鳥籠の中   作:DEKKAマン

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不可解な熱

 肌に当たる弱々しい風を感じながら本のページを捲る。休日昼間の公園ということもあり、少しばかりうるさく感じられるもそこまで気にならない。

 本来なら部屋で一人静かに読みたいものなのだが、如何せんあれだけうるさいと思っていた工事の音がパタンと止むと、ほんの少しうるさくないとそわそわしまうようになった。

 

 ……いや、これは違うか。静かだろうとうるさかろうと、集中出来ていないということは変わりない。そしてそれはこの前のことがあったからだろう。

 あれからあいつがどうなったのか、俺はまだそれを知らない。知りたいと願っているわけではないが、いかんせん自分が関与したことなのだ、気になってしまうのも仕方がないだろう。

 

 これは燐子さんに貸す予定の本で、折角だからということで読み直している。しかし読んだのもそこまで前の話でもないということもあり内容は殆んど覚えてしまっていて。

 相変わらず自分を誤魔化すのは随分と苦手だ。文字は読める、だけれどその内容は浮かんでこない。浮かび上がるは空想ではなく現実で。

 ため息と同時に本を閉じ鞄に入れる。一応栞を挟みはしたが、もうこれを開くことはないだろう。一度やめたことというのは再開するのに労力を要するものだから。

 

「あれ、蒼音じゃん。久しぶり~」

 

 気晴らしに外に出て散歩すること数分、自販機で飲み物を買っているリサに遭遇した。鞄を持っているが制服ではないし休日なのに学校があった、というわけではないのだろう。

 

 Roseliaはどうなったのか、それをいきなり聞けるほど命知らずではない。

 湊には去り際に後悔させてあげると言われたが、その言葉に含まれた意味を読み取ることは簡単だった。当然、俺の勘違いである可能性はあり、関係のないことであり、あの後心変わりしていないという確信はない。

 

「何してたの?」

「別に何も。そっちは?」

「友希那とテストの勉強しようって約束だったんだけど、友希那はまだ寝てるのかわからないけど既読が付かなくてさ」

 

 テスト、なんとも嫌な響きだ。そういえば俺もテスト近かったな、なんて事を思い出させられて少しだけ気分が下がる。

 点数が取れないわけではないがそれでも面倒くさいのは確か。とは言っても普段授業以外で全く勉強しない、というわけではないので深刻な程辛いとは感じない。

 しかし勉強会、そして湊とである。リサからは暗い雰囲気を感じ取れず、これで隠しているのならば大したものだ。となれば、答えというのは見えてくるもので。

 

「蒼音って今暇?」

「見ての通りだな」

「じゃああそこのカフェ行かない? 友希那が来るまででいいからさ」

 

 断ってもいいのだけれど今は燐子さんに渡すようの本を持ち歩いているし丁度いい。このままリサを通して燐子さんに渡して貰おう。そんな事を考えながら俺たちはカフェに向かって歩を進めた。

 

 

 

「そういえばアタシ逹、バンド続けられることになったんだ」

「……そうか、そりゃよかったな」

「うん。コンテストは駄目だったけどあんな楽しそうな友希那を見るのは久しぶりだしアタシ、少し嬉しいんだ」

 

 突然そんな会話を振られた。知りたかったことで、しかし既に知れていたこと。わざわざ礼をされるようなことでもないし、していないと俺自身思っている。

 もしリサに頼まれていなかったら、俺は今回と同じことをしていただろうか。頼まれなきゃそんな状況だと知らなかったのだから、なんてものは関係ないとすれば……

 

 ふと息をついた。カップから上がっていた湯気が揺れる。それは熱いからと意識したものではなく、無意識に漏れ出てしまったもの。

 何かに安心している、どこかホッとしたかのような感覚を覚えた。何故だろう、何にだろう。そんなものこの状況であれば一つしかなくて。

 Roseliaの音楽がこうして続いていることに安心している。どうやら俺は本当にRoseliaの演奏が好きらしい。

 

「そうだ、この前のクッキーどうだった? 甘過ぎたとかそういうのがあったら……」

「いや、美味しかったよ」

「よかった~。友希那以外に渡すことあんまりないから不安だったんだよね」

「他のメンバーには渡してないのか?」

「あ、いいねそれ。次の練習の時渡してみるよ」

 

 そんな会話をしていると店の扉が開く。そちらの方に目を向けるとそこにはもはや見慣れたやつがいた。

 湊は少し驚いた様子で俺の事を見てくる。まぁリサと二人の予定だったのだから俺がいたら驚くのは当然か。

 

「……どうして新庄君がいるの?」

「お前が来るまでの暇潰しとして誘われてな」

「ちょっと~? アタシはそんなこと微塵も思ってないんだけど」

 

 お前の件についての話をしていたとはリサも言ってほしくはないだろうし、湊もそういうのは知りたくないだろう。

 湊が来たのだし俺がここにいる理由はない、というよりいても邪魔になるだけだし早く帰るとしよう。

 そう思うものの珈琲を一気に飲み干すにはまだ熱すぎるので、帰るにしてもちょっとはかかりそうだななんて考えていると湊が俺の隣に座ってきた。

 

 リサの隣に座ればいいのに。一瞬そう思ったし言いかけたが、こいつが知ってるかはさておき俺はすぐ帰る。であれば話し相手とは正面に座っている方が話しやすいだろうしこのままでいいだろう。

 珈琲から少しでも熱さが消えるのを待っている間に鞄から本を取り出し、忘れないうちにそれをリサに渡しておく。

 

「これ、燐子さんに渡しといて」

「ん? 別にいいけど……どうして?」

「いや、今度本貸すって話になったからさ」

「……あなた、燐子とも仲がいいのね」

 

 仲がいい、どうなのだろうか。たまたま趣味が合った程度なのだからそれほどでもない気はするが否定はしておかない。そこの判別基準は人それぞれだ。

 すると暇なのか、湊がその本をリサから取りペラペラととても読めない早さで捲っていくが丁度栞を挟んだところ程度で本を閉じた。

 

「お前らは本とか読まないのか?」

「たまーにね、恋愛小説とか」

「音楽雑誌ならたまに読むわ」

 

 リサは予想より少しずれた回答、それに対し湊は相変わらず猫と音楽以外に興味がないらしい。わかっていたしどこかそんな返しを期待している自分がいた。

 そう、そんな返しを期待した。なぜ期待したかなどわからない。だけれど自分のことだから期待したという事実だけはわからされる。

 まぁ、理由なんてものは湊にはそうあって欲しいからなんて程度のものなのかもしれない。

 

 そろそろかと思い熱さの和らいだ珈琲を飲み干して席を立つ。本も渡したし、湊も来たから俺がこれ以上ここにいる理由はない。

 自分で飲んだ分の金を置き、荷物を持ってその場を離れようとしたところで湊から疑問の声をかけられた。

 

「もう帰るの?」

「お前ら勉強するんだし俺がいても邪魔だろ」

「あなたはしないのかしら?」

「用具持ってねぇしな」

 

 なぜだろう、別に俺がいようがいまいが変わらないだろうにそんなことを。いや、むしろいたら邪魔になる可能性だってあるだろうに。

 そんな俺と湊とのやり取りを見てか、リサはいいことを思い付いたかのように提案をしてくる。

 

「アタシと友希那に勉強教えてよ」

「なんで俺が……」

「もしかして蒼音って勉強苦手だったりする?」

「苦手ってわけじゃねぇけど、別に得意ってわけでもないぞ」

「なら余計いいじゃん。人に教えると理解しやすいっていうし」

 

 そう言った後リサは店員を呼び珈琲を二つ頼んだ。リサは先程珈琲を頼んでいないし今あるジュースもまだ飲み終わっていない。

 となればこれは俺と湊に向けてなのだろう。逃げ道を塞がれた、こうなっては帰ると印象が悪いだろう。

 

 俺としてはわざわざ人との関係を悪化させるかもしれないことはしたくない。しかもそれがこいつらとなればそれは更に確かで。

 勉強を教えるとしても何をすればいいのだろう、問題集とノートを開く二人を見てそう思う。今までそういったことをしたことはないし、学習塾等にも通っていなかったからどうすればいいかわからない。

 

 特段することもなく二人の様子を伺ってみるが二人の様子は順調そのものだ。下手に話しかけた方が邪魔になってしまうだろう。これ俺がいる必要なかっただろ、そんな事を思いながら二人のノートを覗き見る。

 リサはところどころ間違えてはいるものの大半は正解している。湊もそんな風なのかと思い見てみれば……ノートは見事赤字で染まっていた。

 

「お前、それ基礎の部分だろ」

「し、仕方ないでしょう。わからないものはわからないのだから」

「にしてもだろ……もしかしてお前、英語以外もこんななのか?」

「……赤点は取っていないから問題ないわ」

 

 そう言って湊は黙りこみ目の前に座るリサが苦笑いしているのが見えた。この程度授業を不真面目でも聞いていれば理解が出来そうなものだが。

 というか、Roseliaの作詞は誰がやっているのだろうか。それが湊なのであれば、それこそ英語は問題ではないか。

 湊から一つペンを借り最初から説明していく。上手く教えられているのかわからないが、ここは基礎の部分なので教えるにしてもそんなにややこしくはない。

 

 一通り教えてみて理解しているかと思い隣を見ると、湊の顔がとても近くにあった。

 非常に整っていると改めて思いしる。思えば湊の顔をここまで近くで見たのは初めてで、彼女から視線を外せなくなっていた。

 

「……ちょっと」

 

 数秒後、顔を少し赤くされる。ごくりと喉が鳴る。そうして新しい珈琲が運ばれてくると、俺は飛び退くように彼女から離れた。

 

 熱を感じた。それは今目の前にある珈琲の熱さとは違うもので……

 

「……トイレ行ってくるわ」

 

 逃げるかのようにして席を離れる。その熱は焼き焦がすかのようで、その場を離れたというのに体の内側で弱まる様子もなく存在して。

 これは一体なんなのか。ピアノをしていた時に似たようなものは感じたことはある。でもそれ以外でこう感じさせられたのは初めてだ。

 

 不可解で、だけど気持ち悪いということのないこの熱の正体は一体なんなのだろう。どれだけ考えてもその答えはでてくれなかった。

 


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