鳥籠の中   作:DEKKAマン

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気付かされて

 空の向こうがうっすらと明るくなっていく。今何時なのかとスマホで時間を確認した途端にやって来た眠気に目を擦る。

 

 あの奇妙な苛立ちと不思議な感情に悩まされ、寝なくてはという意思に逆らうように眠ることは出来ず、気がつけば朝になってしまっていた。

 今日は休みでもなんでもなく学校がある。しかし幸いというべきか体育は存在しないので、徹夜をしたせいで怪我をするということもないだろう。まぁ座学に関しては仕方がない。

 欠伸を大きく息を吸うことで誤魔化して、重たい体を起こし朝飯の準備をする。

 

「……ありゃなんなんだろな」

 

 もしかして、そう何度も考えたものの一瞬で否定した。不思議な感情はピアノをしていた時に似たような物を感じていた、その苛つきは今までには感じてこなかった。

 

 ピアノと似ていて、尚且つ苛つくとなれば……嫌いなのだろうか、あいつのこと。

 それは何度も考えたものと真逆のもので、そうなのだろうかと思ってみたが俺の頭はそれをゆっくりと否定する。嫌いではない、それははっきりと言える。

 

 嫌いではないというものはこうもはっきりと、確かめるかのように言えるというのに相反する感情に関しては感情的に、すぐに出すことしかできない。

 これに違いがあるとするならば……なんなのだろう。

 

「……暇だな」

 

 今は何時もより二時間以上早く、部活に勤しむわけでもないからこんな時間から学校に行ってもすることなどあるはずもない。かといって家ですることがあるのかと言われたのならそれも首を橫に振らざるを得ない。

 この時間のテレビなぞ碌な物がやっていないし、今から寝てしまえば起きれる自信などありはしない。はてさてどうしたものか。

 そんな俺はあの部屋に目を向けていた。暇ならばピアノでもしていればいいと、誰かが囁いてきたみたいに。

 

 思い切り手をテーブルに叩きつけようとして、やめる。子供じゃない、癇癪を起こすのも物に当たるのもよくない。

 怒りという感情は持続しないというけれど、ならばこの感情の名前はなんなのか。眠気すら吹き飛ばしたこの激烈な感情の名前が呆れや嘲笑とでもいうのだろうか。

 

 顔を洗ってその思考すら流そうとすれば、逆に頭の中に塗りたくってしまったかのようにその思考は強くなっていく。

 ため息をついて、座り込んで目を瞑る。子供ではないというけれど、こうして引きずることこそ何より子供らしいと自分が一番わかっている。

 

 そう、これだからおかしいんだ。湊に対して抱いた感情はピアノに対して抱いた物と似ているというのはどういうことだ。

 

 ピアノは嫌いだ。でも湊に対してはそれはないとはっきり言えてしまう。

 好きだと、そんなものはあり得ないと考えるから、当然湊に対しても似たような風に考えてしまう。

 

 そんな思考を遮るかのように電子レンジの音がして、出来上がった朝食をさっさと食べる。この前湊に勧められた音楽を聴きながら燐子さんから貸してもらった本を読んで時間を潰す。

 ふと昨日撮られた写真を眺めてみた。相変わらずイラつかせてくる。何が、誰が。さぁ、何故だろう。

 スマホの電源を切り、本の世界に逃げ出した。

 

 

 

「馬鹿ねみ……」

 

 あんな朝を過ごした身からすれば授業なんてものを聞いていたら眠気が来てしまうのは当然で、その上抗う理由もないのでそれはもうゆっくりと寝させてもらった。

 湊のように勉強が出来ない訳ではないのだから危機感は抱かないし、高二ともなればそんな生徒後ろを向けばちらほらいるのだから罪悪感なんてものも抱いていない。

 

 しかしそんな風に寝ていたとしても眠いものは眠い、普段と比べたら格段に少ないのだから当然ではあるのだが。部活をしてるやつは大変だな、そんなことを思いながら帰路に着く。

 今日はバイトもないので帰ってさっさと寝てしまいたいものだが夕飯を作る元気なんてあるはずもない。コンビニで適当に買っておこうと思い途中にあるコンビニに寄ろうと考え、欠伸を漏らしながらも歩き続ける。

 

 買うにしても弁当かカップ麺か、はたまたパンにでもしてしまうか。なにも食わずに寝るという選択肢もあれど起きた後に空腹に襲われるのは簡単に予想できる。

 まぁ着いてから決めればいいかと思った所でコンビニに着いたので中に入ると見知った顔が一人。気の抜けたような挨拶が店員から飛んできた後そいつから話しかけられた。

 

「お、偶然だね~」

「……そういえばお前ここでバイトしてたな」

「今日はないけどね」

 

 リサも学校帰りなのか制服のまま、この時間なのだから当たり前といえば当たり前なのだが。話すこともない、適当に食べ物を手にとってレジに向かう。

 

「お~、リサさんの彼氏さんですか~?」

「違うって、友達だよ友達」

「……知り合いか?」

「アタシの後輩、バンドもやってるんだよ」

 

 先ほどの店員はどうやらリサの後輩らしく軽く自己紹介をして解散、となるはずだったのだがリサがこの後時間ある? と聞いてきた。

 勿論暇ではあるが、さっさと寝たいということもあり忙しいと答えるが、ちょっとだけと押されたので了承してしまう。

 優しさではなく、断っても受け入れるまでなんやかんやで聞いてきそうだしさっさと終わらせる方が早いと思っただけだ。

 

「てかお前練習ないのか?」

「今日はなし、といっても自主練はするけどね」

 

 ここで練習手伝ってなど言うのなら即座に断って帰ろうかと思ったがそんなことはなく、本当にただただ話がしたかっただけらしいので会話をする。

 他の客の入りはない。というよりあったとしたら既に会計を済ませた俺に構っている方が問題だ。リサの後輩も暇だからなのか俺達の会話に耳を傾けている。

 

「……で、何の話だよ」

「あー……燐子と最近どうなのかなって」

「あ? 別に何ともないが」

「でも本の貸し借りしてるし、最近はご飯の約束もしたんでしょ?」

「……なんでお前が知ってんだよ」

 

 連絡先を交換した日の夜に飯の誘いをされたのだが、その日は予定が入っていたので延期ということにしてしまった。

 しかしながらどうとはどういうことなのだろう。別に仲が悪くなったわけでもないし特別よくなったわけでもない。

 

「そんなん聞いてどうした? 別にお前に関係ないだろ」

「い、いや~……あ、アタシそういうの結構気になっちゃうからさ~」

 

 あははと誤魔化すような笑いをされる。一体なんだと思いつつも頭が上手く働かないのてわスルーする。

 

「じゃ、じゃあさ、友希那のことはどうなの?」

 

 その問いを受けた瞬間、眠気によってか靄のかかったような頭の中が晴れていく。俺のこの迷いを知ってか、先程燐子さんの事を聞いたからなのか、はたまた話を途切れさせないようにとの親切心か。

 言葉に詰まった俺を見て不思議そうな視線をリサは向けてくるので恐らく知られていなかったのだろうが、それでもドキリと心臓が鳴った気がする。

 

「……もしかして友希那のこと好きなの?」

「……んなわけあるか」

「蒼音、顔真っ赤だよ」

 

 そう言われ顔を背ける。顔が赤い? なんだそれは。それではまるで……俺が湊の事を好きだと、言い当てられてしまっているようではないか。

 俺があいつのことが好き? そんなわけあるか。それは朝思ったことと同じで、なのに今度は、今だけはハッキリと思うことは出来なかった。

 

「なんて、嘘なんだけどね」

「……帰る」

「あー、ちょっと待ってよ」

「もう教えるのもやめだ」

「ごめんってばぁ」

 

 その場から逃げるようにしてコンビニを出た。流石にバイト中の身分で追っ掛けてくることはないはずだ。それにちょっとだけと彼女は言った、もうちょっとの範囲を越えている。

 しかし、あの後輩の視線もムカつく。何やら面白いものを見るような目でこちらを見ていた。全て見透しているかのように、生暖かい目が向けられていた。

 頭を掻く。イラつく、イラつく。湊が、リサが、あの後輩が。そして、俺自身にだ。

 本当に寝不足かもしれない。家に牛乳は置いていただろうか。

 

『ごめんごめん、ちょっと言い過ぎちゃった』

 

 ふとメッセージアプリに送られてきたそれを見て、ちょっとで済むものかと送り返してやろうかと思ったけれどやめる。きっと今は何を言っても裏目に出る、ボロが出る。

 というか、あいつはバイト中に何をしているんだ。

 

『それにしても友希那の事が好き、ねぇ』

『違うって言っただろ』

『あんな反応見せられたら信じられないよねぇ~』

 

 否定しているのにそう言ってくるのもそうだが、何処か納得している自分が何よりも。あんなやつのことが好きでたまるか。頭が悪くて、甘党で、猫が好きで歌が上手なだけのあいつのことを。

 

「……新庄君?」

 

 後ろから声をかけられる。声だけでわかる。それは今一番会いたくなくて、一番会いたかった人物。ほぼ反射的に振り向くとやはりというべきか、そこには湊が立っていた。

 その姿を見るだけで、声が聞こえただけで何故だか心臓の鼓動が速まってきた。その癖不快感は存在しないのはいつもの通り。眠気があるのも相まってか頭が働かない。

 靄はいつの間にか濃くなって。

 

「……何か用か?」

「いえ、ただ見かけたから声をかけただけよ」

 

 湊と会話すること一言二言、それだけして湊はこの場を去ろうとする。

 じゃあなと答えることも出来ず、手を振ることさえ出来ずに足も動かせない。引き留めることも突き放すこともできなくて、俺はただ見送ることしか出来なかった。

 高鳴り。胸のあたりに手を置いた。ああ、さっさと沈んでくれはしないだろうか。押し潰すように、握りつぶすように、手に力を込めていた。

 

 

 

 川沿いを歩いているので色々な音がする。水の音、他の人の歩く音。話し声や犬の鳴き声など。そのお陰か心臓の鳴りも収まってきて眠気もうっすらと消えかけてきた。手すりに手をかけ目を瞑る。

 

 こんな経験はない。誰かを嫌いになったことはあれど好きになったことなんてない。

 これが本当に好きという感情なのか、異性に対しての好きというのはこういうものなのか。何もかもがわからない。

 わからないけど……

 

「……そういう感じの本、家にあったっけか」

 

 なんでもは知らない。知らないことは知らなくて、知っていることしか知らない。当たり前であることだけれど、一を知れば十や百までいかずとも二や三程度は知れるものだ。

 ならばこの感情が一体何なのか、本当に嫌いなのかどうなのか、徹底的に調べ尽くしてみるのもいいだろう。


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