東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm.   作:時間ネコ

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第79話 顕現

 桜の木々に暖かく彩られた春の境界、博麗神社。夜明けを迎えて少し経ち、すでに霊夢と五代は朝の支度を終えている。魔理沙は先日から魔法の森にある己の家に戻って自分なりに異変について色々と調べ直しているようで、今はここには姿は見られない。

 士は博麗神社の居間の壁から繋がった光写真館で休んだようだ。未だあの空間との繋がりは不可解な点が多いが、旅の拠点として長く使ってきた彼自身の部屋は最も落ち着くらしい。すぐに彼も姿を現し、博麗神社の居間に三人が揃う。

 

 やがて魔理沙も博麗神社を訪れてはいつも通りに居間に馴染み始め、続いて幻想郷全域の神仏に憑依しては各地の状況を調べていた高麗野あうんも戻り、狛犬の像から出現した。

 あうんは門矢士とは初対面だ。ここで霊夢や魔理沙の言葉も借り、五代も含めつつ士とあうんは互いを認識。共有していた情報も合わせて分かち合い、この居間にて五人は今一度向き合う。

 

「やっぱり神社(ここ)は落ち着くな。暖かいぜ。あうんは朝食はいいのか?」

 

「私は守矢神社でいただきました。ちょっと気になったことがあったんですけど……」

 

 すでに自宅で朝食を済ませていたらしい魔理沙がちゃぶ台に向き合ったままに湯気の立つ湯呑を仰ぐ。どうやらあうんも守護神獣として守矢神社を偵察に行っていた際、そちらで朝食をご馳走になっていたようだ。

 魔理沙は客人というよりは迷い込んだ野犬のような振る舞いで現れた彼女に食事を与える風祝の姿を連想し、その違和感のなさに思わず苦笑してしまう。

 

「……気になったこと?」

 

 霊夢はあうんの言葉を聞き逃さなかった。彼女の話を聞くと、どうやら妖怪の山に位置している守矢神社の巫女、風祝である東風谷早苗の様子がおかしかったのだという。

 祭神である守矢の二柱の神、八坂神奈子と洩矢諏訪子の姿が見られなかったのも気になったが、この異変時、神である彼女たちなら多忙に追われていること自体はそこまで違和感のあることでもないと判断したらしいのだが──

 

 あうんは人間でありながら神としての信仰を持つ現人神、東風谷早苗から神でも人でもない奇妙な力を感じたようだ。それは妖怪を思わせる幻想的な妖力などではなく、どこか西洋風の鋭さと冷たさを帯びた幻想ならざる神秘の波動、吸血鬼のそれにも似た怪物的な魔力の波動なのだと。

 

「吸血鬼? とりあえず思いつくのは紅魔館だが……」

 

「全然違いますよぉ。もっとこう、幻想郷的じゃなさすぎるっていうか……」

 

 魔理沙はあうんの話から幻想郷における吸血鬼を想像する。だがそれはあまりにも幻想郷的だ。あうんの語った魔力は、紅魔館の吸血鬼のような幻想的なものではない。となれば、やはり仮面ライダーの法則に由来するものだと考えられる。

 霊夢も魔理沙も、そして五代も、あうんが語ってくれた吸血鬼のような印象を持つ怪物と戦った経験はない。──そう考えて、たった一つの心当たりを思い出した。

 

 まだ門矢士と接触する前のことである。霊夢と五代はそれを知っているではないか。幻想郷中に怪物が現れたあの瞬間、博麗神社の境内に様々な怪物が現れ、天人くずれの比那名居天子と共に戦ったとき。あそこにはハサミムシにも似た特徴を持つ『ステンドグラスの怪物』がいた。

 

「……だいたいわかった」

 

 心当たりに視線を合わせる霊夢と五代を横目に、士は一人呟く。九つの世界を旅した士は、当然その存在にも心当たりはある。どこか耽美的な彫像を思わせる姿は貴族めいた気高さを感じさせるあの怪物。鋭い牙をもって命を啜る様は、確かに吸血鬼と形容できるものだった。

 だからこそ奇妙。それはクウガの世界の法則に由来するものではない。間違いなくキバの世界に由来するファンガイアと呼ばれる怪物の特徴である。

 

 士の旅路にもキバの世界はあった。それはやはり原典ではなく再編された物語。クウガの世界で出会った再編されたクウガである青年と再会し、再編されたキバたる、まだ年端もいかぬであろう少年とも拳を交え、分かり合い、やがて彼らも最果ての大戦にて破壊に巻き込まれてしまった。

 

「…………」

 

 奇妙だと思ったのは背景ロールの絵である。あそこに描かれていたのはクウガの世界の暗示ではなかったのか? そもそも幻想郷(ここ)にはグロンギ以外の怪物も出現しているらしい。ならばこそ分からない。いったいなぜあそこにはクウガの世界を表し示すだろう絵が掲げられていたのか。

 

「ん?」

 

 一瞬の沈黙を破ったのは霊夢の声だ。彼女は巫女服の懐から小さな球体を取り出して手の平に浮かべる。紅白の陰陽太極図を刻んだ球体はすぐにサッカーボールほどの大きさになり、ふよふよと緩やかに回転しながら淡い光を放ちつつ漂っていた。

 彼女はどうやら自身のオプションとして携えているこの陰陽玉に何かしらの霊力を感じ取ったらしい。それは疑う余地もなく、かつて間欠泉の異変を調査しに地底に向かったときと同じもの。

 

『あー、霊夢。聞こえてるかしら?』

 

「聞こえてるわよ。っていうか、まだ残ってたの? この通信機能……」

 

 妖しく明滅する陰陽玉が響かせるは声だけでも分かる胡乱さ。胡散臭さが音として伝わってくるかのような艶やかな声色は、紛れもなくこの陰陽玉に通信機能を設けた本人のもの。

 八雲紫の声には相変わらず緊張感がないが──霊夢には少しだけその声に忙しさを感じた。

 

『……隠れた変数を観測したわ。すぐに波束の収縮が始まるから、気をつけて』

 

 いつもゆったりとした口調で喋る彼女らしからぬ、微かな早口。霊夢は紫が語る言葉を聞き取ることこそできたものの、意味は掴めない。その場にいた五代や魔理沙、士やあうんも理解できてはいないらしい。霊夢は溜息を吐くと、気怠そうに腕を組みながら紫に言葉の続きを促した。

 

「あー? 何よそれ。何をどう気をつけりゃいいってのよ」

 

『事象が確定したのよ。まずは第一の異物。別の染め物の模様が浮かび上がるわよ』

 

 紫の言葉は片手間に会話をするかのように要領を得ない。普段は呼んでもいないのに出てきて、いてほしくないときにいて、何を言っても雲間を突き刺すような手応えのなさばかりが返ってくる不条理の塊が、今は激務の合間に会話をしているかのような雰囲気を感じさせる。

 霊夢は数々の異変を解決してきた経験と天性の勘で紫の様子に気づいた。無意識のうちに首筋に垂れた冷たい汗は、その結実だったのかもしれない。

 

 思わず座布団の上に立ち上がり、霊力を伴う飛翔に至らんばかりの勢いで居間を飛び出す。縁側から境内へ、そして拝殿の前まで来て、賽銭箱を背にして博麗神社の鳥居へ向き合った。

 何事かと残る者たちもついてきたことだろう。霊夢の霊力に付き従う陰陽玉と同様に五代たちも拝殿の前へと出てきては、霊夢が見つめている一点──拝殿と鳥居の境界たる空間に注目する。

 

「ど、どうしたんですか? 霊夢さん」

 

「あの灰色のオーロラみたいなやつは出てないみたいだが……」

 

 あうんは驚いた様子で霊夢に声をかけた。魔理沙は怪物が出現したのだと思い空を見るが、例のオーロラらしきものは見当たらない。妖怪であるあうんが感じられる妖力の類も、魔法使いである魔理沙が感じられる魔力の類も、そこからは何も感じられないようだ。

 だが霊夢は違う。彼女が感じているのは霊力でもない。全身を震え上がらせるような、凄まじい威圧感。本能的な緊張感と言ってもいいほどの圧力が魂を握り潰すかのような──

 

 ここまで自身を怯ませるほどの気迫を感じたのはいつぶりだろう。スペルカードルールの通用しない怪物に最初に出会ったときか。それとも地獄にてただ一人、茨木童子の腕と相対したときか。あるいは──そう。この不可解なまでの胸の高鳴りは、初めて異変の元凶(ラスボス)を前にしたときの。

 

「……この……威圧感(プレッシャー)は……」

 

 五代はどことも分からぬ場所から伝わってくる激しい威圧感に無意識に筋肉を強張らせた。

 この感覚は未知ではない。かつて九郎ヶ岳遺跡にてグロンギを復活させた張本人、未確認生命体第0号であるグロンギの総大将の微かな気配に接触した際、感覚を増幅させるペガサスフォームでいたこともあって、プレッシャーだけで意識を失ってしまったことがあった。

 身体の芯から震えるようなこの感覚。今は感覚を研ぎ澄ませてもいない生身だというのに、あのときの恐怖を思い出させるかのような冷たく鋭く、純粋な気配。この身体を慄かせるこの感覚は、それによく似ている。

 

 士もまた無意識のうちに拳を握りしめていた。彼は原典の存在である第0号に会ったことはない。その気配に覚えがあるのは、彼が九つの世界を巡る旅で最初に訪れたクウガの世界、再編された物語におけるグロンギたちが復活を求めていた存在によるもの。

 あのときはグロンギたちのゲゲルを阻止し、復活を食い止めたにも関わらず。ディケイドの存在による影響、滅びの現象はその世界の法則を破壊し、目覚めるはずのなかったものは目覚めてしまった。

 

 博麗神社境内に収縮した波束は一点。クウガの世界とクウガの世界。決して形を得るはずのなかった箱の中の幻想は、ディケイドの物語という観測者たちの夢により結実を遂げたのだ。

 それは存在しなかったもの。存在してはならないもの。最初はクウガの物語の一部の存在として導かれたが、花開くことなく落ちた蕾。それは歴史の闇に埋葬され、在るべき歴史には決して織り交ぜてはいけなかったもののはずだったのだが──

 

 何もないはずの空間が霊夢の髪と巫女装束の裾を風圧で揺らす。五代も士も、魔理沙もあうんも、その目で異常を視認することはできずとも、質量を伴う風圧は明確に感じ取れた。

 ──顕現する。幻想郷の法則を侵し、己が世界に塗り替え、原典に『再編』を繋ぐものが。

 

『さぁ、排除しなさい』

 

 陰陽玉から伝わる声は霊夢の耳に届いただろうか。ただ強く大幣の柄を握りしめ、見上げた先の禍々しき裂け目──先ほどの強い衝撃の根源と思しきスキマめいた空の傷痕を睨む少女に。

 裂け目は少しずつ広がっている。小さなリボンを飾る妖力が押さえつけているところを見るに、紫が何らかの干渉をもって裂け目が広がるのを防いでくれているのだろう。だが同時に、裂け目を出現させなければ『原因』を退治することもできなくなる。

 

 霊夢は一度深く呼吸をして、握る大幣に祈りを込めた。もう、何度目かの異変解決。それがこの異変の元凶でないにしろ、目の前に現れた異変は正面から叩き潰すのが博麗霊夢の流儀である。

 

「……はぁ。だいたいわかったわ」

 

 どこか無意識に、今まで発することを拒んでいた言葉が思わず口をつく。その言葉を耳にして、思わず口角を上げた八雲紫の表情が──陰陽玉越しの霊夢に伝わることはなかった。

 その覚悟を合図として、裂け目はドクンと鼓動めいた動きを見せる。一つ、また一つとリボンを結んだ妖力の束が弾け飛び、裂け目は境内の空間を侵していく。さながら誕生を待つ胎児が暖かく揺れるかのように。すべての枷が外れたとき、裂け目は一瞬の静寂を見せた。

 

「来る……!」

 

 霊夢は直感のままに告げる。耳を撫でるような不協和音は、己が血流の音なのか。そんな一瞬の思考の間もなく、地鳴りと空間の震え、博麗神社を揺るがす力の余波が少しずつ強くなり。

 

 狼の咆哮と同時に、赤き異形(グロンギ)を垣間見た。その瞬間だ。──視界のすべてが崩壊を遂げたのは。

 

◆     ◆     ◆

 

 気づけば、霊夢たちは知らない世界にいた。否、肌身に伝わる感覚はこの世界に八雲紫の妖力を感じさせている。見渡す景色は外の世界のそれに似ているようだが──

 舗装された道路に高いビル、そして数台のパトカーと彼方に在る奇妙な形の山。霊夢は一目見て分かった。これは光写真館で見た背景ロールの絵と同じ。門矢士が旅したクウガの世界だと。

 

「…………」

 

 八雲紫によって結界として切り開かれた疑似世界。ここがクウガの世界に似ているのは、霊夢たちの見据える上空、山を背にするように浮かぶ赤き狼の如き異形が見る夢がためか。

 

「第0号……じゃない……?」

 

 震える身体に戦士としての誇りを奮い立たせ、五代が独り言つ。確かにその威圧感は圧倒的だ。怪物が腰に帯びる黄金のゲドルードも五代が知る未確認生命体第0号──ン・ダグバ・ゼバと同じもの。しかし、感じられる威圧感の質と──何よりその姿が違いすぎる。

 五代が知る第0号は無垢ささえ感じさせる純白の身体に黄金の装飾を帯びた双角の怪物。感じる気配は無邪気と言えるような闘争への底なしの『楽しみ』だ。

 

 だが見上げる上空に浮かぶ存在は滾る血のように赤い肉体に黒と黄金を纏う狼の姿。そして放たれる殺気はあらゆるものを拒絶し破壊を求めるかのような退廃的な『悲しみ』。

 自分も含めたすべてのグロンギに哀れみを覚えている、そう感じさせるような空虚な在り方。

 

「何が起こった……?」

 

「……っ! じ、神社は!? 幻想郷は……大丈夫なんでしょうか!?」

 

 魔理沙は上空のグロンギを睨みつけながら周囲の状況を訝る。あうんもまた状況を飲み込めておらず、きょろきょろと周囲を見渡しながら幻想郷の状況を心配しているようだった。

 冷静さを崩していない霊夢の傍らにて陰陽玉が小さく輝く。そこから伝わるのは相変わらず胡散臭く妖しく寄り添ってくる八雲紫の妖気。それは優しさというより確かな信頼を感じさせる。

 

『ここは私の結界で隔離した空間。安心していいわ。幻想郷は無事よ。……今はまだね』

 

 紫は静かに語った。この場所はあの怪物による影響を最小限に留めるために紫自らの妖力で作り上げたスキマ空間の一種。だが確定しつつあるとはいえ未だ完全な形で存在を保てているわけではないあの怪物の不安定な波動関数が混ざり合っている状況にあるという。

 黄金のゲドルードを持つグロンギは一つの時代にただ一人でいい。本来ならばクウガの世界における法則はそうして成り立つ。だがディケイドの存在が九つの世界を再編させ、新たなるクウガの歴史には矛盾した歴史が重なり合ってしまった。

 

 赤き狼は『ン』の称号を持つ者。されど原典のクウガの物語に、その歴史に、同一の存在として在ってはならぬ異物。ただ、歴史の闇に眠るだけだったオオカミ種怪人『ン・ガミオ・ゼダ』は、クウガの法則に連なるディケイドの物語に在るべきディケイドの怪人と定義される。

 

 ──そのはずだったが。今やン・ガミオ・ゼダはなぜか原典のクウガの法則と一体化してしまっているようだ。本来ならば交わらざるべき因果が結びついて、原典と再編の境界が失われつつあるのか。あの怪物の記憶から再現されたこの場所は、紛れもなく再編された世界の光景だが──

 

「つまり、あいつを倒せばいいってわけでしょ。いつも通りに」

 

 霊夢は思考を切りやめてすぐに結論を出していた。今まで通り目の前に現れた敵を倒せば異変は自ずと解決に導かれる。これまでも、これからも、霊夢の異変解決は単純に進んでいく。

 本当にそれでいいの? 頭の中に囁くのは自分自身の本能的な直感。これまで自分の勘を頼りに異変を解決してきたのに、どこか不安になって紫の示した答えに(すが)ったのは、正しかったのか。

 

「世界の破壊者……ディケイドだったか。貴様もまた、再び己が定めに囚われたか」

 

 上空に浮かんでいた赤き狼が霊夢たちを見下ろしつつ言葉を発する。それはグロンギたちの言語ではない。明確に人の言語。ただそれだけでこの世界全体が震えるような気迫を覚えたのは気のせいなどではない。あの怪物は存在そのものが世界と同等にまで同化しているのだ。

 それは逆に言えば確固たる一つの存在としての収縮はまだ完全に済んではいないという証明である。未だ量子状態が安定しておらず、この世界全体に染み渡る波の状態で、ただ霊夢たちが観測している情報が在るべき姿を象っているだけ。

 

 きっとそれが紫の信じる勝機であるのだろう。漂うだけの波の状態であれほど絶大な気迫を有している存在が、完全に実体化してしまえばどうなってしまうのか。

 倒すならば今しかない。しかし波のままでは倒せない。それこそがあの怪物の本質──矛盾。

 

「……どうやらそうらしいな。……それで? また例の究極の闇とやらを始めるつもりか」

 

 士は懐から取り出したディケイドライバーを握る手に微かな緊張の汗をかきつつも、己が余裕の無さを悟られるまいと冷静に言葉を返す。恐怖がないわけではない。一度はどうしようもなく叩きのめされた苦しみを忘れてしまったわけでもない。

 それ以上に、今まで出会った仲間たちの想いが胸に宿っている。世界の破壊者としてではない。たくさんの世界を巡ってきた、旅人としてだ。士はディケイドライバーを腰に当て、左腰のライドブッカーのページをそのまま指で開く。

 

「究極の闇……?」

 

 五代は士の隣で聞き覚えのある言葉に過去を想起した。彼が知る究極の闇とは、未確認生命体第0号であるン・ダグバ・ゼバが語った言葉だ。その言葉が何を意味するのかはついぞ知ることこそできなかったが、その直後の事象──第0号による無差別な殺戮は今も忘れはしない。

 霊石アマダムと同じ物質である魔石ゲブロン。クウガのモーフィングパワーと同じ力が、彼らにはある。究極の力と称すまでに至ったン・ダグバ・ゼバのその力は、生きとし生ける者たちの身体そのものを原子レベルで作り変え、内側から焼き尽くしたのだ。

 

 被害者の総数は(第0号)の手だけで三万人以上に上る。そのとき五代は手も足も出なかった。戦いを経て強くなり、金の力で黒く染まり、あのカブトムシのグロンギをも倒したのに。

 その姿でさえ第0号は赤子の手をひねるように捻じ伏せ──戦士クウガに絶望を突きつけた。

 

「目覚めた以上は使命を果たすまでだ。……貴様も同じなのだろう……!」

 

 ン・ガミオ・ゼダの記憶にあるのはこの身がただの歴史として生まれたというもの。究極の闇と呼ばれた力を手にしてグロンギの頂点に君臨した記憶が、本当にあった歴史なのかどうかは彼には分からない。だが、そんなことはもはやどうでもいいことだった。

 なぜ俺は目覚めた(バゼ ゴセパ レザレダ)。一度はそんな小さな疑問に突き動かされたこともあったが、今すべきことは自分の中に唯一残っている本能的な存在理由に従うこと。

 

 世界を究極の闇で包み込み、この世のすべてを戦いの本能で満たす。それがグロンギの王として生まれた──否。あるいは『生み出された』のかもしれない。どちらにせよ、答えは一つ。

 

「……っ! 来るぞ、構えろ……!」

 

 士の掛け声に誘われるまでもなく五代はすでに己が腰にアークルを現していた。かつて第0号と戦った際に受けた傷は癒えているものの、金の力すらないそれは第0号に等しき気迫を有するあの赤き狼を前にして頼りなく見えるかもしれない。

 同じく霊夢と魔理沙とあうんも赤き狼を見上げて自身の力を練り上げた。怪物の両腕に滾るのはこれまでにない圧倒的なエネルギー。赤く迸る輝きに加え、黒くおぞましい悪意に満ちた瘴気。

 

「さぁ、リントよ……! 今一度、究極の闇をもって知るがいい! 命あるものの宿命を!!」

 

 赤く高鳴る咆哮と共に怪物は両腕を振り下ろした。解き放たれる破壊の力は舗装された道路へと容赦なく炸裂し、数台のパトカーを吹き飛ばす。だがその直撃を受けた者は誰もいない。幻想郷に生きる者たちは己が力をもって上空に飛翔。そして戦士たちは転がり、立ち上がる。

 

「「変身っ!」」

 

『カメンライド』『ディケイド!』

 

 一つの腕はカードを掲げ、一つの腕は青空を切り開く。そのまま臆さず走り抜け、ディケイドは大ショッカーの叡智、クウガは古代リントの誇りに満ちた健脚で大地を蹴り、飛び上がった。

 

 シェンク・ゾー・ター

「Let's Go Sir」

 

 五代は跳躍の瞬間に己が意思によって呼び出したゴウラムの足に掴まり、飛翔する。マイティフォームのクウガでは跳躍力だけで上空を目指せないからだ。今はこれほどの破壊力を持つ怪物を前に防御の薄いドラゴンフォームで肉薄するより、こちらが適切と判断した。

 一方、士のほうはディケイドの性能を惜しみなく発揮し、一度の跳躍だけでン・ガミオ・ゼダが存在する場所に最も近いビルの屋上に降り立った。五代はその様子をゴウラムの下で確認する。

 

「援護しろ! お前にもあるんだろ、あの緑色のクウガ!」

 

「え、あっ、うん。いや、本当にクウガのこと知ってるんだなぁ。……っと、超変身!」

 

 士はビルの屋上にてライドブッカーを手に取り、それをガンモードと成して引き金を引く。ン・ガミオ・ゼダはどういった力によるものなのか相変わらず空中に浮遊しており、その攻撃に意識を向けて士のほうへと手の平を向けた。

 ゴウラムの足爪にぶら下がった状態の五代は空いている右手だけでアークルを覆い、己が意思を合図として内なる霊石より疾風の如き緑色の感覚を伝える。

 

 超変身により五代はペガサスフォームへと変わった。そのまま懐に隠し持った拳銃を抜き、ペガサスボウガンと成すことでン・ガミオ・ゼダの背後の隙を狙おうとするが──

 ン・ガミオ・ゼダは隙など見せていなかった。怪物はこちらを振り返ることもなく、右手だけを背後に向けては手の平に秘めた破壊のエネルギーをゴウラムに向けて撃ち放ってきたのだ。

 

「っ!!」

 

 ゴウラムの装甲で大きく爆発が起き、その両目の赤い光が明滅。かなりの損傷を受けたのか、言葉ともつかぬ電子音声を鳴らすと、ゴウラムは緩やかに高度を下げていってしまった。

 五代は咄嗟にゴウラムの足を掴んだまま身体の重心を後ろに揺らし、戻ってくる勢いを利用して振り子のような反動とし、その運動エネルギーが前方へ最大化した瞬間を狙って左手を離す。狙い通り、五代はゴウラムからビルの屋上へと飛び移れた。

 

 隙を見せることなくすぐに拳銃を懐へしまい、アークルを手で覆って超変身。今度はドラゴンフォームへと至る。今は防御面の弱さなど気にしていられない。黒煙と炎を上げて落下していくゴウラムを横目に心を痛めつつ、ビルの手すりを蹴り折ってはそれを掴む。

 右手に掴んだ手すりはドラゴンフォームのモーフィングパワーを受けてドラゴンロッドへ。そのままそれを振り払って長大化させ、軽やかなる身のままに再び跳躍。赤き狼へと飛びかかった。

 

『アタックライド』『ブラスト!』

 

「ふんっ!」

 

「はぁあっ!!」

 

 五代の動きに合わせたように士はカードを装填し、より強い射撃によって援護してくれたらしい。激しい光弾が炸裂したことでン・ガミオ・ゼダは体勢を崩したようで、五代が振り下ろしたドラゴンロッドによる一撃で、赤き狼の身は士が立つビルの屋上に叩きつけられた。

 

「グゥ……またしても抗うか……! 愚かな……!」

 

 強く拳を握り苛烈な憤りを見せるン・ガミオ・ゼダの狼の形相。だがそれはダメージによるものではない。彼にとってはリントという惰弱なる者がグロンギの掟に背くことが腹立たしいのだろう。グロンギにとってのグロンギの掟とは人間の掟。戦う宿命を持つ戦士たちの掟である。

 

()だか何だか知らねえが、目覚めるつもりがないならずっと寝てろ!」

 

 士は手にしたライドブッカーをソードモードに切り替え、臆することなく破壊の力を込めて斬りつける。だがやはりグロンギという種族の頂点に立つだけの存在。大ショッカーの叡智の結晶たる次元さえ切り裂くだけの刃をもってしても微かな傷跡を残すのが関の山だった。

 ドラゴンロッドを構えた五代もン・ガミオ・ゼダのもとへと向かう。移動能力に優れた青く軽やかな身でもって、そのまま疾走し──光弾が迫る。その瞬間に、タイタンフォームへと超変身。

 

「……っ……くぅ……!」

 

 こちらに攻撃の手が向けば即座にタイタンフォームになると決めていたから対応できた。最初からその重厚な鎧でもって防御の構えを取ることなく攻撃を受け止めるつもりでいたにも関わらず、思わず両腕を構えて防御しなければまずいと悟らせるほどの圧倒的な力。

 実際にこうして防御していなければタイタンフォームの防御力とて無事では済まなかったかもしれない。だが衝撃は大きいにしろダメージは抑えた。五代はそのままドラゴンロッドをタイタンソードへと再構築し、重さを利用した勢いで怪物へと接近する。

 

 ゴウラムは黒煙と炎を吐いて地表に落下。そして活動限界を悟ったのかゴウラムは最後の力で、来たときと同じように本来備わっていない力によって時空を超えた転移を遂げた。

 リントの叡智によってゴウラムと繋がっている五代には分かる。きっとしばらくは動けまい。

 

「五代さん!」

 

「士!」

 

 霊夢と魔理沙がそれぞれスペルカードを構えて空中で力を溜めるが、ン・ガミオ・ゼダには大技をぶつけられる隙を見出すことができない。背後では動けるように妖力を整えているあうんもいたのだが、彼女は霊夢や魔理沙ほどの経験がなく、ほとんど竦んでしまっているようだった。

 だが彼女とてまったく戦えないというわけではない。恐怖に縮こまりそうになる精神を鼓舞し、秘めたる妖力を可能な限り高める。

 

 この場にて妖怪と呼べる存在はあうん一人。その妖気が微かにン・ガミオ・ゼダの注意を引いてしまったらしい。ン・ガミオ・ゼダは両手から放った光弾でディケイドとクウガをそれぞれ吹き飛ばし、今度は全身に滾らせた魔石ゲブロンの波動を形ある黒い瘴気として生み出した。

 それは最初に放たれた爆発的なエネルギーに付随していた黒い瘴気と同じ。禍々しく揺れる漆黒の煙のようなもの。怪物が両手を広げたとき、それは堰を切ったように、周囲へと流れ出した。

 

「うぅ……っ!?」

 

「この瘴気……まさか!!」

 

 目の前で解き放たれた瘴気に思わず怯んでしまう五代。それは本能的なものなのか。まるでグロンギたちが秘める悪意が形を成したかのような。怪物たちが人間を殺すため、戦いを求めるために己が身を変じさせる際の力、その波動が、荒れ狂う大海となって押し寄せたかのような。

 呪いの如く湧き上がる黒き硝煙は天地を等しく染めるように箱庭の世界を満たしていく。それはメ・ギノガ・デの毒のように生易しいものではない。

 

「究極の闇と言ったはずだ。さぁ、かつてのリントどもよ、戦いを求めろ……!!」

 

 ン・ガミオ・ゼダは高らかに遠吠(ほえ)る。黒い瘴気はグロンギたちが『究極の闇』と呼ぶものだ。それは形を成した魔石ゲブロンのエネルギーそのものと言っていい。これらは超古代の地球に降り注いだ石の本質であり、モーフィングパワーと呼ばれる力の真髄。

 すなわち、これらは人間を作り替える闇だ。かつての世界、かつての戦いにおいて、グロンギの王として復活したン・ガミオ・ゼダはこの闇をもって世界を戦いで満たした。

 

 ──人間(リント)のグロンギ化。それこそが究極の闇の理であり、グロンギの王たる者の役割だ。瘴気は人間の体内に入り込んで生体構造を作り替え、その細胞を原子レベルで異形の存在へと変貌させていく。王たる者の選定を受ける前の、ただの獣にも等しい動物的なグロンギとして。

 

 黒い瘴気は数々のビルを飲み込むように広がっていく。咄嗟に結界を盾のようにしてそれを防ぐ霊夢たちだが、すぐに周囲に見られた変化に己が目を疑うこととなった。

 一体や二体ではない。何十、何百というようなグロンギたちが無から湧き出てくるのだ。ビルの屋上、見下ろす地上、そしてビルの壁面に至るまで、まるで幻想郷に生きる妖精の如く無尽蔵に。

 

「ウォ……ォオオ……」

 

「……ゥウ……アァア……」

 

 クモに似たもの、バッタに似たものや、ハチに似たもの、イカに似たもの。すべてが生気を感じさせず、ふらふらとうろつくように緩慢な動きをしているものの、その姿は紛れもなく、クウガの世界に生きたグロンギに他ならない。ただいずれも、腰部にゲドルードを持たない点が異なる。

 

「な……に……!? こいつらどこから!? オーロラも出てなかったぞ!?」

 

「ったく、なんでもありね!!」

 

 魔理沙と霊夢は上空に浮いたまま眼下のそれらを見下ろして戦慄した。確かに灰色のオーロラはここには出現していない。あの黒い瘴気の中から悪意そのものが形を成して現れたとしか思えない。それも、地表を埋め尽くすほど大量に。

 地表やビルの屋上に現れた怪物たちは空を飛ぶ霊夢や魔理沙、あうんたちを見上げる。その振る舞いからは知性は感じられないが、魔石ゲブロンの闇を由来とする原始的な闘争本能はグロンギの証として有しているようだ。

 

 クモの個体は糸を吐き出して。バッタの個体は己の跳躍力を活かして。ハチの個体は薄羽を震わせて空へと舞い上がり、イカの個体は体内で練り上げたエネルギーをイカ墨として放つ。それらは霊夢たちが見た個体とほぼ同じ力で迫り、見覚えのない個体たちも同様に動く。

 狙いは甘い。そのほとんどは霊夢たちが動くまでもなく虚空へと消えていくだけの無駄な攻撃。しかしこれほどの物量が揃えば雨を避けるようなもの。霊力を伴う防御を与儀なくされる。

 

「か、数が多すぎます……! でも、なんか普段のやつと少し違うような?」

 

 あうんは結界で身を守りつつ自身の妖力を犬の形の光弾に変え、大量のグロンギたちに応戦しているが、飛翔しながらでは妖力を割きすぎる。相手取る個体は多くなるとはいえ、霊夢と魔理沙も消耗を抑えるために一度ビルの屋上に降り立って怪物たちと交戦。

 ただ本能的な恐怖を覚えるのは緩慢に動くだけの雑多な怪物たちではなかった。依然として黒く広がりゆく不気味な瘴気。この究極の闇と呼ばれた煙は絶えず流れ、雲となる。

 

 霊夢がグロンギの攻撃を回避して後退し、霊力を解き放ってグロンギたちを一気に吹き飛ばす。ビルの屋上から落とされたそれらは地面に落下して下にいた個体もろとも潰れるが、それだけでは全体の数は減っているようには見えない。

 幸い、一体一体はかなり弱いようだ。苦戦した個体と似た個体も、以前戦ったときの半分以下の強さしかない。さすがに、最初に神社に現れたあのミジンコの怪物たちよりは戦えるようだが。

 

『その黒い瘴気は人間をグロンギに変えてしまうらしいわよ。今は大丈夫みたいだけど』

 

「人間を……グロンギに……!?」

 

 霊夢の傍らに浮かぶ陰陽玉が妖しく光り、伝わった紫の声にあうんは目を見開く。慌てて霊夢や魔理沙たちのほうを見やるが、どうやら彼女たちに目立った影響はない。

 今ここにある黒い瘴気、究極の闇はこの閉鎖された空間にて再誕を待つン・ガミオ・ゼダが引き起こしたものだ。本来のクウガの世界、否。再編されたクウガの世界で使われた際には都市全域の人間を瞬く間にグロンギに変え、凄惨な地獄絵図をもたらしてしまったのだが──

 

 この場に限っては霊夢たちが吸い込んでも霊夢たちがグロンギと化してしまうようなことはないらしい。言わばこの瘴気も、あのン・ガミオ・ゼダ自身も、歴史から投影されたホログラムめいた不確定性原理を逸脱していない状態にあるのだろう。

 

 現実の世界に現実の存在として立つには未だ存在の強さが足りない──不完全な闇。この空間内でのみ存在を許された曖昧で不安定な波打つ確率。奇しくも位置と運動量が定まっていない状態の電子の状態──電子雲の如く、存在する可能性がこの空間に滲み渡っているだけ。

 ここはまだ開けられていない箱の中の猫──赤き狼の夢見る可能性が映っているだけの世界である。ゆえに、箱──この空間自体を外界である幻想郷と繋げない限りは外に漏れることもない。

 

「……先に言えって。でもまぁ、今は大丈夫ってのは本当らしいな」

 

 魔理沙は怪物を相手しながら陰陽玉に向けて呟いた。ただ、即座にグロンギにされてしまうようなことはないにしても、あまり吸い込みすぎていいものでもないらしい。猛毒とも魔力的な瘴気ともまた違う、濁った悪意に満ちた煙。全身が闇に染められそうなおぞましさ。

 右手に箒を現し、里にてキノコの胞子を払ったときと同様に魔力を込めて薙ぎ払い、近くのグロンギたちを吹き飛ばしながら、発動したミアズマスウィープによって究極の闇の一部を浄化。戦いながらということもあり、払えた範囲は広くない。

 

 闇はどんどん濃くなる。グロンギもどんどん増えていく。究極の闇の本来の力である人間のグロンギ化の力は正しく働いていないが、純粋に瘴気として空気を染めていく力は脅威だ。

 魔力の波動をもって瘴気を振り払いながら戦わなくてはならない。闇が視界を奪うばかりに。

 

『おそらく、あれはクウガの世界でグロンギにされた人間たちの歴史の具現ね』

 

「そういうことか。俺が戦ったときは、無から怪物を出すようなもんじゃなかったしな」

 

 陰陽玉越しに語る紫はあっけらかんと言ってのける。これらのグロンギはかつて再編されたクウガの世界にて究極の闇の犠牲となり、意思持たぬグロンギと化してしまった人間たちの歴史が形を成して現れているものだと。

 士はライドブッカー ソードモードで迫り来る怪物たちを切り捨てながら返した。五代もまたその傍らでタイタンソードを振り下ろす。ゲドルードを持たない以上、見た目こそズ集団やメ集団のグロンギであろうとも、元々が戦う力のない現代の人間であるがゆえか、ベ集団よりは強い程度の力しかない。

 

 タイタンソードで心臓を貫いては即座に抜き、爆発に備えて五代は怪物を蹴り飛ばすが、やはりかつての記憶にある菌糸により増殖した第26号の変異体と同様、ゲドルードを持たないグロンギは絶命しても爆発するようなことはないらしい。倒した個体は、そのまま煙のように消滅した。

 

「……くそっ!」

 

 魔理沙の焦りが場を一転させる。グロンギたちを相手にしている魔理沙たちの隙を、ン・ガミオ・ゼダの翡翠色の目が見逃すはずはなく、赤き狼は、手に光を灯し──

 ビルの屋上を吹き飛ばすような爆発は容赦なくグロンギたちを巻き込んで炸裂。魔理沙を含む霊夢たちはその光弾の発光をしっかり捕捉することができていたため、飛翔によって回避できた。

 

「うぐっ!」

 

「っ! おい、無事か!」

 

 五代の苦痛の声。ン・ガミオ・ゼダの光弾がビルの屋上を爆撃し、タイタンフォームがゆえの機動力の低さが仇となって咄嗟の回避が遅れてしまったのだ。

 吹き飛ばされた五代はビルから落下し、地表へと自由落下を遂げるものの、空中で身をひねって超変身。ドラゴンフォームとなって軽やかに着地し、隙を晒す前に再びマイティフォームへと超変身しては近寄ってきた地上のグロンギに右の拳を強く叩き込む。相変わらず敵の数は減らない。

 

「……戦いが虚しいか、リントの戦士よ。それが宿命だ。それが貴様らの物語なのだ」

 

 仮面の下で哀しみを湛えつつ、必死に拳を振るい続ける五代雄介──戦士クウガに寄り添うような声色。ン・ガミオ・ゼダがゆっくりと地上に降ると、大した知性もないであろうグロンギたちでさえ慄いて無意識に道を開けるように群れを割る。

 五代はすでに下級のグロンギとの戦いで疲労と傷が募っており、霊石アマダムによる再生能力を最大限に発揮してなんとか自分を奮い立たせている状態でここに立っている。

 かつての戦いにおいてはグロンギたちがこれほど大勢で襲ってくることはなかったために、慣れない力の使い方をして身体が悲鳴を上げているのか。五代は赤い複眼で狼に向き合った。

 

「……はぁ……はぁ……何を……」

 

「一度は終わったはずの物語を目覚めさせ、戦いを続けさせる……意味などはない」

 

 ン・ガミオ・ゼダは強く握った己の拳に視線を落とし、五代に語る。本能的な戦いの欲求はその赤き姿から絶え間なく感じ取れるが、五代は彼にはどこか憐憫にも似た感情が灯っているようにも見えた。

 怪物の語った言葉には深い憤りが込められている。一度は終わったはずの物語──その言葉に五代は振りかざした拳に迷いが生じた。五代雄介自身も感じている。終わったと思っていた、物語。第0号を打倒し、未確認生命体との戦いの日々に終止符を打ったはずの、あの吹雪の日。

 

 ──ようやく取り戻した日常は再び仮面の内側に閉じ込められて。五代は今もこうして終わったはずの戦いを続けている。その痛みが、苦しみが、同じ想いで伝わってくる。

 五代はこのグロンギを知らない。おそらくこのグロンギも五代のことを知るまい。されど等しく通じ合う何か。ン・ダグバ・ゼバとはまた違う意味で、王たる者の称号を持つこの狼もまた──

 

「…………」

 

 クウガとよく似ている。五代はそう感じた。──そう、あくまで『クウガ』と。グロンギの王である白き闇と赤き狼。その関連性はグロンギではない五代には知る由もない。だが一族に選ばれたただ一人が霊石の力を担い、その悲しみを背負わせられるのは、同じだ。

 それでも──と五代は心を強く引き絞り、闘志をもって否定する。それは五代雄介として生きてきた自分には決して似ていない。五代雄介は笑顔のために世界に青空を求める無垢なる冒険者。クウガとしての宿命など背負うはずのなかった、戦士ならざる者。

 

 リントの戦士としてではなく、今の時代を生きる一人の人間として、五代は戦う。終わりなき戦いには苦しみも覚えよう。されどそれは、誰かに強いられて仕方なくやっているのではない。

 いつか、みんなが笑顔になれる日のために。方法は違えど、五代の礎はここに、今も変わらず。

 

「俺も貴様も同じだ。ただ戦うためだけに存在し、終わりなき物語を戦い続ける……!」

 

 再び拳を握りしめた五代とは分かり合えぬことを理解したのか、ン・ガミオ・ゼダは究極の力に滾る己が身で天を仰ぎ、雄叫びを上げる。

 その瞬間、この世界を埋め尽くしていた無数のグロンギたちは再び黒き瘴気となり、吸い込まれるようにン・ガミオ・ゼダの身体へと集められていく。怪物はただ自らの内より放った力を戻しているわけではない。世界の法則ごと、それを己が内へと収束させているのだ。

 

 かつての戦いでは究極の闇によってグロンギと化したのは街に生きる現代の人間たち。それらの歴史の具現たるこのグロンギたちも、究極の闇の力で時の記憶から映し出された因果の残滓たち。それらは究極の闇に巻き込まれて純粋な『情報』と成り果て──

 

 見る見るうちにグロンギは減っていき、やがてン・ガミオ・ゼダと一つになる。この世界に満ちていたクウガの世界の法則ごと。五代はその光景を見て、赤き狼の力が爆発的に増大していくのを本能的に感じ取った。

 すべてのグロンギが王に取り込まれたときには、もうほとんどン・ガミオ・ゼダの存在は確定された事象と言っていいほどに完成されていた。それでもまだ、足りない。それを自分でも分かっているようで、ン・ガミオ・ゼダは不服そうに喉を唸らせ、碧緑の双眸を貪欲に輝かせる。

 

 そこへ一発、マゼンタ色のエネルギーが光弾となって炸裂した。自らの顔面へと着弾した横槍にン・ガミオ・ゼダは苛立った様子でそちらを見やる。

 ビルの屋上より軽やかなる着地を遂げ、ライドブッカー ガンモードを構え持つ、戦士の姿を。

 

「……言いたいことはそれだけか」

 

 士はライドブッカーを構えたままン・ガミオ・ゼダに問う。わざわざグロンギが日本語で語った理由は一つだけであろう。リントへの警告。士はそれを感じ取り、あえて狼の言葉を待った。

 

「何だと……?」

 

 赤き狼の威圧的な視線が破壊者を射抜く。奇しくも等しき碧緑の眼。お互いに存在してはならない者だと認め合った記憶は、今もそれぞれに残っている。だがそれは決して手を取り合う意味での結びつきではない。似ているからこそ、互いを強く否定してしまうのだろう。

 士は右手の銃を下ろす。周りにはすでにゲドルードを持たぬグロンギの影は一つもない。ここにいるのは幻想郷に生きる者たる霊夢と魔理沙、そしてあうん。異なる物語より招かれた士と五代に加え、重なり合うクウガの法則を束ねつつある怪物のみ。

 

 幻想郷に生きる者たちもまた、霊力や妖力での飛行をもってビルの高みから舞い降りた。静かに着地し、ン・ガミオ・ゼダを警戒できる距離を保ったまま緊張を解かず。

 相手は凄惨な殺戮を好むグロンギの親玉だ。だが霊夢は微かに、その闇の中に光を見た気がした。この怪物は人間を挑発するためだけに日本語を使っていた他のグロンギとは違う。何かを強く訴えかけるような想いが感じられたのだ。

 

 分かり合えるかもしれない──などとは思うまいが。その言葉を受け止めて噛みしめる余裕はあった。この怪物が自ら出現させたはずの大量のグロンギをわざわざ取り込み、結果的に一人に戻った理由も、この世界に満ちる自身の存在を収束させるためだけではないようにも思える。

 

「この世界は物語じゃないわ。仮に物語だとしても、そこに終わりなんてあるわけない」

 

「ああ、っ……く、誰かが私たちの戦いを見てるわけでもないしな。それに、だ」

 

 霊夢はン・ガミオ・ゼダをしっかりと見据えて確かに告げる。その身はグロンギとの戦いで傷と疲労に苛まれているものの、揺るぎなき瞳に弱さはない。魔理沙も同様に箒を杖代わりにして足を踏みしめ、身体の軋みを振り払うように精一杯の強がりを見せる。

 博麗の巫女としての戦いは長い。普通の魔法使いにその義務はないのだが、霊夢と共に妖幻なる困難を打ち払い続ける魔理沙にとっても同じことだ。

 

 彼女たちはまだ少女である。そのはずだが、なぜか十年。否、二十年以上ものあいだ、こうして幻想郷の異変に立ち向かってきたような気がするのは、いったいなぜであろうか。

 極めて幻想的な時空のもつれは記憶と歴史をも奇妙な重ね合わせの中に閉じ込める。霊夢が記憶している初めての異変解決は、もはや正確な記憶の中にはない。吸血鬼による幻想郷の支配であったかもしれないし、あるいは魔界と地獄を超え、天使と神仏に陰陽玉を『蹴り込んだ』記憶か。

 

「……お二人にとっては、異変に次ぐ異変なんて日常茶飯事でしょうしねぇ」

 

 霊夢と魔理沙の間にて付け加えたあうんの言葉に、魔理沙は親指を立てて肯定を示す。その通りだ、と言わんばかりの表情にあうんは愛想笑いを返して過酷な物語を想う。

 あうんも彼女たちの戦いと冒険の日々を見てきた身だ。妖怪としては生まれてから大した時間は経っていないのだが、博麗神社の狛犬に宿りし本来の神性としては、博麗神社が存在したときから長く長く幻想郷を見守ってきていた。

 

 (あか)い霧、春の雪、(あつ)まる夢に、(なが)い夜。たくさんの異変と、たくさんの思い出。まるでその度に幻想郷に新しい住人が増えていくかのように、霊夢や魔理沙たちと弾幕を交わし語り合う。

 それが幻想郷の物語。遥けき時代から紡がれし、()()のどこかにある小さな秘境の物語である。

 

「…………」

 

 滾る力に奮うがままに幻想と向き合う赤き狼。遥か古代より時を超え、最果ての因果まで刻まれ続ける戦いの物語でさえも、幻想郷にとっては異変の一つなのか。

 

「そういうこと! 歴史を語れるほど生きちゃいないけど、きっとこれまでも、これからも」

 

 霊夢はン・ガミオ・ゼダに強く告げる。彼女たちが歩んできた歴史など、グロンギが紡いできた歴史に比べれば刹那の間であろう。クウガとして2000年から2001年までを戦った五代の歴史も、今の霊夢たちにとっては、きっと遠い過去の歴史となる。それは揺るぎなき事実。

 ──だが、霊夢たちも等しき歴史を背負ってきた。相変わらず自分の記憶などは頼りにならないが、未来を見据える直感だけなら自信はある。

 

 歩んできた過去。歩んでいく未来。様々な物語があり、様々な苦難を経験してきた。今の霊夢は生まれてから二十年も経っていないのに、二十年も生きていないという記憶は確かに自分の現在を証明しているのに──胸に宿った二十年以上の想いが、霊夢の心を在るべき強さに鍛え上げた。

 

「……俺たちは旅を続ける。雨が降り続けても、雲の向こうには青空が広がってる」

 

「うん。たとえ終わったはずの戦いが、また続いたとしても。……みんなの笑顔のために」

 

 士はライドブッカーを腰に戻し、一度両手を払い合う。五代はアマダムへと届けた想いのままに身体に力を込め、マイティフォームの力強さに背負いし世界の笑顔を思い出させる。

 歩むべき未来にはいくつもの困難があろう。それを乗り越えて、いつかの笑顔を晴れ渡らせることこそが、五代が目指す『冒険』である。歩んできた過去にはたくさんの笑顔を残せよう。それを一瞬として残す『旅』の証──それこそが士が尊ぶ『写真』である。

 

 ン・ガミオ・ゼダはその言葉を聞いて、少しだけ狼狽めいた反応を見せた。遥か古代、グロンギたちが生きていた時代から続く遥かな過去を持っているはずなのに、赤き狼は霊夢や五代が見せた魂の輝きに少しだけ怯んでしまった己の誇りを疑う。

 戦士の力を借り受けただけの若きリント。幻想の力を宿しているというだけのただの小娘。それらがなぜ、これほどまでに力強い魂の輝きを持っているのか──

 

 長き闇の中で馳せた想いに今一度巡り合うン・ガミオ・ゼダ。王として君臨していた揺るぎなき記憶も、究極の闇としてグロンギの歴史を築いた確かなる過去も。原典たるクウガの物語には組み込まれてはおらず、そこにあったのはただ一枚の羊皮紙、名も知れぬ狼の紋章が一つだけ。

 

「ならば……」

 

 自分の存在はいつからあったのだろう。遥か太古のグロンギの時代。否、このリントの青年がクウガの力を受け継いだ──西暦2000年だとでもいうのか。

 赤き狼は唸る。きっとそのどちらでもない。この身は世界の破壊者と呼ばれた『あれ』と同じ。ただ九つの物語を束ねるための舞台装置。ン・ガミオ・ゼダなどというグロンギは本来の歴史には存在すらしていなかったのだと──無貌の影は怪物を憐れむようにそう言った。

 

 違う、と否定した。自分は確かに存在していたはずだ。目覚めるべきではなかっただけだ。再びこの力を振るうべきではなかっただけだ。

 だがどうしても、その意志を己が信じ込めない。この腰に輝ける黄金のゲドルードは本当に自分が生きた時代から受け継がれたものなのか。自分が今まで生きてきた歴史は間違いなく存在したと言えるのか。ン・ガミオ・ゼダは魂の咆哮で迷いを掻き消し、開いた両手に力強く闇を灯す。

 

「……ならば見せてみろ……! その覚悟が……口だけではないという意志を……!!」

 

 迸る破壊のエネルギーはやはり容赦なく大地を打ち砕き、爆炎を上げる。霊夢たちは自身の霊力でそれを防ぐが、やはり少しずつ己の存在を増していくン・ガミオ・ゼダの力を咄嗟の防御で防ぎ切ることは難しかった。直撃は避けられたが、衝撃は激しく霊夢たちを吹き飛ばす。

 それでも魂を折ったりはしない。霊夢と魔理沙、あうんはそのまま己が力で身を守りつつ慣性を殺すように着地してはすぐに体勢を整えて、吹き飛ばされたことをむしろ怪物と距離を取ることができた好機と見なす。

 

 爆炎の中より突き進むは狼が如き疾走。王でありながら玉座にて待つを良しとせず、拳をもって戦士と迫るは、それがただ狩猟と戦闘、殺戮の権化たる民族を統べるがため。

 幻想的な光弾をも物ともせず、振り抜かれた拳は真っ直ぐに、己が王たる名を示すが如く──




あまりに話が進んでなさすぎるので駆け足気味になってしまったかもです……
ガミオはダグバと同格くらいでいてほしくて、それなら本編最終決戦くらいの濃さもほしくて。
しかしディケイド編の構成で一体一体そんなに濃く書いてられないという事実もあり……

難しい。小説、極めて難しい。頑張っていますが、難しい。でも、難しいけど、頑張ります。

仮面ライダークウガは2000年に始まっていて、東方Projectは1996年に始まったので……
クウガより霊夢たちのほうが時代的には先輩になるんですね。なんか不思議な感覚になりますね。

次回、EPISODE 80『超絶』
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