東方逢魔幻譚 ~ Never Cross Phantasm. 作:時間ネコ
爆炎は陽炎となりて空を灼く。それを貫き疾け迫るは、王たる者の揺るぎなき拳。手の平からの光弾ばかりに頼っていた赤き狼がこうして身をもって力を示すのは、己が前にて誇りを抱くリントたちを、拳を交えるに値する存在と判断したがためであろうか。
ン・ガミオ・ゼダの体格は等身大。クウガやディケイドと比べても僅かに大きい程度の人型。だがその圧倒的な力を秘めた拳を受け止めた五代は、その凄まじき破壊の圧力に慄いた。
「…………っ!!」
重い。ただ純粋な質量だけではない。そこに込められた想いが、これまで戦ってきたどんなグロンギよりも遥かに、大きい。破壊力だけであれば第0号が上回るだろうが、こちらは己が背負ったものを押し通す強い意志の力が感じられた。
ついぞその衝撃を殺し切れず、五代は受け止めた構えのまま、後方へと殴り飛ばされる。
「五代っ!」
傍らにてライドブッカー ソードモードを構えていた士の声が響く中、ン・ガミオ・ゼダは再び手の平に破壊のエネルギーを現し、それを士に向けて解き放つ。
士はすぐにそれを見切り、回避行動を取る。だが距離が近すぎた。放たれたのを見てから動き出したのでは遅い。士は直撃こそ避けたが、地面に着弾した光弾の爆風に巻き込まれてしまう。
「ちっ……腐ってもグロンギの王様ってわけか……」
体勢を整え、傷つきながらも戻ってきた五代とも合流し、赤き狼と向き合う士。記憶の中にあるその姿、再編されたクウガの世界にて戦ったン・ガミオ・ゼダは、たしかに目の前の者と同じ姿、同じ力を持っていた。だが、あれでさえまだ完全には成り立っていなかったのか。
このグロンギはかつて戦ったあのグロンギと同一の存在でありながら、存在の力の差によるものだろうか、どうやら不完全でありながら、原典におけるン・ダグバ・ゼバに等しき次元まで急速に波束を収縮しつつあるらしい。
もし本当にあの白き闇、未確認生命体第0号の領域まで力を取り戻されてしまっては、それこそ究極の力を持つ者、凄まじき戦士に至るしか倒す術はないだろう。
士は五代を見やる。マイティフォームを纏いしクウガは、士の知る小野寺ユウスケと同じもの。辿ってきた過去と歴史は異なれど、掲げる意志は目指すべき青空の笑顔。そして古代リント文明の誇りを継いで、誰かのための拳を振るう在り方に深い差異はないのだと分かる。
激情に身をやつして破壊者に堕ちた士を止めるために、小野寺ユウスケは深き闇に堕ちることを受け入れ、凄まじき戦士となって戦った。あのときの黒き眼を、士は今でもはっきりと覚えている。願わくば、同じクウガの志を持つ者に。二度とあんな悲痛な覚悟を背負わせたくはない。
「なんだこの強さ……! 今までの奴の比じゃないぞ……!」
「それに凄まじい気迫です……! 向き合ってるだけで、気を失いそうで……っ!」
魔理沙とあうんもン・ガミオ・ゼダへの接近に踏み出せない様子。魔力や妖力を束ねた光弾なら距離を維持したまま戦うことができるが、怪物の微かな隙を縫うように突いた程度の心許ない攻撃では、注意を逸らすことすらできていない状況だ。
渾身の力を込めたスペルカードの発動も簡単にはできまい。本能的に感じ取れる。あの赤き狼は並大抵のグロンギではない。不用意に力を収束すれば、それは即座に感知され隙を狙われる。
「ぐぁあっ!」
「っ……ぐっ……!」
五代と士による同時の殴りかかりでさえ、赤き狼は己が両腕を同時に殴り抜き、究極の闇のエネルギーを込めた壊滅的な爆風を伴う一撃で二人を同時に爆ぜ飛ばしてしまう。
攻撃の直後と見た隙に魔理沙とあうんはそれぞれ光弾を放ち、少しでもダメージを稼ごうとするものの、やはり荒々しく薙がれた腕だけで掻き消され。怪物自身の身に通ったダメージはほとんどゼロだったと言っていい。
霊夢は額に汗を浮かべ、巫女装束の袖から数本の針を取り出す。妖怪の手で鍛えられた、妖怪を討つための清らかなる信仰の針。あるいはパスウェイジョンニードルや封魔針として放たれるその霊験あらたかなるありがたい金属を指に挟み、一瞬の機を伺うが──
傷だらけになりながらも立ち上がる五代の姿に何かを感じ、手を下ろした。この感覚には覚えがあるような、ないような。心の中に力強き火のような熱が灯る感覚。
五代も同様に何かを感じ取ったのか、首だけを動かして微かな横目で霊夢に振り返る。マイティフォームの赤い複眼、霊夢の黒くも赤き意志を宿す瞳。晴れ渡る青空に封印の絆を垣間見て。
「……え?」
一瞬の夢想に時を忘れる。目の錯覚だろうか。今、霊夢の瞳に見えたのはきょとんとした顔でこちらを見つめる霊夢自身の顔だった。そして同様に五代もまた、赤き複眼の先にこちらを見るクウガの仮面を見た。まるで一瞬だけ、お互いの視界が入れ替わったかの如く。
それだけではない。その一瞬で霊夢の魂には見たことのない景色が重なった。目で見ている光景というよりも、目を開いたまま頭の中に重なり合うように、まるで現の意識を保ちながら別の誰かの夢を見ているような感覚。
悪意に満ちた異形に立ち向かい、未知のベルトを着けた記憶。己も異形に堕ちゆく恐怖と苦痛の中で、みんなの笑顔のために戦い続け、やがて吹雪の中で白き闇を討ち倒した記憶。
神経を裂き合う激痛。それ以上に心を抉り、青空を悲痛に濡らす痛み。人を殴り殺す、痛み。
「っ……なんだ……今の……?」
五代のほうもクウガの仮面を手で押さえるように混乱している様子。頭蓋の奥にて火花が散るように、知らない記憶が重なり合った。かつて遺跡にて発掘されたばかりのアークルをこの目で見た際に、アークルが伝えてきたビジョンが脳裏に浮かんだのとよく似ている。
一瞬の視界に見えたのは、別の誰かの夢の如き記憶。ただ生まれ落ちたそのときから定められた使命に従い、妖怪の教えを受けて弾幕を操る霊力を身に着けて。紅白の意志を掲げては幼き日より神社の象徴として妖怪たちを退治してきた記憶。
紅き霧を払うため吸血鬼の館を目指した。春の雪を溶かすために冥界の白き庭を踏んだ。萃まる夢を砕くために、忘れられた最後の鬼と杯を交わした。偽りの月を暴くために、永い夜で幻想郷を閉ざした。
浮かび上がった記憶は一瞬だが、その情報量は脳を揺らすほどに濃いもの。花々を映し出す塚、風雨と山坂を抱く神社、緋想に染まる天空の頂、地霊の噴き上がる
眩暈じみた星が瞳を染めていたものの、すぐに五代は立ち上がった。この思考の中にそれらが介入してきた原因は不明であるが、目の前の怪物はそんな隙を見逃してくれるほど甘くはない。
「五代さん、今のって……!」
「……俺にも見えた。もしかして、さっきのは……霊夢ちゃんの記憶……?」
霊夢と五代は敵を見据えたまま言葉だけを交わす。それがお互いの記憶であるのだと理解するのに時間はかからなかった。かつてお互いが語った過去の内容と一致していたからだ。
士が怪物の気を引いてくれていたおかげで晒した隙は突かれず、無事に拳の構えを取り戻す。
『限定憑依……? どうして、このタイミングで……?』
霊夢の傍らで戦いを見守っていた陰陽玉も困惑の色を隠せないようだった。無論、そう感じているのは陰陽玉そのものではなく、その向こう側で通信している八雲紫だが。
揺らめくように瞬く陰陽玉の紫色の光は、その現象──限定憑依については知っていた。
『…………』
八雲紫は陰陽玉の彼方にて妖しき量子が如き思考を馳せる。限定憑依。それはとある時空に閉ざされた世界の住人たち、九つの世界を己が因果の拠り所とする戦士たちの記憶や魂、強い想念が波動となり、幻想郷の住人たちに重なり合うことで限定的に過去を共有する現象である。
かつての幻想郷を騒がせた完全憑依に似たロジック。それと大きく異なるのは、肉体までは入れ替わらず、ただ過去という歴史のみが重なり合う。一般的な憑依と同様、宿主の夢の世界を介して憑依する側の霊魂が入り込むようだが──
限定憑依と名づけた言葉通り、それはただの憑依とも性質が違う。ただの憑依であれば元から肉体を持たない霊魂が宿主の霊魂を追い出すか、同化するように憑依するだろう。だが、限定憑依の場合は元の世界に生きた者たちの肉体が存在しているはずだ。
九つの世界で戦いの歴史を残した仮面ライダーたちの強い想いと人格、そして記憶が夢の世界を通じて強大な霊魂を形成し、仮面ライダーの力を依代として、重なり合っている。
紫はそれを限定憑依と呼んでいる。だが、どうやらこの現象は幻想郷でのみ見られるというわけでもなかったようだ。
かつて巨大なる組織に所属していた謎の男、鳴滝と名乗ったあの人間曰く、組織の者はこう呼んでいたという。二つの想いが呼応し、
「……っ! これは……!」
ライドブッカー ソードモードを振るいながらン・ガミオ・ゼダに応戦していた士は、霊夢と五代の存在が幻想郷という特異点にてオーバーラップした影響を間近に見た。己が手に振るっていたライドブッカー ソードモードの根本、カードホルダー部分が眩き発光を見せたのだ。
渾身の力で右脚を振り上げ、目の前のン・ガミオ・ゼダを蹴りつける。その衝撃で怪物を微かに仰け反らせ、一瞬だけ得られた猶予で士は素早く後退し、ライドブッカーをブックモードに。
「はぁっ!」
すれ違いざまに今度は五代が駆け抜けた。一瞬の混乱を振り抜くように真っ直ぐ突きつけられた右拳も、ン・ガミオ・ゼダには簡単に受け止められてしまうが、五代は怯まない。
今度は左手を拳と成して怪物の腰、黄金のゲドルードを殴りつける。相手はグロンギだ。未知の個体であれども、その本質は五代が戦ってきたものと同じ。ならばその腰に在りしは、自身が腰に帯びるアークルと同様に、あの第0号が帯びていた黄金と同様に、神経と結びついているはず。
「いったい何がどうなってる……?」
士はライドブッカー ブックモードのページを開き、力強い輝きを確かめた。ディケイドとしての緑色の複眼で見たのは、そのページの中に宿る仮面ライダーたちの旅路。
ほとんどが未だ色褪せたネガフィルムのままにも関わらず、そのうちの数枚だけが雄々しく熱く誇りに満ちた輝きを取り戻しているではないか。光が収まるにつれて明らかになっていく絵柄は、紛れもなく超古代の文明から受け継がれしリントの叡智。クウガと呼ばれし戦士の力。
取り戻すことができたのはクウガの法則にまつわるものだけだったが、それだけで士の心の中に沸き立つような青空が晴れ渡っていくのが感じられた。
これはただ力として振るうだけの意味を持つものではない。友との旅路の証。小野寺ユウスケとの出会い、戦いの歴史。そして誇り高き仮面ライダーたちへの士なりの敬意でもある。
今、この場にて。クウガの世界のライダーカードの力が、熱く蘇った。そこに宿るはどこまでも無謀と言える笑顔への探求心。苦痛を払い、世界に青空をもたらす冒険家の願い。
新たなる英雄。新たなる伝説。強き意思がカードより迸る。完全独走。俺が、超えてやると。
「ぐぁっ!」
「わぁあっ!」
「魔理沙、あうんちゃん!」
接近しすぎぬように弾幕を放っていた魔理沙とあうんも、ン・ガミオ・ゼダの爆発的な光弾の衝撃を回避し切れず、その風圧によって吹き飛ばされてしまった。心配する霊夢の声に、士も思わずン・ガミオ・ゼダへと顔を上げ仮面の下で歯を軋る。
五代もマイティフォームの身ながら何とか怪物の動きに食らいついていき、ニ撃目のゲドルードへの攻撃こそ成せたが──
やはり力が足りぬのだろうか。凄まじき戦士としての姿であれば、第0号の急所たる腰の帯への攻撃は確かな亀裂となって神経へのダメージが与えられたが、今は傷一つつけられない。
『……説明はあとよ。今はとにかく、あのグロンギを倒しなさい』
「まぁいい。せっかくだ、使わせてもらうぜ」
瞬き揺らぐ陰陽玉の声は神妙なる紫色の妖気を伴い。士はその声に誘われるように、かつて失い取り戻しては、三度失い、今ここに。新たな輝きとなりて蘇った力をかざす。
クウガの世界の法則を宿すライダーカードのうちの一枚。それはクウガへの変身をもたらすものでも、クウガの技や武器を行使するものでも、クウガの変化形態へと至るためのものでもない。
「ムゥ……ッ!」
霊夢や五代と交戦していたン・ガミオ・ゼダの顔面にマゼンタ色の光弾が炸裂。ダメージとしては大きくはないが、やはり邪魔立てされれば苛立つようだ。士はガンモードのライドブッカーをソードモードへと切り替え、踏み込みながら斬りつけるものの、怪物は重厚な身体ながら狼の如き軽やかさで後退し、その一撃を回避する。
士の隣に立つは霊夢と五代。どちらもンの称号を持つだけの怪物を前に消耗が激しいらしい。もちろん攻撃が直撃すれば致命傷は免れない。上手く避けてはいるが、怪物の存在感や威圧感が今まで戦ってきた個体とは比較にならないほど大きいためか、精神的な影響も少なくはない。
『…………』
陰陽玉は紫の意思のままン・ガミオ・ゼダを見つめる。門矢士の存在がここまでの波束の収縮を引き起こしたのは間違いないはず。紫の思考はそれ以上に、霊夢と五代について。
妙だ。限定憑依はこれまで、憑依する側の魂、すなわち仮面ライダーだった過去を持つ者たちの想念、九つある外の世界にさえ残っておらず、ある時空にて肉体を失った魂だけに確認されていたはずであった。
たとえば紫が橙に用意した、龍騎の世界の法則に由来する仮面ライダータイガのカードデッキ。あれは龍騎の世界に生きたとある人物が、夢の世界の法則に似たあの座標に消え、その因果だけが情報として存在するため、橙に限定憑依が発生してしまっている。
だが今回は違う。五代雄介はここにいる。仮面ライダークウガである彼は、確かにこの幻想郷に楔として呼び招いた原典の存在だ。それがなぜ肉体を持ったまま、霊夢と限定憑依したのか。
紫は訝った。限定憑依、ではないのだろうか。鳴滝が語ったクロスリンクという現象は単なる憑依、情報や記憶の流れ込みに限定されてはいないのか。
たった一瞬見えた今の現象は確かに橙とタイガの間に起きた事象によく似ていた。異なる世界の存在同士が何かを通じて量子的に重なり合う。霊夢と五代も、重なり合った。そこには何の依代による繋がりもなく、触れ合いもなく、ただそこに、存在していただけで。
考えられる可能性は一つだった。彼らは、お互いがお互いの依代として機能している。橙の限定憑依が、タイガのデッキを依代として起こされたように。博麗霊夢と五代雄介は、それぞれ博麗霊夢と五代雄介という存在そのものが、限定憑依を起こすだけの深い繋がりとなっているようだ。
「……っ! 力符! 陰陽玉将!」
ン・ガミオ・ゼダはライドブッカー ソードモードの斬撃を回避した直後も隙を見せなかった。霊夢は追撃のために練り上げた霊力の収束を諦め、再び向かってきた怪物への防御のために、陰陽玉型のエネルギーを前方に射出する【 力符「陰陽玉将」 】として咄嗟に解き放つ。
青白く輝く光球を展開して目晦まし兼多少のダメージを期待したが、やはり片手で薙ぎ払われてしまい、稼げた時間はほんの一瞬。だが、それだけで十分だ。怪物に微かな隙を見た魔理沙が、自身も魔力を溜めながら傍らにいたあうんに合図を出す。
渾身の妖力を溜めている猶予はない。あうんは許された時間で収束できた妖力を解放し、自身の周囲に妖力で出来た野良犬型のエネルギーを形成。
黄色く輝く無数の野犬たちが牙を剥くように雄々しく唸り、あうんの意思による宣言を待った。
「
その一声で野犬たちは一斉にン・ガミオ・ゼダへと飛び掛かっていく。奇しくも赤き狼と同じくイヌの血を持つ妖怪のエネルギーを弾幕と成す【 狗符「山狗の散歩」 】は、あうんが得意とする犬符「野良犬の散歩」の発展形。より濃度と威力を増した妖力で放つ守護者の弾幕。
時間は足りなかったが、持ちうる妖力を可能な限り込めた。その甲斐もあってか、あうんの妖力でもン・ガミオ・ゼダほどの怪物に無意味とは言えないほどの微かな成果をもたらすことができているではないか。
弾幕を維持している限りは断続的な攻撃ができている。だがン・ガミオ・ゼダは当然ながら煩わしく光弾の野犬を放ってくるあうんを標的に定め、右手の平に滾る熱を灯した。
だがその光弾が放たれることはない。怪物の背後から流れる青白き星光が熱く炸裂したのだ。
「……グゥ……なんだ……!?」
「まだまだ! 光符! アースライトレイ!」
赤き狼はダメージに怯んだわけではないのだろう。誰もいないはずの背後から放たれた魔理沙の魔法、敵の背後に魔法陣を出現させて死角を狙うアースライトレイの光に続き、さらにその魔法をスペルカードに昇華した【 光符「アースライトレイ」 】で連撃を見舞う。
背後から絶え間なく放たれる青白いレーザーはン・ガミオ・ゼダの装甲を削るものの、足下から噛みつくあうんの野犬たちと同様、威力はあれど怪物へのダメージにはならない。魔理沙もあうんもただ、ン・ガミオ・ゼダの動きを制限するので精一杯だった。
こんな相手に本当に勝てるのだろうか。額に浮かぶ汗を拭う間もなく、魔理沙は弱気な自分を零しそうになった心を闘志で焼き払い、次なるスペルカードのための魔力を同時に練り始める。
「……というわけだ。どうだ、できそうか?」
「やっぱり、そこを狙うしかないよね」
「あんな化け物相手にどこまでやれるか分からないけど、やってやるわよ!」
魔理沙とあうんが稼いでくれた時間は、確かに意味があった。士が五代と霊夢に自身の作戦を告げ、二人はその内容にやや現実味のなさを覚えつつも自分を信じてみることとした。
士は手にしたままのカードを、五代にわざと見せるように構えてディケイドライバーを開く。
「そのカードは……」
五代のクウガとしての複眼に映る、クウガの紋章を刻んだライダーカード。黄色い縁取りに描かれた絵柄は、対角線上に突き抜けた一条の線によって二つに分断されている。その線を境界として、左上にはクウガ自身の姿。そして右下には、先ほど消失したゴウラムの姿があった。
「…………!」
そのカードが持つ力に、彼方のン・ガミオ・ゼダが反応する。その身に刻まれし記憶が吠え立てるのか、あるいは新たなる力の発現を垣間見たのか。確かに見て取った。士が手にしているライダーカードはただディケイドがクウガの力を借り受けるだけのものではない。
紛れもなく、失われた幻想の力が宿っている。それは、五代雄介と共鳴した博麗霊夢の力。今やクウガの法則を持つすべてのライダーカードにはどういうわけか、霊夢の力も加わっている様子。霊夢もそれを感じ取ったらしく、奇妙な感覚を身に覚えた。
士は開いた状態のディケイドライバーのバックルにそのカードを叩き込む。こちらへ向かってきている赤き狼の形相に、先ほどまでの余裕はない。怪物は悟ったか。この力が放置すべきものではないと。士はその勘の良さに舌を巻きつつ、眩く輝きを放つディケイドライバーを強く閉ざす。
『ファイナルフォームライド』『ク ク ク クウガ!』
その高らかなる雄叫びは士もよく知る通り。取り戻した力はかつてと変わりなく、雄大なる青空となりて正しき意味を奏で上げた。
どこか落ち着かないほどの湧き上がる力に狼狽える五代。士は彼の背後に回るように立つ。
「ちょっとくすぐったいぞ」
「えっ?」
五代が振り返ろうとする間もなく、士は五代の背中、マイティフォームの装甲たる赤き鎧に両手を当て、その背中を割り開くように左右へと手を動かす。その瞬間、五代の背中はさながら羽化を求めるクワガタムシの如く分かたれ、
そのままクウガとしての頭は胴体へ織り込まれるように畳まれ、両脚は双牙を模すが如く強靭な大顎へと変化し、両腕は後ろ脚に変化。やがて黒く染まりつつある装甲の脇腹からは二対の節足が飛び出し、背中は金色の装甲へ、腰には赤く灯る眼が輝く。
鞘翅を広げて震うは紛れもなく一匹の甲虫。否、その姿は明確に五代が相棒としたゴウラムそのものであった。ディケイドがもたらす『ファイナルフォームライド』の力は、歴史に存在した仮面ライダーの物語を一つの答えとして収束させ、深く関わりある象徴的な姿へと書き換えるのだ。
『な、なんだこれ!?』
さしもの五代も驚きを隠せない。これまで赤や青などといった様々な色合いのクウガへと変身してきたが、ここまで大きく輪郭を捻じ曲げる変化にはまったく馴染みがない。人間の形すら失った自分の姿を客観的に見ることもできないが、この姿がゴウラムだとなぜだか理解できた。
自分が今どうなっているのか、まったく分からない。ただ、感覚的に分かるのは、腕を動かせば前脚が動き、脚を動かせば後ろ脚が動く。四肢しか持たぬ人間の感覚では説明が難しいが、六脚類特有の腹の脚を動かすことも問題なくできる。
傍から見ればそれは異様な光景だ。ファイナルフォームライド。物理法則をも超越した超常的な変形。超絶変形とも呼ぶべきその劇的な変化は、人体を明らかに無理のある方向へと捻じ曲げてしまっている。にも関わらず、五代の意思は確かにそこに宿り、声も出せる。
これは単なる物理的な変形ではないのだろう。実際に、今はゴウラムの大顎、前方へと突き出している二つの牙はクウガとしての両脚が変化したもののはずだ。それでも五代の感覚では両脚を動かした際、自身の脚である牙ではなく、実際は自身の両腕であるはずの、ゴウラムとなった状態の後ろ脚が動いている。
当たり前のように鞘翅を広げ
「な、何? これって、ゴウラム……? え、五代さん、よね……?」
霊夢は完全にゴウラムそのものの姿となったクウガを見やる。優しげな緑色の複眼から感じ取れるのは、クウガとしての赤い複眼から感じられた青空の暖かさと変わらない。
ただやはり当然と言うべきか、五代自身もその姿に上手く馴染めず、混乱の色が浮かぶ。
「ぐうっ……!」
攻撃の隙を伺いながら相手の攻撃を凌いでいた魔理沙がとうとう衝撃を防ぎ切れず、爆風と共に吹き飛ばされてくる。続けてあうんの拘束も限界を迎え、散逸した野犬型の妖力に煽られるようにあうんもこちらへ吹き飛ばされてしまった。
だが、息を整えている暇はない。ン・ガミオ・ゼダは足下より解き放ったエネルギーを爆発させ、大地を打ち砕きながらその衝撃を利用してこちらに接近してきたのだ。
五代はそれを見過ごさない。クウガゴウラムとしての身体は生まれ持った人間の身体とは大きく違うために上手く操れているか不安は残るが、後翅を震わせ赤き狼へと突っ込んでいく。その大いなる両の牙をもって挟み込むように怪物の接近を食い止め、そのまま上空へ飛翔していく五代。
「な、なんだあれ? さっきも出てきたバカでかいクワガタムシか?」
「すごいパワーですね……! あの怪物を一気に上まで……!」
魔理沙とあうんは困惑しながら空を見上げた。クウガゴウラムは牙で挟んだン・ガミオ・ゼダを近くのビルの屋上に叩き落し、光弾を装甲で受け止めつつ追撃を行っている。
クウガゴウラムとしての姿と元のクウガとしての姿は彼自身の意思によって自由に切り替えることができるらしく、屋上に叩き落したあとは元のクウガの姿に戻ってン・ガミオ・ゼダに拳を叩きつけるが、やはりすぐに受け止められてしまった。
あえて五代がクウガの姿に戻って戦闘を続けているのには意味があった。等身大の人間の形のままでは拳の威力にも心許ないものがある。打たれ強さもクウガゴウラムとしての姿に劣るだろう。だがこの姿でなくては、クウガとしての本領、モーフィングパワーが上手く発揮できない。
ン・ガミオ・ゼダの圧倒的な力を突破するための作戦は、五代に伝わっている。そのために必要なのはまず時間を稼ぐこと。五代は霊夢たちが自由に空を飛べることをすでに知っている。ゆえに怪物の相手をしつつ──今は求めている『それ』が来るのを待つのみ。
その隙に、霊夢と士は魔理沙とあうんに最低限の情報を伝えた。ゴウラムの存在、そしてあれが五代が姿を変えたクウガゴウラムであること、そしてこれから行おうとしている作戦の内容。
「まぁ、つまりそういうことよ! 覚悟、決めておきなさい!」
霊夢は左手に現した愛用の大幣を握りしめ、右手の平を添えるようにして渾身の霊力を注ぎ込んでいく。まだ足りない。額に汗を浮かべるほどに滾る力を一点に収束させ、大幣が白く輝きを放つほど高まった霊力が先端の白い紙をふわりと持ち上げる。
魔理沙とあうんは聞かされた作戦の内容には面食らったが、たしかに納得はできた。互いに顔を見合わせると、ビルの屋上で戦っている五代の援護のためにそれぞれ飛翔しそちらへと向かう。
「
魔理沙は箒に両足を乗せた状態でン・ガミオ・ゼダの近くまで舞い飛び、指をパチンと鳴らして魔力を解放する。すると、魔理沙の周囲には魔力が形を成した四つの
己が魔力を使い魔として赤と青と黄色と緑の四色の玉と成す【 儀符「オーレリーズサン」 】は自身を
それらはただの虚仮脅しではない。光球は奇しくも霊夢の夢想封印の光球と似た四色の輝きを放ちながら、それぞれが自動的に魔力の光弾を撃ち放ち、ン・ガミオ・ゼダの背中を攻撃していく。振り向いた怪物はこちらに光弾を放ってくるが、周回する光球が盾となり直撃は免れた。
破壊された光球は魔力が続く限り即座に再生することができる。そのぶん魔理沙が空中に留まるための魔力や攻撃を行うための魔力も削られてしまうが、このスペルカードの利点は展開や維持に必要な最低限の魔力が少なくて済むことだ。
オーレリーズサンを維持したままン・ガミオ・ゼダへと攻撃を続け、傷ついた五代への攻撃からこちらへと注意を引く。魔理沙の狙い通りに、怪物はビルの屋上から足を離し、飛翔を遂げた。
「行きます!
今度はあうんが妖力を解放。魔理沙へと向かうン・ガミオ・ゼダの背中を狙って、自身を中心に独楽の自転を思わせる妖力の渦を解き放つ【 独楽「コマ犬回し」 】を発動。赤いレーザーは一見すると対象を狙わない全方位への攻撃となり、赤き狼には容易に回避されてしまうが──
その軌道は独楽の螺旋。回転に伴う妖力の風がレーザーの挙動に干渉し、どこか「へにょり」と曲がったように飛んでいく。あうんの粗削りな妖力は悟られやすく、ン・ガミオ・ゼダには初撃こそ避けられたものの、続けて迫った二撃目は命中した。
さらにコマ犬回しには赤いレーザーの他に隙間を縫うように放たれる黄色い光弾もある。威力は低いが、読みにくい挙動から成る複合弾幕によって着実に怪物の行動を抑制。
ン・ガミオ・ゼダは煩わしそうに赤いレーザーを弾くが、目の前には箒に乗った魔理沙の姿。
「五代さん! こっちは用意できたわ! お願い!」
「……っ、よしっ……!」
霊夢は霊力を遂げた飛翔をもってビルの屋上まで飛んできていた。手にした大幣にはありったけの霊力、奇しくも妖怪を封印するための祈祷が込められた、封印エネルギーとも呼称すべき波動が滾り、五代の目から見ても分かるほどに白く輝く力が込められている。
五代はマイティフォームのクウガとしての右手で霊夢からそれを受け取っては、すぐさま左手を腰のアークルへと添え、超変身の発声と共にモーフィンクリスタルに紫色の光を灯す。
クウガの身に迸るは巨人の地鳴り。赤い装甲は銀色に変わり、複眼は紫色に。その力強き重みは五代の足をビルの屋上に微かに埋めさせるほど。タイタンフォームへと至った五代は右手に持った霊夢の大幣に、さらに力を加えた。モーフィングパワーと、自身の封印エネルギーを、同時に。
「できた……! これなら!」
五代が右手に携えるは霊夢の大幣が変化したタイタンソードである。だが、それはただのタイタンソードではない。霊夢の持ち得る霊力、五代の注ぎ得る封印エネルギー。それらが一点に集約した力の塊。白く輝く紫色の長剣は、異なる世界に在る二種類の封印の力に満ち溢れている。
タイタンフォームのクウガの手で持っていても重い。あまりにも巨大なエネルギーの圧力が質量として加わっているのではないかと錯覚してしまうほどに。そこに込められているのはただのエネルギーだけではなく、五代と霊夢と、リントの民と博麗の一族の祈りなのか。
頭上に極大の閃光が迸り抜けた。周囲の空気が熱せられたのが分かるほどの魔力の熱。それは紛れもなく魔理沙が放った恋符「マスタースパーク」の奔流であった。
遠くで表情を歪めた魔理沙の舌打ちが物語る。彼女の一撃はあまりにも目立つ魔力という分かりやすさが欠点。あうんのコマ犬回しによるレーザーや光弾で攪乱している隙に大技を直撃させてやろうと試みたようだが、やはりその閃烈すぎる魔力は悟られ、ン・ガミオ・ゼダには当たらず。
「ちっ……! おい、まだか!」
大技を放った直後の硬直は如何ともしがたい。その隙を補うためにオーレリーズサンへの魔力は供給し続けている。だが、それらもン・ガミオ・ゼダが反撃で放った光弾によって次々に破壊されてしまい、再展開が間に合わず、魔理沙は仕方なく箒に跨り直して回避に専念していた。
片やビルの屋上では五代がタイタンフォームからマイティフォームに戻る。だが大幣に与えたモーフィングパワーへの意識はそのままに。タイタンソードは五代の手からふわりと浮き上がり、霊夢の霊力によって消失する。
箒に跨ったままン・ガミオ・ゼダの光弾を避け続けていた魔理沙の傍に、白く強大な霊力の塊が現れる。周囲の空間を歪めているようにすら見えるほど、極限に研ぎ澄まされた力。
タイタンソードは光に包まれた状態で霊夢による空間転移で魔理沙のすぐそばに送られたのだ。
「魔理沙! 頼んだわ!」
ビルの屋上から額に汗を浮かべた霊夢が声を張り上げる。ありったけの霊力を込め、さらにはあれほど重いものを亜空穴を使って魔理沙のもとに送り届けたのだ。さらにそれを空中に押し留めるために割いている霊力にも意識を集中している今、彼女に大きな余裕はない。
すぐに魔理沙は動いた。ン・ガミオ・ゼダがこちらの意図に気づく前に、跨った箒の上に両足で立ち、空中に浮いている状態のタイタンソードを右手に掴む。
──重い。魔理沙は少女の腕力でそれを持つことは不可能と判断して手を離した。一瞬の判断で箒を手に持ち、魔力を込めた振り上げ、ライジングスウィープでタイタンソードを上空へ。
そのまま重力に従い落ちてくる長剣を待つように、箒に立ち直しミニ八卦炉を赤き狼に向け。
「決めてやるぜ! 狙うはあの金色の──!」
ミニ八卦炉に眩い光が灯った。今度は外さない。あうんの山狗の散歩による野犬の光弾、コマ犬回しによる曲がるレーザーによって追い込んだ怪物に確実な一撃を放てる瞬間。霊夢の声が怪物の注意を引いてくれたおかげもあって、赤き狼はすでに回避行動が間に合わず。
如何に強大な怪物と言えども『この一撃』が直撃すれば、決して無事では済まないはずだ。
「……闇に消え去るがいい、若きリントの戦士よ!!」
「しまっ……!」
その考えは甘かったと言うべきだろうか。ン・ガミオ・ゼダはそもそも回避を必要としていなかったのかもしれない。その重厚なる肉体の移動が間に合わないのなら、こちらも強大なる一撃で相殺してしまえばいいという、極めてグロンギらしい破壊的な思考が行動となった。
ン・ガミオ・ゼダが前方へ突き出す両手から放たれたのは、魔理沙の視認が間に合わないほどの速度で空間を貫き迫る赤黒い光球。それは魔理沙の魔力をも飲み込み──彼女に『直撃』した。
「!! 魔理沙ちゃんっ!!!」
五代は思わず声を上げる。極大の光球が直撃し、魔理沙の身が消し炭になる音。どこか拍子抜けしてしまいそうなほど呆気なく命が散る、小鳥の
だが五代には聞こえずとも霊夢は確かにもう一つの音を聞いていた。これまで何度も自分で聞いてきた被弾の音に重なり、聞き馴染まぬ音。小さな結界が砕ける、幻想的で儚く静かな音。
「大丈夫、ちゃんと聞こえたわ。……久しぶりに聞いたわね、あの音!」
霊夢の思考に浮かぶのはいつかの夏に満月を暴いた永遠の夜の記憶。月の姫がもたらした呪いと難題、雅なる竹林の風に乗り、時を巡るは『
それらを纏いて形を成し、結界という形で自身を包んでは起死回生の切り札を繋ぐ決死の覚悟。もはやあの夜を除いてはついぞ使う機会のなかった
──名を『
まさしくその一瞬は
「ラストスペル……っ!
ミニ八卦炉が滾らせるは先ほどの光の何倍もの輝き。決死結界によって爆発的に増加した魔力を一点に収束し、スペルカード二枚分の魔力を一気に消費して発動される渾身の大技。
切り札と呼ぶに相応しき『ラストスペル』の絶大な力に、さしものン・ガミオ・ゼダも驚いた様子を見せた。確かに殺したはず、と狼狽するも、目の前に滾る光は確かに幻などではない──
「いっ……けぇぇえええええっ!!」
魔理沙の咆哮と共に解き放たれる極大の閃光は先ほどのマスタースパークの比ではない。反動を殺すために後方にも魔力を解き放たなければならぬほどの圧倒的なエネルギー。それらすべてが巨大な光と熱の魔力となって、ン・ガミオ・ゼダの全身を覆い尽くす。
空気が熱く滾る。魔理沙の手までもが高熱で赤く焼けていく。そして彼女の魔法の集大成、マスタースパークの正統発展形たるラストスペル、【 魔砲「ファイナルスパーク」 】の眩き輝きは、赤き狼を灼き滅ぼしていく。
「グォォッ……! この程度の目障りな光……ッ! ……!?」
圧倒的な魔力の奔流にン・ガミオ・ゼダはその場から動くこともできずにいた。装甲が熔け、皮膚が焼かれ、魂さえも輝きの中に消し去られそうな光の中、怪物は未だに屈していない。
だが、その眩さゆえに気づけなかった。ファイナルスパークの奔流に紛れるように真っ直ぐに、その切っ先を前にして迫り来る、白く輝く意志──霊力が込められたタイタンソードの存在に。
なん……だと……っ!?
「バン……ザド……ッ!?」
輝き滾る霊力を纏う長剣は黄金のゲドルードが誇る外殻をも穿ち貫き、赤き肉体のその中枢へと深々と突き刺さった。流れゆく二つの封印エネルギーはリントと博麗の祈りのままに、ン・ガミオ・ゼダの全身の神経へと封印の光を行き渡らせていく。
腹から焼けつくような激しい痛みに呻き、怪物は苦悶の声を零した。すでにファイナルスパークの閃光は収まっているものの、未だに全身に残る光熱の痛みと熔けては焼け落ちる装甲と肉体の傷痕も治癒が追いついていない状況にある。
グロンギの能力の真髄たる魔石ゲブロンを狙うために、小賢しきリントどもは策を弄したのだと気づいた頃には、すでに究極の闇の本質たる魔石はゲドルードごと破損していた。
このまま封印エネルギーが魔石の中心に届けば、王たるン・ガミオ・ゼダの身も持つまい。
「す、すごい……!」
「…………」
思わず感嘆するあうんを横目に、士は警戒を解かなかった。確かにこれまでにないダメージを与えることはできたが、かつてこの怪物と戦ったときのような本能的な焦りがないのだ。
かつて戦ったときには、怪物は不利を悟れば逃走を選ぶ知性があった。だが、今の怪物は激痛に身悶えながらも冷静にタイタンソードの柄を掴み、引き抜き、それを放り捨てた。モーフィングパワーを失って大幣へと戻っていくそれを一瞥もせず、こちらを睨んだまま。
魔力の大半を消費して箒ごと落下していく魔理沙を慌てて抱き止めに行ったあうん。その傍らに霊夢のオプションである陰陽玉がゆっくりと近寄った。
ぼうっと淡く紫色の光を灯らせ、どこか溜息混じりに魔理沙の決断力に妖しき声をかける。
『無茶をするわね。決死結界を使うだなんて。私の
「何言ってんだ、わざとらしく刻符の力まで用意してたくせに。計算済みなんだろ?」
陰陽玉から聞こえてきた言葉に返しつつ、魔理沙は呼吸と共に魔力を整える。あうんがそのまま地面に下ろしてくれたため、自分の足で立ちながらン・ガミオ・ゼダを見上げた。
これまで何度も見てきたグロンギの最期の光。全身に走る亀裂は輝き、深く穴の開いた黄金のゲドルードからも迸る光が青空の如き優しい力を湛えている。
古代リントの封印エネルギーが伝えるグロンギへの引導。そして歴代の博麗の巫女が紡いできた古き霊力の祈り。それらが一つに交わり、再編世界における最強のグロンギは爆ぜ散る──
──誰もがそう思った、だが。赤き狼は全身のエネルギーを無理やり、抑え込み始めたのだ。
……小癪な……!!
「……ボシャブバ……!!」
原初の魔石ゲブロンが持つは王たる者にのみ扱うことが許される究極の闇の力。全身の細胞より噴き出す究極の闇の片鱗、まだ完全なる実体に至っていないにも関わらず、ン・ガミオ・ゼダの操る闇は封印エネルギーの輝きを絡め取り、外部へと放出したのだ。
噴き出す闇は怪物の周囲にて激しく爆散を遂げる。そこに映し出されたのは過去の世界にて究極の闇によってグロンギにされた人間たち。ゲドルードを持たぬグロンギたちの悲痛の顔は、闇の中で爆発する面影となって消えていく。
宙に浮かび肩を上下させるン・ガミオ・ゼダの表情に余裕はない。死は免れたが、自身を葬らんと迸る封印エネルギーを究極の闇に乗せ、内なるグロンギたちにダメージを肩代わりさせることで乗り越えたものの、腹の中枢まで穿ち抜かれた黄金のゲドルードの風穴はそのままだ。
「な、まだ倒し切れてないってのか……!?」
「さすがに……これ以上は……」
魔理沙は魔力を整えながら赤く健在たる最果ての絶望を見上げて呟いた。だがあちらもかなりのダメージを負っているであろうことは見て取れる。霊夢もビルの屋上にてクウガの傍で怪物の姿を見つつ、霊力の回復を急いでいるが──
人間の限界を思い知る。こちらは必死の想いでなんとか霊力を掻き集めているのに、赤き狼は息を荒げながらも宙に浮くだけの力を維持したまま、驚くべき速度で全身の治癒を始めていた。
ありったけの魔力で放ったファイナルスパークの消耗もまだ癒えていない魔理沙を嘲笑うかのように、ン・ガミオ・ゼダの全身の傷、熔けた黄金色の装甲が少しずつ元に戻っていく。
黄金のゲドルードの穴ばかりは再生に時間がかかるのか、未だ燻る闇を零しているようだが。
「いや、上出来だ! このまま一気に決めてやる!」
歯噛みする魔理沙とあうんの傍を駆け抜けていくマゼンタ色。士は勝機を逃さず、ン・ガミオ・ゼダが自己再生に力を割いている瞬間の隙を突いてディケイドライバーのバックルを開く。ライドブッカーから取り出すは、金色に縁取られた、クウガの紋章を宿すカードだ。
『ファイナルアタックライド』『ク ク ク クウガ!』
迷いなどはない。開いたディケイドライバーにライダーカードを叩き込み、歴史として刻まれたクウガの力を次元を超えて解放する。
その波動はディケイド自身のみならず、今は距離のあるビルの屋上、マイティフォームの身に戻ったクウガ、五代雄介の身体にも満ち渡っていく。熱く蘇る誇りのエナジーのままに、五代は視界に浮かぶン・ガミオ・ゼダへ向かい駆け出し、ビルの屋上の手すりを飛び越えて、青空へ。
ファイナルフォームライドの恩恵はまだ残っている。そのまま空中でクウガゴウラムへと姿を変えると、滾る力に身を任せ、雄々しく突き出した二本の大顎で赤き狼に喰らいついた。
牙より滲む封印エネルギーが怪物の身に食い込み、肉体の治癒を阻害。そのまま地表へ──
「……っ!?」
恐れるものなどないかのように、愛の前に立つ戦士の背中を見届けた霊夢の胸に、小さく燃える火が灯った。五代と顔を見合わせたときと同じ、熱い活力の光のようなもの。
それは爆発的に増大し、さっきまで枯れかけていた霊力が全身に漲っていく感覚に震える。
「嘘、これって……」
湧き上がる力は霊力だけではなかった。五代雄介が抱くリントの誇り、門矢士が掲げる大ショッカーの叡智。それらすべてが奇妙に混ざり合ったような、自分のものではない不思議な力。霊夢は己の直感に導かれ、ビルの屋上から手すりを握り、ン・ガミオ・ゼダを見る。
胸の高鳴り。自分はここに立っているはずなのに、クウガゴウラムとして地表を翔け落ちる五代雄介の心臓と繋がっているかのように、張り詰めた想いが血の巡りを熱く加速させた。
全身に溢れる力は、決死結界を乗り越えたときの高揚感と同じ波動。今ならば放つことができるだろう。スペルカード二枚分の霊力を消費する大技──ラストスペルと呼ぶに相応しき力を。
『うぉおおおおっ!!』
もはや今のクウガゴウラムは輝く封印エネルギーの牙そのもの。強く引き絞った大顎でン・ガミオ・ゼダの赤き肉体を軋ませ、地表へ向かうその先には──
──マゼンタ色の輝き。古代リントの意志を等しく重ね合わせた門矢士の、空へ翔ける右脚。
「グゥゥ……ゥォオオ……ッ!!」
大顎に挟み込まれた状態のン・ガミオ・ゼダの胸にディケイドの右足が叩きつけられる、その直前のことだ。赤き狼は全身から熱く滾る闇を噴煙し、五代と士を吹き飛ばした。
高熱に焼けつく牙と右脚の痛みも気にせず、クウガゴウラムは大顎で闇を振り払い、士はそのまま反対側の地面に着地。
ン・ガミオ・ゼダは残された力で両手に光球を灯し、クウガとディケイドに向けて激しく爆撃の雨を降らせつつ、その爆炎に紛れるように空中で踵を返し、煙立つ青空へと飛び去っていく。
「ああっ!」
「くっ、逃げる気か……!?」
あうんと魔理沙が地上から空を見上げたままン・ガミオ・ゼダの逃走を目にした。両腕を青空に向けて雲を引き裂くように、実在と非実在の境界によって隔たれたこの空間そのものを破り抜いて、事象が確定した世界を目指している。
波が粒へと変わろうとしている。形なき幻想が形を得ようとしている。この静かに揺らぐ卵の中、叢雲に染まりし朧の月が、孵り、閃き、幻想郷という世界に観測されようとしている。
『まずいわね。今の
「そうはさせるか……!」
緩やかに舞い降りる陰陽玉の紫色の光に返すように、燻る闇の中で緑色の複眼を光らせるディケイド。まだディケイドライバーはファイナルアタックライドの力を保持している。滾る力は未だに解き放たれないまま右脚に満ちている。それは、傍らに浮くクウガゴウラムも同じこと。
『あれは……霊夢ちゃん……?』
クウガゴウラムの複眼が捉えたのは引き裂かれし蒼穹の月、青空に穿たれた次元の穴を背に腕を組んでは空にて佇む博麗の巫女。赤くも黒く狼を見下ろす少女の目に、迷いはない。
ン・ガミオ・ゼダは向き合う人間の迫力に、無意識に戦士の在り方を見た。恐れ怯む理由などない。たとえ闇を払う青空の如き威光を間近に見ても。忌むべきリントの輝きを幻視しても──
「──ラストスペル」
霊妙に謡う静かなる宣告。霊夢の表情に影が差したように見えたのは、彼女の周囲に浮かび上がった極大の霊力が眩く鮮やかな光球となりて、いくつもの光源として輝き満ちたがゆえ。
それだけではない。幾重ものお札が螺旋を描き結界を刻み、自身と怪物を大きく覆い尽くす。
「神霊っ! 夢想封印っ!! 『
透き通るような霊力の奔流を強く鋭く貫き穿つ、凛とした発声。覚悟を秘めた巫女の言葉に従うように、いくつもの光球は解き放たれ、霊夢の姿は瞬きの中に消え去った。
怪物が霊夢を見失った一瞬。それは霊夢のラストスペル【 神霊「夢想封印 瞬」 】の間合い。霊夢が消えたことを悟る猶予もなく、ン・ガミオ・ゼダの死角から霊夢の光弾が炸裂する。大幣が振り下ろされ、霊力を込めた一撃に身体の揺らぎを覚えたのも束の間、そちらを見やる頃にはすでに霊夢の姿は消えている。
瞬く間に反対側の死角から光弾と霊夢の大幣。続けて背中に、気づけば下から腹に。絶え間なく続く刹那の連撃は、夢想封印『瞬』の名の通りに、時空さえも亜空の境界に継ぎ接ぎにして時間と空間の隙間を跳躍しつつ、本人は真っ直ぐ飛んで予測不可能な軌道で弾幕を放つスペルカード。
「……っ! はぁっ……!!」
博麗霊夢は、光によく似ているのだ。時間と空間は常に相対的なもの。絶対の基準などではない。時間が歪めば空間も歪み、空間が歪めば時間も歪む。観測する者の立場が歪めば、時空は等しく歪んで見える。だが、そんな不確実な時空の中で、唯一揺るがぬ不変が一つ。
それが、光の速度。光速の基準は真空中であれば常に揺るがない。如何なる慣性系から観測しようと、重力や速度によって時間や空間が捻じ曲がろうと、常にその速度は一定であり、不変。進む光が歪んで見えるときは、時空か観測者の視点が歪んでいる。
霊夢はいつだって真っ直ぐ飛んでいるつもり。弾幕だって真っ直ぐ放っているつもり。だが観測者は語る。神出鬼没の亜空穴、瞬間移動、追尾するお札。そのどれもが、世界のほうが歪み霊夢に正しき道を指し示しているのだと。
避けることもそうだ。魔理沙の弾は勝手に避けてくれて親切だと思っている霊夢。そちらも魔理沙は真っ直ぐに弾を放っているのに、霊夢の直感が勝手に回避させている。
意識することなく極めて自然にリラックスした振る舞いで、無意識に亜空穴を使った瞬間移動を行っている。右脚を前に出した際に自然と左手が前に出るのと同様、当たり前のことのように空間と空間を繋げる境界を切り開くことができている。
すべてを受け入れる霊夢の在り方が幻想郷と一体化しているとしか考えられぬ不可思議な現象。これこそが霊夢が持つ『空を飛ぶ程度の能力』の本質であり──不思議な巫女たる所以か。
「……相変わらず、そりゃ反則すぎるぜ」
時間の歪みも空間の歪みも、重力や速度や結界さえ超えて進むべき道を進む、如何なるものにも左右されない絶対の基準。阻むもののない青空のように、ただ真っ直ぐ無慈悲にあらゆるものを素通りし、万象一切を横目に見つつ、いつだって世界の中心として通りすがる。
そこに秒速29万9792.458kmを誇る全宇宙最速の輝きを夢を見て、魔理沙が星明かりの魔法に恋焦がれ、速度と火力を求めたのも必然であったのだろうか。
ン・ガミオ・ゼダは霊夢の弾幕に捕らわれてその場から動くことができない。結界のように張り巡らされた螺旋のお札も、常に死角から飛び迫る博麗の光弾も蹴撃も、視認するより早く死角へと飛び移ってしまい、残像さえ捉えられない。
時間にすればその猛攻とて数秒もなかったことだろう。だがその数秒は決定的だ。極限の戦いの中では、
「グゥゥ……ォオ!!」
怪物が霊夢を彼方に捉えたときにはもう遅い。すでに怪物の背後にはディケイドを乗せたクウガゴウラムが迫り、赤き肉体を古代リントの叡智が誇る大顎にて再び挟み込んでいた。
二人に滾るファイナルアタックライドの威光のままに、ディケイドはその場で高く跳躍する。
「…………!」
三者三様に息を飲む。輝く威光に滾る想いは二人だけではない。跳躍の末に霊夢の傍に並んだディケイドの右脚と同様に、重なり合うように輝く霊夢の左脚。ン・ガミオ・ゼダの身体を超えて反対側にて飛び進むクウガゴウラムも合わされば──三人分のファイナルアタックライド。
「「「おりゃああああああっ!!!」」」
咆哮。三つの意志が重なり合い、雄々しく叫ぶは三重の多体エンタングルメント。霊夢と士と五代が一つの法則の中でもつれ、同一の力となって重なり合った一点に集う。
クウガゴウラムの牙に捕らわれたン・ガミオ・ゼダに流れ込むクウガの封印エネルギー、そしてその胸へと突き立てられる、ディケイドの右脚と霊夢の左脚。さらには周囲に飛び散っていた夢想封印 瞬の光球までもが吸い寄せられて、博麗の霊力と封印エネルギー、そしてディケイドがもたらす法則の破壊という干渉の混ざり合った収縮が巻き起こった。
世界の破壊者の力とファイナルフォームライドしたクウガの力が合わさって放たれる、クウガとディケイドのファイナルアタックライド、【 ディケイドアサルト 】に加えて──
神霊「夢想封印 瞬」の光球が次々に炸裂していき、三人を眩きエネルギーの奔流に包み込む。
──世界に亀裂が生じた、音がした。
ン・ガミオ・ゼダはディケイド本編の流れでいうと一般怪人の一体なんですが……
設定上は一応ンなので、ダグバと同格くらいではあると思うんですよね。そのはずなんだ……
あんまり意味があるかは分かりませんが、可能な限り文字数を使って苦戦っぽく……
なってるといいな。本当にフレーバー程度しか書けていない。文字数を稼いだだけなのでは……?
喰らいボムの演出って文章で表現するのがめっちゃ難しい。ラストスペルっていいよね。