あれは一体なんだったのだろう。二週間が過ぎ、それでも尚鮮明に思い出せるというのに未だに尻尾も掴めないでいる。
あの後帰って熱を測ってみたが結果は普段よりほんのちょっと高い程度、感じていたものと比べれば低すぎると言い切れるほどのものだった。
「ここも人が減ったなぁ……」
学校のテストも終え、今日はバイトもないので久しぶりにゲームセンターに遊びに来た。と言っても連れがいるわけではなく一人なのだが。
ゲーセンには一時期来ていた。それこそバイトを始めた理由はゲーセンで使うようの金が欲しかったからだったりする。
しかしいざバイトをしていくとそっちが忙しすぎて、だんだんと来る気が起きなくなってしまうという事態に陥ってしまった。本末転倒とはこのようなもののために存在する言葉なのだろう。
最後に来たのはいつだったか。あの頃は人で溢れていて暑さを助長していたとまで思うが、久しぶりのゲームセンターは随分と静かで……勿論ゲームの音は耳障りな程に聞こえてはくるのだが、少なくとも溢れんばかりの人の姿はそこにはなかった。
廃れてしまったかからか、それとも時間が時間だからなのか。誰かとつるんでいたわけではないし、他人のあれこれを気にしたことはない。だけれども、何故だか随分寂しく感じてしまう。
「あれ、もしかして……蒼音さんですか?」
「ん?」
声をかけられらるなんて思ってもいなかった。もしかしてあの時いた人が覚えていたのだろうか、そんな風な事を思うが声が男にしては高いため、それと名前を言い当てられたためにそれはないと一瞬でわからされる。
「えっと、君は確か……?」
「ふっふっふ、そう、我こそはRoseliaの闇のドラマー。漆黒の……漆黒の……」
言葉につまりうーんと悩んでいるその子はRoseliaのライブでドラムを演奏していた子だった。
随分と悩んでいるようで腕を組み目を瞑って唸ってまでいる。この調子では暫く出なさそうではあるが、遮っては悪いと待つことにする。自分もこういうのにハマったことがあるものだ。もっとも数年前の話ではあるが。
「漆黒の天使、あこである!」
意味ありげにポーズを決めるあこちゃんの姿は、キマっているといえばそうだろう。漆黒の天使とは、それは堕天使なのではと思いはすれど口には出さないことにした。
「……今日は練習とかないの?」
「あ、はい。今日は練習が休みだからりんりんと遊ぼって話になって」
「燐子さんもこういったとこ来るの?」
はっきり言って想像がつかない。こういったうるさくて人が多いところは好まなそうで、加えてゲームとかには興味を持たなそうなものだと思ったから。
偏見でしかないが似合わないと思ったのだから仕方ない。そんなことを思っているとあこちゃんは首を横に振った。それは否定の意味であり、つまり俺の予想は間違っていないことを意味していて。
「りんりんは人が多いところが苦手だからあんまりこないんですよ」
「じゃあ君はどうしてここに?」
「予定よりもだいぶ早く着いちゃったから時間潰しもかねてババーン! と音ゲーしたいなって」
ババーンという擬音からしてやるのはあれだろうか。そんなことを考えながら店内を見ていると疑問を含んだ声で話しかけられた。
「蒼音さんもゲームするんですか?」
「あー、昔はしてたけど最近は」
「え~。じゃあNFOってゲームやってましたか?」
「やってたね、と言っても1年以上前の話だけど」
「それならあことりんりんと一緒にやりましょうよ! 復帰キャンペーンもありますし!」
燐子さんNFOやってるんだ、意外な事実を知りつつもその問いには了承の返事をしておく。
勿論やる理由なんていうのもなにもないのだが、逆にやらない理由もない。やめた理由も嫌いになったからではないのだしまたやってみてもいいだろう。いつまで続くかは知らないが。
「それにしても少し意外です」
「何が?」
「蒼音さんがゲームやるなんて。友希那さんと一緒でそういうのに興味なーいって感じなのかなって思ってたから」
興味がない、そんなことはない。では興味がある、それも正しいとは言えない。
ピアノをやめて、その癖まとわりついてくるそれから逃げるために夢中になれる何かが欲しくて、そんな時にクラスのやつが話してるのが聞こえたから始めただけ。
たまたま他の事より長く続けられた。こういうことを一切してこなかったから飽きるのが遅かった、俺にとってゲームとはその程度のものでしかない。
「そうだ! 連絡先交換しましょうよ、今度りんりんとやる時NFOに誘うんで」
「うん、いいよ。それより燐子さんとの待ち合わせは大丈夫なの?」
「もうちょっと時間あります。あ、蒼音さんも一緒にどうですか?」
「……俺がいたって邪魔でしょ?」
「そんなことないですよ~、りんりんも大丈夫って言ってくれる筈です!」
何処に行くのかと聞いてみればゲームのイベントらしい。誘われてしまったし、そんなにゲームがしたくてここに来たわけでもない。
だけどほんのちょっぴりとでも考えてしまったからか、頭にピアノのことがはっきりと浮かんでしまっている。
それがどうしようもなく嫌で少しでも忘れられるならと、買い物をしなければ無料ということで俺はその提案を了承した。
「りんり~ん」
待ち合わせ場所と言われた場所に着きそうになり、燐子さんらしき人が見えた瞬間あこちゃんは燐子さんの元に走って向かっていったのを見て、元気だなぁと思いながら俺もそこに向かう。
ゲームのイベントと言っていたが具体的には何をするのだろう。まぁつまらなくなければそれでよくて、最悪つまらなくたって構わない。頭がからっぽになれるのなら。
「りんり~ん、大丈夫?」
「ど、どうして新庄さんが……」
「偶々近くで会ったから誘ってみたの!」
やはりこういった趣味は知られたくないのだろうか。驚いたかのような、怯えたかのような声を出される。
最低限嫌われていないというのは本人の証言から既にわかってはいるが……俺がいたらやはり邪魔ではないだろうか。そんな事を考えているとあこちゃんに手を掴まれる。
「それじゃあ行こ~!」
燐子さんもあこちゃんに手を取られているようでそのまま会場らしきところに入る。その天真爛漫な性格は燐子さんとは正反対のように思えるが、それだからこそ馬が合ったりするのだろうか。
なんか保護者みたいになっちゃったな、そんな事を思いながら連れてかれるがままに会場を回る。
物販にイベント、NFOとのコラボキャンペーンなど様々なところに行ったが燐子さんはあこちゃん以上に買っていた。なるほど、どうやら想定外にNFOが好きらしい。
そんな中俺であるが、特別面白いと思うことはなかった。まぁほぼ知らないのだからそれも当然、だがつまらないと思うこともなくただただ時間が過ぎていった。
「あこトイレ行ってくる!」
「え……あ、あこちゃん……!」
少し長めの列に並んだが一向に前が進んでいない様子を見てか、あこちゃんはトイレの方に向かっていった。我慢していたのだろうか、走ったら危ないよと燐子さんが注意していた。
今日の話の中心はあこちゃんだったので彼女がいなくなれば会話もない。かといってスマホを目の前で弄る気も起きなくて燐子さんに声をかける
「あー……この前貸した本どうでしたか?」
「は、はい……凄く……面白かったです」
どうやら彼女は話題を作るのが苦手なだけのようで、一度話し出してしまえば話は殆ど途切れずに続けられてくる。
どこが面白かったか、なんて話をするだけでも退屈を紛らわすには充分、やはり誰かと話す時は好きな物についての話をするのが一番で。
「今度続き貸しますね」
「あ、ありがとう……ございます……」
クロスワードが好きと言っていたのでミステリー、しかしそこまで暗い雰囲気はないものを選んでみたが気に入ってもらえていたようで安心した。
しかし続きを貸すと言ったもののいつ貸せばよいのだろう。連絡先を交換すればそれは簡単に解決するが異性にそれを提案するのは気が引ける。
基本持ち歩いておいて偶々会うか、他のRoseliaメンバーと会った時に渡しておいてと頼んでおくか。まぁそれでいいかと自分で解決させそっちの本も楽しみにしておきますねと言っておく。
「えっと……いつなら……返せますか?」
「あー、リサとかに渡しといて貰えれば」
共通の知り合いというのはなんとも役に立つものだ、それを実感する。俺とリサも頻繁に会うというわけでもないが、他のメンバーに比べれば多い方だろう、ここ最近限れば湊と同程度程にも。
いやはやしかしこちらからあいつのバイト場所に行けば日付さえ合えば会えるのだし、渡して貰えさえすれば簡単に受け取れる。
やはり持つべきものは親しい仲、そんなことを思っていると燐子さんはちょっと残念そうな顔をしていた。
「……どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでも……ないです」
どこか落ち込んだような、そんな雰囲気を感じさせられた。何故落ち込むのか、そう考え始めようとしたところであこちゃんが帰ってきた。
その後、その日は燐子さん側から話しかけられることはなかった。