラン・ギと比べれば鈍重だ。五代は腰にアークルを出現させ、込める気合いのままに赤きクウガへと変身する。

 

「(な、何なの、あれ……!)」

 

 ヤドカリの怪物と戦っているのはもう一体の怪物。赤いクワガタムシのような姿。不可視の姿となっているサニーミルクは驚きの表情でそれらを見た。ルナチャイルドとスターサファイアも同様である。怪物を倒すはずの巫女が怪物と肩を並べている姿は、あまりにも異質なもの。

 博麗の巫女はヤドカリの怪物ばかりを相手にし、もう一方のクワガタの怪物のことは完全に味方としている。妖精たちは彼らの戦いを見てそれに気づいた。

 

 幻想郷の噂に聞く未知の怪物の存在。襲われた自分たちにとって、あれは敵。だが、もう一方の怪物はヤドカリの怪物と同じく人間の姿から変じたが、そこに悪意はない。清廉たる博麗の巫女と共に戦っている。あれが噂に聞きしもう一つの存在──仮面ライダーというものなのだろうか。

 

「……ウゥ……ゥアア……」

 

 メ・ギャリド・ギは霊夢と五代の二人を相手にして、すでにグゼパの妖力を多く消費していた。全身にエネルギーを加えて強化しているが、それでも二人の動きには及ばない。

 鋭い鋏も、鎖による攻撃も、弾幕ごっこやクウガとしての戦いに慣れた二人には届かず。

 

「はぁあっ!」

 

 マイティフォームの拳がメ・ギャリド・ギの顔面に炸裂。赤褐色の甲殻は硬く強靭ではあるが、気合いを込めたクウガの拳はそこに鋭くダメージを与えていった。甲殻が砕けることこそなくとも隙間から滲む血は明確に怪物の損傷を物語っている。

 霊夢はそこへ追撃した。怪物が構え直す前に、霊力を込めた弾幕を放つ。スペルカードに満たぬ威力の通常ショット。ホーミングアミュレットをそのまま、メ・ギャリド・ギへと放つ。

 

 メ・ギャリド・ギは顔を押さえ、よろよろとよろめきながらグゼパに光を灯した。霊夢と五代は確信する。先ほど戦ったメ・ギイガ・ギやメ・ビラン・ギと比べて、この怪物は純粋な戦闘能力が高くないのだ。だが、五代は知っている。この怪物は、それほど単純ではない。

 やはり自らの身体だけで戦うのは不利だと判断したのだろう。メ・ギャリド・ギはグゼパから放つ妖力の光弾を地面に向けて炸裂させ、その爆風を目晦ましとして霊夢たちから距離を取った。

 

「あっ、こら! 待ちなさい!」

 

 逃げゆく怪物を追おうとする霊夢だったが、すぐに後退を与儀なくされる。メ・ギャリド・ギは怪人態のまま背後に停めてあった大型トラックに乗り込んでしまい、硬くドアを閉めてはすぐにギアを入れたのだ。

 激しく唸る機関の熱に妖力混じりの排気ガスが噴き出し、霊夢は思わず顔を覆う。間違いない。このトラックは、ただの外の世界の乗り物ではない。怪物が妖力を取り込んで強くなっているのと同様に、妖力のエネルギーを取り入れて半ば『妖器化』してしまっている。

 

 ──妖器とは、ただの道具が強い妖力に染まり妖怪じみたものとなってしまったもの。付喪神の一種であると言えようか。霊夢や魔理沙も過去に太古の鬼が残したとされる鬼の秘宝がもたらした強大な妖力によって、愛用の大幣やミニ八卦炉が妖器と化してしまったことがある。

 暴走する力に飲み込まれそうにもなった。それでも御し切り、元凶たる鬼の秘宝の持ち主、輝針城の城主たる小人を打倒し、かつての逆様異変は終結した。もっとも、あのときは妖力の回収期に入ったことで自ずと妖器化は解けていたのだが。

 

 メ・ギャリド・ギは乗り込んだトラックの運転席でアクセルを強く踏み抜く。木々を薙ぎ倒して爆走するトラックは山を越えて平原のほうへ。妖力に包まれた車体は、霊夢の弾幕をもってしても止めることは難しいだろう。凄まじい馬力で山を下っていく様に、霊夢は思わず舌打ちをした。

 

「ちっ……! 追うわよ、五代さん!」

 

 迷うことなく空中へ舞い上がった霊夢に続き、五代もクウガとしての姿でビートチェイサー2000へ跨る。たとえ妖器と化したトラックが相手であろうと、警視庁の技術の粋を結集して造られたビートチェイサー2000の性能ならば、追いつくことは造作もない。

 ──そのはずだったが、空を飛んでいる霊夢とは違い、五代は木々の中をバイクで疾走しているのだ。トラックを走らせるメ・ギャリド・ギは圧倒的な質量で木々を薙ぎ倒し、山を破壊しながら進んでいるが、オフロードタイプとはいえバイクの五代は木々を避けて進んでいくしかない。

 

「なんて奴だ……!」

 

 普通のトラックであれば衝撃で停止するであろう巨木でさえ、妖力に染まったトラックは激しく薙ぎ倒して突き進む。倒れた木はビートチェイサー2000のタイヤを阻み、走行を阻む。

 必死に木々を避けながら進む五代。──そのとき、上空に耳慣れた電子音声と気配を感じた。

 

 カディル・サキナム・ター

「I'm Coming Sir」

 

 木々の木漏れ日に紛れ五代のビートチェイサーを覆う大きな影。見上げた先に浮かんだそれは、五代にとっては親しき友であり、相棒とも呼べる機体。古代リント文明が造り上げた『馬の鎧』を意味する甲虫──完全なる復活を遂げたゴウラムの姿だった。

 人間の里から香霖堂へ、そして霧雨魔法店を経て今、博麗神社裏山から続く山林へ。ゴウラムは一度は主たるクウガの凄まじき戦士への到達に反応して鈍色に染まり、機能を停止してしまっていたが──

 

 この幻想郷に招かれては各地で金属を吸収し、元の力を取り戻して覚醒を遂げた。遥か太古の戦いと同様に、かつての現代の戦いと同様に。主たるクウガのもとへと飛翔して。

 黒きクワガタムシの彫像はビートチェイサー2000の上より舞い降り、その身を二つに分かつ。そしてビートチェイサーの車体を覆うように包み込むと、強靭な牙を前へ、三対の節足をタイヤの盾として組み込んで。その漆黒の装甲は、ビートチェイサーの鎧となって新たな姿をもたらす。

 

「ゴウラム! 元に戻ったのか!」

 

 すっかり構造の変化したビートチェイサーを走行させたまま、五代は歓喜の声を上げた。友たるゴウラムの復活は、亡き相棒との再会に等しい。ゴウラムが装甲として加わったことによりビートチェイサーの質量と馬力は増大し、トラックに迫るように疾走する。

 ただ鎧として合体するだけではない。ゴウラムはその身の核に宿すモーフィングパワーを使って合体する対象の構造を根本から造り替えてしまうのだ。タイヤやエンジンの構造さえ、元のビートチェイサーから大きく変化した状態にある。

 

 そのために車体には強い負荷がかかってしまい、過去に五代が使用していたバイクは金属疲労が著しかった。だが、新たなるこの機体はその欠点を克服している。車体後部に設けられた流体金属タンクからの金属供給により、理論上は数百回以上もの合体に耐えられるはずだ。

 そして、そのパワーは元のビートチェイサーの比ではない。質量こそトラックには及ばずとも、ゴウラムと合体したビートチェイサー、その名を『ビートゴウラム』と称す機体は、その圧倒的な馬力で未確認生命体の肉体さえ容易く捻じ伏せてしまう。

 装甲の強度も尋常ではない。第24号との戦いで大爆発に巻き込まれた際も無傷だった。かつてはまだ、トライチェイサーと合体した状態の『トライゴウラム』であったが、ゴウラム自体は変わっていない。むしろ流体金属の供給がある分、以前よりも遥かに強度を増していることだろう。

 

「五代さんが言ってた馬の鎧……? ゴウラムって、これのこと……!?」

 

 すでに山林を抜けて木々のない平原へ。空からビートゴウラムを見下ろす霊夢は驚きの表情を見せた。だが、すぐに視線を彼方を走る大型トラックへと向け直す。ドアミラー越しに霊夢と五代の姿を見たメ・ギャリド・ギは、勢いよくブレーキを踏んでトラックを停車させた。

 ある程度は慣性のままにタイヤを摩擦させ地を滑っていく。だがその運動エネルギーが停止するや否や、すぐにシフトレバーを激しく掴み、乱暴に扱ってバックギアへ。

 

「……クウガ……! 今度こそ……潰れろォオ……!」

 

 大型トラックの車体は真っ直ぐクウガとビートゴウラムに向かって後ろ向きに爆走する。五代はすかさずビートゴウラムのハンドルを切って衝突を回避した。

 霊夢は怪物の発した言葉に眉をひそめては、車体が再び減速した隙を見てトラックに近づく。

 

「こいつ、日本語を……! わざわざ人間の姿で現れたり、舐め腐ってるわね……!」

 

 先ほど現れたイカの怪物とピラニアの怪物も人間の姿をしていた。五代の話からグロンギという存在が元は超古代の人間が異物たる魔石を宿したことで、人間を超越した異形の肉体を手に入れた民族だとは分かっている。だが、言語に関しては現代で学習したとしか思えない。

 それがどうしようもなく悪意を感じさせるのだ。自分たちには知性があると言いたいのか、獲物たる人間の言葉で話してくるその在り方が。

 

 霊夢は妖力を纏うトラックに向けてパスウェイジョンニードルを放った。それなりの霊力を込めたはずだが、やはりその針は突き刺さることなく弾かれてしまう。

 比較的柔らかそうなタイヤを狙っても穴を開けることすらできないところを見ると、やはりこのトラックに閉じこもってしまった状態では通常ショット程度の威力では意味を為さないだろう。

 

 また 逃げたか クウガァ~!

「ラダビ ゲダバ クウガァ~!」

 

 バック走行ではどうしてもギアの関係で最高速が出せない。背中で圧し潰すというこだわりのせいか、何度もクウガに回避されてしまう。

 メ・ギャリド・ギは再びシフトレバーを乱暴に掴み、ギアを切り替えてクラッチを踏み、今度は再び前方方向へ走り出す。その身には妖力を纏っているためか通常のトラックとしては考えられない挙動。だがやはり前方へと突進するのではなく、わざわざUターンして再びバックギアへ。

 

 俺は 悪魔の背中を持つ男 メ・ギャリド・ギ だァ……!

「ゴセパ ガブラン ゲバ バゾロヅ ゴドボ メ・ギャリド・ギ ザァ……!」

 

 自らの右足で捻じ伏せるようにアクセルペダルを踏む。妖力による加速も加え、先ほどより速くバック走行でクウガを襲う。いくらビートチェイサー2000が機動力に優れたオフロードタイプの機体と言えど、こう執拗に迫られると避け続けるのも限界が近い。

 ビートゴウラムとなった姿では馬力こそ増したが小回りは効きづらいのだ。攻勢に転じようにもこちらも疾走による加速は必要。対するトラックとは違い、ビートゴウラムには妖力などはなく、急激な加速はできない。

 

 アークルに宿るアマダムとゴウラムが宿すアマダムによる二つのモーフィングパワー。それらはビートチェイサーという現代の高性能マシンをさらに怪物じみた性能の機体に造り直すだけの力を持っている。だが、やはり妖力を消費しブーストされた加速は、爆発力という点で上だった。

 

「くっ……!」

 

 俺の背中 からは 逃げられないィィ……!!

「ゴセン ゲバ ババサ パビゲ サセバギィィ……!!」

 

 あわや横転しそうなほど荒々しい運転で容赦なく襲いかかるメ・ギャリド・ギのトラック。その巨大な質量と速度が合わさった一撃が、五代の操るビートゴウラムの装甲を掠める。

 掠り傷でも衝撃は甚大だ。もしあれと激突してしまえば、強固な硬度を誇るビートゴウラムに乗っていようと、五代は大ダメージは免れない。いっそこちらも防御を固めるためにタイタンフォームに変身しようかとも思ったが、重くなった鎧ではビートゴウラムの速度も落ちてしまい、怪物に隙を見せてしまうだろう。

 

 マイティフォームの拳も、ドラゴンフォームの棒術もあのトラックには通用しまい。ペガサスフォームやタイタンフォームの攻撃では遅すぎる。狙いを定めている間に、トラックは五代雄介の身体を轢き潰す。

 あの怪物を倒すには運転席の第24号を引きずり出すか、トラックごと破壊するしかない。無論、五代の思考の中に方法はある。このビートゴウラムが秘める力ならば。

 

 それを実行するためには隙が必要だ。かつて第24号を倒したときと同様に──だが今回は相手も操るものが違う。こちらもあのとき操っていたトライゴウラムではなくビートゴウラムだが、それ以上に相手のトラックにはさらなる運転技術と幻想郷の妖力が叩き込まれている。

 トラックが造り替えられているわけではないのは肌身に感じる威圧感の大きさですぐに分かる。怪物は白銀の腰帯をしていた。五代の記憶では、手にしたものにモーフィングパワーを流し込んで戦士(クウガ)と同様に己が武器として造り替える力を持っていたのは、さらに強大だった一部のグロンギ、漆黒の腰帯を身に着けていた者たちのみ。

 

 かつての戦いでは本当にただ怪物が運転していただけの普通のトラック。今回はより優れた運転技術と妖力による速度と硬度の強化。主体が一般的な大型トラックであることは同じだ。

 車体自体が異形化しているわけではないのだが──やはりその動きはかつてとは大きく違う。

 

 カー・ムー・ソーサディ・ター

「Are you alright Sir」

 

 五代を乗せたまま旋回し彼の意のままに疾走するビートゴウラム──ゴウラムの意思、超古代の人工知能とも呼べる人格は五代を心配するかのように赤い両目の光を瞬かせる。

 古代リント文明の言語であるその電子音声の意味は五代には分からない。リントの文字は友たる女性の碑文の解読である程度は理解が進んでいたが、すでに存在しない民族の言葉を音で聞く機会など無いに等しいからだ。だが、ゴウラムの暖かい思いやりは澄み渡る青空のように、五代に伝わってきた。

 

 ──大丈夫。何度言葉にしてきたか分からない。それを胸に灯す笑顔として、アマダムの意思で繋がっているゴウラムに伝える。

 ビートチェイサーのときから変わらぬハンドルを両手で握り、ひたすらメ・ギャリド・ギが操るトラックとのチェイスを繰り広げる五代のビートゴウラム。こちらも同じことだが、怪物のトラックも燃料は有限。使える妖力にも限りはあるだろう。

 それを限界と悟ったか、メ・ギャリド・ギは残る妖力をすべて注ぎ込んでトラックのアクセルを踏み込んだ。バック走行なのは相変わらずだが、その凄まじい勢いはもはや避け切れず──

 

「神技、八方龍殺陣!!」

 

 凛と透き通る少女の声が響いた。霊夢はトラックとビートゴウラムの隙間をするりと縫うように舞い込むと、その指に挟んだお札を地面に叩きつけ、衝撃を反動として天高く舞い上がる。瞬間、凄まじい霊力の奔流が八方に流れ出し、輝きの柱となって立ち昇った。

 五代がビートゴウラムで怪物の動きを引きつけていたおかげで、霊夢は十分な霊力を練り上げることができたのだ。

 地面にありったけのお札を設置しておき、それらを基点として巨大な結界を形成する、封魔陣、八方鬼縛陣などに続く結界陣系スペルカードの集大成。広く張り巡らされたお札の結界は常置陣や繋縛陣などの法則を統合した【 神技「八方龍殺陣」 】という。準備に時間がかかってしまうのが難点だが、その結界は物理法則すら超越した次元からの干渉で万物を縛りつける。

 

 龍をも殺す究極の陣地。その圧倒的な結界に封じ込められたトラックは運動エネルギーを完全に押さえつけられ、どれだけ妖力によるブーストを加えてもタイヤは空を切り、前へ、否。後ろへと進んでいくことができなくなってしまっていた。

 

 霊夢はこのスペルカードを普段の弾幕ごっこでも使うことがある。そのときは自身を基点として周囲に結界を押し広げ、発生を早くした上で霊力の波動で相手を退かせるための手段としているのだが、今回は結界の役割が違う。

 威力こそ己が周囲に集中させた高出力の解放に劣るものの、空間そのものを光の壁で断絶するが如き結界の強制力は絶大の一言に尽きた。霊夢が霊力を維持する限り、アクセルペダルに全体重を込めて踏んでも、握ったハンドルにグゼパからの妖力を注ぎ込んでも車体はまったく動かない。

 

 ……ッ! なんだ…これ……! 動け……ないィ……!?

「……ッ! バンザ……ゴセ……! グゴベ……バギィ……!?」

 

 必死にアクセルを踏んで虚しく空回りするタイヤの振動だけを感じるメ・ギャリド・ギ。車体を包む光に気づいてこそいるが、エンストを起こしたわけでも、ギアに異常が出ているわけでもない車体が急に動かなくなったことで混乱している様子だ。

 五代も不意に動きを止めたトラックと、眩い光の箱のような結界に驚いている。思わずビートゴウラムを止めてしまっていたが、上空からトラックに向けて両腕を伸ばす霊夢の姿に気づく。

 

「霊夢ちゃんっ!」

 

「……急いで、五代さん! ……っ! この結界……長くは()たないから!!」

 

 額に汗を浮かべて霊力を注ぎ込み続ける霊夢の様子を見て、五代は何も言わずに頷いた。そして再びビートゴウラムのアクセルグリップを捻ると、一度トラックから距離を取って少し離れた位置からUターン。そしてそのまま、フルスロットルでトラックへと突っ込んでいく。

 ビートゴウラムが掲げるフロントカウルには雄大なクワガタムシの大顎。一対の牙は鋭く大きく研ぎ澄まされ、その先に灯るは霊石アマダムがもたらすリントの意思。

 

 シェンク・ゾー・ター

「Let's Go Sir」

 

 五代に寄り添うように、ビートゴウラムが力強く電子音声を発した。五代も同じ意思だ。互いの意思を二つの牙に乗せ、互いの石の力を封印エネルギーとして重ね合わせ、ビートゴウラムの雄々しき牙にはグロンギにとっては何より忌まわしき力である暖かな光が輝き溢れる。

 痛みはない。恐怖もない。守るべき青空と、愛の前に立つ限り、恐れるものは何もない。

 

「嘘っ!? 突っ込むつもり!?」

 

 完全独走。いくら止まっているとはいえ、巨大質量のトラックに最高速で突っ込んでいくのは、常人ならば肝が冷えよう。そのあまりの衝撃は人間など肉塊と化してもおかしくはない。

 五代はただ無心でビートゴウラムのアクセルを引き絞っていた。すでに限界を迎えていた霊夢の結界は、五代のあまりに無謀な選択に驚いたことで維持ができなくなり。バチンと弾かれたように霊夢は空中で放り出されてしまい、空中で踏ん張り留まる。

 

 ──すでに道は整っている。五代は迷うことなく、自由を取り戻したとはいえ、まだ動く様子のないトラックの側面へ向けてひたすら真っ直ぐ、ビートゴウラムを走らせる。

 俺が超えてやる。五代は無心のまま、その切っ先に封印エネルギーの輝きを灯した牙を掲げて。

 

「────ッ!!!」

 

 その瞬間、落雷にも似た爆音が響き渡った。空中で目を閉じ怯んだ霊夢も、トラックの運転席、ドアの窓から迫り来るクウガの存在を睨み続けていたメ・ギャリド・ギも、そして車体の側面たるコンテナにビートゴウラムの双牙を叩きつけた五代自身も──耳を劈くような轟音を聞く。

 

「ギギィ……ガァッ……!!」

 

 封印エネルギーの奔流とビートゴウラムの激突を合わせ見舞う【 ビートゴウラムアタック 】は圧倒的に質量で上回るトラックの巨駆をいとも簡単に突き飛ばし横転させ、倒れ込んだ側の側面を慣性で引きずりながら遥か後方へ滑っていくトラックを見届けさせた。

 それだけではただの突進。純粋な運動エネルギーを質量と共にぶつける原始的な攻撃。だがその衝撃は戦士クウガの意思であり、ゴウラムの意思であり、ただ安寧だけを求めた古代リント文明が掲げる意思だ。

 

 完全に横転し停止したトラックの運転席から這い出て来るメ・ギャリド・ギ。どうしようもなく慌てた様子。ビートゴウラムアタックの衝撃により右脚が捻じ曲がってしまっており、強靭な鋏を伴う両腕を使って必死に脱出してくる。

 彼はかつての戦いでの自分の結末を思い出した。トラックごと横転させた忌むべきリントの空を飛ぶ叡智。ゴウラムの牙による一撃で横転した車体から出ることには成功したが──

 

 捻じ曲がった右脚は数分もしないうちに完治するだろう。──だが、遅い。メ・ギャリド・ギがかつてと同様に何とか這い出した運転席から見る荷台のコンテナには大きなリントの文字。封印の文字が刻印され、その力の奔流が止め処なくトラック全体を包み込み、自身にまで伸びている。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 五代はビートゴウラムに跨ったまま両肩を揺らして呼吸を整えた。最後の一撃はゴウラムと共に放つもの。第21号と第23号、先ほど出現した二体のグロンギと戦って体力を消耗していたため、ゴウラムが来てくれていなかったら第24号には勝てていなかったかもしれない。

 それももう終わる。すでにメ・ギャリド・ギはトラック全体に流れ走る封印エネルギーの奔流に捕らわれて逃げることはできない。怪物の全身を伝う封印エネルギーが亀裂のように流れていき、やがて腹部の魔石ゲブロンに到達してしまえば──

 

 霊夢も空中にて胸を撫で下ろした。今まで通りのグロンギとの戦いならば、あの怪物はこのまま爆散して死ぬだろう。外の世界の乗り物であるトラックごと爆発するとなればその規模は今までの爆発より大きいかもしれないが、博麗神社から離れたこの場所ならば大した被害も出まい。

 ──そう楽観的に考えていた霊夢であったが、安堵に落ち着いていた両目はすぐ見開かれた。

 

「ふぅ、やっと追いついた……ってあれ? なんか倒れてる……やっつけたのかな?」

 

 山林の道から姿を現したのは先ほどメ・ギャリド・ギに追われていた光の三妖精たちだ。サニーミルクは仲間のルナチャイルド、スターサファイアと共に訝しげに横転したトラックを見下ろし、その運転席から出ようとする怪物を未だ拭えぬ恐怖の視線で見やる。

 霊夢たちがメ・ギャリド・ギのもとへ辿り着いた頃には彼女たちはサニーミルクの力で不可視となっていたため、その存在に気づかれていなかったのだ。霊夢も五代も不意に現れた少女たちへの考慮は一切できておらず、判断を迫られる。

 

 メ・ギャリド・ギの爆発までは数秒もないだろう。トラックの燃料タンクに引火すれば、その爆発はただグロンギのゲドルードを核とする爆散の何倍も大きな爆発を引き起こす。

 あの距離にいる少女たちは間違いなく爆発に巻き込まれる。五代は軋む身体で声を上げた。

 

「……っ! 危ない! 早くそこから離れッ……げほッ!」

 

 三体のグロンギとの連戦の消耗がここに来て一気に襲ってくる感覚に五代はクウガの仮面の下で苦悶の表情を浮かべる。ビートゴウラムでせめて壁を作ろうと走り出そうとするも、力の入らない身体では操縦を誤って彼女たちに衝突してしまうかもしれないと考えて。

 クウガとしての力を信じてビートゴウラムから降り、自らの脚で走り出した。だが間に合わない。クウガの走力でも、この体力と、この距離。自ら突き飛ばしてしまった車体までは──

 

「ああ、もう! めんどくさいんだから!」

 

 五代の必死の表情──仮面越しでも分かるそれは子供たちである妖精への想い。幻想郷において妖精など散っては現れるただの自然現象に過ぎないのだが──

 霊夢は五代の悲しむ表情を見たくないと思った。彼の涙を、見たくない。笑顔でいてほしいと、そう思った。ゆえに無意識にその身を瞬間移動させていたのだ。万物の境界を超越する博麗霊夢の反則じみた挙動。亜空穴と呼ばれる法則外の道を突き抜け、非局所的移動を可能とする。

 

 現れたのはビートゴウラムアタックの衝撃で山林のすぐ傍まで突き飛ばされて横転したトラックの直上たる空。霊夢は残った霊力を練り上げもせずに、ただ無心で解放した。真下に倒れる車体に向けて両腕を伸ばし、全身の力が抜けるような霊力の消耗を感じながら。

 その直後だ。霊夢がトラックを結界で包み込んだ瞬間、その内側で激しい炎が噴き上がった。メ・ギャリド・ギのゲドルードが封印エネルギーに耐え切れず、トラックごと爆散。

 霊夢の両腕には凄まじい負荷が掛かり、内側から膨張する熱量を必死で抑え込もうとする。

 

「ぐっ……ううっ……!!」

 

 結界の中で爆炎が噴き上がり暴れる度に霊夢の全身が軋むような痛みが走った。霊力を維持するだけで激痛が走り、額に脂汗を滲ませて表情を苦痛に歪めさせる。

 空を飛ぶための霊力さえ使い果たしてしまえば落下して爆発の中だ。霊夢はゆっくり目を開いて息を整え、少しずつ霊力を整えながら爆発を抑え込む結界をより強固なものにしていった。

 

「わああっ!? 何!? 霊夢さん!? い、いったい何が起こって……!?」

 

「うるさいわね! あんたたちを守ってんでしょうが! うぐっ……早く逃げなさい!」

 

 結界の中に今なお激しく噴き上がろうとする炎と熱の膨張を目の前にして驚くばかりの三妖精。サニーミルクの暖かな日の光さえ焼き尽くさんばかりの爆発は、結界越しだというのに灼けつくような熱が妖精の羽根を委縮させる。

 上空で結界を維持している霊夢の声に従い、三妖精たちはその場から離れた。やはり飛ぶことを忘れたらしく自らの足で逃げ出し、サニーミルクを先頭としてスターサファイアが続く。何もない場所で転んだルナチャイルドもすぐに立ち上がっては慌てて逃げていった。

 

 妖精たちが十分に離れたことを確認し、霊夢は少しずつ結界の余白を大きくして爆発の勢いを緩やかに落ち着かせていく。だが疲労がその調整を狂わせた。霊夢は少しずつ結界を大きくしようとしたが、つい霊力の調整が乱れ一気に結界が破裂。爆風の余波が霊夢を吹き飛ばしてしまった。

 

「うわっ!?」

 

 幸い、かなり余裕を持った距離で結界を張っていたため、爆発にそのまま巻き込まれることこそなかったが、トラック一台分の爆発の勢いは周囲の空気をも激しく押し広げ、余波だけで凄まじい風圧を叩きつける。その風に流され、霊夢は吹き飛ばされたのだ。

 飛行のための霊力までもが散逸してしまい、霊夢はそのまま重力という法則に囚われ落下。このままでは頭から落ちてしまう。それを見た五代は軋む身体ですぐに駆け出し、霊夢の下へ。

 

「……っ! 大丈夫!? 霊夢ちゃん!!」

 

 赤い戦士たるマイティフォームの姿で駆け抜け、五代は落ちてくる霊夢を優しく受け止めることに成功した。爆ぜ散った火の粉や怪物との戦闘で霊夢は傷だらけ。可憐な巫女装束もところどころ煤けてしまっており、戦いの疲れを感じさせる。

 霊夢は五代の腕の中で目を開けた。眩い青空に逆光となったクウガの仮面。相変わらず仮面越しだというのに、その声色から表情は透き通る青空のように丸分かりだ。

 

 この仮面の下に、笑顔はない。彼を悲しませまいとして妖精たちを守ったというのに、どうやら自分が傷ついたことで返って彼を心配させてしまったらしい。

 霊夢は己が行いの軽率さを少しだけ悔いると同時に、どうせ消滅してもすぐ復活すると分かっているはずなのに、妖精たちを守れたことにどこか満足に似た感情を覚えていた。

 ──身体は疲れて軋むのに、清々しい気持ちだ。きっと彼も、こういう気持ちだったのだろう。博麗の巫女としての使命を続けて幾年月。忘れかけていた最初の心を、思い出せた気がした。

 

「(お互い様……なのかな)」

 

 霊夢はそのままゆっくりと右腕を上げる。それは彼の在り方を表す記号。何度も見てきた五代雄介の仕草。優しい拳の中に、親指という笑顔を咲かせるポーズだ。

 ──大丈夫。言葉はなくただ表情と親指だけで伝える。霊夢は一度に霊力を消耗しすぎたため、もう一度目を閉じた。戦士クウガの腕の中は、まるで陽だまりに包まれているかのよう。この男に出会ったばかりのときも思ったが、相変わらず戦士には似つかぬ、優しすぎる男だ。

 

 キー・ムー

「See you」

 

 ビートゴウラムとしてビートチェイサー2000と合体していたゴウラムが不意に電子音声を発した。役目を終えたと判断し、自分の意思で結合を解いては元の姿へ戻っていく。すでにモーフィングパワーも切れ、ビートチェイサーの構造も元に戻っていた。

 飛び去ったゴウラムは青空に空間を歪ませ消失する。その様子を見届けた五代は驚いたが、今は霊夢の身が心配だ。安らかな寝息を立てているところを見るに、ただ眠っただけの様子。

 外傷のほうも掠り傷ばかりで大したことはない。五代は仮面の下で小さく安堵の息を零した。

 

◆     ◆    ◆

 

 青空の下での安らぎの一時。霊夢は少しのあいだだけ五代の腕の中で休んでいたが、すぐに目を覚ますと、誰かの腕に安らぎを求めてしまった自分らしくなさを恥じつつ、立ち上がった。

 お互いの疲労は大きいが、深い傷は負っていない。このまま博麗神社まで自力で戻ることは容易である。しかし五代には一つの気がかりがあった。霊夢を心配しつつも、先ほどまでクウガという異形の姿に変身していた自分を警戒する三人の少女たち──

 

 光の三妖精。サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア。彼女らは怪物を倒してくれた五代雄介には感謝こそ覚えているが、やはり怪物と同様の異形の姿は受け入れ難かろう。

 

「……やっぱり怖いよね」

 

 五代は仮面の下で少しだけ悲しそうな表情を浮かべたが、すぐにクウガの変身を解いては三人に目線を合わせるようにしゃがみ込み、笑顔を見せた。されど三人はまだ警戒を解いてはくれない。やはり人間の姿だろうと、外来人はグロンギと同じ存在と思われている。

 無理もあるまい。先ほど倒したばかりの怪物たちも人間の姿から異形へと変わり、凄惨な殺戮を行っていた。同じ石を持って変異するは同じ怪物。グロンギとクウガの違いなど妖怪と神の違いに等しい。あるいは腐敗と発酵の違い。害となるか利となるかだけ。人間にとってはそれ以上の違いなど一つもない。

 

 辺りを軽く見渡した五代は、平原たるこの場所に丁度いい大きさの石ころを三つ見つけた。手の平に収まり、野球にて用いるボール程度の重さをも実感できる。

 おもむろにそのうちの一つを右手で上へ放り投げ、続けて左手のものを右手に持ち替え、落ちてきたものを左手で受け止め、また右手に持ったものを放り投げては左手で受け止め、持ち替える。三つの石ころを回すように持ち替え続けるは、五代雄介の2000の技の一つ──お手玉(ジャグリング)である。

 

「へぇ、器用なもんね」

 

 霊夢は膝に手をついて身を屈ませ、五代のお手玉を観察した。それなりの技術は身に着けているようだが、それ以上に自分も優しげな笑顔で、相手を楽しませようという気持ちが強い。

 それを見ていた三妖精たちも次第に興味を惹かれた様子で、少しずつ笑顔を晴れ渡らせていく。

 

「おお……!」

 

 妖精という存在は自然の具現。見た目通りの幼さのままの年齢というわけではないが、在り方は純真無垢な子供そのもの。楽しいことを優先し、怖いことや辛いことからはすぐに遠ざかっていく気楽な存在。彼女らはすっかり五代のお手玉に夢中になっていた。

 やがてより複雑な回し方へと遷移していき、最終的には手品めいた挙動で三つの石を同時に掴み取ってポーズを決めると、三妖精は五代への警戒など忘れ去ったように拍手を鳴らしていた。

 

「じゃ、俺たちはそろそろ行くから、気をつけてね!」

 

 最後にグッと親指を見せてから立ち上がると、妖精たちも見様見真似で親指を立てる。その様を微笑ましく見届け、手を振って別れを告げる妖精たちに手を振り返す五代。霊夢もまた博麗神社に戻るべく、五代のビートチェイサー2000が停車している場所を見やったところ──

 霊夢は背後に不自然な気配を感じた、ような気がして振り返った。そこには誰の姿もない。だが一瞬だけ脳裏に(よぎ)ったのは、少し前に里から神社へ飛ばされる際、どことも言えぬ空間で一瞬だけ見えた金髪の巫女らしき少女のことだった。

 

 霊夢はそんな存在に心当たりはない。この幻想郷で紅白の巫女装束を纏うのは博麗の巫女である博麗霊夢自身だけのはず。それでもどこかで見たことがあるような、ないような、形のない朧月の如き冴えぬ影に、いつか魔理沙と共に紅い霧を払った思い出が蘇ってくるような気がしていた。




イカ、ピラニア、ヤドカリと水棲生物系グロンギが三連発だ。それにしてもキャラが濃い。
タイタンフォームとビートゴウラムもまとめて出します。駆け足気味で申し訳ない……

ギャリドが運転してるトラックってMT車なのでクラッチペダルがあると思うんですよ。
あの繊細な操作を一切ミスせずに器用にこなしてるの、すごくないですか。さすがはメだな……

次回、EPISODE 77『綾羅』
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