鳥籠の中   作:DEKKAマン

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最近寒くなってきましたので皆さんは気をつけてください(一敗)


イラつき

 見渡す限りの本。棚に詰め込まれ目当ての物が紛れ込んでいたら探し当てることなど出来そうもないが、今日は特にこれといった目当てのものはないので何かないかと歩き回る。

 新しく本を買おうと思いやって来たのはいいもののほぼ決めずにやって来た。そのうえこれだけは買おうと思っていたお気に入りの漫画の新刊も見当たらない。

 

 こうなっては何も買わないという選択が一番賢いのだろうが、この店は家から遠いという訳ではないが近いという訳でもない。そんな店にやってきたのだからその選択は何だかもったいない気がしてその気は起きない。

 そうは思うものの本当に興味をそそるようなものは何もない。これは何も買わずにどっか寄ってしまうか、そんな事を考えながら何かないかと探し歩いていると音楽雑誌のコーナーに着いた。

 音楽雑誌などバイトの隙間に読む程度で買ったことはない。滞在する理由もないが折角なので見て回っていると立ち読みしていたのか、本を棚に戻している湊に出会った。

 

「あなたは……こんなところで何をしているのかしら?」

「こんなところで本を探す以外にすることあるか?」

「あら、音楽は好きじゃないんじゃなかったかしら?」

「……ここは偶々着いただけだ」

 

 最近少しだけおかしなことがある。それは湊と話すと少し、ほんの少しだけ体が熱くなること。酷い時には胸が少し痛くなる、これはいったいなんだというのだろう。

 調べてみたがこれといったものは見つからない。そも熱がないのだ、体が熱いのに熱がない。矛盾するようなことではあるが事実である。問題ないとわかっていながら、いや、問題がないからこそ気になってしまう。

 

「そういうお前は何してるんだよ」

「何って……あなたと似たようなものよ」

「そりゃそうか」

 

 湊は手ぶら、俺と一緒で何を買おうかと探しているのかと思ったが、会話をしながらも視線は俺から外れて棚に手を伸ばしながら見回しているので買うものは決まっているのだろう。

 

 目的もないしここにいる理由もない。こんなとこにくるくらいは探し回ったがよさげなものは見つからなかったので帰りはどこかに寄るとしよう。

 はてさてどこに寄るものかと考えながらその場を去ろうとすると湊に呼び止められた。

 

「この後って時間あるかしら?」

「……一応あるが、何のようだ?」

「近くのカフェが二人で行くと安くなるって見て、折角だし誘おうと思って……」

「なるほど、じゃあ待ってるわ」

 

 断る理由もないが受ける理由もない。あるとしたら金が浮くかもしれない程度だろうが、それならばその金で何かした方がいいだろう。

 聞くにリサからそんな話を聞いたというのと音楽の話がしたいからとのことで。その答えに不思議なイラつきを感じながら湊が本を買ってくるのを待つことにした。

 

「……なんで受けたんだろ、俺」

 

 本当にわからない。自分でも勝手に口に出ていた。まるで自分が言ったと思えないくらい無意識であるかのように溢れ出ていた。

 偶々目に入った音楽雑誌、ピアニストの紹介をしていたそれが目に入るとまたイラつきを覚えた。

 

 でもそれは、先程のイラつきとはどこか違うものだった。

 何にイラついてるのか。二つ目のイラつきは何にイラついたのかは明確だというにも関わらず最初に抱いたイラつき、それが何に向けたものか何故なのか、それがわからなかった。

 

 

 

「男女だと余計に安くなるのね、都合がいいわ」

「……お前、意味わかってるのか?」

「カップル割って書いてあるけれど……要は男女でいればいいのでしょう?」

「……はぁ」

 

 確かに言っていることは正しいがそれでいいのか、ため息をつきながら運ばれてきた珈琲を口にする。

 相変わらず砂糖を大量に入れた珈琲を飲んでいるこいつからすれば俺なんてその程度のものでしかない。それは勿論俺も似たようなものである筈で。

 

「……そういえば最近はどうなんだ?」

「どうもこうもないわ。フェスに出場するために練習、それだけよ」

 

 そんなことを言いながらもうっすらと口角が上がっている。なんやかんやいいつつもこいつ自身Roseliaで音楽をするのは随分と気に入っているらしい。

 そういえばバイト先でライブをするらしいが、参加するバンドに余裕があると言っていたので提案しておくか。まぁまだまだ先の話ではあるのだけれど。

 

「新庄君は私達の音について何か思ったことはないかしら?」

「最近聴いてないからわからねぇな」

「それもそうね。それなら今度のライブの予定なのだけど……」

 

 俺は燐子さんの音を昔聴いた事のある音だとわかったその日からRoseliaの演奏は殆んど聴いていない。最近はリサから送られてくることもないのでそれもあってだが。

 

 何故聴かなくなったのか。難しく、ややこしい理由なんてものは一つもない。ただ単純に昔の事を思い出すのが嫌なだけ。

 区切りをつけて忘れようとして、思い出さないようにした。我ながら女々しいとは思うものの思い出されるのだから仕方がない。

 

 別に燐子さんは何も悪くない、ただ俺がそうなってしまうだけ。本を貸し借りしているのはなんともないというのに演奏の時だけそうさせるのだから質が悪い。

 

「……聞いてるかしら?」

「……あ、わりぃ、聞いてなかった」

 

 聞き直してみたが湊は答えてくれなかった。聞いていた部分から察するに俺はライブに誘われてたのだろうが、どこか拗ねてしまったかのようにそっぽを向かれる。

 行きたくないというわけではないが先程の理由の通り行きたいと思いきってるわけでもない。

 珈琲を飲みながらスマホを弄っていると不機嫌な様子で湊からそのライブの日付を告げられた。

 

「……了解、場所は?」

「ここに来るときにあったライブハウスよ」

 

 改めて言われなければ行かなかったものの言われてしまえば行ってもいいかなんて、ほんと自分でも揺れすぎだとは思う。

 もし聴いてしまったらまた思いだしてしまうかもしれないが……俺はRoseliaの奏でる音が好きで、その二つを天秤にかけた結果行ってもいいと思えただけだ。

 

「……断らないのね」

「誘われたのに断るのはあれだろ」

「バンドの誘いは断ったじゃない」

「……それはまた別だろ」

 

 珈琲を飲み終わったので席を立つ。会計は二人で割って、さらに割引まで入るのでだいぶ安くすんでいる。これならばほしい本を見つけたとしてもどうにかなるだろう。

 

「カップル割をご利用のお客様は写真を撮らせていただいています」

「いや、別に大丈夫です」

「そんな遠慮しなくても大丈夫ですよ」

 

 悪気なしの善意100%、会計の後店員はそんな笑顔を見せながらそう言ってくる。ああ、やはり割引となれば碌なことなどありやしない。

 カップルじゃありませんと言ってしまえば簡単に切り抜けられるのだろうがその場合支払いが追加されるかもしれない。

 だが仕方ないし普通料金で払うか、そう思い再度財布を取り出した所で湊が不思議そうな声色で俺に尋ねてきた。

 

「なんで財布を取り出しているの?」

「お前話聞いてなかったのか?」

「別に写真を撮るくらいいいじゃない」

「……お前はそれでいいのか?」

「……? ええ、別に構わないけれど」

 

 それを聞いてか店員は先程よりも強めの笑顔を俺に向けてくる。横で首をかしげながら本当にわからなさそうにこちらを見る湊が恨めしい。

 写真を撮るといっても店側ではなく俺らの携帯でやるらしいのでカメラを開いて渡しておく。

 

「二人とも笑ってくださいね~」

 

 無茶を言ってくれる、笑うなんて出来そうもない。そんな俺に対してか少しだけ不満そうな表情を浮かべながらも店員は二枚ほど写真を撮り、スマホを俺に返してくる。

 

「それじゃあライブの感想、頼むわね」

「……ああ、わかったよ」

 

 そう言って別れた後、先程撮った写真を見る。

 これだけのことだというのに信じられない程に緊張した。それこそかつてのコンクールの時と同じか、下手したらそれ以上に。

 

 俺はなんともないような表情を浮かべてはいるが内心を知っている自分からすればこの写真は滑稽そのもの。

 それに対し湊はいつも通りの様子。まるでなんともないかのようなその姿にほんの少しだけイラついた。人の心などしるよしもないが、間違いなくこいつは何もわかっていなさそうで。

 

 無意識のうちに舌打ちをしてしまっている。何をこんなにもイラつかさせられているのだろう、どうしてこんなにイラつかさせられているのだろう。

 

 もしかして、俺は……

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 イライラするのに理由も糞もあるか。睡眠不足とか栄養の偏りとか、理由なんていくらでもある。確かにカフェが安くなったのはあるが、それ以前に本を買えなかったのだ。原因はそれかもしれない。

 むしろそうであれと思い込む。ならばとそのイラつきのままに先程の写真を消そうとして、しかしそうすることは出来なかった。

 だから余計にイラついて、抵抗するかのようにスマホの電源を落とすことにした。


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