鳥籠の中   作:DEKKAマン

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誤字報告ありがとうございますv^^v


深まる霧

 何がなんだかわからない。

 これは夢だと、そう思ってみても手をつねれば痛みが襲ってくるだけ。好きだと言われ、頭がおかしくなるくらいには困惑している。

 

 俺が答えられずにただただ時間が過ぎ、これ以上外にいると親に心配されるからなのかはわからないが、また今度と言って燐子さんは帰っていった。

 そうであるというのを全く予想していなかったというわけではない。そうなのではないかとうっすら思っていた。

 でもそれを直接言われると、だからどうしたという程の衝撃。どうにも思考が動かなくて吐きそうなくらいに息が詰まった。

 

 俺は湊が好きだ。それは俺自身わかっているし、認めている。そしてそれは燐子さんにも言っているもので、であれば俺には断るという選択肢が当然あったのだが……そうすることは出来なかった。

 そもそもの話俺が彼女の言ったことの真意を聞いてしまったのが悪いと言われればそれまで、ならなんで聞いてしまったのか、それは自分でもわからない。

 

 困惑している、頭の中がぐちゃぐちゃだ。でもこれは今日だけのもので、明日には何事もなかったかのように普通に言えるかもしれない。

 なんて、あり得ないことを考えてしまう程度には現実から目を背けたくなってしまって。

 

「好き……か」

 

 ふとそんな言葉が漏れる。考えたから、悩んでいたからわかる。好きというのは心地よいもの、難しいもの。でもそれ以上に怖いものだということを。

 嫌だと言われたら、嫌われたら、想像したくないものだがもしかしたらと考えさせられる。そしてそれは俺だけが抱いてるものではない筈で。

 

 俺は燐子さんのことが嫌いか? そんなわけがない。

 告白されて迷惑しているか? むしろ嬉しさすら感じさせられる。

 

 なら俺は、燐子さんに嫌われたくないか? 

 

 その答えは一つ。当然、誰であろうと仲がよい人間から嫌われたいなどと考える筈がない。

 いや、仲がよいというのは語弊があるか。向こうからのものはその程度のものではないだろうし、こちらからは……恐らく、友人程度というのでは温くなってしまっているかもしれない。

 

 そうであるならば、嫌われたくないのであれば、友人程度ではないほどに意識してしまっているのならば……

 

 それは、好きと言ってもなんら間違いはないのではないか? 

 

「……あほらし」

 

 だとしても、どちらが好きだと言われたのなら迷いはすれど答えられると思う。馬鹿らしいと決めつけて、考えたくなくて逃げ出した。

 

 今日はピアノを弾く予定だったし今からやろう。思考を捨てるように、追いかけられぬように。ピアノを弾くためにその場を離れようとしたのだが、そうはいかなかった。

 原因なんて大それたものではない。猫がにゃあにゃあと側で鳴いている、ただそれだけ。

 構え、まるでそう言っているかのように鳴き続けている。既に立ち上がったけれど座り直して猫を撫でる。

 

 撫でてやるととても気持ち良さそう、ああ、猫というのは本当に愛らしい。ピアノは……明日は休みというわけではないのだからどうせ長くは出来ないのだし、今日は猫と戯れよう。

 猫は好きだ、ピアノも好きだ。どちらの方がと言われたら……さて、どちらだろうか。

 

 もし、こんな風に片方の好きを蹴ってもう片方の好きを取るというのなら……

 

 駄目だ、どうしても考えてしまう。関連性なんてないはずなのに。ため息が溢れる、なぜ溢れたのかは俺ですらわからない。

 

「父さん……」

 

 父親は母親が家を出ていった時なんて思ったのだろう。俺なんかには想像もつかないし、聞くなんてことが出きるはずもなかった。

 ただ好きな人に離れられるというのは……やはり、辛いものなのだろうか。

 

 忘れるように、吐き出すように、猫が寝るまで無心で撫で続けた。

 

 

 

 学校も終わりバイトも終えた。一日の殆どが消え去るような長さではあるもののそれはあっという間に過ぎ去っていった。

 考えて迷って、それこそ湊に対して考えていたときよりも考えた。

 

 燐子さんは何故俺の事が好きなのか、そんなことから俺は燐子さんの事をどう思っているのかまで、全部。

 好きか嫌いか、どちらか決めろと言われたら好きだと言い切れる。それは好きと言われたから意識をしているせい。それもあれど、それだけではないのは俺が一番わかっている。

 

 他人からの感情というものは自分から出る感情と比べ気になりすぎる。それは自分で解決できないことで、わからないことであって。

 自分のことを嫌いに思う人間のことを好みになることはないのは当然ではあるが、自分のことを好きな人間ならばどうだろう。感染、増殖、チョロいものだ。

 

「あ、蒼音さん!」

 

 止まらぬ思考、それは前から飛んできた声に一時休止を強いられた。声の主はあこちゃんでその隣にはリサがいる、恐らく練習帰りなのだろう。

 彼女達だけならどうともなかった、でもその両隣にいる二人、湊と燐子さんを見て止まっていた思考は倍以上の早さで巡りだした。

 どうして二人が、燐子さんは湊に対してどう思っているのか。なんと声をかけるべきか、どうして四人なのか、なんて程度のものにまで思考が至る。

 

「……どうかしたのかしら?」

「……なんでもねぇよ」

 

 様々にめぐる思考の中今もっとも考えているもの。それは湊ではなく燐子さんのことで、そちらの方に目線を向け目が合えば顔を赤くしてそらされる。

 それはいつも通りではあるが一つ違うとするならば、俺も目をそらしてしまったことだろうか。

 

「そうだ。この前の蒼音、すっごくかっこよかったよ」

「あこもそう思いました! りんりんもそうだよね?」

「えっ……う、うん。凄く……かっこいいなと……思いました」

 

 あぁ、本当におかしい。リサやあこちゃんに褒められるのは単純に嬉しい、それだけであるのに燐子さんから褒められると嬉しくはあるが、どこかに恥ずかしさが隠れている。

 それに対し感謝の言葉を伝え、しかしその場で解散という訳にはいかない。リサが湊と、あこちゃんが燐子さんと話しているためだ。

 

 だからどうしたと別れの言葉を残してその場を去る、大分前の俺ならば恐らくそうしていただろう。

 そうしないのはこの悩みという名の霧を晴らすためにか、それとも、霧の中にあるものに魅せられてしまったのか。

 

「……そういえば、なんでお前ら四人なんだ?」

「ん? あー、紗夜は忙しいらしいからさ」

「そういう新庄君は? 買い物をしていた、というわけではなさそうだけど」

「バイト帰り」

 

 話したい内容はこんなものではない、しかし肝心の話したい相手がこちらを向いてくれてないのだからどうしようもない。話す内容など……なくはないが、それが出来るかはまた別だ。

 歩きながらでの会話なので時間制限付き。どうするべきだろうか、それとも話さず帰ってしまった方がいいのだろうか。そんな風に迷っているとあこちゃんから話しかけられた。

 

「そうだ! 蒼音さん今日の夜NFOやりましょう!」

「NFOって……確かあこと燐子がやってるゲームだよね? 蒼音もやってるんだ」

「やってた、だな。今は誘われたらたまにやるくらいだよ」

 

 誘われたらやる、しかし自ら進んでやろうとは思わない。それこそあこちゃんから誘われなければ起動すらしない程度だ。

 あこちゃんとやったのは数回程度でしかない、そしてその時は必ず……燐子さんもいる。

 

「あ、あこちゃん……私も……いいかな?」

「大丈夫! ですよね、蒼音さん!」

「……ああ、大丈夫だよ」

「それじゃあ帰ったら連絡しますね」

 

 今まではなんともなかった。一緒にゲームをして、それにどうこう思うことはなかった。しかし今回はどうにも変な緊張をしてしまう。霧は濃くなるばかり、迷ってしまってなにもわからない。

 湊が俺の事を不審げに見ているが何か変なことにでも気づいたのだろうか。一応自分の格好を見てみるが何も変なとこなどない。であれば……そんなにも行動に現れてしまっていたか。

 

「それじゃアタシ達はここで、じゃあね」

「……ん、またな」

「ほ~ら、友希那もなんか言いなって」

「……さようなら」

 

 振り向き、俺に顔を見せないようにして湊はそう言ってすぐさま歩き出した。苦笑いしながらリサはその後を追いかけていった。

 あこちゃんもその後を追いながらも未だにその場を離れない燐子さんに不審げな目を向けている。俺も何故かその場から離れられない。多分、燐子さんからの言葉を待っている。

 

「また今度……あ、蒼音……さん……」

「……ええ、また今度」

 

 顔を真っ赤に染め上げて、下を向きながらそんなことを言って燐子さんはあこちゃんの所に走っていった。

 頭が沸騰してしまいそう。こんな小さなことで心臓が今までにないくらいに鳴っている。喉が渇いて、舌を軽く噛んでみせる。

 おそらく顔も真っ赤になってしまっているだろう、少なくとも先程の燐子さんといい勝負をしてしまうほどに。

 

 名前で呼ばれるからなんだ、俺だって彼女にはそうしてる。ああでも、突然そうされて不思議なくらいに体が熱くなる。それは一度、感じたことのあるもので……

 

 今まで燐子さんはこんな風に思っていたのだろうか、感じさせられていたのだろうか。もしそうなら……名前で呼び合ったら湊も同じようになるのか、俺も思えるのだろうか。

 引っ掛かった赤信号、いつもなら気にもしないそれだけど、なんでか一つため息が零れていた。

 

 


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