混譚~まぜたん~   作:ラゼ

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モノクローム・キャット

 立派な門構えのお屋敷──周囲と比べてもひときわ大きい、コタ君の家に招かれた僕は、特にやることもないのでゆったりと寛いでいた。よかったら、と女中さんに渡された煙管をふかし、白い煙をくゆらせる。用意された座椅子に深くもたれかかり……ああ、古き良き日本の風情といった感じだ。

 

「それでゴホッ、コタ君ゴホッ、もゴホッ、ゲホッ、ゲホッ!」

「吸えねえなら吸わなくていいからな!?」

「いや、せっかく勧められたから…」

 

 どうやらタバコの類は僕に合わないらしい。健康にも悪いし、金輪際吸うことはないだろう。口内に残るなんとも言えない残り香を、お茶で洗い流す。むせている間に、コタ君は、何やら書かれている紙を持って出ていってしまった。そしてちらりと横を見ると、よくわからない器具でよくわからない薬品を調合しているルーチェの姿がある。

 

 そして薬品と共に化合されているのは──なんとラリカの体液である。ワクチンを作るとは言っていたが、まさか人体そのものを調合するとは、驚き桃の木山椒の木ってやつだ。指先から絞り出している透明な液体は、いったい何で出来ているのだろうか。

 

「…ふむ。ラリカ、もう少し濃度を上げてくれ」

「あいあーい」

「…なんか凄い光景だね」

「奇杏の細胞は“万能細胞”なんだ。世界に存在する物質の、だいたい十七パーセントくらい代用できんだぜぇ。ああやって化合物に指向性を持たせることもできるし、単純なもんならそのまま自分で出せるかんなぁ」

「ふぅん……じゃあ妊娠してなくても母乳が出せるってことかい?」

「最初に湧いた疑問がそれってやばくね?」

 

 別の部屋に隔離されている桃千代たちの血液を採取した結果、やはり大方の予想通り『狂方病』で間違いなかったらしい。桃千代と柿椿が陽性、栗神名が陰性だったとのことだ。

 

 そしてルーチェがあらゆる分野に精通した研究者だというのも本当だったらしく、手早くワクチンの製造に取りかかった姿はとても凛々しかった。三人娘の血を抜く際の手際も、それはそれは見事なものだった。体に針を刺されることを拒否した彼女たちを一瞬で拘束し、意識を刈り取った手腕はまさに暗殺者。コタ君が化物を見るような目をしていたのも印象深い。

 

 幼い見た目だというのに全く容赦のない様は、いわゆるギャップ萌えとでも言えばいいのだろうか。普段のダメさ加減を知っているからこそ、テキパキと行動する姿が実に映える。医者であればインフォームド・コンセント──懇切丁寧な説明を心がけるのだろうが、彼女はあくまで研究者ということなのだろう。

 

 死屍累々の桃千代たちの姿を見るに、『結果さえよければ』という気質が透けて見える。そんな彼女に見惚れていると、程なくしてワクチンが出来上がったようだ。

 

「…ワクチンってあんな簡単にできるものなんだねぇ」

「んなわきゃねぇよ。ありゃラリカが奇杏として優秀だからってだけさ……もちろんルーチェの知識あってだけどなぁ」

「…あのさ、フル」

「なんだ?」

「ちょっと前から思ってたんだけど、もしかしてフルたちってかなり凄い人たち?」

「んー? …ん、まあそうだな。『ワールド・ワイド・ウォーカーズ』ん中じゃ……まぁ、なんつーか、最上級だ。どんな局面でもラリカとルーチェがいりゃ対応できるし、戦力的にも──オイラより喧嘩強えやつなんか、ルーチェの親父ぐらいしか知らねえかんなぁ」

「…はは、やっぱり僕のフルは凄い人だったんだ」

「どこまでランクアップすんの!? …オ、オイラそっちの気はねえかんな?」

「もちろん僕もノーマルさ。ところで首輪とかに興味ってある?」

「ねえよ!」

「ねえ~。遊んでないで~、早く二人を助けてほしいの~」

 

 フルと戯れていると、一人陰性と判断された栗神名が、憂いを帯びた様子で声をかけてきた。間延びした喋り方は相変わらずだが、沈痛な面持ちが痛ましい。とはいえ友人が恐ろしい病気にかかっているともなれば、彼女の心配も当然の話だろう。

 

「ルーチェ、早く安心させてあげようぜ。もう完成したんだろ?」

「ああ……といっても、これはお前のためのワクチンだがな」

「…ん? あれ、僕はかかってないって…」

「浮葉は潜伏期間も長い上、発症してもまだ大丈夫だが──原種であれば同じようにはいかん。というか発症したら手遅れだからな。優先順位はお前の方が高い……ほら、さっさと腕を出せ。予防接種だ」

「断る。注射を打たれるくらいなら死んだほうがマシだ」

「嘘だろ!?」

「…だいたい、おかしいじゃないか。六百年も未来だってのに、なんで注射の方法が進化してないんだ? …ルーチェ! 君も研究者なら──経口摂取の薬くらい作って見せるんだ!」

「フル。押さえておいてくれ」

「なぅ」

「やめ──ぐぅっ…!」

「子供じゃねえんだからよぉ、我慢しろって」

「う──あ……ぐあぁぁぁぁ!!」

「大袈裟すぎじゃね!?」

 

 無理やり腕に針を入れられるなんて、無理やりケツに棒を挿れられるのと同じことだ。いや、新たに穴を空けるんだからそれより酷い。死んだほうがマシだというのは嘘だが、ウォシュレットが付いていないトイレで大便をするくらいには嫌だ。

 

 チクリとした痛みを紛らわすため、僕の腕を押さえつけているフルの毛皮を、ワシャワシャと撫で付ける。どうやら皮下注射らしく、あまり経験しないタイプの痛みがゾワゾワと肌を刺激してきた。時間にすると十秒も経ってはいないだろうが、やはり注射というのは苦手だ。

 

「ルーチェぇぇ…! この借りは……必ず返してやるからなぁ…!」

「お前のためにやったんだが!?」

「わかってるさ。だから借りはきっと返すよって言ってるんじゃないか」

「いや、さっきのだと悪い意味で捉えるだろ!?」

「そう? うーん……やっぱり六百年も時代が違うと、受け取られ方も変わってくるね」

「む……そ、それもそうか。すまん、早とちりした」

「ぜってー騙されてんぞ、ルーチェ」

「なにっ!?」

 

 ほんとに騙されやすい娘だな。知識量と地頭(じあたま)の良さは比例しないっていうけど……いや、でもルーチェは頭の回転も速そうだし、単純にコミュニケーション不足からくる人の良さといったところだろうか。

 

 そんなことを考えていると、着流しの袖をクイクイと引っ張られていることに気付く。少し視線を下に傾けると、そこには何か言いたげな栗神名の姿。おっと忘れていた……というかわざわざ僕に言わなくとも、直接ルーチェたちに言えばいいのに。

 

 …まあ言いやすい人、言いにくい人ってのはあるか。彼女にとって僕以外の三人は──ラリカには屋根から引きずり下ろされ、ルーチェには拘束されて気絶させられ、フルはというと素っ気なさが滲み出ている。僕へ喋りかける方が気分的に楽なんだろう。彼女の意を汲み取った僕は、安心させるように髪を撫でながら、言いたいであろうセリフを代弁してあげることにした。

 

「ルーチェ。栗神名が『こっちも早くしろよババア』だって」

「なにぃっ…!」

「い、言ってない~!」

「嘘はつかなくていいんだよ」

「や~!」

「はは……あだだだだっ!? ──なにをするんだルーチェ。別に僕が言ったわけじゃないし……それに彼女だって、友達を思うあまりつい口が悪くなっただけさ。ここは度量の深さを見せてあげなよ」

「ふん……語るに落ちたな。わたしはこいつに年齢を教えていないぞ…! フルたちもわざわざ教えるようなことはせんだろう」

 

 なにっ…! しまった、とんだミスをしてしまった。すわった目で近付いてくるルーチェに恐怖を感じ、慌ててフルの背後へ回り込もうと動くが──少し遅かったようだ。いつの間にか足元に伸ばされていた髪に掴まれ、畳に擦られながら引き寄せられる。

 

 このままでは拘束プレイで辱められそうなので、横にいた栗神名を抱き寄せて巻き込もう。いや、むしろ彼女が生命線だ。離してなるものか。力が強かろうが、体重まで変わるわけではない。感触的に、おそらく四十キロと少しくらいだろうか──彼女のお腹に手を回して、盾にする。

 

「僕はどうなってもいい……彼女には手を出さないでくれ!」

「思いっきり盾にしてないか!?」

「あうぅ~…」

「ちっ、バレちゃあしょうがねえ……髪を離せ! コイツがどうなってもいいのか──がふっ!?」

「女の子を人質に取るような男にはー……天誅!」

「というか、お前がどうにかされる方だろう…」

 

 脇腹にラリカの手刀を食らって悶絶していると、気がついた時には栗神名が腕の中から奪い取られていた。そして僕はそのままルーチェの髪に絡め取られ、空中で一人テキサスクローバーホールド状態にさせられた。タップする床が遠すぎて、いったいどうすればいいのか皆目検討もつかないぜ。

 

「クク…! ババアとは言ってくれるじゃないか…! 覚悟はできてるんだろうな? 言ったことの責任は、自分でとるものだぞ」

「…ごめんね、ルーチェ。君があまりに可愛いもんだからさ、ついイタズラしたくなっちゃったんだ。好きな娘はイジメたくなるって言うだろ?」

「…っ!? え、あ、う……ま、まあそういうことなら…!」

 

 僕の言葉に、しゅるりと髪を縮めるルーチェ。あまりの信じやすさに、流石にちょっと心配になってきた。童貞は女性に優しくされるとすぐに惚れるというが──それを更に拗らせたらこんな感じになるのかな。うーん……そうだ、僕がいなくなっても大丈夫なように、今のうちに耐性をつけるのもいいだろう。人は裏切られて成長していくものだ。

 

「ルーチェ、実は僕……新しい会社を設立したいと思っててさ。ただ開業資金が足りなくて──君と僕の未来のためにも、少し融通してもらえないかな?」

「み、みらい…! ──ああ、いくらでも出してやるぞ!」

「なぅ……突っ込みどころ激しすぎだろぉ…! 双樹もいい加減にしとけよなぁ」

「いや、流石に心配になってさ。もうちょっと騙され慣れといた方がいいかと」

「んな心配しなくても、ルーチェの眼を騙せるやつなんかそうそういねえよ。言っとくけど、双樹の方がおかしいんだかんなぁ」

「そう? そこまで難しいもんでもないと思うけど…」

「…だいたい、どうやってんだ? ルーチェのアレはなぁ、脈拍だの瞳孔だの誤魔化すよりよっぽど難しいぜぇ?」

「そうだね……相手を騙したい時にはね、フル。まずは自分から騙すんだよ」

「…? どゆこと?」

「騙そうとして言葉を発した時点で、もう駄目なのさ。心からの本音で話せば、それはもう自分の中でも嘘じゃなくなるだろ? 真偽を問われても、堂々と胸を張ればいい」

「…そんなんで出来たら世話ねえよ。んじゃなんだ? 会社だのなんだのも本気で言ってたのか?」

「もちろん、その瞬間はね。重要なのは『ずっと先まで』を考えることだよ。会社を興してルーチェと結婚して……余生を楽しく過ごして、最後に看取られるところまでちゃんとね」

「…難しくね?」

「育った環境がね、ちょっと複雑だったからさ。自分を騙すのは得意なのさ」

「──ん……ワリいこと聞いたか?」

「ううん、別に気にしてないよ。親の愛情をたっぷりもらって、友人にも恵まれて──そんな人生さ」

「順風満帆じゃねぇか!」

 

 …確かにそうか。そうだけど──だからといってそれが幸福というわけでもないのが、複雑なところだ。まあそんなことは置いといて、なにやら考え込んでいるルーチェの肩を揺らす。将来設計とか子供の数を考えるのは結構なことだが、そのサイズで産めるの?

 

 そして隣を見ると、ラリカに助け出された栗神名がお礼を言っていた。一連の流れは完全に茶番だったし、なんならラリカが彼女を引き剥がしたのも、どちらかと言うと僕の安全のためだったのかもしれないが──それでもこれは『良い機会』になるだろう。

 

「…それと、ツバキが酷いこと言ったの……ごめんなさい~。まだちゃんと謝ってなかったから~」

「へ? いいよいいよ、本人には謝ってもらったし。それに、服装がちょっとアレなのは……まあ自覚してるからさ。別に露出趣味があるわけじゃないんだよ? 体は変化させられても服は無理だから、できる限り肌は出しときたいの」

 

 なるほど、なぜあんな痴女丸出しの格好をしているのか不思議だったが……そういうことだったのか。マンハッタンを通り抜けるまでに百回は襲われそうな出で立ちは、正直に言うと目の毒だ。できれば何か羽織ってほしいと思っていたのだが、理由があるんなら仕方ないな。思う存分、凝視させてもらおう。

 

「それにしても、偉いね栗神名。ちゃんと謝るのは大事だよ──ついでにルーチェも謝ったら?」

「…? なんでだ?」

「さっき血を抜いた時の話さ。気絶させる前にちゃんと必要性を説けば、無理やりするまでもなかったんじゃないかってさ」

「む……いや、だが効率も悪いし……お前は知らんだろうが、医療行為に慣れていない連中というのは割と厄介なんだぞ。意識を持ったままだと、注射の針の方がダメになる場合が多い」

「…そうなの?」

「『力を抜いて』と言われても、針が刺さる瞬間は硬直する者が多いからな。原種であれば別に問題はないが、他の種族……とりわけ浮葉は、無意識でも力が入った瞬間に針が折れる。気絶させるのは、医療行為における麻酔のようなものだと考えてほしいな。ちゃんと後遺症も出ないように気は遣っているぞ」

「じゃあなんでそれを説明しなかったんだい?」

「むっ……それは……面倒だったからな」

「よし、じゃあちゃんとごめんなさいしようぜ。僕も一緒に謝ってあげるからさ」

「だから子供扱いするなって!」

「あ、あの……助けてもらうんだから~、そんなの気にしないで~」

「…()()()()。ルーチェ」

「…むぅ。まあ、そうだな。先に説明くらいは……してもよかったかもしれん。栗神名だったか? その……悪かったな」

 

 三百歳近くも年下に気遣いを受けては、無下にするのもバツが悪いだろう。ルーチェが軽く謝罪をして、茶番劇は終わりを告げた。これで栗神名が一方的に感じていたわだかまりも、ある程度は軽減されたことだろう。

 

 だいたいラリカにしてもルーチェにしても、非常に接しやすい人物だ。悪意を持って近付かない限りは、大抵のことはおおらかに受け止めてくれる。それは絶対強者であるという事実からくる、精神的な余裕でもあるのだろうが──なんにせよ、栗神名がビクビクしているのは見ていて心地良いものではない。謝って、謝られて……それで仲良くなれば万々歳というものだ。

 

 そんな状況を眺めていると、栗神名がちょこちょことこちらに近付いてきた。ふわりと甘い香りが漂うと同時、彼女が僕の耳元に唇を寄せて、呟く。

 

「ありがと~……双樹お兄さん」

「ん、どういたしまして」

「あと私のことは~、ミーナって呼んで~。ツバキもちよもそう呼んでるから~」

「オーケー。じゃあよろしくね、ミーナ」

「えへへ…」

 

 かなり遠回しに配慮したつもりだが、よくもまあ気付くものだ。ルーチェは別枠としても、今まで出会ったキッズたちに聡明な子が多いのは、なにか理由があるんだろうか。中学生の年頃なんて、箸が転がるだけでも爆笑する年代だろうに。

 

「ところでルーチェ。街の中心じゃ割と感染が広がってるみたいだけど……ワクチンとか注射とか足りるのかい? ラリカが干からびるまで搾り取るんなら、手伝うけど…」

「やめてよ!?」

「心配しなくとも、ワクチンが必要なのはお前だけだ。狂方病への対処法は、原種と浮葉でまったく違うからな。こいつらは飲み薬で充分だ」

「そっか……残念だ」

「こっち見ながら言わないで!」

「そういえばさっき指から出してた液って、おっぱいからも出せるの?」

「デリカシーの欠片もない!」

 

 飲み薬……ああ、最初にコタ君へ指示していた材料の調達はそういうことか。栄養ドリンクでも作るのかというラインナップだったが、あれが薬になるとはびっくりである。まあでも、被害の数によっては、感染速度が治療速度を上回るんじゃないかという心配は──杞憂だったようだ。飲み薬なら、供給の難易度もぐっと下がるだろうし。

 

 ワクチンを作製していた器具をしまいながら、ルーチェがふとこちらを見る。その瞳には一抹の寂しさが見え隠れしていて……ん? どういうことだ。首を傾げていると、彼女がラリカとフルへ向けて言葉を発する。

 

「さて、これで双樹の安全も確保できた……栗神名たちの薬が出来しだい、中央へ向かわねばならん。先に──別れの挨拶を済ませておこうか」

 

 …ん?


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