鳥籠の中   作:DEKKAマン

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振り絞って

 Roseliaの練習中だというのに全く集中出来ない。今日は個人個人で練習をしているのでそこまで問題ないが、もしこの調子で全体練習をしていれば確実に迷惑がかかってしまっていた。

 いけないと何度も思ったけれどいつも通りにやることができない。なんでそんな風に集中出来なかったのか、理由は一つ。隣であこちゃんと話しながら練習している今井さんの方をチラリ見る。

 ああ、今井さんと新庄さんは……どんな関係なんだろう。

 

 友希那さんと新庄さんはどんな関係なのか。一時期、いや、今でも少なからず気になっているそれよりも深く気になってしまう。

 話を聞くに今井さんと新庄さんが初めて会ったのはこの前湊さんに連れられて彼のバイト先のライブハウスでとのこと。

 それが本当であるならばそれは最近。ならばそんなことはないと考えることはできて、だけどもしかしたらと考えさせられる。

 

 人と人との関係なんて日進月歩では進まない。止まり、迷い、それでようやく進むのだ。ああでも、それは私に限った話かもしれなくて。

 今井さんとあこちゃんみたいな人ならば、それこそたった一日で進みきることだって。

 

 そんな考えに耽っていたら練習が終わっていることにも気が付かなくて、皆が片付けを始めている姿を見て私も慌てて片付け始める。

 片付けが終わると友希那さんはすぐに帰ってしまい、それに続くように氷川さんもスタジオを出ていった。

 

 新庄さんの事をどう思っているんですか、何度聞こうとしても友希那さんはこうやってすぐに帰ってしまうので聞くことができない。

 練習中に聞くわけにもいかないし、練習前も音楽を聴いているのでそんなことを聞いて邪魔をしようとも思えない。

 まぁ、私にそんな勇気があればの話なのだけど。

 

「燐子、これ渡しとくね」

「え……あの、これは……」

「蒼音から渡しといてって言われてさ」

 

 今井さんから渡されたものはこの前蒼音さんから借りた本の続編。それを私に渡すとそれじゃと言って今井さんはスタジオを出ようとする。きっと友希那さんを追いかけるのだろう。

 それはいつも通りのことだけど……気づいたら私は今井さんを呼び止めていた。

 

「ん、どーしたの?」

 

 彼女はなんでもないかのように聞いてくるけど私は正反対に落ち着くことなんて出来なくて。鼓動が高鳴っている、口が簡単には開かなくて頭が真っ白になって、手を胸に当てて一つ息を吐く。

 

「今井さんは……新庄さんとどんな関係なんですか?」

「どうって言われても……別になんでもないよ?」

「そうじゃなくて……その……」

 

 新庄さんと付き合っているんですか? 私はそれを、聞いてしまっていた。

 気づかれたからというものだろうか、それとも荒唐無稽な事を急に聞いてきたからだろうか。驚いたような顔をしたまま今井さんは動かず、言葉を発しもしない。

 

 先程それはないだろうと考えて、でも私が彼を好きになっているんだ。であれば他の人が彼の事を好きにならないという理由なんてありはしない。

 それに……今井さんのような人ならば、彼が好きになってもおかしくなさそうだから。

 友希那さんに聞けないことを更に踏み込ませたようなそれを何故今井さんには聞けたのか。彼女から話しかけてきてくれたから、確かにそれはあるだろう。でもそれ以上に、怖いからだ。

 

「ないない、絶対ないから」

「……本当……ですか?」

「ほんとも何も、アタシも蒼音もお互いのことそういう風に思ってないし」

 

 手を左右に振りながら何でもないかのようにそう答える今井さんに、ならば何故こんな風に本を預かっているのか。

 そう聞こうとしたところでふと気づく。それはただ単純に、彼女と新庄さんとの仲がそれだけいいということではないかと。

 

 付き合っている訳ではない、でもその程度の仲ではある。今井さんは彼に対して恋愛感情を抱いていないというのは嘘ではない、隠されていない。

 でも、それなのに、私はそんな今井さんより新庄さんとの仲が浅い。前から知っているのに、最初から好きなのに、私と彼は、ただの他人でしかない。

 

「もしかして燐子~……蒼音のこと、好きだな?」

 

 なんちゃって~、とどこかおちょくるように聞いてくる。好きなのかと聞かれ頷くことすら出来ない。恥ずかしいとか、気づかれたくないからだとか、そんなものではない。

 本人はいないのに、今井さんも彼の事が好きだというわけではないのに。この気持ちには欠片の偽りもないというのに。

 

 ああ、でもそれも納得だ。こんな私だから、臆病で、踏み出せない私だから、彼と仲良くなることが出来ないのだろう。

 牛歩などというものではない。遅いとか速いとか、そういう次元の話じゃなくて、きっと私は一歩や二歩、もしや半歩に及ばぬほどにしか進めていない。

 

「え、マジ?」

「…………」

「なんか意外というか……いや、悪く言ってるわけじゃないんだけどさ」

 

 私は前を向けずに俯いてしまう。いつもなら沸き上ってくるであろう恥ずかしさも今はなく、ただただ悲しい。こんな自分が、どうして自分はこんななのかと。

 

「え、なに、何処が好きなの?」

「何処……と言われましても……」

「もしかして一目惚れ?」

「い、いえ……そういうわけでは……」

 

 一目惚れ、どうなのだろう。新庄さんの演奏を始めて聴いた時、恋というには弱いけれど既に惹かれていた。見た目に惹かれたわけではないけれど……違う、と言うのも違う気がして。

 知識はあるが経験はない。百聞は一見に如かずといいはすれど、その一度だって煙のように形を掴ませない。

 

「……あ、そうだ! 蒼音から本渡してもらってって言われたけど……今持ってる?」

「は、はい、持ってます」

 

 今井さんに渡して貰えれば。そう言われ、だけどずっと渡せてなかった。すっかり忘れていたというわけではない。自分で渡したかったと、そう思っただけ。

 他に理由といえるものがあるというのなら……これを渡してしまえば彼との関係も、なくなってしまうのではないかと思ったから。

 どうせ出来ないことなのにそれを望んでいた。背伸びして、でもいざしようとなれば縮こまっちゃって。ほんと私は変わらない。

 

 私の返答を聞くと今井さんはスマホを取り出す。それを耳に当てている様子から誰かに電話をかけようとしていることはわかった。

 いったい誰に、そんな私の視線を感じてか私の方を見ながら今井さんは口元に指を立て相手と話し始めた。

 

「あー、今暇してる?」

 

 誰と話しているのだろう、何を話しているのだろう。そんなこともわからないまま、私を置いてけぼりにして話は続く。

 ちょっと待っててねと聞こえたので相手は友希那さんだろうか。話終えた今井さんはスマホをしまい私に話しかけてきた。

 

「燐子はこの後時間ある?」

「い、一応ありますけど……何かあるんですか?」

「ん~……内緒」

 

 近くのコンビニに行ってみてと言って今井さんはスタジオを出る。今井さんは行かないのだろうか、そんなことを思った直後今井さんに本を貸せていないことに気づく。

 言った側ではあるけれど忘れてしまったのだろうか。そう気づきはする癖に口には出せなくて。ああ本当に自分で返せる機会、それと勇気があればいいのに。

 明日には絶対に渡そう、そう決めて先程の今井さんの言葉を思い出す。一体コンビニに何があるというのだろう、理由も教えてくれないので少し不安だがこんな風に言ってくるということは何かはあるのだろう。

 去り際に残された、頑張ってねという言葉が胸に引っ掛かった。

 

 

 

 今井さんに言われた通りコンビニにきたが、結果としては何故行ってみてと言われたのかわからなかった。からかわれた、というわけではないだろう。でなければ頑張ってねと言われた理由がわからない。

 もしかして私がわかっていないだけなのかと思いもう一度考えてみてもやはりわからない。一体なんなのだろうと思い辺りを見回すと……ある人と目が合った。

 

「リサは一緒じゃないんですか?」

 

 ああ、そういうことか。歯車が噛み合ったかのように理解できた。今井さんはこうなるように仕組んだのだろう。

 喉から先が詰まったかのように声がでない。何をするべきかなんてわかりきっている、でも何を話すべきかは全くわからない。

 

「えっと……燐子さん?」

「あ、はい……本を渡したいと思って……今井さんに呼んでもらいました」

「そういうことですか」

 

 嘘をつく、その場しのぎだけどそうするしかなかった。慌てるように鞄から本を取り出し新庄さんに渡す。

 それを受け取ると彼はすぐに帰ろうとしてしまう。突然の呼び出しだったので用事でもあるのだろうか。待ってくださいと言うことすら出来ない、手を掴んで引き留めることも出来ない。

 

 声にならない声が漏れる、手を伸ばすがそれは届かない。手を降ろして、そんな自分が嫌で項垂れてしまう。

 結局私は止まったまま、前に進むことが出来ないままで……

 

「あ、そうだ」

 

 声をかけられ視線を上げると彼は私の元に近寄ってきて連絡先交換しませんか? となんでもないかのように言ってきた。

 お願いしますと反射で答えていて、連絡先を交換すると彼はそれではと言ってこの場を去っていった。

 

「…………」

 

 きっと彼からすればなんでもないことなのだろう。本を貸し借りする以上しておいた方が楽だから、その程度でしかないかもしれない。

 自分からできたことではない。それでも、私にとってこれは……

 

 目を閉じて、スマホを胸に当てる。少し、ほんの少しずつだけど、暴れるように鳴っていた心臓の鼓動が落ちついていく。

 私は家に帰るまで、スマホを手放す事は出来なかった。

 

 

 

「……はぁ」

 

 その夜ベッドで横になりながらスマホを眺める。彼とのトークページ、文字ならもしかしたら、そんな事を考え眺め続けて早数十分。

 本、どうでしたか? 打ち込んでそれを消す。ずっと好きでした。それは頭に浮かんだだけで打ち込むことすら出来ずに転げまわる。

 

「……このままじゃ」

 

 新庄さんは魅力的だ。それは容姿的な事もあり性格的な事でもある。

 かっこいい、大多数の人はそう答えると思う。優しい、関わった事のある人なら殆どはそう答えるだろう。

 

 だから時間が経てば今井さんも、友希那さんも惹かれてしまうかもしれない。そうなればきっと私なんかではどうしようもない。

 

 立ち止まっていても周りの人が助けてくれるかもしれない。今回みたいに彼の方から近寄ってきてくれるかもしれない。

 だけどそれでいいのか、いいはずがない。だから、私は……

 

『今度、ご飯でも行きませんか?』

 

 ほんの小さなものでも、感じとる事が出来ないほどだとしても一歩前に踏み出せる勇気を振り絞らないといけない。

 恥ずかしさを感じないなんてことはない。それこそ胸は爆発しそうな程にうるさくなって顔まで真っ赤に染まりそう。

 

 やっぱりやめよう、そう思って削除ボタンに指を伸ばして、でもそれもすることが出来なくて。

 ここで出来なければいつするんだ、自分にそう言い聞かせ一つ深呼吸をして……

 

 目を閉じて、力強く、その一文を送信した。

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